2021-09-22 16:16:36 更新

概要

艦隊これくしょん 「私達の戦争」第3弾です。


 「リトリビューション」の無断出港と、停泊艦船の爆破騒動から一夜が明けた。

 湯原のデスクは方々からかかる電話の喧騒が止まず、榛名と共に対応に追われる状態が続いていた。

やっと二人が僅かな時間を入れて一息をつけた時には、既に朝食の時間帯も過ぎていた。

 執務室の応接間で榛名が手早く握った握り飯を二人で食しながら、湯原は何故「リトリビューション」がT部隊と海兵隊一個中隊を載せて無断出港したのか考えていた。

 思い当たる節が無いだけに、普段からのT部隊所属艦娘への自分の対応なども振り返るが、少なくとも自分は冷淡に当たった覚えはないし、何か困ったことがあったらすぐ言えと言っていたし、艦娘関連の補正予算修正はキチンとつけていたし、生活面でも手厚く対応していた筈だ。

 虐めっ子は虐めた自分の罪に自覚を持たない、と言うから自分では想像してなかったところでT部隊のメンバーは不満をため込んでいたのだろうか。

 しかし、海兵隊、それもハメル少将が直に率いる精鋭中隊が丸ごと「リトリビューション」に乗り込んでいるのはなぜか。T部隊と共にトレース提督も行ってしまったので何が起きているのかの詳細把握が遅れていて、かかって来る電話に返していた返事は「現在確認中」か「不明だ」程度だ。

 

 本当に何があったんだ、何が原因なんだ、とソファに腰掛けた湯原が考え詰めた表情で黙々と握り飯を食す中、榛名もかみ砕いた握り飯を呑み下し、コップの水を飲みながら彼女なりにも考え込んでいた。

 二人がいる執務室のドアがノックされた。湯原が入室を許可するとタブレット端末を片手に持った長門が入室して来た。

「基地の被害状況の全容が判明しましたのでご報告に」

「続けてくれ」

 報告と席を促す湯原に長門は湯原の向かい側の席に座るとタブレット端末に書き込まれた報告書を二人に見せる。

 停泊艦船は支援艦と外洋航行戦闘艦艇、その全てのスクリュー、舵が爆破されどの艦も数カ月はドック入りが必要な損傷を受けていた。

 また弾薬庫にあった艦対空ミサイル、それも弾道ミサイルも迎撃可能なSM3対空ミサイルや艦対艦ミサイル、艦対地巡航ミサイル、アスロック対潜ミサイル等全てが使用不能に破壊されていた。

 燃料タンクは破壊されていなかったものの、洋上で給油を行う補給艦が航行不能にさせられているので変わりはない。

「追手を阻む様に仕組んだ破壊工作だな。犯人は一体」

「爆薬の痕跡や手口などからプロの可能性が。『リトリビューション』に乗り込んでいったと聞く海兵隊の手をもってすれば容易でしょう」

 そう推測を語る長門の顔を湯原は真顔で見つめる。

「君は、ハメル少将率いる海兵隊が爆破工作を行って、『リトリビューション』にT部隊と共に乗って逃避行に出た、と言いたいのか?」

「現実としてそうなっている以上、そうとしか言えません。原因や意図、理由は私も分かりませんがT部隊と海兵隊一個中隊、それも特殊作戦にも慣れた戦闘のプロ一個中隊が『リトリビューション』を奪取して何処かへと消えたのは事実です」

「事実は事実として、彼らは何が目的でそうしたのか、何をこれからする気なのかが気になります」

脇から口を挟む榛名に湯原と長門はその通りだ、と頷く。

「長門、君には関係各所に被害状況を共有してくれ。私は緊急参謀会議を開いて情報の整理と収集に当たる。

 それと榛名。君にはT部隊のメンバーの部屋に何か情報が残されていないか調査を頼む。私の名を使って調べてみてくれ」

「了解です」

「了解いたしました」

 二人が敬礼して足早に部屋を出て行った後、湯原は緊急参謀会議を招集する為に電話の受話器に手を伸ばした。



 爆破騒動から一夜が明け、不安な夜を過ごした朝霜はふと村風の姿が見えないのに気が付いた。

 爆破騒動に巻き込まれたか? と一瞬顔から血の気が引くもまだそうと決まった訳では無いと頭を振る。きっと部屋でまだびくびくしながら引き籠っている筈だ、そうに違いない。

 そんなやわな性格では無いのは分かっていたが、取り敢えず村風の部屋に行くと部屋のドアは閉まったままで中に人がいる気配はしなかった。

 一応ノックして村風を呼ぶが反応はない。

「入るぞー」

 ノブを回してドアを開ける。部屋の中は綺麗に整理整頓されており、巡検が見ても文句を強引に着けるしかない程掃除も行き届いていた。

 村風の私物も殆ど手付かずで残っていた。しかし、机の上に置いてあった村風、妙風、清風の三人で撮ったスリーショット写真は無くなっていた。

 無断を承知で村風の箪笥を引き出して中を見て回ると、着替えがいくつか無くなっていた。よく村風が非番の時に使っているのを見たショルダーバッグも無い。

 最低限の着替えと写真を持って何処かへ消えてしまっていた。

 どういう事だ? と状況が呑み込めず首を捻りながら村風の机の引き出しを開ける。

 綺麗に整頓された引き出しの中に「朝霜姉さんへ」と書かれた封書の封筒を見つける。

「なんだ、あたい宛の手紙? 自分で出さないでどうしたってんだ」

 首を捻りながら封書の封を開け、中に入っていた白紙の書類を出す。

 何が書いてあるんだ、と書類に目を通して行く内に朝霜の表情が強張っていく。文章を読んで行く内に書面を持つ手が震え始める。

 込み上げて来る感情任せに床に叩き付けるのを抑えながら全てを見て、読み終えた時、背後で誰かが立つ足音がした。

「朝霜さん?」

 どうかしたの? と首を傾げているのが分かる声で尋ねて来る榛名に、朝霜は振り返ると手にしていた書面を榛名に差し出した。

「村風、あの大馬鹿野郎。奴は、いや奴らは本気だ」

「え?」

 急に何を言っているか分からぬまま差し出されている書面を受け取って目を通してみる。

 読み進める内に榛名の表情も一気に真顔になって行った。

「村風さんが書いたもので間違いないですね?」

念を押すように聞いて来る榛名に朝霜は書面の裏側を見るよう促す。

 書面の裏側には村風の血判が押されていた。

「あいつの血判だ。血判を押していくくらいだ、調子こいてやった行為じゃない。本気でやる気だ」

「提督に見せてきますね」

「あたいはT部隊の日本駆逐艦の連中の部屋を漁って見る。これと同じ血判状が見つかるかもしれねえ」

「秘書艦権限と提督の名を使っても構いません。朝霜さんも情報を集めるのに助力をお願いします」

「任せろ」



 負傷者無し、死者も無し。されど外洋に乗り出せる艦は戦闘艦艇が全艦航行不能。仮に応急処置で航行可能になっても弾薬が足りない。

 無断出港した「リトリビューション」以外の在泊艦艇と弾薬庫の状況報告に、参謀会議室内は参謀達の唸り声で包まれていた。

 そこへ新たな被害報告が入って来た長門の手で告げられ、会議室内の空気がさらに重くなる。破壊工作は艦艇の修理部品にまで及んでいた。

 今この日本艦隊司令部がある横須賀基地に集中配備されていた艦艇は、当面外洋に乗り出すどころか自力で動く事も出来ない。

 観艦式の為に横須賀基地に日本艦隊の艦艇の大半が集めれれていた状況でこれだ。

 呉や佐世保、舞鶴の基地には破壊工作は行われていないが、今そこにいる艦艇は全部沿岸警備を目的とした軽艦艇ばかりである。

 外洋に乗り出す事自体は可能だが、「リトリビューション」捜索に用いるには向いているとは言えない。

「我々は海に出る事が出来なくなった訳ですな」

参謀会議本部長の忽那(くつな)大将の言葉に湯原が頷いた時、会議室のドアがノックされた。

「誰か?」

「榛名です」

「入ってくれ」

 入室時の失礼しますも抜いて榛名が部屋に入って来る。手順を抜いている事に何人かの参謀や将校が眉間に皺を立てたが榛名は構わず湯原の元へまっすぐ向かい、持って来た封書を差し出した。

「朝霜さんが村風さんの部屋で見つけました。提督に直接言えなかった事を詫びていますが……」 

 受け取りながら何のことだろうか、と村風がしたためていたと言う封書の書面を出して読む。


「提督?」

 暫し間をおいてから作戦参謀の一人が書面に目を通したまま沈黙した湯原を窺う声を出す。

 すると湯原は書面をテーブルに置いてため息を吐くと、自分を見る参謀や陸空海兵隊の将校たちを見て静かに告げた。

「クーデターだ。トレース提督率いるT部隊とハメル少将率いる海兵隊特殊コマンド一個中隊、それに『リトリビューション』の乗員が反乱を起こした」

「何ですって! それは本当ですか⁉」

 陸軍参謀が驚きの声を上げる。クーデターと言う言葉に会議室内は一気にざわめき出す。

ざわざわと喧騒に包まれ出す会議室の一同に手を掲げて静粛に、と忽那が声をかけその場を静める。

 直ぐに静まり返る会議室のメンバーの目が湯原に向けられる。すべての視線が「何故、何のために」と理由を聞いて来ていた。

 それらすべての視線を受け止めながら湯原はまた深いため息を吐いてから村風が書いた血判状を手にする。

「《現在の人類と深海棲艦の共存体制と言う偽りの戦後世界、偽りの平和は先に死して散った同胞の報いにならず。

 あってしかるべき平和とは何か。

 それは人類こそが深海棲艦全てを淘汰してこその勝利の先の世界。

 我々は先の一五年に渡った深海棲艦と人類との戦争で亡くなった全将兵、並びに民間人全ての無念を独自の行動を持って晴らすべく、自らの意思を持って軍の指揮系統から離脱、独自の手段をもって先の大戦で失われた総計一〇〇〇万人の人類の死者の魂の救済の行動を取る。

 全深海棲艦特別地の深海棲艦の殲滅を持って我々は一〇〇〇万の人類を救済する。トレース提督、ハメル少将他全メンバーに躊躇いの息漏らす者おらず。

 我が征く道阻む者、その一切の邪魔を許さず。例えその道を阻むものが同胞であっても我々は躊躇わない。


 願わくば、この思いが受け入れられん事を。そして真の平和が実現した世界を見届けたまわん事を。


 T部隊、Traitor部隊旗艦夕雲型駆逐艦艦娘村風》」


 Traitor(トレイター)=「裏切者」の意味だ。自分達が軍から離反した「裏切者」である事は自覚してT部隊のイニシャルとかけたネーミングだろう。

 T部隊もといトレイター部隊の目的は深海棲艦特別地に住む全深海棲艦の殲滅。

 武装解除された深海棲艦は今では無抵抗の民間人も同然。それを虐殺する事になる訳だ。特別地に住まう事を国連が定めた国際法で許された深海棲艦の殺戮行為は明確な国際法違反、いわば戦争犯罪である。

「くそ、馬鹿者どもが。明らかな戦争犯罪だ!」

 空軍参謀が憤りの声を上げると会議室内から賛同する声が上がった。

「しかし、そうでしょうか……彼らの考えには理解出来るモノがある」

 戦争犯罪だと憤る声が会議室に流れ出す中、海兵隊参謀がぽつりと呟く。

 一斉に室内の視線が海兵隊参謀へ向けられると、海兵隊参謀は視線を上げて答える様に自分の考えを口にする。

「彼らが行うとしている事は明らかに国際法に抵触する戦争犯罪です。でも、我々の中には『深海棲艦と共存する世界』と言う戦争の終結に納得し切った者がいた訳では無い。

 現にトレイター部隊、ハメル少将率いる海兵隊はそれが許せず決起した。小官も本心では深海棲艦と共存していく戦後世界、と言う構造に納得しきれてはいません」

 驚きを持って向けられてくる視線一つ一つを受け止めながら海兵隊参謀は本音を静かに、しかし確かな本音を込めて続ける。

「我々海兵隊は深海棲艦との戦争で何十万もの将兵を失いました。北の大地で、南洋の孤島で、天空で、海上で、密林で、泥中で、凍土で、湿原で、市街地で、あらゆる戦場で、人類の版図に侵攻して来た深海棲艦と戦い、仲間を失った。センパー・ファイ(常に忠実であれ)と誓い、兄弟と認め合った絆の仲間達。


 兄弟と認め合った絆の仲間達を大勢失いながら目指した未来とは何だったのか。

 深海棲艦を全て根絶してつかんだ勝利が先に逝った者達への手向けになるのではなかったのか。


 和平の道を模索し始めた時から、この徹底抗戦の思いは果てしなく戦争を続けることになると言う和平派の言葉で説き伏せられて、深海棲艦と共存と言う和平交渉が結ばれました。


 しかし誰もが皆この結末を望んだわけでは無かった、認める事が出来なかった。その結果がこのクーデター決行だったのではないか」

「君は一五年もの長期戦で一〇〇〇万人もの人類を失いながら、ようやく掴めた現在の平和は間違っていると言いたいのか?」

 何を言い出すんだ、と言う目で陸軍参謀が海兵隊参謀を見る。すると海軍や同じ陸軍将校。海兵隊、空軍の将校からも「確かに納得し切れていは無い」と言う声が上がり始める。

 意見が真っ二つに割れた会議室がヒートアップした喧騒に包まれる前に忽那が静粛にするよう呼びかける。


「艦娘をさっさと全て退役、艤装も解体しておけば防げたかもしれん問題ではないのか?」

 海軍参謀の一人の言葉に陸海空海兵隊から同調する声が複数上がる。

 それらを静め、まずはどう対応するか、が議題になる。

「クーデター部隊がどうやって深海棲艦を殲滅するのか、がミソかと思われます」

 一人の男の言葉に会議室の視線が彼に集まる。

 国連軍統合作戦本部情報分析官のデイビッド・バーク大佐だ。

「特別地の深海棲艦は一〇〇〇隻以上。それを連合艦隊編成が辛うじて組める程度の少数の艦娘と一個中隊程度の海兵隊だけで殲滅しつくすのには火力上無理があります。

 何より、当該区域へ進入する前に警備艦のピケットラインを突破しなけばならない。

 決起文書からするに邪魔をするなら人類相手でも引き金も引くのは躊躇ない、と言ってはいますが彼らが求めているのは深海棲艦の根絶であり、無用な血は流したくない筈。

 決起を通告すると当然こちらがピケットラインを強化することは向こうだって考えているでしょう。

 配備されているのは広大な対空索敵能力と探知範囲、最新鋭の衛星データリンクシステムで広大な警戒網を敷くイージス艦。どうやってもピケットラインを突破する際に一戦交えることになる。それは向こうとしては避けたいでしょう。

 正面から特別地に乗り込んで攻撃するか、と言うのには無理がある。何より彼らが使っているのは支援艦。対水上戦闘に対応していません。

 

 つまりピケットラインを突破する際にイージス艦を撃破するとなれば艦娘を使う事になりますが、それは深海棲艦を根絶する為の艦娘の弾薬をそこで消耗する事にもなる。限られた弾薬、物資内で同士討ちはしたくない筈です」

「補給参謀『リトリビューション』に搭載された実弾の総数は?」

湯原の問いに海軍補給部隊参謀が手持ちのタブレット端末で検索する。

「管理システムの最新ログ、一週間前のモノしかありませんが、それによると、利用するT部隊が『リトリビューション』に積まれた弾薬を全力出撃で使ったと仮定した場合、一日で使い果たします。元々観艦式の為に動員したので実弾は余り搬入していません」

「行動を起こす前、補給物資に紛れて追加搭載していた可能性は?」

 そう聞く湯原に補給参謀はあり得ると頷く。

「弾薬の備蓄ログが改竄されていた可能性は充分にあり得ます。何よりトレース提督は兵站部隊指揮官でしたから根回しはしやすい立場です」

「なるほど……人事参謀、『リトリビューション』の乗員は直近で部署入れ替えなどはあったか?」

 今度は海軍人事部の参謀に湯原は尋ねる。

 尋ねられた人事参謀はタブレット端末で検索をかけ、結果を会議室全体に聞こえる声で告げる。

「トレース提督の裁量で部署替えが行われた記録があります。決行前に賛同者だけで乗員を固められる様に手を回していたと思われます

「ふむ……」

 湯原は顎を摘まんで考え込んだ。「リトリビューション」乗員と海兵隊、T部隊総勢約一〇〇〇人弱か。

 深海棲艦特別地攻撃には特別地の規模から言えば正直心許ない人員数である。何より哨戒艦隊のピケットラインを突破する際に、どうしても一戦交える事になるのだからその際に戦力を削がれる可能性もある。

 当然だが安易に阻止される事を前提にやるとは思えない。

 すると考え込む湯原に陸軍参謀長が思わぬ言葉を向けて来る。

「ピケットラインを突破するのは、案外向こうはさほど憂慮していないのではないかな」

「どう言う事です?」

 自分と同階級の陸軍参謀長に尋ねる湯原に参謀長は続けた。

「艦娘は通常艦艇では対抗困難な深海棲艦と相手する為に作り出された。中身は人間だが、その戦力は深海棲艦と同等だ。つまりこちらの通常艦艇の力を持っても、艦娘を排除するのは困難だという事だ。

 現に合同演習において対抗部隊の通常艦艇が艦娘に敗れた話は聞いている。それも全敗と言う話を、な」

 陸軍参謀長の言う通りだった。通常の洋上艦艇では深海棲艦には対抗できない。だから艦娘が人間を基につくられたし、そのパワーバランス上で艦娘と深海棲艦は同一。

 だから通常艦艇では艦娘には対抗できない。

 ピケットラインを突破する際に艦娘を投入されたら、ピケットラインの哨戒に当たる艦隊は容易に突破される可能性が高い。


 考え得る対抗策は一つ。ピケットラインに鎮圧部隊側の艦娘を投入する事。

 そう考え付いた湯原は背筋がゾッとする思いがした。艦娘が艦娘を撃つ、骨肉相食む内戦の体。最悪の展開だ。

「彼らが何時深海棲艦特別地に到着するか、でこちらの取れる対抗手段も決められるかも知れません」

 バーク大佐の言葉に湯原は軽く我に返る思いになる。

「巡航速力でミッドウェイ島の特別地まで向かい、かつ事前に策定しているであろうピケットラインの哨戒艦隊の網の穴を縫う航路はおのずと限られます。

 しかし小官は彼らが愚直にこのままミッドウェイ島の特別地には向かわない、と考えております」

 その言葉に会議室内がざわめいた。

「別の目的地があると?」

 そう尋ねて来る海兵隊航空参謀にバークは頷いた。

「相手は同じ元国連軍将兵です。それに向こうの人員規模がまだ全部分かっている訳では無い。こちらが打つ手口を相手は心得ている。

 教本通りの戦術が通じる相手ではありません」

 そう断じるバークに湯原は頷く。

「その通りだな。まず偵察衛星を駆使して『リトリビューション』の行方を追ってみよう。予測ポイントは凡そ立てられるはずだ。バーク大佐は予測される現在の『リトリビューション』の位置を策定してくれ。

 空軍参謀長、偵察衛星を何機か中部太平洋に回して貰いたい」

「了解した」

 承知したと頷く空軍参謀長とは別に、バークはタブレット端末のディスプレイを見つめながら何かをじっと考え込んでいた。



 尋問室の狭い部屋のテーブルの椅子に座らされたまま、大分時間が経った。

 シュヴァングラード近郊で逮捕された彼女、もとい清風は目を閉じて瞑想するかのように沈黙していた。

 尋問室の扉が開き、中に二人の男が入って来た。清風が目を開けると一人が自分の向かい側の椅子に座り、もう一人は自分の左手側に立った。

「機嫌はどうかな、清風」

「可でもなければ不でもなない」

「問題ない様で何よりだ。私は国連軍情報部のゴードン。こっちはコヴィック」

 ゴードンと名乗る目の前の男は清風の左の男コヴィックも紹介すると小脇に抱えていたファイルをテーブルに置いて本題に入った。

「さて、清風。これより君に対して尋問を行うがその前に言っておかねばならないことがある。君には黙秘権がある。不都合な事や我々に話せない事があればそれは話さなくても問題はないし、黙秘権は保証されている。ただ、真実を洗いざらい話しておくことが君の処遇を良いものにする事は確実だと言っておこう」

 分かったね? と目で問うゴードンに清風は目で同意した。

 コヴィックは腕を組んだまま何も言わないが、ぎろりと睨んで来る視線は合わせずとも清風は感じ取れた。


 始められた尋問に清風は淡々と答えた。投げられたゴードンからの質問に無表情に答える。

 

 何故、姉の妙風を殺したのか? と言う質問になった時、初めて清風の表情に変化が出た。それまで淡々と返していた清風の口が詰まる。

「実の姉では無いとは言っても、君は殺人を犯した。証拠は揃っている。素直に、正直に、ありのままに、あの時君が自分の姉に何をしたのか話して貰おう」

「……」

「だんまりか? 姉を一人殺して、海軍から脱走してそのまま我々の目をくらませられると本気で思っていたんじゃないだろうな?」

 黙り込んだ清風にそれまで無言だったコヴィックがとげとげしい口調で聞く。

「彼女には黙秘権があるのだコヴィック。圧をかけ過ぎるな」

 同僚を制するゴードンの言葉にコヴィックは鼻を鳴らして下がる。

 直ぐにカッカし始める短気な同僚を諫めながらも、ゴードンは彼なりに清風に圧を加える。

「黙秘権の行使は認められているが、それは何か君が今後の裁判などで有罪となり得る情報を隠しているという事を、自分自身で知らしめている事を理解しておいてくれ」

 そう告げるゴードンに清風はまた何か軽く瞑想する様に目を閉じて静まる。暫しの間をおいてから小さなため息を吐いて清風は語りだした。

「姉は、妙風は私の妹の村風の願いを打ち砕いた。平和を実現したのは確かだった。でもそれが村風の望んだ結末では無かった。

 村風だけじゃない。艦娘の皆が深海棲艦との共存と言う現在の平和実現に納得した訳じゃない。

 

 私も同じだった。

 私は姉に真意を確かめに行った。談話室で崩れ落ちる村風の姿が痛まれなかった。

 妙風は、世界平和の為に自分がしてきた活動やその努力を私に語った。全部聞いてから私は問うた」




「それで本当に戦死した艦娘を含む全軍将兵や民間人の魂が報われると?」

そう尋ねる清風に妙風は確かな意思を湛えた目で頷く。

「私達は平和を求めて戦ってきた。無限に続く戦火との隣り合わせの日々を求めてじゃない。

 深海棲艦にも平和を望む者が現れた。武器を置いた相手に、武器を向ける必要は無いわ。振りかざした拳を納め、互いを信じれば両者は歩み寄れ、争う必要もなくなる」

「その平和実現には、自分の妹の意思を踏みにじってでも成し遂げなければならないの?」

 拳に知らずと力が入る清風に妙風は妹の目を見据えて続ける。

「戦争の代償は一つの人間の思いよりも高くつくものよ。清風、私達は失い過ぎたわ。もうこれ以上戦争を続けていたら無限に何もかもを失いかねない。

 私達の命だけじゃないわ。故郷も家族も。戦争を続けていたらこの星そのものまで失いかねない。人間は既に地球を何度でも滅ぼせる力を持っている。

 その力を行使した時、際限なく続く戦争は終末戦争へと発展しかねないわ。深海棲艦との和平が実現した今だからこそなの」

「こんなの皆が望んだ形での戦争の終わり方じゃないわ。何のために夕雲姉さんや巻雲や、妙高さんや、赤城さん達は死んだのよ」

「その死に報いる為の終戦なの」



 嘘だ! 自分の中で何かが発狂した。



 何かが壊れた。



 何かが吹き飛んだ。



 頭の中でタガが外れた自分は妙風の見せた隙を突いて、手にかけた。

 部屋に飾られていた儀仗を引き抜いた清風は本能のままに妙風の頸動脈を掻き切った。


 気が付けば、目の前に頸動脈を着られて大量失血死した妙風が血の海に沈み、自分の白い海軍略装には微かに返り血が付着していた。

 死んだ妙風の血だまりが自分の白いハイヒールのヒールまで呑み込むほど広がっているのに気が付いた時、我に返った。ティッシュペーパーでハイヒールに付いた血を拭き取り、ゴミ箱に入れず自分のポケットに入れた。

 自分と同じ白い海軍略装を血で深紅へと変える妙風の顔は、突然の出来事に理解できないまま終わった表情を貼り付かせて止まっていた。



 自信が犯した凶行を語る清風をゴードンとコヴィックは黙って聞いた。

 聞き終えてからコヴィックは強めの口調で清風に向かって口を開く。

「つまりこう言う事だな。自分とは意見が合わない、腹が立った勢いで、と言う理由で貴様は自分の姉を殺害した」

「……そうなるわね……」

 そう返す清風の顔は諦観した顔だった。

 今度はコヴィックに代わってゴードンが話し出す。

「本来なら軍法会議にかける所だが、君の軍籍登録は既に抹消されている。君が再入隊しない限り、軍では裁けない。

 民間の裁判所で君は殺人罪で裁かれるだろう」

「私の軍籍登録はいつだれが?」

 そう問う清風にゴードンは初めて持って来ていたファイルを開いて清風に見せる。

「人事ファイルによれば、終戦後の艦娘の大量退役期に乗じて誰かが次いで感覚で除籍したらしい。当時捜査を行っていた我々以外誰も君を疑っていなかったから、不要になった艦娘の退役と除籍ラッシュに乗じて君もリストに載せられていた様だ」

「なるほど……」

 知らない内に艦娘の「大量退役期」などが起きていたモノだ。本当に自分は妙風を殺した後脱走同然に海軍を抜けてシュヴァングラードに流れ出したから、海軍で起きていた事等殆ど知らないも同然だった。

 ふと、今海軍がどうなっているのか、今でも海軍にいるであろう同僚達がどうしているのか気になった。大量退役が起きたとは言っても一定数は残っているだろう。

 その事を尋ねる清風にゴードンは教えても問題あるまいと思ったのか、ファイルを閉じると清風に今の国連海軍の現状を伝えた。

「君は知らんだろうが、観艦式を実行する事が先日決まった。だが、それを利用したトレース提督が隷下の艦娘と海兵隊のハメル少将率いる一個中隊と共に支援艦一隻を強奪して離反、クーデターを決行した。

 目的は深海棲艦特別地に踏み込んで深海棲艦を根絶やしにする気らしい」

「……そう」


 今更感もあるが、不完全燃焼で終わった先の戦争に確かなケリを付ける為、と言う理由で決起する、と言うのは理解できた。自分だってそうしたかった戦争の終わらせ方だからだ。

 もっとも国際法で特別地に住まう事を許された深海棲艦を根絶やしにするのは、言ってしまえば私刑行為、ただの怨念返しの暴走行為と断じられても仕方ない。

 殺人と言う刑法を破っている自分が言うのも何だが、トレース提督たちがやっている事は国際法違反の犯罪行為だ。やろうとする意志は理解できるが、国際法に抵触する違法行為であることに変わりはない。

 どの道鎮圧部隊が鎮圧に出て終わりだろう。自分には関係ない。



 トレイター部隊が離反決起してから一週間後。事態は思わぬ形で動いた。

 横須賀の日本艦隊司令部に設けられたクーデター部隊対応指揮所に詰める湯原たちの下に、大湊基地所属のもがみ型護衛艦FFM「ちくご」から緊急報告が入ったのだ。

 電文を持った榛名が指揮所に飛び込んで来て湯原達に「ちくご」からの報告を読み上げる。

「発、大湊基地所属護衛艦『ちくご』、宛、横須賀クーデター部隊対応指揮所。本艦五分隊無人哨戒機二号機が『リトリビューション』を発見セリ。

位置は……」

 榛名が読み上げた「リトリビューション」の座標は指揮所の誰もが想定していなかった場所だった。

 「リトリビューション」はどう言う訳か、太平洋を北上して一路カムチャッカ半島方面へと向かっていると言う。どう考えても深海棲艦特別地のあるミッドウェイ島への進路とは言えない。

「一体どこへ向かっている……?」

 凝然とした表情で呟く湯原に返される答えはない。

 が、暫し間をおいてから指揮所にいた一人、バーク大佐が何かに気が付いたように弄っていた手持ちのタブレット端末を持ち上げた。

「提督、私見でよろしければ彼らの目的地が」

「教えてくれ」

 即座に先を促す湯原にバークは指揮所の大画面ディスプレイに自分の端末で繋いだ情報を表示共有させた。

「彼らの目的地は、シェルドグラードにあるのかも知れません」

「シェルドグラード?」

 一斉にどこだ、と言う空気になる指揮所の大画面ディスプレイにカムチャッカ半島の一点が表示される。

「ロシア方面軍のICBM基地もある国連軍統合戦略軍団の基地がある都市です。港湾及び小規模ですが『リトリビューション』くらいの受け入れも可能な海軍基地も存在します。

 統合戦略軍団の情報では核弾頭は既に撤去済みですが、通常弾頭のICBMならまだ何基か運用可能状態です」

「つまり、彼らはシェルドグラードのICBMで深海棲艦特別地を長距離攻撃すると言う訳か」

「いえ、仮にそうだとしても、現地にあるICBMだけでは火力投射量が不足気味です。根絶やしにする勢いなら、現地にある通常弾頭は三倍以上必要です」

 どう言う事だ、と湯原が唸りながら腕を組んだ時、指揮所の部屋のドアが性急にノックされ、許可も無く一人の人間が飛び込んできた。

 制服についているワッペンには統合戦略軍団の紋章があった。噂をすればの統合戦略軍団所属の連絡将校だ。

「き、緊急事態です。先ほどアメリカのマイノット空軍基地から最新鋭の戦略弾頭二基が無くなっているのが判明したと報告が」

「マイノット空軍基地……核兵器も貯蔵している基地じゃないか! なぜ今になって無くなっていると報告が入ったのだ!」

 大量破壊兵器を貯蔵している基地の管理体制に憤りを見せる湯原に、連絡将校は事情を説明する。

「実はマイノット空軍基地の基地司令官は先日交替してまだ間もなく……管理が特殊な最新鋭戦略弾頭の方は通常点検リストから漏れており、クーデターが判明してから基地司令官が急遽行った点検で今日初めて二基無くなっている事が判明したそうです」

「最後の点検は何時に?」

 湯原に代わって尋ねるバークの言葉に連絡将校は「一〇日前に」と答える。

 クーデター前だ。基地司令官の引継ぎのドサクサに紛れてクーデター部隊が強奪したに違いないだろう。

「つまり、統合戦略軍団にもクーデター部隊の同志がいるという事ではないか!」

 テーブルを叩いて陸軍参謀長が怒鳴る。それを無言で制しながら湯原は連絡将校を見据えて「強奪」された最新鋭の戦略弾頭の事に触れる。

「最新鋭の戦略弾頭、と言ったが、それはどんなものだ」

 タブレット端末の一つを連絡将校にも寄こして、「強奪された最新鋭の戦略弾頭」の情報を指揮所の大画面ディスプレイに表示させる。

「クーデター部隊が強奪したと思われる、いえ強奪した最新鋭の戦略弾頭は『コルディアム弾頭弾』と言う非核戦略兵器です。

 理論は複雑なので詳しい理論的な説明は省きますが、一切の放射能被害を出さない純粋水爆以上のクリーンさを持ちつつ、その破壊力は設定調整次第で小国一つを丸ごと溶鉱炉と同じ様な風景に変えられる程の威力を持ちます。

 元々対深海棲艦戦略一環として米軍主導で開発されていたもので、一三基が試作建造され、一基がテスト運用された以外はマイノット空軍基地で保管されていました」

 大画面ディスプレイにコルディアム弾頭のテスト運用時の映像が表示される。

 何もない砂漠、アメリカのネヴァダだろうか、のど真ん中に閃光が走るや、天変地異を思わせる壮絶な光景へと変わる。

 カメラのある場所まで凄まじい揺れと暴風が押し寄せ、テスト運用映像が途絶えた。

 筆舌し難いその破壊力に湯原は背筋がゾッとする思いだった。


「なんてことだ……つまり彼らはシェルドグラードのICBMにコルディアム弾頭を取り付けてそれを深海棲艦特別地に撃ち込む気か」


 納得がいく結論だ。日本艦隊の弾薬庫にあった弾道ミサイル迎撃対空ミサイルが使用不能にされていたのは、ICBM迎撃が困難な様にする為だったのだ。

 巡航ミサイルも使用不能になっている以上はシェルドグラードのICBM基地を叩く事自体も不可能だ。


 しかし、まだ望みがすべて潰れた訳では無い。

 他の海軍基地、ハワイ、グアム、サンディエゴには弾道ミサイル迎撃対空ミサイルであるSM3を搭載した艦艇が何隻かいる。

 今すぐにでもミッドウェイ島へ向けて出撃させれば、防衛は不可能ではない。もっとも初動対応はとっくに遅れているから直ちにSM3を搭載させて出撃させないと防げる惨事を防ぐことは不可能になる。

「リトリビューション」の現在位置はシェルドグラードまであと一日の所だ。明日にはシェルドグラードに入港して基地を掌握してしまうだろう。

 海兵隊一個中隊の戦力でもシェルドグラードの国連軍は制圧出来てしまう。いやシェルドグラードの国連軍自体、取り込まれている可能性すらある。

 湯原は傍らにいた榛名と海軍連絡将校の一人に顔を向けるとアメリカの第七艦隊司令部に緊急要請を行うよう指示する。

「榛名、すぐにアメリカ第七艦隊司令部に連絡。ハワイ、グアム、サンディエゴのどこでもいいからSM3搭載のイージス艦をミッドウェイ島へ向け出撃、展開させろ」

「了解!」

「それから君はロシア方面軍に連絡して、シェルドグラードの基地の防衛と既に陥落済みの場合に備えて部隊の展開準備を要請だ」

「は」

 榛名と連絡将校が部屋を飛び出していくのを見送りながら、まだクーデター部隊賛同者が軍内部にいる可能性に湯原は危機感を覚えていた。

 


《シエラアルファ2、クーデター部隊がそちらのエリアに向かっていると言う情報を得た。近隣基地から防衛の増援部隊を展開させる。

現在のそちらの状況はどうか、オーバー》

「こちらシエラアルファ2、今の所裏切り者がここに向かっていると言う現実以外こちらは問題ない。ただ増援を送るには天候が悪化している。明日にかけて空が荒れるから輸送機の発着は難しいだろう。オーバー」

《了解した。悪天候がクーデター部隊の到着も遅らせる事を願うだけだな。すぐに増援を送る、それまで何としても基地を死守せよ。アウト》

「シエラアルファ2 了解した。裏切り者共が来る前に部隊を寄こしてくれよ」

基地の管制官は無線を切ってヘッドセットを置くと背後で小銃を持った兵士に向き直った。

「これでいいんだろうな?」

「充分だ。あんたには役者の素質があると見た。軍人って言う殺し屋より俳優として生きて行くことをお勧めしたいくらいだな」

「クソッタレが」

 シエラアルファ2のコールサインで呼ばれるシェルドグラードの国連軍基地は既にトレイター部隊賛同者によって掌握されていた。

 基地司令は部屋に軟禁され、計画に賛同していない者以外はクーデター部隊賛同者の監視下に置かれていた。基地要員の三分の二がクーデター部隊賛同者だった。

基地の防衛設備は全て送れて来るであろう「増援部隊」迎撃に備えていた。



 シェルドグラードの国連軍基地が計画賛同者に無血で掌握できた事は特殊暗号回線で「リトリビューション」にも知らされた。

船室に籠る村風にトレースがそれを知らせると村風はほっと一息を吐いた。無用な血は流したくなかっただけに、無血で基地を掌握できたのは大きかった。

 一方で統合戦略軍団の同志が奪取したコルディアム弾頭を運ぶ貨物船が嵐の影響で到着にはあと一日遅れる事がどうしても逃れられないとの事だった。

 一日。シェルドグラードの国連軍基地が既に陥落している事はまだバレていない筈だが、いずれはバレるだろう。大湊基地の護衛艦が飛ばしていた無人偵察ドローンに捕捉されたのが最初の失敗と言えた。

 各基地の哨戒航路を縫いながらシェルドグラードの国連軍基地への最短航路を取ったはずだったが、護衛艦の艦長は勘がいいのかこちらの航路上にドローンを飛ばしていた。

 まあ、捕捉されてもまだ対応策はある。追手は同志の規模をまだ把握出来ていないだろうし、把握した頃にはもう遅い。




「妙風殺害の犯人がまさか君だったとはな」

悲しそうに言う湯原に清風は無言を返した。

自分の供述調書を知り、面談を求めて来た湯原とアクリルボード越しに久しぶりの対面を果たしたが、それはとても感動的なモノとは言えなかった。

「調書は読んだ。だが私自身で確認したい。本当に君が妙風を殺したのか? 脅迫されたとかではないな?」

「事実です……私が姉を殺しました。提督……残念ですが、私が妙風殺人の真犯人なんです」

 嘘であって欲しいと願う様な表情の湯原に清風は事実を告げた。

 深々と吐き出される湯原の溜息に、清風は何も言わずに垂れるかつての上官の頭を見つめた。


 


 クーデター部隊対応指揮所に呼び出された榛名は指揮所が編成したクーデター部隊討伐部隊の編成表を渡された。

 それ読んだ榛名は、討伐部隊に観艦式の為に召集されていた艦娘が多数含まれている事に気が付くと共に、その必然性に悲しみも感じた。

 クーデター部隊に艦娘がいるとなれば、鎮圧部隊側にとって通常兵器だけでは対抗できない局面もあり得る。

 通常兵器では対抗できない深海棲艦を相手どれる唯一の存在である艦娘に、通常兵器で対抗出来る訳がない。

 クーデター部隊の艦娘を討てるのは、討伐部隊側に残された艦娘しかいないのだ。

 やりきれない思い、悲しみに満ちた思いに榛名があてもなく徘徊する様にフラフラと廊下を歩いていると、呼び止める声がした。

 朝霜だった。

「どうしたんだ」

 心中を察した様に静かに尋ねて来る朝霜に、榛名は討伐部隊編成の内容を打ち明けた。朝霜も討伐部隊に組み込まれているから、いずれは知る事になる話だったから隠す必要も無かった。

 すべて聞き終えてから朝霜は納得した様な表情で呟いた。

「《化け物には化け物をぶつける》って訳か。まあ、《化け物を倒せるのは人間だけだ》とも言うがな」

「艦娘が、艦娘を討つなんて……」

 悲嘆にくれる榛名の言葉に朝霜も複雑な思いを抱えながらも、クーデター部隊旗艦として決起した村風と言う妹を思うと、その村風を止められるのは自分しかいない、と言う義務感にも駆られていた。

 夕雲型駆逐艦の仲間として、姉として、世界に反旗を翻した村風たちを止められるのは自分達の務めなのだと。けじめは自分達で付けなければならないのだと。

 深海棲艦を全て根絶する。理由は分からなくも無いが、だからと言って今となっては共存する友邦となった深海棲艦を、国際法を犯してまで殺戮するのは現在の世界そのものへの裏切り行為だ。

 かつての敵に晴らし難い怨念があったから反乱を起こしたのだろうとは言え、やってはいけない事はやってはいけないのだ。それが例え艦娘であろうが人類であろうが関係はない。



 討伐部隊の艦娘艦隊は艦隊総旗艦を長門が務める事となり、四つの討伐任務部隊が組まれた。


 第一討伐任務部隊

戦艦長門(総旗艦兼務) 重巡熊野 利根 軽巡阿武隈 駆逐艦野分 浦風


 第二討伐任務部隊

戦艦榛名 重巡最上 高雄 軽巡川内 駆逐艦朝霜 岸波


 第三討伐任務部隊

戦艦ウォースパイト 重巡ノーザンプトン 軽巡パース 駆逐艦綾波 響 時雨


 第四討伐任務部隊

戦艦シャルンホルスト 空母エンタープライズ 防空巡洋艦ジュノー ゴトランド 駆逐艦キッド Z3マックス・シュルツ


 第一、第二は日本艦隊の艦娘だけで、第三と第四討伐任務部隊は観艦式に参加していた日本を始めとする各国の艦娘の統合部隊編成となった。

 全部で二四名の艦娘を動員した大規模な討伐部隊編成だ。

 この二四名の艦娘の母艦としてグアムにいた大型支援艦「フォワード・オントゥ・ドーン」が動員され、その護衛艦として同じくグアム配備のミサイル駆逐艦「キッド」「グリッドレイ」「ウェイン・E・マイヤー」「スプルーアンス」「トーマス・ハドナー」の五隻が随伴する事となった。

 


 荒天になる直前にシェルドグラードの国連軍基地に「リトリビューション」は入港した。

 気象予報では今日中に荒れる筈だったが、幸いにもシェルドグラード入港まで天気は持ってくれた。

 埠頭に横付けした「リトリビューション」から降ろされたランプを村風とトレース、ハメルは一緒に降り、シェルドグラードの国連軍基地の同志の出迎えを受けた。

「お待ちしておりました、提督、将軍、艦隊旗艦。シェルドグラード基地副司令のザイツェフ中佐です」

 シェルドグラードの国連軍基地の副司令官が敬礼で出迎えると、三人は答礼した。

「出迎えご苦労、中佐。我々が来るまでよく基地を確保してくれた」

 労をねぎらうハメルにザイツェフは「ありがとうございます」と一礼する。

「天気が荒れる前に艦から降ろしておくものはあらかた降ろしておいた方が良いでしょう。基地の受け入れ準備は整っております。施設をご案内しましょうか?」

「ああ、よろしく頼む」

「あ、待って下さーい! そう言うとこの取材、あ、いえ、見学に自分も混ぜて下さい!」

 四人の背後からパタパタと駆け寄って来る声がして、村風は少し呆れた気分になった。愛用のカメラをひっさげた青葉が駆け寄って来るのを見て、トレースは苦笑を浮かべる。好奇心旺盛な青葉らしいと言えば青葉らしい。

「まあ、いいではないか。彼女も計画のメンバーだ」

「遠足でここに来た訳では無いんですよ青葉さん?」

「勿論理解してますよ。でも国連軍の最重要機密の塊の基地に潜入……いえ、入る事が出来る機会は一生に何度もある訳じゃないだけに、この目で見てみたいんですよ」

「生れつきの性かね」

 そう尋ねるハメルに青葉は真顔になって考え、一拍おいてから答えた。

「深海棲艦に復讐をする手段をこの目で見ておきたいと言う本能的な欲望ですね」



 民間の裁判所へ身柄引き渡しが行われるまで入れられた牢の鍵が開けられ、ベッドに座っていた清風は顔を上げた。

 入って来たのはコヴィックだった。バックを肩にかけている。

「出ろ。お前にやって貰う事が出来た」

「私に?」

 怪訝な表情を浮かべる清風にコヴィックは肩にかけていたバックを清風に渡した。

「お前はクーデター部隊討伐任務部隊の予備戦力として投入される。そのバックに新しい夕雲型駆逐艦艦娘としての制服が入っている。

 肩書は『懲罰兵』だ。だが肩書の口外は許可しない。

ワンマン囚人部隊の艦娘としてお前はクーデター部隊討伐任務部隊の予備戦力として戦場に送る」


 バックを開けると袖に三本の線が入った紋章付き夕雲型駆逐艦艦娘の制服が出て来た。三本の線は確か罪線と言う囚人部隊特有の紋章デザインの意だったはず。


「私を駆り出すのは何故? 懲罰兵の分際は理解しているが、教えて貰えるなら教えて貰いたい」

 そう求める清風にコヴィックは意外にも教えてくれた。

「クーデター部隊はシェルドグラードに向かった。お前の住んでいたシュヴァングラードの隣の町だ。

 お前にはシェルドグラードへ進行する討伐部隊の地上部隊の案内役を任せる」

 無言で新しい、しかしどこか懐かしいかつての制服を見ながら清風はコヴィックに再び問う。

「何故私が」

「湯原提督が司法取引の形で根回しをした結果だ。クーデター部隊に気付かれない潜入ルートを貴様が我々に教え、万が一の時に備えて予備戦力として艦娘として一時的に復隊。

 何もかもが終わったらお前は書類上では妙風殺害の罪で起訴、有罪と言う体を取る。本当のお前は全てが終わり次第好きにしていい。

 シュヴァングラードに帰るもよし、書類上で済まさす真の実刑判決を塀の中で暮らすもよしだ。

 だが今は我々の指示通りに動け。分かったな囚人」



 一方、シェルドグラードの国連軍基地が既に掌握済みと言う事をまだ知らないまま、討伐部隊を載せた「フォワード・オントゥ・ドーン」と護衛の駆逐艦五隻の艦隊は集合場所となっていた横須賀を出港した。

 バーク大佐の解析ではコルディアム弾頭をICBMの弾頭として新規に取り付け、調整を行うには最低でも一週間弱はかかると見られていた。

 それまでにクーデター部隊を制圧し、深海棲艦特別地へのコルディアム弾頭ICBM攻撃を防ぐ。それがクーデター部隊討伐任務部隊に与えられた任務内容だった。

 可能であれば無血で終わらせたいと誰もが願っていたが、クーデター部隊の決意を考えればきっと骨肉相食む内戦の体に突入するのは想像に難くない。


 それでも、と榛名は諦められない思いを胸に秘めていた。もしかしたら、説得して、話をすれば、回避出来るかもしれない。

 同じ艦娘同士で殺し合うなど嫌だ。


「必ず、ここに帰ってきます。《皆》で」


 遠くなっていく陸地を見つめながら、「フォワード・オントゥ・ドーン」のフライトデッキ艦尾で榛名はクーデター部隊の艦娘も連れて帰る思いを呟いた。


このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください