2015-12-24 13:20:07 更新

概要

「カクテルを飲んでゆくのは、綺麗な宝石を一つずつ選んでゆくようで、たいへん豪奢な気持ちになるのです。」
―――夜は短し歩けよ乙女 森見登美彦
前作(作品ID: 4317)の後日談。
ベタですが さっきこんな事になってたらいいなぁって。
pixivからの転載です。


 夏は恋の季節なんて誰が言い始めたのだろう。商店街にはついこの間までお化けとカボチャがいたのに、いつの間にやらサンタクロースとトナカイがいて、奥の小さな広場には小ぶりながらツリーまで飾られていた。

 店の自動ドアは音を立てずすっと開いて、私の大好きな煙たいチョコレートがふっと香る。

「おはよ、海未」

「おはようございます、絵里…今日は休みですか?」

「んーん、午後出勤」

 実家に帰ってきた姉のごとく、我が物顔でいつもの長椅子にぼすんと飛び込む。彼女の持つビニール袋のがさっという音と、時計のアラームが重なる開店直後、朝9時。

「あ、駅前でコーヒー買ってきたんだけどさ」

「そっちが先でしょうよ」

「すごいわねあのツリー、この商店街そんなにお金あったの?」

「あ…商工会に私が寄付したんですよ」

 通販の売り上げが思った以上に好調だったこともありまして、新品ですよアレ。

「……コーヒー奢る気失せるわね」

「千円あれば足ります?」

「冗談よ」

 本当はコーヒーあまり得意ではないのですが。彼女が飲んでいるから、おおよそ彼女が感じた味と同じものを、同じ瞬間に感じられるならと思うとするすると喉を通り越すようになった。

「……飴、虫歯になるわよ」

「コーヒーに砂糖入れないので丁度いいんです」

 絵里はブラック、平気ですもんね。私の背伸びが彼女に悟られないと良いのですが。



「いただきます」


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 あんな短歌吹っかけてきて、その意味も、意図も汲んだ上でお返ししたというのに。事実上告白されたようなものだし、私だってきちんと考えた上で返したのだからそろそろ何か来るだろうと思っていた。

 もしかしてそんなつもりはなくて、ただお洒落でしょうなんて言ってあんなもの書いたのだろうか。二つ目の大きな飴玉で頬を膨らませる堅物はあの日以来なんら変わりない調子のまま12月に差しかかっていて、私自身そろそろ限界が近くて。

「海未、クリスマス前の23日ご飯行きましょ」

 ごぼん、と飴玉を噛み砕く鈍い音が彼女の顎から響く。

「……奥歯割れるわよ、そんな飴噛んだら」

「い…き、行きましょうか」

「お酒飲みたい?」

「ぇぇ」

「ん、店予約しとくから、開けといてね」

「わかりました」

 ……誘えば乗ってくれるだろうとは思っていたけれど、告白された側としてはやっぱり誘って欲しかったなぁとか、やっぱり告白じゃなかったのかなぁ、とか。

「じゃ、仕事行ってきます」

「えぇ、また」

 ねぇ海未、私指輪外してるの気づいてる?

 駅に向かいながら指輪を嵌める。男避けに変わりはないけれど、間に合ってますの意味は変わった。はず。



「人の気も知らないで……」


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 コレはつまりデートということでしょうか。

「やっちゃいましたかね……」

 私は気づいて貰えなくてもいいから、と告白のつもりで書いたつもりでしたが。彼女が返してくれたことは勿論嬉しかったのですが、「これはお付き合いをするという事で間違いないでしょうか」なんて聞けるわけもなく。1度聞き逃すとそうそう訊けるものでもなく、当の本人がどうしたら良いものかわからなくなる始末で。

 あまりに突然だったためせっかくのお誘いに不躾な返事をしてしまいましたが、どこか怒っていたような、寂しそうな表情だったような。改めてきちんと伝えなければ、クリスマスまでに準備しなくてはいけないことがたくさんある。


 職業が本屋で良かった、ファッション雑誌は山積み。教科書になりそうな物語は棚にぎっちり。絵里の隣を歩けるような、彼女にふさわしいセンスのものはと読み漁る。

 どうしてこう、モデルが外国人ばかりなのだろうか。絵里が着たらどれほど素敵なのだろう、私なんかはむしろ着られてしまうのでは。そういえば私って。



「……デート、したことなかったんですね…」


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「あぁやっぱりか」という視線が背中に刺さる。定時きっちりに帰ることに罪悪感はないけれど、オフィスを振り返るのは気まずいので早足に退勤する。正直なところ、浮き足立って残業スレスレのタスクを残してしまったものの絶対に帰る必要があった。

 海未に変な気を使わせるのも悪いような気がするし、普段着よりちょっとお洒落した程度に抑えよう。メイクもちょっと直して、髪は海未とお揃いに。 ヘアアイロンなんて久しぶりに使ったなと、指に付いた埃を見て思ったり。


「ちょっ、ねぇねぇお姉さん1人?」

「あぁごめんなさい」

 わざとらしく左手で追い払う。こんなの相手してる場合じゃない、遅刻寸前なのよこっちは。

「あっ」

 視界のどこかで常に男女が話している。自分に向けられているわけではないにせよ、こうガヤガヤしていると疲れる。集合場所、駅前じゃないほうが良かったかもと思いつつ、彼女を探す。

「あの、」

 さっきから足音が離れない。そろそろ指輪外さないとなのになぁ、しつこいったら。

「ちょっと、え」

「あのっ他当たってくれま、す……ぅ?」

「嫌です」


 周りの喧騒もなにも聞こえなくなって、私の時間が止まる。

 あなたそんな服持ってたんだ。髪もそれ、パーマかけたの?お揃いにしようと思ったのに。でもすごく似合ってるわよ。そんな悪戯っぽい笑い方は初めてね、次息を吸ったらきっと心臓がもたない。

「…………誰かと思った」

「ひどいです」

「ここじゃなんだし、行きましょ、っか……」



 私いまから、こんな可愛い人とデートします。


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 結局よくわからないまま、雑誌モデルと全く同じものを通販で揃えてしまった。プレゼントも用意して、絵里とお揃いの髪型にしてみようと美容院にも行った…のですが。

「…髪、お揃いにしようと思ったのよ」

「入れ替わっちゃいましたね…絵里は真っ直ぐも似合いますよ」

「海未、それすごく似合ってるわ」

 あぁ良かった。あなたにそう言ってもらえただけで私は。

「絵里、あの……」

「んー?」


 私達は、恋人としてお付き合いしてるのでしょうか。

「飲みすぎじゃありませんか……?」

「ロシアなめないでちょうだい」


 私達は、恋人としてお付き合いを

「海未にプレゼント」

「ガスライターですか…!」


 私達は、恋人として

「…私からもプレゼントが」

「香水…あ、チョコレートの匂い!」


 私達は、

「あらぁ…もう日付変わるじゃない」

「あぁ…そろそろ帰りますか…」



 わたしたち、は。


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 海未の意気地なし。いや、それはそれで可愛いし、楽しいけれど。

「ねぇ海未」

「…なんでしょう」

 もう我慢できなかった。してほしいとか、そういうのはもうどうでも良くて。

「もういっこ、プレゼント」

「え、あ……あの」

「ばか」

 海未が悪いのよ、あんな短歌吹っかけてきてその気にさせて、格好つけてるくせにこんな可愛い格好してきて。いつまでもいつまでも、ずっとお預けなんてひどいじゃない。

 海未の右の小指にするりと指輪を塡めた。そのまま引き寄せてキスをした。頭が痺れて蕩けて、今自分が何をしているのかすらわからないのは、アルコールのせいではなかった。


「んふ、ぁ……!」

「……っ、んぅ… 」

 私の煙草が重いなら、あなたのくれた香水をふって寝てあげる。コーヒーが苦手なら、私が馴らしてあげるから。

 


「好きだから、付き合って。恋人として」


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 2人の間につぅ、と糸が張って、絵里が私に何か言って。ぷつんと切れて、ようやく何をされたのか分かった。

 そんなはっきり言っちゃいますか、このピンキーリング、そういうことですよね。それより順番が逆じゃないですか、私キスしたことなかったのに。

「……先に告白したのは私のほうです」

「なっ」

 やり返すように手を引いてキスをする。どうやっていいかわからなくて、やられたように舌をねじ込む。絵里のヒールは背伸びをしても追い越せなくて、必死に食らいついた。

「……ぷは、へ、へたっぴ………」

「初めてなんです……!」

 なぜ私は怒っているのだろう、むしろ言い出せなかったのは私で、絵里に言わせてしまったのに。

「えり、好きです。初めて見たときから」

「…それは初耳ね」

「それと」

 包み紙を半ば引き剝がしながら、想定していたムードとは随分かけ離れていたけれど。それでも。

「わたしも指輪、あります」

「……うそ」

「私はどうもピンキーリングのサイズを間違えたようなので」



 こっちの指に、塡めておいてください。


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「指輪外してたの、ずっと気づいてましたよ」

「嘘でしょ」

「2枚目のポイントカード、8つ目のスタンプ捺したときにはつけてませんでした」

 その日から外したのよ、ちゃんと見ててくれてたのね。

「……ごめん」

「何がです?」

「ずっと気づいてないと思って、誤解してた」

「それは私が悪いです」

 あれ、私いつから泣いてるんだっけ。

「キスも、はじめてだった、でしょ」

「それはまぁ…おいおい責任取って頂ければ」

「ゆびわも……」

「私がサイズを間違えただけですよ」

「でもこれ」

「まぁこれもおいおいという事で」



 今日買ってくるわよ、クリスマスイブだし。


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 煙草の煙なのか自分の吐息なのかわからないけれど、2人で毒ガスの吐きあいっこをした。絵里がくれた青いガスライターは小気味良い音を立てて私たちの2本目の煙草を燃やして、涙目なのは煙が沁みた事にして。


「絵里」

「…んー?」




「……お茶、飲んでいきます?」


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