【この雨を止めるため】〈第二十一話~第二十五話〉
この作品は、一人の青年が様々なトラブルに遭遇しながら必死に提督として成長していく物語です。
※誤字、脱字または文脈の乱れ等、至らない点が多々あると思いますが、どうか温かい目で見ていってください。
※キャラ崩壊ありです
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
~出雲鎮守府side~
「偵察にと思っていたのですが、どこか様子がおかしいですね」
袴の半分を肩から降ろし、華奢な腕を海風に晒した艦娘は己の艦載機から届いた報告に脳を働かされる。
そのすぐ隣では一人の艦娘が周囲を覆われるほどの重装備でも顔色一つ歪ませず、腕を組んで仲間の様子を気にかけていた。
「おかしい、というと?」
「相手の空母の方、でしょうか? 艦載機を出す素振りもなく、先頭に立ってこちらを警戒しているようです」
「冗談だろ? 主砲でも担いで殴り込みに来る気か?」
前方で警戒を行う他の仲間が、何を言ってるんだといった表情を向けてくる。
「分かりません。ですが、向こうが艦載機を出してこないのであれば制空権はこちらのものです。このまま攻撃に移ります」
「なら、私と天龍さんで注意を引きつつ、敵の動向を探ってきます!」
「このまま待ってても退屈になるだけだしな! そっちの援護は出来なくなるが、大丈夫か?」
「問題ない。ビッグ7の名において、攻撃も護衛もしっかり務めてみせるさ」
「私も、精いっぱい頑張ります!」
「オッケー! よし、んじゃ行くぞ吹雪!」
「はい!」
四人は己の定めた任務の遂行のため、各自行動を始める。その手足からは、淀みや迷いといった不要物は完全に取り除かれていた。
~舞鶴鎮守府side~
「そろそろ出てくるわ」
四人は間隔を広く開け、微速前進しつつ敵艦載機が姿を現すのを待つ。こうすることで敵に一ヶ所集中攻撃をされる恐れが減り、味方同士の衝突も避けることが出来る。
後は各々の回避能力が物を言う。加圧と脱力、どちらが来てもいいように両足には少しばかりの力を籠め、その時を待つ。
一寸ばかりの時を越え、波打ちに交じってプロペラの回転がその場をかき混ぜ始める。
いよいよだ。そう全員が感じる中、自分たちの上空では雲が引き延ばされ、敵艦載機がついにその姿を現した。
「来るよ!」
時雨の一声で全員が速度を上げて距離を取り、青空に向かって己の武装を突き上げ、引き金を引く。
いくつもの砲撃音が重なり、機関銃の如き濃密な弾幕が空へと溶ける。更には敵艦載機による攻撃も合わさり、睨み合いから一転、派手な攻防戦へと切り替わった。
時雨、神通の二人は駆逐艦、軽巡洋艦ならではの被弾面積の少なさや主砲の取り回しの良さを活かし、時には回避、時には迎撃といった具合で敵の攻撃を次々と無力化していく。
一方、加賀は回避行動を必要最低限に抑え、攻撃を行う前の敵艦を次々と撃墜していく。
「Shit! 当たりまセン!」
頭上を多くの艦載機が飛び回るせいで、却って狙いが絞りきれない。
金剛の元には時雨や神通、加賀よりも明らかに多くの艦載機が動員されていた。それはそのまま、敵からの警戒度が高いことを意味する。
「そういうことネ。OK、かかってきなサイ」
金剛は艤装を収める。邪魔、と言わんばかりに。
敵艦載機は勢いを増し、次から次へと金剛に向かって雷撃を仕掛ける。
空から降り注ぐ無数の魚雷。それが海の中へと姿を消す前に、金剛は拳と脚で残らず撃ち落とす。
衝撃を加えられた魚雷はその場で金剛を巻き込み、爆破していく。それは金剛に確かなダメージを与えるが、彼女の勢いを寸断するには至らなかった。
一分と少しばかり続いた金剛と艦載機の攻防は、金剛が僅かな傷を負うという形で終わりを迎えた。
全員が再度集合し終えたところで、それぞれの被害状況を確認する。結果的には時雨と金剛が軽傷、神通と加賀は被弾無しで航空戦を終えることとなった。
「これからどうする? 航空戦を仕掛けてきたってことは、おそらく向こうは本格的な攻勢に出るつもりだよ」
「なら先手必勝!……ッテ、もう先手は取られてましたネ。とにかく、こちらもAttackしに行きまショウ!」
「敵には情報の有利を取られています。慎重に行動した方がいいのではないでしょうか?」
今後の動きを話し合う三人の傍で、加賀だけが水平線に目を向ける。
「……そんな時間はなさそうね」
視線の先で蠢く二つの影を捉えた加賀は声を張り上げる。
「敵艦見ゆ!」
「What!?」
加賀の指し示す方角からは、確かに艦娘の姿が見て取れた。
「ようやく私の出番デスネ! 全砲門、Fire!」
金剛は勢いよく自身の持ちうる最大火力の砲撃を見舞う。だが相手は軽快な動きで左右に展開し、更に距離を縮めてくる。
「そのまま砲撃を続けて」
「OK、Supportは任せましたヨ」
金剛はすぐさま次の砲撃準備に入り、迫りくる敵陰に向けて砲撃を再開する。
「Fire!」
放たれた砲弾は先ほどより広範囲に拡散して敵の足を止めにかかるも、僅かな合間を通り抜けて敵艦は更に推進する。
「そこです」
金剛の砲撃は敵の足止めと同時に、敵の移動経路を絞り込む意図も込められていた。
それを察した加賀も生まれた好機を逃すまいと敵の移動方向や体の向きから着弾地点を予測し、砲弾幕に自分の砲弾を含ませる。
敵からすれば回避した方向に別の攻撃が先置きされた形となる。一度回避行動を起こした体が次の回避行動に移るためにはあまりにも急な攻撃に、敵艦はもろに砲撃を受けることとなった。
「いってぇ……。やるな」
爆炎の中から一つの人影が浮かび上がる。黒を基調とした制服に身を包み、頭にはまるで龍の角のような装備がつけられていた。琥珀色の目の片方は眼帯によって覆われ、どこか重々しい雰囲気を醸し出している。
だが、何よりも目に付くのは腰に備えられた刀剣であった。
「大丈夫ですか、天龍さん!?」
もう一つの爆炎を振り切り、もう一人の人影が姿を現す。服装は白と青をメインに添えたセーラー服で、小柄な身体を覆いつくすように艤装がつけられている。
「俺は大丈夫だ。そっちも大丈夫そうだな」
「ちょっと被弾しちまったが、距離は詰めた。さぁ、行くぞ吹雪!」
「はい!」
天龍は腰に添えられた黒塗りの鞘から緋き刀身を抜き放ち、白日の元に曝す。切先は単装砲を構える加賀の姿を確かに捉えている。「獲物はお前だ」、と言わんばかりに。
加賀は狙いを天龍の脳天へと定め、指先に力を込める。
刹那、砲弾の射出音と重なるように金属同士が擦れ合う音が響く。その後、放たれた砲弾は天龍の裏で二つの水柱を作り出した。
不敵な笑みを浮かべて剣を払い、背中から展開される二門の主砲を加賀へと向ける。
「させないよ!」
声と同時に側面から現れた時雨。彼女の背後から伸びた砲門が天龍へと向けられる。
「二人がかりか。いいぜ、やってやる!」
加賀と時雨による挟撃を受ける天龍だが、彼女の立ち回りは一貫していた。
チャンスを見つけては攻撃を仕掛けるが、被弾を最小限に抑えるために回避を優先。挟まれればどちらかに狙いを絞り、隙を作って脱出。時間差で攻撃を受けた場合は先に攻撃してきた方に接近し、誤射を誘って攻撃を憚らせる。
これらは決して攻撃的な戦法とは言えない。攻撃的でない以上戦闘が長引くことは必至であり、時間をかければかけるほど人数差による不利はより大きくなる。
だが、少し離れたところでは神通と金剛が吹雪によって同じような状況に陥っていた。
「…………そうか!」
一見不利だと思える戦闘スタイルを天龍と吹雪が同じように取っている。つまり、そこには不利を背負ってでも実行するに足る意図があるということ。
であれば、これは作戦。勝利を得るために、敵が考え出した通り道。
そして、時雨の思考はその通り道を既に歩いていた。
「もうすぐ砲撃と航空攻撃、たぶんどっちも来る。このままだと、一方的に撃たれるよ!」
「そういう、ことですか」
「ソレは、Dangerousデスネ!」
「……」
状況を好転させようと攻撃の手を絶やさない四人だが、回避に専念する駆逐艦や軽巡洋艦を捉えるのは容易ではない。
お互い有効的な一打がないまま、いよいよその瞬間が訪れた。
「敵戦艦、砲撃体勢! 来るわ!」
加賀の警告から一刻の猶予もなく、遥かな重みを持った砲撃が二重に耳を押さえつけてくる。
怯みを一瞬で抑え込み、回避行動に移る四人だが、敵の砲撃はその行く先を見据えていた。まるで、逃げる方向が分かっていたかのように。
敵の砲撃は回避する加賀と迎え撃つ金剛、二人の頭上を完璧に捉えた。
回避も迎撃も不可能なほど正確かつ高威力な砲撃に、二人は一瞬で餌食となった。
「加賀!」
「金剛さん!」
眼前での出来事に、思わず声が出る二人。その叫びを裂くかのように、今度は艦載機が姿を現す。航空戦の時より何重にも飛行音を重ねて。
標的は決まっている。素早く迎撃態勢に入り、接近してくる機体を撃ち落とす二人。
だが、対空装備もなしに迎え撃つにはあまりに数が多すぎた。次から次へと現れる艦載機を捌く中で、被弾を重ねる二人。
被弾によって隙が生じ、隙によって被弾が生じる。この悪循環が、二人を更なる窮地へと追い込むこととなった。
加賀、金剛に続き時雨と神通までもが遠距離からの正確無比な猛攻の餌食となり、舞鶴鎮守府側は艦隊全体で大きな打撃を受けることとなった。
だが、これで敵の攻撃が終わったという訳ではない。寧ろ、ここからが本番だ。
そう気づかせるような追撃を喰らわせるべく、天龍と吹雪は艤装と共に海を駆ける。航空攻撃で体力を消耗し、反撃の余力を持たない時雨と神通を確実に撃破するための一撃をぶつけるために。
正確な軌道を描いて飛来する砲弾。これを避ける手立ては、二人には残されていなかった。激しい接触音と爆発が混じり重なり、情報が交錯する。
命中したのか? 倒れたのか? 勝ったのか?
それらの疑念は、砲撃の余韻が消えると同時に失われた。
「嘘!?」
吹雪の目の前には未だ動けずに立ち尽くす神通の姿がある。だが彼女を視認しようとすると、必然的にもう一人も視界に入れることになった。
艤装から灰色の煙を出し、身体に傷を抱えてなお拳を振りかざす、その勇ましい姿を。
「命中音に、妙な違和感があるとは思ってました……。けど、まさかあなたが庇いに来るとは……」
砲撃がその身体を捉えていたことも、動きを止めていたことも確認できていた。だからこそ、今が好機と追撃に出たはずだったのに。
「というか、今拳で弾きましたよね!?」
そんなのありか!? という思いを顔いっぱいに表現する吹雪。
一方金剛は体全体を廻る回路が途切れたかのように、煤黒く染まる手を無造作に降ろした。
「お姉さん、デスカラ。ワタシが、守ってあげないトネ」
金剛は全身の回路を繋ぎ直し、心を燃やして活力を得る。再度両手両足に力を籠め、艤装を展開する。
「その必要はありません」
吹雪の前に立ちはだかる金剛、その更に後ろで負傷していた神通は声と同時に、速やかに体制を整える。まるで、何かに身体ごと引っ張り上げられているかのように。
「ここは私が引き受けます。敵の後方部隊の処理を、お願いします」
その言葉を受けて一瞬躊躇いを見せた金剛だったが、神通を一目見たところで彼女は頷いた。
「任せマシタヨ」
金剛は速度を上げ、先ほど砲撃が飛んできた方角を目指してその場を後にした。
行かせてなるものかと追撃を行おうと頭では考える吹雪。
だが、己の両目がそれを許さない。絶対に目を離してはいけないという緊迫感が網膜、神経を通じて脳内へと雪崩れ込んでくる。
目の前では、一人の艦娘が面を上げてこちらを見据えている。
「ここからは、加減無しです」
その瞳からは秋宵の様な穏やかさは薄れ、徐々に影が落ちていった。灯り一つ入る余地のない、曇天の海のような影が。
時を同じくして、天龍もまた驚きから足が止まっていた。
「嘘だろ……」
仕留めたと半ば確信していた敵駆逐艦の袖を引く、もう一つの影がそこにあった。手に握られている単装砲の砲身からは微かに煙が漏れている。
「そんなのありかよ……」
言葉を投げた相手は手傷を負っていながらも、その目には確かな力が込められていた。息を整えつつ、絶えず覇気を纏う眼差しを向けてくる。
「一航戦の誇りにかけて、敗北は絶対にありえない」
「あなたも、これくらいでやられる玉ではないでしょう?」
その言葉が耳に入ったのか、加賀の後ろで止まっていた身体に信号が流れる。
「言ってくれるね……。勿論だとも」
確かにダメージある。そう信じる天龍の頭に、時雨の浮かべる一笑みが楔となって迷いを生じさせる。
二人は立ち上がり、腕を回し、足先を蹴る。
それは己を鼓舞し、これが、これまでが「準備体操」だと敵に知らしめる儀式であった。
「相手はこちらと距離を取るように動いてる。二人で攻撃を続けても、距離を詰められるのはどちらか一人。残った一人は、先程のように一方的に撃たれます」
「ならいっそ、別れた方が敵の狙いを読みやすくなる」
加賀は頷き、再度単装砲を構え直す。
「ここは私が」
その言葉を受け、時雨は一言「任せたよ」と残してその場を去っていく。
「させるかよ!」
天龍の伸ばした手、その指先を一筋の閃光が横切っていく。
「それはこちらの台詞よ」
天龍が反射的に動きを止めた隙を逃さず、時雨はその場を離脱する。
阻止しようにも、既に敵は正面から砲を構えている。一瞬でも気を逸らせば、どうなるかは火を見るより明らかだ。
「……すまん! 長門! 祥鳳!」
意を決して、天龍も己の武器を構える。敵の進軍を止められないのであれば、すぐに追いつくしかない。
「悪いけど、速攻で終わらせてもらうぜ!」
「元より、そのつもりです」
対峙する両者。目を凝らし、武器を構え、相手の動きを見定める。先ほどの言葉とは裏腹に、互いの視線が金縛りとなって行動を抑制する。
金縛りを破り、ほんの僅かに前進したとしても、もう片方も同じかそれ以上前進する。
決して遅れは取らないという強い意思が、二人の足に枷を嵌める。
だが、その足枷を壊すのもまた強い意思である。
互いの頬から流れ落ち、水面に触れた汗は次の瞬間には荒波に飲まれて消えていった。
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