2018-09-15 23:56:21 更新

概要

何でもありな方のみ御笑覧くださると幸甚です。
後々書き足すことも有ろうかと思います。


前書き

暇になったから書きました。夏が好きです。


花粉塗れの蜜蜂を見ていると家の壁がパチンと鳴った。締め切った部屋には夕陽が溜まって暑い。それに連なって幼い日々が頭の中から染み出してくる。保護者の注意が危険を防ぐ力も無く快活に人目など無頓着で蝉や蝗を真っ白な網を振り回して無惨に弄び、奔走の最中に灼かれた皮膚が黒ずんだ体から剥離して一日の終盤の入浴を悪役に仕立てたあの瑞々しい昔が、今感じた熱の中に潜んでいる気がして私の胸をチクリと刺した。





そこに徒花がありまして運の良いことに花びらに夜露を受けて最後の一咲を終える準備が出来ました。そこで花は渾身の開花を致しました。

だあれも居ない野の小径に鈴虫がやって来まして花に寄り添って鳴きました。

静まった草叢に染み入る音は茹だる胸元を癒します。

やがてその音を聞きつけて鈴虫の雌がやって参りますと雄は一層頑張って羽を震わせました。その姿を見た花は少し傾いて月光を一所懸命な鈴虫にあてがいました。それはそれは綺麗に見えたので惹かれた雌の鈴虫は雄と一緒に何処かへ出かけて行きました。

茎が少し痛みますが花はとても嬉しくなりました。

暫くすると気取らない鼠が通りすがりまして花を少し吹きますと花弁が一枚落ちたので、寝床に置いたらさぞ良い匂いだろうと思い、花弁を持って帰りました。

花は寂しくなりましたが大事に抱えられた身を思い返してまた嬉しくなりました。

それから一寸経ちまして花はなんだか眠い様な気がしてゆっくり横になりました。すると丁度お日様が山の緑を乗り越えて、それを知った鶏が遠くで東天紅と叫びますと花のすぐ側で早起きの蟻が尋ねます。「あの鶏は何と言ったのかご存知ですか?」

花は夢現でしたが気を遣って美しい詩になおして蟻に教えました。

蟻は満足したようで御礼に何かしたいと花に願い出ました。花は虚ろな考えで自分の種を友達の多い所へ蒔いて欲しいと頼みましたら、蟻は大急ぎで行列を作って恩返しを致しました。

蟻の行き先はどこへとも知れず、早速起き出した子供が甲虫の居所を案じていました。




夢だと思った。目を覚ましたら見たことのない若い女性が横に寝ていたから。肺が丈夫なのか自分より呼吸の間が長い。その吐息が腕にかかった瞬間、そよりと触感を覚えて、それでも夢だろうと思った。

黒髪は広がって朝陽を受けて輝いていて、女性は少し寝返りをした。布団は動きに呼応して沈み方を変え、その揺らめきは私にも感じられた。心拍は賑々しくなったが夢かなと思った。

女性はみるみる目を開けるとこちらに手銃を向けて撃鉄を起こして、ふっと微笑んで私を撃ち殺した。鮮血が胸から溢れ落ちるのを感じて血の気が引く。女性は慈しむように私の頬に手を添えると「おやすみなさい」と囁いた。




海の中には大小様々な下り坂があります。人には終ぞ見えません。

海上がすっかり凪いだ夜にはそれまでに死んだ生き物の一々が丁寧に化粧をされ、珊瑚や海藻の棺桶に入れられて綿津見の御所を夜光虫を頼りに出ていくのでした。

それぞれ蟹や蛸に運ばれていく棺はどんどん暗闇に溶けて行きます。軈て綿津見さえも嫌がる暗がりに続く崖に来ると棺はその先へと放り込まれます。

ゆっくりと沈んで海底の砂にまで着くと爽やかな潮流が棺の蓋を優しく開けます。すると中から淡白な魂が躍り出て、みるみるうちに天の川へと昇る為にひとりでに水面は騒がしいのでした。

下から眺める魚はちょっとキラキラしています。




優雅な宮殿にいつの間にかおりました。

ここは何処かと彷徨っておりますとある大理石の床の一角にそれはそれは大きな泡の合体があります。しばらく見惚れていますとゆったりとした服の髪を後頭部に団子状に纏めた青年が嬉しそうに泡の後ろから出て来ました。そうして当て所なくお喋りを致します。

「ここに誰か来るのは珍しい為かこれらも嬉しげにふるふるとしている。

これはね、君、卵なんだよ」

初めはある虫がその様に産卵するのを知っていましたからその類かと思いました。だけどどうも違うようで指を頻りに動かす青年に落ち着いて耳を傾けます。

「これは恋の卵。これは驚き、こっちは哀しみ、この一つ隣は希望。

人間子供の頃にシャボン玉を飛ばすでしょう?あれは誰彼問わずの感動や感激の貯蓄みたいなものでね。感情が複雑になる思春期には特に多く孵るんだ。

大器晩成の子は孵化した雛(感情)の世話に忙しかったり天才神童なんかは放任主義は多いから雛は殆どが間引き状態。儚く映るのもそれだから。

ああ、屋根まで飛んで壊れて消えると思ってた?」

青年は美しい顔で笑みを作ってさも可笑しげにこちらを見ている。

矢庭に一つ、恋の卵がパチンと割れた。




そっと口内に忍び込んだ砂を噛んだらしくて嫌な思いをした。取り出してみると透明な石英の粒が唾液の中で澄んでいる。

宝石を永久歯で噛むのと砂を乳歯で噛むのは丸で違うんだと悟った。




蜥蜴の国がありました。何処かの庭の隅に入り口を設けていつも通りの時間が過ぎて行きます。

正午になろうとしている時に幼い子蜥蜴が玉座でジッと漏れ入る日光を浴びている王蜥蜴を見て尋ねました。

「王様、僕は王様の目が空いている姿を拝見した事がありません。ずっと眠ってしまっているのですか?」

「ふっふっふ。いいや、起きているよ。この目はね坊や、ずっと開かないんだよ。その訳は儂の昔話から明かすとしようね。

儂がまだずっと若くて鱗もピカピカだった頃、広い砂漠や遠い町々を冒険していたのだ。時には怪鳥に襲われたりしながらもこの世の珍しいものを集めていたある日、ずっと向こうに落ち込む茜色の宝を見つけて一生懸命に走って捕まえようとした。だがそれは叶わずに残念に思っていると三毛猫がやってきて「そんなにあれが欲しいのか、だったら虹色の玉蜀黍をくれたらアレを取ってきてあげるよ」と言ったから儂は急いで人伝にそれを何とか手に入れ、三毛猫に渡してしまった。

三毛猫はニヤニヤして受け取ると「茜色の宝をずっと見つめていれば手に入るよ」と言い残して去っていった。儂は言われた通りにジッと茜色の宝を見詰めていると段々と目が熱くなって最後には酷い火傷を負ってしまった。目が見えなくなって時間が経つと辺りは冷えてきて身体が言うことを聞かなくなる。途方に暮れていると何か大きな動物が近づいてきて「どうしたのだ」と心配してくれたから事情を話すと「また猫か、十二支に選ばれなかった為にあんな意地悪い事をする様になってしまった。元はいい奴なんだ」と儂を大層憐れんでくれた。

「よし、猫に変わって何か償えないだろうか」と動物が言うから「どうかこの目を冷す物をください、どうしようもなく熱いのです」と願うと掛け声と共に瞼を氷漬けにしてしまったのだ。

そんな訳で儂の目は開かないのだよ」

王蜥蜴の話を子蜥蜴は大変気に入りました。

「すごいすごい!でも王様、災難でしたね」

「いいや、良いこともあるさ。この目の中にはね、今も茜色の宝が残っているんだ。そのお陰で儂はこうして長生きなのだよ」

そう言って王蜥蜴は舌をチロチロ出して笑いました。



「君ね、論理的と言うけれど自分自身が今さっきその合理的と言えない話をしたのに気づかなかったのかい?」

そう言われて首を傾げてみせると鶸色の眼をした眼前の少年がハハハと笑って続けた。

「君は先刻、僕が夢は何故みるんだと問うたらば記憶を整理しているのさと答えたね」

「ああ、確かに。要らない記憶を捨てたり肝心な記憶を取っておく為だって説いた」

「でも、じゃあ訊くがその夢の内容をずっと覚えてるってのはどういった了見なんだい?そんな記憶重要とは思えないんだが」

言われて鼻を明かされた。

「ハハハハハ。まだまだ僕には敵わないらしいね。こうして夢自身が君にヒントをやったんだ。精々合理的に解釈してくれたまえ」

そう言って少年は実像を胡乱にしてしまい、私は跳ね起きた。





一羽の白鷺になって当て所なく飛んでいるとある所で青空を噴き上がる積乱雲の大群に出くわして、私はあの中こそいるべき場所に違いないと一所懸命に近付いて雲へ潜って行きました。羽根は濡れて嘴で前方を掻き分けながら進みましたがとうとう反対側へ出てしまった私は、積乱雲の一部にさえなれないのだと知って寂しく思いました。



アセロラ色の森の手前の野に私は居て、その森から麗人がひとりゆっくり歩き出でてくるのを見ていました。

麗人は羽衣を少したくし上げて真澄みの湖の清水へ腰掛けて脚を浸してほっと息を吐くと私を双眸に捉えて淡々と語る。

麗人「地母の火照りが足にまで来てどうも行けませんね。人の一生が伸張したから個々の魂が限度を忘れて烈しく熱を持ったのでしょう。

星全土が暑いのはその所為なのですよ?」

麗人は時折脚を遊ばせて水を揺らかす。

麗人「もうお帰りなさい。わたくし達もまたここで唯蒸されて雲霧に還るから。

出来るなら憶えておいで、この桃源郷の在り方を」

瞬く間に頻伽の声は遠のいて気付けば寝床に居た私だったが、仄かな芳香が体に染み付いていて現実から暫く遊離した。




星の子が子守に聞かせてくれた事にはこうでした。

「シーツが敷いてあってその下に敷布団、マットレス、ベッドとあるでしょう?それでね、その下に暗闇と呼吸で変化した意識があるんだよ。

それら順に魂が漉されて夢を見てるの。

それから夜明け前には逆流して漉した物を摂り込んで目が覚めるのよ」

星の子は楽しげに話しながら何度も目を瞬かせて一生懸命に身振り手振りで教えてくれました。



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