最後の護衛艦長、鎮守府に着任す 海軍少将 山広将一
日本国防衛海軍は、突如現れた敵《深海棲艦》の侵攻を止められず、敗北を続けていた。
そんな中、防衛海軍の誇りを失わず、《艦娘》を指揮する新海軍に対抗し続けた者がいた。
しかし、彼は新海軍への辞令を受けとる…。彼が赴任した第17基地は…。
【旧称:『最後の艦隊 海軍少将 山広将一 』】
シリアスオンリー&オリキャラ&オリジナル設定&地の文
「主砲、撃てぇー!」
防衛海軍 護衛駆逐艦<はるなみ>は、最後の力を振り絞るかのように戦っていた。主砲を放ち、ミサイルを撃っても、敵にはわずかな損害しか与えられない。
<はるなみ>艦長山広将一大佐は、照明の絞られた薄暗いCIC――戦闘情報中枢――の中で、モニターに映し出される惨敗の情景を眺めていた。
「艦長!ご決断を!」
江田砲雷長の声が聞こえる。
すでに<はるなみ>は戦闘能力の大部分を喪失しつつあった。味方商船を護衛するという任務を果たせず、自分が沈まないだけで精一杯、既に周囲に船影はない。
かくなる上は、せめて兵員の命だけでも助けてやりたいとの考えだった。
しばし、CICに沈黙が流れた。
「総員、退去」
山広艦長のかすかにしわがれた声が艦内に流れた。
それは、日本国防衛海軍が組織的抵抗を行う戦力と意志を完全に失ったことを告げるものであった。
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かつて日本近海を守備し、最強と呼ばれた日本国防衛海軍は、突如現れた無敵ともいえる海の魔物《深海棲艦》に瞬く間に打ち破られ、海の藻屑と消えた。
残ったのは、もはや存在しない防衛海軍を”指揮する”防衛海軍本部だけ。防衛海軍はもはや存在しないに等しかった。
一方、台頭してきたのが《深海棲艦》に唯一対抗できる《艦娘》を運用する新海軍である。苦戦しながらも、《深海棲艦》と互角に戦い、日本を守る新海軍は、いまや日本の期待の星であった。
だが、「防衛海軍」の名に誇りを持ち、支えようとする者もいた。
防衛海軍本部作戦部長 山広将一 海軍少将である。
海軍士官学校卒業後、駆逐艦<きたかぜ>、空母<しんりゅう>等に乗り組み、防衛海軍最後の船ともいえる<はるなみ>を指揮した猛者である。
そして、通常兵器で傷をつけることは不可能ともいわれた深海棲艦を飽和攻撃し、史上唯一の「深海棲艦を通常兵器で沈めた男」となった。
しかし、彼をもってしても敵の勢いを止めることは不可能であり、<はるなみ>は爆沈、防衛海軍は事実上消滅した。
それでも、防衛海軍を守りたいと、彼は作戦部長として、ただ一人奮闘していた。
そんな中、8月19日の事であった。防衛海軍長官に呼び出された彼は、防衛海軍本部の長官室に入った。
そこには、白い制服を着た長官と、白手袋に握られた文書があった。
「山広君、辞令だ。」
長官はそう告げると、淡々と読み上げた。
「山広将一 海軍少将 8月20日を持って貴官を防衛海軍本部作戦部長の任から解き、新海軍第17基地司令に任ずる。 海軍総司令長官」
それから、一言付け加えた。
それは、山広将一にとって屈辱以外の何物でもなかった。自分が慣れ親しんだ誇りある防衛海軍を去れというのだ。
だが、軍人である以上、命令に従う義務がある。
彼は何も言わなかった。否、言えなかった。
「山広少将、防衛海軍のためにご苦労だった。組織は変わっても、同じ海軍だ。これからは新海軍のために尽くしてもらいたい。」
長官はそう告げると、背を向けた。出ていけ、との合図だった。
彼は、ドアを音を立てて占めた。抗命の許されぬ軍人としての、精いっぱいの抵抗だった。
作戦部長室に戻った彼は、荷物を、ゆっくりと、片付け始めた。
同日、内閣統帥部は8月末日をもって防衛海軍本部を解体し、その人員のほとんどを新海軍に移籍させ、少数の士官によってなる防衛海軍再建委員会を設置することを決定した。再建委員会とはあるものの、事実上の防衛海軍再建の放棄であり、防衛海軍の長きにわたる塩漬けの始まりであった。
8月20日、山広将一 海軍少将は、海軍の正装で新海軍第17基地の正門前に立っていた。
「お待たせして申し訳ありません。直ちにご案内いたします。」
案内役と思われるまだ若い士官が、彼に敬礼した。階級章を見ると、海軍大尉である。左袖には、新海軍を現す「錨」のマークがついていた。
見慣れた「六分儀」の防衛海軍とは違う環境に、彼はしばし、めまいを覚えた。
「司令、こちらです。」
士官は、彼を基地内へ案内していく。
コンクリート造りの丈夫そうな建物は、威圧感を与えようとしながらも、まだ若いゆえに戸惑っているように見えた。
純白の壁に、新海軍の栄華を感じながら、彼は、ゆっくりと、一歩を踏み出した。
港湾施設、船渠、工廠、あまりにも大きい食堂、一通り案内を終えた士官は、最後に執務室を見せて、どこかへと去っていった。
執務室へと入った彼はやることもなく、あたりを見回した。
真新しい壁に、木枠のはまった大きな窓、空っぽの書架と、艶やかな木の両袖机。それしかない殺風景な部屋だった。
コンコン、とドアが鳴った。
「入れ。」
ガチャ、と音を立てて入ってきたのは、奇妙な恰好をした少女だった。銀色の髪に二本の角のようなものを乗せ、ワンピースともセーラー服ともつかぬようなものを着ていた。
瞳は赤く輝き、奥深く秘めた力を示しているように見えた。
「あんたが司令官ね。 ま、せいぜい頑張りなさい!」
開口一番、その少女は失礼極まりない態度で、山広に接した。
「私は、『司令官』ではなく、『第17基地 司令』だ。」
彼は、どうでもいいようなことを訂正した。だが、それは彼にとっては重要なことだった。
「私は海軍少将 山広将一だ。この第17基地の司令に任じられた。貴官は?」
「吹雪型駆逐艦 五番艦 『叢雲』よ。」
少女はそう名乗った。
「そうか、これがその、《艦娘》とやらか。」
彼は感慨深げにつぶやいた。
それは、見慣れた防衛海軍とはもう違うんだという現実を突きつけられたからか、幾分湿り気も含んでいた。
「そうよ。よろしく頼むわ。」
叢雲はあくまで態度を変えない。なぜここまで上から目線になれるのか不思議でもある。
礼を失した態度にも山広は怒らず、冷静だった。
「では、最初の命令と行こうか。」
彼は、一度、言葉を切った。
後に続いた言葉は、叢雲が予想もしないようなものだった。
「《艦娘》とは何か、教えてくれ。」
「なかなか難しい質問ね。」
唐突な問いにも、叢雲は少しも動じることなく、そのオレンジがかった赤い瞳で、まっすぐに山広を見つめた。
熟考ののち叢雲は、口を開いた。
「強いていうならば、『深海棲艦と戦うために生まれた人型戦闘兵器』かしら。」
「ほう。自らを『兵器』と称するのかね。」
山広は、右目の眉を上げ、面白そうに言った。
「強いて言うなら、よ。私は、兵器ではなく、自由でありたいわ。」
「だが、人ではない。」
彼は冷たさを感じられる口調で言い放った。
「そうよ。私たち『艦娘』は海から現れたのよ。7年前の事だったわ。」
「知っている。」
しばし、沈黙が流れた。
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あれは、風の強い日の事だった。
防衛海軍 護衛駆逐艦<しらなみ>が当時は無敵と言われていた深海棲艦の攻撃を受けた。
老朽化し、退役寸前の駆逐艦と、深海棲艦が撃ち合えば結果は明らかだ。
<しらなみ>はたちまち戦闘能力を喪失し、浸水が始まった。
その時だった。
海中から突如現れた少女たちが、化物たちを蹴散らして行く。
太陽を背にしたその姿は、まさに『神』のようであった。
深海棲艦を倒せる少女たちは、海軍への所属を希望。
彼女らの指揮のために『防衛海軍第二軍令部』、のちの新海軍がつくられた。
そして、当時の<しらなみ>副長が、山広将一 海軍中佐だった。
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聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと思い、山広は質問を変えた。
「分かった。では、なぜ我々人間の命令に従うのかね?」
「指揮官が必要だからよ。将と兵の役割は違う。兵が戦いながら戦況を把握することは不可能に近いわ。
後方から私たちに的確な指示を与える人が必要なの。」
叢雲が、少しほっとしたように答えた。
「そうか。では、深海棲艦とは何か?」
『深海棲艦とは何か』
それは未だ解決されていない問題の一つである。
「分からないわ。わかっているのは、私たちの『敵』だということだけよ。」
憎しみを覚えたかのように瞳を見開きながらも、あくまで冷静な口調で、彼女は言い放った。
静寂が、執務室に満ちた。二人とも、何も口にしなかった。
『緊急、緊急
2050、敵およそ5隻発見。江通原市方面へと進撃しつつあり。
第15基地及び第17基地所属部隊は敵部隊を撃滅せよ。』
海軍区司令部からの通信が、静寂を打ち破った。
「叢雲、行けるか?」
山広は問うた。不安を含んだ声だった。
「出るわ。指揮を頼むわよ。」
叢雲は、自信をもってそう言い残すと、執務室を飛び出していった。
『こちら、叢雲よ。フタヒトフタマル、戦闘予定海域に到達したわ。敵影は今のところなし。以上もないわ。』
無線機を通して、変調された無機質さを感じる音声が流れだす。
「了解。まもなく第15基地の部隊が到着する予定だ。警戒を怠るな。」
山広はマイクに口を近づけながら話した。
『分かったわ。警戒を怠るほど馬鹿じゃないわよ。』
背景にかすかに聞こえる音は、波であろうか。
突如、何かを察したように山広は叫んだ。
「危ないッ!」
『何があったの?』
ザバァ、というような音がした後、砲撃音が響いた。
『ぬかったわ。敵襲よッ! 敵駆逐艦6隻!』
「戦闘開始だ。目の前の敵を破れ。砲撃開始ッ!」
『了解。砲撃開始ッ!』
ドーン、ドーンと響く砲声が無線機を通して、空気を震わす。
「増援が到着するまで、およそ10分。何とかして耐え切れ!」
『苦しいわね。1対6は想定外よ。』
砲声はけたたましくほえたてる。叢雲の苦戦が目に見えるようであった。
「第15基地、第15基地。こちらは第17基地。当基地の叢雲が敵6隻に遭遇。至急救援求む!」
山広は、マイクにすがるように声を発した。
『こちら第15基地。了解。駆逐艦4隻が現場に急行しつつあり。到着まで5分。』
「頼む。5分、5分だ。5分だけ持ちこたえてくれ。」
彼は、祈るようにつぶやいた。
油断だった。
警戒しているといいながら、意識を集中しきれていなかった。
無線から聞こえる声で気づいて、あたりを見回した時には遅かった。
敵6隻に囲まれた。
もちろん、1隻2隻なら倒すことも不可能ではない。だが、6隻同時は不可能であった。
完全に包囲され、砲撃が始まった。砲弾を交わしながら、槍を突きだす。
「ッ!」
しかし、攻撃を受け、体力を消耗してゆく。
槍で相手を組み伏せ、沈めるも、その5倍の攻撃が降り注ぐ。
「はやく、はやくッ! 増援は来ないのッ?」
無線機に向けて怒鳴るが、戦況が好転するわけでもない。
敵の砲弾があたり、叢雲は吹き飛ぶ。倒れた体に、次々と砲弾の雨が降り注ぐ。
無数の砲弾を受けて、もはや戦闘は不可能であった。
戦闘能力を喪失した叢雲は、ただ、空を見上げるだけだった。
だが、その赤い瞳に動揺の色はなく、あくまで冷静だった。
抗えぬ死を受け入れるかの様に、彼女は穏やかに、瞳を、閉じた。
その体に向けて、一斉に艦砲が放たれた。
せめて道連れにとばかりに、叢雲からも一発の砲弾が放たれた。
「急ぐわよっ!」
4つの人影が、海を猛進している。それは、そう呼ぶしかないような絵であった。
最大速力など無視したかのような高速で、4隻は進んでゆく。
敵3隻が倒れた艦娘に一斉に攻撃を仕掛けようとしていた。
「こいつはまずい。」
おもわずつぶやかれた言葉が状況を的確に表していた。
「撃てっ!」
グワーンと轟音を立てて放たれた砲弾は、どちらのものであろうか。
水柱が何本も立ち上がり、少女の体を隠した。
やがて、水煙も晴れたころには敵の姿は消えていた。横たわった少女に4人は駆けよる。
「大丈夫なのです?」
倒れた少女は、やっとのことで口を開きただ一言、言った。
「ええ。」
「急がなきゃだめよ!」
4人の少女たちは、倒れた少女を抱えると、35ノットを超える高速で飛び出した。
『貴基地の叢雲はコチラで保護した。すぐにコチラへ向かってくれ。』
夜間の一般道を乱暴に走るナンバーを隠した車の無線機から、声が流れ出る。
「感謝します。」
山広は一言だけ言うと、さらに強くアクセルを踏んだ。
目の前に第15基地の高い塀と、門が見えると同時に、車はドリフトしながら停止した。
人影が車から飛び出し、門をよじ登って玄関へと駆けて行く。
「第17基地司令、海軍少将 山広将一だ!開けてくれ!」
「了解しました。どうぞ。」
基地本部棟の玄関が開くと同時に、山広は飛び込んで走った。
「医務室はあちらです。」
そういった艦娘の指し示す方向に向けて、彼は全力で走った。
『医務室』と書かれた部屋の前で山広は立ち止まり、扉を開けた。
「おお、来たか。貴官が元防衛海軍作戦局長の山広少将だな。お噂はかねがね。」
椅子に座った、髪を後ろで縛った白い軍服の女が、背を向けたまま言う。
「そうだ。基地司令に合わせてくれ。叢雲はどこだ?」
目を血走らせた山広が叫ぶ。
「まあ、そう急くな。ココの司令は私だ。」
椅子を回して、山広に向き直り、女は自分を指して見せた。
「はっ?女か?」
「そうだ。第15基地司令 海軍少将 川入勝子だ。よろしく頼む。」
川入はそういって右手を差し出した。
「そんなことはあとだ。叢雲に合わせてくれ!」
山広は差し出された手を払って、川入に詰め寄る。
「落ち着いてから会わせる。患者の前で騒がれては、助かる者も助からん。」
更新ペースは遅いです。
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