2017-02-14 17:20:05 更新

概要

ある鎮守府の提督を務める黒井兼雄。
艦娘たちによって、『艦隊これくしょん』の世界にやってきた彼は、脱出を試みるも、艦娘たちによって阻止される。
そんな中、黒井のもとにある人物が登場する。
自業自得な提督シリーズ第三弾。


前書き

オリジナルキャラの提督が出てきます。
また、今作はシリアスな場面が多数出てきます。


   0 


 某日。


 鎮守府から、縦一列に並んだ二台の車が、山道の道路を下りているところだった。先頭を走る車の後ろには、外装からして階級の高い者が乗ることを許されている車に見えた。


 その車の後部座席には、二人の男がいる。上官と顔を下げている男である。彼は白い服装からして、司令官に見える。だが、軍服はくたびれており、鎮守府の任務に就いていた者には見えない。だが、男はただ単に下を向いているだけではない。どこか、やつれた顔を見せて生気を失っているようにも思えた。


 夜をとっくに過ぎていた。夜の山中は、より不気味さを増して怖い。




 その頃、二台の車が山道を下りている道路の向かいの山に、数人の人影があった。

 そこは、道路から四百メーターほど離れた森林の斜面の場所だ。全員、何やら大きな砲筒を装備しており、その先は、山中を走っている二台の車に向けられている。


 そこにいる者は、全員黒いフードをかぶっており、姿が分からない。

 全員、約5メートル間隔で横一列に並んでいた。




 すると、リーダーらしき人物は、ポーズで合図をとった。一人が照明弾を放ち、夜空を明るくした。




 二台の車は、突如明るくなったことで、車の形がくっきりと分かった。


「照明弾か?こんな時間に夜戦の練習でもしているのか」


 上官がつぶやいた。一方、隣の男は頭を窓から出して、空を見上げた。まばゆい光が夜空を明るく照らしていた。だが、僅かであるが、どこからか車のエンジン音以外に、別の音が聞こえている。あたりを見渡しても、正体が分からない。


 男が、頭を窓からひっこめるや否や、遠くから落雷のような音が聞こえた。

 眠りについていた鳥たちが一斉に逃げるように羽ばたいていった。

 

 その瞬間、目の前を走る車が突然灼熱の炎に包みこまれた。運転手は、突然の事態に、すぐに運転手は急ブレーキをかけ、運よく衝突する前に止まった。

 すぐに全員車から降りる。

 

 そこへ、二回目の爆発音が鳴り、乗っていた車が大きな火柱となった。


 


 向かいの山の砲撃者たちは、遠方から噴き出る炎ににんまりと唇をゆがめた。車から出てきた男たちを、さらに一発、さらにもう一発、砲撃する。

 

 狙撃者たちは、遠方で燃え上がる炎をのんびりと眺め尽くした後、急いで退避していった。




   1   


 午前七時。

 黒井はベッドから起き上がると、寝間着から運動用の服装に着替える。日課である、散歩のためだ。


「さて、今日も行くか」


 寝室を出て、執務室へと入る。すると、応接のソファにはすでに人影が見えた。人影は、すっと立ち上がって黒井のほうを向いて軽く手を振った。


「おはようさん司令官。今日も朝から散歩やね」


 本日の秘書艦である龍驤は、すでに上下ジャージ姿に着替えていた。


「まぁね。龍驤は、確か今日の秘書艦だったな。今日一日よろしく」




 二人は、庁舎の外に出ていった。


「まあ、これもキミが逃げ出さへんようにするための仕事やさかい、堪忍してな」


「もう逃げ出すようなことはしないって」


「それはどうかなぁ」


 黒井が何度も鎮守府を脱走しようとするので、秘書艦に一つの任務が増えた。監視である。黒井のそばに見張りがつくようになってしまったのである。もし、うかつな行動をとろうとすれば、艦娘たちの連絡網により、すぐに捕獲される。

 

 そのあと、黒井が最も嫌っている鳳翔の長い説教へと移る。


 もはや、黒井が現実世界へ帰る方法は艦娘たちによって阻止されていた。




 二人は、浜辺を歩いていた。


「なぁ司令官。これでもやっぱし元の世界に帰ろうとするんか?」


 黒井の本音は「帰りたい」。

 だが、本音を語っても帰られない。


「ううん、そんなことはもうないよ」


「そ、そうか!それはよかった。ウチらも喜ぶで」


「別に喜ぶようなことではないだろう?」


「そんなことないで。司令官は、いつもウチらのことを心配しとったからな。今でも覚えとるで、司令官がウチになんべんも褒めてくれたこともな。あのときは、ホンマに嬉しかったで」


「そんなこと、いつ言ったっけ?」


「う~んと、司令官がこの世界に来る前かな?」


 この世界に来る前ということは、以前、黒井が現実世界で『艦隊これくしょん』をパソコンでプレイしていた時のことである。

 つまり、黒井は画面に向かって龍驤を褒めていたということになる。


「なんや知らんけど、『ぱそこん』っちゅうやつから、司令官の声は、よー聞こえとったさかいにな」


 思わず黒井は両手で顔を隠す。


「ど、どうしたんや司令官」


「い、いや・・・なんでもない」


 冷静さを取り戻した黒井は、再び浜辺を歩き始める。


 散歩を始めると、黒井のそばには常に秘書艦がいる。艦娘によって話す内容も変わるが、現実世界にいた時の黒井のことをよく話していた。




   2


 午前八時。

 庁舎に戻ると、黒井は龍驤と別れ、寝室に向かった。


 シャワーを浴びると、軍服に着替え、執務室へと向かう。椅子に座ると、朝刊を読み始めた。


『村上司令官率いる艦隊が大戦果!

 「千代田」を旗艦にした当艦隊は、北方海域における「キス島撤退作戦」成功。敵艦隊を見事制圧し、新たな作戦海域を広げることに成功した。』


『北雲艦隊、「リランカ島空襲」作戦において、見事勝利を果たす!』


『今月のケッコンカッコカリ者数8名。

 相次ぐケッコンカッコカリブームが各地で湧いており、艦娘たちの戦意向上も見られるようになった。運営の情報によると、ケッコンカッコカリを結ばれた艦娘たちは、能力の飛躍が著しくみられ、さらに特定の艦娘たちとの関係もより接近するようになるとのこと』


『鎮守府過労自殺実態把握を

 鎮守府にて司令官を務めていた同鎮守府の男性が過労自殺した問題で、運営は実態を直ちに調査していきたいと述べている』




「仮想世界とはいえ、事件は起こるんだな・・・」


 続いて黒井は、『週刊青葉』を手に取る。当鎮守府に属する重巡洋艦・青葉、独自の目線で書いた他にはないものだ。とはいえ、中に書いてあるのは、独断と偏見にすぎない内容ばかりであるが、一応中の記事には目を通す。


『当鎮守府恋愛ランキング!彼女にしたい、お嫁さんにしたい艦娘は誰だ!?』


『うまいグルメ紹介!うまい、安い、早い、デカいの4拍子揃った店はココだ!!』




『上官を乗せた車が謎の爆発。

 昨日、上官を乗せた車一行が、山中にて突然爆発しする事故が起こった』




「謎の爆発・・・か」



 一読し終わったとき、執務室のドアが開いた。龍驤がコーヒーを持ってきた。


「朝から関心なことやな。なんかええ記事でも見つかったんか?」


「ああ、まあな」


「そらよかった」


 カタンと、机の上にコーヒーを置いた龍驤は、片隅に置いてある新聞紙を広げて、読み始めた。黒井は、置かれたブラックコーヒーを飲む。黒井がゆっくりとコーヒーを飲んているところ、龍驤は、「ほう」とか、「へぇ~」とか呟いている。


「司令官、朝ご飯だってさ!」


突然、ドアのほうから声がしたので、目線を追うと、文月がいた。


「はいよ、すぐ行く。龍驤、行くか」


「あいよ」


 食堂にて朝食をとる。


 今日は煮鯖定食であった。


 午前九時。

 食事を終らせた黒井は、業務へと移る。今日は朝から演習の予定だ。


「司令官、時間やで」


 龍驤が入ってきた。


 黒井は、演習に参加する六人の艦娘たちと一緒に演習会場へ向かった。


 今日の対戦相手の司令官は、立花提督と、寺田提督である。


、立花という提督と艦娘たちと、黒井は挨拶をしようとこちらから握手を求めた。


「初めまして、黒井といいます。本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、黒井君だね。よろしく」


 黒井は立花の表情を見ると、口元がニッと歪めているように見えた。それに、先ほどの発言がどこか冷徹があった。

 挨拶が終わるやすぐに艦娘たちとたわいない話を始めた。


 黒井は、悩みぬいた末に選んだ艦娘であるがゆえに、こちらがばかばかしく感じてしまった。

 こちらに目をくれずに演習に参加した艦娘たちとだけ会話で盛り上がっている光景を見ると、腹立たしさを感じた。よほど、相手の提督と鎮守府にいる艦娘たちは、仲が良すぎなのだろう。


「ヘイ、テイトクー。どうかしましたネ?」


 金剛が足を動かさない黒井の姿を見て声をかける。すると黒井は金剛の発言を聞いて、ようやく我を取り戻した。金剛が心配そうに黒井を見るが、黒井は「なんでもない」と、何気ない表情でその場を取り繕う。


「それにしてもあの提督、演習をする気でもあるんかねぇ・・・?」


 伊勢が黒井に聞く。「よその提督の事情にあまり首を突っ込むな」と黒井は言っておいた。


「けど、なんだかいいなぁ。キャッキャ、ウフウフしてて、羨ましいよぉ」


「隼鷹、他の鎮守府と比較したって意味ないぞ」


「だってさぁ、私たちはこーんだけ慕ってるつもりなのに、誰かさんはその好意に応えてくんないもんなぁ」


「そうデース!」


「おいおい、お前ら少しは落ち着け。ここは演習会場だ。他の提督や艦娘だっているから、くれぐれも粗相のないようにしないと」


 木曾が金剛たちに注意する。


「司令官、相手の艦隊の一覧表だよ」


 暁が手に持っている演習表の紙を黒井に渡した。演習表に書かれている艦娘は次のとおりである。


 立花提督の艦娘たちは、駆逐艦一隻、軽巡洋艦一隻、空母二隻、戦艦二隻。この編成で特に目立つのが、全員の錬度があまりにも高いということだ。


「艦娘の練度が高いな・・・。こいつはもしかして・・・」


「提督、相手はケッコンカッコカリをたくさんしている艦隊だ。これは手ごわいな」


「Shit!これじゃ勝ち目がナイデス!!」


 そこへ、今回の演習の審判がこちらにやって来た。


「黒井提督ですね。まもなく開始時刻なので、それぞれの場所についてください」


「分かりました」


 そう言って、黒井は自分のところの艦娘たちといったん別れた。黒井は特別席へ案内され、そこから演習を眺めることになる。立花はというと、ここから少し離れた席で腰をついている。


「ジュウコンカッコカリ艦隊か・・・」


 黒井がそうつぶやく。


 青葉新聞の情報によれば、立花は大規模な鎮守府に所属する提督。数多くの艦娘たちと指輪で関係が結ばれているとして知られる。以前、昨日の艦隊の指揮が深海棲艦に多大なる打撃を与えたとして称賛される文体で報じられている。確かに、艦娘の練度は高く、彼の艦隊にかなう者はほぼいないだろう。




 その言葉通り、演習は、黒井たちの艦隊が敗北した。




「やっぱりテイトクは、私たちともっといたほうがイイデス!」


「彼の艦隊を見て、提督も気になったんじゃないのかなぁ~」


 次に、寺田提督との演習である。

 

 しかし、開始時刻になっても、寺田どころか、艦娘たちも来ていなかった。遅刻なのか分からないまま、開始時刻を過ぎた時、審判が黒井のところにやって来て、事情を説明した。




「行方不明・・・ですか」


「どうないしたんや司令官」


「相手の寺田提督が行方不明だそうだ。事情もよくわからなくて、今回はこちらの不戦勝でよいそうだ」


「そうなんや」


 こうして演習は、あっけなく終わった。




 鎮守府に帰ってくるときには、夕方になっていた。


「あーあ、こんな格好になるなんてイヤだぁー!」


 お洒落な衣装をバッチリ着こなしていた隼鷹だが、演習後にはボロボロになっていた。

 

 全員派手にやられたようで、すぐに入渠に向かっていった。


 一方、黒井は執務室に戻り、椅子に座って今日の演習の回想にふけっていた。装備自体に不備はなかった。艦隊の方も練度が高い艦娘たちで砲撃、対空、火力も相手に劣らないほどであった。とはいえ、敗北したのは事実。


 その時、ドアのノック音が聞こえた。


「失礼しまーす、青葉、入りますよー」


 青葉が、新聞紙を持って入ってきた。


「なんだ、情報屋。いや、青葉」


「私は情報屋って言わないでくださいよぉー。そんなことより司令官、本日の演習はいろいろあったみたいですね」


「ああ、見事に惨敗してしまった」


「今日の夕刊を持ってきましたよ。司令官が入念に新聞紙をお読みになるなんて、もはや日課になってますね。その読みっぷりも様になってますよ」


「こうでもしないと、やることがほとんどうちの艦娘たちや秘書艦が先に片づけてしまうからな」


「いいじゃないですかぁー。それだけ司令官には楽をさせたいと思っているということじゃないですか」


「おいおい、勘弁してくれよ。ついこの前なんて書類を書こうとしたときなんか、吹雪が必死になって『私がやりますから』と一点張りになってたし、軽めの食事をしようとしたときなんて、すぐに料理ができる人が持ってきてくれるし・・・。かといって自分で何か作ろうとするなり、結局作ってくれるし・・・。結局僕は寝る、飯を食べる、新聞を読む、風呂に入る、トイレを済ませる、そして艦隊の指揮をする。他の提督と比べると明らかに作業量が少なすぎるし、仕事してないと見なされるレベルだぞ」


 黒井は新聞を読みながら、つい話が長くなった。だが、黒井が言い終っても青葉は返事もしなかった。目線を新聞の記事から話すと、青葉は黒井の方を向いてじっとしていた。


「司令官はここにいてくれるだけでいいんです。何もしてくれなくていいんです。私たちはとにかく司令官と一緒にこの鎮守府で過ごしたいんです。これはみんながあなたに思っていることなんですよ。ですから、司令官が仕事に目を向けられると、私たちの司令官といる時間が減るのが嫌で仕方ないんです」


「こちらの世界にやって来たとき、とても嬉しかったんですよ。そして、今でもここにいてくれるのが嬉しいんですから・・・」


「別に君たちから慕われるようなことをした覚えはないし、しようとしたこともない。なのになぜ、ここにいる者は僕のことを慕っているという発言をするのか理解できない」


「きっと・・・、それは後になって分かると思いますよ」




 しばらく、部屋が静かになった。


「そ、そうだ!後で食堂でご飯にするつもりだけど、どうだろう青葉。今日は一緒に食べに行かないか」


「本当ですか。いやぁ、久しぶりの司令官とのご飯を待っていましたよ!!」


 青葉は執務室を後にしていった。

 

 とその時、ドアのノック音が開いた。入ってきたのは、龍驤ともう一人、見知らぬ男である。


「司令官、お客様がみえたで」


 黒井は、男の顔を見た。




「初めまして、寺田一です」




  3   来 客


「近くに鎮守府が見えたから、ここに来た。話がある、時間がない」


「しかしその前に、そのような姿では・・・」


 寺田の軍服は、焼けただれてボロボロになっていた。


「時間がない。私は追われているんだ!」




 こうして、黒井と寺田の二人で、執務室で話すことになった。


「君は、艦娘たちと、どう接してきた?」


 寺田から質問が飛んだ。


「なるべく犠牲者を出さないように配慮して、帰還した艦娘たちに補給を行って、出撃途中に中破以上の艦娘がいたら撤退して・・・」


 黒井は、突然の質問にも正直に答えた。


「なるほど。だから、君の鎮守府は、まだ、正常な状態でいられるのか」


「何が言いたいんです?」


「単刀直入にいう。君も、現実世界から来たんだろう?」


「なんで知っているんです」


「調べなくても、大方見当がつく。他の鎮守府だってそうだ。この世界に連れてこられた人物は、俺たち以外にもいる。多くの者が、現実世界へ帰る方法を試みているが、成功したものはまだ聞いていない」


「寺田さんも、試そうと?」


「ああ。俺も試した。だが、俺はそれどころではなかった。俺の鎮守府は、俺に対して、あたりがキツかった。無理もない。現実世界では、艦娘たちの状態なんて無視していたからな。それが、この世界で俺に仕返しされているのさ。自業自得というのはこのことか・・・」


「現実世界での接し方が、この世界でも反映されるってことですか」


「そうみたいだな。たかが、パソコン上の空想上の人間とはいえ、感情が備わっていたとはな。そして、俺は何とかこの世界での上官に出会って、逃げ出した。だが、俺たちを乗せた車は、突然爆発し出した」


「まさか、昨日の山中での爆発事件の被害者というのは」


「ああ、俺たちのことだ」


「俺の鎮守府では、普段からかあいつらは俺にやることなすこと反抗してきた。ひどい時は、俺を自殺に追い込ませようと仕掛けてきたこともある。長くはいたくないから、俺もとっとと逃げ出そうと、機会を見つけて、ようやく逃げ出せた。だが、あいつらはそのことについて、どこから情報を得たのか知らないが、知っていた。そして、俺たちを乗せた車に向かって発砲した。俺以外は、全員死亡した。俺は山の中を逃げるように降りていった」


「寺田さんも、この世界から脱出しようとしているわけですね」


「ああそうだ。俺は、とにかく元の世界に帰りたい。仕事だってあるし、愛する妻が待っている。だが、今まで、出口ひとつすら見つけられない」




 その時、ドアのノックが聞こえた。


「お邪魔するデース。テイトク、ティータイムが出来ましたー。テラダさんも、一緒にいかがデス?」


「彼女がそう言っているんですから、ご一緒にいかがです?」


「申し訳ないが、私にはそんな余裕がない。ここらへんで、失礼するよ」


「そうですか」


 黒井は寺田を門の前まで送っていった。

 艦娘たちは黒井の監視のために、付いてくる。


「よっぽど、君は慕われているんだな。俺も、もっと接し方を変えておけばよかったよ。そうすれば、あいつらも、俺に対する見方も変えていたかもしれない」


 これについては、黒井は何も言えなかった。黒井の艦娘たちは、慕っているとはいえ、度が過ぎている。

 たかが人間の行動自体にわざわざ監視役が付けられている。

 

 まるで、黒井が他の女性と付き合っているかどうか浮気調査されているようなものだ。


「運が良ければ、また会おう。黒井君」


 寺田はそう言って、黒井と握手をした。と、その時、黒井の差し出した右手の中に何か紙切れのようなものが入れられたことが感触で分かった。


「俺の連絡先だ」


 寺田は黒井にしか聞こえないようにささやき、鎮守府を後にしていった。


 金剛たちのティータイムをゆっくりと過ごした後、執務室に戻った黒井は、ソファに横になった。すると、しばらくしてウトウトしていき、次第に眠った。






 後頭部に柔らかい何かが触れている・・・。そう思って黒井は、体を起こした。すると、後ろから声がした。


「あらあら、お目覚めみたいね」


 黒井は、後ろを振り向いた。そこには龍田が座っていた。


「な、なんでここに龍田が!?っていうか、君はそんなことをする人ではないと思っていたが・・・」


「執務室があまりにも静かだったんで、様子を見に行こうと思っていたら、提督がソファで眠っていたものですから、つい膝枕してみようと思いまして~」


「まさか、僕が寝ている間にイタズラやヘンなことをしていないだろうね」


「別に何もしていませんよ。変というのなら、提督の方が変でしたよ。突然、寝顔が急に気持ちよさそうに眠ったりと」


「なにか龍田に失礼なことをしていたか?」


「なかったわよ~」


「そうか」


 黒井は立ち上がると壁時計に目を向けた。時刻は十九時を回っていた。

 ちょうどその時、青葉が執務室に入ってきた。約束の件である。


「司令官、ご飯に行きましょう!」


「分かった、すぐ行く。んじゃ、またな龍田」


「は~い」


 私服に着替えた黒井は、青葉とともにご飯に行った。




「まだあちらの世界に未練があるみたいねぇ・・・」





『居酒屋 鳳翔』にて。


「いらっしゃい、あら、提督と青葉さん。今日はお二人で外食ですか?」


「そうです鳳翔さん!ということで、前に頼んでいた、アレをいただきましょうかね」


「わかりました。席に座って待ってくださいね」


 しばらく待っていると、鳳翔は奥から巨大な料理が運ばれてきた。


「知り合いから頂いたマグロなんです。それを裁いてもらったんですよ。青葉さんには、いろいろとお世話になってますんで、今日は特別に青葉さんにこれを提供しようかと」


「何をしたんだ青葉は」


「それは鳳翔さんとの堅い約束がありますんで、ヒミツですよ」


「そうか」


 黒井は、鳳翔の方を向く。


「そういうことです」


 鳳翔に言われるなら、仕方ない。


「それじゃ、とりあえず日本酒で乾杯とするか」


「はい!」


 鳳翔は、棚からグラスを取り出して、日本酒を注いだ。


「では、今日もお疲れ様です。司令官」


「乾杯」


 黒井はグラスに注がれた日本酒を軽く飲んだ。

 今日もくたくたになった。珍しく書類に追われたり、艦娘たちの相談や不満を聞いたり、業務とは関係なく鎮守府の草むしりをしたりと。とはいえ、艦娘たちがいろいろと手伝ってくれたので、なんとか助かったが・・・。


「それにしても、青葉は本当に何でも知っているな。さすが、うちの自慢の情報屋さんだ。まさか、鳳翔さんにもお世話になっているなんてな」


「そんなー、大したことじゃありませんよ」


「謙遜することはない。お前の情報は時には役に立つことだってある。例えば、この前の演習の情報だってそうだ。相手の提督が率いる艦娘たちの装備について情報をくれたことだってある」


「あれは、たまたま小耳に挟んだだけですよぉー」


「しかし、そのおかげで、今まで負けたことのない無敵の艦隊を攻略することだってできた。あれも、青葉の情報のおかげが一役買っている。ま、演習終わった後に、向こうからはさんざん嫌味を言われたし、相当恨まれたけどな。なにせよ、負け知らずの提督だ。相当、根に持ったんだろうな」


「あれは、相手が悪いんですよ。確か・・・東條とかいう司令官でしたっけ?」


「西条茂樹。大先輩にあたる人だ。階級は少将。詳しくは知らないが、確か大規模な鎮守府に在籍する提督で、ことごとく戦果を挙げる人だと聞いている。この間の新聞でも、新たな海域に出撃を広げたことが報じられていた」


「司令官もなかなかの情報通じゃないですか」


「新聞にそう書いてあったんだよ」


青葉がまとめた新聞以外にも、黒井はほかの新聞も取っている。


「ふーん、まあでも、司令官がそういうなら仕方ないですけど・・・。あ、それより司令官。さっき執務室で龍田さんと何をしていたんですか?」


 青葉が意外なことを聞いてきた。


「いや・・・特に何も」


「あらら?提督のお顔が真っ赤になっていきますよ」


 鳳翔も聞きたがっているのだろう、カウンターから身を乗り出している。


「隠したってダメですよ」


 相手は情報屋に、鳳翔だ。こういう場所での艦娘たちの話をよく聞いているので、世間についてよく知っている。隠したって、隠しきれる相手ではない。黒井は、素直に話すことにした。


「龍田に・・・膝枕をされていた」


「んまぁ」


「ひ・・・膝枕ですか・・・。何にもしてなさそうに見えて、あの人やるときは意外と大胆だったりしますからね」


 黒井は頭を軽くかいた。


「青葉さんも負けてられませんね」


「な、何を言ってるんですか、鳳翔さん!?」


「なんのことだ?」


「し、司令官には関係ない話なんですよぉ~!」


「その情報は僕には言えない話なのか?」


「不都合な真実は言えませんよ!」


 そう言って、青葉は飲みかけの日本酒を一気に飲み干した。




「ところで提督。この世界には慣れましたか?」


 鳳翔が黒井に質問する。


「いや・・・まだ・・・」


 言葉を濁して、この話題を逃げ切ろうとして、言葉を選んでいたが、鳳翔はそれをさせない。


「まさか、また脱走計画でもしようとは思っていませんね。お説教がまた必要ですか?」


「脱走しようなんて、もう思っていませんよ・・・。この間の、雨の中の脱走の件については、深く反省していますから」


 そう言って黒井は、日本酒を飲む。


「司令官は、好みの艦娘とかいないんですかぁ?」


 酔った青葉が質問してくる。


「好みって・・・」


「じゃあ、言い方を変えますよ。司令官は誰とケッコンしたいですか?」


「・・・なぜそんなことを聞く?」


「だって、司令官は男なんですから、一人ぐらいは好きな艦娘いるでしょう?」


「ケッコンというもの、これは艦娘一人一人の能力を向上させるためだけのものだ」


「そんなこと言っちゃってぇ、内心はアレしたい、コレしたいと思っているでしょう」


「何度も言わせるな。僕は艦娘たちからそう思われたくはない。所詮、上司と部下の関係だ。鎮守府に僕との恋愛関係を持ち込んでしまったら、他の艦娘たちにも悪影響を及ばしてしまう」

 

 男提督から見れば、この世界はハーレムだって築ける。先日の演習で参加していた立花だって、何十人の艦娘たちと指輪で関係を結んでいる。


 艦娘から慕われている鎮守府まだ幸せだ。鎮守府によっては、劣悪な鎮守府もある。その鎮守府の環境を決めるのは、提督の方針次第が大きい。それによって、鎮守府の機能も左右される。


 黒井の鎮守府は、なんとか黒井の指示には従ってくれている。現実世界では、とりあえず中破以上の艦娘を出したなら、撤退を考える方針で運営をしていた。それに、即座に補給や入渠もした。最低限のケアをしたぐらいで、大したことをしているつもりではない。


 ただ、この世界に来て分かったことは、現実世界での提督のやり方次第で、こちらの世界でも提督に対する評価が分かることだ。パソコン上では、そんなことは分からなかった話だが。


「なぁ青葉、提督というのは艦娘からどうあるべき姿なんだろうか。好かれたいと思っているのか、実力があると思われたいのか。あるいは、仕事ができると思われたいのか。僕はさっぱり分からない。ただ、僕がすべきことは君たちが轟沈せずに、無事にここに帰ってきて、艦娘たちと普通に日常を過ごす・・・。これでいいと、僕は思っている」


「司令官がそう思っているのなら、私は反論しません。司令官の方針は、司令官の考え次第ですから。そうですね、敢えて私個人からの評価を申し上げるなら・・・」


 青葉はいろいろと思考をめぐらせ、一つの結論にたどり着いた。


「艦娘たちのことを想って頂いている、優しくて真面目な司令官ということです」


「なんだか、その提督像はどこにでもあてはまりそうに見えるけど」


「それがいいんですよ、提督」


 鳳翔が青葉の援護をする。




 時刻は日付を回り、あたりはしんと静まり返っていた。


 黒井は、酔った青葉を重巡の寮に連れて行った。途中で衣笠に青葉を任せると、黒井は寝室へと直行した。


 そして、ベッドに倒れるように眠りについた。



   4


 翌日。出撃を無事に完了させた黒井は、艦娘たちに用事が出来たことを伝えて、庁舎を後にした。

 実際は、寺田と詳しく話したいための口実にすぎない。


 黒井から連絡がきた寺田は、その日、喫茶店にて先に黒井を待っていた。そして、煙草に火をつけ、そのひと時を楽しんでいた。


「お飲み物は何になさいますか?」


 途中でウェイトレスが来たので、コーヒーを注文し、彼が来るのをじっと待っていた。


 その時、ドアのベル音が鳴った。ウェイトレスが接客に出て、「いらっしゃいませ」と言う。どうやら、客には待ち人がいるらしい。そのまま足を動かした。


「やあ、待っていたよ黒井・・・くん?」


 寺田にはそれは、見覚えのある顔だった。


 以前、寺田が属していた鎮守府の艦娘たちであった。


「この店には他の客もいるからさ、あまり大声で出さない方がいいな。少し、外の空気でも吸いに行かないかい?」


 穏やかな口調ではいたが、手には黒く光る筒が寺田の胴体に当てられていた。


「ここで他の鎮守府の提督と話す予定だったらしいんだよね。ひどいじゃないか」


「内部告発とは、これは大したことをする男だ。我々は少し君を侮っていたよ」


 寺田は、ゆっくりと立ち上がって、客と一緒に喫茶店を後にしていった。




 しばらくして、黒井がやって来たが、すでに寺田はそこにいなかった。


 寺田に連絡をしても、応答がない。


「どうしたんだろうか」


 とりあえず、黒井はここで一服することにした。


 黒井の近くで、ウェイトレスはコーヒーをお盆に乗せたまま、寺田が座っていた周辺をうろうろしていた。




 寺田と艦娘たちははずれの埠頭に着いた。


「彼は一体誰なの?」


「教えてくれたら、命だけは助けます」


「とりあえず、その武器を下した方がいい。お前たちは、憲兵にも追われている犯罪者だ。少し考えてくれないか」


「ならば、そいつらも生かしておくわけにはいかない」


「さあ、早く言うのです。言わないと、こうするのです!」


 その時、寺田の近くで爆発した。破片が空中に舞いあがる。


「体をバラバラにされたくなければ、早く教えることだな。あいつは誰だ?」


 その時、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。すると、憲兵が銃を構えて艦娘たちを威嚇していた。


「早く武器を捨てろ!」


 寺田は、艦娘たちの視線が憲兵に向いたのを見計らって、海の方へ走っていった。


 海の中に飛び込もうとした。それを見逃さずに艦娘たちは、砲撃を仕掛けてきた。あちこちで爆風を巻き起こし、熱風とともに寺田は吹き飛ばされた。そして、そのまま黒井は海の底へ落ちていく。それからというもの寺田が海面に出てくることはなかった・・・・・・。


 一方、地上ではあちこちで爆発音が鳴り響いていた。



 喫茶店から帰ってきた黒井は、執務室でしばらく作業に追われていた。次の出撃作戦概要を提案する為であった。

 その時、ドアのノック音が聞こえた。


「司令官、青葉が入りますよ~」


「どうしたんだ青葉。手伝いか?」


「いえ、今回はそれではなくて、号外です」


 青葉が号外を片手に黒井のそばまでやってくる。青葉は黒井に号外を渡した。

 黒井が、中の記事を読んだ。




『艦娘と憲兵が激突。艦娘は全員死亡。寺田提督が行方不明

 本営によると、先ほど埠頭にて艦娘が寺田提督を襲撃しようと試みたところ、近くの憲兵が発見し、戦闘態勢に入った。艦娘の反撃もあり、やむを得ず反撃に出る。それから数分後、本営から応援が駆けつけ、艦娘たちを鎮圧。艦娘は全員死亡したが、憲兵も大勢の犠牲者を出す大規模な事件となった。なお、寺田提督はこのときに戦火に巻き込まれた影響か、行方をくらませた』




「どうかしましたか、司令官?」


 黒井は、複雑な心情だった。


後書き

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
今作でやっと10,000文字以上に到達しました・・・。大変でした。
今回は、黒井の日常が半分以上占めていました。それがあったおかげで、達成(?)できたのかもしれません。
ところで、作品本文の上限は100,000文字ですが、どれくらいで書き上げられるのでしょうかね・・・・・・?
感想やご意見をお待ちしています!


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