2021-08-27 16:11:34 更新

概要

マリアに構って欲しかった

注意

二次創作にありがちな色々
ちんちくりんのドクター




「ブレミシャインっ! 足を止めるなっ、相手は待ってくれないわよ!」

「っ!? は、はいっ!!」


訓練場にウィスラッシュの激が飛ぶ


踏んだ たたらを押し込んで、構え直した盾を相手に押し付けると、甲高い金属の音が鳴り響いた


「いっけー、マトイマルー♪ マリアも頑張ってー♪」


しかし、人が変われば声音も変わる


一方で怒声が飛んだと思いきや、その隣では無邪気で可愛らしい応援が2人に届いていた


「おうっ! 任せとけドクター!」

「が、がんばるぅぅ…っ!?」


意気揚々と、長大な薙刀の一振りでブレミシャインを抑えながら

空いた手で、ドクターに手を振り返すマトイマルの声は、苦しげなブレミシャインとは対象的だった


「ええそうよ、そのまま押し込んで…。ねぇ、マリア…諦めないのは貴女の良い所だけど…」


ぶぉんっ!


風を切り裂き 振るわれるマイトマルの薙刀が、一合ごとにその威力を増していく

流麗でいて荒々しく、掠めた床を削り取りながら振るわれる刃


最初こそ受け止められていたものの


一度傾いた劣勢はそのままに、ブレミシャインを打ち据える

腕がしびれるくらいならまだ良い。一瞬でも意識が飛びそうになるほどの衝撃は、次第に彼女から考える余裕をなくしていった


腕が重い、盾が邪魔


むしろそれを握る安心感が次の手を鈍らせるくらいならと

覚悟を決めて手放した盾はすぐにも弾き飛ばされ、訓練室の壁にのめり込んでいた


「うっそぉぉ…」


冗談じゃない、冗談ではない


こんな物、直撃したらどうなるかなんて考えたくもない

恐怖で鈍りそうになる思考を振り払い、情けない悲鳴を上げる余裕がある内になんとか一太刀の間合いに踏み込もうとして

ブレミシャインは、マトイマルの正面へと剣を構え直した


「あなたも…。存外と容赦がないのね,、ドクター?」

「そう? いいえ、そうね。だって、マリアには頑張って欲しいもの」

「それは分かるけど」

「競技の結果は見たわ。まあ、運が良かっただけよね…可愛がられちゃってさ」

「ええ、そうね。まったくその通りなんだけど」


手加減をされていた


もちろん、手を抜かれていたわけじゃないんだろうけど

主義主張だったり、他の思惑だったりと、最後のあたりまで彼女を本気で打倒する気なんて誰も無かったものだ


そりゃあ、可愛い新人の女の子なんて、誰だって可愛がりたくなるのも分かるけど


「その点、私のマトイマルは適任よ? だって、あの子…加減を知らないもの」


それこそ手当り次第


一度彼女が刃を振るおうものなら、ドクターが止めるまでか、おおよそ壊し尽くすものがなくなるまでは、まぁまぁ止まらない

やれと言ったら、彼女はやるのだ。たとえ相手が新人の可愛い女の子だろうがなんだろうが


「見れば分かるけど。止まるんでしょうね…あれ」


可愛い顔して可愛くないことを言う

概ね、ドクターの言い分こそ理解はするが、この短いやり取りの中、ウィスラッシュはドクターの評価を改めずにいられなかった


「もちろんよ。ねぇ、マル?」

「お? どした、ドクター?」


マジか…


驚嘆か感嘆か、どちらにせよあまりの光景にウィスラッシュは言葉をなくす

剣戟の音が響く中。ちいさなドクターの呟きなんて掻き消されそうな嵐の中


それでも確かにマトイマルの手は止まり、あれだけ暴れていた薙刀はただの棒きれとその場に固定されている


「とったっ!」

「おっ!」


その一瞬をブレミシャインは見逃さなかった


彼女らしいといえば彼女らしいが、やはりその泥臭さは競技の中でこそ輝くものだった

戦場で同じことをされては、危なっかしくて見てもられない


一本、確かに一本だ


突きつけられた切っ先は、確かにマトイマルの喉元に届いている

コレが競技なら決め手になるし。戦場だったとしても、敵に手を上げさせるには十分だ


だが、戦場なんて理不尽なものだ


「ダメよマル。よそ見はいけないわ」


ぽつり…ドクターが呟いた途端


「うへぇっ!?」


ブレミシャインの情けない声がひっくり返り、そのまま宙に放られていた


勝った、その一瞬の気の緩みが無かったとは言わない

訓練だからって、僅かな油断も手伝ったのかもしれない


けどそれ以上に、自分のダメージも顧みず剣を掴み

あまつさえ、そのまま投げ飛ばされるほどの怪力なんて、ブレミシャインの想像の範疇を越えていた


「乱暴な…」

「ふふっ。無力化するならしっかししないと、自爆特攻くらい誰でもするものよ」


くすくすと、ドクターが可愛らしく笑いをこぼす


だが、一緒になって笑うわけにもいかないと、ウィスラッシュは口を結んでいた


戦場では卑怯もなにも無いものだ


確かに、わざと殺すやつ、それが目的のやつは いくらも見てきたけども

わざわざ死にに来るやつってのは、あの騎士競技の理不尽の中でも、なかなかお目にはかかれなかった


金と名誉と命


結果はどうあれ、それらは確かに天秤の上にあって、ギャンブルのチップだ

勝敗の結果で移動することはあっても、そもそも、チップが価値を変えるなんて事が有って良いはずもない


「そう、ね…」


ようやくと呟いて、ウィスラッシュは前を向く


マトイマルの追撃こそ逃れたとはいえ、盾も剣も取りこぼし、逃げまわるブレミシャインの敗北も時間の問題か


「ほら、マリア♪ もっと足を動かして、じゃないと捕まってしまうわ♪」

「どくたぁぁっ…もう許してぇ、マルさん止めてぇぇ。ひぃぃっ!? 降参っ、降参だからぁ」

「あはははははっ♪」

「笑ってないでさぁぁっ…」


素っ頓狂なドクターの笑い声が響く

なんのかんのと、面白がってるだけと知りつつも

こういう理不尽もマリアの為かと、重なった思惑に ウィスラッシュが渋々と息を吐き


「ゾフィアおばさーんっ、たすけてよー」


ムカッとした


何度いっても直らないその呼び方は

たとえ自分に対する甘えだったとしても、腹立たしいったらありゃしない


「ほらっ、マトイマル♪ 追い込みが甘いわよ♪」

「ひぃぃっ!?」


潜めた眉を笑顔に変えて、ドクターに習ったウィスラッシュもまた、マトイマルの背中を押す事にした



「ねぇ、ドクター」


それは些細な興味だったのかもしれない


ぐっと、何でもなさそうに伸びをするマトイマルの傍らで

今にも死にそうな…いやさ、実際何回かは死んだ気になった顔をしたブレミシャインが伸びているのを眺めながら

ウィスラッシュは その疑問を口にしていた


「あなた、マリアの事どう思っているの?」


口にして、確かに跳ね返って来たのものが、ウィシュラッシュに苦笑の音を響かせた


それがたとえ老婆心の類だろうが

それでも姪っ子、感覚的には妹みたいな彼女が可愛くて仕方が無いものだ


お節介と知りつつも、面白がって訓練のハードルを上げるドクターに何も言わないではいられなかった


「どうって…? ひまわり みたいな子っていうのはどう? 明るくて、大きくて、元気いっぱいで?」

「いつも背伸びばっかりして、太陽を追いかけ回しているような感じって?」

「そうそうっ…て、あれ? 私そこまで言ったかしら?」

「言ってはいないけどね。なんか言いそうだな、とは思ったわ」


とはいえ、その表現に 妙に納得してしまった自分もいる


ひまわり、確かその花言葉には「憧れ」なんてものが含まれていたか


「まあ、ひどい。ゾフィアおばさんは私のことを一体何だと思っているのかしら」

「…っ」


ぴくっ…


ほぼほぼ、条件反射的にウィスラッシュの耳が跳ねた


いや、ドクターくらいからすれば私も もうそうなのかもしれないが、それを認めてしまえるほど老いてもいない

だが、いつまで言っても直らないマリアと違って、ドクターに言われたのは初めてだ

ここは怒る所ではなく、しっかりと、事情を説明して、納得してもらうのが、大人の対応というものだと思う


「ねぇ、ドクター。その「おばさん」というのはやめてくれない?」

「え? でもだって、マリアが…ぅっ」

「でしょうけどっ! でも…よ…いえ、ごめんなさい、怒っているわけではないの」


こてんっ…と、不思議そうな顔をして首をかしげるドクターの言葉を遮ってでも

思わず大きくなってしまった声音はドクターを驚かせてしまい、ウィスラッシュは慌てて声を引き絞る


「でもね、あなただって子供扱いをされるのが嫌なように、大人だって大人扱いされるのが嫌なものなのよ」


分かる? と、なるべく優しく、諭すように言葉を投げかけ

その誤解を解くように「おばさん」呼びの経緯を説明していく


とはいえ、説明するほどの中身もなく、単に血縁関係上がそうだというだけで

「だってマリアが」って言われても、それは単に あの子が直さないだけ

これは、ロドス中に広がる前に釘を刺し直すべき問題だとは思うが、おそらくは無駄骨だろうというのも分かっている


「それに「おばさん」って言ったって。あの子と5歳しか違わないのよ? それで「おばさん」は酷いでしょう?

 どうせなら「ゾフィアお姉さん」って呼んでくれていいのよ? どう? よくない? ゾフィアお姉さん?」


思えば、その呼ばれ方に憧れていたのかもしれない


マリアも「姉さん」とは呼んでくれてはいるけれど

それはあくまで「おばさん」を呼び替えているだけで、自然とはいかず、どうしたって固さが残るものだった


それが余計に歯がゆくて

それで余計に欲しくなる


もっと自然に、愛らしく「お姉さん」って呼ばれてみたい

ドクターが「マリア♪」て、可愛らしく呼ぶように、「ゾフィアお姉さん♪」て懐かれたら

そんな想像が少しだけ、ウィシュラッシュの胸を高鳴らせた


「それじゃあ、ゾフィア、ゾフィアお姉さん? わたしね、一つ気になることがあるのよ?」

「ん? なにかしら?」


きっと、ドクターの中ではお試し期間なんだろう


まだまだ形式張った「お姉さん」の敬称は置いておいて

じっと顔色を伺うように見つめてくるドクターに視線を合わせて、ウィスラッシュはドクターを見つめ返していた




「マリアっ!!」


必死というか、悲痛というか

もはや泣き声にも近い悲鳴が訓練場を駆け抜けると、そこで倒れ伏していたブレミシャインにドクターが突っ込んでいた


「おうふっ!? ちょっ、ドクター…今は私無理だからぁ、後で遊んであげるから、少し休ませてぇ…」

「言ってる場合ではないのよ、ほら立ってっ! 逃げないとっ!?」

「えぇぇ…何だって言うのさぁ…ん?」


あくまで億劫に、目を開き始めたブレミシャインの耳に届いたのは軍靴の音だった

硬い床を叩く靴音は以前から耳に馴染んだものでいて、それがいま猛烈な勢いで近づいてきている


「なっ!? へっ!? ゾフィアおばっ…ひぃぃっ!?」


睨まれた


いつだってそうだが、それでも軽く小突かれる程度のやり取りで済んでいたのに

今日に限って言えば、そこに殺意が乗っかった上に、猛烈な勢いで近づいてきている


「なっちょっえぇぇぇっ!? 逃げるよドクターっ、つかまってっ!?」

「だからそう言ってるじゃないっ!? 走って走ってっ、ああっまってっ、おちるおちるっ!?」

「まぁぁぁてぇぇぇぇっ!! マリアっ! だいたいアンタがっ、今日という今日は許さないんだからっ!!」

「なんでぇぇぇっ!?」


まさに鬼の形相だった


普段から厳しい人ではあったが、それでもよくよく面倒を見てくれる優しい人でもあった


しかしどうだろう?


逃げながらも振り返れば鬼の顔

正直ただただ怖いばっかりで、事情を聞こうにも逃げる方に気が向いてしょうが無い


「ドクターっ!? いったいゾフィアお…ねえさんに何を言ったんだよぉぉっ!?」

「なにもは言ってないわよっ。だって、ゾフィアが急に怒るんだからぁっ!?」

「それ、絶対何か言った人の言葉でしょう。いいから、怒らないからいってみてよっ」

「それだって絶対怒る人の言葉じゃないっ」

「やっぱりなんか言ってるんじゃんかっ」

「そりゃそうでしょうっ。だって、マリアだって思うでしょうよ」

「だから何をだよぉ」


ー 15歳と20歳って絶対なにか違うじゃない ー


「…」

「…」


息を呑む静寂と、答えを待つ沈黙


しかし、それも長くは続かずに、ブレミシャインは足に力を込め直すと


「ドクターのバカぁぁぁぁっ。そりゃ怒るでしょ、ゾフィア姉さんだってぇぇぇっ!」

「だってだってだってっ!? マリアがいつもおばさんって言うからぁっ、ゾフィアが5歳しかっていうんだものっ」

「だからってぇぇっ」

「ほら、なんかいい感じに答えてあげるのよっ。気の利いたセリフとかあるんでしょう? 長年の付き合いとかさぁっ」

「あるか そんなもんっ! ドクターの方がそういうの得意でしょうがっ!」

「分からないことは聞かないものよっ! だからゾフィアに聞いたのにぃぃ。ゾフィアのケチっ、怒りん坊っ!」

「うそでしょうっ!? これ以上怒らせてどうしようってのさっ」

「そんなことないのよ? 意外と…ね? ほら、ゾフィア笑ってるじゃない」

「それ余計ダメなやつっ!? ゾフィア姉さんっ、お、落ち着こう? ね? ドクターだって悪気があって…」


それは静かな問いかけだった


不思議なほど静かに穏やかで

鬼の形相を付したウィシュラッシュの唇の動きが見えるほど、ゆったりとした感覚がブレミシャインを包み込む


「15歳と20歳…」

「はい?」


思わず問い返す


いや、聞こえてはいたんだ

ただ、聞きたくなかっただけで、受け取りを拒否した結果、口が勝手に動いただけで


「アンタはどうだって言うのマリア? 15歳と20歳、たった5歳でしょう? いったい何処がどう違うのかしらね?」

「そりゃ…あれだよ? ほら? お酒が飲めるとかそういうのってあるじゃん?」

「模範解答をありがとう。絶対に許さないわ」


満面と、向けられたウィスラッシュの笑顔を前に、唇を閉ざし前を向き、そしてブレミシャインは大きく息を吸い込むと


「くっそぉぉぉぉっ!!」


滑りそうになるドクターの体を抱え直し、覚束ない足にさらにムチを叩き込むしか無かった



「あの…止めなくて良いのでしょうか?」


草葉の陰から…でもないが、こっそりと様子をみていたアーミヤが

おずおずと、一緒にいた二アールの肩をつっついていた


「良いんじゃないか? あまり構ってもやれなくてな、私も心苦しく思っていたところだ」


追いかけっ子というには少々物騒か?


まあ、それでも、まだ鬼ごっことも言える範疇ではあり、二アールの中では心配よりも微笑ましさが勝っていた

身内贔屓というでもないが、やはり可愛くは思う

マリアはここに馴染めるだろうかと心配もすれば、それでもドクターと楽しくやれているようで安心はしていた


「構ってって、どっちにです? 妹さんに? それともドクターに?」

「ふっ…。まあ、どっちも…かな?」


ふと、溢れた二アールの笑顔は、甘えん坊な妹たちに向けられた優しげなもので

その笑顔に、アーミヤもつられて笑顔を浮かべてしまうが


ふと…


湧いてしまった 童心に、彼女の長い耳はぴこんっと可愛らしく跳ねていた


「良いんですか? 油断していると妹さん取られちゃいますよ?」


くすくすと、可愛らしく顔を覗き込んでくる仕草は、まるでドクターのそれのようであったが

果たして、先に真似をしたのはどっちなのか。今でこそ、ドクターのほうが板にもついてもみえるその仕草は


「いいさ、姉離れは必要だからな。私がいつまでも前にいては、あの子の邪魔になってしまう」


しかし、ここはあくまで冷静にだ


苦労をかけた分だけでもと、まだまだ甘やかしてやりたい気持ちもあるが

姉として、あるいは一人の先達として

私の後につくのではなく、指し示した道の先で、自らの道を進んでいって欲しいと願う


あるいは、これも親心というものか


そう考えると、少し寂しいと思う気持ちも浮かんできた

私が妹だったりしたら、許されたのかもしれない些細な我が侭は

やはり、思い出の内にしまっておくものだろう


湧き上がった自嘲を飲み込んで、二アールは悪戯好きのするアーミヤを見つめ返していた


「そういう君はどうなんだ? ドクターこそ、マリアにべったりじゃないか?

 妹が済まないな、としか言ってやれないぞ、私には」


色眼鏡は多分にある


けれど、優しいあの子にドクターが懐くのは無理からぬ事で

2人が仲良くしている分にもまた、私にとっては好ましい

きっと、他の誰であれ それを見咎めるものはいないだろうと、ウィシュラッシュに追われる2人を見てもなおそう言い切れた


「アーミヤ?」


ただ、冗談もすぎれば毒になる


二アールをからかっていたアーミヤから、いつの間にか悪戯好きのする笑顔が消え失せ

大げさに言えば、この世の終わりのような顔をしていた


カタカタと、壊れた器械のように鬼ごっこをする3人に意識が向き

何故か、恐る恐ると投げかけられた言葉は、随分と遠慮がちなものだった


「ど、どくたー? ねぇ? あのぉ…そろそろ、終わってない仕事もありますし…ね?」


笑って良いのだろうか?


その判断は、二アールでさえ一瞬戸惑うほどで

頑張ってこらえようとするほどに、口元を押さえるのが面倒になってくる



「なぁ、二アール。そろそろ良いか?」


そんな二アールの視界に過ぎったのは大きな角

そして、抱きしめた胸元で、もぞりと 身を捩り始めたマトイマルを思い出す


「ダメだと言っただろう?」

「でも、ドクターが…我輩がいかないと…」

「ダメだ…」


言い含めるとまた、しばらくは大人しくなるものだが

大概のインスタント食品が出来上がるよりには早く、また痺れを切らししてぐずり出していた


「でも…なんか、すっげー逃げてるし…」

「ああいう遊びなんだ。邪魔をしないでやってくれ」

「…でも」

「マトイマル…ステイだ? いいな?」

「おう…」


まったく…


二アールが吐いたのは大きなため息だった


まるで置いていかれた子犬のような顔をする

かと思えば、向こうではアーミヤが捨てられた子犬みたいにドクターを呼び続けているし


どうして あの子はこうも、人に可愛がられるのが上手いのか

それが処世術なんだろうよと、呆れながらにケルシー医師なら言うのだろうが

案外と、先に妹を取られるのは自分のほうかもしれないなと、笑っていられたのは今のうちだけで


「マルーっ! まーとーいーまーるーっ!!」

「ちぃっ! 流石に我慢弱いかっ」


あんまりにも焦ったドクターが彼女の名前を叫ぶと、抱きしめていた胸元で気配が膨れ上がった

1つ、2つと、拮抗できていたのはそれきり

抑えようと力を込め直しても、ずるずると、足の裏が引きずられるのを感じずにはいられない


「マルさーんっ、へるぷ早く助けてーっ!?」

「お前はもう少し頑張らないかっ、マリアっ!!」

「無理っ、だって怖いもんっ!?」


「あのぉ…どくたー? そろそろお部屋にもどりましょうよぉ…ドクター…しずくってばぁ…」

「アーミヤっ! そんな弱気でどうするんだ君はっ、ドクターと一緒に飛び降りた勇気はどうした!」

「そんな事言ったって…あのときは…あの後だって…」


「あはははっ。足が鈍ってきてるんじゃない、マリア? そろそろ観念したのかしら?」

「ゾフィアさんも落ち着いてくれ。頼むから」

「おだまり、マーガレットっ。お姉ちゃんってだけで、お姉ちゃんって呼ばれる人にはわからないのよっ!」

「わかるが。だからって、分からないことを言うんじゃない、大人げないじゃないかっ」

「だれがおばさんよっ!」

「そうは言っていないだろうっ」

「あなただってねぇっ、スズランから見たら十分におばさんじゃないのよっ!

 ええそうよっ、どうせ私を「お姉さん」て呼んでくれるのは スズランだけなんだからっ」

「あの子を引き合いに出すんじゃないっ、戦争になるぞっ」


「なぁ、二アール。そろそろ離してくんねーか?」

「ダメだっ。君は加減を知らなすぎる」

「なんだよぉ…。人を猪武者みたいに言ってくれて」

「落ち込むものじゃない、そう言っているんだからっ。反省をして欲しい」


ダメだ、圧倒的に手が足りていない


先にドクターを抑えようにも、そうなると奥手になるアーミヤでは頼りなく

二アールの手はマトイマルを抑えるので埋まってしまっている


かと言って


こんな地獄のような騒動に巻き込まれたがるオペレーターなんているわけもなく

遠巻きに眺めて面白がるか、早々に撤収をする賢い者たちが大概だった


「やめんかっ!! バカ者共がっ!!」


結局、騒ぎに気づいたドーベルマンが、一緒くたに全員を叱りつける頃には、流石の二アールもクタクタになってしまっていた





からん…


揺らしたグラスに浮かぶ氷が軽やかな音を立てる


少しだけ…


そうは思いながらも、ウィスラッシュの吐き出した後悔には酒の匂いが紛れていた


「可愛いって得よね…ほんと…」


こっちが間違ってはいないはずなのに

ああも泣きそうな顔をされると、なんか私が悪いみたいな気がしてきて

それの何がって、それを自覚してることが一番可愛くないってのがねぇ…


でも、此処で釘を刺しておかないと


マリアだけならともかく、ドクターにまでそれを許していたら

すぐにも「ゾフィアおばさん」の愛称が定着してしまいそうで怖い


まだそんな年じゃないっていうのに…


まあ、でも…


こうやって、お酒でごまかそうとしている辺り、十分 若くもないのだと思えば


「はぁ…怒りすぎたかなぁ、やっぱり…」


マリアの影に隠れていた あの子の視線が忘れられない

怯えて、縮こまって、不安に揺れる瞳の色

けど、そんな仕草も可愛らしくも見えてしまい、ずるいなぁって思ってしまう


「分かります。なんか、こっちが悪い事した気になっちゃいますよね」

「どうしたのよ、急に…」


からん…


グラスの氷に耳を傾けると、いつのまにかアーミヤが隣で苦笑を浮かべていた


聞かれていた独り言を思えば、多少気恥ずかしくもあるけれど

なにを思い出したのか、彼女の横顔には、しんみりとした影が差していた


「いえいえ。私も少し、避けられていた時期がありましたから…少し思い出してしまって…」

「あの子が? あなたを? 嘘でしょう?」


べったりって印象こそないのは、なんのかんのとお互いが忙しいからなのだろう

それでも、一緒にいる時はいつも近くにいるし、顔をみれば駆け寄っていくくらいには仲が良い

ドクターにとってのアーミヤは、素直に甘えられる相手であり、アーミヤにとってもそうなんだと思っていただけに

どうにも、2人が仲違いしている場面が想像出来なかった


「いや…ついというか、勢いというか、あの子を抱えて飛び降りたことがありまして…」

「ああ…そりゃ、あなたが悪いわ、アーミヤ」

「だってぇぇ…」


理由を聞くまもなく納得したし、理由を聞いても仕方ないと思う

作戦の都合とは言え、いやがる あの子を羽交い締めにして輸送機の上から飛び降りたとあれば


そりゃあ…


想像できなかった筈の場面が在々と想像できてしまう

「アーミヤなんて嫌いよっ」「それ以上近づかないでっ」とかなんとか、棘のある言葉を思い浮かべるのも訳がなかった


「あーはいはい。大丈夫? お酒飲む?」


机に突っ伏したアーミヤの背中を擦りながら、冗談交じりにウィスラッシュがお酒を勧めると


「まだ未成年ですよぉ…」


正しい…たしかにアーミヤは正しいが、その言葉はウィスラッシュの傷心を更に傷つけてもいた


15歳と20歳か…


たしか、ブレミシャインもそう言っていたか

たかが酒と思いつつも、公に飲めると飲めない程度の差が、今は明確に私達を隔てていた


「そう…よね。アーミヤちゃん、あなたまだ…子供だったわね…」


たまに忘れそうにもなるが、代表として立つ彼女の姿はあまりにも立派で

けれど、こうして話していると、やっぱり普通の女の子でしかなくて


からん…


グラスの氷が揺れると、今度はウィスラッシュが机に突っ伏していた


「へ? あれ? どうしたんですか? ゾフィアさん?」

「ううん…なんでも。そうよね…私って良い大人だもんね…」

「それは…そうでしょうけど。私には、その、素敵なお姉さんだなって…?」

「アーミヤちゃん…。良い子って言われない?」

「あはは…まあ、時々は。子供扱いされてるみたいで くすぐったいですけど」


謙遜か…


それでも決して嫌とは言わず、褒められたことは素直に受け止めている

そんな女の子を前にして、果たして「良い子」意外になんて褒めてあげたら良いものか


頑張ってる? 偉いね? 立派だよ?


けど、そのどれもを私が口にしても、彼女はくすぐったく受け取ってしまうんだろう


「ねぇ、アーミヤ? お酒、少しだけ飲んでみない?」


からん…


突っ伏していた顔を上げ、ウィスラッシュが酒の入ったグラスをアーミヤへ寄せていく

気を利かせたバーテンさんが、後ろを向けばそれを知ってるのは2人だけ


「うへぇ…」


しかめっつら


舐めるように飲んだお酒の味に、アーミヤはあからさまに渋い顔を浮かべる


「あははは。それが大人の味よ、覚えておきなさい」

「そうですね。続きは大人になってからにします」


そう言って、口直しにオレンジジュースを飲み干すアーミヤだった





一口に、ロドスと言っても まぁ広い


たとえそれがドクターの行動半径と限定しても、その端から端までと言われれば結構な距離を歩かされた


扉のない部屋


まるで暗号のようなその場所は、開けたようなイメージとは違っていて、完全な行き止まりにも見える


「壁…だよね?」


首を傾げながら、ブレミシャインは渡されていた地図を見返していた

けれど、場所は間違いないはずなのに、目の前にあるのは廊下の突き当りで行き止まり

それでも、言われるままというか、書かれてる通りに壁に手をついてみると


開けごま と、まるで魔法使いにでもなった気分


壁が開き、その奥に隠されていた通路が顔を覗かせていた



「お邪魔しまぁす…」


こっそり、恐る恐ると、部屋を覗き込んだブレミシャインの目が止まる


堕落だ…堕落をしている


そこかしこに人をダメにしそうなクッションが、ある種のオブジェクトの様に配され

手の届く範囲には、お菓子の袋や、ジュースのボトルが転がっていた

最低限の足の踏み場が通路となり、その部屋で忙しなく動いていたのは

もはやただの お掃除ロボットと化したミーボくんくらいなものだった


「おや、いらっしゃーい」


声はすれども姿は見えず、2周3周、声の主を探してブレミシャインが部屋を見渡していると


「下だよ、しーた」


そこでようやく視線を下げるに至り、見つけたのは小さな女の子だった


「はじめまして、大きいクランタさん。話はドクターから聞いてるよー」

「…え、わ…あ、はじめまして…」


間延びした声に慌てて挨拶を返し、それでも視線が吸い込まれてしょうが無い

金色の髪と蒼い瞳、その小ささも相まってまるで 童話に聞こえる妖精の様にも見えた


「あら、マリアじゃない。いらっしゃい」


その声を聞きつけて、奥から顔を出したのは探し人のはずであるドクターだったのだけど

そんなことは そっちのけてでも、この妖精みたいな女の子の事が気になってしょうが無い


「ね? ね? ドクターこの子は? このちっちゃい子なに?」

「なにって、ドゥリンのこと?」

「へぇ、ドゥリンちゃんていうんだ…」


そういって膝を抱え「マリアお姉ちゃん」などと

自己紹介を交えながら寝っ転がるドゥリンにブレミシャインは顔を寄せていった


デレデレだ、デレデレしてらっしゃる


まるで初めて私にあった時のようだと思いながらも

自分よりドゥリンを優先するブレミシャインに、ドクターの幼心はちょっぴしと傷ついて


ぽんっと…


その辺のクッションに体を沈めると、それ以上は何も言わず

何食わぬ顔で揺れるブレミシャインの尻尾を目で追いかけながら むくれていた



「あれま…」


ドクター拗ねちゃったよ


猫なで声をかけてくるブレミシャインを慣れた様子であしらいながらも

ドゥリンの視線は その後ろ、なんかむくれているドクターに向いていた


別に、ブレミシャインが悪いとは言わない

ドクターの独占欲が人1で強いのも確かだし


ただ、お姉ちゃんを自称した割に、気配りが足りてないなって年長者としては思ってしまうわけで

これ以上ドクターが機嫌を損ねる前に、マリアお姉ちゃん(笑)には落ち着いて欲しかった


「ねーねー、マリアお姉ちゃん? はい、これ」

「んー? 何かな、ドゥリンちゃん?」


今でこそ、この反応も懐かしく思うが

ロドスに入りたての私と、今の私で違いがあるとするのなら経験値だろうか



「誠に申し訳ありませんでしたーっ!」


流れるような土下座だった


ドゥリンが差し出したのは、なんの変哲もないIDカード

ブレミシャインが持っているものとそう違いもなく、明確な差を上げるなら書いてある数字が大きいくらい


「どうしたのさ? マリアお姉ちゃん(笑) さっきみたいに甘やかしてはくれないの?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。調子に乗りましたゆるしてぇぇ…」


なにせ年齢も上なら職歴も上


すくなくとも初対面のブレミシャインが、なんの親交もなしにお姉ちゃんなどと胸を張れる相手ではなく

彼女の勝ってる点なんて、その身長と態度くらいなものでしか無かった


「いやいや怒っちゃないんだよ。初対面はみんなそんな感じだしね」


たださ…と、ドゥリンが言葉を続け、その視線が向こうに向けられる


「ドクターの事宥めてくんない? マリアお姉ちゃん(笑)が私ばっかり構うからさぁ」


そこで振り返ったブレミシャインが「あ…」と声を漏らす

そこには明らかに不貞腐れたドクターがいて、彼女が気づいた途端に明後日の方に顔を背けてしまう


「ごめんね、ドクター。放っておいたとかでなくて…ただちょっと…ついというか…」

「良いわよ別に、怒ってないし。好きなだけドゥリンに構ってればいいじゃない、マリアお姉ちゃん」

「うぅぅ…言わないでよぉ。ドクターだって教えてくれても…」

「私のせいにしようっていうの? 勝手に熱を上げたのは あなたじゃないのっ」

「それは…はい…ごめんなさい」



下手くそか…


些細な喧嘩を続ける2人を眺めながら、ドゥリンは一人溜息を吐いていた

宥めろってお願いしたはずの相手は、なぜかドクターと同じ目線に立っていて

いちいち真に受けるもんだから、話がまるで進みやしないどころか、そろそろ言い負かされてもきている


泣く泣くとは言え、あれで意外とジェシカはドクターをうまく操ってたんだなって

思うくらいには、その出来栄えは酷いものだった


「おーい、おーい。マリアおねえちゃーん」

「うぅ…なんでしょう? ドゥリン先輩…あと、お姉ちゃんはやめて下さい…」

「あっはっはっはっ。いいね、先輩か。くるしゅうないぞ…ないけども、その調子じゃ日が暮れちゃうからさぁ」


途方にくれかけていたブレミシャインが

泣きそうな顔で振り返ると、ドゥリンが一つ、指を立ててみせた


聞かん坊に何を言ってもしょうがない


なにせ聞く気がないのだから。数多の正論も、どんな美辞麗句だって、雑音より厚かましいはず


それでもと、話をしたいというのなら


まずを持って、顔を向けさせる必要があった



果たして結果はどうだろう?


ブレミシャインの膝の上


大事に抱えられたドクターはすっかりと、ふてぶてしさは残りつつも大人しくなっていた


「ねぇ…ドクター…」


ドクターの横顔を覗きつつ、ブレミシャインは、その尖らせている唇に顔を寄せる

キスをしてしまいそうなその手前、触れ合わせた頬から互いの温もりが通っていく


「いやよ…」

「まだ、何も言ってないんだけどなぁ…」

「どうせアレでしょう? ゾフィアと仲直りしましょうとか言うのでしょう?」

「うっ…。それは、そうだけどさぁ…」


お見通しか


神妙に話を切り出したブレミシャインが言葉を続ける暇もなく

後でと、きっと訪れない日に予約を入れるドクターにドゥリンがポツリと声を漏らす


「その頃には、蒸し返すこともないじゃんっていうでしょう? ドクターはさ」

「余計なことは言わないくてもいいのっ」


困り顔を浮かべていたブレミシャインから言葉を引き継いで

ドゥリンが横腹を つつくと、図星を突かれたドクターが声を上げる


「ほーら、我儘言ってないでさ。マリアお姉ちゃんも一緒に怒られてくれるって言ってるし」

「えっ!?」

「えー…」


急に矛先を向けられたブレミシャインが上げた声に、ドゥリンが呆れた声を返す


「へたっぴめ。せっかくの助け舟を沈めよってからに」

「うぐっ…ごめんなさい」


言われて、気づいて、項垂れて


その反応は初々しくも、可愛らしいものではあったけど

ドクターと口喧嘩をさせるには、しょうしょう頼りなさが目立っていた


「ねぇ、ドクター」

「いやだって、言っているでしょう…」

「でも、悪いとは思ってるんだよね? 私も…ほら「おばさん」って口癖が抜けなかったりするけどさ…」

「じゃあ、やっぱりマリアが悪いんじゃない」

「そうだよ。そうかも知れないけど…」

「…」


言葉が詰まる


どちらからでもなく口を閉じ、静かになった部屋の中


ぱり…ぱり…


しばらく、ドゥリンがお菓子をつまむ音がだけが聞こえていた





つけられてるなぁ…


まあ、それもいいかと、ウィシュラッシュは見ない振りを続けていた


妹の悪戯を微笑ましく思う姉の気分

久しく感じることのなかった情動も手伝って、こっそり後をついてくるドクターをそのまま遊ばせていた


「ごめんね、ゾフィア姉さん…」

「ふふっ。マリアも昔はあんなだったわよね?」

「そう…だったかなぁ?」

「そうよ」


照れ隠しにトボけた振りをするブレミシャインと並んで歩いていると

その足は、ちょうど曲がり角に差し掛かる


少し、仕返しをしてみよう


足を早めて廊下を曲がり、慌てて飛び出してきたドクターを捕まえる

それでお互い笑い合って「ゾフィアお姉ちゃん」とか、呼んでくれるようになったら最高だ


完璧…


ドクターと仲直りも出来て

お姉ちゃんって呼んでも貰える、すべてが丸く収まる完璧な作戦だ


「くふふ♪」

「ゾフィア姉さん? ちょっ、どこ行くのさ?」

「まぁ、みてなさい」


自然と溢れた笑みをブレミシャインに返し、困惑する彼女を置き去りにして一足とびに廊下の角へ滑り込む


きゅっ…


直角に曲がった靴と床が音をたて

そのまま、廊下の角で息を潜めていると、慌てて近づいてくるドクターの気配

「あ、ドクター…」と、ブレミシャインが止める間もなく通り過ぎ


3…2…1…


伸ばした指先から温かいものが伝わってくる

そのまま、柔らかくて濡れた感触に包まれると、なんともくすぐったいような気分になった


ちょうど、指を舐めればそんな感触を得られるだろうか?


なんて、のんきにもウィシュラッシュがそんな事を考えていると


ぐにゅり…


「んん?」


こそばゆさに重なる圧迫感は、すぐにでも痛みへと取って代わっていた



いったぁぁぁぁぁい!!



響き渡る悲鳴に慌てたブレミシャインが見たものは

涙目になってるウィシュラッシュと、がるがると威嚇をしているドクターの背中


何があったの?


とは言わずとも


指先を庇うように体を引いてるウィシュラッシュを前にして

ああ、噛まれたんだなぁ…ってくらいの予想はつく


「やだぁ…。この子、ちょっと…噛むじゃないの」

「がるるるるるるっ!!」

「ちょっ、ドクター!? 私よ、私…、落ち着いて、ね? ドクター? どーどー…」


いつぶりだろうか


この情けなくも可愛らしい おば…姉さんの声を聞いたのは

何をしたもんか、唸り声を上げるドクターを必死になだめようとする姿は愛らしくもあった

そういう所をもっと皆に見せれば、もう少しは「お姉さん」って

呼んでくれる人も増えるんじゃないかと思いながらも、肩を怒らせるドクターの背中を抱きよせる


「もうっ、ドクター。ゾフィア姉さん噛んじゃダメでしょう?」

「何よっ! マリアまでっ。人を噛み癖があるみたいに言わないでって」


怒って見せながらも優しく声を掛けたは良いものの

それで気配を逆立てたドクターが落ち着くはずもなく、ぐずぐずと私の腕の中から逃げようと暴れ出す


「でも、噛んだんでしょう?」

「ゾフィアは良いのっ!!」

「だからダメだってば…」

「だってだってっ! 急に来るのよ!? ガバってきたんだからっ、驚くじゃないっ、びっくりしたんだもんっ!?」

「急にって…ゾフィア姉さん、何をしてるんだよ…」


一転して抱きついてきたドクターの背中を よしよしと撫でながら

怪訝な視線で見上げたウィシュラッシュからは誤魔化すような苦笑いが返ってくる


「あはは…。いや…まって、でもね? その、ちがうのよ?」

「何が違うのさ。こんなにドクター脅かしちゃって」

「だって…。そんなに驚くなんて思わなかったし…」

「だってじゃないよ。子供みたいなこと言ってないでさ…」


あやまってっ!


強めに向けられたブレミシャインの言葉に、ウィシュラッシュが喉を詰まらせた


抵抗もある、葛藤もある、なんで私がって考えもするが、それで何も言わないわけにもいかず


「…ごめんなさい」


詰まった喉から押し出した声は、当然くぐもった物でしかなく

なんともふてぶてしい感じに落ち着いてしまっていた


それでも、それで良かったんだろう


戸惑いながらの ごめんなさいでも、それを受け取ったブレミシャインは納得したようにうなずいて


「ほら、ドクターも?」


そう言って、優しくその背中を押していた


「なんで私までっ、悪いのはゾフィアじゃないのっ!」

「だからって噛んじゃいけません。それに、ちゃんと謝るって言ったよね?」

「それは…ごめんなさい…」

「私にじゃなくてさ…ね?」


ただ、相手が違うと、ブレミシャインがドクターの頬を両手で挟み込むと

潰れた頬と一緒に、その顔をウィシュラッシュの方へと向けていた


「ぅぅ…。ねぇ、ゾフィア…?」

「っ、なによ…?」

「…ごめんなさい」


ふてぶてしさはお互い様か

潰れた頬に、尖った唇。渋々と溢れる言葉はとても謝ってる風ではなかったけれど


「ぷふっ…」


つい…と


潰れたドクターの顔を見ていると

こみ上げてくるものに耐えかねて、少なくなくない笑いが口から溢れてしまっていた


「わらうなーっ!」

「あははっ。ごめんって」

「ちょっとふたりとも。ケンカはダメだってば」


それでも


ほんの少しの些細なケンカは、さっきまであったわだかまりに比べれば十分に微笑ましいものだった






「ゾフィアお姉ちゃんっ♪」


ぴょんっと弾むような声音だった


それ自体は待ち望んだものではあったんだけど

見下ろしたドクターの笑顔は何とも悪戯っ気に満ちていて、からかわれているような気しかしなかった


「…やめて」

「どうして?「お姉ちゃんっ」て呼んで欲しかったんじゃないの?」

「あなたに言われると、からかわれてるようにしか聞こえないのよ」

「ふふっ。それは正しいわ、正しいものの見方ね」


くすくすと、冗談を隠しもしない笑い方

そうやって、小さな体を遊ばせているだけなのに、それがいちいち可愛いのだから怒る気も無くなってくる


「はぁ…あんたはもう…」


呆れながらの溜息と、なんとなく伸びた手がドクターの頭を くしゃりと撫でる


「どうせ呼ぶなら、もっと敬意と愛情を込めて呼びなさい」

「あはははっ、ウケる」


可愛いんだけど、可愛くない


ドクターは基本的にはそんな子で、それでも今のは可愛くなかった


お腹を抱えて笑い出し、冗談を言ったつもりもないものを、冗談として弄ばれるのは

かちんっと、頭の中で何かが切り替わる音がする

撫でていた髪から手を滑らせて、指先で、その柔らかい頬を思いっきり啄んだ


「いったぁぁぁぁいっ!? ちょっ、ゾフィアったら、いたいっ、はなしてっ! 離しなさいよっ!」


それはさながらあの時の、指を噛まれた時の仕返しが重なって


「やかましいっ。アンタって子は、どうしてそう人をからかわないとしょうがないのよっ」

「ちがうのよ、だってゾフィアが、おも…優しいから、つい」

「今面白いって言ったな?」

「いってないわよっ怒りん坊っ!」

「誰が怒りん坊だ。いたずらっ子の言うことかっ」

「いやぁぁぁっ。いたいっ、いたいったらぁぁっ」


逃げようとするドクターを捕まえて

あるいはキスでもするように、その体中を指先で啄んでいると

「もうっ!」と、一声鳴いたドクターが口を開くと、ぶつかった歯が火打ち石のような音を立てていた


「あぶなっ!? アンタまた噛みつこうとして…」

「なによっ! 先に手を出したのはゾフィアじゃないっ」


ふかーっと、肩を怒らせるドクター

それで威嚇をしてるつもりなのだろうけど、その見た目のせいで迫力なんてものはありはしなかった

むしろそれすら可愛らしい。うずうずと湧き上がってきた感情は、見ているだけで悪戯を仕返したくなってくる


「良いわよ。掛かってらっしゃいドクター。観念したら、今日こそはちゃんとトレーニングしてもらいますから」

「出来るもんか。観念するのはゾフィアの方、ぎゃふんって言わせてやるんだから」


あちょーとか、ふかーとか、誰がどう見ても遊んでるようにしか見えない構えをとって向かい合い

じりじりと、間合いを図り合っていると


「あ、ゾフィアお姉さん。しずくちゃん、おはようございます」


ぺこり


通りがかりのスズランに可愛らしく頭を下げられてしまった

それに毒気を抜かれたのか、ただなんとなくでもつられたように


『あ、うん…。おはよう、スズラン』


二人の言葉は重なって


「ふふっ。今日も仲良しさんですね」


口元に手を当てて、可愛らしく微笑まれる


そこに悪意は無いんだろう


からかうような素振りもまったくなく


ただ、はしゃいでいる友人たちを前にしたような

あるいはもっとか、年下の姉妹たちを相手にした時のような優しさに満ち溢れていた



「…」


ちょっと、ちょっとだけだ…


ふと、思い出した感情を言葉にするなら「恥ずかしい」んだと思う


どうしてと、一度正気に戻ってしまえば

なんで私は ドクターとケンカをしているんだろう?

誰かが悪いことをしたわけでも、意見の食い違いが合ったわけじゃない

売り言葉を買い叩いて、同じ目線で戯れていられるのは、なんとも子供じみていて…


「こ、こほん…」


わざとらしい、わざとらしいのは承知の上で、この空気を変えるために一つ咳払いを挟む事にした


「さぁ、ドクター。そろそろトレーニングを初めてちょうだい」

「なに急に取り繕ってんのよ。今更威厳なんてあるもんですか」

「お・だ・ま・り。少しはスズランを見習ったらどうなのよ、アンタは」

「スズランをって…そんなのは…それは…」


ちょっと意外な反応だった


反抗期の子供のように、何かにつけて反論してくる彼女にしては

そこで言いよどむとは思わなくって、むしろこう…


「なによ? 私のほうが可愛いもんっとか言わないわけ?」

「言うもんですか。ゾフィアじゃあるまいし…」

「…アンタは、なんでそういちいち…」


もう一回啄んでやろうかしら


自分がどう見られるかは置いておいても

一度分からせてやるべきなんじゃないかって、そう 指先が動き始めたその間際


「ふんっだ。行けば良いのでしょう…いけば…いいわよ別に。それじゃあ、行ってきますゾフィアお姉ちゃんっ」

「え、あ…。ええ、まあ…行ってらっしゃい…?」


急に素直…


いや、素直か? そりゃ、たいそう不満気では合ったけど

なんか…途端に張り合いがなくなると、やり場を無くすというか…なんだ?


「いっけないんだー」


そうして戸惑っていると、後ろからマリアに声をかけられた

見咎めるような言い草でありながら、何処かからかうようなその声音


「いけなくはないでしょう? 私…変なこと言った?」

「言ってはないけどさ。比べられるって、結構げんなりするもんだよ…」

「ああ…。まあ、あなた はそうよね…そうだったわね」


言われればドクターの不機嫌にも納得がいった


マーガレットの、あの二アールの妹というだけで、色々言われてきたマリアの苦悩を重ねてみれば

まあ、そこまで深刻ではないにしろ、面白い訳は決してない


失言か…迂闊だったのはそうだろうけど


本人の自業自得、普段の口の悪さがそうさせたのだと言い訳もあるが


「わっかんないのよねぇ…」

「わかんないって何が?」

「そりゃ…」


あの子の、ドクターの情緒の在り処だとか?

普段何を考えているんだろうとか?


ダイスの目のように転がりだしたら色んな顔が見えてきて

正直どう接していいかわからないときもあるけれど


ただ、今は…


「ねぇ、カーディ? ちょっと向こうまで運んでくれない?」

「うん? いいよっ。はい、ちゃんと捕まっててねっ、いっくよーっ♪」

「あははっ。とっても楽ちんだわ♪」


あれが落ち込んでる子の反応だろうか?


まるで気に留めてもいないかのような

むしろ目の前で行われている不正行為になんと声を荒げたものか、頭が痛くなってくる


「ん、んー? 強いなぁ…」


視線の先に気づいたのか、思っていたのと違う展開にマリアでさえ苦笑を浮かべていた


「あの点に関してはマリアも見習ってもいいと思うわ、ホント」

「いやぁ…無理かなぁ」

「ふふっ、あんな図々しくはなれないか」

「図々しいって、そこまでは言わないけど…」

「まあね」


ふっと、切り替えるように息を吐き、空っぽになった肺に大きく息を吸い込むと


「こらーっ! ドクターっ!! カーディもっ、それ以上抱えてるとノルマ増やすわよっ!!」



ーおしまいー



おまけの没シーン供養



ドーベルマン「お前まで、何を遊んで…」

二アール  「いや、遊んでいたわけでは…まあ、変わりなかったか」

ドーベルマン「…安心しろ。お前の妹はよくやっているよ、二アール」

二アール  「世話をかけるな」

ドーベルマン「それが仕事だ。気にすることもない。が、あまりドクターに甘えるな、とは言っておけ」

二アール  「ふっ…そうだな。私も妹を取られては寂しいからな」

ドーベルマン「何の話だ?」

二アール  「いや。こっちの話だ」



ウィスラッシュ「だって、ドクターが…」

ドクター   「でもマリアが…」

ブレミシャイン「そんなの…ゾフィア姉さんだって…」

ドーベルマン 「誰でもいいわっ!」

ドクター   「じゃあ、ジェシーも一緒でいい?」

ドーベルマン 「そうかい。じゃあついでだ、ジェシカお前も一緒に並ぶんだ」

ジェシカ   「私いま来たばっかりなんだけど…」

ドーベルマン 「なんだ?」

ジェシカ   「何でもありません…ぐすん…」



アーミヤ   「でも、ドクターだって悪い子じゃないんですよ? そりゃちょっと口が悪くて、我が侭な所もありますけど…けど…」

ウィスラッシュ「根は良い子?」

アーミヤ   「そうっ! それですっ! ゾフィアさん良いこと言いました」

ウィスラッシュ「褒め言葉じゃないっての」

アーミヤ   「ひぃぃぃん…」

ウィスラッシュ「はいはい。泣かない泣かない、ちゃんと分かってるから…ね?」

アーミヤ   「ほんとですか? 命かけますか?」

ウィスラッシュ「い、いのち? ま、まあ良いわよ…別に。嘘ではないし。ただ、こっちから謝るのもねって…絶対調子乗るわよ、あの子」

アーミヤ   「あはは…それは、まぁ…」



ブレミシャイン「あ、ドクターお菓子食べる? アメちゃんでいいかな? ほら、あーん…」

ドゥリン   「指、気をつけなよ? その子噛み癖あんからさ」

ブレミシャイン「へ? 指?」


        ばきっ


ブレミシャイン「ひぃ…っ!? ドクター? 飴玉…噛むタイプなの?」

ドクター   「噛み癖なんか無いわよっ。別に、ただ、ガリガリしてて面白いだけなんだから」

ブレミシャイン「そ、そうなんだぁ…危なかったぁ…」



ウィスラッシュ「あんた達あと10周追加」

カーディ   「え? そんなにいいの?」

ウィスラッシュ「ん?」

カーディ   「やったー、ドクター♪ もっと走ってて良いんだってっ」

ドクター   「あはは、くすぐったいわよカーディ」

ウィスラッシュ「…あれ?」

ドーベルマン 「はぁ…。それでは褒美にしかならんぞ、アイツらには」

ウィスラッシュ「マジかぁ…」


後書き

最後までご覧いただきありがとうございました

前日:



翌日:


このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください