西木野真姫生誕祭2016
真姫ちゃんハッピーバースデー!
四月十日。音ノ木坂学院は、当然だが新学期を迎えた。
廃校の危機に瀕していたとは思えないほどの倍率を勝ち抜いて入学してきた新入生。その多くが向かう先は、
「よーし今日も、練習頑張るよー!」
『おーっ!』
屋上。
軽く二桁を超える新入生の前で、拳を突き上げる生徒会長。それを後ろから、やや苦笑いで見つめるメンバー達。
「穂乃果……毎日同じ掛け声かけなくてもいいでしょ?」
幼馴染二人はすでに諦めているので、止めるのは副部長の役目。
「えーだってー、こんなにいるんだよ? 元気出さないと負けちゃうもん!」
勿論勢いで出た言葉なのだが、μ'sメンバーから“負けるかも”と言われれば、色めき立つのが新入生。
「はいはい。さっさと練習始めるわよ」
しかしいざ練習が始まれば、
「ぜっ……ぜっ……ハァ……ハァ……」
「き、キツい……」
「も、もう動けません……」
早々にギブアップしていく一年生。一時間経過で立っていたのは、動きは滅茶苦茶だが体力のある数人と、誰よりも近くでμ'sを見て応援してきた、
「やったね、雪穂!」
「亜里沙に付き合って練習してたおかげだねー」
妹の二人。
「はい、では今日はここまでにしましょう。まだ体験ですし、無理はしないように」
海未がそう締めると、
「あ〜あ〜。物足りないにゃあー」
エネルギーが有り余っているのか、凛はその場で足踏みする。
「私達だって新体制に慣れていかないといけないんだから、しばらくは我慢しなさい」
真姫は小柄な新リーダーの頭を小突くと、身支度を整える。
「__あの〜、センパイ」
「…………」
「せ、センパーイ?」
「…………」
「ど、どうしよう怒らせちゃったのかな……」
「真姫ちゃん、一年生呼んでるよ?」
「えっ? あ、私だったの?」
穂乃果に言われて、初めて真姫は振り返る。
「ごめんなさい、まだ“先輩”に慣れてなくて……」
ホッとした表情の後輩を見ながら、真姫は不思議な感覚に陥る。
「それで、私に何か用?」
「えっと……ライブ、もうすぐじゃないですか」
二週間後に、新入部員を歓迎するライブを在校生で披露する事になっている。必然的に六人でのライブになるのだが、
「新曲、やらないんですか?」
「……多分やらないわね。曲は考えてはいるけど、歓迎するような明るい曲じゃないし」
「そうなんですか……残念です」
割と本気で肩を落とした後輩に、真姫は複雑な表情を作る。
「__なーに辛気臭い顔してんのよ」
唐突に、本当に唐突に、この場にいるはずのない声が響いた。
全員が振り向いたその先には、
「__にこちゃん⁉」
元部長、卒業したはずのにこだった。
「ど、どうしてにこちゃんがここに⁉」
「私がここにいちゃいけないの?」
「まさかにこちゃん……留年しちゃったのかにゃ⁉」
「はっ倒すわよ」
流れるように凛にツッコミを入れたにこは、ぐるりと屋上を見回す。
「まさかこんなに入るなんてね……」
感慨深げに呟いてから、真姫を見やる。
「ちょっとそこの素直になれない作曲担当、借りるわよ」
「はあ? 誰が素直になれないっていうのよ!」
「いいから付き合いなさい」
相も変わらず噛み付く真姫に、にこは軽くあしらって手招きする。
「……何なのよ」
理由も分からぬまま、真姫はにこのあとを追った。
「__んで? どうなのよ、新入部員は」
ハンバーガーショップに連れて来られた真姫は、そんな質問を飛ばされた。
「見ての通りよ。多いけど、まだまだ頼りない感じ」
「まあ当然よね。そう簡単に抜かれたら、優勝者の名が泣くものね〜」
自慢げにストローを咥えるにこ。その表情は、高校時代と何も変わらない。
「……で、何しに来たのよ」
「アンタがそれ訊く? 頭いいくせに、肝心な所は鈍いわね」
「はあ?」
「それは後で話すわ。__それよりも」
にこは飲み物をトレーに置くと、
「さっきの練習、ちょっと見させてもらったわ」
「……それで?」
言わんとする事が分からない真姫は、先を促す。
「アンタらのキレが鈍ってないのは安心したわ。……でも、何なのあの腑抜けた対応は。アンタ、いつまで後輩気分でいるつもりよ」
「はあ? 意味分かんない! μ'sには先輩も後輩も無かったのに、いきなり呼ばれても慣れないわよ!」
冷たく放たれた言葉に、真姫は激昂する。
「それよ」
「……?」
あくまで冷静なにこに、真姫は上げかけた腰を下ろす。
「さっき、明るい曲が作れないって言ってたわよね?」
「……それが何よ。仕方ないじゃない。浮かんでこないんだもの」
「真姫。アンタはまだμ'sから抜け出せていないのよ」
「…………」
ますますにこの真意が分からない真姫は、怪訝な表情を強める。
「最後の最後で、私達は歌ったわよね? 『今が最高!』って」
「それが、どうしたのよ__」
「μ'sはもう、『今』じゃないのよ」
「…………っ!」
「楽しかった。キラキラしてた。あんな素晴らしい日々は、この先にはきっと無い……。__でも、それはμ'sの話。あなたはもう、μ'sじゃない」
淡々と話すにこ。その手が握る飲み物の容器が、少し歪んでいる事に真姫は気付かない。
「μ'sに囚われているから、求めてる曲が作れないのよ。次に進めないのよ」
「そんなの分かってるわよ!」
諭すようなにこの言葉を、真姫は無理矢理遮る。
「分かってるわよ、そんな事……。でも、あの毎日を、そう簡単に割り切れるワケないじゃない! そう簡単に忘れられるワケが__」
「忘れろなんて言ってないわよ。ていうか、忘れるんじゃないわよ」
「……?」
「μ'sとは違う、スクールアイドルとしての『今』を大切にしなさいって事」
「にこちゃん……」
にこはフッ、と笑うと、
「歓迎ライブ、新曲披露しなさいよ。真姫ならできるわよ。私も、絵里と希誘って見に行くから。__とびっきり元気になれるような、素敵なアイドルソングを期待してるわ」
「……ねえ、にこちゃん」
「何?」
「久しぶりにアレ、やってよ」
一瞬キョトンとしたにこは、
「仕方ないわねぇ。特別よ?」
目を瞑って息を吸った。
「__にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔届ける矢澤にこにこ〜!」
「キモチワルイ」
「ぬわんですって!」
「__でも、元気出た。ありがとう、にこちゃん」
「…………そ。ならよかったわ」
安心した微笑みを見せたにこは、荷物を掴む。
「そろそろ行くわね。大学生は忙しいんだから」
それからにこは、思い出したようにカバンから何かを取り出した。
「はいこれ」
「……何、これ?」
「誕生日プレゼント。何のために、わざわざ音ノ木坂まで来たと思ってるのよ」
「暇つぶしかと思った」
「忙しいって言ったでしょうが」
呆れたように声を漏らすと、にこは二人分のお金を置いて出て行った。
「……ありがと、にこちゃん」
真姫はそのプレゼント__新しい楽譜ノートを胸に抱いて呟いた。
「今が最高、か。不思議な感じ」
楽しげに微笑む真姫は、自然とメロディを口ずさんでいた。ポップで明るい、新しいアイドルソングを。
こういうときのにこってやっぱりかっこいいですね!(笑)
真姫の新たな始まりを感じさせる素敵なssでした!
↑コメントありがとうございます!
ぶっちゃけると、にこにあのセリフを言わせたいがために書いた内容なんですよね。主役真姫ちゃんなのに……