傷ついた提督と艦娘達と
傷ついた提督と艦娘達、彼等は出会い何を思い何を感じ行くのだろうか——。
————憎い。憎い憎い憎い憎い憎い!!
信じた俺が馬鹿だったんだ!
こんな、こんな屑を!!
なんで!どうして!!なんで、俺は信じてしまったんだ!!!!
————————————殺す。
殺してやる。
四肢をもぎ取って、一片の希望も残さず、じわじわと嬲り殺す!!
殺してやる!殺してやる!殺してやる!
いや、殺さなければ
「アイツ」の、為に———————————
—————————————————————
廃れた港町に静かに佇む「ソレ」は外観こそ鎮守府だったものの
その傍目から見ても分かる活気のなさは建物の迫力との差から何処か不思議な空間が広がっており
最早、廃墟といっても差し支えのないものであった
そこは、所謂ブラック鎮守府であった
疲労状態での出撃など当たり前
ご飯や睡眠は最低限
入渠は禁止
大破艦は敵の盾として認識され
どんな戦果を挙げても返って来るのは暴言や暴力など他にも沢山の非人道的な行為が日常的に行われていた
しかし、海軍側はこれを黙認
戦果を挙げていたこともあるし
第一、海軍自体
「艦娘とは人ならざるもの」
という認識が一般となっていた
国民からバッシングを受け表向きは辞職するものの
その考えの根本が変わる訳では無かった
そして、艦娘達は徐々に生気を、正気を、希望を失っていった
そして、また新しい提督が着任した
提督になるには「適性」が必要だった
だが、その適性を持つ者は数少なく
かつ深海棲艦との戦いでその数は著しく減少している
つまり、世界は劣勢に立たされていた
その事態を重く見た日本政府は国民に半強制的に適正調査を実施
そして、適性有りと判断された者を強制的に 「提督」とした
そして、彼は提督になった
彼は裏切られ、利用された
永劫の友情を誓い合った友は金を対価に彼を差し出し
一緒に暮らしてきた家族は自分達の身の安全を条件に我が子を戦地へ送り出す
そんな中でも、手を差し伸べてくれる人はいた
でも、それすらも、奴等は壊していった
本当に、憎い。
殺してやりたいほど
だが、それだけでは足りないのだ
「アイツ」を、「アイツ」を殺した奴等にそんな事だけでは足りない
俺が、あんな奴等を信じてしまったから
「アイツ」は死んだんだ
俺のせいだ
だからもう————
——俺はもう人を信じては、いけないんだ
提督が着任しました。これより、艦隊の指揮に入ります。
—————————————————————
「ハァ...また新しい提督ですか...」
陰鬱げに嘆く彼女の名は軽巡洋艦「大淀」
主に提督の執務の補佐や任務の管理
そして新しく着任する提督の案内なども行なっている
つまり、これまで行われてきた非道な行為の一端を常日頃から一番近くで見ていた
「まぁ、どうせまた国民からの信頼問題云々で三ヶ月もしない内に居なくなるでしょうけど」
正門に移動しながら一人ごちる彼女の目は暗く「濁って」いた
それもそのはず、彼女は非道な行為を一番近くで見ていると同時に
その非道な行為を一番受けていた
元提督の奴等は全員屑だ
屑が密室で見目麗しい女性と二人きり
何があったかなどいう必要もなかろう
屈辱だった筈だ
苦しかった筈だ
殺したい程にも憎かった筈だ
だが、彼女は耐えた
証拠の一つでもあればこの状況が変わると、そう思っていたから
だが、そんな事は無かった
ある日彼女の必死の呼びかけが応えたのか大本営から調査員が派遣された
調査は一週間にも及んだ
最初こそ取り繕っていた屑野郎であったが2日もすればいつも通りだ
調査員の目の前で仲間達に理不尽な暴力を振るい、暴言を吐いてもいた
その一週間の間に汚されたりもした
普段より声を上げ
わざと気付かれるように仕向けたりもした
録音もしていたから決定的な証拠も抑えた
そして調査の結果
次の日から、その提督は居なくなった
単純に嬉しかった!
嬉しくて嬉しくてたまらなかった!!
そして——
———————次の提督が着任した
悲劇は、繰り返した
彼女は知った
人の心の、否、この世の醜さを
そして、彼女は諦めた
絶えず行われる暴力にも目を背け
毎日聞こえてくる暴言を聞き流し
汚されたとて、最早何とも思わなくなった
変えられない
逆らってはいけないのだ
逆らっても、何一つ変わりはしない
いつだって、世の中は理不尽で
弱者がなにを叫んでも
強者には何も届かない
だから、諦めるしか、できないんだ
こうして、彼女は壊れた
「あ、もう居る」
正門の前には一人の男が佇んで居た
「こんにちは、私は軽巡洋艦大淀です。新しい提督の方で...ッ!?」
「あぁそうだ、新井隼人だ宜しく頼む」
彼の顔を見た彼女は驚愕した
彼の目は死んでいた
光が灯っておらず、希望や生気、
その他の「生きている」と思わせるような要素が一つとして感じられないその目は死んでいると言って相違のないものだった
整った顔立ちがその目の違和感を増大させ
より不気味なものへと変えていく
普通に見れば、ただ少し体調が悪そうという程度だ
だが、彼女は違った
この目を知っていたからだ
見たくなくても、目を背けても、瞼を閉じても、脳裏に刻まれ離れなかった
あの艦娘達《仲間達》の目だ——
—————瞬間気付いた
あぁ、彼もまた
私達と同じ様に
人に、傷つけられたのだろうと
そして直感的に思った
もしかしたら、彼ならば
人に傷つけられる痛みを、知っているのであれば
この鎮守府を、私達を、仲間達を、
救えるのではないか————と。
捨てた筈の、祈りにも似たほんの僅かな希望を彼女は抱いたのであった———
—————————————————————
鎮守府、集会場
名前の通り集会をするための場所であるそこは
広々とした、殺風景なところだった
木造の床に壁、鉄の天井に取り付けられたちょっと大きめのライト、それ以外にはちょっとした舞台とがあるだけだった
簡単に言えば、学校の体育館、とでも言えば良いだろうか
ただ一つ違うのは、
直立し舞台上の俺を見上げる艦娘達がいる事であろうか
「新しく到着した提督による挨拶」だ、そうだ
鎮守府に入ってすぐ大淀から
「提督着任の挨拶があるので集会場に来て下さい」
と言われ、今に至る
改めて今の状況を確認していると
隣にいた大淀からマイクを渡された
——さぁ、俺の復讐劇の第一歩だ。
「あー、新しく着任した新井隼人だ。よろしく頼む。えーと、まぁ初めに一つだけ言っておく俺もお前等と一緒だ。人に傷付けられた」
「やっぱり...」
集会場が少し騒めく
なんか隣からも聞こえたけど構わず進める
「まぁ、別にだからどうって訳じゃないけどな。お前等の問題を解決してやれる程、俺は力が無いからな」
「でも」
軽く息を吸い、先の言葉より力を込めて、言い放つ
「でも、今も、そいつの事が憎いなら。そいつに罰を与えたいなら、俺はお前等と同じ立場の人間として、それに協力する事位は出来る」
また、少しどよめきが走る
「信じられないだろ?俺だって誰かにこんな事言われても信じられねぇ。でもな!これだけは覚えといてくれ!!」
「俺は、仲間を裏切らない」
嘲笑するべき言葉だ
最も信じられない言葉だ
何度も裏切られ、希望を打ち砕かれ、いつしか諦めもしていた
だが、彼の言葉は、何故か心に響いたのだ
同じ境遇にあったからか?他の奴等と違ったからか?
分からない。
でも、直感的に分かった
彼は本気だ
嬉しくもある。
初めて私達を理解してくれる人ができたから
だが、不安もある
また裏切られるのではないかと、
信じるのを、踏み出すのを、躊躇ってしまう
「まぁ、急にこんな事言われても信じられないだろうから・・・うーん、そうだな・・・じゃあ証拠を見せよう。ついてきてくれ」
俺自身も、何故ここまでの事をしたか少し分からない
贖罪なら、復讐なら、「アイツ」との約束を果たすためなら、別に彼女達の為にここまでしなくても良い筈だ
少し考えると何となく、自分でも実感が湧いてきた
多分、俺はこの眼前の彼女達と自分とを重ねてしまい、彼女達を裏切った奴に
「怒っている」のだろう
そして、
彼、否、提督は不敵に笑ったのだった
—————————————————————
商店や住宅が立ち並ぶ栄えた街の一角に聳える、一際は大きな人の目を惹く建物
それは紛れもなく鎮守府だった
世界各地にある鎮守府の中でも内陸部に位置するこの鎮守府は
他の鎮守府の支援や周辺鎮守府の提督合同会議、勲章の授与なども行われる比較的重要な場所であった
そして、そこに今、俺と艦娘達は向かっていた
別段遠い訳ではないが、不安や興奮が入り混じり
誰も声を発さない、重苦しい雰囲気が立ち込め、疲れた様なそんな印象を受けた
そんな雰囲気を打ち壊したのは、凛とした、小声ながらもしっかりとした声だった
「何故あの鎮守府に向かっているのですか?何があちらにあるのですか?」
大淀の問いかけに後ろの艦娘にも聞こえるように応える
「確かあそこに...前任の野郎...だかが居た筈だ」
「だからちょっと、暑中見舞いにな」
「前任」という単語を聞くたびに、後ろからついて来る艦娘達の肩や目線が少し揺れる
まぁ無理もないだろう、それだけの仕打ちをされたんだ
あぁ、本当に腹が立つ
腹の底から名状しがたい黒々とした感情が沸き上がってくるのが分かる
その屑と「アイツ」を殺した奴らとが重なり、頭が何も考えられないほどその感情一色になる
無意識の内に握っていた左手についた傷を見て、その思いが文字通り倍増される
要は、俺は今その野郎が勤めている鎮守府に来ている訳だ
整った作り笑顔に自分の黒々とした感情を隠し、適当な嘘で鎮守府へ入る許可を取る
中々のガバセキュリティに多少困惑しながらその野郎が居る執務室に向かう
重要施設というだけあり頑丈で耐久性や耐火性などに特化した様な質素な廊下を抜け一番奥まで進む
その数分の間でさえ他の鎮守府の提督が艦娘を連れて来ることについて陰口を言われ
そのたびに艦娘達は顔を伏せ黙りこくっていた
もう限界かもしれない
「さて、ここか」
他の部屋と違い絢爛豪華な扉を発見し、迷いなくそれを———
————蹴破った
「「「「はっ?」」」」
四方から聞こえる声は誰のものやら、もしかしたら俺以外の全員だったのかもしれない
「失礼します」
部屋に入ると眼前には勲章やら賞状などが一面に飾られた壁
それ一つだけでいくらになるか予想もできないシャンデリアの照明
その照明の光を浴び白く輝く大理石と思われる建材を使った傷一つない床
上に置いてあるもの一つ一つですら高級品に見えるほど豪華な机
そしてそこに座るは素っ頓狂な声を上げながら目を丸くする中年オヤジ
お前はどう見ても釣り合ってない
バランスというものを知らないのだろうか
「な、なんだ貴様は!?お、俺が誰か心得てるのか!!」
おぉ、顔も悪けりゃ性格も最悪、おまけに冷静さにも欠いていると来たもんだ
あ、そういやコイツ
—————1人目、見つけた
思い出されるはあの日の事
俺はアイツと共に友人の家で隠れていた
日本軍は貴重な提督の素質がある人間を逃さず遂に実力行使に乗り出した
何万もの人員を配備し、俺を確保しようとしていた
信用できる友人の家に匿ってもらい、命からがら逃げ延びていた
付いて来なくて良いと言っても
「心配だから」
と、付いてきてくれる彼女《アイツ》も
何も言っていなくても
「お前が困ってるんなら」
と、自分の家に匿ってくれる友人も
本当に有り難くて仕方がない
涙が出てくる
だが、その涙は————
———決して感動からくるものでは無かった
7畳もない狭い友人の自室にスーツ姿の十数人の大人達が流れ込んでくる
「なんだ!?」
「・・・ようやくかよ」
「ようやくって・・・どう言う事!?」
混沌とした状況の中、友人の呟きを問い詰める「アイツ」の声が嫌に耳に残った
「どうもこうも、コイツ等俺が呼んだんだよ」
・・・何を言っているか分からない
時間にすれば一瞬だったが俺にとれば永久にも似た長過ぎる時間だった
手のひらに落ちた自分の涙でようやく正気に戻り
動いていない脳を必死に動かし考える
何の為にこんな事をしたか、とか
俺達を騙したのかとか
言いたいことも
聞きたいことも
山ほどあるのに、どれも全て出てこない
きっと俺は怖いのだ帰ってくる言葉が
だが、彼女は違う
「何で!!何でこんな事するの!!」
「政府の奴等がそこのバカ捕まえるの手伝ってくれたら9桁は出すって言うからな」
「そんな事でッ!」
悲しいとか、悔しいとか
そんな言葉では到底今の気持ちは表せない
涙も枯れ果て
瞬きをすることすら忘れ
呼吸も忘れていたのかもしれない
ただ、あの友人の顔だけは忘れられない
奇妙なまでに吊り上がった口角
騙された俺に対する嘲笑を含んだ笑い声
そして、心底楽しそうに開かれた目
俺は最後の涙が地面に落ちるとともに
心の内にある希望と共に、静かに地面に倒れこんだ———
気づけば目の前に3人の男が立っていた
全員が海軍服を着ていて
1人は眼鏡を掛けた冷たい目をした男
1人は常に温厚な笑顔を浮かべる男
もう1人は
—————今現在、目の前にいる男だ
世界は狭いとは良く言ったものだ
艦娘達の心を開かせる為に生贄という名のサンドバッグにでもしようと思った奴は
どうやら、俺の復讐相手の1人だったらしい
コイツは俺を裏切った野郎に交渉を持ちかけた張本人だ
裏切った畜生もそうだが、それを手引きしたコイツには殺意が湧く
そんな畜生を信じて、アイツを死なせた自分にも
腹の底から煮えたぎった黒い感情が湧き出て来るのが分かる
抑えようとして拳を握ればまたあの忌々しい傷が目に入る
捕まって抵抗した時、憤怒したこの屑が撃った弾が掠った傷だ
殺してやる
俺の友人を悪魔に変えたコイツを
俺を、アイツを傷つけたコイツを
殺してやる
アイツへの、せめてもの贖罪として
「貴様!あの時のガキか!?またあの小娘の事か!!」
小娘、か十中八九アイツの事だろう
ふざけんな
「テメェみてぇな奴が!」
アイツの、事を
「口に出すんじゃ」
「ねぇ!!!」
「グハ・・・ッ!」
気がつけば俺は、眼前の屑の腹を蹴り飛ばしていた
勢いに任せて振り出した右足は鳩尾に入り
厚過ぎる脂肪を、細い肋骨を、無いに等しい腹筋を貫き
内臓を押し、潰す
その衝撃は酷い顔をした屑の体を揺らし、飛ばす
足が地面から離れ、顔に痛みが浮かび、口から唾液が飛び出す
・・・ちょっと掛かったじゃねぇか、汚ぇなぁ
重力の影響を受け、唾液製造機が地面に叩きつけられる
「グアァッ!」
ひとしきり呻り、転げ回ったと思うとおもむろに立ち上がり
「き、貴様ァ!ふざけるなよ!また、あの時のように撃たれたいのか!!」
と所々荒い呼吸を挟みつつ叫び、胸ぐらを掴んでくる
何だか笑いがこみ上げてくる
だって禿げてんだもん
なのに眉毛超濃いんだもん
加勢しようとした艦娘達を手で静止させる
これは俺の喧嘩だ、コイツらを巻き込むわけにはいかない
「だからお前がその話を」
軽く息を吸い、こちらも胸ぐらを掴み、足に力を入れ、踏ん張る
「するんじゃねぇよ!!!」
胸ぐらを掴んだ手に思い切り力を入れ、その手を基軸にして頭を持ってくる
反動で逝きそうな首を気合いで持ち堪え、胸ぐらの手を離す
物凄い速度で迫る頭を回避できるはずも無く、鈍い音をたて頭と頭がぶつかる
要は頭突きだ
俺も痛いが、頭部装甲を持たないコイツの方が余程痛いだろう
頭が俺から離れていき、それにつられて体も吹っ飛ぶ
足もだんだんと離れていき、最後に胸ぐらを掴んだ手が離れていく
少し空中を漂うと唾液製造機が鼻血製造機に早変わり
着陸の瞬間を見ずに艦娘達に振り返る
「このように、俺は仕返しの手助けができます。因みにソレはもうどうでもいいんで、皆さん日頃の鬱憤を晴らして下さい」
驚愕の表情で見開かれた死んだ目に、光が灯る
やっぱり女の子は死んだ目よりそっちの方がいい
そんな性に合わない事を思いつつ
俺は無意識の内に笑みをこぼすのだった
その笑みは先刻までの不敵な笑みにあらず
おおよそ普通の、『人間らしい』笑みであった
その顔はとても綺麗であり、艦娘達が目を奪われるのも、そう無理のない事であった
———————————————————
「おい!大丈夫か!」
「大丈夫だって、大袈裟だから!」
「だってお前、右手が・・・俺のせいで・・・」
「だから大丈夫!・・・それに、あの手術、成功すればこの手も治るって!」
「あの手術って・・・艦娘改造手術か・・・?でも、成功率は20%も無」
「だーいじょーぶ!それに私って、」
「結構、運良いんだよ?」
「・・・そっか」
「うん!私、空母の適性あるんだって!」
「確か、艦名は——」
———————————————————
懐かしい夢だ
まだ、俺が軍に捕まってすぐの時の事
まだ、俺を庇ったアイツが怪我をして軍の病院にいた時の事
まだ、アイツが生きていた時の事
熱いものが目尻から流れ、頰を伝い、右手に落ちる
俺は泣いていた
少し前なら入れ替わっていたが、それはもう2年前の話
俺は御神木のほど近くで口噛み酒を飲まずに済んだらしい
いや、アイツのならちょっと飲みた・・・
そんな邪過ぎる考えは軽快なノックの音によって遮られた
「白露、はいりま〜す」
「お〜白露か、どうした〜?」
「白露が秘書艦だから起こしにきたの!ほら!起きて!」
秘書官
あの一件から、艦娘達は少しづつではあるものの元気になっていった
まぁ、元通りというには些か活気が足りないのではあるが
そんな中、1人だけ元通りになったのが白露だった
本人曰く
『元気になるのは白露がいっちばーん』
との事であった
・・・ちょっと何言ってるか分からないけど
なんにせよ元気なのはいい事なので素直に喜ぶべきだろう
ちょっと何言ってるか分からないけど
そんな艦娘達に普通の鎮守府への第一歩として提案したのがこの秘書官制度である
正直仕事が多過ぎたから手伝って欲しいのが本音の為
眼前の少女の眩しい笑顔を直視できそうにない
・・・まぁでも、こんな風に笑ってくれるならやって良かったかもしれない
「あと、5ヶ月だけ・・・」
「長っ!どんだけ寝るの!?ほら起きる!そんなんじゃ一番になれないよ〜」
「2位じゃ駄目なんですか!つー訳で俺は寝る」
「もう!提督ぅ!もうちょっと頑張ろうよ!」
少し不満そうな笑みを浮かべ
俺の掛け布団を可愛い力で(本人にとっては精一杯)引っ張ってくる白露
細くしなやかで美しい指でその見た目相応のか弱い攻撃が繰り出される
長い髪の色より明るいその橙色の瞳は邪気や悪意を全く感じさせず
性格と一致したその明るい声音と柔らかな笑みに抱かれ
名状し難い程の幸福を覚えつつ
俺は二度寝という名の海の底に沈んでいったのであった
「なんでこの状態から寝るの!?ねぇ提督ぅ〜、起きて!」
———————————————————
無駄なものが一切無い綺麗に整えられた部屋
まだ午前中だというのに7割以上が判を押された書類
艦娘の疲労の事を考えられた遠征表
しっかりと着込まれた皺一つない軍服
目線と手だけを動かし休みなく働く提督
つまるところ、彼は真面目なのだ
確かに、女の子の前だからという邪な思考も無い訳でない
だが、そんなものは4割程度だ
そう、4割。
・・・・・4割。
半数以下なら・・・まぁ・・・いい、のか?
話を戻そう、閑話休題
彼は元々真面目であり優秀だ
不本意とはいえ、軍人の端くれ
それに元を辿れば自分の過去も提督の適性が、
もっと言えば
深海棲艦なんて奴らが居たからであり
完全に当てつけではあるが、復讐という名目もある
それに、アイツの海を守る為にも
こんな自分の過去も相まって彼は提督として、かなり真面目で優秀になった
「提督、入電です」
「ありがとう。次は・・・これと、この任務を受注しておいて」
「了解しました」
もう何度目になるかも分からない会話を大淀とし、また眼前の書類を見やる
すると、退屈そうに体を机に突っ伏していた退屈そうな顔の白露が声を掛けてきた
「ねぇ、提督って何でその手袋?つけてるの?」
提督の右手につけられた茶色のゆがけを力無く指差す
ゆがけとしては薄過ぎるソレは最早忘れ得ることなどないまごう事なきアイツの物
アイツを深海棲艦の攻撃から助けようと手を伸ばしアイツの代わりに掴んだ物
俺のせいで、俺の前で散った、アイツの形見の物
何気の無いその質問でも、俺の心を沈ませるには十分な重さだった
「?どうかしたの?」
首をコテンと傾げ心配気に聞いてくる白露
「これは・・・」
話してしまおうか
一瞬そんな考えが浮かんだ
話せば楽になるかもしれない
少しは軽くなるかもしれない
もう悩まず済むかもしれない
俺の想いを、過去を、ありのまま話してしまおうか、と
だが、その考えは直ぐ自分によって打ち砕かれた
違うだろ
これは俺の事情だ
彼女達を巻き込む訳にはいかない
そんな事は、許されない
いや、多分それも違うのだろう
俺は怖いんだ
また裏切られるのが
それを理解する事からすら逃げて、色々な理由をつけて誤魔化して目を背けて
だから———
「特に深い意味はないよ」
————こうやって、誤魔化す事しか出来ない。
「へぇー?」
理解したのか否か、よく分からない返事を受け、逃げる様に書類に目を向ける
小難しく書かれた文を要約すると
『はよ深海棲艦全滅せぇボケェ!」
と、書いてあった
ある書類は漁業の経済的損害の資料と共に
ある書類は避難所生活の苦労を綴った手紙と共に
またある書類は日本の軍事予算と、それを大きく上回る実費の表と共に
立場も職業も全く別の彼等がここまで息ピッタリならば
にほんのみらいはあかるいとおもいましたまる
どうしろってんだ
イライラしたので最後の書類を破きながら考える
何が漁業の損害だよ、てめーらイ級とか活け造りにしてんだろうが
最初こそ漁に出れないとか言ってたけど1人の阿保が食べ始めてから皆食ってんだろ
今では刺身でスーパー置いてあんだろうが
何が『大物!ツ級解体ショー』だよ!
思わず見に行っちゃたじゃねぇか!
この後避難所で美味しく頂かれたそうじゃねぇか!
ふざけんな!!
俺もツ級食いたい!!!
と、馬鹿な事を考えつつありきたりな事を書いて次の書類を拝見する
正直面倒臭い
さて、そろそろ出撃任務でもこなすとしよう
・・・白露がかなり暇そうだし
書類を殆ど片付けファイルやら棚やらに保管し
コーヒーを飲んで一休みする
本当はこんな事をして居る暇など無いのだが
眼前に広がる光景の尊さを前には、そんな感情は水平線の彼方であった
書類仕事が無くなったので出撃任務の一つでもして白露に退屈を凌いで貰おうと思ったのだが
「すぅ・・・んっ!・・・んにゃ・・・」
秘書艦用の椅子に座り机に自身の白く細く優雅な両手を枕代わりにしうつ伏せになり
幸せそうに眠る少女を叩き起こし
「オイ、(敵と)戦わねぇか」
と言う訳にもいかずこの様にコーヒーシバいているなうという事だ
流石に暇だな、後5分して起きなかったら胸ポケットに入ったピースアロマの出番かもしれない
手持ち無沙汰を紛らわすため暫く寝顔を凝視していると白露の意識が段々と覚めていく
「んぅ?提督?・・・あぁっ!ごめん!」
「いや謝らなくて良いよ。今は休憩時間だから」
勝手な偏見だし、実際の事は知らないが、彼女の性格から考えるとあまり朝が早い方ではないと思う
だが今朝俺を起こしたのもまた彼女
時間的に姉妹が起こしたとも考え難い
多分、頑張って自分で起きたんだろう
そりゃ寝たくもなる筈だ
「え・・・でも・・・」
それだけ楽しみにしていたもので寝てしまったのだ
不安そうな顔をするのも当たり前だろう
ていうか自分が作った制度が原因でこうなっているので罪悪感で胸が痛い
だから俺はなるべく優しい声音で
「コーヒー、飲むか?」
と聞いてみる事にした
この鎮守府は最前線に位置している
と言っても水上や小島の鎮守府などとうの昔に深海棲艦の手に堕ちた為に
最前線などこの鎮守府が深海棲艦の基地と思われる場所に若干近い
という位だ
だが曲がりなりにも最前線基地に変わりわない
「白露、ここに戦艦っているのか?」
「えーと・・・扶桑さんと金剛さんと陸奥さんの3人!」
戦艦
それは普通任務消化に使う様な艦ではない
が
こうでもしなければ何が起こるか分からないのだ
それが例え鎮守府の近海だったとて
深海棲艦は艦娘の数に反比例する様に勢力を増していき
近頃は南西諸島で姫級、鬼級なども確認されているそうだ
そんな中で最前線基地であるここだけ狙われないとは思えない
そこで戦艦を使わざるを得ないのだ
「ありがとう。今、手が空いてるのは・・・金剛だけか」
短く感謝の言葉を返し口に手を当て一人呟く
すると会話が無く暇なのか白露がコテンと首を傾げる
その姿を見て少し微笑み話しかける
「白露、適当に暇な人探して誘って来ていいぞ」
「いいのっ!?」
「おう」
「やったー!」
言うや否や廊下に飛び出して行く少女の後ろ姿を微笑みを持って見送り
鎮守府内には白露の走り回る音と金剛に執務室に来る様にという旨の放送の音が響いた
———————————————————
「あれは・・・白露?」
「あんなにはしゃいで・・・」
「もう皆前任の事を忘れたのかしら・・・?」
「どうせ今の提督だってきっと・・・」
「それに、少し違和感がある・・・」
「流石に今の提督に対して皆友好的過ぎる」
「・・・まぁ、なんにせよ」
「もう二度と、仲間をあんな目に遭わせたりしない」
「その為に・・・」
「しばらく、監視させてもらいますね」
「提督」
———————————————————
再度言おう、この世界は劣勢に立たされている
提督の数だけでなく、艦娘の数も足りず
その深海棲艦との行為を戦争と呼ぶにしては、あまりにも損害が大きかった
事実、小さな島国が深海棲艦に占領されたりもしている
こう他人事の様に話してはいるが、日本もかなり危険な状況に置かれている
そこで政府は提督の適性を持つ者、そして艦娘の適性を持つ者も探し始めた
もっとも艦娘の適性は若い女性ならほぼ誰でも持っている為
探すというその事自体は簡単だった
問題はその先にあった
深海棲艦という謎の生物
人型、魚型、ようわからん型、その姿は多岐にわたる
が、全てにおいて共通している事がある
それは
人間に対し敵対関係にある事
しかも一体でも軍艦一隻分の攻撃力、にも関わらず何度も何度も湧いてくる
銃撃、砲撃、雷撃、爆撃、これらを用いてようやく足止め出来る相手に対し唯一太刀打ち出来る存在、それが艦娘
艦娘は、人々の希望であると共に
恐怖の対象でもあった
深海棲艦が化け物であるなら、それを凌駕出来る艦娘もまた化け物
そんな化け物に、誰が望んでなりたいと思うのか
そんな化け物と、誰が戦いたいと思うのか
答えは火を見るよりも明らかであった
結局艦娘になったのは
売られた者
捨てられた者
騙された者
諦めた者
そして
人一倍、正義感が強かった者
それだけであった
数にして数百人、多い様に感じるかもしれないが政府の予定人数の十数分の一と言えばその少なさが伝わるだろうか
そして殆どが心に傷を負った子供
とてもこの先の戦いを生き残れるとは思えなかった
そんな中、ずっと元気に笑顔を振りまく子が一人
しかも戦艦の適性アリ、大人達が彼女を贔屓するのは当たり前だった
彼女はいじめられた
彼女が大人達から贔屓されていたから
彼女が戦艦の適性を持っていたから
彼女がいじめられて尚、笑っていたから
大人達は彼女を庇った
その次の日には、いじめていた子達は謝ってきて仲直りした
彼女は、楽しそうに笑った
彼女は偏見を抱かれ罵倒されていた
出撃を終え、帰投した港町で陰口を叩かれていた
深海棲艦を倒し、自分が守った場所で罵倒されていた
大人達は何も言わなかった
彼女は、瞳を潤ませながらも笑った
彼女は出撃で怪我をした
フラフラしながら歩くその姿に港町の人々も流石に心配した
彼女は笑いながら支給された高速修復材を傷口にかけ、安心させようとした
みるみる縮まっていく傷口に反して、彼女と町人の距離は離れていくばかりであった
「気味が悪い」とだけ言い残して
大人達も気味悪がっていた
彼女は、笑えなかった
その日から、彼女は笑えなくなった
その笑えない彼女は今、執務室へと向かって歩いている
提督に呼び出されたから
以前なら無視していただろうが、やはりあの提督をもう少し見てみたいのだと思う
静かな廊下に、自分の足音だけが反響する
少し歩いて辿り着いた扉をノックする
しばらくして入って良いという旨の間延びした返事が聞こえてくる
そして扉を開け、精一杯の少し引き攣った不恰好な作り笑顔をしながら
「失礼シマース、金剛デース!提督ぅ、私に何の用デスカー!」
死んだ目の提督に挨拶するのだった
—————————————————————
鎮守府内に響く騒音とも取れる声や足音が止み、その余韻さえも消えた去った後
執務室に帰って来たその騒音の原因たる白露の傍には
黒髪の少女と金色や黄色にも似た髪の少女が佇んでいた
比較的落ち着いた、知性的な印象を受けるその黒髪の少女だが少し緊張しているのか
部屋に入り俺を見るや否や
敬礼をし、堅苦しくも少し拙く挨拶をする
「ぼ・・・私は白露型駆逐艦二番艦、時雨です。よ、よろしくお願いします」
「・・・ほら、夕立も」
そう言ってその夕立と呼んだ右横に立つ少女を肘でつつく
「あっ、えっと・・・夕立です。・・・よろしくっぽ・・・お願いします・・・」
時雨のは僕だったとして夕立のぽって何だ?
少し気になるし、好奇心の為にも敬語はやめて頂こう、そうしよう
「あー、いや無理に敬語とか使わなくて大丈夫だ気楽にしてくれ」
「いや、でm、しかし」
「提督は『人間』ですから・・・」
・・・成る程
艦娘は人間と違うと徹底的に教え込まされている訳か
その無駄教育の時間を一割でも毛根の育成に使っておけば良かったのに
そんな奴等が居るから、アイツは・・・
・・・ふざけんな。
「時雨、だっけか」
「は、はい」
「それさ、誰が言ってた?」
「え・・・ッ!」
「て、提督ッ!?」
「提督さ、んッ!」
狂気という物は、彼、提督の為にあるのだろう
そんな風に思わせる光景がそこにあった
流石にそれは誇張し過ぎと思うだろうが
それを完全に否定するには、彼の顔は余りに美しく、恐ろし過ぎた
笑筋により吊り上げられた口元は整った顔立ちと相まり、ただひたすらに美しかった
そう、あの死んだ目を除いて
眼瞼挙筋を用い、薄く、ただ薄く開けられたその瞳は決して笑ってなどおらず
瞼に遮られ少ししか見えなくとも分かる、確かな憎悪と殺意がそこにあった
一見笑っているのに分かる何とも名状しがたいその違和感は、美しい顔に何処かよく似合い
狂気という言葉が表すに相応しいものだった
誰も声を出さない、否、出せない
ただ眼前の光景に目を見開いて驚愕する事しか出来ない
それは扉の外から執務室の中を覗く黒い髪の女性も同じ事で
幾多の戦場を越え、数々の恐ろしき敵の数々と相見えてきた彼女達でさえ
この状況を打破する術を知らなかった
「んーと・・・あー、ごめん。カッとなっちゃって・・・えっと、まぁ、ごめん」
彼女達の表情を見て何となく事情を察し、直ぐに申し訳なさ気な表情になり
些かボキャブラリーに欠けた謝罪をする
「まぁさっき言った通り敬語なんて使わなくて大丈夫だからさ、普段通りでいいよ」
そう、敬われる様な人間じゃないんだから
「えっと・・・分かったよ、提督」
「分かったっぽい!」
ぽい!?まさかぽいだったとは・・・ぽい・・・ぽい?ん?ぽいって何だ?
まぁ少しは心を開いてくれた、のか?
やはり、良い娘達なんだと実感する
普通、あんな屑共の元で働いていたら精神なんて軽く病んでしまうだろうが、彼女達は笑っているのだ
きっと、そんな屑共への希望を捨てずに諦めないで戦ったんだろう
良い娘達だ、俺とは違って
・・・本当に、こんな良い娘達を利用するなんて気が引ける
執務室での一波乱もなんとか収束し
その中で唯一提督だけが気付いていたこちらを覗く扉の外の女性も去った後
こちらに近付いてくる足音が一つ
「・・・来たか」
段々と近づく足音につられるが如く口からそんな呟きが飛び出す
またその呟きにつられるように眼前に佇む少女達も口を開く
「来たって・・・誰の事だい?」
目をキョトンとさせ首を傾げながら俺の顔を見ようと少し上を見て聞く時雨
そんな彼女に同意する旨の意見が彼女の右、夕立からも挙がる
別に隠す必要もないので素直に答える
「ん・・・あぁ、金剛の事だよ」
「え・・・金剛さんが?」
「?どうかしたのか?」
余りに奇異な返答に思わず聞き返す
「いつも金剛さんは呼ばれても絶対来ないっぽい、めいれいいはん?っぽい」
すると、時雨の代わりに心がぽいぽいしそうな声音で夕立が少し自慢げに語る
・・・まぁ、普通は行かないわな
普通罵倒されると、殴られると、死ぬかもしれないと知りつつ喜んで戦場へ赴く奴はいない
それは至って当たり前の常識的な考え方だ
しかし何故だ
ただ怖かったというだけなら鎮守府から逃げてしまえばいいのに
いくら軍といえどこの広大な海、もう少し言えば制海権を殆ど失った海から少女を一人見つけるなど容易ではないはず
上層部も面倒だから轟沈扱いするだろう
だが、彼女はまだここに居る
何故だ
心が折れて塞ぎこんだのか?自己保身か?それとももっと別の何かか
でも何となく、俺に似てる気がする
そう思うと、俺は自分でも奇妙な程に彼女に対して興味が湧いていた
「なぁ、何で命令違反なんかしていたんだ?」
「それは多分・・・」
少し思案した様な表情で話し出した時雨の言葉は
「本人に聞いた方が早いっぽい!」
夕立によって遮られ
リハーサルでもしたかの様に部屋にノックの音が響き渡る
「はーい、どうぞー」
好奇心、探究心、興味、共感、様々な事を思い、そして押さえ込み扉の向こうの存在に入室を促す
どんな娘なのか、月並ながらそんな事を考える自分を自身でも気持ち悪く思いつつ
そして
「失礼シマース、金剛デース!提督ぅ、私に何の用デスカー!」
俺は、考えるのをやめた
———————————————————
高らかに自己をアピールし存在感や積極性を遺憾無く発揮する
少女、否、女性はその長く、だが手入れの行き届いた茶髪をたなびかせ此方に歩く
何処からか香るその芳醇な香りをまるで衣服の如く身に纏い周りに散らしつつ一歩、また一歩と段々と距離を詰めていく
初対面は第一印象が大事とか言うが、そんな短時間で人に印象を残す事が出来るのかと疑問に思う事もあった
だが現に現実として現れた答えを前に、そんな疑問など彼女の姿に意を唱えると同義
無粋で劣悪で興ざめのする行為であり、とても人に出来る行為ではないだろう
その姿は小さな頃読んだギリシア神話のアフロディーテや三美神を思わず連想させる
そんな彼女は俺を見るなり、邪気の全く孕まぬ少し不恰好な笑顔を浮かべて
「バーニングゥ・・・ラァァブ!!」
こんごう は じゅもん を となえた!
多分唱えた呪文はメダパニだな
「こっ!ここここ、金剛さん!?」
「お、落ち着くっぽい!お、落ち着いて水素の数を数えるっぽぽぽいぃ!!」
なんだ?ニンジャでも居たか?
焦りやら驚きやらを一片も隠そうとしない悲鳴にも似た声が上がる
あと夕立、空虚を指差して水素を数えるんじゃ無い、怖いぞ
こんな風に呪文耐性のない夕立と白露が掛かった、こうかはばつぐんだ
恐らくだが、少なくとも金剛の性格は彼女等の前では大人しく優しい、いわばレディや淑女と呼ばれる人のそれだったのだろう
それが今急変し、そのショックでこうなったのか?
だがそれ以上に混乱した事が一つ
金剛が呪文を唱えると同時に俺に抱きついてきた
普通なら喜ぶべきかもしれないが、1年余の逃亡生活の中でこういった事
とどのつまりハニートラップの様な事は何度か体験しており、その体験が幸いか災いしてか喜ぶ感情など一切なく
何処とも無く、いわば本能の様な、存在意識下から湧き出てくる恐怖や畏怖の念が思考を駆け巡る
そう、だから女の子特有の匂いのか全然気にならない、うん、全然・・・大丈夫
「えっと・・・とりあえず離れてくんない?」
「嫌デース!提督はそんなに私の事が嫌いデスカ?」
「初対面だから何とも、でも人の話を聞かない奴はあんまり好ましく無い、とだけ」
「じゃあ離れマース」
「素直でよろしい」
ふわりと柔らかくしなだれかかる様に、だが重く無い様に此方に重心は預けない事を徹底していた彼女を
名残惜しそうにではあるが、彼女を我が身体から引き離すことに成功した
・・・別に残念じゃないですし、はい
勿論だが、俺は我が両目に映りし頬を膨らませ
「中々手強いデース・・・」
とか呟いている彼女の事など知らない
会った事どころか、見た事も聞いた事も無い
今までで分かっている事は
挨挨拶と、
ハグをする女性
要注意
という具合だ、因みにモノローグでいきなり一句詠む人も要注意だヨ!
そして不思議なのはあの言葉遣いだ、所謂片言な喋りで話すのが素だとは到底思え無いが・・・
それに勢い良く抱きついた割に、妙にあっさり引き下がったのも気がかりだ
まぁ、素直に聞くのが手っ取り早いか
「なぁ、金剛。その言葉遣いって」
たった一瞬、瞬きより短い刹那の事
その言葉を俺が口からこの大気に放ち、空気を伝わり、鼓膜を振動させ、脳が言葉とし捉えたその瞬間、彼女の顔に影が出来た
ほんの些細な、彼より長い間彼女を見ていたであろう時雨さえ気付かぬ変化だった
だが、些細だがしっかりと感情の伴った表情の変化に俺の言葉は続きを失った
「?どうしまシタ?」
「いや、何でもないんだ」
咄嗟に出たその言葉に素直に返すその姿を見る限りは精神を病んだ者とは到底思えない
何か、彼女に事情があるのはこの場に居た誰もが知った事だった
それを経て尚、不自然ながらも彼女は笑っているのだろう
俺には、到底出来ないんだろうな
「では、鎮守府近海の哨戒行動に行ってくれ」
「はーい!」
「うん、頑張るよ」
「了解っぽい!」
「了解デース!沢山の戦果result、期待しててネ!」
「・・・一応もう一回言っとくけど、哨戒行動だからな?」
虚しくも、一人残された提督にその一言と勢いよく扉が閉まる音だけが反響していた
前言撤回だ、彼女は俺なんかと似ていない
———————————————————
「・・・何なのかしら、あの目は・・・」
「私も余り人の事を言えないけど・・・」
「何というか、作り物の目に無理矢理感情を入れたような・・・」
「怖い・・・」
「しかも一瞬だけど、確実に此方を見ていた・・・?」
「でも何故?」
「動いても、音を立ててもなかったはず・・・」
「しかも、何か既視感があった・・・?」
「・・・!!」
「あの時・・・!」
「少し、嫌な胸騒ぎがするわね・・・」
———————————————————
太陽が燦々と照りつけ、それを澄んだ海が反射するとても戦場とは見えない場所
皮肉にも深海棲艦の影響で人が立ち入れなくなったここはゴミも無く
前任御用達のダイビングスポットでもある
そんな広大なる海原の輝きに勝る輝きを放つ少女が3人女性が1人
「ぽーい!久しぶりの出撃っぽい!」
満面の笑みで話すその姿はとても愛らしく可愛い、と言う言葉がよく似合う夕立
「いーぃ、時雨?お姉ちゃんの活躍、見てなさい!」
少しドヤ顔で顔の横で人差し指を立て自慢げに話す姉、白露
「ふふっ、分かったよ白露」
そんな光景を見て心底楽しそうに天使の如く微笑む妹、時雨
「みんながこうやって笑えるのも、テートクのお陰ですネー」
目の前のやり取りに和みつつ、誰ともなく呟く様に話す金剛
「うん、そうだね」
「ぽい!しかも提督さん、結構格好良いっぽい!」
「ふふっ・・・。優しい提督だったね」
「今まででいっちばん良い提督だよ!」
「あの提督に、なら・・・」
誰にも気付かれない様な小さな声で発した言葉には、はっきりとした決意が込められ
その言葉を真似るが如く、背後から近づく静かな魚雷の音に金剛は気付かなかった
「ッ!金剛さん!!」
いち早く気付いた時雨の声も
その後に気付いた夕立の悲鳴も
目を見開き驚いた白露の表情も
薄く、ただ確かに微笑んで見えた金剛も
周囲の波を、風をもを巻き込む巨大な水柱に消え
その数十秒間、彼女達の生死を、存在を、確認する術はなく
ただ、その轟音と名状しがたい程の衝撃と共にしかとその両目に映った
否、映ってしまったそのどうしようもない事実を眼前にして
この圧倒的不条理への疑問など、最早そこには無かった
海面が彼女達の血で紅に染まりゆくその姿を嘲笑うかの如く
煌々と太陽の光が波に反射し、その光景を照らしだしていた
———————————————————
提督執務室を入り右手の赤いカーテンの窓、その小さな枠に切り取られた青空が
まるで優しい日常という物を無理矢理具現化するが如く穏やかな日差しを降り注ぐ
だが往々にして、そんな穏やかな日々が続く事が有り得ないという事も
瞬間、その陰った太陽が知らしめていくる
時間は正午を少し過ぎたところ、と言ったところだろうか
「・・・そろそろだな」
フッと、ただ小さく呟く提督には先刻、白露や金剛達が居た時の軽い微笑みはない
ただその社会を、世界を、諦観するが如く濁った目で、彼女達が征った海原を睨む
仕方のない事だといくら割り振ろうと罪悪感は消えはしない
それどころか何倍にも膨れ上がり、俺を押し潰してくる
「・・・昼でも食うか・・・」
ろくすっぽ空いてもいない腹を満たす為に食堂へ歩く
ただ一つ、無表情で機械の如く歩く彼がつい先刻海に出た彼女達と笑い合った彼と同一人物だとは思えなかった
場所は変わり食堂
2階端にある執務室と対になる様に位置する食堂は
基本的にそこ以外では食事を摂ることのできない艦娘達にとって
比喩などではなく唯一の憩いの場であった
そんな所に、1匹の野生の提督が侵入した
だが皆には提督の姿は見えず、人はこれを「思春期症候群」と呼んで
・・・くれれば良かったのだが残念ながら提督はバニーガールでもお留守番妹でも、ましてやハツコイ少女でもない
まぁ、ある意味胸に、というか心に傷を負ったものなら居るのだが
今日は平日、しかもピークの時間を過ぎている為、かなり空いている食堂を行く
食堂といってもどちらかと言えば定食屋なんかに近いと言った方がいいだろうか
好奇や奇異、吟味するかの如く視線を感じつつも何とかカウンターに辿り着く
本当に、それこそ定食屋の如く
カウンターには適当な大きさの紙がいくつも貼られ
『本日のオススメ!』
何て興味をそそられるテロップが踊っている
この辺りは本当に只の定食屋だ
まだ提督でもなかった頃、実家近くにもこんな店があった気がする
本当に、そんな田舎の素朴な定食屋というか良くも悪くもシンプルと言った感じだ
本当にここがあんな社会の底辺みたいな労働環境が敷かれていた場所なのかと
一つ疑問を持てば、俺は彼女等の事を何も知らないんだと改めて実感する
文字だけで、食欲を増進させる文字列を一瞥し、隣の彩り鮮やかな写真を眺める
さして空いてもいなかった腹が態々空きを作る為か、腹から唸るような音が聞こえる
その音に呼ばれるが如く厨房から割烹着姿の頭がひょっこりと現れる
わぁ、恥ずかしい
早く逃げたい一心でラーメン店の常連客よろしく流れる様に注文を済ませる
するとその店員の髪がぴょこりと揺れ、落ち着いた雰囲気の整った顔が此方に向かう
「あ!貴方が新しい提督の!」
その店員、もといその女性は此方を見上げ華やげに笑う
左胸に付けられたネームプレートを見る限り「間宮」と言う名前らしい
落ち着いた印象を受ける彼女が笑うと綺麗でもあるが
同時に少女の様な可愛さまで感じる
胸ないし腰くらいまで伸びた長い茶色がかった髪に頭の後ろの大きなリボンが映える
ただの地味な割烹着でさえどこか着こなしてしまう優しそうな彼女が
ちょっと背の高い俺を見上げ、少し首を傾け口に手を当て屈託無く微笑む
最早わざとやってるんじゃないかと疑ってしまうその愛らしき店員は楽し気に話す
「提督のお陰で、皆さん笑顔が増えてここも活気が出てきたんですよ」
「本当に、ありがとうございます。提督」
真っ直ぐに、純粋に感謝の意を伝えてくる彼女は何だか眩しく感じる
だが、彼女の目を直視できないのは多分違う理由からだ
少し出来てしまった奇妙な間を埋める為に照れた様な小芝居をし、何とか言葉を捻り出す
「そんな大層な事は・・・笑顔が増えたのは間宮さんの料理のおかげですよ」
執務室の時と同じ、軽い笑顔を貼り付けなるべく優し気な声で話す
だがその言葉は本心だ、実際此処に来るまでに見たどの艦娘より此処の艦娘の方がどこか楽しそうだ
「うふふ、お上手ですね。じゃあ良ければ一つ、お願い事しても良いですか?」
世辞と軽く流したつもりだろうが頰が少し紅潮している
赤く染まる頰のまま笑うその彼女、最早その笑顔だけで一生隣でお願い事叶えちゃうまである
だけどそんなにお金持ってきたかしらんと財布の中身を確認していると
そのお願い事の内容が聞こえてきた
「間宮さん、じゃなくて間宮、って呼んでください。敬語も結構ですから」
そしてにっこりと華の様な笑顔を向ける
不思議な事に、この言葉への返しはすぐに出て来た
やっぱり、一回言われた事あったからかな
「分かりま・・・分かった。他でも無い間宮の頼みだからな」
白々しく演技までして答える俺を自分自身で嘲笑うように作り物の笑顔を貼り付ける
自分でも知らぬ間に首は下を向き、頰は自嘲気味の笑みを浮かべていた
するとカウンターの上に置かれたカレーの匂いに意識が吸い寄せられる
だが目を開いたそこには写真の物より幾らか豪華なカレーがあった
顔を上げ間宮に目を向けると
「私からの感謝の気持ちです。お願い事を聞いてもらったお礼も兼ねて、ね?」
と、さも当たり前だと言い張り、笑みを浮かべる
瞬間、墨で塗り潰したような暗い空から眩い光を放つ太陽が気まぐれに顔を出す
食堂の両脇無駄に大きな窓から差し込むスポットライトは眼前の彼女を照らす
暗がりで大人しくお淑やかな彼女が一転、
包み込む様な慈愛の笑みは
聖女や女神のそれと相違ないものだった
厨房より流れ出でる光は俺に向かい瞳を閉じ両手は祈るように胸の前に握りし
彼女の後光のように光り、輝く
絵画のような完璧で美しく眩しく、ただ俺の為だけに向けられた笑み
このまま残していたくなる光景、だが写真を撮ることも憚られる神聖なその姿は
ただひたすらに美しかった
数秒間、どちらも言葉を発さなくただ奇妙なまでの沈黙がその場を支配していた
流石に恥ずかしくなったのか
「これからも食堂間宮、どうぞご贔屓によろしくお願いします」
意外と商売上手な彼女の言葉に短く肯定の言葉を返す
彼女の背に遮られたその光は、いつか俺の元に届くのだろうか
と、一人自嘲気味に微笑みながら
踵を返し歩きつつ食堂内を一望して人の、いや、艦娘の居ない席を探す
あまり艦娘が居ないといえ、というか居ないからこそ広々と席を使っている為
これが案外難しかったりする
暫くカウンターから四歩ほど歩いた所で目を凝らし、ようやく周りに艦娘が適当な席を見つける
小さな板に鉄パイプをくっ付けただけの、ファストフード店の様な二人がけ用の席に座る
一人がけの席は軒並み埋まっていたし、そもそもそこまで数もない
カウンターという手もあったが厨房からの間み・・・謎の視線が気になり結局ここに落ち着いた
やっぱり、モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われていなきゃあダメなんだ
と、一人で、否、独りでモノローグを入れつつ只一心にカレーを頬張る
うおォん俺はまるで人間カレー発電所だ!
・・・うん、まぁ超美味い
決して甘くない筈のルーがこうもあっさり口に入るのは
多分じっくり煮込んだ野菜から出る甘味や旨味が強いからだろう
先程から人参や玉ねぎなんかの主要な野菜が目視できないのも溶け込んでいるからと思われる
多分野菜から出る水分だけで調理したであろうトロッとしたルーは
少し厚めに切られ、適切な下茹で柔らかくなった牛スジと良く絡む
改修工事後の姫路城が如く純白に輝く白米が提督専用と銘打つ無駄に豪華なカトラリーボックスから出てきた
スターリングシルバーと思われるスプーンの上でルーと邂逅を果たせば
白と茶の交わる境界がただ一線に生まれ
天井の照明を適当な事抜かすなと俺の眼球に直接反射してくる白銀の匙
そんな昼飯やランチというにしては少々豪華すぎる光景が広がる
不味いな・・・何が不味いってこれ毎日食べてたら確実に太る
まぁ正直に言ってそこまで肥えた舌を持っていない為作ってもらった間宮には申し訳ない限りではあるが
次々とスプーンを進め、温まった体と思考を冷却させる為軍服と帽子を椅子に掛ける
お冷を煽り一息つくと体は幸福感に満たされていた
ただ、暗雲立ち込める曇天が示す様に、平穏やら平和やらは
ともすれば眼前のいつの間にか空になっていたカレー皿の様に儚く散りゆく運命にある
「あ、提督じゃん。そこ座っていいー?」
我が事とし、誠に遺憾ながら聞き慣れてしまった声にただ顔をしかめて溜め息をつき
どうしたものかと思案する
が、数秒後にはもうその問いがどう答えようとも無駄な事に気付き、あぁとだけ嘆きにも似た肯定の返事を返す
我が物顔で対の席に座る彼女、北上に向かって
「何さその顔は、アタシじゃなくて大井っちの方が良かったっての?」
机にぐてんと伏せ、顔だけを此方に向け恰も不貞腐れているかのような様子を見せる
揺れる綺麗な三つ編みの黒髪は彼女自身が口にした大井によるものか
たったそれだけで絵になるのだから困る
力無い口調にHPを奪われつつ先方に対抗し加藤恵をイメージしてフラットに話す
「いやいやそんな事はー、北上様と食事が出来て光栄の至りです」
焦る事もせず煽る事もしないで、
嘲る事も健やかなる時も病める時もこれを愛し・・・っと間違えた
要はフラットに言う時は冷静に平常心でねって話、そうじゃないとかなりウザいから
そうでもしないと心を許してしまうから
北上さんはいつもけだるげ、だが本領発揮すればかなり優秀だ
実際彼女は戦闘面においては天才的で一度だけお目にかかった事があるが
気迫や殺気、一挙手一投足、呼吸に関してまで全て尋常ならざるものだった
本人曰く、能ある鷹は爪を隠す様に、能ある重雷装巡洋艦は魚雷を隠すそうだ
隠すどころかぶっ放していた気がするが
小さくまぁいいやと呟いて北上はまた変わらぬ様子で
「凄いじゃん、金剛を任務に就かせるなんて、いつ振りだろ」
「・・・知ってるのか?金剛が命令違反なんかした理由」
何気無く聞いたその言葉に珍しく彼女が困った様に口の端を少し引きつらせ
あははと乾いた笑いをあげる
何か尋常ならざる事なのだろうと直ぐに勘付いた
まぁ、勘付いただけで何ができる訳でもないが
数十秒間たっぷり考えた後一度小さな息を吐き、声のトーンを落として話し始める
「・・・艦娘の好感度調整システム、って知ってる?」
「・・・まぁ、座学で教えられる位は」
心臓が冷水をぶっかけられた様に冷えていくのを五体を以って感じた、率直に言えば酷く嫌な気分だ
好感度調整システム、名前はギャルゲーのTrue endに必要な裏ステの様ではある
が、だが初めてその詳細を聞いた時、俺は本当に吐き気以外何もその身に持たなかった
艦娘というのは大まかに人体、及び人体に酷似した構造、成分をした部分と
兵装含めた艤装という二つの部分に分けられる
志願して艦娘になる場合、人体と艤装を繋ぐ作業があるのだが、その艤装にどんな人格、精神かを設定するのだ
それこそ、ギャルゲーのヒロインの様に
それが、好感度調整システム
指揮官的には確実にそちらの方が"都合が良い"筈だ
そこに、本人の意思が介入されない事を含めて
民間人説明用の資料だと艤装連結システムの一部に数えられるんだったか
無論真意は全て包み隠してだが
「しかも、金剛はLove勢ってゆー、提督への好感度が絶対に高くなるのだから」
「・・・あぁ、成る程」
朝の奇行がフラッシュバックしてくる
恐らくだが、あれもその影響の一環だろう
艤装が人の脳に与える影響はかなり大きい
実際手足を動かす様に兵装を動かさないといけない艦娘にとって、それは至極当然ではあるのだが
だが、その糞システムが他の鑑より艤装が大きな種類である戦艦なら?
そんなもの、他の鑑より影響が大きいのは火を見るよりも明らかだ
艤装が脳へ与える影響が大きい様に負担も大きい
ただでさえ大きな負担に馬鹿なシステムが加わると考えると嫌でも眉間に皺が寄る
それはどれほどの苦痛なのだろうか
不意に、そんな疑問が頭をよぎる
物理的な、脳へのダメージもゼロとは言えないだろう
実際、艤装を動かす感覚に慣れない頃は耐え難い吐き気を催すものだ
数ヶ月もすれば艤装も体の一部の様なものだがそれまではせいぜい体にくっ付いた異物
いきなり付けられた異物を動かすというのはかなりの精神力が必要だし
元の体とのギャップで慢性的に車酔いの様な感覚に陥ることも多い
だが、問題は精神的な方だ
提督と定められれば嫌でも好きになり
それを自我で止めることも叶わない
まず自我が存在しているかどうかもわからない、それならば
本当に、それこそただの道具に・・・
そこまで考え、また成る程と納得し、小さな溜め息共に思考を打ち切る
「何とか、そこだけ取り除いたりは出来ないのか?」
未だ浮かない表情をした北上に対し質問を投げかける
答えなど、正直分かりきってはいるがすがりつく様に回答を待つ
「・・・まぁ、大方想像通り、難しいだろうねぇ」
一言一言、重苦しく語られたその言葉には確かな否定の意思が感じられた
だが、やはり誠に遺憾だが、こと北上の事においてはよく分かるし知っている
案外大事な事ははっきりと言う北上が言葉を濁す、それが意味する所はつまり・・・
「・・・可能性はある、って事か」
「まぁ、ね」
少し緩んだ頰がまた引き締められ真剣な表情になる
「って言っても、私達じゃ無理。前ウチにいた明石って工作艦の子になら出来たかもしれないけど」
工作艦、明石
ゆっくりと、口の中でその言葉を反響させる
「何でその、明石が居た時に対処しなかったんだ」
素朴な疑問を何の装飾もせずにストレートで北上に投げつける
「いやー、金剛が来たのと明石が本営に行ったのが丁度同じ時期でねー」
「しかもその時の提督は私達が勝手に行動したりするのを許さない人だったから」
つまるところ入れ違いになり、例え時期があっていても不可能、と
しかも本営に行ったとなると貴重な工作艦という艦種から引き戻すのは絶望的、正直明石の修理は望めない、か
「つまり・・・」
「詰み、だねぇ」
———————————————————
自分を中心に、無尽蔵に広がっていく赤色をただ薄く瞼を開けて眺める
だが瞬間、鋭い痛みが全身に走る
左腕が酷く痙攣しているのが分かった
足には裂傷と酷い火傷があり傷穴に波が押し寄せるたび耐え難い痛みが迸る
段々と覚醒していく意識の中、自分の半身が水中にあると知ったのは数分後の事だ
広がる血が自分のものであると知ったのも
立ち上がることさえ許されない程の激痛が足に宿っている
被害状況は大破、いやそれ以上と言ったところだろうか
何とか生き残っていた艤装のお陰で海面に浮いてはいるものの戦闘能力は皆無
数海里しか離れていない筈の鎮守府に帰港する事が出来ないのは明らかで
最早生きていて良かったねという次元だ
全く幸運艦が聞いて呆れる
前任の提督から言われた
『海に浮かぶ鉄屑』
と言う言葉をこれ程心底共感した事はない
自嘲気味の笑みを浮かべそれでも足に力を入れて海面に立つ
足が今まで感じた事の無い程の激痛を訴えているが知った事じゃ無い
もう二度と、鉄屑なんて言わせない
今まで見るだけで怖気の走ったあの顔が今では思い出すと力をくれるエネルギーだ
燃料の方がずっと燃費が良いけれど
それもこれも、あの提督のお陰だ
だから!
もう一度会って、話して、聞かなきゃいけない事があるから
一言、違うって言葉が聞きたいから
帰らなくちゃいけない
絶対に・・・!
無理矢理力を込めた足が痙攣し、視界が霞み、意識が朦朧とした、呼吸もおかしい
数秒海面に立つだけで気力なんて何処にもなくなり、自嘲気味の微笑みすら消えた
それでもなんとか生き残っていた電探で周囲の索敵を行う・・・反応アリ
爆音で気付かれたのか、近海に元々居たのかは知る由も無いが非常に不味い
しかもかなり近い
戦闘能力は皆無、主砲どころかジャブも打てないこの体で一体何処まで持つだろう
瞬間宿った恐怖を振り払うように大袈裟に頭を振り周囲を確認する
電探が指し示す位置には
「Oh・・・服がボロボロデース」
大破し、気を失っている白露と夕立を抱えた金剛が居た
———————————————————
徐々に高くなる室温が凍った体を解凍していく
だがその中で心だけはドライアイスのように周りに冷気を漂わせるばかりに冷たい
前髪を撫でる暖房の熱は鬱陶しい程なのに
理由は分かっている、でも後悔するには遅すぎるし引き返せないのも分かっていた
多分、その事がより一層俺をこんな風にしている事も
俺は彼女達、白露や時雨、夕立、それに金剛を巻き込まないために
いや、本当は彼女達の為なんかじゃあ無くこれもアイツの・・・違う、アイツの為と思い込んでいる俺の為なのかも知れない
俺は彼女達が傷つく様に差し向けた
彼女達を俺から、鎮守府から距離をとらせるにはそれが一番効率的だったから
この辺は比較的鎮守府が多い、陸に鎮守府があるのもこの辺一帯を仕切る為だ
ちょっと遠いが他の鎮守府だって哨戒も出撃もする、中ないしは大破
大方気絶状態であろう彼女達を見つけるのはそう難しい事じゃあない
曳航して入渠させれば口も聞けるし、数が多いといってもこの狭い範囲にしては
という程度で近隣の鎮守府に確認すれば直ぐに此処の艦娘と分かるだろう
此処に「貴鎮守府の艦娘を保護している」という旨の連絡が入り
肯定次第面倒事は御免とばかりに速達で送り届けて来るのは明らかだ
ではそこで、こう言ってみたらどうだろう
「我が艦隊に、哨戒程度の任務もまともにこなせない艦は居ない」と
さすればこれ又面倒事の種になった彼女達は本営に送られてめでたく我が鎮守府から除名される訳だ
要は自分の作った罠に嵌めさせて戦力外通告するクソ提督大作戦だ
しかも本営は解体、除名などの処分を受けた艦娘を手厚くフォローしている
是が非でもこれ以上戦力を失う訳にはいかないらしい
しかもこれは艦隊には隠す、いきなり仲間が居なくなったら普通原因を探るだろう
他の鎮守府との演習という艦娘同士の繋がりが設けられている以上艦娘達は俺のした事を近いうちに知る
そうすれば俺に近づく者は無くなり思う存分俺は動ける
回りくどい様だが、少なくとも表面上は正式な理由が欲しかったのだ
本営や他の鎮守府の目を騙す意味をあったし、何より
艦娘達に不自然に思われない様にする為が大きい
不自然に思った艦娘が俺の真意に気づく事がない様に
俺なんかともう二度と関わる事の無い様に
稚拙に幼稚に、考え込んでいるとは思えない行動を
ただ前任達を思い出せば、一概にあり得ないとも言い切れないそんな自然な屑野郎を
生憎そういう奴等とは此処の艦娘と引けを足らないくらい会ってきたつもりだ
自分でやってて虫唾が走るし罪悪感も大き過ぎるがやるしかないんだ
全ては、アイツの魂の安らぎの為に
何事にも邪魔されてはならない
止める事は許されない
覚悟はとっくに出来ている
それでも震える下唇を噛んで無理矢理押さえつけ首を捻って窓の外を見る
未だ黒い雲が空を覆っていたが、活気のない港町の一切を超えた山向こうには
太陽の光が燦々と降り注いでいた
「・・・」
北上が机に突っ伏し、だが視線はじっとこちらを見据えている
互いに硝子越しでも相手の真意が見えてしまう
だから
「・・・ねぇ」
いつもより低く冷たい声音の北上が放った言葉を遮って
「頼む」
それだけぶっきら棒に言い残して
椅子に掛けていた軍服と帽子をひっ摑み
「ちょっとトイレ行ってくるわー」
最後は適当にお道化て食堂から立ち去る
痕跡は残した、後は時間が経つのを待つだけだ
かくして俺は、照明煌めきたつ食堂から闇深まりし廊下に又戻ってきた
するとそれを歓迎するかの如くけたたましいサイレンの次に慌てた声が聞こえる
確か、大淀、だったか
「緊急連絡!緊急連絡!哨戒中の第一艦隊からの救難信号を受信、提督は直ちに司令部施設にお越し下さいっ!!」
そんな声を聞き顔を顰めてあと数メートル程の司令部施設の扉へゆっくりと歩みを進めた
———————————————————
未だに轟々と音を立てる暖房が今では私だけ、いや私達だけになった食堂の温度を丁度いいものに保っている
さっきまで居た彼女はもう行ってしまった
大方提督を危険視して監視でもしていたんだろうけど
それに気付かないほど提督は鈍く無い、それどころか罠まで張って去って行った
いや、先ずこうやって監視なんてしている時点で提督の罠に嵌まっている
面と向かって罠に嵌まった私が言うんだから間違い無い
瞬間もの凄い徒労感が襲ってきた、抵抗するも虚しく四肢に力が入らなくなり
完全に授業中に寝る学生スタイルになる
するとあの硝子が嫌でも目に入り、気怠そうな自分の顔が映っていた
眠気で細められた目には何処と無く悲しそうな印象を受ける
そんな他人事めいた光景が広がっていた
「北上さん・・・」
「あ、大井っち」
其処に、いつもより暗い大井っちが現れた
「・・・ごめん、駄目だった」
何も隠さず、ありのままを伝える
あんな事言われたら止めるなんて出来ない
「・・・じゃあ、やっぱり」
「・・・うん」
「あの時と、同じ・・・」
「・・・」
呟かれた言葉に少し視線を落とす
言葉は必要無かった、想定していた事だし何より提督の事は良く知ってる
硝子越しでも、意思が伝わるくらいには
「・・・ご丁寧に罠まで張って行ったんですか」
少し視線を彷徨わせるとちょっと怒った様な声で私の目の前を見ながら話す
そこには食べ終えたカレーの皿とスプーンがあった
なのに軍服と帽子は持ち去られいる
でも提督は確かにトイレに行くと言った
トイレに行くだけで軍服は必要ない筈だ
仮にそのまま帰るつもりだったとしたら何故皿とスプーンを片付け無いのか
しかも何より提督は食堂を出た
食堂を入ってすぐの場所に、トイレがあるにも関わらず
しかも多分、死角が多いこの席を選んだのさえ・・・
違和感を持ってしまえばもう既に提督の手中、少し多めにヒントを出しているのは
彼女以外にも注意すべき人物が居るかの確認と言ったところか
いや、自分の悪い噂を流す諜報員の採用試験の方が正しいかも知れない
要は作戦は計画通り進行中という訳だ
何の障害もなく、それどころか正義感や仲間意識という感情の下無償で働く労働力さえ確保している
掌の上で踊らされるどころか、掌にすら辿り着けていない
その辺の公園でリンボーダンスさせられている様な物だ
操られている事すら気付かせず利用する、それはどれ程に邪悪な事で、どれ程の罪悪感を伴う事なのか
そこまで考えて溜息一つと瞬き一つで思考を停止させる
そして眼前の光景にまた溜息を零して
「これアタシが片付けんのかなぁ・・・」
提督として現れた自分の『義弟』に想いを馳せたのだった
直後、耳を劈くサイレンの轟音が鳴り響いたのは言うまでも無い
———————————————————
「あの食堂での行動、少し妙ね」
「やっぱり何かある・・・」
「行動を起こす前に食い止めないと・・・」
「!!サイレン!?」
「緊急信号って・・・!そんな!!」
「もしかしてもう・・・っ!」
「・・・あの時の目は」
「自己紹介の時と、同じ目だった」
「おかしいと思っていた、皆何故あんなに友好的なのか・・・」
「もし、そんな単純な事じゃないとしたら」
「もし、皆が提督に抱いているのが、好意なんかじゃなくて・・・」
「脅威だったとしたら・・・」
「存在意識下に、直接語り掛けてくる様な・・・」
「抗えない、絶対的な恐れの感情に」
「ただ、踊らされているだけだとしたら・・・」
「やっぱり、やらないと・・・」
「殺さないと」
「・・・二日で辞めた提督は、初めてでしたか」
歩みを進める廊下の壁に、規則的に設けられた窓に目を向ければ
煌く刃物を片手に携える
口角だけが吊り上がった黒髪の、何故か諦めた様な目の女が写っていた
———————————————————
他の鎮守府でなく艦娘からの救難信号、それは俺から艦娘への直接の通告を意味する
まだ鎮守府を介した方が良かった
もう二度と彼女達の声を聞かずに済むから
扉までの数歩が妙に遠い
あと一歩、せめてもう半歩と距離を詰める
ドアノブに手を掛けると使われていなかったのかその抵抗が少し大きく感じた
すると差し出ていた右腕ごと扉が部屋の中に引き込まれ、連絡設備や平面座標指示画面の様な機器類が視界を埋め尽くす
グロテスクなまでの機器類犇くその様に呆気にとられると眼下の甲高い
「きゃあ!!」
という声に視線を下げると目を見開いた大淀がその綺麗な黒髪をたなびかせ
地球の重力に従い頭から地に落ちようとしていた
すんでのところで伸ばしていた右手で彼女の左腕を掴み、左足を踏み出し左腕を使って背中から身体を支える
近づいた二人の顔がこれまた何とも言えない沈黙を作り出す
「怪我はないか?」
「は、はい」
大淀の焦って青ざめていた顔が赤く染まっていくのが分かる距離
焦りの為か荒い呼吸に上気した頰、乱れた前髪、腕の中に収まる華奢な体
綺麗な黒髪が数本その少し汗ばんだ頰に付いたその顔
執務中の凛とした姿とのギャップが更に魅力を引き立たせる
思わず見入ってしまう自分がいた
「・・・っと、立てるか?」
「あっ・・・はい」
肯定を返す為か確認させる様に少し大袈裟に地面を踏みしめてみせる
「で、何があった?」
俺が声を発した途端、あの何時もの凛とした表情に変わる
「はい、放送でもお伝えした通り哨戒中の第一艦隊よりの救難信号が確認されました」
「救難・・・詳細は?通信なんかは出来ないのか?」
「それが・・・提督に直接お話しするとしか・・・」
「俺に直接?・・・一体何故?」
流石に気付かれたのか?幾ら高性能と言えど昨日行ったとこのお古だからなぁ
「まぁ、取り敢えずその辺についても聞いてみるしかないか」
「では、お繋ぎしますね」
「あぁ、あと大淀。さっき何で部屋から出ようとしてたんだ?」
部屋に入る俺と正面衝突出来るのは部屋から出ようとする奴だけだ
動きがピタリと止まり、何とか逡巡していた様だった大淀が観念した様に言葉を紡ぎ始める
「・・・今迄の提督の方は、艦隊司令部施設に立ち入る事すら、稀で・・・」
「じゃあ今迄指揮は・・・」
「全てガンガンいこうぜ、ですかね・・・」
「oh...」
せめて、次くらいは良い提督に出会えます様に・・・
心からの祈りは喧しい通信機の音にかき消された
———————————————————
青い空は灰色に染まり、光が透き通るダイビングスポットは単なる地獄と化した
金剛さんから貰ったこの燃料があればもしかしたら鎮守府まで行けるかもしれない
Winding road並に曲がりくねったこの主砲で敵を追い払いながら
全力の三分の一も出せないこの足で白露と夕立を抱えながら走れるならだけど
残念ながら浮いているのも精一杯のこの艤装ではそれが出来ないのは明らかだった
白露達程じゃ無いけど自分もかなりの怪我だ今は祈るしか無い
奇跡的に生き残ってた通信機に
水温十五度も無い海水で半身浴していたのに、まるで幸運艦を小馬鹿にした自分を見返すかの様に生きていた通信機に
艤装の大半に付けられている中でも駆逐艦の為簡易的なものだったのが功を奏し、重さで水面に沈む事も無かった様だ
というか、海で戦うのに防水機能が皆無って何なんだろう
焦る指先を、震える体を、痙攣する脚を、逸る気持ちを、軽い憤りを無理矢理押さえ込む
・・・別段、沈むのが、死ぬのが怖い訳じゃない
艦娘として生を受けた時点でそれは逃れられない宿命みたいなもので
いつか、多分それ程遠くない未来に自分は死ぬと今でも思って止まない
死ぬのが恐くて震えている訳じゃない
もう、裏切られるのは嫌なんだ
あの時の、金剛さんに当たった魚雷は艦娘や深海棲艦の物では無かった
・・・大きさが、違い過ぎる
深海棲艦や艦娘の装備は小さい、当然だ
深海棲艦の武器を基にこの手の主砲が出来ているのだから
でもあれは間違いなく人が作った兵器だった
深海との戦争初期の頃より小型化は進んでいるものの艦娘の装備には程遠い
数ヶ月前に見た時より威力が幾らか高い様に感じるけれど
多分、深海棲艦牽制用の無人操作できる施設のものだろう
戦時中で大したセキュリティも取れない為に案外誰でも不正利用できるし
その上射程範囲内に深海棲艦が来る程になればそんな物最早意味を為さなくなる
まぁ意味がない上に無闇に使って深海に喧嘩を売れば死期が近づくだけだから誰もやらないけど
じゃあ誰がそんな事したのか
また同じ顔が頭に浮かび、頭を振ってその考えを追い出す
でも幾らやっても何処からか湧いてきたその思考で頭は一杯になる
やはり何度頭を振ろうとも、浮かぶのは執務室を出た後戸の間に見えた
笑顔が消え、何処までも深淵が続く様な黒く暗い目をした
どこか悲しそうな、あの提督だった
———————————————————
「はあぁ」
と、溜息に良心やら何やらを乗せて吐き出すと
嫌に落ち着いた心臓だけが身体にある様な錯覚すら憶える
簡易的で錆びれた印象を受ける通信機に手を掛けると
不意に数十分前海に出た彼女達の顔が脳裏に浮かんできた
今から俺が告げる事は、彼女達にとって何になるのだろうか
只、それが最悪であり、これからはそんな事が起こらない様に
誰か神にでも言い訳する様にそんな心にもない事を祈る
照度を確保する為だけに作られた窓からはただ果てしない灰色が続くだけで
情弱な日光は敷地内に聳える大木の木の葉に遮られ、室内はただ
無機質な冷たい光を放ち続ける蛍光灯が薄ぼんやり明らしめるだけだった
まるで薄ら寒い自分の行為を見透かされた様で落ち着かず
士官校でアホ程習った通信機を素早く用いて少女、時雨との通信を開始した
通信が始まり数秒、緊張した様な息遣いと波の音が代わる代わる聴こえる
会話は無い、二、三度会話を促してみても結果は変わらなかった
「提督は・・・」
不意に遠慮がちな言葉が小さく、ともすれば波の音にかき消されてしまう程か細く聞こえる
「・・・」
間は長く、静かに心に深々と降り積もる雪の様に不安を募らせる
押し潰されそうな程の感覚を振り払う為かぶりを振ると短いノイズに時雨の声が続いた
「提督は・・・僕達を裏切るのかい?」
その声に、先刻までのか細さは無かった
遠慮こそあれど消えゆく様な声とは程遠く
喧しい波を劈き、凍らせる程の冷たさを感じて思わず身震いする
何かあったのかは聞かずと知る
その原因たるが俺にあるだろうという事も
ただ妙だった、異質だった
何故いきなりこんな声をする様になったのか不思議でならない
名状しがたい感情だったただ考えれば考えるほど深みにはまり
只静寂だけがその場に流れた
「・・・いや、それは無い。それだけは」
気圧されたというには落ち着きがあり、懺悔というには些か仄暗い思考からの言葉
いつもの嘘だ
虚言に変わりなく
何百回と吐いた単語の只の一回に過ぎない
色彩の無い、掠れた灰色の言葉だ
「なら、信じるよ」
「・・・で、何があったんだ?」
多分、俺の愚策は通らず、何らかの不備が起こった事は察した
なら何があったか位聞いておくべきだろう
状況さえ掴めれば対応も楽になる
どうせ失敗したのだ、今何したって損にはならない
「・・・いや、提督は裏切らない、んだよね」
独り言の様に、実際独り言だったのだろう
小さく呟かれた言葉には自分を落ち着かせようとする声音を感じた
奇妙な沈黙が流れた、しかし今度はそう長く続かない
「哨戒中、いきなり魚雷が直撃して白露と夕立は意識がなくて」
「金剛さんが中破、僕も大破してて・・・」
「ちょっと待ってくれ、魚雷?潜水艦か?」
「いや、一瞬見えたけどあれは、人間の物・・・だったよ」
「人間の・・・他に怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
どういう事だ
計画が進まないのは事故か何かだと踏んでたんだが・・・
人間の・・・つまり俺と同じく防衛システムを利用した攻撃と見るべきか
偶然だなんて楽観視はできない、俺が使おうとしたのはあくまで———
—————機雷、だ
元々近海に設置されている機雷の電源を入れ、艦の接近に反応して炸裂する手筈だ
複合観応機雷だ、しかも複数ある、どれ一つとて反応しない何て有り得ない
誰にも悟られてはいない筈だ、少なくとも何をするかまでは確実に
北上や隠れてた大井もあの様子、何も掴んでいないだろう
・・・いや待て、何故白露達が被弾する?
ソイツの目的が俺を止める事なら機雷の電源を落とすか設定を少し弄れば良いだけだ
何故わざわざ魚雷を放つ?
いや、目的が俺を止める事でなかったとしたら・・・
例えば白露達そのものか
或いは・・・
だが一体誰がそんな事を?
艦娘達は先ず外出もままならない、防衛システムまで行く事すら困難だ
一般人でも無い、セキュリティはガバでもこの辺一帯は少し前に危険区域に指定されたから先ず一般人が入る事すら出来ない
軍の禿げ共だって俺のことなんぞ眼中にないだろう、まぁそれはそれでイラつくけど
目を伏せ、しばらく思考を巡らすが結論どころか仮説にすら達せず
ノイズの音で正気に戻る
「提督・・・?どうかしたのかい?」
「いや・・・すまん、直ぐ迎えに行く」
まさか、だ
いや、だが可能性が捨てきれない以上今白露達を切り捨てれば確実に・・・
「うん・・・!」
短い言葉には安堵や安心や少しばかりの不安など数多の感情が犇いて聞こえた
完全に通信が途断え、部屋には沈黙が流れ、空気が数倍重く感じた
「救助の艦隊はどうしましょう」
通信時の口振りから大方の事情を察したらしい大淀が沈黙を引き裂く
「そうだな・・・いや、俺が直接助けに行く」
「提督自ら!?危険です!」
余程動揺したらしく裏返った甲高い声で叫ぶ様に大淀が言い放つ
「大丈夫、俺が行くのが一番安全だと思うから」
要領を得ていないのは大淀の顔を見れば一目瞭然だったが構わず進んで部屋を出る
無駄の無い動作からは、空気の重さなど一片も感じなく
目には気色と名状しがたい仄暗い感情が入り乱れていた
多分俺が行くのが安全だ、狙いは俺を『生け捕り』にする事にある
俺が行けば下手に手出しはできないだろう
艦娘でも一般人でも毛狩り隊みたいな軍の奴らでも無い、じゃあ誰か
ノイズの音で憶い出した、そういや軍にも禿げてねぇのが居たよなって
通信機の前で目を伏せる彼の姿はもう無かった、瞬きより開かれた目はしかと正面を捉え
己が進行を妨げる物を、忌むべき者を睨むが如く爛々と輝いていた
手を掛けた戸は甲高い苛立ちを誘う音と共に軽いながら抵抗をして開くだけで
色の無い世界に、可燃物も無く燃え盛る己が身を焦がす炎の色だけが揺らめいていた
———————————————————
「まだ存在したのね、司令部施設」
「誰も使ってないし、もう倉庫にでもなっているのかと思っていたけど・・・」
「どうやらもう中に居るみたいね」
「ここから出てきた瞬間に・・・!」
「何?会話が漏れて・・・」
『そうだな・・・いや、俺が直接助けに行く』
「・・・嘘をついた様子はなかった、でも何故直接・・・?」
「・・・はぁ、ここで考えても仕方ないわね」
「何にしろあっちがどんな行動をするか、ね」
「・・・」
「一度だけよ、提督」
「ところで、この包丁どうやって返そうかしら」
———————————————————
遠方での指揮、艦娘輸送用の小型護衛艦を適当に拝借していざビックオーシャンへ
と、野を超え山越え猫も超え羅針盤にも打ち勝ち鎮守府正面ぶらり旅と興じる
行き先どころか方向感覚さえ失いかねない海と空の境界つかぬ海原
その不明瞭な視界の果てに人影を見つけた
深海棲艦などでは無い、荒波の中、そこだけ輝いてる様な錯覚すら憶えるあの美麗なる髪は・・・
「金剛!」
高波が一気に止まった気がした
吹き荒ぶ向かい風は風向きを変え
俺を彼女の方へ向かわせる
此方に気づいた彼女はそれはそれは嬉しそうに笑い、言い放った
「待ってマシタ、提督。きっと、来てくれるって信じてましたカラ」
眼前の金剛が目を閉じ、心から笑った
それはあの不恰好な笑みでも、朝抱きついてきた時の感情のない表情でもなかった
吹き抜けた一陣の汐風は亜麻色の長髪を優雅に揺すり抜け
崩れかかった前髪を右手で軽く押さえる動作はそれだけで何処か優雅で
それでも決して絶やさない笑みには懐かしい既視感を覚えた
「っぁ・・・」
アイツが笑った時も、こんな感じだったっけか
既視感の謎を追っていた思考が一つの結論に辿り着くと声ともならない声が口からこぼれ落ちた
何で俺は、今まで忘れていたんだ
アイツの笑顔を
頭が動かなかった
思考ができず、体に力も入らない
呆然と立ち尽くす姿はどれ程滑稽だったのだろうか動かない脳では想像もつかない
思考しようとも出来ないのに、何故か心地良い感覚だった
刹那たる幻の様な夢から醒めると、俺は暖かい感覚に包まれていた
それは紛れもなく人肌で
機械でも
兵器でも
鉄屑でもなく
人間の暖かみだった
意識が完全に醒めた時、薄々分かってはいたが金剛に抱き締められている事を知った
だが朝の様にすぐ引き剥がす気分にもなれない
きっと頭が正常に動いていないせいだ、だから、きっと、あと少し位は抱きつかれたままになるだろう
艤装という巨大な強制がありながらも
少しでも拒絶されれば直ぐ離せるようになってる腕とか
身体を預けているのに掛けてこない体重だとか
一挙手一投足に本来の金剛の性格が現れている様な気がした
数分後、どちらとも無く離れた俺達は無事時雨と合流し
白露と夕立も目を覚まし、皆船に乗り込み帰路についた
鎮守府に帰るまでの数十分ほど全員寝ており、特段会話も無い
鎮守府近海、本来逸れ敵駆逐艦の縄張りとなりつつあるこの航路、異常ナシ
つまり俺の予感は正しかったのだ
全く迅速な事だ、それだけの力があるなら俺くらい今すぐにでも殺せるだろうに
にしても此処ら一帯の深海共を根絶やしにしたのか
だとしたら中々のVIP待遇だな、俺は大山椒魚か何かだろうか
まぁ奴等にとっちゃあ天然記念物以上か
思案するのを諦め、背中を艦橋に預けると明らかに甲高過ぎる音がカンと鳴った
背中に触れ、音の正体を拝見してみるとそれは小型の発信機であった
そっと両手で二つに折り、念入りに海水に漬け込んでから甲板にぶん投げ踏みつける
金剛が利用されている、抱きついた時に付けられたのだろう
今はまだ遊びのレベルだ
だが時が経てばそれは利用なんて生易しいものではなくなる
俺は知っている、身をもって
甲板に居座る粉々になり折れた基盤が嘲るかの如く此方を据える発信機だったものは
無言でコイツ等との別れを訴えてくる
ただ、頑なに隠れていた太陽が今になって顔を出して
陽を浴びせ、艦首に当たった光は俺が向かうべき鎮守府への帰路を照らしていた
———————————————————
抱きつくのは二度目のはずだった
でも一度目の時より鼓動が早くなって、顔も赤くなってるのを感じる
その分恥ずかしくなって、船に乗り込んだ瞬間から寝たフリをしてやり過ごしている
こんな体だ、もう人じゃない
なぜ鼓動が早いんだろう
なぜ顔が赤いんだろう
なぜ、こんなに胸が暖かいんだろう
深く思考を巡らせることもなく
薄く閉じた瞼を少し上げて目に入ったその人、提督をボーッと眺める
多分そうなんだろう
根拠は自然に緩んでしまった頰だ
私は提督が、スキ、なんだ
ふふっと溢れてしまった笑いにどうしたとばかりに提督が振り向く
なんでもないデースと小さく笑いながら今まで嫌っていたおかしな喋り方で返す
でも今はそんなに嫌いじゃないかもしれない
むしろ感謝してる
素の自分じゃ、恥ずかしくて会話どころじゃなかっただろうから
また緩んだ頰に首を傾げる提督を見て
三度目の笑みをこぼした
———————————————————
「まさか本当に無事帰ってくるなんて・・・」
「・・・」
「今度こそ・・・今度こそ信じられる、かしら・・・」
「赤城さん・・・」
「私は、決めました」
「今度こそ、あの人と・・・」
「貴女の海を、仲間を」
「守って、見せますから」
見上げた空は抜けんばかりの遮るものなど何もない晴天で
放った言葉は底なしの青に消えていった
———————————————————
東館と西館を繋ぐ渡り廊下は老朽化の一途を辿り
何故これが中に浮いているのかを説明できる者は今のところ誰もいない
強いて言えば輝く海原の光景の良さと無駄な程の窓の多さが
ここに居た提督等の良い喫煙所になっている事が艦娘達に知れ渡り
誰一人として近寄らない為かもしれない
そんな老朽と蒼穹が表裏一体となっている場に、二つの影が存在していた
言わずもがなそれは提督と金剛のもので
伏せられた顔には反射した波の光が瞬いていた
眩むような光は否が応にも金剛の視線を前に向かせ、青空は窓を伝い風となり背を押す
今しか無い
何度唱えたか判らない言葉を口の中で反芻する
しかし結果は変わらない
声帯は小さな痙攣を起こすだけで、心の内を伝えるには至らなかった
言葉を発するために残していた空気が薄くなっていき、次に決心がついた時には身体が咳にも似た音と共に空気を求めた
息が苦しい
胸が熱い
鼓動が激しい
今迄の、艤装で無理矢理動かされていたような心臓の動きではなかった
そんな単純で生易しいものではない、本当の苦しさにどこか嬉しく思う自分もいた
不思議だが恐怖はなく、ともすればその無記名の感情に押し潰されそうでもあった
言えなかった言葉と共に勢い良く飲み込んだ空気はすぐに尽き
酸素を求め体は喘ぎ、伏せ閉じた唇から声にならない音が漏れた
静まり返った通路には、距離があるはずの波の音さえ聞こえんばかりの静けさで
明鏡たる陽は伏せた顔に影を作り
浮かんだ言葉はその影に溶けゆく
あぁ、所詮私なんて
艤装の補助がなければこんなもので
表情筋一つまともに動かせはしなくて
滲んだ涙で霞んだ視界には
目の前の、提督の影すら写りはしない
弱った心で、これ以上艤装じゃない素の自分でいられそうにはなかった
艤装をつけている以上、つまり一生逃れられないもう一つの自我に少しずつ溶け込んでゆく
でも
それじゃきっと私の思いじゃないから
いつまでも
このままじゃいられないから!
「提督」
吸い込んだ息は喘ぐ全身に巡る事すら許されず刹那の時も許さずに声となって吐き出される
息をしていないせいか身体の感覚があまり無かったが、胸は、心は、心臓だけは、普段は考えられないほどその存在を主張している
艤装をつけようと外そうと、私は私のままだから
仕方ないから、大嫌いなあの言葉を借りて
「好き、です。ば、バーニングラブ・・・!」
もう一人の自分を押し殺して、放った
「すまん金剛。俺が君を好きになる事はない」
自分自身の、本音、を
———————————————————
「好き、です。ば、バーニングラブ・・・!」
顔を伏せていた金剛が涙ぐみつつも顔を上げ、上目遣いで顔を見せる
耳まで顔を真っ赤に染め上げ、荒い呼吸から途方も無い緊張が感じられた
少々やけ気味に吐かれた言葉はほぼ想定した通りのもの
答えを出すのに時間はいらなかった
当たり前だ、北上に話を聞いた時から考えてたんだから
腹はとっくに括ってある
「すまん金剛。俺が君を好きになる事はない」
罪悪感からか、贖罪のつもりか、すまんなんていらない台詞と共に
しかし不変で揺るぎない心の内の事実を伝えた
眼前の金剛は少し目を見開いたが、ゆっくりと顔と共に瞼が伏せられてゆく
薄々、望んだ答えが返ってこない事をわかっていたのだろう
これで十分だろうか
そんなはずは無い
金剛は今後の俺に必要ない
切っておかなければ
完全に、二度とないように
「もういいんだ、金剛」
言葉の意味が解らないと言った具合に、目尻に涙を溜めながら金剛の視界が俺を捉える
「それって、どういう」
「艤装の所為だろうと、一人の女の子にこんな事をさせてしまって」
「エ?な、何言って!」
「大丈夫だ、もう苦しまなくていいんだ、俺たち人間がこんな物を作ったせいで・・・」
それは拒絶である
一人の感情というものを踏み躙り、壁を作り断絶した
最低だ
こんな言葉ならスラスラ出てくる
巻き込まないのが金剛のため、だから暴言くらい仕方ないだろなんて稚拙な言い訳をする気は無い
これは俺のためだ、これからの道に足枷になるものを足ごと切り落としているのだ
「俺なんかに、こんな・・・」
「提督?ワタシは艤装とかじゃなくテ!本心で話してマスヨ・・・?」
「この気持ちは、嘘なんかじゃありまセン!本当なんデス!本当の、気持ち・・・なんです」
遂に金剛の目尻から水滴が溢れ頰に一筋の跡を残した
「大丈夫、大丈夫だよ、金剛。それは艤装の、機械による勘違いだから」
「今まで辛かったろう?俺は分かってあげられるから」
「俺だけは、理解してあげるから」
降り頻る雨を隔てる窓には慈悲を込めて、精一杯笑おうとする優しそうな男の横顔が映る
「だかラっ!今!この気持ちは!ワタシ自身の、本当の気持」
「なぁ、金剛。なんで本当なんて分かるんだ」
空気が変わった
鶴の一声、天使が通る
様々な言葉で表されるこの現象
しかし、どれもこの状況にはそぐわない気がした
嗚咽、雨音、地団駄、滴る涙、遠い雷鳴
全てが、止まった気がした
「子供の頃から恋をする暇なんてない訓練の日々」
艦隊指揮に直結する艤装実験、士官校で習わない筈が無い
座学で何度も聞かされた言葉の復唱
「十歳の頃には艤装の連結実験も始まって」
考えればそんな重要事項知らない筈が無い
それが分からないほどに、混乱しているのだろう
「なんデ、そんなこと・・・」
「十と二ヶ月でシステムの実験の為艤装をより深い位置で連結」
畳み掛ける
勢いを増す
雨音が嫌に大きく感じる
語気が上がる
喉が痛い
体の火照りを感じる
頭ただけが、酷く冴える
「システムの都合上半艤装に操られてるようなもん」
「お前が持ってるその感情だって」
「試験運転中貼り付けられた電極から解析されたデータを解析して作られた偽物の模造品だ」
言い放つ
時間にすれば3分にも満た無い
しかし、まるで今まで首でも閉められていたかの様に
苦しい
「ち、チガっ!この気持ちだけハ!!」
「もういいんだ、自分でも半信半疑なんだろう?」
「やめて!!聞きたくナ」
金剛の言葉を遮る様に深呼吸でもする様に大きく、ゆっくりと息を吸う
「もう、お前は人間じゃないんだよ」
取り繕った笑みで幾ばくか金剛を見つめた後
零れ落ちる様に紡がれた言の葉を、観察でもするかの様に優しい目付きで見つめる
そこにあるのは空虚な現実と
欺瞞と仄暗さを秘めた己が両足だけ
眼前の彼女はその言葉を聞いた後泣く事は無かった
ただ大きく見開かれた目の奥はどこか暗い淀み
そして黒過ぎる瞳は底無しに乾いていた
—————————————————————
霞んだ黒い雨が、窓一面に斜線を描き表面を伝っては消えてゆく
糾弾するでも、嘲笑するでもなく、やんちゃな児童に言い聞かせるかの如く紡がれた
慈愛すら感じ得るその言葉に、演技による力みなどは感じられず
それ故にあの言葉が嘘だという気が加速する
予感や予知と言っても良いかもしれない
きっとその言葉を放つ事は、私にとって何か得があって、多分私を守ろうとしているのも分かった
でもその確信は今の立つ事も出来ない自分に対する慰めには到底なりそうもない
言われた言葉は記憶され、情報となり不変となる
窓を伝う雨は消えど、伝った跡は消えはしない
それはもうこの胸の痛みを消せない事を不変の事実となる証明の役割を十分に果たしていた
きっと嘘だから、と
『いつもの金剛』の様に考えられたらどれ程良かったか、もう私には分からない
いつも、そうだった
いつも求められるのは戦艦としての、艦娘としての『金剛』で
みんな"私"の事なんてまともに見ていない
でもみんながそれを望むなら・・・と、私は大嫌いな私、金剛を続けてきた
本当に、自分の意思で行動しているのかも、"私"か『金剛』どちらが本当の私かも分からずに
いつか、本当の自分を見てくれる日が、人が来てくれるのを、信じて疑わずに
でも、もうダメみたいだ
影は一つになり、陽が陰り、自分の影すら消えた寂しげな廊下の真中に
一人雨の中へたり込み、涙すら拭くこともなくもう無い彼の影を見つめる
涙が次から次へ伝い、溢れて止まない目尻からまた一つと水滴が伝う
前の涙の軌跡をなぞって落ちてゆき、顎まで到達することも無くそのままの勢いで
私がへたり込む床に向かって落ちてゆく
涙で霞み、鮮明に捉えられなくても明らかに雨粒の方が多い筈なのに
遂に床に溢れた涙の音は一際大きく廊下に響いた
最後に流れた水滴は酷くゆっくりと滑らかな頰を下り、軽く項垂れたのを合図に小さな水溜りに波紋を描いた
—————————————————————
「あれは・・・?」
「金剛さ・・・ッ!」
「・・・」
「分かっていた、筈なのに・・・」
「どうせ、こんな事になるって」
「知っていた、筈なのに」
「・・・」
「また、こうなるのね・・・」
「分からない・・・」
「もう、何を信じれば良いのか・・・」
「多分、提督をどうしようときっと思う壺」
「少しでも、被害を食い止めることを考えないと・・・」
「でも・・・もう」
「何も、できる気がしない」
一際目を引く大きな窓から薄暗く灰色をした雨音を背景に映し出された「加賀」の姿は
結果諦観することしかできなかった自分を憤るでも落胆するでもなく
ただ、無だった
その顔に表情はなく、黒曜石の如く冷たく黒く暗く昏い瞳が映し出された朧げな自分を
そっと、見つめていた
—————————————————————
不意に、その緩やかで暖かい、何処か遠くの太陽光が反射し差し込む満ち足りた水中から
人知を超えた抗い難く形容し難いものによって引き摺り出されるように
余りにも非情たる意識の覚醒に成功した
そんな眠りからの覚め方で爽快な感覚に浸れるはずもなく、軽い憎悪と吐き気と恐怖が
せめぎ合う様に胸中に渦巻く
そんな内心とは裏腹に、皮肉にもあの、悪夢にも似たものの影響で急激に目覚めた体は
今や準備完了の合図でもする様に神経が研ぎ澄まされ、自分の脈拍すら感じる
だがいつも思考は言う事を聞いてくれない
動こうとしない準備万端の四肢がまぎれもない事実としてそれを表している
いや、動こうとしないのは只の不快感などでは断じてない
あの事、昨日の、金剛のことである
守る為だとか、あれが最善だったとか偽善者を気取るつもりはない
もっといい方法はいくらでもあった
それは紛れもない事実だ
だがその中で、俺はアレを選択し、実行した
何の為か?
自分の為だ
あんな事が誰かの為になるはずが無い
俺は金剛の告白を足枷か、ただ自分が後戻りできない様にするストッパー程度にしか考えていない
釣り針の返しが如く、どんなに足掻こうと抜けない罪を自ら刺したのだ
そして、俺が今動けないのも、多分あんな醜悪な寝覚めも
自分のそんな行為に、動揺しない、否
—————できなかった、からだろう
自分がそこまで喜怒哀楽の激しい方でないと知っていたが、そんな程度では断じてない
お前はもう人間では無いのだと、大いなる男神ゼウスより宣告された様な迸りすら感じる
いや、人間というものの標準が狂った艦娘達からすれば俺も立派な人間だろうか
何にせよ、これで俺も立派な屑野郎の仲間入りだ
思考が一気に停止する
微睡みは俺を掴んだまま勢い良く睡眠の水中に引き摺り込んでくる
きっともう、こんな不愉快な目覚めは訪れない
朧げな視界の隅に、霞んだノックの音を聞いた
「提督!朝だよ!ほら、いっちばん綺麗な朝日!」
手放したはずの意識が急速に手中に収まるのを感じた
白露型駆逐艦、一番艦白露
昨日の今日で何故そんな笑顔で居られる
白露は本当に能天気な無邪気な少女なのか
ふとそんな疑問が脳裏に浮かんだ
上手く開かない瞼の隙間から白露を覗くとやはり昨日と同じ割れんばかりの笑顔が
ただ耳に心地良い声音と共に此方に向けられていた
朝日が照らした彼女の顔には影一つなく
陰りもなかった
明るい髪を朝日が照らし、亜麻色の澄んだ頭髪に眩い光輪を創り出す
余りにも超自然的な、名状しがたい程美麗なその光景を目の当たりにし
俺はもう疑問を持つ事さえ無粋だと知った
—————————————————————
朝と言うには幾分か明るく、昼と言うには些か気温が足りない時間帯
年季の入った、しかし鎮守府の状況から見れば異様な程綺麗な執務机の表面を
元が白紙であった事に疑問すら覚える程文字の書き込まれた書類が隠す
遺憾ながら見慣れてしまったそのグロテスクな光景に辟易しつつも真面目に取り掛かっている自分に、我ながら若干の畏怖を抱く
しかし勝手に体は動き流れる様な淀みない動作で兵站の詳報やら工廠班の報告書に
目を通し、不備の有無を確認する
本格的に執務が始まり、この戦争の内部を知れば知るほど、現実は非情也と言うほか無くなる
そんな状態なら精神状態がおかしくなるのも道理だろうか、糞共にも同調はしないが同情くらいはしてやろう
一世一代の告白に罵倒で返す男の情だが
「ねぇ、提督。・・・提督?おーい、ていとく!」
完全に意識の外からの呼び声に思考を切り替え何とか言葉を紡ぎ捻り出す
「んっ・・・と、どうした?」
「今日の哨戒どうするの?昨日と同じ編成でいい?」
鬱陶しい朝日から背く意も込めて凝り固まった首を動かすと軽く小気味の良い音が数回響く
向けた先には昨日と同じく白露が佇む
執務机に乗り上げんばかりに身を乗り出すその姿に年相応の可愛らしさを感じ
フッと一瞬笑みがこぼれる
「行ってくれるのは嬉しいが・・・いいのか?」
「うん!まっかせてくれちゃってー!」
フフンとばかりに胸を張る仕草に又笑みが浮かぶ
「よし、みんなを呼んできてくれるか?」
「おっけー、ちょっと待っててね」
数秒後静かに響いた扉の閉まる音と共に白露の姿が茶の木目に消える
外では元気ながら規則的な足音が響いている
しかし遂にはその愉快な音も廃れ、部屋の中には耳鳴りのするほどのしじまが訪れる
さっきまでとなんら変わらぬ薄気味悪い薄笑いを浮かべたまま
しかしそんな表情から発したとは思えぬ恐ろしく冷静な、低く、澄み切った声で発した
「・・・餌は撒いた、頃合いも良い、あとは食いつくかどうか」
「加賀」
—————————————————————
長女として、妹達を率いる者として、こうあるべきだと言う一種の理想を、偶像を
きっと何処までも追い続けるのが辛くなって
そんなもの、もう何処にも見えなくなって
だからきっと、形ある『一番』に
はっきりと見えるソレに縋って、祈りの様な希望をソレに賭けたのだろう
でもそれすら届かなかった
今思えば、当たり前のことだったのかもしれない
そんなもの、柄じゃ無かったのかもしれない
もともと、目指すべきところじゃないのかもしれない
妹達なら、届いたのだろうか
いつも通りの笑顔を浮かべ、部屋にいる時雨と夕立に話しかけながらそんな事を考える
こうやって目の前で話しているのに、どこか二人が遠い気がする
二人と一人、笑い合いながら廊下を進む
少し前とは比べ物にならないくらいに笑顔が増えた二人の声
でも、私にとっては大して変わりはしない
いつだって
変わりは、しない
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「金剛はやはり来ないか」
手早く放送を終え早三分
白露は、時雨夕立と共に一足先に出撃準備中だ
誰も居なくなった執務室の中、静寂の中その言葉が反響する
予想通り、かつ計画通りと言って差し支えないだろう
問題はここからだ
加賀の事を大して知る訳でもないが多分乗ってくる
いや、半騙されている様なもんだし乗ってくるだと正しくは無い気もするが
予想だが加賀は昨日の告白、それかその後の泣き崩れた金剛かのどちらかを見たはずだ
あれだけ堂々と、しかも窓の多い渡り廊下なんて人目につくところでやったんだ
だが仮に他の艦娘が見たとて確か彼処は前提督の溜まり場、多分何をしているか分かる程近づきはしないだろう
だが此方の動きをわざわざ追ってきてまで警戒している奴なら話は別だ、確信はできないが
まぁ、せめて二度と俺を信じられ無いくらいにはなっていて欲しいところだな
折り重なっていく思考に合わせて、遠くから近づいてくる音が聞こえる
一定のテンポで聞こえてくる音色はどこか弱々しい
大淀では無いだろう、歩くテンポが少し遅い
それに大淀は今工廠に居るはずだ、別棟のここまでそう簡単に来れる筈がない
それも出撃準備中の白露達が不測の事態を報告しにきたとかそんな緊急事態じみた足音でもない
じゃあ誰か
少しは直ったといえ提督にいい思い出なんて大勢の奴等は持って無いだろうし、それも違う
少なくとも此処に来る事情がある奴だ
元より少ない選択肢から一つ、又一つと潰していくとやはり———
ドアに力が加えられ、ドアノブが動く
軋みの様な音を立てドアが段々と開いていく
白い着物に身を包み、弓袋を片手に掴み
ガラス細工じみた瞳を此方に向け
青のたすき掛けをした
茶色の短い髪をサイドでまとめたその姿
「失礼します。航空母艦、加賀です。」
全く抑揚の無い氷点下の声音でそう話す
口内で小さくビンゴと呟く、笑みを堪えて引き攣る頬を押さえながら加賀を視界に入れると
記憶には無いその顔に既視感がある様な気がした
「金剛さんの代わりに、私が出撃してもいいかしら」
予想通りの言葉を一字一句違えずに言われた
元よりそのつもりだし断る必要もない
二つ返事で了承し、出撃準備に取り掛かる様命じる
また誰も居なくなった部屋の中、小さな自分の笑い声が聞こえる
怖い位順調な自分の計画に対して、笑いが堪えられない
そう言えば今思い出した、顔の既視感
俺の母と同じだ、顔は全く違ったが最期の日母がしていた顔と同じ
つまり、死相だ
きっともう二度と会う事は無い
確信も無いのに、何故かそんな気がしてならなかった
—————————————————————
駆り出した海原の中、眼前で繰り広げられる自由奔放を絵に描いた様な白露、夕立と
それを後ろから微笑みながら眺める時雨による白露型駆逐艦姉妹日常劇を視界の端に入れつつ、一人、加賀は
思考の海にふける
果たして、何処までが提督の計画なのか、と
いくら考えたところで答えが出る筈もなく、代わりに大きな溜息が溢れる
しかし、だ
今日、こうして、ただ掌で踊らされていただけでは無い
情報収集なら得意分野だ
オール・アロング・ウォッチタワーの如く
矢の一本一本にすら宿る小さな『妖精』も、諜報員としての素質は十分だろう
此方には、必死に見つけて"落としてきた"『切り札』がある
手札は一枚きり、彼方は数え切れない
此方には山札すらなく、この『切り札』が功を為さなければ
死ぬ
今朝方から感じている悪寒によって、私は消える
沈むのか、散りとなるか、今馳せる海水にでも溶け込むのか
知らないしどうでもいい事だが、取り敢えず
もう自力で帰れない事だけは本能や常識の様に知っていた
薄められた希望、その色はきっと多分、この太陽の光に似たものと思う
普段は何の気無しに見ているが、一度闇が辺りを包めば、無慈悲なまで直線たる光明となる
ただ問題があるとすれば、その光を見るための闇があまりに強大過ぎる可能性を、背筋を流れる冷や汗が、その不快感をもって激しく肯定している事だ
一瞬だった、肩甲骨上部でおさまっていた冷や汗が背骨と筋肉の溝を伝い、仙骨の手前まで落ちていくのと
目の前が爆撃による硝煙と炎で見えなくなったのは
「・・・」
え?
と、口では言ったつもりだった
吹き荒れる爆風が声を裂き、予想外の驚きにより迫り上がった横隔膜が発声に必要な空気を取り込ませず
声にも音にも成らず、激しく逆立つ海嘯じみた海の波紋と消えた
加賀は意味不明にも口を開いたまま、その惚けた様な顔は一点を向き、一瞬も、離れることはなかった
どうして、『航空機』が飛んでいるのか分からなかった
深海棲艦の操る狐火にも似た不気味な容姿では無い事に、理解が出来なかった
ただ、酷く澄んだ蒼穹に煌めく一機の艦上爆撃機だけが視界を
追憶だけが脳裏を埋め尽くしていた
加賀には見えなかった、後に到着した艦爆本隊が既に投下し終えた爆弾も、視界外から編隊を組んでやって来る艦攻よりの雷跡も
対空砲火と回避運動で既に散り散りになった仲間も
航空母艦の高い耐久力だけでなく、艦隊でも随一を誇る練度
しかし、最早そんな御託程度でどうにかできる様な生半可な攻撃では無かった
艤装に付いている機銃が自動で反応し対空砲火を行うが一向に落ちてくる機体は無い
全て避けているのだ
ある機体は自機を傾かせ、又ある機体は緩急をつけこんな程度の機銃では全く対応できない
まるで蚊が雨粒を受け流して飛ぶ様に
方角一つ変えず真っ直ぐこちらに向かってくる
見覚えがあった
いや、見覚えどころの騒ぎでは無い
私が憧れ、私が教え、私が教えられ、私が、一番近くで見てきた飛ばし方
「赤城・・・さん?」
「いいえ・・・赤城さんは、沈んだ」
「でもこの艦載機の飛び方は・・・」
蚊取線香を焚かれ縁側に伏す羽虫が如く、フラフラと定まらず
炎の尾を引く加賀の放った流星が一機、未だ波立つ海面へと叩きつけられる
左翼が根本から折れた状態で
海面には折れた尾翼の残骸と燃料が無尽蔵に広がり光の反射で奇妙な文様を描き出す
そして
通常と異なる濃緑のカラーリング、九九艦爆江草隊、我が鎮守府第一航空戦隊旗艦赤城の象徴機も
街灯に集まる蛾の様に、ヒラヒラと、儚げに——。
「星、一つ。」
無知なる事は恐怖である
未知たる物は強力である
しかし
既知なる事は脅威足り得ぬ
それも長年の、小さな頃からの相棒なら尚の事
「少々荒いやり方でしたが、あの子は命中精度が高すぎるので早めに落としてしまいました」
「まぁ、機体の翼は打撃武器ではないけれど」
「機体の運動性能を最大限引き出すお手本みたいな飛行・・・でも不足の事態の対応が疎か」
「変わってない・・・また一緒に戦えるなんてね、赤城さん」
「全力でいきます。今日は楽しくなりそうね」
背負った矢筒から引き抜いた一本をつがえ、ただ一心に構える
揺れる海面、落ち着か無い呼吸、早過ぎる心拍
決して動かない、指先
引き絞った弓から弾き出された矢が
飛距離を伸ばすごとに加速していき
徐々にその形を変えていく
波のうねりが如く、しかし宵闇に聞く風の様に静かに、靜かに、閑かに
翠緑の主翼を風になびかせ、唸りや雄叫びにも似た音を上げながら
その名が如くあからしま風を背に受けて
太陽を横目に、大海を背景に、抜ける様な終わりのない無間地獄じみた蒼穹を糧として
「流石に気分が高揚します。」
日本海軍航空隊工廠班航空技術開発部が量産可能且つ艦載可能な航空機中現時点最高の対空性能を持つ
艦上戦闘機“烈風”が飛び立った—————。
——————————————————————
計算外
予想外
驚き
驚愕
不安
迷い
衝撃
筆舌し難く衝撃
————ただ、衝撃。
思い通りに事が運ばない経験など、常人の二倍以上はしてきたつもりだった
否、してきた
してきた筈だ、その筈だ。確実に、
だと言うのに
何を恐れる
何を昂る
何をそこまで焦るのか
問いかけようにもその問いさえ上手く出来ない
何だ
何故
誰だ
何処
動機は
何事
冷静だ。落ち着け。こうなる事こそが思う壺だ。完全に間違っていた、節穴とは先刻の俺を表すための言葉じゃあ無いのか。待て、自己嫌悪は後だ。情報だ。今は情報の整理だ。今すべきは無意味な深呼吸でも気休めの自己嫌悪でも無い!
今、目の前にある物は
何だ?
解決済、目下最重要課題に再び問い掛ける
無い。何も無い。
発生する意義、ゼロ。
何せもう解決したのだ、これ以上何も無い
脳は既に思考を終えたのだ
否、しかし、でも、一方で。
意識だけが、輪郭どころか髪の毛一本一本に至るまで
正確に、ハッキリと、確証のある事実として浮かび上がらせた犯人像を、悉く否定している
『加賀』
この一言が
この一単語が
この二文字が
延々と。脳内を駆け回り、貪り、侵食する
"犯人"
また浮かんだ唾棄するべき言葉を、思考の海へと轟沈させる
最新のDNA鑑定のように、何度試しても結果は同じ
考えるなと思えば思うほど、その想いが募る
慢性的なゲシュタルト崩壊によってまともな思考ができない
とんでも無い量の憶測と推測と推理と、それを裏付ける為の証拠と痕跡と記憶と追憶とが
走馬灯が如く駆け回り、かき回る
天下無敵
必勝利運
霊光殿天満宮
紫の布
何度見ても、御守り
実家近くの、神社の、ちょっと有名な
嗚呼、あぁ、あァあ!!
——————————————————————
「なんか混むようになったよねー、ここ」
「前からだよこんなの・・・寄ってく?」
「別にいいよ。私、今日はお客さんだから」
「どっかの誰かがチャリキーでキャッボールしてたら下水に入って取れなくなったせいでな」
「・・・ビックマック」
「セット」
「ぐっ・・・セット」
「ゴチになります・・・っと、ハイ到着。お出口は斜め左後ろ45度でーす」
「はーい・・・ってうっわ!的確に犬のフンに誘導しないでよ!」
「何してんだ、置いてくぞ」
「いや、置いてけるほど広くないでしょ、ここ」
「「せーのっ!」」
「やったぁ!また大吉!」
「マジでお前の運どうなってんだよ・・・」
「ふふーん、私が大吉しか出した事無いって知ってるのに何で勝負挑むかな〜」
「流石、運だけで高校行った奴は格が違うな」
「ちがうからっ!たまたま分かんない問題があったから勘で埋めてたら当たってただけだから!」
「で、その勘とやらが通用しないらしい数英の小テストは?今回結構単位に絡むらしいぞ」
「・・・助けてぇ」
「またかよ・・・ホラ」
「え・・・なにこれ?御守り?」
「運試しの罰ゲームだよ、天下無敵に必勝利運だと。これで頑張れよ、テスト」
「・・・いいの?」
「補習、終わるまで待ってんの面倒だからな」
「・・・さーんきゅ」
「さ、ビックマックのセットでも食いに行くか」
「絶対忘れたと思ってたのに〜!」
——————————————————————
やけに慌ただしい大淀の姿に、昨日と似た今日を送る食堂は厳粛さと、一種の安堵に包まれていた
昨日と同じ今日、今日と同じであろう明日
誰もが切望した光景が誰の眼前にも広がっていた
否。尤も、彼女達は変化をも求める
それが長く続かない事を知っていたから
日々変化の絶えないその慌ただしい足音の主に、今度は荒みきった切望を儚げに向ける
そんな周りのことなど知る由もなく、その願いすら届かぬスピードで提督の元へ駆ける
先刻、緊急放送で此方に来る旨を伝えはしたものの、彼女は提督室へと向かう
その行動の意は提督の到着が遅い事より前提督までの経験、彼女の癖という赴きが強かった
事実、彼女の瞳にはそれ程緊迫の色は無く
心中
また何とかしてくれる筈だ
きっと上手くいく
と数年ぶりに抱いた楽観、希望的感覚が湧き出てくるのみだった
長い廊下にコピペでもした様な無機質な扉が視界に流れ、一つ他より豪華な扉を軽く叩く
扉を隔ててくぐもった声に導かれ部屋の中に入る
「失礼します。・・・只今哨戒中の第一艦隊が敵艦隊と遭遇、及び戦闘中。同戦闘により陣形が乱れ本隊と落伍、救援を要請するとの報告が入りました。」
淡々と、数分前にあった報告から重要な事だけを抜き出し言葉を紡ぐ
眼前の男は少し考える様な素振りを見せた後歩き始め、二歩遅れてついて行く
「敵の数は?」
「電探及び索敵機が損失し、詳しい数量は分かっていません。ですが、敵航空戦力の存在は間違いありません」
「・・・そうか、分かった。報告ご苦労様」
流れるだけの下らない視界に、提督が居るだけで安心出来た
今月新しく支給された精神安定剤はもう必要無いだろう
「—の—マ、——ため———か?」
「え?」
少し立ち止まって発した短い問いへの応答は無く、代わりに艦隊司令室の扉が閉まる音が聞こえた
もう視界に提督の姿は無い
あるのは金属製の妙に分厚い扉だけ
軽巡洋艦大淀の切望を、無機質な扉の前に残したまま
——————————————————————
無駄に長い複合フローリングを踏みしめつつ、ようやく戻ってきた頭で思考する
しかし如何にも上手くはいかず、稚拙な考えがまた浮かんで来た
「あのアマ、俺を試すつもりか?」
疲弊しきった頭から出てきた唯一の現状最有力案が当たっている事を切望する
後ろ手に閉じた扉の、複雑な扉故の何かを踏みにじる様な気色の悪い音を以て埒が明かない思考を切り上げた
度重なる反復練習で培われた無駄の無い動作で通信機を起動させ、また演じる
ぶつ切りのノイズの後、静寂と爆音が流れた
「・・・加賀、あれは一体どうい」
「三文芝居なら他所でやって頂けるかしら。生憎と、今はそんな暇無いの」
予想とは幾分か違う、食い気味高揚気味の罵声が爆音と共に飛び散る
押し問答をしていても埒が明かないので率直に質問するしか無いだろう
「御用件は?」
素直に聞くのも癪だったので敢えて道化て芝居じみた声で話す
彼方も気に障ったのか数刻の沈黙の後、ぶっきら棒な冷たい声が返ってくる
「・・・私を、生き残らせて」
「助けて、とは言わないんだな」
「もう一度言いますが、安い挑発に乗ってる場合ではありません」
互いに駆け引きの真似事をするだけで、その実中身など全く無い
ただ思考する時間を、相手が出すかもしれないボロを得るためだけの話し合い
無駄、ひたすらに無駄
どちらもこんな話早く打ち切るべきだと分かっていたが、相手を叩くにはこの瞬間は絶好の物だと理解していた
というより、加賀はこういうのに疎いのだろう
多分切り方も分からない
仕方ないので此方から切り出すとしよう
「・・・白露達の場所は」
「・・・分かりません。でもこうして話していると言う事は彼女達から報告があったのでしょう?」
「彼女達だってかなりの練度です。各自で判断して行動します。今回の場合ならもう直ぐそちらに帰還すると思いますよ」
「そうか」
「にしても、貴方が来てからというもの事故が絶えませんね。提督に向いてないのでは無いかしら」
「全く耳が痛いな。だが、多分もう事故は起きない筈だ。目の前の敵に集中してくれ」
「全く信用ならないけど、了解しました。提督」
「すまなかったな、加賀」
嫌に大きな爆音とノイズ、意味の無い会話が汚泥の様に流れる
もういいだろう、十分だ
「ところでさっきの話だが、確かに白露から報告が入ってな。まだ子供ながら賢明な判断だと思うよ」
「彼女達はこと戦闘作戦に於いては非常に優秀ですよ」
「そうか。ではその彼女達より練度が高く優秀なお前は」
不意に息苦しさを覚えゆっくり呼吸を整えてから続きの言葉を喉元から捻り出す
「お前は、報告もせずそんな"楽しそう"に」
「一体、何をしていた?」
重苦しい声とは裏腹に駆け引きの存在しない、それ以上の意味を持たない文章を談る
「三度目ね。そんな時間は無いのよ」
轟いた一際大きな爆音が、慢性的なノイズと共に消え失せ通信終了を無言を以て伝える
時間は無い、彼女が死ねばもう二度とあの置き土産の真意を知ることができない
それが、彼女が俺に与えた報酬
壁一面を灰色が支配する部屋で軽く伸びをすると小気味の良い音が幾つか反響する
下手だが交渉として成立してはいた
厚い扉を開けると廊下の光が線になり狭い部屋に入り込んでくる
一歩前とは違う安っぽい煌きを放つ廊下へ一歩、もう一歩と踏み出して行く
真意は分からない、動機も不鮮明、何をやっているのかすら理解が出来ない
ただ、情報が少なすぎる中これ以上ソースを失う訳にはいかない
仕方無い、ここはまんまと乗せられるとしよう
後ろ手に閉じた灰色から、もう音は聞こえてこない
——————————————————————
死臭と水平線に今を思えば
日とカモメの地鳴きに未来を馳す
白露達の帰還を待つ迄も無く護衛艦に乗り海に出てしまった為、今鎮守府がどうなっているのかは分からない
きっと大淀がまた慌ただしく走り回り、周りはただいつも通りの日々を謳歌するだけなんだろう
鎮守府を出て数十分と掛からず狼煙が如く登る爆煙を認める
多分そこに加賀が居るはずだ
結構急いで来たが、未だ生きているという保証は無い
戦闘に巻き込まれないギリギリの場所で船を止め
艦首まで走り煙の方を見てみると、その切間からサイドテールの袴姿が視界に入った
どうやら悪運の強さは自前の物らしい
確かに感じた悪い予感という物が、こうもしっかりと否定されたのは初めての体験だ
俺を見つけ一瞥した後、加賀は素早く爆煙で身を隠しつつ此方に近づいてくる
波間を縫い此方に向かう真剣な眼差しは俺を先刻までの敵と勘違いしているのかと思うほど迫真めいた雰囲気を孕んでいた
「苦戦しているみたいだな」
所々が焼け落ちた袴姿、煤か何かの汚れ、多少ではあるが数カ所の出血を見て率直な感想を零す
瞳の奥にある殺意の様な輝きを隠そうともせず加賀が此方を睨む
「お陰様で」
通信機でのやり取りが思いの外感に障っていたのか短く確かな皮肉を投げられる
「早く離れた方が良さそうだが」
どうすると問い掛ける様に硝煙に垣間見る敵と敵だったモノの死臭から背き加賀を一瞥する
「そうですね」
艦に乗りながら酷く事務的に抑揚も無くそう答える
戦闘による混乱や錯乱なんかも認められない、本題に入っていいだろう
「お楽しみはもういいのか?」
"楽しそう"少なくとも俺にはそう見えたその行為は何なのか、詳しい話は鎮守府で聞けばいいかも知れない
しかし早いところ揺さぶりだけは掛けておきたい
「ええ。もう用は済みましたから」
意外にも大したリアクションも無く答えられた
一瞬見えた表情にも焦りや戸惑いは感じられず、極日常的ないつもの加賀に見えた
これでは揺さぶりの意味が無い、話は帰ってからするしか無さそうだ
「そうか。・・・追撃が無いか見張っててくれ。たしか電探は壊れてるんだろ」
索敵機も報告の時損失したと言っていた筈だ
こんな場所と状態で戦闘になればほぼ戦力の無い俺達はほぼ無抵抗で死ぬ他無い
幾ら敵が居なかったとて制海権が彼方にある事に変わりは無い
何事も無い事を祈りながら艦を旋回させ鎮守府へ向かう進路をとる
「そうね。そろそろ仕事に戻らないと」
そんな言葉が、蛇口に溜まった水滴がシンクに垂れる様に加賀の口から文字通り溢れ落ちた
「まるで、今までは仕事じゃなかった様な言い草だな」
「実際そうよ。艦隊は指揮があってこそ、幾ら向いていなくとも提督が居なければ意味がないわ」
「理解は出来るが、意味は分からん。何故今そんな事を」
言葉の途中、ふと違和感を感じた
違和感の正体を確認する為、加賀が居る艦尾の方へ振り向く
「だから言ってるでしょう。そろそろ仕事に戻るって」
雲一つない青空に
近くに島もない沖合に
幾つもの、影
やりやがったなこのアマ
してやったりという薄い笑みを湛えた加賀とは対照的に俺は口角を痙攣らせる
「提督、報告です。自艦後方から敵航空母艦による追撃機の接近を肉眼で観測。提督、御命令を」
前言撤回だ。悪い予感というのは確かに的中する、彼女で無く俺への物になってしまったが
「ふざけんじゃねェぇえ!!」
ため息を吐く暇も無く俺は艦のスピードを上げる
未だにこのタッチパネルやらスイッチやらレバーやらただの加速で幾つもの機器を使用しないといけない設計には慣れない
「指揮官としてのお手並み拝見です。どうせ何か隠し持っているんでしょう、出しなさい」
「てめぇ・・・敵本隊の勢力は!?」
「旗艦の航空母艦・・・一隻を中心に駆逐艦と巡洋艦の随伴艦。でも戦闘できるのはその空母だけね」
「加賀、お前が飛ばせる戦闘機は何機だ?」
「無事なのは2機ね、でももう弾切れです。一体どうするつもり?」
「嘘つけ。どうせ俺に脅迫紛いの尋問をする時用に一機ぐらい新品のが残ってんだろ、せめてもっとマシな嘘つけ」
図星を突かれた割に、加賀は大して動揺した素振りも見せず黙して座っているだけ
バレるだろうとは思っていたがダメ元で言うだけ言ってみたって感じだろうか
「・・・そう。で、どうするの?」
俺と加賀の目的はまるで同じ、否真逆だ
どちらも互いの隠し事を知りたいだけ
それ以外には一切興味が無い
多分、全てを聞いた後なら俺の命など無関心。いや、とっとと殺したいのかも知れない
もしかしたらそっちの方が目的で、その為早く俺に吐かせたいのか
しかし聞き出すまでは絶対に死なれてはいけない
お互いに、皮肉なまでにそこだけは噛み合っている
「取り敢えず敵機に追いつかれるまでは鎮守府に向かって逃げる。運が良ければ敵が諦めるか追いつかれる前に鎮守府の索敵圏内に入れるだろう」
「この期に及んで嘘ですか。せめてもっとマシな嘘をついて下さい」
加賀がお返しとばかりにこちらの言葉に噛みついてきた
即席で考えたダメ元の嘘だがこうも綺麗に言い当てられると正直癪に触る
「・・・港の防衛システムの射程内まで行きたい。それまで持たせてくれ」
いかにもお手上げという雰囲気を出して指示する
流石に相手に優位性を持たせたフリなんて単純な常套手段は意味をなさないだろうが
まぁこれも成功する可能性は低い、最悪こうなったら・・・
「・・・まぁ、いいけれど」
どこか引っかかる物言いだったが、承諾してくれたらしい
暫くすると特有の低いプロペラ音が聞こえてきた
銃撃音が聞こえない、当人にバレても弾のある機体を残す気でいるらしい
その時、ふと鳥肌が立った
前任やら大本営の思想はこと戦闘に関しては只の無能でなく、確実に残して来た一定の実績があるのが真に厄介だ
そんなある種危険信号の様な物が俺の五体を駆け巡った
極尋常ならざる事で気づくのが遅れたが銃撃音がしないのである
こちらの艦載機が飛び立ったというのに追撃機は銃撃をしていない
偵察目的の機体だとしても不可解極まりない
どういう事だと艦尾に目を向けると敵機の射程内と外を行き来して意のままに敵を操り優雅に飛び回る味方機を認めた
勿論燃料等の問題でずっと引きつけるのは無理だが十分に距離ができた
港近くまで行くだけなら、あの一機で十分だろう
「後どのくらいですか」
「このままなら1分も掛からない。そろそろ機を戻してくれて大丈夫だ」
「そう・・・」
言うや否や敵に追われ上空を飛び回っていた筈の機体は蒼穹に描かれた太陽の中に吸い込まれ
気づけば影は既に失せ、在るのは着艦を済ませ矢筒に収まる矢羽の緑だけだった
皮肉な物だ
今まで彼女達を傷つけていた物が
彼女達の赫奕たる武器であり唯一の価値
それを養うに至ったのだ
それに比べて、俺はどうだろうか
確かに少しは厳しかったものの、彼女達と比べれば大した事なかったのかも知れない
『System error』
愚策の頓挫を意味するもの、小型の端末に表示された文字はそれしか確認できない
そりゃそうだ、複雑怪奇な艦娘や深海棲艦を利用するより廃棄寸前のシステムを機能停止か乗っ取るかでもする方が手っ取り早い
目印の狼煙にも似た黒煙が目的地だった筈の廃墟の様な施設上がっているのはそのせいだろう
衝撃を受け混乱していたとは言え、あっちの動きを読まずに来てしまった俺のミスだ
次は俺が上手いこと利用された訳だ
「!提督!敵爆撃機3機が接近中!」
刹那、打開策を練ろう思考を始め様としたその瞬間空襲警報の替わりに加賀の慌ただしい報告が成される
良いタイミングで敵機がやって来たもんだ、このままだと港に辿り着く前に海の藻屑だろう
にしてもある意味物凄いタイミングだ
図ったように・・・いや、実際あっちがそうなる様に仕向けたのだろうか
少し考えてみたが流石に俺一人の為に深海棲艦との接触なんてコスパの悪い事をする奴じゃない筈だ
だとしたら本当良い勘してる
「・・・っ!」
迎撃に上がった加賀の艦載機が一機を体当たりで道連れにしたものの他の二機からの爆撃により
噴水の様な猛り狂う水柱と、それの比にもならない衝撃が艦を覆う
「被害は!」
「航空甲板が大破。替わりに護衛艦は損害軽微」
振り返ると共になされた報告に自然と眉間に皺が寄るのが分かった
一際大きな搏動を最後に恐怖を孕んだ静寂が耳鳴りが如く聴覚にこべり付いている
最悪、本当に、どうしようも無くなった時の隠し手
あっちが見たいのはソレだろう
動物実験や知能テストと言うには余りにも下衆で冒涜的で名状し難い吐き気を覚える程壮大で
それだけ何故こんな周りくどい事をするのか疑問が際限なく俺の脳裏を掠める
何故直接俺を狙わず加賀や白露達を叩いた
思えば最初からおかしかった
今ここに俺が、違う、
この鎮守府に、若しくは
俺が提督になったところから・・・?
どこから俺は、誰の掌の上で
「提督」
麻酔に倒れる様に、ただ思考を放棄した虚無へと落ちる直前の意識が、胸倉を掴まれる様な衝撃を以て浮上する
「指揮官がこれでは、話になりませんね」
「ここで死ぬことは私が許しません」
ガラス玉の様な両目に人の悪そうな悪い目つきを見る程一直線に此方を望む両目は
幾ら見つめても言葉の裏を感じ取ることも出来ず、何処までも澄んだ純粋な目に
逆に此方が見透かされている気さえしてくる
「烈風、発艦準備」
「甲板が砕けた状態で発艦出来るとでも?」
俺の制止を尻目に、未だ発艦の準備を進める加賀
「艦ならそうなのでしょうね」
「艦ならって・・・」
「でも、私は艦娘だから」
引き絞られた弓から深碧が弾き出され2、3の旋回の後宙を駆ける
「弓さえ無事なら発艦までは出来るわ、まぁ着艦は無理だけど」
時の止まった様な静寂の後、刹那雷霆が如き爆音とあからしま風が猛り
粉微塵になった敵機の一部が甲板に打ち付けられる
「・・・弾があるのは、俺用じゃなかったのか」
背筋を伸ばし眼前の忌むべき怨敵を追い回す翡翠が如き自軍機を見つめながら溢す
「艦娘の力があれば、人間一人問い詰めるどうって事ないわ」
「そうか。ところで加賀」
「野球観戦するとしたら、どこの席がいい」
加賀が放った艦戦を未だ見つめたまま独り言の様に投げかける
「こんな時に何を」
「!・・・そうですね、“全体が見えやすい”席ですかね」
「あのレーダー、狙えるか」
立ち上がる煙の中、正常運転を続けているレーダー
レーダーを管理する施設も破壊されているのにレーダーだけが運転を続けている
『遠隔操作』
俺が利用している方法と同じ、だから管理施設も必要ない
レーダーが稼働しているだけで情報はあちらに渡る
遠巻きにはなるが全体を見渡せる分データの収集、此方の動向を伺うには十分だろう
敵機の奇襲の時、俺の方にレーダーの反応が来なかったのもあっちがダミーの情報でも流してたからだろう
「弾もそんなところに遣う気も惜しいところね」
「艤装の機銃はまだ生きてるか?」
「何とか・・・いや、弾切れです」
「その点は大丈夫だ。そこの肉片から抉ったやつだから多少汚いけど、多分使える」
甲板に打ち付けられた衝撃で敵機の機銃が外れたため、その中から捻り出した弾薬
艦娘の装備は深海棲艦の物から流用、また非常に酷似しているという士官校時代の座学を思い出したため試してみたが
「装填完了。・・・大丈夫、いつでも撃てます」
なかなかどうして、まともな事も教えてくれていたのか、あの教官
加賀の為か俺の為か、そんな哲学ぶった動機の確認なんて必要ない
通行人を避ける様に、飛んできたボールに目を瞑る様に
今はただ、一種反射に近い極単純且つ原始的な自己防衛として眼前の戦場に甘んじる
そして、これが大掛かりな動物実験などでは無いと確信した今
後悔も後戻りもする事はない
消え去れ
「ぅ撃てぇぇえぇえええああぁ!!!!」
急激に動かした横隔膜が小さく痙攣し
肺に溜め込んだ硝煙香る空気を以て震度7で声帯を震わせ
絶叫にも似た轟音を自分でも聞いたことのない声音で張り上げた
その残響も消えぬまま、目尻に捉えた黒髪の彼女から放たれた爆音が空を、水面を、雲を、俺の声まで引き裂いて未だ黒い煙を上げる施設の隣
レーダーその本体を打ち抜き、空を引き裂く弾丸の音色は刹那描かれた爆煙の向こうに消えた
応援、評価、オススメ、コメントあとがとナス!
やる気とネタの量が反比例シテル...ハイッテル!
多分自分でシリアスに耐えられなくなってちょっとコメディっぽくなると思われます
それで良いです。
ただ悲惨なストーリーは
読みづらいですから。
頑張って下さい!
続きが楽しみです!
頑張って下さい(^^)
ありがとうございます!
早く投稿しますんで何卒よろしくお願いします!
早く投稿とは一体・・・
物語は一時少しばかりのコメディへ
平安な日常を過ごすにつれ彼の過去が明らかになっていく・・・
ここの提督はATフィールド使わないのか……
普通の人間は使えない・・・はず・・・
分かるかな?3です。そう、愉快なコメントの人です。
シリアスの中のコメディがちょうど良いタイミングで投下されていて読みやすいです。
中年オヤジは禿げ。はっきりわかんだね。
うちのパパは…はっきりわかんだね☆
はっきり分かりたくないよぉ・・・
あとありがとうございますぅ
このまま白露がヒロインになれば良いのに(クソザコ白露嫁提督並感)
世に白露のあらん事を(同じくクソザコ白露嫁提督ry)因みにヒロインになるかは自分でも分かりません
何故か何千文字か逝かれました
とっとと復刻させるのでほんのちょっと待ってて下さい
地下帝国1050年行きぃ~
友達から教えてもらったネタ。
後悔はない(嘘です。調子乗ってすいませんでした)
あっちのssもこのssでも俺は死ぬ運命にあるのか・・・
イ級食ってみてぇw
イ級の活け作りなんていう神室町の住人レベルの逞しさにドン引き
すればいいのか、白露はやっぱりかわ゛い゛い゛な゛ぁ゛と
癒やされればいいのか判断ができない(動揺)
イ級は最寄りのスーパー、又はセブンイレブン系列のコンビニやお店にて販売しています。近くて便利、セブンイレブンです。
間をとってイ級に癒されてはどうでしょう(名案)
そういえば、金剛お姉様と白露嬢は改二でいいのかな?
あと白露とイ級可愛い(病気)
あ、説明して無くて申し訳ない
白露と金剛は共に改二って事でお願いします
そしてようこそイ級の世界へ
出撃していない?逆に考えるんだジョジョ。もういっそ
この子達に商店街辺りで艦娘音頭を踊らせれば良いさ、と(宣伝活動)
きさまここにコメントを書き慣れているなッ!(ごめんなさい)
答える義務は っ!?
リアル下痢中なので初投稿ならぬ初撤退です(ホモは腹痛以外嘘つき)
ふっ・・・やれやれだぜ
表現力に驚きました。
これからも頑張って下さい。(* ̄∇ ̄)ノ
はわわ・・・ありがとうございます
あといつも艦娘の力お借りします!楽しく読ませて貰ってますぅ
なんと!(°Д°)
ありがとうございます。今週から更新再開しますのでまた、よろしくお願いしますm(._.)m
また一つ生き甲斐が増えてしまった・・・
こちらこそ宜しくお願いします
はえーすっごい表現力……
応援してます、頑張ってください
そんな事無いです自分でも意味を知らない難しそうな言葉を並べてるだけで・・・
それはそうと有難う御座います此方こそ応援してます、頑張って下さい
少しのコメディ要素で更におもしろくなりそうですね。
応援してますよー
でも真面目な所はしっかり書きたいっていうのとどうしたら笑ってくれるか考えたら結局尻込みしてしまう・・・
あとコメント本当に励みになります有難う御座います
新井隼人ですって・・・?
知らない子ですね・・・(´Д`)
文章上書かなければならなかった不遇のお名前、ある週刊誌の調べによると作者からもあんまり気に入られていない模様だとか