2023-11-06 14:16:51 更新

概要

『太陽の季節』では、太陽系を巡る宇宙船トゥオネラ号の旅が描かれる。乗客たちの喝采と太陽への畏敬が生々しく伝わり、未来の太陽系原生種との交配への望みが描かれている。太陽が直接的な生命源としての役割を果たす未来世界が舞台である。


前書き

未来の太陽系を舞台に、人類の存続をかけた女性たちの壮大な旅が展開される『太陽の季節』。本作は、太陽が直接的な生命の源として再発見された世界を描いています。太陽渡航船トゥオネラ号とその乗客たちの物語を通じて、科学的探究心と人間の業、未来への希望と絶望が交錯します。国連優生局によって企画された女性のためのパッケージツアーは、草食化し化石化した男性に見切りをつけ、太陽系原生種との交配に望みを託します。神話が現実のものとなり、惑星ヴァルカンでの奇跡が人類に新たな命をもたらすかもしれないという期待が持ち上がります。しかし、トゥオネラ号の運命は予期せぬ方向へと進み、乗客たちは未知との遭遇、そして自らの存在意義に直面することになります。この前書きでは、読者の皆様に、未来の技術、社会、倫理が絡み合う複雑な背景の中で、主人公たちが直面する挑戦と、彼らが追求する「生命」とは何かという根源的な問いを共に考えていただきたいと思います。


太陽の季節

怒髪冠を衝く火炎が漆黒を焼き尽くさんばかりだ。


見上げれば閃。

振り向けば輝。

見まわせば白。

河口のようにとうとうと噴き出す光が星座を洗い流してしまった。


遮光壁を透してもなお、前方スクリーンには輪郭線一本、映っていない。

それでも乗客たちは喝采を惜しまない。


太陽渡航船トゥオネラ号の就航がオーロラ観賞を駆逐してしまった、と言われるほどの人気ぶりだ。


「みなさん。まもなく本船は水星軌道を通過します。太陽系第0番惑星ヴァルカン到着時刻は……」


肌も露なアテンダントが陽気に告げると、デッキは若い女の子たちの嬌声でいっぱいになった。

「ああ、なんて雄大でセクシー」

「蕩けちゃう」

トロピカルなビキニに包まれた肢体が遮光ガラスにぐいぐい押し付けられる。貞操を捧げる相手は恒星だ。

女子の女子による女子のためのパッケージツアー。

企画したのは国連優生局だ。

世界史の最晩年。

草食化、仙人化を通り越して化石化した男子に見切りをつけ、太陽系原生種との交配に望みを託した。


太陽が生命の源である神話や伝承などで謳われていたが、それが形容ではなく直接原因であるとは誰が予想しただろう。


    

水星軌道の内側をめぐる小惑星が発見され、各国がこぞって探査機を派遣した。そこで人類は思いがけないファーストコンタクトを果たした。


太陽だ。

かと言ってB級SF小説のように天体そのものが意思疎通を持ちかけてきたわけではない。

第0番惑星の表面に原始的な菌類が見つかり、その成因を探っていくうちに、太陽光線の非論理的な作用が明らかになった。

科学者たちは未だに特定の波長を分類できないでいたが、とりあえず日照が原始大気中の生命合成を促進したと結論付けた。


医学、生命科学、化学、あらゆる角度から太陽光と地球生命体の相互作用を見直した結果、世界規模の少子化に歯止めがかかると思われた。


すなわち、惑星ヴァルカンにおける処女懐胎である。聖書に先例が記録されているとはいえ、それが事実であるとわかると世界がひっくり返った。


倫理もへったくれもない。絶滅に瀕した人類は破れかぶれの方法を縋る思いで実行に移した。

すったもんだの挙句、惑星ヴァルカンに待望の一子が生まれた。

女の子だった。


「うるさいわね。男がポンコツなんだからしょうがないじゃない!」

「そーよ。いずれあんたらは滅ぶんだから」

「貴男はスバールバルの世界種子庫で冷凍保存されてなさい。絶滅危惧種なんだからねッ!」


女たちは早々と三下り半をつきつけ、太陽をめざした。




    

トゥオネラが惑星ヴァルカンの周回軌道に入った。誘導ビーコンに誘われるまま、ぎらつく太陽に照らされる。

焼けるような熱さが嘘のように消え去った。

惑星は逆重力レンズ効果によって輻射熱を全反射している。


唯一、定められた回廊だけが太陽の恵みを地上に招き入れている。この仕組みは高度先進文明の技術ではなく天然の妙だ。


大自然の驚異は人間の敵ばかりではない、時に救世主でもある。トゥオネラの女性機長は寄港するたびに感銘を受けた。


「みなさま、まもなく希望の星、ヴァルカンでございます」


アテンダントがマイクを握った。









希望はこなかった。

現在、機外の温度は氷点下。舷窓という舷窓は霜でびっしりと覆われ、メインスラスターに氷柱が張りつつある。

元軍人でタイタンの雌豹と呼ばれた女性機長は冷静沈着に対象としている。

寒気は敵ではない。むしろ、火種は裸同然の女の子たちだ。トゥオネラの動力炉を全開せずとも暖気は保てるが、乗客の興奮は冷やせない。

「機長、何とか連絡を取れないんですか? このままずっと、あたしたち……」

キャビンアテンダントが23回目の弱音を吐いた。


”同じことを何度も繰り返す女は嫌いだ(あたしも女だけど)。頭ではわかっているくせに壊れたレコーダーの真似事をする”


    アタラクシアは苛立ちながらも、苦言を飲み込んだ。口にしたが最後、燎原の火のようにパニックが沸き起こる。


「レイチェル。みんなにアルコールを振る舞ってくれないか。わたしは結構だ」

「乗客にも、ですか?」

「ああ、そうでもしないとやってられないだろう」


機長は闇に閉ざされたスクリーンを見やった。トゥオネラ号は永久影と呼ばれる永遠の暗黒に落ちている。

レーダーによれば、現在地は直径百キロにも及ぶクレーターの底だ。急峻な外輪山が幾重にも取り巻いており、宇宙船でないと乗り越えられない。


そして、ここは惑星ヴァルカンですらない。


「どうして、水星なんですか?」

「あたしも長いこと機長をやっているが、水星の永久影に嵌った事例は聞いたことがない」


「だって、ありとあらゆるシミュレーションを受けているんでしょう?」


「レイチェル。水星の傾斜角度は0度なんだ。ほぼ垂直の地軸を持つから、どうしても陰になる部分が出来る」


永久影は文字通り、この世の終わりまで続く日陰だ。やがて死の常夜が訪れる。通信衛星なしでは地球と交信できない。


「そういうところに墜落した時の訓練でしょう?」


軽蔑するようなまなざしを向けるレイチェル。


「……だからこそ、はまらないように細心の注意を払っているんだ。側溝に落ちる歩行者はいないだろう?」

    

「でも、アタラクシアさんったら! 落っこちたじゃないですかああっ!!」

赤ら顔のアテンダントに叱られると、機長もたじたじだ。

「……」

気まずい雰囲気から逃れようとアタラクシアは視線を泳がせた。

頬を紅潮させレイチェルはすっかりできあがっている。


「太陽風に押し流されたんだ。突発的な。理論上はありえない。意図的な何かすら感じる」


アタラクシアは今回の事故を人災ではないかと疑っている。


と、その時、レイチェルが嬌声をあげた。

「機長、宇宙船です~」

胸を隠すように双眼鏡をぶら下げている。

「定期航路から外れているが?」


アタラクシアは腕をひかれるまま、デッキを駆け上がった。クラスを床で叩き割ったようにキラキラした光点が夜空を横断している。


「やったあ! 助かりますうぅ」

「レイチェル、貴女ねぇ!」





    

スキップするレイチェルを叱りつけ、アタラクシアは機長席に戻った。

何かがおかしい。

緊急処置システムのコンソールを叩いて、封印を解除する。

キーワードを思いつくままに打ち込んで行く。


【エクソダス】


やっぱりだ。地球にもしもの時があった場合に備えて、できうる限りの女性をヴァルカンに疎開させる計画。その船団が飛来したのだ。


「太陽はどうして、あたしたちを試す?」


レイチェルは見る見るうちに青ざめていく。エクソダス船団はトゥオネラ号に見向きもしない。


「あたし達、どうなっちゃうんですか~~?」

「レイチェル。大プールにお湯を張ってくれ。真水じゃない。生理食塩水だ」

アタラクシアはそういうやいなや、ネクタイを緩めた。見る見るうちに下着姿になる。

「頭、大丈夫ですかぁ」

「おかしくなったのは、地球人(あいつら)だ。グズグズしてると、バスに乗り遅れちまうよ!」


二人は乗客を急いでプールに飛び込ませた。そして、頭まで浸かるように命じた。


地球に核の嵐が吹き荒れていた。人口密集地は陥没し、キノコ雲が砂漠地帯に湧き上がる。海は干上がり、大地が焦げた。


旧北極海のスバールバル諸島。ありとあらゆる種子を収蔵した”現代版ノアの箱舟”がある。そこに数百名の男性が冷凍睡眠していた。


物理法則を超えた力が有害な放射線を撥ねつけている。半透明なガラスケースは微動だにしていない。

赤いLEDが点滅して急速解凍が始まった。


「……ん? もう平和になったのか?」

一足早く目覚めた男たちがキョロキョロと周囲を見回している。出迎えに来るはずの女性がいない。

「男と女がいがみ合う時代が来たんじゃないのか?」


彼らが訝しんでいると、脳内に声が響いた。野性的な女だ。いったい、誰だろう。


「太陽だって? あんた、男じゃなかったのかよ!?」

頭を抱えながら虚空に問いただす。


「お、女? 女はもうとっくにいるじゃないか? なぜ、創造する?」


見えない手が裸の男をひょいっと持ち上げて、手術室へ連れていった。


「うわあっ、何をする。ぎゃーっ!」

悲鳴が騒音にかき消された。



「……わかった。言うとおりにする。何でも聞くから穏便に済ませてくれ」


聞き分けのいい男たちが”太陽”と交信していた。



”彼女”が言うには、いい加減に地球人類を”リセット”したかったが、全世界を滅ぼして一から再建すると骨が折れる。


    

それで、効率的な手段として、聖書の神がアダムの肋骨からイブを創造したように、男性の染色体から女を創ろうとした。幸い、両方の性染色体がそろっている。


「女たちをどこへやった? 都合のいい女をデザインするために抹殺したのか?!」


正義感に燃える若者が糾弾した。


「そうだ。俺のレイチェルを返せ!」


元夫と名乗る男も吼える。


「ふざけんな! 女だらけの世界へ引き渡す、だと?!」



太陽は答えた。

単為生殖する文明があるのだ。低俗な恋愛に溺れず、精神性を高めた。それはそれで人類の分岐として栄えていくのだろう。だが、私は地球人類の再生に望みをかけたかった。


それで、いささか乱暴な……そう、外科的治療を施した。


「雌の猿がボス猿を篭絡する際に邪魔な妻子を根こそぎ殺す……ってヤツか……」


レイチェルの元夫は吐き捨てるように言った。



そう。でも、わたしは誰も殺さない。


地球人類を” あ い し て る か ら”





    


後書き

太陽の季節」を最後までご愛読いただき、誠にありがとうございます。この物語は、太陽系を舞台に、人類の存続という普遍的なテーマに新たな光を投げかけます。ヴァルカンという未来の惑星での奇跡が、人類に新たな希望をもたらしましたが、その希望が予期せぬ形で挑戦に変わる瞬間も描かれています。

本作を通じて、私たちは性別の役割、自然界との調和、そして未来における人間性というテーマを探求してきました。女性たちが主導する新しい世界では、伝統的な価値観が再定義され、生命の本質に対する理解が深まります。この物語は、科学と神話、技術と自然、そして男性と女性という対比を越えた場所に私たちを導きます。

最後に、トゥオネラ号の乗客たちが直面する地球の窮状は、私たち自身の世界に対する警鐘でもあります。生存のための奮闘と人類の未来に対する深い洞察は、読者の皆様が自らの立場と環境について考える機会を提供します。

この物語が提供する多面的な視点は、読者一人ひとりの心に異なる響きを与えることでしょう。私たちの作品が皆様の想像力をかき立て、未来への洞察を深める一助となれば幸いです。

最後になりましたが、この物語を手に取ってくださった全ての読者の皆様に、心から感謝申し上げます。未来への旅は続きますが、この物語がその一部となれたことを光栄に思います。


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