2019-04-14 23:36:54 更新

概要

「提督女体化日誌」の続編となります。こちらの作品をご覧になる場合、そちらを先にご覧になることをお勧めいたします。

戦闘描写は不得意なため、ご容赦ください。

オリジナルキャラ、戦闘描写及び轟沈表現があるため、そういったものが苦手な方はご注意ください。


前書き

前作では描けなかったシリアスと私が本当に描きたかったものを体現させるべくスタートさせて頂きました。前作で張り巡らされた伏線の大半を回収させて頂きます。
「もしかしたら……」と予想をしながらご覧いただけるとさらに楽しめるかもしれません。

私が実際に見た「夢」を基にしたこの作品。どうか楽しんでいただければ幸いです。






ザザーー ンン…   ザザーー  ンン…



波の音が聴こえる。


静かで 穏やかな海だ。



ゆっくり目を開けると。


今にも消えてしまいそうな、弱々しい光を放つ白い月が、夜空に浮いていた。




暗い海に浮かぶ 今の私のように。





砲塔は無残に砕かれ、元あった巨砲の重厚さと壮麗さを残してはいなかった。


今はもう、黒煙を吐く鉄の塊でしかない。


衣服は無慈悲に破られ、裂かれ、焼け焦げて、白く陶器のようだった肌が露わになっていた。


今では焼かれ、切り裂かれ、打ち付けられ、所々に赤黒い染みをつくっている。


刀は惨く折られ、かつての美しい刃の曲線は失われていた。


今はただ、月を冷たくその刀身に映している。




私は今日、私の大切なものを護る為に、風を斬り、海を駆け、空を轟かせ、硝煙に身を投じ、弾丸の雨降る中で戦った。


そして私は今、沈みゆこうとしている。


だというのに私は、恐怖や後悔を微塵も感じてはいなかった。


充足感と安堵、それが私を満たしている。


寒さも、苦痛も、後悔も、恐怖も、孤独さえも、それと比較すれば些細に感じた。



ずっと待ち望んでいた瞬間が今、訪れようとしている。


——はぁ……。


ちからの無い、魂が抜けてしまうかのような程か弱いため息。


今の私を誰かが見たら、きっとこう言うでしょうね。


なぜ死にそうなのに笑っていられるのか、と。







風に運ばれてきたのだろうか、桜の花びらがどこからか飛んできた。


感覚を失った右腕と、震えながらかろうじて動く左腕を、緩慢に花びらへと伸ばす。


月の光を受けて蝶の様に舞う花びらは、健気で、か弱くて、美しくて、惨酷で、切なくて、儚くて、本当に、ほんとうに——













「——きれい」










ザザーー  ンン…… ザザーー   ンン……







その瞬間


桜の花びらが、海へと散った。























艦娘  LOST












前章  胡蝶之夢






「なぁ、聞いたか?」


声が聴こえる。


「もちろんだ、予想はしていたが……また戦争とはなぁ……」


二人の、話し声だ。


「確かに、あの国は強大だ。他の国も敵に回すことになるだろうし」


「そうだな……だがこの国も負けちゃいない。なんせ、他国に後れをとらない技術と、世界最強の部隊がこの国にはあるんだからな」


「あぁ……そういや、噂があったな」


「うわさ?」


「なんでも、今までにない新たな軍艦を造る計画があるって話だ」


「今までにない軍艦? あの「長門」よりもでかいのか?」


「かもしれん。この国の技術の粋を結集したものだ。想像もつかん」


「完成すれば、大日本帝国海軍に敵う海軍は無くなるだろうな。はっはっはっ」


何も無い暗闇の中、男たちの笑い声だけが響いていた。



・・・・・・・・・・・・



「んぅ……」


鳥の鳴き声に目を覚ます。


カーテンから春の柔らかな光が零れ、部屋の中を優しく照らしていた。


「…………」


春の陽気のためか、彼女はしばしの間、夢現の状態でいた。


暖かな布団から未練たらし気に起き出し、覚束ない足取りで洗面所へと向かった。


透き通った水をすくい、寝ぼけた顔を洗い流す。


意識が完全に覚醒し、鏡に映った自分と向き合う。


「あれ……?」


そこで気付いた。水ではない雫が頬を伝っていることに。


「どうして? 私……」


指で雫を拭うと、それは確かに熱を持っていた。



「泣いてるの……?」



なんの感情によるものか分からない一粒の涙は、春の光を受け、煌々と輝いていた。



・・・・・・・・



明石「……はい、終わりました」


提督「ありがとう。それで、なにか分かった?」


明石「いいえ、何も。専門家には掛かったんですよね?」


提督「うん……でも、何も異常は無いって」


明石「う~ん……充血しているわけではないですし」


提督「なんだか、瞳の色自体が赤くなってる、って」


明石「瞳が、ですか? 元は黒だったんですよね?」


提督「そう、だからお医者さんも、すごく驚いて……」


ある日の朝、鏡を見ると瞳が真紅に染まっていた。


まるで、血の様にも見え、燃えているようにも見えた。


明石「瞳の色が変わるなんて……夕立ちゃんもですが、あれは改二の改造によるものですし……提督はそんなことしていませんし……」


明石が「う~ん」と頭を抱えていると、部屋の扉がノックされた。


明石「あっ、どうぞ」


「失礼します」


入って来たのは、特型駆逐艦吹雪型一番艦の吹雪だった。


吹雪「おはようございます。眼の方は大丈夫ですか?」


提督「おはよう吹雪。ええ、大丈夫」


明石「あはようございます吹雪ちゃん。特に問題は無いから、安心して」


吹雪「そうですか、よかった。何かあったらすぐ言ってくださいよ?」


明石「そうですよ提督。日常生活に支障が出たりでもしたら大変ですからね。あっ、念のため視力検査もしておきます?」


提督「あぁ、それはもうやったから大丈夫」


明石「そうですか。で、結果は?」


提督「それが……あっ、天龍たち」


明石・吹雪「「えっ?」」


提督が目を向ける先をつられて見る二人だったが、両者ともに、天龍はおろか艦娘の一人さえ認めることは出来なかった。


ただ、碧く広大な海が広がるのみである。


吹雪「あの……天龍さんたちはどこに?」


提督「ほら、あそこ」


あそこ、と言われ海を凝視するも、どこにも天龍らの姿は無い。


提督「よく見てみて」


そう言われながら、二人は必死に目を凝らした。


すると、複数の人影が水平線に浮かんできた。


見回りに出ていた、天龍と龍田、暁、響、雷、電の六人だった。


明石「えっ?! 提督、ずっと見えてたんですか?!」


提督「まぁね。さっ、出迎えに行きましょう」


さも当たり前のように応え、提督は颯爽と部屋を出て行った。


明石「……吹雪ちゃん、見えた?」


吹雪「い、いえ……まったく。と、とりあえず、私たちも行きましょうか」


明石「そ、そうね」


視力検査の結果は、聞くまでもなかった。



・・・・・・・・



提督「朝の見回りお疲れさまー」


天龍「おう提督、よく分かったな」


提督「ちょうど姿が見えたから。さぁ、食堂に行きましょう」


天龍「ああ。よしっ! メシ食いに行くぞ!」


龍田「はいはい」


暁「今朝のご飯は何かしら? わくわく♪」


響「ボルシチがいいな」


雷「あ、朝からボルシチはちょっと重くない?」


電「あったかいお味噌汁が飲みたいのです」



・・・・・・・・



提督(なんだか最近、ご飯が前より美味しく感じる気がするわね)モグモグ


モグモグモグモグモグモグモグモグモグ


提督「……ふぅ。鳳翔さん、おかわり頂けますか?」


鳳翔「えっ? あっ、あの……実は、もう無くなってしまって……申し訳ありません」


提督「えっ、もう? あっ、またあの娘たち……食べ過ぎはダメって言ったのに」


鳳翔「た、確かに、皆さんもよく食べてくれるのですが……その……」


提督「?」


吹雪「し、司令官、これ……」


提督「え?」


吹雪の指差すそこには、絶妙なバランスで保たれた食器が山積みとなっていた。


吹雪「これ、全部司令官が……?」


提督「え、嘘……」


綺麗に平らげられた食器の山を、彼女は信じられなかった。


彼女の胃は、まだ五分目も満たされていなかったのだから。



・・・・・・・・



提督「はぁ……もうちょっと食べたかったなぁ」


膨れていない己のお腹をさすり不満げに溜め息をつきながら、鎮守府内にあるジムの更衣室にてトレーニングウェアに着替えていた。


提督「まぁ、腹八分目位が丁度いいって言うし、よしとしましょう」


もっとも、腹八分はおろか五分にも満ていないのだが。


それでも、意気揚々と更衣室を後にした。


提督「おまたせー」


長門「お、来たか」


武蔵「うむ、時間ぴったりだ」


提督「1秒でも遅れたら、スクワット100回3セット追加ですからねぇ。あんなのはもう御免よ……」


長門「安心しろ。さすがにそのようなペナルティを設けるつもりはもう無い」


以前、一度だけ3秒ほど遅れたことがあった。結果、スクワット100回3セット×3。計900回の追加ペナルティを受けることになった。


ご丁寧なことに、ペナルティを終えるまで長良と鬼怒が付き添ってくれる(いわば声援付きの監視)というサービス精神である。


翌日、筋肉痛で一歩も動けなかったのは言うまでもない。


主犯である長門と武蔵はというと、陸奥と大和に「ほどほどにしろ」と叱られた後、提督の代わりに書類整理と艦隊の指揮を執ることになった。


提督「それはどうも……さて、準備運動っと」


トレーニングに入る前にはしっかり準備運動をするように、とトレーナーである長良と鬼怒から再三言われ入念にストレッチをするよう心掛けている。


事実、するとしないでは大きく違った。体は温まるし、怪我をしにくくなるし、準備運動の大切さを身をもって知った。


武蔵「それにしても……ふむ」


ストレッチをしている提督の体を値踏みするように観察し「うんうん」と満足気に頷いた。


武蔵「以前はいかにも女性らしいふくよかな躰だったが、無駄な脂肪も無くなり引き締まった体になったじゃないか」


長門「あぁ、見事な体だ。こうなれば、私たちも指導のし甲斐があったというものだ」


提督「それは…ふっ…どうも…ふんっ…でも…ふぅ…あれだけ絞られたら、いやでもこうなるわよ」


長良と鬼怒の熱血指導のもと、基礎体力づくりに長距離マラソン(たまに島風とかけっこもさせられ当然負けた)、プロテインや筋肉づくりのためのスペシャルトレーニングメニュー、元々体が柔らかったためそこまで苦労しなかった柔軟、その他諸々のトレーニング。


提督「今なら、普通の人相手なら投げ飛ばせそうね」


長門「ははは、それはよかった。じゃあ、一発試してみるか?」


そういって目を向けたのは、懸架台に吊られたサンドバッグだった。


長門「あの時の雪辱、果たしてみてはどうだ?」


まだロクに体が出来上がっていなかった頃、サンドバッグに拳を撃ち込んだ時、ビクともせず、逆に自分の手を痛めるという、二つの意味で痛い目にあっていた。


提督「……いいわね、やってあげようじゃない」


準備運動を終えた体は十分に温まり、いつでもOKだった。


武蔵「また手を痛めぬようにな。ははは」


と、武蔵もまたサンドバッグの前に立ち、


武蔵「はぁぁっ!!!」


渾身の一撃を砂の詰まった袋に叩き込んだ。


空気を震わす音がジム内に響き、サンドバックが揺れる度に吊るされた鎖が静まり返った空間に「チャリンチャリン」と鈴のような音を鳴らした。


武蔵「ふぅ……まぁこんなものか」


長門「さすがだな。あれほどの威力を出せるのは、同じ戦艦娘の者と、瑞鶴ぐらいか」


提督「え? 瑞鶴も来たの?」


長門「あぁ、たまにここに来ては「一航戦の青い方がぁ!」と叫びながら戦艦娘顔負けのパンチ力を見せるぞ」


提督「あ、そういうことね……」


長門「では、提督のも拝見させてもらおうか」


提督「はいはい」


提督も同じように、因縁の相手を前に腰を低く落とし、拳を構える。


ちらりと見やると、武蔵もまた提督を観察していた。


「ふぅ」と息を吐き、一点を目掛け捻りを加えた一撃を放つ。


「はぁっ!!」


風船が弾けるような音が響いた。


その刹那の直後、サンドバッグが宙を舞った。


数十kgの重さの砂袋が、中身の砂をぶちまけながら飛ぶのは、なんとも衝撃的だった。


やがて床に落ちたサンドバッグは、慣性に従い数メートル滑り、やっと静止した。


長門「 」


武蔵「 」


提督「あっ……え……?」


哀れに破けたサンドバッグは、見るみるうちに萎んでいく。


その場に居た全員が、水のように流れ出る砂をただ呆然と眺めていた。



・・・・・・・・



心・技・体


それは武道のおいて共通のものだ。剣道然り、柔道然り、弓道も然り。


常に冷静であればいいという事ではない。技を極めればいいという事ではない。屈強な体を持てばいいという事ではない。


それら全てが調和し、組み合わさり、初めて形を成すことが出来るのだ。


ある人から教えてもらったその事を胸に、彼女は弓を構えていた。


矢を射る、ということは言うは易いが行うは難い。


神経を研ぎ澄ませ、ただ一点を狙い、矢を放つ。


その一連の動作を戦場で、平静を保ち、波に揺られながら正確に射る赤城らの技量と、それを可能にする彼女らの日々の鍛錬の壮絶さを、彼女は弓を扱うようになって改めて実感した。


「…………」


パシュッ!


放たれた矢が風を切りながら空を駆ける。


そこから突如、矢は火に包まれその中から鳥のような美しいフォルムが現れる。


艦上戦闘機「烈風」


零戦の後継機として開発された高い性能を持つ最新鋭艦上戦闘機。


始めは九六式艦戦での発艦訓練を行っていたが、経験を積んでいくにつれ零式艦戦二一型、五二型を経て、遂に烈風を扱えるまでになっていた。


ガガガガガガガガガガガッ


プロペラ音を響かせながら飛ぶ鉄の鳥は、機銃を一発も外すことなく的を粉々にし、滑らかな曲線を描いて青空へ舞っていった。


提督「ふぅ……それで、点数の方は?」


一連の動作を観ていた自分の部下であり、先輩であり、教官であり、姉(むこうではそういうことになっているらしい)である二航戦の主力を担う龍に己の評価を聞く。


飛龍「もちろん百点満点! 言うこと無しの合格!」


パチパチパチパチパチパチ


飛龍と同じ様に見守っていた他の空母娘たちから拍手が送られた。


赤城「おめでとうございます! 提督」


加賀「この短期間でよくここまで上達したものね。見事だわ」


瑞鶴「へぇ、あんたが他人を誉めるなんて珍しいじゃない」


加賀「ただ素直に評価した、それだけよ」


蒼龍「提督おめでとう!」


翔鶴「提督、おめでとうございます!」


提督「ありがとう、皆の指導のおかげよ」


飛龍「これで弓による発艦についてはもう教えることは無くなったけど、これからも常に初心を忘れず精進すること!」


提督「分かってるわよ。飛龍も指導ありがとうね」


飛龍「あっ! めっ! ですよ! ここでは私たちは先輩で、提督は「提督」じゃなくて「白龍」なんだから」


白龍「はいはい、存じております。飛龍先輩」


そう、提督が弓を携えている間は「提督」ではなく、白龍型航空母艦一番艦「白龍」なのだ。


飛龍「先輩……いい響きだわぁ。誰かさんは先輩って呼ばれてるのに、その誰かさんは呼んでくれないからなぁ」


瑞鶴「……なに? 「先輩」って呼んで欲しいの?」


飛龍「あ、やっぱいいや」


瑞鶴「ちょっ、それどういう意味よ?!」


飛龍「ところで白龍ちゃん?」


瑞鶴「無視すんなっ!」


飛龍「「先輩」でもいいけど、「お姉ちゃん」って呼んでもいいのよ?」チラッ


蒼龍「調子に乗らないっ!」ビシッ


蒼龍のチョップが飛龍の脳天に直撃した。


赤城「そういえば提と……白龍さん、今日の午前中は長門さんたちとトレーニングだったのでは?」


白龍「あぁ、それなんだけど、暫くの間トレーニングはしないってことになったの……あ、なったんです」


赤城「いつも通りで構いませんよ。どこかお怪我でも?」


白龍「ううん、そういう事じゃなくて、長門と武蔵が——」



長門「し、暫くは鍛えなくても大丈夫だろう……。だが、適度な運動を心掛けるようにな」


武蔵「まさか、この武蔵が力で劣るなど……」


提督「そ、そう? そう言うならそうさせてもらうけど、二人は?」


長門「私たちはさらに鍛えなければならない。自分が指導する相手の方が勝っていては指導の仕様がないからな」


武蔵「ああ、私も越えなければならない相手ができた。逆に燃えてくるというものだ」


提督「そっか……じゃあ、体壊さないようにね?」


・・・・・・・・・・・・


ハアアアアアッ!


セイヤアアアアッ!


提督「だ、大丈夫かしら……?」



白龍「——って」


赤城「そうですか。じゃあそちらの方も一段落着いた、ということですね」


白龍「そうね。執務の合間を縫いながらの筋トレや空母の訓練だから、少しでも余裕ができれば嬉しいわね」


赤城「そうですね。では、次回からは雷撃機と爆撃機について指導させて頂きます。今日もお疲れ様でした」


白龍「ええ、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします。……ところで、大鳳も今訓練中かしら?」


赤城「あ、はい。鈴谷さんと熊野さんに指導していると思いますよ」


白龍「分かったわ、ありがとう。じゃあそっちも頑張ってね。赤城先輩♪」


赤城「あっ、はい……」


・・・・・・・・・・・・


赤城「先輩……吹雪さんにも呼ばれましたが、提督に呼ばれるとなんだか嬉しいですね」


翔鶴「私も、先輩って呼んで頂けるでしょうか?」


赤城「きっと呼んでくださいますよ、提督なら」


翔鶴「はい!」


瑞鶴「やってやろうじゃないの!この野郎ぉ!!」


赤城・翔鶴「?!」


瑞鶴「見ときなさいよあんたこのヤロウ!」


蒼龍「いやいやいや、慣れてもないのに左手で引けるわけないじゃない」


飛龍「まぁ、私なら左でも余裕で勝てるけどねぇ」


蒼龍「出来ないくせに煽るんじゃない!」


加賀「はぁ……」


赤城「あっ、そういえば……」


鶴と龍の喧騒を眺めていると、赤城はふと思い出した。


赤城(提督の成長は著しいですが、しかし……)


この短期間、赤城たちの指導もあり、提督の弓の腕は目覚ましく上達していった。今ではもう、発艦に関しては指導の必要が無いほどに。その証拠に、発艦訓練の修了テストを見事合格した。


だがそれでも、赤城は確かな違和感を感じていた。


赤城(先ほどの発艦、見事成功してみせはしましたが、弓の構えが微妙に安定していませんでしたね)


傍から見れば、完璧な発艦のように見えただろう。少なくとも、戦闘に支障が出る程のものではない。もしそうだったならば、加賀を始めこの場に居た全員に指摘される。無論、テストに合格することも無かっただろう。


それでも、第一航空戦隊の片翼を担う彼女は、それを見過ごせなかった。


赤城(でも一体何故?)


贔屓目なしで見ても、提督の腕は十分。はっきり言ってこのまま戦場で戦わせれば、すぐに順応し、あっという間に自分たちと同じかそれ以上にさえなるかもしれない。


先程の提督の構えた姿と、自分や加賀、飛龍たちの姿とを比較する。そこには必ず相違点があると考えたからだ。


そして見つけた。それは、見れば一目瞭然の大きな違いだった。


赤城「あれでは、安定しないのも当然ですね」


早速、赤城は準備に取り掛かった。


赤城「翔鶴さん、少しよろしいですか?」


翔鶴「あ、はい。どこかへ行かれるのですか?」


赤城「はい、ちょっと工廠の方へ。あっ、念のため弓を持ってきていただけますか?」


翔鶴「分かりました」


赤城、翔鶴は各々の弓を持ち、射場を後にした。


瑞鶴「いいわよ! じゃあ勝った方が提督に教えるってことでいいわね?」


飛龍「おーけーおーけー。まぁ、私が勝つでしょうけどね!」


加賀「いい加減に」


蒼龍「しなさいっ!」


加賀のが瑞鶴に、蒼龍のが飛龍に、それぞれのチョップが脳天に直撃した。


赤城と翔鶴の姿は既に無かった。


・・・・・・・・・・・・


その射場では二人の艦娘がクロスボウを構えていた。


一人は航空巡洋艦から更なる改装を受けて攻撃型軽空母となった最上型三番艦「鈴谷」。


もう一人は、同様に軽空母となった最上型四番艦「熊野」。


そして、その二人を後方から見守っているのは、大鳳型装甲空母「大鳳」。


携えているのは弓ではないが、張り詰めた弦のような雰囲気で的に狙いを定めていた。


いつもはフランクな鈴谷も、その眼は真剣そのものだった。


鈴谷「………」


熊野「………」


バシュッ! バシュッ!


放たれた矢は同時に戦闘機へと姿を変え、息のあった動きで交差し射線上の的を見事に打ち抜いた。


鈴谷「……ふぅ。まっ、こんなもんじゃん?」


戯れるようにして青空へ飛び立っていった二機の鳥を見届けて鈴谷は一息ついた。


その口調にはいつものフランクさが戻っていた。


熊野「そうですわね。今日はこのくらいにしておきましょうか」


クロスボウを下ろし、手入れされた髪をかきあげる熊野の姿は、優雅そのものだった。


・・・・・・・・・・・・


大鳳「お二人ともお疲れ様でした」


訓練を終えた二人に大鳳がお茶を差し出してきた。そういう気の利くところが彼女の長所だ。


鈴谷「おっ? 大鳳ちゃんあざーっす」


よほど喉が渇いていたのか、お茶を受け取った鈴谷は一気に容器の半分まで飲み干してしまった。


熊野「鈴谷、少しは態度を改めたらいかが? 一応、空母としては大鳳さんの方が先輩ですのよ?」


艦娘としては断然鈴谷たちの方が長いが、空母としては熊野の言う通り大鳳の方が長い。


もっとも、大鳳の性格上、先輩風を利かせるということはないが。


案の定、大鳳は首を横に振った。


大鳳「いえいえ! 私のような者が先輩だなんて、弓もまだ扱えない未熟者なのに」


熊野「弓を扱えるかどうかは問題ではなくて、重要なのは経験が——」


鈴谷「まぁまぁいいじゃん。そういうお堅いのはさ」


元はと言えば鈴谷なのだが、そんなこと気にしている風はなく、既にお茶を飲み干そうとしている所だった。


鈴谷「あっ、そういえば——」


カラになったペットボトルのフタを閉めて思い出した様に口を開いた。


鈴谷「提督ってなんでいきなり弓が扱えたのかな。弓道はやってないって言ってたし」


熊野「言われてみれば確かに」


わたくしたちと同じようにクロスボウではないのかしら、と首をかしげる熊野。


熊野「そもそも、元は男性の提督が女性になり、それから艦娘になるという事自体が不思議でなりませんわ」


ある日、急に女性の躰となり、偶然戦闘機を発艦させたことから空母になった事が判明した提督。元から才能があったと言われればそこまでの事だが、どうにも釈然としないものがあった。


鈴谷「……まっ、艦娘がどういうものかなんて私たち自身も分からないんだし、深く考えなくてもいいんじゃない?」


熊野「鈴谷が言い出したことでしょうに」


しかし、まったくその通りなので熊野も深く考えるのは止めた。


自分たちが戦う相手、突然深海から姿を現した謎の艦艇群「深海棲艦」。


目的も、生態も、正体も何もかもが謎に包まれた存在。


それと同様に「艦娘」という存在もどういったものなのか、当事者である彼女たちさえ解っていない。


鈴谷「——にしても、やっぱり大鳳ちゃんはちょっと寂しいんじゃないの?」


大鳳「えっ?」


突如自分に話を振られ、なんのことだか分からずきょとんとしている。


鈴谷「いやさぁ、提督って「白龍」っていう航空母艦でしょ? 白龍型って改大鳳型らしいから姉妹艦みたいなものじゃん? 姉妹なら、やっぱり一緒に訓練したいんじゃないかなって」


大鳳「あぁ、そういうことでしたか。確かにその気持ちはあります。でも……私はまだ弓を扱えないので」


本音を言えば、とてもショックだった。自分にとっては後輩で、しかも妹にあたるのだから。


しかし、提督は弓での発艦を可能としている。それに対し、自分はまだクロスボウによる発艦しかできない。


勿論弓による発艦訓練をしたこともあるが、一度として成功したことは無かった。


大鳳「私なんかが教えられることなんてありませんし、私はまだ未熟者ですから」


「未熟者って誰のこと?」


大鳳「ひゃいっ?!」


急に背後から掛けられた声に驚き、落としかけたクロスボウをすんでのところでキャッチした。


ほっとしたのも束の間、慌てて振り向くとそこに声の主が普段とは違った姿で立っていた。


白龍「三人ともお疲れ様」


大鳳「てっ、提督!?」


鈴谷「おっ? 提督じゃんちぃーっす」


熊野「ごきげんよう提督……あら、その服は?」


白龍「あっ、そうそうこれね」


上半身は大鳳と同じ、腹部は装甲に覆われ、胸部はわき部分が開いた薄手の上着。脇からは純白のサラシが覗いている。


大鳳と違っているのは下半身で、ミニスカートではなくスカート仕立ての袴。


着物も着てはいるが今は纏ってはおらず、改になる前の葛城のようになっているが、きちんと着用すれば飛龍たちと同じようになる。


その着物には淡い白と黒のコントラストが美しい意匠が凝らされており、厳かで壮麗な雰囲気を醸し出している。それはまるで、夜空を駆ける白竜のようにも見える。


何故このような服になったかというと、空母娘たちの熱い議論によるものだった。


『戦闘に支障をきたさない私や赤城さんのようなシンプルなものにすべきだわ』


『やっぱり私と蒼龍と同じように着物にするべきよ』


『改大鳳型なんだから、大鳳と同じ服でいいんじゃないの?』


熾烈を極める議論の末に「ならいっそのこと全部取り入れてしまおう」ということになった。


正確には、そうでもしないと収拾が着かない恐れがあったからだが。


何はともあれ、無事(?)に意見はまとまり、細々とした修正を加えながらついに白龍の服が完成した。


白龍「どう? 似合ってるかしら?」


大鳳「はいっ! とてもよくお似合いです!」


鈴谷「おぉ結構いいじゃん。提督に合ってるし」


熊野「ほんと、よくお似合いですわ。その意匠はどなたが?」


白龍「これね、実は大鳳が考えてくれたのよ。だからそのお礼も兼ねて来たの」


どのような服にするかは歴戦の空母娘たちによって決められたが、最終的なデザインに至っては大鳳が姉ということもあり皆大鳳に譲った。


白龍「素敵なデザインを考えてくれてありがとう」


大鳳「い、いえっ! 私のような者がこんな大切な役目を任せていただき嬉しいです」


白龍「あっそれと、もう一つお願いがあって来たんだけれど」


大鳳「? はい、なんでしょう?」


白龍「もしよかったら、私にクロスボウの扱い方を教えてほしいの」


大鳳「え、えぇっ?! わた、私が、ですか?!」


大鳳にとってそれは願ったり叶ったりな相談だった。すっかり諦めていたことがこうもあっさりと実現しようとしているのだから。


白龍「ほら、私も一応装甲空母でしょ? 中破した時とかに弓の弦が切れても、クロスボウがあればまだ発艦できるから扱い方を知っておこうと思って……大鳳?」


大鳳「私が……提督を……」


心の中でひっそり思い描いていた光景に笑みを浮かべていた。


白龍「あの……お願いできる?」


大鳳「……え? あっ、はいっ! 色々至らぬ所もあると思いますが、大鳳、精一杯ご指導させていただきます!」


白龍「そう? よかったわ、これからよろしくね。あと、わたしがこの服装の時は「提督」じゃなくて「白龍」でいいわよ」


大鳳「わ、分かりました。白龍……さん」


白龍「呼び捨てでいいわよ、大鳳姉さん」


大鳳「呼び捨てなんてそんな……って、姉さん?!」


白龍「それとも、大鳳先輩の方がいいかしら?」


大鳳「あ、できれば姉さんの方で……い、いやっ! 今まで通り大鳳で構いませんから!」


白龍「うふふっ、分かったわ」


鈴谷「いやぁやっぱ姉妹っていいねぇ」


熊野「一応、私と鈴谷も姉妹ですのよ?」


鈴谷「そうだけど、姉妹っていうより親友みたいな感じじゃない?」


熊野「それもそうですわね。……ところで、わたくしそろそろシャワーを浴びに行きたいのだけれど」


鈴谷「おっ? じゃあ鈴谷も行こうかな」


白龍「あら、じゃあ私も行こうかしら」


大鳳「あっ、じゃあ私も」


熊野「それでは、参りましょうか」


それぞれ射場を後にする中、大鳳の足取りはとても軽やかなものだった。


・・・・・・・・・・・


いつでも使用可能なシャワールーム。


特に仕切りなどは無く、一人分のスペースがただカーテンで遮られているだけである。


キュッ シャアアアアアアア


白龍「ふぅ……」


程よい水圧と水温のシャワーが汗を洗い流していく。動いて汗を掻いた後にシャワーはやはり心地良い。


白龍「……………」


改めて自分の体を見てみる。黒いストレートの長髪、透き通るような肌、豊かに膨らんだ胸、くびれのついた腰、すらりとした脚。


この体になってからそれなりの時間が経っている。始めは慣れなかったが、今では昔からこうだったように感じるほど慣れた。


女になったことで艦娘の皆とはより親密になり、皆と同じ指輪を薬指にはめている。


それだけではなく、叶うことは無いと思っていた「艦娘となって皆を護る」という悲願も現実的なものになった。


女となったことで自分の運命は大きく変わった。もうこれ以上は無いというほどに。


なのに、時々何か欠けているような、何かを忘れているようなそんな不安に駆られるようになった。


それが何なのかを探ろうとすればするほど、霧が濃くなっていくように不鮮明になっていく。知ろうとするのを拒んでいるように。


白龍(駄目ね……)


一人で考え込んでしまうのは以前からの悪い癖だ。もし本当に深刻なら誰かに相談すればいい。


白龍(皆が居るんだから)


そんな風に考えることで、不安が汗と共に洗い流されるように感じた。


白龍「…………ん?」


視線を感じて隣のスペースを遮るカーテンを見ると、そこから鈴谷が顔だけ出して覗いていた。


白龍「どうしたの?」


鈴谷「いや、覗いてる鈴谷が言う事じゃないけど、提督恥ずかしくないの?」


白龍「全然、女どうしだし」


以前ならまだしも、今は特になんとも思わない。さすがに裸をジロジロ見られるのは恥ずかしいけど。


鈴谷「ふぅん。じゃあちょっと確かめさせてもらおっかなぁ♪」


確かめる? 何を?


鈴谷「じゃあちょっとしっつれーい」


そう言うと、カーテンを開けてこっちのスペースに入って来た。


一糸纏わぬ姿なのは言うまでもなく、豊満な胸と引き締まった腰のくびれ、美しい曲線の脚はまるでモデルのようだ。


意地悪そうな笑みを浮かべながら私の目の前まで近づいてきた。


鈴谷「じゃあちょっと後ろ向いて」


白龍「う、うん?」


背中を流してくれるのかなと思い言われた通りに鈴谷に背を向ける。でも、鈴谷の手には何も握られていない。


鈴谷「次はばんざいして」


白龍「えっ? こ、こう?」


鈴谷に従い両手を上げる。注文が多いレストランよりは少ないけど、そうさせる意図が全く分からない。


私がこうすることによって鈴谷がしやすくなること。


それに気づいた瞬間、私は鈴谷の餌食になった。


いや、正確には私の——


ぐぁしっ!


効果音を付けるなら多分こんな感じ。


白龍「……ねぇ鈴谷」


鈴谷「なに?」モミモミ


白龍「何してるの?」


鈴谷「ナニしてる?」モミモミ


白龍「いやそうじゃなくて。なんで私の胸を揉みしだいてるのかって聞いてるんだけれど」


鈴谷「いやぁちょっと成長具合を……」モミモミ


白龍「おかげ様でもう十分なまでに育ったわ。だからもうそろそろ離してくれないかしら?」


鈴谷「いいじゃんいいじゃん、スキンシップも大事っしょ?」モミモミ


白龍「セクハラの間違いじゃないの?」


鈴谷「でも提督は拒んだりしないから優しいよねぇ」


白龍「あんまりしつこいとさすがに私も怒るわよ?」


鈴谷「あとちょっと、あとちょっとだけ!」


白龍「はぁ……やれやれ」


皆とお風呂に入っていると隙あらば胸目掛けて突撃してくる艦娘が多くいるため、それらに対する対処法を矢矧から伝授してもらった。


背後から胸を揉んでくる鈴谷に向かい合って、両脇で鈴谷の両手をガッチリ固定する。


鈴谷「へ?」


白龍「私たちは互いに密着していてあなたは両手が使えない。それに対し、私は両手がフリー。後は分かるわね?」


相手がその気なら、こっちもそうするのみ。


私は正面から鈴谷の胸を鷲掴みにして思いっきり揉みしだいた。


鈴谷「ちょまっ?! てっていとくっ!? 急に…んんっ……!」


白龍「あなただって立派な胸部装甲を持ってるじゃない」


鈴谷「いや提督には負けるし……っていつまで触って…ひぃっ……?!」


白龍「ふぅん、鈴谷って胸敏感なのねぇ」


鈴谷「提督が鈍感なだけですぅ!」


白龍「あれだけ揉まれれば慣れるわよ。因果応報、覚悟なさい」


鈴谷「ごめんっ! ごめんって! 謝るからやめっ——んひゃああぁっ!?」


熊野「あの二人は何をやってるんだか……シャワーを静かに浴びることもできませんわ」


大鳳「ははは……はぁ……」


小さなシャワー室でピンク色の悲鳴と灰色の溜め息がこだました。


・・・・・・・・・・・・


彩り豊かな料理の品々が目の前のテーブルに並べられている。


それらは全て私が作ったもの。でも、自分が食べるために作ったのではない。


テーブルを挟んだ席には三人の艦娘が座っている。


毎日のように艦娘たちが足を運ぶ甘味処「間宮」で腕を振るっている給料艦「間宮」と間宮のお手伝いをしている給料艦「伊良湖」。


艦隊のお艦こと、居酒屋「鳳翔」を営んでいる軽空母「鳳翔」さんの三人だ。


三人は私が作った料理の品々を値踏みするように眺めている。


私はそれを固唾を飲んで見守る。私の後ろにいる大和も同じようにしているだろう。


鳳翔「……では、いただきます」


三人は箸を取り、料理の一つひとつの味を確かめるようにゆっくり咀嚼していった。


…………。


………………。


全ての料理に口をつけた三人は箸を置き、お互いの顔を見て頷いた。


鳳翔「それでは、発表させていただきます」


真剣な眼差しで私の目を見つめる鳳翔さん。それに応えるように頷き、判定が言い渡されるのを待った。


そしてついに、鳳翔さんが口を開いた。


鳳翔「おめでとうございます。合格です」


提督「やったー! 大和! 私やったよー!」


大和「おめでとうございます提督! よく頑張りましたね」


間宮「素材の選び方、下準備、調理行程と時間、盛り付け、味付け、全て完璧でした」


伊良湖「あとは、ちょっとしたアレンジなどを加えてみるのもいいかもしれませんね」


提督「ありがとうございます。これも大和や鳳翔さんたちが教えてくれたおかげです。本当にありがとうございました!」


実は、以前から——といっても女になってからだけど——私は大和や鳳翔さんたちから料理を教わっていた。幾度の失敗を重ね、ついに鳳翔さんたちの試験に合格することができた。


大和「いつか、皆さんに提督の手料理を振舞ってあげられるといいですね」


提督「そうね。フランス料理やイタリア料理とかはまだできないけれど、いつかは作れるようになりたいわ」


今までは作ってもらってばかりだったけど、これでやっと、私が皆に作ってあげられるようになった。たまに私が作ったこともあるけど、味は可もなく不可もなくといった微妙なものだかりだった。


提督「……ところで、それって全部食べますか? ちょっとお腹空いちゃって」


鳳翔「いえ、提督が召しあがるならどうぞ。提督が作ったものですし。もしや、昼食をとられていないのですか?」


提督「あ、いえ、食べてないという訳ではないのですが……。朝は食べ過ぎちゃったかなと思い昼食は少なめにしたのですが、ちょっと足らなかったみたいで……」アハハ


鳳翔「そうでしたか。沢山用意しておきますので、これからは遠慮しないでくださいね?」


提督「あ、ありがとうございます。でも、さすがにこれ全部は無理だから、大和も食べる?」


大和「よろしいんですか? なら、お言葉に甘えて、いただきます……あ、この肉じゃが美味しいですね」


提督「でしょ? 味が染み込むようにしたから。加賀も喜んでくれるといいんだけど。あ、これも美味しいと思うから食べてたべて」


大和「本当に美味しそう……て、提督っ!?」


提督「どうしたの? ほら、あーんして」


大和「あ、はい……あ、あーん……////」


提督「どう? 美味しい?」


大和「は、はい、とっても美味しいです……////」


提督「でしょでしょ? 後は——」


大和との遅めの昼食はとても楽しい時間で、普段より何倍も美味しく感じた。自分が作ったものだけど。


提督(でもやっぱり、大和や鳳翔さんたちのには敵わないなぁ)


自分の料理を味わいながら、そんなことを考えていた。


・・・・・・・・・・・・


ある人が言った。刀は己を映す鏡だと。


迷いがあれば、斬れるものも断つことはできないと。


己の剣筋が乱れているのは、己の心が揺らいでいるからだと。


最近、刀を振っているとどうもブレてしまう。


筋力はだいぶついてきたし、勘だってすぐに取り戻せた。


なのに、どうしても以前のように振ることができない。


提督「はぁ……」


一度手を止め、自分の手に握られている刀を見やる。


黒い刀身を持ち、桜が刻印されている真剣。妖精さんが私のために造ってくれた二振りのうちの一本だ。


本来なら、白銀の光を放つ、鏡のような刀身のはずだが、その刀は黒く染まり、何も映さない。


どれだけ顔を近づけても、ぼやけた輪郭が映るだけ。そこに写る顔は、私とは違う別の何かのように思える。


「よお、提督じゃねえか」


不意に声を掛けられ、慌てて声のした方向を見ると、そこには二人の黒い龍がいた。


提督「あら、天龍と龍田じゃない。二人も稽古しに来たの?」


天龍「まぁそんなとこだ。提督もか?」


提督「ええ。でも、最近は調子が出なくてちょっぴりスランプ気味なのよね」


天龍「鈍ってんじゃねえのか? 素振りばっかで感覚忘れてるとかよ」


龍田「それなら、天龍ちゃんが提督の相手をしてあげるのはどうかしら?」


提督「えっ……」


天龍「そうだな。俺も龍田や木曾以外ともやってみてえし……って、なに露骨に嫌そうな顔してんだよ」


提督「別に、いやって訳じゃないけど……」


天龍「あん?」


首をかしげる天龍に対し、龍田は「あぁそういうこと」と理解したようで、頭の上の輪っかが妖しく光っていた。


龍田「この前、天龍ちゃんにボロ負けしたことがキズになってるのよ」


提督「ぐっ……」


天龍「ああ、あの時か」


あの時、私は天龍からの挑戦を受けて立った。


今ほどではないけれど、武蔵たちの(地獄のような)特訓のおかげで筋肉もついていたし、刀もある程度振るえるようになっていた。


なにより、それまで天龍は私に幾度も挑戦してきたけど、一度も私に勝ったことは無かった。


その時も、私が勝つと思っていた。


そう思った私が馬鹿だった。


天龍だって日々訓練しているわけだし、何故あの時私に挑んできたのかを考えればすぐに分かることだった。


なのに私は、自分がどんなに弱くなっていたかも知らず、軽率に天龍の挑戦を受けた。


結果は私の完全D敗北。


圧倒的な天龍の力と俊敏性に翻弄され、手も足も出ず呆気なく負けた。


敗因は明らかに私の油断。もしこの話をあの四人が聞いたら、きっと口を揃えて言われるでしょう。


『慢心ね』と。


提督「天龍に負けたこと自体は大したことじゃないわ。私が慢心しただけなんだから。問題は……」


天龍「あぁ、『アレ』か……」


龍田「『アレ』ね」


苦笑する天龍と満面の笑みの龍田。


提督「『アレ』のせいでどれだけ私が恥を掻いたか……」


天龍は私に挑戦するにあたってあることを決めていた。


『負けた方が勝った方の言うことをきく』


負けた私は当然天龍の言うことをきくことになった。その内容が——


提督「『一日駆逐艦の服を着て過ごす』ってどんな拷問よ……」


なお、考案者は龍田。


ちなみに、私が勝った時は天龍に「次は私を倒せるようにもっと頑張れ」と激励して終わりだった。


そのためか、天龍も私に対して特に何か求めるようなことは言わなかったが、龍田が「せっかくの権利を捨てちゃうなんて勿体ない」という理由でそうなった。


天龍「ま、まぁ他のやつらや駆逐艦のガキどもには好評だったし、よかったんじゃないか……?」


提督「全然よくないわよ! サイズが合う訳ないからピチピチでお腹丸見えだし、スカートは短くて役割果たしてなかったしで散々よ」


龍田「それで、やるんですか? やらないんですか?」


天使のような悪魔の笑顔を浮かべながら、尋ねてくる龍田。答えは無論——


提督「受けて立つわ。私もこのままじゃ何時まで経っても上達できないしね」


天龍「そう来なくっちゃな! 分かってるじゃねえか」


こうして、私は雪辱を果たすべく、天龍の再び手合わせすることになった。


提督「あっ、でも『負けた方が勝った方の言うことをきく』っていうのはもう無し……ね?」


天龍「お、おう……そうだな……」


龍田「あら、残念ねぇ」


心底残念そうにため息をする龍田。だが、その顔から笑顔は消えてはいなかった。


提督「……じゃあ、いくわよ?」


天龍「ああ、いつでもいいぜ」


互いに木刀を構える。一瞬でその場の空気は張り詰めた。


提督「いざ——参るっ!」


天龍「いくぜオラぁ!」


…………。

………………。 

……………………。


提督「……勝負、あったわね」


天龍「ああ、そうだな」


激闘の末、勝利を収めたのは——


天龍「——参った。おれの負けだ」


私だった。


天龍「なんだよ、前よりも強くなってるじゃねか。ほんとにスランプなのかよ」


提督「その筈だったんだけど、どうしてかしら。天龍と手合わせしてる間、体が自然と動けたっていうかなんというか。そんな感じがしたのよね」


天龍「ほらな、やっぱり実戦に近い形でやらなきゃ鈍っちまうんだよ。素振りばっかやってねえでもっと他人とやったらどうだ? おれがいつでも相手になってやるからよ」


提督「そうね。一人でやってても強くはなれないわよね。ありがとう、天龍」


天龍「おう! 次は負けねえからな!」


提督「ええ、楽しみにしてるわ。それと、あなたのことなんだけれど……」


天龍「ん? なんだ?」


提督「あなた、動きが大雑把過ぎて隙だらけだったわよ」


天龍「あぁ……龍田にも言われたな、それ」


提督「勢いに任せてばかりだと隙も多くなるし、無駄な体力を使ってしまうから、一度素振りして形を確認した方がいいわ」


天龍「うっす」


提督「さて、汗も掻いたし、シャワー浴びに行く?」


天龍「お、そうだな」


木刀を置きに行くため立ち上がった瞬間、声が響いた。


龍田「私のこと、忘れてません?」


見ると、龍田が薙刀(木製)を構えて立っていた。しかも笑顔で。


提督「い、いや、忘れてないわよ? 龍田も一緒に行きましょう? ね?」


龍田「でも私、まだ汗掻いていませんから……」


そう言うと、龍田は薙刀(木製)をバトンを扱うかのようにひゅんひゅんと回した。


龍田「私もお相手、お願いします」


そう言い放つや否や、龍田は真っ直ぐこちらに突っ込んできた。


提督「えっ?! ちょっと待って——ってきゃあ?!」


すんでのところで薙刀を受け止めたが、龍田はさらに素早く追撃を加えてくる。


結局、龍田がそれなりに動いたところで、勝敗はドローで終わった。


龍田は汗を掻いているようには見えなかったけど、私は天龍の倍汗を掻くことになった。


そのためか、本日二回目となるシャワーはより気持ちよく感じた。


・・・・・・・・・・・・


ザブーンン……。


提督「ああ~、いい気持ち……」


書類整理をしていたらすっかり遅くなってしまい、今日は普段より遅めの入浴となった。


いつもは他の艦娘たちと一緒に入っているが、もう遅いため他の艦娘の姿は無かった。


提督(たまには一人でゆっくりするのもいいかも)


どっぷり肩まで浸かり、一人では広すぎる浴槽で体をうんと伸ばす。


「風呂は命の洗濯」とはよく言ったもので、疲労が溜まった体が温かいお湯でほぐされていく。


提督「~♪ ~~♪」


誰もいない浴場に鼻歌響き渡る。


提督「ふぅ……」


あまりの気持ち良さについ眠ってしまいそうになりながら、天井に昇っていく湯気をぼーっと見つめていた。


そんな私に、背後か一つの影が迫っていた。


私はそれに気付いてはいるけど、あえて気付かないふりをする。


その正体は知っているし、変に抵抗すればさらに面倒になると分かっていたから。


どこかのサメ映画よろしく、それはゆっくり私の背後に忍び寄って来ていた。


そして、それは大きな水しぶきをあげて私に襲い掛かってきた。


…………。


提督「……今日もお疲れ様、隼鷹」


隼鷹「提督も今日一日、おつかれさんっ!」


楽しそうに笑いながら応えたのは、飛鷹型航空母艦二番艦「隼鷹」だった。


提督「もしかして、お酒入ってる?」


口調は乱れてはいないが、一応念のため聞いてみる。


隼鷹「いんや、まだ飲んでないよ。素面だよシラフ」


提督「そう、ならいいんだけど。それより、いい加減胸を揉むのやめてくれないかしら?」


隼鷹「いいじゃんかよ。別に減るもんじゃないしさ。揉みごたえあるし、へっへっへ」モミモミ


セクハラオヤジか。


提督「どうして皆私の胸なんか触りたがるのかしら……」


隼鷹「そりゃあ提督だからに決まってるじゃんか。結構大きいしねぇ」


提督「そういうなら、隼鷹だって大きいじゃない」


隼鷹「提督には負けるって。あっはっは!」


提督「まったくもう……」


隼鷹「それに、提督ってなんだかんだ言って拒絶しないじゃんよ。だからじゃない?」


提督「それは……まぁ、スキンシップは大事かなぁって思って……」


皆に触られるのは、別に嫌じゃないし。


隼鷹「いやぁ、やっぱり提督は優しいねぇ」


提督「それはどうも。……でも、あまりしつこいとさすがに怒るわよ?」


隼鷹「おっと、それはいけないねぇ」


そう言って、やっと私の胸は隼鷹の手から解放された。


隼鷹「提督、またおっぱい大きくなったんじゃない?」


提督「そうだとしたら、多分皆のおかげね。サラシ巻くの結構大変なんだから」


隼鷹「あれ? 提督ってブラとか持ってないの?」


提督「ええ。サラシで事足りるし、自由に調節できるから都合が良いの」


隼鷹「よかったら私の貸してあげるよ?」


提督「ありがとう。でも気持ちだけ受け取っておくわ。ブラだとどうも付け心地悪くて」


一度、試しに付けてみたことがあるけど、どうもブラは私に合わないようで結局サラシで落ち着いている。


隼鷹「そっか。まぁ自分にあったモノが一番だしね」


提督「そうね。ところで、さっき「まだ飲んでない」って言ってたけれど、これから飲むの?」


隼鷹「そうそう。この後、私の部屋で千歳たちと一緒に飲み会するんだよね。提督も一緒にどうよ?」


男の時はあまりお酒は飲まなかったけど、女になってからお酒のおいしさに気付き、今では時々隼鷹たちと一緒に飲むようになっている。


提督「行きたいけど、明日も執務があるし……うーん」


隼鷹「大丈夫だって! ほんの少しだから、な?」


提督「……じゃあ、ちょっとだけご一緒させてもらおうかしら」


少し罪悪感を感じながら、自分の欲望に従い隼鷹のお誘いを承けることにした。


隼鷹「そうこなくっちゃね! じゃあ、私は先にあがって準備しとくから。後でな」


そう言い残して、隼鷹は浴場から出て行った。


再び、浴場に静寂が戻った。


提督「ふぅ……」


私はもう一度肩まで浸かって一息ついた。


提督「…………」


ふと、自分の胸に目を向ける。


女となった時からそれなりにあったが、今では一段と大きくなっているのは明らかだった。


提督「サラシ、多めに補充しなきゃなぁ……」


初めて、胸が大きい事の大変さを実感した気がした。


…………。


提督「……私もそろそろあがりましょうか」


隼鷹たちを待たせてはいけないと思い、出来るだけ早く体を拭き、髪を乾かし、寝間着に着替えて隼鷹の部屋へと向かった。


……本音を言えば、私もお酒を楽しみにしてたんだと思う。



・・・・・・・・・・・・



提督「ごめんなさい。待ったかしら?」


隼鷹「おっそいぞ提督ー。あまりにも遅いからもう飲み始めちゃおうかと思ってたよ」


見ると、各々が持参したお酒とつまみが既に広げられていていつでも飲み始められるようになっていた。


千歳「大丈夫ですよ提督。そんなに待ってませんから」


那智「ああ。というより、こいつらの気が早過ぎるんだ。待ちきれずに酒を注ごうとするのを何度止めたか……」


ポーラ「だいじょ~ぶですって~。すこ~しだけワインのテイスティングをしようとしただけですから~♪」


那智「グラス一杯でするのはテイスティングとは言わんぞ?」


伊14「まぁいいじゃん。そんなことより乾杯しようよ! か・ん・ぱ・い!」


提督「はいはい」


イヨに急かされながら酒の席に着き、持ってきた日本酒を開けて杯に注いだ。


杯の底には舞う桜が描かれていて、お酒を入注いで覗くと花弁が浮いているように見える。ちなみに私のオリジナルだったりする。


隼鷹「それじゃあ……乾杯っ!」


「「「「かんぱーいっ!!」」」」


こうして、今宵の呑兵衛たちの宴が始まった。


隼鷹「……かぁ~~っ! 五臓六腑に染みるねぇ! これの為に生きてるようなもんだよ!」


肴をつまみ、互いのお酒を飲み交わしたり、他愛の無い話をしたりして笑い合う。


お酒もそうだけど、この時間が堪らなく楽しい。


提督(以前はこんなこと出来なかったからなぁ……)


飲めない、というわけではないが大してお酒に強くなかった私は、誘われこそしたけれど、参加するということは無かった。


でも、この体になってから幾分かお酒に強くなり、今はこうして楽しいひと時を過ごすことができている。


提督「隼鷹には感謝しないとね」


以前から誘っていてくれたのも、飲む楽しさを教えてくれたのも隼鷹だったから。


隼鷹「んっ? どうかした提督?」


——ありがとう、隼鷹。


提督「ううん、なんでもないわ」


隼鷹「ふーん……そういえばさ、空母の訓練の方はどうなってんの?」


隼鷹の顔が少し赤く染まっている。しかし口調は乱れておらず、酔っている様子はない。さすが隼鷹はそう簡単には酔わないらしい。


提督「順調よ。発艦訓練は修了したし、明日からは艦攻や艦爆について教わる予定よ」


隼鷹「へぇー大したもんだねぇ。空母になってからさほど経ってないってのに。大変だったんじゃないの? 先輩方のご指導は」


提督「確かに大変ではあったけれど、赤城たちが熱心に教えてくれたから嬉しかったわ。それに、訓練自体が楽しかったし。でも、もっと頑張らないといけないんだけどね」


そう言い、杯に口付ける。色々なお酒を試してみたけれど、今飲んでいるこの甘めのお酒が今の私のお気に入り。


隼鷹「殊勝な心掛けだねぇ。あーあ、もし提督が弓じゃなくて式神使いだったらこの隼鷹さんが直々に教えてあげられたんだけどねぇ。いやぁ残念残念。」


くいっと杯に入ったお酒を飲み干し、また注いだ。隼鷹が今飲んでいる日本酒もまた隼鷹のお気に入りの一本らしい。


提督「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、私に時間を割かせちゃって皆の迷惑になってないか心配なのよねぇ」


この鎮守府トップクラスの実力を持つ赤城たち「南雲機動部隊」。日々厳しい鍛錬を積んでいる彼女たち、その妨げになっていないか、もちろん彼女たちはそのようなことは言わないけれど、それでも負い目を感じてしまう。


隼鷹「心配しなさんなって。誰も迷惑だなんて思っちゃ——」


那智「そんなことあるわけあるかっ!」


隼鷹「うおっ?!」


提督「ひぃっ?!」


突然の那智の怒号に驚いた拍子に手に持っていた杯が宙を舞った。


那智「誰が貴様を煩わしく思うものか! もし貴様空母ではなく重巡であったならば、私直々に訓練をつけて可愛がってやるというのに……何故貴様は重巡ではなく空母なのだ?!」


呂律は回ってはいるけれど、那智の顔はアルコールか気の昂ぶりの所為か、火のように赤く染まっていて酔っているのは火を見るよりも明らかだった。……火だけに。


那智「今何かくだらないことを考えなかったか?」


提督「いえなにも」


那智「そもそもだ! 足柄はあんなで頼ろうとしてくる気配は無いし、羽黒も以前ほど甘えてこなくなってしまったし……」


隼鷹「那智に甘えようものなら「この軟弱者が!」って怒鳴られそうな気がするんだけど」


那智「何か言ったか?」


隼鷹「いやなにも」


提督「二人とも強くなってるってことよ。姉として喜ばしい事じゃない」


那智「そうなのだがっ! そうではあるのだが! 私も二人の妹を持つ姉なのだ。もう少し姉らしく甘えられてもいいではないか……」


ヤケ酒だと言わんばかりにグイッとグラスに入ったお酒を飲み干した。


カラン、と小さくなった氷が鳴り、またお酒が注がれて小さくなって融けていく。


那智のお気に入りの達磨も、どうやらそれでカラになったらしい。


最後の一滴のまで注ぎ、飲み干したグラスを荒々しく置くと、まるで乙女のような溜め息をこぼした。


那智「はぁ……私だって、姉なんだぞ……」


意気消沈としてしまった那智の肩を叩き、那智のグラスに自分の日本酒を分け注いだ。


隼鷹「大丈夫だって。心配しなくても心ン中ではちゃんと頼りにされてるって。なっ?」


那智「じゅんよおぉ……」


普段は武人のような那智が、こんな風に本音を吐露し、あの隼鷹になだめられているなんて初めて見た。


提督「那智も素面でもっと本音を言えるようになったらいいわね、って……あれ?」


なかなか見られない光景を肴に一杯飲もうと杯を取ろうとするも影も形も無い。まだお酒も残ってたのに。


「て・い・と・く~?」


あっ、と嫌な予感がして声のした方を向けると、そこには、


千歳「私びちゃびちゃになっちゃったんですけどぉ?」


お酒を被ってビショ濡れになった千歳がジトーっと抗議の視線を送っていた。


提督「あっ……ご、ごめんなさい!」


頭を下げ、謝罪の言葉とハンカチを差し出した。でも元はと云えば那智が急に怒鳴ったせいなんだけど……。


しかし、千歳はそれを受け取らなかった。


千歳「別にいいですよぉ。服も濡れちゃいましたし、丁度良いです」


そう言うと、千歳は着ているシャツのボタンを外し始めた。お酒で濡れた薄手のシャツには、彼女の豊かな胸とそれを包むブラのシルエットがくっきりと浮かんでいた。


提督「丁度良いって……何が?」


私の疑問を他所に千歳はシャツのボタンを手際よく外していき、そして、


千歳「えいっ」


後ろへ放り投げた。そういえば、千代田に聞いたっけ。


千代田『千歳お姉って酔うと脱ぐから気を付けてあげてね』


脱ごうと思っていたところで服が濡れたから丁度良いって言ったわけね。なるほど、納得納得。


提督「——じゃなくてっ! 脱いじゃダメでしょう?!」


千歳「どうしてですかぁ? 見られて困る人なんてここにはいませんよぉ?」


酔っているためか、右に左に頭を揺らしながら恥じる様子も無く聞き返してくる。頭を揺らす度に彼女の豊胸も右に左にたゆんたゆんと揺れる。


提督「そういう問題じゃなくて! 風邪引いちゃうでしょ」


千歳「でもぉ、着たままだったらもっと悪いですし、そもそも提督が私にぶっかけたのがいけないんじゃないんですかぁ」


提督「うぅ……」


言い方はともかく、それは事実なので認めるしかない。那智が急に怒鳴ったりしなければそもそもこんなことには……と言っても結局は言い訳になってしまうのがまた悔しい。


千歳「大丈夫ですよぉ。もっと呑んでもっと熱くなっちゃえばいいんですから。じゃあ、お願いしますね♪」


酔っ払いらしい暴論と自分の杯を突き出してくる千歳に肩を落としながらお酌する。


千歳「溢れるくらい注いでくださいね」


そう要求してくるも、千歳の持っている杯は安定せず、本当に零れてしまいそうで危なっかしい。


千歳要望通り、溢れんばかりにお酒が注がれると慎重に口へと運び一気に飲み干した。


口の端から零れたお酒が千歳の胸へと流れた。それが妙に艶めかしくて変にドキドキしてしまう。


「ふぅ」と熱の込もった息を吐くと満足気に微笑んだ。


千歳「おいしいですねぇ。提督がこのお酒を気に入るのも分かります」


提督「ご満足いただけたようで何より……って、それ私の杯じゃない?!」


千歳「じゃあ、今度は私がお酌しないとですね」


私の言葉には聞く耳を持たず、自分でお酌すると言っておきながら再度杯をこちらに突き出している。


私は諦めて自分が飲むはずのお酒を自分の杯に注ぐという奇行をした。


先程と同様、杯から零れんばかりに注いであげた。


千歳はなみなみと注がれたお酒をすぐには飲もうとせず、ただ眺めているだけだった。


提督「あれ? 飲まないの?」


そう問いかけると、お酒から視線を私に移し、にっこりと微笑み、私も釣られて笑った。そして、


千歳「えいっ」


千歳から思わぬ「ご返杯」をもらった。


杯から放たれた日本酒は空中で光を受けながらまるで羽のように広がった。


透き通った液体は形を変えながら光を反射し、無常の美しさに見惚れてしまいそうになる。


やがて、それは甘い雨となって私に降り注いだ。


……。


…………。


………………ふぅ。


提督「ねぇ……千歳?」


何ともダイナミックなご返杯で私をずぶ濡れにした張本人に呼びかける。怒りといった感情は含まず、純粋な疑問で。


千歳「私のご返杯、いかがでしたか?」


悪びれた様子は無く、一切の皮肉を含まない笑顔で尋ねてきた。


提督「ええ、今までに味わったことの無かった斬新な返杯だったわね。浴びる程酒が飲みたい、なんて言う人もいるけれど、まさか本当に浴びせられるとは思ってもみなかったわ」


一滴として飲むことはできなかったけどね。


千歳「そんなことより、そんなびちゃびちゃじゃあ風邪引いちゃいますよ?」


提督「まさか、自分が言ったことまで返されるなんて……悔しい」


ていうか、誰の所為よ誰の。


千歳「ほらぁ、早く脱いでくださ~い」


提督「自分で脱げるから、無理矢理脱がせようとしないの。まったくもう」


幸い、私はサラシを着用しているため脱いでもさほど困らない。最悪この状態で自室に戻ることになってもなんら支障は無い。


武蔵は常にこんな恰好だし。


提督「よいしょ……っと。ふぅ……」


私もお酒が回っていたのか、脱いだことで少し涼しくなった。結構気持ち良い。


千歳「…………」


提督「? どうかしたの?」


私の顔よりやや下の方——私の胸を千歳はジッと見つめていた。


千歳「提督って夜はブラとかしない派なんですか?」


視点を固定したまま突然そんなことを聞いてきた。


提督「寝る時は何も付けてないけど。今みたいに寝る前とかはサラシを巻いてるわよ?」


千歳「でも……私には何も無いように見えますけど?」


提督「千歳、あなた酔ってるのよ。それじゃあ私が胸を露出させてるみたいじゃない」


「ほら」と見せつけるように、下から胸を持ち上げて、


もにゅん、と柔らかな感触が手の平から直に伝わってきた。


提督「……あれ?」


無い。あって然るべきサラシの感触が無い。逆に胸の感触はダイレクトに伝わってきている。


恐るおそる胸の方を見やると、


提督「——」


足元が隠れる程豊かに膨らんだ胸。その頂きの突起とその周辺は桃色に染まっている。


そこで「あっ」と思い出した。


ここ、隼鷹の部屋に来る前、


提督『飲み終わった後はすぐ寝ちゃうだろうし、サラシは……巻かなくてもいいわね』


迂闊だった。ほんの少し前のことすら忘れているとは。お酒の仕業にしてしまえばそれまでだが、釈然としない。


半裸となっている私がこの状況で下した判断は——、


提督「ま、いっか」


諦めることだった。


お酒が入っている故か、それとも日頃からよくセクハラを受けているからか、羞恥心はさほど無い。


提督「これまた悔しいけど、千歳の言う通り、見られて困る人なんていないしね。それに……」


「うぇへははふふへへ♪ あっごちそうさまが~きっこえな~い♪ うぇへへへ♪」


かろうじてパンツを履いてはいるものの、それ以外は脱ぎ捨てほぼ裸のポーラと、


伊14「んっふふ~♪ つまみもおいしいー! お酒もおいしいー! もっと、も~っと飲んじゃうよー!」


お酒が進んで止まらくなり、上半身の水着が脱げた状態のイヨ。


この二人に比べたら、私の恰好なんてまだまだグリーンゾーンの範囲内に留まって——。


千歳「提督」


提督「ん? なぁに?」


ポーラたちの方から千歳に向き直そうとして——、


私の視界には天井が映っていた。


提督「……へ?」


背中に感じたかすかな衝撃から、私は押し倒されたのだと悟った。


誰に? 勿論、千歳に。だって——、


彼女が私に馬乗りになったうえ、私の両手首をガッチリ抑えてるんですもの。


提督「あのぅ……千歳さん? そんな風にされちゃうと私、身動き取れなくなっちゃうなぁなんて……あはは……」


ぎこちない作り笑いを浮かべ、さりげなく抵抗してみるも……あっ駄目だ、めっちゃ強い。


千歳「うふふふ……」


私とは対照に不敵な笑みを浮かべる千歳。髪で隠れて見えない目がさらに不安を煽ってくる。


千歳「ていとく、私、まだまだ飲み足りないです」


恍惚とした表情を浮かべる千歳の顔は赤みを帯び、酔いが回っているのは確かだった。それで飲み足りないというのだから敵わない。


提督「そ、そっか、じゃあ私がまた注いであげるから、この手を離して私から降りて……ね?」


とりあえずこの状況から抜け出さなければ。酔って何をするか判らない相手に自由を奪われる恐怖は堪ったものではない。


しかし、私の懇願は虚しく、千歳には届かなかった。


千歳「大丈夫ですよ。提督はこのままで。もう、既にありますから」


提督「あ、あるって何が?」


千歳の言葉の意味が解らず反射的に聞き返してしまった。


本当に、迂闊だった。


千歳「だってぇ、もう注がれてるじゃないですかぁ♪」


一瞬なにを言ってるのか思考が追い付かなかったけど、その言葉の意味を理解する前に身を以て知らされた。


提督「ひゃああっ?!」


突如、千歳が私の胸元に吸い付き、舌を蛇のように這わせた。


千歳「うふふ、提督……おいしくて、甘いですね♪」


先程私、私に降り注いだお酒の雨。それを浴びた私は、彼女にとって杯に注がれた酒らしい。


千歳「据え膳食わぬはなんとやら。せっかくの美酒を無駄になんてできませんよ」


前言撤回、私の恰好はバリバリのレッドゾーンでした。


よく考えなくても、こんな恰好するなんて「どうぞ襲ってください」と言っているようなものじゃないの。


これも全部お酒のせいだ……ということにしたい。


後悔しても、時すでに遅し。このままじゃ私は千歳に呑まれる。色んな意味で。


再度抵抗を試みるも、残念ながら、アルコールというものは力を与える者を選ぶらしく、私の方は逆に力が出ない。


こうなってしまっては八方塞がり、打つ手なし。私はこのまま千歳に美味しく頂かれるでしょう。


——まだよ、まだ終わってない!


提督「隼鷹っ! 助けて! 私このままだと美味しく頂かれちゃう! お願い助けて!」


最後の頼みの綱、隼鷹に助けを請う。彼女ならきっとどうにかしてくれる……はず!


隼鷹「ん? 提督?」


呼び掛けに気付いた隼鷹は私の方に向き、そして——、


隼鷹「おぉっ? なんか楽しそうなことやってるじゃ~ん! あたしも混っぜろ~!」


顔を紅潮させ、見るからに酔っ払っているの彼女を見て悟った。


墓穴を掘った、と。


隼鷹「スンスン……提督から美味そうな匂いがするなぁ? ちょっと味見させてもらおうかねぇ♪」


提督「美味しくないから! 私美味しくないからっ! 味見しないでっ!」


命乞いの声が届くはずもなく、二人の眼は獲物を見るそれだった。


那智「貴様ら、何をしている?」


提督「那智っ!」


いつの間にか、那智が傍らに来ていた。このチャンスを逃すわけにはいかない。


提督「那智っ! 那智お願い助けて!」


那智なら、那智だったら……!


那智「提督、貴様も軍人だろう。軍人なら潔く、諦めろ。さて、私も混ぜてもらおうか」


提督「那智ぃぃぃ……」


もう望みは絶たれた。この窮地を抜け出す方法はもう無い。


三人はこれから私を弄び、私が喘ぐ声を肴にして、私という酒を堪能する。


明日の新聞の表紙には、きっと私のあられもない姿が飾られるでしょうね。


もう、いいわよね? このまま溺れても……いいわよね?


そうだ、これは全部お酒のせい。そう、全てはお酒に呑まれた結果。


——皆頑張ってるんだから、その労いになることができるなら……それでもいいじゃないの。


為すがままに身を任せ、抵抗することを諦めた。その瞬間だった。


隼鷹の部屋の扉が蹴破られるように開いたのは。


一瞬にして、部屋の空気が張り詰め、全員の動きがピタリと止まった。


「まったく、いつまでバカ騒ぎしてるのよ……」


声と共に入ってきた彼女は目を擦りながら見るからに眠そうで、しかしその眼には憤怒の色が見えた。


隼鷹「あ、あはは……ちょっと騒ぎ過ぎたかな? ご、ごめんな、飛鷹」


隼鷹が謝罪の言葉を述べるも、飛鷹の表情は変わらない。


飛鷹「毎度のことだから、私はあまり気にしてないわよ。「私は」だけど」


そう言うと、飛鷹の他四人が部屋へと入ってきた。


ザラ「ポーラ、あなた『最近お酒は控えてる』って言ってたわよね?」


笑顔ではあるものの、ザラの目が笑ってない。これはかなり怒ってる。


ポーラ「えっと、あのぉ……これは、そのぉ……」


電光石火の速さで服を着て、姿勢を正すポーラ。目があちこち泳ぎ、ザラを直視できていない。


伊13「イヨちゃん? お酒を飲む時間と量を守るって、約束……したわよね?」


伊14「…………」


イヨも同様に顔ごと目線を逸らし冷や汗が頬を伝っている。


妙高「那智? お酒を飲むなとは言わないわ。けど、提督に何をしていたのか……詳しく聴かせてくれない?」


那智「いや、これはその、なんだ、酔いの勢いでというか、邪なことは何も……」


必死に弁明する那智に対し、笑顔のまま表情を変えない妙高。見ているだけで恐ろしい。


千代田「千歳お姉、約束したよね? どっちも抜け駆けはしないって」


千歳「も、もちろん約束はちゃんと覚えてるわよ? それに、提督に何かしようとだなんて思ってないから……ね?」


千代田「じゃあどうして提督は半裸になってるの? ズボンのベルトも外されかけてるし」


千歳「えっと、それは……」


二人は何か約束してたらしいけど、それが何かは知らないほうがいい気がする。


ザラ「ちょっと」


伊13「お話」


千代田「しよっか」


妙高「ね?」


四人「「「「はい……」」」」


四人は各々連行され、部屋に残されたのは飛鷹と隼鷹、そして私の三人だけになった。


飛鷹「はぁ、あなたたちも、あまり遅くまで飲み過ぎないようにね。明日も仕事あるんだから」


隼鷹「うぃっす」


提督「は、はい」


飛鷹「じゃあ、私は寝るから。おやすみなさい」


それだけ言い残し飛鷹は出て行った。


隼鷹「いやぁ、なんか悪かったな提督」


二人きりとなった部屋で、先に静寂を破ったのは隼鷹の方だった。


隼鷹「酒にかこつけてちょっとふざけようと思っただけなんだけど、千歳のやつはガチだったわ」


提督「どうだか。あなたも便乗して私を手籠めにしようとしたんじゃないの?」


隼鷹「ほんとだってば。ただ、さ……」


カラになったグラスに氷を入れながら、隼鷹らしくもなく、落ち込んだ声の調子で言う。


隼鷹「提督ってかなりハードなスケジュールこなしてるじゃん? 執務にトレーニング、その他諸々の仕事、その上空母の訓練……あたしだったら参ってるよ」


透き通ったお酒を注ぎながら、ちらりと私の方を見やった。


提督「隼鷹、あなたもしかして……」


照れ臭さを隠すようにお酒を煽り、「ふぅ」と色っぽい息を零して、


隼鷹「せめて、酒を飲んでる時くらいはそういうのを忘れて欲しくってさ」


隼鷹はいつも、私のことを気遣ってくれていた。


誘ってくれたのも、絡んできたことも、隼鷹の気遣いだったんだ。


酒好きの呑兵衛、なんてイメージが付き纏う隼鷹だけど、彼女は他者を人一倍思いやれる。そんな彼女だから周りにはいつも人がいる。


隼鷹「絡まれてた時、提督が本気出せばあれくらい抵抗できただろうし、ほんとは結構楽しかったんじゃないの?」


お酒の入った杯を差し出して、笑いながら見抜いてきた。


提督「ええ、楽しかったわ。とても……ね。でも、さすがにお酒が入った状態じゃあ抵抗できないわよ?」


隼鷹「でも、サンドバッグを吹っ飛ばしたって聞いたんだけど?」


提督「あ、あれはきっと壊れる一歩手前だったのよ。毎日皆に殴られてるわけだし」


誤魔化すわけではなかったけど、私もお酒を煽った。


提督「あら、これって……」


隼鷹「おっ? 気付いた? あたしのお気に入りの一本。どうよ?」


ピリッとしていて、でもそれが癖になる、隼鷹らしいお酒だった。


提督「美味しいわ。よければもっと頂いても?」


隼鷹「もちろん。いっそこのまま、二人で二次会やっちゃう?」


提督「あら、いいじゃない。やっちゃいましょうか」


こうして、二人だけの二次会が始まった。


提督「んっ……ふぅ……。結構飲んだわねぇ」


さすがにここまで飲むと意識がふわふわしてくる。夢心地で気持ちが良い。


提督「ねぇ、隼鷹?」


隼鷹「ん? どうかした?」


さり気なく近づき、頭を隼鷹の肩に乗せると彼女の体温が伝わってきて、なんだか安心する。


提督「わたし、突然だと驚いちゃうけど、ちゃんと言ってくれさえすればわたし、夜戦しても……いいわよ?」


何言ってるんでしょうね私は。


隼鷹「提督も……酔ってきたねぇ」


提督「そうみたいね……ふふっ」


静かで、暖かくて、辛くて、甘く楽しいひと時はあっという間に過ぎ去っていった。


提督「ありがとう、隼鷹」



・・・・・・・・



提督「さすがに飲み過ぎちゃったなぁ……」


隼鷹に借りた上着を着て、ふらふらと自室に戻ってきた私。


提督「早く寝ないと……んっ?」


隼鷹の部屋に行く前に敷いておいた布団。それが不自然に盛り上がっている。


近づき、そっと捲ってみると、


金剛「スース―」


金剛が静かに寝息を立てていた。


きっと、私がいない間に忍び込んでそのまま眠ってしまったのだろう。


提督「ずっと待っててくれたのね。ごめんなさいね、金剛」


頭を撫でると、解かれた髪がさらりと指の間を流れた。


金剛「~♪」


いつもは騒がしいくらいだけど、こうして寝顔を見ると、いつもとはまた違った印象でずっと見ていたくなる。


提督「名残惜しいけど、私も早く寝なきゃ」


金剛を起こさないよう慎重に布団に入った。金剛の体温でとても暖かい。


金剛「ん~♪ ていとく~♪」


私を抱き枕と勘違いしているのか、手足を絡めがっちりホールドしてきた。


ちょっと苦しいけど、暖かいからいいや。


金剛「も~ダメだよていとく~♪」


提督「ふふっ、おやすみ金剛」


誰かに抱かれながら眠るのって、こんなに安心するのね。



・・・・・・・・



波の音が聴こえる。


何故だろう。初めて聴いたはずなのに、波の音だと解ったのは。


ゆっくり目を開けると、そこは思った通り、海だった。


いや、正確には違う。海であるのは確かだが、水平線が見えるわけではない。


そこは港だった。それもただの港ではない。


軍艦が停泊する軍港だ。


そこには多くの艦艇が錨を下ろし、穏やかな波に身を任せていた。


普段は荒波に揉まれ、鉄の雨降る戦場に身を置く彼女らも、今は砲を下げて束の間の休息を享受していた。


平穏、平和そのものだった。


戦火に身を投じ、硝煙と血に塗れながら戦っている彼女らの表情も、今だけは穏やかに見える。


ふと、疑問に思った。


私は何故知っているのだろう、と。


波の音を、海を、水平線を、港を、艦艇を、戦場を、砲弾の雨を、硝煙を、血を、平和を。


そして、彼女たちが「戦っている」ということを。


見てきたわけでもないのに、聴いたわけでもないのに、何故。


そもそも私は一体何なのか。それさえも解らない。


根拠の無い確信は私を困惑させた。


こうやって思考を巡らしている内にも、知らないはずの単語が次々と出てくる。


なのに、自分が何者なのかは一向に解らない。


思考を一旦止め、彼女らを見やる。彼女らが謎を紐解く鍵になる、そんな予感がしたから。


その中で、一隻の艦が目に留まった。


兵装からして戦艦級。波に揺られながらも佇まいを崩さぬその様は正に巨城の如しだ。


何より、彼女からは確個たる強い意思、強さが伝わって来た。


勿論、それは彼女だけには留まらない。他の艦からも己の役目を果たさんとする覚悟が伝わってくる。


なのに——、


どうして、私はこんなにも彼女に惹かれるのだろう。


彼女だけが、他の艦と何かが違っていた。


それは彼女が違うのか、私が彼女を特別視しているだけなのか、それさえ解らない。


ただ、彼女だけは、彼女の表情だけは穏やかではなかった。むしろ逆、険しい表情だ。


彼女はどこか遠くを、海の向こうを見つめていた。


波が彼女を揺らしても、潮風が彼女の肌を撫で吹いても、彼女はその方角を見つめ続けていた。



そして、突如としてその港の静寂は破られた。


風を斬る音が何重にも重なり空を埋め尽くしていった。


陽の光を反射する鳥の形をしたそれらの翼に、赤い日が映っていた。


雲霞のように押し寄せた無機物の鳥は、空を蹂躙し、海を凌辱して——、


瞬く間に、平穏の港を阿鼻叫喚の地獄へと陥れた。


その光景は、私の甘い幻想を真っ向から否定し、私の浅はかさを責め、私に現実を叩きつけた。


——平和なぞ此処には無い、と。


成す術を持たぬ彼女らを襲うそれは、戦いというより一方的な蹂躙でしかなかった。


私はそれを、ただ傍観しているだけだった。


やがて、役目を終えた鳥たちは悠々と空の彼方へと飛び去っていった。


激しい炎に焼かれ、黒煙に呑まれながら、彼女は消えていく鳥たちを見つめていた。


彼女のその眼は、悲痛で溢れていた。そして——、


彼女の瞳から、黒い涙が零れた。



・・・・・・・・



目を覚ます瞬間、


その一瞬にだけ、何かが見えた気がした。


夢と覚醒の狭間の、刹那の空間に何かがある。


でも、その何かの輪郭はぼやけ、像を結ばず夢の向こう側にあるように手が届かない。


必死に、無我夢中にそれを掴もうとしている内に、意識は現実へと引きずり戻されてしまう。



目覚めると、そこは見慣れた天井だった。


何か、夢を見ていた気がする。とても長かったようにも思えるし、短かったようにも思える。


ついさっきまで見ていたはずなのに、夢は氷のように融けて、流れて、忘れてしまう。


しかし、私の胸には得体の知れない何かが蠢いている。


とても大切なモノを失くしてしまったような、そんな焦燥感が心臓に早鐘を打たせていた。


提督「私、今……何か夢を——ぐえっ」


間の抜けた声が喉から、もとい腹から押し出された。


何者かが私の背骨を折るくらいの力で締め付けてきた。


その正体は言うまでも無く——、


金剛「う~ん……むにゃむにゃ」


幸せそうな寝顔で、私を抱き枕にしていまだに寝息を立てている金剛だった。


提督「ほら金剛、朝よ。起きなさい」


気持ち良さそうに眠っているのを起こすのは忍びないが、朝はきちんと起床しなければならない。


何より私が身動き出来ないし苦しい。


金剛「ん~? あ、ていとく、グッモーニングね」


眠たそうに欠伸すると、また布団に潜り込んでしまった。


提督「二度寝しないでちゃんと起きなさい。寝坊するわよ」


金剛「む~あと五分だけ……」


寝坊助の常套句を述べ、あろうことか私のお腹に顔を埋め、その上私にしがみつく腕をさらに強めてきた。


どうたら、二度寝するだけに飽き足らず私のことも道連れにするつもりらしい。


金剛には悪いけれど、かくなる上は——、


提督「そう、残念ねぇ。目覚めの一杯に金剛が淹れてくれた美味しい紅茶が飲みたかったんだけど——」


金剛「了解したデース! チョットだけ待っててくださいネ! スグにお持ちしマース! ASAP!(できるだけ早く)」


さっきまでの寝坊助はどこへやら、意気揚々と部屋を飛び出していった。


提督「まぁ、嘘は言ってないしね。さぁ、私も身支度整えないと……」


こうして、今日の朝が始まった。


何か考え事をしていたように思えたが、朝日の様な金剛の笑顔と優しい紅茶の香りですっかり忘れてしまった。


とても、大切なモノであったはずなのに。



・・・・・・・・



白龍「遅れちゃってごめんなさい」


飛龍「あっ、白龍ちゃん遅刻だぞー!」


赤城「執務もありますし、仕方ありませんよ」


遅れたことにご立腹の飛龍とフォローしてくれる赤城、他の皆も私が来るのを待っていてくれたみたい。


瑞鶴「でも遅刻は遅刻じゃない? なら、ペナルティを受けるべきじゃないの? 私も一分遅れただけで誰かさんに喰らったことだし……ねっ、誰かさん?」


瑞鶴の視線が加賀へと向くが、加賀はそれにまったく応じず、


加賀「多忙な中での訓練だもの、多少は大目に見るわ」


瑞鶴「ちょっ、何よそれ! じゃあ私のは一体何だったのよ!?」


加賀「あれはあなたの怠惰が故でしょう。自業自得よ」


瑞鶴「あんたのは贔屓でしょうが!」


翔鶴「瑞鶴落ち着いて……もう。白龍さん申し訳ありません」


瑞鶴をなだめながら、翔鶴が頭を下げ謝罪した。


白龍「いいのよ、遅刻したのは事実だし。遅れたのも私が原因だから」


蒼龍「何かあったの?」


白龍「実は……執務もあったんだけど、それよりも着物の着付けに時間掛かっちゃって」


まだ着慣れていないこともあり、一人で着るのはまだ難しかった。


赤城「そうでしたか。よろしければ、私たちもお手伝いしますよ?」


提督「ありがとう、でも大丈夫よ。それに、早く一人で出来るようにしないとだし……飛龍は何で残念そうにしてるのかしら?」


飛龍「べ、べつに残念そうになんかしてないよ!」


白龍「あっ、でもまた遅れるといけないし……慣れないうちは頼んじゃおうかな?」


飛龍「えっ?! ほんと?!」


白龍「なんてね」


飛龍「白龍ちゃ~ん!」


赤城「あらあら。そういえば、私たちから提督に贈り物があるんです」


白龍「贈り物?」


蒼龍「そうそう、試験の合格祝いみたいな感じかな?」


赤城「まぁ、そんな感じでしょうか。 では、翔鶴さん、瑞鶴さんお願いします」


翔鶴「分かりました」


瑞鶴「絶対に吃驚するんだから! ちょっと待っててね」


そう言い残し、二人はその贈り物を取りに向かった。


白龍「絶対に吃驚する、ね。一体何が……あらっ?」


と、唐突に視界が暗転した。


飛龍「いいよって言うまで目を開けちゃ「めっ!」よ?」


白龍「手で隠されたら目をあけても見えないから安心して」


さり気なく飛龍が体を密着させてる(多分意図的にでしょう)けれどあえて言及しないでおいた。


白龍「…………そろそろいい?」


飛龍「めっ!」


白龍「はいはい」


……。


………。


…………。


飛龍「……はい、どうぞ!」


飛龍からお許しを貰い、瞼越しに光を感じると、胸を高鳴らせながら目を開けた。そこには——、


白龍「これって……」


そこには、一張りの大弓とクロスボウが堂々と置かれていた。


赤城「昨日、白龍さんの構えを拝見しましたが、微妙に安定していなかったので原因を探ってみたんです。それが、弓にありまして」


白龍「弓に? でもあれは鳳翔さんの弓よ? 手入れもしっかりされていたし……」


赤城「そうです。「鳳翔さんの弓」だったからこそ、構えに微妙なズレが生じていたのです」


そこではっと気づいた。赤城が言おうとしていることを、その理由を。


白龍「「私の」じゃないから?」


赤城は首肯して続けた。


赤城「誰だって自分に合ったものでなければ最高のパフォーマンスは出来ませんから」


白龍「ということは、この弓……」


その場の全員が頷いた。


赤城「はい、白龍さん、あなたの弓です」


白龍「私の……」


赤城「ええ、どうぞ手に取ってご覧ください」


皆に促され、恐る恐る弓をてに取ってみる。


形状は皆が使っているものと似ているが、所々が白と黒で迷彩が施され、弦は指を切ってしまいそうな程堅く張り詰められていた。


そして何よりも、初めて触れたはずなのに長年使っているかのように手に馴染む。


白龍「……試し射ちしても?」


足柄や夕張のような事を言っているなと思いながら、私は早速使ってみたくて堪らなかった。


皆はそれを見越していたのだろう、既に的は用意されており、翔鶴が烈風の矢を持ってきてくれた。


一度深呼吸して弓を構え、矢と弦を引く。狙いを一点に絞り、手ブレが止まった瞬間に矢を放つ。


パシュン!


真っ直ぐに放たれた矢が機体の姿へ変わると、一発たりとも射ち漏らすことなく的に命中させ、烈風は悠々と青空へ舞って行った。


飛龍「どうどう? ご感想は?」


癖っ毛と鉢巻を楽しそうに揺らしながら尋ねてくる飛龍だったけれど、私は驚きを隠せなかった。


白龍「凄い……弓が変わるだけでこんなにも違うなんて」


構えてから矢を放つまでの一連の動作、短い動作でもそれは見た目以上に体力と精神力を要する。


しかし、先程の動作で掛かった心身への負担は驚く程に軽かった。


自分に合った刀を振るった時と同じ感覚をこの弓で感じた。


飛龍「そりゃあ白龍ちゃんに合わせて造ったからね!」


まるで自分が作ったかのように胸を張る飛龍だけど、事実、彼女たちが私の構えをずっと見ていてくれたからこそ、それを基にしてこの弓は造られたのだろう。


赤城「白龍さんに合っていたようで良かったです。それからこれも——」


と、赤城が差し出してきたのは同じように黒と白の迷彩が施されたクロスボウだった。それも普通のクロスボウとは違っていた。


大鳳たちが使っているものとは違う、矢を連続で放つことのできる、いわゆる連弩と呼ばれるものだった。


赤城「私たちが工廠に居る時に大鳳さんもいらっしゃっていて、それなら一緒に造ってしまおうという話になったんです」


白龍「そっか、大鳳も私の為に……ありがとう、大鳳。……どうしてさっきから隠れてるの?」


「ひっ?!」 「やっぱバレてたかー」 「べつに隠れる理由も無いでしょうに」


先程からチラチラと様子を窺っていた三人は気付かれたことが分かると潔く出て来た。


大鳳「すみません、先輩方の邪魔になってはいけないと思いまして……」


鈴谷「そんなことないとは思うけど、面白そうだったからねー」


熊野「そうですとも。初めから堂々と入ってきていればよろしいのに」


大先輩である赤城たちの面々が揃う中に割って入るのは、大鳳にとっては恐れ多かったらしい。


白龍「邪魔だなんて思うもんですか。あなたが居なかったら私はこうして空母になれなかったのよ? むしろ、あなたはこの場に居てくれないと、ね?」


「その通りだ」と赤城たちは首肯する。赤城たちや大鳳がいたからこそ私は空母になれたのだから。


大鳳「皆さん……」


白龍「それに、せっかくの晴れ姿を見て欲しかったから」


大鳳「えっ?」


私は左手に弓を携え、右手に連弩を構えて皆の前に出る。


それから、弓を下に、連弩を上に向けそれっぽいポーズを決めて、威風堂々と名乗る。


白龍「白龍型航空母艦一番艦「白龍」、参ります!」


まだ進水もできていない私だけれど、いつの日か迎えるその日への期待と、皆を護る確固たる意志を貫く覚悟を込めて、私は高らかに名乗った。


白龍「……どうかな?」


恰好付けてはみたが、やはり少し恥ずかしいので一応訊いてみる。


飛龍「いいよいいよ! 白龍ちゃんカッコいい!」


加賀「ええ、一緒に出撃するのが楽しみだわ」


熊野「ここまで完成しておきながら、未だに進水できていないのが不思議でなりませんわね」


呆れたよう、ではなく本当に不思議そうに投げかけられた熊野の言葉。彼女も本心から疑問に思っているのだろう。


事実、艤装は全て完成しており海を駆けられないはずはないのだ。明石のお墨付きでもある。


もし問題があったとすればやはり弓だったのだろうか。自分の弓ではなかったから、今まで一度も浮くことに成功しなかったのだろうか。


ならばこれで、全ての問題は解決した。


今の私ならできる、そんな確信が私の胸に芽吹いていた。


今日また一歩前に進めた、そんな風に感じるんだ。


しかし、無事に進水できたとしても、空母として未熟では本末転倒となってしまう。


だから、私は——、


白龍「そのための努力は惜しまないわ」


もしかしたら、進水できるのはまだまだ先のことになるかもしれない。


そうであったとしても、その時が来るまで私は前に進まなくてはならない。


いつか来るその時を、私の夢を叶えるために、だから——、


白龍「前、向かないとね」


今できることに最善を尽くす、それが今の私にできることだから。


白龍「今日もご指導、よろしくおねがいします」


赤城「はい。今日は昨日言った通り艦爆及び艦攻について指導させて頂きます。指導するのは——」


と、そこで三人が前へ歩み出る。


加賀「当然、私と赤城さんね」


飛龍「まぁ当然私よね」


瑞鶴「私に決まってるじゃない」


「「「………」」」


それまでの空気が一変し、三人の間に不穏な空気が漂い始めた。


まあ、予想はしてた。


飛龍「いやいや、白龍ちゃんに手取り足取り、懇切丁寧に教えてきた私が指導するのが妥当でしょ?」


瑞鶴「指導してるように見せてセクハラしてたアンタが何言ってんのよ!」


白龍(何だか妙に体触ってくるなぁとは思ってたけど、やっぱりセクハラだったんだ……)


加賀「経験の差から考えて、私が指導するのが至極当然だわ」


瑞鶴「アンタ白龍にだけは滅茶苦茶甘いでしょうが!」


白龍(あれで甘い方だったんだ……)


百発百中できるまで終えられない(しかもミスしたら1からやり直しの)発艦訓練を思い出して身震いした。


瑞鶴「セクハラや贔屓するような先輩なんかに可愛い後輩は任せられないわ。私が絶対に白龍を一人前にしてあげるんだから!」


加賀「無理ね」


飛龍「無理無理」


瑞鶴「何でよ!?」


本心を言ってしまうと、赤城や蒼龍、翔鶴らの指導の方が解りやすかった……なんて言ったら火に油を注ぐことになるので黙っておく。


しかし、このままではまた収拾が付かなくなる。その前にどうにか解決策を見つけなければ。


と、そこで良い案が浮かんだ。


白龍「ねえ、こんなのはどう?」


全員の目がこちらに向いたのを確認し続ける。


白龍「実戦形式の演習で勝った方が指導するっていうのはどう? 私も皆の動きを参考にできるだろうし、ね?」


一応確認すると、皆納得してくれたようだった。特に三人はやる気満々と言った風だ。


瑞鶴「ふーん…いいじゃない。五航戦の力、見せてあげるわ!」


飛龍「結果は分かりきってるけど、白龍ちゃんの為だからね。二航戦の戦い方、存分に見せてあげようじゃない!」


加賀「鎧袖一触だわ。すぐ終わって参考にならないと思うけれど、一航戦として譲れません」


白龍「あー、それなんだけど……」


怪訝そうな表情を浮かべる面々に対し、私は一つ補足をした。


白龍「演習の編成についてだけど——」



・・・・・・・・



海上演習場


天気は良好、風も穏やかで波も高くなく、訓練をするにはもってこいのコンディションだ。


今、海上にいるのは一航戦、二航戦、五航戦の六人と審判を務める大鳳だ。


大鳳「これより、機動部隊による実戦形式の模擬戦を行います」


向かい合って立つ六人が対戦相手に一礼する。普段なら、隣にいる相手に。


大鳳「勝利条件は、事前に決めた相手チームの旗艦を戦闘続行不可能との判定にさせたチームの勝利です。では、チームの旗艦は前へ」


互いのチームから一人、前へ歩み出る。お互いこのように向き合うのは久しく、若干居心地が悪そうだった。


大鳳「アルファチーム旗艦翔鶴、随伴赤城、蒼龍」


アルファチーム、旗艦は五航戦「翔鶴」、一航戦「赤城」、二航戦「蒼龍」


大鳳「ベータチーム旗艦瑞鶴、随伴加賀、飛龍」


ベータチーム、旗艦は五航戦「瑞鶴」、一航戦「加賀」、二航戦「飛龍」


大鳳「時間内に旗艦が戦闘続行不可能と判定されたらそのチームの敗北。なお、時間内に決着が着かなかった場合はチームの損害率を見て審査します」


一航戦、二航戦、五航戦。その片翼を担う空母同士のチームによる模擬戦が——、


大鳳「今から10分後に開始します。両チーム、配置に着いてください」


いま、始まろうとしていた。



・・・・・・・・



ーαチームー


翔鶴「まさか、瑞鶴が相手になるなんて。加賀さんたちと揉めていなければいいけど……」


赤城「大丈夫ですよ翔鶴さん。あの三人ならきっと上手く連携を取れるでしょう」


蒼龍「そうそう。それに、偶にはこんな風に競い合ってみるのも悪くないしね」


翔鶴「……そうですね。私たちも、皆さんに情けない所を見せるわけにはいきません」


蒼龍「それにしても、提督も考えたね。片方同士でチームを組ませるなんて」


赤城「ええ。そうすることによって戦力の偏りを無くし、バランスを取らせる。それこそが提督の狙いでしょうね」


翔鶴「『勝った方が指導する』というのもありますが、提督が参考になさるという名目もありますからね」


赤城「それもありますが、それは理由の一つに過ぎないでしょう」


翔鶴「え?」


赤城「両チームが拮抗するよう調整する。当然決着はすぐには着かず長期戦となる。そうすれば提督もじっくり参考にできるでしょうから」


翔鶴「なら一航戦、二航戦、五航戦の対抗にしてもよかったのではないでしょうか?」


赤城「そうですね。しかし、提督は私たちの戦法は既にご存知のはずでしょう。おそらく、提督は——」


蒼龍「私たちがこのチームでどんな戦法で攻めるのか、それも含めて観戦したいってわけね」


翔鶴「なるほど。そのようなお考えがあったのですね」


赤城「はい。でもあと一つ提督の思惑があります」


翔鶴「も、もう一つあるのですか?」


蒼龍「提督も人が悪いよねぇ。素直に言ってくれればいいのに」


赤城「どうしても揉めてしまう以上、このような試合形式にしたのでしょうね」


翔鶴「えっと……そのもう一つの理由とは?」


赤城「きっと、提督は——」



瑞鶴「だから——、それじゃあダメだって言ってるでしょうが!」


飛龍「そっちの作戦よりマシよ!」


瑞鶴「旗艦は私なんだから従いなさいよ!」


飛龍「それじゃあ5分もしない内に負けるに決まってるじゃない!」


瑞鶴・飛龍「んぎぎぎ……」


加賀「まったく、あなたたちは……この模擬戦の意味をちゃんと理解しているのかしら?」


瑞鶴「えっ?」


飛龍「もちろん、ちゃーんと理解してるわよ?」


加賀「そう……。あなたは?」


瑞鶴「……言われなくても分かってるわよ。この模擬戦の意味も、提督さんが何でこんな編成にしたかなんてことも」


加賀「結構だわ。なら、私たちも早く戦略を練るわよ。少しでも油断すれば飛龍の言った通りになるのだから」


瑞鶴「分かってる。お互いに相手の実力はよく知ってる。……戦術も、でしょ?」


飛龍「それと、もうひとつは?」


瑞鶴「なっ、何よそれっ! まだ何かあるなら言ってみなさいよ!」


加賀「いい加減にして、始めるわよ。まず——」



白龍「——そろそろ時間ね。大鳳、お願い」


大鳳「はい。では——」



大鳳『両チーム、準備はよろしいですか?』


翔鶴『はい、いつでも大丈夫です』


瑞鶴『ええ、いつでもいけるわ』


大鳳『了解しました。では……』



大鳳「これより、両機動部隊による模擬戦を開始します。いざ——」



大鳳「——始めっ!」



白龍「さぁ、南雲機動部隊の戦い……しかと見させてもらうわ」




翔鶴「瑞鶴には悪いけれど、今回は私も本気でいかせてもらうわ」


瑞鶴「相手が翔鶴姉ぇでも、今回は全力で勝ちにいくからね!」


蒼龍「飛龍が相手なんて随分と久しぶりだし、偶には本気でやってみるのも悪くないかな」


飛龍「やれやれ……まっ、偶にはお互い本気でぶつかってみるのもいいわよ……ね? 蒼龍?」


赤城「いつぶりでしょうね、加賀さんと手合わせなんて。でも私も一航戦として、例え加賀さんたちが相手でも負けられません!」


加賀「一航戦として、二航戦や五航戦、赤城さんが相手でも、ここは譲れません」



翔鶴・瑞鶴「「第一次攻撃隊——」」



「「「「「「発艦始めっ!!!」」」」」」




長門「ほう、これは……」


白龍「あら、長門じゃない。あなたも観戦?」


長門「ああ。最強と謳われる機動部隊、その片翼を担う者どうしの真剣勝負だ。そうそう拝見できるものではないからな、ほら」


長門に促されて周囲を見渡すと、多くの艦娘たちが南雲部隊の模擬戦に見入っていた。否、私も含めて見惚れていた。


無論、見惚れているだけではこの演習の意味が無い。彼女らと航空隊の動きを一つとして見逃さないよう、観察していた。


白龍「もっとも、彼女たちから学ぶことは尽きそうにないみたいだけどね」


ハッキリ言って、彼女らの戦術をモノにできるか定かでない、というのが現時点での私の感想だった。


この艦隊の精鋭である彼女たちの戦いを見て、改めて彼女たちの強さと航空機の優位性を感じる。


かつて、海の覇者は戦艦だった。その時代を終わらせたのも、空母が新たな覇者であることを世界に知らしめたのも、かつての日本だ。


太平洋戦争の口火を切ったあの出来事。その場に居た者たちは、一方的に蹂躙される中で何を思っただろうか。あの時いたあの艦艇たちは——。


ズキンッ!


白龍「うっ……!」


長門「提督? どうかしたのか?」


白龍「だ、大丈夫。何でもないわ。それよりも、ちゃんと見ておかないと…」


私が空母として戦い、皆を護る為には彼女たちから多くのことを学ぶ必要がある。


そのためにも、この戦いを最後まで見届けなければ——。



蒼龍「右っ! 雷撃隊確認っ!」


赤城「こちらで対処しますっ! 翔鶴さんっ!」


翔鶴「はいっ!」


蒼龍「っ!? 左っ! 雷撃機多数っ! 村田隊っ!」


赤城「っ! 回避運動っ!」


翔鶴「そうは——させませんっ!」



瑞鶴「艦爆隊多数っ! 雷撃隊接近中っ!」


飛龍「迎撃するっ! 対空用意っ!」


加賀「制空は依然拮抗。敵攻撃機の迎撃を優先。少しでも優勢にもっていくわよ」


飛龍「了解——っ! 敵機直上っ! 江草隊っ!」


加賀「っ!?」


瑞鶴「させるかあぁっ!!!」


———。


—————。


———————。



大鳳『——そこまでっ!』


大鳳『時間内にて勝敗が決さなかった為、両チームの被害率で審査します。両チームの損害は——』


αチーム


旗艦 翔鶴 中破


   蒼龍 中破


   赤城 小破


βチーム


旗艦 瑞鶴 中破


   飛龍 小破


   加賀 中破


大鳳『——よって、両チーム引き分けです!』


苛烈を極めた南雲機動部隊の模擬戦は、互いに一歩も譲ることなく奮戦し、互いに引き分けとなった。


——私の思惑通りに。




・・・・・・・・


瑞鶴「えぇっ! 初めから引き分けにするのが狙いだったの?!」


飛龍「あれ? 気付いてたんじゃなかったの?」


瑞鶴「戦力を均一にして、互いに拮抗させてできるだけ長時間戦わせる為じゃなかったの?!」


翔鶴「私も最初はそう思っていたんだけれど……それだけじゃなかったみたいね」


飛龍「だからあまり気乗りしなかったのよ」


瑞鶴「じゃあ何?! 提督さんは私たちに教わりたくないってことなの?!」


提督「ううん、決してそんなんじゃないわ。ただ、他の皆からも教わってみたいと思って」


瑞鶴「他の皆?」


赤城「なるほど……それも良いかもしれませんね」


蒼龍「それぞれの戦い方から新しい発見もあるかもしれないし、それが良いわね」


飛龍「それに、私たちばっかり提督のことを独占するのも悪いしね」


瑞鶴「確かに……なるほどね」


加賀「単一の攻め方だけでは通じない戦いもあるわ。手札は可能な限り多く持っておくべきね」


瑞鶴「……あんた、提督に教えられなくてちょっと残念そうじゃない?」ニヤニヤ


加賀「そうね、できれば私が指導してあげたい所だけれど、提督の為だもの。仕方ないわ」


瑞鶴「えっ、どうしたの急にそんな素直になっちゃって。 さっきの演習中に頭強く打ったの?」


加賀「まだまだ余力があるみたいね。後で私の所に来なさい。代わりにあなたを指導してあげるわ」


瑞鶴「い、いやっ! 今日はさすがにもう……!」


提督「大丈夫よ。あなたたちにもまた教えてもらうつもりだから。その時はまた、よろしくね」


「「「「「「はいっ!!!」」」」」」


飛龍「ねえねえ提督~。今日は頑張ったから、ごほうびとか無いのぉ?」


提督「そうね。今日は皆に良い勉強させてもらったし、今晩は私がご馳走するわ」


飛龍「ほんと?! やったぁ!!」


提督「じゃあ、皆は先に間宮さんの所に行ってて。私は着替えるのに時間掛かっちゃうだろうから」


瑞鶴「あっ! 私、提督さんが作った料理食べてみたい!」


蒼龍「あっ、私も!」


提督「えっ? 私の? いいけど……私の料理で良いの?」


赤城「もちろんです。提督の料理はとても美味しいと聞きましたし、私も頂きたいです」


翔鶴「私もぜひ頂きたいです!」


提督「そっか……なら、腕によりをかけて作るわね!」


飛龍「やったー!」


加賀「提督の手料理……さすがに気分が高揚します」


提督「じゃあ、私も急いで着替えてくるから、食堂で待っててね」






提督「食材、これだけあればさすがに足りるわよ……ね?」



・・・・・・・・





提督「さすが、皆よく食べるわね……」


後片付けをやっと終えて、私は入浴のため浴場へと向かっていた。


何とか食材が底を着くことはなかったものの、皆の食べるスピードは驚異的で、鳳翔さんの手を借りてやっとだった。


ようやく皆が満足する頃には、綺麗に平らげられたお皿が山の如く積まれ、ついさっきやっと片付いたばかりだ。


提督「まぁ、皆に満足してもらえたからいっか」


料理を作る側として「美味しい」の言葉以上に嬉しいものはない。


提督「今度は何を作ってみようかなぁ?」


あれこれ考えている内に脱衣所に着き、中に入ると大勢の先客が居た。


睦月「およ? 提督もこれからお風呂かにゃ?」


睦月を始め、睦月型の全員が服を脱いでいる途中だった。


提督「ええ。皆もこれからなのね」


水無月「やったー! 司令官と一緒にお風呂だー!」


提督「そういえば、皆とお風呂なんて久しぶりね」


以前は——と言ってもこの体になってからだけど——よく皆と入っていた。しかし最近は忙しくなり、誰かと一緒に入るのは偶然誰かと居合わせた時だけだった。


軍服を脱ぎ、胸に巻いたサラシを解いていく……と、背中に視線を感じた。


提督「どうかした?」


見ると、その場の全員の目が私に向けられていた。


長月「司令官の体……引き締まっていて、無駄が無い……私の理想とする肉体そのものだ」


菊月「同感だ。さぞ過酷な特訓をしているのだろうな……。この菊月にも受けさせてもらえぬか?」


提督「あら、じゃあ二人も長門と武蔵にしごかれてみる? ちなみに、清霜は三日目でダウンしたわ」


長・菊「…………」


提督「も、もし私でいいなら、私が特訓をつけてあげるわよ? あの二人のよりは緩いけれど……」


長月「そ、そうだな……」


菊月「あぁ、頼もう……」



・・・・・・・・



卯月「う~ちゃ~ん、ダァァァイブッ!」


バッシャーンッ


提督「卯月ー、危ないから走りったり飛び込んだりしちゃダメよ」


卯月「うーちゃんは転んだりなんかしないっぴょ~ん」


提督「あなたは大丈夫でも……ほら」


卯月「へ? なんのことっぴょ——」


弥生「…………」ポタポタ


そこには、頭からお湯を被って(勿論原因は卯月)びしょ濡れになった弥生がじっと卯月を見つめていた。


卯月「うびゃあっ?! や、弥生っ、ご、ごめんっ!」


弥生「怒って……ないから、大丈夫。だいじょう…ぶ……」


卯月「ごめんっ! ホントにごめんっぴょん!」


提督「あらあら、でも丁度いいわ。弥生、髪洗ってあげるからいらっしゃい」ザバァ


弥生「え……? いいん、ですか?」


提督「ええ。それとも、誰かに洗われるのは嫌かしら?」


弥生「い、いえ……その、お願い…します」


・・・・・・・・


提督「これくらいの力加減で大丈夫? 痒い所は無い?」ワシャワシャ


弥生「はい…気持ちいい、です」


睦月「にゃっ?! 睦月にも洗わせてくれなかった弥生が、あんなに気持ち良さそうに?!」


如月「あらあら、いつも自分で洗うって言って聞かないのにねぇ」


提督「…よし、じゃあ目つむって」


ザバァ


提督「はい、終わり」


弥生「あっ、ありがとう…ございます」


文月「弥生ちゃんいいなぁ~。ねぇ司令官、文月の髪も洗ってぇ~」


皐月「あっ!ボクもボクもー!」


水無月「もぉ、さっちんたちばっかりズルいよー!」


提督「皆ケンカしないの。ちゃんと順番にね」


文・皐・水「「「はーいっ!!!」」」


睦月「お、お姉ちゃんとしての威厳がぁ……」


三日月「うぅ……」モジモジ


望月「なぁに遠慮しちゃってんのさ。やって欲しけりゃ言えばいいじゃん?」


三日月「そ、そんな! 司令官に洗ってもらうなんて……」


望月「一緒に風呂入る機会なんて最近はあんま無いんだし、チャンスは逃さない方が良いんじゃないの?」


三日月「え、えぇ……」


…………。


三日月「あ、あの、司令官…その……」


提督「あっ、三日月もちょっと待っててね。ちゃんと順番に洗ってあげるから、ね?」


三日月「! はっ、はい!」


望月「ほんと、三日月は生真面目なこったねぇ。さぁて、あたしはサッサと出て——」


睦月「も~ち~づ~き~?」


望月「うぉっ?! な、なんだっ?!」


睦月「まだちゃんと髪洗ってないにゃ~?」


望月「い、いやぁ、あたしは水で流すだけで十分だし……」


如月「もぅ、ちゃんと洗わないと髪が傷んだままになっちゃうわよ?」


睦月「如月ちゃんの言う通りなのです。ほらほら、お姉ちゃんが洗ってあげるから……こっちに来にゃー!」


望月「うぇっ?! う、うわぁぁぁっ!」



文月「司令官って髪洗うの上手なんだねぇ。気持ちいぃ~♪」


提督「そう? よかった」


文月「……司令官って、なんだかお母さんみたい」


提督「お、お母さん?」


文月「うん! 優しくてぇ、おっとりしててぇ、司令官のお母さんもこんな感じの人だったんだろうなぁ」


提督「そう…ね……」


文月「? 司令官?」


如月「どうかしたの?」


提督「いえ、なんでもないわ。…私って、皆に私の昔の事を話したことってあったかしら?」


文月「ううん、一度も無いよ?」


如月「言われてみれば、確かにそうね……」


提督「そっか……」


文月「司令官…?」


提督「実はね」


長い間、心の隅にあったそれは、唐突に思い起こされた。


提督「私——」


もう、考えることは二度と無いだろうと思っていたのに。いざ思い起こすと、それは微かに私の心を揺らした。



提督「——両親の顔を知らないの」



「えっ……」


それまで浴場に響いていた声が、ピタリと止んだ。


ポツン、と雫の音が静まり返った空間にこだました。



・・・・・・・・



『お父さんとお母さんはいないの?』


ただ純粋な疑問からの問いかけだった。


周りの子と違う自分。気が付いた時から、隣に居るはずの両親の姿を見たことは無かった。


その意味を理解し、訊かれた者の心情を察するのには、その少年はあまりにも幼かった。


少年の一抹の曇りの無い澄んだ瞳に見つめられる老人は、言葉に詰まり、何も言えなかった。


『お前の両親は……』


重々しく言葉を紡ぐその老人の、ほんの刹那に見えた表情を、少年が見過ごすはずがなかった。


それは、あまりにも悲痛なものだった。


そこで初めて、少年はその問いの意味を、老人の心中を、決して問うてはならない事だったのだと悟った。


その日から少年は誓った。


もう二度と、その問いを口にはしないと。


これからを、自分の唯一無二の家族であるその老人の為に生きようと。


祖父のあんなに悲痛に満ちた顔を、もう見たくはなかったから——。



・・・・・・・・



提督「——それからずっと、祖父は一人で私を育ててくれたの」


すっかり冷めてしまったココアの水面に自分の顔が映っている。けれど、その輪郭はぼやけ、はっきりしていなかった。


文月「そうだったんだ……」


長門「まさか、提督にそんな過去があったとはな。人に歴史あり…か」


提督「長門?! って、皆いつの間に居たの?!」


見渡すと、大勢の艦娘が私を囲むように集まっていた。


どうやら皆、私の話を聞いていたようで表情が暗く、中には涙ぐんでいる者も居た。


隼鷹「なんか面白そうな話してるのかと思ったけど、こりゃあ酒の肴になんかにゃあできないねぇ……」


…………。


提督「なんだか、しんみりさせちゃったわね。でも、私は大丈夫よ!」


すっかり落ち込んでしまった雰囲気を変えようと、できるだけ明るく声を張った。


提督「こう言うと冷たく聞こえるかもだけど、両親の顔を知らなかったからそんなに悲しくはなかったわ。祖父も居たし、それに……」


私を見つめる皆に向き直って、笑顔で言う。


提督「今はこんなに大勢の大切な『家族』が居るんだもの」


長門「提督……」


飛龍「て~い~と~く~!」ガバッ


提督「うぉっ…とと。もう、飛龍ったら」


飛龍「寂しかったらいつでも私たちに頼っていいんだからね! 無理とかしたらめっだからね!?」


提督「…ありがとう。大丈夫、皆にいつも助けられてるから」


飛龍「ていとく~っ!」


金剛「Hey、テイトクゥー! 寂しくなったらいつでも私のムネにCome onデース!」


飛龍「なんだったら、毎晩私の布団に入ってきてもいいからね!」


金剛「あっ! 飛龍ズルいデース!」


飛龍「いいじゃない別に~」


提督「二人とも喧嘩しないの。私は一人でも眠れます」


飛・金「えぇ~」


提督「えーじゃないの。もう……ふふっ」


笑う者、呆れる者、私もと抗議する者、そこにはいつもの暖かな空気が流れていた。


大和「あの、もしよろしければもっと提督のお話を聞かせて頂けませんか?」


提督「えっ? 私の?」


武蔵「ああ。私も提督の幼少期に興味がある。もちろん、無理にとは言わないが……」


二人のみならず、周りからも聞きたいという声があがった。


提督「ええ、もちろんいいわよ。でも——」


と、壁の時計を指差す。


提督「もうすぐ消灯時間よ。続きはまた明日に、ね? じゃあ、おやすみなさい」


手を叩くと、各自各々の部屋へと戻って行った。


提督「さぁ、私も寝ましょう」




飛・金「それで、今夜は一緒に——」


提督「寝ません」



・・・・・・・・



『昨日は書き忘れてしまったため、今日はしっかり書いておく。とりあえず、飲み過ぎ注意。


赤城たちの模擬戦は本当に素晴らしかった。正直、見惚れてしまった。


どれだけの鍛錬を積めばあれほどまでにたどり着けるんだろう。私も彼女たちのようになれるだろうか。不安は無いとは決して言えない。


けど、それでも私は強くならないと。じゃないと皆を、大切な家族を護れないもの。


そのためにも、もっと頑張らないとね。


そうそう、赤城たちが私の為に新しい弓とクロスボウを用意してくれたの。


子どもみたいって思われるかもしれないけど、自分専用のものがあるというのはやっぱり嬉しくなる。


赤城たちには感謝してもしきれない。何かお返しがしたいけど、何がいいかしら? 食べ放題とかかな? なんてね。


いずれにせよ、いつか戦える日が来た時は、その時に活躍する姿を皆に見せられたらいいな。』



提督「明日も頑張ろう!」



・・・・・・・・



泣き声が聴こえた。


両親とはぐれて迷子になったのだろうか。ぬいぐるみを抱えた女の子が一人で泣いていた。


パパ、ママと泣きじゃくりながら必死に両親を呼んでいた。


すると、すぐに母親らしき女性が女の子の名前を呼びながら走って来た。


女の子は涙でくしゃくしゃになった顔で母親に抱き付いた。父親と思われる男性もやってきて安堵の表情を浮かべた。


「さぁ、帰りましょう」


「うんっ!」


女の子は両親に手をつながれ、笑顔で帰っていった。


「——!」


不意に名前を呼ばれて振り返ると、戻って来た祖父が傍に居た。


「すまんな、待たせてしまって。何か買いたいものはあるか?」


首を横に振ると祖父は「遠慮しなくてもいいのに」と困った顔をした。


大丈夫、と応えると、「そうか」と問うのをやめた。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」


祖父はそう言って、大きな手を私の前に差し伸べた。


「うん!」


私は祖父と手をつないで、家へと帰った。


祖父の手はしわだらけだったけれど、大きくて、武骨で、力強くて、私を護ってくれて、安心させてくれて——、


そして、いつも暖かかった。



・・・・・・・・



今日も天気に恵まれ、海の色がそのまま映ったような晴天となった。


波も穏やかで、そよ風が私の着物をはためかせた。


明石「白龍さん! 艤装の点検終わりましたよ」


白龍「ありがとう、明石。いつもごめんなさいね」


明石には何かとお世話になっており、色々頼んでしまうのが申し訳なくなってしまう。それでも明石は、


明石「気にすることなんかありませんって。私は私の役目を果たしているだけですから」


白龍「本当、何から何までありがとう。このお礼はちゃんとさせてもらうわね」


既に数え切れない程の恩を、私は皆から買ってしまっている。この恩を返すことが出来るのはいつになるのだろうか。


明石「そんないいですって。あっ、じゃあ…うーんと豪華なスイーツと資源の使用許可が欲しいなぁ、なんて」


白龍「分かったわ。でもそれだけでいいの?」


いつもと同じお返しでは味気無いだろうと思い、もう一度明石に問いかけてみた。


明石「それなら…今度、白龍さんと一緒に買い物とか行きたいですね!」


白龍「極めて了解。約束するわ」


明石にしては意外だったけど、彼女がそう言うのなら断る理由は何も無い。


明石「やったぁ! ドタキャンとかは無しですよ?」


白龍「勿論よ。私も楽しみにしてるわ。……じゃあ、そろそろ始めましょうか。吹雪、お願い!」


吹雪「はいっ! しっかり支えるので安心してくださいね!」


吹雪は艤装を装着し、海上で私のことを待っている。


私はまだ、陸上にいるけど、数歩前へ出ればそこはもう海上だ。


私は今日、何度目かの『進水』を試みていた。


以前から試みてはいるものの、彼女たちのように航行できたことは一度も無かった。


海に浮くだけで十数秒保たせること、それが限界だった。


しかし、自分の艤装である弓とクロスボウを得て『竣工』した今なら成功させられるかもしれない。


周囲には固唾を呑んで見守ってくれている皆の姿があった。


白龍「よし……行くわね」


一歩ずつ、ゆっくりと、前へ歩みを進める。


乾いた砂から、海水の滲みた砂を踏み締め、押し寄せる波が足の艤装を濡らす。


さらに進むと、地面の感触が消失し、代わりにふわりとした感覚が体中を巡り、波が体を不安定に揺らす。


歩くことを止め、バランスを取りながら意識を集中させる。


吹雪「前へ進む様をイメージしてください。ゆっくり、ゆっくり……」


気を抜けばすぐに沈んでしまう。そうならないよう感覚を研ぎ澄ませ、且つ前へ進むことだけを考える。


目を閉じて、頭の中に思い描いた。しかしそれは私自身ではなく、いつも優雅に海を駆ける彼女たちの姿だった。


——私も、皆のように……。


いつも皆を見送り、迎えるだけだった私。


——皆と一緒に。


何もしてあげられなかった、無力な私。


でも、もうそんなのは嫌だ。


今度は私も、皆と共に、皆と戦い、皆を……!


——皆を、護りたいっ!


その一心を胸に、力を込めた。


すると、微かに違和感を感じた。


優しく吹いていた風が先程よりも確かに強く私の肌を撫でている。


波は断続的に強く、弱く、私の体を上下に揺らしている。


目を開けると、そこには——、



眩しいくらいに輝く、蒼々とした海と空が、どこまでもどこまでも遠くまで続いていた。


足元を見ると、波をかき分け、白波を立てながら、私は前へと進んでいた。


振り返ると、少し小さくなった皆が私の背中を見つめていた。そして、


「「「「「「やったああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」」


皆の歓声が岸辺に溢れかえった。


白龍「みんな……」


吹雪「白龍さーん!」


吹雪が喜びに満ちた表情でこちらに向かってきた。


吹雪「凄いですっ! 成功ですよ! 成功っ!」


白龍「吹雪…私、わたし……っ!」


思わず吹雪に抱き付いてしまう所をぐっと抑えた。もしそれでバランスを崩して転んでしまっては格好がつかない。


吹雪「じゃあ、行きましょう!」


彼女はそう言って、小さな手を私の前に差し伸べた。


白龍「うん!」


私は吹雪の手を取って、一緒に海を駆けた。


吹雪の手は私のより小さいけれど、その手で皆を護ってくれて、いつも私を支えてくれて、力強く私の手を引いてくれて——、


そして、暖かかった。



・・・・・・・・



吹雪と共に一通り周ってから皆が待つ岸辺に針路を向けた。


もう少しの間だけ海を駆けていたかったけれど、私はまだ遊んでいたいのに母親に手を引かれて渋々家へと帰る子供のような心情で岸辺に舵を取った。


吹雪「白龍さん! あれ! 見て下さいっ!」


吹雪に促され、岸辺に視線をやると——、


飛龍「せーのっ! 白龍ちゃーーーんっ!」



「「「「「「進水おめでとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」」」



皆が『白龍、進水おめでとう』と書かれた横断幕を広げ私に向かい大声で叫んだ。


白龍「みんな……。っ、ありがとーーーー!!」


あたしも手を振って返しながら皆の元へ向かった。


上陸するやいなや、皆から「海の上はどうだった?」とか「初めての航海の感想は?」とか質問攻めに遭ってしまった。


けど、私もまだ興奮が治まらず、まともに応答ができなかった。


隼鷹「よっしゃあ! 今夜は白龍の進水祝いだぁ!!」



・・・・・・・・



『皆に酔い潰されるだろうからその前に書いておく。


今日、初めて海を駆けることができた。


肌を撫でる海風、舞う水飛沫、果てしなく続く蒼海。


ずっと夢見ていた、憧れていた光景がそこにあった。


これからは、私も皆と並んで海を往ける。皆を護ることができるんだ。


もう、皆の背中を見ているだけなのは嫌だから。』



・・・・・・・・



爆音が聴こえる。


争いの、戦争の音だ。


気が付くと、そこは戦場だった。


空には航空機が飛び交い、一隻の空母を蹂躙していた。


小さな空母が、圧倒的数の航空機の攻撃を受けていた。


黒煙と業火に包まれ、沈むのは時間の問題だった。


——どうしてだろう。


私は彼女のことを、彼女の名前すら知らないはずなのに。どうして。


——いかないで。


沈みいく彼女の姿に私の何かが揺さぶられる。


——いかないで。


何も無いはずの私が、どうしてこんなにも苦しいのだろう。


解らない。


何も解らない。


得体の知れない『何か』に苦悶しながら、私は彼女が沈みゆく様を傍観することしかできなかった。


やがて、彼女は黒煙と共に、海へと消えていった。



・・・・・・・・



白龍「——で、皆揃って酔い潰れて、来られたのは私たちだけってことね」


朝の海上演習場。本来ならもっと大勢居るはずだったが、今この場に居るのは私を含め祥鳳、翔鶴と瑞鶴の四人だけだった。


翔鶴「は、はい……。他の方々はまだ眠っているか、二日酔いですね……」


祥鳳「私も起こそうとしたのですが、瑞鳳も起きてくれなくって……」


瑞鶴「ほんっと、あの先輩方は何やってんだか……」


昨日の私の進水お祝い会は、まさにカオスだった。


普段以上に皆お酒を呑み、ある者は巻き込まれ、ある者は巻き込んで……そういった悪夢の連鎖が起きてしまった。


大鳳もかなり酔っていて、『妹の進水日だぁ!』と抑えていたものが一気に爆発して私にべったりくっ付いてきたり、それが原因で飛龍や金剛たちと『誰が一番姉にふさわしいか』を競って飲み比べしたり……。


白龍「あぁ、頭痛が……」


翔鶴「あら、白龍さんも二日酔いですか?」


白龍「あ、ううん、私は大丈夫よ」


瑞鶴「そういえば白龍、昨夜結構絡まれてたけど本当に大丈夫なの?かなりの量飲まされてたし……」


自分で言うのもアレだけど、昨晩のお祝い会の主役は私というわけで、無論大勢からお酒を勧められえて相当のお酒を飲んだ。


白龍「でも、それほど酔わなかったし、今も普段と変わらないわよ?」


祥鳳「あの隼鷹さんやポーラさんですら潰れたのに……凄いですね」


白龍「もしかしたら、気付かない内に耐性ができたのかもしれないわね」


自分でも驚いているが、お酒に強くなりたいとは以前から思っていたことなので都合が良かった。


白龍「さぁ、いない皆の分もご指導ご鞭撻、よろしくお願いします!」


祥鳳「は、はい! 私もまだまだ未熟者ですが、せっ、精一杯指導させて頂きます!」


瑞鶴「まかせてよっ! と言っても、私と翔鶴姉ぇは補佐だけどね」


本来であれば、南雲部隊の六人以外の空母艦娘たちが主になって私を指導してくれるはずだったけれど、今回は祥鳳の独り占めとなった。


翔鶴「一人で大変かと思いますが、私たちも居るので何かあったら言ってくださいね」


祥鳳「あ、はい。ありがとうございます」


白龍「じゃあ、今日はよろしくお願い致します。祥鳳さん」


提督としては部下といえど、ここでは彼女も私の先輩なので礼節はしっかりとする。


祥鳳「そ、そんな、呼び捨てで構いませんので……! 白龍さんに敬語を使われるなんて恐れ多いです」


いつも真面目な彼女のことだからこうなるとは思っていたけれど、案の定だった。


白龍「そう? あなたがそう言うならそうするけど。祥鳳も敬語なんて使わないで、わたしのことも『白龍』って呼んでいいのよ?」


祥鳳「そう仰って頂けるのは嬉しいですが、私はそんな風に呼べる程の者ではありません。白龍さんに指導できるほどの実力もありませんし……」


真面目過ぎるが故に、過小評価してしまう所があるのが彼女の短所だ。でも——、


白龍「そんなことないわ。あなたは立派に活躍してるじゃない。もっと自分に自信を持っていいのよ」


祥鳳「でも……」


白龍「私はいつも、今だって皆やあなたに助けられてる。いつも見てる私が言うのだから間違いないわ」


祥鳳「提督……」


白龍「今は『白龍』よ。あなたの好きなように呼んでもらって構わないから、ね?」


祥鳳「っ! ……はい! 不束者ですが、頑張りますね!」


白龍「ええ、よろしくね!」




祥鳳「最初は攻撃機の発艦ですね。まずは、私が一度発進させて見せますね」


そう言い、矢筒から『流星』の矢を取り弓を構えた。


白龍(祥鳳の構え、綺麗だなぁ……)


祥鳳「————」


パシュンッ!


祥鳳の放った矢は真っ直ぐ風を斬り、鳥のように美しいフォルムへと姿を変え青空へ飛び立っていった。


祥鳳「ふぅ……発艦の動作自体は戦闘機の時と変わりませんから問題無いと思います」


白龍「あっ、そうなんだ。それにしても、祥鳳の構えとても綺麗だったわ。思わず見惚れちゃった」


祥鳳「えぇっ?! そ、そそそんなっ! 私なんてまだまだ未熟ですし、白龍さんの方がもっと綺麗ですよ」


謙遜こそしているものの、彼女のフォームには一切の乱れが無く洗練されたものだった。


白龍「そんなことないわ、私だってまだまだよ。——じゃあ、私もやってみましょうか」


私も矢筒から『流星』矢を取り、矢筈を弦に添えた。


白龍「雷撃機を飛ばすのは初めてだけど、上手く飛ばせるかしら?」


祥鳳「大丈夫です! 白龍さんならきっとできます!」


——そう、私ならできる。必ずできる。絶対にできる。


目を閉じて、風の流れを感じる。


——こうして海を駆けることだってできたのだから。


風の流れを捉え、風を掴む。


——皆を、


その風に乗せて放つことで、空を飛ぶ『鳥』となることができる。


——皆を、護りたい!


私の思いも乗せて空へと放つ。




白龍「発艦——始めっ!」