絢瀬絵里生誕祭2015
絵里ちハッピーバースデー! 何故か直せない文字化けがあります。ごめんなさい
十月二十一日。放課後。今日は練習も休み。もっとも、それを決めたのは元気すぎるアホの子リーダー。普段日程やメニューを定める人物は、特別扱いの必要はないわ、とやんわり断ったのだが、
「何で⁉ ねえ何で⁉」
若干涙目で迫られては、折れるしかなかった。
__というやり取りがあり、メンバーは部室に集合。各々飲み物の入ったコップを持ち、立ち上がったリーダーが音頭を取る。
「今日は絵里ちゃんの誕生日! だから絵里ちゃん、誕生日おめでとう!」
もはやただの事実確認でしかなかったが、
「ありがとう、穂乃果。みんな。こうしてお祝いしてもらえて、嬉しいわ」
元生徒会長はそんな事は気にしない。気にしても仕方ない。
「かんぱ〜い!」
『かんぱーい!』
コップを掲げ、ぶつける__と中身がこぼれる事を身をもって知っている一部のメンバーは、そこでとどまる。
目の前のテーブルには衣装担当特製のケーキの他に、あまり見覚えのない、しかし絵里にとっては馴染み深いメニュー、ペリメニやボルシチが並んでいた。ロシア料理である。
「まったく〜、絵里ってば面倒な料理好きよね。ロシア料理なんて普段作らないじゃない。大変だったのよ〜」
そんなにこの声を聞きながら、目の前に並ぶ完成度の高いロシア料理を眺める。
「ありがとう、にこ。練習してくれたのね」
「うっ……。変な所で無駄に鋭いんだから……。__ま、いいわ。大体、好物がマイナーすぎるのよ。もっとこのにこにーみたいに、甘々でぇ、簡単にプレゼントできそうなものをえらばなくちゃぁね♪」
にこにースマイルから放たれた彼女なりのアドバイスは、
「はいはいそうね」
「流すな!」
一蹴。
「でも、こうしてみると何だか外国に来ちゃったみたい。__あ、そうだ! 次の衣装は、ロシアの民族風衣装にしようかなぁ。絵里ちゃんに着てもらって、参考にしようっと♪」
その横で、こちらもとんでもない事を言い出す後輩。
「待ちなさいことり。私は許可してないわよ」
「うふふふ♡ お願い♪」
「…………」
元から拒否権なんて無かった。ここに来て、絵里は察する。
「美味しそうだにゃ〜! いただきまーす!」
一番下の新リーダーと、
「ご飯……! 今は白米さえあれば、他はいりません……♡」
新部長は、大体いつも通りで、もはや誰の祝いの場か分からない。
「そんなに急いで食べる必要ないでしょ__ちょっと凛! 私のお皿から取らないでよ!」
「近くにあったんだもーん」
一番まともな作曲担当も、気の毒に巻き込まれていく。
「ねぇねぇ海未ちゃん、どうかなぁ?」
「いや、しかし……」
「お願ぁい……。民族衣装の絵里ちゃんが、もっと可愛くなる歌詞を考えて欲しいの♪」
「う、うううぅぅぅぅぅ…………」
どう考えても被害が広がっている気しかしないが、気にしたら負け、μ'sに入ってからの絵里は、そう思い込む事にしていた。
日が傾き始めた頃、みんなで騒ぎ、楽しかったミニパーティーもおしまい。
「明日からは、ちゃんと練習するわよ?」
一応釘を指しておいた絵里。はーいという簡単な返事を確認して、帰路につく。
「__絵里ち」
門を出た所で、声をかけられた。
「あら希。どうかした? そういえば今日、随分と静かだったわね。もしかして体調悪かった? 気が付かなかったわ……。だとしたらごめんなさい」
「い、いや、自己完結しないでくれへん? ウチはいつも通り元気や」
無駄に速かった頭の回転に困惑しつつ、希は絵里の隣に並ぶ。
「あんな、絵里ち」
「ん?」
「__今日この後、うちに来ない?」
「希の……家?」
「うん」
絵里は少し悩む。真っ先に浮かんだのは、可愛い妹の顔。今頃、帰りを待ち構えている所だろう。朝から機嫌がよく、そして落ち着きが無かった。帰宅が遅くなれば、確実に落胆させてしまうのは想像に難くない。
「__いいわよ」
だが絵里は、気が付けば頷いていた。希の表情が、普段の飄々とした目とどこか違ったのかもしれない。
「ありがと、絵里ち」
「お邪魔します」
玄関で絵里が言うと、先に靴を脱いだ希が苦笑を向ける。
「もう、そんなかしこまる事ないやん」
「そうもいかないわよ。実際誰かの家にお邪魔になるんだもの」
「絵里ちは真面目やなぁ」
「今さら? ずっと一緒にいたじゃない」
「まあそうやけど……」
「だから、“お邪魔します”」
「……絵里ちは絵里ちやね」
二人でベッドに腰掛けながら、揃ってぼんやりと天井を見上げる。
「……今年もお祝いできたなぁ」
不意に、希が呟く。
「どうしたの?」
「今年も、絵里ちの誕生日をお祝いできたなぁって。ちょっと思ったん」
「何よそれ。別に毎年の事じゃない」
「でも絵里ちと出会ったのはたった三年前やし、結構強引やったからなぁ」
「…………」
そこで絵里は、少し考える。
「__ねえ希」
「ん?」
「その口調、私と話すために始めたのよね?」
「え? そうやけど……それがどうかしたん?」
「ちょっと、やめてみてくれないかしら」
「はい?」
「別に悪い意味じゃないのよ? ただ、今となっては長い付き合いだし、特に必要な訳じゃないでしょう?」
「うーん……それはそうやけど……」
「それとも、私と希の仲はその程度って事かしら?」
「そうは言っとらんけど……」
「ね、お願い」
今日が誕生日、という事を意識しているのだろうか。希は相方を少しずるく感じた。
「……ほんと、絵里ちにはかなわないなぁ。普段はしっかり者のくせに、こういう時は甘えてくるんだもん」
「あら、気付かなかった?」
絵里はイタズラっぽい笑みを浮かべる。こんな表情も、二年前には想像もできなかった。そう考えると、結構凄い事ではないかと希は思う。
「でも、珍しいわね。希が強引に誘うなんて。いつもすぐ折れるじゃない」
「何となく……かな。何となく、今日は一緒にいないといけない気がしたの。私達、来年には卒業でしょう? だから、こういう日は、なるべく一緒にいたかった」
そこまで聞いていた絵里は、こらえきれないように笑う。
「何だかその希の話し方、慣れないわね」
「絵里ちがやれって言ったのに……」
「ごめんなさい。でもやっぱり、その希も素敵よ」
ひとしきり笑った後、絵里は希に向き直る。
「別に卒業したからって、会えなくなる訳じゃないわ。心配するほどの事?」
「……そう、なんだけどね」
歯切れの悪い希に、絵里は軽く息を吐き出す。それからおもむろに、ケータイを取り出した。
「絵里ち?」
「__あ、もしもし亜里沙? ごめんなさい、今日は帰れないわ」
『帰れないってどういう事⁉ 今日はお姉ちゃんの誕生日だよ⁉ お祝いしようと思って準備したのに!』
受話器の向こうから、驚愕に震える声が響く。
「ごめんなさい、急用が入っちゃったの。また明日、お願いできるかしら。__それじゃあね」
『あ、ちょっ__』
問答無用で電話は切られる。
電話を切った絵里は、こちらを見て肩をすくめる。
「……よかったの? 信じられないっていうような声聞こえたけど」
「よくはない……けれど、今は希といたいの。亜里沙には、明日謝るわ」
「もう……」
さらりと放たれた言葉に、希は頬が熱を持つのを感じた。
夜。
二人でベッドに潜り込み、かと言って眠る事もせず、静かな時間を過ごしていた。
「__絵里ち、寝ちゃった?」
「まだよ。どうかしたの?」
「んーん、何となく」
「…………。ねえ希、さっき、卒業したら、とか言ったじゃない?」
「うん。でも、絵里ちの言う通り、まったく会えなくなるわけじゃないもんね」
「私もそう思った。__でもそれ以前に、大事な事に気付いたわ」
「?」
絵里は、布団の中で優しく希の手を握る。
「絵里ち……?」
「私はあなたの側にいる。あなたも、私の側にいてくれる。それだけで、充分じゃない?」
希は、暗闇の中こちらを見つめる微笑みを捉える。
「……そうかもしれないね」
それから、二人して笑い声を漏らす。
「__ねえ絵里ち」
「ん?」
「私、絵里ちが大好き」
「私も大好きよ。あなたが思っているのと同じか、それ以上に」
「んふふっ」
「ふふふっ」
何度目かの笑みを漏らした後、
「おやすみなさい、希」
「おやすみ、絵里ち」
お互い手を握ったまま、目を閉じた。
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