2017-05-14 18:14:55 更新

概要

第6回シンデレラガール総選挙記念SS
例によってP×まゆ要素あり 多少のキャラ崩壊注意
オリ設定を大気中の酸素くらい含


前書き

原作執筆時期 2017年5月12日
シンデレラガールズプロジェクト 5周年記念パーティー 席振り (順不同)

ーA席ー
佐久間まゆ、緒方智絵里、速水奏、小早川紗枝、プロデューサー
ーB席ー
桐生つかさ、大槻唯、奥山沙織、メアリー・コクラン、八神マキノ
ーC席ー
諸星きらり、双葉杏、相葉夕美、三村かな子、前川みく
ーD席ー
城ヶ崎莉嘉、城ヶ崎美嘉、赤城みりあ、氏家むつみ、西園寺琴歌
ーE席ー
安部菜々、川島瑞樹、佐藤心、片桐早苗、三船美優、高垣楓
ーF席ー
島村卯月、渋谷凛、本田未央、神谷奈緒、北条加蓮
ーG席ー
星輝子、白坂小梅、早坂美玲、冴島清美、三好紗南、南条光
ーH席ー
浅利七海、首藤葵、藤原肇、安斎都、瀬名詩織
ーI席ー
荒木比奈、大西由里子、松山久美子、浜川愛結奈、松本沙理奈、和久井留美
ーJ席ー
市原仁奈、佐城雪美、日下部若葉、横山千佳、福山舞、龍崎薫、成宮由愛
ーK席ー
古賀小春、佐々木千枝、柳瀬美由紀、大沼くるみ、的場梨沙、結城晴
ーL席ー
五十嵐響子、遊佐こずえ、桐野アヤ、岡崎泰葉、望月聖、小室千奈美
ーM席ー
大石泉、土屋亜子、村松さくら、ナターリア、楊菲菲、杉坂海
ーN席ー
有浦柑奈、愛野渚、吉岡沙紀、クラリス、西島櫂、涼宮星花
ーO席ー
姫川友紀、真鍋いつき、斎藤洋子、原田美世、間中美里、沢田麻理菜
ーP席ー
赤西瑛梨華、キャシー・グラハム、上田鈴帆、難波笑美、輿水幸子、堀裕子、矢口美羽
ーQ席ー
黒川千秋、井村雪菜、浅野風香、衛藤美紗希、岸部彩華、月宮雅、松原早耶
ーR席ー
神崎蘭子、二宮飛鳥、新田美波、アナスタシア、小日向美穂
ーS席ー
鷹富士茄子、池袋晶葉、古澤頼子、イヴ・サンタクロース、梅木音葉、ライラ
ーT席ー
日野茜、高森藍子、浜口あやめ、脇山珠美、及川雫、道明寺歌鈴
ーU席ー
榊原里美、海老原菜帆、槙原志保、十時愛梨、栗原ネネ、小松伊吹
ーV席ー
ヘレン、伊集院恵、高橋礼子、篠原礼、兵藤レナ、柊志乃
ーW席ー
東郷あい、ケイト、太田優、水木聖來、相馬夏美、持田亜里沙、高峯のあ
ーX席ー
橘ありす、一ノ瀬志希、塩見周子、鷺沢文香、宮本フレデリカ、櫻井桃華
ーY席ー
野々村そら、若林智香、江上椿、北川真尋、並木芽衣子、長富蓮実、相原雪乃
ーZ席ー
木村夏樹、多田李衣菜、向井拓海、藤本里奈、松永涼、大和亜季
ーアルファ席ー
大原みちる、椎名法子、水本ゆかり、中野有香、財前時子、水野翠
ーベータ席ー
乙倉悠貴、依田芳乃、森久保乃々、村上巴、上条春菜、藤居朋
ーガンマ席ー
喜多日菜子、仙崎恵磨、服部瞳子、丹羽仁美、西村保奈美、今井加奈
ーデルタ席ー
綾瀬穂乃香、喜多見柚、工藤忍、桃井あずき、関裕美、松尾千鶴、白菊ほたる
ーイプシロン席ー
柳清良、棟方愛海、小関麗奈、相川千夏、木場真奈美


雪が降りそうなほど寒い冬の夜。

きらびやかなシャンデリアが照らす大広間、フロア一つをほぼ占有した暖かな大宴会場は

寧ろ部屋が狭く感じてしまうほどの人数で埋め尽くされていた。それも、殆どが女性で男性はたった一名。

しかもその女性たちは全員が現役のアイドルなのだ。

その面々を堂々と取り仕切るのはそこそこ長身の男性。彼女達のプロデューサーである。

「それでは、シンデレラガールズプロジェクト五周年を祝って・・・・乾杯ー!」

「「「「かんぱーい!!」」」」

Aから順に記号が振られたそれぞれのテーブルに置かれたグラスがぶつかり合う音が鳴り響く。

何せ今日は事務所に所属しているアイドル全員が出席しているパーティーだ。その数は尋常なものではない。

スタンバイしている礼服の従業員たちが速やかに、慌ただしくならないように丁寧に

料理を運んだり、飲み物を補充したりしている。

変に公平性を欠くことのないようにこのワンフロアを貸し切って開催した宴は

早くもアイドル同士の賑やかな会話によって盛況となっていた。

至るところから楽しそうな笑い声や嬉し涙の混じった声、

店内に流れる美しいメロディと何重奏ものハーモニーが織り成されていた。

「全く、プロデューサーさんも大変ねえ。

何処か一つの席に着くとなったら争奪戦になりかねないからそうやって

全部の席を巡っているんでしょう。ああ、でも私達の席には比較的長く居てくれるのかしら。

だってここにはまゆが居るものね」

と、開始早々小悪魔モード気味の速水奏に絡まれた。

シックな青のドレスと手に取ったグラスがその姿に絶妙にマッチして大人の魅力を感じさせるが、

正真正銘の17歳であり時たま年相応の面も見せる少女である。

「プロデューサーさん・・・・!」

その横で普段は控えめな瞳のハイライトをキラッキラに輝かせながら

好意の目で此方を見ているリボンの少女は佐久間まゆ。

紆余曲折を経て、俺ととある『約束』を交わした少女でもある。

彼女達だけでない、この会場にいる個性豊かなアイドル全員が自分が担当するアイドル達なのである。

「あらー、これはえらい惚気見せつけられてしまいましたなぁ♪」

「茶化すのはやめてくれ紗枝、奏。まゆも目をキラキラさせない。

俺だって出来るなら平和そうなここの卓でずっと囲みたいけど、間違いなくあそこの酒乱組・・・

もとい大人組に絡まれるだろうからな・・・・。この方が被害は少ない」

向こう側に気づかれないようにひっそりと指差した方角にあるE席を見て

ここA席に乾いた苦笑いが起こる。いやしかし笑えない事態ではある。

今はこうしているが後々向こうにも行かなければならないのである。決して対岸の火事とかじゃない。

「自分で蒔いたタネよ。本当に罪作りな人なんだから・・・・ねえプロデューサーさん?」

「・・・・なんか奏今日ちょっと俺への当たり強くないか?」

「ふふ、そうかしら。そうね・・・・『愛を失った少女』だからかしら♪」

『愛を失った少女』、というのは少し前にまゆと紗枝の曲をモチーフにして

撮影したドラマ『あいくるしい』の奏が担当した役名のことだ。

「おうふ・・・・そのことをまだ根に持ってたのか。

いや、悪いとは思ってるんだよ。ドラマの脚本上とはいえあんな役をやらせてしまって。

まゆにも悲しい恋をしたヒロインに禁断の恋をした天女だの、もうちょっといい役を

やらせてやりたいとは思ってるんだがな・・・・・」

「冗談よ、そんなに気に病まないで。私達はアイドルよ。

与えられた役はしっかりこなすわ。それが本心か演技は別として・・・ね」

女の子は仮面を被るものでしょ、と悪戯っぽく笑ってみせる奏。

そういえば同じ事を加蓮も言っていたような気がする。

見えない謎が多いからこそ、そこに魅力を感じるのだと。

「あの、ドラマ見ましたけど・・・奏さんもまゆさんも凄かったです。

まゆさんはとても可愛らしくて強い女の子って感じで、

奏さんはとっても大人の女性って雰囲気で・・・。

二人とも、同じ高校生とは思えないくらい素敵でした」

「そう?Masque:Radeの時の智絵里だってとっても素敵だと私は思ったけど。

普段のクローバーの妖精みたいな智絵里とギャップが凄くて、

腕のイバラと深紅のドレスがとっても似合っていたわ」

「あっ・・・ありがとう、ございます・・・・」

ちょっぴり照れくさそうに目線を下に落とす智絵里に対し、

まゆが笑顔で補足する。

「智絵里ちゃんだって凄いんですよ。Love∞Destinyの個別撮影の時、

李衣菜ちゃんが慣れない表情で変にフリーズしちゃったり、

加蓮ちゃんが何度かリテイクさせられてる中で一発でOK貰ってましたからね」

仕事での共演も比較的多いまゆと智絵里はお互いの

「私は、練習通り自然にやってたらOK貰えちゃっただけです・・・・

まゆさんこそ、一発でOK貰ってて流石だなって思いました」

「まゆは、一応センターに選んでもらいましたしね・・・♪

プロデューサーさんの期待に応えなくちゃ、頑張らなきゃって思って必死でした」

「智絵里はんもまゆはんも頑張り屋さんやもんなぁ。

でも、加蓮はんもレッスンを怠るような人には思えまへんけど・・・?」

彼女は身を削るほど必死で練習を詰めたりするタイプではないが、

決して完成にまで至らない状態を良しとする人間でもないだろう。

当然とも言うべき紗枝の疑問に当事者である俺が答える。

「いや、実はだな。別に加蓮は下手だったわけじゃないんだが、

普段言わない言葉だから私、気持ち悪くない?大丈夫?って心配しててな。

それが切っ掛けで中々役に入り込めなかったみたいなんだ」

成る程・・・と頷く声が三方向から聞こえてきた。

別に気持ち悪くも何ともないし、それに役だし演技だしなーと首を捻っていると

まゆがとっても穏やかな口調で語りかけてきた。

「まゆもその気持ち、分かりますよ。例え演技でも、プロデューサーさんが不快に思うような

役や台詞を演じるのはまゆも不安になっちゃいますから・・・・。

でも、プロデューサーさんがまゆに取ってきてくれるお仕事は

全部とっても素敵な物ばっかりで感謝しています、本当に」

「そうね・・・貴方が居なかったらきっとここまで

辿り着けることはなかったわ。ありがとうね、プロデューサーさん」

「はいっ、私もプロデューサーさんには感謝してばっかりで

お返しきれないです。ずっとずっとお礼をしたいほどです」

三者三葉それぞれのプロデューサー冥利につきる感謝の言葉を受け、

思わず目頭が熱くなりかける。そうだな、と穏やかな心地で纏めようとすると。

「せやなぁ、うちも助かってます。水着のぐらびあ撮影ー、て言いはるから

どんな水着を着させられるんやろ思たら、まさかのすくーる水着やったもんなぁ。

智香はんにもすくーる水着にらんどせる背負わせた衣装用意したらしいし・・・

プロデューサーはんはそういうのがお好みなんですやろ~?」

と思いきや、今度は紗枝の小悪魔モードが発動中なのだった。

此方が中々困るタイミングでキラーパスを投げてくる曲者である。

ふと、突き刺さってきた『圧』の発信源へ目をやると、

暗黒オーラを身に纏ったまゆが此方に微笑んでいた。

「へぇ・・・・紗枝ちゃんと智香ちゃんにスクール水着ですか・・・・。

しかも智香ちゃんにはランドセルまで・・・。

うふふ・・・♪プロデューサーさん、そういうのが趣味なんですかぁ・・・?」

「お、落ち着けまゆ 別にな?仕事は俺の好みで取って来てるんじゃなくて、

単純にオファーが早くて信頼の置ける仕事から順に回していってるだけであって

俺の趣味とかは反映されていなくてだな・・・

つまりなんだ・・・・そう、俺は悪くない アンダーステン?」

「照れなくてもいいんですよ?まゆはプロデューサーさんが望むなら何だって着ますから。

アイドルとしても・・・・プライベートでも♪まだやってないのは・・・そうですねぇ、

サンタですか?バニーですかぁ?それともへそだしホットパンツとかの方が好きなんですか?」

個人的にはへそだしホットパンツのまゆがドストライクで...と声に出しかけたところで

思わず脳裏に過ってきたピンク色のイメージを振り払う。

だが、個人的にはとっても見たいので後でこっそりお願いしようと心の中で決めていると。

「その話題には私も興味があるわね。プロデューサーさんは一体

どんな衣装が好みなのかしら。私が今まで着てきた衣装でどれがお気に入りなのか・・・ね」

「そういえばプロデューサーはんと約束してましたなぁ。

うちのTシャツにホットパンツな姿が見たいー、て。成る程・・・分かってきましたわぁ♪」

いつの間にかまゆ紗枝奏のABCプロデューサー包囲ラインが敷かれていっていた。

状況は悪化する一方、最早無傷で挽回することは不能。

女の子情勢は複雑怪奇なり。そう残して玉砕の覚悟を固めようとした時、

ふと見ると一人だけ、輪に入らずおろおろしているアイドルがいた。

「え、えっと・・・あの・・・あ!飲み物、切れちゃいましたね・・・。

ど、どうしましょうか・・・私、お水持ってきましょうか?」

────天使がそこには居た。

智絵里の助け船により三人の意識は一旦そっちに向いたようで、何とか

難を逃れることが出来たようだった。・・・・意味深な視線をずっと向けている約一名を除いては。

「あら本当ね。プロデューサーさん、もう一本シャンメリー頼んじゃっていいかしら?」

「ああ、今日はそういうの気にせずじゃんじゃん頼め。

勿論、ある程度は備えがなければ駄目だが変に貯め込みすぎて税金として徴収されるより

こうやって店とかで使った方が経済も回って良い。ってつかさも言ってたしな」

ありがとう、じゃあ私取ってくるからと奏がかつかつと歩いていく。

ついていこうとした智絵里を静止し、一人で大丈夫よと返す彼女だったが、

まあ実際彼女に任せておけば何の心配もないだろう。

それほど遠くない位置にいる店のスタッフに声をかけてもらってくるだけなのだから。

「つかさはんもプロデューサーはんも商売上手どすなぁ。うちの家はそんな自由に使えるほどの

貯蓄はあらしまへんかったさかい、経営学、いうのはなんや難しいわぁ。

プロデューサーはんが親身になって説明してくれた扶養控除ー、確定申告ー

いうのも中々覚えるのが大変やって・・・・」

「まゆも読者モデル時代中々覚えられなくて苦労しました・・・。

普通は大学生になってから学ぶものですしね」

とは言うが、既に知識として身に付いていたまゆは別として

紗枝や奏を挙げてみても一ヶ月かかるかかからないかでマスターしている。

そんなに自分が手伝った、という感覚はない。

「言っても俺なんかより覚えるのずっと早かったけどな・・・っと悪い!

揃々巡り始めないと時間配分が大変そうだ。ちょっくら皆の顔見に行ってくるよ。

料理、冷めちまうから取って置く必要はないからな」

はーい、と智絵里と紗枝が笑顔で見送ってくれた。

その中で一人、まゆだけが一歩前に出て微笑みかけた。

「いってらっしゃい、プロデューサーさん。何処にいても...まゆは見てますから♪」

「おうよ」



「っくしゅ!あー・・・風邪でも引いたか?冬にしてはちょっと

薄手のドレスすぎたかな・・・自己健康管理なんて基本中の基本だってのに」

「つかさちゃんのこと、誰かがウワサしてるのかもよー♪

つかさちゃんも大人気だもんねー アイドルで、社長業もやってて、しかも超かわいい!

正に三本柱揃ったスーパー完璧JKだよー♪」

お互いにあまり面識はない筈なのにポンポンと気軽に肩を叩いてきた大槻唯に

若干面食らったものの、褒められて悪い気はしないつかさだった。

今のご時世にほぼ必須とも言えるグローバルな企業展開をしていくにあたって、

こういう西洋的なコミュニケーションも学んでおいた方が良いかもしれないとも思う。

「おいおい、やめろし。そんな誉められても何も出ないぞ。

ま、年に何人かは居るんだよ こう、天運に恵まれた者ってのがさ。

それでもなんだ、アイツと出会わなかったら少なくともアイドルはやってなかったかもなって

感謝してるんだぜ、実際。ここまでやって来れたのはアタシのスペックありきだけど」

「ただの偶然・・・と言い切るには出来すぎている気もするわよね。

プロデューサーさんは本当に行き当たりばったりでスカウトしているのか・・・

或いは、私達のことを色々と調べてから声をかけているのか・・・」

グラスと眼鏡で反射し合う妖しい光に笑みを浮かべるマキノ。

データ収集を得意とする自分でさえも驚愕に目を見張った

あの事務所内の膨大なデータベースが彼女の脳裏に焼き付いている。

「プロデューサーは腕利きの諜報員だってことかしらっ?

CIAとかSISとか・・・流石はアタシのダーリンね、格好いいワ!」

「実際、プロデューサーさんのことを少し漁ってみたのだけど

学歴はおろか、何処で産まれたかについても不明なのよ彼。

分かっているのはこの事務所でしがないプロデューサーとして

私達・・・シンデレラガールズプロジェクトを立ち上げたということのみ。怪しすぎないかしら?

私達やはり一度彼のことをしっかりと知る必要があると思うのよ。

例え、どんな手段を使おうとね・・・・」

真相は闇の中とは言うがそれが情報である以上、何処かに必ず存在するわけで

それを発見できればこの世に解けない謎はないのである。

全ての情報を物理的に塗りつぶすことは不可能だ。

しかし本気で辿る為には、どんなことも惜しまずにやる必要がある。

「ま、マキノちゃん・・・怖いこと言うなぁ~。

プロデューサーはわだすみたいな子でもアイドルにしてぐれた人だす。

そんな人の事情を勝手に調べるだなんて、そんなこと・・・」

「えー・・・?プロデューサーちゃんは悪い人じゃないよー。

ゆい分かるよ、だっていつだって真剣に私達を見てくれてて

・・・真っ直ぐ見てきすぎててちょっとハズいくらいだし~!」

・・・・しかし、秘密主義な点があるとはいえ彼が自分達を欺けるような

そんな器用な性格でないことは何となくマキノも分かっているのだった。

「まあ最終的に決めるのは自分自身だけど、例えどんな結果になっても

後悔だけはすんなよ。後悔先に立たずっつーか役に立たずっつーか。

そんなつまらない結末だけは勘弁だからな」

時には明らかにしなかった方が良い真実という物も存在する。

それを知ることで、知られることで誰も幸せにならないパンドラの匣。

最後に希望が残るかも分からない博打に出る為の意義までは、彼女には見出だせないのだ。

「そう・・・じゃあ秘密のまま・・・綺麗に仕舞っておくわ。

その形の方が、美しかったりするかもしれないしね」

信頼の形というものは必ずしも全てを知り尽くさなければいけないわけではない。

反対に、隠しているからこそ成り立つ関係もある。

────それが。例え基盤を失った脆く儚いものであっても。



「しっかし、Pチャンもよくこんなトコロ見つけたにゃあ。

私達全員が入りきるお店なんて中々ないと思うけど」

事務所をあげてのホームパーティーの時も会場のセッティングには

中々の準備と労力が必要だったが、それも膨大な数のアイドルと

トレーナーさんやちひろさんの協力があってこそ成し得たものである。

開かれる直前まで内密に一人でプランを進めていたプロデューサーは

一体どれほどの事をこなしたのだろうか。皆が改めて労うように頷いた。

「本当に凄いよね~普段私達もお仕事でこんな感じのホテルに泊まることはあるけど、

普通のお店で都内にこんなところがあるなんて知らなかったよー」

「プロデューサー、毎日目を皿のようにして探してたみたいだからね。

お店側がいくら儲かると言ってもこの人数だし・・・しかも貸しきりで。

今時結婚式の披露宴でも普通見ないくらいの人数だもんね~私達。

多分そこら辺の交渉もしてくれたんだと思うよ」

とは言え、プロデューサーの捜索が順風満帆に行ったかと問われると、

そうではなかったのを杏は知っている。

世間では当たり前のことだが、この時期に貸し切りなどを用意したいのであれば

数ヶ月前から予約を済ませておくのが常識である。

サプライズのお返しとして突発的に考案したこのパーティーは、

プロデューサーの諦めない無鉄砲さによって何とか取り付けることが出来たのだ。

本当に考えられないくらい働き者であると思う。

「そうなんだ・・・・プロデューサーさんには感謝しなきゃ。

ただでさえ忙しいのに、こんなことまで用意してくれたんだもんね」

「そう言えば、なんでそんなコトを杏チャンが知ってるのにゃ?」

「・・・あ。えっと、それは・・・・」

言い淀む杏をみく達が不思議そうな顔をして問い囲む中、

背後から見守っていたきらりが嬉々と頷きながら輪に入ってきた。

「うんうん♪杏ちゃん、Pちゃんが休憩時間でも忙しそうにしているのを見て

差し入れでこっそりデスクに飴置きに行ってたりしてたもんね~♪」

「うぇ!?きらり、見てたの・・・・!?

見てたならなんで声をかけてくれなかったのさー!」

自分の中では完全に誰も居ない状態を見計らって行動していたつもりだったが、

どうやら失策っていたらしい。しかも、きらりの言葉から察するに

見られていたのは一度ではないのだろう。

「こめんごめん☆Pちゃんを気にかける杏ちゃんの表情が、とっても真剣だったから

....変にきらりが入り込んじゃったら邪魔かな、って思ってたの」

そのきらりの言葉に、杏は思わずため息を吐いた。それは落胆では決してない。

寧ろその逆。自分はきらりに気を遣わせてしまっていた自分への、である。

だが過ぎてしまったことはもう仕方ない。クヨクヨタイムなんて5秒で十分なのだ。

「・・・、・・・・もう。きらりは気を遣いすぎだよ。

ここに居る皆は優しいんだから、もう少し甘えたっていいんじゃないのー?」

「・・・そうかもにぃ。でもPちゃんには今年良いお仕事もらっちゃってばっかだったから

来年はもっともっと頑張って返さなきゃ、って思うの」

年々仕事量を増していき忙しくなっている筈のプロデューサーだが、

決して一つ一つの仕事への姿勢は劣化していない。反対に、更に気合いを入れているくらいだ。

その上彼女達の要望も丁寧に考慮してくれていて、きらり的には感謝してもし足りない感じである。

「予定外の仕事として私達のユニットソングを押し付けちゃったとは言え、

その条件となるものは私達もやったんだしさー。寧ろ私達は貢献したし褒められるべきじゃない?

そう、プロデューサーはもっと甘やかせー!甘えさせろー!ってね」

「杏チャンはいっつもPチャンに甘えてる気がするにゃ。

もうちょっとアイドルとして自立しなくちゃいけないと思うの」

流石のプロ意識の高いみくの正論に、杏から絶妙なカウンターが返される。

「えー、じゃあみくは将来独立するの?今はこの事務所に所属してるけど、

人気になったらプロデューサーから離れていっちゃうんだ~薄情者ー」

「に゛ゃっ!?そ、そんなことないにゃ!みくはずっとPチャンのアイドルにゃ!

猫チャンは気まぐれだけど、一度決めたご主人様からは中々離れないの!」

「まあそうだよねー。だってみくはプロデューサーにホの字だもんねー?」

「ほ、ホの字!?なっななな何を言ってるにゃ杏チャン!!?

....ち、違うにゃ...Pチャンのことは確かに好きだけど、そういう好きとは違うって言うか、

その、LikeとLoveの違いというか、お仕事のパートナーというか....」

イチゴのように紅潮した頬で目線を伏せがちに落とすみく。

猫チャンモードから前川さんモードになっている。一人の少女としてとかそういうニュアンスで。

しかし、この反応に面食らっていたのは当の杏だった。

「うわお、やぶ蛇...。そこまでマジな解答が得られるとは正直思ってなかったよ。

軽い冗談のつもりだったんだけど....まあ、いいか」

「全然よくないにゃ!!そう言う杏チャンはどうなのにゃ!」

「えー....そうだなぁ。杏はクリアデータのあるファイル三周目くらいでようやく攻略対象になる、

裏ヒロイン的な位置くらいかなー」

「三周目??な、なんの話・・・・?」

ループものとかそういう概念はそこそこ以上のオタクじゃないと通用しないのであった。

分かんないならいーやと杏が説明を放棄する。

「あはは....。プロデューサーさんは大人気だもんね♪

時子さんとかは....たまに分からなくなる時はあるけど、みんなから信頼されていると思うよ」

口では色んなことを言いつつも、やっぱり全員好意的に接しているとかな子は思う。

言うならば愛され系アイドルならぬ"愛され系プロデューサー"だろうか。

「...プロデューサーさんにインパチェンスの花を....なんて。

まあ、そういう人じゃないのは分かってるもんね」

誰にも聞こえない声の大きさで、さらっと物騒なことを言ってのける夕美。

なお花言葉にも色々と種類がある。どれを受け取るかは・・・受けとり手次第で。

「まあそんな感じで来年もゆるーくやってこー」

「おーっす☆!」



「PくんPくん、この画像見てみて!これね、超イケメンすぎるって今話題のゴリラなんだけど、

このがっしりした肩の辺りとか顔とかPくんに似てない~?きゃー!格好良すぎてマジヤバいの☆」

そう言って差し出された莉嘉のガラケーの画面を見ると、

そこには・・・・何やらイケメン外国人俳優みたいな名前のついた本物のゴリラが映っていた。

全身をびっしりと覆う黒い体毛。胸部から腹部にかけて人類より大きく発達している筋肉。

独特の黒い瞳。ゴリラである。紛れもない、ゴリラである。

ゲームとかでデフォルメされたものではなく、三次元のリアルゴリラである。

種族ニシローランドゴリラ、学名はゴリラゴリラゴリラである。

流石に反応に困りはは、と乾いた苦笑いを返すことしかできなかった。

「また莉嘉そのゴリラ見てる・・・。プロデューサーは人間でしょ。

そりゃあヒトとゴリラは種族的には近いかもしんないけど別に顔も似てないし。

ゴリラと似てるって言われて喜ぶ男の人なんて居ないって!」

「えー...そーお?Pくん、嬉しくなかった?」

若干うるうるしている上目遣いで此方を見上げてくる莉嘉。

何でも無条件に許してしまいそうな気に駆られてしまいそうな顔である。卑怯か。

....彼女の将来が些か不安な気がしなくもないが、

愛は千差万別のものなのだ。頭ごなしに否定することはできない。ここは大人の対応である。

「ま、似てる似てないは置いておいて肩ががっしりしてるって褒められるのは嬉しいよ。

男としてはやっぱり大切な女性を守れる強さがないとなって思うし・・・・」

「格好いいー!うんうん、やっぱPくんは格好いいよー!

大切な女性って、私達ってことだよね!?私達の騎士様なんだね!」

莉嘉の頭にポンと手を置いて(身長差的にも置きやすい)、そのまま優しく撫でる。

柔らかく温かい感触に浸っていると美嘉からじっとした視線が注がれているのに

勘づき、一つ咳払いをしてゆっくりと離れた。莉嘉は残念そうにしていたが仕方ない。

「騎士(ナイト)・・・・いいですわね。わたくしの家にはメイドはたくさん居りますが、

執事というものを抱えることはありませんでしたから。

プロデューサー様がわたくしの執事みたいなものでしょうか♪」

「騎士・・・いいですね!プロデューサーさんはさしずめ現代に甦った

忠節の騎士と言ったところでしょうか?」

セルバンテスの小説に出てくるドン・キホーテを引き合いに出してくるむつみだが、

個人的にドン・キホーテは騎士道精神に憧れた夢見がちな青年で

真っ当な騎士とは言い難いんじゃないかと心の中で突っ込んでおく。

「まあそうだな。もしものことがあったらお姫様を身を挺してでも守るのが俺の役目だ。

俺は一時的な保護者としてお前らの命を預かってる身だからな」

お姫様の為だったら命を賭すことも吝かではない。

いつでも暴走した車が突っ込んできたら庇う心構えは出来ている。

それなりに長く生きた者が次の世代を守るのは当然のことだろう。

「身を挺して、ってそんなことしたら死んじゃうよー・・・。

プロデューサー、死んじゃうのは駄目だよ・・・・?」

が、それを重く受け止めた少女の声が聞こえてきた。

この世には"第三の選択肢"というものが存在する。

誰かを助けて誰かを犠牲にする一と、誰かを見捨てて誰かが救われる二と、

誰かを助けて誰かも救われる三。死に急ぎたいわけでないのなら、

理想と言い換えて問題はない三つめを選ぶのが一番いいに決まっている。

「・・・・もしもの話だよみりあ。大丈夫さ。・・・・そんな滅多なことは起きないさ」

ニュースで誰かの不幸を聞くたびに、人々は自分には関係のないことだと考えている。

メディアは表層的な部分しか報じないので、悲劇を客観的に見ることしかできず、

例え人の生き死にに関わることであっても対岸の火事のように捉える。

でもそれは、至極当然のことだろう。普通に歩いていて死亡するようなことなど

圧倒的に低い確率でしか遭遇しないのだ。一生縁のない人間だって多い。

だから俺は何の根拠もなしに言い聞かせた。

「俺は、お前らを誰一人として欠けることなくトップアイドルに導いてやる。

それまで、絶対にお前らから離れたりしないよ」

いつになく真面目なトーンで喋ってしまったからか。それまでの喧騒が嘘のように

話し声が失せて場が静まり返った。重苦しい空気が場を席巻しようとし始めた時に。

「もー、こういう祝いの席で湿っぽい話はナシナシ!

もっと楽しい話題振ろ★ ね?」

先程まで話を真剣に聞いていた美嘉が元の明るい流れに戻してくれた。

どうしてもネガティヴ思考が身に染み付いてしまっている俺にとっては、

彼女のような存在はありがたい。

「そうですわ、プロデューサー様。何かあったら琴歌が何とかしますわ!

私の知り合いには、日本では研究が進んでない分野の専門医師も多数居りますし、

どんな難病に罹ったとしても絶対に治してくれるでしょう!」

「....琴歌さんが言うと冗談に聞こえませんね」

「あはは・・・・目がマジっぽい」

無敵お嬢様に不可能はないのだ。お金の力が凄いのではない。

それを問答無用で行使しそうな琴歌の行動力が凄いのである。

「・・・・確かにそうだな。後ろ向きな発言で変な空気にして悪かった。

明日の向こうを見るのも大事だけど、何より現在を大切にしないとな」

────反省する。悲観的な思考が頭にこびりついている。

誰よりも"そんな事"を想像したくないのは自分自身であるのに、

切り離された思考が冷徹にコンピュータを弾いている。

温かい空気に踏み込まなくては。そう思い、なにか話題を提起しようとすると、

「そうだ、Pくん!席を行ったり来たりして、ちゃんと食べれてないでしょ?

お腹空いてたりするよね?アタシね、Pくんの好きな物取っておいたの!

だから良かったら食べて食べて♪ここで暫くゆっくりしていってよ☆

へへ、なんだったらアタシが食べさせてあげよっか?」

莉嘉が食い付くような勢いで舞い戻ってきた。

キラキラの笑顔で莉嘉が差し出したのは、間違いなくプロデューサーの好物。

そして、言うまでもなくそれを挟んでいるのは莉嘉の箸である。

名付けて『勢い間接キス作戦』。ふっふっふ、これで又一歩だと内心でほくそ笑む莉嘉。

予想していたことだが隣の美嘉から苦言を呈される。

「ちょっと莉嘉。アンタが作ったわけじゃないのに、何でそんな偉そうなのよ」

「えー?これはアタシがセレクトしたものなんだからいいじゃーん。

あ、それともお姉ちゃんもPくんに食べさせたい?くふふ...抜け駆けはナシにしてあげんよ☆」

言外に『お姉ちゃんもその箸を使ってPくんと間接しちゃいなよ☆』と姉に語る妹。

姉思いなのは良いことだが少し小悪魔が過ぎる。というかアプローチは姉のそれを超えている。

「抜け駆け?」

「な...なんでもない!なんでもない!!莉嘉ってば、最近やったドラマの

役がまだ抜けきってないみたいでさ...あはは、あははは」

ぷくーと頬を膨らませ、目をもって莉嘉が抗議する。ズルい大人のやり方だ。

そうやっていつも有耶無耶にして平和穏便一件落着と望むのだ。だったらと。

「Pくん、口開けて!」

「んむっ!?」

「んなっ!!?」

一瞬。返答を聞かないまま莉嘉はプロデューサーの口へと箸を突っ込んだ。

危うく喉に刺さりそうになったが、何度か咀嚼してから飲み込んだ。

美嘉は驚愕の表情で口を開いて固まったまま動かない。

「どお!?Pくん....!」

「あ...ああ、美味しかったよ。ありがとうな、莉嘉」

....麻痺していると言われればそれまでだが、響子やまゆその他大勢のアイドル達から

日常的に「あーん」をさせられている身としてはそこまで心を動かすような

出来事ではなかったが・・・・莉嘉は違うようで、とても嬉しそうに笑っていた。

そう言えば莉嘉からされたことは今までなかったかもしれない。

「・・・・・・」

一方、美嘉は迷っていた。こうまで目の前で露骨に妹に先を越されては姉の威厳に関わる。

しかしいざやろうとなると気恥ずかしさが満載である。まゆ達は何故あんなに自然に出来るのか。

改めて尊敬し直すと共に上を向いた。自分もその段階(ステージ)に立たなければと覚悟を決めた。

「ぷっ....プロデューサー!」

「どうした?」

「ア、アタ...アタ.....らしい氷持ってきてくれない?」

─────しかし、へたれた。



一方、そんな風に他席で囁かれていること等つゆ知らず。

E席は既に宴もたけなわと言ったところになっていた。

具体的には、『もう出来上がりつつある』という方が正しいだろう。

「5周年・・・いやぁ長かったですね・・・・!

幼い頃は見ていたアニメの主人公よりも年下だったのに、

いつの間にか追いついて、更には追い抜いていたーみたいな・・・。

あぁ~いえ!ナナは、永遠の17歳ですけど!」

「そこら辺のメタ発言は触れるの禁止な☆ここは貝殻さん時空だゾ☆

そんなのよりぃ、はぁと今はもっとスウィーティーな話題がいいな~」

酒気を帯びながら浮ついた雰囲気を作り出している成人組の中でも

更に一際盛り上がっている席がここなのだった。

「おっ、じゃあ今年の印象に残ってる楽しかったお仕事について話しちゃう?

勿論折角の成人卓なんだからオトナな話も含めて・・・お酒の肴にしながらね!」

「えっと・・・・前回はちょっと強めの日本酒で一気に酔いが回ってしまったので・・・

今日はゆっくり・・・酔い潰れないように程々に・・・」

「何言ってるの美優ちゃん!今日は無礼講なんだから酔い潰れるまで呑んじゃっていいのよ!

何かあったらプロデューサーくんが責任をもって家まで送り届けてくれるから、大丈夫!

彼は送り狼になんてならないから!」

なんて無責任なことを言い出す元警察官。短い間ではあったが、警察学校の

慕われていた後輩達が今の彼女を見たらどう思うだろうか。きっと遠い目をしている。

「え・・・ええ・・・?というか菜々ちゃんは居て大丈夫なんでしょうか・・・。

ここはお酒も出される大人組の席ですけど・・・未成年だからまだ飲めませんよね」

「え、ええっとそれは~・・・・」

時折、菜々でも把握できなくなるが大体のアイドル達からは17歳と認識されているのだ。

楓や早苗らが近くにいると、どうも彼女たちと一緒にいる時と同じように振る舞ってしまいがちだが

今はその時ではない。偶像を貫く時である。

「私がプロデューサーさんにお願いしたんです、菜々ちゃんと同じ席がいいと。

別に、成人アイドルで固めるのは出来るだけ飲酒組で固めたいだけで

絶対に飲まなければいけないってことはないそうなので。菜々ちゃんはいつも、

居酒屋で話し相手になってくれていますからね」

「そうそう!いざとなったら介抱し慣れている菜々ちゃんに任せておけば

万事OKなのよ!他の子に手伝わせるよりはね。つまりはバランサーかしら」

二人の微妙なフォローにははは・・・・ソウデスネと虚空に目をやる菜々。

確かに事務所のメンバーで飲み会を始めてしまうと最低でも一人は眠ってしまうので、

基本的にはいつもシラフの彼女が面倒を見る段取りになるのだ。

慣れっこではあるものの悲しい現実である。

「それって本当に大丈夫なのかしら・・・・?わからないわ。

まあでも、皆も飲むなら勿論私もちょっと弾けちゃおうかしら。

というわけで、もう一本空けちゃうわよー!」

そんなわけでここE席は、兎に角ハイペースでボトルの中身が減っていくのであった。

成人済アイドルで構成された卓に用意されているのはアルコール入りのスパークリングワイン。

かのフランス王妃、マリー・アントワネットも愛したとされるこのパイパー・エドシックは

辛口に分類されているが、甘い柑橘系の風味とほどよい酸味が特徴の

とても飲みやすい気品溢れるワインなのである。

とは言ってもここに集ったメンバーはソムリエでもなければ

本格的な酒呑みでもない。要するに質より量主義だった。

店で出されるからには陳腐なものではないが、高級な年代物でもないのである。

それでもこの場所でこの人数で飲むお酒が美味しくない筈がない。

他愛のない雑談は尽きず楽しい談笑が続いていく。

そんな中、楓がそっと寄り添って菜々へと耳打ちしていた。

「(菜々さん、今日はこっそりと飲みませんか?私達は年末に

特番がありますし、もし飲むとしたら機会は今しかありませんよ)」

「(え!?で、でも・・・菜々は永遠の17歳ですし・・・・)」

「(こっちのノンアルコールのものと、一目見ただけでは違いが分かりませんよ。

酔い潰れない程度にどうでしょうか?)」

彼女の公式プロフィールを参照すれば何を馬鹿なことを思うかもしれないが、

菜々はアイドルになってから一度も酒を飲んだことがない。

それは法律や規則を超えたもっと別のことから起因する理由で、である。

「.........」

菜々が至極真面目な顔つきで逡巡する。

答えに迷っているわけではない。言葉を探しているのだ。何故なら、答えは決まっているのだから。

「(ごめんなさい、楓さん。私は飲めません...だって、ナナは17歳ですから)」

誰も見てないなら良いんじゃないかとという囁きに負けそうになったことも、

欲望に屈しそうになったことも、当然あった。今だってそうだ。

楓は決して意地悪でお酒を薦めているのではない。彼女なりの心遣いと、

菜々と一緒に飲みたいという純粋な好意から来ている誘いなのだ。

だから断るのはちょっぴり心苦しい。けれど、そこは譲れないのだ。

「(そうですか...なら仕方ありませんね。でも私は、菜々さんのその姿勢好きですよ。

私は我慢出来ないので、菜々さんにとっては生殺しになってしまいますが...

どうか許してください。ビールで詫びーる、って。ふふ♪)」

普段通りダジャレで肩を竦めて笑って見せた後、楓が目配せをした。

視線の先にいるのは心(はぁとって読めよ☆)、早苗の二人。

そう、今回菜々が飲める環境を作ろうとしたのは楓の独断専行ではなく

三人が話し合った末の作戦だった。それも空振りに終わってしまったが、

悪い気分など一切していない。逆に尊敬の念が増したくらいである。

「あ....心さん、もう一杯もらえます?」

「早いな!?あれ、これやべぇやつ....美優ちゃん早々にいっちゃうパターンだコレ...」



「あれ?ウサミンが居るのって成人組の席じゃないー?

まあ飲まなければいいのかもしれないけど・・・うーん?」

と、丁度その光景を見ていた隣のF席から声が上がった。

平均年齢16歳。ここは全員が高校生で構成されたNG+TP組の席である。

「あ、本当ですね。菜々ちゃん、シャンパン飲んでるように見えますけど...

あれってノンアルコールの方・・・・だよね、未央ちゃん」

「これ遠目じゃ色だけで判断するのは難しいやつだよしまむー。

まあ楓さんも未成年にお酒を飲ませるほどぶっ飛んでるわけじゃないし、

多分大丈夫だと思うんだけど...」

その一例とも言えよう。

高垣楓の武勇伝の一つとして、未成年組に一口も酒を飲ませることなく

酒気に当てて周りを酔い潰したというエピソードがある。

因みにその話をすると、凛が突然頭痛を訴え出すことがあるのであまり口にしてはいけない約束だ。

「・・・?でも確かにヘンだな、プロデューサーさんはちゃんと飲酒組と非飲酒組で

席を分けたって言ってたのに・・・配置ミスか?」

例え成人済みアイドルでも飲まないと決めた者は飲まない組の席に配置されると

プロデューサーが言っていた気がするんだよな、と奈緒。

無論プロデューサーもそこは配慮していたのだが、楓から席決めの相談を受けて現在に至っていたりする。

「(奈緒って菜々さんとかとよく集まってアニメとか見たりしてるのに気付いてないんだ・・・。

まぁ、そこが奈緒らしくていいんだけどね)」

「(流石にウサミン星人は信じてないと思・・・、思いたいけどね。

アニメや漫画の世界じゃあるまいし。....あっ、ハッシュドポテト補充きた)」

追加の作りたてハッシュドポテトが来るや否や、一目散に皿を持って取りに行く加蓮。

後ろ姿から見てもとても上機嫌で、肩を上下させ鼻歌を奏でながら軽快な足取りを踏んでいる。

「・・・・なあ凛、加蓮のポテトジャンキー具合が年々酷くなってる気がするんだが」

「気候の影響とかで深刻な芋不足に陥る前に食べておきたいんじゃない?」

「どんだけ未来を見据えてるんだよっ!?しかもちょっとメタいぞ!?

そりゃあ、あたしらはまだ若いしちょっと徹夜しちゃったり不摂生だったりしても大丈夫だけどさ、

久し振りとはいえこの間だって加蓮倒れたし丈夫な身体なわけじゃないし。

やっぱ・・・・栄養が偏らないように健康的な食事を摂った方が良いよな?」

このままいけばポテキチの称号を得るまでになってしまうのではないか。

奈緒はオカン的な目線で加蓮の健康を心配しているのだった。

「まあ、加蓮も流石に分かってるでしょ。

卯月だってそんなしょっちゅう生ハムメロン食べてるわけじゃないし。

....そりゃあ、今は食べてるけど」

そういえば生ハムメロンって食べ合わせがいいだのやっぱり悪かっただの

情報が二分していたがどっちが正解なのだろうか。

個人的には、塩分と糖分の過多であまり身体に良くない食べ物だと思う凛だった。

そこで、凛の意味ありげな視線に気付いた卯月が満面の笑顔で皿を差し出してきた。

「凛ちゃんも食べますー?ここのメロン、とっても甘くて

生ハムの塩味と絡み合って美味しいですよ!」

「あ、いや....私は遠慮しておくかな。

別に嫌いってわけじゃないけど、今日はそんな入らないっていうか」

実際凛も不健康なまでではないが、女子の平均より食は細い方である。

奈緒がグッズ目当てで積んできた菓子類などのお裾分けも基本的に丁重にお断りしている。

チョコレートも好物と言えど、卯月みたく熱烈に好きなわけではない。

美味しいものを食べたいと思わないことはないが....強いていうなら食への関心が薄いのだ。

トリュフとか、あんな欠片のようなもので何万も値段がつく高級食材など食べる気も起きない。

それほどではないが、今こうしてビュッフェに並んでいる食材の数々を見ても浮いた気分になる。

思えば随分遠いところまで来たのかもしれない。花屋の娘として進んでいたら、

きっと一生縁のない場所なのだろう、ここは。

「しーぶりんっ♪」

夢想の世界に飛ばしかけていた意識を戻す声があった。もう絶対に聞き間違えることなどない、

一縷の懐かしさすら感じてしまう声。元気で明るい少女の声。

「あ....未央」

「しぶりん、どうやら考え事していたようだね。ふっふっふ...この未央ちゃんが当ててしんぜよう。

ズバリ、『アイドル続けてて良かったー!』 でしょ?」

その解答は、遠いようで中心にある核を的確に捉えていたような気がした。

だから凛は得意気な顔の未央に薄く笑って答えた。

「....そうだね」



「ふふ..真っ赤なブラッドオレンジ....美味しいね...♪」

「こ...小梅ちゃんが飲むと、本当に血みたいだな...フヒ、

人間の生き血を啜るヴァンパイアに見える、ぞ...」

「あ....ありがと...」

意味深に光る紅い液体(※ジュース)を啜って楽しそうに微笑む小梅。

凄みのある笑顔は八重歯がなくても妖艶な吸血鬼のようだった。

「コウメ、ショーコ!オマエらそんな隅っこに固まってないでもっとこっち寄れよなッ!?

ウチの周りのスペースが空きすぎてて逆に困るぞ!?

ていうか、ヴァンパイアって確かに格好いいけど案外太陽の光とかにんにくとか

銀の十字架とか弱点がいっぱいで、ゾンビより弱いモンなんじゃないのか?

あんまり強いイメージがないけど...」

「あのね...今のスプラッター映画やホラー映画に出てくるようなものとは、

ゾンビも吸血鬼も違うものだったんだよ...。

ゾンビは...ンザンビ、っていう...アフリカ南部で信仰された神様のことで、

吸血鬼っていうのはモチーフは実在の王様から取った話なの....」

私は今のホラー映画に出てくるようなゾンビが好きだけどね...と言う

小梅の説明の途中で、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて

得意気な顔をした様子の紗南が指をパチンと鳴らしながら答える。

「ワラキア王、ヴラド三世だね!

祖国の将となってオスマントルコ軍の侵略から国を守り、敵軍の士気を低下させる為に

残虐な串刺しにされた屍の山を築き上げて、悪魔と呼ばれた男だよ」

彼はルーマニア語で『竜の子』を意味するドラクルという名前を持っていて、

そこからドラキュラ伝説に出てくる吸血鬼に派生したんだよね、と

何も見ることなくすらすらと暗唱する紗南。思わず席に小さな歓声と拍手が巻き起こった。

「紗南、オマエやけに詳しいなッ!?ウチは歴史の教科書で

そんな名前見たことないけど・・・・」

「いやー、史実の偉人英雄たちが出てくるゲームがあるから、

そういう系の知識はバッチリだよ!こういうのが試験勉強にも活きてくれればなー。

一気に歴史が得意科目になるかもしれないのに」

現実は非情である。ゲームしているだけで点を取れるのであれば、

今頃全国の塾から社会科の三文字は消え去っていることだろう。

紗南的には是非ともバーストストリーム的な何かで消し飛ばしたいところなのだが。

「華やかな英雄譚の歴史もあれば一見地味に見えても大切な史実もあります。

しっかりと穴のないように真面目に勉強しましょう、紗南さん」

「ヒーローになるには勉強も必要だからな・・・。

力だけ強くても駄目なんだ。正義の味方は教養もなくっちゃね」

「でもさ、どうせだったら楽しく勉強したいじゃない?漢字とかもそうだけど、

やりながら試験範囲を覚えられるゲームがあればなあ...」

最近のゲーム文化の発達も目覚ましい。VR技術が進歩していった先には

本気でリアルとバーチャルの境界が取り払われる日もそう遠くない話だ。

だからこそ、ここは一つ日本の教育もゲームで進化させていくのはどうだろうと夢見るゲーマー少女。

しかし、そこに真面目風紀委員からの鋭い一言が振り下ろされた。

「ところで皆さん・・・・冬休みの宿題は終わってるんですか?」

「「・・・・・・・」」

夢が現実に切断された瞬間だった。遠くの理想より目の前の問題である。

誰一人として即答しない席の全員に、清美が超☆ジト目になる。

「ね、年末の特撮特番見終わったら猛スピードで終わらせるさっ!

アタシが本気で取り組めば宿題なんて一撃必殺だからなっ!サボるつもりはない!」

「う、ウチもまだ本気を出してないだけだしッ。

大体、まだ一週間以上あるんだから余裕だ余裕....!」

「そうそう、詰んでいた箇所さえ解ければ後は一気に攻略出来る筈だから!

ちょっと漢文が難読すぎて・・・・」

「うう....小説問題、きらい....。作者の気持ちなんて、作者以外に分かるわけないのに....

ゾンビ映画に出てくるゾンビが、どんな気持ちで人を襲っているかなんて....分かんない、でしょ...?」

四者四葉の言い訳を聞いて、清美がレッドカードを取り出す。

・・・・どうやら彼女は超☆風紀委員としての道具はオフの時も持ち歩いているようである。

「皆さんにも一人一人進路があります。たくさん勉強して良い学校へ行きたい人も居れば、

専門学校へ進学したり就職を目指したりする人も居るでしょう。

でも、義務教育で留年がないことを盾にして課題をちゃんとやらないのは見過ごせません。

課題はきっちり、期日中に提出しましょう!いいですね?」

「「「「はーい....」」」」

ところで。一人だけ宿題は終わらせているものの、違うことに

フラストレーションをぶちまけそうになっている少女が隅に居た。

「冬休み...知らない間に、リア充同士で仲が進展してて....

明けて、始業式で、学校へ行ったら....クラスメイトが、

カップルになってて....そのまま....ッ!ヒャアハ────ア、ア

あ、ぶない...もう少しで、シャウトするところだった...ぞ」

性夜とかほざいてるリア充共ゴートゥヘルッ!!!と思わず叫びそうになったのを堪え、

ヒャッハーを抑え続けるのはやはり難しい。そんなことを考える輝子だった。



「.....云十階建ての超高層ビル...これは事件の起きそうな場所ですねっ!

このビルの何処かにある電気室に爆弾が仕掛けられて停電!

シャンデリアが落ちる音がした後、予備電源に切り換えるとそこには死体が倒れていて...。

お金持ちの集まるパーティーは、山奥のペンションと同じように事件が起きやすいスポット!

つまりここも、探偵憧れの場所!都はどちらも制覇しましたよ!ふはははー!」

「集まってるのはお金持ちじゃなくてアイドルだけどね...。

事件は起きてほしくないかな。これだけ高いと下るのも結構大変でしょうし」

いくら体力に自信のある肇と言えど、長く積まれた階段を昇り降りするのはしんどい。

走り込みやダンスレッスンで鍛えられる体力と、昇り降りで使う筋肉は違うのである。

というか普通に有事が起こるのは好ましくない。平和が一番だろう。

「ふむふむ...ここの厨房にも良い職人がいるけんね♪

この赤身、まるで市場で出される取れ立てみたいに鮮やかな味っちゃ!」

「わあ、本当れすね~♪これは中々の大物だったと思うれす。

東京湾って、マグロは釣れるんれんすか~?」

「うーん...あまり詳しくないから何とも言えんけども、多分釣れないけん。

神奈川辺りから冷凍して輸送しちょると思うよ」

「それでこの抜群の鮮度を保ててるれんすね~...最近の技術の進歩は目覚ましいのね~。

何れはお魚のコールドスリープとかが実現するんれすかね~?

永久保存物の大物マグロとか、楽しそうれす!」

濃い口醤油に程よくつけた刺身に舌鼓を打ちながら、

その味と出来を絶賛する七海と葵。驚くべきはその種類の豊富さである。

マグロの他には真カジキ、ブリ、とろサーモンなどの刺身が並び

焼き魚としては今が旬のサワラの西京焼きが鎮座している。

文句のつけようがない最高のラインナップだった。

「....ここからでは、流石に海は見えませんね....。

でも、ロビーにあった海水魚の水槽は綺麗でした」

一歩引いて、佇んでいるのは海を愛するアイドル瀬名詩織。

葵とは同じく海好きの嗜好であるが、微妙に相容れない関係であることを察して

若干控えめに接することを選んでいる。彼女にとっては刺身の鮮やかさよりも

生きている魚たちの方が彩り的な海の美しさを感じるのだ。

なのであまり魚料理には目をやらず、俯瞰した姿勢である。

「あ、でも意外とお皿は普通に買えるくらいのですね。

高級品でも陶器でもないっぽいです」

「まあ、純和風料亭でも食器に拘るところは少ないと思うっちゃ。

一番大事なのはお客様に清潔感を覚えてもらうことやから...

だから、ちょっとでも汚れが取れないものが出てきたら買い替えてるけえ、

単価は安い方が助かるけんね」

古来より継承されてきた伝統の日本工芸、その磨きあげられた逸品は

確かに華やかではあるのだ。しかし、あまりな高額なものを使ってしまうと

客も店側も万が一の事態になったとき重大である。

「葵ちゃん、もしかして陶器に興味あるんですか?

職人の逸品とまでいかなければそこまで値も張りませんけど....」

「あー...いや、飾っておく分にはかなり良いと思うっちゃ。

あたしが店を継いだ暁には採り入れてみたいとは思っちょるけど....」

急に、ポンッと腕を叩いた。

と思うと、押しが強そうな感じで肇が無邪気な子供のように目を輝かせていた。

「だったら陶芸やってみませんか....?勿論、それなりに時間はかかりますけど

きっと思い出に残る陶器が作れるはずです」

「うーん...でも難しそうやけん....」

「その点については大丈夫です!私が全部教えてあげますから!

陶芸の基礎から応用まで、じっくり!隅々と!」

目を輝かせてとても情熱的に陶芸の道へと勧誘する肇。

その会話を聞いていた同じ席の少女たちも集まってきた。

「あ、ずるいです!都も陶芸体験してみたいです!」

「面白そうれすね~♪七海はお魚の形の陶器作りたいれす!」

なし崩し的に肇による陶芸体験会の開催が決定したのだった。

元々年始には実家へ帰るつもりだったので丁度良い。

興味を持ってくれた同僚を連れてきたとなれば祖父も喜ぶことだろう。

「キッカケはなんでもいいですから、是非陶芸に触れてみてね。

おじいちゃんもよく言ってました。過程はどうあれ、やったという結果が大事なんだって」



「いやー、ここは成人組って言っても平和に飲めそうでいいっス。

私も下戸ってほどじゃないっスけどあそこの席はじゃんじゃん注がれて潰されそうな気がしますし」

話題の席とは言うまでもなくE席のことである。もう既にワインだけでは飽き足りずに

生ビールをジョッキで飲み出している。酔い潰れるのも時間の問題かもしれない。

「アタシもほろ酔いくらいが一番だと思うわー。妄想が捗るくらいの。

最近は税金も高いし、お酒に掛けてられるお金なんてユリユリにはないんだじぇ・・・」

「というかプロデューサーずっと同じ席から動かないんだけど。

ちゃんと全部の席回ってきてくれるのかしら・・・・?折角この日の為にアタシの選ぶ

最高のドレス着てきたんだから、是非とも近くで見てほしいんだけどなー」

際どい露出度のドレス姿で常に胸を強調するようなセクシーポーズで佇む

沙理奈が、焦れったそうに爪先を床に打ち付けている。

常に見られることを意識している彼女は、宴が終わるまでその姿勢を崩さないのだ。

と言ってみたところで実際見る側の人間が側に居ないと意味はないのだが。

「沙理奈ちゃんは積極的ね・・・私は・・・今日はそうでもないかしら。

アプローチは、ここぞという時でないと効果がない気がして」

夜だと言うのにテンションが低めの留美が静かに喋る。

いや、低血圧気味なことを除いても彼女は普段からクールなのだが。

「留美さんはもうちょっと気軽に考えても良いと思うのだけど。

何というか、私は言いたいことはその日の内に言わないと気が済まないのよね。

勿論黙っていた方が良いこともあるし優しい嘘だって必要なのは分かってるけど」

「久美子ちゃん"あの"日高舞相手に啖呵切ったんでしょ~?響子ちゃんから聞いたよ。

一分の臆面も見せないで堂々と対峙してて凄かったって」

その名前を聞いて、久美子は何よりもまず先に懐かしいという感想を覚えた。

つい数週間前だと言うのにもうとっても昔のことのようだと感じられる。

それほどまでに内容が濃い....濃すぎる記憶だからか。

「ああ・・・そう言えばそんなこともあったわね。

噂に名高い伝説のアイドルだから一体どんなカリスマ性のある大人なのかと

思えば、中身は娘と変わらぬ・・・いや、娘よりも子供な性格だったのよ」

日高舞。それは日本史にさえ刻み付けられた伝説のスーパーアイドルの名だ。

ひょんなことから久美子達はXmasフェスにて日高舞と対面し、

あまつさえ芸能界に電撃復帰した彼女とアイドルとして競いあったのだった。そこで見た光景は

正に『アイドル界の問題児』の二つ名にそぐわぬ問題ガールっぷりだったと言っていいだろう。

何処までも破天荒なやり方ながら、アイドルとしてしっかりとファンと向き合っている姿勢。

そしてそれを実現させてしまう実行力。物を言わせない確かな実力。

それでいて根底にあるのは子供のような無邪気さと腕白さなのだから手に負えない。

実際に会ったからこそ分かる彼女の無茶苦茶さが身に染みた。

「いや、ほんと凄いっスよ....日高舞と言えば昭和の古株たちが引退していく中、

下向きに傾き始めていた平成アイドルの概念を一気に覆した大スターじゃないですか。

私からしたら雲の上の存在とも思えるようなアイドルっスよ...」

「あら、本当にそう思うの?私達だってシンデレラよ。

そして"あの"プロデューサーのアイドルよ?史実を見ても越えられなかった伝説

なんて存在しないでしょ。私達も十分に勝てるのよ、日高舞に」

事実自分達の方が人数が多かったとはいえ、Xmasフェス大トリの日高親子による

至高のパフォーマンスを久美子達は打ち破ったのだった。

伝説を古く積み上げたレジェンドと言えども、新たな伝説はそれを塗り替えられる。

そうやってこの世界の歴史は今の今まで廻ってきたのである。

「復帰したとは言え、確かに全盛期よりは流石に衰えを感じるかしら。

....彗星のごとく現れ、嵐のように去っていった人ですものね。

ファンや企業の心を半分置き去りにしたまま電撃引退して・・・。

そう考えると、私達にも彼女に勝てる部分はあるわね」

「そう、私達は私達なりに積み重ねてきたものがある。

誰もがシンデレラ、誰もが一番になれる可能性があるのよ」

どんな世界にも、真のトップ・・・・・頂点の座は一つしかない。

誰だって譲りたくなんかない。二番で甘んじたくはない。

だから競い合って、ぶつかり合って、それでも繋がって、紡いで。

そうやってずっと続いてきたアイドル神話に挑む灰被りのお姫様。

「ひゅー♪久美子ロマンチックー」

いつの間にか横で千奈美が此方の方を向いてわざとらしく拍手していた。

「ち、千奈美ちゃん!?い、いつからそこに?違う席じゃなかったっけ・・・?」

「久美子がポエムし出したところから。素敵だと思うから続けて続けて♪」

ニヤニヤしながら千奈美が茶化すのから久美子は照れくさそうに目を逸らし、

丁度空になっていたコップを持って席を発った。

「ああもう、私から言いたいことはそれだけよ。私、飲み物取ってくるから」

「じゃあ私も付き合うわ。ねえねえ、それでさっきの続きだけど・・・」

「言わない!」

そんな問答を繰り返しながら久美子達は席から離れてしまった。

しかし残された卓の雰囲気は、確かに先程の言葉に熱せられていた。

「現実問題として出来ないことは勿論あるっスけど、

でも....本当に不可能なんてないんじゃないかと思えるのが凄いっスよね」

「正にそんな道理、私の無理でこじ開ける!って奴だわ。

今の私たちは阿修羅する凌駕する存在だじぇ~!」

うんうん、そうだねー・・・・と綺麗に纏めかかっていたところで。

ある意味起爆剤にも等しい燃料が投下されてしまった。

「ところでそれ何のネタ?ワタシ知らないんだけど」

嗚呼。比奈は横目に映ったユリユリのキラキラと輝く瞳を見て、悟った。

特に何も意識してないであろう愛結奈を思い、目を伏せた。

普段オタク同士でも触れられる機会があんまりない、

コアな部分に反応されると語りたくなってしまうのが性である。

「知りたい!?知りたい!?うへへ~マジで知りたい~?

元ネタはとあるロボットアニメに出てくる登場人物の台詞なんだけど、

その人物がもう・・・乙女座で赤い糸で結ばれたセンチメンタリズムな運命で

愛の力で機体の性能を大きく上回るパフォーマンスを披露してそれかr」

─────割愛。



ここJ席とK席は二つの長机を繋げており、和気藹々と盛り上がりを見せている。

数あるユニットの中でも最大人数を擁するL・M・B・G。

主に年少の子(しかし成人含む)で構成されたマーチング系ユニットの

メンバー達(と小学生アイドル達)が、ここに大集結しているのだった。

「千枝・・・こんなオトナなお店に来たの初めてで・・・ちょっと緊張しちゃいますね」

「仁奈も初めてでごぜーますよ!だから、心配ねーです。

大人のおねーさんたちは、いつもこういうところで食事するのでやがりますか?」

完全ビュッフェ制のため料理自体は一切載っていないのだが、

オーダー制であるドリンクは勿論メニューが存在し各テーブルに1つずつ配置されている。

そこに書いてあった飲み物の値段を見た梨沙はこの店のことを無言で察していた。

「・・・ま、桃華辺りだったらこんなところ慣れっこって言うんでしょうけど、

流石に私もあまり馴染みがないわ・・・。普通のホテルのバイキングだったら

パパにもプロデューサーにも連れてってもらったことあるけど」

「いやこんなところに馴染みがあったらこえーよ・・・。

一食分で下手なサッカーの合宿費よりも高くつく料理店だぞここ」

同じくメニューを見てしまった晴もそれとなくここがどういう場所か分かっていた。

オレンジジュースはセルフサービスとして置いてあるものの、

安いものから6桁に手が伸びるワインなど空恐ろしいものまで揃っていたのだった。

推測するに恐らく星のつく類いのアレである。そしてその予想は間違ってないのだが。

「私も....経験ない....。でも、キレイ....」

「そうなんですね・・・じゃあ、今日皆で一緒に大人の階段上っちゃいましょうね」

曇り一つない満面の笑みを浮かべて千枝が言う。

そのやり取りに何か引っ掛かるものを梨沙が感じ取った。

「・・・・何かしら。一見何の変哲もない言葉なのに

千枝が言うと・・・なんか危ない感じがするわね・・・」

「ええっ!?私・・・なにかヘンだったかな・・・?」

「・・・もしかしてロリコンが喜びそうな言葉を選ぶ天性の才能があるのかしら・・・?

今度から千枝を参考にしてみるってのも良い手かもしれないわね・・・・」

真剣に思索に耽ろうとする梨沙と困惑している様子の千枝。

暴言じみた物言いに、さしもの晴も梨沙を嗜めた。

「いやいや、千枝を勝手に魔性扱いするんじゃねーよ」

「千枝ちゃん魔性なのー?・・・・魔性ってどういう意味だっけ。

悪堕ち・・・とはちょっと違うよね。若葉さん、知ってますか?」

「そういうことはオトナの私に任せなさい。魔性っていうのはね・・・・むぐっ!?」

遠慮もせずに口走りかけたダメな大人を無理矢理口を塞いで黙らせる晴。

情操教育に悪影響を及ぼしかねない単語を解説する行為はNGである。

「くるみちゃんは分かるー?」

「ふえっ!?そこでくるみに振るんでしゅか!?

うう...でも何処かで聞いたことはあるんでしゅけど、くるみもよくわかってないんでしゅよ...」

「と、取り敢えずその話は一旦終わりにしない?

あとで他の人たちに聞いてみるとして」

その美由紀のフォローで、取り敢えずの流れを変えることは成功した。

ナイス、と心の中で晴が称賛を贈る。何で言葉を遮られたのか理解っていない

目の前の子供な大人に見習ってほしいものだ。

「ヒョウくんも連れてきてあげたかったな~・・・

流石にプロデューサーさんに止められちゃったけど」

「まぁ、ペットはな・・・介助犬とかでない限り

基本的には持ち込み禁止な店が多いだろ、仕方ないさ」

特にイグアナのようなペットは相当ワイルドなお店じゃない限り難しいだろう。

....一応グリーンイグアナは人懐っこく、愛くるしいその見た目から

ペットショップでも売られているほどポピュラーな動物ではあるのだが。

爬虫類特有の臭いや見た目に不快感を抱く者も余計に多い為

どちらかと言えば大衆からは煙たがられる存在である。

「優おねーさんやイヴおねーさんのアッキーやプリッツェンも

居ねーですね。仁奈も着ぐるみを持ち込むのは止められたでごぜーますよ」

「事務所と違って私物を置くところがないから嵩張っちゃうもんね...。

私たち全員分って考えるとスペースが大変そうだし...」

逆に考えるとトナカイやイグアナ達と一緒にパーティーを楽しんでいる事務所が例外なのだ。

色々とフリーダムなアイドルが集まる事務所は、同じくそれなりにフリーダムなのであった。

「...ペロも...駄目だった....おうちで、留守番...。

だから....ペロの分まで...楽しむ...ふふ....」

勿論家に帰ったら雪美はペロにこのことを話すつもりだ。

最近は雪美に彼女(?)以外の話し相手が出来てしまったため、

若干妬いている反応を示すこともある。そこも含めて愛らしい。

「......今は、ガマンする時....」

プロデューサーを囲んでしまうことを避けるため、今回は

アイドル達の方からプロデューサーの元へ寄ることは禁止されている。

自分達の席に来るまで大人しく待機している必要がある。それでも、

「待てるよ...ふふ、約束は、結ばれたままだから....」

心は確かなもので繋がっている。目には見えない、けれど強く在るその糸で。



「えー!?メロン、もうなくなっちゃったのー?」

突き抜けて元気だが哀しそうな目でトングを空振りする一際小さな少女に、

制服姿の女性が目線を合わせるようにしゃがんだ体勢で謝っていた。

少女・・・・薫が驚くのも無理はない。何故ならまだ開宴から30分も経っていないのに

メロンのメの字すら見えない、ひたすらに真っ白な皿が残っているだけなのだから。

「ごめんなさい、今厨房の方で調理してる最中だから、もう少し待っててね。

暫くしたらちゃんと追加でお姉さん達が運んできてくれるから」

つい先程、生ハムとメロンを同じプレートに乗っけて運んでいた

女子高生らしき子が取っていったのを最後に、なくなってしまっていたのだった。

ついでに言ってしまうと、とある理由で現在デザート系が壊滅状態である。

だが、そのような事態におかれても冷静に、

それでいて温かさすら感じるような笑みでベテランの給仕がそれに応対している。

「だってー・・・・しょうがないね。一旦席に戻ってようよ、薫ちゃん」

「うん、分かった!舞ちゃん、先に戻ってていいよー。薫、ここで

お姉さん達がメロン持ってくるの待ってるから」

と、席へと歩を向けていた舞から離れて薫がその場に留まる。

途中で薫がついてきていないことを確認した舞が慌てて薫の方へと戻った。

「えぇっ・・・ダメだよ薫ちゃん。ここで待ってちゃ迷惑だよ」

「今ここってせんせぇのお陰で私達の貸し切りなんでしょー?

だったら、他のお客さんの迷惑にもならないし大丈夫だよ」

「う、うーん。そうなのかな・・・・?

いくら貸し切りでも、それはなんか駄目な気が・・・・・」

暫し応酬を繰り返したものの、成果はなかった。

それとなく良くないことだと分かっている舞なのだが、決定的な一言が足りない。

どうすれば上手く説得できるかと舞が考えていると、丁度そこに馴染みのある顔が見えた。

「あれ、ありさ先生?」

今回のパーティーではいつも髪を束ねているシュシュとは別に

兎のヘアピンを身に付けているいつもよりちょっと大人な雰囲気のアイドル、持田亜里沙である。

ヘアピンの兎の名前は勿論ウサコである。出掛ける時はこうやって引っ付いてくれると

子供達に説明したことが過去にあり、それ以来たまにつけているのだった。

「あらどうしたの?舞ちゃんに薫ちゃん。

そんなところで立ってて・・・・何か考え事?」

「あのねー、今メロンが切れちゃってるんだけど、お姉さん達が今準備してるって言うから

出来上がるまでここで待ってるのー!ありさ先生も一緒に待つ?」

薫の指差す方を見ると、取り尽くされたのだろう何も置いていない銀盤と

愛想笑いを返す店員が居て、それらから亜里沙は全ての状況を察した。

「薫ちゃん、ここで待ってるとお姉さんの気が休まらないでしょ。

いくら貸し切りと言っても、自分の席に戻って待ちましょう・・・・って、ウサコとの約束ウサ♪」

何処からともなく取り出したウサコを操りながら優しく薫を諭す亜里沙。

すると、自分の間違いにはっと気が付いた薫が

とたとたと元気よくウェイトレスの元へ駆け寄って、

「お姉さん、迷惑かけてごめんなさい!かおる、一度席戻ってから補充されたらまた来ます!」

頭を下げて丁寧な敬語で謝った。この天真爛漫ゆえに間違うこともあるけれど、

素直に謝ることが出来るという面は薫の長所だと亜里沙は思う。

取り敢えずは少女を褒めてあげたい気分だったので頭を撫でてあげることにした。

「はい、よくできました。薫ちゃんは本当に偉いわ。大きくなると、

逆に色んなものが邪魔をして素直に謝れない人も多いから....」

「えへへ~...♪薫も早く大人になりたいな~....」

出来ることならこのままずっと純真でいてほしい。

健やかに育ってほしい。小さな少女の頭を撫でながらそう願った。



「もぐもぐ....ぱくぱく....」

「こずえ、美味しいか?ははっ、ソースが口についてるぞ。

少しじっとしてろ・・・んっ、よし 綺麗になったな」

アヤが布巾で口を拭う度にこずえのふんわりとした髪と体が

ふわふわと揺れる。輪郭がないかと錯覚するその神秘性は

まるで本物の妖精(フェアリー)のようである。

「ふわぁ...ありがとー...。あやぁー....こずえねぇー...

あやのたべてるかおもみたいから...あやもたべてー...」

「アタシの食べてる顔・・・?別に、そんな特別なもんじゃないと

思うけど・・・まあ、こずえに言われなくても普通に食べるし・・・」

と言いつつも、確かにアヤは先程からこずえの面倒を見てばかりいて、

自分の皿の中身は減っていないのであった。

じー...と見つめてくるこずえに押され、初めて自身の食器に手を伸ばす。

「もぐもぐ...おいしー....?」

「あぁ、美味しいよ。こんな場所でみんなで食べる料理が美味しくないわけがない」

世話を焼いているのか単純に興味を惹かれているのか、一口食べたあとも変わらず

こずえはアヤに柔らかな視線を向けており、観念したかのように彼女も食べるのに集中し出す。

表情はほとんど変わっていないが、アヤにはこずえが少し笑みを浮かべたように見えた。

「みんなでたべるのー....おいしいねー...?あや...もっとたべろぉー....」

「はは、ちゃんと食べるさ。でもそんながっつくわけじゃなくて自分のペースでな。

待ち時間のカロリーメイトじゃないんだからゆっくり味わうよ」

昔は食事は単なる栄養補給で、とっとと済ませて時間を確保するものという認識だったが、

アイドルになってから打ち上げなどでゆっくり食事を楽しむということを彼女は知ったのである。

こずえと一緒に食べる時も、気を遣わせない為にペースを揃えようと心がけている。

その時に手持ち無沙汰なのでよく世話をしてしまうのだった。

「アヤさんすっかりお姉さんですね、ふふっ♪」

「いやいや、響子に言われる程じゃねえよ。

アタシはお前みたいに家事とか料理とかは得意じゃないし、

そういうのは教えてやれない。掃除とか片付けは寧ろ苦手な部類だよ」

・・・・それに、自分が彼女に抱いてる感情が本当に

純粋な姉心から来るものなのかも分かっていない、と心に秘めるアヤ。

そんな答えの出ない問答を胸の内で繰り返していると

マシュマロのように甘いこずえの話し声が聞こえてきた。

「あやのおうちねぇー...おにんぎょうさんが...いっぱいいるのー...

はこのなかにも....ゆかにも....たくさんあるんだよー...」

ん・・・?と一瞬理解が遅れて、彼女が何を口走ったかに気付いた。

「おまっ・・・!こら、アタシの家について喋るんじゃないー!」

「アヤさんの家は確かに結構物が散乱してますよね・・・。

あれからどれくらい片付いたのかは知りませんが」

「や、泰葉まで・・・!」

事務所の中でもごく限られた面子にしか教えていない秘密の趣味がばらされ、

動揺と羞恥で思わず赤面するアヤに予想外の反応が返ってきた。

「あっお片付けですか!?だったら私に任せてください!」

両の手をグッと握りしめ、自信に満ち溢れた表情で胸を張る響子。

反対に、アヤの表情はどこか浮かないものだった。

彼女は照れくさそうな感じで自嘲気味に笑って、

「いや・・・・あのさ、・・・・捨てられないんだよ。

子供ん頃から一緒にいてもうダメになっちまった人形とかも多くて、

でも頑張ったら直せそうでゴミとして出しちまうには勿体無くてさ・・・。

アタシが裁縫なんて出来るわけないから、結局綿埃とか

出ちまったまま放置されてるんだけどな」

もう隠すこともないと、有りの侭の現状をさらけ出す。

残念ながら母親も父親もそういうタイプじゃなかったらしい。

直せる人は桐野家にはゼロ。万事休すなのだった。

というか、自分がこう少しガサツに育ったのは絶対に親の影響もあると思う。

「・・・・!それならいい考えがありますよ!

お人形さん、大事なんですよね?だったら私達が直しますよ!

裁縫が得意なまゆちゃんやきらりちゃんも呼んで!」

優しいあの二人ならきっと快諾してくれるだろうと響子が確信する。

無論自分一人では不足というわけではないが、直すべき対象が多い以上

誰かの手を借りた方が早く終わるし、何より皆でやれば楽しくなるのである。

「あ、私も勿論手伝います。裁縫に特段の自信があるわけではありませんが、

人形の構造だったら大体把握してますから」

「こずえも....やるよー...?」

「わたしも...手伝えることがあれば....」

なんて、どうやらすっかり一致団結ムードなのであった。

今に始まったことではないがここの事務所は優しい世界過ぎじゃないだろうか。

「え・・・いや、本当に仕事でもなんでもなくて趣味の一環だし

そこまでしてもらうのは申し訳がないっつうか・・・」

「アヤさんの大切なものなんでしょう?だったら捨てるなんて駄目です!

人形遊び、可愛らしくてとってもいい趣味だと思います。

アヤさん、人形劇とかも出来るんでしたよね?

私は・・・・・家事しか取り柄がないので、素直に尊敬します」

「家事しか取り柄がないって・・・そりゃ十分な取り柄なんじゃないのか?

全部こなせる時点で大分すげーって。そんな悲観的に捉えることないだろ」

何といっても趣味:家事全般である。

ゴミ出しを含む片付けやトイレ掃除など、面倒だったり避けられがちな事柄も

ポイポイと効率的に、かつ非常に楽しそうにこなす姿は圧巻の一言だ。

2017年お嫁さんにしたいアイドルランキングでも上位に食い込み、

あわよくば優勝できるかもしれないポテンシャルを秘めていると言って間違いないだろう。

「家事は既に得意ですけど、まだまだ奥が深いジャンルなんですよ!

まだまだお母さんに学ぶことだってあるし・・・・終わりなんてありません。

だから私ももっともっと得意なこと増やしたいです!

お絵描きだって日々進歩していってますし、色んな演技にだって挑戦してみたいですし...

アイドルになって、可能性は有限じゃないって思えたので!」

「お・・・おう、そうか。良かったな」

どうやらアヤの心配はただの杞憂だったようである。響子は飽くまで

自分の『出来ない』をネガティヴに捉えず前向きに未来を歩いているらしい。

その屈託のない笑顔を見ていたら、何だか繕っていた自分が馬鹿らしく思えてきた。

「ぷっ、あはは!そうだよな、こんなとこで意地はっててもしょうがねーよな。

響子だって苦手な絵から目を背けずにずっと向き合ってるってのに」

「こ、これでも上手くなったという自信はあるんですよ!?

もう誰に見せても恥ずかしくない絵だって!」

「弟たちからの評価は?」

「....あんまり変わってないって言われましたけど」

この間は羊を書いたはずなのにネズミと間違われ、流石の響子もショックなのであった。

羊とネズミの違いは尻尾で一目瞭然だと彼女は主張するのだが・・・・

そもそも現実の羊の尻尾は豚のように真ん丸ではないのである。一回転しているはずもない。

キメラ的な意匠が取り入れられていて、正直ちょっとした狂気を感じたりする。

「わたし...絵は学校以外で書いたことないから...上手くなりたい」

「ひじりも...きょうこも...え...れんしゅう...するのー?あいどるに...ひつようなのー...?」

「そうです!バラエティーでアイドルがお題に沿ってお絵描きするって

クイズ番組ありましたよね!あれの参加を目指して頑張ってみるのはどうでしょう?」

これには流石のアヤも半目で苦笑いだった。

「や、その自信は一体何処から来るんだよ....」



「ほあー...流石Pちゃん。良いところ知ってますなあ。

今まで泊まったどのホテルよりも豪勢な気がするわ・・・・。

今日のセッティングにいくらくらいかかったんやろ?」

取り敢えず7桁はいってるかなー、と現実的な計算を亜子が弾き出す。

今回のパーティーは全額をプロデューサー自身のポケットマネーで支払っているらしい。

一人一万円で収まるようには見えないが、天井が何処にあるかも分からない。

「うーん、とにかくいっぱい!かなぁ?イズミン、分かる?」

さくらからのオーダーを聞いた泉が真剣な表情になる。

頭の中にある記憶と知識を総動員させる。

「....入口のプレートを見るにここは───の筈。

その通常のディナーの価格と、貸し切りということを考慮して

あとは人数分を掛ければ....って。

こんなの算出してもプロデューサーは喜ばないよね。いつも通り、普通に楽しもうよ」

「ま、アタシら奢ってもらってる側やしな~。変に首突っ込む必要はないわな」

「そぉだね!難しいことを考えるより、楽しいこと楽しんだもの勝ち!

今年はもう仕事納めなわけだけど...アコちゃんとイズミンは始まるの遅かったよね?

お正月はまたみんなで集まって遊べそぉ?」

「そうね、特に用事はないかな。また羽根つきでもする?

勿論、バツゲームつきで....今回も圧勝させてもらうけどね」

強者の余裕を見せる泉に、さくらがむむむとうなる。

前回の通算成績は1勝10敗。お世辞にも勝ちの目が拾える実力差とは言い難い。

そんなニューウェーブ三人のやり取りを見て、向かい側に居た二人が興味ありげに入ってきた。

「羽根つきって日本のお正月にやる遊びだったカナ?

フェイフェイ、興味があるヨー!やってみたいネー!」

「あ!ナターリアそれ知ってるゾ!前にカリンから聞いたことあったけど...

そう言えばどういう風に遊ぶのは聞いてないナ!?どんな感じなんダ?」

「おぉっ、ナターリアちゃんにフェイフェイちゃんも、一緒にやるー?

じゃあじゃあ、トーナメント方式でやるって言うのはどぉかな!?

優勝した人が、真の羽根つき王ー♪」

微妙に嬉しくない称号である。だが、なにか得られるものがあった方が

勝負というのは燃えるものなのだ。現金とか直接的なものじゃなくて。

「ナターリアとフェイフェイは初心者なんだし、最初はさくらと一緒に

ルールを覚えるまで練習するのがいいんじゃない?

さくらにとっても丁度いい練習相手になるだろうし」

強くなるためには言うまでもなく、強者を見ることが必要だが、泉的には

わざわざ実力差のある相手と戦って経験値を得るのは非効率だと考えている。

「何故」そうなるのかを再現することが難しく、身に付かないものも多いからだ。

だから、実力の拮抗している相手と共に高め合ってゆく方が良いと彼女は判断する。

「お?泉はさりげなくシード権主張の流れかなー?強かさんやな~♪」

「ばれた?でもほら、その方がダークホースを望めるでしょ。

遊びでやる分には構わないけど、ワンサイドゲームじゃあつまらないしね」

勝ち上がって来た者ならば、そのまま自分を打ち倒す可能性も有り得るだろう。

プロ同士の戦いじゃないのだ。泉の頭脳をもってすれば当日の場所一帯の風向き、風速、

それらを踏まえた最適なコースや返しにくい打ち方など、理論的なことを全てデータにして数値化し

それを計算して実行することが出来る。だがそこまでガッチガチに固める気は毛頭ない。

プログラミングの世界選手権とかじゃないのだから、気楽にイージーモードである。

「おーけー、話は聞いたよ。試合したり審判したり行ったり来たりは大変だろう?

ウチが公平公正な主審を務めよう、だから亜子ちゃんも全力で試合に集中していいからね」

「さっすが海さん、アタシとしても願ったり叶ったりですわ。

今からいずみの顔のどこに墨を入れようか悩むところやなー♪」

実を言えば、亜子と泉はプレイングからある程度の実力差は窺えるものの

今まで直接対決をしたことはない。条件をイーブンにしたフェアな1VS1。

つまり勝負は未知数と言っていいだろう。

「よーし、フェイフェイがんばるヨー!羽根つきアイドルの一番を目指すネー!」

「オー!羽根つきアイドルってカッコよさそうだナ!ナターリアをトップ目指すゾー!」

おー!頑張れーと激励するさくら達に、ほぼ同時に二人のツッコミが炸裂した。

「「そんなものないから!」」



「さっきの・・・凄かったっすねー。アタシそこまで詳しくないから誰の作品かは分からないけど、

あの飾られてる絵画からは魂のビートを感じるっす!」

「ううーん・・・わたくしもお父様からの手解きで、代表的な中世画なら

判別できるまでには教えこまれましたけど、見たことがないものもありました・・・」

皆の頭の中に共通して残っているのは先ほど見た光景。

エレベーターホールからこの会場までの廊下は、ふかふかのペルシャ絨毯が敷かれ

壁には厳かな額縁に入れられた油彩画がずらりと並んで飾られている。

現代的な大理石の床と、中性的な雰囲気が混じりあって何とも言えない空間が形成されていた。

「確かにラブ&ピースの波動を感じるものが多かったですね!

特にあの白いドレス姿の女性の絵!あたしは残念ながら何の作品か分かりませんが

スタッフさんに聞けば何て名前の作品なのか分かるでしょうか?」

少なくとも教科書に出てくるようなメジャーなものじゃなかったし、

中世を意識して描いた現代美術だろうか?などと皆で話し合っていると。

全てを分かっている雰囲気で穏やかに微笑みながら、クラリスが答えを出した。

「パブロ・ピカソの『初聖体拝領』ですわ。

正式なカトリック教徒として主の血肉たるパンとワインを食べることで

一人前と認められる為の儀式を描いた作品です」

聖体拝領とは、一般的には自我が完全に目覚めた頃の子供がミサの中で

初聖体を自らの体に取り込み、主との一体化を図る行為のことを指す。

その儀式をとある画家が齢14にして天性の才能を発揮させ描いた、渾身の一作である。

「へえ・・・・クラリスさん物知りっすね。

よく美術館とか行ったりするんですか?」

「日本の美術館に限定するのであれば、少々・・・。

いつか大英博物館や、ルーヴル美術館などにも訪れてみたいと思います」

世界中に名を轟かす有名博物館には、日本ではレプリカさえ見られない稀代の作品が

いくつも展示されている。レプリカではなく現物が展示されている物もある。

芸術作品というものは教養だけでなく、心を豊かにしてくれる力もある。

クラリスの教会に集う教徒たちにも是非、現物を見せてやりたいというのが彼女の願いである。

「というか、えええええっ!?ピカソって、あのピカソ!?

ゲルニカとか、泣く女とかの!なんか・・・画風が全然違くない?」

現代において世間一般的に広まっているスペイン画家、ピカソのイメージとしては

端的に言ってしまえば「理解も評価もしづらい」抽象的で、斬新極まる作品を

描いてきた奇人変人というものが強い。だが、その創始者ともなったキュービズムな

作品たちの以前に彼は当時の欧州で好まれたアカデミック絵画をマスターしていたのである。

『書こうと思えば誰でも書ける』『色の塗りも雑多な部分が多く幼稚だ』といった批判が相次ぐ中で

なおも彼の評価を"天才"足らしめているものがそこにあるのである。

「一般的に切り取られたイメージとは違っても、色んな色で輝きを放つ・・・・。

まるで私たち、アイドルのようだと思いませんか?」

「と、言いますと?」

一人一人の顔を誠実に見ながらクラリスが個々に問いかけるように説明する。

「例えば沙紀さんならアート、渚さんならバスケ、私なら...シスター。

どれも全て、私達を一番表している記号と言って差し支えないでしょう。

ですが、私達は....それだけではありません。個人の好みや、お仕事の内容に応じて

色々な姿でステージやロケに臨むでしょう?」

「そうですか?私はいつ如何なる時でもラブ&ピースを貫いてると思うんですが...」

「柑奈ちゃんは頭の中がラブ&ピースでいっぱいで間違いないと思うから、最後まで聞かせて?」

話の腰が折れかけたのを渚がフォローして、クラリスが説明を再開する。

「それは時に演じる役だったり、またはファンが知らないような私達だったり....

私達ですら知らない私達だったり....。例え表面的な色は違うものであったとしても、

それは紛れもなく"自分"でしょう?そしてアイドルの私達はどの自分も輝かせていくのです」

「成る程、大体分かったっす。画風も芸風も同じもの。

例え外から見たら十八番こそが至上でそれ以外の作は寄り道にしか見えなくとも、

全部が全部、本質は同じアート。それら全て纏めて"個"なわけっすね」

沙紀の難解な解釈に疑問符を拭いきれない櫂と渚だったが、柑奈がしたり顔で頷いた。

「あっ、分かりました!つまり、一見ラブ&ピースからは程遠い....例えば海賊のような

役をやっている時でも、私達は普段とは違う色として輝けるし、

でも全体で見るとちゃんとそれもラブ&ピースってことですよね!」

「あー....なんとなく分かったような...つまりピカソはアイドルってこと?」

櫂の一言をトリガーにして。渚に笑いの渦が波及した。

微笑みを崩さないクラリスらはそのままに、一人だけ完全にツボった様子である。

無自覚に故意に、渚に次々と追い打ちがかけられていく。

「ダンディな絵描きアイドル....案外アリかもしれませんね♪」

「おいばかやめろッ!思わず変な想像しちゃっただろ!?」

「最近の流行りで言うならアートアイドルパブロ☆ピカソってとこっすかねー」

「やめろぉ!!」



「かんぱーい!いやぁ、ビールもいいけどシャンパンもやっぱりいいよね!

お祝いムードって感じがしてさ!」

「そうね~、私も普段はそんなに飲まないけど・・・こういう時はいいかもね。

パーティーの祝賀の波に乗るのも悪くないわ」

というわけでここO席も成人済みアイドルで構成された飲酒組席。

パッションの雰囲気全開の非常に明るい卓である。

「それにしても友紀ちゃんはいつもながら中々の飲みっぷりだよね。

もしかして20歳になるまで飲めなくて悶々としてたタイプ?」

「うーん、まあそうだねー!お兄ちゃんが結構家に友達連れてきたりして、

お酒飲みながら野球観戦で盛り上がってたりしたんだけどねー?

皆楽しそうでさ、あたしも早く混ざりたいなーって思ったよ」

一応罰則規定は本人には課されないのだが日本の法律では満20歳になるまでは

未成年、当然ながら喫煙も飲酒も禁止である。

....大学のコンパでデビューしちゃった人が多い現実があったりはするが。

現在進行形でシャンパンを飲み進めながら友紀が昔話を語る。

「初めに飲んだとき・・・というか飲まされた時は小2でさ。

お父さんがジュースだぞーって差し出してくるのをそのまま受け取っちゃって。

いやー、あの時は苦いのなんの。大人はどうしてこんな苦い飲み物を

好き好んで飲むんだろうって不思議で仕方なかったよねー。今はこんなに美味しいけど!」

「あ~、それ私もやられたことあったなあ。

スポーツドリンクだよって言ってきて、口に入れたら本当は焼酎だったりとか」

「何処もやっぱりそうなのねぇ。普段はとっても頼もしいんだけどぉ、

日曜日の夕方から飲み始めたときとかってすごく駄目なお父さんになっちゃうのぉ」

ガールズトークに花が咲き、お酒の話から話が派生していく。

因みに一説としては歳を重ねるにつれ味覚が敏感でなくなってくる為、苦い物や辛い物が

平気になってくるという話がある。要は身も蓋もない話だが一種の老化現象なのだ。

だから背伸びして刺激物やブラックコーヒーにチャレンジする必要は薄い。

味が分かってきたというか味が慣れてきたら楽しめばいいのである。

普通に生活する分には一切関係ないという、嗜好品なのだから。

そんな風にアイドルとしてのお仕事のエピソードやら馬鹿話世間話を話していると、

話の流れに出てきた単語に食い付いた人物がいた。

「そう言えば皆はもう20代なわけだけど、車を持ちたいとかって思ったりはしないの?

お勧めとか、ハンドルテクとか、フォルムとか色々と教えてあげられるよ!」

自動車大好きアイドル、原田美世である。・・・・この事務所には特定の単語に

超反応を返すアイドルが何人かいるが、彼女の場合車の話がそれに該当するのであった。

「うーん・・・私は自分の身体を動かしたいというか。そりゃあ遠くまで行くときとかは電車とか

飛行機とか勿論使うけど、基本的に自転車で行けちゃうとこなら自転車で行っちゃうからなあ・・・・」

「確かに球場行くのに車があると便利だよねっ。でもさー、あたしが運転しちゃうと

飲めなくなっちゃうからなー。余韻にも浸りたいし、やっぱり野球観戦は徒歩が好きかも」

友紀にとっては球場の帰りに、近くの応援席にいた人や同じチームを応援している人達と

勝利の喜びを分かち合ったり、悲しみを共有したり、愚痴をこぼし合ったりするのもオツな物である。

キャッツが勝っても負けても体はビールを求めるので、結局自分で運転するスタイルとは相性が悪い。

尤も、流石に素面での野球観戦は有り得ないとまでは言わないが。

「私は免許は取ったけどぉ、ぶつけるのとかが怖くてレンタカーも基本的に借りないわぁ。

ほらぁ、自動車事故ってこっちが気を付けてても向こうからやってくることがあるじゃない?

だったら色んな駅も見てみたいしぃ、電車旅の方が良いかなあって」

「あー...やっぱりそういう理由になっちゃう?追突事故とかはいくら頑張っても防げないものがあるもんね。

でもほら、勿論過信は禁物だけど・・・最近のだとエアバッグとか感知センサーとか色々安全装置もついてるし

お金に関しても新車に拘る必要はないから、是非皆にも車の良さを分かってもらいたいなー!」

昨今では「若者のクルマ離れ」なる現象が取り沙汰されることも多いが、

やはり車があるとないとでは行動の選択肢が狭まると思う美世であった。

「麻理菜さんはサーフィンに行くときに運転してますよね?

どんな車に乗ってるんですか?」

「私は普通に国産車よ。外国産のも、格好いいとは思うけれど...色々不便なこともあるものね。

あまり他の誰かを乗せる想定もしていないから小回りのきく小型車ね」

大型車よりは小型車の方が感覚を掴みやすく、傷つける心配も少ない。

美世がオーバーリアクション気味にうんうんと首を縦に振る。

「あーそうですね。お父さんやお母さん、事務所の皆を乗せていく時や遠出する時はやっぱり

ステップワゴンみたいな大型車がいいけど、小型車は小型車で味があって・・・・」

美世自身は車を何台も持つほど贅沢な暮らしはしていないが、レンタカーだったり親戚の車だったりと

基本的に殆どの車種を試したことがある。どんな車であろうとオールオーケーなのだ。

「美世ちゃんは本当に車に詳しいね...!

もし私が車を購入する時になったら、その時は相談に乗ってほしいな」

「勿論いいですよ!やっぱり車を持つ以上は、自分はこの機体と共に

ずっと走っていきたいんだって思えるようなやつを選びたいですからね!

洋子さんに合うような車を一緒に探しましょうー!」

その後も自動車やら野球やらの話で盛り上がったO席。

そこに、うわーおかしいなー、同じ20代の筈なのに席の空気が違うなーと

通りすがった早苗が前半後半の壁をひしひしと感じていた。

まだまだ現役のはずなのに謎の敗北感を覚えながらE席へと戻った彼女だった。



「このグラスとあのグラスを合わせて・・・Glassesー!」

「って、そのままかけたら目が炭酸で染みて大変なことになるやないかーい!」

スパァーン!と小気味よい音と共にツッコミが炸裂したP席。

鈴帆&笑美コンビの主にモノボケによるコントショーが開かれ、

(使用された食材及び飲料はあとでスタッフがおいしくいただきました。)

観客席から拍手大喝采が起こっていた。そんな中、彼女達と距離が空いたところに

佇む、遠い目をしながら呟くアイドルが一人。

「・・・・・なんかボク、芸人枠に飛ばされてません?」

自称・カワイイ天使系アイドル輿水幸子である。

「イェーイ!それO・MO・SHI・RO・Iー!

それじゃあ次は、アタシたちのT・U・R・N☆」

「ヘイ、エリカ!あたしたちも負けてられないね!

見せてやろうじゃないか、この日の為に練習してきたとっておきの秘蔵ネタを!」

それゆけとばかりに間髪入れずに闖入してきた瑛梨華&キャシーのコントショーが

対バン方式のように開かれる。そして再び笑いの旋風が吹くのであった。

そんなワイワイガヤガヤパッション全開で楽しげな席の雰囲気に混ざることができず、

幸子は一人遠く先にいるプロデューサーへと不服を馳せていた。

本日の席決めに関しては、その殆どがプロデューサーの手によるものなのだった。

そりゃあ特定の子としか絡みたくないなどという小さいことは言わない幸子ではあるが、

蓋を開けてみたらちょっと異議を申し立てたくなるような組み合わせである。

「今素敵な単語が聞こえた気がしたんですが?」

「ど、何処から飛んできたんですか!?テレポーテーション!?」

「サイキックの話ですかっ!?」

カオスの連続で収拾のつかなくなっている感があるが、取り敢えず順を追って説明すると

一旦休憩になったコント対抗戦の幕間に、他席から音もなくスッと

眼鏡をこよなく愛するアイドル上条がその最高性能のアンテナをもって、

眼鏡(Glasses)の単語を聞きつけやってきたのである。

ワームホールすら潜り抜けて来たような勢いでそのまま話題の発言者に詰め寄っていた。

「いや・・・あの、上条しゃん。グラスとグラスを合わせてGlasses-ってネタで・・・」

「ああ、分かります。Glasses・・・!良い響きですよね。

勿論実物のフレームとレンズにも魂が込められていますが、表す言葉にもその魅力を感じます・・・。

きっとこの単語にも作り出した人の情熱が込められているんでしょうね・・・。

日本語では眼鏡、英語ではGlasses、ドイツ語ではBrille・・・・・・・」

息もつかせぬマシンガントーク。乱れることのない呼吸から繰り出されるその装填数は未知数である。

完全にスイッチが入った上条春菜の凄まじいまでのダイレクトマーケティングが、その全てが愛が籠っている言葉ゆえに

自然と聞き流すことは出来ず、気が付けば眼鏡のことを好きになっていく自分を感じる。

そんな無駄に洗練された無駄のない完璧な話術である。逃れる術はない。

「あちゃー、上田はん捕まってしもたな。こりゃ暫く解放されんわ。

・・・・そんで自分、なんや不満そうな顔しとるけど

自らアイドルとして体を張れるのが誇りやー言うてたやないかい」

「言いましたけど!飽くまで体も張れるのがボクの凄さということで、

体を張ったお仕事をメインにしてほしいなんて一言も言ってませんよー!!」

今年いくつものレギュラー番組をいただき絶好調の幸子ではあったが

その実大半がバラエティー番組であり(しかも結構お笑いに傾いたような)、

出演本数がバラエティー>歌番組となってしまっていて本末転倒な気がしていたのだった。

が、聞き捨てならないとばかりに美羽が訴える。

「何を言うんですか幸子ちゃん!私だって幸子ちゃんみたいにバンジージャンプとか

するお仕事したいのに、したくたって中々貰えないんですから!羨ましいですよー!」

グッと両手を握り締め力説する少女の眼差しは本気(ガチ)であった。

心の底からああいうお仕事がしたい、と彼女は語っている。

「ええ!?美羽さんは変わってますね・・・・。

ボクはバラドルのお仕事もアリだとは思いますけど、やっぱりアイドルなんですから、

アイドルらしい正統派アイドルとしての仕事が一番だと思いますけど・・・」

「アイドルらしい・・・アイドルらしい仕事か。確かに言いたいことは分かるんやけど、

でもウチらアイドルがそういったジャンルを否定したり、遠ざけたりしてしまったら

本当にそのジャンルが好きな人達、ファンを傷付けてしまうと思うんよ。

だからウチはアイドルとして、皆を笑わせることに誇りを持ってるんや」

「む・・・深いですね。それを言われてしまってはボクは何も言い返せませんが・・・って!

それはボクがお笑い系の仕事を率先してやらされていることについての解答になっていませんよ!?

全くもう・・・!中々こっちの席まで来なくて待っていられないですし、

こっちからプロデューサーさんのところに乗り込ん・・!」

と、他席にいるプロデューサーの所へ乗り込もうと歩き出した一歩目で、

笑美に強く肩を掴まれて引き留められた。

「それはやめとき・・・。流石に身投げ行為は止めなアカンわ」

「どうしてですか!どうせプロデューサーが全部の席に顔を出してくれるなら

ボクだって色んな席に顔出したっていいじゃないですか!」

「いや別に他席のアイドルと絡むのはええねんと思うけど・・・

プロデューサーはんがいる席だけは別や。忘れたんか?何のためにわざわざ

こんなシステムにしたんや。プロデューサーはんの取り合いを防ぐためやろ?」

笑美に促されて辺りを見回すと、幸子が動こうとするや否や

「え?私達も行っちゃっていいの?」と言わんばかりにうずうずし出したり

目を光らせながら沈黙の視線を突き刺してくるアイドルで溢れ返っている。

再び一歩踏み出すことがあれば、それを切っ掛けとして開戦してしまうであろうことは

火を見るよりも明らかだった。

「ぐぅ・・・・」

流石は183人をも包有する事務所のプロデューサーと言ったところか。

倍率が高いというか大人気にも程がある。今もチラッと見える

少し背の高い彼との距離は近いようで遠いのであった。

「な?わざわざ見えている地雷を踏みにいくことはあらへん。

悪いことは言わんから、今日は大人しくしておくのが得策や」

「仕方ありませんね・・・・まあ、却って短い時間の方が

ボクのありがたみ、存在感が分かって良いかもしれませんね!

如何に天使と言えど、施してばかりでもいけませんからね!」

「幸子ちゃんのおもしろ発言・・・!参考にしなきゃ!」

そう一人で納得してネタ帳を取り出し、真剣にメモに書き始める美羽。

飽くまで大真面目な彼女に幸子が慌てて訂正する。

「面白発言とかじゃ全然ないですからね!?

美羽さんも一体ボクのことをなんだと・・・・」

「....あ、上田はん」

そこに、乾いたような笑美の少しひきつり声が聞こえ、一斉に席が静まる。

呟かれたのは微粒子レベルで存在を忘れかけられていた少女の名前。

そこには、

「....メガネはいいぶんめい....メガネはいいぞ....。

あ...無理....メガネ....よさ....尊み...しんどいったい....」

どこか遠くの方を見つめて、何やら語彙力が不足した感じの眼鏡の感想を

ぼそぼそと繰り返し呟いている鈴帆の姿があった。その光景ははっきり言って恐怖である。

こう・・・クソ映画にならない程度のB級ホラーくらいに。

「上田はんー・・・?おーい、戻ってきなはれー・・・?」

「いやぁ、とっても実のある眼鏡談義が出来ましたね!

では私はこの辺で元の席に戻ります、またー」

満面の笑みでショートした鈴帆を置いて踵を返す上条。

どうやら意識が異世界転生しつつあるらしく、話し掛けても軽く触っても

何の反応を示さないのだった。これには流石の瑛梨華たちも若干引き気味である。

口にフランスパンでも突っ込めば治るかなーと、適当に笑美が思案する。

「これが・・・サイキック刷り込み・・・・恐ろしいですね」



「ほらほら風香ちゃん、肩の力抜いて♪

折角女子力高いドレス着てきたんだから、もっと胸張っちゃいなよ♪」

「あのっ...その、ある程度自信はついてきたと思ってたんですけど...。

皆さんの素敵な姿を見てると、どうにも落ち着かなくて....」

風香が気圧されるのも無理はない。

席は全体的に、きらびやかなドレスばかり。それもその筈。

構成されているメンバーは事務所の中でも、特にお洒落に気を遣っている

モデル系アイドルばかり。どうしても浮いている気がしてしまう。

「何言ってるのぉ。風香ちゃんも立派なアイドルでしょ~♪

とってもカワイイんだから大丈夫よお」

「そうねぇ~、必ずしも派手な色彩で固めないといけないわけじゃないのよぉ。

あやかも着ることあるけどぉ、一見地味めに見える化茶色のドレスが似合うって人

中々居ない気がするしぃ...それって風香ちゃんのポテンシャルがいいってことなんじゃない?」

事実、風香によく似合っている。茶と言うよりは焦げ茶色という

色合いが彼女のイメージとも絡まって絶妙な感じである。

「風香ちゃんってぇ、化粧映えしない顔じゃない?あ、別に貶してるわけじゃないのよぉ。

ただ、変にメイクするよりもすっぴんが綺麗だからぁ、素の顔を大事にしていった方がいいと思うのぉ」

「それ、ママも言ってた~。化粧映えしないって、逆にメイクが薄くても美人な証拠なんだってぇ。

風香ちゃんが素敵だってことはみやびぃも保証するよ~♪」

息もつかせぬようなべた褒めの連続に、逆に恥ずかしくなってきてしまった風香が縮こまる。

押しが強くてとてもグイグイ来る。

色んな意味で女子力(物理)の強さを思い知った形となった。

「ちょっと、褒めるのはいいけど逆にやり過ぎて風香さんが困ってるわよ。

過ぎたるは猶及ばざるが如し、でしょ。少しは加減してあげなさい」

「でもでもぉ、大は小を兼ねるとも言うじゃなぁい?」

何が減るわけでもないんだしぃ、女はキレイって言われて磨かれるのよぉ。

特に....異性の人とかからね♪」

美しくなるヒケツはまず美意識から、なんていう話もある。

ナルシストと呼ばれようとも多少なりの自己愛が大事なのですと、

ヴィーナスも言ってるわよと美紗希。真偽は確かではない。

「私、とある異性の人からたくさんカワイイって言われて....

その人のお陰でどんどん可愛くなってるって自信あるのぉ♪」

「お~っ?とある異性ってだぁれ早耶ちゃん?

アイドルは中々そういう機会がないはずだけど、もしかして.....?」

勿体ぶった言い回しをする早耶に乗っかって大仰に雪菜が聞いてみる。

回りの期待も煽られ、次第に場が昂っていく。

「うふふ...それはねぇ・・・・・プロデューサーさーん!」

「だと思ったぁ~!」

「プロデューサーさん、いっつもみんなに可愛い可愛いって言ってるもんね~

このこのー、天然ジゴロなんだから~♪」

だぁーっと爆裂したように黄色い声と共に会話が流れ、空気が形成されていく。

深窓の令嬢的な千秋には中々突破出来ない、難攻不落の女子力閉鎖空間だった。

「・・・・・風香ちゃん、私達も自分を出して頑張りましょ」

「は.....はい」



「クックック...闇に飲まれし祝宴は甘美なる一時よ...同胞よ、いざ共に楽しもうぞ!

(お疲れ様会って良いですよねー!私、大好きです!)」

「ランコ。闇に飲まれよ、ですね。今年もお疲れ様です。

アーニャも、みんなとのパーティー楽しいです」

何の違和感も感じさせずに会話を成立させているアナスタシアに

美波が若干苦笑いしながら寄り添う。

「ふふっ、アーニャちゃんすっかり蘭子ちゃん語に馴染んじゃったね。

私も・・・・出来る限り覚えようとしてるんだけど、

ロシア語の習得よりも時間がかかりそう・・・・かな」

「大丈夫だよ美波ちゃん!私も最初は難しいなって思ってたけど、

蘭子ちゃんと話してる間に段々分かってきたし、慣れるととっても簡単だから!」

因みに事務所内における蘭子語マスター者は美穂を含めて一応二桁に届く程度存在する。

習得者曰く、一旦彼女の世界観を理解すると応用が効くという話であったのだが

如何せん生真面目すぎる故か、美波の勉強は難航しているのだった。

因みに負けず嫌いの彼女は意固地になることもあり、

時には徹夜も辞さずに打ち込むこともあったりする。現在は熊本弁習得の為の

ノートを作成して取り敢えず、書き出して法則を見つけ出す段階である。

「言葉の理解というヤツはひどく困難な作業さ。

ヒトは生まれ落ちた時は言葉を解せずただ泣くことしかできず、

その後育った環境によって各々教えられた言葉を習得していく。

世界標準語は英語とされているけど、ボクから見たらナンセンスな話さ。

言語は最も能率の良いコミュニケーションのツールだけど、ボクらはそれ以外でも

理解り合えることは出来るだろう?寧ろ、言語を統一しようとするがあまり

徒に争い事を増やしている気がしてならない」

一言で言い表すならば、非常に『蒼い』。

そんな言語多彩(?)なアイドルの集まった席なのだった。日本語の 法則 が乱れる。

「蘭子ちゃんは今年はどんな年だった?

お仕事でも、私的なことでも。何が一番印象に残ってるかな」

「・・・ウム。今年は5周年の節目・・・・色々在る一年であった。

だが、特に挙げるならば・・・・其方達と星の瞬くステージにて紡ぎしMemories・・・

とても心躍り、胸に響いたわ・・・・!」

「ダー。Memories、ラブランコバージョンですね。

私もランコと一緒に歌えて良かったです。ミナミと二人で歌うときと

また違った、таинственный・・・不思議な感覚がありました」

二人が思いを馳せたのはいつかのLIVEのお話。

不思議な縁に導かれて、LOVE LAIKAに蘭子が参加したことから成立したトリオユニット。

あの時は急ピッチで打ち出した文字通りの代打だったが、

今年は違う。正式に、三人で歌うために構成した三人の為のMemoriesなのであった。

「ボクも見ていて感動したよ。ボクは今までLIVEというのは決められたメンバーで

各々の持ち歌を披露するものだと思っていたからね」

「え?飛鳥ちゃん、それはどうして?」

「・・・・ボクらは全体曲以外に、それぞれのアイドル不可侵の固有の色として

ソロ曲やユニット曲を持っている。当然ながらファンの皆もそのアイドル達が披露するものだと

思っているし、それを望んでいる。そこに誰かが介入してしまえば、100%のオリジナルは失われてしまう。

それは、オリジナルを求める者からすればはっきり言って雑音(ノイズ)に等しい。

だから、そんなハイリスクな行為はしないしさせないと思っていた。

・・・だが今回実際に参加して少し考えが変わった、キミ達に学ばせてもらったさ。

キミ達も、ファンの皆も....いい笑顔だった。そこに奏でられたのはノイズなんかじゃなかった。

....ボクのソロ曲も、いつかボクと、ボク以外の誰かが歌う日が来るのだろうね」

『共鳴世界の存在論』。それは紛れもなく飛鳥を象徴し飛鳥を表す、飛鳥のための歌として作られたが、

それは絶対的に彼女のみが歌うべき曲ということではない。

他のアイドルがカバーしたり、コラボしたりすることで

シンセカイの扉を開けることができる可能性...それらの集約なのだ。

なればこそ、次に披露する時はきっと・・・・・。

そんな風に飛鳥が考えていると、蘭子が何やら此方を見ていることに気が付いた。

「どうしたんだい、蘭子。ひょっとして僕の顔に何かついてたりするのか?」

「もし、《瞳》を持つ者より宴へのチケットを贈られる時が来たならば...私も存在証明を、

響かせ合いたい。飛鳥....貴女と2人で。我らが孕みし闇の鳴動、いざ共に奏でようぞ!」

その蘭子の言葉に、飛鳥がはっとなる。

自分で口にしておきながら頭の中でちゃんとした形にはしていなかった事柄。

それが、彼女を起点として急激に自らの脳が構築・再現していっているのを感じる。

夢想(そうぞう)が織り成されていく。夢見ることが全てハジマリだと誰かがいつか歌ったように。

「....フフッ。まさかキミの方から提案されるなんてね。

....是非やってみようじゃないか。似たような周波数を持つ者同士で歌うとき、

どんなエネルギーが生まれ、どんなメロディーが奏でられるのか...とっても興味深い事象だ。

キミとの共鳴、楽しみにしてるよ....蘭子」

意気投合、一心同体、同じ波長を持ったダークイルミネイトの二人。

その様子を見ていたアナスタシアが、感嘆の声を漏らした。

「クラースヴィ...堕天使の契りが交わすウーズィ...」

「アーニャちゃん、また混ざってる混ざってる!ロシア語と蘭子ちゃん語を

混ぜちゃうと全然分かんなくなっちゃうからやめよう?」

最早何語ともつかない奇妙な言語が定着してしまっては流石の美波もお手上げである。

・・・・というか、普通に通用しなくなってしまうので注意をしなければならない。

これで飛鳥の独特の言い回しまで取り込んでしまった日にはもう大変だ。

「デュエットかぁ....私は美嘉ちゃんとの『shabon song』があるけど、

確かに美嘉ちゃんと以外で歌ってみたら新しい発見がありそう♪

美波さんとコラボするのも面白そうだね!」

「案外私、普通の女の子の恋をテーマにした曲は馴染みがないから新鮮かも。

美穂ちゃんはもうベテランさんだよね。Love∞Destinyもラブレターもラブソングだったし」

「そんな...美波さんこそ、生存本能ヴァルキュリアみたいなクールで格好いい曲やってて、

壮麗で...私もああいう色を出せたらなーって、思ってます」

暫し空白の間を置いて。二人は恥ずかしくなってしまってお互いに笑って誤魔化した。

「な、なんか....こういう風に褒め合うのって変な感じですね」

「そ、そうだね...やっぱいつも通りにいこうか」

慣れないことはするものではない。そう自らに刻んだ美穂と美波であった。



それは。いつかの仕事のロケーションにも似ていて。

光輝に照らされる豪奢な絨毯に、潔癖なほど綺麗なロイヤルホワイトの壁。

簡素だが質感の良いテーブルクロスが敷かれた円卓に、

未成年用のシャンメリーが半分ほど注がれたグラス。

これらは、どれもかもが映画に出てくるような本物の景色ばかりで。

少女は、胸の内に詰まるような感情をやっとの思いで吐き出した。

「ははは・・・なんだ、こういう所に来るとまるで私が本当のお嬢様のようだ・・・。

・・・いや、満足するのは早いな。私もまだまだこれからだ」

上手く聞き取れない声量で何やらぼそぼそと言いながら、

俯き顔を隠して肩が震えている晶葉に、そっと頼子が声をかけた。

「晶葉ちゃん、泣いているんですか?」

その言葉でハッと立ち返り、涙を流していた自分の今の状況を認識した。

今宵はトレードマークの白衣も脱ぎ去っている為、袖で拭うわけにもいかずに

ハンカチを取り出して、目に当てた。耳が少し熱くなっているのを感じる。

だがすぐに顔を上げた。今はまだ、前を向くべき時なのだから。

「・・・さて、な。昨晩夜遅くまで作業をしていたから目が疲れているのかもしれない。

気を取り直して・・・残り少ない今年を楽しもうじゃないか!」

「はい~。日本のホテルは暖かくてとても豪華です~。

サンタとしてのプレゼント配りも今年の分は終えましたし~、

あとはプロデューサーさんや皆さんとゆっくり過ごせますね~」

聖夜も過ぎ去り、もういくつ寝るとお正月といった12月の下旬。

年末特番や新年特番に出演するアイドルを除いて、イヴや晶葉たちは

既に仕事納めをしており各々自由に過ごすことが出来る。

無論、事務所はずっと開いているので仕事がなくても集まる者もいる。

「あ、そうだ。実は現在電動で走行するソリを開発中でな。

事故防止などの安全システムをチェックして公道を走れるように現在調整中だ。

プリッツェンを乗せる都合上、どうしてもフォルムが大きくなってしまったが

まあ普通自動車と変わらんくらいには収められたよ」

「日本では自動で走るソリが道路を走行するんですね~。

あ!もしかしてコタツもつけられたりしますか~?そうしたらもっと快適ですねぇ~」

「い、いや・・・炬燵は・・・・どうだろう。

流石に重量が増えてしまうし電力消費の問題が出てきてしまう・・・。

厳冬でも暖かいコタツに入ったままプレゼントを届けるサンタというのは

確かに発想としては面白い話ではあるのだが・・・・」

極寒の雪国出身らしく、寒さには耐性のあるイヴなのだが

どうにも日本の炬燵と床暖房に心を惹かれてやまないらしい。

世界に誇れる我が日本の科学力は世界一ィィィ!と叫びたいところではあるが、

現実としてサンタクロースが炬燵でぬくぬくと暖を取っているのはどうなんだろうか。

子供達の夢とかアレとかソレとか色々心配である。

それでも絶対に作らないと言わないのは科学者のロマンゆえだ。

奇人変人と呼ばれるような発明は晶葉は嫌いではない。寧ろ好きなのだから。

「そうだ、晶葉ちゃん達に先約がなければ一緒に初詣に行きません?

実は私、今年は元旦のお仕事はないんです」

その縁起の良い名前から専ら新年、お正月に仕事が集中することが多い茄子だが

持ち合わせる豊富な隠し芸も含めて、来年は色んな方面で展開していこうと

プロデューサーと話し合っていたのである。勿論アイドル的にOKなやつに限る。

「ふむ・・・いいだろう、断る理由もないしな。

上手くいけば、茄子の幸運を分けてもらえるかもしれん。他の皆はどうする?」

「私は普通に大丈夫だと思います」

「ライラさんも皆さんとご一緒しますですよー。

お参りは大人数で行った方が楽しいですからねー」

「たまには....そういうのもいいでしょう...。

普段はソロの私ですが...ハーモニーが紡ぎたてる六重奏(セクステット)も素敵ですし...」

そんな感じでエスカレーターのような勢いで予定は決まっていった。

アイドルになる前、ロボットが友達だった頃は中々考えられなかったことだ。

つくづく取り巻く環境が変化したものだと晶葉は自分のことながら感心する。

「場所は何処にしますですかー?東京に限定しても日本に神社はたくさんありますねー」

「なるべく混まないところがいいですけど、元旦に都内で空いている神社などありませんよね...」

人口1300万人超。趣都にして首都の東京で混雑を避けるというのはどだい無理な話であろう。

年越し特番を深夜まで視聴し、そのまま深い眠りにつく家庭もあるが

初日の出を見るために深夜に家を飛び出し真冬の夜を外で過ごしてでも並ぶ人々もかなり多い。

「ふむ...何処にいっても混んでしまうと言うならいっそ突き抜けてしまうのもいいだろう!

今年の初詣は浅草寺に行こうじゃないか!」

「えええっ!?晶葉ちゃん、浅草寺って・・・数ある中でもトップクラスに人が集まるところだよ!?

人の波が凄くて身動きすら取れないって聞いたりするけど・・・・」

「いや、混雑してることには変わりはないんだがな。

実は朝方など、特定の時間帯ならば他と遜色ない程度の混み様だという情報がある。

出店などは後々ゆっくり回ると考えて、お参りするだけならそこまで難航しないだろう」

しかし、結局は見聞きした情報であって、一つのデータである。

確証もなければ保証もない。傍から見たら無謀なことと言われるかもしれない提案。

「その・・・・駄目、か?」

ひょっとしたら空気を読めていなかったのではないか。不安げに晶葉が眉根を寄せる。

自信満々に提案した自分への返事は返ってこない。

沈黙が耳に痛い。どうやってこの空気を割るべきか思案していると。

「晶葉ちゃん・・・・もしかして、私達と行く時のために事前に調査してあったの・・・?

凄いね・・・・全然知らなかったよ」

「では、その時間帯を狙ってお参りしましょう。今年の元旦はゆっくりと♪」

────思いの外、好感触であった。ほっと胸を撫で下ろし、晶葉はいつもの調子で答えた。

「と・・・当然だ。私は・・・・天才だからな!」



「事務所を!あげての!パーティー!!

しかも、今年二回目のパーティーですよーーー!!!

いやー、とっっってもめでたいですね藍子ちゃん!」

「ふふ、そうですね~。前回のは、私達による手作りのパーティーって感じでしたけど

今回は今年を締め括る豪華なお祝いって雰囲気です。どっちの思い出も大切にしていきたいですね」

流石に事務所の皆で打ち上げたホームパーティーとは毛色が異なる。

事務所のパーティーだからこそ出来たことと、今回のパーティーでしか味わえない楽しみがある。

比較するなんて行為は野暮であろう。両方楽しむのだ。

「グラス・・・ちょっとお高いお店のグラス・・・・割ったら弁償・・・!

転ばないようにしなきゃ・・・落とさないようにしなきゃ・・・割らないようにぃ・・・」

───見ているだけでも危ないのだが。神に仕える職業柄こういうところに来たことはないのか、

緊張がMAXになって若干青ざめている歌鈴が

中身の入ったグラスを握ったまま、マナーモードのスマホの着信振動のごとく震えていた。

今にも中身が零れそうであり、今にもグラスを落としてしまいそうな雰囲気である。

「か、歌鈴殿、落ち着きましょう。落ち着いて深呼吸をするのです。

吸ってー、はいてー。吸ってー、はいてー」

「すっ・・・すぅぅぅ~・・・・はぁぁぁ・・・すぅ.....はあ......

あぅ・・・大分落ち着いて来ました・・・・」

「はい、よくできましたね~!深呼吸すれば自然と気持ちは落ち着きます。

緊張した時も、急いでるときも、心は冷静で居なければ何事も成功しませんー」

珠美と雫の熱心な介抱により、何とか落ち着きを取り戻し

過呼吸気味だった歌鈴の心拍は安定し顔色が回復して震えが収まったようである。

他方、茜は隣の藍子に明るく情熱的な笑顔で問いかけた。

「藍子ちゃん!そういえば今日はカメラは持ってきていないのですか?

家に忘れてきてしまいましたか?私ので良ければお貸ししますよ!」

茜がプラスチック製の小型カメラを取り出す。

高い画素を誇るスマートフォンが普及している現在ではあまり一般的には

所持されていないものだが、藍子と茜はそのデザインこそが好きで使用しているのであった。

高解像度一眼レフといったプロ向けの物よりも、

複雑な機能などついてない簡素な物が自分には合っていると選んだのだ。

確かに藍子は今宵カメラをこの会場に持参していない。

だが、それは意図したことだと藍子は首を振った。

「・・・・いえ、いいんです。こういうお祭り騒ぎは写真に収めるよりも

記憶に焼き付けるものだと思ってますから。

今、この時を忘れないように大切にしていきましょう?」

「むむ・・・そうですか・・・確かに一理ありますね。

ああ、でもそれだと記念の集合写真は撮れませんね・・・残念です・・・」

その言葉に藍子の眉がピクッと反応した。

と同時に、口惜しそうにカメラをポケットに仕舞おうとした茜の腕を掴んでにっこりと微笑んだ。

「やっぱり写真に残すのも大切なことですよね♪」

「裏返ったー!?」

個人的な写真は必要ないが皆との集合写真は別腹な藍子だった。

変わり身がいつもの倍早く、既に写真を撮ろうと提案しに回り始めている最中である。

いつものゆるふわはどうやら置いてきたらしい。

「急に立場を変えるとはまるで忍者のような所業・・・」

「ムッ!?今の発言は聞き捨てなりませんぞ、珠美殿。

忍者は主に忠誠を誓ったならば最後まで忠義を通す者。

忍者が卑怯者であるかのような考えは今すぐ変えていただかなければ!

大体、それを言うならなんですか武士は!

劣勢だからと言ってすぐ陣営を行ったり来たりして!矜持はないのですか?」

「な、なんですとーっ!?確かに応仁の乱、関ヶ原の合戦では、君主に背き

敵に寝返る武士も居ましたが・・・飽くまで少数!

それに忍者にだってお庭番という黒歴史があるではないですか!」

ふとした失言からお互い火がついてしまい、二人が珍しく火花を散らす。

己の発言を撤回するより、互いの譲れない物を優先させて舌戦しているので

両者共に折れず、中々終息する気配がない。

「いいえ!忍者は!」

「いいえ!武士は!」

「「ぐぬぬぬ・・・・」」

「ほらほら二人とも、喧嘩はよくないですよ。どうしても話し合いたいことが

あるなら皆で記念写真を撮ってからにしましょう、ね♪」

一旦第三勢力の仲介が入って、取り敢えずの休戦体勢を採る二人。

講和が結ばれるのはこの先の休戦明け次第である。

「むう・・・ではこの話は後でじっくり話し合って

決着をつけましょう、あやめ殿」

「望むところです、珠美殿」

次第に藍子が声をかけた歌鈴や雫らも集まってきて、

一列に整列した。各々、「一列に並んだとき、どの位置が一番大きく見えるのでしょうか...」

「忍者は隠れ潜むもの...しかし、忍ドルは輝き放つもの!というわけで、あやめはセンターを希望します!」

などと、順番決めをわいわいとやっている。あとは大事な役目がもう一つ。

「シャッターは誰に頼めば・・・・あ、丁度いい人が居ました♪」

そう言って藍子が(彼女としては比較的)パッションな足取りで、丁度自前のカメラで

料理や卓の風景を撮影している途中の女性に話し掛け、そのまま元の席へと連れてきた。

スナップ撮影を趣味としている本格志向派カメラアイドル、江上椿である。

「椿さん、この茜ちゃんのカメラで私達が収まるように撮ってもらえませんか?

椿さんならとっても綺麗に撮れそうな気がして♪」

「ふふ、分かりました。撮影ならお安い御用です。

そのあと是非、私のカメラでも一枚撮らせて下さいね♪」

二つ返事に二つ返事を重ねたあと、藍子が空いていたスペースに潜り込み、

少し離れた位置でカメラを構えている椿に準備OKの合図を送った。

「それじゃ、いきますよー....。

ああ、珠美ちゃんはもう少し前に出た方がいいかもしれません。

歌鈴ちゃん、少し見切れてしまってるのでもうちょっと寄って下さい・・・はい、いいですね!

それでは撮りますよ・・・・1、2・・・3♪」

聞こえなかったのかそもそもシャッター音が鳴らないカメラなのか。

カメラを沈黙のまま時が流れたのに皆が不安になった。

「今の、綺麗に取れましたか?珠美目を瞑っていたりしませんか?」

「『はい、チーズ』だと思ってて完全に油断してました!

だ、大丈夫でしたか・・・・?」

すると寄ってきた彼女らを余所に、何を思ったのか椿はカメラの電源ボタンを押してしまった。

画面がブラックアウトし、突き出ていたレンズが収納される。

「えっ...!?どうして電源を切っちゃったんですか!?」

彼女らの当然の疑問に対し、椿は笑って見せた。

「ふふっ、大丈夫です。綺麗に写っていたのは私が確認しましたから。

こういうのって、現像するまでどんな写真が撮れているか分からない方が

ワクワクしませんか?だから楽しみに待っててください」

「う~、気になりますぞー!気になりすぎて珠美、夜も眠れなくなりそうです!」

「ほら、まだ一枚残ってますから並んで並んで。最後ですから。

もう一枚は・・・・皆、笑顔で」

今度は軽いシャッター音がしっかりと鳴り響いた。

それは時を切り取る機械。永久に色褪せることのない思い出を、

目に見える形に出力することが出来る装置。やがて、全員の手元には一枚の写真が届くだろう。

多くを語る必要はない。ただそこに、想い出が一つ増えた。それだけである。



「ところで、何か悪意を感じる組み合わせなんだけどどうなってるのよこれ?」

「ホント嫌だなープロデューサー、アタシだって節度を守れる登山家なんだよー?

こんな露骨に隔離しなくたっていいのになー・・・うひひ」

不満そうな顔で隔離コンビがぐちぐちと溢す。

プロデューサーが選別したアイドル陣によって築かれた城塞の壁は高く、

プリズンブレイクは出来そうにないのであった。

「あら?じゃあその指の体操は一体何なのかしら愛海ちゃん」

素手に見えない手袋をキュッと嵌めるような所作。

昏い笑顔と共になされた一連の仕草は、患者を宥める際に身に付けたという

清良のとある我流の秘拳を放つ為の予備動作なのだった。

「いやーほら、一発なら誤射かもしれないって言うでしょ?こんなに人数多くてパーティーで

盛り上がってるとさー、ぶつかっちゃったりするじゃない?その時に

ちょっとお山に触れちゃっても、不慮のアクシデントってことにならないかなーって」

「ふふふ・・・・大丈夫よ愛海ちゃん。健全な精神は健全な肉体にこそ宿る。

私がちゃんと栄養バランスを考えた食事を取ってきてあげるから、

愛海ちゃんがそういう事故に遭遇することはないわ。というわけで、待機命令よ♪」

「そ・・・そんなー!?職権濫用だー!?」

悲惨な断末魔と共に登山家・愛海が崩れ落ちる。

ここで迂闊に飛び出てしまってはナース拳の餌食になるだけだと

学習済みの為、無理はしないと決めているが...世の中は無情である。

「・・・・レイナサマは元々あっちの席に呼ばれてたんだけど?」

「あら麗奈ちゃん、ついさっきのことを忘れたの?

貴女小春ちゃんにブーブークッションを仕掛けそうになったから

急遽ここに連れて来られたんじゃない」

そう。何故か知らないが未だに一回もイタズラに引っ掛かっていない小春に

今度こそ成功させてやろうと麗奈は企んでいたのだった。

だがしかしその企みも水の泡。ポーチからクッションを取り出す瞬間を押さえた千夏に

没収され、そのままこの席へと連れてこられたのである。

「ぐっ・・・千夏がいけないのよ千夏が!今日に至るまで何度も

小春にイタズラ仕掛けようとしたのに、ほぼ全部邪魔しに来るから・・・!」

「・・・・へえ?もう一回麗奈ちゃんに"アレ"教えてあげる必要があるかしら」

ニッコリと。千夏が微笑みかけたところで麗奈の様子が豹変する。

何やら思い出してはいけない類いの恐怖にガチガチと歯を鳴らして怯える小さな悪の女王。

そのまま縮こまって「・・・・はい」と従順に頷いたのであった。

前門のトラと後門のウマ的なアレである。

その頃、自身と愛海の分の彩り豊かで健康的に盛り付けられたプレートを持って

清良が席へと戻ってきていた。悔し涙を流しながら愛海がやけ食いを起こしている。

だが美味しいグリーンサラダをいくら食べても、その欲求は満たされることはないのだ。

「ふうむ、プロデューサー君も心配性なのか?私が居なくとも

二人を抑える適任者は君達で十分だと思うのだが」

真奈美の素朴な疑問に、千夏が答える。

「あら、別にこの席がお仕置き部屋なんてことはないもの。

私達だってパーティーを楽しむ側の人間よ、話し相手は多い方が良いでしょう?」

バランサーを挟む為に本人が楽しめなくなってしまっては本末転倒だろう。

そんな狭量なことを他人に強要するプロデューサーではないことくらい知っている。

プロデューサーがアイドル達に理解を深めているのと同じくらい、

アイドル達はプロデューサーへの理解を深めていっているのだ。

「成る程、納得だ。まあなんだ、お嬢ちゃん。今回は自重しなければだが、

今度私のランニングに付き合ってくれたらその後好きにしていいさ」

「ホント!?真奈美さん、今の言葉絶対に覚えておくからね!

今何でもするって言ったからね!?」

「ああ、一度約束したことは曲げないさ。私もランニング、楽しみにしておこう」

そのような流れで、以降はずっと平和が保たれていたここU席なのだった。

・・・・余談だが、真奈美の滅茶苦茶ハードなランニングを想定できなかった愛海は

後日全身筋肉痛になり、断腸の思いで登山を断念したと言う。



「すまん、里美・・・・それはなんだ?」

ちょっとした動揺で思わず声が裏返る。

いや、これをちょっとの動転で済んだのは俺が一重に彼女のプロデューサーだからなのだが。

「ほぇ~?何ってあそこにあるプチケーキですよ~。

ティラミスからクランベリーケーキまで色んな種類がありますねぇ。

甘々でとっても美味しいですぅ~」

・・・・。どうやら指摘しなければ分からないらしい。

如何にもマイペースで天然な彼女らしい。なので単刀直入に言うことにした。

「この量はいくらなんでも取りすぎなんじゃないか・・・・?

俺の目には大きな円形の皿二つにびっしりと敷き詰められたような

プチケーキの群れで、プレートの白い部分も見えないほどなんだが」

時間制限下の食べ放題店で元を取るのに必死な大食い一家かと突っ込みたくなるような

膨大っぷりである。どうやら現在一旦デザート類が壊滅しているらしいのは

ほぼこの席が原因と言っても過言じゃないかもしれない。

いや、別に補充されるので彼女が悪いとか言うわけではないのだが。

「そうですよね、プロデューサーさん。いくらカロリーが胸に行きがちな里美ちゃんと言えど、

節度を守って食べなければぽっちゃり体型へまっしぐらです!」

なんて、対岸の火事を眺めるかのようなトーンで言う志保。

現在進行形でフルーツの軍隊を一つずつ味わって、丁寧に片付けている彼女の席にも

尋常じゃない数の果物とソフトクリームで作られた擬似パフェの乗った皿が置いてあるのだった。

「・・・・お前もアウトだ、志保」

「なっ、何でですか!私のこのフルーツの量はパフェに入ってるのと

同じくらいしか無い筈ですよ?つまりセーフですっ!」

「・・・・今日びパフェってそんなにフルーツ乗ってるのか?

俺が仕事の資料で見たのは良識的なサイズだったんだけど」

「駅前にある喫茶店のカラフルアンブレラパフェよりは少ないですよ!」

もう絶対に聞き慣れないような単語を耳にし、片手ですまんと前置きしてから

スマホを弄って検索する。予想通りヒットしたのは俺のパフェ観をぶち壊すような

極彩色のデザートだった。完全なデザートという語源に名前負けしない感じである。

「・・・・まあ、健康に影響が出ないんなら良いんだがな・・・。

・・・・愛梨の普通さに安心してる俺がいるよ。頼むから、脱がないでくれな?

熱くなったら脱ぐ前に言ってくれ、暖房緩めてもらうように言ってくるから」

「あ~、酷いですよプロデューサーさん。それじゃあまるで

私が普段から脱いでばかりの脱ぎ魔みたいじゃないですか~」

「脱ぎ魔とまでは言わないけど、完全に否定したいんだったらまず突然脱ぐのをやめてくれ。

胆が冷える思いをする時だってあるんだぞお前・・・・」

気合いが入っているのか生放送やLIVEでは基本的に事故らない愛梨だが、

やり直しが効く撮影などではたまにやらかす時がある。

あと案外移動中の機内とかでも脱いだりするのは心臓に悪い。

大学のキャンパス内では常に『胸元ガード部隊』が居るという話も頷ける。

「最近、フルーツ不足な若者が多いというのをTVでやってたので、

或いは志保ちゃんは健康に良いのかもしれませんよー?

フルーツって案外、そこまで身にならないですし」

「へえー、フルーツ不足ねぇ。まあ分かるぞ。

果物って案外高かったりするから出費が痛いし、剥いたり切ったりと

若干の手間がかかるし、女の子的にはカロリーが気になるところだもんな。

まあ俺は週一くらいでみかんとか摂るようにしてるよ」

実際のところ、果物は生クリームをふんだんに使われたケーキだとか

シュガーで甘く彩られたパイとかより全然マシなのであるが....

加工物を好むのは抗いがたい人間の性である。

「プロデューサーさんは健康志向ですもんね。良いことです。

まだ試作段階ですけど、新しい健康ジュースのレシピを開発したので

後でまた是非飲んでみてくださいね」

「おっ了解だ、楽しみにしておく。健康には気を付けているんだが、

ちょっと油断するとすぐに体重が増えてしまってな。体質が悪いのかもな」

「休みの日は少し運動した方が良いんじゃないの~?

なーんて、プロデューサーは引っ張りだこだからそう簡単にはいかないか」

そう言われると少し心苦しいのであった。そもそもオフの日自体の総数が少ない上に

基本的に他のアイドル達からの誘いは全て応じている為、空いている時間が殆どないのだ。

もっとも、茜達から走り込みに誘われることなどはあるが。

「まあ、プロデューサーは幸せ者だもんね?こーんな可愛いアイドル達にほぼ毎日囲まれてさ、

癒されて疲れだって吹き飛んじゃうんじゃない?今だってほら、綺麗なドレス姿の女の子がいっぱいで♪」

わざとらしく大胆に伊吹が迫ってくる。が、動揺などしない。

何せそうやってアイドル達から接近されるのは慣れている。

一々反応をしてしまうほどだったら仕事にならないからだ。

「そうだな、"伊吹みたいな"可愛い女の子達と一緒に仕事出来て幸せさ。

うん、やっぱり近くで見るとより美人だぞ」

そう言って、両肩に手を置きながら顔を近付けてみたりすると。

思わぬカウンターを食らった伊吹が思わず顔を横にそらす。

自分で冗談めかして言う分には耐性があるのに、他人から言われると非常に脆い壁なのだった。

無抵抗の人畜無害と思われがちだが、反撃する時はきっちり反撃する。

大人をからかうと、どういう目に遭うのかも教えてやらねばならないのだから。

あと、反応を見ると可愛いという理由も勿論。比重が大きいとかは内緒。

「そっそそ、そう思う~?やっぱりあたしは可愛いかったか~」

「ふふ、伊吹ちゃん顔が真っ赤だよ?」

「愛梨さん!余計なことは言わないで!」

仕掛けた側が伊吹なだけに何も言い返せない。予想外の手痛い返しに大火傷な伊吹だった。



「フ・・・・素敵な夜景、世界レベルのホテルね・・・。私には分かるわ。

来年には・・・ここがもっと成長してビッグになっているって」

「見慣れたと思っててもいつもと違う場所から眺めると、

東京の景色も新鮮に感じるわね。たまには立ち返るのも大事ということかしら」

対照的なほどシックな雰囲気に満ちた此方の成人済み席。

芋焼酎やらロゼワインなど、雑多に飲み楽しんでいるK席とは異なり、

テーブルに載っているのは赤ワイン一色のみである。

ディープレッドに艶めくグラスが揺れるきらびやかな室内と

LEDの人工灯が明滅する外が実に趣のある対比を醸し出している。

夜の帳はもう下りた。神秘的ですらある自然光が闇を照らすのみだ。

プロジェクションマッピングで彩られたイルミネーションがまばらに輝きを放つ。

人工であるのにも関わらず、その景色はまるで幻想の京だった。

「礼子はあそこの席に混ざってこないの・・・?

今日はうってつけの場だと思うのだけれど」

「自重を選択しておくわ。いつぞやの飲み比べの惨劇を思い出すし、

プロデューサーの負担を増やしてばかりじゃいけないものね」

「あの日って結局誰が最後まで意識あったのかしら・・・・?

正直、よく憶えていないわ・・・・・」

「確かなのはプロデューサーに勘定を押し付けてしまって

皆記憶があやふやで主張がバラバラってことだけね。

いやぁ・・・我ながら中々のダメっぷりね」

と、反省の言葉を述べつつもしかし飲み会自体をやめるつもりは毛頭ない酒豪組×4。

お仕事もプライベートも話せる付き合いの男性なんてプロデューサーの他には

居ないので、酒の肴としても話し相手としても貴重なのである。

あと普段は控えており、滅多に酔うまで飲んだりしないのだが

楓からのリーク情報によると、プロデューサーは極度のザルらしい。

いつかその真偽を確かめたいものだとも思う。

「全く・・・・君たちもプロデューサーくんにちゃんと休息日を与えてくれよ?

宴会の翌日は毎回誰かしら二日酔いでダウンするなんて優雅じゃないぞ」

「Drunk・・・日本語だと"酔っ払い"デスネ!ロンドンの酒場にも

いっぱいHammer居ますヨ。皆笑いながらフラフラしてマス」

と、同じく大人な雰囲気で塗り固められたような隣の席から声がかかる。

どちらかと言えばワインばかり進んでしまっている志乃達とは違い、

料理を楽しみながら酒を飲む....嗜んでいる状態に近いだろうか。

真の意味で大人の余裕を感じさせられる数少ない(それもどうなのかと思うが)メンバーであった。

「あら、あいさん。プロデューサーさんの健康もちゃんと考えてるけど...。

でも華やかな場には、アルコールは欠かせないと思うわ...」

「志乃くんはもうちょっと休肝日を設けてもいいと思うけどね...」

礼子はあれでいて自重を示せる方ではあるが、志乃は割と全力である。

・・・・・全力で、ダメな方向にという意味で。

「なんかお仕事以外でアッキーを置いてくるなんて新鮮だねぇ~。

....抱くものがなくて、ちょっと腕が寂しいかもぉ」

「あー、優はいつもアッキー抱いて事務所にも連れてきてたもんね。

うちのわんこはオフ以外ではいつもお留守番してるから、そこまで寂しくはないかな」

腕で抱き抱えられる大きさのアッキーと違って、聖來の飼い犬は大型犬である。

人懐っこく温厚な性格なので変な心配はいらないのだが、アッキーのように

事務所内にまで連れていくのは無理があると彼女も承知している。

「元気だしなって、優。LIVEの時だってアッキーは置いてきてるでしょ。

そのテンションで楽しんじゃえばいいんだって」

「そうね!目一杯楽しんで、アッキーに自慢しちゃお~♪」

「立ち直り早っ!?」

ご主人はいつもこんな感じだから....と天の声からツッコミが舞い降りる。

発信者は勿論、困り顔の例のお犬である。

「このワイン....美味しいわね」

「のあさんは何処にいてもマイペースね。まあ、私も恵に付き合ってるうちに

旅もパーティーも慣れちゃったけど。何というかここは離陸後の機内のように平和ね~...」

中に何人か核弾頭が混じっているにも関わらず、恐らく今回一番静かで平和な成人済み席なのだった。

中でも志乃は変わらず自重を知らない飲みっぷりであったが、他のメンバーが大人しかったので

さしたる問題にもならないのだ。HEIWAって美しい。

そして束の間の平和が敷かれている時、別の場所で胃痛の種が発芽しているのである。



「文香さん、何か食べたいものとかありませんか?私が取ってきますよ」

「....ありがとう、ありすちゃん。ですが私も、揃々パーティー慣れをしてきたので・・・

必要な時には自分で取れますから、大丈夫です」

「そ、そうですか・・・・でも何かあったら言って下さいね。

私はパーティーだからって羽目を外しすぎることなく、しっかりと聳え立っていますので」

まるで本物の姉妹のような、非常に微笑ましいやり取りを交わすありすと文香を

横から眺めていた周子が冗談めかした口調でぼやいた。

「...ありすちゃんって文香さんにべったりだよねえ。

私達とそこまで扱い変えられちゃうとなんか妬いちゃうなー」

「おっー、何々アイドル同士の三角関係?それキョーミあるなー♪

あり周ー?それとも周ありー?」

聞かせるつもりはなかったのだがどうやら聞こえてしまっていたらしく、

ふくれっ面になりながらありすが抗議する。

「周子さんも志希さんもからかうのはやめて下さい!

そんなんじゃありません、私はただ手が空いていたから・・・」

「んじゃありすちゃん!私おなかすいたーん、何か適当に見繕ってきてよー」

思い切り頭の上に被さってくる周子に対してジト目になるありす。

どうにも彼女には読めない部分が多く、

まるで狐につままれたようにあしらわれることが多い気がする。

「周子さんは暇に見えますけど・・・・」

「いやー。こう見えてしゅーこちゃん、とっても忙しいの。

だから私のために取ってきてくれると嬉しいなー何でもいいからさー」

「私、あまり周子さんの好み分かってませんし・・・自分で取ってきた方が

ハズレないと思うんですが・・・・」

そんなありすの言葉に賛同するかのように席に座って

黙々と食事を進めていた桃華から声がかかった。

「そうですわよ、周子さん。こういうバイキング形式のお食事の場合、

適当に見繕って欲しいなんて言ってしまうと野菜だらけのプレートが盛られて

菜食主義者にされてしまいますわ。まずはお肉料理やお魚料理を確保しませんと」

力説する本物のお嬢様。見ると、桃華の席には既に十分すぎるほどの

料理が置かれている。これも令嬢として身に付けた技能の一つ・・・なんだろうか。

「桃華さん・・・それは少し論点がずれてる気がしますが。

....お嬢様生活も苦労があるんですね・・・・」

と、そこでプレートの上に適当な量の料理を乗せて

席へと戻ってきたフレデリカがいつものテンションで明るく言う。

「おやおや、残念だねー。流石にここには苺パスタはなかったよ~、

伝説の苺パスタを拝めることは叶わなかったか~☆」

なんて、冗談めかした風に言ってしまったのが全ての始まりだったか。

「苺パスタ・・・・ですか。そう言えば前にありすちゃんがプロデューサーさん達に

振る舞ったことがあると聞きました。確か、栃木県などではメニューとして売り出している

お店もあるとのことですが・・・・実際どのような味がするのか興味はあります」

とは言ったものの、インターネットで食べログなどといったものを見たりすることのない

文香はそれが奇食中の奇食、C級グルメと言われる分類の料理であることを知らない。

その後追加に味わうであろう所謂橘流イタリアンのフルコースを思い、

文香の胃と腸の心配をし始めるフレデリカだったが。

「そうです、味はプロデューサーさんのお墨付きですよ。

じゃあ今度文香さんとフレデリカさんに私自らフルコースを振る舞ってあげますね」

「えっ・・・?」

いつの間にか、自分自身も振る舞われる面子に入っているようであった。

「良いじゃん面白そうで☆ありすちゃん、あとで苺パスタの香り成分採取させて~」

「橘シェフー、私は良いから文香ちゃんに作ってあげてよ、ね?

ほら二人分作るとなると手間もかかるし」

「いえ、寧ろ二人前作る方が容易かと。・・・・そうだ、志希さんにも香りだけなんて

言わずに現物を用意しますし是非周子さんも食べるべきです。

苺パスタのあの味は皆に知ってもらいたい味ですからね!」

謎の固い意思で苺パスタを振る舞うことを決意するありす。

その目はここではない幻想に馳せるかのように目を輝かせており、

彼女の中ではもう決定事項のようである。いよいよ拒否権が通らない様相を呈してきた。

冗談から出た真というか、因果応報というべきか。

「あー、んー?なんか・・・ありすちゃんスイッチ入っちゃった?」

「い、苺パスタですの・・・・?わたくしは食べたことはありませんが・・・・

食後のデザートにはなるのでしょうか・・・・」

「いいえ、桃華さん!苺は野菜に分類されるほど栄養価が高くて

それでいて甘くて美味しい非常に健康に良い食材なんです!

ですから主食として普通に採り入れられていくべきだと思います!」

純真無垢な瞳で、少し食い気味に勧めてくるプレゼン・タチバナ。

他人を引き込むダイレクトマーケティングには多少の強引さも時に必要なのだと

比奈や奈緒から教えてもらったことをしっかりと活かしている。

「そ・・・そうですの」

「楽しみに・・・・しておきます、未知の書を読みとく時のような期待をもって。

プロデューサーからは、絶妙な美味だったと伺っているので」

・・・・さて。真実プロデューサーと村上巴嬢には絶賛された苺パスタではあるが、

その他のアイドルたちからの話も聞いていた周子と志希は

内緒話という名の逃亡作戦会議を開始し出した。

「しゅーこちゃん、暫く私は失踪の旅に出掛けるとありすちゃんに言っておいて~」

「志希ちゃん、アイドルの仕事はどうすんのー?」

「にゃはは~、音楽性の違いで一時休業・・・・なんてのは難しいかなあ。

アーティストじゃなくてアイドルだし。いっそ飛鳥ちゃん辺りを身代わりにー・・・♪」

会議は踊る、されど進まず。とは言うものの何となく意見が纏まった二人だった。

因みに志希的にはプロイセン王のポーズがシュールでツボだと思う。

超(ハイパー)どうでもいい。

「人事を尽くして天命を待つ・・・!フレちゃん、決死の覚悟だよ・・・!」

「別に死になんてしませんから!?寧ろ健康になること間違いなしです!」

こうして、後日シェフ・タチバナによるいちごパーティーが開かれたのだった。

・・・・何の罪もない14歳アイドルが一人、犠牲になったのはそれはまた別の話である。



「いえーい☆おっけーおっけーべりべりはっぴー!

ぱーてぃはいつもあめーじんぐあんどえきさいてぃん!

というわけで智香ちゃん、今日の感想をみんなに向けてあゆれでぃぷりーず☆」

独特な言い回しで動き(躍り?)ながら智香にそらが振る。

間髪入れずに3、2、1....というカウントダウンが刻まれ、慌てて智香が返す。

「えぇっ!?い、いきなり言われると色々準備が....。

えっと、今日はプロデューサーさんから私達へ送る最高の応援だと思うから・・・・

来年もそれに応えて行きたいかなっ!・・・・なんて、ど、どうかな?」

「ぐっどぐっど!素晴らしい感想さんくすあろっと~☆

そらちんも来年はこれまで以上にはっぴーなすまいるでゴーしたい!」

「うんうん、素敵だと思うよ智香ちゃん。結局アニバーサリーパーティーで

プロデューサーさんに返せたと思ったら、またすぐに貰っちゃったもんね。

旅のお土産みたいなもので、貸し借りじゃないけど貰うと返したくなるよねー♪」

そこに、先程まで席を空けていた椿がカメラを見て微笑みながら帰ってきた。

顔を見るに恐らくまた他の席の様子を撮っていたのだろうと容易に想像がつく。

椿はそんな感じで時折席で談笑しながらフラっと中座する繰り返しだったのだ。

「おー椿ちゃん、収穫はどんな感じ...ってその笑顔を見れば分かるよね。

良い写真は撮れたー?」

「はい、それはもう。....これでも結構多めに持ってきたはずなのに、

もうフィルムが足りなくなってしまいそうです。折角ですから、最後はここを撮ろうかと」

椿の写真撮影におけるジンクスとして、自然体でカメラを向けた方が良い写真が取れる、

といったものがある。なのでまずは、状況把握である。今の席の様子をじっくり観察する。

「はふ、はふ....んむ?どうしたの椿さん?アタシの髪とかどっかおかしい?」

食べること・寝ること・走ることが大好きな超健康的アイドル、北川真尋が

ビュッフェ(食べ放題)なことを理由に皿を取りまくってパクパクと食べ進めている。

近くに積み重なっているプレートは冗談みたいな数である。

「成る程成る程....?」

今度は視線を反対側に向ける。そちらには、

「ふむ....このダージリン、いい茶葉を使ってますわね。

この爽やかな風味....私が普段行きつけているお店の物よりも高級感がいたします。

スコーンがないのが勿体ないですが....蓮実さんもお飲みになりますか?

私が淹れて差し上げますわ」

「あ...はい。是非お願いします。少し肌寒いので、温かい紅茶が身に染み渡りますよね♪

ええと、お母さんから聞いたのは....ティーカップの美しい持ち方はこう、だったかな?」

流石と言うべきか、雪乃と紅茶を啜りながらも蓮実は椿が静かに構えているカメラを意識し、

一分の隙もない完璧なアイドルになりきっている。ここまで来ると最早一芸の域を越えているだろう。

「うーん...どれも素敵ですねえ。.......そうだ」

どれもが良さすぎて選べないのであれば、選ばないというのも立派な一つの選択肢と言えよう。

即ち、その席の全てを一枚のフィルムに焼き付ける。替えのフィルムは尽きている。

ラスト一枚、悩むことはある。もう少し考えてからでも遅くないのかもしれない。けれど、

間違いなく最高の一枚がそこにはあるはずだと確信し、椿はシャッターのボタンを親指で押した。



「良かったのか?亜季、成人卓じゃなくて

こんな機会でもなきゃ中々皆で集まって飲むことなんてできないだろ」

「心配無用でありますよ、夏樹殿。私自らがプロデューサー殿に志願したのです。

私はどちらかと言えば酒より肉でありますからな! サバゲーの打ち上げでいく焼き肉では

専ら烏龍茶と共に美味しい白米と肉をいただく、というのが私の中での習慣であります」

尤も戦場では烏龍茶なんて贅沢は言っていられませんがな、と補足する亜季。

サバイバルゲームでは飲料は大体ミネラルウォーターに限られるらしい。

成る程確かにサバゲーが趣味な彼女は、普段から酒は飲んでいないのかもしれないと夏樹が頷く。

炎陣メンバーで行った焼き肉店でも彼女はアルコール類は注文していなかった記憶だ。

「酒飲んじまったらバイクかっ飛ばすことも出来なくなるしな・・・

アタシはノンアルビールなんてぬるいモンに興味はねえし、正直あんま飲まない気がするぜ」

「たくみん、それ前にも言ってたぽよ~♪

あたし的にはジョッキ持って豪笑してる系のイメージあるけど☆」

里奈の頭の中ではジョッキもジョッキ、ビール国家ドイツの

特大ジョッキを持つ拓海の姿が描かれている。確かに似合いそうな絵面ではある。

「アタシの魂そのものみてえなバイクに乗れなくなっちまったら意味無ぇんだよ。

テメエの行動範囲を自分で狭めてどうすんだっつーか。

ま、休みの日とかにゃ飲んだりすることもあるかもな」

「その時はプロデューサーサンにドライブにでも連れていってもらえばいいだろ。

助手席だったら飲酒してても問題ないからな」

────助手席。搭乗者としての役割は主に左方向(一部の外車などは右方向)の確認や、

すぐに外に出れる位置から賓客を乗せるイメージがあるが、

相棒(パートナー)としてもとても相応しい装置でもある。

特に、二人乗りで後部座席ではなく助手席に乗るということには

ロマンシズムを感じずにはいられない。

「助手席ドライブかぁ・・・中々浪漫血津駆キメてんな、それ。

へへ....それもたまには悪かねぇかもな...」

拓海の思考が一旦乙女回路に切り替わった。

別段妄想たくましいわけではない彼女だが、自然に浮かび上がった情景に浸っているようである。

「お酒が飲めるかどうかは・・・ロックに関係あるのかなぁ・・・・?

頭から水を被るパフォーマンスをするバンドはあるけど、野球とかの祝勝会みたいに

ビールをかけあったりはしないし・・・。そもそも私、飲めるのか分かんないし・・・

なつきちは何となく強そうなイメージあるよね」

「んなこと言われてもアタシだってまだ飲んだことないし何とも言えないな。

渋い顔しながら嗜むのかもしれないし、案外すぐに眠っちまうかもしれないぜ。

ま、それを言えばだりーは何となく弱そうだよな。

プロデューサーに介抱されてる可愛い寝顔が目に浮かぶぜ」

「なっ、可愛っ・・・!?も、もう・・・怒るよなつきち!?」

「ハハハ、わりぃわりぃ。パッてイメージが浮かんできちまったんだからしょうがない。

実際その歳になるまで分かんないさ。今から楽しみだな」

こういうのは意外な人物が強かったりするもんである。

逆に強そうにしか見えない人が全く飲めなかったりすることもあり、

結果は成人するまでのお楽しみとも言える。

「そもそも日本人は西洋の方々に比べて生まれつき下戸が多いと言いますな。

かの強面の日本軍人将校にも意外と下戸な人物がいたという記録も残っておりますし、

酒が飲める飲めないは格好良さとはあまり関係のない話だと思いますぞ」

「ふーん・・・・そんなものかあ」

「とはいえ、皆さんが成人したら是非一度飲み比べ勝負をしてみたいものであります。

普段あまり飲まないとは言え、自分、酒の強さには自信がありますからな!」

『勝負』の単語に、拓海の瞳に炎が宿る。楽しまないというわけではないが、

彼女は勝敗が絡む物事において手を抜く気は、一切ない。

SEが挿入されるなら、ゴゴゴゴゴゴ...といった様相か。

「言ったな、女に二言はねえぞ」

「ふふふ・・・望むところであります!勝敗の決まっていない勝負から

目を背けて逃げることなど絶対にありえないですからな!首を洗って待っていますよ」



「ああ・・・幸せ・・・!クロワッサン、フランスパン、

イギリスパン、ライ麦パン・・・・!これらが全部食べ放題なんて・・・

財布が悲しい状況でも食べていられるなんて・・・。

ここ最近のパン不足を解消できそうです・・・・!」

ハムハムガツガツフゴフゴと、一心不乱にパンだけを取ってきて

美味しそうに食べていくみちる。その表情は正にベストスマイル。

対照的に、少し不満げな顔をした法子が言う。

「流石にドーナツはないんだね~、ちょっと残念だよー。

もう、折角こんな美味しいコーヒーがあるっていうのに、ドーナツがないなんて

ここの人達はとっても損をしているよ!ねぇ有香ちゃん」

法子の中ではコーヒーとはドーナツの為にある飲料という認識らしい。

微妙な表情で有香が首をひねる。

「う、うーん・・・?でもドーナツって製法もちょっと特殊だし、

最近はコンビニとかでも買えるようになったけど普通のお店で出すには

まだちょっと難しかったりするんじゃないかな・・・?」

「あー・・・確かにお家で作ったりするのは手間だよね。

前に家で三人で作ったときも中々大変だったもんね~

ドーナツ屋さんで働いていた人とかが居れば、

もっとスムーズにドーナツ作りが出来るのかもしれないけど」

「クラスメイトのお姉さんで、ドーナツ屋でバイトをしていたって人は居ましたけど...

販売担当で製造のことは分からないそうでしたし...」

そんな仲良しなメロウイエロー三人娘によるドーナツ談義の横にて。

───そこに事務所の人間やファンからしたら信じられないような

光景が広がっていた。高飛車お嬢様アイドル、財前時子。

プロデューサーを豚、ファンを下僕と扱う超サディスティック女王様が

頭を抱えて小動物のように弱々しく震えているのである。

「・・・・店のチョイス、ちょっとだけ感謝してあげるわ豚・・・。

やっと抜けてきたってのにまたドーナツ漬けにされたらたまったもんじゃない・・・。

.....あの体重計測結果(あくむ)、思い出したくないわ」

「時子ちゃんも、そう思うよねー?」

「わ・・・私に意見を求めないでちょうだい・・・・。

もうドーナツは懲り懲りよ・・・・・」

頭に疑問符を浮かべる法子と有香であったが、時子様としては至極真剣な話である。

暫く事務所にドーナツが持ち込まれる度にフラッシュバックしてしまうほど

彼女にとっては深く刻まれたトラウマだったらしい。

「時子さん、もしかしてドーナツが置いてなかったので気落ちしてるんでしょうか?」

「うーん・・・・そうは見えないけどね」

どちらかと言えばドーナツノイローゼな方じゃないかと有香は思う。

そしてその発言に何処となく翠からゆかりに似た天然(もの)を感じるのだった。

少し間を置いて、嫌な記憶を振り切った時子が法子のもとへと来た。

「・・・・法子は本当にドーナツが好きね。飽きないの?

冷やしドーナツだの焼きドーナツだの・・・・終いにはドーナツフォンデュまで。

理解できないけどその姿勢はある意味尊敬するわ」

「うん、あたしはドーナツだったらいくら食べても飽きないかなー。でも時子ちゃんも豚さん好きでしょ?」

「アァ?私だって流石に毎日豚を調理したりしないわよ。

どれだけ食べても身体に異常を来さないとかいうファンタジーな体質を持ってる奴と違って、

私はそれなりに努力をしてこの体型を維持してるの。怠け者になんかなりたくないわ」

時子の冷たい目線を疑問顔で受け流す法子。その細身な身体の何処にドーナツが入ってるんだ、

という訴えは法子には通じなかったようである。ちゃんと物理法則に従って欲しいものだと思う。

そこのわき目も振らずにパンにがっついている一名も含めて。

「よく分かんないけど、ドーナツって無限の可能性を秘めているから。

あたしは色んなドーナツを試してみたいし、ドーナツをどんな風にしようか、考えてるだけで楽しいんだ。

ね、時子ちゃんもそういうのあるでしょ?」

「豚で試す....?豚をどんな風にしようか、考える....?」

頭の中で単語を置き換えて想像する時子。....そう考えると、しっくり来た。

・・・・しっくり来すぎるくらいに。

「豚にどんなお仕置きを試すか....豚をどんな風に調教するか....。

成る程。確かに、そう考えるのは楽しいわね」

弱っていた顔もみるみる内に回復して、嗜虐的な笑みを浮かべる時子。

例えば鞭。今まではひたすら叩くことで料理していたが、

手首などを締め上げるのもいいかもしれない。マンネリからの脱却にもなる。

成る程可能性というのは面白い。現実性が低かろうがどうだろうが教育方法はいくらあっても困らないのだし。

そんなことを考えているうちに女王様、ここに完全復活なのだった。

「...参考になったわ、ありがとう法子。喩えが上手いわね」

「それ最近みんなによく言われるなー?でもお役に立てたなら良かったよ~♪

じゃあ時子ちゃん、お悩み解決の印に春ドーナツを....」

「.....それは勘弁して」



「あうぅ~・・・間を空けずにまたキラキラとしたパーティー・・・・

皆さん本当に眩しすぎて・・・もりくぼは、テーブルクロスの下に隠れてたい気分・・・」

そう言って先程テーブルクロスに隠れようとしたところを芳乃に押さえられ、

明るくキラキラした場所へと引きずり出された乃々が小動物のように震えている。

もりくぼの聖域(サンクチュアリ)はものの30秒で落城されたのだった。

「祝い事は、年に何度あってもめでたいものでしてー。

今年はCDも出させてもらい、その歌を披露し、私にとっても節目になりました。

乃々ちゃんも、私達と同じ曲を奏でた者でしたゆえー、堂々と胸を張るべきかとー」

「むーりぃー....もりくぼは、もっと密やかな・・・・こじんまりした打ち上げで

十分に満足ですけど...パーティーは、せめて事務所でやってくれれば...。

こんな、都会のホテルで豪勢にしなくてもいいんですけど....。もりくぼは、ファミレスとかが等身大ぃ....」

別にそんなに乃々ばかりを見ているわけではないのだが、

乃々的には店のスタッフ達の視線が十分気になるらしい。

撮影や収録のスタッフとは違う緊張の糸が張り巡らされ、縮こまってしまうのだ。

「この間のカメラ目線でこなした乃々さんのLIVE、凄く可愛らしくて

好評だったじゃないですかっ!あんな感じでこれからも頑張っていきましょうよっ」

「やるくぼは...あと1年くらい封印します....。

そりゃ...頑張るっていったのはもりくぼでしたけど、うぅ....またすぐに

バレンタインでファンの皆さんの目を見てお渡し会なって....プロデューサーさんは鬼ですか....」

一度やってしまったことはその時点で最低限出来るものとして認識され、

次の段階は更にその上を求められるのだという社会の沈黙の掟に後悔をする乃々。

実質的にプロデューサーに言質を取られた形となってしまったのである。

彼女としては暫し休息時間を設けてほしかったりするのだ。

「そ、そういえば乃々さんは毎年お渡し会やってますもんねっ!

ファンの皆さんもマナーも非常によくて、いつも大盛況だって聞きました。尊敬しますっ」

「ファンの皆さんは、お友達みたいなものなので....。

あぁ...でもまたプロデューサーさんに頼み込まれたら...きっと断れない...」

飴多めのアメとムチの配分が乃々にとって絶妙な手腕なのだ。

お仕事を持ってこられてごねる乃々と優しく頼み込んでくるプロデューサーの

いつものやり取りが、今ではお約束のようになって楽しく感じているくぼが居る。

ファンにやたら名字を叫ばれるのも意味が全くわからないけれど嫌ではない。

なんとなく親しみを感じるのである。

「シャキッとするんじゃ乃々!渡すものがCDでもチョコでも根っこは一緒じゃ。

ファンに真心をこめて渡すんじゃけぇ、それがアイドルっちゅうもんじゃ!」

「と、巴さん....格好いぃ~。でも、もりくぼの格好いい一面とか....需要があるわけないですし...。

なんでもりくぼがクール属性なのか....自分でも分からないくらいですし...」

『情熱(パッション)も可憐さ(キュート)も持ち合わせていないのできっと消去法です...』

などと微妙にメタい発言を繰り返すネガティヴガール。

別にクールに不満があるわけでもキュートやパッションに入りたい願望があるわけでもないので、

位置的にはそこまで悪くないとは思う乃々である。

「でも私の占いによると乃々ちゃんはクールが一番相性良いみたいですよ!

キュートとパッションは同率2位な感じです」

選択肢が三つしかない中で、同率2位が二つとか言われると一番であるというのが

しっくり来ない気がする。とは言っても決して他属性の子と必ずしも波長が合わないわけではないので、

その分け方にあまり大きな意味はないのだろうと勝手に思う。

「わ、私も自分がキュートかなんて言われたら戸惑っちゃいますしっ。

あ、でも勿論可愛いって言われるは嬉しいですけどっ」

「はてー。私も、アイドルに情熱を持ってないかと問われたら否ですがー、

茜さんや未央さんのような、燃えるようなものを持ち合わせているとは、思えませぬー。

しかしー、プロデューサーは、私達の静かな情熱を見出だしてくれたのでしょうー」

その言葉に、思うところのあった乃々が芳乃の方をちらりと見てボソッと呟いた。

参照した記憶は主にシャイニーナンバーズ特別編とかである。

「....芳乃さんはたまに茜さんくらいハジけてると思うんですけど」

「聞こえましたゆえー?」

「ひぃ!?ご、ごめんなさいごめんなさい....!」

冗談なのでしてーと暗い微笑を下げる芳乃。

主にホラ貝とかホラ貝とかホラ貝でハジけてると言った微かな声も逃さないのであった。

「も、もしかして芳乃ちゃんって耳がすっごく良いんですかっ?」

「ふむー。人並みに聴力はありますがー、特別なことは何もございませぬゆえ...

いわゆるー、地獄耳と、呼ばれるものかもしれませぬね♪」

「じ、地獄耳....お、恐ろしい....」

今後は芳乃の前では迂闊な小言は控えよう。そう心の中で決心した乃々だった。

「それにしても、芳乃ちゃんの側に居るだけでなんだか運気が上がってる予感....。

ハッ!?あたし来年は大きい波が来るかも!?」

期待の眼差しで未来を見つめる朋。────その時不意に、夜空に流れ星が落ちた。

しかし、それが誰の願いを叶えるものかは・・・神のみぞ知るのである。



「事務所の皆さんが全員入りきるほど大きなホテル....。でもいずれはこんな広い場所を

二人きりで貸し切って日菜子は王子様と......むふ、妄想が捗っちゃいますねぇ♪」

都内の最高級ホテル。黄金とも言うべきこの地は、

現実的なラのつくピンクなホテルよりロマンスに溢れている。

大きなお城もいいが、ホテルも悪くない。そう日菜子は思った。

「おおう日菜子はぶれないな。まあ確かにこんな広いのをたった二人で貸し切ったら

解放感ハンパねえな。お店だって言うことも忘れてシャウトしたくなるかもなー!」

「ちょっと、洒落にならないからやめなさい恵磨ちゃん。

仮定の話でも想像すると怖いから」

物理的にマイクを破壊する大声量の持ち主が叫んだら迷惑どころの話ではない。

公害クラスと認定される。このまま肺活量を鍛えていったら窓ガラスさえ

割ることが可能になりそうな恵磨のハイパーボイスはそれほどの威力なのだから。

「い、いや比喩だって。大丈夫だよアタシだって弁えてるから・・・・多分」

「この間山なら平気だろって高尾山で叫んで、

他の登山者たちに御迷惑をお掛けしたのも忘れないでね...?」

山は山でも人がいっぱい居る山で、コースの途中でセーブせずに叫んだのは失敗だっただろう。

もっと田舎のデカい山の方がよかったと流石に反省した恵磨である。

「怒号のような叫び声で味方を鼓舞して敵軍をビビらせたって武将が居た気がするし、

恵磨ちゃんはアイドル戦において重要な才覚を持ってると思うよ~!」

「そ、そう!要はナントカとハサミは使いようってことだよ。

しっかり時期を見極めて使えばアタシの声は武器になるッ!」

「そのナントカって....いや、言わない方がいいのかな....?」

知らない方がいいこともあるTAKE2。テストと召喚獣と並んだりするヤツである。

因みに用法が地味に間違ってることも気付いている加奈だが、

メモ用紙なしで言えるほど正しい用例も覚えていないのでスルーの構えだ。

「声量と言えば、オペラみたいに声を張ることも少なくなってきたから段々と

声量は落ちてきた気がするわね....。肺活量は相変わらず鍛えられてるなーって感じがするけど」

「大丈夫、アタシもアイドルになってからボリュームを自重するようになってるけど

それでもアイドルになる前より着実に成長してるから!」

カラオケ以外の防音室で、思い切り発声練習出来るというのは恵磨にとっては

正に魅力的な点の一つだった。踊って騒いでテンションを上げて、

大音響のミュージックに包まれて皆で楽しくなれるというのは

天職かと思うレベルで自分にマッチしていると思う。

「日菜子もアイドルになってから妄想の幅が広がりましたねぇ~♪

勿論、妄想は叶えるものなのでいずれは...現実にしていきますよぉ♪」

「うんうん、夢はでっかくだよね!

アタシはアイドル戦国時代の天下統一!って、まあ大体皆そうだよね」

てっぺん。ナンバーワン。どのような理由でアイドルになったとしても、

どんな気持ちで受け止めているにせよ、トップになりたくないアイドルなど居ないだろう。

一番だと選ばれて、困惑や重圧はあっても全く嬉しくない者は居ない。

────かつて、夢半ばで舞台から降りようとしていた一人のアイドルがいた。

"ここ"は優しい世界であって、決して甘い世界ではないのを嫌というほど思い知らされ、

彼女は人間関係とはかくも儚いものであるということを刻み付けられた。

だが、今は違う。

「・・・・そう、『それ』は譲るつもりはないわ」

灰被りのお姫様(シンデレラ)たちには魔法がかけられた。

ギスギスするつもりはない。他人を貶めたり、自分だけのことを考えても

上手く行かないなんてことはとっくに分かっている。

しかし、仲間と仲良くなって、楽しくやって。肝心なことを見失うわけにはいかない。

友情と馴れ合いを履き違えてはならない。

誰もがシンデレラ。誰もが主役の人間喜劇。それでも。

一人のシンデレラとして、同僚は皆ライバルなのだと自覚しているのだ。

「ヒロインは、私でしょってね」



「今年は濃密な年でした・・・!特に、ぴにゃこら太が・・・!

あの展示のところで喋るぴにゃこら太が可愛くて毎日展示に通っちゃいました♪」

「アイドルの話じゃないんかいー。

穂乃香ちゃん相変わらずぴにゃ好きだよね・・・・。

でも最近、ぴにゃこら太のメディア展開凄いから

アタシ達のセンスが間違ってたんじゃないかと自分を疑ってきたよ・・・・」

ネットの生放送に登場したり、ぴにゃこら太と触れ合う専用のステージがあったりと

その知名度はコアな位置から大分進出したと言って良いだろう。

ブサイクなのがウケたのか、時代はブサカワなのか。

メジャーとは言えないが、全国規模でグッズ展開も加速しており先行販売の物販には

精鋭が並び集った程である。尚、穂乃香は都合により泣く泣く物販には参加できなかったものの

後の一般販売で即予約を済ませ、現在は一式揃えて手に入れている。

ぴにゃこら太ーハンターである。

「ぴにゃこら太のシャツを着てたスタッフさんも可愛かったです・・・。

あれ欲しかったんですけど展示スタッフのみ支給される非売品だって言われちゃって、

頼みこんでも売ってもらえませんでした・・・」

ネクタイが特徴の黒ぴにゃこら太がプリントされたTシャツ。

黒ぴにゃこら太がコンテンツ上に登場したのは最近のため、そのグッズは割と希少価値がある。

「穂乃香ちゃん、いっそ秘密裏に志願して警備員になっちゃえば?

あれ着てみたら実際似合うと思うよ」

「いえ流石に、そこまでは出来ませんよ・・・・。でもその内、きっと商品化されると信じてますから!

ぴにゃこら太の魅力は世界レベルですからね・・・!まだよく知られてないだけなんです!

何れは世界中に広まって、全ての国を繋げる架け橋となって・・・

そうして地球中の皆がぴにゃこら太のことで笑いあって話し合う日が来ると思います」

「ぴにゃこら太世界平和大作戦!?穂乃香ちゃん、話が壮大すぎない!?

ヘレンさんみたいなワールドワイドな話になっちゃってるよ!?」

全米が泣いた。救世主ぴにゃこら太が世界の架け橋となる感動スペクタクル。

君はその目に焼き付けることになるだろう。─────来夏、到来。

なんて、そんなわけない。穂乃香によれば近々ぴにゃ関連でビッグニュースがあるとのことだが

詳細は次報が出されるまで乞うご期待なのだった。

「ほたるちゃん、折角のパーティーなんだから

そんなところに離れて立ってないでこっちで楽しもう?ねっ!」

そこに、席から離れるように立っているほたるの手を少々強引気味に引いて

忍が輪の中に入らせた。折角のパーティーなのだ。

フリルドスクエアはフリルドスクエアで、GIRLS BEはGIRLS BEでと固まって

喋るよりは普段あまり話す機会がなかったアイドル達とワイワイする方が楽しい。

何より閉塞的な友情なんて、自分達には似合わない。

「あ、ありがとう...ごめんなさい、私やっぱりちょっと不安で...。

グラスを取るつもりで手を伸ばしたらテーブルクロスも引かれちゃって

上に乗ってる食器が全部ひっくり返っちゃわないかなとか、鎖が錆びてしまった

シャンデリアが天井から落ちてきたらどうしようとか....。

こういうお店だと余計に、怖くなっちゃって...」

「だ、大丈夫だよ、ほたるちゃん。テーブルクロスはちゃんと引かれないように

押さえておくから。事務所でのパーティーと同じように、安心していいんだよ」

相変わらずほたるの周りの小さなトラブルは尽きない。

ほたるとしても、自分の不幸体質が無くなったなどとは思わない。

今までずっと悩まされてきた。それはこれからも続くのだろう。

だが、今は上回るほどの幸せがある。一緒に不幸に立ち向かってくれる存在、仲間。

彼女達が一緒にいてくれることが十分立派な幸せなのだ。だから踏み出せる。

不幸を恐れないことはないけれど、一歩前へと進むことが出来る。

「大丈夫、何が起こっても私達がこうやって居るから。

....ほたるちゃんは笑顔が素敵だから。笑って、ね?」

「はい....!」



「ちょっと待ってください!!」

────さて。最早手のつけられない混沌と化しているK席に勇敢にも乗り込んだアイドルが一人。

わざわざ持ち込んできていたのだろうか、左の手に超☆風紀委員の腕章を嵌め

びしっと掲げる眼鏡の真面目委員長、冴島清美である。

「いくら無礼講で貸し切りとはいえど、皆さんはアイドルでここはお店なんですよ!?

このような公的な場所で人としてだらしない態度は目に余ります!超☆厳粛にして下さい!」

恒例の見回りタイムの時間になり、逸れることなく一直線でこの席を見に来たのは正解と言える。

何故なら・・・もう既に問題が発生してしまっているからである!!

「ふふ~♪清美ちゃんいらっしゃい。私達と会話しに来てくれたの?とっても嬉しいわ」

「話し相手が増えると酒も進むもんね~♪あ、清美ちゃんも飲む?

大丈夫大丈夫、菜々ちゃんも飲めるノンアルビールだからこれ!」

「危ないのでビンを抱えないで下さい・・・・ほら、楓さんもグラス危ないですよ!

美優さんちゃんと立って下さい!あぁ~...泣いてますし。川島さん・・・はまだ大丈夫そうですけど、

全くもう、ほぼ全員泥酔状態じゃないですか・・・どうやって帰るつもりなんですか・・・」

ここから女子寮までは結構な距離がある。いつもの事務所のテンションで

酔い潰れてしまってはそう簡単には帰れない。

もっと早く注意喚起しに来るべきだったと、遅い後悔の念が浮かんでくる。

「あーその...ナナも、もうちょっと止めておけば良かったと反省中です....。

まさか皆さんここまでグイグイいってしまうとは思わなくて....」

何故か自重の二文字が辞書から消えてしまっているみたいに飲んだくれてしまっている。

5周年アニバーサリーの時はそこそこ大人しかったのに、まさかあの時セーブしていた

ことの反動であろうか。普通は逆だと思えるのだが。

「帰りは....魔導少女ありすちゃんでも呼ぼうかしらね。

ルーラで帰ルーラ・・・CAERULA・・・ふふっ♪」

「....。取り敢えず私一人では対応し切れないのでプロデューサーさんを

お呼びしますよ?プロデューサ・・・え・・・あ・・・?」

口で紡ぎかけた言葉が途切れた。脳が理解を拒んだ。一旦情報はデリートされた。

今、決定的に何か視線の先に絶対に見てはいけないものを見てしまった気がする。

いやいや見間違いかもしれない。というかそうであってほしい。

そう言い聞かせて恐る恐る視線を戻してみた清美の目に映った光景は。

「プロデューサーさん・・・うふふ、押し倒されただけで可愛い反応ですね・・・♪

何処から舐めとっちゃおうかしら・・・・?やっぱり・・・お口かしら」

─────彼女のキャパシティを軽くオーバーするものであったと後に彼女は語る。



少し前の話をしよう。

そもそも、事の発端は何だったのかを整理する必要がある。

時は遡って、奏がシャンメリーの追加を従業員に注文した時のことである。


「すみません、もう一本頼めますか?」

「あ、はい少々お待ち下さい・・・」


一見、何の変哲もないように見られるやり取り。両者はその見えない地雷には気付けなかった。

この時の誤算を一つ挙げるとすれば、奏が持ってきていたシャンメリーの空のボトルが

お店で取り扱っていたとあるノン・ヴィンテージワインのボトルと瓜二つだったことであろう。

当然、スタッフにはどちらを注文しているのか確認する義務があるのだが....

美麗な蒼のドレスを身に纏った、少女とは思えぬ艶姿の奏を見て

従業員の男は迷うことなくワインを渡してしまったのである。

・・・・勿論、奏がそれに気付くことはない。

一瞥してアルコール度数を判別するラベルは剥がされてしまっている。

そしてそのまま何の問題も起こることなくA席へと奏は舞い戻ったのだった。



それから時は経ち、次々と席を回り雑談や馬鹿話を楽しみあっていると。

若い男性店員が同期と思わしき女性店員とベテランらしき老店員に

平謝りをしているのを見つけ、怪訝な顔になる。

何かトラブルでもあったのだろうか。

・・・ないとは思うのだが、まさかアイドル達が何かしてしまったのか。

そう不安な気持ちに駆られ、会話が聞こえる範囲まで近付くことにした。

説教は部屋の隅で行われていたが、声を潜めては居なかったので楽に聞き取れた。

「何!?未成年のお客様にワインをお出ししてしまった可能性があるだと!?」

「す・・・すみません!大人びた方だったので、当たり前にお酒を追加なされるのかと・・・

しかし彼女が持ってきたボトルをよく見たらノンアルコールのシャンメリーでして・・・」

「その青髪の彼女って速水奏じゃないの?女子高生アイドルの。

まあアイドル事情に疎くても仕方ないけど、ちゃんと確かめなさいよ」

「すみません・・・本当に申し訳ありません・・・!

遅いかもしれませんが、今からでも回収しに行って精一杯再発防止に努めさせていただきます!」

そこまで聞いて、俺は思わず彼らの前に飛び出していた。

盗み聞きをして去るのでは格好がつかない。というか聞く限り俺が出るべき幕のようである。

「今の話、本当ですか?うちの未成年アイドルたちが飲酒してしまった可能性があるって」

すると、老年の男性が此方に真っ先に頭を下げてきた。

明らかに他の者とは違う出で立ち。それもそのはず、

胸元のバッジには、先日電話でやり取りをした店長の名前が刻まれていた。

「申し訳ございません!部下がするべき確認も取らずにシャンパンのボトルを

渡してしまって。シンデレラガールズプロジェクト様、

未成年飲酒の責任は一切此方が取りますので、その点についてはご心配なさらずに」

「ああいえ、此方こそ監督不行き届きで申し訳ない。

双方の行き違いから生じたちょっとした事故です、話を大きくする必要はないでしょう。

我々だけで内密に済ませてしまって良いかと」

あまり褒められた話ではないが、わざわざ警察沙汰にする必要はないだろうと思う。

男性店員の過失に対する処罰は自分の与り知らぬところであるが、

極めてプライベートに行われているこのパーティーでの事故を告発しては、

変にマスコミが絡み双方にあらぬ疑いや損害をもたらすだけである。

法治国家に暮らす国民としてはいけない意識かもしれないが

このような偶発的な軽犯罪を一々摘発していてはキリがないだろう。

「感謝します。案内します、件の彼女がいるのはこっちです!」

奏の名前が出た以上、目指すべきは間違いなくA席だろう。

この時は、俺もそれ以上事が大きくなることはないと思っていた。

事件は順調に解決に向かっており、何の障害や問題もないと。



・・・・そう、思っていたのだが。

「え、嘘・・・?これアルコール入りだったんですか・・・・?

わ、私達未成年飲酒で捕まっちゃうんでしょうか・・・・!?」

慌てる智絵里を宥めて、青年ウェイターと俺が全員に事情を説明する。

話を聞くに、奏はグラスに残っていたシャンメリーを飲んでいて

一切新しく持ってきたワインには手をつけておらず、

飲んでしまったのは智絵里と紗枝とまゆの3人だけとのことだった。

しかしどうやら彼女らに気分が悪くなったなどの症状は出ていないらしい。

一通り確認し終わると、深々と頭を下げ謝罪を述べて青年は元の所へと戻っていった。

これで取り敢えずは一件落着の形に落ち着いた。ホッと安堵する。

もし実害でも出ていたら大変なところだったが、問題は収束したようだ。

それにしても、と。

「智絵里、貴女飲んでておかしいと思わなかったの?

いくら度数が低いといってもアルコールが入っていたら分かると思うのだけど」

「ご、ごめんなさい・・・・。全く気が付きませんでした。

前のシャンパンとはちょっと味が違うなとは思ったんですが・・・」

普段と変わらぬ口調でけろりとしている智絵里。

もしかしたらこう見えてアルコールに強い耐性があるのかもしれない。

ケーキなどの洋菓子にはラム酒をふんだんに使ったものなどもあって

それが苦手な人もいるが、彼女はきっと食べられる側の方なのだろう。

「まゆはどうだった?・・・・・まゆ?」

奏の疑問につり上がった声を聞き、俺もまゆに向き直る。

そこにいるのは先程と変わらぬ真っ赤なドレス姿のまゆ・・・なのだが、

どうにも様子がおかしい。男性店員に説明していた時は普通に立っていた筈だが

今は胸を抑えるように前のめりになっており、顔が赤く、少し息も荒い。

何故か目を横に逸らしているようにも見える。此方を見ようとしていない。

「まゆ・・・・?どうした、もしかして苦しいのか・・・大丈夫か!?」

「はぁ・・・はぁ・・・。あっ・・・ダメ、プロデューサーさん・・・。

そんなに近付かれると私・・・もう、抑え・・・っ!」

喘ぎ声にも似たまゆの声を聞いた直後。世界が回転した。

智絵里の短い悲鳴が聞こえたが、自分には何が起きたか分からない。

ブレーカーが落ちたように視界が奪われ、暫くして復旧した。

それが、目が眩むほどのシャンデリアの光輝に当てられて

漸く自分は横になっている・・・倒れているのだと理解した。

それを証明するかのような追い打ちがあった。

「まゆ!?」

床に手をついて起き上がろうとした寸前、まゆが俺の腹部に乗ってきた。

決して重いわけではない、寧ろ平均から考えたら華奢な方のまゆだが、

横たわっている状態で高校生の少女一人に体重をかけて乗られてしまうと

流石に起き上がるのは困難であった。というか、脳が理解に追い付かない。

────────これは一体全体どういう状況なのだ?

「まゆさん!?えっ・・・あっ・・・」

「ちょ、ちょっと・・・・大胆になるにしても場所を選び・・・!」

珍しく狼狽えたような奏の声も聞こえる。どうやら、俺はまゆに押し倒されて

まゆがそのまま俺の上で馬乗りになっているらしい。

・・・・・・は?

「まゆ!?えっと・・・これは・・・どういう・・・・?」

そこでふと思い出した。

まゆが先程ノンヴィンテージのワインを飲んでいたという事実を。

紅潮した頬。服越しでも伝わる火照るような体温。そこから導き出される答えとは。

「まゆ、もしかして酔ってるのか・・・・!?」

三人から聞いた話によれば、少なくともまゆはグラス一杯分は飲んでしまって

いたという。ちょっと現実的な量ではない気がするが、アルコールの耐性は個人差が激しい。

それを裏付けるかのように、首を起こして見るまゆの顔はいつもより上気している気がする。

とろんとした表情と囁くような吐息が実に蠱惑的で、

もう少しで鼻と鼻がぶつかりそうなくらい密着している状態では流石に胸の鼓動も御しきれない。

「プロデューサーさん・・・・まゆ、ずっと我慢してるんです・・・。

こういう風に、まゆから乱暴には迫りたくはないんですけど、プロデューサーさんからは

強引に迫って欲しいとも思ってて・・・いつも夢を見ます。

・・・・もしかしたら、今のまゆとは違って、貴方と『約束』することも出来ないままの

まゆだって居たのかもしれません。今も存在しているのかもしれません。

でも、まゆは欲張りな子なんです。抑えてても・・・・貴方をトッププロデューサーにして、

私がトップアイドルになるまで待たなきゃいけないのに・・・こうやって抑えきれなくなりそうになって」

白い両手袋を嵌めたまゆの繊細な指が宙ぶらりんの俺の指を捕らえて絡み付く。身体が思わず震えた。

だが高鳴る心拍とは裏腹に、思考は段々と冷静さを取り戻していった。

・・・・・それは、一人の少女の等身大の本音だった。

いつからか自らを殺しずっと隠して生きてきた彼女が、心の底でずっと抱き続け

育ててきていた想いの欠片の発露。それは、真剣に受け止めなければいけないことだと心から思った。

「....おかしいですよね、プロデューサーさん。大好きな貴方のことだけを書き綴っている日記なのに、

その内容が増えるなんて喜ばしいことなのに、最近は書くことが辛くて。苦しくて。・・・・痛くて。

自分で選んだはずなのに、まゆは弱くて、時折誘惑に負けそうになっちゃうんです。

いつになったらトップアイドルになれるのか、いつになったらトッププロデューサーになれるのか。

もしかしたら、明日貴方はこの世界から居なくなってしまうかもしれない。

まゆだって、数時間後にはもう足さえ動かせなくなって幸せを掴むのが難しくなってしまうかもしれない。

時間は有限で、保証なんて何処にも無くて、不安が押し流れてきて・・・・まゆを蝕むんです。

早く結ばれたいって。貴方と一つに成りたいって。今はまだ叶わない...叶えちゃいけない願望が蓄積して、

まゆの感情を埋め尽くして、堪えるのに必死で・・・・!日記にぶつけることが、増える一方で・・・・。

欲しい・・・・今すぐ貴方が欲しいって・・・・!!」

いつになく感情的なまゆの独白は続いていく。その言葉一つ一つが胸に突き刺さる。

だって、何一つまゆは悪くないのだから。責任は全て自分にあることなのだ。

・・・・本当はまゆは酔っていないのかもしれない。彼女は酔ったフリをして

このことをどうしても伝えたかったのかもしれない。一年の、そしてこれまでの節目となる、この日に。

「はあ....それにしても。まゆ....感じますよ。

プロデューサーさん・・・震えてる。うふふ、押し倒されただけで可愛い反応ですね・・・♪

こうして乗っかってしまえば起き上がれないですよね....されるが、ままですよねぇ....?

何処から舐めとっちゃおうかしら・・・・?やっぱり・・・お口かしら」

────前言撤回、やっぱり思考が凍り付きそうである。

理性のタガが外れてるだけなのか、アルコールが入って新たな世界の扉を開けてしまったのか・・・

いつになくまゆは非常に大胆であり、かつ非情に危険な香りを醸し出している。

あと少し遠くの方で誰かが倒れる音が聞こえたが、大丈夫だろうか。

「プロデューサーさんの....主成分....味...♪」

「主成分ッ!?まゆー!?ちょっと、おーい....戻ってこーい・・・?

うーん・・・・駄目だなこれは。完全にシンセカイの鍵を回した表情になってる」

まゆの正気度は7:3くらいだろうか。勿論3が理性である。

ダイスを回して精神分析を試みてもまゆが復帰する可能性は五分と言ったところか。

先程までのシリアスが嘘のようにシリアルになっていく。割と本気で彼女は迫ってきている。

抵抗を放棄したら割と貞操が危ういかもしれない。押し倒されたまま何とか思考を張り巡らすのだった。



「あ、わわ・・・・どうしましょう奏さん・・・」

「どうするって・・・・可哀想だけど、まゆを引き剥がすしかないでしょ」

まゆの為にもプロデューサーさんの為にも、いつまでも放っておくわけにはいかない。

そう決心してまゆに近付こうと歩みを進める奏を、意外な人物が立ち塞がって遮った。

見間違う筈もない、その人物は先程まで奏たちと一緒の卓を囲んでいた人物だった。

「紗枝、どうして・・・?」

「奏はん、あきまへんな~。ここから先は通しまへんよ?」

凛とした佇まいで通せんぼをする紗枝。その表情は固く、

簡単には譲ってくれそうにない。普段から協調性が高く、

苦労人役やまとめ役をよく買って出る彼女にしてはとても珍しい行動だった。

「まゆの味方をするというの・・・・?でもこんな形、

あの子だって本当に望んでいることか分からないじゃない・・・!」

「いくらまゆはんが羨ましいからって、奏はんまでプロデューサーはんの上に

乗ったらプロデューサーはんが潰れてしまうさかい、うちが止めさせてもらいます~」

「・・・・・え?」

その間の抜けたような返事を聞いて、奏の目が点になる。

どうしたことだろうか。今の一連の会話は全く噛み合っていなかった。

だがしかし紗枝にふざけている様子はない。すると、もしかして。

「紗枝・・・まさか貴女、酔ってるの?」

「ふふ~奏はん何言うとりますか、うちはまだ15の娘どすえ。酔ってるわけあらしまへんやろ~

・・・それにしても、なんかええ気分やわぁ・・・・♪」

酔っている人間の常套句を言いながらゆらゆらと前後に揺れている紗枝。

顔はいつもの紗枝のままであり、全く変わっている様子は見受けられないのだが。

「・・・分かりづらいけどこれは多分完全に意識が飛んでそうね。

大人しくしていてくれる分には助かるのだけど、邪魔をされては困るわね」

幸い、積極的に絡んでくる悪酔いタイプではないようだが

受け身タイプでも通せんぼをする以上、ぶつからなければいけない。

「奏はん、プロデューサーはんのことが好きなんは分かるけど・・・

まゆはんの邪魔したらいけんよ。女の嫉妬は~って言いますやろー?」

冗談なのか本気なのか、紗枝はいつものような鋭い球を投げてきた。

しかし、間違いなく相手は酔っているのである。まともに受け答えした方が負けだろう。

「えっ・・・そうなんですか?」

が、律儀なことに隣に居た智絵里が反応してしまった。

冷たく無視するわけにもいかず、肩を竦めて奏がそれに答えた。

「・・・・そうよ、悪いかしら?プロデューサーさんのことは好きよ。

私達をアイドルにしてくれて、優しくて仕事もできるし手料理も得意だし、

顔は・・・そんなに持て囃されるほど美形じゃなくても私は好きな顔だわ」

「あっ・・・そ、そうですよね!私もプロデューサーさんが大好きですっ。

顔とか性格とか・・・・そんな記号的なことじゃなくても、

本当に本当に・・・・私にとって大切な人ですから」

どうやら智絵里は今の返答で納得してくれたようである。

同時に、彼女の語気にある種まゆにも劣らない程の想いが籠められていることに

気付き、奏の内心でちょっと苦い気持ちが渦巻く。伏兵ここに現ると言ったところか。

とは言え現状、最優先なのはまゆの方である。

最悪智絵里に押さえてもらう覚悟で奏が紗枝と対峙する。

「紗枝、悪いけどここを通してもらうわよ」

酔っているとはいえ紗枝は暴れだす様子でもないし、強行突破は容易そうである。

ドレスを翻して奏が歩き出す。酔った影響で普段より俊敏でなくなっているだろう。

そう思った奏がフェイントをかけて紗枝を振り切ろうとしたその時。

「なんやぁ奏はん、どないしたん?よくみるとお耳が真っ赤でかいらしいなぁ♪

お顔は澄まし顔やけど内心は照れてるんどすか~?」

「っ!?」

突然横から紗枝の強烈な一撃をもらって、思わず紗枝の方へ振り向いてしまう。

それが奏の失敗だったと言えるだろう。話術サイドに次弾を装填する隙を与えてしまったのだから。

「あぁ成る程~。なんや恋愛映画は苦手やって言うてたのは、キスやらなんやら

言葉では色々言うてても奏はんがとってもウブやったから見られへんって

ことやったんやなあ。ふふ、小悪魔みたいな振りをして本当は乙女さんなんですやろ?」

「ち、違・・・・っ!」

全力で否定をするがもう遅い。酔いどれ紗枝はんの猛攻が始まる。

「プロデューサーはんのことが好きやー、言うてそんなに照れてまうなんて...

そら、いつも大変でしたなぁ。どれだけドキドキしてても平気そうな顔して、

逆に誘ってみたりして....誘い受けーって、やつどすか?」

「・・・・っ」

「あ、ほんのりやけどお顔も真っ赤っかになってきはりましたなぁ。

ふふ、かいらしい♪そや、プロデューサーはんにも見てもらったらどうどす~?

きっと『可愛い』って言ってくれますえー♪」

「~~~~っ!」

智絵里が今まで見たことのないほど奏は狼狽え、声にならない悲鳴を上げている。

横顔を見ても鮮烈に分かるくらい奏の顔は真っ赤であり、いつもの仮面のような

クールな顔とはかけ離れた、弱々しい乙女の顔をしている。

やがて奏はそのまま紗枝ともプロデューサーとも異なる全く見当違いの方向へと歩いて行ってしまった。

智絵里たちから表情を隠すように、背を向けたまま。

「あ、あの奏さん・・・・?」

「来ないで。・・・・絶対よ」

普段なら怯んでしまいそうな睨み顔もなんだか涙目で可愛くしか見えないのだった。

事実上の撤退となった奏の代わりに智絵里がまゆの元へ行こうかと迷っていると、

丁度その頃、近くの席のアイドル達が動き出していたのが目に入った。



「あちゃー...。いつかはち切れると思ってたけどやっぱり弾けたか。

全く、適度にガス抜きさせてやるのだって立派な責務だっつーの。まあ因果応報だな。

マキノ、手伝ってくれるか?アタシはこれからスタッフの説得や説明を

してくるつもりだが人手が足りないし、もう一人くらい欲しいとこなんだが」

「そういうことなら承ったわ。流石にこれをデータに収めるのは野暮ってものでしょうし、

....頭の片隅に保存しておくくらいにするわ、ふふ」

流石は経営者と言うべきか、つかさは持ち前の決断力と行動力ですぐさま火消しに

意識を移行させていた。ユニットを組んだ経験もあるパートナーに対しての情からも、

人一倍熱心になっているのがあるだろう。兎に角このモードに入った彼女は強い。

多少ビッグマウスな面もあるつかさだが、決めるときは決める女である。

「あ・・・ならわだすは皆んとこさ回って、説明してくるべ!

突然のことでびっくりしちゃってる席もあると思うがら」

「じゃあ唯もそっち手伝うよ、流石にまゆちゃんの為にも放っておくわけにはいかないもんね!」

「ア、アタシも何かやらせてほしいワ!」

まずは事態を目撃している近くの席から。それから、徐々に遠くの席へと。

結束したアイドル達は瞬く間に混乱を収め事態を収束させていく。

時に弁明し、時に誤魔化しを混ぜて異変に転じかけていた場の雰囲気を戻す。

先程までと同じ、通常の空気で宴を続行するのが最優先事項だ。

真っ先に動き出した中心人物とも言えるつかさ本人は、根本的な解決を図ろうとは考えていない。

何故なら、それは他の誰でもない、"彼"の役目なのだと知っているからである。



そんな喧騒から一歩離れて、寧ろ静寂に包み込まれているのではないかと錯覚するほど

隔離された空間に二人は居た。そこだけ時間が止まっているようにも思えた。

楽園(エデン)。理想郷(アヴァロン)。或いはそれに連なる・・・・なにか。

押し倒された状態で僅か分かるのは、比較的近くに智絵里と紗枝、少し離れたところに

背を向けている奏、遠くの方にその他多数のアイドル達が露骨過ぎず、それでいて

見守るように此方を見ていること。輪で囲むようになっているのはウェイターから

自分達二人を隠す為だろうか。そこで自分がどうにかしなくてはいけない段階に入っているのだと気付かされる。

「皆さん騒がしくなってきましたね。....やっぱりここでやるのはまずかったでしょうか。

・・・・・でも今日のまゆはワガママです、納得が行くまでプロデューサーを離しませんよ。うふ♪」

「その・・・要求自体は分かるんだ。痛いほどに。だけどやっぱここで発散するのは

良くなかった気がする。まゆ、お前のためにもどうかここは手を引いて欲しい。」

しかと、理解している。これは回ってきたツケなのだと。

自分の欲望を押さえ付け、いつ如何なる時でも俺を優先してくれた少女に頼り過ぎていたと。

だからこの要求は甘えだ。これで俺はまた彼女に頼ることになる。

惚れた弱みを利用してまゆに要求を通すのだ。なんて下賤で、最低なのだろう。

それでも通さなくてはならない。そうでなければまゆの為にならない。何一つ償えない。

「そうですねぇ・・・分かりました。じゃあ、キスしてください。ここに...

そしたら、今日のところは解放してあげますから」

しっとりして柔らかそうな頬を指しながら馬乗りになっていた体制を解いてくれるまゆ。

俺の身体から降りるとき若干不満そうな顔をしていたが、その後すぐに期待の眼差しに変わった。

酒気に当てられた顔は真っ直ぐと此方だけを見つめてくる。

「・・・・・・」

横に目をやると、様々なアイドル達が奔走したり此方に注視していたりした。

・・・・何より俺は今まゆと約束したのだ。違えるわけにはいかない。

キス。最後にしたのはいつだったか。・・・きっと、自我が芽生える前の話だ。

今まで、実の家族も含めて誰かを愛したことなんてなかったのだから。

そうだ。人類普遍の愛情表現を、まだ俺は記憶にある限りで誰ともしていなかった。

その事実で、俺の思考は急加速的に纏まった。最初にするなら、まゆがいいと。

「分かった」

と─────

俺は迷わずにまゆの腕をとり、そのまま己の唇を・・・・まゆの唇に重ねた。

黄色い声が背後からぼつぼつと上がったように聴こえたが、関係ない。

俺の意識は全て・・・・目の前にいる少女に、向けられていた。

その刹那はまるで、悠久の刻にも感じられた。



──────────。

最初にまゆが感じたのはちょっとした息苦しさだった。

グラスの傾きを勢い余って、一度に噎せるほど大量のワインを飲み込んでしまった彼女は

喉の奥に独特の刺激と頭の中がふやけるような感覚を体験した。

致死量にはならないものの、急激な血中アルコール濃度の上昇は

酒に耐性がない彼女を酔っ払わせるのに十分だったのである。

以後彼女は身体中がポカポカするような熱に包まれ、また心の内側から

這い出ようと疼く感情を抑えきれずにいたのだ。

そしてそれらの感情の爆心地とも呼べるプロデューサーの姿を間近に見た時、

半分意識が飛んでいるまゆの理性は敗北し、このような事態に躍り出たのである。

たわんだ脳は現実をぼんやりと映す。だが、流石に疑問を告げた。

彼女の頬には予想していたくすぐったい感触も、何も来なかった。

ただ単に、今私は呼吸が何かに阻害されているような何かを感じているだけで───。

そこで漸く彼女の視界は事実をしかと認識した。

「っっ!??」

声を出そうとしても出せない。当然だ、口が塞がっているのだから。

視線を横にそらすと、恥じらいながら顔を隠すようにして此方を見ている者、

何やら自分達を囲むように立って壁となっている者、そして耳には聞き慣れた

とあるはんなり京娘の「あらあらまあまあ~♪」という声が聞こえた気がする。

そこでまゆは酔いが一気に覚めるように冷静になってきた。

何処を向いていても必ず視野に入ってくる影。その姿は。

二重の瞳を閉じて此方だけをじっくりと見つめるように、唇を塞いでいる人物は。

まゆの一番大切な、最愛の人の形をしていたのだから。

現実時間にして3秒程度だったろうか。身体を寄せ合うようにしてキスをしていた

二人は一旦離れ、それでもお互いに見つめ合い続けていた。

歯車がガチガチと音を鳴らす。脈をうつ鼓動が早まる。

酔いから覚めても動悸が激しく、それでいて夢心地のような気分。

しかしまゆが余韻の夢想に浸る前に、彼は動き出した。

「まゆ、大好きだ」

「──────っ!」

無防備に宙を泳いでいた腕に指を絡ませてがっちりと掴み、

そのまま前のめりになって再び唇が重ねられる。だが、それだけではなかった。

「あ・・・っ、えっ・・・、プロっ・・・ん・・・っ!?」

まゆが壊れたピアノのような矯声を奏でる。

生々しいザラザラとした舌触り。薄荷のガムの味と清潔だが男性的な味が味覚を刺激する。

甘い。次第に味覚が麻痺していき、甘さしか感じなくなる。

溶かした砂糖につけたマシュマロの如き殺人的な甘さ。骨を溶かす甘い熱。

舌と舌が絡み合う感触が全身に電流を巡らす。強引さと優しさの心地よい比率で生暖かい"それ"が

脳を侵して蕩けそうになる。────この身が、融解してしまいそうな程。


今度は3秒ではなかった。長い。長くて、痺れて・・・・まゆの体感は正常に働かなかったが、

10秒近かったかもしれない。それ以上だったかもしれない。

二人の温度は互いに高まっていき、炉心に放り込まれた核燃料のようだった。

一頻り終えたあと唇を離すとまゆはそのままへなへなと力なく座り込んでしまった。

まだちょっと現実感がないのか、意識がふわふわ浮いている気がする。

それは、自分も同じだった。酒など一口も飲んでいないというのに、

アルコールでふやけたみたいに頭がぼうっとしている。

「・・・・85点。随分手慣れてるわね、プロデューサーさん。

女の子の扱いは下手でも、そうやってタラシこむのは経験豊富だったりするのかしら」

と、何故か不機嫌そうな(そして耳が真っ赤な)奏が近付いて此方を睨んでいた。

刃のような低い声が突き刺さり、溺れそうだった思考が正常化された。

「ばっ・・・馬鹿言うな、俺だってこんなことすんの初めてだよ!

そんな・・・・そんな何人ともするわけないだろ!?」

「ふーん・・・・そう。まあ一応、信じてあげるわ」

それだけ言うと、奏は踵を返して一度も振り返ることなく

再び遠く向こうへと歩いていってしまった。

「おいおい・・・・・」

流石に身の覚えのない功罪を増やされては堪ったものではない。

というか、何故勝手に点数をつけた上で奏はあんなに怒っているのだろうか?

乙女心は未だに解明することの出来ない、マリアナ海溝より深い謎である。

「あ、あの....プロデューサーさん....?」

恐る恐る、といった調子で少し顔を赤らめた智絵里が此方へ向かってくる。

蛇足だが、彼女はプロデューサーとまゆの一連の所作を手のひらで隠すようにしながら

指の隙間からしっかりと見ていたりする。ちゃっかりしている。

「えっと...あの、なんて言ったりいいか分かんないんですけど....。

プロデューサーさんって...案外大胆なんですね....?」

───────。今度は別の意味で、俺の思考が凍り付く版だった。

・・・・・思い出せ。つい先程まで、一体自分を何をやらかしていたのだ??

「あっ.....」

そうだ。弁解はいくらでも出来る。そもそも店側のミスでアイドル達が酔っ払う事態になってしまったのが発端で、

まゆがかなり強引な形で迫ってきたのが続く理由で、彼女と条件つきの交渉をさせられたのは確かだ。

だが、そこでボーダーラインを飛び越えずに対応するのがクレバーな大人の務めの筈である。

OKOK、ここまでは理解している。問題はその先である。

じゃあ実際問題、自分はどんな方法でその問題を解決したのだ?

『まゆと、しかもあまつさえ他のアイドル達の目の前でディープキス────?』

頭が冷静になると急な目眩に襲われて項垂れる。色んな理由で頭が痛い。

テーブルが上手く影になってくれたお陰で、具体的に何が行われていたのかを知る者は十数人しか居ないが

どちらにせよ説明は必要だろう。責任は取らねばならない。

自己嫌悪というよりは最早悲愴感と言った方が正しい。顔に手を当てても何のカッコにもならない。

「あっ、いえ、あの!プロデューサーさんを責めてるわけじゃなくて...」

「はは....ははは....絶望的に死にたくなってきた.....。

そうだよな、智絵里もドン引きだよな.....。

プロデューサー失格というか、モラル欠如の変態野郎というか、もうなんか....本当...すまん」

ただでさえ事務所でイチャつきすぎのBA-カップルの称号を賜っているのに

ここまで見境なしと思われてしまっては全信頼を失っても仕様がない。

最悪お役御免まで想定する必要があるか。軽く泣きそうだ。

────しかし、智絵里からかけられた言葉は意外なものだった。

「プロデューサーさん、それは違うと...思います」

「・・・・え?」

無意識の内に疑問を返事してしまっていた。それくらい、彼女の反応は

予想とはまるで別のそれだった。智絵里が続ける。

「自分が特別だって、言いたいわけじゃないんですけど....

私達とプロデューサーさんの関係って、普通のビジネス上の付き合いや...

ただのアイドルとプロデューサーで終わる関係じゃないと思うんです。

でもそれって...悪いことじゃないと思うんです。色んな形があって良いんだって」

声や口調はいつも通りの智絵里だ。だが、いつもより彼女の姿は強く見えた。

ここだけは譲りたくない、否定させたくない、変わってほしくない────

そんな、智絵里の芯の強さが込められていた。

智絵里は想い出を懐かしむように薄く笑って、

「だって....だって...普通だったら私はアイドルになれていませんでした。

あの時、分かっていたのに、変われるチャンスだと思っていたのに....私は逃げました。

オーディションから逃げた自分が恨めしくて、それでも何も出来なくて。

このまま何も変わらないで、終わっちゃうんだって思いました。

・・・・なのに。そんな女の子に、声をかけてくれた人が居たんです」

それは、プロデューサーにとっては当たり前のことだったのだろう。少女だけが特別だったわけではない。

プロデューサーは他にも型に囚われない、特殊な方法でアイドル達をスカウトしている。

その中での、たった一事例に過ぎないのかもしれない。でも、少女にとっては違った。

"当たり前"を破ってくれた"特別"だった。だから少女は思う。変だと思われても構わない。

普通とは違う形だったからこそ救われた女の子が居たのだ。

それを間違いだったなんて、絶対に言わせたくない。

「特別な....アイドルとプロデューサーの絆。そんなのがあってもいいと思います。

だから、これからも....プロデュース、お願いしますね?」

「智絵里.....」

....お日様のようだと、思った。開き直る心算は元よりないが。

智絵里の一言で、心が暖かいもので満たされるのを感じた。自暴自棄になるのはまだ早い。

自分がしたことが良いか悪いかは判断するのはやめて、これまで通り最善を尽くそう。

それがプロデューサーである自分の役目だと再認識した。もう迷う必要などない。

顔を見上げて、進むべき道を見つけることが出来たのだから。

「うふふ...うふふふふ......プロデューサーさん....♪まゆは....まゆは幸せですよぉ....♪」

────と、今まで自分に寄り掛かるような姿勢で静かにしていたまゆが

心底嬉しそうな声音で呟いた。両目にハートを浮かべて、目線は眩しいシャンデリアの方を向いていて...

瞬きをしない。これは、アレである。完全に妄想(あっち)の世界にトリップしてしまっている。

蕩けるような愛情はまゆには刺激がちょっと強すぎた....のかもしれない。

「....まゆさんのことも宜しくお願いしますね」

「ああ...うん、分かってる。まあ....俺は終始お茶しか飲んでないから

車を運転して家まで送っていくよ」

元々何人かくらいは車で送っていくことになるかな、とは想定していたのだ。

そう言うと背後からポン、と肩をつかさが叩いてきた。

「よしよし、じゃあついでにあっちの何人かも車に乗せていってもらえるな?」

趣旨を捉えきれていないまま、

つかさの指差す方向に身体を向け今の状況を俯瞰視点から眺めると。そこには、

「大体....ひどくないですか....。この間、私の名前でエゴサしてみたら

検索結果の一番上が「三船美優 重い」だったんですよ....?

私ってファンの方々からどんな風に見られてるんだろうって悲しくなりました....」

「いやいや☆はぁとなんて「佐藤心 キツい」だから気にすんなぁ♪

って気にするわァ!愛され弄られる分には構わないけど予測変換でそれ出たら

一見さんが遠のいちゃうかもしれないだろォオイ!?」

「宴会がこんな感じでええんかい、なんて....ふふ♪」

何故か事務所のホームパーティーよりもずっと出来上がってしまっているアイドル達がいたり。


「マキノはんマキノはん、まゆはんと奏はんがな~・・・・」

「有香、紗枝を捕まえて」

「押・・・じゃなかった、は、はい!紗枝ちゃん、ちょっとの間大人しくしてもらいますね」

無差別爆撃を敢行している酔いどれ京娘を全力で抑えにかかっていたり。


「え、倒れた!?まさか加蓮か!?」

「いやいやアタシはここにいるから」

「レッドカード握りしめながら倒れてるね....。清美、どうしたんだろう?」

騒乱から遠いところでも混乱が起こっていたり。



何というかもう。

「.....カオス、だな」

中々楽しそうな幕引きになりそうなのだった。


後書き

元々は5thアニバーサリーを記念して書き始め、その後総選挙支援SSとして打ち上げる予定で....
不慮の事故とリテイクを重ねて総選挙記念SSに行き着いたなにか。
突然のファイル破損、社畜生活、時間の取れない多忙が襲いかかる────!
183人のアイドル全員を出そうと考え、呼称やら口調やら出番調整で行き詰まりまくってこの有り様。
恐らくこれでも設定齟齬やら不出来やらがあるでしょうがそこは御了承を
前置きだけでもこの有り様ですどうも欠星光月です!!!
時系列は2016年12月の大晦日前、燃やし乙女の前くらい意識です
ほんと総選挙の支援に間に合わなくて申し訳ないけれど取り敢えずはちゃんと完結できたので
送っておきます 供養大事、古事記にもそう書いてある


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SS好きの名無しさんから
2017-05-13 18:35:54

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