2019-11-07 10:52:56 更新

概要

戦姫絶唱シンフォギアのオリジナルストーリー。なぜか生き返ったヴァネッサの謎によってやっと得られた平穏は乱されていく。


前書き

シンフォギア五期XV後の話です。
多分な独自解釈が含まれております。
用語等を説明なく使用していますので未読の方はあしからず。


 シェム・ハによる埒外物理の影響調査をしにエルフナインは激戦跡地に来ていた。

「これは……」

 そこには大きな謎があった。


 神との闘いの後に訪れた日常を最も噛み締める瞬間は陽だまりの未来と一緒に眠っている時であると響は思う。

 その眠りが妨げられる。

「響ちゃん」

「――未来?」

 普段とは違う呼び方をされても寝起きの呆けた頭が正しく判断しない。

「あら。おねぇちゃん、ショックです」

「……。ヴァネッサさん?!」

「響?」

 驚きの声に同衾者を起こしてしまう。

「分かり合いに来ちゃいましたぁ」

 微笑と豊満な肉体を怪しく表現する彼女はかつて敵として闘い、最後には自身の命と引き換えに自分たちを月から地球への帰還に一助をくれた女性であった。


S.O.N.G仮設本部。

 この一年で前身組織も含めて二度も本部が崩壊した経緯を持つ超常災害対策組織は未だに完全復旧していなかった。

 とりあえず、という形で私立リディアン音楽院の一角に身を寄せていた。

「それで、どうしてアンタが生き返ってるんだ?」

 相も変わらず乱暴な物言いをする雪音クリスはかつての敵をねめつけていた。

「正直、おねぇちゃんもよくわかりません」

 眉根を寄せて人差し指を唇に当てるその姿は本当に困惑しているのかふざけているのか。

 こういう時にそれっぽい説明をするのはエルフナインと決まっている。

 だので、その姿を探すが周囲にいるのは響、未来、先輩、マリアと後輩ふたり。装者揃い踏みであるがその他のメンツが見当たらない。

「エルフナインの奴はどこ行ったんだ? こういう時こそああいう奴が『これは埒外物理です』て言うものだろう」

「それが、調べものがあるのでちょっと待っててほしいデスて言ってどっかに行っちゃったんデスよ」

「オペレーターの人たちは風鳴司令と一緒に任務に出てるみたい」

 後輩ふたりはしっかりしてるものだ。

 それに対してアイツは何を呑気に飯食ってやがる。

「ほれで、ふへはしてひはっちゃったんですか」

「響、食べながら喋らないの」

「ごめん。でもお腹も空いてるし、授業も始まりそうだし、でも折角ヴァネッサさんとお話できると思ったら、つい」

「まぁ今の私は何一つ武器がないただのおねぇちゃんに成り下がっているから、要警戒対象からは外れているみたいだし、お話は後にしましょ」

「寝込みを襲った奴が言うことか!」

「襲ったわけじゃないわぁ。一人で寂しかったから、つい、ね」

 どうやらあのとんでもな変形機能は失っているようだが、そもそものそもそもが不明瞭だ。何をどうすれば死者が生き返るというのだろうか。フィーネやシェム・ハでもあるまいに。まさかまた、神様や先史文明が出てきて世界の危機、なんて事になるんじゃないだろうな。

 そういう思考を廊下からのパタパタという足音が遮る。エルフナインだ。

「みなさん。お待たせしました」

 腕一杯に紙を抱えているために紙の束が歩いているようだ。

 紙にはびっしりと文字が書き込まれているが、中には見慣れたグラフや図が混じっている。

「アウフバッヘン波形?」

「はい。リディアンの地下施設はフィーネ襲来時に大部分が破損していましたがデータ化していない紙片媒体情報は残骸として未だに多くが残されています。僕たちみたいな研究者は重要な情報ほど紙媒体に記すことが多いんです。ハッキング対策ですね」

 紙の山を積むのを手伝う最中、響が手を止めて訊く。

「ということは、これは了子さんの?」

「おそらく。どれも高度に暗号化されていますが」

 フィーネ。

 各人に思うところのある人物だ。

 思考が沈黙するのを振り払うようにエルフナインへと話を振る。

「聖遺物の研究にコイツの正体が?」

「よりも月遺跡に関する研究ですね。アヌンナキや聖遺物にはまだまだ謎が多いですから。予測のつかない事態において真っ先に調べる価値はあります。月はバラルの呪詛の発生源であり最大級の完全聖遺物と呼べるでしょう。ですが、月ほどのサイズをもってして機能がネットワークジャマーだけとは思えません。神話上の逸話になぞらえて聖遺物が存在する以上別の機能が月にはあるのではないでしょうか」

 さっきから思っていたが、エルフナインは研究職としてのテンションが上がって饒舌を尽くしているが言ってる事に核心へ迫る文言は一つもない。

 食い意地バカとかわいい後輩切歌は頭にクエスチョンマークを下げているが、とどのつまりは。

「何もわかってないってことか」

「はい! 何ひとつまったくさっぱり全然わかりません!」

 いい笑顔!

 ちょうど、始業のチャイムが鳴った。


 リディアンの授業は基礎学習に加えて音楽の歴史や実技が多く含まれている。

「というか、ほとんどが音楽に関することデース」

 授業をすべて終えて、課題をもらう。いつもの日常、いつもの切ちゃんの横。

「結構おもしろいよね。音楽の歴史は人類の歴史。いつの時代も人は調べを奏でる」

 S.O.N.Gはあの戦いの後も存在していて、私たちの所属もそのまま。

 けれど、ギアが破損して修復も終わっていない現状私たちにできることは限られていて、いつもの、だけど昔とは違う日常を生きるしかない。

「切ちゃんは闘う力が欲しいって思う?」

「わたしは調を守れるならそれでいいのデス。それに今は――」

 ピアノを出鱈目に弾く。

 調べとはとても言えない不協和音。

「ピアノの課題が終わらないのデース!!」

「苦手?」

「嫌いではないデスよ? けど、もっとこう、全身を使ってシャウトする音楽の方が好きデス」

「次のテストに間に合うよう一緒にがんばろう?」

「はいデース」

 実技テストは練習あるのみ。

 けど、ちょっとずつできるようになるのは少し好き。

「お邪魔してもいいかしら?」

 教室の入り口からヴァネッサが顔を出している。

「邪魔だと思うなら大人しくしていて」

 キツイ言い方しちゃったかなと思うけれど、正直この人との距離感がわからない。

「出て行ってと言われないだけマシかしら」

 そう言ってヴァネッサは近くの席に座る。

 見られながらというのは恥ずかしいけれど、横に切ちゃんがいるのなら。

 一音一音弾いて連なって、ただの空気の振動が重なって耳に届く頃には旋律になっている。

 切ちゃんの音が速くなる。私も合わせて速くする。

 速くなりすぎたら私が抑えて、私が遅くなったら切ちゃんが加速する。

 一人ずつなら不協和音かもしれないけれど、二人なら――。

 弾き終わると別の音がする。

 両手を打って叩く音。拍手だ。

「すごい。おねぇちゃん感動しました! こんな見事な連弾は初めて聴きました」

 少し照れくさい。

「デスデスデース」

 切ちゃんも照れている。

「けど、合格点は未だにもらえてないのデース」

「なんでかな」

 先生曰く個人的には大変よい。けれど、テストとしては不合格。

 よくわからない。

「ねぇ。おねぇちゃんに一回弾かせてもらえる?」

 綺麗なピアノだった。

 すべての音が繋がって一つの大きな塊のように感じた。聴いている時間すべてが音楽に支配される。耳から入った音が頭の中でイメージになって目の前にあるはずのない光景を作り出す。

「すごいデス!! 音が見えたデス」

 ヴァネッサは照れた顔を隠すように話をしてくれた。

「二人のピアノはきっと、二人だけのものなのね。傍から聴いてて楽しいけれど二人が感じてる楽しいには届かせてもらえない。音楽ってその楽しいを伝えるためにあると思うの。そのためのにあるのがテクニックと知識」

「う~ん、よくわかないデス」

「二人ならできるわ。それができたから響ちゃんと手を繋げることができたんだから」

 言う表情は寂しそうだった。

「ヴァネッサ」

「おねぇちゃんて呼んでほしいな」

「ヴァネッサ。あなたは響さんと手を繋ぎたいの?」

 その問には応えてくれなかった。

 曖昧に笑ってピアノを教えてくれるだけだった。


『現状、俺はそちらに向かうことはできん。現場判断はマリアくんに委ねるとしよう』

 そう言って風鳴司令との映像通話は終わった。

 背後で何やら怪獣みたいなのと闘っていたようだけれど気にしない。気にしてはいけない。

「では、マリア司令代理殿に早速指示を頼みます」

「やめてよ。エルフナイン」

「はい。ではマリアさん。現在の特務対象ヴァネッサ・ディオダティの処遇についてですが」

「というか、当人がいないのだけれど」

「発見時に一通りの検査は行いましたが武器武装に相当するものは何もありませんでしたのでS.O.N.G保護下の聖遺物という扱いになります。微小ながらアウフバッヘン波形が検出されましたので」

「聖遺物を持っていると?」

「いえ、彼女自身が聖遺物と化しているようです」

「聖遺物に?」

「元よりシェム・ハによって完全怪物となっていますから大枠で言えば聖遺物だったと言えます。けれど、残っていたデータとは異なるパターンでしたのでそのところを完全解明すべきだと思います」

 だが現在、紙の束を眺めるようなアナログ状態。

 緻密で高度な機器は本部新設と共に目下申請中である。シャワー室すらないために翼の部屋を借りているくらいなのに。ああ、帰ったら片付けと洗濯をしなくちゃ。

「どうやって解析をするつもり?」

「シンフォギアは装者の歌に反応して励起状態となりアウフバッヘン波形を示します。胸の歌が感情であるならば、感情から聖遺物の正体を逆算することだって可能です」

「とどのつまりはどう言うこと?」

「はい。ヴァネッサさんと遊びまくってください!」

 そう言ってエルフナインは一枚の紙を寄越してきた。

 行動計画書。と固い文面で示されているが結局は遊びのプランだ。

「これをあなたが?」

「僕もこれまで数多くの休日を消化してきました。そのデータの蓄積とパターン解析によってもっとも効率よく感情を発露するプランを構築しました」

 ふんすっと気合の入った顔をする彼女にノーとは言えない私はただの弱いマリアね。


 ゲームセンターから屋外施設まで何でも御座れのアミューズメントパークにわたくし小日向未来は来ております。

 シューティングゲームでクリスとヴァネッサさんが対決したり、プールでマリアさんの華麗なクロールを翼さんが古式泳法で追い抜いたり、カラオケで切歌ちゃん調ちゃんとクリスの歌唱対決をしたりと恭に悦に楽しんでおります。

 大所帯な人数だからか二、三人に分かれてはメンツが入れ替わるというのを繰り返している。今は私、翼さんヴァネッサさんの三人組。

 空気は重い。冬なのに不快な湿気に包まれた曇天の中、雨が降るのは今か今かと不安に駆られるような焦燥と小さな物音にも敏感になる臆病さが入り混じる。

「ひゃあっ!!」

「今の翼さん?」

「そそそそっ、そんな訳なかろうっぅうわひぃ!?」

 このお化け屋敷はよくできている。

 あの翼さんがおっかなビックリ歩くほどだから出来は世界一かもしれない。摺り足で片手を構えた恰好でさえなければただの可愛い女の子だ。

「ヴァネッサさんは平気なんですね」

「ん~、まぁ足元の不安定感と心理学的アプローチによる照明と音響パターンは目を見張るものがあるけれど、所詮は安全が担保された上での不安を誘う仕掛けでしかないもの」

 ああ、この人はあちら側のお人だ。仮設本部で紙束と未だ格闘しているエルフナインと同類だ。

「わたしはおねぇちゃんが翼さんみたいになるのが見てみたいなぁ」

 後ろからハグをしながら攻めてみる。

 どうにかしてこの不敵な笑みとマリアさんとは違った上の子オーラを取っ払ってみたい。

「……何をしている。小日向未来」

 摺り足で追いついてきた翼さんから見たらわたしがヴァネッサさんを押し倒しているようにしか見えないだろう。

「ち、違うのよ? なんでそのまま倒れちゃうんですか?!」

「あははっ……」

「もしかして、本当は怖がってます?」

 暗くてよく見えないが目に涙を浮かべているようだ。触れている腕も震えている。

 わたし、何か別の扉が開いちゃうかも。

「小日向?」

「違うの……違うの――――っ!!」

「おい小日向!」


 行ってしまった。

 暗がりでよくわからなかったが小日向が倒れたのをヴァネッサが受け損ねたように見えたが、どちらも鍛錬が足りんな。行住坐臥。私のように腰を落として摺り足を心掛けていれば躓くことも支え損なうなんてこともなかろう。

「おねぇちゃんとして失敗してしまいました」

「うむ。己の不出来を省みるのは良いことだ」

 手を貸して立ち上がらせる。

 手は震えていた。

「あなたには嫌われていると思っていたわ」

 ヴァネッサの顔はよく見えない。

 暗いだけではなく足元に目線を落としているからだ。

「あなたたちがあまりに普通に接してくれるものだから合わせる顔がないわ」

 現に顔を合わせていない。

「お前たちの行い、許せるものではない」

 肩が震える。怯えだ。

「だが、手を取り合わなければ未来は手から滑り落ちてしまうと立花が教えてくれた」

「たとえ相手が罪のない人をたくさん傷つけていても?」

「罪は数えるものではない」

 強く手を握ると弱く、力が返ってくる。

「背負えるかしら」

「背負うだけの価値を感じているのなら」

 握る力は強くなる。


 未来が一人だけで出てきた。

「どったの未来?」

「響、今度ホラー映画見に行こっか」

「? うん。いいけど」

「とびっきり怖いやつ」

 怖いの好きだったかな?

 少し遅れて翼さんとヴァネッサさんも出てきた。なんかすごいぐったりしている。

「クリスちゃん、大丈夫かなぁ」

 怖いの苦手なのに後輩二人の前でカッコつけて変な事になってなきゃいいけど。

 

『アタシの後ろにちゃんとついて来いよぉ!』

『遅い……』

『後ろの人が追い付いちゃうデース』


 マリアさんもベンチに座ってうなだれてるし、このチームの年長者組は大丈夫なんだろうか。

「響は何してるの?」

「お父さんたちに何か買っていこうかと思って。やっぱり食べ物がいいかな」

 出てすぐにお土産屋さんがあって、そこにはお化け屋敷に出た幽霊や妖怪をモチーフにしたグッズが売っている。

 こういうのは一緒に来て買うから意味が出る。食べ物系はここには無いようだ。

 周囲をぐるりと見まわすとヴァネッサさんがキーホルダーの飾ってある売り場に足を留めていた。

「何か気になるものありましたか?」

「いえ。ただ見ていただけよ」

 踵を返して去っていくその背中が遠く感じた。

 手を伸ばさないとどこかへ行ってしまうような気がする。

「ヴァネッサさん。明日、行きたい場所があるんです。着いて来てもらっていいですか?」


 翌日、響ちゃんに連れられて来たのは小高い丘の坂の途中。

「墓地?」

 バスに揺られて着いたそこは空と街が一望できる住宅地にある。

「実はここ、私のお墓なんです」

 名前の刻まれていない墓石。

 手入れはされているようだが花は添えられていない。

「死んだって事にしなくちゃいけなくて、未来には何にも伝えられなくて、そのせいで未来はここで泣いたんです。私のせいで何度も」

 噛み締めて呟く。

 胸の前で握る拳には壊れたギアが入っている。

「もう絶対泣かせたくない。手を離したくないって思いました」

「もしかしておねぇちゃん、責められてます?」

 未来をシェム・ハの器にした一端は自分にある。

 責められてもしょうがない。

「いえ。ヴァネッサさんが言ったんじゃないですか。分かり合いに来たって。その言葉が嬉しかったんです。だから、話してください」

「何を?」

「全部です。思っている事全部。握った手を離さないためには思ってる事を話すしかないんだと思います」

 差し出される手にはキーホルダーが下がっている。

 狼男と吸血鬼。

 この子は出会った時からそうだった。

 真っ直ぐで一直線で全力で人と関わろうとする。

「私は――」

 言うより先に不快な気配が周囲を包む。

 スライムに尻尾が生えたような形や丸まった手を構えた角ばった人型が、濁ったガラスのような瞳を無数に向けてくる。

「ノイズ!?」

「見つけたぞ。ヴァネッサ・ディオダティ」

 声の主はフードを被った男だった。

 見覚えがある。少しだけ見える顔だとか背格好というわけではなく、その態度に、だ。

「パヴァリアの残党ね?」

 人の事を見下してすらもいない。

 ただの物としか見ていない。

「知っているぞ。お前がシェム・ハによって完全怪物と成り果てたこと。あまつさえ死してなお蘇る。その身が結社復興の役に立つ。来い」

「勝手な事言わないでください!」

「響ちゃん……」

「勝手も何もそれは元々結社の実験体。所有権は私にある」

 ぎしりっと歯噛みする。

 怒りをぶつけてしまいたい。けれど力を持たない今、何ができる。

「ヴァネッサさんは物じゃないぞ!! 所有だとかそんなことを言うな!!」

「待って!」

 駆け出してしまいそうな腕をとる。

 シンフォギアを纏えない今、ノイズに触れることは即死を意味する。

 端より交渉の余地はない。

「私が行けばこの子に手を出さないと誓って」

「もとより。消す価値はない」

「ヴァネッサさん!」

 止める側が入れ替わる。

 掴んでいた腕が離すまいと握られる。

「あなたが消えたら未来ちゃんはどうするの?」

「……卑怯ですよ」

 手を伸ばし続けても必ず届くわけじゃない。どちらかを諦めないといけない時だってある。

 だったら、私は届かなくてもいい。

 ゆっくりと、指先まで滑っていく指が最後に力を伝えてくる。

「絶対に助けに行きます」


 ヴァネッサさんが連れて行かれた後、私はリディアンに急いだ。

 何ができるのかわからないけど、できることがあるはず。

「師匠!?」

 そこには今までいなかった大人たちがいた。

 師匠も緒川さんも友里さんも藤尭さんもいる。

「留守が長くなってすまなかったな」

「割と緊迫した状況でしたので」

「あったかいものどうぞ」

「データの解析は終わっているよ」

 状況がよく飲み込めない。

「えっと、一体どういう事なんですか?」

「ヴァネッサくんが連れ去られた事はすでに把握している。そして、その行き先もな」

「それって――」

「殴りこみに行くぞ!」


 トラックの荷台で荷物さながら揺られる。内側からは扉が開かないように細工が為されている。

 パヴァリア光明結社は局長アダム・ヴァイスハウプトが消えたことによって大小の残党に分かれてそれぞれのやり方で生き残っていたが、各国機関による残党狩りで相当疲弊しているようだ。

「こんな安物のトラックを使ってるところを見るともう後は無いって感じね」

 手には最後に響が渡してくれたものが握られている。

 吸血鬼と狼男のキーホルダー。

 光はない。だから、指先で撫でて形を確かめる。目を閉じて二人のことを思い出す。


「移動しながらにしよう」

 風鳴司令による事の経緯の説明を運転席から聴くことになる。

 装者七人に司令とエルフナイン、オペレーターの二人が乗っており、内部は所狭しと電子機器が設置されている。それでも少し狭いかな、と感じる程度には大物の軍用トラックを転がす。

「実はシェム・ハ戦後に各地でパヴァリア光明結社の残党が大きく動き出し、俺たちはその対処のためにここ数日駆り出されていた」

 各地で動いていた残党の狙いはヴァネッサであった。

 彼女は一度神をその身に宿し、神殺しによって貫かれている。

「それは神の子の処刑。神話通りであれば三日後に再誕する」

「いつからそんな計画があったんだ?」

 クリスの疑問は当然だ。

 件の戦闘は風鳴機関やシェム・ハの計画があったとは言え成り行きの部分が大きい。誰かの計画が挿し込まれる余地はない。

 疑問に対するのはエルフナイン。

 ここ数日で司令たちが集めた情報とフィーネの研究を加味した結論を語る。

「いえ。誰の計画でもありません。すべては偶然の産物。神ですらも予見し得ない奇蹟です」

 かつて奇蹟の殺戮者を名乗った錬金術師の肉体を持つ少女が語る真正の奇蹟。

「ユグドラシルの爆破伐採に伴い地球上の聖遺物はすべて基底状態以下、ただの物質となりました。ギアは破損していた訳ではなくそもそもの力を失っていたんです」

 胸元のアガードラームと呼ばれる聖遺物の欠片。

 それがもう、今は力を有していない。

「ですが、ヴァネッサさんからはアウフバッヘン波形を検出。埒外物理と思われる現象によって生還しています」

 ならば何をもってしての奇蹟か。

「ノイズが現れたことから錬金術は使用可能ですがそれもまた違います」

「グダグダ言ってないでとっとと結論を言えよ」

 しびれを切らしたクリスが声を上げる。

「はい。みなさんも知っている力です。翼さんが剣を翼と定義することでソードブレイカーを退け、呪いを祝いと変換して未来さんを助け出した響さんの神殺し」

 どちらもこの半年での出来事だ。

 思い返し、思い至るはひとつ。

「哲学兵装ね?」

「その通りです。哲学兵装とは人の祈りが形になったものです」

「違うものデス?」

 聖遺物と哲学兵装、錬金術、埒外物理。

 違いを説明させたら長くなりそうね。

 けれど、その時間はない。指定された場所はすぐそこだ。

 廃墟とまではいかないまでも使われていない印象を与える廃ビル。ユグドラシルの影響で破損した街の只中にあるため周囲に人の気配はない。

「着いたわ」

「でも、私たちに闘う力はない。ノイズがいるならなおのこと」

 調の言う通りだ。

 ギアを纏えない今、ノイズに対して人は無力でしかない。

「その問題もクリアーできるかと」

「胸の歌……」

「感情をアウトプットする技術は度重なるギアの使用によって手中にあります。歌を哲学兵装として纏う事が出来るはずです」

「はず、で死地に向かうわけにはゆかぬだろう」

 慎重派である翼が忠言しない訳はない。

「その点に関しては俺から提案がある」

 風鳴司令の計画に従って行動を開始する。

 月が隠れた夜は隠密には打って付けだろう。


「空っぽの聖遺物だ。お前は」

 フードの男が語り掛けてくる。

 トラックの荷台から降ろされた先は廃れたビルのホール。元はどんな会社だったのかわからないが広い地下ホールに聖遺物解析用の機材が設置されているあたり、パヴァリア光明結社の息が掛かっていたのだろう。

 ビルは吹き抜けになっており、私は中心に据えられる。天を仰ぐと雲に隠れた月がちらりと見える。

「神の子の処刑。それだけならば再誕はしない。フォニックゲインが足りないからだ。その力はどこから来たのか?」

 説明をしながら作業しているが何のためかは不明だ。

「ユグドラシルの起動によって地上の人間はこの世の終わりを感じ、絶望した。だから祈ったのだ。助かりますように、と」

「私はその祈りによって生まれた神様だとでも?」

「違うな。神の子は再誕した際に何をするか。洗い流すのだ、原罪を。だが、人類から原罪が取り除かれた後にお前は再誕している。祈りの力は行き場を失いお前に帰属した。故に、お前は神の力を使えない。名が無いからだ。それを私が有効活用してやろうと言うのだ」

 あれほどまでに欲していた神の力が今、己の身のうちにある。

 今さらになって。

「完全なる命。それが我らの悲願。神の力があれば叶うだろう。お前も望んでいた研究成果だ」

 もう、どうでもいい。

 何がどうなろうと私の手はすべてをすり抜けていってしまうのだから。

 何も望んではいけない。

「お前は望まなくてはいけない。我らの悲願を。そのための神になる事を。さもなければ」

 ノイズが蠢く。

 無機質な瞳はまるで、何もかもを望んでいながら祈る事しかしない信奉者。

「ノイズを放つ。市街地にな。つまらん小娘一人を逃すために捕まったのだ。従うだろう?」

「従ったとして、私はどうなるの?」

「失う。自我を。果たすだけだ。神としての役割を」

 実質、死と同義。

 二度目の死。いや、実験で生身を失って、シェム・ハによって一度殺された事も考えれば三度目か。

 死ぬほどにひどくなるのだから、あの二人が生き返らなくてよかった。こんな地獄はおねぇちゃん一人で充分です。

「命って何なのかしらね」

「不完全なもの。完成させるべきもの」

 答えを期待したわけじゃないのに返されて、ふっと笑いが出る。

「何がおかしい」

「そんな程度のものが欲しかったわけじゃないのよ」

 不完全と言われても人間に戻りたかった。

 錆びた心は赤く熱さない。

「いいわ。死にましょう」

 男は作業が終わったらしい。

 こちらに向き、口を歪めて笑う。

「光を」

 スイッチの入った機材が輝く。

 それは機械の光ではなく、黄金錬成。錬金術の中でも馬鹿にエネルギーを食う錬成だ。

 余剰分のエネルギーが風となり、熱となり、男のフードを掻き消していく。

「アダム・ヴァイスハウプト?!」

「その、未完成品だがね。完全に完成する事すら儘ならずに投棄された人類のプロトタイプのプロトタイプ」

「そんな存在聞いたこともない!」

「言う訳なかろう。あいつが」

 疑問が膨らむ最中、黄金が身を包む。

 諦めるしか、ない。

「生きる事を諦めないで!」

 声がする。

 立花響がそこにいた。


 師匠の計画はこうだ。

「こちらの戦力は乏しい。だがあちらも同じだ。すでに拠点をいくつか制圧してきたがノイズの数、種類共に少なく接触する事なく陥落する事ができた。俺が先頭切ってノイズの動きを攪乱する。君たちはヴァネッサ君の奪還を最優先に考えて行動してくれ」

「僕も微力ながら尽力致します」

「ノイズには知性がありません。指示されない限り人間の炭素に反応して特定の挙動をするだけなのでパターンさえ覚えれば攪乱する事も容易だと思います」

「それができるのはおっさんたちだけだろっ!?」

 ちらりっとみんなが翼さんを見る。

「なぜ私を見ているのだ」

「それができるのはおっさんと先輩だけだろっ!?」

「言い直さなくていい!!」

 今から命懸けの救出作戦だというのにどこか穏やかで、けれど意識は鋭く尖っていくのがわかる。

 きっとみんなもそうだ。命を懸けて命を守る。ただそれだけだ。

「行こう。みんな」


 ビルに入ると閑散としていた。守りなどなく如何に敵側の戦力が少ないかがよくわかる。

 先頭を弦十郎さん。次いで翼さん。その後に私たちも着いていくがどういう配置が正しいのかがよくわからないままに流れに身を委ねてしまう。緒川さんは視界に入る度に位置が変わっているのは最も警戒するべき位置を取っているからだろう。

「未来は私の後ろに」

 響が私の前を行く。

 置いていくという事がなくなったけれど、私自身の戦闘力を加味すると庇う位置取りになってしまうのが情けない。

「錬金術の反応を検知!」

 藤尭さんが持っていたパソコンからアラームが鳴る。

 それを見た弦十郎さんが眉根をひそめる。

「黄金錬成、だとぉ!」

「残党の目的は、……まさか!」

 エルフナインが何かを察したようで慌ただしくなる。

「えっと、あの、僕は車に戻って、あ! 藤尭さんも!!」

「え、何、どういうこと?」

 藤尭さんの手を引いて戻ってしまう。

 何が何だかである。

 地下ホールからの反応であった事は去り際に教えてくれたので見取り図と照らし合わせてルートを確定する。

「急ごう」

 響の声で空気が張り詰める。


 作戦開始だ。

 切歌、調を伴って立花響の背後からホールへ躍り出る。出入口は一つしかないため風鳴司令が先頭を駆けて行き、右翼に翼とクリス、左翼に私たちだ。立花らが救出の要となる。

 ホールのそこかしこが黄金となっている。反応は確かだったようだ。

「アダム・ヴァイスハウプト。彼がなぜここに……」

 彼の前には半身を黄金に変えられたヴァネッサがいる。

「行けっ! ガングニールッ!!」

 叫びに呼応するように立花響が駆け出す。

「ただの人間が、邪魔をするなぁ!!」

「ただの人間だから、助けに来たんだ!!」

 ノイズたちはエルフナインの計算通りの動きしかしない。操る余裕がないようだ。

 立花響の声が聞こえる。

 旋律を持ち、感情を伝えるための音が聞こえる。

「壊れている。シンフォギアは!」

 戸惑い。

「知らぬはずだ。命を燃やす術を!」

 焦り。

「救う力などない!」

 恐怖する。

「だというのに、何故歌う!!」

「歌がここにあるからだ!!」

 胸の歌を信じる立花響に力が宿る。

 その身を包む力は幾度となく窮地を救った神殺しの力。

 そして、それは私たちにも。


 力が漲る。

 ギアを纏った時の力の呼応を感じる。

 みんなもギアを纏ってノイズを制圧していく。

 けれど。

「止められると思うなよ。ノイズ一匹倒すこともできぬ不出来な力で!!」

 手のひらに小さな太陽を生んでいる。

 かつてその身をもってして体感したツングースカ級の大爆発が脳裏をよぎる。

「心配するな立花。奴とてここを破壊する事など望んでいない」

「馬鹿が尻すぼみするなよ!」

 その通りだ。

 私にできるのはただ精一杯に走り抜ける事だけだ。

「響」

 未来の声が背中を押す。

 だから。

「ヴァネッサさん!!」

 伸ばす。

「手を!!」


 伸ばされた手を取るための腕はすでに黄金と化している。

「言っている。邪魔をするなとぉ!!」

 アダムが割り込んでくる。

 その手には小さな太陽が未だに残っている。

「訳ないぞ、お前ひとり消すぐらいは!」

 放たれるよりも前にアダムに打撃が加わった。

 響ではない。

「俺を忘れちゃいないか」

 先陣切って駆けていた大人の男。

 未完成品とはいえ黄金錬成を生み出す膂力を持っているはずのアダムをものともせずに叩き伏せていく。

「馬鹿な! ただの人如きがっ。お前も歌の力を――」

「俺のは映画だ!」

 圧倒的な攻勢。

 アダムはすでに立ち上がる事すら儘ならない。

 周囲を囲んでいたノイズたちも錬成から時間が経ち過ぎたために自壊を始めている。

「完全勝利デス!」

「でも、ヴァネッサの体が」

「それはエルフナインに頼みましょう」

「その当人は車に戻っちまったけどな」

 目の前には響が立っている。

「もう少し待っててください。絶対になんとかしますから」

「ええ。……えぇ」

 涙を拭くこともできないから流れるままにするしかない。

 死んで、生き返って、贅沢な日常を過ごして、死にかけて、それでもなお生きている事が嬉しくて、助けてくれる人がいる事に感情の昂ぶりが治まらない。

 安堵を打ち消す声がする。

「終わっていないぞ……」

 アダム・ヴァイスハウプト。

 翼とアダムを打倒した男に抑えられながら、呻くように声を上げる。

「完遂している、計画は。後は月が照らせばそれで――」

『みなさん! 今すぐにヴァネッサさんをそこから動かしてください!』

 アダムの声を遮るのは機械越しの声。

「エルフナイン?」

 マリアが通信機を出して音量を上げていく。

『そこにはアダム・ヴァイスハウプトがいると思います。彼の目的は神の力を制御する事。指向性のない神の力に任意の意味を与えて新しい神を創るつもりです』

「そんな事どうやって」

『月です』

 光が射す。

 吹き抜けのガラス越し、月光が降り注いで私を照らす。

「とにかく動かすデス!」

「でも、どうやって?」

 黄金錬成が体と建物を同化させてしまっている。

「月は神の計画を記す聖遺物。その計画自体はシェム・ハもエンキも知らない。なぜなら奴らも月の計画に名を連ねられただけの存在だからだ」

『神の計画自体は僕たちには不明ですが、機能はフィーネの研究から理解できました。月には神を名付ける機能があり、それは神の力を得た物に指向性を与えて神話通りの力を振るわせるもの』

「アヌンナキが地球を投棄した時点で計画は白紙となった。聖遺物はただの残りカス。だから、作るんだよ。私が。神の計画を。私が完全に至る計画をなぁ!」

 天窓から入った月の光は黄金錬成に反射して室内を満たし、私の体を通して天に帰る。

 おそらくこの光に計画が刻まれている。

「ど、ど、どうすればいいデス?」

「この光をどうにか出来れば何とかなるかも」

「私のアガードラームなら、力の方向を変えることができるはず」

「その力をどこに向かわせるつもり?」

 方向性を失った神の力は暴走して、どこか別のものに宿ってしまう。

『チフォージュ・シャトーを使います』

「でも、聖遺物はすべて使えないって言ってなかった?」

『シャトーの分解能はデータとして藤尭さんが残してくれていますので、そのデータを使ってトラックの機器をシャトーとして起動します。そうすれば』

「消えるだけだ。ヴァネッサごと」

「ダメだ!」

 響ちゃんが返す。

「それだけは絶対に」

『させません。計画のみ取り除き神の力はヴァネッサさんに帰属させます。みなさんならできます。歌の力だけでギアを纏えるなら、神の力ぐらい何のそのです』

「できるものか。そんなこと」

「だとしても!」


 みんなで手を取って歌う。

 ただ、心に浮かぶままに。


「Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」


 示し合わせるまでもなく、その歌は命を懸ける歌。


 ああ、こんなにも幸せでいいのだろうか。

 何万という命を犠牲にした私が、人に命を懸けてまで助けてもらっていいのだろうか。

 大切な家族を守る事ができなかった私が救われてもいいのだろうか。

 助かった先で何を望むべきだろうか。

 血で錆びた卑金属は赤くもなく青くもなく、何色となる。

 色のない世界に音が舞い降る。

「まだピアノを最後まで習ってないデスよ」

「おねぇちゃんてまだ呼んでない」

「あなたとはまだちゃんと話せてないわね」

「ゲーセンの時のリベンジを受けてやってもいいぜ」

「過去を重責と思うなら共に防人として未来に繋ごう」

「怖い時の顔以外も見てみたいです」

 そして。

「ヴァネッサさん。手を」



「地中、海中と来たから次は空中だと思ってたデスが」

「さすがに空中だと法的に問題が多いからな」

「無かったらいくつもりかよ!」

 S.O.N.G新設本部。

 それは風鳴邸跡地に建つ事になった。広大な土地と防人としての防衛技術が合わさった超優良物件と言える。

 聖遺物に関する事件はほとんどないが、それ以外における超常災害は未だに人類を襲っている。

 出所不明のノイズ、怪異怪談が現実にまろびでる事件。

「幽霊などいるとなぜ言わなかった?!」

「翼が苦手だとは思わなくて」

「マリアさんも苦手とは思わなくて」

 わいわいがやがやと賑やかな本部はパーティ会場へと飾り立てられている。

 その中心に立つ立花響がオレンジジュースで満たされたグラスを掲げて音頭を取る。

「S.O.N.G本部新設と――」

 私もグラスを手にする。

「ヴァネッサさんのS.O.N.G加入を祝して、乾杯!」

「乾杯!」


後書き

これにて完結です。


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しくしくさんから
2019-11-22 10:46:39

このSSへのコメント

2件コメントされています

1: ロイル・ディスト 2019-11-05 15:14:48 ID: S:2OtgTd

戦姫絶唱シンフォギアの姫が違いますよ
記録の記になってます
それだけです、はい すみません

2: なばかりのはばかり 2019-11-07 10:53:30 ID: S:kVJwks

ご指摘ありがとうございます。
修正いたしました。


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