2016-06-09 13:01:56 更新

概要

のんたんハッピーバースデー!
今回はアカツキ☆さんhttp://sstokosokuho.com/user/info/1668にリクエストをいただきました。
Twitterはこちら@mumisokou


六月。梅雨前線が北上してくる中、珍しく快晴だった練習帰り。

「希ちゃん、じゃ〜ね〜!」

「また明日にゃ!」

「にこ達の本気、楽しみにしてなさいよ!」

夕焼けで染まる帰り道、リーダー、次期リーダー、部長の三人が思い思いに叫んだ。

「ふふ、また明日な〜。楽しみにしとるで」

「いよいよ希の誕生日ね」

隣を歩く生徒会長に、希は苦笑を向ける。

「もう、そんな大層な日やないで? 初めてでもないんやし……」

「確かにそうかもだけど、μ'sとしてお祝いするのは初めてでしょう? みんな楽しみにしてるのよ」

「そんな事言われると……照れるやん」

「穂乃果達じゃないけど、明日は楽しみにしていてね。いつも私を支えてくれる副会長さんを、全力でお祝いしなくちゃだから♪」

「もう……絵里ちまで……」

「ごめんなさいね。でも、そのつもりでいてね」

「心の準備は、しとくつもりよ」

「そうこなくっちゃ」

二人はいつもの分かれ道まで来ると、それぞれ手を振って別れた。

「それじゃあね、希。また明日」

「また明日やんな、えりち」

一人で暮らすマンションへと歩を進める希は、ふと紅く染まる空を見上げた。

「……μ's、か」

確かに名前を付けたのは自分だ。九人で走り出す事も、何となく予感はしていた。でもそれは、穂乃果がスクールアイドルを始めたから。廃校阻止のために頑張る穂乃果を、絵里を、自らの夢のために頑張るにこを、応援し時には手助けをしてきただけなのだ。

「まあ今の立ち位置も、嫌いやないけどな」

絵里と仲良くなるためのこの適当な関西弁も、すっかり定着してしまった。自分でも意識しないと、標準語にならないほどに。

マンションの部屋の前まで来た希は、鍵を取り出す。

ずっと一人だった。転校も多かったし、両親も毎日忙しそうだった。

高校では絵里と知り合えたが、四六時中一緒にいられる訳ではなかった。やはり、一人でいる時間は多かった。「一人でいるのは嫌いじゃない」と言い聞かせて。

「それが今じゃあ、八人やもんな。随分一気に賑やかになったもんやなぁ」

密かに願っていた日常に、笑みが溢れた。

少し寂しさは残るが、“この毎日が大好き”なのだ。いくらでも我慢できる。明日には自分のためにみんなが祝ってくれる。

そう思って希は、鍵を差し込み回した。


音はしなかった。


「…………?」

すなわち、すでに鍵が開いている事を意味するのだが、いくらなんでもそんなうっかり屋ではない。

「……嫌な予感がするんやけど」

希が一人暮らしという事は、少し調べれば分かってしまうだろう。

「……何かあったら、すぐにお巡りさん呼ぼ」

いつでも110番できるようにケータイをスタンバイすると、希はゆっくりとドアノブを回した。

僅かに開けた隙間から中を覗く。

リビングの電気が付いていた。この時点で誰かがいる事は確定なのだが、希の意識は他にあった。

「何でや……?」

漂ってくる、紅茶の匂い。不法進入して紅茶を淹れる空き巣など、聞いた事がない。

そしてもう一つ。玄関にある、女性のパンプス。

「……!」

見覚えがあった。最後に見たのがいつだったか思い出せないほどに、懐かしい靴。もはや警戒心など吹き飛んだ希は、ドアを開け放ってリビングへ駆け込んだ。

そこで希の目が捉えたのは、イスに座り紅茶を飲む一人の女性。その女性は希に振り向くと、優しく微笑んだ。

「お帰りなさい、希」

「お母さん……」




「__はい、どうぞ」

「あ、ありがとう……」

母親の正面に座った希は、若干緊張しながら出された紅茶にお礼を言った。

「久しぶりね。いつぶりかしら」

「えっと……一年ぶりくらい……?」

「お正月くらいは会いたかったわねぇ。ごめんなさい」

「そ、そんな、謝る事じゃ……」

慌てる希に、母親は小さく笑う。

「ふふっ、そんな緊張しなくても」

「それは……」

希には難しかった。普段は会わないのだ。ふと、穂乃果と両親の距離感が羨ましくなった。

「……あれが、家族なんやろうな」

思わず零れた独り言。

「あら? しばらく会わない間に、随分不思議な喋り方するようになったのね」

だが流石は母親か、そこは漏らさずキャッチする。

「え、あっ……。こ、これは……」

言えない。

友達を作るための、自分と同じ人の気を引くための、ズルだなんて。希には言えなかった。

「いいのよ。一人で、大変だったのよね。本当に希には、苦労と迷惑をかけてしまったと思うわ」

「__ちゃう!」

「え?」

「お母さんも、お父さんも悪い訳じゃない。ウチが__私が、ワガママ言ったから……」

「希……」

訪れる、沈黙。

「__でも、」

再び口を開いた希。

「私は一人じゃないよ。寂しくもなかった。大切な友達、ううん。仲間ができたから……」

「__μ's、でしょ?」

「……! 知ってたの……?」

「勿論。娘の活躍、いつもお父さんと応援してるわよ」

「…………」

何だか恥ずかしかった。μ'sの活動は、見られていたのか。

そこで希は、ふと気付く。

「お父さんは?」

「買い物に行ってるわよ。あなたを祝うために、ね」

「え……」

予想外の一言に、希は言葉を失った。

「本当は仕事あったのよ。でも、高校最後の娘の誕生日ですもの。無理矢理にでも休みを取るのが、親の努めでしょ?」

「お母さん……」

申し訳なさは、勿論あった。だがそれ以上に、嬉しさが勝った。

__とそこで、玄関のドアが開く音がした。

「お父さん、帰ってきたみたいね。それじゃ、ご飯にしましょ。今作るわね」

「あ__私も、手伝うよ」

「あら希、料理できるようになったのかしら?」

「いや……全然できないけど、お母さんと料理がしたいの」

それを聞いた母親は、少し驚いてから笑った。

「そうね。じゃあお願いしようかしら。希、手伝ってくれる?」

「うん!」





いつ以来だろうか。

食事を終えてベッドに腰掛け、三人で日付が変わるのを待っていた希は考えていた。

こんなにも、素の自分でいられたのは。別に、μ'sで自分を偽っている訳ではない。だが、癖とはいえズルから生まれた口調は消えなかった。

いや__それは違う。μ'sは、自分の全てを受け入れてくれたのだ。

「希が元気そうで、お母さん安心しちゃった」

今この瞬間だけは、私は『μ'sの東條希』ではないのだ。引っ越しばかりしていた、『この二人の一人娘』なのだ。

「うふ、ふふふ……」

ポテン、と母親の肩にもたれかかった。逆側の手で、父親の手を握る。

「あら、どうしたの?」

甘えたい。この時間を、目一杯胸に刻みたかった。

「何だか嬉しくて。ダメ?」

「いいえ。希は甘えん坊さんね」

「普段は、もっとシッカリしてるもん。こう見えて、生徒会副会長だもん」

「そうだったわね。ちゃんと知ってるわよ。責任感あって、偉いじゃない」

「えへへ……」

__その時、カチン、と時計が小さな音を立てた。

日付が変わった。

「今日になったわね。希、お誕生日おめでとう」

「うん。ありがとう」

みんなには、ちょっと見せられないかな。私だって、甘えたい時はあるんだよ? 秘密、だけどね。

朝起きたら、きっと戻ってる。μ'sの、東條希に。

だから今は、もう少しこのままで。もう少しだけ、この温もりに甘えていたい。







今日、私は十八歳になりました。


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ばーむくーへんさんから
2016-06-09 21:31:59

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2016-06-09 21:32:01

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