2018-12-01 22:09:32 更新

概要

陸軍出身の提督が鎮守府に着任し、引き続き頑張るお話。
1st Seasonもあるので初見さんはそちらからどうぞよろしくお願い致します。


前書き

大佐「そっちの居心地はどうだ?」

提督「悪くないですよ。何だかんだで楽しくやれてます」

大佐「そうか。じゃあ東基地に五月雨ちゃんをくれ」

提督「今の流れのどこからそうなったんだよ……」




とある日。時刻はフタフタマルマル。


駆逐艦たちは殆どが寝静まり、その他の艦娘たちも当直担当を残して部屋で静かに過ごす時間。


大淀はそこを狙った。


艤装を1人で、いや、厳密には妖精達に手伝ってもらいながら装着していく。


「よいしょっと……ごめんね、提督やみんなには内緒にしておいて?」


妖精のひとりに語りかけた。


その子は戦場へは赴かず、大淀の執務を手伝ったり艤装の点検をしたりしている。


目元には大粒の涙。


「そんな顔しないで? 死にに行くわけじゃないから」


半分は本当だ。死ぬつもりは無い。


けれど、作戦成功率が限りなく低いのも事実だ。


「こんな気持ちは初めてなの……誰かのために戦いたいと思うなんて」


大淀が自分の胸元を抑える。


立ち上がった。


「軽巡洋艦、大淀、抜錨します」


そして、彼女は進んだ。


漆黒の戦場へ。





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「……やれやれ」





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「……」


遠い……。


鎮守府を発ってから1時間が経過しています。他の海域と比べてもかなり深い方だと言えるでしょう。


敵の居る海域には近付いているはずですが、海は恐ろしく静かです。


嵐の前の静けさ、というのが適切でしょうか。




提督……。




さっきから、彼のことばかり考えてしまうのは何故でしょうか……?



彼のことを好きだから?


彼を尊敬しているから?


彼の足でまといになりたくないから?



私たちのこの感情を、恋と呼んでもいいのでしょうか……?






分からない……。







彼は私を先生と呼びますが、私はそんな人物ではない……。







自分の気持ちすら、満足に理解出来ないのに……。






「ーーー! ーーーー!」


「……ようやくですか」


電探の妖精が敵の存在を告げました。


駆逐艦2、軽巡、重巡がそれぞれ1、戦艦が2……。


戦力差は容赦のないものです。


こんな仕事、時給換算したら労働基準法で上を訴えられるでしょうに……。




ジャキンッ!




さて、そうも言っていられません。


何としても、ここを潰さなければ。


私の何を捨てることになったとしても、必ず。


そうすれば、彼が苦しむことはなくなる……。





敵がこちらに気付いた。そしてそれと同時に、軽巡の頭が爆裂する。


既に大淀の攻撃は始まっている。





自陣の戦力が圧倒的に劣っている場合、効果的なのはスピード戦略かゲリラ戦略です。


そして今回はその両方を併用していきます。





大淀は射撃を行った直後にその砲身を外し、海に沈めた。


可能な限り、攻撃の痕跡を消すためである。


そして絶えず動き回った。


可能な限り、自分たちが複数いると思わせるために。



相手が1人だと悟られてしまえば、ゲリラ戦略もスピード戦略も意味を成さなくなる。







撃つ。撃つ。








奔る。奔る。









「はあああああああああああッ!!!!」








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戦場に、静寂が戻った。


辺りには深海棲艦だったモノが浮かんでいる。


「はあ、はあっ……」


当然のことながら、単艦で艦隊と戦うというのは常識外れもいい所である。


必要な燃料も弾薬も集中力も、単純計算で普段の6倍なのだ。


頭の回転が早い大淀は尚更だった。


「これだけで疲れるなんて、情けない……」


もちろん敵艦隊をひとつ沈めた程度では任務達成とは言えない。


目標はここの泊地、敵の本拠地を落とすことだ。


最低でもあと3戦はする覚悟が要る。





大淀は立ち上がった。





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何発撃っただろうか。


どれだけ奔っただろうか。


何隻沈めただろうか……。


「クソカスガ、テマヲカケサセヤガッテ……」


冷たい砲身が突き付けられる。


そこにはもう大淀と彼女しか残っていない。


「てい、とく……?」


うわ言のように呟いたその言葉は、彼女をますます苛立たせた。


「ナンナンダキサマラハ……! ジブンタチバカリセイギブッテ……!」


深海棲艦の中でも、特に知性の高い個体は人の言葉を理解し操る。


それがなぜかは分からない。


「ナカマガ、ウミガ、ダイジナノハキサマラハダケジャナイ……!」


擦り切れそうな声だった。


深海棲艦にも、あるいは感情があるのだろうか。


「ていとく……」


もう、大淀に意識は無かった。


ただボンヤリと、伝えられなかった想いを……。


「アアアアアアアアアアアアッ!!!!」


砲身が大淀の体を持ち上げ、吹き飛ばす。


大淀の体がくの字に曲がり、水しぶきが舞う。


一思いに殺さなかったのは幸か不幸か。


「……シネ」


砲身が赤く光る。


そして。


「オラァッ!」


鉛玉を吐き出すことなく、2つに分かれ海に落ちた。


「はあ、はあ……」


間に合った。


彼は間に合ったのだ。


何日か前から、大淀の不自然さには気付いていた。


だから追ってこれた。


「オトコ……!? ソノフク……キサマ、テイトクカ……!?」


彼は艤装を装着していた。


そして普段着ている白い提督服ではなく、黒いコートに黒い帽子。


黒い提督服、とでも言っておこうか。


艦娘ではない。


けれど、彼には艤装が扱えた。


刀は基地から持ってきたものに夕張たちが対深海棲艦用に改装を加えたものだった。


「大淀先生……」


意識は戻っていない。


一刻を争う状況だ。


「お前らの方も仲間を大事に思ってるなんて、そんなことは知ってるんだよ」


警戒は怠らない。


だが、攻撃態勢には入らない。


「ナラバ、ナゼ」


「それが俺たち軍人だ。相手に家族がいようが恋人がいようが、敵なら殺す」


陸でも海でも変わらない、血に塗れたこの世界のルールだ。


「……ミニクイナ」


「ああ、醜いさ」


醜いさ。


そんなことはとうに知っている。


だから、俺たちは。


「強い奴ってのは、本当に大事な何かを切り捨てることが出来る奴だ」


「……ドウイウイミダ」


「さあな、自分で考えろ」


彼は大淀を抱き上げた。


息は弱く、体温も低い。


彼は彼女に背を向けた。


「キサマ、ナニヲカンガエテイル」


「……」


問い掛けた彼女は、砲口を彼に向けようとはしなかった。


「……コイツらもお前らも救う方法」


「ナンダト……!?」


彼はそれだけを言い残し、海を奔った。


彼女とはまたどこかで逢うような気がする。


そんな予感を、彼は感じていた。



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「んぅ……」


体が痛い……。


ここは……どこでしょうか……?


「んがっ……」


「ッ!? あ、痛たた……」


飛び起きた痛みを我慢しつつ、声のした方を見るとそこには提督が。


大淀の眠っていたベッドにもたれ掛かるように、提督も眠っている。




ここは、鎮守府の医務室……?


私は、失敗したのでしょうか……。




「提督〜、看病変わるから一旦……って」


あ、夕張さん……。


「大淀さん……!」


夕張は手に持っていたタオルや飲み物をその場に落とし、勢いそのままに大淀に抱き着いた。


「ゆ、夕張さん……!?」


む、胸が当たってます……!


「良かった、良かったぁ〜……目が覚めたんだね……」


「ッ……!」


その言葉に、酷く胸が痛みました。


覚悟していたことであっても。


「申し訳、ありませんでした……」


今は謝るしかないでしょう……。


「えーと、大淀さん。それを言うならこっちこっち」


夕張さんはそう言いながら、眠っている提督を指さしました。


「提督……」


「大淀さんが1人で出撃しちゃった日さ、少尉さんがそれを見てたらしいのよ」


少尉さん……それで提督も気付いてしまったのですね……。


「少尉さんがそれを提督に言ったら、提督ったら本当に慌てちゃって。『大淀先生に何かあったらどうしよう!?』って。あんなにアタフタする提督はなかなか見れないよ〜」


「……」


「それで、少尉さんがジェット機を呼んで、基地で作ってた艤装のプロトタイプと刀を持って、提督は飛んで行ったってわけ。いやぁ、いくら艦娘でもジェット機には追いつけないね」


なぜ……。


「この人は……」


胸が痛みます。


あの時と同じ……。


「……なんで助けに来たのかって?」


「……はい」


「そりゃあ、提督だもん。そういう人、だからじゃない?」


「そういう人だから……?」


正直に言うと、もう少し具体的な答えが帰ってくると思っていました。


けれど、夕張さんは自信満々に続けます。


「うん! 人の事なんて分からなくて当然だし、考え方も違って当然。だから面白いし、面倒だし、人を嫌うし、人を好きになるんだよ!」


分からなくて当然……。


「まあこれ提督の受け売りなんだけどね」


そんなこと、考えたこともありませんでした……。


必ず、自分の中で答えを見つけなければいけないと。


必ず、自分で解決しなければならないと。


ずっとそう思ってきたのに……。


「私は……ここにいてもいいんでしょうか?」


迷惑をかけた。


ひとりで抱え込んだ。


それがどれだけ愚かか、ようやく分かった気がしました。


「えっ、いいに決まってるよ」


夕張さんも、提督に負けず劣らずお人好しな気がします……。


「それより、大淀さん頑張ってね。提督って、自分を大事にしない人へのお説教怖いんだよ〜?」


「適当なこと言ってんじゃないよ」


「あたっ」


ニヤニヤする夕張さんの頭に軽いげんこつ。


提督です。


「ありゃ、起きてたの?」


「今起きた。俺の説教はいつでも理知的で聡明で優しいだろうが」


「提督、そういえば私の代引き払ってくれた?」


「話変えないで!?」


いつもと変わらない様子。


いつもの、優しい、私が好きな、彼……。


「さてと、それじゃ私は戻るよ。あとは提督に任せるね〜」


「おう」


扉がパタンと閉まりました。


部屋には私と提督だけ。


「大淀先生……」


提督が側に近付いてきます。


「無事で、本当によかった……」


私は抱き締められました。


強く、優しく。


切実に。


「……」


私はその手を触ってみました。


「……大淀先生?」


人肌の暖かさ。


細かい傷。


微かな震え。


「てい、とく……」


1番やってはいけないことに、やってから気付くなんて……。


「ごめんなさい……! ほんとうに、ごめんなさい……!」


涙が止まりませんでした。


自分の情けなさに。


彼の優しさに。愛情に。


「わたしは、なんてことを……!」


私が情けなく泣いていると、提督は一層私を優しく包み込んでくれました。


「やっと分かってもらえましたか」


「ごめんなさい……!」


「俺にとってみんなは、大淀先生は何よりも大切なんです。もう、二度とこんな事しないでくださいよ?」


「はい……!」


「1人で平和な世界を生きるより、みんなで歩くでこぼこ道の方が俺は好きなんです。俺は、大淀先生もそこにいて欲しい」


例えが下手なのは相変わらず。


やっぱり私がいないとダメみたいです。


「私も、あなたが居ないと……貴方と生きていきたいです……!」


ううん、彼がいないとダメなのは私の方。


私はしばらくの間、彼の胸の中で泣いていました。




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大淀先生が単独で出撃し、俺が救助に向かった日から1週間が経った。


大淀先生の体調もすっかり回復し、みんなとも言葉を交わし、以前よりも明るく前向きになれた……はずなのだが。


「あ、提督! おはようございます!」


なんだか妙な違和感が。


「あ、大淀先生おはようございます……」


「もう、何度言ったら分かるんですか? もう先生なんて付けずに、大淀と呼んでください」


この人最近妙にグイグイ来るんだよなぁ……。


「え〜……それ本当にやらなきゃダメですか?」


正直、大淀先生を呼び捨てにするのは抵抗がある。


提督学校で世話になったのもそうだが、執務や艦隊編成、装備やその他諸々の知識に関して俺は大淀先生に大きく劣る。


それどころか、未だに不知火や扶桑にも助けを乞いているのだ。


そんな相手を呼び捨てにするのは気が引ける。


引けるのだが。


「ダメです〜。ほら、いいじゃないですか。『大淀』って呼んでください!」


大淀先生も引かない。


めっちゃ粘ってくる。


「えぇ〜……なんか大淀先生だいぶキャラ変わりましたよね」


「誰のせいだと思ってるんですか!」


「えっ俺のせいなんですか!?」


初耳、そして冤罪だ。たぶん。


「はあ……」


先に折れたのは俺の方。


どこの基地でも男は女の尻に敷かれるものらしい。


准将、あんたの気持ちが分かるよ。


「お、大淀」


「はいっ!」


違和感が凄い。


そして大淀先生……もとい大淀のリアクションも凄い。


まるで主に褒められた飼い犬の如く、ブンブンと揺れる尻尾が見えてきそうだ。


「私は元々、先生と呼ばれるような者じゃありません。皆さんにも沢山迷惑を掛けましたし」


急に真面目モード。ここら辺は変わってない、かな。


「私だって皆さんと同じです。貴方を慕い、大切なものを守るために戦う。だから、私だけ特別扱いなんてしなくていいんです」


「大淀先生……」


「あー、また先生って!」


「いや、つい出ちゃうんですって! 仕方ないですよ!」


「ま、まあ私だけ特別扱いというのも悪い気はしませんが……それよりも、ちゃんと名前を呼んで頂ける方が幸せです」


ん〜、なんか物騒なこと考えてる気が……。


「まあ、はい。善処はします」


「そうなさってください!」


「ははは……」


そんな平和なところに、またもやトラブルの種が。


コンコン、とノックの音。


「どーぞー」


「し、失礼します。司令官、書類が届いてたわ」


入ってきたのは暁だった。


「お、ありがとな暁」


茶封筒を受け取る。


書類は数枚しか入っていないらしく、封筒は薄く軽い。


中身を見ようと、大淀も傍へ。



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東鎮守府〇〇二等陸尉



貴君ノ鎮守府二演習参加ヲ命ズル


○月✕日 北鎮守府


拒否権ハ無イ


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「いや仕事雑かよ……」


雑である。


何だよ「拒否権は無い(๑•̀ㅁ•́ฅ✧」って。


「演習……なぜ今なんでしょうか……?」


真面目モードの大淀が疑問を呈する。


演習と言うのは周知の通り、他の鎮守府の艦隊と練度や作戦の訓練のために戦うことだ。


もちろん使う弾は模擬弾だが、怪我の危険が全く無いと言えばそれは嘘になる。


ましてや艦娘、あくまでも戦場は海上。


深海棲艦が居ない保証は無い。


「えっと……」


ウンウン唸る大人ふたりに、暁は状況が把握出来ていない様子だった。


それもそうか、と暁に言う。


「ありがとな暁。また確認とかしたら言うから、戻っていいぞ」


頭をナデナデ。こうすると言うことを聞いてくれる。


「うん、分かった!」


トテトテと執務室を出ていく暁を見送る。


「はぁ〜……」


そして出る溜息。


どうしてこう、次から次へと……。


「提督」


大淀は依然真面目モード。


「この、北鎮守府のことを調べておきましょうか?」


違和感を感じるのは大淀も同じらしい。


警戒が必要ということだ。


「ああ、お願いします。くれぐれも無理はしないように」


「畏まりました」


愛用のノートパソコンを持ち、大淀は執務室を後にした。


あの日以来若干気が緩んだようにも見える大淀だが、真面目モードになった時の集中力は伊達ではない。


その大淀があそこまで警戒するというのなら、そうすべきなのだろう。


「だぁ、面倒臭い……」


演習。つまりは味方同士。


仲間内で争っている場合ではないはずなのに。



『ナカマガ、ウミガ、ダイジナノハキサマラダケジャナイ……!』



奴の言葉が蘇る。


「仲間、か……」


この鎮守府のみんな、そして基地の連中。


俺の仲間だ。


胸を張って、そう言える。


だが本営の奴らはどうだ?


中将は?


同じ海軍、同じ人間だからってアレを仲間と呼べるのか?


あんな奴らを、仲間と思えと?


「そんなこと……」


無理に決まっている。


無理だ。


絶対に無理だ。


ならば、仲間とは何だ?


守りたいもの?


それは何だ?


「ぐっ……!?」


頭が痛い。


鈍痛が響く。


視界が黒く染っていく。


意識が遠のく。


「クソ……」


なんで、こんなにイラつくんだ……。



なんで……。





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「待て! ダメだ、撤退しろ! これ以上は……!」


『でも、ここで引いたら敵は鎮守府にまで到達します!』


「いいから撤退だ! おい、俺の艤装はまだ準備出来ないのか!」


「……出来ました! 出撃行けます!」


『ダメ! 来ないで! 貴方まで失ったら、私は……!』


「俺は、もう、誰も失わない! そう誓ったんだ!」


「行くぞ! 大佐に続け!」




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「榛名、大丈夫か!?」


「もう、あれほどダメだと言ったのに……いけない人ですね」


「ふっ、男ってのはそういうもんだ」


「巻き返すぞお前ら! 撃てェーーッ!」


「よし、中破以上の損害の者は撤退しろ。援護する。他の者はここで防衛戦だ。これ以上奴らを陸に近付けるな」


「「「「「了解!」」」」」


「榛名、行けるか?」


「もちろんです。貴方となら、私は何処へでも」


「よし……行くぞ!」



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「ん……?」


ここは……執務室?


そうか、また寝ちまったのか……。


あの夢は……。


「む、目が覚めたか」


声がした。


夢の中でも聞いた声。


「日向……?」


「今日は君を見かけないと思って執務室に来てみれば、苦しそうな顔をしながら寝ていたのでね。気になったからここに居座らせて貰っていたんだ」


この声……やっぱり間違いない。


けれど、夢の中で日向たちを指揮していたのは中将じゃない。


それに、榛名って呼ばれてたあの艦娘、どこかで見た気が……。


「提督?」


「あ、ああ、悪い。何だ?」


「……」


日向が近付いてくる。


額に手を当てた。


「熱は無いようだが……体調不良なら申告しなければダメだぞ?」


「そんなに変か?」


「最近は特にな。ボーッとしたり、辛そうな顔をしたり。何かあったのか?」


夢のことを、話すべきだろうか。


たぶんだが、あの日向は今ここにいる日向じゃないと思う。


何世代か分からないが、今はもう居ない「日向」。


「いや、何でもないんだ。ちょっと疲れてるのかもな」


昔の、というより他の日向の記憶があるかは分からない。


だが、あるにしても無いにしても、それを日向に聞くのは良くない気がした。


「……そうか」


日向は俺を提督椅子から持ち上げ、そのまま抱き締めた。


何コレめっちゃ恥ずかしい。


「辛い時は誰かに言うんだぞ? 君の苦労は私には到底計れないが、少なくともここにいる者たちはみな君の仲間だ」


「日向……」


なんだか最近は心配されてばっかりな気がするなぁ。


基地にいた時もそうだが、結局俺は誰かに助けてもらってばっかりだ。


って、そんな風に考えて抱え込むのも俺の悪い癖だって教官に怒られたっけ。


暖かい日向の体に触れてみる。


「ん……珍しいじゃないか、君が素直に人に甘えるなんて」


「それは言わないでくれ。これでも結構恥ずかしいんだ」


「それでいいのさ。君がどんなに弱いところを見せても、誰も笑ったりはしない。手を差し伸べて、何なら一緒に泣いて、君を助けるさ」


「日向こそ、珍しく今日は饒舌だな」


説き伏せられるのは何だか悔しい。


そんなことを思って言い返すと、日向はニヤリと笑って俺の口を塞いだ。


「んっ……んむ……」


「ちゅっ……」


「ぷはっ……私の舌が求めているのはこっち、だったかな?」


自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。


何でこの人こんなに積極的なの……。


「ふふ、顔が赤いな。ようやくいつも通りに戻ったか」


「うるせぇ……」


「と、君をからかうのもこの辺にしておこうか」


日向は俺をすとんと降ろした。


若干名残惜し……いやそんなことはない。


「ふふ、そんな名残惜しそうな顔をするな。私も我慢できなくなるだろう?」


バレてた。


やばい。


そんな所へ。


「Admiral、コーヒーを持ってきたんだが……って、なんだ、日向もいたのか」


「グラーフか。いや、私はもうお暇するから大丈夫だ」


「いや、そう遠慮するな。すぐにもう1つカップを持ってくる。この時間のコーヒーは美味いんだ」


そう言ってグラーフは執務室をパタパタと出ていった。


ふと時計を見ると、時刻は午後4時。


「もうこんな時間か……にしても、いつの間にグラーフと仲良くなったんだ?」


「私は何もしてないよ。彼女の方が、みなに歩み寄ろうと努力しているのさ」


それを聞いて嬉しくなった。


グラーフがちゃんと前を向いている証拠だ。


「そりゃあ良いな。日向も仲良くしてやってくれよ?」


「勿論だとも」




前を向く、か。


俺は、俺の向いている方向は、本当に前なのかな。


ま、そんなことはどうでもいいか。


大佐も「道を進むんじゃなく、進んでからそこを道にしろ」とか行ってたし。


俺は、俺のやりたいように。



俺が進むべきだと思う方へ。






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「ノックしてもしもーし。提督に書類のプレゼントだよ〜」


「あ、夕張さん」


本日の秘書艦は五月雨。


そして来訪者は夕張だ。


「ん、サンキュー。そこ置いておいてくれ」


「はーい。あ、それと大淀さんから伝言だよ。『改装はほぼ完了しました』って」


「オッケー、相変わらず仕事が早いなあの人は。無理だけはしないようにって念入りに言っといてくれ」


「はーい!」


夕張ログアウト。


何のことかは、まあ適当に予想でもしてくれ。


「……」


書類仕事を終えた五月雨が、夕張の持ってきた封筒を開ける。


「何入ってるんだ? それ」


「あ、これ…着任許可願です!」


「着任許可願……?」


それ自体が何かはもちろん知っている。


けれど、何故今……?


夕張たちがいた鎮守府の艦娘達がここに来たのはまだ納得出来る。


だが、この鎮守府は別段有名という訳でもない。


わざわざここに来る変わり者なんて……いや大淀はそうだったが。


「見せてくれ」


五月雨から書類を受け取る。



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『航空母艦・蒼龍』


『重雷装巡洋艦・北上』


以下二名ノ着任許可願デアルコトヲココニ証明ス


到着ハ○月✕日


大本営


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「ん……」


いつぞやの物とは形式の違う書類だった。


個人的なものと言うよりは、本営が決めた異動指示書のようだ。


相変わらず胡散臭いが、拒否する訳にもいかず。


というより、これ拒否権ないっぽいんだよな。


到着日時明日だし。


「新しいお友達ですか?」


「……ああ。歓迎してやらないとな」


「はい!」


五月雨には話せない、よな。


暁や電もそうだが、駆逐艦は見た目の通りどこか幼い印象を受ける。


不知火は例外かもしれないが、まだ世界の黒い部分はあまり見せたくない。


このことは大淀に相談しなきゃな……。


「さて、そろそろ昼飯にするか、五月雨」


「はい! 行きましょう!」





演習のことも、前に大淀に下された作戦指示のことも、今回のことも。


大本営はどうも俺の粗を探したいようだ。


陸の人間が自分たちの領域に踏み入り、あまつさえ貴重な戦力をコントロールできる地位にいる。


そりゃあ邪魔だろう。


どうにかして排除したいだろう。


どんな手でも使うだろう。





艦娘を疑いたくはない。


少なくとも、今まで出会ってきた奴らはみな、一癖も二癖もあるが良い奴しかいない。


分かり合えるし、笑い合える。


同じ方向を向いていける。



だが、全員がそうとは限らない。



塞がらない傷。


埋まらない虚空。



俺に背負い切れないものを抱えた艦娘がいるとしたら、俺はどうする……?



お偉いがたはそれも容赦なく利用するだろう。


自分の私利私欲のためには手段など選ばない。


まるで猿だ。



自分の縄張りを荒らす者は許さない。



それじゃダメなんだ。


殺し合いをしていても、自分の財が大事でも。


欲望に流されれば、人間ですらなくなる。


理性が、思考が、複雑な気持ちが、悲しみが、苦しみが、嬉しさが、優しさが、あるからこそ人間なんだ。



それを捨てる事だけはしちゃいけない。


俺はそう思ってる。












そうだろ?











父さん……。










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翌日。


時刻は午前11時、秘書艦は予定を変更して不知火→大淀。


不知火は不服そうだったが、今度食事を奢る約束をしたら快諾してくれた。


「来たか……」


車の音が聞こえる。


グラーフの時と同じ、海軍専用の輸送車両の音だ。


「行きましょう。何を企んでいるにしろ、いきなり不穏な行動はしないと思いますから。万一の備えもしてあります」


相変わらずの、というよりは少し過剰にも感じられる大淀の警戒っぷり。


ますます不安が募る。



正面玄関に出る。


既に輸送車両は姿を消し、代わりに2人の艦娘がそこに立っていた。


「お待たせしました。蒼龍さんと北上さんですね」


「東鎮守府、〇〇二等陸尉だ。よろしく頼む」


俺と大淀の自己紹介を聞くなり、2人はすぐに敬礼をした。


「航空母艦、蒼龍です! よろしくお願い致します!」


「重雷装巡洋艦、北上だよ〜。よろしくね〜」


第一印象は悪くない。


おかしな様子もない。


警戒し過ぎか……?


「歓迎するよ。部屋を含めた案内は後でここの奴らにさせるから、とりあえず執務室に来てくれ」


「了解です!」


「は〜い」


背を向けて歩く。


2人は黙って後ろをついてくる。


殺気でも向けてくれば察知出来るが。


「提督」


大淀が小声で囁いてきた。


「いくらなんでも警戒し過ぎです。もう少し隠してください」


「すみません」


また怒られた。


呼び方は変えても、俺は生徒のままみたいだ。





執務室にて。


「えーと、2人は本営の指示でここに来たんだよな?」


まずは確認作業。


着任が完了したことを証明する書類を作成しなければならない。


「はい! 大本営のドックで建造された後、東鎮守府に着任することを命じられました!」


「あたしも本営サマの指示だよ〜。前にいた鎮守府が解体されちゃったから、改二への改装と同じタイミングでここに行け〜ってさ」


「ふむ……」


どちらの理由も至極当然だ。


書類も不備は無い。


「……よし、これで登録は完了だ。大淀、えーと……夕張とグラーフを呼んできてくれ」


「分かりました」


大淀が執務室を出て行く。


「あの、すみません提督」


「ん、どうした?」


口を開いたのは蒼龍。


「お手洗いに行ってきてもいいですか……?」


「ああ、構わないぞ。出て左の突き当たりだ」


「すみません、行ってきます」


残ったのは北上。


空気が変わる。


コイツか……。


「……ふふ、あはは」


「……」


「もー、やだなぁ提督。そんなにピリピリしないでよ」


「お前の……あの老いぼれ共の目的は何だ? 俺を消すことか?」


ヘラヘラとしているが、目は鋭い。


まるで獲物を狙う獣だ。


「さあ? そんなこと知らないし興味も無いね」


「ならお前は、ここに何をしに来たんだ?」


「あたしの目的のため」


「……」


「あ、一応言っておくけど。蒼龍は関係ないから、優しくしてあげてね。それとあたしのこと大淀さんとかに喋ったら、提督に何するか分からないなぁ……?」


「ッ!?」


殺気だ。


軽いが、鋭い。


まるで針だ。


「それを俺に喋ったのは……俺を舐めてるからか?」


「さあ、どうだろうね。でもこうしておけば、提督は不用意にあたしの扱いを雑に出来ないでしょ?」


「お前……!」


「まあ基本は大人しくしてるよ。今はそういう指示だし。けど、あたしはやろうと思えば艦娘も壊せるからねぇ。肝に銘じておいてよ?」


「クソ野郎が……!」


「あはは、面白いこと言うんだね。お互いさまだよそんなの」


「何だと……!」


「それじゃ、これからよろしくね? て、い、と、く」




こうして、東鎮守府に新たな仲間が加わった。


後書き

にゃんだふる「さてさて、大淀さんも立派に東鎮守府の仲間となりまして。物語は新しい方向に進んでいくわけですよ。

も〜、前回居なかったから今回の後書きは出てくれって提督に言ったら北上さんのことで機嫌悪くて悪くて。ボールペン飛んできたので今回も1人です、はい。

そんな噂の北上さん、大本営と通じております。とある目的のため、お偉いがたの一部と協力関係にある北上さん。改二の雷巡というだけあって、上の方々もぞんざいな扱いは出来ないようです。誰にも心を許さず、目的のために進み続ける。その先には一体何が……?

新たな仲間の加入に北鎮守府との演習、さらにはあの敵も……?
目まぐるしい速度で流れる展開に今後も目が離せない!

すみません、こんな感じの予告やってみたかったんです。これからも見てくださいね!」


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2020-02-08 11:50:12

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2020-01-31 23:16:11

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2019-09-19 00:49:37

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2019-01-06 23:54:15

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-: - 2018-11-21 03:33:49 ID: -

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2: 陽炎型・村雨のファン 2018-11-21 11:45:22 ID: S:LufXqN

にゃんだふるさんの作品がまた読めることに感謝

3: にゃんだふる 2018-11-21 12:27:41 ID: S:8N7Sli

Re.陽炎型・村雨のファンさん
読んでくださる人がいる、コメントをくれる人がいることに感謝。

-: - 2018-11-21 14:42:53 ID: -

このコメントは削除されました

5: SS好きの名無しさん 2018-11-24 18:40:55 ID: S:Uf81x_

これからもっと楽しみです!
だから毎秒投稿して♡

6: トキヤです 2018-12-01 20:51:13 ID: S:D6Hm4g

期待オブ期待

7: にゃんだふる 2018-12-01 21:59:16 ID: S:psZg7A

Re・5番様

今後の展開に乞うご期待!
なお毎秒投稿は提督の毛根が耐えられないのですみません。リーブ2121とかあればいけるかも……?

8: にゃんだふる 2018-12-01 21:59:46 ID: S:Jc9uGL

Re・6番様

感謝オブ感謝

9: SS好きの名無しさん 2019-06-02 23:07:55 ID: S:ENgFoy

あぁ、エタったか…

10: SS好きの名無しさん 2019-08-28 23:48:14 ID: S:AhPcxe

続きが気になってハゲそうです…σ(´・д・`)

-: - 2019-11-06 02:48:37 ID: -

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12: SS好きの名無しさん 2020-01-31 23:15:55 ID: S:8LzlNS

今日初めて読ませていただいたのですがとても続きが気になる作品です!これからも頑張って下さい!!

13: SS好きの名無しさん 2020-08-14 23:52:16 ID: S:ya3CXw

あれ? 作者さんまさか...飛んだ...?


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6件オススメされています

-: - 2018-11-21 03:31:56 ID: -

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2: SS好きの名無しさん 2018-11-25 20:15:46 ID: S:8ajtQ9

いいゾ^〜

3: ウンチーコング 2019-01-06 23:54:42 ID: S:UbKOtd

いいゾ^〜これ

4: SS好きの名無しさん 2019-08-28 23:49:32 ID: S:dNOS34

いいゾ^~これ~( ̄▽ ̄= ̄▽ ̄)

-: - 2019-11-06 02:48:50 ID: -

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6: SS好きの名無しさん 2021-10-08 16:07:03 ID: S:v1iFsv

あぁ^~この作品に心がぴょんぴょんするんじゃ^~


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