東條希生誕祭2017
希ハッピーバースデー!
「え、希って明日が誕生日なの?」
「そうなのよ」
「言ってくれれば……」
「そうなのよねぇ。希ってば、そういうの全然言ってくれないから……」
「でもとにかく、教えてくれてありがと」
「どういたしまして。どんなお祝いするのか、楽しみね」
「からかわないでよ」
翌日。
学校に向かっていた希は、
「あれ?」
普段は見かけない者を見かけた。
「真姫ちゃんやん。どうしたんこんな所で」
「あ、えっと……」
真姫は開きかけた口を、再び閉じてしまう、
「お家こっちじゃなかったやん?」
「…………」
「あ、もしかして凛ちゃんと花陽ちゃんと待ち合わせ? でも、今までここで見た事ないしなぁ」
「だからその……」
「こーんな地元で、迷っちゃったん〜?」
「…………あ〜もうっ! 鋭いのか鈍いのかハッキリしなさいよ!」
「ま、真姫ちゃん……?」
突然声を張った真姫に、希は戸惑ったような笑顔を浮かべる。
真姫は鞄から何か紙包みを取り出すと、
「はいコレ!」
半ば押し当てるようにそれを手渡した。
「えっと……?」
「プレゼントよ! あなた、今日誕生日なんでしょ?」
「ああ、そういう……って、どうして真姫ちゃんがウチの誕生日知ってるん?」
「絵里から聞いたの。そして、希がそれを全然教えようとしない事も」
「絵里ち……」
希の脳裏に、金髪のポニーテールが浮かぶ。
「わ、渡すもの渡したし、私はこれで行くわね!」
「おっと、ちょい待ち」
歩き出そうとした真姫の手を、希は掴む。
「……何よ」
「せっかくやし、一緒に行こ? 同じ所に行くんやし」
「まあ……そうね」
「わーい、真姫ちゃんと登校デートや〜」
「バカな事言わないで!」
真姫と希は並んで歩きながら、
「……ねえ、一つ訊いていい?」
「んー?」
「どうして、誕生日を教えないの?」
「んー、どうしてかって言われると、答えにくいなぁ。祝って欲しくない訳じゃないんよ? でもほら、ウチ転校が多かったし、昔から友達と呼べる友達が全然いなかったんよ」
希は空を見上げながら、独り言のように話す。
「誕生日を教えて、そんなに仲良くないのにお祝いされてもお互い気まずいやん? だからいつの間にか、話さなくなっちゃったんよ。その癖が残ってるん」
「…………」
自分も同じだ。隣を歩く先輩に、真姫は自分と似た影を感じた。
仲良くなれなくて、距離をとって、それでいいと思っていた。誕生日なんて、大した事ない普通の日だ、と。早い誕生日を言い訳にして、自分の気持ちを押し隠していた。
「……今も」
「ん?」
「今も、そう思ってるの?」
真姫は歩みを止めた。数歩先を歩いた希は、立ち止まって振り返る。
「私達は、誕生日を知っても祝わないって。そう思ってるの?」
「ちょ、そんな事言ってへんやん。ウチはただ、ちょっと昔話を……」
「昔の話なんてどうでもいいわよ!」
思わず叫んでしまった。そうしないといけない気がした。でないと、目の前の人は本音を隠してしまいそうだったから。
「私はμ'sに入って、今まで知らなかった事を沢山知ったわ。こんな私でも、居場所があるんだって。そう思えた」
「真姫ちゃん……」
「μ'sはそういう場所。それは希、あなたも同じ」
真姫は歩み寄る。正面から見据えて、瞳の奥を覗き込む。
「本音を隠して逃げようだなんて、私が許さないわ」
一切の揺るぎなく、真姫は希を見据え続ける。希もまた、それを受け止め続ける。
「…………はー」
不意に、希が目を閉じて息を吐いた。
「あんなに不器用で頑固だった真姫ちゃんが、こんなになるなんてなぁ」
「な、何よ」
「どこぞのリーダーの影響力は、凄まじいなぁ……」
やれやれとかぶりを振る希。その様子に、真姫はその態度に戸惑い、耐え切れずさらに一歩近付く。
「あの……」
その瞬間、希の目が怪しく光る。
「わしっ」
「キャアァァァァッ⁉︎」
唐突に胸部を掴まれ、真姫は悲鳴を上げる。
「うーむ、あの頃から特に発達はしてへんなあ」
「な、何すんのよ!」
「ウチなりのお礼の仕方やん。嬉しかったやろ?」
「嬉しくないわよ!」
うずくまって睨みつけてくる真姫に、希はニッコリと笑顔を向ける。
「ありがとな、真姫ちゃん。ウチだって、迷ってたんよ。まだ、μ'sに入ったばかりやしね」
「…………」
若干憮然とした表情の残しつつ、真姫は立ち上がる。そして、
「ほら、行くわよ」
希の手を取った。
「え、いや、自分で歩けるよ?」
「いいから」
真姫は顔だけ向けて、強気な笑顔を見せる。
「μ'sに入った以上、どうなるのか教えてあげるわ」
希を引っ張ったまま、音ノ木坂学院へ到着する二人。そこで、
「のっぞみちゃ〜ん! お誕生日おっめでと〜!」
七人が出迎えた。
「え、え、みんなどうしたん?」
「真姫ちゃんが教えてくれたんだ〜!」
希が横を見ると、
「……言ったでしょ。μ'sにいるとどうなるか、って」
ちょっとだけ赤く染まりそっぽ向く顔があった。
「やーん真姫ちゃん可愛い〜」
「からかわないでよっ」
思い出したように、希は右手に握られていた存在を見やる。
「プレゼント、開けてええ?」
「……ご自由に」
「え、真姫ちゃんプレゼント用意してたの⁉︎ 穂乃果何にも準備してないのに〜!」
「昨日の今日で、やるじゃない、真姫」
「〜〜〜〜〜〜っ」
トマトのように染まっていく真姫の顔。
それをニヤニヤしながら包みを開けた希は、
「これ……」
中身を見て、表情が変わった。
希の両手に握られていたのは、
「交換日記……?」
「そ。みんなが希と、希がみんなと話せるようにって」
「…………」
「な、何か言いなさいよ!」
固まってしまった希と、メンバーからの生温かい視線に耐え切れなくなり、真姫は声を上げた。
「……やー。嬉しくて。嬉しくてビックリしてもうたん。こういうプレゼント貰えるなんて、思ってもなかったから……」
希は交換日記を胸に抱くと、
「ありがとう、真姫ちゃん。大切にするね」
柔らかく微笑んだ。
「…………!」
唐突な標準語に真姫が不意打ちを食らっている間に、
「みんな〜、沢山書いてな〜!」
『わー!』
希はいつもの調子に戻る。
その切り替わりの早さで言葉に困った真姫は、
「……面倒な人」
苦笑して呟いた。
近くて遠い、似ていて違う、そんな不思議な、お姉さん。今日はその、誕生日。
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