白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 第21話 『あの時の公園で。「結局……計佑くんは、私のことキライなの……?」』
<21話>
計佑たちが帰宅した後、雪姫は自己嫌悪で酷く落ち込んでいた。
──……いったい何をやってるの……私……
計佑の頭を抱き込んで、自分の胸に埋めるだなんて。それも、まくらやアリスが見てる前で。
──……完全に、痴女じゃないの……
ズブズブと落ち込んで、机に突っ伏してしまう。
まくらのフォローで、とりあえず場は収まったようだったけれど、
本当に『病人を抱きかかえてあげただけ』という範疇に収まる振る舞いだったかは、甚だ怪しかった。
でなければ、あのまくらが睨みつけてきたりするとは思えない。
──……まあ……それでも、あの計佑くんならきっと納得してしまうんだろうけど……
あの初心な少年の場合、多分まくらから与えられた理屈に飛びついて納得してしまう筈だ。
……一応は、幸いなことに。
しかし、ああいう鈍すぎる相手だからこそ、自分があんな愚挙に及ぶ羽目にもなった訳で。
そう考えていくと、ため息が出てしまう。
今日はアリスまで泣かせてしまった。
素直なコだから、目を合わせて
「計佑くんが貧血で倒れてきたから、心配になって抱きとめてあげてただけよ」
と雪姫からもそう口にしたら、信じてくれた。……罪悪感で、ちょっと胸が痛かったけれど。
まくらにも後で電話で詫びたが、
『いえ、私も似たような事やっちゃった経験あって……雪姫先輩の気持ち分かるし、責める資格とかなかったんですよね』
と苦笑した感じの声で慰めてまでくれた。本当にいい子だと思う。
「……はぁ……」
また溜息がもれた。時刻を確認する。
いつもならアリスが一緒に寝ようと、部屋を訪れてくる時間を過ぎていた。
『今日はちょっと疲れちゃったし、一人にさせてくれる?』
そう伝えておいたので、アリスがこちらに来ることはなかった。
そして、また物思いに耽る。
なんであんな恥ずかしい真似をする羽目になったのか……そこに戻って。だんだん、少年への怒りが湧いてきた。
──……なんであんなコトにって……そもそも、計佑くんが悪いんじゃない……!!
上げて落として上げて落として。
どれだけこちらを振り回せば気が済むのだろうか。
いくらなんでも悪質すぎると思う、今日のは。
──そりゃあ、わかっててやってるワケじゃないんだろうけど……
というか、分かっていてやっているならドSとかいうレベルではない。
──それにしたってあんまりだよ……!! 絶対普通じゃないよ……!!
好きだと言ってきている相手を前にして、普通あんな風に他のコといちゃつく姿を見せつけたりはしない筈だ。
普通の男の子とは違ったからこそ、こんなに好きになってしまったのだけれど。
愛しの少年は、悪い意味でも普通ではなかった。
はぁ、とまたまた溜息をついて。計佑とアリスの仲睦まじい姿を思い出す。
──……計佑くんは、アリスのコトは子供みたいにしか思ってない。それは間違いないんだけど……
にしても、あのいちゃつきっぷりはどうだろう。
あの仲の良さは、今の雪姫が憧れる姿をまさに体現したものだった。
計佑とまくらのような遠慮のなさすぎる関係は、今の自分には刺激が強すぎる。
それは先日の部活で思い知らされた。
しかし計佑からアリスへのそれは、気安さこそまくらに対するそれと変わらないが、
優しさがまくらへのそれとはまるで違っていて、今の自分が憧れている姿そのままだったのだ。
──……私だって……だっこされたり、髪を梳かれながら褒められたりしてみたい……!!
子供みたいなアリスに嫉妬するというのも恥ずかしい話だったけれど、それが正直な気持ちだった。
──それに……どんなに小さく見えてもアリスは中二なんだし……
計佑と2つしか違わない少女。そう考えれば別に嫉妬してもおかしくない筈だ。そして。
──……2つの歳の差……それは私も同じなんだよね……
雪姫は、自分が計佑より歳上というのをあまり気にした事はなかった。
最初の頃こそ、計佑に対して可愛いと思う事は多かったものの、
じきに彼に依存する部分が強くなっていって、今では自分の方がかなり甘えてしまっているからだった。
──……歳のことは気にしてなかったんだけど……でもっ、実は計佑くん、年下の方が好みだったりするのっ!?
以前に島で聞いた時には、一番意識している女のコは自分だと答えてくれた。
けれどあの時には、アリスとは知り合っていなかった訳で……
──もしかして今、計佑くんの『彼女』に一番近いのはアリスだったりするっっ!!?
今夜の様子からすれば、アリスも満更ではない筈で。
計佑だって、ドキマギさせられてばかりで緊張する相手より、
安心して傍にいられる相手を、やがて好ましく思うようになるかもしれない。
──そうだよっ、私自身だって『安心できるヒト』って理由から、計佑くんのコト好きになっていったじゃない……!!
そう気づいたら、いてもたってもいられなくなってきた。
ガバっと立ち上がると、落ち着かない様子で部屋をうろつき始める。
──……いやいや、待って待って……それも早急すぎる考え方じゃない?
いくら初心な少年といっても、いつまでも自分に対してドギマギばかりし続ける訳ではない筈だ。
現に今日だって、初めて計佑の方からまともに触れてきてくれたじゃないか。
経緯は違うかもしれないけれど、
過ごす時間を重ねていけば、より仲良くなれるというのはこちらだって変わらない筈で。
──……そうだよ……つまり、どちらが有利かなんてまだ分からない訳で。
……じゃあそれを知るためには……計佑くんの好みが分からないと……
正面から聞いても、一応答えてはくれるだろう。
けれどあの鈍い少年の場合、自分の好みすら自覚していないかもしれない。
彼の本当のところを知る為には……言葉よりも、素の反応を伺いたい。
そんな風に考えて、1つのアイディアが浮かんだ。
……計佑のことに関しては時々バカになってしまう少女は、この時にはそれをいい考えだと思っていた。
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次の日の講習終了後、部活前。計佑はメールで、雪姫から屋上へと呼び出されていた。
──本当に、ホタルは寄って来なくなっちゃったな……
計佑は階段を登りながら、午前中の事を思い返す。
一人はイヤだというホタルだから、当然学校にもついて来たがった。
小さい子だから、一人きりにするのは確かに忍びなく許可したのだが、
流石に学校ではそうそう相手はしてやれなかった。
けれど、傍にいるのに無視されるというのも耐え難かったらしい。
「……ガッコウの時のケイスケはあんまりすきじゃないかも……なんか他のトコいってくる……」
そう言い残した後、ホタルは姿を見せなくなった。
──帰ったら、しっかり遊んでやらないとな……
そんな風にホタルを心配する気持ちはあったが、今ここにホタルがいない事にはホッとしている部分もあった。
──あいつ、なんか先輩のコト嫌いらしいもんな……一応、もうイタズラしないとは約束してくれたけど、やっぱ傍で睨まれてるとかだと、落ち着いて話せないし。
雪姫と二人きりで話す時間は、そわそわと落ち着かなかったりもするけれど楽しい時間なのだ。
無粋な邪魔はないに越した事はなかった。
本来は施錠されてる屋上だが、雪姫が委員特権を使ったのか鍵は開いていた。
ドアを開けきる前にノックを忘れていたことに気づいて……それはいくら何でも気にしすぎだろと苦笑して、屋上に出た。
──……へぇえ……初めて来たけど、やっぱこういうとこって気分いいよな……
柵は低めで、無骨なフェンスもない。まあそれだけに、普段は施錠されているのだろうけれど。
夏の日差しは厳しかったが、それでもしばしそこからの眺めに気を取られて。やがて、雪姫の姿が見えない事に気付いた。
──あれ、先輩まだなのかな? でも先に来てるって話だった筈だけど……
時間を指定されての呼び出しだった。鍵だって開いていたのだし、もういる筈なのだが。
「けーすけっ!! 遅かったじゃないかっ!!」
突然、後ろから怒鳴りつけられた。
どうやら給水タンクの裏にでも隠れていたらしい少女からの、いきなりの怒声に軽く驚かされて。
「おい、いきなり大声出すなよアリ、ス……」
声や、自分の名前のイントネーションからしてアリスだと判断して振り返った少年の前にいたのは、別の人物だった。
一瞬、誰だかわからなかった。
中等部の制服を着ている。それはアリスと同じだ。
長い髪に二匹のウサギちゃん髪留めをつけて、ツーサイドアップにしているのもアリスと同じだ。
けれど身長はアリスよりずっと高いし、顔立ちだってアリスにくらべたら遙かに大人びている。
──そんな雪姫が、顔色は林檎みたいにして。
突っ張っている時のアリスみたいに両拳を握りしめて、一生懸命こちらを睨みつけてきていた。
そんな雪姫のコスプレ? 姿を、訳がわからないまま、呆然と眺め続ける事しか少年には出来なかった。
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ぽかんとしたまま突っ立っている計佑を前に、雪姫はグルグルしてきた視界と必死に戦っていた。
──……や、やっぱりこれおかしかったかな!? ていうか、おかしいに決まってるよね!?
昨夜思いついた時には、いい考えだと思ったのだ。
でも睡眠をとってすっきりした頭で考えたら、ようやく何かが間違っている事に気づいた。
けれど昨夜のうちに制服などの準備は済ませていたし、結局学校へと持ってきてしまい。
おかしいのは気づいていながらも、
計佑の事を考えると、どうしてもそのアイディアを捨て去る事も出来なくて──結局今に至っているのだった。
──……ていうか、いつまで計佑くんも固まってるのっ!? まさか私がわからないってワケじゃないよね!?
見知らぬ人間に声をかけられただけなら、いつまでもぽかんと突っ立っている筈もない。
という事は、ちゃんと雪姫だということは分かってはいるのだろうけど……いくらなんでも驚きすぎだろう。
──……それとも、そこまで変なコトしちゃってるのかなっ、私……!!
そう考えてしまうと、いよいよ爆発しそうになってきた。
サラシにぎゅうぎゅうと締め付けられた胸も苦しいし、限界にきて、
「いっ、いつまでマヌケな顔して人の顔見てんだよっ!? このロリコン!!」
もう一度アリスの口真似をして、計佑の様子を伺った。
──それに対して、果たして少年は……
「ははははははは!! なっなんすかそれ!! はははははっ、にっ似てるけど!!
なんでいきなりアリスのモノマネなんですか!? あっははははははは!!!」
……思いっきり、爆笑してくれたのだった。
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雪姫の葛藤に気づいてやれる筈もない鈍感少年は、腹を抱えて笑っていた。
雪姫に対しては緊張を伴うことも多い少年・計佑が、雪姫を相手にここまで爆笑できたのは初めてかもしれない。
予想だにしなかった雪姫のギャグ(と思っている……)に笑い転げていた少年は、
少女が耳まで赤くして、瞳に涙を盛り上げていく様に全く気づかなかった。
「……計佑くんのバカァ!!!!」
「ははっはははっ……え……?」
雪姫の怒声が聞こえて、ようやく笑いを収めて顔を上げた少年の視界には、
身を翻して屋上を駆け出していく雪姫の姿があった。
「えっ? 先輩、あの……」
バン!! と乱暴にドアが閉められて、少年は一人取り残されてしまう。
「……え……? は……?」
──……え? ギャグ……でしょ? 何で笑ったら怒られんの……?
本気で不思議がる、お目出度い少年だった。
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「あっ計佑。遅かったじゃない。なにやってたの?」
その後、計佑が先ほどの雪姫の態度に納得が行かないながらも部室に行くと、そこにはまくらだけがいた。
「んー……いやちょっとな……」
雪姫のギャグ──ギャグだと思ってたコスプレ? だが、笑ったら怒りだしたのだし何か違うのかもしれない。
一応それくらいまでは察した少年だったので、まくらに先刻の事は話さなかった。
──そもそも誰にでも見せていいと思ってるのなら、オレだけを呼び出したりもしなかっただろうし……
しかし、計佑にわかるのはそこまでだった。気にはなるが、今は部活の時間でもある。
テーブルを挟んでまくらの斜め向かいに座ると、気を取り直して今日の活動について切り出した。
「茂武市は今日はパスだって。アリスの予定はなんか聞いてるか?」
「さっきちょっとだけ顔を出してったよ。今日は友だちと遊ぶ予定が出来たから、やっぱりパスだって」
「そっか……まあアイツ、今までも殆ど顔出してないもんな。
なんかオレらのコト勘違いしてココに来てただけみたいだし、もう今後は来なかったりすんのかな……」
遠くを見つめるような顔をして呟く計佑に、まくらがため息をついた。
「……アリスちゃんなら来るよ。ていうか、来ないワケないでしょ……」
「え? なんでだ?」
まくらの言葉の根拠がわからず尋ねると、まくらがジト目になる。
「……雪姫先輩がいるからだよ。先輩にあんなに懐いてて、
そんでもう先輩にこそこそする必要もなくなったんだから、
これからは普通に来るようになるよ。……それだけの話って計佑は思ってればいいよ……」
最後は呆れたように言われ、『それだけの話?』と一部ひっかかりはしたけれど、一応納得した。
「あー、言われてみればそりゃそっかー」
などと呑気に頷いている少年を睨んでいたまくらが、
「……ホント、この鈍感王は……」
そう呟いて、もう一度溜息をついてから表情を改めると、計佑に尋ねてきた。
「ねえ、その雪姫先輩なんだけどちょっと遅いよね? どうかしたのかな?」
「……あー……先輩は……今日は来ないのかもな……?」
「えっ何? なんか聞いてるの? 今日は私、勉強見てもらえるって話になってたんだけど……」
その言葉で、まくらの前を見た。
確かに教科書やらノートが広げられていて──
「……数学か。確かにオレには教えられんよな……それで白井先輩か」
成績はいい方の計佑だったが、苦手な科目となると、一応は平均をクリアといったところで、偉そうに人に教えられるレベルではなかった。
……まあそれでも、まくらよりは出来る方なのだけれど。
ともあれ、屋上の一件も思い出して苦い顔を浮かべてしまう計佑に、
「……まさか計佑。また何か雪姫先輩にやっちゃったんじゃないでしょうね?」
「またって何だよ、またって……」
計佑の表情で何やら読んできたらしいまくらのセリフだったが、
──さすがに今回は自分に悪いところはなかった……ハズだ。ハズだと思う。……だといいな……
だんだん自信がなくなってきた。
「やっぱり何かやったんでしょ……」
変化していく計佑の表情から、またまた察したらしいまくらが問い詰めてくるが、
「いや、オレにもよくわかんないんだよ……ただ──」
──ガラッ
弁解を始めようとしたところで、ドアが開いた。
「あっ雪姫先輩!! こんにちは~」
「こんにちは、まくらちゃん。遅くなっちゃってごめんね?」
──あ、よかった……先輩、ちゃんと来てくれたんだな……
怒って、今日はもう来てくれないのではと危惧していたので、雪姫の登場にホッとする。
謝罪するなら、やはりちゃんと顔を合わせてやりたかった。
──……けど、まくらがいるのにさっきの話もマズイんだよな……? 人には知られたくないんだろうし。
そんな風に考えている間に、雪姫は計佑の横を通り過ぎて、まくらの隣──計佑の正面──に座った。
「ちょっと計佑。雪姫先輩に挨拶くらいしなよ……何ぼけっとしてるの?」
「あっああ、そうだよな……すいません、先輩」
まくらに窘められて、頭を下げた。『実はついさっき会っていた』事は、とりあえず秘密なのだろうから。
雪姫もニッコリと笑って、言葉を返してくれる。
「ううん、いいよ別に……"目覚くん"」
──ピシリと、空気が凍った。
「……ゆ、雪姫先輩……? あ……あれ?」
凍りついてしまっている計佑に代わって、まくらが雪姫に疑問符をとばした。
「ん? どうしたのまくらちゃん? さあ、遅れた分急いで勉強始めようね」
「あっ、はっはい……!!」
雪姫のニッコリとした──しすぎている──笑顔に気圧されて、慌ててノートを覗きこむまくら。
やがて、ようやく氷が溶けた計佑が、おそるおそる雪姫に声をかける。
「あ、あの……先輩……」
「なにかな "目覚くん"? 勉強のジャマしないでね」
シャットアウトだった。
こんな状態の雪姫に食い下がるなど、彼女にはめっぽう弱い少年では出来る筈もなく。
──やべぇええええ!? 先輩めっちゃ怒ってる!! なっ、なんで!? あれ笑ったの、そんなにマズいことだったのか!?
雪姫をスネさせたり怒らせてしまった事は今までもあったが、今度のは全く規模が違う気がする。
ダラダラと脂汗を滴らせながら、救いを求めてまくらに目をやった。
するとまくらも、ちょうどこちらを見てきていて視線が合った。
"ちょっと!! いったい何やったのよ!?"
"わかんねーよ!! なんでここまで先輩怒ってるのかさっぱりなんだよ!!"
"絶対計佑が悪いに決まってる!! 責任とって早くなんとかしてよねっ!?"
"むっ無理!! オレには無理!! 頼むっなんとかしてくれまくらっ!!"
"いっいやよ!? いくらなんでも、地雷原に突っ込んでまで助けてあげる気はないからねっ!!"
"そんな事言わずになんとか!! もうヘタレでもなんでも認めるから、助けてくれよっ!!"
"なっなに開き直ってんの!? 諦めたらそこで試合終了だよ!?"
長年の絆で培われた驚異的な勘を駆使して、表情だけで激しく会話を繰り広げる二人。
そんな二人に仮面の笑顔を保てなくなって、
目を吊り上げていく少女がいたのだが、計佑たちはさっぱり気づかなかった。
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──なによなによなによ~~~~!? 何二人だけで語り合っちゃってるのよ~~~っ!!!
仮面が保てなくなって、頬がひくつくのがわかった。
それでも、膨らんだ怒りのせいで仮面をかぶり直すのは不可能だった。
──わたし、すっごく怒ってるんだからねっ!!
今はまくらちゃんじゃなくて、私に気を回すべきところじゃないのっ!?
今、計佑は全力で自分に構うべきなのに。構ってくれなきゃいけないのに。
──計佑たちは雪姫が激怒していると考えていたが、結局の所すねているだけの話だった──
なのに、自分のことをほったらかして、
まくらと仲良さそうに(?)、言葉も使わずに分かり合っている姿に、ますますイライラが募った。
──~~~っ!! もう我慢できないっ!!
"げしっ!"
イライラをぶつけたくて、計佑の気を引きたくて──机の下で、少年の脛をけりつけた。
「っっっ!?!!?」
計佑がビクリと仰け反って、ようやくこちらに視線を戻してきた。
けれど、ビクビクオドオドとこちらを伺うだけで、何も言ってはこない。
──……なによ、そんな顔で……
なんだか悲しくなってきてしまった。だって、今はそんな怯える少年が見たかった訳ではなかった。
「……バカ……」
雪姫のその小さな呟きにも、やはり計佑は何も返してはくれなかった。
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結局、この日の部活は気まずい時間が続いてしまい、早めに切り上げる事になった。
雪姫が最初に帰り、それでも計佑は追う事も出来ずに見送って。今はまくらにジト目で睨まれていた。
「……ホント、なにやってるの計佑……ここは追っかけてちゃんと謝ってくるとかさあ……」
「……いや、だって何で怒ってるのか分かんない状態で謝ってもさ……それもダメだろ……」
一番の理由はヘタレているせいだが、一応正論で答えてみせる計佑。
「ホント、鈍いダメ兄だなぁ……理由はともかく、きっかけくらいはわかってるんでしょ?」
「ああ……まあそれはわかってるんだけど……」
「じゃあそれだけでも私に話して。バカ兄にわかんなくても、私には多分わかるからさっ」
まくらがにぱっと笑ってそう提案してくれた。けれど、
「……いや、やめとく。自分で考えてみる」
断ると、まくらがまた呆れ顔になった。
「ちょっとー、まだ恥ずかしいとかそういうヘタレたコト考えてんじゃないでしょーね?
もう今さらなんだから、意地なんて張らないでさぁ……」
「いや、そうじゃなくてさ。確かにオレはガキでバカなんだろうけど、
だからこそ自分で考えて、気づかなきゃならないコトじゃないかと思うんだよな……これは」
今度はヘタれた考えではなく、本心でそう答えた。
……まあ、確かにまくらの言うとおり、妹分に情けない心情を晒したくない気持ちもあったけれど。
しかし計佑のその言葉は、まくらには意外だったようで、しばらくぽかんとしてみせると。
「……へぇ……計佑もちょっとは成長してるんだねぇ……」
「……うるせーよ。そりゃちっとずつぐらいは進歩するさ……多分だけど」
やはり自信はなくて、最後には苦笑して言葉を付け足してしまうと、まくらも笑った。
「まあ、計佑がそう言うんならとりあえず口出ししないけど。
でも本当に困ったらちゃんと言ってよね? 私だって計佑の力になりたいんだからさっ」
そのまくらの笑みはちょっと寂しそうだったが──
──なんだよ、俺に偉そうに説教出来るチャンスを逃したとでも思ってんのか……?
この鈍い少年が考えるのは、そんな事くらいだった。
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夕方になって帰宅した計佑は、まずホタルを探した。
──やっぱりいないのか……
校内や道中でも一応ホタルを捜しながら帰ってきたのだが、見かけることはなく。
そして家に着いた今もやはりいなくて、少し不安になる。
──随分寂しい思いさせちゃったからな……しっかり遊んでやりたかったんだけど。
ただ、今の自分には考えなければいけない事もあった。
ホタルがいないなら、まずはそちらの答えを出そう……そう決めて。
ベッドに体を投げ出して、今日の雪姫のことを考える。
──笑ったら怒ったんだから、ギャグではなかったのは確かなんだよな……
そこまでは分かっている事だった。
──オレだけを呼び出してたみたいだから、オレだけに見て欲しかった……?
昼間にも一応思った事だが、多分これも合っている筈だ。
──アリスのモノマネ……アリス?
窮屈そうな格好をしてまで、アリスの真似をする事に何の意味があったのか? それが分からないのだけれど……
──オレにアリスのモノマネを見せる……アリスのように見られたかったって事?
少年が、一歩正解に近づいた。
──アリスのようにって……え? そういえば昨夜……
計佑がアリスの髪を褒めていると、突然これ見よがしに雪姫が髪を解いてみせたりしてきて。
そしてアリスが──『お姉ちゃんも褒めてほしいんだよっ』
──……ええっ!? ま、まさかそういうコトなのかっ!?
ピシャーン!! と雷に打たれた気がした。ガバッと体を起こし、手で口を押さえて。
──ウソだろっ……!? まさか先輩っ、焼きもちであんなコトしてきたってのか……!?
ついに正解にたどり着いた少年だが、まだ半信半疑で。
──えっ、だって……あの白井先輩だろっ!? まさかオレなんかにっ……あっいや、でも……
雪姫が自分の事を本当に、それも凄く好いてくれているらしい……それは昨夜、計佑が漸く理解した事だった。
──ヤベっ……自惚れかもしんねーのにっ……なんかニヤケてきちまう……!!
雪姫が焼きもちを妬いてくれた。
やっぱり、そんなに自分の事を好きでいてくれるんだ──そう思うと、ニヤニヤが止まらない。
顔が熱くなって、誰もいないのに顔を膝に押し付けて隠してしまう。
──いやっ、これが正解って確証はまだないんだけど……
でもっ、もしそうなら先輩がキレんの当たり前じゃねーかよっ!? 何してたんだオレ……!!
嫉妬からの行動をバカみたいに笑い飛ばすなんて。
ようやく自分がしでかした事に気づいて、舞い上がっていた気分が一気に冷めた。ガバっと顔を上げる。
「どっ、どうしよう!? 早くちゃんと謝らないと……!!」
動揺で独り言が口をついた。ケイタイを手に取る。……しかし。
「……でもどう言えば? 先輩むっちゃ怒ってるみたいだったし……なんて言って謝ればいいんだよ……?」
ここにきてまたヘタレが入ってしまう少年。
うがーっ、と頭を抱えたところでメールが届いた。
──雪姫からだった。
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計佑たちを置いてさっさと帰宅してしまった雪姫は、その後勉強にも身が入らず。
悶々としたまま、ベッドの上で夕方を迎えていた。
……勿論、あれから計佑には何も言っていなかった。まだ怒りが収まってはいなかったからだ。
──そりゃあ今日の私の態度もどうかとは思うけど……でも、最初にヒドイ事してきたのは計佑くんだもん……!!
自分でも可笑しいのは分かっていたのに。それでも恥を偲んでやったのに。
……本気で笑い飛ばされてしまった。
結局、計佑の本心を探るどころではなかった。
──恥をさらした挙句、ケンカになっちゃっただけ……ホントに何やってるの私……
昨夜のように、また落ち込み始める。
──……今日の私……やっぱり感じ悪すぎだったかな……
屋上の一件で腹を立てた後での、放置プレイのコンボに、ついキレてしまった。
それで少年の脛を蹴りつけまでしてしまったのだけれど……
そこまで力は入れてなかったとは思うが、場所が場所だけに結構な痛さだったかもしれない。
──……私から謝ったほうがいいのかなぁ……
計佑が、あそこまで怯えた表情で自分を見つめてきたのは初めてな気がする。
脛を蹴りつけたのも流石に悪いと思うし、やはりこちらから謝ろうかという気持ちが湧いてくる。けれど──
──……でも……それもなんか悔しいし……
昨夜から悶々とたまり続けたストレスが、どうしても素直に謝らせてくれなかった。
「う~~~~……ん~~~~!!」
枕に顔を伏せて、ひとしきり唸って。
「……よし!!」
──決めた!! 一言だけメールを送る!!
こちらから謝るのも抵抗があるけれど、もう怒り続けているのも嫌だった。
だから、"もうそこまで怒ってるワケじゃないんだよ" という意志を伝えることにした。
そうすれば、計佑の方もこちらに謝ってきやすくなる筈だ。
少年がいつまで経っても連絡して来ないのは、
きっと自分がまだ激怒してると思って、ヘタレてしまっているせいだろうから。
──昼間の様子から、また1つ計佑の事を理解した雪姫なのだった。
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『プイッ(~_~メ)』
雪姫から届いたメールは、1つの単語とクマの顔文字1つだった。
その、『まだ怒ってるんだから』メールに、しかし計佑は、ほっとした笑みを浮かべていた。
「……よかった……もうそこまでは怒ってないんだ」
雪姫の意図した通り、その顔文字つきメールは、計佑のプレッシャーを随分取り除いてくれたのだった。
「よし、じゃあすぐに謝って──」
しかし、そこで計佑は固まった。謝るという行為自体への抵抗はなくなったが、
なんといって謝ったものか……結局そこで、また詰まってしまったのだ。
──『ヤキモチですか? 気付かなくてすいません』
勘違いしている可能性だってない訳じゃないのだ。
もし勘違いだったりしたらと考えると──こんな文面、恐ろしくて送れる筈もなかった。
──『先輩に妬いてもらえるなんて光栄です。正直嬉しいです。ありがとうございます』
……って、だから勘違いかもしんないしっ!! そうじゃなくてもこんな恥ずかしいメール送れるか~~~!!!
恥ずかしさに悶絶して、ゴロゴロとベッドを転がり出した計佑に、由希子の声が階下から届いた。
「計佑~っ、ちょっと手を貸してー!!」
「え、あ~……ああ、わかったー!!」
──何か作業をしていれば、意外といい文面思いつけるかもしれないしなっ。
そんな風に、口実を見つけて。問題を先送りにした情けない少年は、階下へと降りていくのだった。
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計佑にメールを送った後、雪姫は母やアリスと夕食をとった。
その後、部屋に戻った雪姫は真っ先にケイタイを手にとって。
そして期待通り、計佑からの新着メールがある事に軽く胸を躍らせた。
──よかった、これで計佑くんと仲直りできるよね……
きっと計佑は謝ってきてくれて、そして自分も悪かったと謝り返して。それで仲直り。
そんな風に考えて、うきうきとメールを開いて──
『おまえなんかキライだ』
──その一文に、目を見開いて凍りついた。
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「あっ、ケイスケ!! おかえり~」
「おっホタル!! やっと帰ってきたのか……おかえりはこっちのセリフだよ」
計佑が由希子の手伝いを済ませて部屋に戻ると、そこにはホタルがいて。何やらご機嫌な様子で飛び回っていた。
「随分と遅かったじゃないか……どこ行ってたんだ?」
「えへへ~、なんかちょっとチカラがもどってきて、またモノをさわれるようになったから~。
色々なトコ行ってあそんできたんだ~」
ほらほら、といった感じでホタルは計佑の携帯を掲げて見せると、計佑のところに飛び込んできた。
「おおっ、よかったじゃないか!! ……念のため聞くけど、悪さとかしてないよな?」
携帯を受け取りながら、昨日の事を思い出して。意外と悪戯好きらしい子供に確認する。
「……えー? ……うん、やってないよー、ヒトのカラダに何かする、なんてことはねー」
ふいっと視線を逸らすホタル。そのセリフにひっかかった。
……後半の部分だけ強調していたような……
そこで、この部屋に戻ってきた時には既に、ホタルが携帯を手にしていたことを思い出した。
イヤな予感がして、ケータイを操作する。
……案の定、送信履歴が更新されていた。雪姫へのメールが、ついさっき送られている。
文面を確認して──愕然とした。震える口を開く。
「ホタル……どういうつもりだ?」
「……んー? なんのことかなー?」
「約束しただろう……もうイタズラはしないって」
「えー? 約束したのはケースケとかのカラダにって話だったよねー? イタズラぜんぶなん──」
「とぼけるな!!」
最後まで言わせなかった。ビクリと幼女が竦む。
「わかってるハズだぞ、ホタル。そんなふざけた事言ってると、本気で怒るぞ」
計佑の厳しい視線と声に、ホタルが怯んで視線を逸らした。
けれど、すぐに気を取り直したのか、視線は逸らしたままで言い返してくる。
「……ふ、ふーんだ。ケイスケが怒ってもこわくないもんねー。
わたしがその気になったら、スガタだって消せるしケイスケの体のジユウだってうばえるんだから。
だからケイスケがおこったって、ぜーんぜん──」
「おまえなんか嫌いだ」
またホタルの言葉を遮ってやった。──ホタルが雪姫へと送った言葉を、そのまま使って。
ホタルがビクリとして計佑と目を合わせてくる。大きな瞳をさらに大きく見開いて。
そんなホタルへと、さらに言葉を重ねた。
「好きなだけオレの体もいじればいいさ。でももうお前とは口も聞かない。完全に無視してやる」
子供には強い少年が、的確にホタルを責めた。
ホタルはみるみる大きな瞳に涙を溢れさせ、計佑に抱きついてくる。
「やっやだー!! ごめんなさい!! 謝るからー!! 無視なんてしないでー!!」
けれど、許さなかった。先の言葉通り、視線も合わせずにホタルの言葉を無視して。
「無視はやだー!! もうさびしいのはイヤなのー!!
……がっこうでケイスケたちに無視されたの、すごくつらかったのー!!」
──……っ……そうか……そりゃそうだよな……
その言葉で、もう怒りを持続出来なくなった。
昼間放置してしまった事は、計佑も申し訳なく思っていたことだから。
計佑の服に顔を押し付けてきているホタル。そんなホタルの頭に、ポンと手をおいてやった。
「学校のことは悪かったよ……どうしても人目があるところじゃあ、そうなっちゃうんだよな……
……家に帰ったら出来るだけ遊んでやるから、許してくれないか?」
「うんっうん!! もうぜったい悪いコトしないからー!! だからホタルのこともゆるしてー!!」
結局、計佑が先に謝って。
そしてホタルも謝りながら、頭をグリグリとこすりつけてくる。その頭を、優しく撫でてやった。
「ああ、お互いに悪かったから、お互いに謝った。じゃあもうこれで終わりにしよう」
「ホントっ!?」
がばっとホタルが顔をあげてきた。……鼻水まで垂らしたヒドい顔になっていた。
「ぷっ……ほらほら、せっかくのカワイイ顔が台無しだぞ?」
ティッシュで顔を拭ってやる。
それが終わると、もうホタルの機嫌は治ったようで、ニコニコと笑いかけてきた。
「えへへ、ゆるしてくれてありがとーケイスケ……ほんとーにごめんなさい」
ぺこりと頭をさげてくる姿に、苦笑が漏れた。
「……まあ、お前がホントに謝らなきゃいけないのは、オレじゃなくて──」
そこで、はたと気づいた。まだ雪姫に何の訂正も行なっていないことを。
「──やべぇえええ!? はっ早く先輩に……!!」
メールを打つ時間も惜しい。電話にしようと考えた所で──
『♪~♪♪~……』
……電話がかかってきてしまった。
──まっ……まさか……
そのまさかの相手──雪姫からだった。
一足遅かった。このタイミングでの電話……内容はわかりきったことだった。
硬直して電話に出れない計佑に、幼女ホタルが珍しく気まずそうな顔をした。
「あっあ~、ケイスケー、わたしちょっとまくらのところにいってくるねー、ごゆっくりー」
さっさと逃げ出すホタルに、
「責任とれよコラァアアア!!!!?」
思わず怒鳴ってしまっていたが、ホタルの声が雪姫には届かない以上、そんな事は無理で。
ホタルへの怒りでどうにか金縛りが解けた計佑が、諦めておそるおそる電話に出る──と、
『ごめんなさいっっ!!!!』
さっきとは違う少女からだが、また涙声で謝られてしまった。
「せっ先──」
『私が悪かったから!!! 全部私が悪かったからっ、お願い許してっ!!!』
「やっ、だから──」
『甘えてばかりでごめんなさい!!
暴力振るったりしてごめんなさい!!!
焼きもちなんか妬いてごめんなさい!!!!
全部謝るからっ、お願いっキライになんてならないでっ!!!!!』
ついさっきと同じような流れだった。
違うのは、相手が口を挟むことも許さない勢いでまくし立ててきた事で──
想像より遙かに傷ついている様子の雪姫に、計佑もいよいよ余裕がなくなった。
慌てて、とにかく言い訳を口にする。
「先輩っごめんなさい、落ち着いて!! 冗談!! あれは冗談ですから!!!」
ヒクッ、と電話の向こうで雪姫がしゃくりあげるのが聞こえた。
『……え……じょう、だん……?』
雪姫の声が落ち着いた。
「そう、冗談ですよ、冗談!! やだな~先輩、あんなの真に受けたりして……」
雪姫が落ち着いてくれたと安心して、少年は苦笑交じりに冗談だと重ねた。
……地雷を踏み直しているとも気付かずに。
『……なっ……なんでそんな冗談が言えるの……?』
その声は、また涙分が強くなってきていた。
──あ、あれ……なんかまた雲行きが……?
まだわかっていない少年。
『……ひ、ひどいよ……わっ私の気持ち知ってて、なんでキライなんて冗談が言えるのっ!!??』
叫ばれて、ようやくその酷さに気づいた。
「あっ!? いやっ!! それはっ、その……!!」
気付いたが、もうどうにも出来なかった。今更、それもウソだと言う訳にもいかない。
『なっ、なんでこんなぁ……ヒドすぎるよぉお!!!』
完全に雪姫が泣きだしてしまった。けれど、もはやなんと言ったらいいのかまるで分からない。
──あああ~もう~~!! ホントに何てコトしてくれたんだよっっ、ホタル!!!
ホタルへの恨み事を心中で叫んでいる間にも、雪姫がしゃくりあげながら、また言葉をぶつけてくる。
『あ、あんまりだよぉ……い、いっつも私のこと上げて落として繰り返して……!! そっそんなにっ、私のコト虐めるのがっ面白いのぉ? や、やっぱりホントは私のコトきらいなんでしょお!?』
「なっ……!?」
完全に気圧されていたが、まさかの言葉にぎょっとした。
「何でそうなるんですか!! 好きに決まってるでしょう!?」
思わず、大声を出してしまっていた。
『ひっ……!!』
計佑の大声に、雪姫が一瞬怯んで。またしゃくりあげた。けれどすぐに、
『……計佑くんが怒鳴った~!! な、なんで私が怒られるのぉ……わ、私悪くないのにぃ~……!!』
ガン泣きを始めてしまった。
「えええっ!!!? いっいやっ、別に怒った訳じゃ……!?」
慌てて否定しても、雪姫の泣き声はもう止まらない。そして計佑も、もうこの状況には耐えられなかった。
雪姫が泣いているというのに、電話越しの言葉しかかけられないなんていう──このもどかしいやり取りには。
「……先輩!! 今すぐ会いに行きます!! 絶対に誤解だってわかってもらいますから!!」
─────────────────────────────────
計佑が白井家まで自転車を走らせて。
到着した頃には、流石に雪姫も一応落ち着いてはいたが、
「今日はお父さんいるから……」という事で、場所を移すことになり。
今、二人は近くの公園──以前、病院から逃げ出した時にも来た──まで来ていた。
あの時と同じベンチに腰掛けて、そして雪姫がそっぽを向いたままなのもあの時と同じで。
──まいったな……なんて言えばいいんだろう……
先輩が泣いている──その事にいてもたってもいられず駆けつけたのだけれど、
会えた時には雪姫はもう一応落ち着いていて。それなら後は誤解を解くだけなのだけれど──
『あのメール、実は……』なんて話は、なんだかややこしくなりそうな気もする。
けれどあのメールを自分が出した事にしたままだと、どう言おうとも許されないような気もしてきて。
──昼間の一件と合わせて考えたら、確かにヒドいなんてもんじゃないよな……怒られるの当たり前だよ……
そんな風に途方にくれていた計佑に、雪姫が──やっぱりそっぽを向いたままだったけれど──先に口を開いた。
まだ元気のない声だったけれど、
「……それで結局……計佑くんは私のことキライなの……? それとも……」
─────────────────────────────────
駆けつけてくれた計佑を、いつかの公園まで連れてきた雪姫。
口もろくに開かず、視線すら合わせずここまで来たのだが……実はもう、それほど怒っても悲しんでもいなかった。
電話を切る直前の計佑の言葉──『好きに決まってるでしょう!!』──怒鳴られた瞬間には、意味も考えずに泣き喚いてしまったが、計佑の到着を待つ間に落ち着いた雪姫は、その言葉を思い出して嬉しくなっていたのだった。
そして今、泣いている自分のために駆けつけてまでくれて、これも当然、雪姫の心を浮き足立たせていて。
勿論、あんなタチの悪い冗談を完全に許せた訳ではなかったけれど、しかし今の状況は──チャンスだとも思ったのだった。
男たちから助けだしてもらった日。島で弱気を見せてしまった時。
計佑は、自分が弱っている時には気負いなく接してきてくれる。
そしてそんな時の計佑は、とっても優しくて……
だから、悲しんだままのふりをして、その状態を引き出してしてやろうと考えたのだ。
騙すことに全く罪悪感がない訳でもなかったが、
──あんな酷い冗談を言ってきた計佑くんがそもそも悪いんだもん!!──
そう言い訳して、自分を納得させて。
そうして、ろくに口もきかず俯いたままここまで来たのだが、予想に反して、計佑はなかなか行動を起こしてくれなかった。
──……もしかして、まだ私が怒ってると思ってるから……?
今の雪姫が、悲しんでるというより、また怒ってると考えているのかもしれない。
それだと、計佑はヘタレたまま行動できない筈だ。
その辺は少年の事を良く理解している少女、ならばと口を開いた。……弱々しい声色を装って。
「……それで結局……計佑くんは私のことキライなの……? それとも……」
「なっ!? だからそれは違いますってば……!!」
椅子についていた自分の左手に、計佑の手が重ねられるのを感じた。
──昨夜に続いて、また計佑のほうから触れてきてくれた……!!
「好きに決まってるじゃないですか……!!」
──ふあああああ!! 来た来たきたーーー!!!!
目論見通り……いや、期待以上のリアクションに心が一瞬で沸騰した。
また言ってもらえた『好き』の二文字。さっきは、泣きじゃくるばかりでちゃんと味わえなかった一言。
この少年の事だから、恋愛的な意味で言っていないのは分かっている。
それでも、大好きなヒトからの『好き』という響きに、心が震えない訳がなくて。
計佑の手が重ねられた左手と、計佑の言葉が届いた耳の二箇所から、熱が一気に全身へ広がっていく気がした。
浮き立つ気分で、体もふるっと震えて。
それを勘違いしたのか計佑の手に力が入り、雪姫の手をきゅっと握りしめてきた。
ますます体が震えだしそうで、必死でそれを堪えた。
──せっかくの至福の時間なのだ、簡単に終わらせるわけにはいかない……!!
「……信じられない。アリスにはあんなに優しいのに、私には意地悪ばっかりだもん……」
「意地悪なんてしてるつもりは……!!
……そりゃオレはバカだから、気付かずに何かやっちゃってるかもしれないけど。
でもアリスは子供じゃないですか。先輩への態度と違うのは当たり前ですよ……先輩は特別なんだし」
──特別……!! 特別って何っ!?
今、計佑がどんな顔をしているのか見たくて堪らない。けれど今の自分はもうニヤけきっている。
逸る心を、ぐっとおさえて。しっかり間をとってから、問いかける。
「……特別って……どう特別なの? ……虐めやすいとか、そういうコト?」
「まさか!! そんなんじゃなくて……子供だったら、遠慮とかしないでいられるけど……
先輩だとドキドキするし、嫌われたくないって思うから緊張もしちゃうし……
オレが今意識してる女のヒトは先輩だけだから、そういう意味で特別なんです」
──うっうわぁ~~~!!! うわあああああ!!!! や、やっぱり泣いてるフリ続けていてよかったぁ……っ!!!!
嬉しい言葉をスルスルと紡いでくれる少年に、また体が震えた。
告白……まではいかないかもしれない。
けれど、この初心すぎる少年からの言葉と思えば、やはりその意味は格別だった。
アリスでも他の誰でもない、自分『だけ』が計佑の『特別』。
昨日は結局翻されてしまった言葉だけど、今のはもう、間違いない。
そっぽを向いたまま顔を真っ赤に染めた少女は、唇をむにゅむにゅとして喜びを噛み締めた。
もう振り返って、計佑に抱きついてしまいたい気分だった。
……けれど、まだ我慢する。
満足いく言葉は確かに聞けたが、少女は欲が出てきてしまったのだった。
「……本当かなぁ……昨日も私を特別扱いしたくないって、アリスにもプレゼントあげるって約束してたよね……?」
「そっ!? ……それはっ、まくらのやつが冷やかしてくるから……つい恥ずかしくなって……その。
だからあれはただの照れ隠しだし、アリスのはただのおまけみたいなもんで……」
「私の気持ちを知ってるクセに、私の目の前でアリスとイチャついてた」
「イチャ……!? いやっ、だからアリスは子供でしょう……!! 抱っこくらい、そんな特別な……」
「じゃあアリスを褒めたりしてたのは? カワイイとか、髪キレイとか、私もそんなコト言われてみたいのに……」
「え゛えっ!? いやっ、子供を褒めるのと女のヒトを褒めるのは、まるで意味が違うしっ!!」
「抱っこしてあげて、お腹さわって、額を覗いて、髪を梳いてあげたりまでしてた……
計佑くんと2つしか歳違わないコなのに。私と計佑くんの差と同じだよね?」
「うっ!? いやっ、それはそうかもですが……いやいやっ、でもアリスはやっぱり完全に子供でしょう!?」
「そんなことないよっ。私のコトも、抱っこしたり髪梳いてくれたりしないと不公平だもんっ」
「いやっ、だからそれは……!! って、ん? ……先輩……?」
計佑の声が、不審そうなものに変わって。
ギクリとする。しまった。声色を変えておくのを、いつの間にか忘れてしまっていた。
今からでも、悲しそうな表情を取り繕うくらいは出来るのだけれど──
「……今、明らかにギクッて感じの震え方しませんでしたか、先輩……」
──ちょっともう、誤魔化すのは無理そうだった。
「先輩……何をしたかったのかは、流石のオレでもなくとなく分かりましたよ?
だけど、人を騙して──っていうのは、それこそあんまり好きになれないんですけど」
手の甲に重ねられていた計佑の手が退けられた。
「やっ!? ダメっ!!」
その言葉と、離れていく手に、慌てて振り返る。去ろうとする手を追いかけて、しっかり握り直した。
けれどそこで──
「……やっぱりそうだったんですね」
計佑がジト目で、こちらを見つめてきていた。
少年からそんな目で見られるのは初めてで、色々な意味でドキリとする少女。けれど──
「……なっ、なによぅ!! こっ、これはだって……そうっ、そもそも計佑くんが悪いんだからっ!!
キライなんて言われて、私すごく傷ついたもんっ。すごく悲しかったもんっ。
だからちょっとくらい甘えたって、許されるはずだもんっ!!」
──そこは結局、甘え少女。謝るのではなく、逆切れしてみせて誤魔化しにかかるのだった。
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騙されていた事には少しムッときていた計佑だったが、雪姫のその叫びには痛いところをつかれた。
やはり、"冗談" という言い訳は失敗だった。
けれど返信で出されていたメールだから、相手を間違ったという言い訳も苦しかった。
──……やっぱり、もう話しちゃうか……
出来ればホタルのことは話したくなかったけれど。
自分がやった事でもないのに、これ以上咎を背負うのも耐え難くなってきていた。
それに、雪姫には出来るだけウソをつきたくない気持ちもある。
そして何より、このままでは雪姫との関係にもしこりが残るかもしれなくて。
──それは、何より許容しがたい事だった。
「先輩。今更ですけど……実はあのメール、俺が出したんじゃないんです」
「えっ!? なっ、何それ? えっ、じゃあ……どういうコトなの?」
じゃあ誰が出したのか、何で冗談なんて言い出したのか、どうして今まで隠していたのか──
色々と疑問はあるのだろう、大きな疑問符を顔に浮かべる雪姫。
そんな少女へと、全部は話せないけれど説明を始める。
「あれは、今ちょっとウチにいる子供がイタズラで出したんですよ。
その子の事は、先輩にでもちょっと話しにくい事情があって……とっさに隠そうと思ったら、あんな言葉で言い訳しちゃって」
正確には『先輩にでも』ではなくて『(怖がりの)先輩にだからこそ』話せない事だったけど、そこは流石に誤魔化させてもらう。
それに自分の場合、とっさではなかったとしてもやっぱり "冗談" などというバカな言い訳をしていた可能性は高いけれど、それも棚上げさせてもらうことにした。
「そ、そうだったの……? でも、だったら電話の時にでも言ってくれれば良かったのに」
目を丸くした雪姫がそんな事を言ってくるけれど、
「あの時の先輩に、そんなコトを言わせてくれる余裕は無かったじゃないですか」
苦笑を浮かべての言葉に、雪姫がうっと言葉に詰まって、気まずそうに視線を逸らした。
それでちょっと調子に乗って、
「先輩も、あんなメールはもうちょっと疑ってくれたらよかったのに。俺が先輩を嫌うなんてあるワケないでしょう?」
そんな軽口を叩いてみたが、
「そっ、それは仕方ないでしょっ!?
告白の返事を保留されて、宙ぶらりんで放置されてるんだよっ!?
不安がいつもあるのは当たり前じゃないっ!!
そんな女の子が『キライ』なんて言われて、冷静でいられるワケないよっ!!!」
しっかり反撃されてしまった。
「すっ、すいません……」
調子に乗ったことを後悔して項垂れる少年を、雪姫が溜息をついて見下ろした。
「……答えは一応わかってるんだけど、やっぱり聞いちゃうね……まだ、自分の気持ち、はっきりわかんないんだよね?」
「あ、はい……ホントすいません……なんか先輩の気持ちも、昨日やっとわかってきたくらいなもんなので……」
「え……っ!?」
雪姫の声が上ずった。
どうしたのかと疑問に思い、顔を上げると。雪姫の顔がひきつっていた。
「き、昨日わか……? え、なにそれ……昨日まで、まだ私の気持ち疑ってた……ってコト……?」
「あっいや!? 待ってまってくださいっ、最後まで聞いてっ!!」
やっと失言に気づいて。
雪姫の形相に、島でのトラウマが蘇った。慌てて言い訳の言葉を足す。
「いやっ、気持ちそのものを疑ってたワケじゃないんですよ!?
ただまあそのっ、オレなんかやっぱり先輩につり合わないじゃないですか?
だからですねっ、どれくらい本気なのかなーっていうか、
先輩も初めての恋だっていうし、最初は手頃な相手でちょっと経験を積もうかなー、
とかなんか、そういう部分もあったりじゃないかなーとか!!」
物凄く失礼な考えを、言い訳になっていると信じてぶちまけていく、お目出度い少年。
──けれど、当たり前の事だが、雪姫の表情は愕然としたものに変わっていく。
「あ、あっ、ありえない……!! このヒトっ、いったいどこまで……っ!!」
ブルブルと震える雪姫が肩を怒らせて。大きく息を吸い込んだ。
「やっぱり疑ってたんじゃないのーーーっっ!!!」
─────────────────────────────────
爆発した雪姫が、ひとしきり計佑に怒鳴りちらして。
ようやく落ち着いた少女は、ガクリと肩を落して椅子にもたれかかっていた。
──それでも、未だ計佑の手を握ったままだったりする少女なのだけれど。
「……はぁ……まあいいわ、もう許してあげる……
一応昨日には分かってくれてたって言うんなら、今そんなに怒るコトもなかったよね……」
「……あ、ありがとうございます……」
──さんざん怒ってから、そんなコト言われてもなぁ……
などと内心思っていたりする計佑だったが、勿論そんな事は口に出さず恐縮してみせていた。
「ホントにもう……キミは色んな意味でスゴすぎるよ。
最初は優しい人だと思ったんだけどなぁ……
とんでもない鈍感だし、実はSな人だし。天然えっちで、女ったらしで。
計佑くんと付き合うコトになる人は、きっとす~~っごく、大変だろうね……」
そんなセリフと共にジト目で睨まれたが、
──お、女ったらしだって……!?
その前の言葉まではともかく、『女ったらし』という言葉だけはカチンときた。
『女子に好かれるようなマネ、一度だってやったことねーよ!!』
──そう自分では信じていて、四人の少女の好意には、まるで気付いていない少年……──
なので、つい言い返してしまう。
「それを言ったら、先輩の相手だって大変だと思いますよ……小学生みたいなコにまで妬いちゃうんですもんね」
そんな皮肉に、雪姫が「なっ!!」という言葉と共に目を見開いて。声を大きくする。
「だから!! アリスは計佑くんと2つしか違わないでしょっ!?」
「でもっ!! アイツは見た目も精神年齢も完全に子供じゃないですかっ!!」
計佑も大声で返して、完全に意見が平行線になった。
二人でしばし睨み合って、先に雪姫がプイっと顔を逸らした。
「……ふんっだ。結局、計佑くんにはヤキモチやいちゃう気持ちなんかわかんないんだよね。
誰も好きになったコトないんだもの。
どーせ、私が他の男の子と仲良くしててもぜーんぜん気になんかならないから、そういうコトが言えちゃうんだよ」
「……え……」
雪姫の言葉に、部活初日に考えていた事を思い出した。
──もし雪姫に、ずっとべったりだった男がいたりしたら……
「いえ、それはオレも面白くないです」
断言する計佑に、「え」と雪姫が振り向いてきた。
雪姫は本当に驚いた顔をしていたが、
あの時の事を思い出して、どこか遠くを見ていた計佑はその事に気づかず、厳しい顔で言葉を続けた。
「先輩に、オレよりずっと親しい男とかいたら……きっとめちゃくちゃ悔しくて、そいつのコト憎んじゃうと思います、オレ」
「そ……そう……なの……?」
「はい、間違いなく」
想像だけで、あんなに腹が立ったのだ。
茂武市に、雪姫の微妙な声を聞かれた時にも殺意を覚えた自分だ。きっとそうなる確信が持てた。
──……そっか……こういうコトなのかな……先輩がまくらやアリスのコトにひっかかりを覚えちゃうのは……
ようやく、雪姫の気持ちが少しわかった気がした。
……その事で思考に耽っていた少年を他所に、雪姫がまた赤い顔で、唇をむにゅむにゅとしていた──
─────────────────────────────────
「……先輩がホントにイヤなら、アリスに構うのはもうやめますよ」
「え……」
アリスの事は、まくらより生意気に見えるけど実はまくらより素直な妹──みたいに思えてきていたのだけれど。
雪姫の気持ちが少しはわかるようになった今、
先輩を不快にさせてしまうというのなら、付き合い方を考えよう……そう思ったのだった。
少しうつむいて、そんな事を言い出した計佑に、
「……ううん、いいよ。計佑くんは、計佑くんの思うままにアリスと接してあげて」
雪姫はそう言ってきた。
「え……いいんですか?」
軽く驚いて、雪姫の顔に視線を戻したが、雪姫は優しい微笑を浮かべていた。
「うん……優しさは、やっぱり計佑くんの一番の長所だと思うの。
それを私のワガママで削いじゃうのはちょっと違うと思うし。
……アリスだって可哀想だもの、あんなに計佑くんに懐いてるのに」
「……先輩……」
自分だったら、中二の男が雪姫に纏わりついていたりしたら、許せるかどうか自信はない。
──なのに、そんな風に言える先輩って、なんだかんだ言ってもやっぱり大人で、優しい人だよな……
そんな感慨に浸って、ぼんやりと雪姫に魅入っていた計佑だったが、雪姫のふわりとした笑みが、突然ニマっとしたものに変わった。
ギクリとして、陶然とした心地から一気に現実へと引き戻される。そして、お約束の──
「まあ、アリスとイチャイチャしたらその分、私も同じように可愛がるってことで許してあげる♪」
計佑には不可能クラスのムチャぶりがやってくる。
「なっなっ、なんですかそれっ!? むっ無理!! 絶対ムリですよそんなのっ」
アリスにしているような気安さで、雪姫にも触れろというのか。──そんなの自分には絶対ムリだ。
けれどバタつきながら拒否する計佑に、雪姫もムッと唇を尖らせる。
「むっ、『絶対』ってなによ~……別にアリス以上に構ってとは言ってないよ?
私は "アリスと違って特別" ってさっき言ってくれたばかりじゃない。
だったら、アリスばっかり可愛がるのはおかしいでしょって言ってるだけだよ?」
少年の答えは半ば予想していたのだろうけれど、"絶対" という副詞はどうやら許せなかったらしい雪姫。
頬をふくらませてそんな風に言ってきたが、流石にこれは頷けない。
「いやだからっ、さっき言ったのは『特別だからこそ先輩には普通に出来ない』ってコトだったでしょ!? 」
「え~でも……昨日は、私の頭撫でてくれたりしたじゃない」
「あっあれは……! なんかちょっと感極まってついやっちゃっただけで……いつもああなんて絶対無理ですって!」
─────────────────────────────────
赤くなって必死に手をバタつかせる少年の姿は可愛かったが、同時にもどかしくもあった。
「……なんかもー……三歩進んで二歩下がるを完全に体現してるような人だよねキミは……何で、こんな難儀なヒトを好きになったかなあ……」
雪姫はついに、頭を抱えてしまった。
自分のことだけを意識しているとは言ってもらえたが、この調子では付き合ってもらえる日が来るとしても、どれだけ先になる事やら……思わず、溜息も出てしまう。
そして計佑は、そんな雪姫に慌てた様子で、
「もっもしかして、オレのコトもうイヤになりました!?」
そんな事を訊いてくる。
「もうっ!! なるワケないでしょっ!?
キミは、私にとって世界にただひとりの、大好きな男の子なんだからねっ! いい加減、はっきり理解しなさいっ」
計佑の右手を握っている左手に、ギュッと力を込めた。
ありえない事を口にする少年に腹がたって、でも自分に嫌われるのを怖がってくれた事は嬉しくもあって。
相反する感情と、どこまでも鈍い少年の大変さに、改めて溜息をつきたくなった。
──ホントにもう……大変すぎるよ。……だけど。
もう自分は、この少年の事が好きになりすぎてしまった。
こんなに、好きで好きで堪らないのだ。今さら後戻りなんて、まるで出来る気がしなかった。
──……だったら! もうこのまま突き進んで、押し切るしかないじゃない!!
そう決めて。空いていた右手で、計佑の肩を掴んだ。
計佑の顔に「え?」と疑問符が浮かんだが、もうそんなものは無視して──素早く、計佑の頬にキスをした。
「……キライになんかなる訳ないけど、我慢は出来なくなるかもよ?
早く答えてくれないと、こういう事、もっとエスカレートしちゃうからね♪」
本当は自分も心臓がバクバクと限界だったけれど。
目をぐるぐるとさせている少年に、そんな風に嘯いてみせるのだった。
─────────────────────────────────
「じゃあねっ。おやすみっ!」
自分の頬に突然キスなんてしてきたかと思うと、とんでもない事を口にして。
そんな少女はいきなり立ち上がると、すぐに走りだして公園から去っていく。
なのに計佑は、立ち上がる事も出来ずに呆然と見送るだけだった。
いくら家が近いといっても、本来であれば絶対一人で雪姫を帰したりはしなかったが、今はとても無理だった。
……もう、完全に頭が沸騰してしまっていて、まともな思考が出来なくなっている今は。
──……えすかれーとって……なに……?
初心すぎる少年には、今のでもう限界だった。
事故でなら、今以上の事も経験済みではあった。
けれど "事故" と "故意" では、同じ行為でもまるで意味合いは違う。
もしも昨日みたいな事をあえてやられたりしたら、
──雪姫の想像通り、この少年は昨日、雪姫の胸に抱え込まれてしまった一件も倒れた自分を心配しただけだと思い込んでいた──絶対にこちらの身がもたない。
昨日、島の時ほどの醜態を晒さずに済んだのは、ホタルのお陰でしかないのだ。
──……む、むり……て、てかげんして、せんぱい……
首まで赤くなって、思考すらカタコトになっている少年。
熱い感情が飽和して、ぼけーっと椅子の上で呆けてしまっていた。
……けれどその顔は、どこか幸せそうに緩んでもいて。
少年は、そんな熱くて甘い喜びに浸りきって、いつまでも蕩け続けるのだった。
─────────────────────────────────
<21話のあとがき>
まくらの言う似たようなコトというのは、第一話の裸? ドッキリのことですね。
まあ雪姫先輩は、まくらの恋の遍歴など知る筈もない訳で、相手が計佑だなどとは夢にも思ってないんですけど。
ホタルの再度のイタズラは、学校で構ってもらえなくての不満もあったとかそういう感じ……かな……?
今回も、鈍感王の計佑くんをちょっとは進歩させられたかなぁと。
原作じゃ、雪姫の嫉妬に気づかないまま「しつこい」などというふざけたメールを送っていた計佑ですけど、
雪姫先輩派としてはあれは許せないシーンだったから、あそこの鈍さだけはなんとかしたかったんですよね……
そこが『一応』ちゃんと書けた気はするので、よかったかなと。
あと、『しつこい』メールも、ホタルのお陰で上手いこと改変出来たかなって。
こちらの世界では、計佑にあんなフザけた内容のメールを送らせる訳にはいきません。
しかし、アレの結果メソつく先輩も可愛かったワケで……あのシーン自体は使わせてもらいたかったんですよねー。
ホタルにもフラグを立てておいたおかげで、『しつこい』よりも酷いセリフに改変できたりしたんで、
まあこれはうまく回ったかなぁと、自分では満足してます。
雪姫、怒鳴られたら弱いっていうパターンは、一応、旅行時の電車内でも書いたことありますかね。
公園で、一芝居うって計佑から望む言葉を引き出そうとする雪姫。
こういうシチュ自体は大好物なんだけど、上手く書けなくてすごい悩みました……
雪姫がどんどんアホのコになって、子供っぽくなってきてしまうし……
いえ、甘えてくる女のコキャラ自体はスゴい好きなんですけど。
先輩を原作よりファンタジーにするつもりも大有りだったんだけど。
でも一応、原作雪姫が好きで始めた身としては、最低限守るべきラインもあるよなぁと悩んだり。
……まあ、結局自分の欲求を優先して、こんな雪姫先輩にしてしまいましたm(__)m
今回の後半は、4話の後半と似たような形だけど、お互いの気持ちは大分……という感じになってますでしょうか。
まあ雪姫は格段に深化してるんだけど、
計佑は雪姫に比べるとやはり遅いかな……一応じわじわと進んではいて、
雪姫をジト目で睨んだり、言い返したりも出来るトコまで来てるんですけど……。
でも、4話と同じ場所、似たシチュで書くことで、
二人の気持ちの成長みたいなモノを描いてみせる……
なんてコト自体は、なんとなく上手い人っぽい気がしてた、り……
……といっても狙って書いた訳ではなく、たまたまこうなっただけなのですけど(汗)
実際には、
『落ち着いて話させるのに、とりあえず公園とかに行かせるかなぁ……あっそうだ、
せっかくだから4話の時と同じトコにしたほうがなんとなく雰囲気でそう』
くらいしか考えてなかったです……
11話や14話でキスを迫ったのに、今回は頬にするだけでも実は一杯一杯の雪姫……?
うーん、あの時は計佑の意識がないとか、キレてた勢いがあったとかいうことで。
それにあの時は一応未遂だし。半分はハッタリだったんだし……そういう感じでご容赦をm(__)m
20話、21話は久々に雪姫×計佑づくしな感じだったかなー(≧∇≦)/
島編以来ですよね。
いかにもラブコメ!! って感じに出来たと…… "自分では" 思ってるので、満足はしてます。
僕が本来楽しみたい話は、こういうラブコメ全開なやつなんですよね。
……ただ、この後。しばらくはもう、こういう二人がメインな話はないかも……
22、23話は、僕としてはある意味、
雪姫以上に美味しい硝子ちゃんがまた出てくることになるもんですから( ゚д゚ )クワッ!!
計佑と雪姫先輩の関係に限るなら、
後は一気にラストへ持ってったほうがいい気もするんですけど、
一応次でアリスに軽くケリをつけて、その先でホタルの事はしっかり書いて、
そのホタル絡みで雪姫の魅力をもう1つと、同時にまくらの決定的な……を書きたいとも思ってます。
そんな訳で、暫くは今回のような計佑×雪姫がメインになるコトはないかもしれません。
……といっても、毎回先輩の出番はありますけどね?
原作の硝子回のような、あんな不遇な扱いはありえませんので(^^)
ないのはあくまでも、『今回みたいな二人きりでのイチャイチャ』であって、
22~24話でも、少なくとも僕にとっては萌えられる先輩を書いてくつもりです。
なので、この世界の雪姫先輩が許容範囲な方には、この先も読んでもらえると嬉しいですm(__)m
このSSへのコメント