2019-06-07 07:47:02 更新

概要

提督と艦娘たちが鎮守府でなんやかやしてるだけのお話です

注意書き
誤字脱字があったらごめんなさい
基本艦娘たちの好感度は高めです
アニメとかなんかのネタとかパロディとか
二次創作にありがちな色々




「ボーキサイト…かぁ…」


執務室で あかねが頭を抱えていた


今まで気にも留めていなかったものが、突如として足りんと言われればそりゃ困惑もする


「ボーキサイトってあのボーキサイトよねぇ…」

「かと存じます」


嘆息する あかねに、ただ淡々と事実を並べた旗風


「どの?」という疑問もなくはなかったが、どれほどの選択肢もあるわけもなく、そのまま首を縦に動かしていた


「軽量金属の材料。差し当たっては、航空機材への使用が主な用途となるかと」


ただ、まぁ…


「なんに使ってんの?」とか言われるのも 面倒なもので、その前に ありきたりな補足だけは付け加えておいた


「ふふっ。航空機材だなんて、かっこの良い言い方しちゃって」

「そうですか。まぁ、そうですね…」


くすくす と笑顔を浮かべる あかねに、結局はこうなるかと肩を落とした


あーいえば、こーいう


詰まる所。結論なんてそっちのけで、おしゃべりがしたいだけ

というより、彼女とてバカではない…とは思いたい

大方の結論なんてすでに出ているだろうと思えば、事務的な会話を切り上げる理由としては十分だった


「まぁ、有り体に言えば飛行機ですよ、ひこーき」


「おわかりで?」言外に嫌味を内包し、子供を相手取る風を装って、ぶっきらぼうに言葉をうっちゃった


はしたないと…


そんな事は分かりきっている

だとしても司令の前なのに、だとしても春風御姉さま の意中の方の手前

内心はどうあれ、払うべき礼も忘れて、ただただ生娘の様に唇を尖らせる自分


はしたないと…


そんな事は分かりきっているが、まぁ…

引きずられてしまっているのは そうかもしれない

年がら年中お茶ら化ている司令に「子供ですか…」と、年の頃を問いたくなる時さえある


良いか悪いかで言えば良くはないが、不思議と嫌でもなかった


そんな風にはなれないと、そんな風には出来てはいないと自分に言い聞かせながらも

最低限の礼節さえも忘れて、思ったままを口にする

怖いもの見たさでもあったが、少しだけ取れた胸の支えから、ちょっとした開放感も湧いていた


はしたないと…


まぁ、そんな事はどうでもよくって

だとしても この司令が、だとしても春風御姉さまの意中の方というのが、どうにも気に入らないと

流石に、そんな事までおっ広げる訳にもいかなかった




窓の外から響く音


青い空、白い雲


そして、その中を裂いて飛ぶ飛行機の群れ


「ひこーき、ねぇ…」


唇を尖らせる旗風を、可愛らしいと 一頻り眺めている あかね

眺めながらも、考えることは山積みだった


機動部隊の錬成


その前に、戦艦を中心とした打撃部隊を作ろうかと思えば気が変わっていた

南西諸島に進出するほどに増える敵空母

ヌ級(軽空母)くらいならまだと思っていたが

ヲ級までもが、羊が1匹羊が二匹…と、羊算のように増えていっては敵わない


そして、分かった事が一つ


ひこーき、ありゃ消耗品だわ



ー港ー


景気よく飛んでいる艦載機

伸びる飛行機雲が揺らいだかと思えば、それに引きづられるようにして

艦載機の一つがバランスを崩して高度を下げ始めた


「お見事」


呟いて振り返る赤城

携えていた弓を仕舞うと、敬礼でもって彼女を迎えていた


霧里 あかね 。赤い髪の女の子、笑顔の似合う女の子

そうして、年頃の娘というような背格好には、不釣り合いの長銃を担いでいた


「やっほー赤城」


良く言えば気さくに、悪く言えば軽薄にも取れる気安さ

「どっこいしょ」と、これまた年頃を弁えない掛け声とともに長銃を転がして、飄々と赤城の隣に立ち並んだ


なんで?


どうして?


いくつか浮かんだ疑問の中から、まずは一つと口にした赤城


「何処でそのような?」


単純な疑問


視界の端には、未だに煙を上げている銃口の影

その扱いだけならまだしも、この距離で空を飛ぶ艦載機に当ててくるのは、明確な技術と呼べるものだった


「そりゃ、元は金剛犬に居たこともあるしね、このくらいは」

「金剛…犬ですか…?」


「そうそう、あの人と私でボスだもの」そう言って胸を張る姿は、いかにも誇らしげだった

初めて聞く名前ではあったが、随分とその方の事を慕っていたのは伝わってくる


艦娘達、これを例えて曰く、馬鹿と天才は紙一重、と いふ


事ここにきて、あるいは何かの冗談かと思っていたその評価にも納得がいった

言動の是非はともかく、やってる事のレベルは高い

行動の予想が付かない上に、対処がし辛い。あまり、敵に回したくないタイプにも思えた


「それより赤城。ボーキサイトの目処が立ったわ。待たせて悪かったわね」

「いえ、ご配慮感謝します」


軽く頭を下げた あかねに礼を返す


「しかし、何処でご都合を?」


本土から回して貰えている分でさえ悲鳴を上げていたのに

まるで何処かから降って湧いてきたような話の軽快さだ


「バシー海峡」


地図を思い描くように伸びる指


「なるほど」


確かにそうなるかと、その意図を汲み取って頷いた

「無いなら盗ってこればいいじゃない」と返ってくる笑顔が暗に語っている

それどころか、居座る気でさえいるだろうと、腹黒い笑顔が透けて見えるようだった


「では、私も…」


となると自分の出番もあるかと、弓を担ぎ直した手を止められた


「いったでしょう、目処は立ったって?」


促される視線の先、戻ってくる仲間の姿


「お見事」


口からでた素直な称賛に「でしょー?」と得意げに返ってくる言葉は

言外に「褒めて」と、ねだられているようだった


「もっと褒めてくれてもいいのよ?」


訂正、ねだられた


笑顔で顔を覗き込まれている


望まれている言葉は分かりもするが、そのせいもあってか素直に口にする気が起きない

とはいえ、向こうも引く気はないらしい。目をキラキラと輝かせ今か今かと待ちわびている


手を、あかねの頭に乗せる


子供扱いするなとか、嫌がられるかとも思ったが

そんな風にもなく、素直に目を細めていた


「…えらいえらい」


優しくはなかったろう


頭に置いた手を左右にずらしただけだ

それでも、手の動きに合わせて、ゆらゆら 揺れる仕草は可愛らしく思えた


「ぞんざいねぇ…」


あかねの唇が不満のふ を形作る

ただそれだけ、そんなポーズをとって見せた後

頭に置いた手をそのまま押し返し「もっと」とせがまれた


「そうもなりますよ」


親しみも愛情も、特に込めていたわけでもない

上官にねだられたから、形としては整えただけだったのだが


何がそんなに嬉しいものか?


口で不満を訴えるほどの不快感も見せずに、目が合うと「にっ」と笑顔を開かせる


やりづらい…


その、純粋な好意の塊みたいな笑顔は、持て余すには十二分に過ぎた



ーお風呂場ー


この瞬間、湯に体を浸けるこの瞬間

疲れが溶けていく開放感、心が癒やされる安心感

それが日々の精算になり、明日への活力へと繋がっていく


だというのに


「南西で良かったわぁ…」


湯気の上がらぬ風呂場で体を伸ばしている あかね

浸かる水は冷たくて、風呂場と言うよりは水場になっていた


それでも、南西のにじり寄る暑さのおかげで、この水場の冷たさも心地よくは感じられる


「でもなぁ…」


たまらず零れた愚痴が、形にならずに散っていく


やっぱり 風呂には入りたい 日本人だもの 字余り?



油がない


どれだけ取り繕うがこの事実は揺らがない

近海から南西まで戦線が伸びればそうだろう

警備のために動かす艦娘達も増えていき

たとえ水雷戦隊だったとしても、回数を重ねればそれだけに消費も増えていく


何より正規空母だ


それ一つで駆逐艦を4つは動かせる


そうして当面の目処が付くまでは「明日から水風呂ですね」春風の断言によってお湯から止められた

いよいよに備えて、炊事用の薪も必要かもしれないが、水風呂が楽しい間に片付けたい問題ではある


「で? 赤城は何をしているの?」


考えても拉致が開かない。無いなら獲ってくるしか無いのだからしょうがない

ボーキサイトの時と同じ、運んでる奴がいる、積み込んでる場所がある、それが分かれば十分だ


開き直れば心も晴れる

後は、素っ裸の赤城が延々と背中を磨き続けるのが気になるくらい


「はい。乾布摩擦を少々。多少は温まりますので」


わいるど…


原始的だと苦笑しつつ、薪を集めようかと考えた自分にも笑えてくる

なんて弱気。やることが増えすぎて少し億劫になっていたのかもしれない


「ねぇねぇ、赤城」


浴槽の縁に体を預け、誘うように背中を向けた

しばしの逡巡と、遅れて近づいてくる水音


「ん…?」


触れる感触


微かに残る赤城の温もりが押し付けられると


ごしっ…ごしっ…ごしっ…


そのまま背中を掻き混ぜられた



ー近くの林ー


ざっくざっくと踏み入って、くっしゃくっしゃと練り歩く


「駆逐艦が薪広いとはこれイカに?」


海原をかける我ら駆逐艦を

野山に分け入り萬の事に使わせるとはこれは世界初じゃなかろうか?


いやぁ、快挙快挙


漣と…およそ名前から連想されうる静けさは何処にもなく

はっちゃけた桃色ツインテールが、うさぎの如くに野山を飛び跳ねていた


「イカもタコもないよ。どうでも良いから仕事しなって…」


よっこいしょと腰を曲げ、どっこいしょと背中の籠に乾いた枝を放り込む

敷波の背中に大きな籠。その小さな背中にかかる重さなど感じさせずに黙々と薪を拾い続けている


「いや、しかしご主人様も駆逐艦使いが荒いっ。そうは思いませぬか綾波氏~?」

「別に…」


と、口を尖らせつつ適当にあしらった

正直に言えば鬱陶しいけど、それを口にするのもなんか可哀想に思う


「漣はもうへとへとのくたくたで」


それに、どうせ あしらった所でお構いなしに話続けるんだし、話半分くらいで丁度いい


「こんなもんかな…」


いっぱいになった籠

積み上がった木々が、束ねた髪に微かに触れている


「漣? そろそろ戻るけど、ちゃんと集めたんでしょうね?」


当然といえば当然で、口よりも手が回っている漣に怪訝な視線を向けてしまう

これで籠の半分も埋ってなかったら、どうしてやろうかと思ったんだけど


「どやぁ…」


表情も、そして口から漏れる自信

地べたに どさり と置かれた大きな籠、しかも2つ

そのどれも満杯になっており、それが喋りくりまわしていた娘の成果とは思えないほどだった


「帰る…」


堪らず背を向けた

単純に悔しいのだと。自覚はあれど、そんな素直に認められる訳もなかった

仕事をしろと、小うるさく思っていた相手が自分より成果を出していたなんて事


それじゃあ、真面目にやっていた自分がバカみたいで


「おやおやぁ~。おこなの? おこなんですか? いやいやしかし、この漣出来る女漣で通っておりますからな

 なに卑下することはありませぬ。ちょこーとばかし、ご主人様に褒めてもらえる程度なもの」


知らず…いやもう わざとだ

意図的に足を早めて、隣の鬱陶しいのを振り切ろうとしていた

しかし、どういった からくりか

籠を2つも背負っているというのに、足を早めても早めても、ぴったりと隣にくっついて離れない


褒めてもらえる程度って


そう素直に言えない自分には

こんな程度でしか、司令官に褒めてもらえる機会はないっていうのに


邪魔しないでよ…


そんな訳もない八つ当たりが喉に引っかかり


「ぁっ…」


代わりに出たのは小さな悲鳴


つまずいた


なれない山道というのもあっただろう

強引に歩いていたというのもあっただろう


傾いた姿勢は戻らずに、次の痛みに備えて身構える


ついてない


意地を張って、擦り傷作って

司令官に構っては欲しかったけど、こんな風に心配されたい訳でもないのに


ごめんね、司令官…


そう、心の中で誤って


ぐっと手を引かれた


一瞬できた、ほんの僅かな空白に、なんとか足を踏ん張る隙間を見つけてこらえる

そうして傾斜が収まると、それに変わっての


敬礼、そして傾いた笑顔


「桜の丘で会いましょうぞ、敷波氏~っ!?」

「えっあっちょっ!?」


慌てて伸ばした手も間に合わず、傾斜を滑っていく漣

悪いことに背負っていた籠がバネに変わり

ドンガラガッシャンと地面を飛び跳ね、薪を撒き散らしながら大木にぶつかると


「ごふっ…」


漸くと動きを止めた


「ぇ…ぇぇ…?」


一瞬、状況が飲み込めなかった

けど、自分が助けられたのだと、頭が追い付くと慌てて駆け出していた


「さざなみーっ!? 大丈夫かよっ!?」



「すまねぇ、すまねぇ…」


幸い大した怪我は無いようだった

漣のように繰り返される謝罪の言葉を聞き流しながら、二人で散らばった薪を拾い集めている


「良いって…。それに、あたしの方こそ…ありがと…」


小さな感謝と謝罪

気まずいと、照れくさいで、随分とぎこちなくはなってしまった


「なぁ~にぃ~きこえんなぁ~」


耳に手を当て、これ見よがしに近づいてくる漣

こうやってすぐに調子に乗る、こいつのこういう所が苦手ではあった


「あっあっ、またれよっまたれよ敷波氏、枝は痛っ、痛いってっ」

「ふんっだ」


とりあえずは、手当たり次第に小枝を投げつけていると ささくれだった心も落ち着いてくる


「まぁ、お詫びといってはなんですが。籠2つは敷波がもってきなされ」

「いや、べつにいいって…」


差し出された籠一つ、けれどそれを素直には受け取れなかった


「妬くほど好きなくせにぃ」

「うっさい。それはそれだろ」


見透かされていたと、それに気づくほどにますます意固地になってしまう


「やれやれですな」


わざとらしく肩をすくめ立ち上がる漣


「正直めどい、あとはよろっ♪」


そう言い残すと、籠一つを背負い、コケたばかりとは思えないほどの軽快さで林を下っていった


「えー…」


押し付けられた…

羨ましいと、少しばかり妬みもしたが

確かに、いざ持って帰る段になると、正直に


「あたしだって、めんどいんだけどー…」


嘆息しててもしょうがない

よっこいしょと籠ふたつを担ぎ上げ、どっこいしょと歩き出した



ー医務室ー


「捻挫…ですね」

「しょぼーん」


漣の足の調子を見ながら、春風が深い溜め息を吐いていた


「あなただけの体ではないんですよ? 気をつけませんと…」

「え、いや、そうなんだけど…」


言いたいことは分かるような気もするが

その言葉の中に感じる不穏な気配に、一応でも訂正はしておきたくなりました


「漣は、ノーマルよ? 一応」

「うふふふっ」

「こわっ!?」


笑顔だった


何をご冗談をとか言いたげに、真に受け取る気がまるで無い笑顔


「ご安心を、あなたになくても司令官様には御座いますので。いつでも うぇるかむ ですよ?」

「何一つ安心できねぇ…不安しかねぇよぉ…」


何をご冗談をと、言い返してもやりたかったが

真実そのとおりなのが質の悪い冗談みたいだった


「厭うでも無いでしょうに」

「いや…それは…」


言葉につまる


そりゃ、好きか嫌いかで言われればそうなんだけど

だからって、するかしないかの話はまた別だ


「照れ隠し…でも無いですね。引っ込みでも つかなくなりましたか?」

「…」


図星、ではあった


何を言っても言い訳か。なんなら素直に聞いてしまえと、開き直りたくもなる


「姐さんはどこまで?」

「そうですね。大まかな予想になりますが…」


そうして、考えを纏める様に一考した後

口を開いて「くらいには思っていますよ?」と締めくくられた


「どっかで止めてよ。まじ困ってんだよ…今」


なんだったら全部あたっていた


距離感を図るための冗談は、いつしか自分の立場を狭めていく


「ご主人様」


最初に言い出したのは何時だったか

「お嬢様」とどっちが良いかとコンペを重ねたりして、残ったのは「ご主人様」の方


「やっぱり、お嬢様だとちょっと子供っぽいわね」


そう言われれればそんな気もするかって程度

それでも、ご主人様は楽しそうに笑っていたし、まあ呼び方一つで喜んでくれるならそれも良いかと思っていた


「では、ご主人様?」


そんな風に冗談を重ねて、ついには用意されたメイド服

長い袖に腕を通し、貞淑なスカートが素足を隠す

およそ露出が目的だろうコスプレ衣装とは、正反対の目立たないデザイン

僅かな飾り気と言えば、首に巻いたチョーカーのリボン程度のものだったが

今となっては、それも首輪の変わりだったんじゃないかと思う


病は気から…


それは見事その通りになり、知らず知らずに冗談を通り越して「ご主人様」の言葉が胸に染み込んでいった


その度に首を振る


これはあくまで冗談なのだと

質の悪いごっこ遊び、提督が飽きればそれまでの…


じゃあ?


その後の自分は何なのだろうか?


メイドじゃなければ、もちろん艦娘なのだろうけど。そういう自分の姿が想像出来なくなっていた

今日こそは言おう「提督」と呼ぼう。そうしているうちに艦娘としての漣も思い出すだろうと思い描いて


「お早うございます、ご主人様♪」


けれどそうはならなかった

躊躇してしまう、躊躇ってしまう。本当なら艦娘であるべきなのだろうけど

もう、メイドとしての立場が既に普通になっていた。傍から見れば特別にも見える関係

それを捨ててまで戻りたいかと言われれば、足が竦んでいた


弱虫、臆病者、意気地なし


思いつく限りの罵倒を自身にぶつけても、竦んだ足は一線を越えられないのに


「おいで?」


引かれるリボンの端


キツくなるチョーカーの結び目に若干の息苦しさを覚えながらも、呼ばれるままに足は動いてしまっていた


逆らえないし、抗えない、だってメイドだもの

ご主人様が言うんだもの、身を任せて流されても良いじゃない


ついには、そんな風にまでも考えていた程だ



「楽、ですよね。誰かに身を任せるというのは、誰かのせいに出来るというのは」


気づけば、春風が薄く笑いながら自分を見つめていた

自分が通ってきた道を、その葛藤を振り返るような、そんな雰囲気すらある


「漣はただ、普通に…」


実感はある。だが、頷くわけにもいかずに話を逸らそうとするが、その先はただの袋小路

自分ですら出ていない答えが言葉になるわけもなかった


「普通ってなんです?」


おまけに、その先を問い詰められては沈黙以外の術がなくなる


「普通に挨拶を交わして? 普通にお喋りをして? 普通に笑い合って?」


それで? 


突きつけられた言葉は切っ先の様だった




閉まる扉


「はぁ…」


恍惚と漏れるため息


「…少し、からかいが過ぎましたね」


逃げ出すように出ていった漣を見送ると、春風が自重するように首を振っていた


「もう、普通でなんて、いられませんものね…」


それを弱さと嘆きもすれど、誰だって特別でありたいでしょうから



ー廊下ー


まるで、悪魔に唆された気分だった。事実その通りでもあるのだろう


「最後は普通にお別れをする事に、なるのでしょうね…」


その言葉が耳にこびりついて離れない


「意地が悪すぎですよ、姐さん…」


そんな風に言われたら、誰だって嫌だと言いたくなるじゃないですか


普通で何が悪い


そう意地を張れるのは、その保証があるからだ

いざ、それが終わった時。それが幸せだったと達観できるほど自分は大人になれそうにない


思い浮かぶのは不満と後悔


今までの普通が急に虚しくなり、物足りないと思い始めていた


「ご主人様…」


ああ、言えばきっと可愛がって貰えるのだろうけど

それはメイドとしてなのか、艦娘としてなのか、あるいはもっと別の

あの人は、提督は、あかねさんは 、漣の事をどう思ってるんでしょうね


「なーんてっ」


わざとらしく声を上げると、堂々巡りに陥りそうな思考を断ち切った


「姐さんの口車に乗せられるほど、漣は軽い女じゃありませんけど」


頬を叩いて前を向く。私は可愛いと3回唱えて笑顔を作る

廊下の窓に映る自分の影が、きらり★ミ ポーズをとっていた


「漣…あんた何やってんのさ…」


それと一緒に、何かけったいなものを見たような顔をした敷波氏も映り込んでいた


「あー…」


言葉が伸びる


言い訳なんて言い訳? なんて意味のない文字の羅列がぐるぐると頭を巡る


「…はぁ。心配して損した…」


その言葉でようやくと、まともに敷波の顔を見れた

やや、怒っている風にも思っていたが少々様子が違う

何時も通りの気難しい顔が更に険しくなり、その顔はとまどっているというか、バツが悪そうだった


「心配って、漣の頭のことですか?」

「違うって、そんなの今更じゃんか」

「ぉぅ…」


軽いジャブのつもりだった冗談が、ストレートのカウンターで返ってきた

窓の前で決めポーズをとるのが今更と 言われた自分の評判

もしかして、敷波の中だけでなく全体的にそうなのかと若干の不安が浮かび上がる


「じゃなくてさ、その、医務室に…足かばってたみたいって、聞いて」

「懐かしいですなぁ」


わざとらしく虚空を仰いで見せた

優しい娘だ。普段のそっけない態度と合わさって、そのツンデレ感が愛おしい

きっと、私がご主人様だったらほっとかなかっただろう


「懐かしいって、ついさっきじゃん」

「どっちでも。終わったことですぞ、敷波氏」


敷波の肩を叩いて歩きだす

もっと言えば話を逸したかったし、正確に言えば逃げ出したい


まぁ、恥ずかしいんだ


気を使ったことに、気を使われてはなんとも面映い

そこは知らないふりでもしててくれれば良いものの、わざわざ謝りにでも来たのか

律儀といいますか、そこが良い所だとは思うんだけど、それは漣の苦手とする所でもある


「まって…」


案の定


すれ違う間際、しっかりと手を掴まれて その場に引き止められた


「謝らせてよ…じゃないとあたし…」

「漣がかってに転んだだけだって。籠も押し付けちゃいましたし?」

「それはだって…」


さて、困った


そう素直にごめんなさいされては、どんな顔をして良いのやら

人の事さんざん からかったんだから、いい気味だと言われた方がまだ流しやすいが


ふと、逸した視線の先で目が止まる


それは、ちゃぶ台をひっくり返すには丁度良いものだった


「すかーと、ずれておりますぞ?」


にやり、笑顔を浮かべて見せた


「ひゃっ!? うそっ!?」


慌てて、自分のスカートを確認する敷波

漣の予想は外れてはいないようだった。案の定、あのご主人様が放って置くわけがない

顔を真っ赤にしながら、ずれてもないスカートを直し始める敷波の様子からは、随分とお楽しみだった事が見て取れる


「うっそーっ!」


後は簡単だ


有耶無耶になった話題を蹴っ散らかして、その場から走り去った



「あっ!? こんのっ、おばかーっ!!」


言った所でもう遅い


カマをかけられたと、からかわれたと気づいた時には、すでに手の届かない所へ逃げられていた


追いかける?


それも考えたけど。捕まえた所で、話を蒸し返されたらたまったものじゃない


「んだよ…バーカ」


意味のない愚痴をこぼして 踵を返す


ちらり…


そして、もう一度だけスカートに視線を落とした


「よし、大丈夫…」


ついたホコリを払うような不自然さで、ぱっとスカートを手で払う

辺りを見回して、誰も見てないことを確認すると、なんでもない風を装って歩き出した



ー港ー


夜の港に赤城が一人で佇んでいた


まっすぐに見据える視線の先

何かを睨みつけるように、その表情は険しい


「どうしたの? こんな時間に?」

「提督?」


呼ばれて振り返ると、あかねが笑顔で手を振っていた


「眠れないとか?」

「いえ…いや、そう、ですね」


そんな子供みたいなと…気恥ずかしさも手伝って一度は首を振りかけたが

こうして見つかってしまった以上、適当な言い訳も思いつかなかった


「変、ですよね。演習の間は、早く実戦へと思っていたのですが…」


いざその段になってみれば、余計な心配が頭をよぎる

上手くいくだろうか? 失敗はしないだろうか?

訓練は重ねた。神風さんや、鳳翔さんにも合格を頂いた


やれると


その自負はあるが、それこそが足かせになりはすまいかと

自縄自縛、堂々巡りだと理解はするが、解決には至らない


「ねぇ、赤城? しっかり準備はしたのでしょう?」

「…はい」


苦笑する あかねに、優しく背中を擦られて、心配をかけているのが分かっていながらも

力なく頷くしか出来ない自分が情けない


「じゃあ大丈夫。あとは体が勝手にやってくれるわ」


その、いつもの笑顔ですら眩しい

根拠のない自信だと、声を荒げようとした自分を嗜めて

それでも、拭いきれない不満を言葉にせずにはいられない


「…それで、ダメだったときは?」


八つ当たりだと自分でも分かる

こんな少女に、まして提督に何を言っているのか

「大丈夫」そう言わなければ いけないのは自分の方だろうに


「私のせいにすればいい。それが指揮官の仕事だもの」


あっけらかんと返ってきた言葉に思わず目が丸くなる

開いた口が塞がらないといえば、きっと今の私の事だろう


「…」


年の頃を思えば随分と達観した言葉

何を忘れてこれば、そんな風に諦めが付くのか分からない


寂しいと、その笑顔は酷く寂しく見えた


いつも誰かに甘えているようで、その実は一人っきりなんじゃないんだろうか?

勝手な想像だったが、そんな想像をしてしまったせいか


「ご安心を提督」


ただの虚勢


いや、そうだとしても。今、自分が言わないといけない気がする


「この赤城、見事勝利を持ち帰りましょう」


不安が消えた訳ではないが

それでも、格好をつけるなら今だろうと胸を張った



「にひひ。なんなら一緒に寝てあげよっか?」


悪戯な笑顔を浮かべ、抱きついてくる提督を受け止める


そこに感じたのは僅かな震え


夜更かしを、見回りと称して鎮守府を徘徊しているのは知っていた

それも、気の多い事だと見逃してはいたが、本当の所はどうだったのだろう?


毎日、毎晩、皆が居るのを確認しないと気が済まなかったんじゃないのだろうか?

毎日、毎晩、私の様に夜更かしをしている娘を見つけては、お喋りをしていたんじゃないだろうか?


それが司令官の義務だから。ではなく、そうでもしないと落ち着いて寝られなかったとしたら?


「寝れないのですね…」


今度は、あかねが目を丸くする番だった

意趣返し。でも無いが、久しぶりに見た笑顔以外の表情に、少しばかり口元が綻ぶの仕方がない


それに、言っては悪いが安心もした


見透かされていたと、はにかむ あかねの表情は、ようやくと年相応の顔だった


「もう…内緒だからね」

「言えませんよこんなこと」


明日の戦いが怖くて逢い引きをしていたと、お互い誰に言えるわけもない


「じゃあ」


笑顔。あかねが目一杯の笑顔を浮かべていた


「二人だけの秘密ね?」

「ふふっ、そうですね」


安い理由かもしれないが、それを曇らせないようにと、彼女のせいにして頑張るのは そう悪くもない気がする



とんっ…と、かかる温もり


受け止めるまでもないほど遠慮がちに預けられる重み

恥ずかしさを誤魔化すように、脇腹をなぞる小さな指先


命令を下す重み


それはきっと、矢面に立つ自分とは別の重責なのだろうと想像するよりほかもなく


「それとね、赤城…もういっこだけ…」

「はい…」


何も言わずに頷いた


続く言葉が弱音だったとしても、今だけは許されるだろう

きっと私は聞かなかったことに出来るし。きっと あかね も明日には笑っている

だから今だけは、何を言われても黙って頷けた


「痛いのよ…背中が…」


がり…


彷徨っていた指先に力が入ると、緩い痛みと一緒に爪が引っかる


「え、あ…えーと」


思い当たるフシしかなかった

風呂場で乾布摩擦をせがまれて、ついつい自分の調子で磨き上げてしまった


見事に赤くなった珠の肌

これだけすれば温かくなっただろうと、納得の出来栄えだったが

乙女の柔肌には刺激が強すぎたようで、終わった頃には涙目を向けられていた


「し、しかしそれは、もう良いと…お許しを頂いたはず…」

「ええ、言ったわ?」

「でしたら…」


一瞬浮かんだ安堵は、続く「でも」の声に押さえつけられる


「相手の弱みを握ってるのに、何もしないのは嘘じゃない?」

「そ、それは…いじめっ子の理屈でしょう…?」


その間にも脇腹を引っかき続ける指先

上から下へ、線を引かれるたびに、遅れて じんわりとした痛みが浮かんでくる

引き剥がそうと思えば簡単だった

けれど、あかね の言葉通り、罪悪感が枷になり、思い切れないまま弱々しい言葉でお茶を濁している


「背中がいたいなー? 眠れないなー?」

「うぅ…」


ついには、これ見よがしに自分の窮状を訴え始めた あかね


小賢しい


小賢しいが、今の自分にはそれなりに有効だった


「もう…。好きになさればいいでしょう…」


根負けした


自分よりも年下にみえる娘に負けたとあれば、腑に落ちない面もあるが

このまま、一晩中まとわりつかれては敵わないと自分に言い聞かせる


これが、妹の我儘を聞く姉の心境か


実感を伴わない所感を抱きながら、降参とばかりに体から力を抜いていく


「じゃあ、これも二人だけの秘密ね?」

「言えませんよ、こんなこと…」


なんとも、爆弾を背負い込まされた気分だった



ー海上ー


「戦争は変わったわね…」


飛び交う艦載機を眺めてそんな事をつぶやく神風


盲撃ちをしていた時代から、それも器械がやってくれるようになり

今や頭の上を ひこーきが支配している


危険をおかして敵に近づく必要なんて何処にもない

安全な空の上から爆弾を落とせば終わり


気づけば敵の艦隊は火を吹いて逃げ始め

それの後始末も今しがた終わったところだった


まぁ、被害がないのは良いことだ

帰ったら魚雷外してでも対空装備を増やしたほうが良いかもしれない

空母一つで様変わりした戦場は、相手にとっても同じだろうし


さて


見上げていた首が疲れてきた所で視線を戻す


「はい、集合」


ぱんぱん と、手を叩き、周囲に散っていた敷波と漣を呼び戻した


「ん、生きてるわね」


あたりを見回すと程なくして、僚艦の無事を確認できた


「いやぁ、意外と簡単でしたなぁ」「まぁ、なんとか…」


戻ってくる二人と、口々に返ってくる言葉

調子に乗っている漣と、いまいち自信の乗り切らない敷波

どうにも両極端になってしまっているが、目下のところの問題は調子に乗ってる方だった


「とうっ!」


足首の辺りだろうと、おおよその目星を付けて、大げさに蹴り上げた


「なんとーぅ!?」


素っ頓狂な声を上げて、これまた大げさに身を引く漣

神風の衝角(つま先)が空を切り、はねた飛沫が漣の頬を濡らしていく


「修復材っての便利なもんよね」


身構える漣を気にも止めずに勝手に話を進めた


どんな大怪我もたちどころに治ってしまう

便利を通り越して、もはや必需品だ。数で劣る私達が戦えてる理由の一つでもある


けど、気をつけないといけない


別に依存性があるだとか、使いすぎると効かなくなるとかもないけれど

あんまりにも急に体だけが治るものだから、感覚が付いていかないこともあるって


「そう教えたはずよなぁ?」


そう言って、睨め付けた先。漣の表情がきゅーっと青くなっていくのを見逃さない


「ももももも、もちろんですとも。ですからこの漣」


とーうっ!


つまらない言い訳に入る横槍

出遅れた漣の足首に、今度は深々と敷波のつま先が突き刺さった


「いったぁぁぁ…くもないなぁ、くそぉぉぉ」


その反応が全部だった


重いと言われたものが意外と軽かったり、熱いと言われたものがそうでもなかったり

幻肢痛と言われれば大げさに過ぎるが、肩透かしを食らった気分になる症状


自分の認識と体の感覚のズレ

艦娘によっても差はあれど、その違和感自体がなくなるわけもない

多くはそう問題になるようなものでもないし、そのうち馴れもする

だが、その経験が浅いうちは、案外と足かせになったりする部分でもあった


「あんた出撃前は大丈夫だってっ」

「そうでしょうとも。任務も完了、漣たちも無事、何処に問題が」

「あるよっ、たまたまじゃんかそんなのっ」

「運も実力のうちと言いますしな」

「調子に乗んなっ、怪我してたらどうするんだよ」

「そこはほら、修復材がありますので」


拉致のあかない二人の口喧嘩

流石に聞いてる方も辟易すると、息を吐く神風


ま、無事なら良いんじゃない?


きっと、あいつならそういうだろう

それでも良いかと思ってしまうあたり、自分もだいぶ毒されてはいるが

一応でも立場もある。小言を言うのも仕事の一つと割り切った


「その口下手、直さないといつか痛い目見るわよ?」


ごめんなさいと、言いづらいのは誰だってそうだろう

逆に、そこを素直に言えるのはそれだけで美点と言えるほどに


その言いづらいことを、どういうのか


バツが悪そうにでも、ぶっきらぼうにでも、口ごもりながらでも良いけれど

たまにいるんだ。口数多くして話を逸らそうという類


「口下手? こいつが?」


それはないでしょ と、首を振る敷波の反応も分かるし


「そうですよ。漣がどうやって口下手だって証拠ですよっ」


また言葉を並べ立てて、誤魔化そうとする漣の反応も予想がつく


追求がしたいわけでもない

それでも、漣の言葉を借りるなら


「あんたがそう思うならそうなんでしょ? あんたの中じゃね?」


忠告はした


そのうち誰かと喧嘩になるかもしれないが、それはそれで良い経験だろう



「…帰るか」


口下手と言って思い浮かんだ顔があった


その笑顔が神風の背中を押した


別に心細いとか、そんな可愛らしい理由でもなく

気がかりだったのは、執務室に旗風と二人でおいてきた事

思い余った妹に刺されちゃいないかと、漠然とした不安が心中に渦を巻く


「なんてね…」


冗談で流すように呟いては見ても、一向に晴れない気分

でなければきっと、旗風が手を出してきたことを口実にして、要らん事をしてるんじゃないかとまで考える


「急ご…」


それは、神風の帰路を急かすのには十分だった




「上々ね…」


なんとかなった…か


なんとかした、なんとか出来たと、胸を張って言えれば もう少し格好も付くが

まあ、おおむね提督の言う通りではあった


戦闘が始まってしまえば、逆に落ち着いた程だ

弓を引いて敵を討つ。ただそれだけの事を器械的に処理していく

そのうちに、早鐘を打つ心臓も、発動機の駆動音に紛れていた


「お疲れ様です赤城さん」


鳳翔さんに声をかけられ、肩に手を置かれる

それで、漸くと強張っていた体から力が抜けていくのが分かった

器械的だと自嘲はしてみたものの、何の事はない、結局それ以外の機能が停止していただけ


「上手く…出来たのでしょうか、私は」


思わずに漏れてしまった弱音

慌てて口を塞いだ所で、言葉はすでに鳳翔さんの耳に届いていた


「そうですね。提督ならきっと、お喜びになってくれるかと」

「それは…そうでしょうけど」


嫋やかに微笑む鳳翔さん

その笑顔から事の是非は図りきれなかった


素直に受け取るなら、及第点は頂けただろうか


しかし、そう素直に受け取れないのはきっと

自分が一番が納得がいってないせいなのかもしれない


「鳳翔さん。一つ、良いですか?」

「なんでしょう?」


少しだけ気にはなった

引き合いに出された提督の名。作戦は成功したし、彼女が喜ぶのはとても想像が付くが


「もし…」


例えば、この作戦が失敗していたとして、提督はお怒りになるのだろうかと


「笑うんじゃないでしょうか?」


少しの間の後、何かを思い浮かべて 小さく笑う鳳翔さん


確かに想像のしやすい絵ではある

ついぞ見た事のない顔を想像するよりも、常に張り付いている彼女の笑顔の方が余程浮かびやすい

「いやぁーだめだったかー」とか言いながら、次の算段を考えて、怪我をした私達に気を配る


艦娘にもよるだろう


それを不真面目だと憤る娘も、いっそ責めてくれた方が良いと思う娘も

ただ私ならきっと、その笑顔をさせた事に心苦しく思うかもしれない…と


「こんなに煤けていては余計にですね。ほら、髪も直さないと、美人さんが台無し」

「あ、いえ、私は…」


大丈夫だと、そういう前に優しく布が当てられた

せめて顔だけでもと拭われて、このままだと髪の手入れまで始めそうに思う


「なんというか…変な娘ですよね彼女」

「私は好きですよ? そういう所も含めて」


赤城さんはどうですか?


話の終わりに聞かれた問い


明確にそうだと言えるかは まだ分からない

でも、少なくとも嫌いにはなれそうに無い気がした



ー執務室ー


「作戦…成功です」


そう言って、静かに受話器を置いた旗風


「ほ…これで水風呂ともお別れね」


やれやれと、肩をすくめて椅子に体を沈める あかね


なくなってみれば少し惜しい気もするのは人の性

赤城に習って、艦娘たちに乾布摩擦をする機会も冬までお預けだと思うと、急激に物足りなくもなってくる


「ねぇ旗風?」


一念発起


椅子から体を引き上げて、旗風に声を掛ける


「嫌です」


しかし、返ってきたのはつれない返事


「私、まだ何も言ってないわ…」

「ご冗談を。どうせ、一緒にお風呂に参りましょうとか仰るのでしょう?」


そうして、ゆっくりと首を振り、改めて、大げさなまでに


「いーやーでーすぅー」


念を押すように顔を背られた


「旗風…あなた、私のこと嫌いなの?」


その、あんまりな突っぱね様に、流石の あかねにも不安の文字が浮かんでいる様だった


「ふふふふっ…。あのような事を無理やりになさっておいて、随分と いとをかしい事を」


その思考が分からない

どうして、そんな寂しそうな顔が出来るのかが分からない

それではまるで、私が悪いようではないですか


「あの時はあんなに奥ゆかしかったのに」

「喧しく存じます…」


張り倒したい


あのニヤけ面を張り倒したい

そうです、ぐーを作りましょう。それで、近づいてきたら思いっきりに

ええ、司令の事ですから、無理に手を引いてでも連れて行こうとするでしょう


そーらそーら、もう少し、良い子ですね、そういう素直な所だけは好きですよ


ぱんっ


乾いた音が響くのに時間はかからず

握りこぶしは容易く優しさに包み込まれた


「だめよ旗風」


得意げな笑顔


そうして、掴まれた手を引っ張られ、良いように抱き寄せられた

苦し紛れに顔を背ければ、無防備になった首筋へ、悪戯な吐息が吹きかけられる


「っ…」


もれそうになる声を飲み込み、震える体を抑え込む

僅かに弛緩する体に出来る隙間。握った拳に司令の指が入り込み、逃さないようにと絡め取られた


「お戯れを…」


弱々しい拒絶の言葉

けれど、冗談だった試しがないのは自分が良くわかっていた


苦し紛れの八つ当たり。それが成功したことなど一度もない

気づけば後ろに回れて、手を取られ、まるで蜘蛛の巣に捕らわれる羽虫の様

逃げようと手を尽くしたのも遠い話。藻掻けば藻掻く程に、何かに どんどんと絡め取られてしまっていた


「ゃ…」


嫌がる自分を傍から見ているようだった

些細な抵抗を続けている自分が白々しい。そう思えば思うほどに、別の欲求が強くなっていく


もっと…


たったの一言、単純な欲望

触れて欲しいと、抱きしめて欲しいと

春風御姉さまの事を想いながら、司令の手管に絆される


なんて、なんて はしたない


そう思うほどに、溢れ出る背徳感が胸元までせり上がってくる


「旗風…」


司令の声がぼんやりと聞こえてくる


卑怯なほどに、それは春風御姉さまの声音に似ていて

卑怯なことに、それが春風御姉さまだと言い訳をした


耳朶をくすぐられ、這い回る指先を受け入れて


溺れていくのは簡単だった



ー港ー


「いやぁ…流石に二人は狭いっしょ?」


夜の港に灯る明かり

パチパチと薪が弾ける音と、ゆらゆらと燃える炎

簡単に作られた竈と、その上におかれたドラム缶

張られたお湯に、上がる湯気。風呂と言うにはいささか乱雑に過ぎたが

外という環境と、普段なら まず機会の無いであろう五右衛門風呂という状況は、少しの高揚感を足してくれていた


とはいえ、ドラム缶はドラム缶だ

一人で入るのにも難儀だろう狭さに二人分

寄れるだけの端もなく、あかね と漣、否応なく二人の肌が重なっていた


「せっかく漣達が薪を用意してくれたんだもの、使わなきゃしょうがないじゃない?」

「ご主人様みたいな人がいるから資源がなくなるんでしょうね…」

「大丈夫よ。残りは炭にして秋になったら秋刀魚を焼きましょう」


何が大丈夫なものか分からない

だが、秋刀魚の炭焼きという点に置いてはちょっと楽しみに思う


まあ、良いか…


狭いことには狭いが…

誰かに背中を預けられるというのは、思ったよりも安らいだ


目を閉じて、久しぶりのお湯の中に身を浸す


爆ぜる薪の音、夜風の囁き、波の音に優しく撫でられる


もう少しだけ、ゆっくりしていよう


もう少しだけ、ゆっくりしていたかったが


「んあ?」


じわり…


足元がジリジリと茹だってきた


「ちょ、ご主人様? すこし熱くねーです?」

「そう…ね。流石にちょっと…」


ちょっと熱いくらいなら、夜風の冷たさも手伝ってくれたが

そろそろ、そこに触れている足の裏が焦げ付きそうだった


「はたかぜー、ごめんちょっと火弱めて?」


ドラム缶の上から視線を落とした あかね

そこには、一人黙々と火の番をしていた旗風の姿があった




「五右衛門風呂でもしましょうか?」


司令が言い出した時には、チャンスだと思った

ではお先にと、火の番を買って出て、竈に薪をくべていく


もくもくと、たんたんと、もくもくと、たんたんと…


ゆらゆらと燃える炎に、ぱたぱたと団扇で風を送りつけて

次第にと大きくなっていく炎に心を踊らせる


悪いとは思いましたよ?


一緒になって入っている漣さんには同情を禁じえませんが

しかし、これも全て司令がいけないんですよ?


司令が私の心を弄ぶから


なんていけない人、なんて悪い人、なんて嫌な人、なんで愛おしい人だなんて


炎が大きくなっていく


ドラム缶の奥から ぐつぐつ と湯だった音が聞こえてくる


「はたかぜ?」


かかる司令の声に、笑いそうなった口元を抑えてしまう


「ちょっ!? 旗風っ、何やってんのさ!?」

「ああ、敷波さん。薪をお持ちいただいたのですね、ありがとう存じます」


その時、敷波が見た火勢はすでにドラム缶を下から半分ほど包み込むほどになっていた

だというのに、それを弱める訳でもなく、持ってきた薪の束を むんずと捕まれ竈に放り込もうとする旗風


「だめだめだめだめっ。司令官茹だっちゃうでしょっ!?」


慌てて薪を奪い返し、遠くの方へ投げ捨てる


「まあ…。敷波さん、どうして邪魔をなさいますの?」

「まってまってっ、意味分かんないんだけど」


薪を奪われて、悲しそうに顔を伏せる旗風

その反応も気にはなるが、とりあえずは火を消して、司令官たちも外にだして


「って。司令官達もそんな所いないで一旦出なよっ」

「いやぁ、そうはしたいんだけどねぇ…」


だが、火急の自体の割に司令官たちの動きが鈍いというか、動きがなかった


「引っかかってんですよねぇ…」


あの漣でさえ何か諦めたように嘆息していた


「ご主人様って思ったよりあるんすね…」

「あら、漣だって…」


「「うへへへへ…」」


気色の悪いハーモニーを、爆ぜる薪の音が掻き消していく


「あーもー、頭湧いてんじゃないのっこんな時にまで」


いや、事実そうなんだろう


地獄の釜が開く前、ぐつぐつと そんな音が聞こえてくる中に放り込まれていては、とっくに茹だっていても当然だ


「と、とりあえず水」


あたりを見回す


バケツはあった


だが、そこは旗風のやること、周到に蹴り飛ばされてコンクリートの上に染みが広がっていた





「どうすんのよ…。あんたの妹、あいつの事蒸し焼きにするつもりじゃない」


嫌な予感がして来てみれば、五右衛門風呂と聞いていたはずが、どうしてかキャンプファイヤーに様変わりをしていた

炎に照らされ、恍惚と微笑む旗風が拾い上げた薪を焚べようとしている

敷波が慌ててそれを取り上げている間にも、増していく火勢を前に軽い恐慌状態に見えた


「まあ、神風御姉さまの妹でもありますのに」

「それが一番嘆かわしいのよ…」


嘆息一つでもまだ足りない

自分の妹たちはどこで育て方を間違えたのか


「ですけど。旗風、愉しそうじゃないですか?」

「楽しそう、ねぇ…」


そりゃ「旗風のあんな顔始めてみた…」とか言われりゃ、可愛らしく聞こえるかもしれないけど


「御姉さま、どちらへ?」

「ほっとくわけにもいかないでしょ…」


放って置いても良い気がするが、放っても置けないのは自分も大分甘い


「あーもうっ」


いっそ恋人だと言い張れれば簡単だったか?


しかし、自分の好みとは真逆をいっている

まあ、あの笑顔に関しては好ましいと思うこともあるがそれだけだ


それだけなのに


もうそれだけでは割り切れない自分もいた


いまいち踏ん切れないもどかしさも込めて、駆け出した足をそのままにドラム缶を蹴り飛ばす


ぼんっと、お湯を撒き散らし、コンクリートの地面を跳ねて

中から二人、素っ裸の少女を吐き出すと、一緒になって護岸の向こうへ沈んでいった


「もう…なんなのさ…」


ぼんやりと、漏れた敷波の声がこの事態の顛末だった



ーおしまいー



あかね「赤城…痛いのよ…背中とかさ…」

赤城 「もう聞きませんよ。自業自得じゃないですか…それ

    まさか、鳳翔さんがあんな顔するとは思いませんでしたよ私」

あかね「そりゃ、自分の提督が手を出した艦娘に茹でられたって聞いたら情けなくって泣けてくるでしょうね」

赤城 「本当に…」

あかね「あはははははは」

赤城 「笑い事じゃありませんよ、まったく…」


漣 「やっぱり、ご主人様ってアホですよね…」

敷波「まぁ…それが、良いんだけど…ね」

漣 「ほう?」

敷波「あ、いや、べつに…なんでもないし」


後書き

・コメ返し

ー いやぁ、流石は神姉様、いじられるだけじゃなくしっかりヤるときはヤりますな ー

旗風「一体何をどうなさったのか。是非 私達にもご教授頂きたく存じます」
神風「誰が教えるかって」
旗風「まぁまぁ。お姉さまは旗風が何の作法も知らぬ おぼこで良いと?」
神風「何が おぼこ よ。その口であいつに何されたか一から十まで説明してご覧なさいな?」
旗風「…」
神風「…」

ー 完全に提督と◯◯シリーズとは別物でしょうか ー

別物です

もうちょっとエ◯い事がしたかっただけです
〇〇シリーズと繋げてしまうと、向こうのR指定まで大変な事になってしまいます



最後までご覧いただきありがとうございました
艦娘可愛いと少しでも思って頂いたなら幸いです




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