2022-01-25 01:54:21 更新

概要

 艦隊これくしょん 「私達」の戦争第4弾です。


第四話 シェルドグラード 


 支援艦一、駆逐艦五からなるトレイター部隊鎮圧部隊が出撃した事はトレイター部隊側でもすぐに確認していた。

 村風にとって歯痒いのは鎮圧部隊が到着する前にコルディアム弾頭弾のICBMへの取り付けと調整が間に合わない事だった。

 どうしても調整には時間がかかる代物なだけに、鎮圧部隊と一戦交える可能性は捨てられない。

 同胞同士での血は流したくなかったが、もし向こうが力づくでこちらをねじ伏せにかかるなら止むを得ない。


 曇天のシェルドグラードの埠頭の先で、水平線の彼方に視線を向けて佇んでいた村風は瞑想する様に目を瞑った。

 もし撃って来るなら準備は出来ている。

 相手は同じ国連軍。セオリーも承知しているし、向こうもこちらが同様である事を承知しているだろう。

 奇策を持ってこちらを鎮圧するか、正攻法と物量で鎮圧するか。

 どっちにしろ負けようが勝とうが自分達は犯罪者だ。

 特に首謀者の自分は重罪人だ。極刑は免れないだろう。だが、その覚悟もなしにクーデター部隊を率いている訳でない。

 謀反を起こした張本人の責めは自分がすべて取る。法を無視したら軍人ではなくなるのは理解している。

 しかし、今の世界が先の戦争のあるべき終戦後の姿とはとても思えない。

 敵は滅ぼさなけなればならない。でなければまたその敵が再び自分達に刃を向けて来ないとは限らないのだ。

 殊に深海棲艦は同じ人類ではない。深海棲艦自体ですらその存在意義をよく理解していなかった人類の敵だ。根本的な脅威の解決に至っていない以上、禍根を残せば後世に、末代に新たな犠牲者を出しかねない。

 未来、世界への脅威は完全に排除しておかねばならない。その為に自分達はあの戦争を戦い、仲間を失って来たのだから。

 これ以上失わない為に、全てを終わらせる為に、コルディアム弾頭弾を取り付けたICBM、コードネーム・グングニルを放たねばならない。

 グングニル。北欧神話の神オーディンが放つ狙った獲物は外さない回避不能の必中の矢。

「全て……終わらせる……」

 目を開いて呟く様に村風は言った。





 鎮圧部隊の艦娘母艦「フォワード・オントゥ・ドーン」と護衛の五隻の駆逐艦、それに鎮圧部隊地上戦力を載せた強襲揚陸艦「ターミガン」「フェーザント」、随伴駆逐艦の「ジェームズ」「ヘイワード」「シャクルトン」の計一一隻の艦隊はシェルドグラードと同じ様な曇天の空の下の海を航行していた。

 艦隊旗艦を務める「フォワード・オントゥ・ドーン」通称「FUD」のFIC(艦隊作戦指揮所)で、鎮圧部隊司令官のテレンス・ハーパー少将は討伐任務部隊各旗艦の艦娘や艦隊参謀達を前に大画面スクリーンを用いて判明している情報を説明した。

「シェルドグラード基地は偵察衛星の情報から既にクーデター部隊の手に陥落している事が確認されている。

 だが現在、シェルドグラード近郊の天候は悪化しており、近隣の基地から鎮圧部隊を早急に送るのは困難だ。それに向こうには通常兵器で対抗困難な艦娘がいる。

 クーデター部隊が艦娘を繰り出して来たら通所兵器だけの鎮圧部隊は思わぬ損害を被りかねん。

 そこで我々は『ターミガン』『フェーザント』から成る遠征打撃群の地上部隊と連携してシェルドグラード近郊のクラウン・ビーチに上陸し、橋頭保を確立。

 その後本艦から討伐任務部隊を出撃させシェルドグラードへ地上と海上の二正面から制圧にかかる。

 一応、一番近い国連軍の前線基地からSu-30戦闘攻撃機による近接航空支援が行われる予定だが、すぐに来られるとは言えないし、天候によっては航空支援が望めなくなる。

 遠征打撃群に攻撃ヘリも載せて来てあるが、数は限られるし、クーデター部隊側にも地対空ミサイルがあるから迂闊には飛ばす事は出来ない。

 クーデター部隊の地上戦力は多くても一個大隊未満程度と思われる。こちらの遠征打撃群の海兵隊戦力はそれの倍の二個海兵大隊。

 艦娘艦隊戦力でもこちらが上だ」

 スクリーンに表示される彼我の戦力差と戦力数を見る四人の艦娘の顔は晴れない。これから起こる事態を思うと自害したいくらいの葛藤が生まれていた。

 ハーパーもメガネをかけ直しながら四人の胸中を推し量った。気持ちはわかる。同胞を討つことになるのは避けられるのであれば避けたい。

「事前にシェルドグラード基地へは降伏勧告を行うが、彼らが白旗上げて大人しく出て来る可能性は残念ながら低いと言わざるを得ないだろう。

 彼らの中で内紛でも起きない限り」

 そんな内紛を起こして未遂で終わる程度の覚悟でクーデターを起こす訳がないのも全員分かっていた。

 気が晴れない表情の四人の艦娘を前にハーパーは静かに続ける。

「気持ちはわかる。私も出来れば引き金は退きたくはない。

 だが彼らが国際法、条約で護られている深海棲艦を滅ぼすと言う国際法違反、条約違反行為は断じて防がねばならない。

 それが己の本心にそぐわないモノだとしても、我々国連の正義と信念を守る事を誓った国連軍の軍人は、国連の定めし法に基づいて動かねばならない。

 世界の秩序を護る為に誓った宣誓を思い出してくれ」


 初老の提督にそう諭すように言われても榛名にはまだ躊躇いが残っていた。

 相手は同じ人類、艦娘達である。かつての同胞に対して引き金を引く事が本当に自分には出来るのだろうか。引き金を引くように指示する事が自分には出来るのだろうか。

 自分が率いる討伐任務部隊のメンバーの大半も躊躇いを持っている。迷いを持っている。

 クーデター部隊の言い分は理解出来てしまう。だが気に入らないからと言って世界が定めた条約や法に反していいと言う訳でないのだ。

 私刑行為、と言ってしまえばそれまでだが。

 何故こうなってしまったのだろうか。どうしてこうしなければならないのだろうか。

 自分が艦娘であったから? 自分が先の戦争を生き延びた果ての続きがこれか。

「大丈夫か榛名」

 隣の長門が伺う声を寄こすが榛名は無言で手持ちの情報端末に目を落としていた。

 表示されているクーデター部隊の艦娘の名前を見てどれも見知った顔ばかりである事に悲しみを覚える。


 端末に首謀者として顔写真と共に表示される村風の画像を見つめると、胸が張り裂けそうな思いになる。

 

 生真面目な夕雲型駆逐艦の艦娘だった彼女とは先の大戦でも共に戦った仲だ。戦友だった。

 それが今では倒さねばならない敵となってしまった。これほど悲しい事は無い。


 白旗を上げるように勧告した所で恐らく向こうは無視するだろう。下手に刺激すれば撃って来るかも知れない。

 いや、目の前に立ちはだかるだけで向こうは引き金を引いてくるかもしれない。それだけの覚悟を決めて彼らは決起したのだから。

 嫌だ、止めて欲しい、こんな事だれも望んでいない。

 顔を俯ける榛名の顔に生気は皆無だった。あるのは悲嘆にくれた今にも泣きだしそうな顔だった。





 迎撃態勢を整える基地の防御陣地を見て回った村風は、その守備態勢に満足していた。

 地対空ミサイルは山ほどある。シェルドグラード基地の守備隊がほぼ丸ごと取り込めたし、その装備も手付かずで入手できたから戦車から歩兵戦闘車に至るまで重装備も整っている。

 シェルドグラード基地へ至るあらゆるルートには監視網が敷かれ、レーダーサイトも稼働中だ。

 問題点はやはり頭数が鎮圧部隊の半分以下しかいない事だろう。

 それにこちらには戦闘機を始めとした航空戦力が無い。艦娘にも空母艦娘がいないから水上艦娘達だけで対空戦闘をこなさないといけない。

 もっとも、空の天候は良くないから空爆の心配はあまり無いだろう。

 武器弾薬と燃料を始めとした補給物資も備蓄は充分にある。


 コルディアム弾頭を撃ったらその後どうするか。これに関して村風はクーデター部隊の参加者の自由にしていた。

 逃亡するもよし、鎮圧部隊に投降するもよし、自決するもよし。各々自らで決める事にせよ、とクーデター部隊の艦娘にも伝えていた。

 自分(村風自身)はどうするか? それに関しては決めていた。

 クーデター部隊の首謀者としてどの道投降した先で自分を待っているのは軍法会議による極刑だ。それくらいなら全てを見届けた後自分の手で自分を始末するだけだ。

 自分のやろうとしている事が世界の決めた「決まり事」に反しているのは分かっている。

 

 だがその世界は分かっていない。自分達が騙されている事を。偽りの平和にぬくぬくと騙されながら過ごしている事を。

 今の世界は、本来あるべき姿ではない。将来に禍根を残す深海棲艦との共存態勢などと言う偽りの平和。

 こんな世界の為に、自分達艦娘や国連軍将兵は命を散らして来たのではない。何によって自分達は多くの戦友を、仲間を、家族を、全てを失ったと言うのか。

 全ては深海棲艦のせいだ。突如現れた奴らが自分達から全てを奪い去った。こちらに戦いを一方的に挑んできて、無差別に人々を殺戮し、世界を穢した。

 その罪は重い。なのに何故人類は共存と言う形で奴らを許してしまったのか?

 共存を望む深海棲艦の口車に載せられた人類の誤りだ。それを事実上看過してしまった自分にも一定の落ち度がある。

 だからこそ、綺麗さっぱり何もかもを終わらせなければならない。今の偽りの平和の世界を許したけじめを自他ともにつけなければならない。

 コルディアム弾頭弾で深海棲艦を滅ぼし、世界に清浄な平和をもたらす。それが先の深海棲艦戦争で命を落とした同胞への手向けになる。

 

 ふとポケットから写真を取り出してそれに目を落とす。

 自分と妙風、清風と共に撮ったスリーショット。

「姉さん、私の行う事は間違っていませんよね……?」

 平和を、共存を口にし始めた自分の理解者だったはずの姉の顔を見て、村風は目を細めて返されない問いかけを問うた。




 曇天の空を一機の無人機が飛んでいた。無人偵察機MQ1プレデターだ。

「プレデター1-1、間もなくシェルドグラード基地へ到達します」

 悪天候を押して飛ぶプレデターは、シェルドグラード基地への偵察衛星よりも正確な偵察行動と、シェルドグラード基地に立て籠もるクーデター部隊の意思確認も兼ねて送り出されていた。

 オペレーターが操縦するプレデターの機裁カメラから送られてくる地上の映像を、湯原は参謀や将軍、提督らと共に見守った。

 気流が悪く姿勢制御にやや難儀しながらもシェルドグラード基地へと迫るプレデターから送られる映像を見る湯原に、陸軍参謀長が耳打ちする様に尋ねる。

「撃って来ると思うかね?」

「彼ら次第です」

 そう返す湯原に陸軍参謀長は深いため息を吐いた。

「血を流したくない気持ちはわかる。だが彼らはその覚悟を持って決起したのだ。そしてその凶行は我々国連の定めに従う国連軍の軍人の手で止めなければならないのだよ」

 自分より歳下の湯原を諭すように陸軍参謀長は言った。

 無言を返す湯原に陸軍参謀長は静かに続ける。

「私も彼らのやりたい気持ちが分からない訳でもない。だが国連の軍人として国連が定めた方針には従わねばならない。それを破ってしまったらもう軍人ではいられなくなる。ただの私怨から私刑行為に走った狼藉者だ。

 法や掟は人を律する為に、人々の秩序を護るために、人間の理性を保つ為に存在する。世界中が認めたその掟を破る事は世界に背を向けたと同義だ。

 世界に反旗を翻した者の意思、存在、行動を認めてしまえば、それに続く不法者が現れかねない。

 身内だからこそ、我々の手で彼らを鎮めなければならないのだよ」

「ええ、理解はしていますよ。それでもクーデター部隊の艦娘には私の直属の部下たちがいる。部下を手にかける事は出来ればしたくは無い。

 穏便に済ます事が出来るなら、それに越したことは無いのです。決意を揺るがす何かがあらば……」

 そう語る湯原の言葉を遮る様にプレデターのオペレーターが「地上からレーダー照射を受けました!」と言う緊迫した声が上がる。

「対空レーダー照射、ロックオンされました」

「威嚇か、本気か?」

 空軍参謀長の問いにオペレーターが分からないと首を振った時、オペレーターのコンソールからけたたましいアラートが鳴りだした。

 すると海兵隊参謀が画面の一点を指さして叫んだ。

「ミサイル来ます!」

 全員の目がプレデターのカメラが映す大画面モニターに移される。画面に一瞬だけだったが地対空ミサイルの軌跡が映り、映像は暗転した。

「撃墜されました」

 ため息交じりにプレデターのオペレーターがヘッドセットを外しながら告げる。

 砂嵐画面になった大画面モニターから目を離してうな垂れる湯原に陸軍参謀長が静かに言う。

「彼らはやる気の様だな」

「あの対空ミサイルが彼らの意思表示、と言ってよいでしょうね」

 険しい表情で言うバーク大佐が海軍参謀長に顔に向き直る。

「提督、艦隊は間もなくシェルドグラード基地への対地誘導砲弾の攻撃可能圏内に入ります。攻撃準備の許可を」

「……」

 直ぐには答えず海軍参謀長は湯原を一度見やってから目を瞑って暫しの間沈黙した。

 こんな事は認めたくもない。海軍の立場として内戦の火蓋を切るのだけは避けたかった。攻撃の許可ではなくあくまでもまだ準備とは言え海軍参謀長にはまだ迷いがあるようだった。

 湯原は海軍参謀長の下に付く提督だから自分の意見を無暗に挟む事は出来ない。それが歯痒くもあった。

 ようやく目を開けた海軍参謀長が決意の意思を目に会議室に聞こえる声で攻撃準備を許可した。

「攻撃準備を許可する。ただし艦隊は準戦闘配備で司令部からの攻撃許可があるまで発砲は禁ずる」

 




 シェルドグラード基地の司令部に鎮圧部隊から投降勧告と基地の引き渡しを命じる電文が送られて来た。

「二四時間以内に基地のポールに白旗を掲げ、武装を解除し、コルディアム弾頭弾を引き渡さなければ、武力を持った鎮圧も辞さない、か」

 ハメル少将は腕を組んで司令部の大画面モニターの一つに表示される鎮圧部隊からの勧告と要求文を見つめた。

 二四時間。コルディアム弾頭弾の調整と発射準備が終わるまであと七二時間。

「今更我々が翻した反旗をしまう訳がなかろう。全軍に通達。戦闘配置。鎮圧部隊の現在地を特定しろ。

 電文を逆探査すれば今どこにいるか特定できるはずだ」

「了解、解析します」

 ハメル少将の右腕とも言えるバクスター中佐がヘッドセットを被り部下と共に鎮圧部隊の現在地逆探知に取り掛かった。

 さらにハメル少将は無線機を取ると部下の一人に指示を出した。

「キングよりビショップ。攻撃準備だ」





 シェルドグラード基地へと進撃を続ける鎮圧部隊艦隊旗艦「フォワード・オントゥ・ドーン」のFICで榛名が投降勧告の返事を待っていると、突如FICに一人の艦娘が入って来た。

 清風だ。日本を出港してから送れてヘリで予備戦力として送られて来た艦娘。先の大戦終戦間際に突如姿を消してから久々に出会う清風に誰もが驚きを隠しえなかったが、何故今までどこにいたのかについて彼女は一切語ろうとしなかった。

 そんな経歴が不明瞭な清風をハーパーと「ターミガン」から来訪して来ていた海兵隊遠征部隊の司令官アンダーソン大佐とその参謀達が見る。

 一斉に向けられてくる視線に全く臆する様子もなく清風は作戦指揮台に歩み寄る。

「清風。君はシェルドグラード基地への進入路を知っているとの事だな?」

 ハーパーの言葉に清風は無言で頷く。

 作戦台に歩み寄って地図に目を通す清風に榛名は率直に疑問に思った事を聞く。

「何故ご存知なのです? 土地勘があるのですか?」

「……まあ、戦後ずっと隣のシュヴァングラードで暮らしてたから、シェルドグラード一帯の地理も頭に入ってるんで」

 これくらいは別に話しても問題ないだろう、と思ったのか抑揚のあるトーンで清風は答える。

 驚きを浮かべる榛名をよそに清風はアンダーソン大佐に地図を用いて海兵隊の武装偵察隊の進撃可能なルートを教える。

「一七号線は深海棲艦の対地攻撃でトンネルが崩落して以来そのままだから使えない。シュヴァンシェルド線も橋を破壊されてそのままだ。

 奴らがどう布陣するか、だが多分グランツ岬に地対艦ミサイル部隊を展開させてこちらを待ち構えている筈だ。あそこからでもここは充分狙える」

「君のおすすめする潜入ルートは?」

「ヘリで地形追随飛行してクラウン・ビーチの南にあるバストーク岬にLZ(着陸地点)を設ければ大丈夫だろう。あそこは周辺に廃墟と化した集落がいくつもあって隠れ名が進むのにうってつけだ。

 まあ向こうもきっとそれを読んで待ち構えているだろうけど、現状見つかるリスクを抑えた潜入ルートはこれくらいだ」

「バストーク岬にクーデター部隊が待ち伏せしている可能性はあると思うか?」

「あそこは廃墟となった集落がいくつもあるから隠れる場所が多いとは言っても、どの集落もドローンを飛ばせば容易に潜んでいる輩くらい簡単に見つかるくらいの規模だ。

 車輛の轍はどうしても残るだろうし、この季節はぬかるみが消えにくいから重車輛が走った後は消しにくい。展開している事はすぐにばれる。

 ここにいるって事を簡単にばらして、艦隊の艦砲射撃で簡単に壊滅する程向こうも馬鹿じゃないだろうさ」

「なるほど。よし、バストーク岬に偵察部隊はLZを構えよう。そこからシェルドグラード基地へ潜入し、本隊の攻撃開始と共に司令部を強襲し制圧だ」

「セオリー通り、か。向こうもかつては同じ友軍だったって事を忘れない事だね」

「貴様も同行するか?」

「止めておくよ。じゃ、これで私は用への済んだだろう。後は好きにさせてもらうよ」

 ポケットに手を突っ込んだまま清風は言うと、アンダーソン大佐やハーパー少将たちが何か言う前に踵を返してFICから出て行った。

 ため息交じりにハーパーは榛名を見ると目で清風が出て行ったハッチを見やる。

 じっくりと話がしたい思いがあった榛名は意図を汲んで清風の後を追ってFICを出た。



 自分を呼び留める榛名の声に、清風はポケットに手を入れたまま振り返った。

「何です?」

「少しお話をしませんか? 清風さんが終戦間際に姿を消してからシュヴァングラードにいた理由とか、榛名は知りたいです」

「うーん、申し訳ないけど軍機事項に触れて来るモノがあるので、無理な相談だね」

 それだけ言って清風は榛名に背を向けるが、五歩と行かずに榛名の両手が清風の両肩を掴む。

「清風さん。何か隠していますね?」

「それが何か? 榛名さんに関係ない事だ。私は私で好きにさせてもらうよ」

「待って下さい。海軍に正規復帰しているのなら、上官の命令に従う義務があります」

 あまりやりたい手口では無かったが、榛名は大佐の身分をちらつかせながらやや強い口調で迫った。

 上官権限。清風は階級が大尉だから大佐の榛名より格下だ。つまり榛名が階級上の上官権限を使えば強制的に従わせる事も可能ではある。

「知ってもしょうも無い事に、何でそんなにムキになるんだい。榛名さんらしくないよ」

変わらないトーンで返す清風の制服の右袖に三本線の入ったワッペンが付けられているのに榛名は気が付いた。

 見慣れないワッペンだ。どこかの特務部隊の腕章だろうか。なら清風にも何らかの特別権限が与えられているかもしれない。階級の差を帳消しにできる権限が。

 すると、ワッペンに気が付いた榛名に清風はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「気が付いたみたいだね。そうだ、私はとある特殊な部隊に配属された上でここに送られた。その部隊に配属された際に自分の身の上を明かしてはいけない事をこっちが約束させられていてね。

 つまり仮に私が榛名さんの知りたいことを勝手にべらべらと喋ったら、私の所属部隊のきまりに反してしまう事になる。情報漏洩罪で逮捕されるかもしれない。

 お縄にかけられる可能性だってある。榛名さん、貴女にもその手首に手錠がかけられるかも知れないよ?」

「脅し……ですか」

「好きに解釈するがいい。私は強制的にこの作戦に参加させられているだけだ。勝手に参加させられ、勝手に殺し合いの手伝いをさせられている。

 これ以上介入したくはない。好きにさせてくれ」

「……手錠がかかる、逮捕されるかもしれないと言うのなら、榛名は構いません」

「何だと?」

 初めて低いトーンの清風の口調に驚きが混じり、目も少しだけ見開く。

 驚きを見せる静風を見据えて榛名は確かな意思を湛えた目で見返しながら続ける。

「清風さんは何かを隠しています。それは清風さん自身がこのまま自分一人で抱え込み続けていたら、清風さん自身をいずれ自壊させかねない大きなものです。

 何を背負っているのか、それは分からない。でも榛名はこれだけは自信を持って言えます。

 清風さん自身が今背負っている事を少しでも話せる相手に話しておかないと、いずれ隠し背負っている事に潰されてしまう。命そのものまで失いかねないモノだと」

 そう告げる榛名の目を見返しながら清風は深いため息を吐くと右手を頭にやって、左手を腰に当てた。

「やれやれ、榛名さんは昔からちょっとしたことで頑固になるところがあったけど、ここでそれを発揮するとはね」

 わかったよ、と言う様に諦めた顔になった清風は榛名をフライトデッキに誘った。二人っきりで話す事が出来る場所と言えば、そこくらいしかない。

 幸い懲罰兵としての自分に監視役の人間は付けられていなかったし、尾行されている形跡もない。

 何かあった時はそれこそ榛名に責任を取って貰うだけだ。




 地上発射型四連装ハープーン対艦ミサイルランチャーの準備を終えたフライ大尉は無線機を取るとシェルドグラード基地の司令部につないだ。

「ビショップよりキングへ。攻撃準備完了。そちらから命令あり次第いつでも撃てます」

(了解した。基地へ撤収せよ)

「ラジャー。よし、全員車に乗れ。基地に戻るぞ」

 部下達にハンヴィーに戻れと指示しながらフライはハープーンミサイルランチャーを見てにんまりと笑った。

 出迎えの準備は万端だ。邪魔するならミサイルをたんまりご馳走してやる。

 俺の女房と腹の中の子を殺した深海棲艦を皆殺しにしてやる絶好のチャンスをぶっ潰されてたまるか。



「ビショップ、準備をすべて完了し基地へ撤収中」

「ルークより入電、準備完了と報告が入りました」

「よろしい。攻撃命令を待て」

 オペレーター達の報告にハメル少将は頷きながら返す。

 司令室の大画面モニターの各パネルに地対艦ミサイルランチャーを映すカメラ映像とモーションセンサーの反応が表示されている。モーションセンサーはもしこちらの動きを予測して対艦ミサイルを潜入部隊が事前に潰しにかかって来た時、直ちに察知できるようにするために設置したものだ。

 ついでにモーションセンサーと対人地雷もセットで敷設してある。鹿や熊などの野生動物と人間を判別できる確かな精度のセンサーだから誤報はまず起きないだろう。

「敵は、のこのこ入り込んできますかね?」

 上官に顔を向けずにバクスター中佐が尋ねる。ハメル少将は腕を組んで軽くため息を吐きながらバクスターの問いに答えた。

「連中は我々を問答無用に打って出て鎮圧せず、説得と言う手に出た。つまり連中には我々を撃ちたくないと言う迷いがある。

 だが我々にはその迷いがない。計画を邪魔するのであれば、兄弟であろうと容赦はしないと」

「我々が殺したいのは深海棲艦ですよね。同じ同胞を殺したかった訳ではない筈。

 威嚇射撃で時間稼ぎ位出来んものですかね」

「残念だがミサイルは貴様の情けを汲み取ってはくれん。愚直に入力された諸元データに従って飛んで行き、鎮圧部隊の艦隊に当たって爆発する」

「射撃レーダー波だけで威嚇できませんかね」

「レーダーの位置を逆探されて、ミサイルや砲弾を撃ち込まれて終わりだ。ミサイルが無用の長物となる。

 かつての同胞を撃つ事に躊躇いがあると言うのなら、貴様はその席から外れて私自身が引き金を引いても構わんのだぞ」

「我々が殺したいのは深海棲艦であって人類ではない。それを再確認しておきたかったのですよ。

 狂気に吞まれたら、本当に殺したかった相手を殺す事に失敗し、殺したくなかった相手を殺して終わるだけのオチになりかねませんからね。

 目的を果たしたければ己の正気を保ち、己を見つめ続けよ。昔将軍が仰った言葉ですよ」

 自分への戒めをかける様にバクスターは、かつてハメルが訓示した言葉をハメル本人に返した。

「中佐には迷いがあるのですか?」

 司令室の室内に突如村風の声が割り込む。

 バクスターとハメルが声のする方を見ると、司令室のドアに村風が立っていた。

 コツコツと足音を立てながら村風はバクスターに歩み寄る。

「迷いか……そうだな、迷いが全くない訳じゃないが、撃てと言われたら私は撃つよ」

「本当に引き金を引く覚悟がおありで?」

 そう低いトーンで問う村風は臀部に右手を回す。彼女の右手が臀部のホルスターに収めらているグロック34のグリップに伸びているのにハメルは気が付いた。

 目で彼女は計画の支障になるなら味方の粛清もいとわないかもしれん、とバクスターに警告する。

 上官からの警告を体で感じたバクスターは村風に向き直ると静かな口調で口を開く。

「俺の妻と息子二人を殺した深海棲艦を今更許す気なんてない。奴らに復讐する絶好の機会だ。今更躊躇いなどない。

 だけど俺が本当に殺したいのは深海棲艦であって、同じ人間じゃない。流血沙汰になる事は不本意であるという事を自分に言い聞かせておかないと、復讐の機会を俺は見届ける前に死ぬかもしれない。それは嫌だ。

 狂気に呑み込まれてはいけないと言う戒めだよ。だからそのケツの銃を納めてくれ」

 片手を上げて諫める様に言うバクスターを、睨む様に見据えた村風はハメル少将からの無言の圧も受けて右手をグロック34のグリップから離した。

「中佐が一瞬でも迷って、向こうが撃って来るチャンスを与えるようなら私が引き金を引き、あなたもしかる後に処させていただきますよ」

「君の銃口が俺の頭をぶち抜く事にならない様、俺も気を付けさせてもらうよ」


 銀発のポニーテイルを軽くなびかせて司令室を出て行った村風を見送ったハメルは、彼女から一種の狂気じみたモノを感じ取っていた。

 大丈夫だろうか、あの女は。狂気に吞まれたら自分で計画を破綻させかねない。

 狂気に呑み込まれた人間の末路を何度となく見て来ただけに、ハメル少将には村風から感じた狂気が心残りになった。

 皆、深海棲艦に家族や仲間を殺された最後の弔い合戦だと意気込むあまり、隠れ潜む狂気に自分を乗っ取られ吞み込まれてしまうのではないか、と言う一抹の不安をハメルは感じていた。

 実際、コードネーム・ビショップのミサイル群を設置したフライ大尉やコードネーム・ルークのミサイル群を配置したダロウ大尉、コードネーム・クイーンのミサイル群を配置したホ大尉辺りは狂気の片鱗を覗かせている。

 上官として手綱はしっかり握っておかねば、とハメル少将は自分に戒めるをかける様に目を瞑った。





 飛行甲板でこげ茶の髪を風になびかせながら全てを話した清風に榛名は凍り付いた表情を浮かべて見つめていた。

「貴女が、妙風さんを」

「反射的と言うか、本能的と言うか、そう衝動的と言うべきか。気が付けば妙風を私は殺していた。

 衝動的に姉を殺した私は海軍を抜け出して暫く下町社会を転々とした後、シュヴァングラードに落ち着いた。

 そこで静かに隠れる様に勝手に朽ち果てるつもりだった。戻るべき家も無く、家族も無い私には、海軍と言う居場所すらないその時、シュヴァングラードが最後の居場所だった。

 情報部の連中に見つかって、海軍に連れ戻されて懲罰兵の肩書を付けられてこの作戦に参加させられたのはさっき話した通りだよ」

「どうして同じ艦娘を、お姉さんを殺してしまったのですか……」

 ショックを受けた榛名の問いに清風は困った表情を浮かべて視線を逸らした。

「共存態勢と言う形での終戦が決まった時、村風の姿を見た私は痛まれなかった。妹の意思を踏みにじってまで、仲間の仇をすべて打たずにこの戦争を終わらせていいのか。

 そう疑問に思ったのは確かだ」

 逸らす表情に苦悶を浮かべながら話す清風に、榛名は深海棲艦との戦争の終わらせ方は本当に正しかったのか、これが最適なのか、満ち足りる結果なのかと言う疑問が湧き上がって来た。

 多くの犠牲を払って掴んだ平和。もう誰も何も失わない世界。しかし、今の世界に納得した人間がいた訳では無かった。

 はっきりと明言してい無いとは言え、清風は深海棲艦との共存態勢と言う戦後世界の誕生を認める事が出来なかったのだろう。

 そして今の世界を作る事を進めた姉と意見が対立し、本人の言う通り衝動的に手にかけてしまった。

 清風がやったのは殺人行為だ。人殺しであり、許される事ではない。しかし、動機となった事に関しては榛名にはどこか共感できてしまうモノがある。

 仮に今亡き自分の姉金剛が同じことをした時、自分はどう反応しただろうか。自分の立場になって考えて見ると、榛名には安易に清風を妙風殺しの罪で批判する気が起きなかった。勿論殺人は許してはいけない。だが、何かが榛名の口から「貴女はただの殺人者だ」と断じる言葉を制していた。

 何が原因だろうか? 自分も金剛、比叡、霧島と言う三人の姉妹を深海棲艦に殺されたから? 本当は今ある世界の形に納得していないから?

 思い返すと終戦協定が結ばれた「トゥルース・アンド・レコンシリエーション」の艦上で、式典を見ていた自分は湯原に何と言ったか。

 深海棲艦の事を許した覚えはない。しかしここで終わらせるのであれば受け入れよう、と言ってしまった。

 今思えば、自分の本当の想いを殺してまであの終戦を受け入れてしまったのではないか。本当は金剛、比叡、霧島の仇を取るまで、この身が果てるまで戦いたかったのではないか?

「分からないねえ、世界ってのは。一人の人間のおつむだけで、この世の全てを理解し切れないもんだね。少なくとも私の脳みそじゃあキャパシティーが足りないよ」

「清風さんはこの一件が終わったらどうするつもりなんですか」

「さあね。どの道戦闘は避けられないだろうし、償いも兼ねて死ぬのもありかも知れない。生き延びてしまったらシュヴァングラードに戻ろうかな。

 シュヴァングラードで暮らしてたのも、そこで朽ち果てる事を選んだのだからね。ま、なるようになれだ。私は別に自分の生死なんてもうどうでもいいんだ。

 死ねるなら死ぬ。生き延びてしまったら、生き恥を晒し続けるよ」

 自分の生死にもう拘泥していない清風の態度に榛名はそれを批判する気すらもはや起きなかった。

 失い続けた自分達はあとどれくらい失えば、この苦しみから解放されるのだろうか。

 胸が張り裂けそうな辛みを抑える様に榛名は自分の胸元に片手を当てた。





 シェルドグラード基地の司令室に入ったトレースは、既にいたハメル少将と村風と無言の合図を交わし合った。

 投降勧告と武装解除指示から間もなく二四時間。期限切れだ。

 既に鎮圧部隊の艦隊は地対艦ミサイルの射程圏内だ。

 二四時間目になった時、鎮圧部隊の艦隊旗艦から呼びかけが入った。

《こちら国連軍海軍少将ハーパー。クーデター部隊各員に告げる。武装を解除し、投降せよ。無用な流血は避けたい。貴官らの賢明なる返答を求む》

 ハーパーか。知っている顔を思い出しながらトレースはマイクを掴むと通話スイッチを押し、自分達の意思を返した。

「ハーパー少将。残念ながら我々は貴官らの要求を呑む事は出来ない。我々は先に散った同胞達の無念を晴らすためにここにいる。その意思に微塵の揺らぎはない」

《トレース少将。我々の艦隊は既にシェルドグラード基地を砲撃可能な状態にある。何度でも言う、無用な流血は避けたい。穏便に済ましてくれないか。

 私も、大切な宝だった妻を奴ら(深海棲艦)に殺された。私だって奴らが憎い。

 だが、だからと言って謀反を起こし、世界に反旗を翻し、世界が存在する事を許した深海棲艦を皆殺しにするなど、世界そのものまで敵に回す気なのか。君達は深海棲艦を再び敵にするのではない。世界を敵にしているのだぞ。分かっているのか》

 するとトレースの手からマイクを奪った村風が冷酷さを湛えた声で吹き込んだ。

「言いたいことはそれだけですか? こちらの攻撃手段は貴方達を海の底へ送る準備は完了している。こちらから最後通告です。今すぐに艦隊を退きなさい。さもなくばハープーンを撃ち込む。

 私達が殺したいのは深海棲艦です。それこそ微塵も揺らがない主目的だ。

 ですが、邪魔をするようならたとえ同じ人類であっても私達は引き金を引く指に躊躇いを込めません。分からないのですか? 真に世界の敵になっているのは貴方たちなのですよ。

 撤退か戦闘か。選択はそのどちらかしかない」

 一切の情を消した口調で告げる村風に、通信マイク越しにハーパーは一瞬の間をおいて回答を返した。


《撤退する気はない。貴官らを我々は止める。それが我々国連軍の軍人としての任務だ》


 失望をその顔に浮かべた村風はハーパーとの通信をそのまま切ると目を瞑って少し瞑想する。

「やむを得ないな」

 自分の覚悟を決めたトレースの言葉と共に村風は目を開くと、ハメルとトレースに向き直って無言で頷いた。

 三人が首に下げていたキーを出すと、バクスター中佐のコンソールにそれぞれ刺し込む。

 ハメル少将のカウントで一斉に回されたキーが合図となって地上発射型ハープーン対艦ミサイルの安全装置が解除された。

 後は発射ボタンを押せば、ミサイルは発射される。

 攻撃命令を出す前にトレースはハメル少将、村風、そして司令室にいる要員の顔一つ一つを見て行く。

 ここに来る前にトレイター部隊の艦娘達の顔も見て確認して来た。

 迷いはない。

 

 やらなくてもいいんですよ、とでも言いたそうなバクスター中佐の視線を感じながらトレースは静かに攻撃開始を指示した。

「ハープーン、攻撃開始」

 攻撃命令を受けたバクスター中佐の表情とは別の躊躇いの無い指がミサイル発射ボタンを押した。





「奴らは本気だ。全艦対空戦闘用意!」

 通信が切られたマイクを元に戻すハーパーが艦隊間通信の受話器に吹き込んだ時、FIC中に鳴り響くミサイル警報と「フォワード・オントゥ・ドーン」のTAO(戦術行動士官)の警報が上がり、戦いの火蓋が切られたことが告げられた。。

「TAO、ミサイル警報! ヴァンパイア、ヴァンパイア、ヴァンパイア、地対艦ミサイル発射を検知!」

「お出迎えだな。駆逐艦戦隊は迎撃を開始せよ」

 ハーパーの号令が下るや即座に「FUD」と二隻の揚陸艦を囲む輪形陣を敷く駆逐艦八隻から艦対空ミサイルによる迎撃が開始された。

 艦娘母艦「FUD」艦長キース大佐が「FUD」の全部署に対空戦闘用意を発令し、TAOに検知されたミサイルの弾数を尋ねる。

「TAO、弾数は?」

「一二発……二〇発、敵弾二四発を確認!」

「なんて数だ。全艦対空戦闘用意! RAM、CIWS交戦準備」

 純粋な戦闘艦ではない「FUD」には近接防空ミサイルのRAMと近接防御火器のCIWSしか武装は無い。艦娘母艦は揚陸艦「ターミガン」「フェーザント」同様護衛の艦艇を伴って行動する事を前提とした艦艇だった。

《『キッド』に対艦ミサイル多数向かう!》

《こちら『グリッドレイ』。更にミサイル発射を検知。数は同じく二四! 奴ら波状攻撃を仕掛けて来ているぞ》

 モニターに表示される対艦ミサイルの表示と艦隊の位置を見てハーパーは拙いな、と顔を歪めた。

 対艦ミサイルを迎撃中の「キッド」「グリッドレイ」「ウェイン・E・マイヤー」「ヘイワード」「シャクルトン」とミサイル群までの距離があまり無い。対空ミサイルで迎撃し切れるかどうか。

 五隻の駆逐艦は互いに援護しあう形でSM6艦対空ミサイルを撃ち上げている。今のところ迎撃成功率は八割を超えているが、残りが五隻の駆逐艦目がけて飛んでくる。

 ハープーンはどうやら手近な目標に狙いをつけているらしい。随伴駆逐艦全艦のイージス・システムは全自動モードで脅威度の高さを瞬時に判別して一番脅威の高いと判断した目標へSM6を投げつけている。

 イルミネーターが乱れ打ち上げられたSM6の終末誘導を休みなく行い、CIWSと主砲が飛来するミサイル群の方向へと指向される。

《「キッド」、SM6による迎撃不能。CIWSコントロールオープン!》

《こちら「シャクルトン」、ターゲットサーヴァイブ! ミサイル四発本艦に向かう! CIWS射撃開始》

 対艦ミサイルの発射地点から艦隊までの距離が近かった為、SM6による迎撃が間に合わず二隻の駆逐艦がCIWSに最後の望みを託す。

 艦後部のMk15 CIWSの二〇ミリガトリング機関砲が金切り声を上げてタングステン弾を吐き出し、弾幕を形成する。

 CIWSで迎撃する二隻の援護に入る「グリッドレイ」「ウェイン・E・メイヤー」「ヘイワード」もSM6による迎撃不能な距離にまで対艦ミサイルが迫り、CIWSで迎撃を開始する。

 だが如何せんミサイル発射から到達までの距離が近すぎた。 高い防空能力を誇るイージス・システム搭載の駆逐艦とは言え、処理が追い付かない限りはどうにもならない。

 それでも三波に渡る対艦ミサイル総計七二発中、約八割に当たる五八発を撃墜していた。

 SM6による迎撃が無理な距離にまで入られた五隻の駆逐艦がCIWSとMk45五インチ主砲も動員して迎撃する。

 駆逐艦「シャクルトン」を狙っていた四発の内一発がCIWSで爆砕されるが、残る三発を迎撃し切る前に立てつづけにハープーン三発が「シャクルトン」に直撃した。

《こちら「シャクルトン」、ミサイル被弾! 被弾した! 被害状況を報》

《こちら「キッド」、艦尾にミサイル被弾! 後部VLS誘爆! ダメージコントロール急げ!》

《こちら「ジェームズ」。「シャクルトン」のいる場所から火柱が上がった。「シャクルトン」応答なし、レーダーからも「シャクルトン」の信号をロスト。轟沈したと思われる》

《こちら「ウェイン・E・メイヤー」被弾した、被弾した! メーデーメーデーメーデー! 艦が急激に傾斜していく! 艦長は総員退艦を決定。「ウェイン・E・メイヤー」は総員退艦する!》

《こちら「キッド」。我航行不能。ダメです、火災止みません、機関室応答なし。消火は困難。総員退艦します!》

《こちら「ジェームズ」。「グリッドレイ」にもミサイル直撃を確認。通信を発する間もなく轟沈した……最後の言葉も無かった》

 ミサイルが次々に駆逐艦に直撃していき、モニターに「LOST」と表示されるのをハーパーは成す術もなく見つめた。

 駆逐艦「シャクルトン」と「グリッドレイ」は轟沈。「ウェイン・E・メイヤー」と「キッド」も助からない。

 阿鼻叫喚となる無線が「FUD」のFICに響き渡る。最後まで迎撃中だった「ヘイワード」にミサイルが一発命中し、「ヘイワード」から我航行不能と悲鳴のような損害報告が入る。

 あっという間に五隻の駆逐艦が撃沈ないし大破してしまった。幸い艦隊の中核と言える「FUD」と二隻の揚陸艦は無事だが、手放しに喜べる状態ではない。

「『スプルーアンス』『トーマス・ハドナー』は撃沈された駆逐艦の生存者救助に当たれ。『ジェームズ』は現在地を維持。艦隊の最後の砦となれ」

《こちら「スプルーアンス」了解》

《「トーマス・ハドナー」了解》

《「ジェームズ」了解した》

 生き残った三隻の駆逐艦に指示を出しながら、ハーパーは目を閉じて犠牲者を偲んだ。五分と立たない内の出来事だった。



 三時間近くの救助作業の結果、「ウェイン・E・メイヤー」と「キッド」、「グリッドレイ」の生存者合わせて六〇七名が救助されたが「シャクルトン」の生存者はいなかった。

 「シャクルトン」の艦長以下乗員三八〇名全員が戦死した。

 唯一駆逐艦「ヘイワード」は浮かんでいたが、浸水、火災共に激しく機関室の復旧も絶望的と判断され、自沈放棄が「ヘイワード」艦長によって決定した。

 三時間余りの内に五隻の駆逐艦を失ったハーパーだったが、生存者と負傷者の救助を完了すると艦隊に進撃再開を命じた。

 クラウン・ビーチへと進撃を続ける艦隊のレーダーに新たな反応が出たのは上陸地点到達まで後一時間と言うところでだった。


「レーダーに新たな反応あり。対水上レーダーにてきわめて小さな反応を検知。シークラッタ―で正確な評定は困難」

 そう告げる「FUD」のTAOにハーパーは正体を悟ると第三討伐任務部隊に出撃を発令した。

 ウェルドックから出撃命令を受けた六人の艦娘、ウォースパイト、ノーザンプトン、パース、綾波、響、時雨がウェルドックのハッチから出撃すると単従陣を組んで艦隊の前に出た。

「ウォースパイト、聞こえるか。敵は恐らくクーデター部隊の艦娘だ。初の艦娘対艦娘戦になる可能性が高い。セオリー通りは行かない相手だという事に留意して戦え」

《……提督、念の為に確認しておきますが、交戦規定は?》

 ヘッドセット越しに尋ねて来るウォースパイトにハーパーは躊躇いを消した表情で答えた。

「撃たれる前に撃て。撃沈も許可する」





 ハーパーの予想通り、鎮圧部隊艦隊迎撃に出て来たのは重巡プリンツ・オイゲン、軽巡鹿島、駆逐艦秋月、電、フライシャーだった。

「全艦、対水上戦闘用意! 相手も同じ艦娘を出して来るでしょう。艦娘同士の戦闘です。気を引き締めて」

 主砲を構えながらプリンツ・オイゲンは続航する五人に戦闘配置を呼びかける。

「大人しく帰ってくれれば、こんな事にはならなかったのに」

 恨めしそうに鹿島が呟くと、フライシャーがため息交じりに相槌を打った。

「全く嫌な戦争だ。まあいい、これで何もかも終わらせてやろう」

「なのです」

 そうだな、と電が頷き、右手にアンカーを構えた。

 その時、六人のヘッドセットにオープンチャンネルでウォースパイトから通信が入った。

《こちらウォースパイト。クーデター部隊の艦娘の皆さんへ。今すぐ武装を解除して投降してください。私達は貴女たちを殺したくて来た訳ではありません。

 同じ艦娘同士の戦いを私は望みません。お願いです、どうか引き抜いた剣を鞘に戻して》

「何を今更。五隻の駆逐艦を撃沈されて何百人も殺されておきながら、まだ平和的解決が出来るとでも?」

 言葉通り馬鹿を言うな、と吐き捨てる様に鹿島がウォースパイトから接続された回線を通して彼女に返す。

《鹿島さん、こんな事をしてもあなたのお姉さんは帰って来ないわ。それにこんな事、きっとあなたのお姉さんは望まない》

「香取姉さんの事を知った口をきくな! 貴女に何が分かる!」

 戦死した香取の事を引き合いに出された鹿島が激昂すると加速をかけ、隊列から離れて部隊旗艦のプリンツ・オイゲンの前に出た。

「ちょ、ちょっと鹿島さん」

「煩い、私はあの戦艦を殺す! あなたたちは取り巻きの裏切り者をお願いします」

 先行する鹿島を見てプリンツ・オイゲンが困惑顔を浮かべるが、フライシャーがふっと口元に笑みを浮かべてプリンツ・オイゲンに言う。

「良いじゃないか。こちらの火力ではウォースパイトをやるのは苦労する話だ。鹿島が足止めを含めてやってくれるなら、彼女に頼もうじゃないか」

「仕方ないですね。では、私達はウォースパイトの随伴艦を攻撃します。鹿島さんが敵艦隊の先頭を抑えている間、私達は敵艦隊の左側面に出ます。全艦最大戦速、取舵一杯」





「前衛艦隊、敵艦娘艦隊と接敵。交戦開始」

 オペレーターが告げる中、FICに上がっていた榛名は戦況モニターを見つめながら自分の目から涙が溢れだすのを感じた。

 こんな事になるなんて。皆で帰ろうと帰りたかったのに、自分のどうする事も出来ないまま艦娘同士の戦いが始まってしまった。

 テーブルに手をついて静かに涙する榛名の背後で空虚な笑い声が上がった。

 振り返るといつの間にFICに入って来ていた清風がポケットに手を入れた状態でけらけらと虚しさを感じさせる笑い声を上げていた。

「皮肉だねえ、世界の番犬艦娘が最後の戦いを締めくくることになるなんて。全く皮肉で笑える」

 乾いた笑い声を上げる清風だが、その目は何も見ておらず、虚しさを湛えた笑い声がその口から漏れだしていた。

 笑い続ける清風に歩み寄った榛名はその胸倉を掴むと、勢いよく右手で張り飛ばした。

「止めなさい!」

 張り飛ばさた勢いで床に倒れる清風は一旦静かになるが、それでもまだその口元からくっくっくと含み笑いするのが聞こえた。

 神経を逆撫でする笑い声に激昂した榛名が殴りかかるが、ハーパーがその手を掴んで引き留める。

 腕をがっしりと掴んで自分を引き留めるハーパーに振り返った榛名に、無言でハーパーは首を横に振る。

 それでも、腹の虫が治まらない、と言いたげな榛名にハーパーは静かに諭すように言

章タイトル

った。

「殴ったところで、何も変わらない。もうこの状況を止める事は出来んよ」

 その言葉に榛名の腕に込められていた力が抜け、ついでに膝の力も抜けた。

 力抜けてへたり込む榛名の脇にしゃがみながらハーパーはそっと彼女の肩を抱き、耳元に口を寄せると静かに榛名にも戦闘準備を命じた。

「君も用意したまえ。ここで全てが決まる。これが我々の最後の『失う時』だ」



このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください