南ことり生誕祭2017
ことりちゃんハッピーバースデー!
九月十一日の深夜。時計の針を眺めながら、ことりは“その時”を待っていた。
毎年の事なので、いつもは寝てしまうことりも今夜だけは待つ。日付が変わったその時に、もしかしたらちょっとだけフライングするかもしれない幼馴染からの電話に、出る為に。
残り一分を切った。ことりは、手元のケータイに視線を落とす。液晶は真っ暗なままだ。今年は、フライングは無さそう。思わず笑みがこぼれた。
残り十秒、九秒、八秒、
チャイムが鳴った。
「……へっ?」
思わぬ音に、ことりは変な声を上げた。
こんな深夜に、一体誰が。ことりは首を傾げながらも、玄関に向かう。母親は、明日は早いらしくすでに寝ている。夜にはお祝いしてくれるから、そこまで気にしていない。
「どちら様ですか〜?」
念の為チェーンをかけたまま、ことりはドアを開ける。
視界に映るチェーン。その先には、
「こんばんは。ことり」
「う、海未ちゃん⁉︎」
幼馴染の、姿。思わずドアを開けようとして、チェーンが伸びきって腕がぶつかる。
「あぅっ……」
「落ち着いて下さい」
「う、うん……」
一度ドアを戻しチェーンを外すと、今度はドアを開け放つ。
「…………」
「ど、どうして海未ちゃんがここに……?」
静かに佇む海未に、ことりは混乱を隠せない。
「ことり」
「う、うん」
海未は真っ直ぐにことりを見据えると、
「お誕生日、おめでとうございます」
そう言い放った。
「……へ?」
ふと手に持ったままのケータイに視線を落とすと、すでに日付が変わっていた。
そのまま帰す訳にもいかず、ひとまず海未を自室にあげたことりは、まだいまいち現状を把握できていない様子で、並んでベッドに腰掛けチラチラ横を見る。
「どうしたのです、そんなにソワソワして」
「だ、だって、まさか海未ちゃんが来るなんて思ってなかったから……」
この真面目な幼馴染は、夜にとても弱い。普段日付が変わる前には寝てしまう海未が、こうしてこの時間に起きている事自体普通ではない。
ことりの心情を察したのか、海未は悪戯っぽく笑う。
「私にだって、夜更かしする日くらいあります」
それが今日という事なのか。
納得しかけたことりだったが、さらなる疑問が襲う。
「でも、それならわざわざうちに来なくても、電話で良かったんじゃ……」
「それは……」
そこまで言って、ことりは正解に気付く。
「海未ちゃん♪」
ニッコリ笑顔で、海未へ向き直る。
「負けたく、なかったんだね?」
「うっ……」
二人の脳裏には、元気に揺れるサイドテール。二人が大好きな、二人を大好きすぎる、猪突猛進幼馴染。
「…………はぁ」
海未は諦めたように、一つ大きく息を吐いた。
「私だって、穂乃果に負けないほどにことりを大切に思っています。そしてこんな競争で、その気持ちに優劣がつくとも思いません。ですが、だからと言って穂乃果に先を越されてばかりでは面白くありません。ことりを想う気持ちは、世界一だと自負しています!」
そんな海未のセリフを、ことりはポカンと口を開けて聞いていた。まさか、この海未からそんな言葉が聞けるとは。想像以上の破壊力に、一瞬許容範囲を超えてしまった。
だがそこに理解が追いつくと、あっという間に驚きを喜びが上回っていく。
「海未ちゃぁん♪ 私、嬉しいっ」
「こ、ことり⁉︎ 近いですよ⁉︎」
にじり寄ったことりに海未は仰け反って距離を取るが、ベッドに腰掛けた状態では逃げられるはずもなく。
ベッドに倒れた海未に、ことりは覆い被さる。
「こ、ことり……?」
「海未ちゃん……やっぱり可愛いね」
「あ、あの……」
ことりは右手を海未の頬に添え、
「お肌スベスベだし……」
次いで広がった髪を手で梳く。
「こ〜んなに髪の毛サラサラだし……」
「いえ、あの……」
ことりは意味深な微笑みで、海未を見下ろす。
「どんな衣装だって似合っちゃう海未ちゃんは、とっても魅力的だと思うな♪」
「そ、それよりもことり……その、そこからどいていただけると……」
遠慮がちな海未の申し出は、
「ダ〜メ♪」
笑顔で一蹴された。
「海未ちゃん、恥ずかしがり屋さんだからね。こうやってちょっとでも慣れておかないと♪」
「……ことり、楽しんでますね?」
真意を見抜かれてしまったが、ことりはあまり気にしない。この幼馴染が押しに弱い事は、よく知っている。
「もうちょっとだけ……お願ぁい、海未ちゃん」
「私もいつまでも、やられっぱなしではいられないのですよ……」
「?」
「はぁぁ!」
「きゃっ」
海未は唐突に起き上がると、ことりの両肩を掴んで思い切り身体を捻った。結果、
「…………」
「…………」
二人の位置が入れ替わった。
「ど、どうですかことり。私だって、やればできるのです……!」
自慢気に自分を見下ろしてくる海未に、ことりは一言。
「乱暴には、しないでね……?」
「ぐっ……⁉︎ ことり、それは……それはずるいです……!」
ダメージが大きすぎたのか、海未は顔を真っ赤にして目を回して倒れてしまった。
「…………」
訪れる静寂。しばらくして聞こえてくるのは、一人分の静かな寝息。
そのまま寝入ってしまった海未の穏やかな寝顔を見つめながら、
「〜〜〜〜〜〜っ!」
ことりは真っ赤に染まった顔を、必死に覆って隠していた。
ビックリした。驚いた。まさかあの海未が、あんな行動に出るなんて。
さっきのセリフも、混乱していて自分が何を言ったのか思い出せない。とても恥ずかしい言葉を、口走った気がする。
もう何年も一緒にいるのに、こんな気持ちになるなんて。
「…………」
本当に、油断ならない。
ようやく落ち着いたことりは、呑気にも見える寝顔を眺める。
「きっと、無自覚なんだろうなぁ……」
手玉に取られる悔しさから、一泡吹かせようとしただけなのだろう。それがまさか相手をこんな気持ちにさせたとは、本人は思ってすらいないだろう。
「……ふふっ」
思わぬ反撃に慌ててドキドキして、そんな自分が滑稽に思えてきた。ことりは思わず、笑い声を漏らした。
部屋の電気を消すと、ことりは海未に密着するようにして横になった。
「おやすみ、海未ちゃん♪」
翌朝の慌てた顔が、容易に想像できてしまう。勿論、それを狙っているのだが。
「大好き♡」
その一言は、闇に吸い込まれた。
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