裏切られた指揮官が無人島で隠居生活する話
かつて一兵士だった主人公は兵学校の時の成績と人柄を買われ、人手不足だったKAN-SENの指揮官として太平洋に配属され、様々な戦果を上げる。だがその功績で勲章を受け取った帰路で突如護衛機に乗っていた機体が撃墜されてしまう…
一面に広がる白波立つ青のキャンパスの上を、一つの大きな影とそれを取り囲むような複数の影が過ぎ去って行く。
セイレーンが現れてから民間機が太平洋の上を飛んだことはただの一度も無い。それは対立していた二陣営が手を取り合ってからも同じだ。
太陽の光を受けて光る暗緑色の翼に描かれた紅い渦巻きはその双発機が軍用機であることを誰に対しても示していた。
その手厚く護られた機体のキャビンには一人の青年だけが肘をついて過ぎ去る雲を見つめながら座っていた。
25歳の年齢に似合わず胸にはシルバースターを始めとする様々な勲章を揺らしているその青年の顔にはかなりの疲労の色が浮かんでいた。
「…こんなものを受け取る為だけにわざわざ世界を飛び回る羽目になるなんて…まだ戦争は終わってないんだぞ…」
誰も聞いていないのをいい事に、青年は胸の勲章達を見つめながら盛大に愚痴をこぼし、それらを順に外して箱の中に戻し始めた。
するとその時、見透かしていたかのようなタイミングで彼のポケットの中の電話が鳴った。
「…もしもし」
『もしもし、私だ。いやぁ、そろそろ君が胸元のやつを嫌がって外す頃だろうと思って電話したんだが…どうだ、予想は当たっていたかな?』
彼にしわがれた声で電話してきたのは重桜海軍の元帥だった。
「………」
『…図星のようだな。まぁ、分かっていたからこうして電話しているわけだが』
元帥が若干の笑い声と共に言うと青年は参ったような表情を浮かべ、深くかぶった帽子を外して頭をポリポリとかいた。
「…やはり元帥殿には敵いません」
『はっはっはっ…それで、どうして君はそこまで戦果を喜ばないのかね?アズールレーン全体を見渡しても君のような指揮官は殆どおらんぞ?』
「この勲章は本来私が受け取るべきものではありません。私は作戦を立ててそれを彼女らに命令しただけに過ぎない。KAN-SEN達がいなかったあの頃なら喜んで受け取って周りに見せびらかしていたかもしれませんが…私はあくまで代表で受け取りに行っただけですから」
さも当然かの様にさらりと答えた青年に電話の先は沈黙した
暫くしてその静けさは元帥の声ではなくまた別の轟音によって破られた。
「な、なんだ!?」
突如キャビンが波の前の小舟のように揺れ、その拍子に手に持っていた携帯電話が手から離れた。
部屋の中を様々な物が飛び交い、揺れも一向に収まる気配はない。
「くそっ…一体何…が………」
なんとか窓の縁に手をかけて立ち上がった彼の目に飛び込んできたのは、燃え盛るエンジンの奥から自分に向かって機銃を打ちっぱなしにして突っ込んでくる戦闘機の姿だった。
彼はその機体が何なのか瞬時に理解したが、結果としてそれは新たな疑問を生んだ。
「なんで烈風が…!?」
先程まで飛んでいた護衛機であったのは彼が一番良く知っていた。
それはかつて母港で空母のKAN-SEN達と共に整備した事のある思い出の機体だったからだ。
その機体から放たれた光の尾を引く20mmの破砕曳光弾が目の前の窓ガラスを粉砕したとき、彼の意識も粉々に砕け、途絶えた。
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