小泉花陽生誕祭2017
花陽ハッピーバースデー!
「ぴ……ピヤアアアァァァァァァッ⁉︎」
一月十六日夜。小泉家に、悲痛な叫びが響いた。
「あ、あ、あ……。そ、そんな……」
ショックを受けて崩れ落ちるのは、小泉花陽。明日の主役。
彼女の右手には、今も通知が届く携帯電話が握られていた。そこには、『かよちんの誕生日は、真っ先にお祝いするにゃ!』とか、『かよちんまだ寝たらダメだからね!』とか『明日のパーティの準備も万全にゃ! ご飯も沢山用意したからね!』とか幼馴染のニャンコからのメッセージが次々に届く。
「凛ちゃん……花陽は、もうダメかもしれません……」
ぐったりと力なく通知を眺める花陽。そこに表記されたデジタルの時計が、0時を示した。日付が変わった。
「ピャ⁉︎」
瞬間、携帯電話からコール音が鳴り響いた。
「も、もしもし……」
無視なんてできないので、花陽は電話に出る。
『かよちん、お誕生日おっめでとうにゃ〜!』
耳を突き抜ける、元気すぎる声。
「あ、ありがとう凛ちゃん……」
毎年の事ながら、花陽は戸惑ってしまう。そして今の花陽には、誕生日すら吹き飛んでしまうような衝撃の事実が発覚したのだ。
『かよちん、あまり元気ない?』
「うっ……凛ちゃん……私は……私は……」
『ど、どうしたの? 具合でも悪いの?』
「花陽は、ここまでかも……」
『ええっ⁉︎ かよちん⁉︎ かよちーん!』
およそ半日後、アイドル研究部の部室にて。
「…………」
花陽はテーブルに突っ伏していた。
『…………』
それを、何事かと見つめるメンバー八人。
「……で、何があったのよ」
にこがクラスメイトの後輩二人に振るが、
「分かんないにゃ……」
「朝からずっとこんな感じ」
首を横に振られるだけ。
「花陽ちゃん? 今日はお誕生日だから、おにぎり沢山用意してあるよ?」
「ご飯も、炊けてるよ?」
穂乃果とことりの声に、
「お米……!」
一度は身を起こした花陽だったが、
「おこ、め……」
再び突っ伏してしまう。
「花陽、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「そんなら無理しないで、保健室行こ? お祝いなら、また改めてやればいいんやから」
絵里と希が優しく話しかけるが、
「違うの……違うの……!」
花陽は否定するだけ。
絵里と希も、どうしたものかと顔を見合わせた。
「花陽、せめて何があったのかだけでも教えてくれませんか? こんな状態では心配ですし、私達も協力できるならしたいのです」
海未が花陽の肩に手を置くと、穏やかな笑みを向けた。
「海未ちゃん……?」
ゆっくり顔を上げた花陽の手を、凛が正面から取る。
「そうだよかよちん! かよちんが元気ないと、凛も元気なくなっちゃうにゃ。だから、助けになるにゃ!」
「凛ちゃん……」
しばらく凛の笑顔を見つめていた花陽は、やがて決心したように頷いた。
背筋を伸ばして姿勢を正すと、
「みんな、聞いて欲しいの」
真剣な眼差しで口を開いた。
年が明ける前に、みんなでクリスマスパーティをやったでしょ? ワイワイ話して、楽しくご飯とお菓子とケーキを食べて。その後すぐ大晦日になって、お正月になって、練習もしばらく無かったよね。お正月にはおばあちゃん特製のおせちと、穂乃果ちゃん家から譲ってもらった美味しいお餅を食べて、そのまま焼いてお醤油もいいんだけど、一緒に穂むらから貰ったきなこも凄く美味しくて。それでお餅は沢山あって、美味しいし悪くなっちゃったら勿体無いからお雑煮にしてみたりして、ちょっと削り柚子を入れると風味が増して美味しいの。それからあんこも買ってきておしるこも作って、こしあんは勿論美味しかったんだけど、やっぱりつぶあんも食べたくなって小豆を煮詰めて二種類食べ比べしてみたりして、一年分のお餅を堪能できたと思うの。……それで昨日、何気なく体重計に乗ったら…………。
「…………」
そこまで話して、花陽は再びテーブルに突っ伏した。
『…………』
話の前半からすでに事態を察していた八人は、何とも言えない表情で花陽を見つめていた。
「……ほぼお餅の話しかしてないじゃない」
にこの言葉に、花陽はぐうの音も出ない。
「……なるほどね。確かに年末年始は、練習も無かったしこうなる可能性もあったわね」
「……実際、どのくらいだったん?」
希の質問に、花陽はボソリと実数値を告げる。
「……うわぁ」
用意しておいた励ましの言葉を押し退けて、希の口からはそんな声が漏れた。
「体重が増えたなら、戻すしかないわね。花陽には気の毒だけど」
真姫はバッサリと、事実を述べた。
「かよちん……一緒にいたのに、気付けなかった凛の責任でもあるにゃ! だから凛も一緒にダイエットする!」
「凛が体重減らしても仕方ないでしょ。応援するだけにしなさい」
「真姫ちゃん冷たいにゃ!」
「仕方ないでしょ。可哀想ではあるけど、体重管理は自己責任よ」
「む〜…………」
凛が矛を収め、
「じゃあ、花陽の特別メニューを考えないとね。今日はこれで解散に……」
「そうかなあ?」
不意に、穂乃果が呟いた。
当然、視線はそこに集まる。花陽も、力なく穂乃果を見やる。
「何がよ?」
「今日くらいは、いいんじゃないかな?」
「“いい”って……何が?」
「だって今日は、花陽ちゃんのお誕生日だよ? 一年で一番大切な日だよ? そんな日に、悲しくなるなんて、変だと思わない?」
純粋な疑問を問いかけるような穂乃果に、それを否定できるメンバーはいない。
「ダイエットは明日からでもできるけど、お誕生日は今日しかないんだよ? それだったら、穂乃果はお祝いしたいなあ」
穂乃果は花陽の横に移動すると、真っ直ぐ花陽を見つめる。
「花陽ちゃん。穂乃果は花陽ちゃんのお誕生日をお祝いしたいんだけど、花陽ちゃんは、して欲しい?」
「穂乃果ちゃん……」
しばらく穂乃果を見つめ返していた花陽だったが、やがてゆっくりと、確かに頷いた。
「うん、だよね! いいよね、みんな?」
笑顔で七人に向き直った穂乃果。
「……まあ、穂乃果の言う事も一理ありますね。こうして準備もしてしまいましたし、このまま解散するのも勿体無い気がします」
海未は、ホカホカした純白のお米が詰まった炊飯器を見やる。
「それもそうね。元々お祝いするつもりでいたんだし、せっかくの誕生日だものね」
「まあ何だかんだで、絵里ちもノリノリで準備してたもんなぁ〜?」
「か、からかわないでよ……」
「かよちんの誕生日、お祝いするにゃ〜!」
「まったく……あんたが食べたいだけでしょ……」
「実は私も、作ったケーキが無駄にならなくてホッとしてるんだ〜」
先ほどの重苦しい空気は何処へやら。ワイワイと準備を始めるメンバーを、花陽はポカンと眺める。
「花陽ちゃん! 今日は花陽ちゃんのお誕生日だよ! だからそんな所に座ってないで、ホラこっち来て!」
「わわっ……」
穂乃果に手を引かれ、花陽は中心に連れて行かれる。
「みんな……」
花陽は八人の笑顔を順に見つめ、
『お誕生日おめでとう!』
その八人から一斉にクラッカーを鳴らされた。
「……うんっ。本当にありがとう!」
「はあぁぁぁ〜……やっぱりお米は最高です……」
賑やかにご飯を食べていると、
「花陽」
「海未ちゃん、どうしたの?」
「これを」
海未が一枚の紙を渡してきた。
「これは?」
「プレゼントという意味ではないですが、私から歌詞を贈ります」
「歌詞? 私に?」
「ええ。花陽のような、優しく穏やかな曲にしたいと思いまして。テーマは、『愛と平和』です。上手く書けているといいのですが」
「わあ……! ありがとう海未ちゃん! 凄く素敵な歌詞!」
「喜んでもらえて、よかったです」
「……ふふっ。ひとりぼっちは卒業とか、たった一つの勇気とか、何だか私の事みたい」
「花陽らしさの溢れた曲にしたいと思ってますよ、私も真姫も。花陽が中心で、歌えるように」
「海未ちゃん……」
「さあ、お祝いはまだまだ終わりませんよ。楽しんで下さいね」
「うんっ!」
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