2021-06-27 17:42:03 更新

概要

義烈空挺隊、皆様はこの名前を聞いたことがあるだろうか?太平洋戦争末期の沖縄戦にて帝国陸軍の行った敵飛行場に強行着陸し、駐機している航空機を破壊するという作戦である。深海棲艦との戦争で窮地に立たされた大本営もまた、この作戦を実行しようとしていた...


前書き

別サイトにて誤BANを喰らい、UNEIが禄に取り合ってくれないのでこっちで供養させていただきます。


闇に満たされた室内では鉛筆が紙の上を走る音だけがカリカリと響いている


味気ない単純なリズムで繰り返されるその音が、一人ぼっちの部屋の寂しさをより強めているように思える


その音源の上では淡い光を放つ古めかしい一台のデスクライトだけが存在感を放ち、手元を何とか作業可能な明るさにまで押し上げていた


「...よし」


これまで育ててくれた父と母への思いをたった一枚の便箋に集約し、形見代わりの爪と頭髪と一緒に封筒へと入れて椅子を立った


時刻はもうヒトハチマルマルを回っている。...そろそろ行かなければ


今しがた仕上げた封筒を手に取って部屋から出ようと扉の前に立ったとき、もう戻ってくる事はないであろう自室の姿に後ろ髪を引かれ、外に踏み出そうとした足が止まる


「.....」


...もう未練は捨てた筈だ。そう心に強く言い聞かせて俺は重くなった足を一歩、また一歩と踏み出していった



「してどうするか...」


未練を断ち切ったと頭の中にはまた別の面倒事が頭に居座っていた


手に持った封筒を預けようとそれ関係の管理者の部屋を訪れたのだが誰もおらず、集合時刻十分前だというのに未だ封筒は自分の胸ポケットの中にあった


「伊深少尉殿、どうかされましたか?」


迫る時間に焦り、しきりに首を回していた俺に声をかけてきたのは航空整備兵の|秋吉 龍《あきよし りゅう》一等兵だった


「秋吉一等兵か...」


「...出撃、されるのですね」


彼はまだ幼さ残る顔を伏せながら寂しそうに言った。どうやら彼も俺が辿る末路を予期しているようだ


「そう暗くなるな。きっと明日の朝は久しぶりの勝利をお前らに掴ませてやる」


彼に俺の心中を悟られないよう、極力普段とトーンを変えずにそれっぽい単語を並べ立てる


「っ...」


そんな作り物の俺の言葉を聞いて、秋吉一等兵は更に顔の角度を深くした


「...それに、俺達陸軍だけじゃない。海軍の艦娘さんたちも文字通り決死の覚悟で深海棲艦どもを撃滅するためにボロボロの体引きずって戦ってくれるんだ」


未だ震えの止まらない彼の肩に手を置き、彼の濁りなき瞳を見据えた


「明日から俺には頼れないから、頑張って整備するんだぞ」


「...了解!」


彼も俺に対する未練を振り切れたのか、いつもの明るい笑顔を咲かせた


「いい声だ。...そうだ、これを渡しておいてはくれないか?俺からの最後のわがままだ」


思いつきで取り出した封筒を彼に見せると、一瞬躊躇したがすぐに受け取ってくれた


「了解しました、埃一つつけぬよう丁重に運ばせて頂きます」


変なところで真面目な彼はポケットの中に封筒をしまうと、かつて見たことのないほど美しい敬礼の姿勢を取った


「...ご武運を、伊深少尉」


「あぁ。靖国で会おう」


それに答えるように俺も敬礼し、発動機の呼吸音が唸る滑走路へと駆け出した


-




――――――――――――――――――――――――――――


■ワレ、ヘンダーソン飛行場ニ突入ス




-


滑走路に出ると、既に殆どの隊員が準備を済ませ、一人分の隙間だけを一番後ろに一つ開けて整列していた


そこにすっぽりはまると、ちょうど前の方にある台に黄色の上に星を一つ乗せたのを襟につけたこの基地の司令が姿を現した


彼は一度俺たちの方を一瞥したあと、コホンと咳払いをしてから話し始めた


「今夜は皇国の興廃を決する大決戦である。帝国陸軍は深海棲艦との緒戦で大部分の勇士らを失ったために、諸君らのような元整備兵や炊事兵にもこのような出撃命令が下った」


基地司令の言うことは今の帝国陸軍の現状をありありと表している。数年前、突如として現れた未知の敵である深海棲艦。海軍は兵力を総動員して戦ったが一切効果がなく、陸軍も同じく上陸してきた深海棲艦にはかすり傷一つつけられず、撤退しようにも制海権は深海棲艦に取られ、南方の島々にいた部隊は次々と玉砕した


そのままの勢いで沖縄を落とした深海棲艦が本土沿岸まで迫った頃、深海棲艦とほぼ同時に現れた妖精の力を借りた海軍が生み出した艦娘によってなんとか目前で押し返し、防戦一方だった人間が今度は破竹の勢いで太平洋の島々を開放していった。


だがしばらくして海軍がぶち当たった壁こそ、今夜俺たちの突入するヘンダーソン飛行場付近の海域、アイアンボトム・サウンドだ


「だが諸君らは紛れもない帝国軍人である。2ヶ月程の短期間しか訓練期間はなかったが、諸君らは耐え切り、今ここに義烈空挺隊の隊員として立っているのだ」


司令の言葉で2ヶ月前に受け取ったあの手紙を思い出す。今思えばあの時から既に俺たちの運命は決まっていたのかもしれない。海軍に頼りっぱなしで何もできていなかった陸軍のメンツ...俺たちはそれを取り戻すための駒に過ぎない


「〜〜以上だ。総員、出撃せよ!」


頭の中で考えを巡らせていると、いつの間にか司令は話を終え、弩に弾かれたかのように全員が自分の乗機へと駆け出した


「なにをぼーっとしてる、行くぞ!」


俺の搭乗する4番機の指揮官、|葛城 弘《かつらぎ ひろし》大尉が俺の肩を小突いた


「りょ、了解であります大尉殿!」


彼の言葉に押されるようにして、俺も滑走路に並ぶ機体のとりわけ調子良く唸る九七式重爆へと走った




「...ひとまず問題なく上がれたな」


防護機銃の窓から覗く海面を見て葛城大尉が安堵の声をこぼした


「この基地でも随一の整備技術をお持ちの伊深少尉殿が整備したのでありますから、発動機の調子は万全であります。こんなに心地よく飛べるのは初めてであります」


操縦席からありがたい言葉を送ってくれたのは熟練の重爆操縦員だという三浦曹長だ


「ありがとう三浦曹長...もう発動機や工作器具に触れないのは少し、残念だがな」


俺がそう言うと隊の全員が顔を少し曇らせた。それもそのはず、この隊は全員が整備兵から転属させられた過去を持っているからだ


「...工作といえば、少尉殿がお持ちの筒のようなものは一体なんでありますか?」


重苦しい空気を打破ろうと向かいに座っていた木村一等兵が俺の脇に置かれた筒を指差した


「あぁ、これはこの基地にあったもので作成した即席の無反動砲。試製五式四十五粍簡易無反動砲だ」


傍から見ればただの筒に見えるであろうそれは、ある種人間が使える対深海棲艦用兵器の完成形とも言えるものだ


「むはんどうほう...?」


聞き慣れない単語を平野准尉がたどたどしくリピートした


「俺たちに支給されたこの百式短機関銃や九四式拳銃はいずれも深海棲艦に有効な銃弾を使うことができる。だが大型深海棲艦は分厚い装甲を身に纏っている。その装甲を撃ち抜くために弾頭を対深海棲艦用の成形炸薬弾を使用し、ノイマン効果を利用して貫徹させる仕組みだ」


俺の解説を聞いた隊員たちは、さっきよりも大きなハテナを頭の上に浮かべていた


「まぁ...なんだ、人形深海棲艦を発見したら俺に知らせてくれれば俺が対応する」


そう言い換えると途端に分かったらしく、学校の授業の時のような退屈な空気が一気に吹き飛んだ


「.....」


そんな中でただ一人、田所伍長だけは静かに一枚の写真を見つめていた


「どうした、田所伍長」


葛城大尉が声をかけると、田所伍長は写真をポケットに突っ込んだ


「な、なんでもないのであります大尉殿」


「何故隠す、今更隠したところで仕方ないだろう?」


大尉の言うことは最もだ。どうせ死ぬのだからそれが黒歴史だろうがなんだろうが知られたところでここにいる者以外に伝わるはずがない。田所もそれを理解したのかポケットから写真を取り出した


「...自分、父と母は空襲で死に、肉親は今度18になる弟だけなのであります」


彼の見せてくれた写真には笑顔の男性が写っていた


「彼の名は何という?」


「田所 遠野であります」


「そうか...よし。この際だ、皆も家族や想い人の事を聞かせてくれ」


大尉は俺たちの顔を見渡しながら言った


「まずは平野准尉から」


指名を受けた平野准尉は最初こそ戸惑っていたが、やがて腹を決めたのか、ゆっくりと話し始めた


「自分は〜」



そうこうしているうちに、俺が最後になってしまった


「最後、伊深少尉はどうだ?」


家族...その言葉で2日前に届いたあの記憶が蘇った


「...肉親は先日の深海棲艦による長駆空襲で死んだであります」


だから心に残っているのは噴進式発動機の件だけ。そう言おうとした時、ふと小学生ぐらいの頃の記憶が呼び起こされた


「...想い人、というには怪しいでありますが...少年時代、近所に住んでいた二人の少女の現状は少し知りたいと思ったであります」


髪色が一人は栗、もう一人は紺色だったことぐらいしか覚えていない二人の少女


普通はそんな昔の記憶など出てこないようにも思える。だがそれからの中学、高校生活では清々しいほど甘酸っぱい経験など無かった俺からしてみれば、あれほど仲の良かった女性はいなかったという事実が、その曖昧な記憶を呼び起こしたのかもしれない


「大尉殿、あと3分程で突入であります!」


操縦席の三浦曹長の声で、キャビンの中ににわかに緊張が走る。ある者は百式の最終確認をし、またある者は日の丸の描かれた鉢巻を強く締め直した


「分かった...海の方は既におっぱじめてるみたいだな」


窓から海面を覗くと、下はアイアンボトム・サウンドと言う名に相応しい地獄の様相を呈していた


夜の闇に染め上げられたキャンパスの至る所から黒煙や炎が立ち上っており、砲撃のものであろうマズルフラッシュや無数の曳光弾がまるでレーザー光線のようにあちこち飛び回り、さながら宇宙戦争のようだ


その時、先行していた4式重爆撃機、飛龍から照明弾が投下され、前方に大きな島がはっきりと見えた


「敵飛行場を発見!突入まで残り一分!」


そう三浦曹長が叫んだ瞬間、機体の右隣から異様な爆発音が響き、衝撃で大型の爆撃機であるはずの九七式重爆がまるで高波を前にした小舟のように大きく揺れた


「ッ...!」


どうやら隣を飛んでいた4番機が対空砲の直撃を受け、燃料タンクに引火して吹き飛んだらしい。機関銃くらいにはある程度耐えられるかもしれないが、対空砲の直撃を受ければ落とされるのはあたりまえだ


「残り30秒!」


鬼気迫る声で三浦曹長が叫ぶ。右を見ても、左を見ても、次々と友軍機は火達磨になって海面へと墜落していく。基地の滑走路を埋め尽くさんとばかりに駐機していたはずの重爆はもう片手で数えられる数しか残っていない


「ッ!、食らった!?」


木村一等兵が情けない声を上げる。上の機銃設置場所に登って音のした左翼を見ると巨大なエンジンから黒い煙が尾を引いていた


「問題ないであります!突入まであと10秒!」


「総員、衝撃に備えよ!」


俺たちがあの基地に来たときよりも遥かに早い速度で機体は滑走路へと高度を落としていく。葛城大尉の言葉でそばにあった機銃取り付け位置の棒を反射的に掴むと、これまで感じたことの無い強さの衝撃が襲ってきた


「うおっ!?」


「ッッッ!!!」


機内の様々な備品が機内を舞い、ガチャガチャと音を立てる。機体がギャリギャリと悲鳴を上げ、いつバラバラになってもおかしくない状況のまま滑走路をひたすらに滑っていく


正確な時間はわからないが、かなりの時間滑ったところでようやく機体は止まり、機内は静寂に包まれた


「...戦闘終了後、生き残っていればここにもう一度集まれ。全員で朝日を拝むぞ」


全員が熱意のこもった声で了解と返すと、大尉は大きく息を吸ってから、勇ましい声と共に吐き出した


「総員、戦闘開始!」


その声で全員がボロボロになった重爆から四方八方へ散り散りに飛び出した


-




――――――――――――――――――――――――――――


■地獄の夜戦


今回異常に長いです。次の話ぐらいでようやく艦娘が出てくるのですので、よろしくお願いします〜


-


投下された照明弾の|赫赫《かっかく》を頼りに新月の闇夜を走り抜ける


「見つけた...!」


まっ平らな滑走路に浮かび上がっている鋼鉄製の鳥の影へと駆け寄り、慣れた手付きで足に爆薬を次々と取り付けていく


片足につけては次、片足につけては次を5回ほど繰り返し、少し離れてから手元のボタンを押すと軽い破裂音と共に片足を失った敵機は艦娘さんらに投下するはずだった魚雷や爆弾を抱えたまま倒れた


「よっし...」


離陸さえできなければいい。航空支援がなくなれば深海棲艦共のアドバンテージはなくなり、単純な海上戦力は優位なこちらに分がある


「少尉殿!担当範囲の航空機の殲滅、完了であります!」


同じ範囲の破壊工作を担当する田所伍長が達成感に溢れた声と一緒に駆け寄ってきた


「よくやった、と言いたいところだがまだ第一目標を達成したに過ぎん。次は弾薬庫の破壊だ!」


「了解であります!」


地図と方位磁針を頼りに奥の方に見える建物の影へと走る


周りからは絶えず爆発音が鳴り響き、あちこちから火の手が絶えず上がり続けている


「少尉殿、3時の方向から一際大きな爆発であります!」


「おぉ...」


3時の方向といえば数日前に東京を爆撃し俺の両親やその他にも沢山の人の命を奪った六発の巨人機の駐機場所だ


投げ縄の要領で巻きつけられた帯状爆薬が燃料タンクを吹き飛ばし、次いで爆弾槽の爆弾を誘爆させたのだろう


燃え上がったその炎は、帝国国民全員の怒りを体現するかのように燃え盛っていた


「.....」


足を止めてゆっくりと眺めたい気持ちを抑え再び弾薬庫へと意識を向けたとき、今度は前方で飛び交う無数の火線に心を奪われた


「あれは...」


ここから2時の方向といえば葛城大尉と三浦曹長だろうか。今すぐ掩護をしなければ


そう思って機関短銃のマガジンを手にとったとき、視界の奥で1つ、細い火線が伸びていた方向から巨大な発砲炎が咲いたかと思うと、細い火線の源が揺れと共に高く上がった土煙に包まれた


「ッ、伏せろ!」


後ろの田所伍長に手と声で合図し、その場に倒れ込むようにして伏せる。しばらくすると、誰のものとも分からない弾倉や、少しばかりの肉片がぐちゃという音をたてて降り注いだ


「うわっ!?」


「落ち着け田所!目標、2時方向の深海棲艦。機関短銃、撃ち方用意!」


取り乱す田所伍長に喝を入れ、一番よく見るタイプの深海棲艦、まるでエビフライに足が生えたような駆逐艦、イ級の陸上型へと百式の銃口を向ける


「も、目標了解、用意よし!」


後ろから焦燥感あふれる声に混じって、チャージングハンドルを引いたときの金属音が聞こえた


「撃ち方初め!」


その合図で2丁の分間800発を誇る百式機関短銃がほぼ同時に火を吹き、無数の妖精印の対深海弾が暴風雨のようにイ級の体へと襲いかかった


2秒ちょっと撃ち続けただけで役目を終えた弾倉を外して新しい弾倉を装着する


再びイ級に照準を向けると、既にそれは物言わぬ死体へとなっていた


「や、やった...」


「達成感に浸っている暇はないぞ、ほら立て!」


たった一匹の雑魚を殺しただけで疲れ切った様子の田所伍長を半ば強引に立たせ、すぐ目の前の建物へと走り込んだ



「ここは...」


飛び込んだ先は闇に満たされていた。どうやら外の照明弾の灯りはここまで届いていないらしい


その暗さに耐えかねヘルメットの横に懐中電灯をくくりつけただけの急造ヘッドライトのスイッチをつけると、どんぐりを縦に伸ばしたような砲弾やそれを更に細長くした魚雷の数々が浮かび上がった


「やはりここが弾薬庫か」


壁一面に立てかけられた魚雷や砲弾以外にも、積み上げられた木箱の中には艦上機用とおぼわしき爆弾や魚雷がこれでもかと詰め込まれている。これを吹き飛ばせば艦娘さんたちは大助かりに違いない


「爆砕かけますね」


「田所伍長、時限信管は30秒に設定してくれ」


「了解であります」


伍長が爆薬と時限信管を取り出して設定を始めてしばらく。田所伍長はあっと言葉を漏らした


「どうした?」


「(カウントダウン)もう始まってる!」


伍長が指差した地面に落ちた信管のデジタル画面では、残り15秒から14秒、13秒と着々と0へと数字が減っていくのが見えた


「おい嘘だろ!?」


「走るであります少尉殿!」


伍長に言われる前に意識とは関係なく体は走り出していた


「申し訳ないであります少尉殿!腹を切って詫びを...」


「口を動かしてる暇があるならその余裕を足にまわせ!話はその後だ!」


脇目も振らず、ただ正面にある微かな光が差し込む出口に向かって走る


歩いて数秒の距離だった筈なのに、走っている時間は無限にも思えるほど長く思えた



「よ、ようやく出れた...」


少し寒いくらいだった建物から熱風と焦げ臭い匂いが吹きつける外へと脱出すると、外へ出た安堵からか足を止めている田所伍長が見えた


「足を止めるな馬鹿者!ここじゃ爆発に巻き込まれるぞ!」


立ち止まっている田所の背中をいつかの葛城大尉がやったように軽く小突いた


「りょ、了解であります!」


とにかく前へ、前へと走り続けていると突如巨大な爆発音を伴う爆風が尻を蹴り上げ、前方へと吹っ飛ばされた


「ッ...!」


うつ伏せの状態で滑走路を滑っていく。しばらくズザーっという音と地面しか見えなかったが、10秒ほど経つ頃にはようやく止まった


「いっ...」


体を起こして両手両足や腹の様子を見る。が、特に変わった様子は無い


そこかしこが痛むが、幸か不幸か両手両足はくっついているらしい。それは少し離れた場所に吹っ飛んでいた田所も同じだった


「少尉殿!お怪我は!?」


俺の存在を認識するやいなや飛び起きて駆け寄ってきた田所の手を取り立ち上がる


「多分ない。お前は?」


「...問題ないであります!」


彼の額からは大粒の汗がいくつも垂れ、脇腹にはなにかの破片が刺さったのか赤黒いシミができている


医学方面の知識ゼロの俺が見ても大丈夫とは思えないが、指摘するのは野暮というものだろう


「...そうか。若いのは元気でいいな」


「若いだなんて...少尉殿もまだ二十と五つでありましょう?」


少尉という階級に似つかわしくない年齢を指摘する彼はまだ18歳の少年兵だ。こんな未来ある若者さえこの作戦に投入するとは、上の考えは理解できない


「そう、だな」


そんな彼の顔を見る気になれず目をそらすと、その先でもっと恐ろしいものが視界に飛び込んできた


「ッ、深海棲艦...」


人型で軽巡洋艦より明らかに大きく、巨大な主砲を備えた深海棲艦。重巡洋艦リ級が飛行場の北方面、つまり海岸の方から上陸してきているのが見えた


「重巡洋艦、でありますか」


隣で双眼鏡を覗きながら田所が機関短銃のマガジンを取り出した


「機関短銃では無理だ。陸上兵器ならアレの装甲は加農砲や爆雷とか...」


俺はバッグから頭でっかちの試作穿甲榴弾を取り出し、これまで出番がなくただ背中で揺れていただけの筒状発射機の口に差し込んだ


「これでなきゃ、ぶち抜けないからな」


「おぉ!少尉殿の秘密兵器でありますな!」


「...」


だが自信満々に取り出したとはいえ、正直倒せる気はしない。要因は目の前の景色、それに尽きる


「だがこの辺りには隠れられる遮蔽物がない。幸いまだヤツは俺たちを見つけてはいないようだが...有効射程に入ってくる頃にはヤツも流石に気づいちまう。ここは大人しく死んだふりで誤魔化す他ー」


ここへ死にに来たとはいえ、できるだけ長生きはしていたい。それに、大尉との約束もある


「...少尉殿、その考えには賛同できないのであります」


俺の話を遮って田所は野獣のような鋭い眼光で俺を見据えた


「突入した我々で敵重巡を殺れるのは少尉殿だけであります。このまま見過せば被害が拡大するのは明らかであります。自分が囮になってヤツの注意をそらしましょう」


「.....」


確かに田所の言うことには一理ある。だがそれ以外にも彼は理由を用意していた


「...それに、自分はもう駄目なようであります」


田所がそう言うと、彼の左口角から赤い線が下へと伸び始めた


「そんな...田所!」


「少尉どの...このまま地面で朽ちるより、最期ぐらいにっくき深海棲艦へ一矢報いたいのであります」


流れる血が増えるのもお構いなしに訴える彼を止める気には全くなれなかった


「...いいだろう。先に向こうで待っていてくれ、そう経たないうちに俺も逝く」


「...了解であります。それでは!」


田所は背中に背負っていたバッグや銃器、軍刀を置き、そこから一枚の写真だけを握りしめて走っていった




リ級の前に丸腰で躍り出た田所は俺にまで聞こえる声で叫びながら徐々に俺の方までヤツを引きつけ始めた


「こっちだぞぉ!!!」


前転や飛び込みを駆使して巧みにリ級の撃ち出す機銃弾を避けつつこちらまで段々とよってくる


もちろん全てを避けられているわけではない。大口径の弾を食らったのか彼の左手は肘から下がたちまち吹き飛び、胸や腹にも何発か食らって血が吹き出している


にもかかわらず彼は一切歩みを止めない。どれだけ体を傷付けられても、コイツだけは絶対に殺す。そんな信念がありありと伝わってくる


あと10メートル...あと5メートル...3、2、1!


有効射程に入った瞬間、血まみれの殆ど人の形を保っていない田所と目が合った


...その顔はこれまで見たことのないほど清々しい笑顔だった


その顔をリ級は止めと言う代わりにまるで果実にやるようにして握りつぶした


果汁の代わりに周りへ飛び散った彼の鮮血や脳が顔色一つ変えないリ級の顔へとかかり、真っ白で無表情の顔を汚す


「...すまなかった、田所伍長」


彼の名前を呟くと共に、十分引きつけたリ級の上半身めがけて放たれた80ミリの成形炸薬弾は正確に上半身を捉え、その体は地獄の夜空へと散った



「.....」


崩れ落ちたリ級の下半身のそばに田所の機関短銃と軍刀を供える。今はまだ戦闘中だから感傷に浸ることはできない


あとから迷わぬよう目印をつけて次の敵を探そうと周りに目をやったとき、少し離れた場所に焼け焦げた紙が落ちているのに気づいて駆け寄ると、それは小さな写真だった


「写真...」


表に向けるとそこには二人の男性が笑顔で写っていた。一人は既に黒く侵食されて誰だか分からないが、その写真も刀の鞘の下に挟むようにして供えていおいた。彼が生きていた証拠は、残しておかねばなるまい


「...これでよし」


目印の作成を終え、時間を見ようと腕時計に目を落としたがそこに針の姿は無かった。どうやら先程吹き飛ばされたときにぶつけて保護ガラスごと砕けてしまったようだ


「チッ...」


時間を見れる便利な道具からただの薄い腕輪へと変わっていた腕時計の残骸を地面に放り2時の方向、葛城大尉と三浦曹長の担当方面へと向かおうとしたその時


「うわっ!?」


すぐ近くに湧き出した爆炎と衝撃で俺の体は空中に舞い上がった


「ぐぅっ...!」


学校の二階ぐらいの高さから地面に叩きつけられ、苦痛に顔を歪める。背中から落下した拍子に肋骨が何本かイッたようだ


「な、何が...」


爆発はひとりでには起こらない。その主の姿を求めて辺りを見渡すと、すぐに答えは分かった


常闇に浮かび上がる白い人影。まるで何も書かれていない半紙のような白さ。その体の所々に飛び散っている真っ赤な血液を愛おしそうに指で拭き取って舐めながらこちらへと歩いてくる超大型の深海棲艦


「飛行...場姫」


アイアンボトム・サウンドの主であり、本作戦の最大目標である深海棲艦だ。薄ら笑いを浮かべてゆっくりとこちらに歩いてくる不気味さはまさしく深海棲艦といったところだろう


ヤツはゆっくりと俺の前へと歩いてくると、ボロボロの俺をあざ笑うように笑った


「ウフフフ...」


ヤツは俺が抵抗できないとでも思っているのか、巨大な高射砲の先を天高く上げて辺りを飛び回っている友軍機に猛射を

浴びせている


「...俺が何にもできないと思ったら大間違いだ!」


背中の無反動砲の照準を右手で付け、左手で半開きにしてあるバッグの中から弾を取り出そうと手を伸ばす


「...?」


だがどれだけ手を伸ばして探っても弾は出てこないばかりか、バッグに触れる事さえできない。先程の爆風で何処かに落としてしまったのだろうか


「ウフフフフフ...」


焦る俺の様子を見た飛行場姫は武器を向けられているというのに寧ろより一層口角を上げた


「...」


その顔を見て嫌な予感が頭から足まで電気のように突き抜ける。もしかして...もしかして無くなってしまったのはバックではなく...


「フフ、キヅイタ?」


飛行場姫は俺の顔色から何か察したのか、憎らしい笑顔を見せながら俺の右手を掴んで彼女の面前へと引き上げた


「...何がだ」


ほぼ答えは分かっているが、深海棲艦のお望みの答えなどしてやるものかと今の俺にできる精一杯の抵抗を見せると、飛行場姫はそれに苛立ったようで俺の顎を掴んだ


「ナラ、ミテミナヨ!」


強引に向きを変えられた視線の先では、本来あるべき前腕の付け根から先が無く、その先端から蛇口をひねったように大量の血が吹き出していた


「うぁ...ぐあっ!?」


腕が飛んだ。その事実をハッキリと認識させられて今までに感じたことのない激痛が襲ってきた


「フフフ、ネェドンナキモチ?ネェネェ!ミンナモウシンダヨ、ネェ!」


飛行場姫は俺に反応を求めて俺を揺さぶる。だが俺の方は失血のショックと痛みでそれどころではなかった


「...ハンノウシテヨォ!」


怒りに震えた彼女が高射砲を俺に向けて撃ち込み、今度は左足が盛大に吹き飛ぶ


「ぐぁぁぁぁ!!!!」


「ソレ、ソレヨ!モットモット...」


彼女は待ってましたと言わんばかりに声を弾ませながらまだ砲口から白煙の昇っている高角砲を俺へと向けた


「ワタシヲタノシマセテ!」


「伊深!」


飛行場姫が再び高角砲を発射しようとしたその時。どこかから俺の名前が聞こえたと同時に誰かが飛行場姫に体当たりした


「キャア!?」


驚いた飛行場姫が俺を離し、地面へと落ちる。なんとか顔だけ上げて見えたのは左手に軍刀を構え、背中にパンパンのリュックを背負った葛城大尉だった


「たい...いどの?」


「間に合って...はないか。すまんな」


葛城大尉は目の前の姫級から目を逸らさず声だけを送ってきた


「セッカクアソンデタノニ...ジャマシナイデヨ!」


「ふんっ、もう残っているのはお前だけだ。諦めて投降したらどうだ?」


大尉の言葉は意識を失いそうな俺を繋ぎ止めるのに十分だった。普通ならそれがはたして本当なのかというところに考えが行くところだろうが、今の俺にそこに回せる頭のリソースは無かった


「...ソウ。デモ、アンタモゲンカイデショ?」


彼女が視線を向けた先は葛城大尉の利き腕である右腕。彼の右手は俺と同じように前腕の付け根から先が欠損していた


「ソノテ、ナレテナイデショ?テカソモソモソンナノデワタシヲヤレルトデモオモッテルノ?」


飛行場姫はケラケラと笑いながら葛城大尉の前へと歩み出て首を差し出した


「ホラ、ヤッテミナヨ?」


飛行場姫には余程の自信があるのだろう。微かな希望を与え、それを目の前で打ち砕いてみせる。これまで彼女が屠ってきた艦娘さん達にも同じことをしたのだろうか


だが葛城大尉は違った


ふぅ、とひと呼吸入れると小さく


「馬鹿が」


と呟き、持っていた刀を離してそのまま彼女の背後へ回って首を締めた


「ナ、ナニスルノ!?」


「本気で怒らしちゃったねぇ!俺のことねぇ!おじさんのこと本気で怒らせちゃったねぇ!」


混乱している飛行場姫の首を締め上げている葛城大尉は声色こそガチギレしているように思えるが、その顔は至って冷静だった


「ヤメテ!ハナシテ!イヤ!」


子供が駄々をこねるような言動と動きで何とか葛城大尉を引き剥がそうと暴れまわるが、彼の前腕はしっかりと飛行場姫を捉え、離れる気配は全くない


「動くんじゃねぇよオラァ!...伊深」


大尉はすぐ前の怒声とは打って変わって、感情的な兵士では無く、俺たちの優秀な指揮官である葛城大尉として俺の名前を呼んだ


「は、はい...」


既に意識を保つのもやっとな俺に、彼もまた田所伍長のように清々しい笑顔を見せた


「俺がコイツを殺ったって報告しといてくれよ。じゃ、またいつか靖国で会おう」


彼はそう言うと手榴弾のピンを抜き、自らのヘルメットに叩きつけた


「待ッー」


届くはずもない腕を必死で葛城大尉へと伸ばすが、葛城大尉の持った手榴弾が爆発した直後、更に巨大な爆発が飛行場姫と大尉を包み込んだ


「ッッッ!?」


その爆発は手榴弾一つどころの大きさではなかった。

その時ふとあの何かが詰まっていた袋の事をおもいだす。

...彼は最初から、自爆で飛行場姫を仕留めるつもりだったのだ



辺りを漂っていた血の匂いがする黒煙が徐々に晴れていき、そこには地面が大きく抉れ、飛行場姫のものと思われる傷だらけの足が一本と、巨大な艤装が残っているだけだった


「っ...」


大尉はああ言って逝ったが、俺にその役目を果たすのはもう不可能だ。左手足の傷口から流れ出た血液が多すぎて今にも意識が闇に落ちそうだ


視野がどんどん狭まってくる中、飛行場姫の艤装が赤黒い液体となって崩壊したのが見えた


その液体は爆発で出来た窪地だけには収まりきらず、俺の場所まで流れ、そうしてドロッとしたそれが俺の傷口に触れて暫くしてから、それは起きた


「.....!?」


熱いのと寒いのが同時に体中を走り回り始める。世界がぐるぐると回り、明滅を繰り返す


単なる痛みのショックや失血では説明しきれない不可解な現象だった


「あ...が....」


機関短銃の連射速度よりも早い感覚で心臓が鼓動を打ち、目まぐるしい勢いで自分の血ではない、何か黒く、混沌としたものが毛細血管の隅々まで走るのを感じる


「うっ....」


その黒いモノが頭まで達した時、切れかかっていた意識は完全に真っ暗な闇へと落ちた


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2021-06-27 21:38:26

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1: SS好きの名無しさん 2023-01-15 02:10:52 ID: S:DcxT34

期待 頑張ってください


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