↑　前　「提督とガングート」

↑　後　「提督とジャーヴィス」

「ねぇ…提督…」

執務室

いつもの様にソファの上で起きてるとも寝てるとも付かずに惰眠を貪っていると、優しく身体を揺り起こされる

狸寝入りを続けても良かったが、取り敢えずはと視線を向けると

目の前いっぱいに広がる灰色のセーター。覗き込んできた長い髪が頬をくすぐられた

提督「如月？」

如月「はい。如月です…」

その笑顔に、可愛いと素直な感想抱き上げて再び目を閉じた

如月「もう少し見てくれても良いんじゃない？」

提督「やだ。誘惑されちゃう」

執務室・冬の寒さに・縦セーター

夏場の薄着も勿論素晴らしいことだけど、冬場の厚着でモコモコしている女の子も素晴らしい

直接的な刺激は無くても、小動物的な愛らしさがそこにはあった

なにより、その体型に引き伸ばされた セーターの縦のラインは、厚着の下のそれを想像させるには十分だった

そうして、一頻りの後に抱いた感想は

こんなにあったっけ…

それが重ね着による結果なのか、日々の成長の結果なのか、毎日みてると中々に分かりづらいものがある

提督「というか角なんて付けてどうしたの？」

如月「そういう時期でしょう？」

提督「そうだけど…」

如月「似合う？」

そう言うと、１つ身を引く如月

いつものスカートに白い太もも。その境に窪みを作る黒いニーソックス

いつもと雰囲気が違うのは、縦のラインの入った灰色のセーターのせいだろう

如月の曲線をなぞっていく縦のライン、一部の娘が見たらそれだけで歯ぎしりを始めそうだ

ここまで来ると、頭の上にのった角の飾りがどうにもチープだった

提督「１つ。豆、投げられたいの？」

如月「…」

提督「鬼はそとーって？」

返事はなかった

けれど、最小限の動作をもって角飾りの付いたヘアバントを外すと、机の隅へと片付けていた

如月「福はうち…」

呟くと、ソファで寝そべる提督を押しのけて隙間に腰を下ろす如月だった

ー

そんな光景を執務室の外から覗く影が1つ

何で…どうして…

そんな感情ばかりが渦を巻き、最終的には なんか

水無月「ムカつく…」

そう言うしかない感覚に身を焦がす

それは、自分の出来ないことを平然とやってる姉に対してなのか

それは、構ってくれない司令官に対してなのか

それさえ分からないままに、扉の隙間に齧りついていた

ー

ゆー「ねぇ、やーよ？」

不思議な光景だった

執務室に入るわけでもなく、薄く開けた隙間に齧りついて地団駄を踏んでる 水無月

そのうちにドアノブが悲鳴を上げ始め、なにか嫌な音さえも聞こえている

ゆー「みーな は何をやっているの？」

弥生「あー…」

何か…なんだろうね

きっと扉の向こうの光景にやきもきしてるんだろうけど

耳を澄ます。日々の対潜戦闘で培った超感覚はあっさりと その声を拾い上げた

「福はうち…」

姉ちゃん（如月）だった。そういえば、見慣れないセーターを着ていたっけか

弥生「聞いてみたら？」

ゆー「？　・・・うん」

一時、不思議そうな顔をしたものの、すぐに頷きを返すと音もなく水無月の所へ向かっていった

ゆー　「みーな、みーな…」

水無月「ふぇっ！？」

中々に面白い反応だった

ゆーが静かに袖をひくと、驚いた猫みたいに飛び跳ねる水無月

ゆー　「何をやっているの？」

水無月「な、にって…別に、何もっ、ホントだよ？」

などと意味のない弁解に

「？」と、不思議そうな顔をした ゆーが、ただただ素直な瞳で見上げている

弥生「効いてる、効いてる…」

ああいう気まずい状況で一番効果的なもの

文月的に訳知り顔でからかわれるよりも、純粋な疑問が一番効くものだ

前者は互いに状況が分かってる分、じゃれ合いの延長で済んだりするが

後者はそうもいかない。ゆーは状況を飲み込もうと踏み込んでくるし

こんな小っ恥ずかしい状況を説明出来るわけもない

何より純粋な瞳に、覗いていた、そんな後ろめたさを問ただされているようで罪悪感に襲われる

ゆー　「Admiralに何か御用？」

水無月「ないよっ！」

ゆー　「ないの？」

水無月「当然だよっ！！」

ゆー　「ふーん…。Admiral…」

１人焦る水無月をすり抜けて、執務室の扉に ゆーが手をかけた

水無月「まってっ！」

ゆー　「どうして？」

たまらず ゆーの手を抑えるが、返ってきた視線に射竦められてしまう

そこに何が見えただろう。提督に会いに行く、きっとそれだけで

そうじゃない自分がそれを止めるのは何かが間違っている気さえする

水無月「いや、なんか、さ？」

ゆー　「変なみーな。みーなになくても ゆーにはあるもの…」

水無月「そう、だね」

断言。もはや返す言葉も言い訳さえも断ち切る一言だった

「Admiral…」

扉の向こうに消えていく背中。小さくなっていく足音

最後に隙間から見えたのは、如月と司令官の間に挟まれて ご満悦のゆーの姿

ー

弥生　「…」

水無月「…」

とぼとぼと、引き返してきた水無月を弥生が無言で迎えていた

弥生「…弥生じゃないよ。弥生じゃないから…」

何も聞いてないのにそんな事を言われた、何も聞いてないのに２回も言われた

「絶対うそだ…」

ーおしまいー

暁「暁に秘策あーりっ！！」

響「へぇ…」

なんて姉の訴えを心無く聞き流す妹

どうせロクなものではない。いや、違うな、間違ってはないが正しくもないのが透けて見える

暁「確かに卯月の射撃能力はすんごいけどっ、探照灯で視界を奪ってやれば暁にだってっ！！」

響「なら試してみるといいさ」

聞いては見たがやっぱり生返事の響だった

だってそうだろう。失敗するのが目に見えているし 言っても聞きやしないのが分かりきっている

でも探照灯か、確かに煙幕よりは効き目はあるかもしれない

うーちゃん なら煙の向こう側から理不尽に撃ち抜いてきても驚きやしない

それなら探照灯でしっかり視界を焼くほうが効果的に思えるが、それでも拭えない不安が付きまとう

例えばそう「兎の耳はどうして長いと思うぴょん？」とか音だけで当ててきたりとか

ならばと、爆発物を撒き散らして耳まで潰せば安心かと言えばそうでもない

結局のところ「引き金を引けば当たるぴょん…」これが服を着て歩いているんだ

これでコッチの戦意まで削ぐのが作戦なのかという疑いさえもある

うーちゃんがそこまで考えてる、かは分からないが

それでも、そこで怯めばすぐさまに次を撃ち込んでくる強かさは持っていた

思うんだ。暁は多分、小細工を考えるよりも、何も考えずに戦うほうがまだ勝機があるんじゃないかと

ー

卯月「また暁なの…」

暁に無理矢理に海（おもて）に引っ張り出されて、辟易した様子の卯月

暁　「またって何よっ。友達が来てるってのに、そんな言い方ないでしょうっ」

卯月「とも…だち？」

そんな ありふれた言葉に頭が真っ白になってしまった

思いがけない言葉、不意打ちだったってのはそうだけど まるで考えもしなかった

暁の事が嫌いなの？

そう問われれば そうじゃない、たぶん逆

暁をからかうのは面白かった、ああ言えばこう言ってくれるし

感極まって涙を浮かべてるのに、「泣いてないっ」て一点張りするのも

そこから、両手を振り回して追い掛け回されるのも結構好きだ

ただ

普通に考えて、そんな事してくる うーちゃんを好きになってもらえるとか

「友達」だって言ってくるなんては考えもしなかった

ましてケンカまがいの演習は、大体がしてうーちゃんの勝利なのだから

目の敵にして突っかかって来てるのだろうって くらいにしか思ってなかった…それはそれで面白かったし

じゃあ、もっと優しくしてあげればいいのに

それは無理

だって うーちゃんはこんなだから。司令官があんな見たいなのと同じで

からかう以外にどうやって良いかが分からない

「なによ？友達でしょ、私達」

そんな思考の空白を割いたのは暁の声

顔をあげるとそこには、戸惑うでもなく当たり前のことを当たり前の様に口にする暁

それは 戸惑っている自分が恥ずかしく思えるほどに眩しくって

卯月「あ、うん…」

何を返すでもなく曖昧に頷いていた

ー

果たして結果は、響の予想を大幅に裏切りるものだった

響「なんだ、これは…」

その結果に唖然とするしか無い

接戦、だったらまだいい。それだった姉の健闘を素直に湛えたいが、結果はそれを伝えない

それはまるで、海に上がりたて娘に本気で突っ込んだ姉が大人気なく見えるほどに不可思議な結果

「認められるわけ無いでしょうっ！！」

突然の姉の叫びにさえ疑問の余地さえ上がらない

暁　「あんたねっ、調子悪いんだったら最初に言いなさいよっ、こんな勝ち方して嬉しいわけっ」

卯月「そんなの…真面目にやってたし…」

暁　「うそおっしゃいっ。アンタがっ、こんなにっ、弱っちいわけ無いじゃないのっ」

卯月「なんなの…。勝ったんだから素直に喜べばいいでしょ」

肩を戦慄かせ、スカートの端を握りしめ憤慨する暁

その姿をレディと呼ぶにあまりな姿ではあったが

暁「よろこべるかーっ！」

そう、一頻り感情を張り上げると「ほぅ」と息を吐いて首をふった

海の上でへたり込む卯月。スカートまでびしょびしょになってとても見れたものじゃない

体調が悪いってなら身体を冷やすのだって良くはないだろうし

暁「ったくもう。医務室いくわよ」

卯月の手を取って立ち上がらせようとするが

卯月「別に、どこも悪くないし…」

その手を振り払い、そっぽを向く卯月

暁　「何拗ねてんのよ？」

卯月「拗ねてない…暁が変なこと言うのがいけない…」

暁　「変なこと？何よ？」

卯月「知らない…」

暁　「知らないって。言ってくれなきゃ分かんないじゃない」

卯月「良いの、別に…」

暁　「別にって…」

そんなあからさまに含まれて、何が良いものかって

どう見たって拗ねてんのに、拗ねてないって言ったりして

放っておく…事もできた。けど、さっきから視線を合わそうとしない卯月

会話をしようともしない卯月に、なんかいつもとは違う意味で頭に来そうだった

瑞鳳「ほっときなさいな。そいつ照れてるだけだから」

暁　「瑞鳳…さん？」

暁の頭に血が上る、その既の所で瑞鳳の声が水を差した

卯月「照れてなんかっ、適当なことを言わないでっ」

図星、だったんだろう。今まで拗れた態度を取っていた卯月が、慌てて瑞鳳に向き直る

その途端

「いったーいっ！！」

瑞鳳「適当なもんですか」

振り返った卯月のおでこに瑞鳳の人差し指が突き刺さり、そのまま弾き返された

卯月「もうっ、なんなのっ」

瑞鳳「何って？」

卯月の憤慨を不思議そうな顔をして受け止めると、一転して口の端が持ち上がる

それは 普段の卯月が人をからかう時の笑顔に 然程相違はなかった

瑞鳳「アンタを笑いに来た」

卯月「なにそれっ。うーちゃんが泣いて悲しんでるのに慰めてくれたって良いでしょうっ」

瑞鳳「泣いて悲しんでるならね？」

卯月「ぶーっ…。だったら笑えばいいじゃないっ、もう知らないもんっ」

「意地悪言う瑞鳳なんて嫌い」まるで そう言いたげに全身で不満を表す卯月

瑞鳳「良いけど。このままだとアンタおやつ抜きよ？」

卯月「はぁっ！？なんで ずいほーにそんな事っ」

瑞鳳「てぇ抜いて負けたやつにくれてやる おやつなんて無いわ。私が貰う」

卯月「負けてないもんっ。まだ途中なのに ずいほーが邪魔したんじゃないっ」

瑞鳳「はいはい。言い訳なら後で聞くから」

聞く耳持たず。活気づいてきた卯月の頭を くしゃくしゃと撫で回して、さらに煽り続ける瑞鳳

卯月「じゃあっ。うーちゃんが勝ったら ずいほーの おやつ貰うぴょんっ」

瑞鳳「…」

「ぴょん」…か、やっと言った。まったく、手間がかかってしょうが無い

これで暁の望み通り…いや、暁には悪いけど、かな？

けど違う、実際はもっと個人的な理由だ

暁にちゃんと勝負させてあげたい、調子狂ってる卯月が見てられない

どっちも確かに合ったけど、もっときっとずっと大事な理由

卯月が弱いなんて思われたくないしね…なんてね

瑞鳳「出来るならね？」

卯月「そこで見てるが良いぴょん。睦月型のほんとの力…みせてやるぴょん」

瑞鳳に背を向ける卯月。その小さな背中は実に頼もしく見える

卯月「あーかーつーきーっ！！」

暁　「な、なによ急に…」

卯月「望みどおり本気でやってやる…ぴょん」

暁　「の、望むところよ。今日こそ こてんぱんにしてやるんだからねっ」

急に元気になった卯月に気圧される暁だったが、すぐに気を取り直して卯月と向かい合う

ジリジリと、何かの糸が引かれ合う

きっとそれが切れたときが開戦の合図だろうと誰もが予感する

瑞鳳「ごめん暁、いまのそいつ滅茶苦茶 つよいと思うから」

暁　「へ？それってどういう…」

瑞鳳の声に、引かれ合っていた糸がふと緩んだその時

ドンッと一発

容赦のない轟音。それが再開の合図だった

ー

響「やってくれたね…」

形はどうあれ、せっかく姉の勝利で収まりそうだったのに見事にふいになった形だ

瑞鳳「どういたしまして」

響　「キミも大概だね…」

瑞鳳「あなた程じゃないっては思う」

その大概に含まれる言葉を そのまま響に送り返した

響　「1つ良いかい？」

瑞鳳「軍事機密よ」

響　「手厳しいな。まぁ、キミたちが うーちゃんに燃料を投下する理由が分かったよ」

見ていて楽しいから

最初はそう思っていたし、正直 うーちゃんにからかわれて べそをかく姉の姿が狂おしくもあった

しかし、うーちゃんの気分の上げ下げ1つで此処まで戦力が変わってくるとなると話は少し現実的なものにもなってくる

瑞鳳「戦略的にはそうだけどね」

確かに、気分の下がった卯月を戦場に出すわけにはいかないってのはそうだけど

答えはもっと単純で、元気のない卯月なんて見ていたくない、ただそれだけだった

響「…」

余った爆風に煽られる髪、卯月を見守る横顔

その瞳に響は確かに姉の慈愛とかそういったもの感じていたが…

言葉が、どうにも喉元に引っ掛かっている言葉があった

「戦略兵器…なのか、彼女（うーちゃん）は…」

いや、分からなくもないのだが

ー

暁「アンタちょっと ずっこいわよっ」

よーいどんっも言ってないのに、人がよそ見をした瞬間撃ち込んできて

これがズルじゃなければなにがズルなのか

卯月「勝てば良かろうなんだぴょんっ」

暁　「言うと思ったわよっバーカっ！！」

なんて強がり言ってる場合じゃない、単純に悪夢だった

不意打ちされたから？

まさかそのくらいで、なんとなく卯月ならやってもおかしくはないっては思うし

そんなことよりも、撃った主砲の弾、その尽くが避けられる。いや、それだったらまだ良かった

正確に言うなら、撃った主砲の弾、その尽くが届かない。その全部が途中で撃ち落とされていた

理不尽とかそういう次元を超えて不可解だ

暁「卯月っ、アンタ指輪使ってんじゃないでしょうねっ！！」

こちとらそこまで していい何て言われてないんだ、そんな事をされたら

卯月「は？」

返ってきたのはそんな言葉ですらない嘆息だった

卯月「どうして うーちゃんが暁にそこまでしないといけないの？」

そうして大げさにため息を付いた後

卯月「身の程を弁えるぴょんっ」

暁　「むっかつくぅぅっ！！絶対泣かせてやるんだからぁぁぁっ！！」

吠えては見たものの、このまま撃ち合ってたら確実に押し負ける

そう考えられるくらいには頭は冷静。そう、レディは戦いだって えれがんとにこなさなきゃ

さて、いつまでも卯月に付き合ってはられない

ちょっと卑怯な気もするけれど、まずはその目から

暁「いくら射撃が上手だからってっ」

響が言うには「いきなり探照灯を照射した所で何か良くもわからない方法で避けられるに決まっている」

それは、わかる。「きゃー」とか言った後に「なんてうっそぴょーん」とか普通にありえる

卯月「えんまくぅ…」

立ち込める煙をさもつまらないものを見るように眺める卯月

どうせなら、照明弾と爆雷を同時に投げ込むくらいすればいいのに

卯月「ねぇ、暁？　ウサギの耳はどうして長いと思う…ぴょん？」

煙の向こう側、たぶん聞こえてはいないだろう独り言を呟いて、引き金をひく卯月

暁「…きゃっ！？」

悲鳴、同時に砲弾が暁の髪を弾き飛ばしていった

暁「ほんともうっ、これじゃ私が見えないだけじゃないっ！！」

煙は平等に視界を塞ぎ、なのになぜか、一方的に卯月の砲弾だけが飛んでくる

正確だ、レーダー射撃にしたって正確過ぎる

暁「けど、ねっ！」

正確だからまだ避けられるってのもある

弾が来るって分かってるなら やりようもあるってもの。視界が効かない状態で矢鱈滅多らに撃たれる方がぞっとしない

飛んでくる砲弾の隙間を縫って、煙の向こうへと目を凝らす

いつまでも避けてばっかりじゃいられない。逃げるために撒いた訳じゃないから尚さらに

1つ2つと、煙幕に穴を開けていく砲弾。その中の1つ、ちょうど卯月の姿が見える1つ、卯月の視線と重なる1つ

暁「そこっ、目の良さが命取りよっ」

探・照・灯・照射！！

「あぁっ！？」

上がった悲鳴は誰のものか

カーテンコール、煙がすぅっと晴れていく

ー

卯月「うぷぷぷぷぷ…」

怪生物（卯月）が笑っている、とても耳障りな声で笑っていた

煙の向こうに見える相手、嫌でも注視してしまう、誰だってそう うーちゃんだってそう

そこを狙っての探照灯照射。完璧だ、完璧だぴょん、完璧すぎて分かりやすいのを除けばだが

卯月の手にはキラリと光る手鏡

何かの変身アイテムのようなそれは、女の子の必需品と言われればそうでもなく

特に卯月が持ち歩くような代物ではもっとない

それがポケットに入っていたのは たまたまなのか、からかう用に取っておいたのかは彼女だけがしっている

たぶん後者

卯月「絶対泣かせてやるんだっけ？」

暁　「…」

卯月「鏡、みるぴょん？」

暁　「うらぁぁぁぁっ！」

卯月「いったーいっ！！なんなのっ、負け犬は吠えるだけにするぴょんっ」

暁　「うっさいわよっ、バカうさぎっ！！」

ほら、後者だった

ー

暁「納得が…納得がいかないわ」

演習が終わっておやつの時間

銘々に、紅茶とシュークリームが用意されているのに

暁の前には紅茶が程よい香りを上げているだけだった

暁「なんで響が暁の分まで食べてんのよっ」

響「姉さん。うーちゃんは おやつを掛けて戦ったっていうのに、姉さんは何も無いっていうのかい？」

暁「む…それも、そう…なんて言うわけ無いでしょうっ」

響「ちっ…」

暁「舌打ちやめい。それで卯月が貰うならともかくなんで響がっ」

まったくこの妹は、あとでレディのなんたるかを

卯月「じゃー、それ（シュークリーム）うーちゃんが貰ってもいいの？」

暁　「へ？むぅ…」

口惜しいし悔しいが…いや、そもそも上げる約束もしてないけれど

暁「い、良いわ。レディは負けを素直に認めるものよ」

その悔しさをバネに強くなろうと彼女はシュークリームを譲る決意をした

響「うーちゃん、1つ相談なんだが？」

暁のシュークリームが卯月の皿に移ると、ちょいっと卯月の袖を引く響

暁「納得が…納得が行かないわ」

響が卯月に そっと耳打ちした後、響の皿に舞い戻るシュークリーム

見事なロンダリングだった

瑞鳳「…ぁぁ」

見ていて微笑ましいというか、ある種の痛ましささえ覚える光景

姉と持ち上げられながら、それを理由に ずっこい事をされてきたんだろうなって想像が付く光景

「姉さんは うーちゃんと壊滅的に相性が悪い」と響は言うが、あなただってその一人でしょうに

確かに生真面目で意地っ張りで、そんな娘が。軟体生物みたいな頭の娘らを相手にするには辛いだろうに

暁が紅茶を口に含む。何か不満だったんだろう、角砂糖の瓶に視線が泳ぎ出している

きっとレディは紅茶をストレートで頂くものだと思っているんだろう。コーヒーを出さなくてほんとに良かったと思う

シュークリームがあればまだ、その誘惑を断ち切るのには十分だったろうに

いっそ自分の分を融通しようかと思ったが

卯月「ずいほーずいほー」

袖を引かれた。忘れていたことを思い出す

自分の分を渡す約束をしていたっけか

卯月「あー…」

小鳥がそうするように、大口を開け催促する卯月

瑞鳳「はぁ…」

仕方がない。暁には悪いが、誰だって自分の妹のほうが可愛い

世のお姉ちゃんって生き物は大体そうだと思う

そうして、大きく開いた小さな口にシュークリームを押し込んだ

無理やり

「もがっ」「ふふっ…」

ちょっと面白かった

ーおしまいー