東條希生誕祭2016
のんたんハッピーバースデー!
今回はアカツキ☆さんhttp://sstokosokuho.com/user/info/1668にリクエストをいただきました。
Twitterはこちら@mumisokou
六月。梅雨前線が北上してくる中、珍しく快晴だった練習帰り。
「希ちゃん、じゃ〜ね〜!」
「また明日にゃ!」
「にこ達の本気、楽しみにしてなさいよ!」
夕焼けで染まる帰り道、リーダー、次期リーダー、部長の三人が思い思いに叫んだ。
「ふふ、また明日な〜。楽しみにしとるで」
「いよいよ希の誕生日ね」
隣を歩く生徒会長に、希は苦笑を向ける。
「もう、そんな大層な日やないで? 初めてでもないんやし……」
「確かにそうかもだけど、μ'sとしてお祝いするのは初めてでしょう? みんな楽しみにしてるのよ」
「そんな事言われると……照れるやん」
「穂乃果達じゃないけど、明日は楽しみにしていてね。いつも私を支えてくれる副会長さんを、全力でお祝いしなくちゃだから♪」
「もう……絵里ちまで……」
「ごめんなさいね。でも、そのつもりでいてね」
「心の準備は、しとくつもりよ」
「そうこなくっちゃ」
二人はいつもの分かれ道まで来ると、それぞれ手を振って別れた。
「それじゃあね、希。また明日」
「また明日やんな、えりち」
一人で暮らすマンションへと歩を進める希は、ふと紅く染まる空を見上げた。
「……μ's、か」
確かに名前を付けたのは自分だ。九人で走り出す事も、何となく予感はしていた。でもそれは、穂乃果がスクールアイドルを始めたから。廃校阻止のために頑張る穂乃果を、絵里を、自らの夢のために頑張るにこを、応援し時には手助けをしてきただけなのだ。
「まあ今の立ち位置も、嫌いやないけどな」
絵里と仲良くなるためのこの適当な関西弁も、すっかり定着してしまった。自分でも意識しないと、標準語にならないほどに。
マンションの部屋の前まで来た希は、鍵を取り出す。
ずっと一人だった。転校も多かったし、両親も毎日忙しそうだった。
高校では絵里と知り合えたが、四六時中一緒にいられる訳ではなかった。やはり、一人でいる時間は多かった。「一人でいるのは嫌いじゃない」と言い聞かせて。
「それが今じゃあ、八人やもんな。随分一気に賑やかになったもんやなぁ」
密かに願っていた日常に、笑みが溢れた。
少し寂しさは残るが、“この毎日が大好き”なのだ。いくらでも我慢できる。明日には自分のためにみんなが祝ってくれる。
そう思って希は、鍵を差し込み回した。
音はしなかった。
「…………?」
すなわち、すでに鍵が開いている事を意味するのだが、いくらなんでもそんなうっかり屋ではない。
「……嫌な予感がするんやけど」
希が一人暮らしという事は、少し調べれば分かってしまうだろう。
「……何かあったら、すぐにお巡りさん呼ぼ」
いつでも110番できるようにケータイをスタンバイすると、希はゆっくりとドアノブを回した。
僅かに開けた隙間から中を覗く。
リビングの電気が付いていた。この時点で誰かがいる事は確定なのだが、希の意識は他にあった。
「何でや……?」
漂ってくる、紅茶の匂い。不法進入して紅茶を淹れる空き巣など、聞いた事がない。
そしてもう一つ。玄関にある、女性のパンプス。
「……!」
見覚えがあった。最後に見たのがいつだったか思い出せないほどに、懐かしい靴。もはや警戒心など吹き飛んだ希は、ドアを開け放ってリビングへ駆け込んだ。
そこで希の目が捉えたのは、イスに座り紅茶を飲む一人の女性。その女性は希に振り向くと、優しく微笑んだ。
「お帰りなさい、希」
「お母さん……」
「__はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
母親の正面に座った希は、若干緊張しながら出された紅茶にお礼を言った。
「久しぶりね。いつぶりかしら」
「えっと……一年ぶりくらい……?」
「お正月くらいは会いたかったわねぇ。ごめんなさい」
「そ、そんな、謝る事じゃ……」
慌てる希に、母親は小さく笑う。
「ふふっ、そんな緊張しなくても」
「それは……」
希には難しかった。普段は会わないのだ。ふと、穂乃果と両親の距離感が羨ましくなった。
「……あれが、家族なんやろうな」
思わず零れた独り言。
「あら? しばらく会わない間に、随分不思議な喋り方するようになったのね」
だが流石は母親か、そこは漏らさずキャッチする。
「え、あっ……。こ、これは……」
言えない。
友達を作るための、自分と同じ人の気を引くための、ズルだなんて。希には言えなかった。
「いいのよ。一人で、大変だったのよね。本当に希には、苦労と迷惑をかけてしまったと思うわ」
「__ちゃう!」
「え?」
「お母さんも、お父さんも悪い訳じゃない。ウチが__私が、ワガママ言ったから……」
「希……」
訪れる、沈黙。
「__でも、」
再び口を開いた希。
「私は一人じゃないよ。寂しくもなかった。大切な友達、ううん。仲間ができたから……」
「__μ's、でしょ?」
「……! 知ってたの……?」
「勿論。娘の活躍、いつもお父さんと応援してるわよ」
「…………」
何だか恥ずかしかった。μ'sの活動は、見られていたのか。
そこで希は、ふと気付く。
「お父さんは?」
「買い物に行ってるわよ。あなたを祝うために、ね」
「え……」
予想外の一言に、希は言葉を失った。
「本当は仕事あったのよ。でも、高校最後の娘の誕生日ですもの。無理矢理にでも休みを取るのが、親の努めでしょ?」
「お母さん……」
申し訳なさは、勿論あった。だがそれ以上に、嬉しさが勝った。
__とそこで、玄関のドアが開く音がした。
「お父さん、帰ってきたみたいね。それじゃ、ご飯にしましょ。今作るわね」
「あ__私も、手伝うよ」
「あら希、料理できるようになったのかしら?」
「いや……全然できないけど、お母さんと料理がしたいの」
それを聞いた母親は、少し驚いてから笑った。
「そうね。じゃあお願いしようかしら。希、手伝ってくれる?」
「うん!」
いつ以来だろうか。
食事を終えてベッドに腰掛け、三人で日付が変わるのを待っていた希は考えていた。
こんなにも、素の自分でいられたのは。別に、μ'sで自分を偽っている訳ではない。だが、癖とはいえズルから生まれた口調は消えなかった。
いや__それは違う。μ'sは、自分の全てを受け入れてくれたのだ。
「希が元気そうで、お母さん安心しちゃった」
今この瞬間だけは、私は『μ'sの東條希』ではないのだ。引っ越しばかりしていた、『この二人の一人娘』なのだ。
「うふ、ふふふ……」
ポテン、と母親の肩にもたれかかった。逆側の手で、父親の手を握る。
「あら、どうしたの?」
甘えたい。この時間を、目一杯胸に刻みたかった。
「何だか嬉しくて。ダメ?」
「いいえ。希は甘えん坊さんね」
「普段は、もっとシッカリしてるもん。こう見えて、生徒会副会長だもん」
「そうだったわね。ちゃんと知ってるわよ。責任感あって、偉いじゃない」
「えへへ……」
__その時、カチン、と時計が小さな音を立てた。
日付が変わった。
「今日になったわね。希、お誕生日おめでとう」
「うん。ありがとう」
みんなには、ちょっと見せられないかな。私だって、甘えたい時はあるんだよ? 秘密、だけどね。
朝起きたら、きっと戻ってる。μ'sの、東條希に。
だから今は、もう少しこのままで。もう少しだけ、この温もりに甘えていたい。
今日、私は十八歳になりました。
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