一色いろは・被害者の会2 ~野望篇(後半)
いろはすSS……なのかな、これ……?なんかもうよく分かんないけど、とにかく三年になった八幡のオリジナル展開だよ!
とりあえず前半があるから、そっちを先に読んでね!
~前回までのあらすじ~
一色いろはの独裁により荒廃した総武高校。
その苛政に抗ずるべく、八幡・戸部・副会長は『一色いろは・被害者の会』を結成した。
間近に控える、関東の高校による生徒会同士の交流会。
そのスピーチを担う贄を求めて、一色は今日も校内を徘徊する。
犠牲を未然に食い止めるため、そして自らの職務を遂行させるため、
深く……そして静かに、闇夜を駆ける一筋の閃光のように……今、被害者の会が暗躍する!
前回 ~一色いろは・被害者の会2 ~野望篇(前半)~~
※※※※※※※※※※※※
ついに来てしまった、昼休み。
クラスの弁当組が、いくつかコロニーを形成し始める中
俺はいつものベストプレイスに、行くべきか行かざるべきか逡巡していた。
昨日の一色の態度から察するに、策謀の露見は時間の問題といえる。
このまま足を運ぶのは、みすみす捕まりに行くようなものだ。
ほんま、どないしようかと机に俯せていると、誰かに肩をちょんちょんと叩かれた。
「ひ、ひぃっ!」
「あ、あの比企谷先輩……?」
一色かと思えば、書記ちゃんであった。
っくりしたぁ……思わず可愛い声を上げてしまった。
書記ちゃんもびっくりしちゃって、ほら、あんな遠くまで引いてしまっているわ……
おまけにクラスメートも、虫でも見るような視線を俺に向けている。
「比企谷先輩、そこまで、いろはちゃんのことを……」
「……言うな。ところで……呼び出しか?」
遠く離れたままコクリと頷く。
そうですか……バレちゃいましたか……事の露見は時間の問題だと思っていたが、まさかここまで早くとは……
「それにしても、お話通り、先輩って本当にお独りなんですね……誰か一緒にお弁当を食べてくれる方いないんですか……?確か去年もそうだったとか……」
離れた位置のまま、キョロキョロと辺りを見渡しながらそんなことを言う。
書記ちゃん?そういうことは、もうちょっと、こっちに寄って、囁くように言ってくれないかな……
ほら、そこの奴とか、気まずそうにして、完全に俺から視線外しちゃってるし……
改めて級友達に、俺のプロフィールを過不足無く説明する書記ちゃん。
一色に会う前から、こんなに心を抉られていたら身がもたない。
「……行くか」
「は、はいっ、一緒に怒られましょう!比企谷先輩の卑劣な策に乗ったのは、私もそうですし……!どんな目に遭わされるのか想像もつきませんけど……」
うん、だから……ちょっと声が大きいですね……
何事かと目を向けるクラスメートたちの痛い視線を背に受け、俺達は生徒会室に向かった。
あと、二度と後輩を教室に呼ばないようにしないといけないなと思いました(小並感)
※※※※※※
生徒会室を開けると、戸部、副会長、会計くんが一色の前で正座をしていた。
……あまりにショッキングな映像に、そのまま扉を閉めて帰宅したくなる。
「あ、せーんぱい!……遅かったですねぇ……」
俺の姿に気付いた一色が、にこぱーと笑顔をこちらに向ける。
……凄いな、人は心の内を隠して、ここまで完璧に作られた笑みを浮かべることが出来るものなのか。
書記ちゃんも、俺の脇をとてとてと離れると、律儀に副会長の隣で正座を始める。
「さて、先輩。何か申し開きはありますか……?もうネタは上がってるんですけど……」
一色が組んだその足で、これこれと指す先は、哀れにも正座を強要されている同志達。
……確かに本件で主導的な立場にいたのは間違いなく俺だ。
事が露見した今、責任者である俺が出来ること……やらなければいけないことを整理する。
正直、この展開は昨日の時点で既に予想していた。
返す言葉も、もう決まっている。あとはプラン通りに実行するだけだ。
挑発的な一色の視線。縋るような同志達の視線を受け、俺は言葉を紡ぐ。
「……さて?なんのことですかねぇ……俺にはさっぱりわからないんだが……」
うっわー……と潰れた両生類でも見るかのような視線を向けてくる四人。
……すまんなお前ら、俺だけでも助かりたいんや!
何が何でもしらばっくれてやる、絶対にだ……!
「ほう、ほう、ほう……これ見ても、そんなこと言えるんですかねー……」
笑顔を貼り付けたまま、一色はクシャクシャに丸められた紙を広げていく。
そこには乱雑ながらも、どことなく知性を感じさせる――見覚えのある字でこう綴られていた。
――なんとか、引き伸ばせ
―― 一色が身代わり探すのを、なんとか遅らせろと言ってる
――残れ
――戸部は残るように
「これってー、先輩が書いたやつですよねぇ……?」
「お、お前、これ……被害者の会の教室で……?」
「はい、昨日あの後すぐにー」
「……」
こっわ!いろはす怖っわ!
……こいつ、一旦浮気を疑ったら躊躇なくゴミ箱あさったり、風呂入ってる間に携帯の履歴調べるタイプの女だわ。
そのくせ、自分の携帯とかプライベートな部分には指一本でも触れられたら烈火のごとく怒り出すに違いないのだ。
俺は一色の将来の伴侶に思いを馳せ、同情の涙を浮かべた。もう本当に可哀想。
「被害者の会もゴミ当番決めないとな……」
副会長がぼやく。
麦茶を給して回るなど何かと気の利く副会長だったが、男所帯の限界か、ゴミについては溜まる一方だったのだ……
「……あのわずかな間に、先輩たちが根回しをした……というところまでは、これらから言質を取りました」
項垂れる4人を足の指先でちょいちょいと指す。
もはやこれ呼ばわりである。
あと、さっきから足で指しているの本当に酷いなと思いました。
「おかしいと思ったんですよねー……誰に頼んでも、みんなスピーチの事を知ってるし、断る理由も判で押したように、みーんな同じなんですよねー……」
言って、一色はギロリと俺を睨む。
「極めつけは、川……なんとか先輩にお願いした時の先輩の反応ですよ」
俺もそのカテゴリーなんだろうが……名前覚えてやれよ……可哀想じゃねぇか……
「川島な」
「川島先輩の一件です。まさかあの人にまで話を通してあるとは……ん?先輩ってあの人と仲いいんですか?」
「ヒキタニくん、去年川島さんと同じクラスだったべ。なんか?家庭の問題?ヒキタニくんが解決してたって、前に結衣が話してたような……」
「へー」
正座しながらベラベラといらん事を喋る戸部だが、一色はあっそうと、依然俺に冷たい視線を向けながら適当な相槌を打つ。
よっぽど興味がないんだろうなー……
あと、ちょっと話が逸れていますね……
「……まあ、お前が俺達の策謀に気付いたのは分かった。……で?それがどうした。俺達は、お前も認可した『一色いろは・被害者の会』の方針に則って動いただけだ、何ら良心に悖る行動はしていない」
あくまで突っ張る態度を表明する。
そこの情けない面々と違い、そう簡単に折れる俺ではないのである。
力強く突っ張り続ける俺の姿に、こころなしか四人の眼差しに敬意が灯る。
そう、君たち……これが突っ張り力ですよ……断固たる突っ張り力。
「……まあ、私もここまで来たら観念してます。もう日にちが無いですし……自分でやるしかないのかなーと」
心底嫌そうな顔だが、そんなことを言う一色に、お、そうなの?と顔を上げる面々。
これはもう殆ど問題解決してるな……
視線だけで戦果を讃え合う、被害者の会 with 生徒会75%(ユニット名)
「でも、私一人でスピーチ作るのって癪……大変じゃないですかー?」
言い直さなくていいんですよ……一色さん……
「だからー、先輩に手伝って欲しいです」
「断る」
「なんでですかー!責任とってくださいよー!先輩が邪魔するから、もうほとんど日がないんですよー!」
「アホか、なんで俺が助けないといかんのだ。それに被害者の会は、お前に魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教える方針で動いてるんだ。そう安請け合いできるか」
「死なばもろともって言うじゃないですかー!」
それ完全に使いどころ違ってるからな……
「無駄無駄、絶対に働きたくない。諦めろ、俺もこう見えて総武高校のポートタワーと称されているんだ(自称)」
たとえマグニチュード8.0の大地震が来て千葉全域が水泡に帰したとしても、ポートタワーは折れないし、沈まないだろう。
ダイナミックダンパーは伊達ではないのである。
ぐぬっと一瞬怯んだ一色だったが、すぐ立て直し、やれやれ分かってないなとばかりに頭を振る。
「そんな事言っていいんですかねー……先輩は私の言うこと断れないと思うんですよねー」
ニヤニヤと小悪魔な笑顔を浮かべる一色。
「な、なんだ……?」
「……本物」
「――!」
ボソリと、しかしそれだけで俺を震撼せしめる一言。
……来たな、伝家の宝刀……!
「うえーん!それでも!俺は本物がほしいーっ!!」
例の挙動で、俺の譲歩を引き出そうとする一色。
首をふりふり、脇をパタパタさせながら、いつかの俺の真似をする。
前も思ったが可愛いなそれ。
しかし一色の必死の形態模写に、世間の風は冷たかった。
「……あ、あれ?」
「いろはすー、ヒキタニくんもそれ気にしてっからさー」
「会長、そういうのあんまり良くないと思うよ?」
書記ちゃんと会計くんの頭にはハテナが浮かんでいるが、前の仕込みが聞いたのか、戸部と副会長が、非難じみた目線を一色に向ける。(正座で)
「……え?うそ……これ知ってるんですか?」
「まあ、なんつーの?失うもの(お金)考えると、笑えないっつーか」
「比企谷は偉いと思うよ。俺なら真似できないな……偽物なのを恐れて……きっと決断できないと思う(クリックするのを)」
「お前ら……(何言ってんの?)」
本当に二人が何言ってるのかよくわからんが、結果的に絶妙になった合いの手に俺はすかさず乗っかった。
「……そんな……」
肩を落として項垂れる一色。
敗北感のあまり、ちょっと肩が震えちゃってますね……
あぁ……これ……勝っちゃいましたわ……
完全勝利……しちゃいましたわ……
うーん、あれかなー?ちょっと大人気なかったかなー?
まあ言ってもー?一色ですしー?ゆるふわビッチですしー?
俺が本気だしたら、こんなもんだって、ええ、もう、やる前からわかってたんですけどね!がっはっはっは!
んー?どうしたのー?いろはすー?
いつもの小悪魔な笑顔はどうしたのー?
さっきまでの勢いはどうしちゃったのかなー?
笑えよ……一色。
などと、かつてない完全勝利に内心で大盛り上がりを見せていると、俯いたままの一色が俺の袖をはっしと掴んだ。
「……先輩、私にいじわるして……そんなに嬉しいですか……?」
顔を赤く染め、少し涙ぐみながら、きゃるろん☆と上目遣いで俺の顔を覗き込む。
ん?……お、うん?
余らせた袖から伸びるその指が、俺の袖口を掴んだり、離したり、時折、俺の露出した手首にちょこんと触れて、その度にドキリとしてしまう。
「私、先輩とやりあって……それが嬉しくて……つい、はしゃいじゃって……」
俺が視線を返すと潤んだ瞳は避けるように横に流れ、余った手でスカートの裾を握りこむ。その小さな拳はプルプルと細かく震えている。
な、なんなの、その演出……ちょっとヤバイんですけど……
「それで機嫌を損ねてしまったのなら……その、ごめんなさいです。でも、どうしても……手伝ってくれない?……ですか……?」
「あ、いや……あの……」
くそ、罠だと分かりきっているのに……
ま、負けない!絶対一色なんかに負けたりしない!
「お願い……聞いてくれませんか?」
それまで流していた目を、意を決したように向けてくる。
「……先輩……!」
う、うん、実に、あざとい……こう悪くないアレです……
「わ、分かった……できる範囲でな……」
うっわー……と、干からびてバケツにこびりついた両生類を見るような目を向ける四人。
……あざとさには勝てなかったよ……
答えた瞬間、さっきまでの仮面はどこへやら。
一色は悪い笑顔を満面に浮かべ、肩をバンバンと叩いてくる。
「それじゃー決まりですね!みんなにも手伝ってもらいますよー!」
振り返って皆に伝える一色に、ぱちぱちぱち……と不揃いな拍手で応える面々。
しかし、俺に向ける四人の視線はなお冷たいままだった……
なによ……何とかしなくちゃいけないんだから……しょうがないじゃない!!
※※※※※※※
「私がやるからにはー、しょぼいスピーチじゃ困るじゃないですかー?」
お前以外だったらしょぼくて良かったの?と間違いなく皆がそう思ったのだろうが、よく訓練された俺達はいろいろ飲み込んで先を促す。
「なのでー、私の凄さとかー、健気さとかー、やり手っぽい感じが出るようなスピーチになるよう、皆さんには頑張って欲しいわけです」
「自分で健気って言う奴は絶対健気じゃない……あと、愛校精神とかそういうの一欠片も混ぜねぇのな……」
「え?あ、いや、あの……それが結局、我が校の名声に繋がるんじゃないですかー!……で、原稿は基本的に先輩が作ってください」
いつかのフリーペーパーづくりでコラムを担当したのが不味かったのか、俺の文章力に過剰な期待がかけられている気がする……
「……つってもな……」
「比企谷、ここ何年かのスピーチを集めた記録が、確か残っていたと思う……それを参考にするところから始めるのはどうだ?」
「いいですね、私、放課後までに集めてきます」
「それを基に俺達もアイディア出しとか校正を手伝うよ」
いざ始まると、副会長も書記ちゃんも協力的だ。あまり時間もないというのに、どこか楽しそうにすら見える。
クリスマスイベントでもそうだったが、目標とか課題が一旦明確になると有能なんだよな……この人達……
「……ふむ、じゃあ僕は視聴覚室を借りて、練習できないか申請してみる」
「視聴覚室?したっけ会計クン、それ何に使うべ?」
「スピーチは原稿があれば良いってわけじゃない。実際にしゃべっている時の身振りとか、立ち振舞いがすごく重要なんだ。スピーチとかプレゼンが上手い人は例外なく裏でリハーサルを重ねているらしいよ」
会計くんの意図を副会長がかわりに説明する。うーん、そういうものなのか……
「実際に撮影して、後でそれを見てスピーチの内容も修正していけばいいんじゃないかな。そういうの出来るようにしておくよ……」
「お、おう」
機械に強いのか、こともなげにいう会計くん。
そこまでするのか……大変だぞ、これ……
見ると一色は、腕を組んでウムと頷いている。
やるんですね……そこまで……
「いろはすー、俺はなにしたらいい?」
「あー戸部先輩は、とりあえず、ジュースと、あとなんか適当に摘めるもの買ってきてくださいー」
思いっきりパシリなのだが、戸部は合点と爽やかに何処かへ走り去る。
あの……まだ昼休みなんですけども……
とまれ、一色はグランドデザインを提示した。
俺は副会長と書記ちゃんのサポートを受けて原稿を作成。
会計くんはスピーチの練習環境の整備に、監督も兼ねる。
戸部は使いっ走り……と、各々の適性の元に仕事に取り掛かった。
※※※※※※※※※※
スピーチづくりは過酷を極めた。
過去の記録を動画で見てみると、スピーチのレベルはどれも実際に高い。
それは感動するような内容であったり、知識欲を満たしてくれる内容であったり、あるいは笑えるような内容であったり……各校、無駄と思えるほどに情熱を傾けている。
そうなるとこちらも下手は打てまい。
……スピーチの方向性を固めることさえ難儀しそうだ。
「一色、どうする?お前も笑いを取りに行ってみるか?」
「い、嫌ですよ!最初に言ったじゃないですか、もっと、こう、年下の可愛さをアピールできるような……」
「言ってねぇよ、グランドデザイン早くもぶれてんじゃねぇか」
「そういえば緊張のあまり、スピーチの途中で泣きだした子が過去に居たような……」
「それだ」
「嫌ですよー!」
※※※※※※※※
スピーチは一〇~一五分。短いようで、これはかなり長い。
抑揚や読む早さも関係するが、原稿用紙にして一〇枚ほど使う計算になる。
その量に加え、慣れない分野も相まって筆がなかなか進まない。
「副会長……ここちょっと変だと思うんです。前半で大事じゃないって言ってることが、後半のまとめで大事ってことになってしまってるんじゃ……」
「……本当か?あ、いや、でもな……ここ前半のをカットしちゃうと、中盤もごっそりカットしないといけないし……」
「言葉を変えて誤魔化せないか?文章見ながら聞くわけじゃないんだし……その場で騙せれば良いだろう」
「先輩……これ記録に残りますし、後で恥をかくのは私なんですけど……」
※※※※※※※※
スピーチはコラムを書くのとは少し勝手が違う。
読み物としてそれなりでも、いざ声に出して読んでみると意外と心に残らなかったりする。構成に工夫が必要なのだ。
映像で実際にみると、それは如実に現れる。
会計くんがセッティングした視聴覚室の簡易スタジオを使い、俺達は原稿と、一色の実演の間に生まれた溝をあーだこーだと擦り合わせて埋めていく。
「やっぱり中盤がちょっと説明的で印象に残らないな……文章だとまとまって見えるんだけど……どうする?会長まだスタジオにいるから、カット版の方を一回読んでもらおうか?」
「いえ、カットするのも、もったいないです……いろはちゃ、会長ー!六枚目の要点を挙げるところ、ちょっと溜めて読んでもらっていいですか?会場の人を見渡すような感じで」
『えー……もう五回目……これ原稿見なおしたほうが早くないですかねー?』
「あのな俺から言っとくと、お前、無駄に可愛いんだよ、読み方が。もっと真面目な感じで読めよ」
『え?今なんていいましたかー?聞こえなかったんでーもう一回言ってくださーい』
「読み方があざとい、つってんだよ!」
『えー……』
『いろはすー、俺このライトいつまで持ってりゃいいんだよー!』
『あとちょっとだから我慢して下さいよ……あ、その角度キープしといてくださいね。』
「あと、お前は無駄にビジュアルに凝り過ぎだ……」
※※※※※※※※
クオリティを上げるとなると、時間が全く足りない。
ここ数日、昼休みと放課後はすべてスピーチ作りに充てたが、交流会は月曜日。
土日は休みだから間に合わせるためには今日中に固めないといけない……いけないのだが……あまりにも時間がない……
「……多少質は落ちるが、ここらで妥協しないと……もう時間がないぞ」
「うー、でももったいないです。比企谷先輩だって、せっかくここまで練り上げてきたのに……」
「でも比企谷の言うとおりだ……中盤の部分の構成を変えられれば、うまくまとめに繋がるから……今日はそこに賭けるか?」
「日程のことなら心配ご無用ですよー、さっき合宿所の使用許可取りました!予算も全部学校持ちです!」
「えっ合宿所の手続きしてたの……?私あそこ使うの初めて……」
「明日と明後日、全部スピーチづくりに充てられますよー。だから明日は皆さん、着替えを持ってきてくださいねー」
「休日出勤……マジかよ……」
「生徒会で合宿所使うのって初めてなんじゃないかな……」
※※※※※※※※
一色に振り回されっぱなしの俺達ではあるが、しかし終盤に近づくと、その負担は、実演者であるところの彼女自身に降り掛かってくる。
たかが生徒同士のスピーチとも思うが、ここまでやったからには可能な限り良い物にしたいという欲が出てくる。一色だけなく、俺達にも。
明日はいよいよ本番だが、日曜の夜に至っても一色はまだ満足がいかないらしい。固唾を呑んで、スタジオの中にいる彼女を見守る。
「会長、次行けるか?一応学校からは朝まで使用許可を得てるけど……」
『いろはすー……、会計クンああ言ってるし、ちょっと休憩したらどうだー?俺飲み物買ってきてやるべ?』
『大丈夫……んー、なんかここの感じが違うんですよねー……』
「一色、なんなら今からでも文章変えてやるぞ。違和感があるんなら遠慮無く言え」
『遠慮なんか最初からしてませんよ……先輩ー、まとめのところもう一回やりますー、見ててくださいよー!』
「……おう」
「頑張るなぁ……会長」
「いろはちゃん、きっと格好いいとこ見せたいんでしょうね……」
「まあ外面気にするやつだからな……」
「……え?」
「……ん?」
※※※※※※※※
……俺と一色にはズレが有る。
それは相容れない価値観の相違とも言えるものだ。
それでも、ひとつの物事を共に取り組めば……楽しかったり、苛立ったり、嬉しかったり、憎らしかったり、愛おしく思ったりもすることが有るよう気がしなくもない可能性について無きにしもあらずといえなくもないこともない。
日付は既に変わっている。もう今日の昼には交流会が行われるのだ。
夕食と風呂を済ませて寝巻き兼用のジャージ姿になった俺達だが、なおスタジオの明かりは灯ったままだ。
とことん付き合ってやろうという気概でここまで取り組んでいたが、もう後は細かい調整を残すのみ。
外から指示を出すのはもうやめて、皆スタジオ内の思い思いの場所に腰掛けている。俺と一色は、ノートPCで先ほど行った通しを動画で確認していた。
「……まあ、だいぶ様になってきたんじゃねぇの」
肩越しに後ろからモニターを覗きこんでいた一色に振り返ると、てへりこと恥ずかしそうに微笑む。
「えへへ……そうでしょうかね?まだまだ可愛さが引き出せてない気がするんですが……」
何いってんのこの子……アホじゃないかしら……
「しかし珍しいな、お前がこれほど熱意を持って取り組むとは……葉山が絡んでるわけでもなし……」
「先輩は私をなんだと思ってるんでしょうね……」
「スピーチの原稿もこれほど難しいとは知らなんだ……一人だとやばかったな……」
「一人で出来たら私のポイント独り占めだったのに……残念でしたねー?せんぱいっ」
「そんなポイントいらんわ……」
軽口を叩きあっていると、場の雰囲気からも程よく重さが抜けていく。
「いろはす、どうする?もう一回ぐらい通しちゃう?」
「はい、すいません。もう少しだけお付き合いお願いします」
「了解、会計……準備いいかな?」
副会長の合図に、ぐっとサムズアップを返す会計くん。
書記ちゃんも一色の元に駆け寄り、いくつか事項を確認しあう。
結局、最後にもう何べんか通し、ほとんど寝ること無く朝を迎えた。
月曜日だが、交流会出席メンバーはこの日は全員公欠だ。
制服に着替えて、付き合って学校に泊まってくれた顧問に挨拶する。
「ん、ほいじゃ頑張っておいでよ。何かあったら電話するように」
この春から生徒会の顧問になったのは普段より馴染み深い養護教諭だ。
同時に『一色いろは・被害者の会』の顧問でもある。何か誰かの作為を感じなくもないですね……
生徒の自主性を重んじる我が校においては、生徒会顧問の出番はあまり無いようで、ほとんどは自らの根城である保健室に篭っている。
生徒会室に訪れることは滅多に無い。いわんや我ら同好会に於いてをや。
まあ、たいへん面倒がなくていいんですけどね……
「お……君は確か、静ちゃんとこの子だったね……大丈夫?ちょっと目が淀んでいるけど……風邪でも引いたんじゃないかい?」
そんな養護教諭の心配を、横で聞いていた一色は、プークスクスとお食事中のリスのように頬を膨らませて喜ぶ。
あ、相変わらず診断力に疑問が残りますね……
そんなこんなで、いくつか確認を終えるといよいよ出発である。
全員変なテンションになっているのか、真横に一列で校門前に並んだ。
俺達の戦いはこれからだ――的な、打ち切りを迎えるようなキメ顔で柔らかな朝日を浴びている。
やだ……この姿、知り合いに見られたら、すっごい恥ずかしいんじゃ……知り合いが少なくて本当に良かった……
だが全員がやるべきことはやったと自負している。あとはスピーチ本番を残すのみ。
充実感に満ちるとは、このような顔を言うのだろう。かくいう俺も、これまでにない種類の充足を感じていた。
端から全員の顔を見渡すと、皆も俺の視線に頷いて応える。満足して、それにまた俺も頷いて返す。
……よし、みんないい面構えだ……これならなんの心配もいらないだろう。
「じゃあ、俺は帰るわ」
きっぱりと告げると、皆は肩をがくっと落として、足などたたらを踏んでいる。
え、何……上方なの……?
「なんで、そうなるんですかー!」
ガッシと袖を掴んで一色がぷんすかと頬を膨らませて抗議する。
「いや、だってもうやること無いし……」
「ここまで来たら私のスピーチまで付き合うのが当たり前じゃないですかっ!」
「比企谷、会長が珍しく正論を吐いてるんだし……それに、お前も公欠の手続きしただろ……」
「本当にそういうこと言っちゃう人なんですね……」
副会長と書記ちゃんにも思いっきり呆れられる……
「なんだかんだ言っても、先輩だって頑張ってましたよね?充実してましたよね!?楽しかったですよね!?」
「ん、まあ、それはな……どうかな?そうでもないかな……」
「先輩は私に感謝しても良いいぐらいだと思うんですよね……」
すげぇな、こいつ……散々こき使った挙句、感謝まで要求してくる……いろはす本当に怖い……
「ヒキタニくーん、いろはすもこう言ってることだし……行くべ?一緒に」
正直、一色がなぜここまで怒っているのかはよく分からないのだが、終始照明と、使いっ走りに奔走した戸部までもが付き合うというのだ。
しかもこいつは試合を間近に控え、練習と並行しての協力だったので、肉体的にはもっとも過酷だった筈だ。
俺が行かない、というわけにもいかないんだろうな……
「……まあ、今のは緊張をほぐすための冗談だ。とっとと行くぞ」
「いや、さっきのは絶対冗談じゃないと思うんですけど……」
などと、一色さんたらジト目で睨みつけておりますが、しかし俺には、もう一つ、積極的に交流会に行きたい理由があったのだ。
※※※※※※※※※
目的地には学校の最寄り駅から京葉線で乗り換え一つ、東京駅を経由して小一時間で行き着くことが出来る。
朝食をその辺のファミレスで済ませた俺達は、皆でドヤドヤと電車に乗り込む。
ラッシュのピークも過ぎたため、幸いにも席が空いている。
俺と戸部は隅っこに並んで腰を下ろしたが、一色が隅に位置した俺を不満げに睨みつけ、ちょいちょいと手で払って、場所を空けろと要求してくる。
え……?なんなの、すみっコぐらしなの?ここがおちつくの?
っていうか、先輩相手にそんな仏頂面で席替えを要求するとか、何なのこの後輩……
……とは言え、ここから先はこいつが主役だ。それに端っこを選好する心理については理解できなくもない。おそらく敵の来襲に備える心構えの発露なのだろう。
渋々、席を明け渡してやると、むふんと満足気な顔で腰を落ち着ける一色。ほんと怖い……
やがて電車が走りだす。リア充二人に囲まれた形になったが、あまりに人種が違いすぎて、特に会話することもない。仕方ないので俺は膝に載せた鞄から、イヤホンを取り出し音楽に没頭することにする。
眠たくなったら鞄が枕にもなるので、まさに万全の構えと言えよう。
「あ、ヒキタニくーん、俺にもイヤホン分けてくんね?俺のヘッドホン鞄に入れっぱにしちゃって……オナシャス!」
言って、網棚に載せた大きなスポーツバッグを指す。上に載せちゃったのか……うん、もう……仕方ないんだから……
「2,3年前の曲ばっかだけどいいか?」
「ばっちり射程範囲っしょ!」
仕方なくイヤホンを片一方渡して、二人して聞いていると、向かいに座った書記ちゃんが顔を赤くしてこちらを見ている。
やだ……やっぱり、これちょっとホモホモしいのかしら……誰かが鼻血を吹きそうなのかしら……
すぐ隣を見やると一色まで顔を赤く染めてこちらを見ている。
これは、あれですかね……ホモが嫌いな女子など居ないという説の傍証ということなんでしょうか……
「あ、いろはすー、これだべ?ヒキタニくんのいってた『偽物』ってヤツ!」
言って、ちょいちょいと自分の耳に収まったイヤホンを指さす。も、もう!とべっち……!こんなとこで何言い出すの!?
「……は?何言ってるんですか、戸部せん……あっ!」
一色も気付いてしまったようだ。しまった……まさか、こんな事で仕込みが露見するとは……
見ると一色の頬はぶくーっと膨れ上がっている。
「……おかしいと思ったんですよねー……だって、言うわけ無いですし」
くそー……また次の策を考え直さないと……しかし今回の俺の深謀遠慮、一週間保たなかったな……
これで一つ残らず露呈したことになる。いつもの事とも言えるのだが……
隣でプークスクスと笑う一色が何とも癪である。
「まあ、安心しましたよ、これで……ププ……」
「一色、ちょっと静かにしてくれ、俺達ほら音楽聞いてるから」
明後日を向きながら言うと、太ももを拳で一生懸命ガシガシ叩いてくる。はっ、小娘が……痒いのう。
「……私だって……本当に言ったりなんかしませんよ……」
ん?それはどういうつもりだろう……問い直そうと顔を向ける。
「あ、わ、私もそれで音楽聴きたいんですけど……!」
「いや、お前……イヤホン二つしかねーから……」
露骨に話を逸らす一色。しかし、ふくれっ面の方は向けたまま逸らしてくれない。
こいつ……スピーチ終わるまでは絶対王政敷くつもりだな……うん、もう、しょうがないんだから……
「じゃあ、俺の貸してやる。ほら、顔寄せろ」
仕方なく左耳のイヤホンを外して、一色の耳に差し込んでやろうとするが、尺が全く足りず、引っ張られるがままに戸部が俺にもたれかかる。うん、ウザいですね……
「せ、先輩、ちょ、ちょっと、そういうことじゃないんですけど……!」
それでもまだ尺が足りないようなので、膝においたままの鞄の上に一色の頭を乗せる。
戸部が俺に目一杯もたれかかり、一色が俺の鞄を枕にすることで、なんとか尺が間に合ったようだ。
うん、なんでしょうね……この状況……
左にいるのが戸塚で、右にいるのが小町ならまさに夢の国だったんだけど……
見ると向かいの二人は、うずくまって笑っており、会計くんはスマホで俺達を無断撮影している。
よく分からない状況だ。向かいの人達の笑いどころもよく分からない。
いろいろとよく分からなかったので、俺は音楽アプリの音量をにゅるっとMAXにして、二人がのたうつ様を楽しんだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
……などと、心温まる異人種間交流会をこなしていると、俺達同様、生徒会の交流会に参加する為なのか、他校の制服姿をチラホラ見かけるようになっていた。
電車を降りて目的地までの道程、メモ帳を出して、戸部や副会長と女子の制服のランク付けに没頭している内に……
「はい、あっという間に到着ですよー」
交流会が行われる、M大学前に辿り着いた。
「わっ、もうこれ大学なん!?」
戸部が大袈裟に驚くが、俺も内心まったく同じ思いを抱く。
やはり高校とは違う。しかしこれを開放的といっていいものだろうか。
市街と明確な境界線もなく、いきなりどっかと立ちはだかるビル同然の学舎を前に、思わず気後れしてしまう。
「おぉー!ここかよー!アガるわー!」
「はー、緊張してきました……」
実のところ俺達は既にやり終えた感があるが、一色にとってはここからが本番である。
すこし顔が強張っており、いつもの余裕が見えない。
一色がそんな調子だと、こちらにも不安が伝播するというものだ。
大丈夫か?と視線で問うと、ぎこちない笑みを返してきた。不安だなぁ……
そのまま、やたらでっかい建物に入り、集合場所であるところの、なんとかホールまで歩を進めると、他校の生徒が既にひしめき合っている。
その中から、見覚えの有る奴が話しかけてきた。
「あ、おはようございますー!」
「やあ、いろはちゃん。今日はたくさんの高校と継ぎ目のないシームレスな関係を築いてシナジー効果を得られるといいね!」
海浜高校の玉縄であった。
うわ……まさか、この方とまたお会いすることになるとは……
向こうも同じ感想を抱いたようで、こちらを見てげっと顔をしかめる。
「あれ、また私ったら言ってませんでしたか……?」
「め、メールのログにはそういったライティングが無かったものだから……」
狼狽える玉縄に一色はバカ受けのようで、顔を伏せながら俺の胸をバンバン叩いてくる。
……もしかして一色さん、この光景を見たいがためだけに、俺をここまで連れてきたんじゃ……まあ、緊張は少し和らいだようで何よりですけど……
しかし海浜の連中がここにいるということは……
「あっれー、比企谷じゃん!」
「お、折本か」
やはり居た……折本かおり、俺の中学時代の同級生である。
「総武高が来るっていうからさ、もしかして比企谷も来るんじゃないかって思ってたけど、本当に来てたよ!マジウケる!」
「……いや、ウケねぇから」
何が可笑しいのか、ケラケラ笑いながら近づいてくる。‥‥のみならず、歪んでいたのか俺のネクタイをちょいちょい修正してくる。
ちょっと待って、そういうの困るから……
しかし何かに気付いたようにぱっと手を離すと、キョロキョロと辺りを見渡しはじめる。
久しぶりに会って、こいつの独特の距離感に戸惑っていた俺だが、普段サバサバした彼女が、途端にこのような挙動を見せる理由は、何故だか察しがついてしまう。
「……今日は一色の付き添いだ。探してもいねーよ」
「ふーん?じゃあ今回は、いろはちゃん狙いか……」
「お前は俺をどういう目で見てるんですかねぇ……」
「あはは、マジウケる!いやーでも比企谷って、ほんっとまめに生徒会活動やってるよねー、違和感あるなー」
「そういうお前こそ今回も噛んでるじゃねぇか」
「いやー、公欠取れるからさー」
あっけらかんと言い放つ様に、こちらも思わず笑ってしまう。
ふと横を見ると一色と玉縄が不穏な表情でこちらを見ている。
なんでしょうね……二人してその目は……
加えて玉縄などは口からフーフーと空気で前髪を吹き上がらせている。それ本当に面白いからやめろ。
相手にしてはいけないのだと、本能的に察知して逆のほうを見やると、海浜の他の生徒と戸部が会話に花を咲かせている。
「一色会長の新鮮なフレッシュさや、秘められたポテンシャルを、スピーチの中でどうアピールしていくかだね」
「それあるべ!いろはすってアピール上手なとこあっからさー!まあ?そのポテンヒットみたいなのも狙って?振ってきゃいいんじゃねぇかなって?」
「既存のフォーマットへのアンチテーゼとして、生徒会の持つリーガルさを、あえてオルタナティブなフィードバックとして与えてやれば……」
「あるわー、それ……いろはすってばトマトとか杏仁豆腐とか喜ぶからさー……去年BBQで、スペアリブも俺の分食われたことあるべ!」
言葉の意味はよく分からんなりに、仲良くやっているようだ。
アグリーとか、それあるーとか、ジューシーポーリィイェーイ!などと盛り上がっている脇で、残る生徒会のメンバはー乾いた笑顔を貼り付けていた。
やっぱすげぇな……海浜。恐ろしい学校が近くにあったものである。
……などと心温まる異次元間交流会をこなしていると、やがて時間がやってくる。
ホールが開放され、ついに本当の交流会が始まった。
※※※※※※
最初の演目は討論会のようだ。
代表の何校かが入れ替わり壇上に設けられた席につき、議題についてディスカッションしたり、文化祭の成功事例のスキームを紹介しあったり……
なおディスカッションの場で、玉縄の存在感は関東の名門高の中にあっても圧巻で、終始議論のイニシアティブをとっていた。
多分みんな、奴が何言ってるのか分かってなかっただけのような気もするが、とにかく圧倒していた。本当に凄いなと思いました(小並感)
どうやらスピーチは演目の最後にあるらしく、しかも総武高校はトリを務めることになっているそうだ。これは単純にくじ運が悪かったとか、そういうことなのだろうが……
不憫なり、一色は交流会が終わるまで落ち着かない時間を過ごすことになるのだ。
そんな一色には悪いが、ふと思い立ち、俺は隣で一生懸命メモをとっている副会長に声をかけた。
「副会長。俺ちょっと外すわ」
「ん?ああ、問題無いとは思うが……トイレか?」
「いや、ちょっと野暮用だ」
不思議そうに俺を見る副会長と書記ちゃん。すぐ前に座っていた一色が、やり取りを耳聡く聞いていたようで、振り返って非難の声を上げる
「ちょっとー、どこ行く気ですかー!私がこんなに緊張しているというのに……」
「だからって、なんで俺が居てやらねーといかんのだ……心配すんな、スピーチの前には戻ってくる、ちょっとの間だ」
むーと不満気な一色を背に、ホールを出てキャンパスの方に足を向ける。
※※※※※※※※
ビル同然の、やたらでかい学舎の一階は、図書館も兼ねているようで、その前の広場をブラブラと歩く。
ちらと外から伺った程度だが、さすがに大学の図書館は充実してそうだ。そこそこ大きな書蔵を誇る我が校だが、それでもこことは比較にならないだろう。
さらにこうした図書館が他の場所にもあるキャンパスの、それぞれに設置されているというのだから凄い。確か学年によってキャンパスを使い分けるのだと聞いたこともあるが……ならば、そっちの図書館はどうなっているのか……興味が尽きない。
ほーとかへーとか呟きながらブラブラ歩いていると、周りからチラチラ見られていることに気付く。
少々目立っていたようで気恥ずかしくなる。そりゃ高校生が一人歩いてるんだもんな……目立つのを避けるためにネクタイを外し、ジャケットを脱いで散策を続ける。
どこかでは講義をやっている時間帯だろうに、広場には人が多く居て、皆思い思いに過ごしている。こういう光景も大学ならではという気がする。
ウェイウェイと集団で騒がしいのもいれば、一人芝生に座っていたり、ベンチで寝そべっていたりと、ぼっちが堂々としているのも、俺には嬉しい光景だ。
のんびりと構内を一周りする。最初に入った学舎の隣には、さらに大きな建物が屹立しており興味を惹かれるが、さすがにあれを探検するのは今日だけでは無理だろう。
オッサンの顔が3体埋められた奇妙なレリーフを横目に、来た道を戻る。
来年の春、俺はここに来られるだろうか……?
だったら、こんなことしてる場合じゃないんだろうなぁ……などと暗鬱しつつも、そこはかとなく沸き立つ想いもあって、俺は拳を少し強く握りこんだ。
※※※※※※※※※※※※※※
戻ってくると、もう他校のスピーチが始まっていた。
元の席に戻るもメンバーがごっそりいなくなってしまっている。
やだ、みんな何処に行ったのかしら……?ときょどきょどしている俺に、近くに座っていた折本が、一色達は控室に行ったのだと教えてくれる。
「可哀想に……いろはちゃん緊張してたよ~、見に行ってあげたら?」
「んなタマでもねーんだけどなぁ。まあ行くわ……サンキュ」
「なんか、ずっと比企谷に恨み事言ってたよ」
「ま、まあ行くわ……サンキュ」
いらない情報ありがとう。
ホールの脇から控室に入ると、生徒会&被害者の会も俺に気付いたようで、手を振ってくる。一色などはビクッと肩を上げてのお出迎えだ。もう相当テンパっているのだろう。
「先輩、おーそーいー!」
こちらに走り寄ると、縋りつくように両手で袖を掴んで引っ張ってくる。
「なーにブラブラしてんですかー!一時間以上もいませんでしたよねぇ、メンバーの一人なのに!」
「いや、まあ、なんつーの。つーか本当に俺が居てもしょうが無いんだよなぁ……」
「……身内なのに」
顔を真っ赤にして、ぶーたれるその顔は、いつもの虚飾が剥げ落ちているようで、これはこれで魅力的である。不覚にも何か声をかけてやらねばいけないような気になってくる。
「まあ、あれだ、練習通りやれば大丈夫なんじゃねぇの」
「そうだよ会長。今スピーチやってるところも……結構いいけど、俺達のも負けてないと思うよ」
和やかな笑顔で元気づける副会長。
「いろはすー、リラックスリラックス!」
襟足を掻きあげ、ずびしとサムズアップする戸部。
もはや被害者の会の存在意義ってなんなんだろう……と疑問を呈せざるを得ないほどの構いっぷりである。
自信を失ってしおらしい一色というのは、いつにない可愛げがあり、みな蝶よ花よとご機嫌を伺う。
「クリスマスイベントの時もそうでしたけど、ちゃんと抑えるところ抑えてれば、結構周りは好意的に見てくれるもんですよ、ね、いろはちゃん?」
書記ちゃんの応援に、コクリと会計くんも苦笑しながら同調する。
「あの時も、そういえば……私、直前にテンパっちゃってましたね……」
両手で袖を掴んだまま、一色がちらりとこちらを伺う。
あの時のように何か言葉が欲しいのだろう。
「まあ、あんときゃ、シナリオとか台本を書記ちゃんが頑張ってくれたんだったな……」
……が、咄嗟の事で特に気の利いたことが思い浮かばない。
「……はぁ、そうですが…」
「あの時と違うと言ったら……まあ、俺がここまで噛んだってことぐらいかね……」
「……」
「まああれだ、今回は俺が原稿書いて、みんなで練り直したんだから万全だろ。シナジー効果が生まれて……結果にコミットできるんじゃねぇの?」
「もう、何ですか……それ……」
呆れたように、しかし微笑む一色に緊張の解れが見て取れる。
多分もう大丈夫だろう……俺は掴んだままだった一色の手を軽く払う。
「見といてやるよ、客席から」
「え、えーー!ここに居てくれないんですか!?袖の方から見ててくださいよー!」
「そこからじゃ、お前の顔がよく見えねぇだろうが」
「え!?それって……あっ、も、もしかして口説いてますか!?緊張のあまりドギマギしているところを付け込んで、吊り橋効果を利用すれば上手くいくと考えてるんでしょうが安易すぎて無理です落ち着いて正攻法でムード上げてから出なおしてください、ごめんなさい!」
ウワーオ、ここでそれ来ますか……
それにしても早口すぎて、後半殆ど聞き取れねぇな……
「下手打ったら俺が思いっきり笑ってやるから安心しろ」
「も、もう!なんですかー、それー!!」
ケラケラ笑う書記ちゃんに、鷹揚な笑顔の副会長、ニカッとウザ爽やかな戸部に、クールに微笑んでいる会計くん。
袖には彼らの笑顔があれば、それでいいだろう。
きっと、こいつのスピーチ中、俺はニタニタ下卑た笑いをしてしまうに違いない。
そんな最低の笑顔は……一色の面前で浮かべてやるのがふさわしい。
※※※※※※※※※※※※
席に戻ると、折本が再び怪訝そうに迎える。
「あれ?比企谷戻ってきたん?近くに居てやればいいのに」
「今回の俺はプロデューサーみたいなもんだからな、こっちの方が合ってんだよ」
はてなと合点の行かない顔をしている折本。
急に何言ってんのこいつ?……という蔑みも見て取れる。
も、もう……!察してよね!
「……俺が原稿書いたんだよ、参加者側に居たら当事者意識に苛まれて、恥ずかしくて死ねる」
「何それ、マジウケる!」
「いや、ウケねーから……」
「でもねぇ、へぇー、スピーチの原稿って難しかったでしょ?あんたが書いたんだ……」
「まあ、無理やり書かされたって感じだが。それで今日はわざわざやって来たんだよ」
「ふーん……それってあれだよね」
「……なんだよ」
サクッと言わんか、鬱陶しい。
「……あれだね、娘のコンクールを見守るお父さんの境地だね」
「……おう、まさにそれだ」
互いに何か歯に挟まった物言いだが、これでいい。
測りかねている距離感だが、多分実際にこんな具合に離れているのだろう。
それでも顔を合わすごとに、かつて持っていた印象は好意的に更新されているようにも思える。
この距離はもっと詰まっていくのだろうか?
なるようになったらいい、
ならなかったら、それはそれでいい。
あまり陥ったことのない感覚に浸っている内に、いよいよ一色の出番がやってくる。
拍手の中、第一声がホール内に響き渡った。
「はじめまして!総武高校・生徒会長の一色いろはです」
内容は「生徒会のあるべき姿」とか「理想の学校づくり」とか、至ってくだらないものだ。
ネットで探せば、いくらでも転がっているような、一山いくらのテンプレの詰め合わせ……偽物以外の何物でもない。
でも、それを誰かが校正して、誰かが手を加えて、
誰かが技術を凝らしてそれを磨いて、
誰かが紅茶とか、となり町のコンビニにしか売ってないマイナーな飲み物やお菓子を買いに走ってくれて……
いろんな支えで飾り付ければ……あるいは、それは本物と紛うばかりの輝きを放つのかもしれない。
そうでなくても、今この場にいる人間の心を動かすぐらいはできるかもしれない。
いつもは少し鼻につく声だが、はきはき喋らせると健気な感じが前面に出るから不思議だ。
普段の彼女を、少しばかりでも知っているだけに、壇上の大げさな挙動が少し滑稽に見える。しかし、おそらく初見の人には丁度よろしかろう。可愛いと思う人も多いのではないか。
……固さは否めないが、概ね練習通りによく出来ている。原稿もほとんど覚えているのだろう。口調こそ硬いが、紡ぐ言葉に淀みがなく、堂々として見えないこともない。
とかく周りを巻き込むのに躊躇のない彼女だが、巻き込んだら、巻き込んだだけ、結局自分の荷物も増えてしまう。
それをあいつは、分かってやってるんだろうか?そんな事をふと思う。
それでもなんだかんだで最後まで背負い切る辺りに、以前より好ましいと感じていた、彼女の本質の部分が垣間見えるようだ。
自分は今、どんな顔をしているだろうか。
あの姿を前にして、下卑た笑みを浮かべられているのだろうか?
既視感を覚える。
いつだか、こんな風に遠くから、眩しげに壇上を見上げていたことがあった。
あの光景は今も脳裏に焼き付いている。
――なら、この光景はどうだろうか?
もたれかかる壁がないのに、少し落ち着かない気分になる。
……それでも、忘れなければ良いなと、壇上で健気に語る彼女の姿を、胸に刻んでいた。
※※※※※※
万雷の拍手に囲まれて、ペコリとお辞儀する一色。
トリらしく、良い感じに締められたようだ。
まだどよめきの残る場内、運営に携わっているお偉いさんと思しき人も、ご満悦の表情だ。
「よかったじゃん!今のスピーチ!本当にあんたが考えたの!?マジウケるんだけど!?」
「いや、ウケねぇから!」
バンバンと興奮気味に肩を叩いてくる折本を、鬱陶しげにあしらっていると、一色生徒会と、戸部がずびしとサムズアップしながら戻ってきた。
「これ大成功っしょ!っかー!アガるわー!」
「いろはちゃん!とっても情熱的でエモーショナルなスピーチだったよ!」
近くに居た玉縄も、戻ってきた一色にスピーチの出来を褒め称えている。
でも、それ同じ意味ですからね……
見れば他校の生徒も、一色に近づいて、良かったよ、などと次々に声をかけている。
照れ照れと俯く一色に、人の輪がしばらく絶えない。
うーん……これは一時代築くんじゃないですかねぇ……
※※※※※※※※※
電車の時間を確かめる。あとは念願の帰宅を残すばかり……
帰りは一本だ。鈍行で行くか、乗り換えてサクッと帰るか……ワクワクしながら綿密な帰宅プランを建てていたのだが、そうはいかぬが人の世だ。
せっかく花の都大東京に来たのだからと、海浜高校や交流会後に仲良くなった他校の生徒会と合同で、新宿方向のひと駅かふた駅先の店で打ち上げを行う流れになっているそうだ。千葉とは反対方向である。
まだ昼も少し下ったばかりだ。時間はおおいにあるが、俺としてはもう限界だった。
他校と早くも仲良くなって盛り上がっている戸部を横目に、副会長に話を通しておく。
「……悪い副会長、俺、もう帰るわ」
そう告げると、隣にいた書記ちゃんがえーと残念そうな顔をする。
「どうしてだ……?俺としては比企谷、今回のスピーチはお前が一番の功労者だと思ってる。せめて労ってやりたいんだが……」
「あ、いや、ここまで来ただけで、俺としては自分で自分を褒めてやりたい気分なんだが……」
「比企谷先輩……どんだけ家に帰りたいんですか……」
困ったように、呆れるように、しかし本当に寂しげな二人の様子に、なんとなく悪いことをしたような気分になってくる。
「……すまん。マジでこういうのちょっと苦手でな……」
これで締めるのもあんまりだと思い、もう少し言葉を付け足す。
「まあ、この何日か楽しかったわ。……お前らのおかげだ、あんがとな」
苦笑する副会長に、依然うーと名残惜しげな書記ちゃんを見てると、うん、マジで後ろ髪を引かれる思いなんですけど……本当可愛いわね……この子……
しかし俺の帰宅への決意は固い。
まもなく千葉行きの緩行線がやってくる時間だ。
他校の生徒に囲まれている一色に視線をやると、一瞬目が合った。
楽しんでくるといい。
じゃあの、と心持ち優しげに視線で労って、俺は電車に向かって階段を駆け下りた。
ガラガラの車内の隅っこを確保して座ると、まもなくメロディが鳴る。
ぷすこーと扉が閉まり、列車は静かに走りだした。
※※※※※※※
肩越しに流れる風景をしばらく目で追って、やがてそれに飽きると、鞄を膝に乗せて、それを枕に早速寝にかかろうとした。
……が、前にずんと人が立っている事に気付く。
他に空いてる席がいくらでもあるから、座れば良いのに……と顔を上げると、嫌というほど見慣れた面にかち合う。
誰あらぬ一色が、不満いっぱいにぶーたれた顔で、こちらを見下ろしていたのだ。
パンパンに膨れた頬は、怒りで赤く染まっている。
……これ、マジなやつですね……
「……お前、何してんの?」
「……だって」
唇を尖らせて、返事なってない返事を述べる。
しかしその目はあくまで恨みがましい。
本当に何のつもりなんだろう……?
「お前は打ち上げ行っとかないと、まずい流れなんじゃねぇの……?」
「……だって、置いて行っちゃったら、私は都合よく先輩をこき使って、用が済んだら見捨てて自分だけ楽しい思いをする悪魔みたいな後輩と思われちゃうじゃないですか……」
一部合ってるような気もしますが……
「いやいやいや、それはねーだろ……ほんと何やってんのお前……とっとと戻れ、幸い鈍行だ、次で降りればすぐ戻れる」
言うのだが、一色はちょいちょいと手を払う。行きしな同様、端っこに座りたいのか、自分の座る場所を空けろと暗に要求する。
「いや、他にいくらでも空いて……」
なおも渋っていると、無理やり隙間に尻をねじ込んで腰を落ち着ける。
も、もう!なんなのこの子、本当に……!……あと、ちょっと柔らかかったです。
「良いんです、私も疲れたから今日はもう帰るんです!」
「なんだってんだ……」
依然ぶっすーと不機嫌な一色。
もちろん会話など無く、実に気まずい雰囲気である。
帰宅ってのは、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……
だというのに、こいつときたら……一色はあからさまに不満気な顔を、こちらに容赦なく向けており、俺の視線は自ずと明後日の方に向いてしまう。
救われない、豊かじゃない、静かだけど、独りじゃない……
右肩から伝わる温もりさえも、なんだか抗議の声に思えてくる。。
居心地の悪さに少し座る位置を離してみると、逃がさんぞとばかりに離した分だけ、すかさず寄せてくる。
どうしろってんだ……
はぁ……と溜息をついて、弁解じみたことを口にする。
「まあ、ほら、アレだ。俺はああいうの苦手だからさ」
「……知ってますよ。結衣先輩とかから聞いたこともありますし……」
「ほんじゃ、なんで付いてくんだよ……意味わかんねぇぞお前……」
「私が不満なのは、……その、あれじゃないですか、先輩があんまりだからですよ」
「何がだよ」
「み、皆さん、スピーチ終わった後、褒めてくれましたけど……まだ先輩から褒めてもらってませんし……」
……この子、アホなんじゃないかしら……?
「言わんでもわかるだろ、そんなもん……アホじゃねぇの?」
「い、言わなきゃわからないことだってありますよ!聞いてませんもん!」
「あーはいはい、じゃあ言ってやるよ、なかなか良かった、結構感動したんじゃねぇの?これでいいか?」
「……!」
言い終わるや否や、ガシガシ拳で太ももを殴ってくる
「いってぇ!」
……こいつ、今回は一本拳を作ってやがる……
愛想が尽きたと言わんばかりに、そっぽを向く一色に、いよいよ雰囲気は最悪である。
あー、もう……早く家に着かないかなぁ……
ゆらゆら、のんびりと千葉に向けて走る列車。
……鈍行はまだ始まったばかりだ。
長い道中、機嫌を損ね続けるのは得策でないと考えた俺は、脳をフル回転させて懐柔策を練る。
……それに、まあ、こいつの言う、俺を放って遊びに行くのが後ろめたい、というのは嘘じゃないんだろう。
その意外な義理堅さが、可愛いと言えなくも無いという可能性について、無きにしもあらずんば人にあらずと言えなくもない。
なんにせよ、気を遣わせたことに何らかの謝意を述べるのがよろしかろう。
直接的に述べるのは、なんか、アレなので、アレをアレしよう。
意を決して、しかしまとまらないままに言葉を紡ぐ。
「……まあ、なんだ、スピーチは本当に良かったけど、それとは別件でな」
「……」
クソ、なんの反応も返してこない。
まあいい、聞こえているだろうから気にせず続けよう。
「お前、俺の志望校知りたがってたよな」
「……」
「実は今日行った大学が俺の志望校なんだ。まあ、実のところ、何が勉強したいとか、尊敬する教授がいるとか、そんなんじゃねぇんだけど……」
「……まあ、なんつーか、俺はこんなだから、オープンキャンパスなんてあっても、絶対参加しなかっただろうからさ」
「んで、あれだ、今日は似たような事が出来たというか、おかげでモチベーション上がったっつうか……」
「……だから、あんがとな」
さて、一色さん……どうでしょうか、これ……?
気恥ずかしくて、顔を一色に向けられない。
明後日を向いたまま反応を待っていると……
ぽすりと、俺の胸に一色の頭が乗っかった。
思わず鼓動が跳ねる。
「……」
困るわ……こういうの、すごい困る。
胸トンっていうんですか……これ……?
バリエーションの一つなんじゃないでしょうか……
さっきの話の、どこに琴線が触れたのかは分からないが、
まさか、こういう反応が返ってくるとは……
まあ、こっちも、態度の軟化を目論んでのことなんだけど……
なんだけど……困るわー……
ちょ、ちょっと一色さん?私恥ずかしいのだけれど……と一色の方を見やると
「すぴー……」
すやすやと、実に気持ちよさそうに寝息を立てていた。
あれ……もしかして俺の渾身の懐柔策。全く無意味だったんでしょうか……?
いや、だがここで狸寝入りをかますのが、一色いろはという女だ。
目の前で掌をひらひらさせたり、しゅっしゅと瞼に着く寸前まで指を突いたりしてみるが、一向に起きる気配がない。
なにより、涎がダクダクと俺のブレザーに染みをつくっており、普段から油断も隙も見せない小悪魔ビッチたる一色が、かような姿を演技で晒すとも考えにくい。
まあ、こいつが一番お疲れだったのは間違いない。夜更かしも手伝って、本当に寝こけてしまっているのだろう。
「……くっ…」
――俺と一色にはちょっとズレが有る。
それが可笑しくて、思わず笑ってしまう。
これだってそうだ。
大事なところでリズムが合わない。あるいは最初から合っていないのか……
他にも数え上げれば、きっとキリがない程挙げられるはずだ。
しかし合わないなりに、なんやかんやと、ここまで共に歩いている。
この先も一緒にいれば、ズレは埋まっていくのだろうか?
それとも、互いにますます溝を深めていくのだろうか?
その結果、俺はこいつに、こいつは俺に、どんな感情を抱くようになるのだろうか。
……分からない。
分からないが、それを知りたいと思う自分がいる。
期待とも不安ともつかない、漠然たる思いが頭を埋め尽くす。
「ほぇ……」
と、そこに色気も可愛げもない、滑稽な寝言を漏らす一色。
……何だか、考えるのが馬鹿らしくなってくる。
まあ、ゆっくり進んでいけばいい、この緩行のように。
新たに生まれた日常を、そしてやがて失うであろう日常を、ゆっくりと。
差し当たってはこの後、こいつが起きた時に、少しでも気まずくなったりしないよう、俺も一緒に眠りこけてやるとしよう。
車内に入り込む春の陽気と、電車の刻む緩やかな振動をその身に受ける。
右肩にかかる心地よい重みも相まって、
きっと驚くほど早く、眠気がやってくるに違いない。
※※※※※※※※
一色いろは・被害者の会2
野望編・後半 【了】
→次回
まじで面白かったです!
これからも楽しみにしてますっ!
すげー好き。
何だよ、この爽やか青春ラブコメは。
どのキャラも生き生きしてて良かったです。
こりゃ周囲はいろはすのねらいを完全にわかっていますね。
乙でした。にやにやしました。
めっちゃラブコメしてる
最高かよ。
抵抗なく読める。続き書いて欲しいわ
>>1-6
読んでくれてありがとう!
次回もあるので、ぜひお付き合いください!
ジューシーポーリィイェーイ!を見て作者にめちゃくちゃ親近感を湧いたよ
ああ、これ名作だわ
明治かな?
メインヒロインの2人が一切出ずにいろはすがメインヒロイン張ってるのに登場人物原作通りのキャラに沿ってる!
ここまでならサイドストーリー化してもいいレベル!!
名作!!!