ぷらずまさんのいる鎮守府(闇):戦後編5
北国の鎮守府には剣鬼がいる。あの海で艤装適性率が15%まで落ちた。仲間を喪失した。砲雷撃ができなくなった。それでもあがいた。航行術と軍刀術を極めた。でも、間に合わなかった。戦後想題編:神風さん。
※キャラ崩壊注意です。
・ぷらずまさん
深海棲艦の壊-ギミックを強引にねじ込まれ、精神的にダークサイドに落ちた電ちゃん。
・わるさめちゃん
深海棲艦の壊-ギミックを強引にねじ込まれ、精神的にダークサイドに落ちた春雨ちゃん。
・神風さん
提督が約束をすっぽかしたために剣鬼と化した神風ちゃん。
・悪い島風ちゃん
島風ちゃんの姿をした戦後復興の役割を持った妖精さん。
・明石君
明石さんのお弟子。
※やりたい放題なので海のような心をお持ちの方のみお進みくださいまし。
【1ワ●:くだらねー蛇足の物語】
丙少将「ようやく解放されたってのに、わざわざ集まってもらって済まねえな」
乙中将「いや、別に構わないんだけどさ」
提督「……」チラ
北方提督「……」バリバリフリフリ
丙少将「ポテチ喰ってんじゃねえよ! というかうす塩になんで塩を更に振りかけてんだよ!うす塩を愛する者として邪道食いは止めて頂きたい!」
北方提督「味が薄いんだ。しかし、支障はないだろう。どうせ取るに足らない尋問だ。お菓子食べながらじゃないと聞いてられないよ」
丙少将「あんたは相変わらず変わらねえな……准将、この人とは初顔合わせだろ? というか北方のことどのくらい知ってる?」
提督「戦争終結してからメンバー程度は、ですね。戦果や経歴は存じておりません。最終作戦時の策の組み立ても元帥殿から丙乙甲元闇のメンバーで、とお達しだったので、北方に関しては目を通しておりませんでしたから」
丙少将・乙中将「……」
北方提督「前々世代の響改二だ。齢10の時に建造した。そして解体してから龍驤さんと同じく提督として活動を始めた。肉体年齢はそうだな、准将さんの一つ下の歳になるかな」
提督「確かに響さんとどことなく雰囲気が。というかそんなに立っているなら髪のその白は染めているってことですよね……」
乙中将「響ちゃんの1つの未来だよね。見た目はミステリアスな美人さん。ただ中身はこの人と同じにはならないで欲しいけど……」
北方提督「あの子にフリーダムな素質なければ大丈夫だと思うよ。ああそうそう、ここに電いるよね。元は私の秘書官だった。あの子はあの後にフレデリカのもとへ行ったけどね」
提督「となると、ああ、例の珊瑚の作戦で第6駆逐隊を囮に使い、暁、響、雷を殉職させた提督さんですか」
北方提督「そうなるね。私はあなたのように軍法会議とまではいかなかったけど、提督の任からは降ろされた。しばらく内陸で傭兵でヘッドショッターとして名を挙げていたら元帥さんからなぜか北方に就かないか、と誘われた。それから北方の鎮守府で提督の任に着いた。提督としての経歴は准将さんと似ているね」バリバリ
提督「似てません。ヘッドショッターってなんですか(震声」
北方提督「遠距離狙撃によりテロリストの頭を吹き飛ばす。自慢だが、雪の戦場では女のヘイヘと称えられる程の腕前を誇るよ」
提督「肉体年齢10歳かそこらで?」
北方提督「ああ」
提督(世界が自由すぎる……)
提督「……丙少将、珊瑚でのことはぷらすまさん達も大丈夫だと思いますよ。子供のような対応はしないと思いますから」
丙少将「おう。さっきハラハラしながら見ていたけど、電や雷、響暁も別に睨んだりしてなかったしな。問題はそこじゃなくて、今後、海域を攻略しておくにつれて北方の連中が指示に従うかどうかが甚だ疑問なんだ。あんたんところの鎮守府の戦果、説明してくれ。色々とおかしい箇所があり過ぎる」
大淀「……ええ、お手元の資料に目をお通しください」
丙少将「分かりやすい異常は望月と若葉と神風だな」
乙中将「望月ちゃん、ここ2年で9回しか抜錨してないんだけど(震声」
北方提督「あの子そんなに抜錨していたのか。私の記憶にないな。多分三日月が強引に引きずってドラム缶でも担がせたんだろう。詳しくは私じゃなく三日月か天津風の常識人枠に聞いてくれ」
乙中将「」
丙少将「まあ、望月は最後の海でMVPだし、そこはおいといても」
丙少将「若葉はなんだよ。抜錨回数は平均的でまともだ。遠征もこなしてる。参加した作戦は撤退作戦が多すぎるな。中には殲滅戦もあるようだが、それにしては深海棲艦の撃沈数が哨戒での10っておかしくねえか」
北方提督「すごいだろう。若葉は旗艦をやりたがるからやらせてあげていた。そして旗艦にすると深海棲艦と遭遇した瞬間、艦隊を即時撤退作戦に移行させる。必ず全員生還させてくれるんだ」バリバリ
丙少将・乙中将・大淀「」
大淀「……」
大淀「神風さんは抜錨回数は異様に多いですが、あまりにも結果が出ていないんです。作戦参加回数は多いのですが、深海棲艦撃沈数0、遠征0、演習参加記録0です。やはり適性率故、ですか?」
北方提督「ああ。大破撃沈はどのくらいだい?」
大淀「252回とか嘘ですよね。2桁間違ってますよね(震声」
丙少将「神風は北方に3年もいないだろ……」
乙中将「生きているのが奇跡じゃないか……」
北方提督「……私が把握してないのもあるね。いや、神風は私が陸で狙撃していたから訓練中の事故として報告してあるよ。適性率故に追及はされなかったし」
大淀「……ええ、神風さんのことは元帥があなたに一任したとのことなので、もちろん訓練内容も」
乙中将「気になるね。適性率が15%まで落ちた兵士を再起させたのならそれは偉業だ。そのくらい使い物にならなかったはずだし」
北方提督「そうそう。だから馬鹿げた訓練をしてた。ぼく(私と香取さん)がかんがえたさいきょうになるくんれん」
乙中将「だよねー。攻撃性能がないなら、そういう次元の話にもなるよね……」
北方提督「神風は艦の兵士の中では間違いないね。香取さんお墨付き」
北方提督「ワースト1、最弱の烙印を押されてた」
北方提督「適性率故だね。あの子は身も心も欠陥品だ。私としては准将さん、兵士として活動するならここへの異動を勧めたんだけどね。ここはどんな欠陥品でも使いモノにしてくれるみたいだし」
提督「一体うちをなんだと……」
北方提督「神風が出来たのは航行のみだ。明石さんに艤装を魔改造してもらって航行性能は上昇させもらったよ。だがその代償にここの卯月と同じく戦艦並の燃料を食う。だから神風は遠征禁止にしてた」
北方提督「砲雷撃はどうにもならなかったね。機能させられなかった。装備妖精にも艤装にも神風だと認識してもらえなかったレベルでね。だから艤装から砲塔も魚雷菅も全て取り外した」
北方提督「明石さんから特性の神風刀を開発してもらって、その刀1つで戦っていたよ」
乙中将「ああ、木曾さんみたいな」
丙少将「軍刀っつっても剣仕様じゃなくて、もっと技術いる細身の刀だろ? それで砲弾を受け流すのはクソ難しいって木曾から聞いたことあるわ。刀で艦載機の群れを処理出来るとは思えねえし、そもそも刀じゃ深海棲艦は倒せねえ。切れて肉部分だが、あいつらの本体である艤装の耐久装甲につけられてもかすり傷程度だろ」
北方提督「そうだね。支援をつけて神風を突撃させたことはあるが、沈められなかったし、味方が中破大破させた深海棲艦を狙うだなんておこぼれを預かるような真似を嫌った」
北方提督「刀では至近距離でしか切れない。装備も損傷させずの至近距離では深海棲艦の攻撃も回避は不可能に近い。装甲耐久値も適性率低さゆえ本来の神風の数値とはかけ離れていて、潜水艦のろーちゃんより少し上程度だよ。だからその成績だ」
乙中将(……3年足らずで大破撃沈数252だろ。馬鹿げてるにも程がある。神風ちゃんがそれでも諦めなかった、ってことが異常過ぎるんだよ……)
乙中将(ただならぬ執念を感じるけど、でもだとしたら)
乙中将(なんで神風ちゃん、海の傷痕が発表した重と廃のいずれかに名を挙げられなかったんだろ……?)
北方提督「神風は優秀だ。だけど軍が定めた項目に彼女が満点を取れるであろう教科がなかったんだよね」
提督「眉唾ですね……」
北方提督「なぜだい」
提督「適性率10%~20%だとあなたのいう通り、建造できても艤装とのリンクが上手く行かず、稼働しないパーツがほとんどですし、装備の砲塔角度すら装備妖精が変えてくれないレベル」
提督「神通さんはあくまで特例ケースで、あの人は執念のただ一点の10%がたまたま神通において艤装を稼働させるに当たり、重要な想の割合を占めていただけのマッチング的な話」
提督「神風さんがそのケースに当てはまれば海を越えて自分の耳にも届いたはずです。しかし、そうではないのでしょう。砲雷撃もこなせない。燃費も悪い。刀1つで戦う艦娘だなんて」
提督「作戦時においては無駄死にする危険が高過ぎます」
提督「つまり邪魔なだけだ」
提督「個人の希望とかそんな話ではなく、解体させるべきでしょう。あなたは捨て駒として盾として神風さんを起用するような、自分と同種の人間には見えません。あなたには提督としての違和感があります。自由な人といえばそれまでですが」
北方提督「最もだけど、それは私の提督としての在り方の問題だね。珊瑚で後任の自分と姉妹達を失ってから決めた在り方のね」
提督・丙少将・乙中将「……」
北方提督「この子に関しては私から1つ」
北方提督「秀でた素質もなく、適性率15%で地獄のような訓練を繰り返した。もがき続けて、その結果ラノベ主人公のように最弱(弱いとはいっていない)を体現した兵士だ」
北方提督「あくまで軍が定めた成績の付け方でその数値に至るだけ。実情は北方のみなに聞いてくれ。口をそろえていうはずだ」
北方提督「『神風は強い』とね」
北方提督「ああ、ガングートを第1艦隊にしていたのは私と気が合うこと、そして成績的な基準で選んだまでだ。第1艦隊の旗艦は鎮守府の顔だろう。成績的にあまりにも角が立つから控えたまでだよ」
北方提督「どれだけ最高でも私は神風だけは絶対に旗艦にしてやれないよ」
提督「は、はあ」
北方提督「……」
提督「そのガングートさんですが……」
北方提督「戦場で深海棲艦ごと味方を介錯した。ややこしい問題に発展してね、司法裁判行きの問題になったけれど、実刑中でも建造艦娘パワーで労働をがんばってたらしい。出所してからガングートの艤装がまだあったから軍に戻ったみたいだね。腐っても彼女は貴重な戦艦戦力、そして軍人としても優秀だ」
丙少将・乙中将・提督「」
悪い島風【っと、アライズ! お話中すみませんね!】
一同「……」
悪い島風【闇を拠点にするから部屋もらうね。ゲーセン施設空っぽだったからそこが私のリアルでの職場兼居住地でーす】
大淀「……話はそれだけですか?」
悪い島風【いや、もう1つ。マーマと直接会って話がしたいから、そのお願いに。バレないようにやりますからー】
大淀「話の内容は?」
悪い島風【今話題にしてる北方ですよ。私の調べ方か基準が悪いのか知らないですけど、北方の皆さんと想を繋げた時に想定外のトラブルが起きまして。メンテナンス対象なんですよね……】
悪い島風【神風】
悪い島風【マジでびびったんですけど】
悪い島風【私の調べでは『廃課金』だったんです】
悪い島風【まあ、薄々気づいてはいたんですけど】
悪い島風【この物語が】
悪い島風【くだらねえ蛇足だってことは】
【2ワ●:雪降る北の鎮守府の、神風型1番艦、神風と申しやす……】
提督「やっと来ましたか。もう日は暮れていますよ。あんな北国からここまで走ってくるだなんて解体された年頃の娘なら控えたほうがよいかと。それとそのひょっとこのお面なんですか?」
金剛「一応テートクの側についているケド……神風、荒事はなしの方向でお願いしマース」
神風「一つ、人の世の生き血をすすり。二つ、不埒な悪行三昧。三つ、醜い浮世の鬼を、退治てくれよう、桃太郎」
提督「あ、桃太郎侍の台詞ですか……」
提督「なにやつ」
神風「一かけ二かけ三かけて、仕掛けて殺して日が暮れて、橋の欄干腰おろし、はるか向こうを眺むれば、この世は辛いことばかり、片手に線香、花を持ち、何処行くの」
神風「私は必殺仕事人、雪降る北の鎮守府の、神風型の一番艦、神風と申しやす……」
提督(それっぽい雰囲気出てる。似合うなー……)
神風「それで今日は何処のどいつを殺ってくれと仰るんで」
神風「大五郎!」
神風「ちゃん! そいつに天誅を!」
金剛「混ぜすぎ危険デース……」
神風「嗚呼、声だけでここまで腸が煮えくり返るものなのね。このひょっとこの仮面を外して顔を見てしまえば今すぐにでも青山司令補佐のタマを奪ってしまうそう……」
提督「自分を相当に恨んでいるというのはお聞きしておりますが……」
神風「大和さん達から聞いたのね。いやいや、あの話はあくまで一部のみ。私が殺意を芽生えるほどに憎まれる心当たりはあるかしら」
提督「……ありすぎるんですけど、ただ1つ言うのならあの作戦後に自分がアフターケアしなかったせいですかね。謝罪しようとは思いませんが、なぜだか分かりますか」
神風「それはあんたがそういうやつだから」
提督「自分の指揮は間違っていなかった。裁きの場でもそういいましたよね。あれが本心です。ミスがあるとすれば、理想を即座に捨てて大和さんを捨て駒にしたことのみです」
提督「言い方は悪かったと思いますが……あの時の神風型の皆さんには腹をくくってもらう必要がありましたので」
神風「そうね。その通り。私達は弱かったから。その結果、解体の道を辿った春風旗風はあなたを恨んではいないわ。私もあの作戦については身の程を弁えている。あの時、犠牲になってくれた大和さんのために作戦を成功させた青山司令補佐の指揮に文句はなく」
神風「されど、なぜここまでこの心は怒髪天を突くのか」
提督「……使い捨てにしたからですか?」
神風「あなたが諦めていなかったから、かな。私のちょこれいとと一緒に入れておいた手紙事件の後、私はまだあなたと関わりに行って」
提督「ええ」
神風「軍法会議の後、陸軍に連行されたあなたを見たわ。内陸に飛ばされると知ってなお、あなたの顔つきは変わらず。その時、私は青山司令補佐の全てを許した」
神風「青山司令補佐と交わした約束の先に報いがあると信じて寒い冬を幾度も乗り越え」
神風「適性率15%のこの身で私はあがき続けた。航行するのが精一杯のこの身が抜錨すると民間人から指を差されながら嘲られた。恥の炎に焼かれ、慚愧の波にうちひしがれてなお」
神風「一歩を強く踏み続けました」
提督「……、……」
提督「そこまでして頑張る意味が分かりませんね。未来のことを考えれば春風さんや旗風さんのように新しい道を選んだほうがいい。その苦悩の先に救いは見積もれたのですか?」
神風「その通り。なぜこんなに惨めな日々を。諦めて艤装を手離してしまえば味わう必要のない地獄の日々からは抜け出せた。そうしなかったのは青山司令補佐」
神風「私はあなたを本気で好いていたからです」
提督(なつかれているとは思っていたけど……)
神風「恋心だけはどうしようもなく、身体の性能を置き去りにするが如く、精神は理想へと突き進む」
神風「もはや恋心は始まりに過ぎなかった。そんなものはしょせん私個人の欲望の域を出ません。それは意地と覚悟とに変容を遂げて、献身の至りへと。先代丁准将が語った『心技体』を体現し、登り詰めました。『なに者にもなれる可能性』をつかみとり『最強の艦の兵士』に」
神風「私の足ではあなたの速さに追い付けなかったのが心残りです」
神風「……おめでとうございます」
神風「戦争終結、見事に成し遂げましたね」
神風「天晴れです」
提督「神風さん……」
提督「ありがとう、ございます」
神風「とでもいうと思いましたか……?」
金剛「テートク! 危ないデース!」
神風「……」
金剛「!? シット!」
提督「マジか……うちでは体術においてトップの金剛さんを軽くあしらうとか……」
神風「とりあえず」
グチュ
提督「っ!」
神風「あら、本当に直るんだ。まあ、これでとりあえず殺意は抑えられたから今日のところはいいわ」
卯月「うわ、気になったから様子を見に来たら司令官の右目をえぐり出して手のひらで玩ぶ神風を見ちまったぴょん……」
卯月「おい神風、テメー、さすがに限度ってモノがあるし」
神風「そうね……恨んではいない。けれど、こいつはいっつも私の心を無視するわ」
神風「八つ当たり」
提督「……まあ、構わないのですが」
提督(この嫌われようどうしようか……とても仲良く作戦こなせるとは思えないんですけど……)
卯月「ったく司令官、男ならやり返せし。世の中にはお前の得意な理屈が通用しない人種だっているぴょん」
神風「卯月さんだったかしら。大層な才能をお持ちのようですが、どの程度なのかしらね……」
卯月「あん?」
神風「地域で持て囃されても、県の大会になれば成績を残せず、県の大会で持て囃されても、全国では通用せず。演習内容を見るに、ただの天狗のように見えましてね……」
卯月「やれやれ、凡人のいちゃもんか。ネットにでも悪口書いているといいし。それに県だの全国だの凡人らしい物差しでは計れないぴょん。うーちゃんの素質は」
卯月「メジャー級だし」
神風「そういえば個人演習記録では前世代陽炎には及ばずとも彼女が解体してからは駆逐部門1位だったとか」
卯月「前世代の陽炎はアブー系列だからなー。1つ次元が上のスペース級だったぴょん。だがしかーし、うーちゃんは徒手空拳でも強いぞ」シュッシュッ
神風「へえ」
提督「はい、ストップです」
ガシッ
神風「あれ、私の腕に触ってるのこれ。いや、つかんでるわね。へえ、ほーう、青山司令補佐、勇気がありますね?」
ボキッ
提督「……とりあえず皆さんのところまで行きますよ」
神風「!?」
ズルズル
卯月「お、おお、腕が変な方に折れてるけど、神風の腕を離さず、引っ張っていく……珍しく司令官が根性方面で男を見せているぴょん」
提督「どうせ折られようが千切られようが治ります。神風さん、根比べは結構ですが、その決着がつく前に目的地に到着させますので、後にしてくださると助かります」
提督「卯月さん、金剛さんのほうお願いします。伸びてしまっていましたので……」
卯月「任せろー」
2 新食堂
阿武隈「提督の腕が変な方向に折れてる上、神風さんが明らかに人間の目玉を片手に持ちながら、人体の急所を殴打しまくってるんですけどぉ!?」
提督「お気になさらず。神風さん、そこの席にお座りください。まずは話より先に腹ごしらえとなりまして」
三日月「刀を持っていない状態とはいえ、神風さんをあしらえるだなんて……」
神風「ゾンビみたいな耐久力していやがるわね……」
提督「首を折りに来ません」
提督「じゃれつかれている気分ですねえ……」
神風「あん?」
ガシッ
武蔵「ったく、いい加減にしろって。とりあえずそこの席に座って飯食いながら仲間と親交を深めるといい」
提督「そうしてください……」
コツコツ
丙少将「お前、一時期の俺以上に恨まれてねえか……」
提督「そのようですね。理由は神風さん自身にもよく分からないというから怖いですよ……」
北方提督「まあ、行き場のない大きな感情が全てあなたに向いているだけだよ。あなたは神風にとっての始まりと終わりだからね」
乙中将「……」
乙中将「それで僕らどうするの? 一応、席はある程度、艦種に別れていて僕らもどこかのテーブルに混ざる手筈だったけど」
乙中将「あそこにだけは入りたくない……」
『暁型・白露型・神風型』
電・わるさめ「……」ジーッ
暁「電、その殺気を抑えてもらえないかしら……」
白露「春雨も……」
時雨「みんな、食事は楽しく、ね?」
バキッ
響「神風さん、物に当たるのはよくないよ」
神風「あ、ごめんなさい……青山司令補佐の顔が視界に入ってつい椅子を壊してしまったわ……」
時雨「視界に入っただけでそれかい……?」
電「神風さん、電の椅子をどうぞ使ってください! 電は新しい椅子を持ってくるのです!」
神風「あ、ありがとう」
暁・雷「……ほっ」
神風「( #^ω^)ビキビキ」
暁・雷「」
わるさめ「ま、ぷらずまのいうことにいちいち目くじら立ててると身がもたないよー」
わるさめ「それで神風、なんでそんなにオープンザドア君を嫌っているのー?」
神風「うーん、G君を見たら殺したくなるでしょう。その上、潔癖気味だから憎しみも沸くんです。青山司令補佐が私にとってそれなんですよね」
わるさめ「……まー、いいや」
わるさめ「それで神風、部屋割りのことだけど、お前の部屋を教えておくね? 司令官のこと好きそうだけど、同部屋はさすがに無理だかんねー」
神風「いえ、離れているほうがありがたいので」
神風「( #^ω^)ビキビキ」
江風「きひひ! お前ら随分と仲良さげじゃンか!」
白露「江風は一体なにをいってるのかな……」
江風「ンだよ白露の姉貴、ケンカするほど仲が良いってやつだろー?」
わるさめ「私は神風に興味あるけどねー」
わるさめ「そんで江風、ご飯を食べながら立ち上がってしゃべるとか行儀悪いぞー。お姉ちゃんが教育してやらなきゃダメだねこりゃ」
江風「お前を春雨の姉貴だと思ったことは1度もねーよ!」
ギャーギャーワーワーポイッ
丙少将・乙中将・提督「あそこのテーブルだけは嫌だ」
乙中将「電ちゃんわるさめちゃんともに絶好調じゃないか……!」
丙少将「山風が、私は白露とアカデミーのどっち、とか聞いて、どっちでも、と答えたらすぐにアカデミーのほうのテーブル行った理由が分かるぜ……」
丙少将「神風のことはお前が原因なんだから責任取って行ってこいよ……あそこは誰か行かないとダメだろ……」
提督「責任は取りたいのですが、今の神風さんを下手に刺激すれば爆発、ぷらずまさんも連鎖爆発、下手すればこの部屋吹き飛びます……自分、出会ってから神風さんに殺されましたし……ほら右目に血の跡あるでしょう。えぐられたんです。なお行けというのなら腹をくくりますが……」
丙少将「く……」
丙少将「とにかく俺は空母勢のとこ行かせてもらうぞ」
乙中将「丙さんずっるいな! 瑞鳳さん大鳳さんに翔鶴さん天城さんに飛龍蒼龍とか常識人枠が多いオアシスじゃん!」
提督「いえ、オアシスではないですね。よく観察すべきかと」
『空母テーブル』
赤城「……」モグモグパクパク
蒼龍「赤城さん、山のように料理はありますし、もう少しゆっくり頂いたらどうです……」
赤城「あれ? ゆっくり食べていますが……」
天城「その身体のどこにその量が入るんですか……」
龍驤「お前らはええよな。好きなだけ食べても栄養が一部分にいってさあ! うちは、うちらはなあ、大鳳!」
大鳳「全くです。私はお腹回りに来ますし、痩せようとしたら胸が減ったりと散々なのに……羨ましい」
大鳳「ところでサラトガさんにグラーフさん、先程からいかがしました?」
サラトガ「……」キラキラ
グラーフ「神風の刀を北方の提督が持っているだろう。あの刀と神風に興味津々みたいでな」
サラトガ「刀、和服、神風、つまりサムライですね……!」
龍驤「お前、日本文化好きすぎやろ」
蒼龍「んー、でも私も神風さんには興味あるなあ。刀1つで戦う艦の兵士ってすごいことだと思いますし」
龍驤「そうやなー」
龍驤「サラトガが犬みたい。グラーフが手を離せば神風と北方提督に飛び付きそうや。その手を離すんやないでー」
グラーフ「私も食事を済ませたいのだが、まあ、提督の誰かが来たら代わってもらうとしよう」
加賀「翔鶴、あなたなぜか箸を持って口に運ぶ仕草」
加賀「色気があるわね。少しだけ襲いたくなるわ」
翔鶴「!?」
瑞鶴「おーおー、私の前で翔鶴姉を口説くとかいい度胸じゃないの」
加賀「そんなつもりはないわ。あなた翔鶴のことになるとケンカ越しになりすぎなのよ。そんな風に平静を欠くから艦載機飛ばせないポンコツ空母になってしまうのではないかしら」
瑞鶴「ああん!?」
翔鶴「落ち着きなさい……もう、世話の焼ける……」
飛龍「……」オエップ
瑞鳳「飛龍さん、何で初っぱなからテキーラ行ってるんですか!?」
飛龍「……いや、飲んだことなかったから試しにって思ったんだけど、予想以上に胃に……」
瑞鳳「お水です。そこに弱いお酒がありますから」サスサス
飛龍「づほちゃんありがとー……」
提督「あそこだけですよ。始まって5分で7つの大罪を6つは制覇してますよ……」
丙少将「いや、 暁白露神風型のところよりマシと見た!」
タタタ
乙中将「僕は重巡、航巡、アカデミーグループで!」
タタタ
提督「利根さん筑摩さん明石師弟に秋月さん、青葉さんプリンツさん、大淀さん速水さん、秋津洲さんに間宮さん。そこと潜水艦テーブルが最も落ち着いて食事ができそうですね……」
北方提督「仕方ない。私が神風のところに行こう。今の電達は珊瑚の件で私を恨んでいないんだろう。なら准将よりも私のほうが良さそうだ。なに、暁型も神風もあやし方は心得ているよ」
提督「元響さんですし、北方の提督さんですもんね」
北方提督「軽巡、球磨型のところは後で私が様子を見に行く。陽炎型、7駆、睦月もね。准将さんは戦艦勢力のところに行ってくれ。陸奥さんと山城さんが准将に手招きしているよ。その後に潜水艦テーブルだ」
提督「了解」
山城「ちょっとあんた早くこっち来て説明しなさいよ……!」
陸奥「さすがにその怪我見せられたらね……。神風ちゃんとのことで色々と聞きたいことがあります」
ガングート「准将、私の隣に座れ。個人的に聞きたいことがある。ああ、酒は注いでやる」
武蔵「そんなに強くねえからあんまり飲ませてやるなよ」
扶桑「無礼講ですし、潰れたら私が介抱して差しあげますよ。あの人が酔うところ見てみたいですしね。丙甲の演習後の宴会には乙の艦隊は参加できなかったですから」
大和「あ、海の傷痕と鬼ごっこしてたんですよね。私、そこのところのお話、興味あります」
扶桑「私は現場にいませんでしたし。山城、お話して差しあげて」
山城「思い出したくもないわ……」
大和「……」キラキラ
山城「仕方ないわね……肴にするには笑えない話だけど」
提督「ですね。自分はあそこに顔だします。北方提督さん、よろしくお願いしますね。ぷらずまさんやわるさめさんを止める際に自分を出汁にしてもらって構いませんので」
北方提督「任せてくれ。和気あいあいとさせてくるよ」
悪い島風【私は陽炎睦月型7駆テーブルに行きますね!】
悪い連装砲君【ジャ、潜水艦テーブルに】
提督「突然アライズしてこないでください。というか鎮守府内を拠点にしているんだから歩いてこればいいのに」
悪い島風【細かいことは気にしなーい♪】
【3ワ●:交流会、戦艦テーブル】
金剛「お話中、失礼しマース!」
金剛「比叡霧島榛名、運んでくれてさんきゅ、デース」
比叡「いえいえ!」
榛名「怪我がなくて良かったです!」
霧島「しかし神風さんでしたか。金剛お姉様を投げ飛ばすだなんてただ者ではありませんね……」
長門「面白そうな話だな。金剛が体術で負けたのか?」
金剛「イエース……。あ、提督、少し神風について確信したことがあるので聞いてくだサーイ!」
提督「お帰りなさい。なんです?」
金剛「んー、榛名のバーニングラヴワゴンの旅で神風が強盗をのしてた時の映像、私のスマホに入ってマス。あの時は榛名に夢中で気づきませんでしたケド、神風は妙な体術ですね。木曾と近い我流殺法だとは思いますケド」
金剛「ちょっと色々な要素がとにかく速すぎデース……」
金剛「戦果的にはなにもしていなかったみたいな風ですケド、神風の性格的にサボっていた訳でもないはずデース。ならば、なにか特殊な訓練をしていたのは間違いありまセーン!」
提督「艦兵士の軍学校の科目にあります?」
金剛「んー、私の時はそんなのなかったデース。陸奥は教官経歴持ちのはずデース。そこの辺り詳しいデスカー?」
陸奥「一応はね。軍隊格闘術は軍学校の選択科目にあるけれど、砲撃ならまだしも拳銃を持った人間相手の対処法なんて陸軍じゃあるまいし、短い期間のアカデミーでは学ばないわ。あくまで深海棲艦想定した訓練だから」
金剛「そして深海棲艦を沈めていないのなら、大して役立てている訳でもないデショ?」
金剛「それが深海棲艦相手に非効率的な訓練と知ってなお打ち込んだというのならば」
金剛「まるで艦娘を傷つけるために訓練していたようで不気味じゃないデスカ……」
一同「……」
金剛「だから、あの神風ちょっと怖いネ……」
長門「ガングート、そこの辺りどうなんだ?」
ガングート「そう見えるのも無理はない。神風は艦の兵士相手ならめちゃくちゃ強いからな」
ガングート「私が着任したの准将がここに着任したよりも後のことだ。そんときゃすでに神風は今の形に近かったよ。聞いた話では特別、近接の格闘技をならったわけじゃないそうだ。自分の感覚的な体術に過ぎないはず」
霧島「うちの木曾と同じく感覚派?」
ガングート「艦の兵士としては木曾のほうが上だろう。神風は刀でしか戦えないからな。こいつは本当に変わり種で強いんだが、軍の評価的には弱いんだ。見てみるのが一番だ」
金剛「……やっぱり適性率故の特殊訓練デスカー?」
ガングート「そうだな。姫鬼の体の構造は人間と同じで強度は艦娘と変わらん。懐に入るしかない神風だから覚える必要があったまでのこと。あいつはあいつなりに最短距離を走ってた」
長門「北方から走って3日以内に来てるんだろう。骨のありそうな駆逐艦じゃないか。ああいうタイプなかなかいないぞ」
ガングート「警告しておくが、勧めはしないぞ。刀を鞘から抜いて海の上にいる神風はありゃ一種の災害だ。私も負けたしな。あれが仲間っつーんだから尚更性質が悪ィ」
長門「警告するならもうちょっと興味をなくす言い方にしてくれ。その言い方だとむしろ興味しか湧かんではないか」
武蔵「つか、准将は神風に嫌われ過ぎだろ。確かにお前ひでー仕打ちしていたが、作戦関連は割りきれてるっていってたしそんな風に永続的に憎悪されるほど酷いとは思わなかったぞ。お前、私が伝えた以外になんかやらかしたのか?」
山城「そう、そこよそこ。戦争終わってからも血なんか見たくないんだからきちっと仲直りしてきてよね。ここの睦月型暁型秋月型陽炎型の話聞いた限り、あんた駆逐の世話は意外と出来るじゃないの」
扶桑「寝惚けた駆逐にパパ、と呼ばれたのでしたっけ?」
提督「あー……まあ、似たような真似もしましたから。多感な年頃の子達も多いので街に出すとトラブってくる子も多く。泥まみれなのは構いませんが、ケンカは控えてもらいたいな……」
大和「ふふっ、パパさんですか。歳的にはお兄さんですよね」
提督「ええ。皆さんの鎮守府は戦争終わってから平和ですか。特に甲大将のところはやんちゃ系統の子が多くて頭痛いでしょう」
比叡「む、そんなことないですよ。それは江風さんだけのイメージが大きすぎますねえ。7駆は漣さんが元気過ぎるだけですが、街に行ってもトラブルは起こしたことありません」
霧島「でもやはり江風ですかね。あの子は門限破りますし、それを咎める面子も限られていますので。ま、平和といえる日々でしたよ。なんか旅路に近くまで来たから泊めてくれ、と比叡山近くまで来たのは驚きましたが」
提督「まーた一人旅してたんですか……」
榛名「球磨型はのんびり猫の多磨以外は姉御肌ですよね!」
扶桑「うちは手のかかる子がいないですね。白露が皆の面倒しっかり見られるお姉さんしていますから」
伊勢「私のところは今駆逐少ないからなあ。平和だよ平和。戦争はすぐに終わっちゃったけど、もう少し続いていたら丙さんの申請が受諾されてたから、増えていましたけど」
提督「ん、誰です?」
伊勢「照月ちゃん。念願の防空駆逐ですよ」
日向「うん? 私はそんな話知らないぞ。照月は無理だったんじゃなかったのか?」
伊勢「一度はダメだったみたいだけど、1か月後に状況が変わったとかなんとかの連絡が来たんだよね。照月ちゃんも受諾してくれたみたい。所属するならうちか闇がって希望があったんだとさ。それで申請していたうちに話が来たんだよ」
提督「あー、うちには秋月さんいますもんね。ですがうちの戦力的に彼女の受け入れは無理、ですね」
日向「闇は色々と潤沢だからなー。秋月型の防空駆逐なんて鎮守府に一人いるだけでも恵まれてるといえるだろ」
提督「ですね。1つに特化している艦は作戦に組み込みやすいですし、防空の点となると提督からしたら垂涎モノですからね」
ガングート「照月は欧州の支援に回されて外国住まいだろ。リシュリーのやつと入れ替わりじゃないか。あいつがこっちの支援に来てたが、もう少しで欧州で防空駆逐と入れ替わりで戻るっていう話を聞いていたぞ」
陸奥「あ、思い出した。海の傷痕が大本営に殴り込みに来てからうやむやになっちゃってた感があるけど。照月ちゃんって秋月ちゃんの妹よね。明石君がどんな反応するのか面白そうよね」
榛名「立派な兄をやると思います。明石君は歳下には鼻の下を伸ばさないです。いかにも女性らしいというかそんな雰囲気の歳上相手にはすぐにデレデレになるんですが……」
金剛「照月のエロさは油断できないデース!」
山城「そういえばあいつ扶桑お姉様にも変な目を向けていたわ。准将、あの色ガキを扶桑お姉様の視界に入らないようにしてよね」
提督「それは現在進行形で難しい……」
日向「話を戻すぞ。武蔵は知っている風だが、神風となにがあったんだ。面倒事はもう勘弁だ。私達も気を回しておくぞ?」
提督「……」
山城「しゃらくさいわね。たまには歳上にも頼ればどうなの。戦艦勢はほとんどあんたより長く生きてんのよ」
提督「神風型は1/5撤退作戦で指揮を取った子達です。そこが理由ではないみたいですが、どうもあの子には先代の鎮守府で勉強していた頃から気に入られていたようです」
提督「神風さんは自分を気に入ってくれたようで、軍法会議の後に会いに来てくれたんです」
提督「もしも自分が提督になったら、その鎮守府の第1旗艦を神風さんに、とそんな約束を」
提督「戦争終わってから思い出しましたが」
一同「……あっ(察し」
提督「ところでガングートさん」
ガングート「なんだ?」
提督「島風さん天津風さん神風さんと三日月さんとあなたと提督さん以外の他の北方の人、見当たりませんが……」
提督「あ、鹿島さんから香取さんと一緒に遅れて来ると連絡ありました」
ガングート「香取か。所属だけうちに置いていたみたいだが、各地に飛び回ってたから私はまだ会ったことないんだよな……」
ガングート「隼鷹とポーラはどっか寄ってるんじゃないのかね。リシュリューとビスマルクは母国に戻っていて到着が遅れるらしい。望月は気が向いたら来るとのことだ」
伊勢「なんか全体的にフリーダムだよね……」
ガングート「提督のせいだろうよ」
【4ワ●:暁型白露型神風型テーブル】
北方提督「Добрый вечер(こんばんは)」
響「Добрый вечер」
電「はわわ、相変わらずあなた響お姉ちゃんが成長した姿の予想図まんまなのです」
北方提督「うーん、電、私が響だった頃はこの子より落ち着きがなかったかな。でも最終世代の暁型はみんな落ち着いているというか、凛々しいね」
暁「うーん、なんか今の響より尖っている感じね」
北方提督「ああ、君が一番落ち着きがあるね。なにがあったか知らないけれど暁にしては珍しくお姉さんという雰囲気が普段からまとえているじゃないか」
暁「実際、私はお姉さんだし!」
北方提督「それと雷、ごめんね。一時期君からの異動希望がうちに来たけれど、ちょっとうちは変わり種が多すぎるし、君とは馬が合わなさそうなタイプも多いから見送りにさせてもらった」
雷「北方には私を頼りにしてくれそうな人が多かっただけに残念だったけれど、提督さんの判断なら仕方ないわね。あなたもほら、珊瑚の件で傷ついていると思ったから」
北方提督「ああ、そこに関してはもう大丈夫さ」
雷「そう。なら安心。やっぱりあの件は尾を引くものだったから……」
暁「それより北方の提督さんでしょっ。神風さんのじゃじゃ馬っぷりなんとかしてくれないかしら。神風さんのイメージとはかけ離れ過ぎよ」
響「今はいいんじゃないかな。仲が良さそうだ」
江風「ちっくしょ勝てねえ! 時雨の姉貴、もっと力入れてくれよ!」
時雨「全力だよ……」
夕立「勝つまでやるっぽい!」
ガル
神風「噛みつくな夕立、死なすぞ」
夕立「ひ」
時雨「夕立を一言でびびらせるなんて……」
神風「非力過ぎますね。白露型の皆さんは訓練にもっと励むべきかと」
わるさめ「五人で一人に腕相撲勝てないとか神風、お前どんだけマッチョだよ! 胸はややある程度かと思ったけどそのかすかな膨らみは全て大胸筋か!?」
神風「は? ちゃんと女性らしくありますけど? 引き締まった理想的な体型を維持してる文武両道系大和撫子候補生ですけど?どこぞの年配の航空駆逐艦よりもありますが?」
コツコツ
わるさめ「そういえば龍驤、解体してから念願の成長はあったのん?」
北方提督「こら、酷なことを聞くんじゃない」
龍驤「ないよ。白露はもともと全体的にあれやけど、暁型と神風、駆逐のお前らどうなん?」
暁「私と響と雷は身長伸びた」
電・神風「まだなにも」
龍驤「そか」
龍驤「ようこそフラットの世界へー♪」
龍驤「₍₍ ◝('ω'◝) ⁾⁾ ₍₍ (◟'ω')◟ ⁾⁾」
電・神風「」
白露・時雨(ここで死ぬ気かな……?)
神風「一緒にしないでもらえる? もともとなくはないです」
電「私はまだまだ成長過程なのです。理想像への希望は龍驤さんと違って潰えていないのです」
響「そういえば一昨日に間宮さんが赤飯炊いていてくれていた。祝い事だ」
北方提督「へえ……なるほど。それはめでたいな」
神風・北方提督「……」
神風・北方提督「龍驤さん?」
龍驤「北方勢お前らほんまええ加減にせーよ」
【5ワ●:阿武隈VS神風さん】
提督「暁さん、攻略法は頭に入っていますね?」
暁「2周したわよあのゲーム!」
提督「よい意気込みです。壁を開くギミックがあることが予想されるため、2手に別れます。自分は弥生さんと暁さんは由良さんと行動です」
由良「はいがんばります……」
提督「さて、行きますか。最短ルートで向かいます」
悪い島風【あー、もうあなた達こんな私のアップデート時間作るための前座ゲーに時間かけてやりすぎですって。PIERROTとゲストキャラから逃げさえすれば攻略本に沿ってゴール出来たのにー】
悪い島風【日付変わると同時にこのWeeklyクエストは消えますから最後のチャンスですよ。がんばってくださーい】
悪い島風【さて】
悪い島風【シアターにお集まりいただいた皆さんのために、特別にテートクさん達の奮闘に私と悪い連装砲君が密着しながらの映像をお届けしたいと思います!】
わるさめ「実況はお馴染みこの私」
丙少将・乙中将「邪魔」
わるさめ「ふええ……」
神風「……」
電「おや、司令官さんのこと嫌いかと思いきや見に来たのですね」
神風「泣き叫ぶ顔が見られたら一興と思いまして」ニコ
電「無理なのです。ここの友軍艦隊は私なので」
神風「その格好はなんですか……」
グラーフ・響「総統、武運長久をお祈りしています」
電「ま、擬似ロスト空間内ならば任せておくのです」
阿武隈「電さん、あんまり無茶苦茶やらないでくださいよぅ。特に弥生ちゃんは驚かせるようなことはあまり……」
電「存じておりますとも」
神風「阿武隈さん、でしたか。ここの第1艦隊旗艦の」
神風「会いたかったです」
阿武隈「え、そ、そうですか。どうも……」
電「……」
阿武隈「神風さん、ですよね」
神風「私と命を賭けて果たし合いしてください」
阿武隈「」
悪い島風【ったく、すでにお前ら擬似ロスト空間内に艦これの世界は形成してある。そこの演習なら死なないように設定してあるからここじゃなくて艤装つけて演習場でやってくださいよ】
悪い島風【合意と見ても?】
阿武隈「よろしくないんですけどお!」
神風「まあまあ、私もこのような不躾なお願いをただでとはいいません」
阿武隈「ただでなくとも嫌なんですけど!」
神風「准将に今後は二度と手を出しません」
阿武隈「うん……?」
神風「偽島風のいうことが本当なら死にはしません。個人演習ならば指揮官は必要もなく、私とあなたの単艦で単純な武を競えます」
神風「私はただあなたと戦ってみたいだけです」
阿武隈「なんでそうまでして。とても仲間を見るような目ではありませんよう……」
神風「私は3年近く日々鍛練していましたが、知っての通り私は海の傷痕との作戦から外されました。口惜しい。私がもしも海の傷痕:当局と戦っていたら」
神風「勝っていた、と奢る始末」
神風「あの作戦で深海棲艦総大将の海の傷痕を倒した鎮守府(闇)の第1艦隊旗艦はどの程度なのか」
神風「最強の鎮守府の第1艦隊旗艦のあなたと刃を交えることで」
神風「この神風」
神風「艦の兵士として歩んだ旅路に報いが欲しいのです」
電「止めておいたほうがいいのです」
神風「何故です」
電「戦争は終結しました。阿武隈さんは鈍っていますし、仲間相手にもう本気で危害を加え合うほど錬磨する必要などありません」
電「あなたが本気であればあるほど、その過去の産物である艦の兵士として鍛えたその力を振るうのは、戦争を掘り起こす行為に等しくなってゆく」
電「この鎮守府(闇)への侮辱行為かつ名誉毀損なのです」
阿武隈「いえ、それなら阿武隈、受けて立ちます!」
電「……」
阿武隈「だってさすがに提督があんな風に人体の一部を千切られるとか、空気はコメディ染みていてもやっぱり嫌じゃないですか」
阿武隈「提督のお力になりたい。この一点において戦争が終結してなおあたしのやりたいことですから。それがたまたま艤装で個人演習という形になってしまいましたが、提督からあたしのやりたいことをやってくださいって前にいわれたことありますしね」
阿武隈「阿武隈! 提督の期待に応えます!」
悪い島風【合意と見て】
阿武隈「よろしいですよっ!」
悪い島風【えー、ご連絡です! ただいまピエロットマンの世界の放送の他に並行したイベントが行われまーす!】
悪い島風【阿武隈VS神風】
悪い島風【の個人演習でっす!】
悪い島風【見物したい方は私が擬似ロスト空間の演習場まで連れて行きますね! バトルツアーご所望の方はこちらにお集まりくださーい! 擬似ロスト空間と繋げた皆さんは狂喜乱舞してぜひとも想力を生産して我が会社へとお流しくださーい!】
陸奥「私こっちー」
木曾「俺と江風もこっちだなー。長門がこねえのが意外なんだが」
江風「それなー。武蔵さんは准将と仲いーから分かっけど」
陸奥「弥生ちゃんと暁ちゃんが心配で動けないみたい」
江風「ああ、あの人そこが傷だよな……」
卯月「睦月型も望月以外はこっちだぴょん!」
菊月「戦いを見る方が面白い」
長月「ああ、ホラーが嫌だとかいう訳では決してないがな」
三日月「わ、私はホラー苦手なので」
卯月「正直なのはいいことぴょん。弥生は司令官と由良がついているから問題ないし。つーか、あいつらの困る顔見るのは楽しいけど、驚く顔見ても別に楽しくねーぴょん」
三日月「卯月はもう少し謙虚に生きてください」
龍驤「うちもこっちー」
乙中将「あ、僕と神通もこっちでお願い!」
神通「ええ、興味あります」
神風「神通さん、あなたにはぜひ見て欲しいです。同じ低い適性率の苦悩の壁を突き破った同志として、勝利をお約束します」
神通「はい。本当に苦難ですよね。応援、してます」
阿武隈「神風さん、約束を忘れないでくださいね!」
神風「誓います」
神風「ところで練巡のお二人が見えませんが。香取さんにもお見せしたいのに」
悪い島風【鹿島と積もる話を外でしていましたよー】
悪い島風【とにかく行きまっしょい!】
【6ワ●:間宮さんの恋話と、画面越しの提督と】
丙少将「よう、間宮さん」
間宮「あ、丙少将……どうしました?」
丙少将「大した話でもないんだが、今いい?」
間宮「はい。構いませんよ?」
丙少将「准将達、がんばってるよな。悲鳴がうるせえけどさ」
間宮「そうですね。ここにいる皆さんも一生懸命に見守ってくれています」
丙少将「暁、見違えたよ。ぴぎゃー、とかいって泣きながら逃げ回ると思ってたのに由良の手を引っ張ってどんどん奥に進む。最後の海はさ、あんな風に深海棲艦と戦ってたんだろうなって」
間宮「暁ちゃん、丙少将のところから異動してきてから成長しましたよ。うちと演習やった時からその成長は見られたはずです。それに最近も飼っていた子犬が死んでしまって」
間宮「それでも、凹みながらもお庭にお墓を作ってあげて、あのピエロットマンのゲームをクリアするために部屋に籠って一人でやっていました。あの子はレディーとかよくいいますが」
間宮「きっと将来は素敵な女性になりますね」
丙少将「そうだなあ。暁は性格も可愛いし、街に出たら周りの男が放っておかねえだろ。俺が小学生の頃に好きになった子そっくりだぜ」
丙少将「間宮さんはあいつ好きなんだっけ」
間宮「意外です……丙少将がそんな話を振ってくるだなんて」
丙少将「意外なのかよ。俺はオンオフきちっとしているだけで基本的に異性関連はだらしねえほうなんだ。俺が軍に興味持ったの女の子被弾して脱げるからだぞ?」
間宮「意外と最低なんですが……」
丙少将「自覚してるから。で、准将は変わったか?」
間宮「それはもう。提督さんが良き方向に変わったのは丙少将は私よりお分かりなのではないですか?」
丙少将「そりゃマシになっただろ。俺よか艦の兵士のこと考えてフォローしているのは知ってる。睦月型とか陽炎不知火の話も暁のことも榛名一同の信じられねえ旅も聞いたわ」
丙少将「でも、人間的にマシになったかどうかではなく」
間宮「ええ、いいたいことは分かります」
丙少将「む」
間宮「あの人はただ症状が柔らかくなった。前に進む意思を手に入れた。それでもなお、あの人自身が抱えている根本的な問題はなに1つ解決してはいないまま放置されているってこと」
丙少将「へえ……説明聞かせてくれるか?」
間宮「あの人があんな風に機械みたいな性格になってしまったのは過去のお母様が始まりの原因だと聞きましたから。女性恐怖症、それに恋愛の拒絶、無理もないことだと思います」
間宮「それは恐らく直ってなんかいません。女性関連に関しては相変わらずのままですから。電ちゃんだけは例外みたいですけどね」
丙少将「だなあ。俺も聞いたけどよ……正直、情けねえ男だなってイメージしか持てねえわ」
間宮「繊細、なんですよね。きっと皆が思う以上に」
瑞鶴「え、なになに恋バナ? 混ぜてー」
丙少将「お前、ほんとノリが軽い瑞鶴だよな。さすが大学で遊んでそのままの気分で軍に来たやつだわ」
瑞鶴「砕けていて絡みやすいといって欲しいわね。残念ながら丙少将、間宮さんは口説き落とせないわよ。うちでは唯一のガチラブ勢だからね」
間宮「電ちゃんとか初霜ちゃんとか金剛さんとか秋月ちゃんとか」
瑞鶴「戦争終わってからそういう話題もよく出るけどそいつらみんな男に向けての恋愛感情じゃないし。提督さんのこと今ではみんな好意的だけど、恋愛感情持ってるのは間宮さんだけだって結論出たしねー」
瑞鶴「だから誰も提督を口説いてないし、みんな陰ながら見守ってるんだけどなあ。いや、まあ、コミュの取り方においては金剛さんとかはあれが普通なわけだけど、あくまで提督としての好きがあんな感じになってるただの愛の自由人だから」
丙少将「すげー素朴な疑問なんだが」
丙少将「あいつのどこがいいんだ……?」
間宮「1度だけです。あまり喋りたいことではありません」
丙少将「了解」
間宮「きっかけは感謝、そして気づかせてくれたことです」
間宮「私はずっとこの鎮守府にいただけだと思ってました。間宮亭には笑顔はあって皆の綺麗な思い出があって」
間宮「阿武隈さん達のキスカの事件、鹿島艦隊の悲劇、鎮守府の壊滅、電さんのタイプトランスとしての苦悩、次々とみんなが死んだり壊れたりしていく。皆に私の言葉は届かなかった。私の料理は喉を通ってもくれない。なにも出来ない地獄のような日々でした」
間宮「それでも間宮亭には確かに笑顔はあった。あそこには皆の綺麗な思い出が残ってて、またいつか皆で笑いあえる場所になり得るんだって思ってました。だから鎮守府(仮)を丙少将や甲大将にお願いして再建を頼んだんです」
間宮「あそこだけはってすがるような想いです。電ちゃんが戻ってきた時、二人だけの鎮守府(仮)が始まった時、この子だけは私が守るんだって決意を秘めてリスタートしました」
間宮「電ちゃんは次第に砕けていった。笑うようにもなった。それは全て、あの人が着任してからです」
間宮「私ではなく、あの人が着任してからです。これは間違いありません」
間宮「私はずっとこの鎮守府にいただけだったんだと思いました。だって事実として阿武隈ちゃんも卯月ちゃんも鹿島ちゃんも戻ってきて、あの人の指揮で過去の痛みを、自身の欠陥を克服して、この海の戦争の終わりを叩きつけた」
間宮「加えて、電ちゃんを」
間宮「解体不可能のタイプトランスを解体可能だと証明し、電ちゃんや春雨ちゃんを闇の中から救い上げました。だから、私はただここにいただけの何も変わっていないんだなって」
間宮「そんな私にあの人は教えてくれました」
間宮「電ちゃんがわざわざまたここに戻ってきたのは私のお料理が美味しいからだって」
間宮「貴女がいたから今の自分達がいるんです、と」
間宮「その瞬間、私の抱えていた闇も晴れました。あの人は私も助けてくれました。感謝です。そこまではまだ恋、ではなかったのかもしれません。でも」
間宮「まだあの時しか見たことありませんけど、あの人は子供のように泣いている私に手を差し出しながら」
間宮「『こちらこそ助けていただいていたこと感謝しております』と。『貴女に出会えて本当に良かった』といいながら」
間宮「無防備に笑っていたんです」
丙少将・瑞鶴「……」
間宮「言葉と感謝とその笑顔に、私は自分の胸からあふれでた感情に気付きました」
間宮「あの人は、あの頃の私に出会えて良かった、といってくれました。ただそこにいただけだと、自分の存在価値も理解していなかったポンコツの私を、です」
間宮「言葉に出すのは恥ずかしいけれど」
間宮「私はあの人と一緒にいたいです」
間宮「もう1度、あの人があの日のように笑えるようになった時に出る答えを受け入れるつもりです。それまでは諦めたくありません」
間宮「いつまで経ってもあの人の顔を見るのは飽きません。きっと」
間宮「こんなに男の人を好きになること二度とないです」
丙少将・瑞鶴「……」
間宮「……」
瑞鶴「この鎮守府は色々ありすぎたからね。こんなに他人の恋を応援したくなること2度とないと思うわ……」
間宮「翔鶴さんもいつかはその時が来ると思いますが……」
瑞鶴「1つだけいえるのは明石君にだけはやらないわ。あいつはあっちこっちの女を好きになりすぎだからね」
丙少将「予想以上の収穫だぜ。ちょうど悩んでたんだよな」
間宮「……はい?」
丙少将「悪いんだが、その話を神風にもしてやってくれねえか」
間宮「な、なんでですか? もしかしてそれで提督さんとの仲が良くなるのですか?」
丙少将「いや、ありゃ放置できねえだろ? 空母勢と話してたんだよ。それで人生の先輩のお姉さん方と結論を出した」
丙少将「多分、間宮さんより先に神風がガチ惚れしてるってな」
瑞鶴・間宮「!?」
瑞鶴「いや、でも負けの目はないわね。天地がひっくり返ってもあいつが駆逐に手を出すのはないわ」
丙少将「それは間違いねえ。だが、語弊があったな」
丙少将「間宮さん→男として好き」
丙少将「電→唯一神として好き」
丙少将「神風→司令官として好き」
丙少将「これが結論だ」
瑞鶴「なぜおちびを入れたのか……でもおちびは間違いない。大本営から帰ってきた後からはもう提督さんのこといつだって神のごとく褒め称えてるし。実際に唯一神っていってたしね」
漣「あのー、ちょっと気になったので聞き耳立ててたんですけど」
丙少将「いつの間にいたんだお前」
漣「どこもかしこもイチャイチャしやがって!」
瑞鶴「突然キレてどうした……」
漣「私らのところの大将は女だからその手の話はないんすよ!うちの大将についていれば漣は間違いなく惚れてたんですけどね!」
瑞鶴「甲大将が男なら私でも即落ち2コマだわ……むしろなんであの人女なのよ。いい加減にしろよ」
丙少将「俺は今でも男として見ることあるわ」
漣「大将に脚色して報告してやるからな!」
丙少将「勘弁してください」
漣「ねえ、漣達だって鎮守府で恋話とかしたかったですよね! ねえ、北上大先生に大井の姉御!」
大井「聞いてないことにしたかったのに巻き込むな」ギロ
漣「怖っ! オソロー!」
北上「しかしだな、私らの提督があんなんだから、うちの鎮守府が世間から極道艦隊とかっていわれるのも事実なんだよねー……」
丙少将「実際お前ら手を出してきた深海棲艦を海の果てまで追いかけてケジメ取らせる極道艦隊じゃねえか」
北上「丙ちゃんそこは仁義に厚い仲間想いな鎮守府といってくださいよ。周りがそんなこというから私らに男とか寄って来ないんだからね」
大井「……私はむしろありがたいのですけど、北上さんは寄ってきて欲しいんですか?」
北上「明石君とか絡むと面白いじゃん」
大井「なんてこと……北上さんの感性が全く理解できない……」
明石君「……」
丙少将「どうしたお前」
明石君「いんや、間宮さんってポンコツと自覚してんのになんでポンコツのままなんだろうなって」
間宮「」
瑞鶴「そーいえばあんた提督さんと仲良いよね」
明石君「瑞鶴さんもだろ。割と兄さん、あんたの話するしな。まあ、俺とはやっぱり男同士だからな。お互い同性だからこその話ってのもあるしなー」
間宮「そういえば明石君て乙中将と海の傷痕の鬼ごっこ事件の時に提督さんとフーゾク行ってましたっけ……」
丙少将・北上・漣「マジかよ……」
大井「不潔……海の傷痕と戦いが控えた時期にとか、頭の構造が信じられない……」
明石君「何件かはしごしちゃうほど兄さんは普通に楽しんでたよ。あれが女性恐怖症とか片腹痛くなるぜ」
明石君「鎮守府だって別にあんたら前にしてきょどったりしてねえし、距離を考えるのは戦争中における提督と艦の兵士の関係を考えてのことに過ぎねえ。そして兄さんは女に対して友達や彼女までなら欲しい、ともあの時にいってたぞ」
明石君「要は結婚したくねえんだよ。家族は欲しいらしいけどさ、今の俺ら下手な家族より余程縁は切れねえから満足してると思うよ」
明石君「間宮さんガチで結婚したいレベルだろ。結婚前提のお付き合い満々だろ。今の理由聞いてた限り重いよな。悪いとはいわないけど」
明石君「振られたんだろ。ならそれが答えだ……なにが女性恐怖症だからー、とか、トラウマがー、とかだって」
明石君「間宮さん」
肩ポンッ
明石君「現実、受け入れようや」
間宮「▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂うわあああああああ!」
瑞鶴「お前、容赦ないわね……」
明石君「優しさだよ。見込みがねえ部品は解体して再利用してやるのさ」
明石君「間宮さんには悪いけど、兄さんと合うのは鎮守府内じゃどう考えても明石の姉さんだろうよ。あの二人めちゃくちゃ相性いいだろ。弟子の俺がいう。3度の飯や家庭よりも機械弄りの明石の姉さんとやっていけるのは、あの生き方を尊敬して尊重できる兄さんくらいだと思うし、逆もそうだ」
間宮「うう、そうですよね。あの二人、話してるところ間宮亭で見ている限りすごい雰囲気いいですもん。明石さんとかも珍しく素の顔で笑えていますもんね……」
瑞鶴「お互いにくっつく気は100%ないけどね……」
漣「この話、出口が見えねーっすよ」
【7ワ●:ピエロットマンの世界 said 弥生&提督】
弥生「抱えてもらって、すみ、ません。肺が痛くて……」
提督「いえいえ、身体のことは仕方ありません。弥生さんくらい軽ければ自分でも抱えて走ることくらいは」
弥生「まだ追いかけてきて、いますか?」
提督「いいえ。蝋人形の館の内部に入った途端、ピエロットマンは消えましたね。暁さん達が殺人鬼の蝋人形をホテルのほうで入手してくれるそうですから、それを館に飾る。その後に遊園地に戻って暁さん達と合流して出口から抜け出る」
提督「で、終わりだといいのですが……どうもうちが一番の難易度誇るらしいですし、何かありますね」
悪い島風【教えませんよー。あ、いけね。しゃべるつもりなかったのについつい。あなたは1あげたつもりが10もぎ取られそうですし、お口チャックしてますねー】
弥生「……なにがありそうか、見当はつきましたか?」
提督「この面子、自分以外は明らかにホラーが苦手なメンバーが選抜されています。暁さんが予想外にがんばってくれているのは嬉しい誤算、この要素だけでも大分、クリアしやすくなったとは思うのですが」
提督「本当に難しくしつつクリア可能な範囲の難易度に収めるとしたら、この面子の中で唯一ホラー耐性のあった……」
提督「自分を潰すギミックを用意してくると思うのですが、そこはまだよく分かりませんね。世界観に沿うのならばホラー系統の理不尽なトラップの類だと思いますが」
提督「わるさめさんいわく、このゲームは悪い島風さんが作ったらしいのでよく分からないみたいですし……」
弥生「蝋人形ばかりで、不気味、です」
提督「絶対に振り返らないでくださいね。この鍵のある扉の前までの廊下、振り返るとすぐ後方に蝋人形の群れが道を塞ぎ始めて、前に視点を戻すとピエロットマンが表れ、挟み撃ちの強制デッドエンドになりますから」
提督「館から出る帰りも、です」
提督「帰りは走ります。扉を出て少し歩けば後ろにピエロットマンが現れますから。走って外に出なければ気付かずこれまたデッドエンドですので」
電「友軍艦隊到着なのです。司令官さん、この人形達は私が始末しておくのです」
弥生「電さ、」
ガシッ
提督「おっと弥生さん、トラップの可能性が高いです。電さんの声ですが、彼女の声の抑揚に違和感がありました。なので振り返ってはダメです。目を詰むって耳を塞いでくれていても構いませんよ」
弥生「了解、です」
コツコツ
提督「身体で扉を押して開きますね」
キィ
提督「っとこの部屋のサイドボードの引き出しに遊園地出口の鍵があるはず……これか」
弥生「鍵、取ったら上の写真の女の人が笑いました……」
提督「ですね。もう館から出て暁さん達を待つだけです。こんな気味の悪い場所からはさっさと抜けて外の空気でも吸いましょう」
悪い島風【……】ニヤニヤ
提督「……では出ます」
キィ
提督「では、一気に外まで走ります」
――――元気だった?
提督「……、……」
提督「――――!」
【8ワ●:ピエロットマンの世界 said 暁&由良】
暁「由良さん、大丈夫?」
由良「蝋人形、重いよ……ど、ドラム缶担いでいたけど、やっぱり解体されると、あの頃がいかに強化されていたか思い知っちゃうな……」
由良「提督さんは弥生ちゃんにつけるべきだし、体力のない提督にやらせるよりは、と思って提案したんだけど厳しいね……」
暁「ゲームだとアイテムとして収納されるんだけど、デッドエンド時の大破並の痛みといい、こういう苦痛なところばっかりリアルにしてあるし……」
暁「でも後少しで蝋人形の館なんだから、もう一踏ん張り」
由良「ありがとうね、暁ちゃん」
由良「ホテルから蝋人形までの最短距離までしっかり覚えてナビしてくれて、頼もしいよ……」
暁「そのくらいいいわよっ。飼い主の私が泣いていたら苺みるくさん起こしちゃう。私のピンチに駆けつけちゃうスーパーヒーローだからね!」
タタタ
由良「あれ、あそこに倒れているの弥生ちゃんじゃないかな……」
暁「な、なにがあったのよ。司令官が見当たらないけど……」
タタタ
由良「弥生ちゃん、大丈夫?」
弥生「……あ、由良さん、私は大丈夫だけど」
弥生「司令官が……デッドエンドになっちゃった」
由良「あの提督さんがトラップにひっかかった……?」
弥生「よく、分からない。お化け、にしては怖くなかった。普通の女の人だったし……」
弥生「司令官が動かなくなって、すごく汗をかいて、振り絞るような声で」
弥生「一人で逃げてくださいって、鍵、渡されて」
由良「確かこの蝋人形を館の部屋におけばピエロットマンが出なくなって、弥生ちゃんの手にある鍵で遊園地の出口から脱出だよね。ここから先は提督さんの仕事のはずが……」
暁「私達でやるしかないじゃない」
電「おっと、助っ人到着なのです」
暁「い、電! そうだった。友軍艦隊がいたんだった」
電「おやおや、司令官さんは犠牲になりましたか。ちょっと私の予想を越えるナニカがあったみたいですね」
電「屈辱。何気に初めてのことなのです」
電「私達が全員生還できなかったのは」
由良「それじゃ一番力のある私が行くしかないね。道は覚えてるし、これを運ぶよ。多分、私はアウトになるけど、ここは犠牲を払ってもやらなきゃ。このまま人形置かずに出口に行けば、ピエロットマンに確殺されちゃうからね……」
電「……暁お姉ちゃん、ここからゴールまではどのくらい?」
暁「一キロくらい、だと思うけど」
電「ま、10分程度です。それでその蝋人形を置いてください。私は弥生さんをゴールまで輸送護衛するので」
暁「ど、どうして? ゴールは皆で行けば……」
由良「……なんか嫌な気配するね」
――――元気、なの?
暁「……、……」
暁「この声、聞き覚え、ある」
電「珊瑚の囮作戦のやつです。雷お姉ちゃんが喰らわせて出来た腹部の傷もありますし」
電「私の初めてのお姉ちゃんズを殺した空母棲姫なのです……あいつはきっちり見つけ出してブチ殺した後、持ち帰ってぐちゃぐちゃにしてやりましたよ」
電「その後フレデリカのやつがこの身に混ぜて7種にしやがりましたが……」
電「……忌々しいのです。どうせ動かなければならないので弥生さんを護衛しながらゴールに向かうのです」
由良「だね。館の強度はどうせ壊れるようになってるだろうし……ここで暴れられるのも困るし、それがいいね」
電「さ、弥生さんはきっちり私の後ろについていてくださいね」
電「トランス」
ぷらずま「●ワ●」
2
弥生「それ、大丈夫、なんですか……?」
ぷらずま「大丈夫なのです。疑似ロスト空間限定なうえ、違法建造化ではないので一体化しておらず、これはただ単に深海棲艦艤装を扱えるだけに過ぎませんので」
ぷらずま「……それにしても」
ぷらずま(……あいつ倒せない仕様ですか。艦載機も無限ですし、追ってくる)
ぷらずま「っち、鈍ってますね。たかが空母棲姫一体程度と制空権争うような私の性能ではないはずなのに……」
ぷらずま「ま、恐らくメモリー渡す前提ですね。さすがは当局の娘だけあってクソ運営のクソ調整ですよ。あの程度から弥生さんを守りながらでも余裕なのです。ご安心を」
ぷらずま「弥生さん、走れますか?」
弥生「……はい、大丈夫です」
3
金剛「テートクー! ナイスファイトデース!」
金剛「最後は以外なデッドエンドでしたケド、電ちゃん達は無事にゴールまでたどり着けそうデース!」
由良・暁「」
榛名「お二人が心ここにあらず……」
悪い島風【蝋人形置いて部屋から出れば確殺ギミック発動しますから由良さんと暁さんは死亡確定ですからねー。全員で行ってたらアウトでしたよっと】
悪い島風【そっちの作戦は成功ですね】
弥生「戻り、ました」
ぷらずま「最後のメモリーです」
提督「ええ、皆さんお疲れさまです」
提督「……、……」
わるさめ「し、司令官……どうしたの。普通の女の人だったし、そんなに怖くなかったはずなのに、固まっちゃって」
間宮「ほ、本当ですよ。ピエロットマンに比べたら私でも怖くなかったくらいでしたよ……?」
丙少将「……誰だよ? 知り合いか?」
電「お母さん、ですね? 司令官にあそこまで冷や汗かかせるのはそれ以外に考えられないのです」
提督「ですね……」
間宮・わるさめ・金剛・榛名「……」
提督「すみません……あれだけはいまだ自分にとって」
提督「必殺、に成り得ます……」
提督「……不意討ちで驚いただけで知ってさえいれば耐えられた、とは思いますが」
丙少将「まあ、電達の様子を見るに大丈夫そうだ。あの子らに助けられたな」
提督「ですね……由良さん弥生さんもキスカで海の傷痕と交戦したメンバーだけあって、いざという時の肝は座ってますね……」
悪い島風【……ま、あなたにここまで聞くとは思いませんでしたが、相当に母親に思い入れあるんですねー】
悪い島風【わるさめちゃんプレゼンツは終わったし、残存していた全ての想の回収も終えました】
悪い島風【さて、ここらで運営のほうからある程度、ゲームシステムについて基本的な説明をしておきましょう】
悪い島風【と、その前に阿武隈さんと神風のタイマン場まで行きましょうかっ!】
【9ワ●:疑似ロスト空間、演習場】
提督・電「……、……」
龍驤「さすがに驚くよね……」
電「龍驤さん、なにがあったのです? さすがに信じたくない現実ではありますが」
電「電にはうちの阿武隈さんが大破していて」
電「ろくに艤装もない神風さんが無傷に見えますが?」
龍驤「神風の完全勝利Sやで」
龍驤「ただ神風のあれは強さではあるんやけど邪道も邪道や……」
龍驤「アブーが選んだ装備は中口径の砲を二つに夜偵だったんだが、意味を成さなかった」
龍驤「神風のやつ、20分は海の中で潜水していたしさ……」
電「!?」
日向「トランスタイプで潜水性能もなければ、潜水艦ですらない……まさか時代は潜水駆逐艦なのか……?」
提督「……あれが強いといった時点で身体能力頼りの強さなのは予想してましたが」
提督「建造されている艦の兵士の運動能力からして潜水艦でなくともそのくらいは潜っては入られますが、あり得るかあり得ないかでいえば、の次元の話ですね……」
提督「阿武隈さんが選んだ装備では探知出来ないまでは分かります。さすがに潜る駆逐艦と戦うのは初ケースなうえ、夜戦……」
提督「至近距離で浮上なんかすれば、それを見逃す阿武隈さんではないと思いますし、無傷っていうのが疑問ですね……」
日向「よく分からんが奇妙な体術で、浮上と同時に阿武隈をひっくり返していたぞ?」
提督「呆れて物もいえないです……」
龍驤「ああ、あんなん馬鹿げてるわ。神風は深海棲艦を倒してないんやろ。剣で味方の護衛艦が精々の限界のはずやで。あんな至近距離での戦い方を覚えて何の意味があるっちゅーねん。あんな奇天烈な戦い方、作戦に組み込んで動かせるはずがないやん」
龍驤「ただアブーに勝てばそれでいい。それ以外を削ぎ落としていたわ。非常に見ていて気分が悪い。結果以外になにもない不格好な戦い方や」
龍驤「合同演習の時のキミらとまるで同じ」
コツコツ
神風「ほら、阿武隈さんを入渠させてあげなさいよ」
ドサッ
龍驤「……マナーが悪いなあ。内容は咎めんが、相手を投げ捨てたらあかんやろ」
卯月「アブ―――――!」
卯月「大丈夫か!?」
提督「阿武隈さん、大丈夫ですか……?」
阿武隈「う……ごめんなさい……」
提督「いえ、勝ち負けを気にしてはダメです。それに謝ることはありませんよ。どうせ吹っ掛けられただけでしょうし」
神風「……」
ゲシッ
阿武隈「っ」
龍驤「……」
電・卯月「その足をどけろ」
神風「逆よ。侮辱されたのは私のほう」
神風「愛刀さえ抜く必要なかったわ」
神風「あなた達、結果が全ての鎮守府じゃなかったんでした? だから、戦争終結させたんじゃないのかしら。その第1旗艦が手も足も出ずに負けるって」
神風「仲間だ愛だ友達だ優しさなど、その物差しでこの演習の度合いを見積もった結果がこれなのでは? しょせんここも馴れ合いの鎮守府ということが分かったのは収穫ですが」
神風「負けたら死あるのみ。兵士ならその覚悟で戦うべし」
提督「よいしょっと、阿武隈さん、入渠施設まで連れて行きますね」
神風「青山司令補佐」
神風「あなたはいつも私の心を」
神風「無視しますね」
提督「1つだけ……」
提督「あなたをそんな風に変えてしまったのは自分ですか」
神風「そうね」
提督「見当はついても確信が持てません」
提督「……ごめんなさい」
龍驤「アブーはうちが運ぶよ。キミはここに残っていざこざどうにかしなよ」
提督「すみません。お願いします……」
電「司令官さん、謝ることはありません。こいつが不貞腐れて歪んだまでのことです。神風さんお前、やり過ぎなのです。お転婆もいい加減にしてください」
神風「これまた侮辱ですね。信念が言葉で変わると?」
神風「力でこの神風を沈めてみなさいよ」
電「……戦争みたいにいわないで」
神風「そういえばあなたは」
神風「軍の最高戦力なんだっけ?」
電「…………」
神風「海の傷痕:此方を生かしたのも、馴れ合いじゃないのかな。私なら殺せる。それほどの存在ですからね」
電「……まさか身内から穢されるなんて」
電「私達の戦争の一番の勲章を」
電「電のお友達を」
電「司令官さん、少しあの頃に戻りますが、これからのことを考えた上なのです」
電「本気で戦ってあげます」
卯月「おい電、お前が負けたらうーちゃんが行くからな!」
電「ご安心を。ちと私、電モードでここまで怒るのは初めてなので戸惑いがありますが」
神風「へえ……」
電「私が勝てば、お前はもうここから消えろ」
【10ワ●:あの電、凪ぎ払わせてもらう】
北方提督「すまない。私が神風に与えられたのはあんな強さだけだった。阿武隈さんには悪かったけれど、彼女のためにも必要な工程ではあるから、止めなかった」
北方提督「私はこのために来たようなものだ」
北方提督「電と戦わせたかった。あの時とは電の状態は違うけれど、あなたの相棒である電と神風に演習させてやりたかった」
香取「失礼します」
提督「香取さん。あの子を鍛えたのはあなたですか?」
香取「提督と私です。心残りでしたが、私は途中から他の鎮守府へ行くことになりましたので……」
香取「鍛えがいがあった子でした。私は練巡として様々な教え子を持ちましたが、私の練巡人生の中での最高の艦の兵士ですね。もちろんメンタルの話です」
香取「あの電さんは鹿島の教え子という認識で?」
鹿島「はい。構いません」
北方提督「では鹿島さんと香取さんの教え子、どちらが強いんだろうね。これは戦争においてどちらが練巡として上なのかが分かるね」
鹿島「いいえ、これで測れるのはどちらが強いか、のみです。私は敵を捩じ伏せる単純な力のみの強さは教えていません。ここに来てからの私はあくまで生き残る術を教えていたつもりです」
北方提督「あの悲劇から、変わったよね」
北方提督「それまでは香取と同じく戦果を伸ばす、つまり深海棲艦を捩じ伏せる力に焦点を当てて、それこそがその生き残るに繋がると信じていた風な鍛え方だった」
鹿島「否定はしませんが」
鹿島「絶対に電さんはあの神風さんには負けません」
香取「感情論で語るのは昔からの悪い癖です。そこが鹿島の理でもあるのですけどね」
北方提督「いや、違うかな」
北方提督「神風はあくまで艦の兵士だ。私から見たら海の傷痕:当局と単艦でやり合えると判断しているよ」
北方提督「だが、トランスタイプでもない艦の兵士がそこまで強いのなら」
北方提督「『艦隊これくしょん』の運営管理をしていた海の傷痕からしたら、一種のバグだよ。メンテナンス対象であるはずなんだ。しかし、海の傷痕は神風を外野に入れた。この点から海の傷痕を倒した電よりも神風の実力は下だと見積もるのが普通」
北方提督「だが、悪い島風さんから聞いただろう。あの神風が廃課金だと。ならば大本営で神風が名を挙げられなかったのはなぜか。その矛盾こそが」
北方提督「神風の勝利の根拠だ」
提督「あなたがそこを根拠にしている時点で自分の意見は変わりませんよ。あの子があの海にいても邪魔なだけです」
提督「だから、海の傷痕にも相手されなかったのかと」
提督「あの種の強さは勝ったから強いというわけでもありませんから」
北方提督「……、……」
北方提督「ま、最後の海戦における外野の役割を軽視するつもりはないけれど、やはり不完全燃焼だ。なぜなら私達は」
北方提督「始まったその瞬間に終わりを突きつけられたのだから」
提督「電さんは名実ともにあの海で最高の兵士になりました」
提督「神風さんがあなたにとってのそれならば、お気持ちは分かります。今後のためにも」
提督「決着させておきましょう」
北方提督「その優しさに感謝する」
北方提督「少しだけだ」
北方提督「日が暮れても帰りたがらない子供の我が儘に付き合ってくれ」
悪い島風【テートクさん、何か賭けとく?】
悪い島風【私は神風ですけど】
提督「賭けませんが、電さんです」
悪い島風【えっとね、テートクさんもマーマも知らないと思うけど、あの神風はパーパからしたら立派な『バグ』であり『メンテナンス対象』ですよ】
提督「……、……」
悪い島風【気付くことが出来なかっただけ。もちろん探知から逃れたとかステルスとかそういう意味ではないです。メンテナンス対象に昇華した時にはあなた達が海の傷痕を倒してしまっていたからです】
悪い島風【要は完成したのが、戦争終結と同時だったということですね】
悪い島風【あいつにおいてはマーマの個性が関わっていますよ。欲しい女性の想、艤装の適性を設定したマーマの個性がね】
悪い島風【テートクさん、私からしたら『アレ』が】
悪い島風【適性率15%だとか設定ミスですよ】
悪い島風【神風の艤装にもう一段階上さえあれば、響改二と同じ適性率100%越えの現象が起きていたと思います】
北方提督「……そうなればいいのにね。准将、あの子と交わした約束を覚えているかい?」
提督「……第1艦隊旗艦の話のことを?」
北方提督「ああ。だが、分かる。例え覚えていてもあなたは彼女に声をかけなかった。だが、結果的に正解かな。でも見ていてくれ」
北方提督「神風の戦果を」
北方提督「終わりに向けて突き進んだあなたの隣に並ぼうと戦っていた彼女の歴史を」
北方提督「その想の深度を知ってるからこそ私は神風を第1艦隊の旗艦にしなかった。出来なかったよ」
北方提督「それをしていいのはあなただけだ」
北方提督「八つ当たりで悪いけど」
北方提督「あの電、凪ぎ払わせてもらう」
【11ワ●:戦後想題編神風:脣星落落、返り咲き】
勇敢に戦い、守り、生き抜いた。
私達を守ってくれた神風型の皆さんに感謝を捧げます。人命にも積み荷にも一切の被害はありませんでした。さすがは丁将の精鋭達です。
数の差のあまりに潰走して逃げ回っていたのだけど、周りにはそう見えていたらしい。私は敗走していただけだ。中破してもなお無数にいた深海棲艦から自分の命を護っただけだ。どこへ行っても敵と遭遇するという禍去って禍至る海に戦意は喪失していた。民間人なんてどうでも良かった。私が助かればそれで良かった。
この逃げる艦娘に対して深海棲艦が本能に従い、私のほうに来ただけだ。それがたまたま護衛対象の輸送船から引き剥がして見えたというだけなのだろう。その少し後に救援艦隊が来てくれたから私の醜態が露呈せずに済んだだけの話だった。
大和さんの命。
私の艦の兵士の適性率。
それらと引き換えに、とても恥ずかしい勲章を手に入れた。
1
足元には鋼鉄で構成された重厚な三本指のような三連装砲、その形は今この私の手にある装備を巨大化したような形をしている。透き通るほど溌溂とした氷河色の瞳からはクリーンな闘志の慕情を放ち、容赦のない命のやり取りを押しつけてくる。その人体の純白の部分を血に染めても、力の限り戦う修羅を船化したような深海棲艦を見た。
神風「……っひ」
足柄「また魘されていたの? 大丈夫?」
殺風景なコンクリートの景色を視界に収めるだけでもこの胸を安堵に撫で下ろすことが出来る。虚しく一人で騒いでいるようなテレビの音声の喧騒が私の心に破紋を立てた。清々しいほどの水色の空も、エメラルドブルーの海も、砂浜ではしゃぐ人々の胸も、この双眸のフィルターを通せば、すぐに鉄と煙と血に塗れて加工される。海を振り払うようにチャンネルで電源を落とした。
あの日から意識が覚醒する度に『助かったのか』と思い知る。あの撤退作戦の海で救助されてから目覚める度に助かったのか、と何度もこの身に触れて夢現の真偽を確かめてしまう。
大至急到着した支援艦隊を含めても20隻、事後報告書に寄れば敵深海棲艦の内、残骸は姫が17体、鬼24体が確認された。その最悪、こちらの戦死者は一名、作戦においては勝利Sだ。
神風「あの戦いだけを楽しむような深海棲艦……北方水姫、でしたか」
元帥「神風君、早速で悪いが」元帥は帽子のつばを降ろして、表情を隠した。「君、海を見るだけでダメなんだろう。神風艤装の適性率も15%まで低下している。これを踏まえて進路の話だ」
神風「解体、申請をします」
もう無理だった。艤装を目に入れるだけで、足がすくむ。無理やり海に出ても、艤装が上手く動かせなかった。航行すらろくに出来ないポンコツと化してしまっていた。それどころか周りが海と空に見たされるだけで、意識が飛びかける。これが意味するのは艦の兵士としての寿命の終わりだった。
元帥「街でなにがしたい?」
元帥は肩の荷が降りたのか、優しく口元を綻ばせた。この人には好印象を持っている。あの意味の分からない突然の深海棲艦の作戦後、忙殺の日々に追われているのに、こうやって毎日のように私の見舞いに来てくれるのだ。私に祖父はいないが、おじいちゃん、という砕けたイメージもある。
神風「特に、ありません」
元帥「それを見つけるのも楽しいもんだ」
そうかもしれない、と思う。鎮守府にいた頃、生真面目な性格だからか、質実剛健を胸に訓練に励み、丁の准将に声をかけられた。神風としての役割を果たすことにただ生真面目に生きていた中、楽しい思い出といえば鎮守府の皆と過ごした何気ない平和な日々だった。
あの急襲が始まる前までの日々は充実していた。アカデミーの時よりも真面目に訓練に勤しみ、実力をつけていった。胸に残るのは少女としての淡い思い出の泡沫だ。何気ない、些細なきっかけから想いを馬鹿みたいに膨らませた。読書中の素の私の妄想力故だ。
神風「青山司令補佐の処分は、どうなるんです?」
元帥「ああ……あの男か。知ってどうする」
神風「大和さんの分も海で戦えないこと、そしてその人と交わした約束が心残りです」
元帥「特に処分はない。執った指揮にミスはなく、最重要項目の船団の護衛救助も成功だ。民間船に被害は一切なかった。だが、まあ……彼には内陸に異動してもらうことになったよ」
神風「なぜです。最後のあの海のことくらい、正直に教えてもらいたいのですが……」
元帥「その後に敵を作り過ぎたからだ。大和君を自らの指示で死なせたことに悔いはないと。そう実の兄の前で煽るような態度でいっちまいやがった」元帥は大仰にため息を吐く。「その後も懲りた態度もなく口から出るのはただの色気のない理屈だ。失ったのが最高戦力の大和だぞ。司令部内の派閥の対立さえ煽る展開のおまけつきだ。ったく、師と似たような欠陥を持っていやがる」
すぐさま青山司令補佐がその色気のない理屈を展開する様が想像できた。
愛想もない淡々とした口調だったのだろう。大和さんの死を尊重した言葉を吐いたとしても、そこになにかしらの熱がなければ人の心には響かない。その結果、買うのは不信感だ。あの人が鎮守府でもそうやって浮いていたのは周知の事実だった。
神風「最後に会わせてもらっても、いいですか」
元帥「ああ、いいよ。明日までこの鎮守府にいるはずだ。ただ部屋から出ないようにいってある。爆弾は出歩かせられんよ。見張りにはいっておくから会えばいい」
そういった元帥の表情は少しだけ曇っていたのは、あの青山司令補佐に会って、私の傷がえぐられることを危惧していたのだと、今は思う。
足柄「神風ちゃん、その人のことの時だけ少し元気になるのね?」
からかうようなニュアンスだったため、私は目を背けた。
足柄「秋津洲ちゃんを思い出すわ。若いっていいわね」
と老けこんだことをいった。
2
青山司令補佐の部屋に行く途中に春風と旗風に遭遇した。聞けば、目的地は同じだったらしい。二人も酷く元気がなくなっていて辛そうだったが。私はなにもいわない。いっても、この二人には空元気であることをすぐに見抜かれて、逆に気を遣わせてしまうことを懸念した。
部屋の前まで来ると、見張りに「お話は聞いていますが、今はちょっと」と断りを入れられた。なぜか、と問おうとした時、その扉の向こうから声が聞こえた。声の主で先人が武蔵さんであることは分かった。いつも青山司令補佐とはあしらう風に会話をしていたけど、今日は違った。怒気を抑え込んだような声音は張り詰めた糸を思わせる。いつプチン、と切れてもおかしくなさそうだった。
部屋から武蔵さんが出てきた。片手で顔を覆い隠していた。初めてみる弱弱しい顔だった。
武蔵「……よう。元気、じゃなさそうだが、お互い命があってなによりだったな」少しだけ無理に笑っているのは、過ごした時間で分かる。「今、あいつとはしゃべらないほうがいい。お前らが求める答えを絶対に返してこねえから」
誰もなにもいわなかったのは、どんな会話が展開されたのかこれもまた想像に容易いからだ。武蔵さんは片手で顔を覆い隠したまま、いった。
武蔵「あいつの指揮にミスはなかった。大和の通信記録も残っていた。後は頼みます、との最後の通信にも応えて、私達は生きて帰投した。あいつは大和の勇姿を尊重して後悔はしていない、といった。それでいい。あいつは無機質だが大和を想う情は本心だと、信じたかった」武蔵さんは続ける。「なのに、『この程度』とかって言葉を口から出しやがる。もう顔も見たくねえ」
その言葉の後にハッとした顔になる。
武蔵「済まねえ。私はなにお前らになに愚痴ってンだろうな。頭、冷やしてくるわ」
返す言葉は見当たらず。
あの作戦で最も精神的なダメージを負ったのは、姉妹艦を見捨てる策をなかば強引に押し付けられた武蔵さんなのはいわずもがな、だった。大和さんは少しだけぽわぽわとしたところがあったけれど、誰にでも優しくて強かった。その気持ちは痛いほど気持ちが分かった。そしてその犠牲が春風や旗風ではないことに安心する自分が気色悪かった。
私は部屋へと入る。実際に会って話してみたいことがあったからだ。
殺風景な部屋にぽつんとある椅子に青山司令補佐は座っていた。窓外のほうを眺めていて、微動だにしなかった。左頬に大きなガーゼが貼ってある。いつも生気のない人だったけれど、いつにも増していた。今は部屋の一部として溶け込むような、生き物として薄い存在力だった。
神風「青山司令補佐、武蔵さん怒っていましたよ?」
提督「言葉にする文章を間違えました」
いつもとなにも変わらない。
提督「大和さんが後は任せます、の言葉のため、この程度で、といったのですが、いやはや武蔵さんとはその程度も解釈してもらえないほどの信頼関係だったみたいですね。なので、今はあまりしゃべるべきではないと判断しました。自分も混乱していますので」
ほら、分かりづらいだけで、ちゃんと人間らしい言葉が出る。あの作戦は特異過ぎた。混乱して当たり前だ。丁准将と大和さんが戦死、まだ誰も現実を受け入れ切れていない。突然過ぎたのだ。そこにあったいつもの日常が砂上の楼閣であるかのように大きな波に飲み込まれて、消え失せた。その深海棲艦(波)を私達(防波堤)では受け止めきれなかった。
今になって思うと、私は青山司令補佐のいった混乱の意味を履き違えていたと確信を持っていえる。あの鎮守府のことじゃない。大和さんや師を失ったことではなく、唐突に出現した100体もの深海棲艦、その直前に丁准将が死んでいた理由がさっぱり分からず、混乱していただけなのだろう。
神風「私からは、一つだけ、です。青山司令補佐は軍に残るのですか?」
投げた問いへの答えは返ってこない。
数分経過した後に、青山司令補佐は、ぽつりと漏らすようにいった。
提督「ええ、この戦争の海にしか生きている理由がないので」
これが、きっと、私が初めて聞いたこの人の心からの言葉だった。
海に生きる理由などすぐに分かった。丁准将からも何度も聞いている。この人の戦争終結への信念は異常だと。この人の部屋にはこの戦争の歴史で埋め尽くされていたのも知っている。それが生きている理由というよりは、それがこの人の唯一の酸素のように思える執着ぶりだった。
機械だの、感情がない、など、そう見えるのは心が尖り過ぎているだけなのだ。
神風「……約束、覚えていますか」
提督「すみませんが、神風さん」青山司令補佐はいう。「自分はもう提督として鎮守府に着任することは絶望的であり、あなたはもう艤装をまとうことが出来ず、です。諦めてください。自分は別の方法を模索しているところです。もしもそれが叶ったとして、あなたはその適性率ではろく戦えないですよね。なので自分はあなたを兵士として数えることはできません」
神風「……そう、ですね」
ここで、違います、と答えたらどうなっていただろう。取り戻します。諦めません。私が大和さんを越える兵士になります。こんな言葉を返せるほど勇敢な神風だったのなら、あの日の約束をあなたは覚えていてくれたのだろうか、と思う。飽きも懲りもせず腐るほど妄想したイフだった。
答えを聞けてよかった。
部屋から出ると、旗風がいう。
旗風「……そんな顔しているのなら、よかった」
春風「私達は、もう、解体申請もしましたし、一旦、お別れ、ですわね……」
神風「止めないんだ?」
二人は顔を見合わせていった。
春風・旗風「神風の覚悟って、分かりやすいから」
らしい。実は答えはもう決まっていた。この二人にはまた会える。私が生きてさえいればね。二人からしたら心配でしかないかもしれないけれど、私からしたら二人が街に行くのはむしろ安心する。
武蔵さんとは抱いた印象は違った。青山司令補佐はちっとも折れていない。あの悲劇を味わってなお、大和殺しのレッテルを貼られてなお、戦争終結への信念は微動だにしていない。空想夢想妄想の悪癖が顔を出した。この戦争終結だけに突き進む彼の掲げる御旗のもとにある最高の光は報いに満ちている。
過ごした鎮守府、姉妹達、お世話を焼いてくれた恩人、そして艤装適性。全てなくなった。持ち物は私の意思だけになってしまった。街でやりたいことは分からないけれど、今海でやりたいことは一つだけあった。行けるところまで行ってみよう。むしろ、身軽になれた気がしている。
空を見ると、恐怖で足がすくむのに。
浮き砲台にすらなれない私が戦う方法なんてないのにね。
3
元帥「神風として軍に残る、ね。尊重する」
それが元帥の返事だった。覚悟しておいてくれ、ともこの時に念を押された。当然だった。艤装適性が認められない適性率の兵士が軍に留まるというのは今まで通りに、という訳にも行かない。神風の後任者が適性施設から見つかってその子から入軍希望が出れば、神風艤装は没収であり、私がこの神風を名乗ることも許されなくなるだろう。私くらいの年齢の少女を軍に残すには建造されているという強みのみだ。常人よりも強力な身体能力を生かして役に立つ役割しか用意してもらえないのも承知だった。書類上、未成年の私に対して組織として融通が利かせられない線も把握している。
この時、甲大将が司令部の命を受けて、丁の鎮守府の奪還作戦を開始していた。
わずか三日であの鎮守府を奪還した。さすが甲の大将だ。しかし奪還したのは、丁の鎮守府から既存の安全海域の脅威を確実に保守できる海域内のみだ。つまり撤退作戦時の海域の半分程度の奪還だ。重要拠点として優秀な司令官が就く将の鎮守府が潰されるとはこういうことだった。私は元帥と秘書の大淀さんに頼みこみ、その調査隊の一人として向かった。船に乗り込み、空を見ると、何回か気分が悪くなり、嘔吐したが、二人に気を遣わせないよう、見られないように努めた。
平穏な毎日を送っていた私の故郷は、徹底的に破壊されていた。
陸の上に瓦礫が積み重なっているだけだ。ここまで建造物が跡形もなく吹き飛ばされ、陸の形が変わるほど削り取られているのは違和感だった。確かに鎮守府や艦娘、その指揮を執る司令官に攻撃的なのは事実だが、捨てた拠点をここまで破壊された、ということは聞いたことがなかった。
海軍と陸軍、それに民間の業者が入り混じり、作業に当たっている。
海軍の指示に従って力仕事をこなした。瓦礫を掘り起こす度に、思い出が掘り起こされる。この無骨なコンクリートに色があり、どこの建造物のモノかを予想することが出来る。今、私がいるのは鎮守府の一号、指令室の建物だろうか。この木彫りのインテリアは丁准将が愛用していたものだ。そして、深くから出てきたのは、手の平に乗るサイズの人形の頭だった。
そういえば、と思い出した。
そういえば、丁准将は青山司令補佐の他にも気に入っていた司令官がいたはずだ。
丁准将の口から直接聞いたことはないが、秘書官の大和さんが最近、新造の鎮守府に着任した非常に優秀な提督と仲が良い、といっていたのを覚えている。あの阿武隈のキスカの事件で、あそこの鎮守府に丁准将は監査を申し出て足を運んでいた。同行した大和さんから、青ちゃんさんとよく似ている女性でした、と一度だけ感想を聞いたし、丁准将が人形なんか持っていたことも珍しいので話題にもなった。紳士として女性への手土産だ、とあの人を知る人ならば聞けば忘れることのない怖気が走る発言もしていたとか。その相手の名前はフレデリカだった。階級は大佐だ。
丁准将は色々と問題はあった司令官だったが、それでも嫌いではない。作戦遂行におけるあのプログラム的に容赦のない作戦の組み立ては素直に感心していた。困難な作戦でも、「実現可」と思わせるだけの理を必ず含ませていた。そして欠けているものを訓練に取り入れ、この身は熟成していったのだ。
恩師、といえる司令官だった。人間的な意味合いを除けば、理想的な上司といえた。
積み重なった瓦礫の空間に隙間を見つける。そこにこの人形の胴体部分が転がっていた。
隙間に手を伸ばして、人形の胸部をつかんだ。衣服かなにかがひっかかっているようだった。力任せに手元に寄せた。ずるり、と這いずるように出て来た。
違う、とそこで気付いた。衣服の繊維が瓦礫にひっかかっていたのではなく、その千切れた衣服のドレス部分を、つかんで離さない手があったからだった。
司令官だった。恩師だった。
その暗闇にある丁の准将の死に顔を見た。瞳孔の開いた瞳がこちらを見ている。口元は嘲笑の形に歪んでいた。あの瞳に色があったら、「フハハ」と笑うような、そんな顔をしていた。口元を抑えて、その場から飛びのいて、嗚咽を漏らした。
その気味の悪さに、吐き気を催した、大和さんも、こんな風にこの海のどこかで朽ちているのだろうか、と思うと、瞬時にこの鎮守府で愛した思い出が血塗られてゆく。
初めて丁の准将や青山司令補佐に共感できた気がする。
絶対に負けられない戦いがある。そんな台詞をテレビから聞いたことがあった。人間の争いではなく、人間と異形の種の化け物との海取り合戦。その丁准将の亡骸は私に「情けも容赦もない相手に負けるというのはこういうことだ」と最後に教えているようだった。
対深海棲艦海軍が敗北を喫するのは、人類がこの結末を迎えるのを意味する。
この時、泣いていたのか、吐いていたのか、今はもう覚えていなかった。
4
「やあ、今いいかな。私、対深海棲艦海軍所属、北国の鎮守府の提督の任についている者だ。あなたは、神風さんだよね。少しだけ聞きたいことがある」
と声をかけられた。燦々とした日光に照らされてなお、全体的に白い女性だった。帽子、髪の色も、その足元の軍靴まで白かった。はっと目が覚めるような美人だ。記憶に該当するのは響改二のイメージだが、駆逐艦にしては背が高くスマートで年齢が私より一回りほど上に見える。
神風「っ、あ……ひ」
片手で口元を抑えて込みあげた嘔吐感を抑えつける。その真白のシルエットが、あいつと、北方水姫とかぶって見えた。目を合わせていると、全身の筋肉が弛緩して、全身から血を噴出してしまいそうな、そんな感覚に襲われる。深呼吸した。意を決して面をあげた。
神風「……な、にか用でしょうか?」
「……丁の准将、鎮守府の誰かから恨みを買っていたかい?」
目を合わせた途端に吐き気を催して口を抑えるだなんて無礼を咎めることもないそのたんぱくさは少しだけ青山司令補佐と似ていた。丁准将なら憎まれ口の一つでも叩くだろうが。
神風「なぜ、そんなことを聞くのです」
「ちらっと死体を確認したんだけど深海棲艦がやったとは思えないからね。ナイフで刺された痕跡が一目瞭然で確認できた。ナイフの扱い方に長けた者の刺し方でもなかった。ナイフでの殺し方を嗜んでいれば、あの滅多刺しは疑問でね。まず恨みの因果を疑って然るべき」
ナイフで滅多刺しの痕跡があり、死因は戦死ではないことを疑われているというのは衝撃だった。確かにあの丁准将は憎まれ口を叩く。かくいう私もよくからかわれて、うとんでいた節もあるが、それは殺意とは呼べないものだ。あの人は司令官として命を預けるに足る器を持っていた。普段は皆から慕われるような性格ではないのも確かだが、そこまで憎んでいる相手に心当たりもない。
「作戦開始時には丁准将の死亡は通告されていたんだよね。誰が死体を見つけたんだい?」
神風「この応答は軍部でお話しましたので」
ぺらぺらと見知らぬ人に話すことではなかった。
第一発見者については詳しく聞いていなかった。丁准将の死体の発見を告げる放送は、突如として出現した深海棲艦の群れにおける撤退作戦において、青山司令補佐が代わりに総指揮を執るにおいての説明程度だった。その点の混乱よりも肉眼で確認できた深海棲艦の対処が最優先として行動していた。
「そうか。では気になった点をもう一つだけ」
神風「……お話は出来ないです」
「その話は止めておくよ。神風型は戦えなくなったと聞いたけれど、軍を辞めないのかい」
神風「私の自由意思の選択、です」
「ん、君の口から聞きたかっただけだ。さきほど元帥さんから君のことをよろしく頼まれた。神風は私の北方の鎮守府に来るといい。ほら、最初期の頃に有名な奪還作戦のところ」
アカデミーの授業でならった記憶はあった。北方領土奪還作戦、本土近くの深海棲艦を薙ぎ払った対深海棲艦海軍の歴史初の作戦完全遂行の勝利Sを収めた作戦だった。その名残で泊地に過ぎなかった北海道の拠点を鎮守府に改装し、北方領土に留まる露との共同作戦をたびたび持ちかけられる面倒な鎮守府だった。国の外交官もよく鎮守府に来るとも、聞いたことがある。
神風「……私」
「分かっているさ。落ちた適性率を戻せる可能性はなくもない。私は二十年ほど前にヴェールヌイをやっていたんだけど、適性率が30%から85%まであがった実例がある」その言葉の反応を伺うように、間を置いた。「まあ、適性率がなくとも艤装が身にまとえる時点で戦える可能性は残されてはいるけどね。明日にはここから経つから私と共に来るかい?」
神風「兵士として、ですか?」
その人は口元を綻ばせた。懐に手を入れた。そして、視線を空へと向ける。釣られて、視線を今日の蒼天に向けた時だ。破裂のような大きな音が鼓膜を乱暴に殴ると同時に、空に赤い血飛沫が舞った。右腕の上部に強い衝撃で、身体が半回転した。少し遅れて、痛みの波が押し寄せる。
「兵士として扱って欲しければ、至近距離からの銃弾を避けられるようになろう。そのくらい君が選ぼうとしている道は大変だ」
馬鹿げている。その場にひれ伏しながら、顔をあげて睨みあげる。
発砲音を周囲が聞きつけ駆けつけて大騒ぎになった。この人には元帥の雷が落とされていたが、本人は反省した様子もなかった。帰り際に「次はバレないようサイレントかな」といっていた。反省はせずとも学習はする人のようだ。自由過ぎる。
私はこの時、その銃弾を避ける、という言葉をただの冗談だと捉えていた。それが冗談ではないと知ったのは北方の鎮守府について、炊事の役割を任されてからのことだった。
5
神風艤装はすぐに北方に輸送されたのだけれど、それを身につけ抜錨することがまず出来なかった。航行のために稼働するモノが思うように動いてくれずに、ただ波に弄ばれる始末だった。荒波を越えるように設計された軍艦ではなく、柔い葉っぱで作った船のようなあり様だ。もちろん砲撃も出来ず、魚雷も撃てなければ、対空、対潜装備も機能しなかった。
そして、働かざる者、喰うべからず。
食堂の炊事を担当しながら、夜が更けると司令官から渡された訓練メニューをこなした。といっても、ただの筋トレでなにがためになるのかはよく分からなかった。建造された艦娘は建造された時点で人間の限界を越えている。筋トレでは体感できるほどの身体能力向上はあり得ない。
三日月「あ、あの、大丈夫、ですか?」
神風「ええ。三日月ちゃん、明日は秘書官の仕事で朝早いのよね。私のことは気にせず、もう眠ったほうがいいと思うわ」
三日月「ここの司令官は自由人というか、無茶を平気で押し付けますし、自分も無茶をしますから、あまり真面目に付き合っていると病みますよ。私がそうでしたから……これ、差し入れです」
差し出された水のペットボトルを受け取った。ちょうど与えられたメニューは終えたところだった。ここに来てからすでに一週間は経過するけれども、あまり口も利かなかった。どこにいるか分からないのだ。執務室に行けば三日月ちゃんがいて、分からないことを教えてもらっている。
神風「あの人が執務室にいるところ、あまり見たことない……」
三日月「執務なんて滅多にしません。やるのは私と天津風さんとポーラさんです。本当に重要な項目だけ、あの人がやりますが、基本的に目を通さず私達が通しています。きっとまたよしなにしている軍人さんと会いにいっているのかと……近くにロシアさんの駐屯地もありますし」三日月ちゃんはいう。「恐らく銃器の類もそこから密輸しているのかと……私はもう慣れましたけど」
神風「控えめにいって頭おかしいと思う」
三日月「そうですよね。普通じゃないですよね。おかしいの、私じゃないですよね」
胸を撫で下ろした三日月ちゃんが、執務室のほうに目を空ける。そこにはワイン飲みながら、判子を手に持ったこれまたおかしな重巡が仕事をしているし、夜になると明かりが灯る部屋は望月ちゃんか。哨戒によく出ているという隼鷹さんと島風ちゃんと若葉ちゃんだけれど、若葉ちゃんは深海棲艦を見ると報告して撤退してしまうらしい。隼鷹さんがボトル片手に酔いながら艦載機を発艦させて、適当に沈めて帰ってくる。とても連携もなにもない正しく秩序もない自由な風潮の鎮守府だ。
神風「作戦は誰がやっているの?」
三日月「第一艦隊の旗艦はビスマルクさんです。自尊心の高いお方ですが、旗艦として仕事を与えると生き生きするという理由ですね。リシュリューさんもいるのですが、そのリシュリューさんも酒飲み勢、というか、お酒に対して寛容というか、司令官が酒の供給源を絶ってポーラさんと隼鷹さんを脅……こほん、お酒を控えさせて重要な作戦に当たらせています」三日月ちゃんはいう。「薄々気づいていると思いますが、最も戦争拠点として機能していない鎮守府です」
確かに薄々感づいていた。丁の鎮守府にいた頃よりも格段に作戦遂行命令が司令部から発令されなかった。難易度の低い、丁丙乙甲を動かせない、または任せるまでもない任務ばかりが回ってくる。演習なんて一度もやっているところを見たことがなかった。
艦娘の現存艤装があまっている始末なのは知っている。兵力として数えられるのなら、滅多に強制解体はされない。そのハードルの甘さが極まっているのがこの鎮守府の惨状といえた。
三日月「真面目な方が来てくれて、本当に助かります……」
歳とは似つかない苦労が滲むため息だ。
U「あの、哨戒、終わりました……」
神風「あ、お疲れ様です」
U「……っ、はい」
声をかけると、びくっと身体を震えさせて、駆け足で入渠施設のほうへと行ってしまった。あの子とは鎮守府に来た際のあいさつ時、それと食堂でこれまたあいさつを交わす程度だった。人見知りの潜水艦の子だと聞いている。ああいう子を見ると、距離を詰めて打ち解けたくなるのが以前の私だ。今はそれならそれでいい、と思うようになっていた。丁准将にいわれた一番艦の気質は、適性率とともに消えてしまったのかもしれない、と思った。
どうしてあの子が最速オリョクル王者として海に名を轟かせた『ディスって☆ろーちゃん』になったのかといえば、大体私の訓練に付き合わせてしまったせいである。
6
神風「……疲れた」
北方提督「やあ、遅いご飯だね。今日は私がよそってあげるよ」
鎮守府内の外周を150周、陸軍式の筋トレを各70セットをこなせば、艦娘といえどこのような遅い時間にもなる。ご飯を食べてからだと、吐きそうになるので、いつもご飯を食べるのは日付けが変わってからだった。この広い食堂で、一人でご飯をのろのろと食べる。
神風「あの、本当に銃口を向けるのはやめてもらえませんか?」手元に当たり前のように置いてある銃を手に取った。もちろん、法律違反である。「艦娘といえど、死ぬほど痛いんです」
北方提督「程度は弁えている。心の痛みは治りにくいが、慣れやすい。身体の痛みは治りやすいが、慣れにくい。特に死の痛みというのは何度経験しても克服するのは不可能といってもいい。新人が大破でそのまま適性率なくなっちゃった、ってケースもあるからね」
神風「加えて規定違反です。提督の指揮権利を拡大解釈したとしか思えません。アカデミーでもそんな訓練しませんよ。至近距離の銃撃を回避することに何の意味があるというのです。そもそも私達といえども、それは不可能ですよ。あくまで深海棲艦を想定した訓練を」
つらつらと、今までの不満が漏れ出てしまう。提督は表情を変えず、いつも通りだった。容姿は似ても似つかないが、このような不動は青山司令補佐とかぶって見える。
北方提督「艤装を扱えない君にアカデミーのような訓練をしろ、と?」
神風「いいえ。そうではなく、軍規は軍人として守るべきだと申し上げているんです!」
北方提督「ただの人間でも銃弾を回避できるよ」と誇らしげにいった。「最も、確実にとはいわなく、お互いの技量や読み、身体能力と様々な要素も混じるけれど、艦娘の場合はもっと不可能ではないよ。集中力を数値でいえば、人間では100が限界点だ。通常時なら20もあれば十分になにかに集中しているといってもいい。この数値、艦娘なら通常時がその三倍の60という数値が出ている」
神風「は、はあ?」
北方提督「海外の大学が通常の人間と艦娘を比較した実験をいくつもしているんだ。例えば、6500分の1、これは人間がよく使う踏むもので実験した結果の数値だ。なにか分かるかい?」
神風「……そのヒントだけで分かるわけがないじゃないですか」
北方提督「階段を踏み外す確率だよ。6500段に一度、人は階段を踏み外してしまう。これを艦娘で調べると、面白いことにおよそ19500分の1になるんだってさ。その集中力と比例しているよね。無論、身体能力で比較すれば艦娘は三倍以上だ。個々によって差異するけどね」
なんて意味不明な実験なのかしら。酔っ払いの大学生の悪ふざけとしか思えない研究内容だ。
神風「……艦娘の集中力ならば銃弾すら回避できると?」
北方提督「無理だろうね。でも、神風が海で戦うにはこの道しかない」頬を綻ばせた。「もう超能力染みたモノに頼るしかないね。そして超能力は訓練で身につくものだ。信じてもらえないだろうけれど、現乙中将がその類の才能を持っている。君が若い駆逐で良かった。不可能ではないよ」
神風「中破クラスの損傷を肉体に受けますが、どのように報告するつもりです」
北方提督「中破とそのまま報告するよ。損傷関連を弄ると戦果報告書の虚偽を疑われてしまうからそこは真実を報告する。安心してくれ。君の訓練内容は私に一任されている。その条件で君を引き取ったんだよ。もはや欠陥どころではない度を越えたポンコツの君をね」
棘の含まれたモノ言いにも意味がある、と言い聞かせて、金曜日のカレーを喉に押し込んだ。外傷はないので入渠はしていないが、疲労は溜まる。なぜか大盛りでよそわれたその日のカレーを口に運ぶが、胃に重たく、なかなか喉を通っていなかった。
北方提督「馬鹿げた訓練をするんだ。誰にも理解されない訓練の方法に賭けるしかない」
神風「……はい。覚悟は決めているつもりです」
北方提督「神風は深海棲艦を倒す時、なにを想う?」そういって、首を横に振る。「いや、やっぱり答えなくていい。庭を見てくるといい。明日から世話をしてやってくれ」
その日から雑務が増えた。何のためにどこから調達してきたのか知らないが、なにも入っていなかった小屋の中に若鶏が増えていた。その鶏の世話をすることになった。ここだけの話、私の癒しだった。初めて世話をした時、ピイと鳴いたのでピイちゃんと、もう一羽のほうをヒィちゃんと名付けてあげた。
毎日、癒しをもらっていた。
7
気の休まる場所がなかった。なぜかといえば、この鎮守府にいると、信じられないことに突然狙撃されることがあるからだ。ある時は屋上から、ある時は空いた部屋の窓から、ある時はお手洗いに入った時とまるで戦場にいるような気分だった。決まって右腕を撃ち抜かれる。一歩間違えば死あるのみだっただけに日中なにをするにも神経を研ぎ澄ましていた。心身ともに疲弊の極みだ。
神風「……ああ、心休まるベッドから、なんか怖気が」
毛布をめくってみると、シーツから刃物が突き出ていた。気付かずにダイブしたら、下腹部辺りにグサリ、と刺さる位置だった。危なすぎる。苛々もしてきた。なんだこの馬鹿げた訓練は。
神風「ピイちゃんに会ってこよ……」
鶏小屋に向かって、能天気なピイちゃんの頭を人差し指で撫でる。最初は逃げ回っていたが、最近になって餌をくれる人と認識して心を許してくれているのか近づいても逃げないようになった。ああ、可愛らしい。もしかして青山司令補佐も餌付けすれば、こんな風になついてくれたのかな、と鶏に重ねて失礼なことを考える。そういう妄想だけが、この地獄のような訓練の日々の救いだった。
一カ月を過ぎた後に、殺気、というのだろうか。感覚的に察知できるまでになっていた。感覚というのはどうも研ぎ澄まされ、感知性能を向上させるようだった。イヤな予感、といえばいいのだろうか。例えば、人を見て、あ、この人はヤバそうだな、とか、強いだろうな、とか根拠もなく、感じ取る。そういった真偽の精度が増していくような感じだ。
ビスマルク「アトミラールいわく、タツジン、の境地だって。強くなったの?」
と気だるそうにいった。ビスマルクさんは基本的に無愛想な人で、あまりあいさつ以外に声をかけられた試しがなかった。リシュリューさんもそうだが、こちらもお高く止まっている、といった印象だった。二人とも雑務の全てを拒否している。そんなモノはこの高貴な私がなぜやらないといけないの、といった海外の貴族といった振る舞いが煩わしく思う。
が、この鎮守府のことも分かってきた。それが許されているのは二人の戦果を見たら分かる。要はこの北方の鎮守府は自由な分、実力主義なのだ。ある程度の我が侭は力があれば許容されるし、ここの司令官も咎めることはしない。要は役割を果たしていれば、自由にしていい制度だ。
ビスマルク「おい新入り、無視するの?」
リシュリュー「品がないわね。あなた無愛想な上、威圧的だから警戒されているのよ」
神風「強くなった……とは思えないです」
正直に答えておいた。
リシュリュー「理解できないとは思うけど、意味はあるわよ。そういう人だから。ああ、それと深く考えているようでもっと深く考えているわ」
神風「何気にリシュリューさんから励ましてもらったの初めて」
あらそう、とどうでも良さ気にシャットダウンされてしまった。
ビスマルク「アトミラールが気にかける理由が分からないのよね。艤装使えないのに登録上は艦の兵士だし、意味の分からない訓練の意味もなにもかもが分からない。私に迷惑をかけないならそれでいいんだけれど、あまりアトミラールの手を焼かせないでもらえる?」
リシュリュー「勝手に連れて来られたのはあなたなのにね」リシュリューさんはため息をついた。「ビスマルクは気にしなくてもいいわ。根は悪くはないのだけれど、見ての通り感じ悪い人だから」
ビスマルク「なにそれ。別に虐めているつもりじゃないのだけれど」
神風「あ、大体分かっているので問題はないです」
ビスマルク「じゃあ、分かっていなさそうなことをいうわね」
神風「はい?」
ビスマルク「あんたが作る料理、不味い」
そんな馬鹿な。変な色気を加えずにレシピ通りに作っているのに。
神風「……だからビスマルクさんはよく残していたんですね」
リシュリュー「ニギリメシ、というのは美味しいわ」
神風「ありがとうございます……精進しますね……」
リシュリューさんの優しさに救われる。誰が作っても一緒なような気がするのはさておき。
そういって二人は席についた。それと入れ替わりで三日月ちゃんがやってきた。その隣に「てへ☆」と意味不明にあざといポーズをしている見慣れない女の人がいる。ピンク髪色と髪の型、色彩、そしてシルエットからすぐさま誰かは分かった。工作艦の明石さんだった。
明石さん「どうも、工作艦の明石さんでっす!」
神風「あ、こんにちわ。三日月ちゃんもこんにちわ。明石さんは装備改修に来てくださったのですか?」
明石さん「はい♪」
三日月「実は神風さんが着任した時から申請をしていたんです。超がつくほど多忙な人で、本当はもっと先になる予定だったのですが、神風さんに興味があるとのことで、スケジュールを調整して来てくださったんです」
神風「……私に、ですか?」
明石さん「ええ、ここに来る旅路がてら、神風ちゃんのデータは拝見させてもらいましたよ。艤装がほぼ動かせないとのことですが、明石さんがちょっと修理して稼働させちゃおうかなって!」
神風「ほ、本当ですか!?」
バンとキッチンを叩いて食器がひっくり返ってしまった。構わず明石さんに詰め寄った。鼻と鼻が触れるほどの距離まで明石さんに詰め寄った。「もちろんです。卯月ちゃんを越える最高傑作を作り挙げて差し上げますよ!」という明石さんの瞳はお星様の幻影が見えるほどにキラキラしていた。
明石さん「ただいまから装備……いいえ、艤装改修こと魔改造に入ります。失敗しても神風艤装をブチ壊して妖精さんに作り直してもらうだけなのでリスクゼロです」アデューです、とポーズを決めて走り去ってしまった。どうやら昼食のためではなく報告のためだけに来たようだ。
三日月「良かったですね!」三日月ちゃんが笑う。「最近は徐々に例のトラウマも克服しかけているみたいですし、この調子だと上手く行けば近い内に抜錨できますっ!」
神風「取り戻せるかなあ」
三日月「才能ありますよ。普通、そんなにがんばれません」
神風「あはは……期待に応えてみせますよ」
才能がある、といわれて嬉しかった。同時にガンバるだけで才能あるといわれるのがハードルが低そうで嫌にも思える。実際私に才能があったかどうかは分からない。才能というものがどういうものかを知るのは戦争が終わってからだ。
若葉「話途中悪いが、飯をもらっていくぞ」と用意されている盆をそそくさと取った。「神風、その時が来たら私と一緒に撤退作戦をしよう」
神風「う、うん」
若葉「楽しいぞ」
よく分からないことを得意げにいって、席へと向かっていった。あの子が何気に一番の謎人物だった。そして苦手でもあった。撤退作戦しかやりたがらない。それに例の撤退作戦についてよく根ほり葉ほり聞いてくるのだ。悪気はないのだけれど、あの海のこと平気で語れるほど今の私は強くなかった。
神風「三日月ちゃん、適性率が一桁の私が抜錨出来る日が来るのかな……」
三日月「大丈夫です。だって神風さんはしっかり神風さんらしいです」
確かに適性部門の研究では艤装の適性率は肉体と精神が条件として関わってくる。十代前半だとほぼ軽巡、駆逐の適性しか出ずに戦艦や空母は稀だ。そして精神面においても軍は明確にしていた。艤装ごとに擬人化した適性者を導き出して、こういう性格だと艤装適性率がありますよ、と公開している。ネットに出回っているため、世間のイメージは正にその適性率100%の艦の兵士が定着している。実際に艦娘と会うと、イメージとの齟齬があることがほとんどだとか。
三日月「あ、それとよしなの方から電報があったのですが」と三日月ちゃんは珍しく興奮している。「明石艤装ですが、後任者が見つかったそうです。なんと男性の適性者ですよ!」
神風「……え、男? 男が艦娘に?」
三日月「はいっ、60%以上も出たそうで軍部は大騒ぎです!」
聞いたことすらない。突拍子もない常識外れの情報に一瞬、頭が真っ白になる。長い対深海棲艦海軍の歴史でも初めてのことのはずだ。基本的に女性にしか適性は出ない。男性に出ることもあるが、それは小数点の話で、艤装を身につけられても稼働させられないというのが一般常識だ。
三日月「それにあたり公式の場では艦娘から艦の兵士と名称を改めるそうです!」
へえ。でも艦娘よりも、艦の兵士の呼び方のほうがかっこいいかも。娘、とつくのは兵士である以上、あまり良い印象を与えないのもある。そこらは色々と込み入った事情はあるようだ。なぜか妖精さんが作るモノは服や艤装、可愛らしいモノばかりなのはいまだに謎のままなのよね。
最後に、明石さんの艤装とともに香取さんがやってきて指導をしてくれる、ということを伝えられた。
この日はみんなにお礼をいって回った。
8
三カ月振りに神風艤装を身にまとい、抜錨ポイントで航行を試みた。何年にも渡って毎日のように身に着けていた艤装の勝手が違うけど、前へと進むことは可能だった。それを見て、司令官や様子を見に来ていた皆から歓声があがった。私も最高の気分だった。ようやく艤装をまとって海へと往くことができるのだ。
神風「明石さん、ありがとう、ございます……!」
明石さん「いやー。錨の操作だけは完全に出来るとのことですが、残っている適性のリンクしている部分が航行性能全振りでして。説明しておきますが」
明石さんは相変わらず子供のように目をキラキラと輝かせたまま、艤装の説明を始める。要点を得ない趣味全開のお話ではあったけど、まとめるとこうだ。
艤装の適性が唯一リンクしている航行能力のことだが、燃料庫とボイラー機関の連結が上手く調節出来ていなくタービンが十分に回っていなかった。その結果、適性者を航行させるほどの航行能力が発揮出来ていなかったらしい。その問題点を解決するために神風艤装を魔のつく改造、燃料を多く消費することでプロペラを大きく回して、スクリューに伝える処置が限界のようだった。
神風「あの、スロットが撤去されているんですが」
北方提督「私が頼んだんだ。使えないのなら要らない。少なくとも今はね。その分、速さは出るようにしてくれているよ。ああ、増設スロットだけはある。場合によってはタービンをそこに」
神風「……」
速さが出ても装備がないと戦えないじゃないか。今は機能しないけれど、いつか機能するようになるかもしれないのに。不格好な艤装だった。戦闘面において速いだけでどうしろというんだろう。この艤装はドラム缶の運搬すらできない。
北方提督「明石さん、問題点はあるよね?」
明石さん「残念ながら。一つ、燃料を大和型と同程度喰う割に航行能力は本来の神風とそう大差はありません。航行距離は報告書に描いておくので後で目を通してもらってください。二つ、砲雷撃に留まらず、対空、対潜装備はどうあがいても機能させられませんでした」
北方提督「ねえねえ明石さん、前々から思っていたんだけど、艤装って燃料じゃなくてソーラーシステムなんかで航行できないのかな。無理なのかい?」と司令官は突拍子もないことをいったが、明石さんは律儀に反応する。
明石さん「可能ではありますよ。ただ現実的ではありませんね。ソーラーのをつけたとしても、あれかなり繊細ですから深海棲艦と戦ってかすり傷でもついた途端に終わりですからね。修理費も燃料費より遥かに上になるとです。そもそも構造から作り直さなきゃなりません。今の構造が一番、良いですよ。ちょっと色気はありませんが、単純な仕組みは利点でもありますし」
若葉「神風、ちょっと海に出よう、散歩程度に」
と会話を遮って、抜錨ポイントから艤装をまとった若葉が隣にやってくる。
北方提督「そうだね、ちょうど哨戒の時間だ。護衛艦としていっておいで。今日はそうだな、念のためにビスマルクも偵察機を積んでついていって」
ビスマルク「昼食の運動にはちょうどいい散歩ね」
とビスマルクさんが旗艦として海を往くことになった。若葉ちゃんの後について、海に出るが、通常の哨戒ルートからは外れた航路をビスマルクさんは選択していた。
若葉「ビスマルク、どこへ往くんだ」
ビスマルク「そのポンコツのせい」ビスマルクさんはうっとうしそうだ。「海に出た瞬間から、目が死んだ魚みたいになっているし、手足も震えて航行しているのがやっとじゃない。でも、陸が視界に入っていれば多少はマシになるみたいね」
若葉「お前がそんな気遣いをすること自体は置いといても、直接口に出すのは驚いた」
ビスマルク「気付いていないからわざわざ指摘してあげただけ」
神風「……すみ、ません」
最初は久しぶりに抜錨したからか、波に酔っているだけかと思っていたが、確かに手足の制御が覚束なかった。この鎮守府に来てから海や空には慣れたけれど、まだ心はあの時の恐怖を覚えているようだった。でも、海を航行できている。ここまで成長したのも、毎日が命賭けだったから、お陰なのかな。
進路を取った陸地のほうには港があった。今日は祝日ということもあり、子供の姿もちらほらと見える。農協の人達が出張していて、なにかバザーみたいなことをやっているのが見て取れる。うちの食堂もよく世話になっている。通りがてらあいさつでもして行こうかな。
艦の兵士だ、と子供が騒ぎ始めた。
わあわあ、と歓声があがるのを見てビスマルクさんの反応が顔に出ている。嬉しいくせに高飛車ぶってクールに振る舞おうとしているのはこの人の可愛いところでもある。この人、持て囃されるためにこっちに来たんじゃないか、とすら思うほどに御満悦。
島風「へっへーん、私の勝ちだね!」
と島風ちゃんが山道のほうから子供達と一緒に港まで走ってきた。子供達は十秒ほど遅れてきて、膝に手をついて荒い呼吸を整えている。島風ちゃんはよくここらの地域の子供達と遊んでいるのを見かける。私も鎮守府の外周を走っていると駆けっこしよう、とよく勝負を吹っかけられる。
島風「あれ神風ちゃん、艤装をつけてるね!」
神風「うん、明石さんが艤装をちょっと弄ってくれたんだ。航行しか出来ないけど……」
島風「速い?」
神風「遅いです……」
ねえ島風姉ちゃん、と隣の子供にジャージの袖を引っ張られていた。
ずいぶんと懐かれている様子なのも相変わらずだった。島風ちゃんだけでなく天津風ちゃんもここらの人達に愛されている。天津風ちゃんのほうはお年寄りのほう。どうも最初期にここらの島の危機を救ったのが二人のようで、その伝説染みた戦果は今も語り継がれており、島風と天津風の適性者は特別視されているようなのだ。祀っているといっても過言ではないほど。
「この人、なんで他の人みたいに艤装に砲がないの?」
子供の無邪気に罪はない。この日から私は指を差されるようになった。深海棲艦も沈めることができず、味方に守られるだけの非力な存在なのはすぐに広まったからだ。胸にあるのは交わしたたった一つの約束のための執念だった。
何のために海に出ているのか。何のために艦の兵士を続けているのか。
無邪気に私は嘲られた。その度に顔から火が出る思いを味わった。
軍艦の中に民間船が混じっているぞ。
9
北方提督「なるほど、それが最近よく訓練をサボって引きこもる理由か」と部屋に入ってきた司令官はいった。「今の君に慰める気は一切ないけど、大事なことを聞くのを忘れていた」
神風「……」
北方提督「実は途中で諦めるかと思っていた。艤装を身につけて一度、抜錨したら現実を知ると思ってそこで折れると思っていた。私としては真面目だけど、超能力訓練なんて真面目にやるやつは疑問だしね。今になって気になったんだ。そこまでして海に居残る理由を教えてくれ」
神風「意味不明な訓練は、役立っています」
求められたものとは違う答えを返した。質問には答えたくはなかった。ただでさえ身も心も辛い毎日だ。戦えない艦の兵士のわがままで海に出ると、鎮守府の仲間にまで気を遣わせてしまう。必死の想いで抜錨する度に、私の心の安全海域が削られてゆくような、そんな窮屈さが日々増してゆくばかり。
膝に顔を埋めたまま、いった。
神風「服で隠れていますが、腰回りのホルダーにコルトがある」
北方提督「マジか……」
初めてこの人が驚いた時の反応を知った。当たりのようだ。本当になんとなくの感覚で伝わる。超能力染みている。気配といえばいいのか、虫の知らせ的な予感というのか、嫌な感じが司令官の腰の辺りからする。最もいつも狙撃されていたため、この人が現れると全身の毛が逆立ち、自然と警戒力が高まる。偶然なのかは分からないけれど、根拠もなく確信染みていた。
北方提督「すごいね、二人目だ。メディアには露出しないけれど、世の中には本当に達人という存在がいる。あり得ない、と口から漏れてしまうような正しくファンタジー染みた神業だ。常人からは理解されないゆえに、世界はその水準で回ることはないけれどね」
そういえば、と思い出した。
青山司令補佐は丁准将の会議に頻繁に呼ばれていた。それも重要な作戦の時ばかりだ。青山司令補佐は「いつも導き出す結論は似たり寄ったりで、自分がいる意味があまりありません」と。その時、丁准将はいった。「とんでもない。君は才能を自覚したまえ。ある程度の情報を与えれば、効率的かつ最短を探り当ててしまう。我輩にはない勘の類の才能だ」と褒められていた。
感覚による勘か。少しだけあの人に歩み寄れたようで胸が弾んだ。私は本当にそれだけが支えなんだな、と改めて自覚した。
北方提督「なるほど、男か」
神風「それ超能力ですか……?」
北方提督「ある程度のことは大淀さんから聞いているし、内緒に、と口止めしたけれど、君の姉妹艦とも会って話したよ。それに神風に身よりはいない。姉妹艦は生き残っているよね。大和さんのことか、あの時の無力を嘆いているのか、それとも別のナニカか。まあ、私の40年の人生経験で判断してみた」
神風「……約束しまして。あの人が提督になった時、第一旗艦に私がって。絶望的な未来だけど」ぽつり、と胸に秘めていた想いを吐露する。「大和さんを失ったあの作戦で命以外を失ったけど、あの人は諦めていなかった。なら、その約束は私が反故にしない限り、有効です」
北方提督「……あそこから、やり直せると?」
神風「こればかりはあの人を知らないと、分かりません。ただ私の感覚が確信しています」と根拠のない破綻した論理を展開する。「あの人は必ずこの戦争を終結させます」
そんな気が、するのだ。
神風「私の終着点に繋がる線路はあの人の指揮下でしか見当たりません」
北方提督「とんでもないこというね……」
司令官は軍帽を取って、ベッドの上に腰を降ろした。
北方提督「鹿島艦隊の悲劇、丙少将管理下の鎮守府の壊滅、フレデリカの戦死、まだ秘匿されているみたいだが、深海棲艦艤装を展開できる駆逐艦電の保護。近頃の海は騒々しい。おまけにその全てがきな臭い。丙少将の保守海域にある鎮守府を襲ったのは、丙少将の鎮守府が中枢棲姫の深海棲艦勢力に大規模な襲撃を受けた直後、だ。かなり臭う勢力だよ」
キスカの事件に、あの撤退作戦、そして男性の兵士の発見、ずうっとここ最近の海は忙しいが、北方の海は比較的、静かといえた。数年の内にこうも安全海域を侵略されるのは例を見ない。
一つだけ気になっていたことがあった。
神風「艦娘が深海棲艦となるのは有名な説でした。それが証明されたのことですよね。駆逐艦電が深海棲艦化しているみたいですし、私にもその力が手に入りますか?」
北方提督「深海棲艦艤装を展開できる以外は全て謎だ。知っているはずのフレデリカ大佐が戦死してしまったからね。それに仮に艦の兵士に深海棲艦の力を与える手段があったとしても、辞めておいたほうがいい。研究部の人から噂を聞いたが、電は心が壊れてしまっているみたいだ。神風もその胸に抱えている想いすらも失くしたくはないだろう。戦う理由すら消してまでも力が欲しいかい?」
神風「……そう、ですね」
恐らく、ここから先が海の傷痕当局が身定める廃課金の領域なのだろう。全てを失ってもこの海に留まるような、欲望から昇華した本能に成り果てるまでの執念の想いの深度だ。私は、その海に溺れて兵士として残留している。いつの日か必ず、あの人は表舞台の海に舞い戻ってくるはずだ。
北方提督「君は想いの深さに心が追いついていないね」
そういって腕を取られて、部屋から連れ出された。
北方提督「そろそろ時期だし、心の訓練を始めよう」
この訓練というのが、私のネジを飛ばすかのような地獄だった。
10
「やり方は覚えただろう。やってみて」
司令官の服や肌は赤黒く汚れている。鶏小屋の鶏を羽がい締めにして、頭を逆さにして地面に触れない高さでロープにくくって吊るした。ヒィちゃんのほうが暴れて、羽が宙に舞って地面に散乱している。その様子を色のない顔で司令官は観察していた。
神風「動物虐待だなんて、見損ないました……!」
北方提督「もともとここに飼っているのは愛玩動物じゃないからね」
ロープを切り落として、鶏が解放される。地面にぐったりと横たわっている。私は駈け寄って上体を確かめる。まだ生きている。けれど、元気は見ての通りになかった。司令官がいった。「ありがとう。そのまま抑えておいてくれ」と言葉を聞き終えた瞬間だった。
神風「え――――?」
ヒィちゃんの頭部をわしづかみにして引っ張った。伸びた首筋にナイフの刃が通る。返す刃で二度切りつけると、首から上が地面に落ちた。衝撃的な展開に、頭のなかが真っ白になった。大量の血を流した首のない胴体が横たわり、羽をばたつかせ、その場で回転するような軌道で動きまわる。
神風「……なに」
北方提督「愛玩動物じゃないからね」
神風「なにしているんですか!」
とっさに手が出る。司令官は回避行動を取ったが、受け止められた刃の上から強引に腕を振り抜いた。軍人とはいえ、普通の人間だ。力の差は駆逐艦とはいえ歴然であり、司令官はフェンスに叩きつけられて、後頭部を置いてある棚の上にある餌箱にぶつけていた。
神風「ひどい……! なんでこんな酷いことを平然と出来るの!?」
北方提督「食用の鶏だからね。頃合いになったから事をしただけだ。どいてくれ」
神風「私がこの子達のこと大事に可愛がっていたこと、知っているくせに……!」
首を切られたヒィちゃんの胴体は動かなくなっていた。小屋の中で逃げ回るように動いている残されたピイちゃんを抱えて胸に抱きしめた。混乱しているのか腕や胸、首筋を強くつつき回されるが、この胸から離すようなことは絶対にしない。
北方提督「深海棲艦を慈悲もなく沈める先輩達を見て、同じことを想っていたな」なつかしむような口ぶりでいう。「ひどい。なんでこんなひどいことを平然とやってのけるのだろうって」
神風「深海棲艦相手になにいって……!」
北方提督「君こそ食用の鶏相手になにをいっている。君だって命を奪う仕事をしているだろう。そこの認識ミスは兵士として死を呼び寄せる。電の話はしたよね。深海棲艦の正体は食用の鶏どころではなく、同じ鎮守府の仲間になるかもしれないよ。その時、君は今と同じように深海棲艦を庇うのかい。そうだというのなら軍から去れ。違うというのならそいつを離せ」
神風「っ」
返す言葉が思い浮かばなかった。軍人のあり方としての覚悟を試されている。
北方提督「君の兵士としての活路は一つだ。近々、君のために作られた深海棲艦と戦う武器の軍刀が届く。深海棲艦を倒したい、といったね。君は深海棲艦の攻防を潜り抜け、至近距離まで詰める以外に沈める方法はない。常に死の一歩を踏み込むんだ。常人の域を越えた心技体の先に君の望む栄光はあるはずだよ。もちろん強制はしない。選択肢は君が吟味すればいいさ」
つらつらと、淡々とした口調で言葉を吐いた。
反論の余地を探している時点で、恐らく私の心は弱い。海にしがみつく唯一の理由の深度を測量されているような気さえした。でも、でも、それでも私にとって大事な仲間だもの。一周り小さな頃からずっと成長を見てきて、たくさんの癒しをもらって、毎日を生きる力をもらっていた。
北方提督「それが答えか。了解した。なら私からの評価は一つだけ」
小屋の出入り口に向かって歩いた。
北方提督「その青山とかいう人間は分かりやすいからいえる。君は選ばれない」
追い打ちをかけられた。あの作戦の指揮内容を確認すれば誰でも分かることだ。青山司令補佐は即座に大和さんを犠牲にする判断が出来た。かつ大和さんはすぐにそれを受け入れることができた。そうじゃなければあの戦い、絶対に全滅していた。その二人の判断が唯一の命綱だった。それほど壮絶な戦闘内容だったのは誰よりもこの身と心が知っている。
神風「……う」
その通りだった。その通りだ。あの人は作戦において機械的で情を一切混ぜない。そして兵士としての覚悟を求める。それを成せなければ兵士として信頼はされないだろう。必要がなければ、誰でもいいというのなら、第一旗艦にしてもらえるかもしれないが、そんなのは嫌だった。
足元から鶏の鳴き声がした。
抱えていた腕の力が不意に抜けてピイちゃんを手放してしまった。これが丸裸にされた私が無意識に選んだ答えだった。空いた腕で、目元の涙を拭った。
北方提督「さあ、やり方を教えるから君がやるんだ」
神風「できるわけが、ないでしょう……!」
鬼の所業だった。弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂。
北方提督「君の仕事は炊事全般だ。選んだのなら役割を果たせ」
その日はあの日以来の地獄だった。愛した命に謝罪をしながら礼を述べ、生命を絶ち切った。そんな私が未熟者だから、ピイちゃんの首を落とすのに何十回も刃をのこぎりのように削る羽目になった。苦痛を与える殺し方になってしまった。前へ進むために大事なモノを落としてしまった気がする。
訓練された兵士というのはきっと、自分を殺した人殺しのことをいう。
英雄というのはきっと、人間として破綻している欠陥品のことをいう。
私の身体のどこかから大事なモノがまた一つ削ぎ落されていくような軋みが聴こえた。
事を終えた後の司令官はいつもと違って、優しかった。それをすぐさま食事の材料として使用しようと羽をむしって、熱湯につけていた。命を奪う時とは違って、優しい手だった。奪った命に懺悔するような、そんな身勝手な人間の感謝の心を押しつけるように丁重だった。
司令官はいった。
なにを食べたい?
空っぽの心が無意識的に答えた。
辛くて柔らかいもの。
作ったのは鳥ガラの麺だ。その日、皆から美味しい、と褒めてもらえた。笑顔が食堂に溢れた。今までで一番、気持ちを込めて作った料理だっただけに嬉しかった。だけれど、口に合わないといって料理を残したビスマルクさんを半殺しにしてしまった日でもある。「食べ物を粗末にするな」と鎮守府内での立場の差も加減も恩義さえも弁えず、身体に叩き込んだ。
戦艦を軽くあしらう体術を知らぬ間に得ていた。
神風「ありがとうございます。今日は残さず食べてくれたんですね」
ビスマルク「え、ええ、とても美味しかったわ」
やり過ぎてしまったようでビスマルクさんは委縮してしまっている。謝罪はしたのだが、すこってしまったのが尾を引いている。あれからは入渠したビスマルクさんにリベンジのケンカを売られたのだが、熱は収まっていなかったのもあって返り討ちにしてしまった。こうも怯えた顔を向けられるのは本意じゃない。
神風「昨日は、すみません……」
ビスマルク「別に……一晩経ったら、どうでもよくなったわ。ちょっと怖いけど、あなた悪口いわれてびくびくしたり、落ち込んだりするから、そのくらい図太いほうがいいんじゃないの」
ここ自由だしね、とビスマルクさんはいった。確かに。
10
北方提督「やあ神風」
神風「あ、おはようございます」
北方提督「おはよう。今日で炊事の役割は外すね。香取さん来るから訓練に励んで。それだけ」
神風「了解です……やっとですか……」
その日の午後に香取さんがやってきた。司令官から話を聞いたところ、興味を持ったようで、練巡として今世代の神風を鍛え上げてくれるという。この人に会うのは二度目となる。私がアカデミーにいた年の教官をしてくれていた人だった。また世話になることになった。
香取「その刀と剣はどちらを主に扱って訓練しているのですか?」
神風「まだ使用を許可されていないので、どちらも使った試しはありません。ですが握ってみた感じ、フィットするのはやっぱりオーダーメイドとして製作してくれた刀のほうです」
香取「ならそっちで行きますか。三日月さん、本当に悪いのですが……」
三日月「お任せください。明石さんに予備を大量に発注しておかなければなりませんよね!」
香取「私がいわんとしていることを……なんて優秀な秘書官なのでしょう……」
三日月「最近になって提督が突拍子もなくなにいうかも分かってきました」
春風、旗風、お元気ですか。
ここにまた一人、司令官によって超能力者が誕生していた模様です。
まず剣と刀の扱いの座学を受けた。艦の兵士において刀というのは主に飾りとして産まれたものらしい。製作された当時が西洋文化よりも自国の文化を優先したために産まれた実用性の低い欠陥品であること。艦功や砲弾を防ぐことは可能だが、西洋剣と比較して細身な分だけ、防御面にどうしても不備が出てくること。そりゃそうだ、と納得した。軍艦が飾りの軍刀一つで戦うとか嘲笑の的である。最もその類の罵倒もすでにこなれていて心を乱す程ではなくなっているけど。
香取「まず極意から教えます」
神風「極意、ですか。格好いいですね」
香取「最大限、刀を使用しないことです」
一体全体どういうことだ、と疑問に思う。刀でしか戦えないのに、それを使うな、などとまるで意味が分からない。宮本武蔵の刀を抜かずして勝つとかいう道理は深海棲艦に通じるとは思えない。刀を抜かなければ、私はずうっと民間船のままじゃないか。最近は荷物が詰める分だけ民間船のほうがマシ、だとまでいわれたことあるのに。
香取「これが艦の兵士における刀の理法です」
唯一、利点があります、と香取さんはいった。その理を分かりやすく教えてもらった。
剣よりも優れている点、それは本来の西洋の剣と刀の違いと同じ。
西洋の剣は叩っ切るイメージ、そして刀は単純に切り落とす、というイメージ。優れているのは切れ味だという。その切れ味こそが、深海棲艦における必殺に直結するとのことだ。
それは姫級と鬼級のように『身体がある深海棲艦』を倒すにおいて刀のほうが有効である、と研究部が実験のもとに証明しているとか。剣においては鋼材を研がないゆえの固さ、正しく叩き切るという面においては上だが、深海棲艦相手に戦艦が使っても致命傷には至らない、確かに、そうだ。一撃で頭を潰しても、動くような生命力である。だが、深海棲艦は人間の肉に艤装と一体化しているため、身体も固いが、艤装を扱うにおいて間接等々の曲がる部分がある。
まだあの重量をどうやって支えるに至るのか、は解明されていない部分もあるが、一体化した艤装の場合、接合部を切り落とすことができるのが、研いだ刀のみ、と実証されたようだ。
香取「修羅の道、ですけどね」
艦の兵士が至近距離線を行うことは珍しくはないが、そこで刀を使うのは装備が損傷するほど追い込まれた際だ。攻撃の武器ではなく、受け流すための装備としての愛用者は多く、特に耐久装甲面に不備がある駆逐艦に愛用されているのは知識としてあった。要はその極意は、壊れやすいから抜くなという点と、最大限航行による回避を重んじること、そして被弾する際は損傷箇所を予想して役割において航行に不備が出ないと判断した時も、刀で受けないこと。そういったことを念頭において、複数の敵から単体で深海棲艦を沈めるにおける場面を想定しているという。
神風「脳筋というやつですか。攻撃は最大の防御とか、そんなイメージを受けますが」
香取「今のあなたがやれば傍からはただの死にたがりですね。戦果を考慮して撃沈数を減らすため、普通は提督が誰かを動かす羽目になる。こんな艦の兵士は戦場において邪魔なだけです」
神風「おっしゃる通りです……」
香取「ですが、何事も道を究めれば半端は取り除かれます」
神風「といいますと……」
香取「刀の高度な技術もですが、あなたにおいて究極的に研ぎ澄ますべきはただ一点です」
眼鏡の端をクイッと持ちあげた。
香取「速度です」
神風「……全てにおける速度といっても」
香取「全ての速度です。判断、反応、攻撃、航行、ありとあらゆる速度です。ここの提督さんは素晴らしい教官の才がおありです。あなたに施した軍規に抵触した訓練は最短ルートといえます。特にところ構わず銃撃してくる、というのは、私、目から鱗です」
神風「銃を持っているとか、おかしいですよね。本人、殺傷力の低いものなら自作できるとか」
香取「銃撃は艦の兵士に死を想起させることが出来るお手軽な方法の一つですし、艦の兵士の身体を知りつくした上でピンポイントな狙いならばまあ、いわぬが華ですね。胴体に当たれば銃弾が身体の中で軌道を変えて心臓到達、だなんて死に方もありますが、ありとあらゆる部分の速度向上に繋がるのは、あなたの体術面を見れば分かります。相応のリスクがありましたが、かなりの短期間で体術が向上したのではありませんか?」
そっちの理由で驚いたのか。練巡の適性者ってある意味で変態染みている気がする。鹿島さんは適性のデータを見る限り、優しそうな人だけれど、だからこそ、あの悲劇で海を去ってしまったのかもしれない。こんなことを考えるのは鹿島さんには悪いけれど、あの人は諦めた側の人だ。
香取「なんとかしてアカデミーの訓練に取り入れたいですね……」
神風「絶対に無理ですから……」
なんだかぶっ飛び過ぎていて納得はできないけれど、確かに反応も判断も速くなっている。気配察知とかも最近はなんだか超能力染みてきた。ただあの訓練は今の話を聞いて思う。ガチ嫌です。
香取「兵は神速を尊ぶ。これを心してくださいね」
神風「了解です。その孫子の言葉は好きですね」
香取「最後に私があなたを鍛えたいと思った点を発言させてください。それついでに現実と未来への希望を批評しておきますね」
香取さんは怪しいような、妖艶とも取れるような笑みを浮かべた。
香取「才能があろうがなかろうが、この世界で評価されるのは結果を叩き出した者のみです。才能があった、と評される人はすべからず努力している、というのは有名な言葉ですね。ですが、誰が見てもひいでた才能がないのが神風さんの素質です。強いていえば任務に真面目な点ですね。他者の目から見て、狂ったような理解不能な努力を強制、達人の水準で訓練をこなしてもらいます。あなたはその道の先を進むしか希望する未来に辿り着く方法はありません」
神風「はい、よろしくお願いします。やり遂げてみせますから」
香取「才能のある子は何人も見てきました。解体してしまいましたが、前世代陽炎さん、阿武隈さん、卯月さん、神通さん。どれも天才といえる素質をお持ちでした。ただ、平凡なあなたが彼等を越えた戦果を挙げた時、私は練巡として役割を全う出来たといっても過言ではありません」
神風「……こんな私に期待してくれているのですか?」
香取「努力を怠らない天才は、それ以上の努力をした凡人には劣る。才能は後付けのモノだとその身で証明してもらいたいのです。これ以上の練巡としての喜びはありませんから」香取さんは微笑んだ。「そのバトンを継ぐ次世代の練巡はきっと、最高の兵士を何人も育てあげます。そして殉職者を減らし、安全海域を増やしていくことでしょう」
春風、旗風、なんだかんだ優しい人だったよ。根っこの話ね、根っこの話だから。訓練において私は香取さんの親でも殺してしまったのか、とありもしない妄想に取りつかれるほどの鬼教官ぶりでした。まだまだ地獄は続くんです。
11
香取「社までに100段あります」
神風「ああ、二万回、踏み外さずにやってやりますよ」
香取「……知っていたのですか?」
神風「本当にそれですか……司令官が艦の兵士が階段を踏み外す確率だとかなんとか」
香取「あなたの場合は三万回をやり遂げてください」
神風「」
香取「全ての判断はあなたに任せます。足を踏み外した、のラインもあなたが決めてください。そしてそれを『1日』でこなせたら次の段階の訓練に進みます」香取さんは踵を返した。「私は鎮守府に帰りますね。帰ってくる判断もあなたに全て任せます」
ついていてくれないのか。まあ、香取さんは他のメンバーの訓練も受け持つみたいなので、仕方ないか。私は与えられた特別な課題をこなすだけだ。その全ての判断を自分で下しながら、一日以内でやってのける。体力には自信があった。一日くらいの階段の上り下りは耐えられる。
私の想像を越えて意味を見出せる訓練だと、気付くのは夜が更けてからだった。
のぼりきった石畳の上に四肢を投げ出して、満月を眺め、考える。
全快時、百段をのぼり切るのに60秒だった。降りるのにはその半分の30秒だった。
一周するのに90秒程度だ。そして続ける度にタイムは落ちていく。90を保ったまま、三万段は無理だった。無理のない長時間耐久のペースで身体に馴染んだのはその倍の180秒の3分だ。そのペースを24時間だから、割って480に、階段の段数を含んで計算してみる。
1周に3分だと、1日で4万8000段を上ることができる。
神風「いける……3分ペース、行けるじゃない!」
もちろん3分のペースを保ったままで、1日中、階段を上り下りするのは私には無理だ。今日くたくたになるまでやってみて身を持って思い知った。この余った1万8000段をのぼる時間が余裕といえる。ええと、だったら1日の中で休憩に割いていい時間は、
100分だ。1時間と40分しか、休めない。
3分のペースを維持するための休憩を挟む必要があった。無機物効果を受けているとはいえ、人間を辞めているわけでもない。水分補給は必要不可欠であり、ご飯も胃に詰めなければならない。休憩時間はどう取るのか。そして栄養食はなにを取るのが効率的なんだ。
出来るだけ、短く、可能な限り、速く済ませなければならない。
そして冷静沈着であらなければならない。焦りを生んで踏み外せば、また最初からやり直す羽目になる。1日中ずっと集中し続けなければならない。スタートから怖気すら感じる訓練だ。
幸いなのは夏秋が過ぎて冬の最中だから、身体を動かせば温まることかな。
神風「もう冬……ん、冬ってことは……?」
もういつ雪が降ってもおかしくない十二月の季節に差しかかっている。北国の雪が降り積もれば、当然、ペース配分はまた考え直す羽目になる。もちろん時間を多く見積もるから、休憩時間が減ってしまう。それどころか凍結した石階段をのぼりおりするのなら、踏み外す危険が跳ねあがる。
もしも訓練している時に雪が降ってきたら、どうなる?
雪解けの春を待ったほうがいいの?
いや、そんな先までこの先の訓練を延ばしにしていいの?
時間を長く見積もるな。私は新たな神風適性者が出たら、そこでゲームオーバーなのだ。戦える状態にならなければならない。まだ深海棲艦撃沈数は0だ。空母戦艦ならば、腕力で低級深海棲艦でも沈めて数字を稼ぐのだが、駆逐では無理だ。私はまだ戦う術も持たなかった。
なんだこれ。なんなんだ。どうすればいいんだ。
とにかく、速く、ありとあらゆる全てを速く。神速の領域まで駆け抜けなければ。
すでにここに連れて来られた時から意地悪なトラップが用意されていたことに気付く。
準備だ。1日に必要な食べ物と飲み物を準備してから、来なきゃ。
訓練の時、あの人がいつもデータを取ってくれていたっけ。大して気には留めていなかったけれど、そういう人がいるというだけで、かなり効率が違ってくることを思い知った。
神風「青山司令補佐あ! 私を導いてくださああああい!」
夜空に向かって吠えた。スカッとした分だけ時間の無駄ではないと信じたい。
12
鎮守府に帰ると、すぐにご飯を胃に詰めた。その後に明日一日分の弁当を作る。といっても、簡単な軽食程度だ。訓練を開始する時間は午前0時にすることにした。午後の五時に就寝して十時の夜に起床し、用意しておいた朝食を食べて、ゆっくりと歩いて特訓場へと向かう。0時スタートにしたことにも意味がある。明るい時間帯に長くいるほうが、足元が照らされていて転びにくい、と考えたが、夜のほうが障害物である人が少ないという利点を選んだのだ。それに0時きっちりにスタートし、0時にエンドという点は区切りが良くて気持ちいい。
望月「あー、神風か……おはよう……」
神風「おはよう。あなたそういえばこの時間帯に起きて活動始めるわよね」
望月「あたしゃ夜行性だからな……今日は隼鷹さんと夜勤兵だ」
珍しい。聞けば欲しいものがあるから仕事するとか。むしろ欲しいモノがないと働こうとしない子のようだ。世の中のゲーム会社が話題作を出せば望月ちゃんの勤労意欲は顔を出す。気楽でいいわよね。今世代の睦月型ってみんな素質に恵まれてそつなくなんでもやれちゃうっていうし。
神風「全く。働いて食べるご飯のほうが美味しいのに」
望月「まあ、引きこもりには引きこもりの矜持があるのさ。ネトゲにソシャゲに家庭用、ネットサーフィン、SNSもあたしの大事な日課でさあ……」
深くは聞かないことにした。駆逐艦として子供が軍に来る理由だなんて明るい理由でないことがほとんどだった。望月の適性が出る時点で、艤装の夢見での精神影響だけがこうなっている理由ではないはずなのだ。下手に真面目を押しつけたら、想像を越えたトラブルに発展することもある。この手のことは司令官に任せて、私は私のやるべきことをやることに時間を使うべきだ。
香取さんに与えられたストップウォッチは高性能だ。日付はもちろん、ソーラーシステムによる充電に、タイマーを設定したら180秒を越えるとまた1秒からカウントが始まり、そしてそれを何回繰り返したかの数字も出る。まるでこういった訓練のために設計されているような機能美の数々だった。メロンのマークがついているけれど、どこのメーカーだろう。
準備は完了。0時まで残り3分を切った辺りで、準備運動を始める。
用意ドン。
入念に計画して準備してきた。後は無駄なカロリーを消費しないよう、なるべく平静にこなすのだ。頭に思い浮かべたイメージは青山司令補佐だった。あのように機械的に淡々とそつなく与えられた任務をこなす。さすればこの訓練はたったの1日という最短ルートで終えることができる。
が、無心を保つことは不可能のようにすら思える。
淡々と長時間、階段の往復のような単純作業を繰り返していると、意識がありとあらゆる方向に流れる。例えば周囲の葉のざわめき、階段の脇に生い茂る緑の中から四つ葉を探していたり、深海棲艦艤装を展開できるという駆逐艦電のこと、それと刀を持って戦う未来の私を思い描いたり。
集中力が分散していく。
戦争終結後に知ったことだけれども、この分野にも達人は存在した。この道の先にいる究極的な才能を持っていたのが、海の傷痕から歴史最悪と敬遠された駆逐艦の初霜だ。彼女はこの景色をただぼうっと見つめることに体感時間で一カ月間、実際には四年間を過ごしたという。それに比べて私は香取さんお墨付きの凡人素質であり、戦えないことを考慮すると、兵士として最下位だろう。
そのように考えなくてもいいことに悪癖の空想癖は私の中で廻り始める。
無心を意識することがすでに無心からはかけ離れているようだ。
そんなこと考えていると、朝日が昇って辺りには小鳥のさえずりが聞こえていた。ペース配分は守ることは出来ている上、まだ披露も差してなかった。ただの十六歳の女の子なら絶対に無理でも、この神風の身体ならば成し遂げることができそうだ。
雨が降ってきたのは午前10時だった。今日の天気予報は降水確率10%だったはずだ。ぽつぽつといった程度ではあったし、雲が流れてくるほうの空を見上げれば晴れているので、大降りにはならなさそうだ。濡れた石面に気をつけながら、ペースを落とさず、無機質に続けるのみ。
お昼には土砂降りになりました。
雨で前髪が肌に張り付いて視界を塞ぎ、運動用の小豆色のジャージが水分を吸って重くなる。訓練を続ける度にそれらがどれだけ余計に体力を奪ってゆくのかを思い知らされる。神社の社の影で、作って来た握り飯を食べながら思考に更ける。日を改めてやり直したほうがいいのか。
いや、雨天というアクシデントはあったが、上手く行っている。体力的にもまだ余裕はあった。この調子で残り半分の時間を続ければ、この訓練を終えて次の段階に進むことが出来る。最近、テレビで聞いた流行りの言葉を信じて突き進もう。いつやるの。今でしょ。
6時になればまた30分の休憩を入れて、残りに取ってある10分はラストの調整のために残してある。少し遅れが出ていたら、そこで休んでラストスパートをかければいいし、余裕があったのなら念を入れて身体を休めばいい。予定通り淡々と同じ行程を繰り返すのみ。
事件が起きたのは夕暮れ時の休憩に入る前だった。
ビスマルク「あなた、いないと思ったらこんなところでなにしているの?」
神風「声出すのは体力の無駄なので放置でお願いします」
出来るだけ丁寧にそして短く伝えて、また階段をのぼり始める。降り始めるとまだビスマルクさんが視界に入った。なにかむすっとした顔で社のところに立ったままだった。自尊心が高い人だ。言い方を間違えたようだった。逃げようと次の周回に階段を踏んだ時だった。
ビスマルク「せっかくこの私が来てあげたのに、なにその態度?」
ぐっ、と腕を引っ張られた。単純な力の差では戦艦に抗うことは出来なかった。乱暴に後方に引っ張られて私は、濡れた石畳の路面に置いていた足を踏み外した。転ばなかったのはビスマルクさんが抱き留めてくれたお陰だった。ビスマルクさんが「大丈夫、ドジね」と嗤った。
13
神風「ビスマルクウウウウウウウウ!」
綺麗な弧を描いて、戦艦の巨体が吹き飛んだ。
ビスマルク「なによ!? 私が受け身取らなかったら惨事だったんだけど!?」
神風「1日でこの階段を一歩も踏み外さずに3万段登らなきゃならないんですよ! 順調だったのに、あなたが腕を引っ張ったせいで、足を踏み外してしまったわ!」
ビスマルク「は? なにその日ノ丸の古臭い熱血根性みたいな訓練?」小馬鹿にするような笑みだった。「あの程度で踏み外すあなたが悪いんじゃないの」
神風「殺るわ。いつ○るの。今でしょ」
ビスマルク「あなた最近、日に日に性格変わっていってないかしら!?」
神風「……それで私に何の用事です?」
ビスマルク「だから鎮守府に姿が見当たらないから確認しに来たのよ。あんた登録上はいくつで、何時から外をほっつき歩いているわけ。あそこにいると感覚が麻痺してくるけれど、未成年者が外をうろつく時間帯を考えなさいよ。警察に指導されたらアトミラールに行くんだから。第一旗艦の私にも傷がつくじゃない。居候の分際で身の程を弁えなさいよね」
そんな門限に構っていられるものか。
18時からは外を出歩くのを禁止されてしまったら、間違いなく今の3分ペースは保っていられなくなる。半分程度、つまり24時間全力で階段の上り降りをしなければならなくなってしまう。それは不可能だと初日で結論づけたことだった。
かといって、私のことで艦隊の皆に迷惑をかけていいのだろうか。艦隊として抜錨した時、私は今と同じく身勝手な戦い方をして艦隊を窮地にさらすことにも等しいのではないか。様々な思考がめぐる。どちらが正しいのかは明白としており、ビスマルクさんの主張だった。
神風「……ぐ、しかし」
ビスマルク「そもそもなぜそこまでしてがんばるのよ」
神風「あなたに話す必要はありません」
ちょこまかとした足取りでUが歩いてきた。こちらまで来ると、ぺこりとお辞儀をしてあいさつをした。この子が鎮守府以外の陸を出歩くとは珍しい。いつも海の中にいる以外は望月と同じく部屋に籠もっているのに。私が意味もなく「わっ」と驚かすと、びくっと身体を震わせていた。
U「特に意味もなく驚かさないでください……」
神風「ごめん。それよりあなたが外を散歩だなんて珍しいですね」
U「夜中に出歩き、ます。それより少し気になったことがあって」
おどおどとした様子のままだ。
U「神風、さん、はなぜそんなにがんばるんですか。このように穏やかな景色の中で生きるられたはずなのに、辛い訓練を耐えてまで戦争に参加しようとする理由、ずっと気になっていて……」
神風「そういうの聞きますか。自らの意思で少年兵であることを選ぶその理由を」
U「あ、ごめん、なさい……」
神風「好きな司令官がいます。その人の指揮のもとで戦いたい。それだけです」
ビスマルク「あなたUと私の扱いに酷い差がないかしら!?」
神風「気のせいです」適当にあしらっておく。「とにかく1日で3万段のぼらなきゃこの先に進めません」
U「この神社の人にお願いしてくるのが、いいです」珍しくUがハキハキとした声でいう。「ここの条例では18歳未満の11時から4時までの外出は禁止されていますが、条例ですから法に違反ではありません。アトミラールに連絡して、これが軍の訓練としてここらをパトロールする警官にも報告すれば、特例として補導も見逃してもらえる、かも、しれません……」
神風「……詳しいんですね」
U「私、クルージングが担当なので、深夜に帰投して、街に散歩に出かけることも、ありますから、確認したことがあるんです」Uはいう。「応援、しています。そういう理由、Uは好き、です。そのこ、恋心の想い、届くといいですね」
Uはそういって、顔を真っ赤にしてもじもじとし始めていた。
なぜ恋と捉えられるのか。春風と旗風にも恋だと認知されたっけ。私の中ではあくまで司令官なので、それは違うように思える。だけれど、言い得て妙だ。あの時の私は兵士として司令補佐と関わりを好んでいた。とにかくあの人の指揮のもと、抜錨できる未来を思い描いており、それが根っこを支える土の役割を果たしている。
神風「この気持ちがそうだとして報われる日が来るとしたら、きっと……」
U「きっと?」
神風「私があの人の指揮のもとに戦争を終わらせてからです」
この点については、丁准将から助言をもらっていたのだ。『神風君、兵士として強くなるといい。そこが本当の彼とのスタート地点となろうよ。趣味だの本だの、男だの女だのではなにも変わらん』と。私は何と答えたかといえば、覚えている。『あの人が過去の闇に溺れているのなら、なんとか助けられるよう精進します』と答えた。すでに、ズレていた。青山司令補佐はそんなこと望んでもいない。彼の望みは丁准将があの時にいったではないか。戦争終結、ただそれだけだ、と。泣く羽目になるな、と嗤いながらいったあの人の言葉は私より遥かに青山司令補佐を理解していた故なのだろう。
U「神風さんの、敬愛する司令官さんは、すごい方、なんですね」
ビスマルク「この戦争が終わるって、とんでもない発言するのね。私でも公の場でもいえないもの。そんなこといったらいいパッシングの的よ。気概としては素晴らしい。それだけね」
本当に青山司令補佐がそれだけのために海にいるから、私の手紙に対してあんな仕打ちをしたのだとも思う。必要なのは究極まで研ぎ澄まされた戦争終結への執念のみだ。駆逐の浮ついた淡い感情など、面倒事でしかない。それが強さになるとしても、非効率的であり、どう転ぶか分かったものではない。その感情が深海棲艦を倒す武器となるのなら軍の規則はもっと甘いはずだ。軍人として生きる道を選んだくせにいまだ半人前の未熟な身、まだ先にやるべきことがあるのだ。
もしかして、そういう意味で突き放したのだろうか。だとすれば、あの人は神風として軍にいる私の立場を考慮してくれている。やはり周りのいう評価とは違う風に思えて、同時に深読みすればするほど、矛盾も生じてあの人の本心にもやがかかって見えなくなってくる。
浮ついた気分は置いておこう。今はとにかくスタート地点まで戻ることだ。
14
日々、訓練を達成しようとあがいたけれども、上手く行かなかった。
島風「今日こそは私が勝ってやるんだから!」
私が走っていると聞きつけた島風が毎日のように勝負を挑んでくるようになった。それにつられて学校帰りの子供達も寄ってくる。「民間船の姉ちゃん、男みてえ」と私の体力を間の辺りにした子供がいっても、今はもうへこまなかった。今に見てろ、と反骨心がバネになっていたほどだ。
島風「も、もう無理……」
死んだように階段を上り切った先に島風がぶっ倒れている。私を周回抜かしする度にどや顔をしてきていたけれども、まあ、全力で6時間近くも走っていればそうなるのは当たり前だ。いつまで経っても、速度を調整せずに全力で駆け抜けていく姿は見ていて清々しくもあるけども。
このような島風関連のトラブルに、
神風「あ、お荷物、持ちます!」
「ありがとうね。最近、ちょっとまた腰が悪くなっちゃってねえ……」
神社の参拝にやってきたおばあちゃんだ。この落差のある階段はキツイだろう。お年寄りが苦しそうに階段をのぼっていればさすがに荷物を持ってあげざるを得ない。無視をしてしまえば、私の性格的に精神が大きくかき乱される。そうしてタイムロスして、その分ペース配分が狂っていく。
「俺ん家この近くなんだけど、君いつも走っているよね。あそこの鎮守府の子?」
最も邪魔なのがコレだ。
高校生男子もここらを通るが、彼等はこっちを見る程度に収まる。今の十二月の時期、大学生は授業があらかた終わり速めに冬休みに入っているのだろう。興味心で声をかけてくるのだ。それも、けっこうしつこかった。
神風「訓練中なので、あの、そういうのは控えてもらえますと……」
とシャットダウンしたつもりでも、懲りずに話しかけてきたりする。無駄にコミュ力高いな。そいつの友達集まってきて男女集団に興味を持たれた。運動部に所属しているという体力自慢が島風みたいに勝負をしかけてくる。足を止めて事情を説明した。こういう訓練をしているので、そっとしておいてくださいお願いします。これで分かってもらえた。
「ジャージ姿でさ、汗かく女の子ってえろいよね」
初対面でなにこの人。ちょっと怖いんだけど。
神風「はあ。この子を見てみなさいよ」
標準装備の島風の写真を見せた。
「……俺、提督になるわ」
夢を与えてしまった。私のコミュ力も無駄にあがってしまっている気がする。
この日はぐだぐだと世間話に巻き込まれてやり直しになっちゃったけれどね。私があまりにツンツンして鎮守府の皆もこんな風だと思われたらイヤだし。まあ、必要経費として時間を支払った。
とまあ、毎日のようにトラブル続きだった。
そうしていく内にトラブルが避けられないことに気付いた。大切なのはトラブルへの迅速な対処、そして訓練達成条件に向けての迅速な判断と決断だ。要は海と同じだ。アカデミーの頃にも香取さんに海にトラブルは付き物です、と教えられたのを今更になって思い出す。
トラブルに巻き込まれてタイムロスして、じゃあ日を改めるか、しぶとくあがくか。その度にこの2択を迫られているというのなら、判断は自分の気持ちに従えばいいだけだった。シンプルで強い意志にただただ従い、突き進むのみ。一つだけ見える灯台の明かりを目指して。
そうしてとうとう達成までは届かずに十二月も末へと迎えた。30日になった時のことだ。
U「お疲れ様、です。あのこれ、どうぞ」
神風「ありがと……これ、なに?」
U「研究部が開発したものです。没品のようですが、効果は見込めるので、と各鎮守府にケースで届いた『ウイダー・イン・高速修復材』です。ゼリー状に高速修復材と資材を溶かしてあって、皮膚表面ではなく体内から摂取することによって、治りが更に速くなる、とか。資材を食べているような風味が消せず、兵士のコンディションが劇的に落ちるので、没品になった、そうです……」
研究部はなにをしているのだ。あまりにも不味すぎる。吐かずに飲むのも訓練染みていた。
U「もったいないので、アトミラールがみんなに各一本ずつ強制で……」
神風「一応、食べ物だものね……ええ、いただくわ」
U「ちなみに、一航戦のお二人ですらギブアップしたそうです……」
飲み切るのに2時間も消費した。はいやり直し。
U「ところでこの試練、突破できそう、ですか」
神風「成功には確実に近づいていっていますね。ただ私は艦の兵士なので建造された時点で肉体的な成長はなく、決して力がついたわけではないので、多分精神面で慣れていっているのかな。日に日に余裕は出来ているような気がします、ね」
というのが素直な感想だった。
鎮守府に帰ってUと一緒にお風呂に入ることになって、宿舎に向かう途中、食堂に光が灯っているのを見て顔を出してみた。食堂の奥の窓際に刀掛台が置いてあった。神風の袴の色彩と同じく、朱色をしている。そこに、目を奪われるほどの綺麗な紋様の入った鞘がかけてある。
北方提督「やあ神風、あれが明石さん特性の君の刀だ。予備は資材置き場にある」
望月「神風刀とあたしゃ名づけた。ゲームにちなんでいる」
神風「じゃあそれで。呼びやすくていいし。触っていい?」
北方提督「持つだけね。抜くのはまだだ。ああ、それと」
刀を手に持ってみた。手に馴染むのはやはりオーダーメイドだからなのだろうか。鞘から抜いてみたい衝動に駆られるけれども、まだ私がこれを扱うには時期尚早だった。香取さんから賜った試練をまだ一つも突破できていない。抜刀するのは、まだ先の段階だ。
北方提督「青山司令補佐、来年の春に提督として鎮守府への着任が決まったんだって」
手から刀が滑り落ちそうになった。震える手でそっと刀掛台に神風刀を戻した。
青山司令補佐が提督として鎮守府に着任する。
やはりか。必ずそうなると、私は無根拠に確信を持っていた。遂に来たか。あの1/5撤退作戦から2年近くの歳月を経て、あの人は絶望的と判断していた提督の椅子まで這い上がってきた。さすがだ。驚きはなかった。胸に込み上げたのは純粋無垢な嬉しさだけだ。
北方提督「ただ例の電のいる鎮守府で事情が特殊だ」
事情を聞く限り、例の電は単体で海域一つを丸ごと奪取できる戦闘能力があるらしい。深海棲艦艤装展開できる彼女をタイプトランスという枠組みにカテゴリされたとか。信じられないが、深海棲艦100体以上を単騎で撃沈可能なほどに狂った性能のようだ。彼女は軍にも協力的だが、司令官となる者を選ぶ、とのことで、提督の着任を許可しては拒否している暴君と化しているとか。彼女の指揮を執る人間に困っているとのことで、そこに試しとして青山司令補佐が着任するとのことだった。なので、電が司令官として認めるまでは着任(仮)となるらしい。
北方提督「例の明石君と秋月を引き入れた功績で、大淀さんと足柄さんからの推薦が通ったとか」
神風「足柄さん、ですか?」
北方提督「うん。神風がお熱の青山さんはなんか元帥から少し目をつけられていたみたいで足柄さんが彼の所属する適性検査施設に一緒にいったらしい。理由はよく知らないけれど、とにかくそれらをクリアして着任推薦が通ったっていう話を聞いた。彼も中々持っているね」
神風「例の歴史初の男性兵士も青山司令補佐が関わっていたとは……」
北方提督「……神風の気持ちも分かる。彼には興味が湧く」
青山司令補佐なら、条件をクリアするだろう。その電に、戦争終結への想いがあるというのならば、あの人は必ず受け入れられるはずだ、との予想を浮かべる。そして、その歩みは私が全力疾走してなお、私よりも速かった。私はまだ兵士としてスタート地点にも立てていないのに。
神風「司令官、私は明日に今の訓練を終わらせて、新年の朝日を拝んでみせます」
あの海でバラバラに吹き飛んだナニカが、また形を取り戻し始めている。
私が選んだこの道が正しいかはまだ分からない。今はただ信じているだけだった。
雲散した欠片はパズルのピースとなって転がり、それを繋ぎ合わせることによってまたあの時の絵を浮かべていくような、そんな未来を予感していた。攻撃装備を全て取り外す羽目になり、もはや軍艦ではなく民間船と果てても、厚顔無恥にこの北国の戦場拠点にいる。
神風「1月1日からは、この刀を抜いて見せます」
幕を挙げ始めた世界の度肝を抜くような大逆転劇に、この胸は高鳴っていた。それもまだ余計な思考だ。この煩悩を除夜の鐘の世話になることなく消してやろう。
14
香取「では今日は私が1日、ついてタイムを計って差し上げますね」
神風「すみません、お願いします」
香取「ええ、神社の人からも許可を頂きました。今日は初詣の準備で忙しいのですが、あなたのがんばりを応援してくださって、この階段を使うことを許可してもらいましたし」香取さんは眼鏡の端を持ちあげていう「日付変更前に初詣で参拝客が多くなる今日の日付でよろしいのですね」
神風「始めましょう」
この辺のほとんどの人とはもう顔見知りである。名前すら覚えているし、覚えられているくらいで、通る人達に応援をしてもらえる。それにこの神社は参拝客が少なく、もう少し先にある大きな神社のほうに皆は行く。ここに来るのは近場のお年寄りがほとんどなそうだ。それを踏まえてなお今日のこの日は悪手だとも分かっている。それでも決めた。明日にはあの刀を鞘から抜く。
香取さんは微笑んだ後、計測を開始した。
夜が、明ける。
上手く行っている。もう7時間近くも経ったが、この体力消費のペース的にいつもよりも遥かに余裕があった。呼吸も一切乱れていなかった。出来る気がしたのだ。青山司令補佐の歩みを聞いて、私の足取りはこの階段なんかなんてことないほどに軽い。胸の弾みに足が連動しているようだ。感覚を信じた判断が功を成したといえよう。今日はクリアできる。確信があった。
7時に休憩を挟んで栄養食を摂取した。焦って休憩時間を短くすると、後々に大きく響いてくることも身を持って知っていた。休む時は休むことに集中すべき。戦場でも焦りは禁物だ。香取さんは7時間もその場で立っていてタイムを計っている。さすがその道のプロである。
お昼、午後1時の休憩までこれまたタイムに狂いはなく、順調そのものだ。
初詣の準備で人気が少しだけ増えつつあるが、別に障害というほどでもなく、周りの活気がむしろこちらにも伝わって、足取りはむしろ更に軽くなった気がした。
問題が起きたのは、午後19時を過ぎた辺りだった、
急な冷え込みを肌が感じ取る。吐き出す息もかなり白くなっている。嫌な予感は的中して、空から雪がぱらついてきた。まだ天気予報が外れたのか、と気象士を呪いたくなってくる。だが、それでも心は乱さず、平静に変わらぬ一歩を踏み続けた。少し足場に霜が見えてきた時、足を滑らせないように通常よりも強くしっかりと踏んでバランスを大事にのぼる。
これが余計に体力を消費した。
午後22時、足場は真っ白になっていた、この頃すでにもう息があがっていた。それでも根性でペースを維持する。3分ペースをこの終盤で送らせる訳には行かなかった。鎮守府のみんなが集まってきていた。三日月ちゃん、若葉ちゃん、島風に天津風ちゃんも、ビスマルクにUちゃん、リシュリューさんの顔を見るのは久しぶりだな。こういう時期にこそ、私達の仕事は重要になってくるからか、ポーラさんと隼鷹さんと望月は海へと駆り出されているらしい。
神風「……く」
応援の声をもらっても、身体は悲鳴をあげている。疲労困憊の極みで一歩を出す度に、嘔吐感を催した。この階段が壁のように高く分厚く見えてくる。加えて石畳は凍結を初めていて、いつ踏み外してもおかしくはなかった。ちらほらと階段を上る参拝客も増えている。
3分ペースが狂っていることを知らされた。絶望で更に足取りが重くなった時、
「神風の嬢ちゃん、遊び人の大学生の支援艦隊到着だ!」
あのナンパしてきた大学生さんだった。じゃじゃーん、と天に掲げているのは長靴だ。
「じっちゃんに雪狩りやらされる時はこれを履いている。凍結したところを歩いても全く足を滑らせない優れモノだ。そんな運動靴よりもこれを履いて続けたほうがいいぞ!」
神風「かたじけない! すぐに履き替えるわ!」
別にコレが違反だなんていわれていないものね。実際に香取さんはなにもいわなかった。私は靴を履き替えて、すぐさま始めた。履き替える時間が少しだけ休憩になった。やれる、とこの靴が与えてくれた活力の魔法で足取りは軽くなった気さえした。走る、速く。もっと速く。本当に滑る気がしないアイテムだ。
その大学生は鎮守府の皆から、褒められている。大学生さんは中でもビスマルクさんとリシュリューさんがお好きな模様だ。二人ともスタイルのいい外人さんだしね。と、そんなこと考えられる程度に心には大きな余裕が出来ていた。ロスした分、ペースをあげる。「民間船の根性見せろー」と生意気な子供が叫んだ。うん、素直に応援と受け取ろうじゃないか。また進む速度があがる。
ラスト10周になった時、全てを解放した。
ゴールだ。もうタイムは巻き返している。ただ最後の一周はもう少しだけあげる必要がある。もう日付が変わるまで二分を切っている。三分ペースではダメだ。全力疾走に近い速度まで引き上げなければならなかった。私は自分を鼓舞するように叫び散らした。
ゴールのところでは見知ったみなが待ってくれている。
すぐに行く。待ってろ。駆け抜ける。私の出せる速度全てを出し切った。
最後の一歩を強く踏み、経つと同時にその場にぶっ倒れた。出し尽くした。もう燃料は空っぽだった。冷たい雪の上で寝がえりを打って、香取さんのほうを見上げた。雪雲は去って、綺麗な月が見える。激しい運動の後のクールタイムすら走る気力がない。胸が呼吸で大きく上下する。
みなが香取さんの言葉を待っていた。香取さんは表情を変えずに、いう。
香取「残念でしたね。一秒、過ぎました」
神風「……刀を抜かせてもらいます」
香取「はて、私の言葉は聞こえましたか?」
神風「香取さん、この訓練を『一日』でといいましたよね」狙って出来るとは思えなかったが、頭の中では知識としてあった。「今日は大晦日で、一日が一秒延びる閏秒が挿入される日だったはずです、一秒の遅れは今日に限り一日内のはずなので、改めてジャッジをお願いします」
香取さんは珍しく驚いたような顔をしていた。
香取「……確かにそうですね。盲点でした。では合格としましょう」
神風「よしっ」
私、控えめなガッツポーズ。
青山司令補佐、必ず追いついてみせますからね!
私はふらふらとその場で起き上がった。
除夜の鐘とともに、みんなに向かって叫んだ。
神風「明けましておめでとうございま――――す!」
その日はこの階段を使用することを許可してくれた神社さんのために神主さんからの提案を受け入れさせてもらった。「巫女をやらない?」と提案されたのだ。ささやかなお礼として、鎮守府の皆で巫女衣装を来て神社でアルバイトをした。すごく似合っている、と色々な人から褒められてしまった。ばっちこい、の気分だった。私達の中でも特に外人さんのリシュリューさんとビスマルクさんの巫女衣装が大人気だ。二人も神主さんも気前良く撮影なんか許可したものだから、コーナー的なものまで出来てしまった。噂はネットですぐさま広がり、この日の爆発的に参拝客が増えた。
神主さんいわく、参拝客も賽銭箱も溢れ返った伝説の新年になったという。
15
香取「次の訓練です。艤装をつけて、ここに立ってください」
新年に早速、新たな特訓を開始した。なんだか長方形のプラスチックの容れ物に海水を張り巡らせてあって、浮力は海と同等程度にしてあるらしい。ちょっと深めの子供用プールみたいだ。
隼鷹「神風、ガンバレよーう」
ポーラ「神風ちゃんは刀が似合いますねえ。これぞサムライって感じですー」
隼鷹「ところでポーラ、やっぱり新年に飲む酒は美味いよなあ」
ポーラ「そうですねえ。寒い日に身体を温めるにはやっぱりアルコールですよねえ」
あなた達、新年や冬場に限らずいつも酒飲んでいるでしょうに。
香取「こほん。神風さん、そのあなたのブーツですが、特殊機能がついております」香取さんの説明に、耳を傾ける。「明石さんいわく砲台小鬼が海に浮く理を真似してみた試作機能のようですね。燃料を消費して海を踏むことが出来るそうです。試してみてください」
海を踏むってなんだ。聞けば前に製作した艤装のなかで、噴射力を利用して艦の兵士を浮かすふざけた装置を開発したことがあるらしく、その機能をこの神風の衣装のブーツの靴底に艤装と連結させてあるらしい。その目新しい感覚を指示された通りにこなしてみる。
踏み込んだ左足が滑るようにして空へと蹴り出された。なるほど、この訓練が海の上でやらないのは、スリップしてしまうといちいち転覆して沈んでしまうからか。一度、沈んでしまえば自力では戻ってこられないものね。浅底から身を起こして再び、水面に立ちあがる。
この艤装は色々なモノを減らしたけれど、艤装の重みが通常とあまり変わらないのも、この装置を稼働させるために新たに増設されたモノのためのようだ。それもたかが一回の踏み込みで燃料メーターの減りが見て取れるほどに消費する。便利なのか不便なのか。
香取「踏み込みは刀を扱う際に重要なことですが、艦の兵士に必要かといわれるとそうでもありません。上半身だけでも不可能ではありませんけれど、あなたの場合は他と違って大きな意味があります。その機能、様々な応用が可能です。ここらはあなたがこの訓練で見出してください」
神風「これ、艤装の自動操縦システムではなく、直に私とリンクしていますよね……?」
香取「ええ。動作の所作を減らすために、です。つまり、感覚です」
要は意識的な下半身の力の入れ具合に建造によってリンクした艤装と反応しているとか。私が意識的に踏み込んだ一歩と、実際に入れた力の差異があると、踏み込んだ一歩を支えるための浮力がそのまま誤差となり、さきほどのようにスリップに繋がってしまう。戦場でやったらアウトだ。
イメージとリアルの差を失くすことが大事らしい。感覚的なことなので座学で長々と説明するよりも、実際にやってみたほうが手っ取り早いとな。習うより慣れろ、とのことで早速の訓練な模様。さすが超人的な艦の兵士なだけあって特訓も漫画染みてきている。
香取「一歩だけで構いません。その機能で水の上を歩けるようになってください」
あの地獄の一日耐久階段周回を突破した今、自信があった。
体力、身体、特に下半身の力の入れ具合、バランス、どれもあの訓練で嫌というほど頭のなかで計算して調整してこなしてきた結果、そういったモノを感覚で調整するというのは自信がなくては嘘だといえる。目前に思い描いた理想像と自分がこの一歩で重なる予感を胸に、一歩を踏み出す。
一回転した。
神風「ぐ、どうして……」
香取「この技術、明石さんにも説明できない点があります。妖精さんの超能力による部分でありまして、まだ私達が科学的に説明できる領分ではないのです。しかし、その中でも比較的、私達が予想できる部分、適性率と同じく適性者の意識的な部分ですね。理論的に証明不可なので、効率的な教えはこの分野に確立していません。未知を感覚で使いこなしてくださいね?」
逸る気持ちを抑えつけ、クールに一歩を踏み出してみる。地面を踏むのと同じく踏み込んでみたが、やはり足裏から伝わる感覚は不安定で摩擦力に欠けた水でしかなかった。力を入れても、右脚は水の中に沈んでは行かなくとも、足はその踏み込みを維持するので精一杯だ。ガタガタとみっともなく震えて次の一歩を踏み出すなどととても出来そうではなかった。
香取「その目の前に浮いている強化されている人体模型をええと、神風刀でしたっけ。その刀で切ってくださいね。踏み込み、まあ、しっかりとした力点がなければ切れません。後、訓練が終わっても常に刀を持ち歩いてください。柄を握るのはいいですが、陸で抜刀は厳禁です」
神風「……了解です」
香取「神風さん、この訓練は燃料を消費しています」
意地悪な笑みを浮かべていった。
香取「長引けば長引くほど、鎮守府の皆に迷惑をかける訓練です♪」
やはりこの人は鬼ですよ。
16
予想外が二つ起きる。
まず一歩を踏み出し、次の足を動かす歩行はその日に出来たことだ。が、歩くという状態ではなかった。バランスを崩す前にピョンっと跳ねて前へ飛ぶといった具合だ、当然、海に足をつける途端に、転覆したりしなかったりと不安定だった。歩行というのは一つの足だけで踏んでいる状態になる、問題点はそこにあると私はすぐに察した。両足を駆使するのではなく、まずは訓練生の訓練的のように一つ足で水面に立てるようになる。これを完成させてこそ安定感のある次の一歩を踏み出せる。そこをごまかすかのような勢いに任せた跳躍はダメだ。
そもそもコレは刀で深海棲艦を倒すための訓練であり、この一歩は刀の切れ味を鋭くするための踏み込みだ。しっかりとした一歩を強く踏まなければならない。この足の震えではとても深海棲艦を斬り伏せられるとは思えなかった。強く、そして確かな一歩を踏み出す必要があった。
震える手足で腰にある刀の柄に手をかける。また体勢が崩れた。一歩を踏み込んだまま抜刀するだけでバランスがすぐに崩れて、横転してしまう。一度、踏み込むのを止めて、その場で刀を抜いてみる。太陽光に反射する刀身はなんだか、よく脂の乗った魚みたいにてかてかしてる。
その刃で目前にぶら下げる人体模型を切りつけてみた。手から刀が弾け飛んだ。
神風「硬い……棒立ちのままじゃ切れませんね……」
そして、これは海で刀を武器として扱うための訓練であることをようやく理解した。
雪雨が降る身も凍るような日も、嵐の日も、室内でもやれる訓練だったので、毎日のように海を踏み抜く訓練に精を出した。香取さんがいった通りに、この訓練が山というのは本当のようだ。今までの日々で培ったあやふやな感覚を全て形にするような、そんな一歩を踏む訓練だった。
踏み込みまでが安定するのにおよそ一カ月の時間がかかった。そこから抜刀して模型を切りつけられても、切り落とすことが出来ずにいた。私が倒せる深海棲艦の種類は限定されている。全身が鋼鉄で覆われている深海棲艦は刀で切れなければ、全身を艤装で覆っているタイプの姫鬼も切り倒せない。刀が通じる相手だとしても、その敵を事前に知識として知っておく必要もある。本来ならばゆっくりと着実に進むべき一歩を、何歩分も一気に要求されているようだった。
藁にもすがる気持ちで、司令官も訓練で使うという小さな道場の中を借りて、精神統一を行ってみた。ペパーミントのハーブを焚いて、気を鎮めてみる。これはよく青山司令補佐がやっていたのを見かけたな。本人いわく丁准将からのおススメらしいが、心身クリアになっていいとのこと。
成功へのきっかけはこのような些細なことからも、始まるようだ。
その日、たった一度だけ模型の腕を切り落とす事が出来た。踏み出した右脚はブレることなく、大地に根付くように重心の力点となり、腰を低くする余裕も出来た。右手で柄を手に取り、鞘から取り出すと同時に刃を逆袈裟斬りに走らせると、模型の右腕の付け根に刃がしっかり食い込んだのだ。しかし、模型に刃を喰い込ませることが出来たのはその一回だけだった。
そこから更に成長がないまま一カ月経つと、司令官がやってきた。
北方提督「ん、ほとんど完成しているじゃないか」
神風「完成、ですか? 斬る所作までは漕ぎつけられたのですが切り落とせません。このまま抜錨したとしても深海棲艦の身体部分を落とせずに手痛い反撃をもらうだけかと。特に私の装甲と耐久値は近代化改修をしても現存駆逐の最低値で潜水艦に近いレベルですし……」
北方提督「いや、身体の使い方は正しいけど、問題は刀の扱い方にあると思う」
神風「書物は読み漁りましたが……抜刀術もある程度は」
北方提督「目のつけところがいいね。姫鬼相手取る時に動作が大きいと、反応してくるやつもいるだろう。普段から命のやり取りが日常的なやつらだし。だから、太刀筋が読みにくい抜刀術は有効かもね。でも抜刀術っていうのはあくまで自分の対処を間に合わせる時の対応術だよ」
神風「つまり……?」
北方提督「そこらの書物では扱い手はあくまで通常の人間を基準にしてある。艦の兵士である神風には参考になるのは抜き方程度かな。艤装をつける神風の運動エネルギーが陸の手合いとは勝手が全く違うだろう。神風のあの艤装で前に進む力を抑える足の踏み込みは威力も殺すから」
神風「うーん、いわんとしていることは分かるんですけど……」
北方提督「刀、ちょっと貸してみて。私は浮けないから陸でやるけれど」
神風刀を司令官に渡した。そこらにあったヒモで腰にくくると、深呼吸をした。道場内に少しの静寂が訪れる。私は司令官の一挙一動を見逃さないようにする。一瞬の出来事だった。抜刀とともに振り上げた刀は模型の左脇に見事に喰い込んでいる。
北方提督「この刀、人間には重いね。でもただの人間の私が神風と同じ地点に立てるんだ。全てにおいて私より高性能な神風が、斬り落とせないわけがない。私の動作は見えたかい?」
神風「少し上体を落としたのは……」
北方提督「腰の刀を後方に下げるんだよ。コツは腰をひねって左手で柄を持って後ろ斜め後方に持ちあげる感じでやるといい。それが上体を落とした風に見えただけ。それで柄を握る右手の間接はなるべく伸ばすことを意識するといい。一歩目を踏み込んだ時はすでに抜刀を初めている感じ」
いくら武器の扱いに長けているとはいっても、海で刀を抜くことを前提に物ごとを考えられるのはやはり艦の兵士だった時代があるからだろうか。しっかりとイメージはしやすい説明だった。
神風「む、とりあえず意識してやってみます」
北方提督「今までの訓練を乗り越えてきた君なら、この程度はすぐに出来るはずだ。そのための訓練を今までやってきたんだからね。出来なきゃ凡人以下のポンコツだよ」
刀を返してもらって、もう一度、指摘された点を意識して、抜刀準備に入る。左に腰を曲げると、腰にある刀は自然と背中に隠れるように後方に下がっていく。右手のひじ関節が伸びるよう意識して手をかけると同時に、踏み込んだ足を力点にして、更に腰の捻りを意識した。
刀を鞘から抜き放つというよりも、鞘の中ですでに刃を滑らしているという感覚だった。そのまま抜き放った刀を斜め前方に振り抜いてみる。模型の右肘から先が宙に舞って、ボトン、と水しぶきをあげて、水の中に沈んでいった。
神風「……い、一回で出来ました!」
北方提督「二か月近くもここで足踏みしているから見に来てみたら、君はなんというか、教えがないとやり遂げられないタイプだね。あの階段登りで腐るほど効率を考えさせられはずなのに、やれやれだよ。ここから先はその調子だと春が来る前に撃沈して死んじゃうかもね」
神風「……精進します。それで次の訓練に参りたいのですが、香取さんはどこです?」
北方提督「いつ来るか分からない。彼女は優秀な練巡だからね、忙しいんだ」司令官はいう。「ここから先は私が指導する。香取さんとも事前に相談して決めてあるから安心してくれ。今日はそのまま今の感じを馴染ませておくといい。明日からは演習場で実戦形式の訓練を行うからね?」
そういうことで、と道場を出て行った。
17
その日のことだ。どこかで訓練を目撃していたらしい望月がいった。司令官となにやらテレビを見ているようだった。おお、と私もテレビ画面を食い入るように見つめた。那珂さんだった。あの人、アイドルとかなんとかいっていたけれど、まさかその道でテレビに出るとは驚きだった。
北方提督「那珂さん、デビューしたそうだね。素晴らしい」
神風「ええ、あの人も夢を諦めなかった故ですね。私も後に続きたいものです」
望月「神風、最近は漫画みたいな訓練しているねえ……」
神風「望月ちゃんは最近よく司令官と食堂にいますよね」
望月「あー、けっこう前の話だけど、長月と菊月と弥生が死んだだろ。そこの辺りから、司令官があたしに世話を焼いてくるんだよな……」こんな時まで面倒臭そうだ。「別に戦争しているんだから仕方のねえことじゃんか。あたしゃ別になんとも思わねえんだけどな。やりたいようにやって、死に方まで選べるような人生だとは思ってねーし……」
なんだか見た目の割に悟ったようなことをいう子だった。私はあの海で大和さんを失って、落ち込んだし、それが春風や旗風でなくて良かっただなんて、薄情な自分が顔を出して、散々、苦悩に苛まれ、海と空に物怖じして、適性率が格段に落ちた。この子は強いのか薄情なのか。
望月「話を戻すけどさ、刀で深海棲艦倒そうとしているやつ、初めて見たよ」
北方提督「いや、実現出来るのならば効果的だよ。体術に優れた深海棲艦など存在しない。したとしても、身体能力頼りの技術もない素人の域を出ないからね。ある意味で砲雷撃戦をやるよりも確実に倒せる。そこまで持っていって刺し違えるなんて馬鹿げているから望月の感想になる訳だけど」
神風「今、海で一歩を踏む練習をしているんですけど、バランス取るのが難しくて……」
司令官は望月の周りにある少年漫画の本をぺらぺらとめくる。
北方提督「至近距離での命のやり取りって漫画的なイメージがあるかい?」
神風「まあ」
北方提督「ルールがあって、間の取り方があって、こう着状態があって、自分の能力をペラペラと説明するのはいかにもエンタメ要素だよね。深海棲艦相手だとこんな風にしゃべる余裕なんてないよ。いや、相手を殺す際のなんでもありの殺し合いにおいては陸でもそう」
神風「まあ、そうですよね」
北方提督「神風には思考する余地もないと思う。神風の航行性能、それに適性率が低い故の通常の神風よりも装甲耐久値が半分近い。これを速度で埋めるとしたら、行き着く先は思考を置き去りにするコンマ時間の領域だ。自分の身体に思考が追いつかない神域の速さになるのかもね」
望月「はは、それも漫画みてーな話じゃん。つっても私らの性能も漫画染みてっか……」
北方提督「私は銃撃に自信があった。至近距離だろうと刃より優れていると。だけど実際間合いによっては銃よりも刀のほうが強いと身を持って知ったことがある」
あのタツジンは元気にしているだろうか。司令官は天井を見上げて想いに耽り始めた。
そんな戦いをしたことある風だ。この人は色々とミステリアスなところが多いのよね。自前で銃を作成できるし、密輸してくるコネ、その狙撃の腕を考慮すると怖くてとても聞く気になれやしなかった。うん、世の中にはきっと知らないほうがいいこともある。
北方提督「っ」
神風「おっと司令官。甘いですね。腕が腰辺りを気にするようになってから注視していましたよ」と私はひっくり返した司令官に自慢げにいった。「油断も隙もないですね」
北方提督「スパスィーバ。まさか二年も経たない内に私が敗北を喫するとは……」
望月「うちの司令官をこんな風にひっくり返せるの、鎮守府で神風だけだぞ……」
神風「四月までには深海棲艦を沈めてみせます」
司令官はよっと、と起き上がる。倒れた状態から足の振りだけで立ち上がれるのか。とまあ、ここで今更ながらに確信したことがある。帽子を外した司令官の頭頂部は黒かった。つまり、東洋人の血が流れているということ。その白い髪は染めているということだ。
北方提督「越えてもらわないと困る。私より強くなければ私が海に出たほうがマシだ」
神風「なんとなく察してはいましたが、わざわざ白に染めているんですね」
北方提督「響だよ。不死鳥の通り名もあるよ。昔の話だけれど」
会った時から響っぽいなあ、と思ってはいた。
神風「なんで白に染めているんです?」
北方提督「特に理由はないよ。私、そういう性格だろう?」
それもそうなのだけれども、意外とこの人の言動には察せないだけで意味があることが多い。鶏小屋の飼育を任せられたのもただの炊事以上の意味があったし、訳のわからない日夜問わずの銃撃訓練の感覚的な察知もこうして血肉となっているわけだし。
北方提督「三日月に伝えてあるけど、少しこの子とお出かけしてくる。帰るのは明日か明後日になると思う。さあ望月、私のチャーター船の護衛をしてくれ」
望月「……なあ、神風もつけたほうがいいんじゃないか?」
北方提督「望月はそれでいいんだね?」
望月「念のためだろ。最悪、あたしの失態で司令官に迷惑かけるかもだし……」
神風「……ただ事ではなさそうですね。私でお力になれるのなら協力しますが」
北方提督「一昨日の哨戒でこの辺りに深海棲艦を見つけたそうだ。見つけたのは安全海域よよ4キロほど遠くのようだけど、どうも挙動からして旗艦が近くにいると思われる。だけど、深海棲艦のセオリーから大きく離れた行動をしていたとか。見つけたそいつだけ沈めて帰投したそうだ」
神風「姫鬼の可能性とか大事じゃないですか。一昨日の哨戒でしょう。なぜ行動するのが……」
望月「あたしが報告書を書き終えたの今……離れたところの若葉には教えてない」
神風「あなた、言葉そのまま返すけれど、望月ちゃんは何のために軍にいるんです?」
望月「んだよう、神風もあたしと同じ穴のムジナだろ……」
神風「心外過ぎます。どこかです……?」
望月「出撃せずに、自分の好きなことやってんじゃんか……」
神風「は? 艤装をちゃんと使えるあなたがそんなこというんですか……?」
北方提督「おっと、そういうのは後回しだ。神風は艤装を慣らすついでに私の船についてくれ。詳しくは海を往きながら話すよ。二人とも通信だけはしっかり機能させておくようにね」
望月「はあい……」
気だるげだった。本当にこの子はなんなのだ。望月という子がどんな子なのか適性データを見たから知っているけれど、ここまで適当な望月はいないんじゃないか。いくら自由な鎮守府とはいえ、支援施設でもあるまいし、最低限をこなしてこそのはずだ。部屋に引きこもってやっていること全てが、ここである必要性なんてないのに。そして働く訳でもない。何のために軍にいるのだろ。
万が一の場合、軍全体に迷惑がかかるだけに留まらず、人死にが出る仕事なのに。
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この鎮守府の安全海域は露との領土問題もあり複雑だけれども、露にある対深海棲艦海軍との間で取り決められた哨戒範囲がある。領土問題というとややこしいイメージしかなかったけれど、深海棲艦の対処における海においてはいくつも特例が定められており、最初期から露の救援作戦も行ったこともあるそうで、認識としては共同で保守しているといった風だった。北方の鎮守府所属というだけで上層部は通さずとも、北方の鎮守府の提督の裁量で融通が利く部分が多いようだ。
北方提督「ビスマルクから報告が来たけれど、哨戒範囲に異常はないようだね」
神風「このままなにもなければいいのですけど」
北方提督「陸にあがるからついてきてくれ。望月はあそこの桟橋で待機だ」
浜辺近くの桟橋にチャーター船をつけて司令官はアタッシュケースから銃器の類を取り出すと、腰のホルダーにセットした。「神風は私と来て。声は出さないように」と静かな声でいって陸地へとあがる。私も艤装を外して砂浜の上に置いておいた。刀は手離さない習慣なので腰に括りつけたままだった。何のために陸にあがったのか聞くと、「向こうに人の気配がした」と司令官はいう。
照葉樹林のタブノキが大量に育っている。高さは二十センチほどで、春の時期には緑黄色の花が咲いている。向日葵のように清々しく花を開かないが、夏と秋の境目には黒い球形の果実が熟す。黒い果実は三月になった現在もごつごつと凹凸のある地面に転がっていて、誤って踏み潰してしまう。すると、樹皮を拳で握り潰したような臭いがたちまち辺りに充満した。
気の向くままに突き進む。
木々の種類はよく分からないが、この森林地帯にあるスタジイの大木のすぐ近くにログハウスがあった。樹林には大木が多く、中には人が入り込めるほどの大きな空洞があるスタジイの木もあり、子供の頃に発見していたならば秘密基地として活用していたに違いない。
スタジイの枝葉を左右に広げている。土は柔らかく、地面に簡単に足を爪先が埋まる。蛇沼はボディから靴紐まで黒色の皮靴を土に減り込ませた。そのまま蹴りあげると、固まった土が虹のような放物線を描いて、正面に群れになって生えているタブノキの枝葉に降り注いだ。温い風が枝葉を揺らし、森の葉々の大合唱を紡ぎ出すが、一人でいる時は逆に孤独感を増幅させる。
北方提督「ここはそうか。あの北方領土奪還作戦の……」
神風「司令官、なんか気配がします。これ、人でしょうかね」
北方提督「神風も段々と艦の兵士のタツジンの領域になってきているねえ……」
視界に湖が入ったところで、脚が自然と止まる。
きらきらと水面が月明かりを反射している。目前には花が咲き乱れ、好き放題に伸びた植物が行く手を阻むように広がっている。鬱蒼な森の奥地にある秘境、ここはそんな印象だった。その湖の大きな大樹の根っこが地面まで顔を出していた。そこの地面に大きなデコボコがあった。
北方提督「……これは、陸上型が艤装を引きずった跡だ。恐らく姫かな。この島にいる」
神風「司令官、おかしいですよね」私は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。「私達の哨戒範囲内にいる深海棲艦が攻めてこずにこの離島に身を潜めることってあるんですか。姫や鬼が知能的な行動を取ってくることはありますが、大体、数による不格好な特攻ですし」
北方提督「……む、考えられるのは負傷して陸上型が本能的に身を潜めたケースだけど、それなら誰かに負傷させられたことを意味する。陸地にあがってくる時点で陸上型の姫か鬼は間違いないだろうけど、確かにそこは疑問だね……とりあえずこの跡を追ってもう少し探ってみよう」
神風「し、司令官が姫鬼と対峙する気ですか……?」
北方提督「私じゃ傷は負わせられないね。そもそも今の事態がすでにかなりヤバい……陸上型に人間の安全海域どころか生活圏内の離島に侵入させた時点で鹿島艦隊の悲劇どころではないだろうね。上手く揉みつぶしてやるさ」司令官はいった。「神風、修行の成果を見せる時だ」
揉み消す。それが出来たら一番だ。
世間に情報が出回らなくても、軍に知れたのなら大事にはなる。最近の軍は失態続きのあり様で権威が地に堕ちるどころか、その地面に堕ちた権威に唾を吐きかけられるがごときパッシングを受けているのも知っている。
だからといってとんでもない仕事を投げられたものだ。陸上戦で姫を討伐する作戦を遂行するのは艦娘の歴史でも恐らく最初期を除いて私が初めてなんじゃないだろうか。
神風「帰投したら望月の頬を張らせていただきます」
北方提督「この一件は私が全責任を取る。ごめん、今は指示に従ってくれ」
もとより黙って従うつもりだ。この自由過ぎる鎮守府にとって良い薬になるだろう、とも思う。とにかく今はこの非常事態を収拾するべきだ。判断は司令官に任せて、私は兵士としての役割をこなせばいい。もしもいたのならば戦闘になるだろうが、戦いへの自信はついている。
そして想定していた最悪の事態に遭遇した。
あのシルエットは間違いなく、深海棲艦だった。それもランクAの離島棲姫という化物だ。緊急事態だったが、不幸中の幸いというのだろうか、なぜか大破している。
これもまた違和感だった。太陽は落ちてはまだ間もなかった。ここらは昼間に普通に軍艦や民間船が通るし、哨戒はきっちり隼鷹さんと三日月ちゃんがこなしていたし、対深海棲艦海軍の部隊も警邏している人里から近い範囲だ。奇跡がかりに見逃したとしても、防波堤の存在を無視して、こそこそとまるでステルスのようにここまで侵犯出来るとすれば軍の体勢を根本から見直さなければならない異常事態だ。
北方提督「知能レベルが高いとすればあり得なくもないけど」司令官は小声でいう。「理性が、かなりあるね。見たことも聞いたこともない私達レベルの知能を持った深海棲艦……ってのは信じるかい?」
一つ、心当たりがあった。
なぜかこちらの不備のなかった哨戒網を潜り抜けた敵が過去にいる。それも一体どころではなく、百体の天変地異級の異常だ。あの撤退作戦もこんな風にあり得ないことな上、丁准将がなに者かによって殺害されるというオマケつきだ。この時は長話を危惧して言葉にすることなく胸に秘めておいた。
神風「いいえ。指示をください」
北方提督「爆弾も閃光弾も効かないんだよね。気を逸らす程度だから、その役割をこなすよ。神風、斬り落とす部分は二つだ。艤装が連結している右腕と首ね。連絡を入れて望月を艤装つけたまま、こっちに向かってもらっているけど、装備で艤装探知されたらその瞬間アウトだね」
神風「十秒あれば」
北方提督「あいつの背後に回って相図したら振り返らせるから、五秒でお願い」
とまあ、前代未聞の作戦が始まった訳だが、驚いたのはここから先だ。
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司令官の囮は効果的で、離島棲姫が反応したどころか、振り向いて艤装をそちらに向けたのだ。その瞬間よりすでに大樹の陰から飛び出して距離を詰めたが、それでもまだ司令官が気を引いていたため、接近自体に気付くことはなかった。そして思考することもなく、抜刀した。
神風「!」
反応されたが、構わず振り抜いた。離島棲姫が左に勢いよく振り向いたことで、自然と右腕がねじれるように半回転していた。狙いの軌跡とずれてしまった。刃の軌道を逸らして対応したが、踏み込みを合わせても、切っ先が届くか否かの範囲まで遠のいた。斬り落とすまでには至らず、だった。
次の行動を思考する前に身体はすでに行動している。一歩を後ろに下げて間合いを詰める。振り上げた刀は振り降ろす格好になっている。その刃を離島棲姫の右腕に強く振り降ろした。歯を食い縛り、思い切り振り抜いた。艤装と連結している部分の肉を切り落としたと同時だ。
こつん、と軽く体当たりされた。悪あがき?
もはや今までのやり取りで艦載機が空なのも看破している。じっくりなぶって撃沈数1という夢にまで見たリアルを手に入れることができる。
次の首を狙う踏み込みの最中、足元から衝撃を感じた。
黒煙が噴き上がるのと同時に意識が吹き飛びかける。思考を置き去りにして身体は反応して起き上がろうとするが、立ち上がることは出来なかった。朦朧とする意識のなか、煙が晴れていく。
踏み込んだ右脚の膝から下がどこにもなかった。
こいつもしかして。
神風「球形艦爆を、地面に埋めていた、の……?」
あり得ない。深海棲艦がこんな戦術を使ってきてたまるか。
この暗がりとその深海棲艦型の艦載機の形を利用していれば迷彩のごとくそこらの隆起した石や岩と見間違える。偶然とするにはあまりにも地形を利用した罠だ。完全に私達が把握している深海棲艦の知能域を脱しているといえた。この姫が全快の状態ならば全滅していた恐れまである。
離島棲姫「アア、艦娘……ソッカ。ダカラ、パーパハ、オッテコナカッタ…………」
よく聞き取ることはできなかった。ただ、見間違いだと信じたい。なぜこの深海棲艦は、そんなに怯えた顔で泣いている。聞き間違いであっても、視界が利く上にこの距離、見間違いはあり得ないといえた。潰れた左目から血の涙を流しながら、左目から滴が頬を伝っていた。
神風「気味の悪いやつね……!」
刀を投げて喉に突き刺してやった。同時に砲撃音が聞こえた。
見えたのは望月だった。近距離から深海棲艦に向けてデタラメに砲撃を繰り返している。
望月「もう動かないだろ……ただの的だったからなんとか……」
北方提督「望月、そこから動かないでね。罠があった……」
北方提督「望月、私が指示する通りに歩いて神風を抱えてあげて」
望月「あいよ……」
神風「司令官、今、殺したやつ……」
北方提督「……うん、気付いたよ。その前に帰ろう。御苦労様」
望月「あたしが沈めちゃって悪いねー……」いつもと変わらずだるそうな口調でいった。
この件を利用して望月にも勤務態度を改めてもらおう、と考えていたが、今回の一件は本当に望月の職務怠慢によるものなのだろうか、と私は疑問視していた。あの撤退作戦のように唐突に現れたのだとしたら、それはもう望月に責任を求めるような問題ではない。
こんな場所に姫が単艦で身を潜めていた以上、唐突に現れた、と捉えるほうが、私には自然のように思えるほどだ。私達の網から逃れたのは考えにくい。だとしたら、気になることがあった。深海棲艦は艦の兵士の武装を以てしか損傷させられないのは訓練生でも知っている常識だ。
じゃあ、誰だ。
この化物染みた強さを誇る深海棲艦を誰が大破まで追い込んだというのだ?
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結論からいって、この一件は握り潰された。鹿島艦隊の悲劇に、丁鎮守府喪失による安全海域の狭小化、鹿島艦隊の悲劇に、新造鎮守府の壊滅、フレデリカ大佐の人道から外れた人体実験、軍のパッシングは火に油どころではない騒ぎだ。それに加えて離島棲姫が人里を射程に収める位置にいた、という失態を隠したかったのだろう。私でも容易に予想できる単純な理由だった。
北方提督「私は今年でこの鎮守府を去ることになった」
と司令官は食堂に皆を集めていった。
望月「……私のせい、だよな」
北方提督「いいや、そう断定するにはあまりに奇妙な状況だ。どう考えてもあいつは歴史に類を見ないほどの高知能型だったし、ぽつんとあの場所にいた理由も分からず仕舞いだ。あの撤退作戦と同じく軍が解明できていない未知の部分が原因である可能性のほうが高いから、望月の非だとは思わない」と司令官は珍しく笑った。「報告した以上、この辺りを管理している私達の鎮守府の責任なんだ。要は運が悪かったのさ。恐らく軍はこの事態が繰り返されないと本腰を入れないだろう」
隼鷹「ま、みんな気持ちは分かるけど、そんなに落ち込みなさんなって」
いつもの砕けた口調だった。
さすがに落ち込まないのは無理だ。なんだかんだいって、この司令官は北方のみなとは良い信頼関係を築けている。その自由な気室で隔たりなく接するし、温かな絆があるのは確かだった。丁准将はどちらかといえばビジネスライクの付き合い方だったかな。私も今までそこしか知らなかったからだろう。この鎮守府の司令官との人間関係は心地よく感じていた。
北方提督「この残りの間でやりたいことが主に二つある。その一つは神風を完成形まで持っていくこと」と不意に司令官はいった。「神風、艦攻と砲弾を受け流す訓練に入ろう。その後、深海棲艦を一体でも撃沈させることが出来れば君は兵士として戦う術を持ったことを意味するね。そうなれば私は最後に神風の異動希望を提出するよ。向こうの提督に必ず話をつけてくる」
神風「壁は後、二つですね。了解です」
残り一カ月程度だが、もう刀の扱いにも慣れてきたところだ。先の離島棲姫戦で実際に深海棲艦の四肢を落とすことにも成功した。戦場に立つ以上、避けて通ることができないのが、ここから先だ。この紙装甲にて開幕で撃沈する可能性のある航空機の対処だ。
北方提督「ここから先は皆にお願いするね。きっと皆の訓練にもなる」
とまあ、苦節二年を経て、ようやく帯刀状態で海に立つところまで漕ぎつけることができた。水面を自由意思で進み、航行具合を確認してみるが、艤装に余計なモノを取っ払っているおかげで昔よりも随分と身軽でもはや基盤が神風艤装なだけで最大速度も上回っている。実際、そうだ。余計な機関を取り払ってこの身で駆動する航行性能にステータス全振りした魔改造艤装だ。
島風「なにあれ! 私よりずっと速いじゃん! ずっる――――い!」
瞳にお星様を輝かせた島風が興奮のあまり、こちらに指を差してはしゃいでいる。なんなら、島風ちゃんでもこの艤装性能には出来る。代償はいうまでもなく攻撃性能の喪失である。駆逐艦のカテゴリのくせに戦艦クラスの燃料消費対空性能も砲撃性能も魚雷すら撃つこともなく戦場に立つという自観的にも客観的にもイカレた欠陥兵士と成り下がるが。
いつも手に持っていた砲よりも、手ぶらのほうがしっくり来る。
北方提督「鷹隼、全機発艦だ。Uがいるから撃沈させてもいい。いや、させる気でね」
隼鷹「それ、大丈夫なのかよう。生きたまま大破撃沈するとは限らないぞー……」
北方提督「深海棲艦を意識してくれ。重い物を取っ払ってタービン周りまで特性改造してあるんだ。駆逐棲姫より格段に速いあの神風を対処できるようになっておいて損はないんじゃないかな」
隼鷹「わたしゃ別に強くなりてーとか思わないんだけどな……」
ま、神風のためにはなるかー、と式神式を艦載機に変えて飛行甲板から発艦した。積んでいるのは全て艦功であり、雷装値の高い流星だ。十機程度ならば回避は可能なほどの航行術が発揮できたけれども、すぐに限界が見えて、沈んだ。たった一回の被弾で撃沈した。
U「だ、大丈夫ですか……」
ゆーちゃんに陸まで引き揚げてもらった。
神風「大丈夫……」
大丈夫じゃないのは、艦載機が天敵といっていいまでに対処が難しいということだった。四方八方縦横無尽に飛び回る艦載機、しかも軽空母とはいえ、空母としては申し分ない鷹隼の全機発艦な上、熟練度の高い艦功機だ。五十を越える自由な艦載機から、少しでもまともにもらえば、この薄っぺらい耐久装甲に致命的な損傷が発生する。あらゆる高さと角度から練射してくる艦功の飛礫は印象的には暴風雨だった。一滴も身体に受けず避け切れてたまるか。体術とか航行術とか、その次元じゃ無理だ。こんなものを回避できるようになれば、その時私は完全に人間を辞めている。
北方提督「コレは私も不可能だと思うけど、もともと神風の決意はその次元の話だからねえ」
神風「訓練開始の瞬間に限界を悟ったのは初めてのことです……限界を越えろ、とか」
北方提督「限界、ねえ」司令官は笑った。「限界なんて越えられないよ。越えられたとしたら、そこが君の限界じゃなかっただけっていう話だろう。想像できる時点で、この程度は実現可能だ」
正しくいうは易し、だ。この訓練が最も鬼門だった。
この訓練を終えるのに三カ月の時間を消費した。今年度の公式戦績において遠征回数0、出撃回数0、哨戒数0、撃沈深海棲艦数0、というワースト1の記録の王者といってもいい。本当に何の自慢にもならないが、この手の欠陥品を患って年単位で軍に留まり続けたのは私が初めてのことのようだ。海を越えた噂で届くが、抜錨すると嘔吐して使いモノにならない艦の兵士もいるそうだが、対深海棲艦海軍による格付けでは私が最も下のランクEだ。アカデミーの訓練生が卒業試験とともにDにあがるので、私は揶揄される通り、軍艦ではなく民間船のような存在である。
艦載機をさばくコツが身体にしみ込んできた時、周りの評価は変わり始めた。艦功、それと艦爆の雨を凌いで、隼鷹さんの懐に周り込み、一撃を与えることが出来たからだ。司令官が「卯月のビデオでも見る。この子も紙装甲だけど、被弾しても粘る技術を持っている」と昔の映像を見させてもらった。キスカの一件で解体して街で暮らしているという卯月だった。阿武隈とともに、丁准将が過去に褒めていたこともある素質持ちだった。確かに、目を見張る才能に溢れていた。
状況判断と対処が的確で迷いもなかった。被弾する時は被弾するが、身体が異様に柔らかく、感覚系が鋭いのか、被弾箇所をある程度ダメコン出来ていた。ここの理も対処の速度にある。香取さんがいうように全てにおいての速度、の意味を身体と心で理解できるようになっていた。
そんな頃だった。青山司令補佐が鎮守府(仮)に着任したという話を司令官から聞いた。
北方提督「神風、もしかしてその人と連絡は取ってないのかい……?」
神風「……連絡先を知りません」
鎮守府内で毎日顔を合わすし、私はその手のことが苦手である。軍の支給品の携帯電話は持っているけれども、滅多に使わない。電子の文字で、気持ちを込めた文章を送るというのが好きじゃなかった。文字を利用して誰かに思いを伝えることは、この手で書く文字の形から始まるものだ。春風と旗風ともいまだに文通だ。二人からは面倒臭いからスマホ買え、といわれたが、ワースト1の懐はこの北国と同じく極寒の毎日が続いている。そういう贅沢は結果を出してからだとも決めていた。
北方提督「忘れているかもしれない……なんか話を聞くにそんな感じの人のような気もするけど」
神風「覚えていますよ。ただ私に声をかける必要がないだけです。なぜかといえば、それは私が使いモノにならないからです。きっと本当にそれだけです」ここはきっと武蔵さんや春風旗風に聞いても同じ答えが返ってくるはずだ。約束はして覚えいていても、守る必要があるかどうか、だ。「私が深海棲艦撃沈数を公式記録に載せてなお、あの人から返事がなかった場合、こちらから異動希望を出そうと思います。今のままでは兵士ではなく、ただの女の子として、になる」
北方提督「まあ、この件については神風の意思を尊重するつもり」
神風「ありがとうございます」
北方提督「なんか今年の合同練習にも出るそうだね。間宮旗艦の四名編成という無謀だけど、例の電が初めて公式戦に出るみたいだから、丙乙甲元も視察に向かうとか。そのせいで私達の鎮守府は遠征して遠くまで安全海域の哨戒任務を押しつけられたよ。神風1人くらいなら融通利かせられるけど、観戦に行くかい?」
神風「……映像で十分。私は私の訓練に励みます」
北方提督「そのほうがいい。どうもあの電を運用するための鎮守府のようで、司令官より立ち場が上という暴君の鎮守府になっている。司令官も着任(仮)だ。電のお気に召さなければ着任は白紙だとか。強いとは聞いているけど、異常な優遇だよ。神風もなにかあの電に認められる要素がないとダメかもね。ま、その要素は強さだ。大淀さんから聞いた話、徹底した結果主義だとか」
神風「それならば、青山司令補佐は絶対に正式に着任することになりますね……」
その点において妥協がないのは出会った時から、一度の惜別した撤退作戦を通して骨身に染みている。丁准将もそうだ。あの席は全ての将の席で最もこの海の最果てと謳われている暁の水平線を見ている人が頂戴する。その遥か彼方の景色をこの目で見たくて、私はアカデミー在籍時に丁准将の鎮守府に異動希望を出した。
北方提督「なぜそこまで確信が持てるのか。盲目的なところ、あるんじゃないかな」
神風「否定はしませんが、きっと青山司令補佐は私がこうしている間にも、頭のなかでこの海の終わりに続く情報を敷きつめて、レール化していると思います。自分どころか他人の死さえ、作戦に組み込んで、その灯で更にこの海の最果てまで進みます。私の好意の始まりはなんてことのない切っ掛けでしたが、最後には彼のその一途さに好意を抱いたんです」
とあまり考えずに正直に打ち明けたことを恥ずかしく思えてきて、とっさに話題を逸らした。
神風「司令官は見た目より生きているんですよね。そういう経験はおありですか?」
北方提督「恋ねえ。初恋は響として着任した時の司令官だったかな。まあ……その人は三十を越えていたから当時十歳の私なんか相手にもしなかったけどね……」
リシュリュー「……」
北方提督「さっきからなんだい」
リシュリュー「いや、司令官の口から過去のお話が語られるのは珍しいですね、と。なのでどうぞ続けてください」と陽気に笑った。「私も興味あります。初恋だけですか?」
北方提督「そうなるねえ。そもそもさ、女としての幸せを願う身なら提督の地位に就かないし、身体だって張らないよ。私には私の目的があるからそういう関係になるとしたら、れっきとした打算があるだろうね。私は神風のような大和撫子の献身性はどこかで落としてしまったよ」
リシュリュー「その通りね。探してきたら?」
リシュリューさんも司令官ほどではないが、自由人の分類だった。ズバズバとハッキリというし、人の寝顔を覗いてきたり、と割とパーソナルスペースに容赦なく踏み込んでくる人だ。
リシュリュー「神風、私は今すぐにでも会いに行って抱き締めたほうがいいと思うけどね。あなたのような女の子との約束を忘れるような男性は真摯ではなさそうよね。その手の男って捕まえておかないと、ふらふらとどこかに行って帰って来なくなってしまうわ」
北方提督「知った風な口を。処女の癖に」
リシュリュー「心外ねえ……」
神風「え、その……そういうこと、経験、済みなのですか……?」
意外といえば意外だ。対深海棲艦海軍でその手の話はあったとしても、司令官との間柄だが、この鎮守府の司令官は女だ。まあ、冷静に考えてみればリシュリューさんくらい美人なら欧州のほうに恋人でもいても不思議ではないか、と私は勝手に納得した。
リシュリュー「昼夜問わずに私が油断しているとね、その隙にすぐに襲いかかってくるから」
神風「!? お、男の人って、そ、そんなに求めてくるものなんですか……?」
北方提督「喰いついた。神風もやっぱり年頃の女の子だねえ……」
リシュリュー「ふふ、駆逐の子の反応は可愛いわ」
神風「二人とも、か、からかわないでください。もしかして、ゆーもあ、というやつですか?」
リシュリュー「本当のことよ。何度も貫かれたもの。私の自慢の装甲をね」
それ何連装砲だよ。
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北方提督「元帥艦隊は本気ではなかったとはいえ、まさかの勝利だ。どうだった?」
みなが言葉を失っている。Uちゃんやビスマルクさんに天津風ちゃん、三日月ちゃん、リシュリューさんは比較的、真面目勢なのでこの悪夢だとでも思いたくなる演習内容に混乱しているようだった。驚いたのは不真面目勢の隼鷹さんとポーラさんは命の水と豪語する酒を手から滑り落としたまま、固まっていたことだ。望月もゲーム機を手から落として口をあんぐりと開いている。
ビスマルク「見世物の側面もある合同演習で、こんなことしたの……?」
U「こ、怖いです。あ、あの深海棲艦艤装もそうですけど……潜水艦をあんな風に特攻させるなんて。Uは、あの司令官のところには絶対に行きたくない、です」
神風「……う」
U「あ、神風さん、ごめんなさい、ごめんなさい……」
神風「……ううん、気にしないで」
ポーラ「ポーラは今晩、あの電さんの赤黒い瞳に魘されそうですうう……」
電の性能もあまりに馬鹿げていたが、それだけではなかった。囮に特攻、騙し打ち不意打ち、挙句の果てには敵とはいえ仲間を道具のように扱っていた。極めつけは勝負を決した大破した伊19に弾着観測射撃をしかけたことだ。それも戦艦棲姫の艤装だ。当たれば確実に死んでいた。
若葉「なあ、最後はストップかかったけど、当てていたらどうなった?」
北方提督「処罰は別としても、実弾演習で勝負はついていないから事故に該当して電達の勝利だ。まあ、アレはみんなにも分かると思うけれど、『当てる気』だったよ。司令官のほうも自分から止めはしなかったそうだよ」
神風「……少し信じられません」私は率直な感想を述べた。「演習に真剣に望むのは当然としても、仲間を殺して勝つ意味なんかありません。こ、こんな無駄に兵士を失わせるような指揮、青山司令補佐が取るとは思えません。事情を知らずに見たら、ただのクズに見えます……」
ビスマルク「事情? なにか知っているの?」
答えられなかったけど、なにか意味があるのは間違いない。そういっても、水かけ論になるだけなので飲み込んだ。嫌な気分になった。敬愛する司令官がこのような印象を皆に与えてしまうのは嫌だった。ここのみんなとの関係も、私自身も壁が出来てしまうような気がしたのだ。
北方提督「『ここまでするの?』とそう思わせる指揮を執った理由は、痛烈な皮肉かな」司令官はいった。「深海棲艦みたいな命を顧みずの戦い方だったね。龍驤さんもそこは気付いていたそうだ。その上で負けた意味は、つまり電が勝利した時点で向こうの連中は死んだも同然だってこと」
三日月「私達の常に理想としている生還定義を、小馬鹿にしたということですね……?」
北方提督「公の場だからこそ、そういう主張したんだと思う、海を越えて軍全てに伝わる」
さすがの司令官も引いていた。
「死が怖いのなら戦場から去れ。そんな生温い覚悟でなにを終わらせることができるって画面越しから胸倉つかまれていたような気分だよ。あの鎮守府、間違いなく変態だよ……」
リシュリュー「あなたが怖がるのも珍しいわ……」
北方提督「あの人は着任希望を出してようやく座れた提督席のはずだ。ただでさえ彼は大和殺しの汚名を背負っているのに、公の場でこんな真似する理由がよく分からない。電の暴走だとしても制止の声の一つでもあればよかった。なにもなかったどころか……」司令官は帽子のつばを深く降ろして顔を隠した。「最後の弾着観測射撃を指示したのは司令官だそうだ。絶対、頭のネジが飛んでいる」
頭の中が真っ白になった。
しばらく私は天井を見上げて思考に耽っていた。なにを目的とした行動なのだろう。三日月ちゃんがなにやらせっかくお集まりの場なので、となにか報告をしていたが、私の耳には入ってこなかった。いつの間にかみんなは食堂から去っていて、残っていたのは司令官と私だけになっていた。
北方提督「神風、君が敬愛する司令官はどうだろうね。現状では君を異動させたくないというのが本心だけど」
神風「けどなんですか……」
北方提督「個人的な予想を織り交ぜると理に敵っている部分はあった」司令官はいう。「電を運用するための鎮守府だから彼女に認めてもらうためにあのような戦い方を許容したというのなら、理屈を並べれば処分はなんとかなるかもしれない。そこと最後の瑞鳳さんと弾着観測射撃以外は青山司令補佐の指示ではなかったということだ。つまり途中まで電に任せていたんだろうね。運用にてこずっていると見るべきだから……むしろあの鎮守府に留まるための判断なのかも、とは」
神風「……それです。しっくりきました」
北方提督「一応、聞くけど、どの好き、なのかな。ハッキリさせたほうがいい」
提督というのは艦の兵士との間において、距離感を維持するのも重要な役目だ。心身ともに未発達な駆逐艦なんて特に、だ。別に兵士と司令官間の恋愛自体は珍しくもないし、この命を預ける司令官に淡い想いを抱くなんてザラだ。だが、その感情は制御できない場合、痴情のもつれから提督が艦の兵士から本気の一撃でもらえば死ぬ恐れもある。建造された兵士とはそれほどまでの能力差があるのだ。そこまで組織内でリスクを犯して人を好きになるのならば、軍人に留まるというのはワガママになる。だからか、昨今はそういうのに関して憲兵の監視の対象にもされている。
神風「この戦争の終結。私は丁准将のその見ている景色に興味を持ちました」
初志貫徹。
色々とこの演習内容を見て、自分の心の整理整頓がついた。始まりは些細なことだ。個人的に仲良くなりたいとも思って声をかけ続けた。あの人を心配していた大和さんとは決定的に違う。ほのかなこの熱はまず間違いなく、恋に分類できる感情といえた。
しかし、今の自分はどうなのだ。
あの撤退作戦の事後に確認したあの約束のために辛酸をなめ続けている。あの時、あの人をその恋心で観ていたかといえば否だ。兵士としての選別眼でこの司令官に惚れ込んだからこそ、艦の兵士としての術を取り戻そうとしている。間違いない。さきほどの演習内容、少しだけ映った青山司令補佐を見てその姿ではなく、その変わらぬ容赦のない指揮内容に胸は躍動した。
北方提督「確かに司令官としては私も興味をそそられた部分はあるよ。あの司令官、恐らく世間体とか提督職、艦娘の命ですら駒として見ることが出来ている。うちには神風がいるからただの人でなしとはまた違った評価が出来る。もしかして本当に『戦争終結』のために軍に入ったのではないかということだ」司令官はいう。「けど人間としたら見たら害悪でしかないよ」
神風「この戦争を終わらせるためにそこまでする必要があるんです」
北方提督「『何のために?』」
司令官のその言葉にオウム返しをしたい気分だった。何のためにって、戦争なんか終わらせたほうがいいだろう。仲間だって死んでいく。腐るほど正義の心で理由が用意できる。何のために、というのは愚問でなくてなんだというのか、私はそこに青山司令補佐の温かな心さえ感じ取っている。
しかし、この戦争を終わらせるって良いことではないともいえるのかもしれなち。深海棲艦の存在を生業にしている人達はすでに世界に深く根付いているし、もちろん私達だってそうだ。私達は代表的な犠牲といえるから、戦争終結において好感が持てるだけだ。この戦争が続くことで生きていられる人達もいる。そこら全く分からないほど子供でもない。本当に正義の心故なのか?
何のために。この言葉が今もずっとひっかかっていた。
とにかく、今は訓練に励もう。気になるのならいずれ聞く機会も巡ってくるだろう。まずは深海棲艦撃沈数の1を目指す。もうそこまで私は来ているのだ。果てしないと思えた道も二年の時で、スタートラインまで這い上がってきた。体術分野に至っては誰にも負けない自信さえある。
北方提督「さあ神風、実戦経験を積もうか。姫鬼との交戦の時は君を抜錨させる」
着実に進んでいる。
すぐだ。本当に速かった。
青山司令補佐の速さは私の速度なんて比較にすらならなかった。
一月後に、深海妖精(暁の水平線)の存在が確認された。
21
青天霹靂どころの騒ぎではなかった。その発見はすぐさま軍が世界に公表した。ここ数年の対深海棲艦海軍の低迷していた評価は全盛期を越えた。どこのテレビをつけても、報道されている。新聞や雑誌、望月いわくネットでもその話が異様なほどの盛り上がりを見せているようだ。これは司令官が得て来た情報だが、甲大将ではなく、鎮守府(闇)の中佐、つまり青山司令補佐の功績だそうだ。それを聞いた時は私の想いが間違っていなかった、と証明されたようで嬉しかった。合同演習時からの皆の評価も手の平返し気味だった。
その頃の私は大破撃沈ばかりしていた。
実際に確かめてみないと分からない、といった風に実戦で試してみたのは砲弾逸らしだ。機銃の飛礫なら弾けるものの、砲弾は馬鹿みたいに受けに回ったところで刀が折れるどころか、衝撃が体を破壊するおまけ尽きだ。手首、腕、肩、アバラ、大腿骨、首まで折れかけて死にかけた。
砲弾は最大限、航行術で被弾を防ぐしかなく、刀で受け身を取る時は真正面から受け流すのは不可能だった。航行回避技術の工夫、例えば身体を流すついでに刃の刀身で砲弾を滑らせる、といった航行回避術の一つとしてしか応用することができない。思い描いていた理想像とは違うが、損傷の度合いには影響する技術の一つではある。天津風ちゃんから「剣も持てばいいんじゃない?」と二刀流とかしてみたけど、てんでダメだった。刀と握りから扱い方までまるで別物で、これをこなすにはまだ年単位の訓練をこなさなければならない。刀一つがこの身に沁み込んでしまっている。
そもそもその刀のほうの精度さえ十分ではないのだ。今まで出撃に32回も同行して、この刀で切り落とす敵の懐まで辿り着けたのはただの一回だった。その一回ですらただ辿り着けただけで、斬り伏せることは叶わなかった。間合いに入るまでに艦功の飛礫を五発、回避も防御も間に合わず、中破して思うように力が入らなかった上、刀身を防御に回したせいで、刃がこぼれていた。
香取さんの教えを思い出す。極意は最大限、刀を抜かないこと。
そして自らの経験を経て導き出したことがある。
万全の状態で間合いに踏みこめたのなら、すなわち深海棲艦の首を獲ることは当然とし、戦場であることを踏まえると、万全の状態でなかった場合の対処こそ、煮詰める必要があった。小破、中破、大破の損傷状態、航行性能が格段に低下している時の、『速度を見出すこと』だ。
その頃にUちゃんがろーちゃんになった。
見た目も変わったけれど、Uちゃんはも引っ込み思案なところがあっただけで、もともとこういう性質を秘めていたことには気付いていたからか、あまり別人といった気はしなかった。天真爛漫でよく笑う子になった分だけ、好意的だった。
ろー「ガンバって。私、これから大破撃沈引き揚げ役として任命されました!」
とここから私はろーちゃんと哨戒を担当することが多くなった。何回、大破撃沈したかは覚えていない。倒せない種の深海棲艦相手との実戦で航行回避術を磨いていった。なんとなく身体で覚え始めていた。深海棲艦の挙動は直線的なものだ。駆け引きに欠けた単純な破壊衝動に身を任せた攻撃しかしてこない。装備損傷し、鉄が挟まった砲塔を強引に持ちあげようとしていたり、それをしながら魚雷を撃ってきたり、ととにかく撃てる攻撃を数こなすだけだ。
本当にろーちゃんには頭があがらない。
私に付き合ったせいで死にかけても驚くべき根性値を発揮するようになって、不沈艦の名を献上してあげたいくらいにしぶとくなった。私のためにクルージングもこなしてくれて、潜水艦の中の最速記録王者となった。一度だけ彼女のクルージングの様子を見たけれど、あの深海棲艦の群れを追いぬいていく速度のガチムーブは恐れ入る。被弾したとしても、動きに無駄はないままだ。見習いたいものだ。
ろー「神風ちゃんも止まらずにもっと速く進むんだよ」
神風「……うん!」
ろー「そのうち痛いのが気持ちよくなってくるよ!」
あなたはそろそろ止まってください。開かなくていい扉を開きかけています。
私が中破の痛みで刀を振り抜くまでに至った嵐の季節だったか。
ガングートさんがこの鎮守府に着任した。
22
「ガングート級戦艦1番艦ガングートだ。本日よりこの北国の鎮守府に着任し、作戦を遂行することになった。同志諸君、よろしく頼む」と規律的なハキハキとした声でいった後、豪快に、そして砕けた顔で笑った。「いずれ第1旗艦の座を頂戴したいと思っている。ああ、気合いの話だ」
ビスマルク「錬度数値1の新人風情がずいぶんと面白くない冗談ね……」
北方提督「いや、ガングートの錬度数値は81だよ。訳合って一度は軍を離れていたが、解体していたわけじゃなくただ単に艤装を手放しただけだ。ちなみに私の昔馴染みね。ウラジオストクで前に合って意気投合した」司令官はガングートさんのほうをちら見する。ガングートさんは無言で首を縦に振ったのを見届けると、言葉を続けた。「刑期を終えてからの着任」
その場は総然だ。刑期という表現的に軍規を犯して営倉に放り込まれたわけではなく、お上の法に背いて要は刑務所にいた、ということだ。当然そんな経歴があれば皆も身構えるし、一体なにをしでかしたのかも気になる。正直、聞きたくはない。ガングートの適性者が窃盗とか不法侵入とかそんな小悪党のような真似をするとは思えない。皆、脳裏に過ぎった予感は同じだったはずだ。
そして、次に放った司令官の言葉はその想像を越えてきた。
北方提督「とある作戦で味方の艦の兵士を殺したからね」
ビスマルク「怖すぎて背中を預けられないんだけど!?」
北方提督「といっても、深海棲艦殲滅戦の時の話だ。黒海の救援作戦は見事勝利SでMVPは彼女だ。ボスを鎮める際に味方ごとやってしまったこと。そうだな、この辺りの話をしておくと自己紹介になるんじゃないかな?」
ガングート「作戦成功は全員生還ではなく、海のテロリストどもを殲滅してこそ、だ」
電と似ている気がしたが、あちらのほうは執念染みたモノを感じる。ガングートさんの場合は単なる軍人としての忠誠心と作戦遂行への想いのように思える。
北方提督「その言い方だと誤解を招くよ。私から詳細を説明するね」
皆に説明されたが、その作戦時は国防領海の大規模保守作戦だったようで、ロシアでの大破撃沈艦がなおも水面から敵深海棲艦(ボス旗艦)を身体を張ってしがみついたので介錯とその想いに敬意を払ってのことだという。どちらにしろ、恐ロシアな軍人さんのようだ。この自由な鎮守府と上手くやっていけるのか甚だ心配だし、不真面目勢と大喧嘩しないか心配だった。
ガングート「好きな言葉は民族自決(テロ的な思想は除く)、と嫌いな言葉は、日本語だと……そうだな」
そういうと、一同を見渡した後に、ビスマルクさんの前に威風堂々と立つ。
ガングート「瓦釜雷鳴、だ」
ビスマルク「その言葉はなんて意味よ……それに今の私はどんな状況なのかしら?」
神風「瓦釜雷鳴は優秀なモノが高い地位に就かず、能力のないモノがその地位に就いて威張り散らしていることです。つまりビスマルクさんは真っ向からケンカを売られていますね……」
ビスマルク「へえ……ロシア人は野蛮ね」あからさまな敵意を放っていた。「私、あそこの国が好きじゃないのよ。あの紫色のサラダとボルシチとかいう豚の血みたいな色をしたスープなんか特にね」
ガングート「誤解しては欲しくないのだが、個人的な嫌悪ではない」真っ向からビスマルクさんの目を睨み据えて言った。「鎮守府の戦績は眼を通してきている。優秀な者が上につくのはこの鎮守府の為、退いては軍のためとなるという意見を述べているまでのことだ。私の眼が曇っていなければあなたの総合力はそこのリシュリューに劣り、兵士としては……」
ガングートさんは眼を閉じて、とぐろを巻くような低い声を出した。
ガングート「気構えの話だが、私を除けばそこの神風が最も上位だと評価している」
突然、名を挙げられて戸惑った。
ビスマルク「曇っているわね。その子、最弱だけど?」
ガングート「煽るつもりではないが、全てを把握した上で私は評価している。書面上だけでもその神風がどういう人物なのかは伝わってくる。が、話は逸れるから今は置いておこう。私はあなたが私より優れている場合に限り、相応の敬意を払おう。コレが許可される鎮守府だと聞いたが?」
すごい上から目線だ。リシュリューさんも高飛車なところはあるけど、こっちはエレガント風味だが、ガングートさんはどことなくワイルドというか、そんな感じだった。
神風「ビスマルクさんは私より強いですよ。今は、ですけどね」
実をいうと、ビスマルクさんは相当に強かった。私がまだ一度も刀の間合いに踏み込めずにいる人だった。戦艦性能に珍しく魚雷も装備できる。史実のほうでは戦艦に魚雷など、と日本軍の軍艦の話であり、艤装として人間が装備するにおいて、その手数をしっかりと武器にまであげている。
ガングート「この鎮守府は他と比べて弱いだろう?」
望月「否定はできねー……」
ガングート「全く……この国の言語は繊細で慣れないな。表現を変えさせていただくが、重ねて煽るわけではないといっておく。上位や強いという風だと誤解を招くか」
ガングートさんは愉快気に、ハハハ、と笑って帽子のつばを持ちあげた。
ガングート「この中であなたが最もマシ、ということだ」
ビスマルク「雰囲気でエレガントじゃないのは分かるけど、身体で覚えないと分からないのね、昔ながらの犬軍人気質ね。その染み付いた硝煙の臭いから野蛮人なのが伝わって不快よ」
この人も高いプライド持ちだ。双方に悪気はないのだろうが、自分の意見を忌憚なくハキハキというガングートさんとは気が合わない模様たった。なので、衝突は避けられなかった。着任初日からトラブルが起きてしまった。司令官が「個人演習でもしたら」と提案した。
二人は望むところ、と艤装を身につけて個人演習の始まりだ。
私はその戦闘を途中で眺めるのを止めて、寮内のお手洗いに向かった。少しだけ気分が悪い。なんなんだろう。あの人の戦い方を見て、この全身で感じた悪寒の正体を考える。このしつこく喉に絡みついてくる空あえぎの感が、私の精神を不安定に揺さぶって嘔吐を促してきた。
天津風「途中から顔面蒼白だったけれど、どうしたの?」
神風「なんでもないです……どちらが勝ちましたか?」
勝利したのはガングートさんのほうらしい。といっても、第一旗艦は司令官の判断でビスマルクさんのままになったが、これまたその判断がビスマルクさんのプライドに傷がついたらしく、第一旗艦を断った。「とりあえず保留でリシュリューが就いといて」と司令官の命令が下った。まあ、さすがに艦隊で動くにおいて、初日からトラブル起こすような性格のガングートさんを旗艦を任せる訳には行かないのも分かる。どれだけ優秀であっても、鎮守府である以上、信頼関係あってこその連携なければ烏合の衆に成り下がる。ガングートさんが旗艦になるとしたら、追々のことだろう。
ガングートの改造もされていない艤装では、ビスマルクさんの艤装には劣る。素質や戦い方次第で艤装の性能差は埋めることができる。私が信じていることが、証明されたようで嬉しかったが、なぜなのだろう。あの人は好きになれそうになかった。ガングートさんはその戦いに娯楽性を見出しているかのような、豪快で真っすぐに海を往く人だった。
――――ハハハ、オモシロイ!
撤退作戦で私の心を砕いた船と似ていた。
氷のような冷たい熱を秘めた深海棲艦、北方水姫と重なった。
だから、見ていられなかったのだろう。
トラウマが口から吐しゃ物となって排出された。
まだまだ私は精進が足りないようだ。もっと速くだ。終わりはすぐに来るだろう。青山司令補佐は本当に戦争終結に向けて大いなる前進をした。そこに行くためには速度が足りない。たかが昔のトラウマを鮮明に思い返しただけで四肢をつく兵士など信頼を受けるに値するものか。
速く、もっと速く。あの人の背を追いかける。
6月11日、総指揮丙少将、中枢棲姫勢力防衛作戦、成功。
その背を追いかける。
6月12日、鹿島艦隊の悲劇にて殉職処理されていた駆逐艦春雨(壊)の保護。
その背を追いかける。
7月2日、駆逐艦春雨(壊)を戦力としての運用化を承認、鎮守府(闇)に着任。
その背を追いかける。
7月10日、鎮守府(闇)が乙中将の演習に勝利S。
その背を追いかける。
8月13日、中枢棲姫勢力決戦作戦準備に突入。
その背を追いかける。
10月2日、中枢棲姫勢力決戦、鎮守府(闇)はランクS、リコリス棲姫を撃沈。
その背を追いかける。
10月3日、中枢棲姫勢力旗艦、中枢棲姫をランクSSSと認定。
その背を追いかける。
10月4日、海の傷痕、大本営襲撃。
その背を――――
10月16日、大本営発表、暁の水平線の存在を確認。
戦争、終わっちゃう。
ねえ、青山司令補佐。
ちょっと待ってよ。
速すぎるよ。
お願いだから。
もっとがんばるから、
私を置いていかないで。
22
心が折れたわけじゃなかったけれど、もう諦めてかけていた。そんな自分を許さない自分が、我武者羅にあの人の背を追いかけ続けていた。
ガングート「神風、お前はなんでそうも私と戦う時だけそんなに怯えた風なんだ?」
神風「……」
ガングート「止めだ。休め」ガングートさんに担がれながら、陸にあがって艤装ごと入渠施設に放り込まれた。「そんな顔で泣きながら戦う同志相手だと、さすがの私も攻撃を躊躇う」
着衣したまま資材の休湯に浸かる。疲労困憊の身体の毒気が抜けてゆく。
もう心は理を手放しかけて、海の上では我武者羅だ。つまり、すでに心は折れかけていた。あの鎮守府は常軌を逸している。私の眼から見てではなく、世界の視点だ。まだあの鎮守府の始点となった合同演習から一年も経過していないのに、世界情勢はすでに『戦争終結』に向けて発進している。私はそうなる日を信じていた。だが、あの人の速度は想像を越えていた。時の流れが不平等と感じるような歩みの違いだった。この細身をどれだけこねて研ぎ澄ませば、そこまで届くのか。
ガングート「失礼する」
艤装を外したガングートさんが隣で入渠を始める。のんきに鼻歌など歌ってご機嫌の様子だった。この人は改二になってからあの悪気のない高圧的態度は少しだけなりを潜めて。目的を共にする同志から、気の知れた戦友にといった風に砕けて絡みやすくなっている。意外とお茶目さんである。
神風「その十字架、手放しませんよね」
ガングート「元気に良かったチビッ子の忘れ形見だ。神風を祝福してやろうか?」ガングートさんはおどけた風にいった。「潜水艦、戦闘機、私達はそれらを全て始めに祝福する。今もな」
神風「信仰、ですか。日本は想像していたよりも意外と宗教観念が薄れていたでしょう?」
ガングート「先進国というのはどこもそうなのかもな。文化形態は違えど、人間としての本質は変わらん。ロシアでは正教徒は多いが、熱心に教会に通う若者なんて一割もいないだろう」
神風「まあ、もともとロシアは宗教弾圧とかのイメージで信仰のイメージはあまり。ソ連が解体されてからは北方領土に十字架とか立てまくったとか。私も水晶島で観たことがあります。そういうのって日本と同じく信者でなくとも神社に参拝して祈願する類みたいな?」
ガングート「時代さ。信仰は今の世が理屈傾向なせいで肩身が狭い。今はなにをするにも明確で現実的な根拠がいる。ここがこういう数値的な根拠でこうなるからこうしよう、という輩を、神託を以てした聖者が止めろ、といっても止まらない。人々はもはや神の言葉では止まらないまでに暴走している」
神風「……神を信じているのですか?」
ガングートさんは幼少時代を修道院で暮らしていたらしい。艤装を身につけてから軍人として活動して、ガングートの艤装とリンクし、昔のことを知った。竣工日でいえば神風よりも先だというのは少し驚いた。おばあちゃん、と揶揄されたこの神風よりも先輩か。
ガングート「お前は意外と才能があるな。僧、いや女だと尼というのか?」
神風「ですね。けど、私は知識でしか宗教は知りません。自分の家の宗派も知らない現代っ子ですよ。古めかしい格好でサムライとか仲居とか、そんな風なイメージを持たれることは多々」
ガングート「訓練内容は聞いた。馬鹿じゃないのか」ガングートさんはいった。「そういう常人には理解できない訓練を何年間もやるのはもはや信仰心といってもいい。お前は奇跡を求めて神に縋っているのさ。いや、神のような不安定な存在を信じて、自分の力で走っているみたいなもんだろう」
神風「神にすがっているとは思いません。あいつら勝ち馬に乗り続けるだけじゃないですか。私が信じる神は精霊とかその手の類ではなく、実際に存在した神格化した偉人という存在のみです」
ガングート「神はいたよな」
ガングートさんは力なく笑った。その神というのは海の傷痕のことなのだろう。まだ具体的な情報は出回っていないが、上層部は把握しているはずだ。まさかの大本営襲撃、それにまさかの決闘日の指定で大混乱の最中、私達のような末端に伝わるのは作戦とともに、だ。政府から一般に情報が流されるのはもっと後になるのかもしれない。
神風「いましたね。私達は蚊帳の外みたいですが」
ガングート「酷な話ではあるが、提督が神風の異動希望を出していたぞ」
神風「は? 私の意思を無視して、ですか?」
ガングート「ああ、だが、上があの鎮守府に『お荷物』を着任させたくないようだ。闇には通達もされなかった」
お荷物、か。その通りだ。私は公式の評価では正にそれだ。神風の後任者が現れなかったという悪運だけが強いのみの兵士といったところだ。今の時期にあの鎮守府に着任などと荷物を増やすような真似は門前払いを受けて然り、だ。
ガングート「ちなみに私も提督から甲大将の鎮守府に異動希望を出せないか、と前に話を持ちかけられたことがある。軍人気質では甲の大将が最も気が合うが、私個人だとここの提督が最も相性が良かった。相性検査でもそうだったからな。神風、お前は准将とはどうだったんだ?」
神風「……ふふ」
ガングート「なんだよ。私は変なこといったか?」
すみません、と謝った。相性検査などというまるで占いのようなことを本気にしている少女染みたお茶目な面に、笑いが零れてしまった。そういうのって宗教に熱心だと信じるようになるのかな、とそんなことを考えてた。青山司令補佐の一位はグラーフさんだったっけ。
ガングート「まだ戦争は終わってない。諦める必要はないと私は思う」
神風「それは気持ちの話です。海の傷痕から誰も名を挙げられなかった私達が本作戦に加わることはないでしょう。闇丙乙甲元の艦隊が動くその穴を海外からの共同戦線を張り、安全海域を保守するという役割を持たされることは自明の理かと……」
ガングート「提督が私達も本作戦に噛ませろ、とやっかんでいるが、まあ、神風のいう通りだ。煙たがられて正論によって弾圧されて外野だろうよ。持たされる役割を卑下するつもりはないが、最後の海の傷痕撃破作戦に主戦力として加わりたかったというのが正直な話ではある」
神風「そう……ですね」
ガングート「私達の役割を果たして支援艦隊として准将のところへ出向くのはどうだ」
唐突な提案に混乱する。闇丙乙甲元の抜け穴を埋める。鎮守府の総合力では下位に分類される私達がそんなことができるのだろうか。海の傷痕戦は持久戦となることは必須だ。どうも海の傷痕を仕留めてしまえば深海棲艦は全滅するようなので、それまで耐えることを前提にされている。
望月「ガングートさん、声でかいよ。でも、そのアイデアは別にいいんじゃないのか」
入渠施設の脱衣場のほうから望月の気の抜けた声が聞こえてくる。
望月「神風なら出来る。要は速度だろ?」
神風「……変な希望を持たせないでくださいよ」
その分、また絶望も増える。
ガングート「というか望月がここに来るのは珍しいな。抜錨したのか?」
望月「実は同じこと考えていたのさ。合同演習の後に卯月が復帰しただろ。空白だった期間のことで知っていることを前に教えたんだ。あの地獄から戻ってきた卯月を見て、私もがんばろうかなって珍しくやる気が出たんだ」
神風「それけっこう前の話では」
望月「けっこう前に火はついたが、導火線が湿っていたせいで行動が遅れたんだよ。まあ、多分、こんな風に思うのは私の人生で最後だろうね……」
望月は、どっこいしょ、と年寄りみたいなかけ声を出して、湯に浸かる。
神風「昼間から珍しい。もしかしなくても訓練してきたんですよね……」
望月「私は最初からやる気なかったわけじゃないんだよ。アカデミーの頃は私なりに努力していたんだ」と珍しく望月が自分から過去を語り始めたので黙って耳を傾ける、「イヤになった。卯月とか長月とか菊月は私がどんだけがんばっても追いつけないからな。クソゲーに嫌気が差した」
神風「卯月、は映像を見たことはありますが強いですね」
望月「砲撃精度は9割とかいうエスパークラス。下手な素質の防空駆逐よりよほど使える。長月や菊月は神風の砲弾を受け流す最高難易度の訓練を三日でこなしやがったし。今の神風と同じ気分だよ。どれだけ走っても置いていかれる気分に嫌気が差した。だるい、めんどい。今も割とそうだけど、さすがに神風が毎日気の狂ったような修行しているのを見るとねえ」しおれたため息を吐いた。「神風が報われねー世界はあまりにもクソッタレ過ぎて嫌だろ……」
なぜかな。そんな言葉だけでも刀を取るに十分な理由になる。
最後の海戦を越えた先に、私は立っていることができるだろうか。この日から私はまた我武者羅に刀を振るった。残りの二か月間の中、全員が最後の一足を踏み込んでいた。最後の調整として、ラストチャンスとして、鎮守府の全員が私の特訓を手伝ってくれたことには頭があがらない。
おかしいものだ。仲間の四肢を切り落とすことに一切の躊躇も覚えなかった。それが三日月ちゃんや島風ちゃんといった自分よりも歳下の子の四肢を斬った。その様を見下ろしながら、遠くにある景色を見上げていただけだった。その頃の海は大規模作戦時の最後の戦線を突破する時のように、不気味に静かだった。心中も、それと共鳴するかのように静かだった。
最後の一歩を踏み込むのは思いの他、簡単だった。
手に取ることが叶わないとすら思った水月鏡花を確かに踏む一歩は単純だ。青山司令補佐と同じだった。恐らく自分の中のナニカを削ぎ落とすか、斬り払うか。このように、今まで親愛を深めた仲間の命を気遣わない人でなしになればいい。躊躇しないこと。本当に、簡単だった。
意匠と苦心の惨憺を続けたこの3年間、この日に私は全ての訓練を終えた。
スタート地点まで、深海棲艦撃沈の最後の一踏みだ。仲間を斬ることも出来る今の私が、深海棲艦相手にそれが出来ない道理もない。
演習海域の範囲を越えて、最後の難関と戦った。二時間が限界といわれていた航行は工夫次第でその倍以上の時間、動くことも出来た。とうとう、ガングートを斬り払うことが出来た、ガングートさんも負けず嫌いなのか、右腕が飛ぶと否や一部、艤装との連結を外して向かってきた。沈みゆく艤装と肉が、増えていく。最後には四肢をもいで、斬り払ってやった。
陸にあがったところ、皆がなんだかなんともいえないような顔で見つめられた。まあ、あんな仲間を障害のように扱う戦い方をしてしまえば、恐怖とか軽蔑とかそんな感情が混じっても仕方ないか。それすらも斬り払うかのように私はいつものように笑ってみせる。
丁准将「神風君、昔の青山君にはなれたな。すれ違いという滑稽な結末、おめでとう」
フハハハハ、と呵々大笑している。
この愉快で不快な美丈夫に見覚えがあるな。
どうか白昼夢であれ。
23
北方提督「……」
三日月「あの、司令官ですらも驚いたので無理はないのですが」三日月ちゃんも混乱している風だった。「本人いわく冥府の闇から舞い戻ってきたそうです。具体的にいうと海の傷痕の手によって生き返ったようでして」
丁准将「違うぞ。死んだ訳ではなかっただけだ。だが、どうせ明日か明後日には死ぬだろうよ。黄泉返りかと思ったが、その実どうもまだ黄泉路の途中のようである。死にがてら故郷の北国でも見て回ろうかと思いきやクソジジイから神風君のことを聞いたので激励を飛ばしに来たのだ」
神風「間違いない。こいつは本物ね」
北方提督「……正直、私も門戸を叩かれた時は驚いた。すぐさま大淀さんに連絡を取ったんだけど、あの人は本物です、と。そこで拘束しておいてください、といわれたから手は縛って三日月を監視につけていたんだが、神風がそういうのなら、本当に死人が蘇ったということ、かな」
さすがの司令官の声もかすかに震えていた。それはそうだろう。私と司令官は壊滅した丁の鎮守府でこの丁准将の死体を発見している。生物として完全に死を迎えていたはずの人がこうして現世をさまよっている。そのような現象を現実として認識した時、私も海の秘密を理解した。
神風「輪廻、ですか。艦娘と深海棲艦の輪廻システムも、そこらなんですかね」
丁准将「これ以上、笑わせないでくれ。そこにすぐさま結び付ける神風君はもはや青山君の思考回路に染まっている。ああ、目的のために容赦なく味方すら傷をつけるその迷いのなさも含めて三年間で、ようやくあの頃の青山君の相棒になれたか」
神風「……あなたがそういうのなら、私は成し遂げることが出来たんですね」
丁准将「今の青山君はポンコツながらみなを愛している。昔の神風君のようだよ」丁准将はいった。「つまり、すれ違いになったのだ。今の青山君は君を決して第一旗艦にしないだろうよ。神風君の三年間は徒労に終わった。いやはや、やはり滑稽なオチがついたか。祝詞を捧げさせてくれ」
そういうと、純粋無垢な笑みを浮かべていった。
丁准将「残念でちた♪」
神風「司令官、この死に損ないのキモいジジイの首を刎ねますね」
刀に手をかけた私を周りにいた全員に停められた。すでに体術分野では戦艦二人程度ならあしらってみせることもできるが、さすがの私も全員を振り解くことはできなかった。
丁准将「時は残酷だ。なぜなら時間は人を変える」
神風「私は兵士としてようやくスタート地点まで戻って来られたのです。血のにじむような修練を重ねて死をも恐れず、そして戦争終結を望む艦の兵士に。それにまだ間に合います。仕事を片付けたら、そっちの戦場に独断で向かって海の傷痕に一太刀を浴びせる所存です」
丁准将はふむ、と頷いた。
北方提督「……あなたの眼から見て」
丁准将「いやはや響君も大きくなったよな。私が軍学校卒業した新兵時の君はただの子供ではあったのに。ふむ、君が提督の立場にいるのならいわせてくれ。あなたはこの子の性能を見誤って舵取りをミスした。それももう後戻りを諦めて開き直りのごとく進んだと見えるが……」
北方提督「具体的にお願いします。私は正しいと信じて神風を育てたつもりだ」
珍しく司令官が怒っている風だった。
丁准将「この道を選ぶと決めた時点で……いや、こほん。ここは後でトラブって欲しいので止めておこう」丁准将はわざとらしく咳払いした。「まともに戦うことが出来ない身でしがみついた。その意識的な反抗の度合いそのものが、自己所有という生の証明だ。青山君はそこの認識不足によって死にたがりではあったが、今の神風君は青山君に必要なモノを持っている。恐らく、この道を往くと決めた時だ。その状態で彼のもとへ行けば神風君の望みは叶ったと思う」
神風「……どういう意味ですか」
丁准将「『あの時に神風君と青山君は相性が悪くない、といったのに、なぜ神風君はむざむざ変わってしまったのだ?』ということだ。その結果、君に用意されていた祝福はこの戦争から消え失せてしまったのであろうよ」丁准将はまた笑った。「舵の取り方を誤った提督の責任だな。いやはや君達のファンファーレは戦争の中には鳴り響かぬようだ。君達が外野でよかったと我輩は思う。軍服ではなく街娘の化粧が似合う子達だよ。そうだな、これもいわせてくれ。我輩達に任せて、紅茶でも飲んでいてくれたらいい。ああ、心配はご無用だ。勲章はやる」
ビスマルク「あなたわざわざ味方を煽るためにあの世から舞い戻ってきたのかしら!?」
丁准将「ここだけの話だが、我輩は今、人間として認知されてはおらんのだ」
神風「とのことですので司令官、もうあの世に送り返しても構わないでしょう」
北方提督「許可するならもう私が撃っている。残念ながらこの人、内野の作戦に参加するんだよ……」
丁准将「冷静に見えて内心怒りっぽい。そして結論は理性的だな。昔の響君は司令官に好かれようと健気に胸を膨らませようとしていたが、その努力も届かずで、悲しいことに成長したのは背丈だけのようだ。いやはや望みを叶えられない君が自由をかたくなに口にするのは嗤えるな。もしかして人生賭けてのユーモアなのだろうか。それならばまあ、嗤っておこう。フハハハハ!」
北方提督「ハハ……」
一拍置いて、ブチっとなにかが切れた音が聞こえた気がした。
北方提督「ウラー!」
とうとう司令官がキレた。
躊躇いなく銃を抜いたが、叫んだお陰でいち早く察知したガングートさんが司令官の腕を蹴り飛ばして、銃弾は青空へと吸い込まれていった。これまた司令官をみなで抑えつけることとなる。私は参加しなかったけどね。このクソジジイは撃たれるのが世のためだろう。
丁准将「ジョークだよ。通達は来ているはずだ。実をいうと、呂の迎えついでに神風君と響君の様子を見に来ただけだ。いやはや、去るのみの老兵が駆り出される身にもなってこの場は寛容に収めてくれ。年甲斐もなく昔馴染みに会えたせいで本性の発露が止まらなかった我輩のお茶目であるにして」
ろーちゃん「ええっと、通達は知っているから司令官、行ってくるね!」
神風「途中、ろーに変なことしてみなさいよ。すぐに首を跳ねに行くわ」
丁准将「そんなに心配ならば旅路の間はずっとろー君と電話でもしていればいい」
ろーちゃん「心配ない、ですって!」
丁准将「いやはや、年頃なだけにそれはそれで心配であるな。男はみな狼なのだぞ」
ろーちゃん「!?」
丁准将「潜水艦の兵士なぞ男の提督であれば一度は情欲の眼で見たことがあるはずだ。かくいう我輩も若い頃はだな、潜水艦を高雄や愛宕と同じく歩く十八禁という呼び名で、」
神風「お前もう喋るな!」
丁准将「ぐふっ」
鞘の柄で鳩尾を打った。丁准将はその場で撃たれた腹を抑えて、その場で悶絶していた。こいつはどうしていつも口を開けばこう誰かの心をかき乱すような発言をするのだ。昔からそうだ。司令官やる時は真面目な司令官なのに、こういう時はただの性根の腐ったクソジジイだ。そこが私はずっと好きになれないでいた。初な春風や旗風にも同じようなこといってからかっていたし。
神風「そうやっていつも特に意味もなく誰かをオモチャにするところは嫌いです!」
丁准将「フフ、最期に戯言を抜かす意味もあればいいのであるが」
私を見上げてそういった。なんなのだ。全く持って不愉快だ。
丁准将「なにしろ本作戦の闇丙乙甲元の仕事は正しく地獄だ。君達は役割を果たしたのならば支援として来てきたまえ。なに我輩のほうから元帥には報告しておく。最もホウレンソウはしたまえよ。戦力がただ増えてもこちらの緻密な作戦が崩れたら元も子もないどころかただの戦犯だ」
神風「……いいん、ですか?」
丁准将「黄泉路の旅の供も道連れだよ。死は怖いが、赤信号も皆で渡れば多少はな?」
相も変わらずニヤついているその顔をブーツで踏みつけてやった。なんだろうな。恩師であるはずの人にまた会えたのにこの胸にある喜びはこのジジイが口を開く度に削られていく。まあ、この顔を踏んづけて少しスッキリしたことは素直に礼をいいたい。どう返されるか分かるから、口が裂けても言葉にして伝えない。
24
興味本位で海の傷痕のことを調べた。判明している装備の概要を呼んだ瞬間、心が折れそうになった。史実砲は沈んだ軍艦の終わりに引き寄せる趣味の悪いトラウマ砲、そして経過程想砲などはチートもいいところだ。艤装の核である想と連結して、人の頭の想像を質量化して損傷させる必中攻撃。それに女神妖精も例に漏れず全ての妖精の機能を搭載した妖精工作施設に、その全てのエネルギーとなる資材を海が枯渇するまで抽出する海色の想。どの装備を見ても次元違いの化物だった。
これで制限をかけているというのだから、歴史最悪の神様に相応しい軍艦だった。戦う前から心が折れても仕方ないとすらいえる勝ち目のない敵のようにすら思える高い壁だ。
あの人はどんな指揮を執るのか。戦う以上、なにか策があるはずだ。想像できない。あの機械的な思考回路と非情な決断というシンプルな策を建てる司令官だったが、どうやってこの19世紀から化けて出た海の傷痕を討ち取ってみせるというのだろう。
神風「刃を交えてみたいですが……」
私は私に与えられた役割をこなすのみ、だ。
訪れた最後の日がラストチャンスだった。そして私のあの撤退作戦以来の大規模作戦だ。
北方提督「以上が作戦だ。艦隊ともいえないほどに分散する上に元帥から全員生還というくそったれに最高な理想を押し付けてきた。どうしても作戦が緻密にならざるを得なかった。珍しくこの私が執務室に籠もって策を練り続けた程度には無理難題だね。外野は通常任務を変わらないけど、内野のほうは激戦だ。深海棲艦が難十体、下手したら何百体だよ。流れてくる恐れも十分にある。幸いながら戦場は決まっているから、読みやすければ処理もしやすいけど、各自に渡した作戦は絶対に暗記しておいて。覚えやすいように要点をまとめてあるから少なくともそこは最低ラインね」
最期の海戦はさすがの司令官にも気合いは入っているのか、ここの二か月は難しい顔で執務室に籠もることが多く、毎晩遅くまで明かりが灯っていたのを覚えている。とうとう迎えたこの日だ。私の胸にはただ一つの目的がある。予想されている深海棲艦を殲滅して余裕を作ることだ。
上手く事が進めば、本作戦の支援に向かうことができる。
神風「あの護衛程度なら出来るのですが、私の作戦書はないのですか?」
北方提督「神風は待機」
神風「まさかとは思いますが、出撃させてくれないのなら泳いででも戦います」
北方提督「感情的だね。ま、神風が最後に花を咲かせてくれたらいいのだけど」司令官はそういって苦笑いした。「長期戦で君が始めから出てどうするんだい。拠点軍艦が出撃するから入渠や補給はこまめに出来なくもないけれど、全員生還とのお達しだ。君はどうせ細かに大破するだろうし、そのためにいちいち護衛艦をつける羽目になる。ただでさえ戦力不足な上、ろーがいない」
神風「理解、しました。要は作戦を渡す必要もなくシンプルに運用してくれるんですね?」
北方提督「ああ、そういうことだ。私の指揮に従って突撃して姫鬼を沈めて戻るだけ」
確かに装備が刀一本の私に戦場で指揮を執ることは不粋だ。通信を聞くのも集中力がいる。雨のような砲弾が飛び交う戦場では、その通信を聞いている間は馬鹿げた燃料消費で逃げ回らなければならず、本末転倒になる。そのための判断力も速度の一つとして訓練を受けてきた。
天津風「出来るんじゃないのかしら。神風さん、ガングートさんにも勝ったし、この鎮守府では最強でしょ。後は深海棲艦を沈めればどこの鎮守府も文句はいわないはずだしね」
島風「最速でもあるよね。私、一度も勝てなかったしね。私より速いもんね……!」
三日月「ええ、私達は陰ながらずっと神風さんの努力を見てきました」
若葉「ああ、神風は強い。だが、深海棲艦を倒さなくては周りからはただの同情と受け取られてしまう。私はそれが嫌だな。だからこの最期の戦いで、大願を成就させてくれ」
神風「みんな。ありがとう。必ず成し遂げてみせます」
春風や旗風も心配して連絡が来たから、このことは伝えてある。艦の兵士として戦場に立つことになった、といえば、二人とも心配するどころか、祝福してくれていた。間に合ったんだね、と喜んでくれていた。あの日、兵士としての志以外の全てを失ったけれど、どうにかこうにかここまで漕ぎ着けた。青山司令補佐との約束は叶わず、だったけれど、まだ終わりではない。
私ががんばる理由はもうそれだけではなくなっていたからだ。
北方提督「解散だ。ガングートとリシュリューと神風、それにビスマルクは残ってくれ」
指定されたメンバーが食堂に残り、司令官から追加の言葉を言い渡された。それは作戦ではなく、理想の言葉だった。司令官の心からの本音のように思えた。
北方提督「ご清聴願う」
私は自分の無力に憤っている。決して将の鎮守府に劣るとは思っていない。神風は留守番をして訓練していたが、実際に乙中将とやった演習では拮抗していたしね。戦力的な意味合いでは十分といえる。この鎮守府は神風の完成を以て最強の鎮守府となる予定だったけれど、間に合わなかった、と、そういうことになった。だが、まだ終わっていない。期待されている役割を越える戦果を挙げたいと思っている。こちらの戦線状況によりけりだけれど、先代丁の将と元帥からも支援介入権の許可を正式にもらったよね。期待などされていないとは思うけどだからこそ、予想以上の支援になるよね、とも思う。
海の傷痕が本作戦に支障が出ないように外野には外野の深海棲艦を展開されるけれど、その物量はあくまで海の傷痕の物差しだ。これ以上ない正確なまでの想の測量だ。神の予想を越えて迅速に深海棲艦勢力を撃滅し、次の作戦に入る。
与えられた役割に余力を残すな、とも同時に強くいわれた。満身創痍だろうけど、あの海域へ私達は突入し、本作戦を支援する。燃料満タンの神風を放てば可能性はなくもない、と私は見ている。そのための作戦を時期が満ちた時、説明する。私は必ずや元帥からの特攻命が発されるだろう。海の傷痕に敗北して次があるとは考えていないはずだ。最終決戦の意味は私にも分かる。特攻命が下されたその時はもう形振り構っていられないはずだから、役割を果たした私達の無茶な支援介入にも理はある。頭に入れておいてくれ。
北方提督「海の傷痕の大将首を獲りに進撃する」
その突飛な言葉だけが強烈に脳裏に焼き付いた。
素晴らしい、その一言に尽きた。この今となってはワーストの戦果の鎮守府がベストの戦果をかっさらう。理想的な夢だ。しかも、それが幻ではない、と胸を張っていえた。この鎮守府ならきっと、とそう想うのだ。ずっと、こんな日を思い描いていた。
感謝を述べたいが、それは私が期待に応えてからかな。司令官は私がスタート地点から、もう一踏ん張りの場所にゴールを置いてくれた。あの日から思い描いてずうっと摩耗するような日々でこの心身を研ぎ澄ましてきたけれど、もう私だけではなかった。この皆の顔が見れば分かる。
刀掛台の上の神風刀を手に取る。吸いつくように手に馴染む。
斬り拓こう。全員が思い描いている大逆転劇の物語を。
合戦、準備。
25
拠点軍艦の甲板から眺めるが、予想に反して海の景色は不気味なほどに静かだった。海の傷痕は邪魔をされないよう準備を念入りにして参加者を増やせないよう外野には外野の役割を持たせる、というのが読みだったが、肩すかしもいいところだ。かといって本作戦に首を突っ込む訳にも行かなかった。一週間前に軍は聴聞会を開いて散々、安全性優先を語っていた。この北方の海を放棄した後に安全海域を奪取されることは私達の我よりも優先するべきことだった。
司令部から全戦力に渡される通信報告を私は黙って聞いていた。
といっても戦場に伝わる情報は耳触りのよいモノばかりだった。こちらの士気が下がるような状況になれば、命令形の電文しか発さなくなるはずだ。包囲網の内側とはいえ深海棲艦100体出現の後、第一陣の特殊ギミックを持った姫鬼の連合艦隊の対処に当たった乙中将が勝利Sを収めたという。本来ならば称賛に値する先陣の戦果といえたが、流石以上の感想がないのは将の艦隊のハードルの高さといえよう。それでも後に続く者にとって戦意の高揚は最高級の支援だ。それで役割を果たしたといえる。
本作戦の要が快進撃を続ける報告が届いて、逢魔ヶ時に暮れた頃だった。
深海棲艦の出現が確認された。それも種類はカ級、ハ級やロ級といった低級が半数の30体程度、それと群れを成したヲ級改だった。鋼鉄に身体を覆っているタイプに私は戦えても盾や囮の役割を果たす程度だった。ヲ級に至っては交戦の余地自体はあるものの、数の具合からいって艦載機をさばき切れずにこれまた苦戦必須の海戦である。予想通り司令官からの指示はなかった。
私はその時が来ることを祈りながら、この身で出来ることに専念した。
資材運搬、兵士の入渠補充の支援、そして情報伝達だ。拠点軍艦の装備では艦載機も探知できないし、この艤装に電探くらい装備できたのならば、この拠点軍艦の眼になることも出来るのだが、それも無理だ。肉体労働をしながら前線に出ていく仲間を見送りながら、徐々に劣勢になっていく戦況を煩わしく感じ始めていた。深海棲艦の波が収まらない。すでに時は夜で敵の撃沈数は伸びていくが、蟻のようにどこかの巣から湧いて止まらなかった。
あの撤退作戦の状況と似ている。
拠点軍艦を戦線から下げる一時退去命が発令された頃にはもう内野に支援艦隊として向かうなどという余裕は現実的になくなってきていた。遠くの海で艦爆の爆発を確認した時、司令官から通信が入った。撤退中に予測不可の反転建造による敵襲を受けて、三日月ちゃんが孤立したとの報告が入った。予想外の事態とはいえ、そつなく対応してしまうのが三日月ちゃんだったが、疲労は溜まる。入渠で治る身体ではなく、メンタルの話だ。このような地獄のような耐久戦を後どのくらい続けていれば暁の水平線は訪れるのか。撤退は許可されない。完全な防波堤の役割だった。
北方提督「さあ、このこの日のために用意しておいたチャーター船に乗ってくれ」
神風「……艤装もない指揮官が前線に出るって大丈夫なんですか?」
北方提督「艦の兵士といれば私に確実に狙いはつかないからね。出来ることを船に積んである以上、全員生還のための最善手に繋がる。なに待機してくれている現場のキャリア組は私よりも優秀だし、それに対応できない皆でもないからね。神風は護衛艦として頼む。現場についたら望月もいるから引きついておいて」司令官はいう。「君は特攻とこういった囮程度しか出来ない。絶対に沈めようなどと考えてはダメだよ」
神風「……心得ています。では参りましょう」
なにをする気か知らないが、この司令官の考えを探ろうとしても分かるものではない。その突飛さ故に最近は『司令官としての才能はない』ことに気が付いた。妖精可視の才に恵まれても、この人の指揮は欠点だらけだ。予測不可能な事態がてんこ盛りといえる前線に出るなどという誰もやらない真似を決断するのがおかしい。それが効果的ならば、すでに戦術の一種として確立していて然りだ。だから、分かる。この人はそれを自覚してなお、やり遂げる目的があるということを。そしてその進路に命を預ける価値もあると、信頼できる。十分だった。
指定していたポイントで望月を拾った。望月が装備の電探で敵艦隊の位置を報告する。
望月「三日月、沈んじまった」
北方提督「撃沈地点は予測出来るからこの船の装備で引き揚げに行く。潜水艦の反応がなければ、三日月には大破撃沈をするよう訓練をしているから殺される前に自ら沈んだ可能性が高い。望月は悪いがもう一度死地へゴー。神風が……囮をやるから敵の意識を引いてくれたらいいよ」
迅速な判断と、指示を受けて、絶望に染まりかけた意識が一気に覚醒する。すぐさま動いた。その可能性があったとしても大破損傷での撃沈は艦の兵士の体力を以てしても、記録では最長で二十分程度のはずだ。それも戦艦空母の話で睦月型駆逐艦の強度となると、もっと短いはずだ。
いわれた通りに引き受けた役割を受け持った。
思考は行動を開始する前に完了している。あのわらわらと闇に蠢く化物どもを引きつけるだけで良かった。砲撃、魚雷、空を舞う艦載機の攻撃も回避できる。理論化された戦術ではなく、訓練により磨いた感覚で、だ。耳で視るような、眼で聴くような、生体とは矛盾した感覚を当てにした。
撃っても、この障害物のない海面上では当たる気がしなかった。
出来る、と確信した。今は命令がある以上、この刀は鞘から抜けないが、その時が来たら必ず、敵軍艦の攻撃の嵐の隙間をかいくぐって、間合いに踏み込むだけの技術を会得したと確信が持てただけで今は十分だった。といってる側から回避が間に合わないため、刀を抜いて艦功の飛礫を弾いた。夜でコレが出来るとなると、もはや化物染みている。皆が私を見る眼が変わることにも納得だ。
油断とすら成り得ない余裕すらある。
深海棲艦は船の明かりを気にせず、私を沈めようとすることに必死になりかけているが、少しだけあそこにいる望月に注意が向いている。が、その露払いは望月の役目だ。その仕事量を最低限にまで減らせばよかった。ただ三日月を探すために司令官が海に潜るのはイカレていると思うが、あの船の引き上げ機はもともとろーちゃん抜きの事態を想定しての無茶なのだろう。
望月「通信は聞こえるだろ。そこから三キロ南西、深海棲艦のル級旗艦の水上打撃と鬼、駆逐古鬼の水雷戦隊を確認したから、仲良くお陀仏か全員生還のどちらかしか未来はなくなった……」
神風「この場合は許可されています。夜とはいえ厄介な南方棲鬼を切り捨て御免ですね」
第何波が用意されているだけ考えるだけ無駄だ。これは恐らく、人類存続と滅亡を秤に乗せた最期の戦いなのだ。青山司令補佐が勝利するまで国土防衛こそ役割だ。外野とはいえ、立派な作戦成功への要を担っていることは疑いようもなく、海の傷痕撃破作戦の総指揮を青山司令補佐が執っている。私はこの事実だけで、勝利を確信できることは容易かった。
ようやく待ち続けた時が訪れてくれた。
距離感は大事だ。わざわざ向こうから近付いて来てくれている。この艤装の燃料消費を考えると限界まで引きつけるのが正解だ。私ももう艦の兵士、押し寄せてくる波がこの身に来れば押し返して海の底まで押し返すことができる。後ろに負担が行くが。しかし、それが私も含めて助かる手だ。
速度を殺しながら、最小限の行動で回避して機を伺う。
今、と理論と直感が一致した瞬間、航行を始めた。自分が最も驚いている。初撃を回避すると同時に身体で覚えた航行術で主舵一杯の全速前進だ。いかに最短距離、つまり直線的に懐に潜り込むのがこの神風艤装の燃費消費の理ではある。所詮、敵は戦闘になった途端、戦術も知らない猪である。連装砲を撃ち切った後の装填にかかる時間なんて考慮していない。
深海棲艦の間にある隙間を通り抜けた。
輪形陣の奥にいる駆逐古鬼が砲をすぐさま構えた。
この動作に駆け引きもなにもない深海棲艦だ。撃つタイミングなど手に取るように分かる。一歩を強く踏み込むと同時に腰を曲げて、踏み込みを起点に前身を落とした。はためく髪に砲撃がかすったことが伝わる。鞘を右手で持ちあげそり返して、低い位置で絵をつかみ、抜刀する。
斬りあげた時、すでに駆逐古鬼が艤装と連結させている左腕は刎ねていた。
刀を返して首を刎ねに行った時、判断ミスに気付いた。
神風「痛っ……!」
背後から砲撃で損傷した。しまった。そうだった。青山司令補佐が解明した深海棲艦の反転建造システム。こいつらの生命力の高さはあくまで艤装が本体であるから、だ。いくら探知が出来たとしても、至近距離から刀を振り上げ降ろす行程に入っている私は斬り落とした艤装の砲撃に対処できなかった。まともに被弾したが、鬼の訓練に感謝だ。意識はしっかりとある。
望月「悪いとは思うけど、謝らないからな……!」
砲撃音が聞こえた数秒後には望月の身体に寄りかかっていた。
天津風「近距離に入れたからそこの相手してあげるけど、さっさと逃げてもらえる……?」
やっぱりこの鎮守府は強いじゃないか。夜戦を含めても輪形陣がすでに崩れているし、旗艦の駆逐古鬼は望月が沈めて見せた。そうか。悪いと思うは私の撃沈への望みをかっさらったからか。
神風「……船は?」
望月「天津風と島風が連装砲君と連装砲ちゃんを護衛に回してくれているから退避だ。だから戦闘能力が格段に落ちているんだよ。無駄口叩いてないで、さっさと戻れよ。早くアレを二人に返さないと今度は天津風と島風のために同じこと繰り返す羽目になるだろ……」
神風「うん……ごめん」
望月「曳いていくから休んでくれていい。背骨の開放骨折骨があたしのやる気削ぐ……」
ここにいることは迷惑だとは思わない。そうでないから私はこの戦場に立つことを許可してもらっていた。恥を耐え忍ぶべきはミスをした私自身のみだ。夢にまで見た行程をこなした。次こそは、次こそは必ず上手くやってみせる。皆の負担を減らしてみせる。薄れていく景色のなかで、歯を食い縛って、仲間に甘えたことだけを、今も覚えている。
26
最悪だった。目覚めた時には、景色が光に満ちていた。
すでに日が昇っている。この肌で感じる日の温もりはすでに正午が近い。どうやら拠点軍艦の入渠施設にブチ込まれているようだ。傷はすでに治っているけれど、隣にリシュリューさんが瞼をお降ろしたまま、死んだように湯に浸かっていた。傷は治ってはいるが、意識が戻っていない。主戦力が機能していないのは、この戦場では最悪の事態の一つに等しい損傷だった。
北方提督「お目覚めか。一度いってみたかったんだ、良い報告と悪い報告のどちらを先に聞きたい」とそんなのんきな問いを投げて来た。わざわざこんなことをいっている以上、多少の余裕はあるのだろう。諦めたということはあり得ない。悪い報告から、とすぐさま答えた。
北方提督「リシュリューとポーラと天津風が戦闘不能状態だ。起きないから入渠させた状態で金づちで腹をブン殴ってやったけど目覚めない。幸いなのはこの三人がこうなったのはまだ三十分から一時間前ということで、戦線はぎりぎり維持できているといってもいい。望月の戦果がすごい」
神風「良い報告はそれ、ですか……?」
北方提督「由良と長月菊月弥生と大戦艦大和の生存が確認され、内野の戦線に加わっている」
神風「……?」
そればかりは理解不能だった。なぜだ。その四人は死んでいたはずではないのか。あれから何年経っていると思っているんだ。こんなことがあり得るのか。こんな奇跡があり得るのか。
私が茫然としている中、司令官は言葉を続けた。
ロスト空間の権限を奪取、深海棲艦の反転建造を阻止した、つまり、今、確認されている深海棲艦以上の敵は現れないとの最高の情報が届いたこと。駆逐艦電が海の傷痕と交戦し、殉職したこと。それにより元帥による特攻命が下されたこと。つまり、私達に『余裕の兆し』が見えた。
北方提督「准将が解明した深海棲艦建造システムに則って、私達が任された海で想定される不測の事態はこの海戦によって散らばった艤装と肉による分の敵深海棲艦の追加程度だね。どうも将は海の傷痕を本気にしてくれているらしく、もう外野に意識は向いていないのかも」
神風「私、は……」
北方提督「電の殉職は残念だが、全員生還の縛りは解かれたと受け取ると、追い風ばかりが吹いている」
そういって悲しいほどに強がって笑ってみせた。始めて見る表情に、胸が痛くなる。
北方提督「まだこの海での役割を果たしたとはいえない。皆が疲労困憊の極みだよ。十分に休憩を執った神風を頼らざるを得なくなっている。残る深海棲艦を殲滅だけを手伝ってくれ。追加される分は残りの面子に任せて、君は一体でもいい。深海棲艦を沈めて、青山司令補佐のもとに向かって海の傷痕に一太刀浴びせてこい。そのために抜錨してくれ。帰ってこなくてもいいよ」
神風「了解しました。抜錨します」
お世話になりました、などとは口が裂けてもいえない。
生きて帰ってくる、まだこの戦争が終わった後にも観たい景色があるのだ。
約束なんて忘れている青山司令補佐に「ざまあみろ」と陸地でいって笑い飛ばして私の神風としての物語を締めくくりたい。
27
これまで応援してくれたみなに奉公を捧ぐ。あの日に春風、旗風と袂を別ったまでにしがみ付いた夢を叶える。ラストチャンスだ。それすらも最高の燃料だった。今まで賭けてきた全てがこの海に凝縮されて戦う気力など失いかけた瞬間に補充されていく。
抜錨ポイントにて拠点軍艦から海へと抜錨する。今日の海にはやや霧が出かけている。遠くから砲雷撃の奏でが聞こえる。乱雑な通信を頼りに仲間の窮地に駆けつけた時、みなはもう中破と大破損傷を受けて、疲労も重なり,満身創痍の様相が見て取れる。
神風《神風、来ました……!》
ガングート《残りこの海域の十二体だ。神風が来たから、なんか今回に限りとても頼りになる望月以外は入渠に向かって構わん。十一体の有像無象は私と望月で引き受けよう》
いつもと変わらないガングートさんの声を聞くと安心するな。みなはその指示に抗議をすることすらなかった。あのビスマルクさんもその指示をすぐに受け入れて、損傷した駆逐艦の護衛に回るために航行を切り替えていた。私のやるべきことは残り一体の撃沈だろう。
――――私トヤロウトイウノカ、ハハッ!
五感が運命を感じ取った。私の全てをはく奪した化物がスタート地点に立っている。あの嗤い声、劣勢をものともせず、敵対者を享楽に貪る闘神のような軍艦だ。この北の海にて再びあの日に私は立っている。私がかつて手も足も出ずに泣きながら逃走させた白の軍艦。
長年、蓄積していた怒りが獣性を帯びて喉から獰猛に這いずりあがって来る。
青山司令補佐への土産としてはこれ以上ない獲物の首だ。
さあ、ようやく地獄の底から戻ってきたぞ。
神風「北方水姫」
今度は、
お前が――――
無様に逃げ回った挙句に喪失する番だ。
28
あの時の形態とは違った。この冷え込んだ一月の北国の冬の冷気が迸るかのような薄ら蒼い瞳と、清潔な雪よりも濃い真白の肌、煙突を模した正教会のミトラ帽、氷の棘で刺すように充満する闘志の気概が辺り一面の薄い霧気をピリピリと霜焼けのように迸らせる。
Rank:S、北方水姫。
背部のユニットから足元近くまで伸びた連装砲塔が向きあがる前に、すでに航行を開始していた。深海棲艦という種族は姫鬼に多少の知能があるといっても、その指数は中枢棲姫勢力という例外を除いて、わざわざ超射程のくせに駆逐艦の近距離砲撃射程に踏み入ってくるような間抜けだ。
三連装砲など当たるか。実際の軍艦のように一割を命中するかどうかの精度に過ぎない。それを一撃の破壊力で穴埋めするような粗暴な戦術を最初期からずっと続けている。性能数値は技で埋められるということを意味している。私達はずっとそうやって質で地盤を固めて荒れ狂う幾つもの波を押し返してきた。
神風「……震える。恐怖ではなくて、武者震い」
その北方水姫の迸る闘気は感じ取るほど、ガングートさんとよく似ている。あの人があの人らしい心を残したまま深海棲艦になったのならこんな感じになると思う。どうもあの帽子を見るに限り、正教にでも思い入れがあるのか。深海棲艦が信仰なぞ、憐れですらある。
全速前進で接近し、神速で放たれる死の塊に、今の私は瞬きすらしなかった。
なにも怖くない。きっと青山司令補佐の指揮する艦隊も、今、死を顧みずに私と同じくRank:Worst-Everの海の傷痕に突撃していることだろう。すでに最終決戦、最期の一人になったとしても終点を目がけている。敵を沈めるのみに人類全ての命をチップに載せた賭博戦だ。
踏み込んで、切り抜ける。
胴体を真っ二つにしてやろうと思ったが、手応えは腹八分といったところだ。二撃目は自重した。一撃必殺が理想とはいえど、先の失敗で学んでいる。深海棲艦の生命力の根源は艤装が本体故のものだ。艤装はこの刀で斬れない以上、欲張ると先と同じミスを犯すだけだ。ましてや駆逐古鬼よりも格上の戦闘狂だ。一振りで確実に削ぎ落してゆく。
ユニットから錨を降ろして海面に突き刺して重心点にしておいた。こういう技術も深海棲艦にはなく、ただ単にターンするという行動すらでも秒以上の速度の差が発生する。振り向き様に連装砲塔の角度を変え始めているのは他の深海棲艦には見られない冷静な挙動ではある。
が、すでに二度目の間合いに入っている。
予想外が二つ。攻撃よりも防御を優先して、両腕の鋼鉄で籠手を機敏に動かしたため、銅を切り落とせなかったことだ。二つ目は私の予備の刀を抜き盗るという驚くべき知性を発揮したこと。敵の武器を奪って使う。この野生染みたワイルドな戦い方もガングートさんと似ている。
はがにも欠けず、すでに次の速度に移行していた。唯一、扱える航行に関しての性能に頼ってきた身だ。錨を調節して重点を作っているため、旋回はすでに完了していて、そのがら空きの背に刀を振り降ろしている。斜ではなく、横に背筋を削ぎ落とした。ローブの向こうにある肉が避けて、血飛沫が舞った。刀で背骨は絶てる。ならば、背骨と連結している艤装は支えを失い、水底に沈むのが道理だ。艤装を斬り剥がし、足元の大きな三本指の手にも似た連装砲塔を海に沈む。
はずだ、と思ったのが、更なる不条理を生んだ。
北方水姫「カッタツモリ、カ……?」
連装砲塔が稼働した。反応は出来たが、至近距離故に回避し切れず、艤装に被弾する。これは大破寄りの中破の損傷具合だ。そうか。コレが深海棲艦の壊ギミック。切断された肉繊維が依然の強度を越えた再生を始める。二度殺さなければ死なないようだ。
ハハハ、と北方水姫は愉しそうに笑った。
冷気で凍るような氷河の瞳が、その闘争心を隠すことのない紅蓮の熱気に変化している。艤装の鋼鉄が身体に浸食して髪の上に傷痕のような、十字架のような紋様のカチューシャを象った。
私は錨を回収して距離を取っていた。この損傷状態では策を弄さねば勝てないと直感した故だ。
29
望月「しくじったな、神風……」
そう、しくじった。今、気が逸れているのはガングートさんがちょっかいをかけたからに過ぎず、そのガングートさんも大破状態であの北方水姫壊の相手をするのは無理だった。かといって、この著しく低下した航行性能であの化け物の首を獲れるかといえば、あまりにも獄薄だった。
望月「ガングートさんと後方に下がっていれば入渠を終えた連中がなんとかする」望月は珍しくハキハキとした口調だった。「あたしがMVPだ。この戦いに限って姫も鬼も沈めたんだ」
この子のがんばりは直に視ている。不思議でもなかった。普段からは想像できないほどに、兵士としてシャンと戦場の最前線で丸一日以上も戦い抜いている。しかるべき戦果といえるのに、望月の声音からは嫌味でも自慢といったニュアンスも感じられなかった。この感じ、なんだろう。
望月「神風はさ、この鎮守府に来てからずっとがんばってた。なのに、あたしは夜更かしばっかして朝方寝る時にはみんなの飯を作ってた。睡眠、三時間程度だったろ。その上、訳の分からない全く理論的でもない馬鹿げた訓練で三年間も死にかけるとか頭おかしいよ」
望月「そんなにがんばっていたのに」
望月「部屋に閉じこもってのんきにずっと暮らしていたあたしが」
望月「そんなあたしが」
望月「一番ってどんだけこの鎮守府クソなんだよ……!」
始めてこの子がそんな怒号を発したのを聞いた。怒りというより悔恨の感情に聞こえた。
望月「なんでラストチャンスに背を向けちまったんだ。そのせいであたし、助けてもいいと思って動いちゃっただろ。そうじゃない。お前は勝てる可能性がない、または薄いと思って一旦退避をした。なにがしたくてこの海までやってきたんだよ。あそこは行くところだろ。刺し違えてでも行くところだろ。海の傷痕はあいつなんかとは次元が違うんだぞ。お前にあの准将の相棒がやれるもんか。そんなのお前が一番、分かっているはずだ。だけど、今のチャンスをつかめば、やればできるんだって、あの司令官を見返す未来もあった。なのに最期の最期でお前は負けやがった。いや、もっと酷い。しっかり見たぞ。お前は逃げたんだ」眼鏡の奥からあふれ出た涙を隠すことなく、泣きじゃくった。「負け犬になりやがって。絶対に許さないからな……!」
その通りだ。最悪の結末だ。司令官もこういっていた。全ての枷は外れた。自我を通せる。なのに、私は最期の最期で目指した理想に対して命を賭けることをためらったのだ。そんなやつが、青山司令補佐、今や私達にとって伝説ともいえる功績を持つ彼の同志だと胸を張ることは恥だ。
神風「逃げてない」
そう嘘で虚勢と見栄を張った。望月に指摘されて初めて気付いた。ラストチャンスに背を向けてしまったという事実を。このまま逃げてどうする。安全安心の支援部隊とともにチャンスを作っておこぼれを預かるよう頼み込みのか。それとも見ていてくれ、と必ず勝てる状況で単艦勝負を挑むのか。馬鹿げている。海の傷痕に勝てるものか。背を向けた先にはあまりに馬鹿げた未来しかなかったことに、気付いてなかった。速すぎる感覚が「泣いてない」と涙を自覚する前に声に出た。
錨を降ろして、その場に留まる。望月から離れる。まだ終わりではない。
舵を取るべき進路、せっかく踏みしめたスタート地点に背を向けて走ってどうするという。始めた航行はのろまだが、体感速度はこれ以上なく、かろやかで速かった。海を斬るブーツに、空には無数のミサイルのような未確認金属物体が注ぐ準備をしている。もう結末は近い。
白く紅蓮に燃える北の魔女を肉眼で捉える。
何度も死にかけたこの身のはずが、再び思い知らされる。あんなのは死にかけたとしても、覚悟とは程遠い死だ。だって数々の訓練を血眼で突破してきたはずなのに、スタート地点に戻ってきた私はあの時とまるで同じだ。怖い。イヤだ。もう闘いたくない。死にたくない。
自信と訓練と精神の殻を剥けば、あの時の私が出て来た。
きっと、これが、今こそが、本当の始まりだった。
今度は背を向けない。誰かが助けに来るのを期待しない。この足であの過去を踏み抜いて前へと一歩を出すのだ。燃料は腐るほど、補充した。弾薬となるモノも用意している。臨戦態勢に入った北方水姫に錨を駆使してジグザグに、まるで沈みゆく船のように、不格好にあがいて進んだ。
卯月から学んだ手法で航行不可能になる損傷は最大限に気を遣った。腹が立つことに、それを知りながら退路を塞ぐように、また希望を残すかのように艤装をいたぶって丁寧に航行不可にすることなく、今度は確実に逃げられないよう調整されているような気さえする。
私から奪った刀をまだ持っている。損傷した砲塔角度をギシギシと軋んだ音を立てながら持ち上げようとしているが、損傷した破片が喰い込んでてこずっているようだ。北方水姫が左手で素人のように握った刀を振り上げ始めた。対処できる気がした。なぜだが感覚が研ぎ澄まされているほどに私が速いというのはこの満身創痍の状態ではあり得ない。まるで私以外が遅くなったかのような、私の一秒だけ伸ばされているようなそんな走馬灯の速度にも似た現象が起きている気がした。
一歩を踏み込めば恐らくもう戻っては来られない。
あの時のように逃げていれば今までしてきたように、光に包まれた毎日を送ることができる。この歴代の神風に代わる私が、大願成就の暁の水平線を確認する義務がある。戦争終結してこの鎮守府の皆と青山司令補佐とお互いのグラスをかち鳴らすことも出来るだろうな。春風や旗風と一緒に未来のために、学び舎に叶えて青春を送れるのかもね。大人になった私は幸せを見つけて、微笑んでいる気がする。全ては命あってこそ。
希望、夢、未来。
嗚呼、そんな温かな光を空き缶のごとく投棄することができる。
故にこの一歩になにも迷いはなく、
全てを持っていけ。
潔く首を差し出す覚悟こそこの化物の命を奪う権利を獲得する。船が空を飛べるのではないか、と思うほど、強く踏み込んで、上体を落とした。刀の柄に手をかける。
上半身の捻りが回避となって、振り降ろされた刀は胴体八部を通過するに収まった。顔をあげる気力はないが、感覚で分かる。北方水姫の左腕は伸びきって、この身体の斜め左にある。その籠手の肘から上、そして、艤装と連結する背骨、そのまま右腕の肘から上を切り落とす一閃の軌跡がある。抜刀はかつてないほどの速度。
その刀が確かに斬ったのは、空、だ。
北方水姫は不意に糸を断ち斬られた人形のように、力なく倒れた。この生涯の一振りの刀は届いていないのは手応えからして明瞭だ。沈みゆく彼女の瞳は明らかに生命の光が消え失せていた。五体満足のまま暗く冷たい北の海の底へと堕ちてゆく。
なにが起きたのか。
なぜ倒していないのに倒れる。
どうして私の手に待望のやつの首がない。
薄々その理由を察したが、受け入れることができずにいる。司令官の声が聞こえた。通信だった。その時の応答はうろ覚えだが、倒したかい、と聞かれた気がする。そして私は、いいえ、と答えた気がする。誰も死なずに生き伸びた以上、この司令官の指揮は正義だった。みなの、世界の海軍の歴史に報いがもたらされた今、きっとこの自由な司令官だけだろう。億すこともなく叫んだ。
「チックショオオオオオオオオ!」
紛れもなく悔恨の一声だった。
神風「ああ、青山司令補佐。本当にあなたは……!」
強制通信が入った。誰もが待ちわびているはずの軍艦マーチのラッパ音が聞こえた。
《全軍二――二十九日、午後――三十二分――傷痕撃破、暁ノ水平線到達ス――》
ああ、だから北方水姫は勝手に死んだのか。想の消失により全世界の深海棲艦の生命活動停止により、この瞬間から全ての海域は安全海域となった。一世紀を越える戦争は人類の勝利だった。
神風「後少し、刹那の差で私があなたより速ければ……」
遠征回数0。
出撃回数78。
深海棲艦撃沈数0。
神風「うああああ……」
必死こいて駆け抜けた日々、私の戦績に残ったのは全兵士中、最低記録という汚点だけだ。悔しい。あまりにも悔しい。この、今も振り上げたままの刀の報いはどこにもなく、胸を裂く慚愧に、熱の滴が一粒頬を伝ったこの日を私は生涯忘れることはない。報意を求めた感情は振り上げた刃のように振り降ろす先を求めて、あの人に矛先を向けた。
神風「あなたは、いつも私の心を無視ばかりして……!」
遠くの海では茜の栄光色に陽が照っているのだろう。その偉業の瞬間は祝福に満ちているはずだ。対してこの睦月の北方の海は隆々とした曇天が漂い、冷たい雪がただ深々と降りしきっていた。
帰りたくない。まだ帰りたくない。日が暮れても帰りたがらない子供のようなワガママに気が狂いそうだった。恥ずかしい。栄光の凱旋、お世話になった守るべき人民の賛美が棘となってこの身を貫く。
また春の季節が雪を溶かして、それでもこの熱量のまま振り上げられた刃のその報いが――――
電「……」
今ここに相成った。
30
神風「合戦、準備……!」
なんという僥倖だ。
今、眼の前に刃を振り降ろす深海棲艦の塊がいる。夢にまで見た軍の最高戦力の肩書きを持ち、海の傷痕を撃破した歴史最高の勲章を手に入れた兵士がいる。一目で分かった。第一旗艦は阿武隈なのだろうけど、青山司令補佐の本当の相棒はコイツだ。青山司令補佐の電を見る眼で瞬時に察していた。
展開されている七種の鬼姫艤装によるオール・トランス。
並の兵士なら裸足で逃げ出す程の天下無双だ。
最期の海を終えてさえ、なに一つとして胸に輝く勲章を得ることはなかった世界ワーストの兵士に対して、全力で対峙してくれている。心なく阿武隈を足蹴にした甲斐があったというもの。そして、お互いに心で通じ合っているからこそ、あの小さな体の強度が分かる。
この疑似ロスト空間で、あなたも私の歴史を垣間見たからこそ、本気で相手をしてくれるのだろう。この悔恨の過去に同情することもなく、敬意を表してくれるその強く凛々しく光に満ちた瞳が、歴代の駆逐艦電とは違う。あんな優しい少女とは一線を博した兵士の価値を秘めている。
私も観た。この疑似ロスト空間の中で、あなたが過ごした地獄の日々を垣間見た。私の虚無感、たかが凡人が報われなかっただけの腐るほどありふれたモノと比べるには、無礼千万の異質性を秘めている。その十五年にも渡る旅路を経て会得したその強さ、過去に張りぼてだと評した己の洞察力の未熟に痛み入るばかりだった。
ああ、相応しいのだろう。
きっとあなたが、青山司令補佐の、この鎮守府の帆の役割を担ってきた。
真の意味での旗艦だ。
お互いに、火を避け、水に陥るばかりの兵士人生でも辿り着いたのは相応の決戦場だ。
この摩訶不思議空間が呼応していた。追い風が吹く。背後から強い波が押し寄せる。都合の良い速度ばかりに恵まれた。世界が私の心に呼応してくれているような合戦場だ。過去最高に冴え渡り、刃のように研ぎ澄まされた感覚が、空を舞う千近くの艦載機の攻撃の隙間を縫わせる。
神速といってもいい。1マイルの距離を詰めるのに三十秒もかからなかった。
砲撃、艦攻、艦爆、魚雷。単純軌道の攻撃のはずが、無数の手数により暴風雨域に等しい。その圧倒的な搭載機の数が、個の力で海域一つを奪取できるという眉つばの話はまごうことなき真実だったのだろう。その安全海域が拡大されなかったのは、『その他が弱くて保持し切れないから』だ。ならば合同演習時からの傲岸不遜も納得できる。
戦争終結、その一つに縋って鬼畜の精神に堕ちた。
回避不可能の攻撃は最小限の被害に抑えつつ、愚直に進んだ。距離を詰める度に剥がされていく艤装の鉄が、あの人間の心を削ぎ落してゆくかのような訓練と重なった。旅路になにを失おうが構うものか。最期の間合いで刀さえもこの命ごと砕け散る覚悟がある。
空母棲姫、北方棲姫、リコリス棲姫、戦艦棲姫、潜水棲姫、駆逐古鬼、深海海月姫が人間の知能により稼働している以上、正しく結果至上主義を謳うだけはある強さだが、本体は海面にある。そしてそのラインナップ全ては人の肉に艤装が絡みつく私の『特攻対象の深海棲艦』だ。
電は背を向けるどころか、こちらに向かって航行している。
なるほど、それプラス、電艤装か。
考える余地もなく分かる。私より『強い』けど、私のほうが『速い』ことが。
海の傷痕に私は名を挙げられない訳だ。あいつのことなんて見ていなかった。観ていたのは、海ではなく、あなたが愛した司令官のみだ。それがたまたま海であっただけでそうでなければ、私は戦場から去っている。例えこの心の深度が廃の領域にいようとも、海の傷痕からしたら価値がないのだろう。艦隊これくしょんの理から抜け出たような性能もそうだ。
ずっと、ずっと、待ってた。
神風「この刀を振り抜けて敵を斬り落とす時――――」
兵士と胸を張っていえるこの時をずっと追いかけていた。航行速度に緩急をつけて、上半身を落として、踏み込む動作で、近距離砲の砲撃を、浮き上がった鞘と航行方向の回転力で弾いて見せる。こんなこと恐らく私にしか出来ない。そんな根拠もない自信がある。
神風「この神風の名に込められた意味を。日の丸の深海棲艦(厄災)を振り払う時を」
武者震いのあまり、涙腺が緩んだ。うれし涙で敵を斬る艦の兵士の、切っ先は今度こそ目標を捉えた。右手首から銅を斜めに、そして左腕を刎ねて、手に持っていた単装砲が海面に沈んで行った。斬り抜け、徐々に航行速度が下がっていく。身体と引き換えにこの艤装を持って行かれた。
全身全霊の私の歴史を込めた一振りで薙いだ。
勝負の行方すら霞むほどの胸の高鳴りを収めるように。折れた刀を鞘に収める。
私が斬り伏せられる相手ではなかった、というだけ。
背後から消えていない絶望があるのが、感知できる。そして足元に戦艦棲姫の艤装を支える肉の塊が、この右脚首をつかみ、離さない。両手とアバラの六本は斬り抜いたはずだが、その凛々しい瞳は震えることもなく、闘う意思に満ちている。電適性者がここまで命のやり取りの真剣勝負に真摯になれるものなのか。素質自体は平凡のくせに、よくぞここまで艤装を使いこなせるものだ。
英語では才能はギフト、贈り物を意味するんだったか。
私も才能あるよって皆からいわれたな。
どうやら才能ってやつは生きる意味と同じく、知らぬ間に誰かから勝手に積み荷として押し付けられているものらしい。
31
ぷらずま「ま、誠心誠意徹底的にやるのです」
右脚首に巨大な肉塊のような手が右脚首を握っていた。戦艦棲姫艤装だった。ふざけた腕力で海に投げ飛ばされた。右斜め四十五度、感じた。電じゃない。私を狙う攻撃が、練射された砲弾の空中で身動きは取れなかった。小粒のような砲撃は、空中の私を撃ち抜く精度だった。
電「キャッチなのです」
大破し、空から落ちてくる私を戦艦棲姫の艤装が受け止めた。すぐさま刀を腕力によって奪われて投げ捨てられる。刀は届いた。電の損傷は右手首から胴体を斜めに、左肩が綺麗に切り落とされているが、口元をワの字に歪めて、痛みも絶望も敗北に繋がる色が全く見て取れなかった。
ぷらずま「最期のは卯月さんの砲撃ですね。悪いとは思うのですが」ちっとも悪く思っていなさそうな顔だった。「受けて立ったルールは個人演習という公式外ゆえに定められた暗黙のルールはただ一つ、大破したら負け、なのです。そのため反則ではありません。どんな羽虫であれ、ルール内の全力で勝利をもぎ取る。あの頃の私達の全力を以てして誠心誠意、お相手してあげたのです」
神風「……気になることはあるけれど、今そこは置いておきます」
最期の砲撃、視界に入る瞬間まで全く気付かなかったのはなぜだろう。それ以外には全て感知出来ていた。その理由も疑似ロスト空間が関わっているのかも、程度の根拠ではあるけれど、なによりも聞きたかったのは逃げ回ってわざわざ自らも距離を詰めた理由だ。なめていないというのならば考えあってのことのはずだ。だから、気になったそこだけを聞いた。
神風「なぜわざわざ距離を、詰めたんですか……?」
電「深海棲艦を沈める覚悟はあっても人間殺す度胸がないから。だから、神風さん、あなたはここのお友達と同程度で、あの頃の私よりも鬼畜に堕ちていないですね」吐き捨てるようにいった。「首を刎ねて戦闘能力を失くすのではなく、装備を落として抵抗力を失くしただけです。まあ、ただの兵士の身で私を大破まで追い込んだことは孫の末まで武勇として語り継ぐ功績ではあるのですが」
陸地に放り投げられた。
電「私と司令官さんに勝ちたいのならもっと人間辞めてからにして欲しいのです」
容赦ないスパルタだ。頭をまともにぶつけて、視界がぐにゃりと歪むが、意識を失うには至らなかった。青山司令補佐と、司令官の顔が見える。なにか口論をしている。准将、さっきなぜかスマホを弄っていると思ったが、卯月に指示を出していたのか。あまりにも不粋な水差しだとは思わないのかい。うちのやり方なぞあなたも知るところでしょう。お上品にやれば手を抜くことを意味します。その上で勝ち負けでないと、この決闘の趣旨に背くでしょう。そんな会話だ。
司令官は青山司令補佐の頬を強く平手打ちして、私のほうを指差した。
神風「青山司令補佐の鎮守府、強いですね。あの阿武隈も恐らくあなたの指揮をもらった上ならば私は勝てないでしょう。やはり、私は兵士としてあの撤退作戦の時に終わっていたようです」
提督「いやいや、単純な戦闘力では阿武隈さんより神風さんのほうが強いです」青山司令補佐は顔を覗き込んでくる。「ロスト空間で廃課金という武器がある以上、残念ながら素質ではひっくり返せない次元のお話になるんです。廃の領域の深度では初霜さんが最上位ですが、海の傷痕に勝てないといわせるまでの戦闘力が発生します。なので、今の阿武隈さんでは今の神風さんには勝てないと思いますよ」
神風「……私は強い、と?」
提督「断定できないほど理解不能な力があると自覚しているでしょう。あなたの回避能力、未来予知に等しいです。イカれた訓練の賜物でしょうが、今は理屈で説明できるんですよ」
北方提督「……マジで?」
提督「はい。深海棲艦、艦の兵士問わずに艤装は妖精、想で稼働していることはお分かりかと思います。そして中枢棲姫勢力から得た情報ですが、深海棲艦は肉体と艤装が解離し、装備が破壊されていたとしても艦の兵士や深海棲艦を感知自体は出来るのです。想基盤の本能故の第六感ですね。フレデリカ大佐の研究の違法建造が艦の兵士に壊現象を取り込めたように、基本的に深海棲艦に備わる性能を艦の兵士が体得することは理論上、可能なんですよ。といっても、それを訓練で身につけたとなると乾いた嗤いが出るくらいですが、神風さんの感知能力はあなたが努力で獲得した武器に他なりません。あなたの戦い方には持ってこいの性能ですし……」
淡々と粛々とあの頃のように、解析した結果を述べるのも相変わらずだ。
提督「まあ、『電探』という装備一つで手に入れちゃえる性能ではありますが、あなたの探知は電探を越える性能のようです。なので、約束を忘れていたのは損害に値しますね。上から目線で申し訳ありませんが、自分ならあなたを此方撃破作戦に編成しましたね。そのくらいあなたは最期の海で戦えた素質をお持ちです」
ちっとも嬉しくなかった。この人は本当に変わったのかとも疑問だ。あの頃と同じだ。約束を忘れていたことを損害と表現するところが、私の心なんてちっとも考えてくれてやしない。
提督「自分、今の形で良かったと思います。全てを解き明かした今だからこそ、あなたの指揮を執ることが、神さんの期待に応えられることができそうですから」
青山司令補佐が昔のあだ名で私を読んで、珍しく口元を綻ばせた。武蔵さんや大和さんがいうようにこの人は確かに変化した。
きっと、不器用なりに人の心をまともに見ることができる人に。
ならいいよね、と私は思う。
神風「私、あの時の約束、ずっと追いかけて訓練していました」
良い機会だ。思う存分いってやっても誰も咎めないだろう。そこにいる電や卯月だって、見逃してやるといわんばかりの棒立ちだ。
神風「青山司令補佐、速すぎですよ……もう少し、もう少しだけ、戦争が長引けば良かった」
戦争が長引けだなんて、この人にとって最悪な発言をしているのは分かってる。榛名さんがあの強盗達を見て悲しんだことを、この程度で疑問視しますか、とやっかんだのは私自体がそれに納得できずに、強引に力強く蓋をしていたからだ。
神風「あなたに追いつけずに戦争終わっちゃったじゃないですか……」
たったそれだけの力のない言葉が、全てだった。
神風「…………ばか」
蚊の鳴くような声で、罵倒した。
北方提督「よし、神風はこの時を持ってあなたにお譲りしよう」と司令官が不意にいった。「この艦隊これくしょんで神風に祝福を与えてやってくれ。私では出来ないことだし、この機会を棒に振れば未来ある若者が一生引きずりそうで、心苦しいからね」
神風「……嫌です」
提督「らしいですが」
北方提督「信じられない。あなたは顔をうつむけて、頬を朱に染めた神風が見えないのかい。神風には三つの顔があることを覚えておいて欲しい。普段の神風さん、そして剣鬼の神風、そして今は私達提督の心をつかんで離さない神風ちゃんモードだよ」
そんな顔をしているはずがない。私は自分の頬を撫でて見た。あれ、頬が少し熱いな。もしかして私は喜んでいるのか。戦争終結し、こんな形であっても、この人の指揮下につくことに喜びを感じているのだろうか。よく、分からない。でも、初志が芽生えた時みたいに胸が温かいな。
多分、この心地の良い温度が北国で過ごした冷えた想いを溶かす全てだった。
選んで歩んできた艦の兵士の人生が、正しいとは思わなかった。
信じてきたことも、正しいとは思えなかった。
でも、間違ってもいなかった。
要はこれからだ。
まだ前に進む必要がある。
それだけで私の努力は報われた気がした。結局、あの時にこの人の第一旗艦を志した時から私の心は変わってなどいなかったということだ。昔からずっとあの頃以上を願って進みながら、あの頃と全く変わらない気持ちを尊んでいた。
結局は単純だ。丁の鎮守府で無愛想なあなたを構っていたのはそういうことか。今の青山司令補佐の表情が全てだ。
この人の笑った顔が見てみたかっただけ。
もっと速くなりたいな。
速くなると時間の流れが遅くなって、0の向こうの過去に行けるとか、そんな論を聞いたことがある。そのくらい速くなって、あそこに置いてきてしまった初心を取りに帰れたらいいのに。
スタート地点に立った瞬間に私の戦争は終わりを告げたけど、それは始まりにすら成り得なかったのかもしれない。だって私は今にこそ声には出さずとも、「よしっ」ってあの頃みたいに嬉しがってる。嫌になっちゃうな。思わず乾いた笑いが漏れ出た。
春風、旗風。
どうやら私は、
結構ちょろいみたいです。
5編終わりです。読んでくれてありがとう。
次回はほぼコメディ回。
6編のお話↓
【1ワ●:いい加減にするのです!】
【2ワ●:メンテナンスしたい】
【3ワ●:スカウトアピール】
【4ワ●:好感度システム☆数値公開】
【5ワ●:陽炎ちゃん】
【6ワ●:アズライール】
【7ワ●:丙・組分け後、初顔合わせ】
【8ワ●:乙・組分け後、初顔合わせ】
【9ワ●:明石君・組分け後、初顔合わせ】
【10ワ●:北方自由共和国・組分け後、初顔合わせ】
【11ワ●:闇・組分け後、初顔合わせ】
【12ワ●:『艦隊これくしょん ver android』の海域へ】
【13ワ●:仲良くするための訓練 1】
【14ワ●:響の適性率100%越えの真実】
【15ワ●:戦後日常編 響】
【16ワ●:ноги змее】
【17ワ●:ヴェールヌイの手紙、響へ】
【18ワ●:свобода】
【19ワ●:ヴェールヌイの手紙、響へ】
【20ワ●:В одно перо и птица не родится.】
【21ワ●:ヴェールヌイの手紙 響へ】
【22ワ●:響とВерный:четыре】
【23ワ●:Bечный Хибики】
【24ワ●:戦後日常編:終結】
平成30年『防衛白書』86頁
💀韓.国.🇰🇷💀
19年連続で『軍拡』実施
特に『ミサイル・海軍・空軍』の『軍拡』が顕著である。
極めて危険な『兆候』
かが『流石に気分が高揚します。』