シンフォギア外伝2
ミラアルクに続きエルザの過去編。
オリジナル設定『首輪・グレイプニル』
聖遺物グレイプニルを簡易解釈して生み出された拘束用錬金術。
怪物異形に対して絶対の気絶麻酔の力を持つ。
世界には鍵が掛かっている。
誰かが外から鍵をしていて、用がある時だけ扉は開かれる。けれど、私めは外に出る事は許されないのであります。
ある日、鍵を開けたのはいつもの人ではなかった。見たこともない男たちが扉から入ってきて私を保護した。事情聴取を受け、養父母は逮捕された。新しい保護者が当てがわれ、新しい鍵が掛かった。
新しい家は家ではなかった。
パヴァリア光明結社を名乗る彼らは私めを改造した。
野生動物や他の実験体と闘わせ、データを採る。ただのそれだけだ。ご飯も毎日出るし、布団も暖かい。頼めば本を読ませてくれる事もあった。とくにヴァネッサという研究員はよくしてくれる。褐色の肌、優しく見守るエメラルドの瞳が綺麗なのであります。彼女に言うと次に会う時には本を持ってきてくれる。
本が好きだ。
見たこともない世界がたった一冊の中に詰め込まれている。知らないはずの景色を知ることができて、見ることができない世界を頭の中だけでも思い浮かべることができる。本を読んでいる時だけは世界に鍵が掛かっていない。
「エルザちゃんはどんな話が好き?」
獣の遺伝子を組み込まれたせいで生えた毛深い耳が撫でられる。
「シンデレラが好きであります。どんなに不幸でも手を差し伸べてくれる人がいると思えれば、今を乗り越えられるのであります。ヴァネッサは私めにとっての魔法使いです」
その言葉に眉根を寄せて笑う顔は悲しそうでありました。
施設が実験体によって破壊される事件があった。被害は甚大であったが結社はすぐに復旧して実験も再開された。だが、警備が厳重になってしまったためにヴァネッサと会う機会が減ってしまった。
「今日の実験相手は私だぜ」
不貞腐れたような少女は肉肉しい翼を生やしていた。
模擬戦闘として実験体同士を競わせる。勝っても負けても改良点を見つけては改造されるのだからモチベーションは上がらない。中には殺してくれと戦闘中に囁く者もいる。
この相手は今、何を思っているだろうか。
コウモリのような肉翼は手足に移動して怪力を発揮するアタッチメントらしい。
私めだって一つずつしか使えないとは言え、複数のアタッチメントを持っているのであります。
戦闘は一方的だった。
相手は器用にも肉翼と怪力を使い分けて俊敏な動きを見せ、ヒットアンドアウェイを繰り返し、大きな隙ができたところを潰された。
何もできなかった。アタッチメントの交換に時間が掛かりすぎるせいで対処が遅い。
動くことができない私めに彼女は冷たい目を向けてきた。翼がすべて片腕に集まり巨大な拳を形成する。あんなもので殴られたらさすがに死ぬであります。
「そこまで」
研究員の制止を無視して拳は振り下ろされる。
「『首輪』起動」
「――ッ」
悲鳴を上げて少女は倒れた。
反抗的な態度をとれば私めらはあのように活動を停止させられる。
実験が終わった後、私めは考えていた。どうすればアタッチメントの交換速度を上げられるのか、と。
尻尾状のアタッチメント。腰部に接続して伸縮し、獣の顎になり、拳になり、身を守る盾にもなるが一本しか使えない。接続していない間は何もできない無防備状態だ。そこを何とかしないといけない。
ヴァネッサと会えない日が何ヵ月と続き、読む本もないために考えることがない。だから、目の前の問題に手を伸ばす。それがたとえ、自分を世界から遠ざけるものだとしても。
実験戦闘と改造を繰り返す日々。
肉翼の少女とも何度か戦闘をしたが未だに勝ったことはない。
戦闘の合間に彼女は語りかけてきた。
「実験体のまま生きていくつもりか?! ここから出ようとは思わないのか!」
「どうやって出るつもりでありますか! 出て行ったところで何をするつもりですか?!」
「戻りたいとは思わないのか? ここに来る前の日常に?!」
「――あんな場所に誰が戻りたいと思うでありますかっ!!」
言ったところで相手は過去を知らない。
私めも相手の過去を知らない。
「だったら、ここで死んだほうがマシだぜ」
巨大な拳が我が身に迫る。
「だとしても!」
アタッチメントを自切して囮にする。
交換に時間が掛かるのならば、交換する時間を作るだけであります。
新しくなった尻尾が相手の喉元に食らいつく。
「死んだらそこでお終いなのであります。いつかきっと、どこかで逆転できる日が来るまで生きるしかないのであります」
たとえ怪物に成り果てても。
初勝利は苦い思い出になってしまった。
同時に、空虚な思いに満ちていた。
彼女はどこから来て、どこに行こうと思っているのだろう。
戻りたい日常があったのでありましょうか。歳の頃は学生くらいだろうか。やりたい事や将来なりたい職があったりしたのかもしれない。そのすべてが潰えた。
ただ実験動物として浪費される日々。
「戻りたい日常なんて私めには無いのであります」
肉翼の少女とはここ数週会うことはなかった。
代わりに、ヴァネッサと再会した。が、それは望んだ形ではなかった。
「なんで……。どうして、あなたがそこにいるのでありますか……」
実験動物が傷つけあう研究ルームで相対する。
「何かの実験でありますか。人が相手ではあまりに危険過ぎるであります」
『心配するな。それもただの怪物だ』
マイクを通した声が室内に響く。
「ヴァネッサ……」
俯き、唇を噛んで押し黙っている。
何があったのか全部、聞かせてほしい。どういったことが起これば研究員が実験体に身を落とすのか、どんな実験をされたのか。
聞いて、どうする。
事情を理解したからと言って何ができる。どんな解決ができる。
私めには、灰被りの少女を助けた魔法使いのような力はないのであります。
身動き一つしない両者に嘆息したのか、その日の実験は中止となった。
日を改めて行われた戦闘実験は『首輪』を脅しに強行された。
「何があったのか聞かせてほしいのであります」
「……」
「何も解決できないかもしれないけれど、私めはヴァネッサを知りたいのであります」
戦闘の余白を用いて問うけれど、返ってくるのは冷たく濁った瞳。
指の関節や手首が開いてそこから銃火器が放たれる。
単調な攻撃を躱して懐に入る。
「それが、ヴァネッサでありますか」
「殺してもいいのよ?」
近くで見ると肉体は妙に艶やかで滑らかだ。
肉と呼べない。鉄、というのが一番近い印象だろうか。所々凹んでいるのは他の実験体からの攻撃だろうか。
「そんなこと、できるわけないであります……」
手を止めた二人に続行を命じる声がする。
従わないせいで『首輪』が起動される。意識を刈り取られる。
起きた時は一人だった。
鍵の掛かった部屋には私物と呼べるものは何もない。ベッドが一つあるだけだ。
物理的な鍵など意味はない。殴って開くことができる実験体がほとんどだ。それでも、そんなことをすれば後でどうなるかという恐怖が鍵になる。
ベッドに腰を掛けて己の手足を眺める。
見た目は普通の人と同じ。けれど爪は固く、指先だけでベッドのフレームを握り潰せる。背には獣毛が生え、腰部にはアタッチメント固着のための穴が開いている。頭に手を乗せれば毛に覆われた大きな耳がぴくりと自分の意思とは関係なしに反応する。
「人ではないであります」
ただの人になれば、ヴァネッサと日常を過ごせるだろうか。
思いに耽ると際限がない。魔法使いが現れて一夜だけでも助けてくれないだろうか。なんて、非現実的な空想に身を委ねて自分たちが幸せになる物語を考える。
いろんな話を読んできたけれど、自分で作るというのはこれがはじめてだ。
もしも、自由になれたなら――。
『――――』
部屋の外が騒がしい。
耳をそばだてて声を聞き取る。どうにもパヴァリア光明結社の敵対組織が乗り込んできたようだ。
今、この扉を開けば外に出られる。騒ぎに乗じて遁走してしまえば自由にはなる。けれど、稀血がないと長くは保たない。
不確定の自由と確定した不自由。
葛藤が激しくなるのに合わせるように外の騒動も大きくなる。
「もしも、自由になれたなら」
強く拳を握る。
アタッチメントなしでは大した威力も出せないが、扉を押し破るくらいはできるはず。
「ヴァネッサを助ける魔法使いになるであります!」
次回、ヴァネッサ編で完結予定。
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