Dioの遺産
Dio死亡の五年後の世界。デス13メインの話。完結
「Dioの館には『開かずの扉』があるって知ってるか?」
「知らねぇな」
「そこにはDioが集めた宝石や金塊、闇組織からの献金がごまんと置いてあるらしい」
「献金なんてあったのか」
「野郎のカリスマに当てられた奴らさ」
「それで、何の用なんだ?」
「Dioが死んで五年、野郎の持っていた財産は誰が相続するでもなく扉の奥に残されている。俺たちが貰っても文句は言えねぇ」
「組もうってのか、ホル・ホース」
ウェスタンスタイルの男が紫煙を揺らす。
「そうさ。俺はいつだって二番手に甘んじる」
「俺はスタンドを出せないのにか?」
「だが、お前は頭がいい」
「何か企んでやがるな?」
「やっぱり、頭がいい」
胡散臭い男だ。
だが、組むと決めれば目的を果たすまでは裏切ったりしない男だ。
「まぁ、金は必要だよなぁ」
「その通りぃ!」
「期待はするなよ?」
「期待してるぜぇ。デス13」
口車に乗せられて館まで来てしまったが、どうなることか。
「あの扉が、そうだ」
中庭に面する西日を浴びた扉。
「あれが『開かずの扉』か?」
「銃や爆薬、スタンドであっても傷ひとつ付かない」
「ただ頑丈ってわけじゃあないのか」
「ここに出入りしていたのはDioとエンヤの婆さん、それともう一人」
「誰だ?」
「名前も正体も不明だが、出入りしているところを見たことがある」
「見当もつかないのか?」
「おそらく、Dioの財産管理人だ。野郎は美術館から盗みを働いたりもしていたからな、そこらの事後処理を担当していた奴がいるはずだ」
「そいつはスタンド使いなのか?」
「わからん。だが、あの扉がそいつのスタンドなのかもしれん」
明確なルールがわからないスタンドには触れないのが常套だ。
できればその財産管理人が出入りしているところを急襲したい。
「それが、この五年間で出入りがない。この館に入ってきたのは俺らと同じく遺産目当ての輩のみだった」
困ったな。
もしかしたら、あの扉はフェイクで、隠し扉があるのかもしれない。あるいは幻覚。
「ケニー・Gの仕業ってのは考えられないのか?」
「野郎はDioが死んだ日に死んでる。死後もスタンドが残ることもあるらしいが、それなりの理由がないと残らないらしい」
アイツが死んでまで何かを守るだって?
隠れて幻覚でやり過ごすしか能がなく、目下の人間には大きく目上には媚びへつらう。そういう奴だ。
「まぁ――」
「ありえんわなぁ」
失笑を終えて何気なく『開かずの扉』を見た。
薄く、開いている。
指を挿し込める程度の隙間。それ以上開くこともなく誘うように暗い。
「見ろッ! 開いているぞ!!」
「?」
ホル・ホースが見るころには閉じていた。
罠か?
だとしたら、ここには誰かいる。攻めるべきか?
だが、俺はスタンドを出せない。夢に出るスタンドだからだ。
たとえ出せたとしても人を傷つける行為はできない。花京院の野郎のせいだ。スタンドを使うとうんこのにおいと味が口いっぱいに広がる。
思い出すだけで反吐が出る。
「おい。わかってるだろうなぁ? もしも敵がいたら、お前がやれよ」
「わかってるぜぇ」
ホル・ホースは自身の銃型スタンドエンペラーをすでに構えている。
ここで逃げても前進はないだろう。
ノブに手を掛ける。
鍵は掛かっていない。何一つ違和感なく扉が開く。
慎重に、ゆっくりと開け放つ。
陽の光を取り入れても暗いままの室内。光源もなく、ただの闇が広がっている。
「懐中電灯を持ってくるんだったな」
ライターの火を光源にして室内を探る。
ぬらりとした光が照り返す。
「金だ……」
部屋の中には金塊が山と積まれていた。
それとは別に真珠、ダイヤにサファイヤといった宝石、銀、骨董であろう壺や茶器が所狭しと置かれている。
「……一体、何億の価値がここにはある?」
「捌ききれるかもわからねぇ」
さっきまでの緊張感が嘘のように笑いがこみ上げる。
「この部屋の事は俺たちしか知らねぇ――。ククッ、ここにあるのは全部、俺たちの物だ!!」
「ハハッ、こんだけありゃあ、死んでも豪遊できらぁな!」
「死んだら使えねぇだろっ! アハハッ」
「ハハハッ! そりゃそうだぁ!」
「「「アッーハハハハッハア――――ッ!!」」」
「ッ!?」
笑い声が一つ、多い。
反響じゃあない。
「誰か、いるッ!」
「エンペラー!」
ホル・ホースが銃口と注意を端々に向ける。
目に見える敵はいない。
「誰だッ! 今笑ったのは?!」
エンペラーを撃ち鳴らす。
反応はない。
「――……イッ――タ・・・・・・ノハッ」
ノイズ混じりの声がする。
どこから現れたのか古びたラジカセが金塊の上に置かれている。
「イマ、ワラッタノハ――」
ホル・ホースが撃ち抜く。
だが、声は別の場所から来る。
「オレだッ!!」
「ホル・ホースッ!」
野郎の背後から現れた影が袈裟懸けに切りつける。
「――ッ」
背を切られながらもエンペラーを放つが、影は揺らめくだけで傷つかない。
ライターの火で照らされて影が男だとわかる。
鉄製の爪が右手に嵌められている。アレでホル・ホースは攻撃されたんだ。
爪でハットを撫でて整える。覗く顔は焼けて腫れ爛れている。
「この日をどれだけ待ちわびたことか」
セリフを吐くようなわざとらしい感嘆が込められている。
「お前を殺すことだけを夢見てきた。幼いぷにぷにとした肉を裂き、小さな骨をぽきりと折って苦痛に歪む顔で懺悔させたかった」
「俺はお前のことなんて知らないぞッ!」
「オレは知っている」
先までのわざとらしさが消える。
爪が迫る。
対抗する手段は、ない。
「ッ――……」
だが、衝撃は来なかった。
自分を守る影がいる。
「……出せるじゃあねぇか、デス13――」
倒れているホル・ホースにも見えている。
夢の中でしか出せないはずのスタンド、デス13。
「なぜだ?」
いや、今は疑問なんてどうでもいい。
「出せるのなら――」
「闘うか?」
「逃げるんだよぉ!」
ホル・ホースを抱えてデス13で屋外に疾走する。
「なぜ逃げるッ! スタンドが出せるなら闘えッ! 遺産が欲しくないのか?!」
「お前もうんこ食えばわかるさ」
「わかりたくねぇよ!」
館から距離をとったところで体力の限界がきた。
現実でスタンドを出すという未踏の行為が原因か。いや、気を失ったホル・ホースを抱えているせいだ。
「さっきまで喚いていたくせによぉ」
あの男は追って来ない。
今後の身の振り方を考えなくてはいけないのだが、頭が働かない。肉体が休息を強請っている。
「どうしたの、坊や。それに、そちらの方も……」
背中から血を流した男を抱えた子供。
そんなのに声を掛ける間抜けがいるとは世も末だ。
急激な睡魔に迫られながら見たのは、心配そうな顔をした褐色肌の女だった。
目が覚めると夢の中だった。
軋んだジェットコースター、うめき声をあげながら回る観覧車、たどたどしく動くメリーゴーランド。
いつも見る夢。
行った記憶のない遊園地が廃れた世界。
「hello.baby」
奴だ。
ボロになったセーターを着る焼け爛れた男。
そいつが、背後から覗き込むように現れた。
咄嗟に距離をとってデス13を呼び出す。
が、スタンドは出ない。
「ここはオレが支配する夢だ。お前のスタンドは持ち込ませない」
本来であれば、俺の言うセリフだ。
「もう逃げ場はない。散々に痛めつけた後、殺してやる」
「お前に恨まれる云われはないはずなんだがなぁ」
「あるんだよ、それが」
「懺悔を望むなら、理由を話してみろ。もしかしたら、勘違いかもしれないぞ?」
「勘違いなぞあるものかッ!」
いつの間に近づかれたのか男が手の甲で叩き上げてくる。
「お前が、……お前が生まれなければオレはこんな姿になることはなかった! お前のせいで、オレは――」
感情の昂ぶりを攻撃と転化して殴り、蹴り、切り上げ、けれど殺さない。
殺意がないのではない。これは奴にとって、過去を終わらせる儀式なんだ。
「ふぅ……」
一息が聞こえる。
身を守るように抱えた腕の隙間からハットを整える動きが見える。
憎しみに燃える瞳の奥に、知りもしない光景が飛び飛びに映されている。
「――Dio様、この部屋は?」
「――私の実験室だ。吸血鬼となった私は日の光を浴びることができん。その弱点を克服する必要がある」
「――充分にお強いと思いますが……」
「――強さとは、欠点を持たないということだ」
「――どのような実験を?」
「――吸血鬼は日を浴びない限り不死だ。矢を刺しても死ぬことがない。私の望みを叶えるに能うスタンド使いが生まれるかもしれん」
「この子を助けて。外に出して――」
「――あの妊婦に矢を刺してからだ。この部屋への出入りが制限されている」
「――ここは絶好の隠し部屋になります。ぜひ、財産の保管はここに」
「生まれる――。外を、見せてあげたい」
「――日を浴びればお前は死ぬ」
「――ガキが起きている時は外に出られない」
「ここはッ! ガキの夢の中かッ?!」
「坊や――。これが観覧車……」
「ガキはどこに行ったッ? 女もいないッ!」
「出られない……?」
男が己に放った火が瞳の憎しみの炎と混じり合う。
「お前を殺せばオレも外に出られる」
爪を撫でて恍惚な表情を見せる。
おそらく五年。コイツはあの部屋に閉じ込められていた。夢の中であるために死ぬこともなく、使えない財産に囲まれてただ待っていた。俺を殺す、その日を。
「そこで、何をしているの?」
女の声が沸いて出る。
意図せぬ来客であったことは男が目を見開いているのことでわかる。
当たり前だ。あの客は俺が呼んだ。
「デス13は夢に出るだけじゃあない。人を夢に誘う」
殴られながらも現実の世界でスタンドを使って近くの様子を探っていた。
どうやら、気絶した俺とホル・ホースはあの女によって病院へと運ばれていたようだ。
女はベッドの横で俺たちが起きるのを待っているようだった。
「そいつを呼んだ」
女ではなく、デス13だ。
「呼んだ、からどうだと言うのだ。逃げるしか能がないクソガキが!」
「……」
「今逃げたところでお前が夢を見る度にオレはお前を殺しに出るぞ」
「なら、倒すしかねぇな」
何か一つ、刺激を与えれば爆発しそうな緊迫感が充満する。
だが、発生した刺激に敵意はなかった。
「子供を相手に穏やかでない言葉ですね」
女が割って入る。
品のいい柔らかな物腰と相反して強い意志を持った瞳が男を射抜く。
「つくづく、興の冷める悪戯だ」
男は裏拳で女の頬を打って退かす。
気概がいくら強かろうと踏み堪えることはできず、地に倒れ伏す。
「次はお前の番――」
言うより早く鎌で頸を刈る。
「――だ」
声を残して頭部が地面に転がる。
だが、顔は笑っている。
「やれやれ。せっかちだな」
「やはり、死なないか」
「お前の夢の中でオレは五年も過ごしてきた。今となってはお前よりもこの夢をうまく扱える」
ふわりと生首は浮かんで元あった場所に戻る。
調子を確かめるように首を左右に動かす。
正直言って、どん詰まりだ。
夢の中に住まうコイツは死なないで眠るたびに襲ってくるが、こっちは精神を削られ続ける。今、決着を着けたいが解決策は浮かばない。
こういう時は逃げるが一番だ。
「逃げようと思っているだろう?」
驚き、けれど行動する。
デス13で夢を抜けようとする。が、動けない。
金縛りだ。
「言っただろう。お前よりもうまく扱えると」
「クッ……!」
「このままなぶり殺しにしてくれよう」
爪が額を突く。
ひっかくように下に振り抜いて鼻をこそぎ落される。
痛い、だのに叫び声すらあげられない。
呼吸をする必要のない夢の中であるのに肺に血が溜まるのを感じて苦しくなる。喉に絡んだ血痰が微動する舌に登ってきて泡となって口を塞ぐ。
意識が飛びそうになる。
夢の中で気絶したらどこに行く?
どこに行くこともなく、苦しいままの意識が目前を認識する。
奴は笑っている。同じ苦しみを味合わせることが叶って喜んでいる。
血泡が解けて口の端から流れていくことで呼吸が楽になった。
「苦しいだろう? 夢の中では気絶すらできない。苦しみのピークを常に感じることになる」
左目を抉られる。
脳を貫く鋭い痛みが走る。開いた穴から熱が吹く。
痛い、痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイッ――――――――。
すべての感情が支配される。
薄く残った意識で思考を繋げようとするも痛みで上書きされてしまう。
本来であればデス13によって治すことができるはずなのに、それができない。アイツの方が支配権が強いということか。
鋭く熱く脳を溶かしていた痛みが鈍く重くなると共に思考が戻ってくる。
できれば何も感じたくも考えたくもないのだが、奴の言う通り夢の中では気絶できない。
次は右目か、それとも耳か、はたまた腕や足、内臓をやられるかもしれない。
だが、何も来ない。こちらの痛みが引き切るまで待つつもりかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「退け、女。お前に用はない」
俺を抱くように覆う女がいる。
「退きません。あなたがどこのどなたで、どのような恨みをこの子に持っているかは存じません。ですが、子供を痛めつける行為を見過ごせと言われて肯くことはできません!」
「だったら死ね」
爪を振り下ろす。
何度も、何度も。
その度に女の体は萎縮し、抱く力が強くなる。傷が肺に達したのか血を口から溢し、涙を流し、悲鳴を堪える。
なぜ、そこまでするのか。理由がない。理解ができない。
「なぜ?」
思わず問う。
「子供が……優し、く……されるのに疑問を、……抱く必要は、ない……のよ……」
女の耳には半欠けのハート型イヤリングが付いていた。
背を削られながらも、子を抱いてあやすように一定のリズムを刻んで手を動かす。子守歌でも聞こえてきそうなほどに心地よい。
夢の中で見る夢がある。
「――坊や、あなたは外に出るべき子」
「――泣かないよい子。けど、泣いてもいいのよ」
「――夢はいつだって楽しいものよ。怖くない怖くない」
「――扉が、開いているわ」
これはただの夢だ。
俺の生まれとは関係なく、ただ眠っている時に見ているだけの幻想に過ぎない。
「死んだか? いや、夢の中だから死なないか」
コイツは勘違いをしている。
夢の中で死なないのはコイツが夢の中に体を持ち込んでいるからだ。悪夢の中で傷つければ現実の体にも傷がつく。このまま放っておけば女は死ぬ。俺も気絶しないだけでそのうちに死ぬ。でないと、コイツはどのみち出られないと言うことに気付いているだろうか。
「無駄な労力を支払ってしまった。実に無駄だ」
それと気づいたことがある。
コイツは夢を支配できていない。やったことは俺を金縛りにしたことと自身の肉体の損傷を治しただけで、攻撃は常に爪である。夢を支配できていないから、外にも出られないし、女の排除も直接的にしか行えていない。
「お前は、ただの哀れな男だ」
「何?」
「自分の失態で閉じ込められただけのバカだ。Dioに媚びへつらって小銭を稼ぐしか能がない阿呆だ」
「お前が何を知っているッ」
「知らねぇさ。知る気もねぇ。だが、お前をぶっ殺す方法は思いついた」
「やれるのか?」
あざ笑う。
何もできないと高をくくって見下している。
「わからないのか?」
すでに俺は金縛りから解放されている。
呼吸は正常にできているし、左目も見えている。腕の中の女は意識は朦朧としているが傷が治っている。
「支配権は俺にある。ここは、俺の夢だッ!」
だが、半分は奴が支配しているのも事実。
だから、ほんの少しだけ後押しが必要だった。
デス13で付けた傷は現実の肉体に反映される。女の体に隠れて奴からは見えなていない右腕に文字を掘る。
忌まわしい花京院の策だ。書いた文字は違うがな。
『SHOOT』
「撃て。――ホル・ホースッ!!」
エンペラーの弾丸が右腕を砕いて現れる。
弾道をデス13で調整して野郎の額を撃ち抜く。
「こんなもので……ッ」
奴が支配しているのは所詮、この夢だけだ。
外から取り込んだものは操れない。
ダメ押しでズタズタに切り刻んでいく。
切り口からは火が噴出し、焼け爛れた皮膚を改めて焼いていく。
「死ぬワケガナイッ! 死なないから、覚めないのだからッ」
夢を閉じる。
操れていなかった世界がすべて手中に収まるのを感じる。
小さく細くなっていく遊園地。歪んで軋む不細工なアトラクションの数々。
「まだ……まだ死んでいないぞッ!」
往生際悪く上半身だけで、もがいて食いついてくる。
「オレも、外に――」
「お前に見せてやる世界はない」
徐々に徐々に、夢から覚める。
コイツを連れて出てやるつもりは微塵もない。
刻んだ体を修復しつつある野郎に今一度、全力のスタンドパワーを叩きこむ。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!!」
「――――ッ」
「夢の中で眠れ」
「この扉をよぉ、また開ける必要があるのかよ?」
「当たり前だろ? ここにはお宝が眠っているんだからな」
腕の怪我を治すのに眠り直したが、野郎は出てこなかった。
女に事情を説明するのも面倒なのでとっととズラかろうと思っていたのだが、ホル・ホースによってまたも館に連れられてきてしまった。
「お前さんの能力がどう作用して『開かずの扉』を作ったかは知らねぇが、要はもう、開かずではなくなったんだろう?」
「そのはずだ」
あの部屋はおそらく、スタンド発現当時の揺らめきによってできた能力の残滓みたいなものだ。無意識にあの部屋を誰にも干渉されないようにしようとした結果だろう。
扉に手を掛け、開く。
前に開いた時と違って射し込む陽光は闇に飲まれず室内を照らす。金、銀、宝飾、骨董、絵画、各国の紙幣。そして、丸焦げになった男の死体。
「うへぇ。アイツは焼身自殺をしていたんだな」
「……」
財宝の部屋とは別にもう一室あった。
陽の光も届かない部屋を照らすために懐中電灯をつける。そこには何も置かれおらず、壁は石で削った白い線が無数に刻まれている。
「ここがお前さんの母親がいた場所さ」
「知ってたのか?!」
「お前さんをこの部屋から連れて行ったのは俺だからな」
「どういう事だ!?」
「俺も詳しいことは知らん。だがな、この部屋から出てきて陽の光に溶かされながらもお前さんを外に出してやろうとした覚悟は知っている」
「だから、俺をここに連れてきたのか」
「お前さんのためじゃあないぜ」
壁の傷はへたくそな遊園地の絵だった。ジェットコースター、観覧車、メリーゴーランド。
「俺は女性に敬意を払っている。お前さんはこの部屋のことを知っておくべきだ」
「本音は?」
「お宝が眠ってるのは夢見が悪い」
つまらん冗談を言い合いながら、さてこれからどうしようかと笑い合う。
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