星空凛生誕祭2015
凛ちゃんハッピーバースデー!
「じゃあ今日の練習はここまで! 次からは通しでやるから、みんなステップのおさらいをしておくように!」
絵里の号令で、本日の練習はお開き。
それぞれ返事をすると、帰り支度を始める。
花陽が簡単に荷物をまとめると、
「凛ちゃ__」
「凛、さっきのステップ、ちょっと見てもらえないかしら。よければ見本を見せて欲しいの」
花陽の声を遮って、絵里が声をかける。
「凛が? 絵里ちゃんに?」
本人はキョトンとしていたが、
「凛の運動神経は、μ'sの誰も敵わないわよ。ね、だから教えて欲しいの」
絵里は笑顔で返す。
「おお! そういう事なら任せるにゃ!」
そう言われた凛は顔を輝かせると、颯爽と華麗なステップを踏む。
「タッタラッタララランタンッ♪ ここでターン!」
「こうかしら……?」
「うーん……ちょっと勢いが弱いにゃ。もっと力強くやるとうまくいくよ!」
「なるほど……分かったわ。帰ったら復習してみる。ありがとう、凛」
「どういたしましてにゃ!」
凛と絵里が仲良く言葉を交わす間、花陽は何も言わなかった。言えなかった。もはや遥か先を走る大切な友達を、ただただ凄いなぁ、と見つめていた。
その翌日、十一月一日。
今日は一年に一度訪れる、大切な日。花陽にとっては、自分が主役となる日よりも、待ち遠しい日。
夕方から学校に集まり、みんなで簡単なパーティーを開く予定になっている。
その午前中。自宅で何もせずに座っていた。本当は今すぐ凛の家に赴き、真っ先におめでとうと伝えたい。
「…………」
だがそれをさせない何かが、花陽を縛っていた。
__凛ちゃんは変わった。ファッションショーを成功させ、自らのコンプレックスをも打ち破った彼女は、もう追い付けないほど遠くへ行ってしまった。誰よりも可愛く、魅力的な存在に。
そんな考えが、花陽にのしかかっていた。考えすぎ。そうだとしても、不安は拭いきれない。
「どうしよう……」
そういえば、プレゼントも用意していない。今の彼女に何をあげればいいのか、分からないのだ。
「…………」
気持ちがモヤモヤした時は、散歩が一番。意を決して立ち上がった花陽は、靴を履くと玄関のドアを開けた。
「__あ、かよちん!」
目の前に、凛がいた。
「凛ちゃん⁉︎ どうしたの⁉︎」
「今日は凛の誕生日でしょ?」
「あ、うん。__お誕生日、おめでとう」
「ありがとにゃ〜。__でねでね、夕方まで退屈だったから、かよちんと遊びに行こうと思って!」
「へっ?」
そこまで言った凛は、花陽の格好を見て顔を輝かせる。
「もしかして、かよちんも同じだった? すごーい! 凛たち息ピッタリだね!」
凛は花陽の手を掴むと、
「さあ行っくにゃ〜!」
勢いよく走り出した。
かよちんは凛の大切な友達。小さい頃からずっと一緒だし、今もこれからも一緒にいたい。ちょっと頼りなく見える部分もあるけど、それでも凛よりずっと強くて可愛い、誰よりもアイドルらしい女の子。
そんな花陽を連れ出した凛は、早速自分の無計画さに困っていた。街に繰り出したはいいものの、目的地を決めていなかったのだ。
夕方からはみんなでパーティー。そこでご飯を食べるので、今食べる訳にはいかない。
「かよちん、どうしよう?」
「うーん……じゃあ、洋服を見に行くのはどう?」
「! それいいにゃ! そうしよう!」
ナイスアイデアかよちん!
自分では思いつけないアイデアも、あっさりと考えてのける。やっぱり敵わない。花陽の手を引きながら、凛はそんな事を考えていた。
「あ、これ可愛いにゃ」
凛が手に取ったスカートを見て、花陽も賛同する。
「ほんとだね〜」
「じゃあかよちん、着てみるにゃ!」
「へ? 凛ちゃんが着るんじゃないの?」
花陽は目を丸くする。
「だってかよちんの方が似合うもん。ほらほら、早く早く!」
半ば強引に、凛は花陽を試着室に押し込んだ。
「…………」
花陽やメンバーがいくら可愛いと言ってくれても、自分のレベルは身に染みて分かっているのだ。あんなにも可愛い仲間と一緒にいれば、そう思ってしまうのも当然だろう。
ずっと一緒だった花陽も、いつかは凄いアイドルになって、自分とはまったく別の世界へと羽ばたいていくのだろう。
「__あ、そうだ! せっかくだから、かよちんに似合うアクセサリーとかも選んであげよう!」
そう呟いて小物を探しに行く凛。
心の想いは、表には出さない。自分が思っているだけなのだ。そんな理由で、友達を引き止める訳にはいかないから。
「__かーよちん! お待たせ!」
凛が小物を抱えて試着室の前に戻ると、
「あれ? かよちん……?」
試着室は空。花陽の姿も無い。
「んー……」
凛はしばらく考えていたのだが、
「きっと別の服を探しに行ったんだ!」
そう結論づけた。
__だからなのか。
「凛ちゃん!」
「あ、かよち__」
自分を呼ぶ花陽の顔が今にも泣き出しそうであった事に、面食らったのは。
「ど、どうしたの? そんな顔して……。凛、何かした……?」
慌てて謝る凛の声には答えず、
「凛ちゃん……!」
花陽は勢いよく抱き付いてきた。
「かよちん……?」
「嫌だよ、凛ちゃん……。私、嫌だよ……」
耳元で、消え入りそうな声でそう言われ、凛も言葉に詰まる。__やはり、このままの自分といるのは__
「いなくなっちゃ、嫌だよ!」
「……え?」
ようやく体を離した花陽は、凛に向かって訴える。大粒の涙を零しながら。
「私よりずっと凄くて可愛い凛ちゃんなら、もっと新しい世界に行ける事は分かってる! それが、私にはできない事も……。__でも! 私は凛ちゃんと一緒にいたい。遠くに行かないで!」
「…………」
凛は目の前の景色が、急激に明るくなる錯覚に陥った。置いて行かれると思っていたのは、自分だけではなかったのだ。花陽もまた、同じように悩んでいた。
「かよちんは……凛を置いて遠くに行ったりしない……?」
「もちろんだよ! 私は凛ちゃんを追いかけるので精一杯だけど、もし追い抜いちゃったら、止まってあげる!」
「__あは……あははっ」
「__ぷっ……あははっ」
気が付けば、凛は笑っていた。涙を流しながら、笑っていた。嬉しかった。
気にする必要はないのだ。かよちんが遠くへ行ってしまうなら、凛も追いかける。もしも凛が先に行ってしまったなら、待ってあげる。それだけの、簡単な事だったのだ。
__大好きな、大好きなかよちんと、いつまでも一緒にいるために。
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