2022-01-25 08:50:57 更新

△月 □日 

本日、大本営からお達しがあった。

近々南方海域にて、攻勢の兆しを見せる深海棲艦に対し、

他鎮守府と連携した大規模な反攻作戦が行われる。

私はサブという小さな島に派遣されることになった。

期待半分。不安半分といったところ。

初めての大規模作戦。大戦力が一つの海域に集結するという事実に、僅かながらの高揚感が身体中に迸る。

でも慢心だけはしてはいけない。

これは戦争。演習や近海掃海などと違い、魚雷や砲撃が飛び交う実戦に身を置くことになる。

提督は私達を前線に送ることを最後まで抵抗していた。

提督は優しい。提督とは同郷のよしみだったが、あの時よりも彼は人一倍優しさを磨き上げていた。

だから、だからもし、最悪の事態になった場合、提督は……。


……この日記の在り方が分かったかも知れない。


司令官「――以上が、大本営からの電報だ」


ザワザワ


日向「一つ、いいか?」


吹雪「どうぞ、日向さん」


日向「提督。本当にやるのか?」


司令官「……。」


日向「答えてくれ。提督」


司令官「……。」


日向「提督ッ」


吹雪「日向さん。これは決定事項です。何か意見申し立てがあるのであれば、書類を通して私に提出を……」


日向「すまない、吹雪。私は今、提督に聞いているんだ。これが違反であることも百も承知だ。規則に則り然るべき罰も受けよう。だからどうかここは目を瞑ってくれ」


吹雪「ここで例外を許してしまいますと、この先の風紀の乱れに通じます。例外は恐ろしいもので、一度認めれば、それは連鎖的に膨らんでいくものです。ですから、ここはどうかお引取りを願いたいものですが……」


司令官「いや吹雪。俺から話そう」


吹雪「司令官!?」


司令官「すまないな吹雪。こういうのが俺の性分なんだ。俺から率直に話したい」


吹雪「艦を預かる身ながら……。鎮守府の長たる司令官が率先して風紀を乱すような行為を取らないでくださいッ」


司令官「俺が長なら俺自身が模範であり風紀だ。ここは黙って従ってくれないか」


吹雪「……。」


吹雪「分かりました。あなたは昔から自分勝手なんですから」


司令官「いつも迷惑をかけてばかりですまんな」


吹雪「いつものことです」


司令官「さて日向。解答がまだだったな」


司令官「今回の作戦は、大本営の強い意向もあるが、俺にとっても願ってもないことだよ」


日向「提督の真意を問おうか」


司令官「やけにつっかかってくるなぁ。そんなに戦うのが怖いのか?」


日向「君は戦を好まないはずだ。この前……。そうこの前。我が艦隊がとある作戦に従事した時の話だ。ちょっとした不手際で我が艦隊の一員が大怪我をした。その時のお前の狼狽ぶりは実に見物だった。話を聞くや否や、鉄砲玉のように執務室を出て、岸壁を飛び降り、今か今かと艦隊の帰投を海上でぷかぷかと浮かびながら、その時を待ち望んでいたもんな。今でも鮮明に思い出せる」


吹雪「日向さん。提督への誹謗が目的なのでしたら、話を切り上げさせていただきますが」


日向「話は最後まで聞くものだ。吹雪よ。事には必ず順序がある。それを踏まないで意見が述べられるか」


吹雪「……続けて下さい」


日向「血相を変えて一目散に走り出した提督を見て、多くの者は笑った。何を隠そう、私もその一人だ。なんて提督は大げさなのだろう。なんて提督は落ち着きのないのだろうと嘲笑したものだ。私達は艦娘。死地に身を置くことを生業をする者達だ。怪我なんて戦闘に関われば身体のあちらこちらに刻まれる」


日向「……だが、我々は嘲笑せども提督の優しさに触れることができた。提督は心の底から我々の身を案じている。だからあんな突拍子もない行動をとったのだと、そう理解した。だからこうした戦闘行為が比較的少ない、辺境の泊地にて艦隊運営を行っているのだろう」


司令官「……。」


日向「そんな提督が大規模作戦に率先して自ら名乗りをあげる真似などしないだろう。どういう風の吹き回しだ」


日向「よもや吹雪に何か唆されたということは……。」


吹雪「……何の根拠もない疑心は、返って自らの首を絞めますよ。日向さん」


日向「疑いたくもなる。よりにもよってあの海域なんだぞ。私達が二度と触れることを禁じたあの惨劇の海原……。そしてお前にとっても忌々しい海域のはずだ」


吹雪「……。」


日向「お前の身勝手な贖罪のために、司令官を誑かした可能性も無きにしもあらずだろう。だから私はお前を疑っている」


司令官「日向。お前が何を言っているのか訳が分からないが、仲間を疑うとはらしくないな。俺は吹雪に何か吹聴されたことも、聞く予定もない。俺の意志は俺が決める。重ねて言うがこれは俺の判断だ。この決定に吹雪は何も関わっていない」


日向「それは本当なんだな」


司令官「俺が嘘をついたことあるか?」


日向「……一回だけある」ボソッ


司令官「ん? なんだ。言いたいことがあればもっと腹から声を出せ」


日向「……いや、何でもない。提督の考えは全く持って分からない。だが、作戦自体の遂行に対して、これ以上口を出さないことを約束しよう」


司令官「他に何か質問はあるか?」


シーン


司令官「では解散だ。出撃要員は各自準備を整え次第、トラック泊地へ向かうぞ」


△月 ☆日 

先ほどトラック泊地に到着した。

ここは本土と南方海域の間に構える大規模な泊地であるため、様々な軍事施設や宿舎が連なっている。

付近には泊地に務める人員に賄いを提供する人達が自然と集まり、小さな町を形成していた。よって私達の鎮守府と違い、ここは昼夜問わず、常に活気に満ち溢れている。

やはりと言った所か、大規模作戦の前日だからかは定かではないが、各鎮守府より選抜された艦娘達がちらほら見られた。

中でも、長らく秘匿とされていた大和型戦艦を見かけた時、我を忘れて思わず見ほれた。

ぽかーんと口を金魚のように、あまりにも無防備に変な顔を曝け出していたのだろう。大和型戦艦に苦笑されたと思いきや、その笑いは周りに伝染し、私を軸に笑いの渦が巻きおこった。

恥ずかしい。恥ずかしい。

正気に戻った私は、顔を赤く染め、しゅんと俯いた。またもや笑いの嵐。うう。

かくして私はちょっとした有名人になってしまった。今は準備された宿舎で日記を書いている。正直言って、明日出撃したくない。怖いという感情よりかは、笑い者の視線で見られるのがたまらなく嫌だからだ。


でも出撃しなくてはならない。

万が一に備えての根回しはもう済ませた。頃を見計らって、宿舎を抜け出そう。


消灯の鐘が鳴った。そろそろ寝なくてはならない。

願わくば、明日の作戦は何事も無く終われますように。


――吹雪、出撃します。


-サブ島沖-


青葉「こちら輸送艦隊護衛艦隊旗艦の青葉です。現在サボ島付近を航行中。我、敵影らしき影は見当たらず。予定通りに2020からガ島で揚陸開始です。どぞ」


青葉「え? 無線封鎖を厳にしろと? ……大丈夫ですよー。前にサーモン海域で敵艦隊を夜戦でぼっこぼこにしてやったじゃないですかー。いくら未知数の敵とはいえど、戦力の再編は不可能ですって」


青葉「そういう問題じゃない? 提督ー。頭固いですね。将来禿げますよー」


青葉「……あ、通信切れちゃいました。流石に言い過ぎましたかね」


古鷹「あおばー。勝手な憶測で動いちゃダメだよ。いつもなら良い……まー良くはないんだけど、今回は大規模作戦よ。他の鎮守府の人達と密に連携を取り合わないといけないの。上の人達も様々なことを思考されているに違いないから、私達は上の取り決め通りに行動しないと」


青葉「相変わらず古鷹は真面目さんですねー。何でもかんでも上からの指示に泳がされてては、相手の裏はかけないものですよ。遠方の地で立てた作戦より、現場で判断した作戦の方がよっぽど効率的ではないですし」


古鷹「だから今回はみんなと戦うんだから、みんなに合わせなくちゃいけないでしょう。もしこれ以上勝手な行動をしたら、後ろから主砲一斉射だからね」


青葉「ちぇー。分かりましたよ。上からの命令に従って無線封鎖も行いますし、勝手な行動は慎みます。これで満足ですか?」


古鷹「満足っていうか、それが普通なんだけれどね……。あ、ほら。あの光。輸送隊の発光信号じゃない? 返してあげましょう」


青葉「うーん。それにしては実に不規則ではありませんか? なんていうか、その、ただ、何かが炎上しているといった感じのような……」


古鷹「発砲音も着弾音も聞こえていないでしょう。青葉は気にしすぎだって」


青葉「確かに慎重過ぎるのも問題がありますね。分かりました。発光信号を送りましょう」


ザーザー


衣笠「わ、すっごい雨。これがスコールってやつかなぁ?」


青葉「人生初のスコールです。これは是非とも写真を撮って記事にしないと……」


古鷹「あーおーばー? 勝手に写真を撮ってはいけませんー」ジロッ


青葉「おー怖い怖い。鬼のような形相で近づかないで下さいよ。雨も滴る良い鬼になってしまいます」


古鷹「誰の行いのせいで、そんな顔をしなければいけないと思う?」


青葉「まあ私ですね。さてさて、写真が云々はひとまずおいといて。どうしましょうか。これから本格的なスコールが待ち構えていますので、ジグザグ運動を行えば、我が艦隊の位置の把握が極めて困難になってしまいます」


衣笠「中止で良いと思うわ。もし敵艦隊が来ても同じ状況下でしょう。何も警戒することはないって。もし嵐の中で遭遇されても、私達の方が臨機応変力は効くんだから。何も問題はないわ」


古鷹「私も衣笠に同意。とりあえず、抜けてからまた警戒態勢を取ればいいと思う」


青葉「おやおや。古鷹さん。あなた、さっきは上からの命令は絶対とか仰っていませんでしたっけ?」


古鷹「言ったわ。それがどうしたの?」


青葉「上からの指示では、"たとえスコールの中でも、警戒は厳にしろ"ということだったのですが、良いのですか?」


古鷹「状況が状況でしょ。さっきの青葉の意見も取り入れているから、私は衣笠の意見に賛同するの」


青葉「一応信頼はあるのですね。分かりました。お二人の意見を尊重します。スコールにつき全艦、之字運動止めー。そのまま前進せよ」


ザーザー


青葉「ひゃぅっ。これがスコールですか。一体全体、周りがみんな真っ白です」


青葉「困ったなー。ここまで勢いが強い雨だとは思いませんでした。これだと敵艦隊がすぐ隣に居ても全然気づけません」


青葉「それにこのまま進路をとり続けると、サボ島にぶつかってしまいます。さてどうしたものか……」


「青葉さんッ 青葉さんッ」


青葉「なにやつですか?」


「白雪です。さっきの独り言、聞こえていました。私が先に出て、辺りを警戒します。どうか許可を」


青葉「それは願っても無い進言。我々としては安心なのですが、大変に危険な役割ですよ。大丈夫ですか」


「やります。お願いします。どうか許可を」


青葉「分かりました。ではお願いします。白雪さん」


青葉「こちらの戦力は駆逐1隻・重巡洋艦3隻の合わせて4隻。白雪さんが抜けたことで、私の周りには衣笠さんと古鷹だけの、重巡3隻になってしまいましたね」


青葉「まあこれだけの戦力があれば、何とかなりますね。夜間の戦闘では我々に分があります。例え混乱の最中にあっても、すぐさま復帰できるはず……」


ザザッ


青葉「おっと、そろそろスコールを抜けますね……」


青葉「ん? あれは……。艦影ですね」ジッ


古鷹「どうしたの?」


衣笠「なになに、敵艦隊のお出まし?」


青葉「恐らく味方でしょう。艦影三つ。こちらに向かって進んできます」


古鷹「敵かもしれないよ?」


青葉「いえ、先行していただいている白雪さん他、基地航空隊の策敵機からは何の報告も入っておりません。ですからあれは、私達の輸送部隊でしょう」


古鷹「え?」


青葉「何を驚いているのですか? 何か亡霊でも見ちゃいましたか? どこどこ? どこにいますか? 私心霊経験は初めてなもので……」


「あのー。青葉さん」


青葉「はい、なんでしょう」クルッ



「私、"白雪"はここにいるのですが……」



青葉「え?」


青葉「じゃ、じゃあさっき私に進言していた人は、一体……」


青葉「誰なのでしょうか……」


ドーン


青葉「ひゃっ! 今度はなんですか!」


古鷹「砲撃! 前方から!?」


衣笠「どうやら敵だったようね。よーし、衣笠さんのちょっと良いところ、見せてあげようかしら!」


青葉「待ってくださいッ 違いますよ! あの方々は味方ですよ!」


古鷹「青葉! その根拠は何!」


青葉「あの艦影、輸送部隊の水上機母艦に似ていませんか!?」


古鷹「……確かに、似ている」


青葉「それに謎の人物はさておいて、策敵機の報告が全く入っておりません。つまりこの近海には敵艦隊は存在していません」


古鷹「……。敵に占領されたガ島付近だから、極限の緊張にあるのかもしれないね」


青葉「さらに突如、無警戒なスコールから私達は出現しました。もう一つオマケに、夜も深いです。さてさて誤認する条件はこれだけ出揃いましたが、どうでしょう」


衣笠「つまり私達が揚陸を邪魔する敵艦隊と勘違いしているってこと?」


青葉「そのようです。誤解を解くために、こちらから発光信号を送りましょう」


古鷹「待って青葉ッ 相手が本当に敵艦隊だったら、自らの位置を曝け出すことになるんだよッ」


青葉「戦闘に待ったは通用しませんよ。ここは既に戦場。一刻でも早い決断こそが、勝敗を分けます」


古鷹「……でも」


青葉「発光信号を送ります。皆さんは万が一に備えて戦闘準備をお願いします」


青葉「ワレアオバ。ただちに戦闘行為を停止せよ」ピカッ


パーッ

パサパサパサ


青葉「ん、この光は……」


青葉「……あの艦。人の形をしていない?」


青葉「しまった! これは敵艦隊の照明弾……!」


ドンッ


青葉「ぐぅッ!」ドサッ


古鷹「青葉! みんな、あれは敵艦隊よ! 主砲準備!」


衣笠「不意は突かれたけど、やってやる!」


白雪「魚雷準備します! しばらく持ちこたえてください!」


古鷹「ほら青葉、早く立って! 煙幕を張って逃げて!」


青葉「……これは私の失態です。許して下さい」


古鷹「それに了承した私達も悪いのよ。あなただけの責任じゃない。だからほら、一刻も早く離脱して! ここは、私が食い止めるから!」


青葉「……」


青葉「……申し訳、ないです」モヤモヤ


-サブ島沖-


キョロキョロッ


「……どこ?」


「どこにいるの……?」


「……私だよ。帰ってきたよ。もう一度、この場所に」


「暗くて……良く見えない」


「近づけば分かると思ったけど……」


「創作物のようにはいかないよね。目には見えずとも魂で繋がってる訳じゃないんだなぁ」


「……。」


「いや、むしろ」


「私が、そのつながりを断っちゃったんだよね」


「……。」


シュボッ


「わ、まぶしい。いきなりなに……」


「あれは、そうか。照明弾か。あっちはあっちで戦闘が始まったのね」


「青葉さん……騙すようなマネをしてごめんなさい。許してくれなくても良いから、理解して下さい」


「私は、どうしてもここに来なくてはいけなかったんです」


ゾオオォォォ


「……。」


「見つかっちゃったかぁ」


「まあそりゃそうだよね。これだけ明るいんだし、そして何より単艦行動は、敵からすれば格好の餌食」クルッ


深海棲艦「……」ゾオォォ


「人型の深海棲艦……。それに未確認の……。鬼級といった所かな?」


深海棲艦「……クズレテ、ハガレテ……。モウニドト、モドレナイノ……。」


「オマケに人語を話すときたもんだ。鬼級以上は確定か。あぁ、厄介だなぁ」


深海棲艦「……。」スチャッ


「見た目で判断するに、お前は駆逐艦かな。その口径、12.7センチ砲と見た。よってお前のことは"駆逐棲鬼"とでも呼称しようか」


駆逐棲鬼「……。」


「さあかかってきなさい。私は、大切な人を殺したお前達を、許すことはない。そして私も……」


駆逐棲鬼「……。」


「私と舞いましょう? 冷徹で残酷で優雅で……死をかけた舞踏曲を。そして、その死を持って、わたしとして、……吹雪として」



「少しでも償うよ」



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司令官「吹雪、ちょっといいか」


吹雪「なんでしょう。これから準備をしなくてはならないので、手短にお願いします」


司令官「……その必要はない」


吹雪「……え?」


司令官「お前は……。特型駆逐艦吹雪は、この鎮守府で待機だ」


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吹雪「こっちよ、化け物」ドンドンッ


駆逐棲鬼「……。」ドンドンッ


吹雪「くっ、やっぱり接近戦だと分が悪い」


吹雪「悔しいけど兵装はあっちの方が高性能。近づくと蜂の巣にされてしまう」


吹雪「でも、それが何。砲撃戦ではあっちの方が上手だけど、きっと魚雷なら……。そう、必殺の酸素魚雷で、一発でも当てることができたなら……」


吹雪「あいつに、致命傷を負わせることができるはず……!」ドンドンッ


駆逐棲鬼「……ナミノムコウノ、ヒカリノナカヘ、トケロ」ドンッ


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吹雪「そんな……。何故ですか!? 私じゃ力不足ってことですか!?」


司令官「……。」


吹雪「私だって一人の艦娘です。いくら私があなたのお気に入りだからって、これだけは引けません。どうか私も同行許可を……」


司令官「……吹雪」


吹雪「なんでしょうか」


司令官「お前はどうやら、一つ勘違いしているようだ」


吹雪「……え?」


司令官「まあ、全ての事の発端は俺が原因だしな。仕方がない……。なくないか。俺が不甲斐ないばかりに、お前にまで要らない苦労をかけてしまって、本当に申し訳ないと思っている」


吹雪「何を仰っているのか、私には分かりません! どうか釈明を!」


司令官「……。」


司令官「もういいんだ。辛い役目を押しつけてしまって、ごめんな。……本当に、ごめん」


吹雪「いきなり謝罪されても困ります! 一体何に懺悔しているのですかッ」


司令官「俺達の偽りの日常は今日で終わり、未来へ進んでいく」






司令官「"吹雪"。」






司令官「お前は"吹雪"じゃない。」











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バシャバシャ


吹雪「くっ! 至近弾……。膝がひりひりする」ジンジン


吹雪「……あの人も、こんな感じだったんだろうな」


バシャバシャッ


吹雪「それにしても、電探を搭載しているのか、やけに命中率が高い」


吹雪「だったら煙幕張っても無駄か……。電探射撃に目を遮る物は通じない」


吹雪「……いや。使えないって訳じゃなさそう」


吹雪「物は試し。やるしかない」モクモク


駆逐棲鬼「ムダダ」ドンドンッ


バシャシャッ


吹雪「やっぱり目くらましにはならないか……」


バシャシャシャ


吹雪「でも私の目的は、煙幕に隠れ砲撃を交わすことじゃない……」


吹雪「電探射撃であれど、視界は遮られているはずッ」


吹雪「だから、私の本当の目的は……!」


吹雪「必殺の酸素魚雷の投下位置を、相手から隠すこと……ッ!」


サシャッサシャッ


吹雪「いっけぇぇぇぇッッ!」


ドゴンッ


吹雪「ああッ!」モコモコ


吹雪「流石に被弾するか……。状況は……。そう、大破か」


吹雪「でも、惜しい」


吹雪「もう私の必殺の魚雷は放たれている!」


駆逐棲鬼「……!」ビクッ


吹雪「お願いッ」


吹雪「当たってッッ!!」


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吹雪「……え?」


司令官「"吹雪"。いや、正確には"吹雪"の妹か。妹と認識して話すのは初めてだなぁ。……懐かしいな。元気にしていたか?」


吹雪「……違う。私は、"吹雪"ですよ。司令官、何を仰って……」


司令官「昨日、大本営から達しがあった」


吹雪「司令官は寝ぼけているのですか? 大規模作戦を控えていますからね。きっと寝る間も惜しんで色々とお考えになられていると思います。ですがいけませんよ。ちゃんと睡眠をとらないと」


司令官「簡潔に述べると、大本営は脱獄者を探しているらしい」


吹雪「もう司令官。トラックの話は一応置いといて……。いや置いとかれてもいささか問題があるのですが、今日の所はとりあえず執務室にお戻りになって、しっかり休養を取られて下さい」


司令官「脱獄者はかつて軍令部所属の新米参謀。前の大規模作戦の失態から更迭され、軟禁処分となっていたと聞く」


吹雪「何なら子守唄も歌って差し上げますよ。自慢ではないですけど、歌には自信があります。司令官も覚えていますか? 私達の故郷で行われた喉自慢コンテストで優勝しましたからね。え? 喉自慢は歌と関係ないって? そんなことはありませんよ。歌は腹から声を出すものです。でも必ず喉は通ります。大声を出せるということは逆も然り。静かで安らぎある声も出せるという訳で」


司令官「何でも外部の者の手助けの下、彼女は自殺を見せかけた巧妙なトリックを使い、脱獄に成功した」


吹雪「だから私は子守唄にも自信があります。あ、それだけでは寝られませんか? ……。だったら、私が、あの、その、そ、添い寝をしてあげても構いませんよ。風紀に触れることですが、司令官の安息のためだということにすれば、きっとまかり通るはずです。いや、通らせてみせます」


司令官「その者はとある鎮守府に務める艦娘の妹で……。」


吹雪「司令官ッ! 私の話、聞いて下さい!」


司令官「話を聞くのはお前の方だ。俺の話を聞け」


吹雪「……ッ!」


司令官「もう良いんだよ。偽りは、今日で終わりだ」


吹雪「……いつから、ですか?」


司令官「何のことだ?」


吹雪「いつから、私が"吹雪"じゃないって、気づかれてたのですか?」


司令官「最初からだ」


吹雪「……え?」


司令官「最初から、何から何まで。全て……。まるで俺のために作られた舞台で、それぞれが役者を演じているような……。そんな違和感がまとわりついていた」


吹雪「そう、ですか……」


司令官「お前の姉……。そう。"吹雪"をサブ島で失ってから、俺はふさぎこんでしまった。分かっていたんだが、どこかでその事実を受け入れられていなかったんだな。怒られるかもしれないが、初めのうちは執務に全く支障が現れなかった。それどころか、吹雪を失う前よりも張り切っていたんだ。身体の底から力が沸いて、気分も良くて、調子がすこぶる良かったんだ。そんな俺の姿を周りの艦娘達はどう思っていたんだろうな。さぞかし不気味がっていたんじゃないか。乱心したとでも思っていたりしてな」


司令官「でもな。執務室に入る度、心を蝕む物があった。それは彼女の名残ある物品や思い出、それに記憶だ」


司令官「ほら、俺は吹雪を秘書艦に指定していただろう。秘書艦は固定されていたもんだから、彼女は宿舎ではなく、執務室に寝泊りしていたんだ。だから彼女の私物は、執務室の至る所に残っていたんだ」


司令官「それを見る度、徐々に心に、彼女が流れ込んでくるんだ。視界を塞ぐと記憶が頭から心に流れてくるんだ。それも跳ね除けようとすると、抑えようとすると、心の底から……。思い出が溢れてくるんだ。彼女との、大切な思い出が……」


司令官「そんな板ばさみにあって、正気でいられる訳がない。ある日を境に、俺の心は擦り切れてしまったらしいな。やる気もすっと抜け、元気や陽気なんて霧散してしまう。何事もどうでも良くなってしまった俺は、執務室に塞ぎこんでしまった」


司令官「鎮守府の長たる俺が機能不全に陥ってしまったんだ。鎮守府の皆は大層考えただろうな。どうやってもう一度、立ち直させられるか。どうやってもう一度、あの頃の日常を取り戻せるか。様々な議論が飛び交ったと思う」


司令官「そこで、お前に白羽の矢が立ったんだろう」


司令官「吹雪とお前は非常に顔と声が良く似ている。しかもお前は処分待ち中。罪の意識に苛まれ、苦しむお前の耳に、罪を償えるかもしれないと、ふと話が飛び込んできたらどうだ。承諾するに違いないだろう」


司令官「大規模作戦の失敗から、お前は情緒不安定だったらしいな。そんな中、ふと自殺を思い立っても誰も不審がらない。だから偽装死を行い、本人はこの鎮守府にたどり着いた」


司令官「……違わないか?」




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ドーンッ


吹雪「命中! これで……」


駆逐棲鬼「……。」モコモコ


吹雪「……そんな、」


吹雪「被雷しても、まだ立っていられるなんて……」


駆逐棲鬼「……。」


吹雪「……え?」


駆逐棲鬼「……。」ヨロッ


吹雪「やった……。やっぱりダメージが蓄積されていたんだ」


駆逐棲鬼「……。フ、」


吹雪「……?」


駆逐棲鬼「……。」





「フブ,キ……?」






吹雪「え?」


吹雪「そんな、」


吹雪「ああ、そんなことって……ッ」


吹雪「忘れる訳ない。あの声……」


吹雪「今の声は……」


吹雪「"吹雪"の声だ……。」


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吹雪「その通りです。ほぼ司令官の憶測通りに事を進めさせていただきました」


司令官「そうか」


吹雪「それで、処遇はいかがなされるおつもりですか?」


司令官「処遇とは?」


吹雪「私を大本営に送還すれば、今回の騒動は収束しますが」


司令官「ああ、その件か。だったら今すぐ事を済ませようか」ガチャッ


司令官「――私だ。上に繋いでくれ」


吹雪「……。」


吹雪「(……結局、私は、何も出来ないまま、内地に帰ることになるのか)」


司令官「○○泊地所属の○○です。ええ、この度は誠に恥ずかしい所を……」


司令官「件の騒動ですが、私共の鎮守府には、件の被疑者は窺っておりません」


吹雪「……!」


司令官「ええ、左様であります。もし疑うのであれば、お手数をかけますが、こちらまで査察団をお送り下さい。隅から隅まで、気の済むまでお探し下されば、きっと我が鎮守府の疑いは晴れるでしょう」


司令官「はい、それではお待ちしております」ガチャッ


司令官「ということだ。これで俺も、晴れて共犯者という訳だ」


吹雪「……よろしいのですか? もしばれた暁には懲役どころじゃ済まされませんが」


司令官「言っただろう。事の発端は俺が原因なんだ。自分の尻は誰かに拭かせるものじゃない」


吹雪「こんな時は、なんて言葉に表したらいいのでしょうか」


司令官「素直に"ありがとう"とでも言ってくれ。望まない結末であったのならば、"うらみます"でもいいぞ」


吹雪「……。」


吹雪「ありがとう、ございます」


司令官「じゃあしばらくは寮で大人しくしてろよー。トラックへは絶対行かせないからな」


吹雪「え、それとこれとは話が別じゃ……」


司令官「本当に」


吹雪「……?」


司令官「本当に、自分の手で過去を清算したかったら、」


司令官「こんな時は、どうするんだろうなぁ」


吹雪「……。」


吹雪「……。」


吹雪「"ありがとうございます"」


---------------------------------


吹雪「……吹雪!」ダッ


吹雪「吹雪ッ! ねえッ 吹雪でしょうッ! しっかりしてッ」


駆逐棲鬼「……ひ、さし、ぶり、ね。げん、きに……して、た?」


吹雪「元気だよッ! 見れば分かるでしょッ」


駆逐棲鬼「あは、は……。でも、いまは、……ぼろぼろ、ね。……ごめん、ね、いたいよね……?」


吹雪「痛いよッ! すっごく痛いよッ! 身体じゃなくて、心が……!」


駆逐棲鬼「……」


吹雪「わたしッ ずっと痛かったよッ! ここがッ! 心がッ! あなたを沈めた時から、ずっとッ!!」


吹雪「ヅキヅキって、何度も、何度も突き刺さってくるのッ」


吹雪「痛みをかみ締めればかみ締める程、もっと痛くなって……。後悔すればする程、自分を許せなくなって……。あの日から、私はどうすればいいか悩んできたッ!」


駆逐棲鬼「……ふぶ、き」


吹雪「"吹雪"はあなたでしょッ! わたしは"吹雪"にもなれない、ただの出来損ないッ」


駆逐棲鬼「……ふぶき、」ギュッ


吹雪「ダメッ 今、動いたら……」


駆逐棲鬼「……いい、の。……わた、しは、もう、たすから、ない」


吹雪「助からないって、勝手に諦めないでよッ! 一緒に帰ろうよ吹雪ッ! 皆の待つ鎮守府へッ!」


吹雪「司令官の所へッッ!」


駆逐棲鬼「……"ふぶき"」


吹雪「だから"吹雪"はあなたでしょッ!」


駆逐棲鬼「……ううん、ちがう」


吹雪「違わないよッ!」


駆逐棲鬼「……いまは、あなたが、"ふぶき"」


吹雪「違うよッ! わたしは"吹雪"じゃないよッ! あなたの代役なのッ! あの日記を受け取った時からッッ」


駆逐棲鬼「……そう、とどいて、いた、のね」


吹雪「届いてたよッ! 吹雪の思いも受け取った! 日記から伝わってきたッ! 全部受けとめたッ!」


吹雪「でもッ ……こうして、吹雪は見つかったから、もう良いよね!? わたしはもう、この役から下りても……」


駆逐棲鬼「……とど、いていた、なら、だいじょうぶ、ね――」サーッ


吹雪「え……? どうしたの……? 身体が崩れ落ちて……」


駆逐棲鬼「いった、でしょう……。もう、なが、く……ない、……って」


吹雪「いかないでッ!」


駆逐棲鬼「……ふぶ、き」


吹雪「やだよッ! わたしに、吹雪を……。"お姉ちゃん"を、二度も殺させないで……!」


駆逐棲鬼「……やっと、よん、で、くれ、た」


吹雪「……え?」


駆逐棲鬼「あの、ころ……みた、く……」


駆逐棲鬼「……"おねえちゃん"って」ニコッ


吹雪「やだッ! やだやだやだッ! いかないでッ! いかないでよッ! お姉ちゃんッ!」


駆逐棲鬼「"ふぶき"」





駆逐棲鬼「わたしを、すくって、くれて……」






駆逐棲鬼「ありがとう」











---------------------------------


お姉ちゃんから"吹雪"へ。


提督はいつも優しい。

正直言って、上に立つ者としての威厳が足りない。

心が脆い。

ちょっとした怪我や事故で大慌てする。私が怪我した時、海岸でぷかぷか浮かぶ提督を見た時は笑っちゃった。

情けないって思った?

でもね、私達一人一人を常に良く見ている。

他の上官と違い、戦争のための手駒として……。

消耗品としてみていない。

私達を個とみなし、一人の人間として、

……一人の女の子として接してくれる。

それ自体はとっても嬉しくて、少し堪らなくなっちゃうけど。

戦争には不要な感情。

もし私達の誰かが戦闘で欠けた際には、生涯を私達の思い出に縛り付けられる。

だって、私達の提督は何よりも私達を愛し、私達に依存しているから。


この日記は、そんな来るべき時に備えて、妹へ……。

次の"吹雪"に、引き継ぐための記憶。思い出。

私が沈んだ後も、"吹雪"が鎮守府に生き続けるための媒体。

普遍的な生活を送れるようにするための辞典。


でもね"吹雪"。全てはあなたに任せるよ。


事実を告白するのも良し。偽るのも良し。

全てはあなた次第。あなたの決断。

私が大好きだった居場所を。私が大好きだった提督を。

くれぐれもよろしくね。


お姉ちゃんより。



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-エピローグ-


「ううん……」


「あれ、ここは……」


「気づいたか、吹雪」


吹雪「あ、れ……。司令官……? というと、ここは……」


司令官「うちの鎮守府だよ。大破状態でぷかぷか海面に浮かんでいた所を、瑞鶴と日向からなる我々の部隊が発見し、速やかにここへ搬送した」


司令官「トラックだと色々厄介事に巻き込まれるからな。もう始末書は勘弁だ」


吹雪「司令官は、こうなると予想していたのですか?」


司令官「さあ、どうだろうな。お前がそう思ったのなら、そうかもしれないぞ」


吹雪「……ありがとうございます」


吹雪「わたしを匿ってくれたこともですが、何よりも私の贖罪のための一連の行為を認めてくださって……」


吹雪「司令官には、感謝の気持ちでいっぱいです」


司令官「……なあに。感謝するのは俺の方さ」


司令官「俺にもう一度、光を差し込ませてくれた」


司令官「過去の夢に漂っていた俺を目覚めさせてくれた」


司令官「悲しみに向き合う勇気を奮い立たせてくれた」


司令官「これだけのたくさんのことを、お前がくれたんだ。今回やったことなんて、些細なことさ」


吹雪「そんなことは……」


司令官「あるんだよ。現に俺が救われた。お前のおかげだよ」


吹雪「……。」


司令官「さてさて、これからのお前の処遇についてだが……」


吹雪「そうですね。吹雪のままでは何かと不都合で……」


司令官「いや、お前は"吹雪"のままで通す」


吹雪「え?」


司令官「お前は"吹雪"だよ。例え上が引き渡せと言ってきても、名前を変えろと言われても、変えるつもりはない」


吹雪「……尊重してくれるのですね。"吹雪"を。そして、わたしを」


司令官「もちろんだ。その為ならば、俺は大きな権力にも立ち向かうよ」


司令官「それに」


司令官「俺はもう"吹雪"を失いたくない」


吹雪「……司令官」


司令官「さて、そうと決まれば、行っておかないといけない場所があるな」


吹雪「……?」


司令官「実はな。"吹雪"の墓参りに行ったことがなかったんだ。ちゃんと挨拶しておかないと」


司令官「あの世でどやされちまうよ」


吹雪「ふふ、そうですね。お姉ちゃんだったら、顔真っ赤にしてぷんぷんすると思います」


司令官「違いない」フフッ


司令官「さあ行こうか。吹雪」スッ


吹雪「……はい、司令官」


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「報告します! サブ島近海にて敵艦隊と遭遇戦! 特型駆逐艦一隻が喪失の模様!」


「そんなッ! 早く救援部隊を……」


「ならん。間も無く夜が明ける。敵の航空基地は未だ健在だと聞く。無闇に援軍を送れば返って被害が増す一方だ」


「だって、人の命がかかっているのですよッ!」


「人とはいえど兵器だ。いいか。我々は参謀だ。我々からすれば命は駒だ。いかに被害を軽微に留め、いかに敵に打撃を与えられるのかを考えるのが我々の役割だ。下手な情は捨てろ。立案に支障が出る」


「聞けば喪失したのは、お前の姉と聞く」


「いかに人を生かせるのかに執着してはならん。いかに人を殺せるか。ただ一点に考えろ。駆逐艦一隻失ったぐらいで大局は変わらん。だがその一隻を救うために多くの船を向かわせてみろ。敵の勢力圏での救助作業だ。一隻二隻どころの話ではない。より多くの船が海底に沈んでいく。その判断が大勢にかかわることを理解しろ」


「それでも、それでも、わたしはお姉ちゃんを……。吹雪を……。吹雪お姉ちゃんを助けに……」


「お前の采配で殺した。お前の指揮で殺した。これ以上身勝手に艦隊を動かしてはならん。冷静になれ」


「いやッ! わたしは、お姉ちゃんを助けるんだッ!」バタバタッ


「ええい仕方がない。稀代の天才としての才能が惜しいが、降ろすしかない。こいつを運べ。頭が冷えるまで軟禁にする」


「離してッ! お姉ちゃんを助けるんだッ!」


「ああもう辛抱ならん。早く連れて行け。作戦考案の邪魔だ」


「いやあああああああああああああッッ」


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お姉ちゃん。

わたし、もうどうしたら良いかわからないよ。

ごめんね。お姉ちゃん。

わたしが作戦の指揮をとったせいで、

大好きなお姉ちゃんの未来を奪ってしまった。


……参謀殿、届け物を授かっております。


要らない。どうせまたわたしを冷やかす内容の物なんでしょう。


いえ、それがーー

あなたの家族からです。


家族。ははっ。その送り主は人を陥れることに長けた人ね。

わたしにはもう家族はいないの。父は炭鉱の落盤事故で、母はわたしを産んですぐに亡くなった。

そして唯一の家族だった姉は、わたし自身の采配で殺してしまった!

わたしの愛した姉は、冷たくて暗い海底よ!

かわいそうなお姉ちゃん。あわれなお姉ちゃん。

わたしのせいで、あなたの未来を奪ってしまった。

もうわたしには、あなたをお姉ちゃんって呼べる資格なんてないよね!

あはははッ! この手で殺してやる!

そして呪ってやる。あなたのことを地の果てまで追い詰めて、むごたらしい最期を飾らせてやる。

どんなに助命を請おうが絶対許してやらない。絶叫するごとにもっと痛めつけてやろうかしら。うふふふふふ。それだけじゃ物足りないわね。じっくりと肉を抉り目玉を抉り、ツメを剥がし、じわじわと死の恐怖を刻んでやるろうかしらッ!

そして自分もッ! 無残な死を遂げるのッ!

だってッ! 自分もッ! こんなにも許せないんだからッッ!!

アハハハハハハハハハハッッ!


今に見ていなさい。わたしの生涯をかけて、必ず見つけ出してやるーー


……くるってやがる。

よっぽど前の大規模作戦が堪えたんだな。こうして監禁される理由も良く分かる。


とりあえず、ここにおいておきますからね。


……。

これは、トラックから届いたものなの……?

一冊の本……?

いや、違う……。

これは、吹雪の筆跡ーー。

見間違える訳がない。だっていつも隣で寄り添っていたもん。

ああ、筆跡をなぞれば思い出せるよ。吹雪のぬくもり。吹雪の優しさ。

吹雪が、確かにそこにいるよ。吹雪を感じる。存在を感じる。


これってもしかして……。

吹雪の日記?


……。

分かったよ。吹雪。

わたしは命を絶つことにする。

ごめんね。ごめんね。

でも安心して。

死ぬのは、わたしとしての人生だけ。

吹雪の妹としての人生。参謀としての人生。堕落したわたしの全て。全てを投げ打って、吹雪として生きていくよ。

こんなことしかできない。こんなことで吹雪への贖罪になるのならやってやる。

これが吹雪の望みなら、わたしはやってやる。


わたしは吹雪。

辺境の泊地を託された司令官に愛された一人の艦娘。

ただひたむきに、ただ真っ直ぐに、己の正義を貫き通した健気な少女。

覚えなくちゃ。日記の内容を全部覚えなくちゃ。

わたしと吹雪は違うんだから。記憶の中の吹雪を思いだせ。日記の中の吹雪を読み解け。ありとあらゆる手段を用いて吹雪を築き上げろ。

そして、吹雪を完璧に演じ上げるんだ。

わたしにはこんなことしかできない。

わたしにしか、できない。

誰かの代わりにしかなれない。

空っぽなわたしは、常に誰かの代役なのだから。


でもね。

もしね。

もう一度、吹雪の待つ海域に訪れる機会があったらね。



その時は、







許してね。


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