高坂穂乃果生誕祭2016
happy birthday穂乃果!
そして、ありがとうえみつん
八月二日。
「じゃあね海未ちゃん! また明日!」
穂むらの前で、穂乃果はいつにも増して大きく腕を振った。
「ええ、また明日。明日は十一時に学校に集合ですからね。寝坊しないように」
「しないよぉ!」
海未の小言に、穂乃果は頬を膨らませる。
「分かっていますよ。冗談です」
「もお〜!」
「ですが、あなたの誕生日をきちんと祝いたい、という気持ちは理解して下さいね」
「海未ちゃん……」
海未は優しく微笑むと、
「ではまた明日」
自分の帰路についた。
「おやすみー!」
「って早。まだ十時半だよ?」
時計を見た雪穂は、階段を駆け上がる姉に視線を向けた。
「だって明日は早起きだもん。早く寝ないと!」
「早起きって……集合は十一時でしょ?」
「夏休みで、練習が無い日の十一時は早起きなの!」
「えぇ……」
「だからおやすみ!」
情けない事を偉そうに宣言した穂乃果は、階段を駆け上がり自室に飛び込むと、そのままベッドにダイブした。
「……あれで、μ'sのリーダーなんだから不思議だなぁ……」
誰もが一度は考える疑問を、雪穂は口にする。だがその言葉は、夢の世界へと旅立ちつつある姉へは届かない。
「うえへへへ……雪穂ー。お茶ー」
「……乃果。穂乃果。起きて」
「んうぅ海未ちゃん……。もうちょっとだけ寝かせて……。あと五分……」
自分を呼ぶ声に、穂乃果は寝ぼけておねだりを飛ばす。
「……やっぱり穂乃果だなぁ。起きて起きて」
「ほえ……?」
声が海未ではないと気付き、穂乃果は半分まで目を開けた。
寝ぼけた視界にぼんやりと映るのは、見た事のない女性。
「やっと起きた。ホントにねぼすけだなぁ」
楽しそうに笑う女性。ようやく覚醒した穂乃果の目の前には、やっぱり知らない女性。
「誰……?」
当然漏れたその疑問に、女性は笑顔で答える。
「私はあなただよ、穂乃果」
「へ? 穂乃果?」
「うん。やっと会えたね」
とんちんかんな事を言う女性。だが穂乃果は、目の前の女性に説明できない安心感を覚えていた。
人の顔を覚えるのは苦手な穂乃果だが、印象に残すのは得意だ。なのに一切の記憶が呼び起こされないのは、やはりこの女性は初対面なのだろう。だが、穂乃果は確信していた。自分はこの人を知っている、と。
「あなたは……誰なんですか?」
「私はあなた。穂乃果だよ」
同じ答え。
「私は、穂乃果とは別の世界にいる、穂乃果だけど、穂乃果じゃない存在なの」
「む、難しくてよく分からない……」
「あはは! そうかもね。でも、嘘じゃないよ」
力強い微笑みを浮かべる女性のその姿に、穂乃果はその言葉に偽りが無い事を悟る。
「ねえ、穂乃果」
「はい」
「穂乃果は今まで、幸せだった?」
「へ?」
予想外の質問に素の返事を返した穂乃果。
「私は、私の中に穂乃果が生まれてから、できるだけ穂乃果になろうとしてきたの。穂乃果はどんな子なんだろう、どんな事を考えるんだろう、って」
「…………」
「私と穂乃果は、全く同じじゃない。でも、別人でもないの。だから私は、穂乃果になりたかった。なろうとした。ずっと頑張ってきて、今なら私、穂乃果になれたと胸張って言える。……そんな時、穂乃果は幸せだった? 嬉しかった?」
「えっと……やっぱり難しい事は分かんないけど……」
穂乃果は、女性の目が揺れているのに気付いた。
この人は不安なのだ。“穂乃果”という存在が、この女性にとってどれほど大切なモノなのかが、痛いほど伝わってきた。
穂乃果は身体の力を抜くと、いつもの笑顔を浮かべた。深く考えるのは、やめよう。それが、“穂乃果”なのだから。
「__毎日、楽しかった!」
「!」
「スクールアイドルをやって、たくさん歌って踊って、みんなを笑顔にできて、本当に楽しかった!」
「穂乃果……」
「あなたは、どうだった? 穂乃果と一緒に、穂乃果でいて、楽しかった?」
「勿論!」
穂乃果の質問に、女性は即答した。そして穂乃果の手を取って、両手で優しく包み込んだ。
「私が穂乃果で、穂乃果に出会えて、私は幸せだった。確かに最初は大変だった……。でも、今では沢山の人に応援してもらえる。それが本当に嬉しい! 穂乃果も同じなんじゃないかな?」
「うんっ!」
屈託ない頷きに、女性も顔を綻ばせる。
「穂乃果達、以心伝心だね」
「だって同じだもん。__私は穂乃果で」
「穂乃果はあなた」
そしてしばらく見つめ合って、どちらともなく吹き出した。
「……ねえ穂乃果。もし苦しくて泣きそうになった時は、私の事を思い出してみてね。私はいつまでも、穂乃果の側にいるから」
自分を包み込む両手に、少しだけ力がこもった。
「うん。忘れない」
その手を穂乃果は、ギュッと握り返す。
「あなたも、穂乃果の事忘れないでね。あなたが誰なのか、やっぱりよく分かってないけど……μ'sのみんなと同じように、大切な人なんだよね。だから、穂乃果も応援する。__ファイトだよっ! って」
「…………。言われちゃった。ありがとう。これからも、頑張るね。穂乃果に笑ってもらえるよう、必死で頑張る」
「うん!」
「__じゃあ、そろそろ行かなきゃ」
女性は握っていた手を離し、腕を下ろした。
「……行っちゃうの?」
「本当は、こうして会えてる事自体が奇跡なんだけどね。私は戻らなきゃ」
「そっか……。また、会える?」
その問いに、女性は首を横に振る。
「それは、分からない。でも、私の中に穂乃果がいる限り、私達はいつまでも一緒だよ!」
女性は自分の胸を叩くと、力強く笑う。
「うん! 私も忘れない! 約束!」
それにつられて、穂乃果も笑う。お互いの言葉を、胸に宿すように。
「あ、最後に一言」
「?」
「穂乃果、お誕生日おめでとう! ずっと大好きだよ!」
穂乃果が覚えていたのは、そこまでだった。
「__お姉ちゃーん? そろそろ起きた方がいいんじゃないのー? いくら誕生日だからって、もうすぐ九時半に……って起きてたの? もう、返事くらいしてよね!」
ご立腹の雪穂に、穂乃果は顔を向ける。
「ねえ、雪穂」
「な、何?」
そして穂乃果は、満面の笑みを浮かべた。
「穂乃果、私に会ってきた!」
「はあ?」
人生最大に怪訝な顔をした雪穂に、穂乃果は構わず続ける。
「凄いんだよ! 誰だか知らないに、どんな人なのか分かるの! それであの人も、私の事を何でも知ってるの!」
「お、お姉ちゃんがおかしくなった……! 夏休みボケするの早すぎだよ!」
見当違いの心配をする雪穂をスルーし、穂乃果は窓の外に視線を向けた。
「私と、私……」
すでに昇っていた太陽が、その眩しい陽を放っていた。
無意識に浮かんでいた、笑み。
「ファイトだよっ!」
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