もう勇者やめていいですか?3
オリジナルss 勇者の目の前に現れたのは王国の騎士…?
どこかの森
歩くこと数時間。未だ俺たちは森の中を彷徨っていた。
グレン「はぁ...嘘だろ。どんだけ広いんだよこの森」
歩いても歩いても木、木、木。あまりにも変わり映えしない光景にうんざりしていた。果たして本当に出口があるのだろうか、不安になってきた。
ナル「そうだなー...いくらわたしでもそろそろ疲れてきたぞ...」
ナルが肩をすくめぐったりしている。いくら神様でも無限な体力があるわけではないらしい。というか普通の人と変わらないだろう。
それに俺自身も少し疲労している。慣れない女の身体で男だったときの感覚で動かすとズレが出て歩きにくいのだ。
最初は普通に歩くことさえ難しかった。魔法を使ったときはそう感じなかったんだがな。
ナル「というかお腹が空いたのだ。何かないかマスター」
グレン「神様ってお腹減るのか?」
ナル「何度も言っているであろう、わたしは神力を持っているただの人間と変わらぬよ」
そういえばそんな話したな。ともあれお腹が空いたのは俺も同意だ。ここに来てから何も口に含んでいなかったからな。
グレン「とは言ってもなぁ...」
俺に森の中でのサバイバルスキルはない。何が食えるのか食えないのか、そういうのはカルに任せてたからな。
戦闘以外は空っきしの自分が初めて仲間を頼り切りにしてるのがわかった。
何か食えそうな獣でもいればいいんだが...ん?
なにか草をかき分ける音が聞こえる。もちろんナルではない。音は徐々に近づいてきてそいつは木の陰から姿を現した。
「ブルルルルル...」
グレン「こいつは、もしかしてイビルボアか?」
この世界には悪魔以外に危険な生物がいる。その内の1つ "危獣種"
危獣種はその名からも分かる通り危険な生物で人間に害を及ぼしたり時には自然を破壊するものがいる。危獣種は魔獣と違って魔力を持たない。悪魔の血を持たない純粋な生物なのでその素材は色々な用途で使われる。
ーーーーイビルボア
身体と牙が著しく成長した巨大な猪だ。突進の威力は強大で、そこらにある木程度なら難なくへし折ることができるだろう。
まぁもちろん上級悪魔なんかと比べると俺の相手にはならないが...昔旅の途中の冒険者の依頼で相当危険な生物という扱いを受けていたのは覚えている。
ただ、そんなことは今はどうでもいいんだ。普通のやつらからみて危険な存在に見えるかもしれないが俺の目にはただの食材にしか見えなかった。
グレン「猪、ここで俺に会ったのは不運だったな!」
「ブルルルルル...!!!」
大きな声を出して警戒されたのか、こちらに敵意を向けてきた。大猪は突進の前準備に入る。
グレン「やる気十分なのは結構だがな...大人しくその肉寄越しやがれぇ!!」
ナル「マスターが野蛮な盗賊みたいなセリフを吐いているのだ...」
「ブルルルルルゥゥゥ!!!」
ドッドッドッと地面を蹴り上げ真っ直ぐ突進してきた。あちら側からしてみればちっこい人間など簡単に吹き飛ばせるなどと思っているのだろう。
動きを止めるのは簡単だがここはあえて真正面から受けてやろう。ここに来てからの初めての敵だ。自分の身体の変化が戦闘に影響がないか確かめてみる必要がある。
魔力を練り上げ、身体中に巡らせ魔法陣を展開させる。
「全身体能力強化、付加」
全身の能力が向上する。そして片手を前に突き出し大猪を待ち構える。
グレン「さぁ来い」
「ブルルルルルゥゥゥ!!!」
目の前の巨大猪が俺を吹き飛ばそうと迫る。するとドンッと音を立てて、イビルボアの動きが止まった。
いや...俺が止めたのだ。
「ブルルルルル...???」
この状況を不思議に思ったのだろう。イビルボアは再び地面を踏みしめ前へ進もうとするが一歩たりとも進むことはなかった。
グレン「無駄だ、お前じゃこれ以上は進めない」
何故なら俺が片手でイビルボアの動きを止めているからだ。前方に伸びた牙を片手でがっしりと掴み、身動きを封じる。
「ブルルルルル...!!!」
前方に進めないのを悟ったのか後方へ下がろうとするも牙を掴んだ手は離れなかった。
グレン「そう暴れるな、牙がもげるぞ?」
「ブルルル...!!?」
力量差がわかったのかイビルボアは小さく震えた。同時に焦りと俺に対する恐怖心を感じたような気がした。
グレン「悪いな、俺の食料のためにその命もらうぞ!」
もう片方の牙をがっしりと掴み後方にイビルボアの背中から地面に叩きつける。叩きつけた衝撃で地面がバキバキと割れる。
「ブルルルルルゥゥゥ!!!」
叩きつけられた痛みでイビルボアが大声を上げる。こういう声を聞くと少々申し訳なくなってしまうが、そういうのは生きるために割り切るしかない。
グレン「...せめて一瞬で終わらせてやるから許せよ」
イビルボアの上に飛び乗り拳を振り上げる。この中心部に心臓があるはずだ。そこを一撃で潰す。
魔力を練り上げ、魔法陣を展開させる。
グレン「腕力重複強化!」
そのまま拳を振り下ろし、心臓部分に重い一撃を叩き込む。その際の余波で軽く周りの地面が割れていった。
「ブルル....ル...ル.......」
さっきの攻撃で力尽きたのか、ばたりと倒れ動かなくなる。
うん、この程度の相手なら素手でも問題なくやれたな。
というかやはり思った通りだった。魔法を使うといつも通りに体を動かせる。それに以前と比べて魔力の練り上げが早くなっている気もする。
グレン「さすがだなマスター!」
ナルが近付いてくる。巻き込まれないように離れていたんだろう。というか両腕いっぱいに木の枝を抱えていた。
この神様、食うことしか考えていなかった。
グレン「色々ツッコミたいところはあるが、まぁこれくらいはやれなきゃな。割と手を抜くつもりでやろうとしたんだが思いの外力が入っちまったな」
ナル「わたしのために張り切ってくれたのか?ふふん、褒美にハグしてやってもよいぞ!」
グレン「さぁて、解体でもするかな」
ナル「無視するでないわ!」
いい加減これにも慣れてきた俺である。
ナルはぷすんか怒っているが半ばスルーし、イビルボアの解体作業に入る。
腰につけた短剣を抜き食べられる部分と素材に使える部分、不要な部分を切り分ける作業に入った。
ーーーーーーー
グレン「ふぅ、こんなもんでいいか」
切り分けた素材をわけ一箇所に集める。素材は大きな都市などでお金などに換金してくれる。これからお金が必要になるので大事に保管しておかなければ。
なにせ今の俺は無一文である。魔王討伐の直前、万全な準備をするためにほとんどのお金を使ってしまった。
今ポーチの中にあるのは回復薬が1つ、魔力補充用の魔石が1つしか入っていない。こんなんでは街を見つけても結局は野宿するはめになってしまう。ここで危獣種に会ったのは運がいい。
グレン「さて、何故か木の枝を抱えてる神様。さっさとそれを置いてくれ。肉を焼くぞー」
ナル「おー!待っていたぞぉ!」
木の枝の束を置きその周りを石で囲む。ちなみに石は割れた地面の残骸を持ってきた。
グレン「よーし、火をつけるぞ。ファイア」
指先に魔力を練り上げ唱えると小さな火がでて木の枝に燃え移る。徐々に火が大きくなり十分な火力に達した。
その上に覆いかぶさるように平らな岩を置く。こうすることで一種の鉄板の様な役割を果たすことができる。
岩の上に肉を置き焼き始める。しばらくすると油と共に肉が焼ける音を立て始め焼けた肉のいい匂いが広がる。
ナル「お肉♪お肉♪楽しみじゃ!じゅるり...」
グレン「こらこら、仮にも神様なんだから涎を垂らすんじゃない。はしたないぞ」
ナル「むぅ、良いではないか。わたしは早く食べたいぞマスター!」
グレン「慌てんな、今食べやすいように切り分けてやるから...」
もはや食い意地の張ったただの子どもにしか見えんな。目なんてキラキラさせて、こっちもなんか頰が緩んじまう。
ナルが食べやすいように一口サイズに切り分ける。両面がこんがり焼け、まさしく食べごろな感じになっていた。
グレン「ほら、焼けたぞ。食え食え」
ナル「うむ、いただきます」
木の枝で肉を刺し、口に思い切り頬張る。もぐもぐと口を動かしている姿をみるとまるでリスみたいだ。だがしばらくするとぷるぷると体を震わした。
グレン「ナル、どうした?」
ナル「う、うぅ.....」
もしかして口に合わなかったのか?俺は長旅で慣れていたが流石に下味もつけてない獣肉を食わすのはまずかったか?
しかしそんな考えも杞憂に終わりナルは歓喜を称した声を上げる。
ナル「うんまいのだぁ!!」
グレン「........」
俺の心配を返してほしい。
ナル「うまい!うまいぞマスター!人の食べ物はこれほどにもうまいのだな!」
グレン「そうか、ナルは食事が初めてだったな。悪いな、調味料でもあればもっと美味い肉を食わせることができたんだが」
ナル「ほぅ、ちょーみーりょーを使えばもっとうまくなるのか!その時はお願いするのだマスター!」
グレン「おう、任せときな」
なんだかんだ無邪気なナルがいて良かったと思う。あそこで目覚めたのが俺1人だったと思うとあんなことがあった手前、平然とはしてられなかっただろう。そのままどうなっていたのやら...
いや、そんな暗い話はやめよう。今は束の間の休息を楽しむことにしよう。
だが、俺の勇者としての性がそれを許さないかのように問題はやってくる。
「貴殿達、そこで何をしている」
グレン「ん?」
ナル「む?」
ふと横をみると鎧を着た男がいた。見た目はイケメンを順調に歳を重ねた30代くらいの風貌だ。なんかむかつくな。
男の後ろに他数人の仲間が見える。どこかの騎士団だろうか、男は怪訝そうな表情をしこちらに問いかける。
「ここで何をしている」
グレン「食事だ」
「いや、そういうことを聞いているのでは...む?まさかこれはイビルボアの素材か?」
男はちらりと切り分けておいた素材に目を向けた。そしてこちらを一瞥し感心したかのように頷く。
「驚いた、ただの迷い人ではないらしいな。それなりの実力があると見える」
グレン「そりゃどーも」
そういうこの男も相当な実力者である。強者には強者特有の雰囲気がある。まぁカル程ではないが俺が今までみてきた騎士のなかではかなり強いのではないだろうか、多分。
カイゼル「失礼、私は王国騎士団長のカイゼル=ハルバートという。ここは我が国の管轄内の大森林であり、近頃ここの自然を破壊するものが現れてな、正体はわかっていないがそれ調査するためにここに赴いた。」
グレン「はぁ、左様ですか」
なんだか嫌な予感がするな
カイゼル「悪いが貴殿達には容疑者として王国に同行してもらおう」
予感は見事に的中してしまった。
ーーーーーーーーー
悪い予感は的中だ、とことん巻き込まれ体質だな勇者の性というのは。
グレン「俺たちが犯人だと?」
カイゼル「そうは言ってない、ただ同行してもらい、なぜここにいたのか説明してもらうだけだ」
グレン「へぇ、そりゃいいな。ちょうど街に...」
ん?いや待てよ。なぜここにいたのかの説明?なんて説明すりゃいいんだよ
悪魔と戦いで死にかけて気付いたらここにいましたってか?これは疑われる要素てんこ盛りだな。
グレン「えっと、すまん。同行は出来そうにない」
カイゼル「それは困ったな...」
グレン「...!!」
カイゼルは腰に納めていた剣に手を掛ける。一気にその場の雰囲気が変わった。
カイゼル「この森は危獣種が多く出現するため一般人が入ることはまず無い。危獣種を狩るために冒険者が入ることもあるが今はこの事件が起こっている間はこの森への依頼を禁止にしてもらっている。それを考えれば貴殿が冒険者であることはまず無い。まぁ仮に冒険者であっても規約違反でどの道連行するハメになるがな。だからここは大人しく同行してもらいたい。」
グレン「ふーん...もし断ったら?」
カイゼル「その時は...力づくで拘束させてもらおう」
グレン「じゃあ...断らせてもらうわ」
カイゼル「そうか、それは残念だ。」
カイゼルは後ろにいた騎士達を呼びかける
カイゼル「この者たちを拘束する。捕らえよ!」
「「「はっ」」」
悪い予感は的中だ、とことん巻き込まれ体質だな勇者の性というのは。
カイゼルの命令で騎士の3人が前へ出る。全員が剣を抜き構える。
見るだけでわかる。この3人も相当鍛えられているのだろう。これほどまでの騎士たちということはこいつらは騎士団の精鋭部隊かなにか
グレン「ナル、下がってろ」
ナル「うむ、気をつけるのだぞ」
グレン「言われるまでもねぇ」
拳を構える、魔法で応戦するのもいいがここはあえて素手で行こう。さっきのイビルボアとの戦闘...いや、戦闘にはなっていなかったがその経験で自分が弱体化していないことがわかった。
むしろ魔力量が増えたことにより魔法の質も上がった気がするしな。
騎士1「女で、しかも丸腰...だと?やる気がないのか貴様!」
グレン「どうだかな、お前らが想像より強かったら...少しはやる気が出るかもな」
騎士1「くっ、なめるなよ!」
騎士の1人がこちらに走り迫る。腕を大きく上に振るいそのまま斬りかかろうとする。しかしこれを避ける気はない。
グレン「身体鋼鉄化、付加」
陣を展開し自身に付加術をかける。そのまま振り下ろしてきた剣を腕で受け止めた。
まるで鉄同士がぶつかりあったかのような音がし、剣の動きは止まった。
騎士1「な、なに!?剣を腕で...!?」
グレン「柔いな、避ける気すら起きなかったぞ」
騎士1「ぐっ...くそっ!3人で一斉にかかるぞ!」
3人の騎士が前方左右に取り囲む。一歩一歩じりじりと近づき機会を伺っている。
騎士2「......っ!!」
まず左側の騎士が動く。腕を下ろし剣を斬りあげる。その攻撃を身体を反らして躱し付加術で腕力を強化する。
グレン「はぁ!」
胴体の鎧にめがけて拳を振るう。鎧をものともせず騎士が殴られた衝撃で後ろに飛び倒れた。
騎士2「がはっ...」
騎士3「こ、このぉ!」
続いて右側の騎士が迫る。右から横に剣を振るい斬りつけようと近づく。
その攻撃を姿勢を低くし躱し、地面に手を着き足を使い騎士の足を払った。
騎士3「うおっ!?」
騎士はバランスを崩し背中から倒れこむ。
その拍子に騎士の手に持っていた剣を奪い、剣を突きつけた。
グレン「もうこれでわかるよな?お前らじゃ相手にならない。3人目を相手にしたって同じ結果だ。」
騎士1「ぐっ....」
前方にいた騎士が小さく震える。勝てないと悟ったのだろう、焦りが垣間見える。が、ちらりと視線を逸らし、あるものを見る。
その視線の先には少し離れていたナルが見えた。
騎士1「くっ...こうなったら...」
グレン「...やめとけ」
騎士1「なっ、なにぃ?」
こいつらの考えていることなどすぐにわかった。おおよそナルを人質にでもするつもりなのだろう。どちらかというと神質だが。
グレン「俺の相棒に手を出すつもりならやめとけって言ってんだ。」
騎士1「な、何故それを...」
グレン「ありきたりすぎんだよ。...仮に手を出そうとしてみろ、その時は容赦なく...殺す」
騎士1「ひぃっ...!?」
カイゼル「........!」
自分で言うのはあれだが俺は強者であると思う。強者の殺気は人の奥底にある本能を刺激するという。実力差が離れているほど殺気に触れたものは死の恐怖を実感し戦意が喪失する。
勇者時代には勇者に腕試しで挑戦しにきたり喧嘩をふっかけてくるやつがいたもんだからこの技能は必要不可欠だったな。
カイゼル「人質を考えるとは騎士の誇りを忘れたか!もういい、他の2人と共に下がれ」
後ろから傍観していたカイゼルが騎士の肩に手を置き命令する。
騎士1「っ...は、はい」
騎士は2人を起こしカイゼルの後ろへ下がる。浅くため息をしこちらを一目した。
カイゼル「はぁ...参ったな。女だからといって甘く見ていた。貴殿はよほどの強者らしいな。今の殺気を浴びた時少し背筋が冷えたぞ。」
グレン「だったら拘束は諦めて国へ帰るんだな。あっ、嘘ごめん。拘束だけ諦めて国へ連れて行ってくれると助かるな。」
カイゼル「本当に迷い人だったのか...」
グレン「悪いかよ!色々事情があんだよ!」
カイゼル「ならその事情を国へ行って話してもらおうか。」
グレン「嫌だって言ってんだろ!」
くそっ、どこも騎士というのは頭の固い連中ばっかだ。脳内が鉱物でできてんのか?
カイゼル「そうもいかない。確かに貴殿は強い、だが王国騎士団長としてここは見逃すわけにはいかない。」
カイゼルは剣を抜き、俺に構える。
グレン「...やる気か?」
グレン「当然だ。そして少し忠告しておこう」
剣をゆっくりと下ろし刃をこちらに向ける。
と、同時にその場にいたカイゼルの姿が消え、目前まで間合いを詰めていた。
カイゼル「油断していると、足元をすくわれるぞ」
グレン「...!?」
斬りあげた剣が空を斬る。その際に軽く頰に傷がつく。
素早く後ろに下がり、間合いを取る。カイゼルは再び剣を構えニヤリと笑う。
カイゼル「ふっ、今のを躱すか。さすがだな。」
グレン「...騎士団長の名は伊達じゃないってか」
...今の一瞬の間合いの詰め方、常人の動きではない。おそらくあれは身体強化で脚力を向上させたのだろう。カイゼルの元いた場所の地面を見ると足で踏み込んだ跡があった。
ただ、付加術を使ったのだとしたら疑問に思うところがある。魔法は魔力を練り上げ魔法陣を介して発動する。だがカイゼルが移動する際、魔力の流れは感じたが魔法を使った感じがしなかった。
魔法陣を介せず魔法を使うことができるとしたら魔石と言われる予め魔法を封じた特殊な鉱石を使えばできるが...
...まさか、鎧自体に魔法石を埋め込んでるのか?
「ははっ、いいじゃん。戦いっぽくなってきたわ」
騎士から奪った剣をこちらも構える。俺も内心笑みが溢れた。
ここに来て初めての強敵と出会い、心が高ぶっていったのがわかった。
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ーーーーーーーー
グレン「ふぅん!!」
カイゼル「はぁっ!!」
剣同士が連続してぶつかり合う。時間にしてみれば数秒だが、その短い間に無数の金属音が響いた。
騎士1「すごい...まったく剣筋が見えん...」
後ろに下がっていた騎士の1人がそう呟く。もはや自分たちとはレベルが違う戦いを見せつけられ呆然としていた。
グレン「はっ、ほらよ!」
カイゼル「ぐぉっ...!?」
腕力を強化し、横払いに剣で叩きつける。当然カイゼルは剣でそれを防いだが力ずくで押し飛ばした。その際多少体勢を崩したがすぐに立て直した。この程度では大きな隙にはならないな。
グレン「どうした?まさかこれで本気ってわけじゃないよな?」
カイゼル「ははは、貴殿は想像以上の強さだな。いいだろう、貴殿を歴戦の勇士のつもりで、本気でやるとしようか。」
グレン「.....ほう」
そう言った直後にカイゼルの雰囲気が変わる。手を抜いていたわけではないだろうが、本気で俺を倒すという意気が見えた。
カイゼル「武具解放、能力全強化!」
カイゼルの手甲、足靴、胴、額当て、個々の防具が淡く光を放つ。魔力の流れを感じる、おおよそ魔石に込められた付加術でそれぞれの身体を強化しているのだろう。更に
カイゼル「武器能力解放!」
手に持っている剣さえも淡く光る。まさか武器自体にも魔法石を?いつの間にそんな技術が発展していたんだ。
カイゼル「ゆくぞっ!」
地を蹴り一瞬で間合いを詰められる。これまでで一番速い動きだ。
だが甘いな、真正面から打ち破れる程俺は甘くないぞ。
剣を横向きにし受け止めようとしたがカイゼルの剣が目前に迫った瞬間、本能的に危機感を感じ、受け止めという選択から避ける選択に変更した。
グレン「...っぶな。なんだその剣、妙な魔力を感じるな。」
カイゼル「ふっ、そのまま受け止めなくて正解だったな。これは魔法剣と言ってな、魔力を注ぎ込めばこの剣に埋め込んだ魔法陣が機能し、その魔法の効果を付与することができる。」
グレン「はぁ?魔法陣を埋め込む...?」
カイゼル「そうだ、そしてこの剣の魔法の効果は斬烈強化。そのまま受け止めていたら貴殿の剣ごと斬り裂いていただろうな。」
グレン「いやもしそれに気付かず受け止めてたら俺死んでたぞ?連行するのに殺しちゃってもいいのかよ」
カイゼル「ふん、思ってもいないことを。貴殿がその程度のことを見切れないはすがないだろう。言っただろう、本気でやると」
やるって殺るってことかよ、こえぇなこのオッサン。でもまぁ全力で戦ってくれるのは嬉しい。俺もこの"ギリギリの戦い"が楽しくてしょうがない。
カイゼル「次は、斬る!」
グレン「やってみろよ!」
2人同時に地を駆け、距離を詰めようとする。2人の剣が振られる直前にナルの声が響いた。
ナル「マスター!上!」
グレン「あ?」
カイゼル「なっ!?」
反射的に後ろに飛び退け距離を取る。するとさっきまでいた場所に火の玉が降ってきて爆発を起こした。大粒の火の粉が飛び散り辺りの木を軽く焦がした。
グレン「誰だよ?いきなり人の上から火の玉飛ばしてくる礼儀知らず...は?」
カイゼル「こ、これは...」
「グオオオオォォォォォォ!!!!」
上空を見上げると大きな紅い翼をもった巨大な生物がいた。
この生物はよく知っている。
強靭な肉体に表面には鋼鉄な鱗を纏い大木のような尻尾を持ち大きな翼を広げる。
世界最強生物と言われている..."竜族"
その中で紅い翼を持っていて火を吐く竜といえば..."炎竜"だ。
カイゼル「あれは、竜、なのか?」
グレン「どうみても竜だろ」
カイゼル「そんな...伝説の生物が何故」
伝説?まぁ確かに個体数は少ないが伝説と言われるほど珍しいものでもないだろ。
旅の途中でいくつも竜に襲われたという町を見たことがある。頻繁にとはいかないがそれでも目撃例は多々あるだろう。
カイゼル「そんなに珍しいか?」
カイゼル「珍しいというか、初めて見るな。」
どんだけ辺境の地だったら竜を初めて見るんだよ。本当に王国の騎士か?
まぁ今はそれどころじゃないだろう。さすがに竜が出てきてしまっては勝負どころではないな。というか森を破壊してる犯人って...
グレン「なぁ、もしかしてこいつが森荒らしてる犯人じゃねぇのか?」
カイゼル「貴殿もそう思うか?」
グレン「あぁそうだな。おそらくこいつだろう。で、どうする?俺との勝負、まだ続けるか?」
カイゼル「いや、もうその必要はないだろう。それよりも、失礼を承知で言うが、貴殿の力を貸して欲しい」
グレン「竜を倒すつもりか?」
そう言った途端、カイゼルが目を丸くして驚いた表情をする。
カイゼル「倒せるのか?」
グレン「余裕だろ。何体も竜を倒した経験がある。なんとかなるだろ」
カイゼル「貴殿は一体...」
そう話している内に炎竜が動きをみせる。口から炎が溢れ出し、今にも火を吹きだそうとしている。
グレン「話してる暇はないな、まずは俺があの竜を地面に叩き落とす。竜が落ちたらあんたの剣で首を瞬時に斬り落とせ」
カイゼル「簡単に言うが、可能なのか?」
グレン「出来る。首辺りにある鱗は他に比べて薄い。剣の能力とあんたの技量があれば十分に両断出来るはずだ」
カイゼル「承知した。今は貴殿を信じよう」
まったく、身元もわからない人物を信じるなんて、随分とピュアな心を持っているな。その内騙されないか心配だぜ。
グレン「...さて、やるか。炎竜退治だ」
ーーーーーーーーー
「グオオオオォォォォォ!!!」
炎竜が咆哮を上げる。その振動で木々が揺れ辺りの鳥や鹿などの動物が逃げていく。
グレン「随分やる気があるじゃないか。少しは楽しませてくれよ!」
脚力を強化し上空に跳び上がる。更に魔力を練り上げ、空中に風魔法を使った足場を連続で生成し、移動する。
エアークライム
空気の塊を作り出し、一時的になにもないところに小さな足場を作る風の初級魔法だ。
「グオオ...!?」
グレン「さぁ行くぞ!」
次々と空塊を作り出し炎竜に近づく。炎竜の背中に回り込みその鱗に剣を突き刺した…
…つもりが、竜鱗に衝突した衝撃で剣が粉々に音を立て砕けていった。
グレン「うおっ、剣が折れた!」
今まで神剣を使っていたから懸念していた。当たり前だが量産された剣じゃ神剣の強度には到底敵わない。ただの鉄で出来た剣如きじゃ鋼鉄のように硬い竜の鱗には傷1つすらつけられない。
「グオオォォォォ!!!」
剣が当たったことに怒りを感じたのか咆哮をあげこちらを睨みつける。
そして身体を拗らせ大きな尻尾で俺を地面へ向かって叩きつけた。
グレン「っ...やべ!」
尻尾で叩きつけられ地上に吹き飛ばされる。地面が衝撃の際で大きく割れ、土埃が舞う。まるで小さな隕石が落ちてきたかのように。
カイゼル「なっ...!!?」
ナル「マスター!」
ナルが声を上げ近寄ってきた。しばらくして砂埃が晴れ、地面に軽くめり込んだグレンの姿が見える。
グレン「あーくそ、剣が折れるとはな」
ナル「マスター、無事か?」
ナルが心配そうに声をかける。俺はベッドから起き上がるかのようにめり込んだ身体を起こし身体中の土を払った。
グレン「大丈夫だ。咄嗟に付加術で身体硬めたからな。てかこれくらいじゃ俺が堪えないのはナルもよくわかっているだろ?」
ナル「それはそうなのだが...マスターが傷付くところはあまり見たくないのだ。」
グレン「...そうか、まぁありがとな、心配してくれて。」
ナル「う、うむ」
ナルの頭を軽く撫でてやる。心なしか顔が赤い気がするが照れているのだろうか?なかなか可愛い神様だ。
カイゼル「貴殿、無事か?」
カイゼルも様子を見に来る。まぁあれだけ派手に吹き飛ばされれば心配にもなるだろう。現に並みの人間が喰らえば尻尾で叩きつけられた時点で身体は潰れてぐちゃぐちゃ、良くて全身損傷である。
グレン「あぁ無事だ。悪いな、竜の鱗の硬さを忘れてた。今まではそれを軽く斬り裂けるくらい優秀な武器を使ってきたからな。」
横にいるナルを見る。言葉の意図がわかったのか口元をにんまりとしふにゃふにゃした表情をする。自分で言っておいてあれだがちょっとウザい。
カイゼル「そうか...それで、奴を地面に落とすことは出来るのか?」
グレン「まかせな、次は絶対に落とす。と、その前に...」
カイゼルの騎士たちに視線を向けその1人に声をかける。
グレン「そこの騎士くん、もう一本剣を貸してくれ」
騎士3「んへ?は、はいぃ!」
騎士の足取りをおぼつきなくぶるぶると震えながら剣を手渡してきた。
竜を初めてみたのなら恐怖心を煽られても仕方ないのかもしれない。この騎士たちの実力ではあの炎竜と対峙しても瞬殺されるだろうしな。
「グオオオオォォォ...」
翼を羽ばたかせながらこちらの様子をみる。高みの見物ってところか、文字通り見下されてるってことか。
グレン「すぐに地に墜としてやるよ」
剣を構え再び空中に跳び上がる。エアクライムで空中を移動し再度炎竜に近づく。
「グオオオオォォォォォ!!!」
炎竜が俺に向けて突進してきた。ただ、動きが単純で避けるのは容易かった。
...妙だな。この炎竜、なにか違和感がある。
一瞬そういう思考が過ったがすぐに思考を切り替え攻撃に転じる。
空塊を伝って炎竜の背上に接近する。そして剣を逆手に持ち剣自体に鱗を貫通するための斬烈強化、その際に鱗の硬さで剣が壊れないように耐久性を上げる鋼鉄化の付加術をかけた。
グレン「おらぁ!!」
剣先がぶつかった際にゴリゴリと鱗を砕き刀身が半分ほど突き刺さった。
「グオオオオォォォォォ!!!!」
剣が刺さった痛みで炎竜が声を上げる。背中に張り付いている俺を必死に振り落とそうと身体をぶんぶんと左右に振るが刺さった剣を支えにし振り落とされないように固定する。
グレン「そう暴れんな、とっておきを喰らわせてやるからよ」
炎竜の鱗に覆われた甲殻に手のひらを置く。体内の魔力を練り上げ身体中を伝い腕と手のひらに集中させる。
かつて人外種と戦うために身に付けた武術がある。
素手を使う体術と、剣を使う剣術。
全部で10の基本技がありそれぞれ派生の技がある。
初級の魔法しか使えない俺は人外種と戦うために魔力を使った特殊な武術を身に付けた。
魔力を魔法に転換させるのでなく、魔力自体を圧縮し、身体強化と重ねることによって絶大なパワーを引き出すことができる。
強力な生物と戦うためにはろくな魔法が使えない俺にとっては必要不可欠だった。
グレン「すぅぅぅぅ......」
大きく息を吸いこみ、腕と手のひらに集中させた魔力を高める。そしてそれを圧縮させ一気に開放させる。
グレン「龍剣体術...龍穿哮!」
手のひらから龍の咆哮を思わせるような衝撃が響き炎竜の鱗を粉々に砕く。更に衝撃波は背中から全身へと広がりその激烈なる痛みにたまらず炎竜は呻き声を上げる。
「グオオオオォォォォォ!!!!?!?」
あまりの痛みに翼を羽ばたかせることができなくなり地上へと落下する。周りの木々を押し潰しながら地面に勢いよく墜落した。
グレン「今だ!」
俺はカイゼルに声を飛ばす。カイゼルがわかったと言うような目で頷き、剣の柄を握りこむ。
カイゼル「武具能力全解放、武器能力解放!」
地を踏み込み強化された脚力で素早く竜の首元へ回り込む。姿勢を低くし剣を腰の横に構え身体を捻る。
カイゼル「瞬迅一閃!」
「グオォォ...!?」
目にも止まらぬ速さで剣を振るい鱗ごと竜の首を両断する。その際の剣撃で風が遅れて吹いたかのように思えた。
あの技どこか見覚えがある。あれは東大陸での剣術。その中でも速さと一撃に一点集中させた技...抜刀術。厳密には鞘に納めた状態ではないのでそれを応用した技なのだろう。
それでも今までのカイゼルの技で一番強いことがわかった。もしあれを初見で受けていたら無傷では済まなかっただろうな。
炎竜の首が落ち、今まで暴れていた最強生物が力尽きた。
前に書いてたものをss風に直して書きました。ほぼ思いつきです、ご了承ください。
このSSへのコメント