2023-06-03 02:46:10 更新

概要

記憶をなくしたまま無人島に流れついた提督、そこで深海棲艦の提督となり、新たな艦隊運営が始まる。
轟沈描写あり


前書き

こんにちは、渋柿ペロです。こちらは私が別に制作している「艦娘をお姫様抱っこしてベッドにぶん投げてみる」とは別の世界となります。関連はありません。
そしてこのSSの大前提として『エビ型駆逐艦の中には海防艦くらいの幼女が入っている』という独自設定を組み込んでおります。人型とは程遠い見た目の深海棲艦は中の人型艦が操縦しているので、陸では二足歩行ですし、当然喋ります。そして、深海棲艦の産まれ方や轟沈した艦娘についてなど、独自設定が多々含まれています。以上を踏まえて本作をお楽しみください。


第1話 いつかの果て


 暗い世界に聞こえるのは波の音、冷たい体に感じるのは温かい熱。


 俺はどうなったんだ?


 少しづつはっきりとしてくる意識と共に、今までの記憶が断片的に蘇ってくる。


 俺は船で海に出た。何のために出たかは思い出せないが、とにかく必死だったのは覚えている。


 そして海に落ちた。爆発、何かが爆発したのか、強い衝撃で俺は海に投げ出されたんだ。


 海に浮かんでいた俺を誰かが俺を助けようとしてくれた。人なのに海の上に立っていた。その人のことを俺は知っていたはずなのに、思い出せない。あれは誰だったんだろうか。


 でもその人は俺より先に海に沈んでいったっけ。そして俺も沈んでいった。涙を流していた。すごく悲しかったんだ。


「っ…‼︎」


 完全に意識が戻ったと同時に背中に激痛が走る。下半身が冷たい。いや、全身が寒い。温かったのは痛みだ。薄れている意識のせいで痛みが緩和され痛みを熱だと誤解していた。


 ぼんやりと目を開けるとあたりは真っ暗だった。どうやら今は夜みたいだ。月明かりで多少当たりが見えるが、浜辺しか見えない。どこかの海に浜に流れ着いたのか。


 朝になったら誰かが俺を見つけてくれるか、このまま誰にも知られずに死ぬか、できるなら死にたくない。死にたくはないが、体温が下がり体が動かせない今の状態では生存は難しいだろう。


 あぁ、死にたくない。死にたくない…死にたくないのに…もう起きているのも限界だ。


 今ここで意識を手放したら死ぬかもしれない。生きていると実感できる今のままでいたい。死ぬのが怖い、生きていたい!死にたくない!


 しかし体力の限界というのは必ず訪れる。俺は耐え難い睡魔によって意識を失った。もう目覚めないかもしれない、さっきまで起きていたのは死に際の奇跡だったのではないかという恐怖と共に。


ーーーーー


「…生きてる」


 どうやら俺はまだ生きているらしい。相変わらず体は冷たく、全身が焼けるように痛む。加えて今は砂浜に反射した太陽の光が眩しい。


 だが生きていることの実感を得られることの喜びが目を閉じることを許さない。


 少しだが体力も回復したような気がする。アドレナリンが分泌されているだけかもしれないが、今なら自分の状態が把握できそうだ。


 鉄のように思い体をなんとか持ち上げて近くの木まで進もうとする。だが一歩踏み出したところでまた倒れてしまった。足が体を支えられないほど弱っている。


 それもそうだ。一日中、いや、数日かもしれない、長い間海に浸かっていたんだ。水温で足が壊死しているかもしれない。


 とにかく這いずってでも海から出なければと、力の出ない体でどうにか動こうともがくが、ちっとも動きそうにない。さっき動けたのはやはり偶然だろうか。


 そして無理に動いたことでまた意識が薄れていく。自分の体を満足に動かせないことがこんなに悔しいことだとは思わなかった。次目覚めた時に俺は生きているだろうか。


 神様、俺はまだ生きていたいです。だからもう一度目を覚ませることを祈ります。神様…どうか。


 そしてまた深い眠りに落ちていった。


ーーーーー


 冷たい、寒い、苦しい。どうなっている。俺は、死んだのだろうか。意識があるから生きているのだろうか。わからない。暗い、重い、でも軽い、浮遊階がある…やっぱり死んだのか?


「ーーー‼︎」


 ごばっと体内から空気が抜ける。今まで空気だった場所が海水へと置き換わる。苦しい、息ができない、ここは海の中だったのか。


 だが何故だ、どうして海の中にいる、俺はさっきまで浜にいたはずなのに。


 わからない。海面が上がって流されたのか?理由なんてどうでもいい。


 せっかく生きていたのに、せっかく死ななかったのに、生きたまま溺れて死ぬなんて嫌だ。せっかく生きていたのに。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!!死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!!


 誰か、誰か、助けて…誰か。


 目がぼやけ、やがて何も見えなくなる寸前、大きな黒い影が見えた。魚だろうか、魚でもいい。何もないまま死ぬよりはマシだ。何もない海じゃ魚に看取られるのも悪くない。


 さすがにもう死ぬだろう。これはもう助からない。どうしようもない。終わりだ。終わり、ならどうしてもさっきまで生きていたんだ。こうなる運命ならはやく死なせてほしかった。下手に希望なんて持ちたくなかった!こんなことなら、生きたいと願わなければよかった。


 そしてまた意識は闇へと落ちた。


ーーーーー


「………」


 生きている?のどろうか。まさか幽霊になったとかじゃないだろうな。


 相変わらず記憶はないままだ。自分のことすらもわからないまま死んで、死んでからも自分が何者なのかわからないなんて、俺は何のために生きていたのだろうか…。


「オイ、コレドウ見テモ艦娘ドモノ提督ダロ」


「デモボロボロ。テイウカ瀕死。生キテルノ?コレ」


 話し声…?誰の?まさか神様だったりしてな。


「イ級ガ持ッテ帰ッテキチャッタケド、ドウスルノコレ」


「ウーン…ドウセ人間一人ジャドウニモナラナイ。蘇生シテ縛ッテ情報ヲ聞キ出ソウ」


「ヲー頭イイ」


 蘇生?情報?どういうことだ?俺はまだ死んでないのか?いや、蘇生って言ってる時点で死んでいるのと同じ状態にいるのか。なら死んでる?いやそんなこと今はどうだっていい。


 助かるのか?俺は、まだ生きれるのか?もしかして、助かったのか?


「デモドウヤッテ蘇生スルノ?」


「心臓マッサージトカ?」


「私タチノ力デヤレバ多分取リ返シノツカナイコトニナル」


「人工呼吸ハ?」


「溺レテスグナラソレデイイカモダケド、ケッコウタッテルシ、無理ジャナイ?」


「ウーン…」


 希望なんてなかった。やっぱり俺はここで死ぬのか。というか、脳に酸素が送られていないはずなのにどうして意識があるんだ?


「余計ナコトシナイデソノママニシテオケバイイノヨ」


「ア、港湾」


「ソウナノカ?」


「放ッテオケバ深海修復液ガ体ヲ作リ変エテクレル」


 深海修復液?体を作り変える?どういえことだ?わからない、深海…なにかが引っ掛かる、何だろう。思い出せない。


 そういえば、体の痛みが無くなっている。重さもだ。死んでいるからなら話は早いが、どうやら俺は生きているらしいから、痛みが消えているなんて不自然だ。一体何がどうなっているんだ…?


「………ぇ」


「!」


「ヲッ起キタ」


「は…え?…俺はさっきまで…」


 わけがわからない。さっきまで俺は意識だけでの状態だったんだぞ?なんで目覚めた。


「フム、無事ニ目覚メタヨウダナ」


「えっ…あ」


「フム、混乱シテイルヨウダナ。少シ落チ着ク時間ガ必要カ。逃ゲルコトハナイト思ウガ。ヲ級、コイツヲ見張ッテイロ。」


「了解」


「デキレバ情報ヲ聞キ出シテオケ。私ハ少シ外ス」


「リョ、了解…」


 そうして白髪でツノの生えた女性はどこかへいってしまった。周りにいるのはでかい帽子を被った少女と下着?なのか、とにかく露出度の高い格好をしている黒髪の女性だけ。


 落ち着け、まずは状況を整理しよう。前回意識があった時の最後は海の中で、俺は溺れて死んだと思っていた。だがなぜか俺は生きている。だめだわけがわからない。


「一体何が起こって…ってうお、何だこの水?!」


 俺が今入っている風呂のようなところ、そこに発光する黄緑色の液体が溜まっている。これは人が触っても大丈夫なやつなのか?いや、すでに入ってるのに何もないから大丈夫なのか。


「ヲ、ソレハ深海修復液。私タチノ怪我ヲ直ス時ニ使ウ」


 ってことは、体の痛みが消えたのはこいつが俺の傷を治してくれたからなのか。なんてありがたい水だ。


「ん…でもさっき体を作り変えるって」


「ウン、ソノ水ハ私タチニシカ効果ガナイ。人間ガ触ルト分解サレテ消エル」


「大丈夫じゃない!」


 急いで風呂から出ようと立ち上がるが、なぜか体を支えきれずに尻をついた。自分の体を見てみると、さっきまで体だと思っていた部分がスライムのような柔らかい物体へと変わっている。


「ぅ…あ、な、なん、なんだこれ…」


「今アナタノ体ハ作リ変ワッテル最中ナノ。アマリ動カナイ方ガイイ、形ガ崩レルト元ニ戻ラナクナル」


「…」


 これは、おとなしく浸かっていた方が良さそうだ…。よく見ると体が透けて内臓が見えている。かなりグロいが体内にあった海水がじわじわと深海修復液に変わっている。


「だが、何で俺は消えない?人間が触ると分解されて消えるんだろ?」


「ソレハ…言ッテイイノカナ?」


「ウーン…」


「ドウシテモ知リタイカ?」


「!」


 また別の人がやってきた。黒い雨合羽を来た白髪の少女。ジッパーを腹下まで下げて上半身が丸見えになっている。


「ドーシテモ知リタイッテ言ウナラ教エテヤッテモイイゾ?」


「あぁ、知りたい」


「ソレガ到底受ケ入レラレナイヨウナ事デモカ?」


「どういうことだ…?」


「キヒッ…覚悟シロヨ?」


 最後の忠告と言わんばかりに、真剣な顔でこちらを睨む白髪の少女。今まで死んだと思ったり死ぬかもと思ったり、死を覚悟したりと色々すでにあった、今更驚くようなことはないと信じたい。


「大丈夫だ。言ってくれ」


「…オ前ガ消エナカッタノハナ、オ前ガ既にニ死ンデイルカラダ」


「………は?」


 今、何で言った?死んでいる?俺が?いや、俺は生きてるじゃないか、今こうして。何を言っているんだ?意味がわからない。


「私タチ深海棲艦ハナ、鉄屑トカ船ノ残骸ヲ深海修復液ニ入レルコトデ生マレルンダ。ソシテオ前ハ死ンデカラココニ入ッタ。実際私モミルノハ初メテダガ、マサカ本当ニ死ンダ人間ヲ入レルト生マレ変ワルトハナ」


 なんだよ、じゃあ今生きてる俺は何なんだ?俺の死体を元に作られた、俺の記憶と意思を持った人形みたいなものか?それは俺と言えるのか?


「そんなの、それじゃ俺は、今の俺は前の俺とは別の存在じゃないか。まるでクローンが本体になったような…」


「ソレノドコニ問題ガアルンダ?オ前ハ生キ返ッテ、傷モ治ッテ、マタ生キラレルンダゾ?少シ体ノ構造ガ変ワッタダケデ大袈裟ダナ」


「だって、俺は…人間で合ってるのか?死体が動いて喋ってるなんて、ゾンビと同じじゃないか!」


「人間ハ何デソンナ細カイコトヲ気ニスルノカワカラナイナ」


「ていうか、さっきから人間人間って、お前たちが人間じゃないみたいに!」


「イヤ、人間ジャナイシ。コイツ本当ニ提督カ?私タチノコト知ラナイトカ、間違エテコスプレシタ民間人連レテ来タンジャナイヨナ?」


「マサカ…ネ」


「ヲ級、知ラナイ。ソモソモ連レテキタノイ級ダシ」


「ダカラホットケッテ言ッタノニ…」


「おい、いったい何の話ーーーーー‼︎」


 突然喋れなくなったと思ったら、いつの間にか口元までスライム化が進んでいた。


「ヨウヤク頭部ノ作リ変エガ始マッタカ。話ハ後ニシヨウ。マダ起キタバッカリダシ、少シ休憩シロ」


 まだまだ聞きたいことは山ほどあるが、言われてみれば、確かにかなり疲れがきている。生きているんだし、また後で話をすることができる。


 それに、頭がスライム状態のまま起きているとどうなるかわからなくて怖いから、今は言われた通り休むとしよう。


 俺はそのまま体の力を抜き、ゆっくりと意識を沈めていった。


ーーーーー


 次に目が覚めると、前までの死にかけた体とはうってかわって、怖いほどに体が軽くなっていた。


 それともう一つ変化があった。


「気分はどうだ?」


 目覚めた俺に声をかけてきたおでこに一本のツノが生えた髪の長い女性。


「怖いくらい良好だ。それに、なんだかさっきよりも声がはっきりと聞こえるな」


「それはお前が私たちに近い存在になったからだな。私たち、深海棲艦の声は人間には聞き取りづらいらしい。他にも、目を凝らしたら双眼鏡を除いた時のように遠くを見ることができる」


「便利だな。それより、今更だが助けてくれてありがとう。おかげで命拾いした。ええっと…」


「港湾棲姫だ。それと、例は私じゃなくイ級に言うといい。私は死体のお前を利用させてもらっただけだ」


「…?わかったよ、イ級ってのを探してみるか」


 利用…俺は一体何に利用されてんだ…?死体を生き返らせることの実験とかか?それとも、それ以上になにか企みがあるのか。


 しかし、命の恩人だからな。利用されたのなら、できる限り彼女の期待に応えたいものだ。


 部屋を出て、風の吹いてくる方向へ暗い廊下を進んでいく。


「…偶然とはいえ、この戦争にも、終わりが見えたかもしれないな」


 後ろでそんな声が聞こえた気がする。言っていることの意味はわからないが、独り言をわざわざ聞きに戻る必要もなだろう。


 俺は足を止めず先へ進んだ。


ーーーーー


 少し進むと光が見えてきた。しかしそれが日の光でないことはすぐにわかった。


 黄緑色の光。その光はさっき見た深海修復液の光と似ている。中に誰かいるようなので寄ってみることにした。


「やっぱり沈めた艦娘から作った深海棲艦の方が普通に作ったものよりも強力な個体が生まれるよね」


「今回の戦いで素材として使える艦娘がかなり手に入った。かなりの戦力強化になったのではないか?」


「それに、あの横須賀の艦娘よ。戦闘経験が段違いだわ。提督もろとも深海側につけれたのはラッキーだったわね」


 また気になることが増えた。艦娘…すごく大切な記憶のはずなのに、頭が思い出そうと必死になっているのに、全然覚えていない。提督もろともってことは、俺以外にも人がいるのか?


「おい、俺以外にもここに人がいるのか?」


「!…誰だ!」


「…待ちなよタ級。こいつはアレよ、イ級が拾ってきたって言う人間」


「あぁ、ということはお前が横須賀の」


 突然話しかけたのに驚いたのか、声を荒げた白髪の女性。セーラー服を着ているが、スカートがない。なぜなんだ。


 その横にいる猫又のような尻尾の生えた片目が隠れている女性。こちらも際どい格好をしている。尻尾の先端についている武装も気になるが。


 なぜここのやつらはみんな際どい格好をしているんだ。どいつとこいつも羞恥心はないのか?目のやり場に困るんだよまったく。


「突然すまない、俺は…えっと…」


 俺は、誰なんだ?自分の名前も思い出せない…今更だが、記憶喪失…ってやつか?だとすればあの事故が原因だろうな。


「隠さなくていいわ。横須賀の提督でしょう?ここの人はみーんな知ってるわ」


 横須賀の提督…俺が?てことは何とかと一緒に連れてこられた人間は俺なのか…つまり、俺以外の人間はいないのか。


「それにしても、敵の拠点の中だっていうのに、そんなに余裕でいられるなんて、さすがは横須賀の提督ってところか。それとも、もう深海側に寝返ったのか?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、敵?お前たちがか?それに横須賀の提督ってなんなんだよ」


 俺の知らないことを知っていて当然のように話をしだす。何も知らないのに話が進められてはついていけない。


「…?」


「…は?何言ってるんだ?お前」


 俺の発言に疑問の表情を浮かべる二人。あっちは俺が知ってて当然の話をしていたのに、それを俺が知らないのだから当然だ。


「えっと…あなた横須賀の提督よね?」


「いや、知らない。そうなのか?」


「なんでお前が聞くんだ。どういうことだ?」


「それなんだが、俺はどうやら記憶喪失らくして、事故の直前までの記憶しか持っていない。自分の名前も、過去に何をしていたのかもな」


「…それは」


「幸か不幸か、って感じだな。今のお前にとっては私たちはただの人でしかなく、変に警戒することもない。だが私たちが欲しい情報は何一つ持っていないってわけだ」


「その情報ってなんだ、俺に聞きたいことってのは」


「言っても仕方ないだろ。どうせ覚えてないんだから」


 それもそうか。というか、お前たちは俺が記憶を持っていたら警戒する存在なのか?さっきも敵って言っていたし。


『…この戦争にも、終わりが見えたかもしれないな』


 さっき聞いた声が頭に浮かんだ。


 戦争…きっとこいつらと俺は戦争で敵同士だったのか。艦娘という存在が俺の味方で、こいつら深海棲艦は敵。俺が記憶を失う前はそういう認識だったのだろう。


 船の事故だと思っていたあれは、きっと砲撃だ。この猫又の尻尾に装備されている砲、海軍のものだ。俺の乗った船は深海棲艦の攻撃をくらい爆破、俺はその爆発に巻き込まれて…。


 ならこいつらが俺を殺したってことじゃないか。


「お前たちが…俺を殺したのか?」


「当たり前だろう。これは戦争だ。殺し殺されの殺し合い。そもそもこの戦争はお前たち人類が圧倒的に有利なんだ。私たちがほぼ無限に味方を増やせても、個々が圧倒的に強い艦娘どもは私たちを数えきれないほど殺してきたんだ」


「そして、それを指揮するあなたもね。直接は手を下してないけど、艦娘を指揮していたのは提督、あなたなんだから」


 なるほどな。提督ってのは艦娘ってのを指揮する存在。いわば司令塔だ。こいつらからしたら、敵の親玉を倒して仲間に引き込んだら、偶然にも記憶を失っていたから敵の認識が無くてラッキーってことか。


「…俺はどうすればいいんだろうか」


 こいつらは俺の命の恩人だ。だがそもそも俺を殺したのもこいつらだ。それを命の恩人なんて呼べるわけがない。


 だが俺には戦争の記憶がない。こいつらに恨みも何もない状態だ。今から人類側に戻ったところで、記憶のない俺はどう生きていけばいいんだろうか。このまま深海側にいるのが最も良い選択なのだろうか。


「まぁ、記憶のない提督なんて人類側もいらないだろうし、せっかく捕まえた人間を逃すわけがないでしょ?」


「無理に逃げようとしたらどうなる」


「その時は惜しいけど殺すわ。逃げるってことは仲間にならないってことだもの。私たちの情報を漏らされても困るし」


 どっちみち深海側しか居場所はないのかよ。


「…だめ。せっかく助けたの、殺させない…」


 不意に後ろから声が聞こえた。振り向いても誰もいない。と思えば、目線を下げるとそこには幼女がいた。対馬のような、小さい白髪の女の子…ん、対馬って誰だ?提督の頃の記憶か?


「あらイ級、そんなにその人間が大事?」


 イ級、こいつが俺を助けてくれたやつか。


「大事。だから守る。やるなら、相手になる」


「駆逐艦ごときが、私の相手になるとでも?」


「それでも守る。絶対に死なせない」


 なんなんだこいつは、なんでそんなに俺に執着するんだ。俺はお前に何かしたのか?命をかけてまで守られるほどのことをしたのか?むしろ命を助けてもらったのは俺の方なのに。


「お前がイ級なのか?」


「…うん」


「お前が俺を助けてくれたんだってな。ありがとう」


「…あなたも助けてくれた。これでおあいこ」


「そうなのか…でもごめんな。俺は記憶喪失らしくて、それが理由とは限らないが、そのことを覚えていないんだ」


「別にいい…期待なんてしてなかったから」


「…」


「それで、あなたはどうするの?逃げる?」


「…いや、どうせ人類側に戻っても俺の居場所なんてないだろうからな。ここにいるとするよ。というか、もう人間じゃないみたいだしな」


「…!」


「そう、殺さなくて済むならよかったわ」


 そう言って武装のついた尻尾をリスの尻尾のようにS字に曲げる。砲口を下に向けることで武装解除の意味を示しているのだろうか。


「では私たちはこれから仲間ということだな。私はタ級だ。よろしく」


「タ級だな。よろしく頼む。俺は…俺は何なんだろうな…」


「私たちもあなたの本名は知らないし、今まで通り提督でいいんじゃない?あ、私はネ級ね」


「そうか、提督…うん。妙に聞き慣れた感じがするな。よろしくな」


 提督か。なんだか懐かしい響きだ。俺の過去は提督だったらしいし、それも当然か。


「そしてお前がイ級だな。よろしく頼む」


「うん、よろしく…司令官」


 どうやらこの話は一旦まとまったようだ。


「ところで、この部屋はなんなんだ?カプセルの中に人がいるが…」


「ここは深海棲艦の製造場。人類側でいう工廠ね。中にいるのは艦娘よ。もちろん轟沈したやつね」


 轟沈…艦娘は船なのか。少女の姿をした船…なるほど、それで艦娘か。


 しかし、前は俺がこいつを指揮していたんだよな。てことはこいつは俺の部下…記憶をなくしているからこれといった感情はないが…なんだかな。


「仲間だったやつが今目の前で敵に変えられているんだよな。なんというか、酷いな」


「あら、あなたは深海側じゃないの?」


「そうだが、こいつは元々俺の指揮下にいたやつなんだろ?俺が人類側の提督だったら、死んだ味方が敵に変わっていて、それもまた殺すんだよな。知りたくなかったことを知れたよ」


 だが今はむしろ都合がいい。深海側になった今、艦娘は敵だ。それがこうして俺の仲間になってくれるんだ。


 倒した敵を仲間にして再利用…まるで将棋だな。


「…今なぜかすごくデジャブを感じた」


「何言ってるの?」


 本当に何を言っていんだろうな。前の記憶はないのにアニメのセリフは覚えているなんて、前の俺は相当なオタクだったのかもな。


「あ!こんなところにいやがったのか!ドックにいねーから脱走したのかと思ったぜ」


「あ、露出合羽」


「なんだその呼び名、よくわかんねぇけどムカつくな。あたしはレ級だ。戦艦レ級」


「レ級か。俺は提督だ」


「おう。そういや情報を聞き出さないといけないんだっけか、面倒臭ぇな」


「それなんだが、俺は記憶喪失で何も覚えていない」


「あぁん?」


 呆れたような、疑うような目でこちらを睨みつけるレ級。小さい体からは想像できないほどの威圧感を感じる。おそらくこいつは強い。そう確信させるほどにレ級の眼光は鋭く、飲み込まれるように深かった。


「嘘じゃないわ。私たちのことも、艦娘のことも、なんなら戦争のこと自体知らないようだったし、私たちを前にしてこんなに落ち着いていられるのも変でしょう?」


「その理屈はよくわかんねぇけど、ひとまずは信じてやるよ。海軍の提督様だ、単に肝が座ってるだけかもしれねぇがな」


「俺はただの怖がりで弱虫だよ」


 死の間際に死にたくないとただをこねるような奴の肝が座っているなんて、到底思えないな。


「艦娘と共に海へ出る提督が弱いものか。敵だった私が言えるのもでないが、以前のお前は強く、勇敢だったと思う」


「…ありがとう」


 過去の自分か…少しづつでも、過去の手がかりを集めてみようかな。


「それじゃあ私、そろそろ哨戒の時間だから行くわね、提督。タ級あなたもよ」


「わかっている。では失礼する。提督」


「…あぁ」


 俺に一声かけて部屋を出ていく二人。その光景がどこか懐かしく感じるのは、提督と呼ばれたからだろうか。


 ふと思ったことだ。艦娘を指揮する提督がいるならば、深海棲艦を指揮する提督もいるのではないか?


 俺を生き返らせる理由、利用される、戦争の終結、つまり今の深海棲艦側に提督はおらず、港湾は俺に提督をやらせるつもりなのか?


「記憶、ないんだがな…」


「どうしたんだ?急に」


「いや、何でもない」


 記憶はなくても、やれることはやってどうにかこいつらの力になりたいな。かつての仲間が敵だとしても、今の俺にとってはこいつらが仲間だ。仲間のためにできることは何だってしてやるさ。


「二人とも、ここの施設の全体が知りたい。案内してくれないか?」


 知らない場所で生活するにも、まずは自分のいる場所がどういったところなのかを把握する必要がある。一人で歩きまわっても迷うだけだろうし、ちょうど人がいるなら案内してもうのが良いだろう。


「わりぃがあたしはバスだ。あたしも哨戒組についていく。強えやつがいたら戦いたいからな」


 武装のついた尻尾を振りながら楽しそうにどこかへ行ってしまった。


「…戦闘狂か。というか、お前しかいないんだけど、お前も何か用事あったりするか?」


「ない…から、案内する。どこから見たい?」


 よかった、一人ぼっちにならずに済んだ。ひとまず安心だ。さて、どこからか…。


「なら、外から見たい。入り口から一つづつ」


「わかった。ついてきて」


 イ級が差し出してきた手を握り、工廠を後にした。


限りなく遠い終わり


 闇とも言える暗い廊下なのにしっかりと空間が把握できているのは何故なのだろうか。


 そんなことを考えながらイ級に手を引かれ歩いていく。


 しばらく歩いていくと、暗闇に光が差し込んでいるのが見えた。どうやら外につながっているようだが…。


「かなり急な坂だな…もしかして今までいたのは地下か?」


「…うん…ここは元々、洞窟があっただけの島。それを船渠棲姫と泊地棲鬼が基地に改装した」


 あの浴槽や艦娘を深海棲艦に変えるカプセルも作ったのか。凄いな。


「深海棲艦はそんなこともできるのか」


「誰でもじゃない…姫とか鬼とか、一部の、強い艦だけ…」


 姫、鬼、そんなのがいるのか。そういや港湾棲姫も姫ってやつなのか。


 坂道を登り切って外に出ると、木々が生い茂った林の中だ。奥に浜辺も見える。


 そういえば、俺はどこに倒れてたんだろうか。


「少し浜辺に行ってもいいか?」


「…」コクリ


「ありがとう」


 浜に出ると、あたりは海ばかりで、水平線の先まで島一つない大海原だった。


 ここが日本なのか外国なのかもわからない。いや、横須賀から船を出しているなら日本の近くのはずだ。


「うわっ、なんだこれ」


 砂浜を少し歩くと、明らかに色の違う部分がある。


「…これ、俺の血か」


 ほとんど流されてしまっているが、水に触れていない部分の砂が赤黒くなっている。


 俺はこんなところに流れ着いてたのか。見れる限りでも相当な出血量だ。普通に失血死もあり得るな。


 やっぱり俺は一度死んでるんだな。あまり実家というものはないが、死は一瞬と聞く。こんなものなのだろう。


「…案内を続けてくれ」


「わかった」


 俺の死亡地点を後にして、島の全体を把握することにした。


ーーー


 島の把握を終えたところで、いろいろなことに気付いた。


 まず、この島は思ったよりも広い。正確な大きさはわからないが、こんな巨大な島が日本近海にあった記憶はない。俺の記憶なんて当てにならないが、日本からは程遠い場所にあると思う。


 次に洞窟だが、入り口が3箇所あり、中の施設は建造場、入渠ドック、補給所、停泊と出港のための港湾の四つだけ。どこにも発電所や電力源になるものはないため、中は真っ暗だ。


 あの暗闇で光っていた深海修復液は、どうやら自然発光しているようだ。光源になるかもしれないな。


 休む場所や食事をする場所はないのは、深海棲艦は食事を取らないらしく、休む必要もないかららしい。食事の代わりに燃料などの補給をするのだ。


 もう一つ、この島にいる深海棲艦だが、ここはあくまで拠点の一つらしく、普段は別の海域にいるらしい。だから、イ級たちもここから離れることもあるし、外から他の深海棲艦が来ることもあるそうだ。


 レ級なんかは、頻繁に艦娘と戦いにいくらしい。それなのに今まで生きているのは、それだけ強いということだろう。


 だが、ネ級やタ級みたいにこの島に居続ける物もいるようだ。


「てことは他にも基地があったりするのか?」


「うん。でも、少ない」


「?…なぜだ?」


「作るのに時間がかかるのもある。けど、作っても、すぐに艦娘が壊していく」


「まぁ当然か」


 戦争中だからな。敵の基地が増えるなんて、たまったもんじゃない。逆の立場ならすぐに破壊する作戦を立てる。


「ん…?深海側は艦娘の拠点、鎮守府の位置がわかってるんだよな?攻め落とすことはできないのか?」


「無理…深海棲艦よりも、艦娘の方がずっと強い…」


「そうか…」


 数で勝っていても個々の実力に大差があれば蹂躙されるのか普通だ。


「姫や鬼を複数集めれてもだめか?」


「出来なくはない、けど…姫や鬼は少ない。生まれるのも珍しい…貴重だから、失いたくない」


 そういうことか。それに、強い艦を失ってまで鎮守府を落とすメリットがあるのかわからない。


 それに艦娘が人型なら船を停泊させるわけじゃない分、大きい港が必要なわけではない。簡単に言えば、どこにでも鎮守府を作れる。


 一つ潰したところで、すぐに立て直すか新しい基地ができて終わりだ。確かにわざわざ落とす必要がないな。


「てことはこっちが圧倒的に不利じゃないか。負け勝負を続ける必要なんてあるのか?」


「最初の深海棲艦が、どうやって生まれたか…知ってる?」


「どういうことだ?」


「深海棲艦が生まれた理由、人への恨み、憎しみ、怒り、負の感情…それが艦に宿ったこと」


「負の感情…」


「艦は人のために戦った。人のために傷ついた、人のために沈んだ。それは何のせい…?」


「…人のせいか。けどそんなのただの逆恨みじゃないか?戦争をしたんだ、仕方のないことだ」


「そう…仕方ない…それは理解していた。艦ならね」


「!」


「ならどうして私たちは人の体をしているの?」


「…まさか」


「ん、負の感情は、艦のものじゃなくて、戦争で死んだ人のもの…人の怨念が船に宿ったの」


 人間の想いの力は強い。誰かを想うことで、人間は謎の力を発揮できる。だがそれは恨みも同じ。人間の恨みの力はどんな想いよりも強くて悍ましい。


 たとえば呪い。呪いは古くから続いていて、方法も多彩である。それだけ人が人を恨んでいたということだ。


 その恨みの力が船に宿り、人の形を成して人を襲う。この戦争は結局のところ、人と人の戦いでしかないというわけだ。


「人の恨みが消えない限り、深海棲艦は消えない…この戦争は終わらない」


 今更どちらかが攻撃をやめたところでもう一方がやめるわけがない。もはや収集がつかない状況になっているわけだ。


「どちらかが完全に消えるまで終わらない戦争か…ふざけてる」


 今の俺には人脈も何もない。提督だった頃の知り合いと会えればもしかしたらだが。


「今考えることじゃないな」


「…?」


 イ級が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。一人で考えすぎたな。


「なんでもない。それより、俺の食事ってどうすればいいんだ?」


「…あ」


「え?」


「…ない」


「…」


「…」


「マジかぁ…」


 食料問題が発覚した。


ーーー


「というわけで、俺の食糧はどうすればいい」


「知らん。なぜ私に聞く」


「なんとなくだ、すまない」


 ダメ元で、島にいる唯一の姫である港湾棲姫を尋ねてみたが、やなり無理だったか。


「このままじゃ俺は3日後には餓死しているぞ…」


「ふむ、それは困るな」


 食糧はなければ水もない。海水なんて飲んだらさらに死ぬのが早まる。せっかく生き返ったのに次は食料がなくて死にそうとか笑えないぞ。


「島に果物とか、動物は」


「無いな」


「なら他所から貰ってきたりは」


「無理だ」


「!俺もお前らみたいに補給をすれば」


「なるほど、試してみるか」


 港湾棲姫と共に補給所へ向かう。


 補給所には、イ級が何かを食べて座っていた。その音は咀嚼音と言うよりも、粉砕機で金属を粉々にするような音であり、あきらかに人間が食べるようなものではないとわかる。


「…あ、話…終わったの?」


「一応、補給で補えるのではって結論になった」


「そう…」ギャリギャリ


 音がやばい。


「これ、食うのか…」


「何を躊躇っている。発案したのは貴様だぞ」


「いやでも……ぐ…ものは試しだ…!」つ弾薬


「っ!」バキッィ


「…」バキバキ


「」ゴクン


「…」


「どうだ?」


「…」


「おい」


 食えなくはない…だが、食えたものじゃない。人間の食事に慣れてるせいか、金属と火薬の味は流石にきつい。だが拒絶反応みたいなものは感じなかったので、きっと食えるのだろう。体の構造も変わっているはずだし。


「食えなくはない」


「ふむ、問題解決だな」


「解決じゃないよ!人として、いや人間じゃないけども、元人としては流石にこれは受け入れ難い!」


「はぁ…わがままなやつだな」


「人間は傲慢なんだよ。ともかく、しばらくはこれで我慢する。だが、いつかは限界がくる。俺のな」


「だから早いうちに食料問題を解決する必要がある…そこでだ」


「輸送船でも襲うか?」


「鎮守府に行く補給船、前に見た」


 なんだか話が物騒になってきた。


「まてまて、人を襲うんじゃない。まず俺の考えを聞け」


 さすが、人の怨念から生まれた存在は発想が違う。だがまぁ、戦争中なら同じようなことを考える人間もいるだろう。争いは人を凶暴にさせるな。


「えぇとまず、俺には深海棲艦同様に水中でも息ができる、というか、呼吸の必要がないんだよなな」


「そうだな」


「そしてイ級は魚型の艤装?で海中を移動できるんだよな」


「うん」


「なら俺をイ級の艤装に乗せて貰って、どこかの港までいくことができれば、そこから網を借りて網漁をできるんじゃないか?」


「泥棒…」


「海戦中に漁にいくやつなんていないだろ。使わない道具を代わりに使ってやるだけだ」


「昔、艦娘が秋刀魚を獲っていたことがあったな」


「もはや遠洋漁業も人の仕事じゃなくなったのか」


「人間の船を見つけたら最初にやることは砲撃だからな。最優先事項は撃沈だ」


「これが人の恨みからってのがほんとに怖いな」


「」テヲアゲル


「どうしたイ級」


「鎮守府の場所知ってるけど、そこには行かない?」


「港っつっただろ」


「む…わかった」


 もしかしてこいつも戦闘狂か?見かけによらず好戦的なんだな。


「ん、待てよ、鎮守府の場所知ってるって行ったか!?」


「うん…!やっぱり戦う?」キラキラ


「戦わないぞ。そうじゃない、お前は日本の場所がわかるのか?」


「うん、わかる。日本に行くの?」


「あぁ」


 よし、日本までの行き方がわかる奴がいて助かった。最悪弾薬食いながら大航海する羽目になると思ってたからな。


「待て、港なら日本よりも近い国が」


「よし!早速行くぞ!」


「了解!」


 さっそく出稿するために、イ級と共に港湾へ向かう。


「はぁ…まったく」


後書き

深海棲艦って良いですよね。ちなみに私は駆逐古鬼とと離島棲姫が好きです。


このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください