和菓子判定師東郷美森、新たな境地へ到達する
洋菓子は友奈ちゃんがお願いしない限り作らないと聞いて
勇者部部室、いつもにぎやかなはずの部室は今日に限り静まり返っていた
「はぁ、友奈ちゃん」
全ての元凶である彼女、東郷美森がこの空気を作り出していた
東郷は結城家が旅行に行く計画を友奈から聞き出し、日程を合わせ偶然を装い友奈と旅行に行くつもりだった
しかし、うっかり友奈は日程を間違え、東郷に言っていた予定よりも早く旅行へ出発してしまっていた
本心から間違えていたことなので、東郷も気付くことなく結城家は旅行へ
東郷は同行することに失敗してしまったのだ
そんなことを友奈からのメッセージで察した勇者部一同
重苦しい空気をどうにかしようと奇策で立ち上がるのであった
「東郷!洋菓子を作りなさい!」
風の叫びが部室に響く
「嫌です」
即答
「なんでよー!」
「西洋のお菓子なんて言語道断。そもそも作り方を知りません」
日本の文化に重きを置く東郷は西洋文化を頑なに取り入れたがらない
「でも前に、友奈さんのお願いでカステラを作ってましたよね?」
「あれは友奈ちゃんが頼んだからです。それに牛乳を消費する大義名分もありましたので」
樹が指摘をするがすまし顔のまま受け流す
以前、牛乳を大量に貰ったので腐らせる前に使い切りたいのだがどうすればいいかという相談を友奈から受けたのだ
結果として牛乳のお茶請けとして最適なカステラを作ることになった
「ぐぬぬ、夏凜!アンタも何かいいなさい!」
風が夏凜に事実上のヘルプを飛ばす
「別に作らなくてもいいんじゃないの?東郷のぼた餅は美味しいし」
「夏凜が......味方にならない」
「でも、東郷はどこまでが和菓子でどこまでが洋菓子なのか線引きは気になるわね」
東郷の和洋線引き調べが始まった
「じゃあまず東郷、カステラは基本的にOK?」
「問題ありません、あれは日本独自に発展して作られた和菓子です」
「へぇー和菓子なんだ」
樹がまた少し賢くなった
「じゃあ次、バウムクーヘン」
「基本的にはダメです。あれはドイツという国で作られた洋菓子です」
「基本的には?」
「一応、日本と同盟関係にあったようなので友奈ちゃんからお願いされたら作ります」
「結局は友奈次第ってことね」
「じゃあ今度は私から」
「おっ、樹!言ってやりなさい!」
「三方六ってお菓子なんですけれど」
「ダメです。あれも元はバウムクーヘンです」
「あうぅ......ダメでした」
あの手この手で商品名を変えてみたり製法の微妙に違うお菓子を出してみたりするも
洋菓子判定は予想以上に厳しくなかなかOKを貰えない
「ここまでお菓子に詳しいって東郷の知識はどうなってんのよ」
呆れつつも半ば諦めムードの風
「うーん、もう思いつかないなあ」
とりあえず思いついたお菓子の名前をあらかた出し終えた樹
「というか夏凜!黙ってないでアンタも何か出しなさいよ!」
始まってからずっと静観を決め込んでいた夏凜に不満を漏らす
「......ねえ東郷」
東郷が夏凜の方を向く
「チョコ大福は?」
「......」
東郷が固まった
「やっぱり、和菓子ベースで洋菓子の材料が含まれていると判断に困るわけね」
「なら、クリームぜんざいとかも?」
樹が悪気なく追撃をかける
「ぐっ......!」
押し黙る東郷
「あーっはっはっは!東郷敗れたり!」
「何の勝負よ」
夏凜が冷めたようにツッコむ
「しかしまあ、東郷がこんな単純なことで押し黙るとはねー」
「単純な......こと?」
ゆらりと顔を上げる
「全く単純ではありません、クリームぜんざいは元はぜんざいという和菓子ではあるものの上にクリームを乗せるという冒涜的行為により産まれたお菓子ではっきり言ってしまえば和菓子と分類することも可能です。しかし、西洋のクリームを使用している以上これを和菓子と分類することは愛国心に背くことではないかと思い押し黙っていました。それを風先輩はぬけぬけと」
マシンガントークを打ち切るように夏凜が話す
「で、東郷はチョコ大福とかクリームぜんざいは食べたことあるの?」
「......ないわ」
「なら判別なんてできっこないわ。私はスーパーで材料買ってくるから東郷はぜんざいを作ること。いい?」
夏凜が強引に押し進め、何か言いたげな東郷を黙らせて調理室へ向かわせた
「さて、風!生クリーム作るわよ!」
買い物袋を置き、材料を取り出す夏凜
「へぇっ!?まさか夏凜、生クリームから作るつもり!?」
「当然」
東郷もぜんざいを作っているのだからこちらも既製品ではなく作るのが道理だ
「疲れるだろうから、交代でやるわよ」
東郷がテキパキとぜんざいを作り、風と夏凜が腕を痛めながらクリームをかき混ぜホイップさせていった
味見は樹が担当した。かわいい
「......」
4人の前には4皿のぜんざい、絞り器に入ったホイップクリーム
「東郷、かけるけどいい?」
風が問いかける
「待ってください、もう少し心の準備を」
「1皿にだけかけてからそれをみんなで食べればいいんじゃ......」
「それよ樹!」
「でかしたわ!さすが我が妹!」
ベタ褒めされる樹
「仮に東郷が認められなくてもこの1皿は私が責任を持って食べるから、それでいい?」
改めて東郷へ聞く
「お願いします、風先輩」
絞り器の口がぜんざいの直下で止まる
少しづつかかる圧力にクリームが押し出され
絞り口からクリームがあふれ出る
やがて重力に従いクリームは下へ下へと垂れ下がる
その先にあるのはぜんざい
「あぁっ......!」
東郷から小さな悲鳴が上がる
クリームの先がぜんざいへと触れる
「こん......なっ!」
音もなく、羽のような軽さを髣髴とさせるクリームは円を描きぜんざいへ積み重なる
「も、もう......いい!」
「まだよ」
東郷の制止を意にも介さず絞り続ける風
やがて、ぜんざいを雪山へと変化させた
「これで完成よ」
「これは冒涜よ」
膝から崩れ落ちる
ショックにより足腰が砕けてしまったのだろう
夏凜に肩を貸されうなだれながらも椅子へ座る東郷
「さあ、食べなさい」
顔を上げた先にはクリームの雪山が鎮座している
クリームぜんざいだ
「ひっ!」
「樹、夏凜。東郷の両腕をおさえて」
風が指示を出すと申し訳なさそうに両腕がおさえられる
「いっ、いやっ!」
「さあ、口をあけなさい」
スプーンが突き刺さり、ぜんざいとクリームを持ち上げる
山から切り崩されたクリームとうもれたぜんざいが東郷の口へ近づく
「誰が、食べるものですか!」
必死に顔を逸らし抵抗する
ため息をついた風が夏凜へジェスチャを送る
夏凜がポケットから何かを取り出し操作をする
『東郷さん!はいっ!あーん!』
友奈の声が流れる
条件反射で口をあける東郷
「今だっ!」
口の中へクリームぜんざいが放り込まれる
東郷は目を見開きやってしまったという顔をする
吐き出すわけにもいかずクリームぜんざいを咀嚼し
飲み込む
一つ、大きな吐息が漏れる
「放してください」
東郷に気圧され、樹と夏凜が両手を放す
にっこりと笑う風がスプーンを差し出す
無言で受け取り
クリームぜんざいを食べ始めた
勝利した
クリームぜんざいは東郷に勝利した
全員の皿が空になりクリームぜんざいを食べ終えた勇者部
「しかし、この作戦が本当に上手くいくとはね」
夏凜が切り出す
「アタシもこれ見つけたときは若干引いたわ」
ボイスレコーダーを夏凜から受け取り東郷の前に出す
「それはっ!友奈ちゃんに会えなくても寂しくない用に様々な用途を想定して音声編集を施したボイスレコーダー!どうして!?」
「どうしてはこっちのセリフよ。下手すりゃ捕まってるかもしれないのよ?」
風がボイスレコーダーを東郷に渡す
「ま、東郷なら悪用はしないと思うし返すわ」
「これが悪用じゃないならなにが悪用なのやら」
夏凜が一人ツッコむ
「あはは、そういえばこの音声って全部東郷先輩が作ったんですか?」
「ええ、そうだけど」
「な、ならっ!今度音声の編集方法とか教えてもらえませんか!」
「樹っ!アンタまさか!」
「ち、違うよ!歌を録音した時に役立つと思って聞きたかっただけ!」
「そういうことなら、今度おうちにいらっしゃい。色々教えてあげるわ」
「はいっ!」
「で、東郷。クリームぜんざいは和菓子?」
言質を取るように聞く風
「和菓子......ではないです!」
「こんなに食べておいて認めないのかい!」
「ただ、私がぜんざいを作ってそこにクリームがかかってしまったのなら、仕方ありませんね」
にっこりと微笑む東郷、彼女にも譲れない一線はあるのだろう
「ま、いいんじゃないの?味は認めてるみたいだし」
夏凜がクーラーボックスを取り出しつつ話す
「スッキリしないけど、まあいいわ!ところで夏凜、そのクーラーボックスは?」
「え?園子の分だけ......ど?」
「「「あっ」」」
夏凜以外がたった今園子のことを思い出した
残ったぜんざいとクリームは園子の家へ届けられ、パーティへと発展した
杏仁豆腐はセーフか、これで30分潰せる
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