2021-06-22 18:51:41 更新

概要

新任駆逐艦弥生の物語です


前書き

弥生、着任しました…


のどかな田園風景の中を1両のディーゼルカーが走っている ゴトゴト ゴトゴト

たった1人の乗客を乗せたその列車がトンネルに入る。けれど、反対側からはでてこない

トンネルの中で分岐した線路を走り続けたディーゼルカーは、トンネルを出てすぐのバリケードの前で停車した

運転士が守衛に声をかけると、バリケードが開かれ列車はゆっくりと進む


ここは海軍の鎮守府

民間人の立ち入りが制限される区域の中を走る列車は、100mほど進んだホームでその足をとめた

ゴロンと開いた扉の奥から、大きなリュックを背負ってたった1人の乗客が降りてくる

駆逐艦、弥生

睦月型三番艦の彼女が着任した瞬間である




″かつての港湾施設を流用しているため、全域に線路が張り巡らされている″


着任の挨拶のとき、司令官が言っていたのはこういうことかと、彼女は身をもって理解した

先任であり長女でもある睦月に敷地の案内をされているが、それは徒歩ではなくトロッコ列車でのことだったからだ


「ここ、とっても広いからね」


姉が見せてくれた見取り図に軽く目眩を覚える

どこのテーマパークだと言わんばかりの広大な敷地に、網の目の様に線路が描かれている

寮、食堂、工廠などにまざって、保線倉庫やら修理工場、車庫などまでが含まれたここは、基地としての規模なら話に聞く横須賀や呉よりも大きいのかも…

そんなことを考えていると、トロッコはその車体を軽く揺らして停車する


「行き違いだよ」


言われてみれば、反対側から同じようなトロッコが走ってくるのが見えた


「ここ、ホントに広いね…」


言いながら周囲に目を向ける

この辺りは車庫のようで、トロッコや貨車が何両もある。そんな中にあって一際目を引く車両があった


それはトロッコではなく、ちゃんとした客車だった。

全身を包む朱色の塗装は所々剥げ錆が浮いている。

規則的に並ぶ窓はいくつか開かれ、青い布張りのシートの1つには銀髪の女性がーーー。


「えっ?」


弥生が声をあげるのと、トロッコが走り出すのは同時だった。もう1度確認しようにも、もうその女性の姿は見えなくなっていた。


「およ?どうしたの?」


「…なんでもない」


姉の声に、弥生はそう答えていた。




一通り案内が終わり、自室に荷物を下ろした私は寮の部屋を出る。さっきの車庫で見た人がなぜか気になっていた

使い方を教わったばかりのトロッコで車庫の近くまで移動する。着いた頃には日が傾き、朱色の車体をオレンジ色に輝かせていた

よくよく見てみると車輪の辺りにも所々錆が浮いてる。夕陽に照らされたこの車体が世界に溶け込んでいるように見えた

あ、ボーっとしてる場合じゃない、さっきの人…

車体をよく見ると、開かれていたはずの窓は全部は閉まってたけどドアが少しだけ開いてる

近づいてみれば小さなハシゴと手すりまでついていて…まるで誘われてるみたい


「…いってみよう」


重たい扉をゴロゴロと開けて、ハシゴをよじ登った

車内に入ると、外の音が遮断されたそこは耳が痛いくらい静かで、差し込む夕陽とあわさって別世界みたいだった

コツ…コツ…

1歩ずつゆっくりと進む。通路を挟んで両側に規則正しく並ぶ座席の群れは、どこからかなにかが飛び出してきそうで…ちょっと怖い

そうやっていくつかの座席を覗いていくうちに怖さはなりを潜め、徐々に探検気分になり足取りも軽くなってーー息が止まった

夕陽が差し込む座席のみが続いた世界に1人の女性が現れた

どこか異国風の服を身にまとい、短い銀髪を夕陽に染めた女性は、狭い座席に窮屈そうに体を倒していた。目を閉じているが規則正しく上下する胸元を見れば彼女が眠っているだけなのだということがわかる

止まってしまった呼吸を再開させ、ついでに大きく深呼吸もしてから、改めて女性を見る

随分背の高い人だ。それに、変わった服装をしてる

ミニスカートからスラリと伸びる足は向かい合わせになった座席の足元へと向かってる。夕陽に照らされ橙に染まる肌は透き通るように白く、その澄んだ瞳と相まって浮世離れした印象を…


「!?」


いつの間にか見られていたことに気づき、慌てて飛び退る。しかし、狭い車内でそんな動きをすれば当然…


ゴンッ!


派手な音を立て、後頭部を隣の座席にぶつけてしまった

その痛みも、ゆっくりと体を起こして倒れた自分を覗きこむ視線の前に掻き消されてしまう


「大丈夫?」


席を立ちすぐそばにしゃがみこむ彼女の動きにやや遅れ、慌てて立ち上がってみせた

安心したように微笑みを浮かべた彼女が目線を合わせてくる

吸い寄せられそうになるその瞳と絶世と呼んで差し支えない程に整った顔

弥生の顔が赤いのは夕陽に照らされているからだけではなかった




「なんで…こんなとこにいるんですか?」


永遠に思える一瞬の静寂。破ったのは弥生の方だった。意を決して、といった表情の弥生に女性は柔らかな微笑みで返す


「なんとなく、ここが気になったの」


視線を窓の外に向け、続ける


「着任したばかりで姉妹艦もいないし」


「だったら…友達になってください…!」


微かに愁いを帯びたその顔を見た瞬間、弥生の口は勝手に言葉を発していた

唐突な申し出に驚く彼女をよそに、弥生はその場でピシッと敬礼してみせた


「本日着任した、睦月型駆逐艦三番艦、弥生です。よろしくお願いします…!」


しばし目を丸くしていた銀髪の女性だったが、目の前の小さな少女に返礼すべく立ち上がった


「昨日着任した、雲龍型航空母艦一番艦、雲龍。こちらこそよろしくね」


返礼からさっと差し出された右手に、弥生も自らの手をそっと重ねた


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