電「司令官さんは声が小さいのです。」
無口で巨躯な提督とそれを支える電ちゃんの日常です。
電「司令官さんは声が小さいのです。」
電「身長はパッと見でも2メートル以上。うっかりすると出入り口の縁に頭が当るのです。」
電「文字通りのアスリート体系は特注の軍服でもまだ小さいらしく、腕周りなんかはパンパンで何時破れてもおかしくなさそうなのです。」
電「それに歴戦の軍人といったその顔も傷だらけの仏頂面。すごい威圧感で正直、初めてお会いした時はとっても怖かったのです。」
そんな電の司令官さんは…
提督「…(ゴニョゴニョ)」
電「司令官さん!マイクの電源が切れているのです!」
電「声がとっても小さいのです!」
・ファーストコンタクト
電(最初に何かが入り口の縁にぶつかったのです。)
電(続けて明らかに入り口より大きい何かが部屋に侵入してきたのです。)
電(ドアにかけられた手を見て、それが人だとわかったのです。軍帽と軍服でそれが新しい司令官さんだとわかったのです。)
電(でも、こんな言い方してごめんなさいなのですけど。)
提督「……」(←電を見下ろしている)
電「はわ、はわわわっ…!」
電(あまりにも大きすぎて、あまりにもすごい威圧感で。)
電「か、怪獣さんなのですっ!!」
電(びっくりして叫んでしまったのです!)
提督「……」
提督「……フッ。」(←鼻で笑う)
電「ふえっ…!?」
電(提督さんが屈んだのです。といっても、それでも電よりずっとずっと頭の位置が高かったのですが。)
提督「…(ゴニョゴニョ)」
電「ふえっ?」
電(今にして思えば、あれは何かを喋っていたのです。でもその時は全く何も聞こえなくて。)
提督「…(ゴニョゴニョ)」(←手を差し出す)
電「…あ、もしかして握手、でしょうか。」
電(恐る恐る、精一杯の勇気を出して、電の顔くらいはある、大きい手に触れたのです。)
電(それは最初に思ったイメージとは程遠い、とっても暖かい手だったのです。)
電「い、電です。どうか、よろしくお願いいたします。」
電(今でもはっきり憶えているのです。言葉こそ聞こえなかったけれど、その時の司令官さんの表情は…)
提督「……(ゴニョゴニョ)」
電(とっても優しくて、穏やかな微笑だったのです!)
・着任当日
電(着任当日、電はいきなり最大の難関にぶつかったのです。)
提督「……」
電「あ、あの…司令官さん…?」
電(視線を向けてくれるので無視や無反応ではないのです。けれど、それ以上は何も言ってくれないのです。)
電「な、何かわからない事があったら電がお答えするのです!」
電(勇気を出して声を大きくもしてみたのですけど、司令官さんは特に変わった様子もなく。)
提督「……」
電「……」
提督「……」
電「…はわっ…」
電(最初の決意も何のその。どうしたらいいかと途方にくれていたのですが。)
提督「…(ゴニョゴニョ)」
電「ふえっ?」
電(何かを言われた…ような気がしたのです。)
提督「……」(←机の引き出しを開けて、何かを取り出す。)
電「これは…羊羹、ですか?」
提督「…(ゴニョゴニョ)」(←頷き、何かを呟く。)
電「…あっ、もしかしてお茶が欲しいって事でしょうか。」
電(羊羹…お茶菓子にはお茶がつき物。つまりこれはお茶が欲しいって表現だと電は解釈したのです。)
電「今お茶を入れてくるのです。ちょっと待っててくださいね。」
……
電「お茶が入ったのです。」
電(提督の手と比べると随分と小さい湯飲みにお茶を淹れ、机の上に置こうとすると、そこには既に切られた羊羹が二皿用意されていました。)
提督「…(ゴニョゴニョ)」
電「……」
提督「……」
電「…あっ、もしかして電も食べていいのでしょうか?」
電(何かを呟き、無言のまま見つめてくる司令官に尋ねると、司令官はゆっくり頷いてくれました。)
電「ありがとうなのです!電も頂くのです。」
電(羊羹はとっても甘くて美味しかったのです。後で聞いたところによると、その羊羹は今日のためにわざわざ老舗の和菓子店から取り寄せた一品だったそうです。)
提督「…?(ゴニョゴニョ)」
電「……?(もぐもぐ)」
提督「……」
電「…あっ、もしかして美味しいか…でしょうか?」
電(先程と同じように見つめてくる司令官に尋ねると、司令官は再びゆっくり頷いてくれました。)
電(一時期よりは好転したとはいえ、まだまだ世界は深海棲艦との戦いの真っただ中。)
電「とっても美味しいのです!…恥ずかしながら、電は甘いものには目が無くて。」
電(甘味のような嗜好品はまだまだ流通が戻ったと言うにはほど遠く、電も羊羹なんて口にするのは久々で。)
電(一切れ一切れを惜しみつつも、ゆっくりと染み渡らせるように味わって。)
提督「……」
電「はわっ…!?」
電(不意に頭に乗せられた大きな手。固くて、ごつごつして…なのに優しさを感じるような、暖かくて大きな手。)
提督「…(ゴニョゴニョ)」
電(あの時、言葉を聞き取れなかったのは今でも申し訳なさで顔が赤くなってしまうのですけれど。)
電(それでも電は、あの優しい微笑みに。)
電「はい!ありがとう、なのです!」
電(精一杯、答えてあげられたかなと、勝手ながらそう思っているのです。)
・声量小さなおしゃべりさん
電(司令官さんが着任してから数日、電も大分司令官さんの事がわかってきたと思うのです。)
電(だからこそ何とかしたいと思うこと、司令官さんのためにも、電達のためにも何とかしなくてはならないと思うことが出来たのです。)
電(それは…)
提督「……(ゴニョゴニョ)」(←書類を持ちながら何かを言っている。)
提督「……(ゴニョゴニョ)」(←ボードに映し出された図面を指しながら何かを説明している。)
提督「……(ゴニョゴニョ)」(←艤装の模型を指しながら何かを言っている。)
提督「……(ゴニョリ!)」(←いかつい表情だが冗談めいた何かを言っている。)
電(声がとっても、とっても小さいのです!)
電「司令官さんはお話するのが苦手なのですか?」
電(ある日の昼下がり、意を決して訊いてみたところ、首を振ってはっきり否定されたのです。)
電(そして何かを呟かれているのですが、申し訳ないことに電にはそれを聞き取る事が出来なくて。)
電「その、ちょっと言いにくいのですが…司令官さんは声が小さいのです。もう少し大きな声で話してくれると助かるのです。」
電(意を決して伝えた要望。けれどその反応は電が思っていたのよりもずっと深刻な反応で。)
提督「……」(←明らかに落ち込んだ様子で頭を抱えてる)
電「あ、あれ!?司令官さん!?も、もしかして物凄く失礼な事を言ってしまいましたか!?」
電(思いの他深刻に受け止めてしまった様子に慌てて謝罪の言葉を口にするものの、それからしばらくの間、司令官さんはずっと頭を抱えてうつむいたままで。)
電「(いけないのです…電が司令官を傷付けてしまったのです…何とか、司令官さんに謝らないと…)」
電(そうは考えつつも良案が浮かぶ訳でもなく、気まずい空間のまましばらく経った頃。)
提督「…!」(←何かを閃いた模様)
電「し、司令官さん?急にどうしたので…それは…?」
電(ふと何かを閃いたように机の引き出しを漁り始めた司令官に質問すると、辛うじて笑顔のような表情でこちらにノートを向ける司令官さんの姿。)
提督「……」(←物凄い速さで何かを書いてる)
電「これは…もしかして筆談というやつでしょうか?」
電(手慣れた手つきで何かを書き上げ、それを電に見せてくれた司令官さん。そこに書いてあった事は…)
ノート「私は司令官。改めて、これからよろしく頼む、電。」
電(素人目にもわかる達筆な文字。簡潔ながらも不思議と司令官さんの人となりが十分に伝わる暖かい文字。)
電「は、はい、司令官さん。改めまして…電です。どうか、よろしくお願いいたします。」
電(初対面から数日後に交わされる、改めての自己紹介。)
電(不謹慎だとは思うのですが、電にはそれが何とも面白く思えてしまって。)
電「でも司令官さん。やっぱりちょっと言いにくいのですが…司令官さんの声が小さい問題は解決していないのです。」
提督「…!?」
・新兵器導入
電(あれから数日、鎮守府も少しずつ本格稼働を開始したのです。)
電(最初は電だけだった鎮守府も今では10人前後の艦娘が着任し、すっかり賑やかさが増してきたのです。)
電(そんな今だからこそ当初から先延ばしになっていた問題を解決すべく、電は新兵器の導入に踏み切ったのです。)
電「し、司令官さん!不躾で大変申し訳ないのですが…今日から司令官さんには新兵器の運用に協力してもらうのです!」
電(突然の宣言に不思議そうな表情の司令官さんを他所に、電はそのまま夕張さんに新兵器の説明を促します。)
夕張「(てか電ちゃん。こういう言い方はアレだけど…本当に大丈夫なのよね?)」
電「(大丈夫…とはどういう意味なのです?)」
電(説明を促されたものの、状況が呑み込めていない司令官さんを他所に夕張さんは電に質問を投げかけてきます。)
夕張「(私はまだ電ちゃん程提督と親しくないからかもしれないけど…これ怒られたりしないよね?流石にあの体格で怒られると艦娘でも怖いんだけど…)」
電(手に持った"新兵器"を見せながら不安そうに問いかける夕張さん。確かに司令官さんと付き合いが浅い人からすれば、その感想もやむ無しとは思うのですけど。)
電「(大丈夫なのです!見た目は確かに怪獣さんですけど…司令官さんは本当はとってもとっても優しい人なのです!)」
電(そう言って笑顔で胸をポンと叩いて見せるものの、夕張さんはまだ半信半疑と言った所でおっかなびっくり"新兵器"の説明を始めます。)
夕張「えーとですね、電ちゃんから相談を受けて作ったのですが…はい、見ての通り"拡声器(メガホン)"ですね。とりあえず一般の物よりは集音性を高めにしてみました。」
電(手渡されたメガホンを見ながら説明を受ける司令官さん。眺めるのもそこそこにスイッチを入れようとしたところで早速問題が発覚したのです。)
提督「………」
夕張「どうしました提督?何か問題でも…あっ。」
電(そうなのです、司令官さんの手は電の顔くらいはある大きな手。対して夕張さんが作ってくれたメガホンはあくまで既製品を改造した試作品。つまり…)
提督「……(←スイッチが押せない)」
電「し、司令官さん、電が押してあげるのです。」
夕張「ごめんなさい、完全にサイズの考慮が抜けてたわね…」
電(メガホンを借りてスイッチを入れてもらい、『では改めて』と夕張さんに促される司令官さん。)
電(恥ずかしながら電も、ようやく司令官さんの声が聞けるのだとドキドキしながら耳を傾けて。)
提督「………」
電&夕張「(ドキドキ…)」
提督「………」
電&夕張「(ドキドキ…)」
提督「………?」
電&夕張「(ドキドキ…?)」
電(再び執務室に沈黙が続いてしばらく。やがて先程と同じようにメガホンを見つめ、渋い表情を浮かべる司令官さん。)
夕張「……電ちゃん、音量もちゃんとオンにした?」
電「はわっ!?ご、ごめんなさいなのですっ!」
電(執務室に入ってきた時の威勢はどこへやら、しょうもない失敗に恥ずかしさで消えたくなりながら。)
電(せっかく聞く事が出来た司令官さんの声も第一声が苦笑いから始まったのが追い打ちをかけて。)
電(でも、電はきっと忘れる事は無いのです。)
電(だって、初めてはっきりと聞こえた司令官さんの声は。)
電(初めて会った時と同じ。とっても優しくて、穏やかな声だったのです!)
-なお、その後-
夕張「いやー、初めて提督の声聞いたけど見た目より結構若々しい声色だったなぁ。」
明石「夕張ずるーい。というか何で改造や発明に私が最初に声がかからない訳ー?」
夕張「まあまあ、電ちゃんもそこまで深い意図はなかったと思うし。というか寧ろここからが本題なんだけど…」
-コトッ-
明石「ん?何これ…ってこれが件のメガホン?」
夕張「そうそう。まぁ試運転でいろいろ問題が見つかったからこのままじゃ使えなくて…」
明石「あぁ、さっき言ってたサイズが小さすぎるってやつ…」
夕張「うん。で、提督に合わせてこれを大型化するんだけどさ。」
-大型化するんだったら、もっと色々機能盛れるんじゃない-
明石「…(ニコッ)」
夕張「…(グッ)」
後日、ネジの使い込みがバレて二人が大淀に追い回されるのは別のお話。
二作目ですね。
へいわだなぁ