シンフォギア外伝3
シンフォギア外伝、ノーブルレッドができるまでのお話
パヴァリア光明結社は完全なる命を目指す錬金術結社である。歴史の影に隠れ、自分たちの研究のためならば戦争だって起こしてしまう秘密結社。
私の両親は表の顔は映画製作会社社長、裏で結社に与する。
自然と私も結社に関係し、錬金術の美しさに心を奪われた。
事象を理解し、分解し、己の欲するように再構築をする。それは人に与えられた神の御業。中でも、聖遺物を理解するという困難は私にとって人生を賭してもよいと思える研究であった。
「神様は何を思ってこのような構成物を作ったのかしら」
もしも神様の思惑を理解できたなら、その思いを分解し、再構築することで何が出来上がるのだろうか。
知的好奇心が刺激されると眠れなくなる。熱い思いが沸き上がり、早く先へと進みたくて居ても立っても居られない。
熱意が実績へと結び付き、私の立場は若くして両親に比肩しようとしていた。実験の決定権も施設の管理責任も委ねられる地位に付いた頃、面白い素体が届けられた。
名前はミラアルク・クランシュトウン。高度な解毒代謝能力を持っている。あらゆる毒素を投与され、死に掛ければ蘇生実験を含んだ化生再現を行う。その身は次第に強靭で武骨な四肢と変わっていったが、求められていた怪物には成れなかった。もしも完成していれば不老不死のヴァンパイアと成れただろう。
彼女は何度死に掛けようと瞳の強さを失わなかった。
実験のたびに怒声を上げた。
「あの子をどこにやった!? お前たちの目的はなんだ!?」
一緒に持ち込まれた少女のことをいつまでも心配していた。
あちらはファウストローブの外装実験に回されていたはず。不完全な外装しか未だにできていない現在、大したバックファイアも受けずにいるか、出力を得るために無理くりな神経回路拡張でもされているか。
私は興味が沸いた。
出来損ないの怪物と成り果てても友人の心配をする心理。
その思いを理解できない。今までに幾百と実験体を見てきたが、ほとんどが罵詈雑言を吐いた後に解放を願い、最後は従順なペットとなる。当然のように使い捨てられる命が、今までとは違う反応を示すなら、理解したい。
「ヴァネッサ、最近は本願の研究がおろそかになっているんじゃないか?」
「私たちの目的はあくまで完全な生命。横道に逸れている暇はないのよ」
両親は表の仕事もあってか研究職としては私に数段劣る。そのことを気にしているのか最近は当たりが強い。それでも、私を理解してくれる人たちだ。期待に応えたいとは思っている。
理解こそが最大の愛である。
費やした時間が多ければ多いほどに愛は重い。両親が私に掛けた時間は膨大であろう。その分、理解も深く、期待も重い。
本願、完全な生命の研究に掛ける時間を増やした私の下に興味を逸らす実験体がまた一人、増えた。
エルザ・ベート。
養父母からの監禁虐待を受けていた少女を保護という名目で結社が引き取り、神経回路の拡張実験に充てられた。
彼女は当初から協力的だった。激痛を伴う手術も、元人間の実験体との模擬戦も文句ひとつ言わずにこなしていく。周囲の構成員が躾の手間がないと楽観的に思っている中、私は恐怖していた。
求められた役割をこなすだけの人生。
そこには意思がない。決定のためのルールがない。言われたことに肯くだけの傀儡。
ミラアルクは人外の化生となっても人として友を思う。
では、この子は何と成って何を思う。
空虚な人形に、どの実験体にも抱かなかった恐怖を感じた。
だからこそ、理解をしようと努めた。私的な会話を繰り返し、要望通りに応えて本の差し入れを行い、彼女が何に怒り、喜び、楽しみ、悲しむのかを知ろうとした。
すべての研究から距離を置いてエルザとの交流に時間を費やし、私はついに彼女を理解した。
エルザという小さな女の子は、ただの少女だ。
幼少期に実父母が死去した後、引き取った養父母は躾として彼女を暴行し、監禁した。そのせいで世間を知らない。ソフトクリームを食べたことがない。本が好き。何事にも真面目に取り組む。頭を撫でられるのが好き。爪を切る時にくすぐったい顔をする。玉ねぎが苦手。ピンク色が好き。黒も好き。黄色は嫌い。小さいことを気にしている。私がつける薔薇の香水がお気に入り。
他にもたくさんの事を知った。何も恐怖する相手じゃないと理解した。
そして、自分が今までしてきたことはただの少女を傷つけ、人ではないものにして、使えなくなったら物のように廃棄する行為。
理解は愛だ。
私は実験体を愛してしまった。
懺悔の気持ちを抱えながらも今まで通りの日常を過ごしてしまう。今更、私に何ができる。何をすれば贖罪となる。
「ファウストローブの実験体処理申請です。また、新しいのを買ってきますね」
部下の男が何気なく書類を手渡して帰っていく。
彼には妻子がいる。若くて愛想のいい奥さん、小学校に通う快活な息子。普段は大学の講師をしていたはずだ。その日常に、一人の少女の命を紙切れ一枚にサインして廃棄して帰っていく。
私には理解できなかった。したくもなかった。
「実験体の待遇改善ですって?」
「必要ないだろう。壊れたら代えればいいだけだ」
両親に相談した結果は予想通りの反応だった。
わかっていた。
だから、これは賭けだ。
ミラアルクの警備を緩くすれば彼女はきっと暴れるだろう。廃棄寸前の友人に会うために施設に混乱を起こし、もしかしたら助け出せるかもしれない極めて低い確率の賭け。
結果、彼女は友人と再会したところで捕らわれてしまった。
管理責任は問われたが私に懲罰が下ることはなく、施設も元通り。
何も変えられなかった。それどころか警備は厳重に、実験体の扱いは苛烈になった。
「ごめんなさい……」
誰に謝っているのかもわからない。
けれど、誰かに許してもらわないと私は生きた心地がしなかった。
後悔と懺悔の中、私は事故にあった。
ファウストローブの開発中に起こったエネルギー暴発。
小さな光がゆっくりと拡散していくのが見えた。脳が死を悟って認識力を底上げしているのだ。走馬灯を見たところで解決策なんて思い当たらない。永遠とも思える光の拡散を見ていると、これが罰なのかもしれないと安堵した。途端に光は認識外の速度になって痛みすら与えずに私を裂いた。
目が覚める。ということは、自分は死んでいないということだ。
苦渋に眉根を寄せて身体を起こすと違和感があった。
体が異常なまでに軽い。シーツの沈み方からして体重は増している。だが、重い体を十全に動かすだけのエネルギーが満ちている。
「何が――」
「あなたは実験の最中に瀕死の重傷を負った。生命維持のためにファウストローブの常時展開案である『義体』へと欠損部分を換装した」
部下だった男。
「――そう。経過はどうなっているの?」
「それを知る必要はないな。お前はもう、ただの実験体だ」
その日から私はパヴァリア光明結社の構成員ではなくなった。
元部下たちは淡々と仕事をこなす。耐久実験や常時展開によるエネルギー効率の開発。痛みも屈辱も伴う実験は多岐に渡る。
けれど、私はこれでいいと思った。
自分の行いの贖罪をできているような気がしたから。
だと言うのに、私の実験体運用を承諾したのが両親であったと知った時、涙を抑えることができなかった。
両親によって私はもう、ただの物なのだ。完全に至ることのない卑金属。
罰のように行われる実験のうち、最もわかりやすいのが模擬戦だ。
今まで踏みにじってきた実験体たちが私に復讐をするための時間。
「どういう経緯でここにいるかは訊かないぜ。ただ、この怒りだけはぶつけないと気が済まないんだぜ」
人外の怪力で叩きのめされ、錬金術でできた金属製の体が傷ついていく。
壊れることすら難しい体。
一番、相対したくなかった少女とも闘った。
「どうして……。どうしてあなたがそこにいるでありますか。ヴァネッサ!」
エルザは問うだけで傷つけようとはしなかった。
それが逆に苦しかった。
壊れ切るまで終わらない実験の日々が私の廃棄よりも先に終わった。
パヴァリア光明結社統制局長アダム・ヴァイスハウプトの死亡によって結社が持っていた政治的圧力が崩壊した。おそらくは風鳴機関と米国の裏工作も働いていただろう。巨大で深淵な結社の崩壊はあらゆる利益を生み出す。当然、私が捕らわれていた施設も管轄の機関が踏み込んできた。
投棄される実験施設。逃げ惑う構成員。困惑する実験体たち。
逃げるなら今だ。
でも、逃げてどうする。人ではなくなった私はどこに行けばいい。
「ヴァネッサ。迎えに来たであります」
私は目を見開いていただろう。
驚き、戸惑っていた。
「魔法使いではない私めでありますが、ここから逃げるかぼちゃの馬車くらいにはなれるであります」
「あなたは、私を憎く思わないの?」
手を引いて走るエルザは振り向くことなく言う。
「私めはヴァネッサが好きであります。たとえ、ひどいことをしてきたのだとしても、私めにとってヴァネッサこそが助け出したいシンデレラなのであります」
似合わない役を充てられたものね。
なら、似合うことをしよう。
「ただ逃げるだけじゃすぐに捕まるわ。だからいっそ、みんなで逃げましょう」
元管理責任者として、施設のシステムは把握している。
システムのハッキングは容易だった。何せ、体が機械なのだから。腹部から伸びるケーブルを施設の端子に繋いで警備システムのダウンと解錠をして施設内を誰でも自由に動き回れるようにしてしまう。
きっと、逃げ切れる人の方が少ないだろう。確保されてしまう人も多いだろうし、最悪その場で処刑なんてこともある。
だから、これは今まで散々人の命を弄んだ私の新しい罪。
これから先、エルザちゃんを人に戻すまでいくらだって犠牲を出そう。
「いいのでありますか?」
内情を察してなのか、はたまた一緒に逃げる事に同意することに対してなのかはわからない。
どっちみち答えは同じだ。
「おねぇちゃん判断です」
騒然としていた施設内はより一層の混迷を極めて爆破や銃撃、錬金術の行使や逃げ出した被験者による暴動で満ちていく。
逃走するにしても押し寄せる瓦礫を踏破したり、襲撃者を凌いだりするのに力を行使せざるを得ない。
私たちの体は人と違う。人と違う部分を機能させるために稀血が必要になるのだが、異形の力を使う度に血は汚れて機能不全を引き起こしていく。
走ることもままならなくなってきた。
「……後少しで外なのであります」
行く手に瓦礫が落ちてきても反応が正しく行えない。
思わずエルザを抱いて守るが意味などないだろう。だが、来るべき衝撃は来なかった。
「まったく、こんなところでくたばろうってのか?」
瓦礫が肉肉しい翼でできた腕によって放り飛ばされる。
「ぶん殴ってやりたいところだが、一旦休戦にするぜ」
ミラアルクだ。
「どうして?」
当然の疑問を投げかける。
彼女にとって助ける理由はない。
「あんたのことを殴り足りないだけなんだぜ」
「これがツンデレでありますか」
「ツンデレね」
「デレねぇから!」
彼女にも思うところがあっての行動なのだろう。
そんな彼女のことを知りたいと思って、前にも同じことを思ったと思い出す。
小さく笑った私に二人も小さく笑っていた。
何、と言葉にできないけれど少しだけ理解し合えたのだろう。
外に出ると夜風が頬の撫でる。三日月が大きく笑っている。戦闘の音が細く聞こえるのは制圧が終わりつつあるということだろう。
「逃げ切れた、でありますか」
「とりあえずは、だぜ。闘わないと次はないんだぜ」
「そうね。二人を元に戻してあげないと」
私の言葉に二人は見つめ合ってから言葉を返してきた。
「二人だけじゃないんだぜ」
「三人で、なのであります」
その後、風鳴訃堂に声を掛けられるまで遁走生活を送ることになる。
神の力を得ることができればきっと、人に戻れる。
人に戻れたら、今までのつらい過去を受け入れることだってできる。
それまではどんな犠牲だって厭わない。
たとえ何万の血を流そうと構わない。私たちには流す人としての血が無いのだから。
だから、名乗ろう。
私たちは決して廃棄される卑金属などではなく、赤く燃える深紅の血で繋がった三人。
「No Blue Red」
終わり。
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