普通怪獣イケメン計画
千歌ちゃんが、イケメンになるべく奮闘するお話。
高海千歌は、自室で読書をしていた。
と言っても、その手に持っているのは少女漫画。目をキラキラさせ、一心不乱にページを繰っていた。
「ふわぁ〜……! これカッコいい!」
全十巻のそれを読破した千歌は、登場したキャラクターに憧れた。
「私も、あんなセリフ言ってみたいなぁ……。壁ドンして、『俺のものになれよ」とか! くぅ〜っ……カッコいい!」
ヒロインではなく、男主人公に。
「そうだ! Aqoursのみんなに試してみよう! だって私、リーダーだもんね! そろそろ私にも、威厳が欲しいもん!」
それでいいのかという動機はさて置き、千歌は拳を握って決意する。
「そうと決まれば早速……」
千歌がアホ毛を揺らす事、十数秒。
「おはヨーソロー!」
曜が襖を開けて、敬礼。
「千歌ちゃん、学校の準備はでき……」
「曜ちゃん」
曜の声を遮って、千歌はその敬礼する手を握った。
「え、ち、千歌ちゃん?」
そして顔を近付け、細めた目で一言。
「“今日の君は、いつもより綺麗だね”」
「え、えっ……えぇ⁉︎ い、いきなりどうしちゃったの……?」
急激に鼓動が早まる曜。その場で立ち尽くしてしまう。
そのまま五秒ほど経過し、
「よーし学校行こう!」
千歌は元気に部屋を出た。
「曜ちゃ〜ん! 早く行かないと遅刻しちゃうよ〜!」
「…………」
千歌の自室でへたり込む曜は、口から魂が抜けかけていた。
千歌がバス停に向かうと、
「あ、千歌ちゃん……と、曜ちゃん?」
そこで待っていた梨子が、足元が覚束ない曜を見て振る手を中途半端に止めた。
「どうしたの?」
「千歌ちゃんが……」
「千歌ちゃんが?」
火照る頬を押さえる曜に、梨子は疑問の表情を強める。
「梨子ちゃん!」
突然名前を呼ばれ、梨子は振り向く。ついでに疑問を解消しようとして、
「あ、千歌ちゃん。曜ちゃんの様子が変なんだけど、何か知らな……」
「壁クイ、して欲しかったんでしょう?」
バスの看板を背に、唐突の壁クイを食らった。
童顔で、無理矢理に妖艶な表情を浮かべる千歌。自分より高身長な梨子に、背伸びをして顔を近付ける様子は傍目には滑稽だったが、
「えええええええ?」
本人にはそんな余裕はないようで、看板を盛大に傾けていた。
「…………」
本来仲裁に入るべき人物も、冷め切らない頬の放熱に忙しい。
「ねえ……梨子ちゃん?」
「いいいいやそんな、私達まだ学生だし、スクールアイドルだし、まだ早いっていうか……」
看板の傾きが限界を迎える瞬間、
「あ、バス来た!」
急に素に戻った千歌が、梨子から離れた。
「な、何なのぉ……?」
ズリズリとへたり込んだ梨子は、
「どーしたのー? バス行っちゃうよー?」
の声で慌てて立ち上がった。
「……何なのよ、アレ」
バスの最後部座席で千歌の奇行を見ていた善子は、呆れた目で乗り込んできた三人を一瞥した。
「善子ちゃん、おはよー!」
「何度も言ってるでしょ、私はヨハネよ」
バスに乗るなり手を振った千歌に向かって、善子はいつもの挨拶を飛ばす。その返答は、
「へえ……でも堕天するのは、どっちかな?」
顎クイだった。
「へ? ち、ちょっと⁉︎」
「善子ちゃんは、堕天使なんだよねぇ? じゃあ、私が堕天を手伝ってあげるよ。いいでしょ?」
「いいいいいや私は、そこらの堕天使と違うのよ! ただの人間風情に、このヨハネが堕ちるワケないでしょ⁉︎」
口調はほぼ、自問自答である。
「ふーん……」
さらに少し、千歌は顔を寄せる。
「あわわわわわわ……」
善子はもはや身動きすら取れずに、千歌にいいようにされる。その暴走を止めてくれそうな二人は、
「…………」
「…………」
熱が抜けきらないまま放心していた。
「ーーそっか!」
「…………へ?」
目をも閉じた善子とは反対に、千歌は急に明るく発言すると座席に座り直した。
「やっぱりダメかー。堕天使には勝てないや!」
勝手に結論付ける千歌に、
「……どういう事よ」
善子はその横に座る二人に疑問を放る。
「さあ……」
「さあ……」
「……そうよね」
学校に到着し、部室に集まるメンバー。そこには、残りの一年生二人の姿が。
「ルビィ! ずら丸!」
「あ、善子ちゃん。おはよう」
「どうしたずらか? そんな慌てて」
部室に飛び込んできた善子に、ルビィと花丸は首を傾げる。
「早く逃げなさい!」
「「逃げる?」」
揃って首を傾げる同級生に、善子は畏怖の感情をそのまま伝える。
「今日のリトルデーモン一号は、別次元なのよ!」
「善子ちゃん……今から練習なのに、マル達を巻き込まないで欲しいずら」
「違うわよ! 話を聞きなさい!」
花丸にジト目で返された善子は、虚しく吠えた。
「よーしこちゃん」
「ヒィッ!」
背後から聞こえた声に、善子はダッシュでルビィと花丸の後ろに逃げる。
「ヨハネに挑戦したくば、先にこのリトルデーモンを倒してみせなさい!」
そして、二人の背中を押し出した。身代わりとして。
「あ、千歌さん」
「おはようずら」
ペコリと頭を下げた二人へ、千歌はニコニコ歩み寄る。そして肩に手を置くと、抱き締めるように引き寄せた。
「ピギッ⁉︎」
「ななな何ずらか⁉︎」
そして背筋を伸ばした二人へ、
「……私のモノになりなよ」
キザっぽく囁きかけた。
「「はわわわわ⁉︎」」
突然の事に目を白黒させていると、
「ねえ……私リーダーだよ? 私に全てを委ねて、みない?」
さらなる追撃。
「だ、駄目ずら……。マル達、まだそういうのは早いずら……」
「でも……何だか、これも悪くないかも……」
「ルビィちゃん、しっかりするずら……」
ルビィを叱咤する花丸だが、本人も骨抜きの様子で説得力が無い。
ルビィも花丸も、立っているのも限界、というタイミングになった時、
「ブッブーですわ!」
講堂の方から、鋭い声が飛んだ。
「あ、ダイヤさん」
こちら目掛けて歩み寄る生徒会長を視認した千歌は、ようやく二人を解放する。
「ピギ……」「ずら……」
そんな二人は、へたり込む。
「あなた……スクールアイドルという身でありながら、なんと淫らな行為を……! 私のルビィにまで手をかけるなんて……!」
目尻を釣り上げて千歌に詰め寄ったダイヤは、
「そんな事言って……実はダイヤさんも、羨ましかったんじゃないですか?」
据わった目で、逆に顔を寄せられた。
「な、何を言ってますの⁉︎ 私がそんな……」
思わず身体を反らせ、たじろぐダイヤ。千歌の追撃は止まない。
「あれぇ……? 否定しないんですか?」
「そ、それはその……」
目が泳ぐダイヤ。そのままブリッジができそうなほど身体が反った頃、ポンと千歌の肩に手が置かれた。
「Hey千歌っち〜、その辺にしてあげて?」
振り向くと、鞠莉がニヨニヨと見ていた。
「ダイヤってば実は硬度ゼロのおバカさんだから、そういうの弱いんだよ〜」
やれやれと肩をすくめる鞠莉にダイヤが反論するより早く、
「嫉妬ですか……?」
今度は鞠莉に詰め寄る千歌。
「What⁉︎ 千歌っち何を言ってるデェスカ⁉︎」
「あれれ〜? 焦ってます?」
悪戯っぽく目を細めた千歌は、
「大丈夫ですよ〜。ちゃんと鞠莉さんも一緒に……ですから」
「Oh⁉︎ 千歌っち、まさか本気なの……?」
思わず鞠莉が、一歩たじろぐ。
「ふっふっふ……どうでしょう?」
さらに千歌が一歩詰め寄った時、
「おはよう皆! 遅れてごめ……って、何この状況?」
部室に飛び込んできた果南が、放心するメンバーを見て怪訝な顔ををする。
「あ、果南ちゃん」
「逃げて果南!」
「は、はい?」
突如叫んだ鞠莉に、当然果南は首を傾げる。
スタスタと果南に歩み寄る千歌。
「もうこの千歌っちは……果南の知る千歌っちじゃないのよ!」
「鞠莉、何言って……」
「かーなんちゃん」
千歌が笑って、果南を見上げる。そして七人を墜としてきたように、セリフを放つ為に息を吸い込む。
「んー……ハグッ」
「ふえ?」
その前に、果南にハグされた。
「どうせまたマンガか何かに影響されたんでしょ? すぐにのめり込んじゃうんだから……」
ポンポンと、千歌の頭を叩く。
「う〜……果南ちゃぁん!」
「千歌は昔から全然変わってないね〜。よしよし」
「う〜〜〜〜……!」
バタバタ暴れながらも、千歌は果南の抱擁を解く事はしなかった。
こうして、高海千歌のイケメン騒動は、幕を閉じた。
後日、
「今度はワルになってみよう!」
「悪い事する千歌は、嫌いになっちゃうかもなー」
「ワルはやめた!」
すべてを包み込む果南ちゃんの包容力…
やっぱり果南ちゃんは強かった
個人的に、果南ちゃんのハグは最強なのです……