伊予島杏「運命とは、 最もふさわしい場所へと、 貴方の魂を運ぶのだ」
なんてことはなく、大社もなく、怒りにも触れることのない
人が人の道を外れることのなかった世界
でも、杏とタマは絶対に出会っていた
右腕にギプスを嵌め、膝枕をされている少女と色白で病弱そうな膝枕をしている少女
二人の少女が病院の庭でくつろいでいた
病弱そうな少女は読んでいた小説をぱたりと閉じ、ひとりごちた
『運命とは、 最もふさわしい場所へと、 貴方の魂を運ぶのだ。』
その言葉に、ギプスの少女は反応する
「ん?どうした杏?いきなり小難しいこと言って」
「シェイクスピアの言葉だよ。タマっち先輩も少しは本を読もうよ」
「タマだっていっつも読んでるぞ?」
ヒラヒラと薄っぺらい雑誌を見せる
「アウトドア雑誌は読書に含みません」
「というかタマは興味のそそられない本は読まんっ!」
「なら、今日こそ興味を持ってもらうように紹介しますっ!」
「臨むところだ、タマに興味を持たせたら大したもんだ。なんなら杏のオススメまで一緒に読んでやるぞ?」
「ふふふ......その言葉、もう引っ込められないよ?」
不敵な笑みを浮かべ、電子書籍を取り出す
「な、なんだ。いつになく自信たっぷりだ!?」
「じゃじゃーん!『ふわ△キャン』!」
可愛らしい女の子が表紙のアウトドア系の小説、いわゆるライトノベルと呼ばれるジャンルのように思える
「おっ、表紙を見る限りではアウトドア系で攻めてきたか。だが甘い!タマがその程度で興味を持つと思ったかー!」
「甘いのはタマっち先輩だよ!主人公は高校生!私達よりちょっぴり年上の女の子達が苦しい資金繰りをしながら精一杯キャンプを楽しむ小説!
数年先にタマっち先輩が楽しめるであろう光景がこの小説には詰まってるんだよ!」
「ぐっ?!そ、それはちょっと気になるかも?ちょっとだけだぞ?少し読んで興味なかったらタマの勝ちだかんな!」
「はいはい、それじゃあバッグに入れておくから戻ったら読んでね?」
ギプスの少女が持ち運んでいるバッグへタブレットを入れる
「で、さっき言ってたなんだ?シェイクスピア?の言葉?どういう意味なんだ?」
「んー、解釈はひとそれぞれだからこれって意味はないかな」
「なんだそれ」
「けどね、私はこの言葉をこう解釈してるんだ」
『人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬も早過ぎず一瞬も遅過ぎないときに』
「ん?余計にわからないぞ?」
「哲学者、森信三さんの言葉だよ」
「タマには難しくてわからん!」
「つまり、タマっち先輩と私はどんなことがあっても絶対にあの日、出会ってたってこと」
「......」
目を逸らし顔を赤らめる球子
「ふふっ、タマっち先輩可愛い」
微笑みそっと球子の頬を撫でる杏
「寝るっ!戻る時間になったら起こしてくれ」
顔を隠すように病弱な少女のお腹へ顔を埋め、ギプスの少女は寝たふりをする
「はいはい」
愛しむように頭を撫で、本の続きを読み始める
緑の匂いがした
伊ND
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