私は「吹雪」 中編
前作から4年ほど経ちました。
今更ながら続きです。
「そこでなにをしてるのよ!」ペカッ
司令官「うわ、まぶし!」
吹雪「この光……探照灯ですか? 一体なんなんですか?」
「――て、アレ? よくよく見たら司令官と吹雪じゃない。私よ、立派なレディーよ」
司令官「羽黒か」
吹雪「違いますよ。金剛さんですよ」
「もう二人とも馬鹿にして! 暁よ! あ・か・つ・き!」
司令官「ハハッ冗談冗談。暁は巡検の当番なのか?」
暁「そうよ。当番ジャンケンで負けちゃったから、こうして探照灯を片手に持って歩いてるの。
どうも最近負け越しちゃってて」
司令官「それって、初めにチョキ出す癖を直せば、少しは改善されるんじゃないか?」
暁「え? なにそれ。初耳なんだけれど」
司令官「自分のことだぞ。もっと耳を立てろ。自覚はないのか」
暁「い、いつも一生懸命なんだもん。覚えている訳ないでしょ」
司令官「じゃあ証明してみせよう。ほれジャンケン」
暁「え、えっ」
司令官「ほい」グー
暁「あわわ」チョキ
司令官「な、この通り」
吹雪「本当だ。暁ちゃん、チョキ出してる」
暁「は、初めて知ったわ……。次からは意識してパーを出すようにしよ」
司令官「うむうむ。これからはジャンケンをする度に俺を敬い計らえ」
暁「で、あなた達はこんな辺境の波止場でなにしてたの」
司令官「見て分からないか?」
暁「うーん。夜真っ暗な中で、司令官さんの腕の中に吹雪が居るこの状況は……。分かったわっ。吹雪の目にゴミが入っちゃったから、司令官が取ってあげてたのね!」
司令官「純粋だなぁ」
吹雪「純粋ですね」
暁「もう、なに二人して和んでいるのよっ」
司令官「暁、"逢引"の意味、分かるか?」
暁「知ってるに決まっているじゃない。"あいびき"ぐらい、レディーのたしなみよ!」
司令官「最近のレディーは逢引を嗜むのか。お盛んだなぁ」
暁「と、当然よ! なんたって暁よ! 立派なレディーなんだからね!」
吹雪「暁ちゃん。これ以上は口をチャックした方が良いかも。墓穴掘ってる」
吹雪「あと司令官、逢引という発言の是非と問いたいので、後で少々時間を取らせていただきます」
司令官「もう、つれないなぁ。吹雪は」
吹雪「ぶりっ子口調で言うのやめて下さい。不知火さんだったら"虫唾が走ります"と一蹴してきますよ」
司令官「最近流行らしいぞ。男のぶりっ子」
吹雪「少なくとも、この鎮守府では流行ってませんから」
暁「それはそうと司令官さん。日向さんから連絡よ。"早く執務室に戻ってきてくれ。書類が山のようにたまっている"」
司令官「いかんいかん。すっかり忘れていた。早く戻らないとな」
吹雪「私もお付き合いします」
暁「吹雪には別の用があるの。私と一緒に来てくれる?」
吹雪「でも、私には秘書艦の仕事が……」
司令官「行ってこい吹雪。文字や紙が頭の中で躍らずにすむぞ」
吹雪「一方司令官は躍るんですよね。言葉のダンス」
司令官「俺は女の子と踊りたいんだけどなぁ。まあ、たまには羽目を外して仲間と親睦を深めてこい。……と、早く行かんとまた日向に怒られてしまうな。じゃあ俺は行くから」タッタッタッ
吹雪「で、私に何の用かな。暁ちゃん」
暁「ついてくれば分かるわ」テクテク
-会議室-
暁「さあ着いたわ」
吹雪「ここって、会議室だよね。なんでこんな所に」
暁「とりあえず中に入って。話はそれからよ」
吹雪「は、はい」
吹雪「(暁ちゃんから漂う、この厳粛な空気はなんだろう……。)」
吹雪「し、失礼します」ガチャ
吹雪「こ、これは……」
-執務室-
司令官「なあ日向」
日向「なんだ」
司令官「流石に手が疲れたんだが」
日向「サボっていた君が悪い」
司令官「別にサボっていた訳じゃないんだが」
日向「ふぅん。あれをサボりではないと言うんだな。その行動に秘められた意思を是非とも聞きたい」
司令官「艦娘達との交流を深めるため、色々とお触りry」
日向「追加の書類を持ってこよう」
司令官「ごめんなさいごめんなさい。今のは本心だけれども、余っている書類は僭越ながらこのダメ提督が努めさせていただきます」
日向「全く、君は変わらないな。安心したよ」
司令官「俺はいつだって平常運転さ。ところで日向、一つ聞いていいか?」
日向「なんだ。言ってみろ」
司令官「吹雪はどこに連れて行かれたんだ」
日向「ああ、彼女なら今頃会議室に居ることだろう」」
司令官「なんでまたそんな所に。ものめずらしいものも娯楽を嗜めるものもないだろう」
日向「普段は提督の言う通りなのだが、あいにく今回は普段ではない」
司令官「つまり何が言いたい」
日向「なあに、大したことじゃない。ちょっとした余興だよ」
-会議室-
吹雪「え……?」
「……」ジロッ
吹雪「なんでこんな所に……」
吹雪「どうして……」
吹雪「ヲ級が……。深海棲艦がいるの……?」
ヲ級「……」
吹雪「あ、暁ちゃんッ! これは一体どういう……」
暁「……」
吹雪「暁ちゃん…?」
暁「……なにこれ。一体どういうこと……?」
吹雪「え?」
暁「私、知らない……。何がどうなっているの……?」ガタガタ
吹雪「私も事態を飲み込めてないよッ。本来の目的とは違うの!?」
暁「わ、私はただ、瑞鶴さんに"吹雪の歓迎会をやるから呼んできてくれ"と言われたから、ここにつれてきただけで……」
吹雪「催し物をしようとしてたのねッ。じゃあどうして深海棲艦がここに居るの!?」
暁「それは私の方が聞きたいわ! これは一体どういうこと……」
ヲ級「……」スッ
吹雪「いけない、ヲ級が手をかざした! 艦載機が飛んでくる!」
暁「何がどうなっているか分からないけど、吹雪、対空戦闘するわよ!」
吹雪「了解!」カチャッ
吹雪「主砲角20度! 対空よーそろー! 個艦防空よりも暁ちゃんと一緒に対空した方が良いよね。私は準備できたよ! 後は暁ちゃん次第!」
暁「……」テクテク
吹雪「え、暁ちゃん……何を……?」ガシッ
吹雪「(暁ちゃんに両腕を封じられた)」
暁「一つ、言い忘れていたことがあったの」
吹雪「え?」
暁「日向さんの言葉。うっかり吹雪に言い忘れちゃった」
吹雪「日向さんの、言葉……?」
暁「そう。うっかりしていたわ。いい、よおく聞いてね」
暁「"我々は今現在を持って、鎮守府を離反し、深海棲艦側に寝返る"」
吹雪「それってどういうこと……?」
暁「文字通りの意味よ。私達は寝返ったの」
-執務室-
司令官「日向、これは一体どういうつもりだ」
日向「だから言っただろう。我々はあなたを拘束すると」
司令官「理由を聞こうか」
日向「大した話じゃない。ちょっとした余興だよ」
司令官「余興で俺は拘束されるのか。ぶっ飛んでるなぁ。ああ、思考がぶっ飛んでないと反乱は起こさないか」
日向「クーデターを起こされたというのに、君は悠長に事を構えるな。実感がないのか?」
司令官「自分の立場は分かっているつもりだ。だから今は大人しくお前達の余興に付き合ってやろう」
日向「相変わらず君は底が知れない男だ。大人しくついてこい。とある場所で監禁する」
-会議室-
吹雪「反乱の動機は、なんなのッ!」
暁「良く聞いてくれたわね。それは……」
暁「司令官がだらしないから? スケベだから? もしかして一人一人の生理周期表を記録してるから? 」
暁「え?」
吹雪「艦娘全員の下着を網羅してるから? 主計科の妖精さんに無理を言ってお願いして、"艦娘達の使った割り箸を廃棄せずに、俺に回してください"って言ってるのがばれたから? それとも……」
暁「ストップストップ。これ以上司令官の暗黒面を知ったら、本当に寝返っちゃうかもしれないから」
吹雪「え、本当に? それってどういう意味?」
暁「な、なんでもなくないわ!」
吹雪「暁ちゃん、口調がおかしいよ」
暁「う、うるしゃい! 今は大人しく暁の話を聞いてったら!」
吹雪「あ、ごめんね、暁ちゃん」
暁「反乱の動機はね、えっと……」
吹雪「うん」
暁「……」
吹雪「……」
暁「なんだっけ?」
吹雪「いや私に聞かれても」
暁「もう、吹雪が余計なことを話すから、折角日向さんや瑞鶴さんが作ってくれた台本の台詞が抜け落ちちゃったじゃない!」
吹雪「台本? 作ってくれた?」
暁「わわ、なんでもないの。ただ厨房で甲板胸な瑞鶴さんと日向さんが、クーデター起こそうって話をしていただけなの」
吹雪「そんな大事なこと、厨房で話しちゃって良いんだ!」
ヲ級「甲板、胸……」フルフル
吹雪「えっ、ヲ級が喋ったよ。悠長に人の言葉を喋っちゃったよ」
暁「あ、ずい……じゃなくてヲ級。今のはちょっと口を滑らせただけよっ。あ、いや、私達は常に瑞鶴さんのことを正規空母にしては甲板が薄いなぁとか思っている訳じゃなくて……」
ヲ級「へえ、思ってるんだぁ……私がいっちばん、気にしてることを」ズイッ
暁「あ、あの……。瑞鶴さん、ちょっと顔が怖いわよ。いつもの勝気に満ちた顔を見せて欲しいわぁ、なんて」
ヲ級「全機爆装、目標、目の前の特三型駆逐艦ッ」
暁「ず、瑞鶴さん、ちょっと目が怖いよぉ」
ヲ級「その原因を作った人は誰だっけ?」
暁「ふ、吹雪、ヲ級の相手はあなたに任せたわッ」
吹雪「暁ちゃんとヲ級さんは仲間同士なのに?」
暁「今は敵よッ。私に殺気を撒き散らすあの人と仲間だと思える状況だと思う!?」
吹雪「何となくだけれど、この一連の騒動の意図が掴めた気がする。だから私はヲ級さんの味方につくことにするよ」
ヲ級「ありがとう、助かるわッ……ヲッ」
吹雪「今さらキャラを作っても意味が無いです。瑞鶴さん」
暁「う、裏切り者ーッ。私達同じ鎮守府の仲間でしょ、それ以前に、同じ特型駆逐艦でしょッ」
吹雪「その確かな絆も、離反しちゃって消えちゃったもんね。仕方ないよね」
暁「うぅ、こうなったら、暁、最大戦速で逃げるぅぅ!」ダッシュ
ヲ級「あ、こら、待て! 暁ッ!」バシュバシュッ
綾波「ああ、せっかく吹雪ちゃんの歓迎会用に作った特大ケーキが、爆撃されてる」
響「ハラショー」
羽黒「落ち着いて下さい、瑞鶴さんッ。吹雪ちゃん歓迎会なんですよ」
ヲ級「うるさいッ。暁を撃沈するまで、この衝動は止まらないわッ」
羽黒「後で暁ちゃんには言い聞かせておきますから、今は堪えて……」ギュッ
ヲ級「この確かな女性の象徴……羽黒、あんたも私を愚弄するのね!」
羽黒「い、怒りに身を任せすぎて、見境が無くなってます!」
ドカンドカンッ
ワーワー
司令官「……」
日向「……」
司令官「日向、ホイップクリームが瞼についてるぞ」
日向「指摘感謝する。そして、これはささやかな礼なのだが、提督よ。お前の頭には、苺が乗っていることを教えておこう」
司令官「頭に苺、なぁ。空から降ってきたのかな」パクッ
日向「神様が降らせてくれたに違いない。私達の望む物ではないが」
司令官「じゃあ神様は、今後何も降らせてくれなくなるな。人間達の気持ちが分からないから」
日向「ああ、全くだ」
司令官「ところで日向よ」
日向「なんだ?」
司令官「この後始末は任せたぞ」
日向「……了解した」ハァ
-宿舎-
吹雪「……ふぅ。疲れたぁ」
吹雪「結局は日向さんと瑞鶴さんが企画した、私の歓迎会だった」
吹雪「深海棲艦云々は私と提督を驚かせる、いわばドッキリ企画だった」
吹雪「そりゃ、そうだよね。こんな辺鄙な所に深海棲艦が進撃してくることなんてないもんね。戦略的価値なんて、トラックやショートランドに比べれば段違いに低いもの」
吹雪「こんな所占領したって、何の意味もないよ」
吹雪「……。」
吹雪「なんでこんな役引き受けちゃったかな」
コンコン
瑞鶴「吹雪、少し時間良い?」
吹雪「あ、はい。どうぞ」
瑞鶴「失礼するね」ガチャ
吹雪「こんな夜更けに……どうしたのですか?」
瑞鶴「どう、うちの鎮守府?」
吹雪「え?」
瑞鶴「率直な感想を聞きたいんだ。新任艦娘が終わった気持ち。洗いざらいぶっちゃけて良いから」
吹雪「そう、ですね……」チラッ
瑞鶴「心配しないで。この件は誰にも内緒にするって約束するから。信用ならないんだったら、何か紙でも持ってきて誓約書でも書いてあげる?」
吹雪「いえ、そこまでの覚悟や意思をしたためなくて良いです。でも答える前に一つ、質問しても良いですか?」
瑞鶴「質問してるのは私の方なんだけどなぁ。まあ、別にいいけど」
吹雪「瑞鶴さんの質問に答えるべき人は、"吹雪"ですか。それとも私ですか?」
瑞鶴「……私はあなたの気持ちが知りたいの。"吹雪"がどうとか、あなたがどうとかじゃなくて。率直に、素直に。あなたとしての意見を」
吹雪「……。では瑞鶴さん、私としての感想を述べさせていただきます」
吹雪「一言で言い表すならば、この鎮守府は怠慢に満ち溢れています」
瑞鶴「怠慢、かぁ。具体的には?」
吹雪「提督がセクハラをするとか」
瑞鶴「昔はそうじゃなかったんだけどなぁ」
吹雪「異常なのに艦娘自体が順応しちゃってて、誰も咎める者がいない状況とか」
瑞鶴「慣れてる訳じゃないわ。どんなにきつく、かつて私が提督さんの執務室を爆撃した次の朝も、セクハラは直らなかったから、みんな諦めちゃったの」
吹雪「それでも提督を正す必要があります。艦娘の誇りは提督。提督の誇りは艦娘。艦娘と提督は一心同体なのですから」
瑞鶴「うーん。流石内地で務めていただけあって、説得力がある」
吹雪「だから私が仮にもし、内地から派遣された査察官だとしたら、間違いなく上層部に更迭を強く上申すると思います」
瑞鶴「厳しいなぁ。そんなに規律がゆるゆるかなぁ」
吹雪「ゆるゆるですよ。それはもう間宮を目の前にした日向さんの如く」
瑞鶴「……それって、もしかして」
吹雪「それでも、」
吹雪「それでも、私は楽しいと思いました」
吹雪「久方振りに、心の奥底から、あったかい何かがこみ上げてきました」
吹雪「喜びという名の、ぽっかぽかな気持ちが、こみ上げてきました」
吹雪「偽りの日常であっても、私は吹雪に生かされていると知っていたとしても」
吹雪「私が感じるこの気持ちは、本物なのでしょうから」
吹雪「瑞鶴さんや日向さん、他の皆さんが私を心配する気持ちは良くわかります」
吹雪「でも私は大丈夫です。この気持ちに気づけただけで、多くの皆が懸念する事態に陥るなんて今後一切訪れません」
吹雪「だから、私を信じて下さい」
吹雪「一緒に役者を演じて下さい」
吹雪「一緒に悲しみ、一緒に喜び、」
吹雪「一緒に、同じ夢を追い続けましょう」
瑞鶴「……そう。それがあなたの答えなのね」
瑞鶴「私、吹雪が無理してないんじゃないかって思ってた」
瑞鶴「笑顔に見せるあなたの黒い感情に、不吉な予感を感じていたから」
吹雪「……」
瑞鶴「でも、さっきのあなたの話を聞いて、杞憂だって思った」
吹雪「……そんなに私の笑顔は、汚い顔をしていましたか。ちょっとだけ、ほんの少し、癪に障りました」プクー
瑞鶴「へそを曲げないでよ。私が悪かったから。今度間宮にでもつれてってあげるから、機嫌を直してっ、ねっ?」
吹雪「分かりました。かつて吹雪が好きだった食事でも食べさせてくださいね?」
瑞鶴「了解了解。じゃあ私は帰るね。あなたの内心を聞けて良かった。他に何か心配事があったら遠慮なく聞いてね。相談に乗るから」
吹雪「私も、瑞鶴さんの本心を聞けて良かったです。おやすみなさい」
瑞鶴「うん、おやすみ」パタン
吹雪「……」
吹雪「……みんな、吹雪が好きだったんだよね」
吹雪「私には分かるよ。だって、みんなからこんなにも心配されて、目にかけてくれたんだもの」
吹雪「それを私が……失わせちゃったんだ」
吹雪「なんであんなことしちゃったんだろうなぁ。そしてなんであんな提案に乗っちゃったのかなぁ」
吹雪「ごめんね吹雪。私はやっぱり吹雪にはなれない」
吹雪「どんなに演じても。どんなに想っていても」
吹雪「やっぱり誰かの代役にはなれないってことよね」
吹雪「全くこれだから、何もかも嫌いになるの」
吹雪「私は、もう……」
吹雪「休みたいの」
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