改訂版μ'sバトルスタート!1 ようこそカイトゥーン地方へ
既に公開していたポケラブ小説を、改稿して書き直してみました。内容も色々変えてます。投稿ペースについては、期待しないでくれるとありがたいです。
世界が、動き出す。
某日、時刻は夜。和菓子屋、穂むらにて。
「う~ん、今日の練習も楽しかったな~」
意外にも少女漫画で本棚が埋まる部屋の主が、大きく伸びをした。
今日もμ’sの練習を終え、お腹いっぱいご飯を食べ、ゆっくりお風呂にも入り、後は寝るだけ。今すぐにベッドにダイブしたい衝動に駆られたが、
『――――――』
「ん……?」
音と判別していいのかすら分からない声を聞いた気がして、穂乃果は窓から空を見上げた。
秋葉原の夜空は明るい。閑静な住宅街といえども、星は殆ど見えない。その中、一つの星が瞬いているのを、穂乃果は見つけた。星に詳しくない穂乃果では、それが何の星なのかは分からない。
「今の季節って、どんな星が見えるんだろ? 真姫ちゃんとか希ちゃんなら、知ってるのかなぁ。今度訊いてみよ」
もう一度、穂乃果はなおも瞬く星を見上げた。
『――――――』
再び何かが、穂乃果の聴覚を反応させた。
「…………」
耳を澄ましてみるが、聞こえてくるのは僅かな秋葉原の街の喧騒。
「うーん……気のせいだったのかな?」
首を捻った穂乃果だったが、分からないものは考えても仕方がない。
窓を閉めた穂乃果は、ベッドに横たわった。
「おやすみ~」
部屋の電気が消えた。
翌日、
「――穂乃果、いつまで寝てるの。早く起きなさい」
穂乃果は母親に布団を引っぺがされた。
「もう何するのお母さん……。今日は日曜日だしμ'sの練習も無いんだから、ゆっくり寝かせてよ……」
「何寝ぼけてるの。早くご飯食べて、準備しなさい」
文句を垂れた穂乃果に、母は呆れた声を飛ばした。
「準備って何の……?」
疑問の声を上げたが、それに答えてくれる人物はすでに部屋から出てしまっていた。
「…………」
寝坊大好きな穂乃果だが、寝起きは悪くないので二度寝する気分にもなれない。
しばらく悩んだ後、
「……散歩にでも、行こうかな」
動きやすい服装に着替えた。そして一階に降りると、すでに用意されていた朝食を食べる。食べ終えると、身支度を整えて玄関へ。
「行ってきまーす」
そう言って母親が持ってきたのは、大きめのバックパック。中身はギッシリの様子。
「え……ちょっと出かけるだけだから、そんな荷物いらないよ」
「あんたまだ寝ぼけてるんじゃないでしょうね。旅に出る人が手ぶらでどうするのよ」
旅?
引き戸を開けた穂乃果は、危うく聞き逃しそうになったが、何とか謎の単語を拾った。
だがその疑問を口にする前に、さらなる疑問が穂乃果を襲った。
「な、何これ!」
目の前の風景が、一変していた。違和感などという生易しい程度ではない。アンコウ鍋屋などの見慣れた建物は影も形も消え失せ、視界一面に広がるのは緑。建物が、一夜にして木々に生まれ変わってしまったかのようだった。目線を足元に下げると、どこまでも伸びていたアスファルトは、所々雑草が伸びる薄茶色の土の道に変わっていた。
「…………」
流石の破天荒リーダーといえど、空いた口が塞がらなかった。
「博士のいる研究所は、右に真っ直ぐ行った先にあるからね。あまり待たせると悪いわよ」
呆然と立ち尽くす穂乃果に対し、母親はそれだけを告げると引き戸を閉めてしまった。
たっぷり一分は固まっていた穂乃果は、
「……あ」
ようやく再起動をかけた。そして、
「――これは夢なんだ!」
そう叫んだ。すぐに笑顔になると、
「夢なら、こういう事もあるよね!」
すでに発言が意味不明だが、このスペシャルポジティブガールはお構いなしに歩みを開始する。すぐに交差点らしき場所に差し掛かり、看板を発見する。
「えーっと何々……? 〝フォルリーフタウン〟……。ここはフォルリーフタウンって言うのか!」
開き直った穂乃果に、もう恐れは無い。ズンズン歩いて、目の前に建物を発見する。
「お、あれかな? ――ところで、研究所って何の研究所なんだろう? ここで穂乃果は何をするのかな……。勉強は嫌だなぁ……」
少なからず拒絶反応で顔をしかめた穂乃果だったが、特に躊躇う事なく研究所のドアを開けた。
まず目に飛び込んで来たのは、怪しくランプが点滅する機械類。何に使うのか、穂乃果には検討もつかない。何かを飼育するつもりなのか、空の大きな水槽のようなガラスの容器も見えた。
戸惑う穂乃果が入り口で右往左往していると、
「こんにちは。あなたが穂乃果さんですね?」
突然白衣を着た女性に話しかけられた。
「は、はいっ」
「博士がお待ちですよ。こちらへどうぞ」
女性は手で奥を示した後、先導するように歩き出す。穂乃果は大人しく、その背中を追いかける。
「…………」
女性の後ろを歩きながら、穂乃果は左右にそびえる本棚に並ぶ書籍を、その背表紙のタイトルを眺める。その殆どが小難しい内容で、穂乃果は思考そのものを放棄したのだが、ふと気になる銘が目に入った。
――『ポケモンの生息域と、適応能力』。
「ポケモン……?」
プレイした事自体は無いが、当然その名称は知っている。何故そんなゲームの本が、こんな研究所にあるのか。それも、あんな堅苦しいタイトルまでついて。
気になった穂乃果は、好奇心に負けて前を行く女性に訊いてみた。
「あの、ここって何の研究所なんですか?」
「ここでは、主にポケモンの生息地域とその環境に適した生態について研究しています」
斜め上の答えが返ってきた。
「……ポケモン?」
あまりにもサラリと出てきた単語に、危うく穂乃果は聞き流す所だった。
「あの――」
一体何の話ですか。穂乃果が質問を投げかける前に、
「さ、着きましたよ。博士はこの部屋にいますから」
一つのドアの前に通された。
「では私はこれで」
女性は一礼すると、そのまま去ってしまった。
「…………」
戸惑うしかない穂乃果だったが、
「……博士って人に訊こ」
流石の切り替えの早さで、目の前のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
穂乃果がドアを開けると、書籍と書類で溢れる部屋の奥に、独りの女性が立っていた。その人物は、
「ようこそ。私がこの研究所の管理者です」
「ことりちゃんのお母さん!?」
白いスーツを着こなした、かつて何度も音ノ木坂で見た、理事長その人だった。
「まあ、ことりを知っているの?」
「え……」
一瞬、穂乃果の表情が凍りついた。知らないはずがないだろう。だがそれを追求する前に、理事長もとい博士はさらに言葉を紡ぐ。
「穂乃果ちゃん、あなたには、私の研究のお手伝いをして欲しいのです」
「お手伝い?」
「はい。わたしはポケモンの研究をしています。ですが、見ての通りとても手が足りません」
穂乃果は、周囲の書類を眺め納得する。
「そこで、穂乃果ちゃんには旅をしてもらい、各地のポケモンと出会ってきて欲しいのです」
「出会って……どうするんですか?」
「それには、これを使います」
そう言って博士は、四角い赤色の機械を差し出してきた。
「これは……?」
「それはポケモン図鑑。出会ったポケモンのデータを自動的に読み込み、情報を伝えてくれる機械です」
「おお……これが……。オモチャじゃないんだよね……」
穂乃果は受け取ったポケモン図鑑を試す眇めつし、感動の声を漏らす。
「そして、冒険をする上で、あなたのパートナーを決めてもらいます」
「パートナー?」
「ええ。野生のポケモンとバトルする為には、こちらにもポケモンがいないとですから」
首を傾げた穂乃果に、博士は三つのモンスターボールを手に取った。そしてそれを、頭上に放る。空中に投げられたモンスターボールは、頂点に達した辺りで、ひとりでに開いた。そこから、何かが出てくる。
「――フシャッ」
「――ゼニィッ」
「――カゲェッ」
「草タイプのフシギダネ。水タイプのゼニガメ。炎タイプのヒトカゲ。この中から、一体を選んで旅のパートナーとしてもらいます」
「おおぅ……本物のポケモンだ……。いい夢見られた……」
すでに夢と現が本人でも気付かないほど曖昧だが、当の本人にはどうでもいい。
「う~ん……どの子にしよう……。迷うなぁ……」
穂乃果はフシギダネの頭を撫で、ゼニガメの首元をくすぐり、ヒトカゲと睨めっこをした。
「…………………………」
そのまま、たっぷり一分は睨めっこを続ける穂乃果。その間、ヒトカゲも目を逸らさない。
「あの……穂乃果ちゃん?」
博士が声をかけた瞬間、
「――うん、決めた!」
穂乃果は大きく頷いた。そして、ヒトカゲを抱き上げる。
「ヒトカゲにします!」
「カゲッ!」
「そう。大切に選んでくれたみたいだし、安心して任せられるわ」
博士も笑顔を見せると、改めて穂乃果に向き直った。
「穂乃果ちゃん。あなたはこの旅で、多くの壁にぶつかるかと思います。そんな時は、ポケモンと一緒に乗り越えて下さいね」
「大丈夫です! 壁は壊せるものなんです!」
「は、はい?」
博士には発言の真意は伝わらなかったが、穂乃果は両拳を握り締めて気合を入れる。
「ま、まあいいでしょう。――では穂乃果ちゃん、あなたはヒトカゲと共に、是非有意義な旅にして下さい。この、カイトゥーン地方で」
「はい! ――あ、ことりちゃんって、今どこにいるんですか?」
「ことりならサウシティにいるはずだけど、ここからは距離があるわ。まずはお隣のスタスカシティでポケモンジムに挑戦、ポケモンを鍛えるといいわ」
「そうなんですね……分かりました!」
穂乃果は大きく頷くと、ようやく湧いてきた大冒険の実感に、武者震いと笑顔を見せた。
研究所を出た穂乃果は、博士の助言通りフォルリーフタウンの北へ向かう。そこには小さなアーチがあり、すぐ側には『→1番道路』という看板もあった。その先は、舗装のされていない道。あっちこっちに草むらが生い茂り、見晴らしの悪そうな場所も見られる。
「ここから冒険が始まるんだ……!」
だが穂乃果は一度深呼吸をすると、勢いよく一歩を踏み出した。
そして走っていた。ランニングのような軽いペースではない。何かから逃げるような、ほぼ全力疾走。――実際、追われていた。
『『『キュキュキュキュイ!』』』
背後から迫る、大群の気配。
「あーもーどうしてこうなっちゃったの~!」
穂乃果は走りながら叫んだ。
――時は五分前。初めて野生ポケモンと遭遇した穂乃果は、早速バトルを仕掛けた。相手はさほど強くなく、無事に初陣を勝利で飾った。だが、問題はその後だった。たまたま近くにいた群れの仲間に見つかり、大群で襲い掛かってきたのである。
「ちょっと振り切れないかなぁ……。うむむ……!」
スクールアイドルの練習で培った脚力を駆使して逃げ続けるが、後ろの気配は消えない。
「ひとまず隠れよう……」
穂乃果は近くの茂みに飛び込むと、身を屈めた。振り返って確認するが、場所は見つかっていないようだった。
「ふぅ……」
「……何してんの?」
「うぇえっ!?」
背後からいきなり聞こえた声に、穂乃果は新しい日本語を生み出した。
慌てて振り向くと、
「また何かトラブル引き起こしたの?」
「変わらないね~」
「何々、教えて~」
「あ……ヒデコ! フミコ! ミカ!」
見知った三人の友達が立っていた。若干呆れた表情で。
「実は――」
穂乃果が事情を説明すると、
「あー、あれはムックルだね」
茂みからこちらを探す群れを見たヒデコが、口にした。
「ムックル?」
「って、ポケモン図鑑持ってるでしょ」
「あ、ついうっかり……」
穂乃果は改めて図鑑を取り出すと、ムックルを登録する。
「群れのポケモンを倒しちゃって、怒らせちゃったんだね」
「そう簡単には、諦めてくれそうにないねー」
殺気立つムックル達を眺めながら、フミコとミカはノンビリ話す。
「ど、どうしよう……」
「群れのリーダーに勝って、強さを証明すればいいんじゃない?」
「へ? リーダー?」
「うん。ほら、あの奥にいる――」
ヒデコが指差した先には、一回り大きなムックルが。他のムックルに指示を出しているように見える。
「なるほど……あのポケモンとバトルして勝てば、穂乃果の方が強いって分かってもらえるって事か!」
「そういう事。でも群れのボスって事は、その分強いはずだから注意して――」
「行っくよー! ヒトカゲ、ひのこ!」
説明が終わるのを待たず、穂乃果は茂みから飛び出した。
「キュキュ!」
当然、見つかって攻撃を仕掛けられる。その群れの下っ端達を、ヒトカゲは次々倒していく。
「そこのボス! バトルだよ!」
ビシッとムックルを指差し、穂乃果は宣戦布告。
「…………」
ムックルは無言で穂乃果の前まで飛んでくる。
「仲間を傷つけちゃってごめんね。穂乃果も、ちょっと考えなしだったと思う」
通じているかは分からないが、穂乃果は頭を下げる。
「――だから、ポケモンバトルでどっちが強いか確かめようよ! いいでしょ?」
穂乃果の真っ直ぐな瞳を、
「……キュ!」
ムックルは真っ向から受け止めた。
穂乃果は少し開けた場所まで移動すると、ムックルと向き合った。
周囲の木々には多くのムックルがとまり、穂乃果の後ろではヒフミの三人が勝負の行方を見守っていた。
「穂乃果ちゃん、大丈夫かな?」
「この辺りにはそこまで強いポケモンはいないけど、やっぱりボスだし……」
「でも何となく、穂乃果なら平気って感じがしない?」
三人が見つめる先で、穂乃果はヒトカゲを繰り出す。
「ヒトカゲ、ファイトだよ!」
「カゲ!」
穂乃果の準備がした直後に、ムックルは素早く羽ばたくとヒトカゲに一直線に向かってきた。
「あれは……たいあたり!」
ヒデコの声を聞きながら、穂乃果はヒトカゲに指示を飛ばす。
「受け止めて!」
「カゲッ……!」
ムックルの攻撃を正面から受け止め、ヒトカゲは数センチ後退する。
「凄い……強力な技じゃないのに、かなりの威力が出てる……」
「キュ!」
ムックルはさらに羽ばたくと、ヒトカゲの拘束から抜け出し舞い上がる。そして再び、たいあたりを仕掛ける。
「避けて!」
ヒトカゲは横に走ると、攻撃を回避する。
「今度はこっちからも攻めるよ! ひっかく!」
「カゲッ!」
ヒトカゲの振り下ろした右手が、ムックルを捉えた。弾き飛ばされ、地面を滑るムックル。
「よしっ、もう一度!」
間髪入れずに繰り出される攻撃。
「キャキュキャキュキャキュキャキュ!」
その前に、ムックルが金切り声を上げた。
「うっ……何?」
そのやかましさに顔をしかめる穂乃果。ヒトカゲの攻撃が、再度ムックルを捉える。
だが、
「効いてない……!」
ムックルへのダメージは軽く、逆にそこから繰り出された攻撃にヒトカゲが吹き飛ばされた。
「穂乃果ー! さっきのはムックルのなきごえ! 攻撃力を下げる技だよー!」
背後の声を聞き、穂乃果は理解する。
「やっぱり、群れのボスだけあるね……。手強いよ」
穂乃果は目の前の強敵を、再認識する。
「でも、負けないよ! 絶対に勝つ!」
拳を握った穂乃果。それを見たからかは定かではないが、ムックルは思い切り突貫を仕掛ける。
「――ヒトカゲ、ひのこ!」
ヒトカゲは、自分に一直線に突っ込んでくるムックル目掛けて口から炎を吐いた。
「キュキュ!?」
不意をつかれたムックルは、回避叶わず自分から炎にぶつかった。身体がグラつくムックル。
「今だ! ひっかく!」
「カゲー!」
もう一度振り下ろされるヒトカゲの右手。威力こそ下がっていたものの、ふんばりがきかなかったムックルは自身の勢い殺しきれず、墜落して地面を転がった。
「よしっ!」
ガッツポーズをする穂乃果。
「いつの間にひのこを……」
「じゃなくて、チャンスだよ!」
「穂乃果ー! モンスターボールを投げてー!」
ヒフミの声に、穂乃果は博士から貰った空のモンスターボールをムックル目掛けて放った。
モンスターボールは寸分違わずムックルに命中すると、ムックルを中に吸い込んだ。それからユラユラと何度か抵抗するように揺れると、カチッと小さな音がして静止した。
穂乃果はモンスターボールを拾い上げると、高々と掲げた。
「ムックル、ゲットだぜ~!」
その声が木々に吸収されてから、
「くぅ~っ! これ一度行ってみたかったんだよね~!」
再び吼えた。
「やったじゃん穂乃果!」
「うん! アドバイスありがとう!」
ヒフミの三人とハイタッチを交わすと、
「ムックル、出てきて!」
ゲットしたばかりのボールを放った。
「キュキュイ!」
ムックルはボールから飛び出すと、穂乃果を見つめ小さく頷いた。
「穂乃果の力を、認めてくれたみたいだよ」
「ホントに? ありがとうムックル!」
笑顔を見せる穂乃果を一瞥すると、ムックルは周りを見渡す。
「キュキュ」
「キュキュイ!」「キュ」「キュキュキュ!」「キュイ!」
穂乃果がゲットしたムックルは、周囲のムックル達と何かを鳴き声を交わす。
「何話してるのかなぁ?」
「〝あとは任せた〟、とかじゃない?」
「おおなるほど! リーダーだもんね」
しばらく、四人はムックル達の会話を眺めていた。
ムックルをゲットし、群れのムックル達と別れた穂乃果とヒフミの四人は1番道路を抜けスタスカシティに到着。
「おお、大きいねぇ!」
綺麗に舗装され縦横と整備された道路の左右には、高い建物が立ち並ぶ。
「スタスカは、この辺りの中心都市だからね。結構大きい街だよ」
「なんだか、ちょっと懐かしいなぁ……」
ほんの少し前まで過ごしていた秋葉原の街を思い出して、穂乃果は懐かしげに呟いた。
「――あ、ねえ、この街にはジムがあるんだよね?」
理事長もとい博士の言葉を思い出して、ヒフミの三人に訊ねる。
「うん、あるよ」
案の定返ってきた答えに、穂乃果は瞳の奥を燃やす。
「よーし、それなら……」「まずはポケモンセンターに行って回復、だね」
今にも走り出しそうな穂乃果の出鼻をあえて挫くように、ヒデコが口を開いた。
「まああせる気持ちは分からなくもないけど、ジムリーダーは手強いよ? ちゃんと万全の体制で挑まないと」
「そっか、ヒトカゲもムックルも、バトルしたまんまだもんね……」
「街に着いたら、まずはポケモンセンター! これ覚えておいてね?」
フミコに言われて、穂乃果は素直に頷く。
「ポケモンセンターはこの道を真っ直ぐ行くとあるから」
ヒデコは十字路右の道を指差す。
「私達は用事があってここまでだけど、穂乃果なら何とかなるでしょ」
「ジム戦、頑張って!」
「勝てるよう、祈ってるからね!」
ヒフミの三人は、手を振って人混みに紛れていく。
「色々ありがとう! 絶対勝つからね~!」
その背中が見えなくなるまで、穂乃果は手を振り続けた。
「さ、私もポケモンセンターに行こっと」
そして、右の道を歩き出した。
「はい、お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ」
ジョーイさんからモンスターボールを手渡されながら、穂乃果はジムの場所を訊く。
「スタスカのジムなら、中央の道を真っ直ぐ進んで左に行くとありますよ」
「分かりました! ありがとうございます!」
お礼を言って飛び出し、言われた通りに駆け足で道路を蹴る。
整備された道と看板のおかげで、迷う事はなかった。
「ここが……」
『スタスカジム』と書かれた厳かな雰囲気漂う建物の前で、穂乃果は小さく武者震い。用が無ければ立ち寄る必要も無い場所だからか、賑やかな街中とは思えない静寂に包まれていた。
「どんなジムリーダーなんだろう……。やっぱり手強いのかな……。――いや、大丈夫。できる、やれる!」
気合を入れ、穂乃果が扉に手をかけた時、
「――キャン!」
何かが脇から飛び出してきた。
「うわっ!?」
唐突な出来事に穂乃果はのけぞり、しりもちをついてしまう。
「いった~い! 何事だー!」
涙目で前を見ると、
「キャン!」
「あ……ポケモン?」
子犬のようなポケモンが、穂乃果の前に立ち塞がっていた。立ち上がりつつ、穂乃果はポケモン図鑑を取り出す。
「何々……? ヨーテリー、かぁ。ノーマルタイプだね」
ひとまず目の前の正体は判明したが、問題はそれだけではない。
「何か……睨まれてるような……」
まるで臨戦態勢のような構えで、ヨーテリーは穂乃果を見据えていた。
「うっ……穂乃果、何かしちゃったのかな……」
たじろぐ穂乃果。そのまましばらく静かな時が過ぎる。
そして、
「…………」
「あ、行っちゃった……」
ヨーテリーはフイと横を向くと、茂みに姿を消した。ポカンとする穂乃果。再び、静寂が訪れる。
「何だったんだろう……?」
首を傾げたが、考えても分かるはずがなく。
「ま、いっか」
少々出鼻を挫かれた感は否めないが、穂乃果はジムの扉を押した。
「すいませーん、ジム戦お願いしまー……」「ううぅ……テンション上がるにゃぁ~!」
控えめな穂乃果の声は、アクロバティックな大声に掻き消された。
「凛ちゃん!?」
あまりにも見慣れた姿。
「にゃ? 挑戦者かにゃ?」
「ど、どうして凛ちゃんがここに……」
凛の問いに、穂乃果は答えている余裕がない。
「ジムの挑戦者で、いいにかにゃ~?」
「あ、う、うん!」
もう一度訊かれ、穂乃果は頷く。
「ね、ねえ、凛ちゃん……だよね?」
「どうして凛の名前知ってるの?」
キョトンとした顔。からかっている様子は無さそうだった。
「やっぱり、この世界は私がいたアキバの世界とは違うんだ……」
ポケモンが実在している時点で分かりそうなものだが、改めて穂乃果は事実を認識する。
「何かもう夢なんだかよく分かんないけど、こうなったら楽しんだ者勝ちだよね!」
深く息を吸い込み、大きく吐き出す。目線を上げ、正面に佇む凛を見据えた。楽しそうな笑みを携えて。
「――さあ、バトルだよ!」
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