2016-09-29 20:15:03 更新

概要

Twitterでお世話になっているフォロワーさんへ送る、お祝いのまきりんぱな小説!


秋。台風や秋雨前線の影響で、どんよりした天気が続くこの時期。

音ノ木坂学院の教室で、三人の生徒が顔を合わせていた。

「うぅ〜……決まらないにゃぁー……」

「いつまで悩んでるのよ……」

「凛ちゃん、そろそろ決めないと、間に合わなくなっちゃうよ……?」

頭を抱える凛の前には、机に置かれた一枚の用紙。名前以外の記入欄は、まだ白紙。

「だって分からないんだもん! 真姫ちゃんはいいよ! 決まってるんだから!」

「それはまあ……入学した時から言ってたじゃない?」

「そうだけど〜……。かよちんまですぐに決めちゃうなんて思わなかったにゃ……」

「ご、ごめんね」

「何で花陽が謝るのよ」

「な、何となく……」

「はぁ……。分からなかったら、『進学』って書いておけばいいでしょ。ーー進路調査なんて」

「それは……」

なおもペンを持とうとしない凛に、二人は首を傾げる。

「何か問題があるの?」

「凛ちゃん、これに書いたからって、絶対にそうしなくちゃいけないわけじゃないんだよ? もっと気楽に考えて」

「そうだけど……それじゃダメなんじゃないかな」

「「?」」

「真姫ちゃんは、医学部でしょ? かよちんも、大学に進学」

「まあ、さっきも言った通りそういう約束だからね」

「私は真姫ちゃんみたいに目的が決まってるわけじゃないけど、何かやりたい事を見つけたくて」

「……うん。だから、自分の将来に関わる事だもん。ちゃんと考えて、ちゃんと決めたい」

向けられた真っ直ぐな瞳を、二人も受け止める。

「……そうね」

「でも、悩みすぎたらダメだよ?」

「うん!」

「じゃ、帰りましょうか」

教室を出て、三人で廊下を歩く。

ふと、開いていた窓から声が聞こえてきた。

「ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー、スリー、フォー!」

「「「…………」」」

屋上から聞こえる、練習の声。

「……久しぶりに、顔出してみる?」

「雪穂ちゃん達、頑張ってるかな」

「凛も久しぶりに体動かしたいにゃ〜!」

三人の胸元。そこで揺れるリボンの色は、緑。

卒業まで、あと半年。





次の日、土曜日。

“進学する”かもしれない凛の為に、土日は三人で集まって勉強会する事が日課になっていた。

場所は、各々の家だったり、図書館だったり、学校だったり、様々。今日は、星空家だった。

「おはよ、花陽」

「おはよう、真姫ちゃん」

凛の家へ向かう前に、二人は待ち合わせる。

並んで歩きながら、自然と話題は凛の事になる。

「凛ちゃん、どうするのかな……」

「さあ。こうして勉強してるんだし、大学行くんじゃないの?」

「でも、凛ちゃんはしっかり決めたいんじゃないかな。自分が納得した道を歩くのが、凛ちゃんだと思うから」

「私も、凛ならそうすると思うわ。今、私達にできるのは、凛のサポートをする事。凛がどんな道に進むにしても、それを応援して、助ける事」

「真姫ちゃん……」

「な、何よ」

「ううん。真姫ちゃんも、そんな風に考えてたんだなぁ、って」

「どういう意味よ。私だってちゃんと考えるわよ。……大切な、友達の事なんだから」

「うん、そうだね」





「真姫ちゃーん、potentialityって何〜?」

「“可能性”よ。……あなたそれ、今さら悩む単語じゃないわよ?」

「だって英語苦手なんだもん……」

「でも凛ちゃん、英語は必須科目だから頑張らないとっ」

「う〜……。分かってるけど……」

「はぁ……。ちょっと休憩しましょうか」

「ホントに⁉︎」

「態度変わりすぎ。やっぱりやめようかしら?」

「真姫ちゃんイジワル!」

「冗談よ。ーーお茶淹れてくるわ。キッチン借りるわね」

真姫が凛の部屋を出て、キッチンへ向かう。

「……もし凛が進学を選ばなかったら、この勉強会も無意味になるのかしら。そうだとしたら、私は何をするのが正解……?何をすれば、凛の為になるのかしら……」

真姫が茶葉片手に独り言を漏らしていると、

「ーー真姫ちゃん」

背後から声が飛んだ。

「あら凛。どうかした?」

キッチンの入り口に立つ凛に、真姫は平静を装って訊ねる。

「うん、ちょっと真姫ちゃんに訊きたい事があって」

「何よ。勉強なら花陽に訊けばいいじゃない。わざわざ私の所に来なくても……」

「ううん、勉強じゃなくて、真姫ちゃんに訊きたい事」

「? 一体何?」

花陽ではなく、比べて付き合いの浅い真姫に訊く事などあるのだろうか。そう思う真姫だったが、

「じゃあ、話してみてよ」

断る理由も無いので促してみる。

「真姫ちゃんって、いつから医学部に……お医者さんになりたいって思ったの?」

「え?」

「入学した時からって事は、もっと前からって事でしょ? じゃあいつから、そう思ってたの?」

「いつ……」

真姫は記憶を遡ってみるが、すでにそれは曖昧だ。

「覚えてないわね。パパみたいになりたいって、それから病院を継がなきゃって。いつの間にかそう思ってたわ」

「それって、苦しくなかった? だって自分の将来が、もう決まっちゃってるんだよ?」

その質問は、μ'sに入る前なら答えられなかっただろう。他の可能性など考えなかったあの頃、全てがレールの上だった自分なら。

「全然」

そして真姫は、即答していた。

「確かに私の道は決まってるわ。でも、世界はそれだけじゃない。私には音楽があって、μ'sがある。仲間がいる。ーーそれを教えてくれたのは、凛。あなたなのよ?」

「え……凛が……?」

「あなたがμ'sに誘ってくれたから。私と、友達になってくれたから」

「そんな……誘ったのは穂乃果ちゃんで、凛じゃないよ」

「ううん、凛がいたから、花陽がいたから、私は今ここにいる。それだけは確かよ」

「真姫ちゃん……」

カップにお茶を注いだ真姫は、トレーを持ち上げる。

「さ、戻りましょ。ちょっと休憩したら、また勉強再開よ」

話は終わりと言わんばかりに、凛の横を抜ける真姫。

「だから……ありがと」

本当に小さな声。空耳かと思ってしまうようなボリュームだったが、

「……うん!」

凛は笑顔で頷いていた。





勉強会も終わり、二人は帰路につく。

花陽が自宅へと到着すると、ケータイに着信があった。

「凛ちゃん?」

そこに表示された名前を見て、少しだけ首を傾げた。平日も休日も毎日会っているのに、わざわざ電話してくるのは珍しい。何か忘れ物でもしただろうか。

「もしもし?」

『あ、かよちん! もしもし? そろそろ着いた頃だと思って!』

やはり流石だと思った。

「うん、ちょうど今着いたところだよ。でもどうしたの?」

『ちょっとかよちんと話したい事があって』

「話したい事?」

明日では駄目なのだろうか。真姫がいないこの状況、二度手間になってしまう。

『さっきね、真姫ちゃんと話したの』

花陽は、凛と真姫の会話を教えてもらった。真姫の本音を。

「真姫ちゃん、そんな風に思っててくれてたんだ……」

『かよちんは? どう思う?』

「え?」

『真姫ちゃんじゃないけど、かよちんももう道を決めてて、その為に頑張ってる。かよちんは自分を、どう思ってるの?』

「私は……」

道を決めたと言っても、自分は明確にやりたい事がある訳ではない。“他に無いから”進学を選んだと言っても差し支えない。

ただ一つ分かっている事は、この先は同じ道を歩めない事だ。幼い頃から、ずっと一緒だった。今までは、困ったら走る凛の後ろを追いかけていれば良かった。

これからは、そうはいかない。自分の道を、自分で歩いていかないといけないのだ。

「凛ちゃんのおかげだよ」

『え?』

それでも、不思議と不安は無かった。何故なのか。答えはすぐに出た。

「私は凛ちゃんに背中を押してもらって、凛ちゃんと一緒に頑張って、凛ちゃんから勇気を貰った。だから、怖くない」

『そんな……凛は何もしてないよ。いつも助けてもらってばっかりだし』

「うん、そうかもしれない。でも、結果的に凛ちゃんは、私に勇気をくれた。自分で踏み出す力をくれた。それって、凛ちゃんにしかできなかった事じゃないかな」

『凛にしか、できない事……』

花陽は、目を閉じる。目の前に浮かぶ、大好きな幼馴染の姿を思い浮かべて。

「これから進む道は違っても、それは変わらない。凛ちゃんはいつも私に、皆に、勇気をくれる存在なんだと思うよ」

『そう、なのかな……。凛よく分かんないや』

「うん。きっとそれでいいんだよ。凛ちゃんはいつも通り、今まで通りで。それだけで、皆の助けになれるんだから。真姫ちゃんも言葉にはしてなかったかもしれないけど、同じ事を思ってたんじゃないかな」

『かよちん……ありがとう。何となく、分かった気がする』

「ホントに? 良かった」

『じゃあまた明日ね!』

「うん、また明日」





それから数日後、花陽と真姫の前で、凛は真っ直ぐ言った。

「凛、先生になる」

少なからず、驚く二人。

「真姫ちゃんとかよちんと話して、考えたの。真姫ちゃんに色んな道を見せた事、かよちんに勇気を与えた事。自分じゃあんまりそう思わないけど、それが凛にできる事なら、それをより多くの人にしてあげたい」

「凛……」

「凛ちゃん……」

「ダメ……かな」

やはり自信が無いのか、遠慮がちにそう訊いてくる凛。

「そんな事ないよ! すっごくいいと思う!」

「凛が先生か……。どんな先生になるのか楽しみね」

花陽は凛の手を取って、真姫はウインクをして、賛同する。

「かよちん……真姫ちゃん……。ありがとう! 凛きっと、立派な先生になる! 頑張るね!」

「うんっ!」

「ええ」

キラキラ笑う凛に、花陽と真姫も笑顔を作る。

「ーーそれとね、もう一つ考えてきた事があるの」

変わって、凛は真剣な顔で口を開いた。

「それって?」

「何よ」

それを察知したのか、二人も姿勢を正す。

「実は…………」







三月。気の早い桜の蕾がいくつか開かせたこの日、音ノ木坂学院は卒業式を迎えた。

アイドル研究部として過ごした三年間も、今日で終わりを告げる。

涙なしには語れない送別会を終え、凛、花陽、真姫の三人は校門に立っていた。

「……思い返すと、あっという間だったわね」

「……うん。全力で駆け抜けた三年間だったと思うな」

「……入学した頃は、こんな三年間になるなんてちっとも思わなかったにゃ」

三人揃って、ふふふ、と笑う。

「……凛ちゃん、本当に良かったの?」

確認するように、花陽が訊いてくる。

「……うん。これでいいの」

三人の手には、それぞれトロフィーや賞状、写真に細かなグッズなど。様々なモノで溢れていた。

全て、μ'sとしての思い出。部室に備品として置いてあった、九人の心。

「凛達は、最後のμ'sだから。やっぱりμ'sは、あの九人だからこそだと思うから。……だから、凛達がいなくなったあそこに、μ'sを残しちゃダメなんだと思う。今はもう、新しいスクールアイドルが……っ頑張ってるんだもん……っ」

少し寂しそうな横顔を、二人は見つめる。

「……バカね」

不意に、真姫が肩を寄せた。

「……泣きたいなら、素直に泣けばいいじゃない」

口元を噛み締めた凛の目尻には、隠しきれない雫が煌めいていた。

「……真姫ちゃんには、言われたくない、にゃ」

「……あら、今日は……そう、言われる筋合いは、ないわよ……っ」

真姫の声が、次第に小さく、震えていく。

「真姫ちゃん……?」

すでに真姫は、ポロポロと涙を零し始めていた。

「我慢なんて……できるわけないじゃない……! 私達が……μ'sが守ったこの学校に、μ'sがいなくなるのよ……? 私達が最後なのよ……? そんなの……寂しいじゃない!」

反対側から、花陽が肩を寄せる。

「凛ちゃん、今まで本当にありがとう。これからはいつも一緒にはいられないんだよね……。別々、なんだよね……っ」

花陽の言葉は、嗚咽に変わっていく。

「かよちん……」

「ずっと……ずっと一緒が良かった! 凛ちゃんと離れるなんて嫌だよぉ……!」

「凛も……」

凛の頬を、涙が伝う。

「凛だって、かよちんと……真姫ちゃんと……一緒にいたい。大好きな、友達だもん……っ。でも……だからこそ、前に進まなくちゃいけないんだ!」

凛は乱暴に涙を拭うと、振り返って『外』を見る。

「最後だから、最後だからこそ、走り出さないと! それがーー」

再び流れる涙。止まろうとしないそれを輝かせ、凛は笑顔を見せる。

「ーー凛達、なんだから!」

両腕を広げた凛に、

「……うん。そうだよね。ずっと……私達がやってきた事だもんね!」

「最後から始まるスタート……ね。それが私達よね!」

花陽と真姫は飛び込んだ。

涙を輝かせ、そしてそれ以上にキラキラした笑顔を煌めかせる最後のμ's。

その声は一陣の風に乗り、どこまでも広がる青空へと消えていった。


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