一色いろは・被害者の会7~怒涛篇(前半)~
いろはすSSです。三年になった八幡のオリジナル展開なのでそのおつもりで……/ 更新が遅れてすまんの!物語は文化祭編に突入!一体どんな展開が待ち受けているのか……!そしてゲーガイルの出来栄えは如何に!?楽しみですなぁ……
シリーズものなので、初めての方は↓からどうぞ。
一色いろは・被害者の会 ~黎明篇~
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~前回までのあらすじ~
群雄割拠―― 混迷を極める戦乱の中、一色いろはの軍勢は関東制覇に向けて着実に準備を進めている。
その野心に抗すべく、八幡・戸部・副会長の三人は小県(ちいさがた)を寄り集め『一色いろは・被害者の会』を結成した。
――夏休み
いろいろあって副会長と書記ちゃんが喧嘩してたんだけど、みんなでそこそこ頑張ったおかげで無事仲直り。
ついでに八幡と一色も勢い余って物陰でチュウしようしたんだけど、昭和の呪いが邪魔をして出来なかったのであった……
前回 一色いろは・被害者の会6~飛翔篇(後半)~
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――ふと、あの時のことを思い出す。
宙を踊る桜の花弁が、淡く緑めく庭に、一つまた一つと舞い降りて、徐々に彩りを与えていく。
景色の至る所が色づき始め、いかにも新生活の始まりを思わせる風情だ。
しかし、時折、身も竦むような寒風が吹きすさび、思わず両肘を抱えててしまう。
新たな出会いに胸を弾ませつつも、別れの余韻もまだ収まっていない。
春と冬。期待と不安。始まりと終わりの入り交じる……何もかもが曖昧な時節の変わり目。
学年が上がり、クラスも変わった。
しかし、昨年わずかばかりに縁を深めた知己の姿は見当たらない。
……早々に友人作りを放棄した俺は、すっかり馴染みのこの場所で、独りモソモソと昼食を摂っていた。
あの時の俺は、多分落ち込んでいたのだと思う。
そして、すぐその後。
少し弾んだ息づかいと、近づいてくる足音に、俺は何を期待したのだろうか。
振り返った時、はじめに胸に浮かんだ感情は一体何だったか。
―― 軽く失望したような気がする。
ひどく驚いた気もする。
呆れて、慌てて、恐れて、戸惑って……
様々な感情が去来したと思うのだが、今となっては、はっきり思い出すのも難しい。
……というのも、後に起こった本当にいろいろな事柄が脳裏を過ぎり、当初の、あの時の記憶を曖昧にしてしまうからだ。
予算報告会、交流会のスピーチ、生徒総会での諍いや、銚子での短期バイト、誕生会、そして花火大会……
その合間合間にあった小さな出来事までもが、濁流のように押し寄せて次から次へと頭を埋め尽くしていく。
紅葉した落ち葉を、雪が覆ってしまうように。
桜の花弁が冬の憂いを払拭していくかのように。
しかし、すっかり埋もれてしまったそれは、とても大切なことだったような気がする。
そう思い、いつか彼女に直接伝えようとしたが、場にそぐわない気がして、あの時は確か引っ込めてしまったのだったか。
言わなければ、きっと後悔してしまうだろう。
でも、言葉にすると嘘くさく響いてしまうに違いない。
あるいはそんな躊躇いがあったから、ここまで言えずにいたのかもしれない。
未だ形に為せないそれは、確かに本物のはずなのに。
……しかし、この道程もそろそろ幕が見えてきた。
鈍行の列車だって、いつかは終点に着いてしまう。
ゆく河の流れは絶えないし、花の色はいたづらに移りまくるし、祗園精舎の鐘だってガンガン鳴るし、つわものどもだって夢の跡だし……
名残惜しんでも、いずれ祭りは終わるもの。
どれだけ後悔したところで、あとの祭だ。
そう、あの時から、もう終わりは始まっていて……
未練がましく空を見上げていたのも、
言葉にできない何かを胸の内で弄んでいたのも、
それを認めたくなかっただけなのかもしれない。
※※※※※※※※※※※※
「――んぱい、先輩?」
呼びかけられて、はっと我に返ると、続いて一色の大きな目が視界に飛び込んでくる。
すっかり見慣れたはずの瞳だが、突如向けられて僅かに胸が跳ねてしまう。
「一色……」
「先輩……」
そのまま、暫し二人で見つめ合う。
……不意に一色の瞳が切なげに揺れた。
僅かに滲ませる物憂げな色……その理由が分からない俺ではない。
正視に耐えず、思わず目線を下げてしまうが、今度は柔らかそうな唇が目に留まってしまう。
「――!」
たまらず顔ごと視線を逸らす様は、さぞかし滑稽だったろう。
しかし一色は笑いもせずに、俺と同じ方を向くとはぁと一つため息をついた。
一緒に漏れた微かな声音にはどこか悲哀が籠っていて、聞きようによっては恨みがましささえ感じられる。
想いが分かっているだけに、じくじくと胸が痛んだ。
……だが、応えられない。
今、俺がこの子の想いに応える訳にはいかないのだ。
――夏休みも終わり、九月も数日が経った。
残暑がまだ色濃く残る昼休みのこと。今日も今日とて俺達はベストプレイスで昼食を摂っていた。
新学期に入ったところで、生活がそう大きく変わるわけではない。
……が、何もかもが同じという訳にもいかない。
先にあった花火大会。あわや一夏の過ちを犯すところであった俺達なので、どうしても互いに意識してしまう。
くわえて、戸塚もテニス部を引退してしまい、昼休みここに訪れることが少なくなった。
必然、この時間は一色と二人きりになる機会が多くなる――
「いやー、そんでさー、せっかく準備してたのにさー、今年は隼人くん有志出ないって言い出してさー。……ほら、俺とかドラム叩くために生まれてきた……みたいなとこあるっしょ?」
「へーそっすか。あ、でも、クラスの女子も葉山先輩の噂してて……それ聞いたら残念がると思うっす!」
「う、うん……まあ、もちろん隼人くんのギターも良いんだけどさ?俺もドラムやるもんだとばかり思ってたからさー、夏休みも合間を縫って練習とかしてた訳よ!こう!こんな感じで!ほら!格好いいっしょ!?」
「頭しか振れてないぞ……戸部……」
「戸部先輩も去年ステージに出てたんですねぇ……私ちっとも気付きませんでした……」
「……え?書記ちゃん……俺、そんなに存在感なかった……?」
「あ、い、いえ、そうじゃなくて、去年、私は葉山先輩の方ばかり見てましたので……」
「……え?書記……それってどういう……?」
――と、いうことは全然無かった。
今日も今日とて賑わしく、端的に言ってクッソ五月蝿かった。
二学期になってからというもの、毎日誰かしらが、ここベストプレイスに訪れるようになっており、俺は昼になると徹子よろしく生徒会メンバーなり、戸塚なり、材木座なり、河川敷さんなりを迎え入れ、一色と二人して応対する毎日を送っていたのだ。
今日に至っては生徒会メンバーが全員集結しており、いかにも八幡の部屋・総集編といった趣である。
ご丁寧にビニールシートまで敷き、皆して去年の文化祭についてぺっちゃくらくっちゃらと喋くりあっている。
真顔で固まっている戸部と副会長を除いて、みんな実に楽しそうな面持ちだ。
「むぅ……!」
そんな概ね明るげなメンバー達を、一色は唸り声を上げながら睨めつける。
そして、またもやこっちを向くと、俺の方にも恨めしげな視線を投げつけた。
ひ、ひぃっ!とこちらも身を強張らせる。
「なんで、こう毎日毎日、誰か来ちゃうんでしょうねぇ……?」
「……まあ、こんなもんなんじゃねぇの……」
この春から公私共に同じく時を過ごすようになったメンバー達。
夏休みを経て一層結束が固まったところがある。なんとなしに顔を合わせ、言葉を交わして過ごしたいのだろう。
ともあれ、たいへん残念そうな……あるいは呆れ果てた顔をする一色である。
一方で、俺はどこか安堵している節がある。
……一色は基本的に打算と陰謀を張り巡らせる策士系女子なのだが、反面、イケイケドンドンなところも持ち合わせている。
あれからも日に日に距離を詰められており、今日もこの面子の前では遠慮がないのか、俺の横にぴっとりと身を寄せてお弁当をもぐもぐしている。
う、うん……ちょっとくっつき過ぎじゃないですかね……
困る……。
少し座る位置をずらすと、すかさず一色は同じ分だけ席を詰めてくる。
「……」
「……」
と、まあこんな具合ですので、もし二人きりになろうものなら、この上どれだけくっつくことになるのか知れたものではない。
本来、孤高を愛する俺だが、そんな事情もあって、毎日誰かが訪れるというこの状況は正直助かっていた。
理性が服を着て歩いているような俺のこと。
皆が見ていれば、うっかり過ちを犯すこともあるまい。
「……それよりお前、調子悪いのか?なんかさっきから全然箸が進んでねぇぞ……」
「ふぇっ?あ、いや、これは……」
半ば誤魔化すように水を向けると、一色はバツの悪い顔を浮かべる。
実際、いつもより明らかに食べるペースが遅いのだ。
一色のマッマはなかなか甲斐甲斐しい性分らしく、いつも綺麗なお弁当を用意している。
今日なども、色取り取りの可愛らしいおにぎりが半面に配置されているのだが、なんとも罰当たりなことに一色はそれを手付かずのまま残していた。
もう!のり玉があればご飯なんかいくらでも食べられるでしょ!
めっと咎めるように視線を向ける。
「その……なんと言いますか、ダイエットしてるんですよ……最近ちょっとプニッてきたので糖質制限を……」
「……は?」
ダイエット……だと……?
思わぬ単語に、俺は眉を顰めてしまう。
そして、一色の二の腕やら太ももやらに目を向けた。
ついでに銚子の海で見た水着姿を思い出し、嬲るようにその身体を凝視する(※想像で)
ふむ……別に問題無かった気がするが……
こいつはお腹周りだけ見れば、しゅっと細い中にも、ぷよんとした柔らかさも兼ねており、なかなか可愛らしい造形をしているのだ。
一色さんはそのままでいい……
「お前は別に太ってねぇだろ……むしろ細い部類だと思うが……」
「じ、ジロジロ見ないで欲しいんですけど……!それに……実はこう見えて結構、下腹とかヤバイことになってるんですよ……」
一色は顔を赤く染め、お腹を両手で抱えて身を捩る。
まあダイエットに励む女子……というだけで男子にとってはいじらしく映るものだが、一方で気にし過ぎとも思ってしまう。
この辺り、男女の認識差には海より深い溝があるのだ。
俺から見れば一色は華奢な体型をしており、特に胸元に至っては頼りない限りである。
ダイエットなぞ程遠い境地だと思うのだが……
それに日本の若い女子の平均摂取カロリーと来たら、北朝鮮の平均を下回る水準らしい。国連のどっかの基準によれば「飢餓状態」に当てはまるのだとか。
それだけ日本という国は運動しなくていい環境にあるのかもしれないが……どこか不健全さが漂うのは否めない。
由比ヶ浜にせよ、平塚先生にせよ、どちらも中々良い食いっぷりであった。
一方はかつて奉仕部が誇ったクッキーモンスター。
もう一方はラーメン巡りを趣味とする替え玉上等の大食漢である。いや、もうほんと漢らしかった。
……そして、どちらも大層立派なメロンさんをお持ちであった。
戦の要は食にあり……!
やはりカロリーの摂取は女子といえども不可欠なものに思えてならない。
別にボインちゃん(死語)になれというのではない。
こいつは結構日頃からチョコチョコ走り回っているので、貧血で倒れたりしないか心配なのである。
「お前な、こういうのはバランスが大事なんだぞ。炭水化物も重要な栄養なんだから、ちゃんと摂っとけよ……」
「むぅ、そうかもしれないですけど……」
「だいたい見る奴なんて居ねぇだろうが」
「居るかもしれないじゃないですかー!」
「誰にだよ」
「だ、誰って……そりゃ、その……」
ふくれっ面の一色だったが、俺の方をチラリと窺うと、頬を赤く染めて視線を逸らす。
……しまった……今のは失言だった……
こちらも目のやり場に困ってしまい、ガシガシと後頭部を掻いて明後日の方に顔を向ける。
「……と、とにかく、いざという時に下腹ぽっこりだと死活問題なんです!」
「お、おう……」
いざというのがよく分からないが、生死がかかっているなら仕方ない。
改めて頬を膨らませる一色であったが、ふと何か思いついたようで、見る間に空気が抜けていく。
「あ、そうだ!じゃあもったいないですから、このおにぎり、先輩にあげますよ」
言って、一色は一つおにぎりを箸でつまむ。
「はい!あーーん!」
にこぱー☆とあっという間に機嫌をよくした一色は、自らも口を開けながら俺の口元におにぎりを寄せていく。
ん……ま、まあ、決意は固いようですし……?残すのも、もったいないですし……
一色はどうでもいいが、一色のマッマが心配するといけないですしおすし……
そんな訳で、少しばかり協力してやるのも致し方のないこと。ほんと嫌だけど。
「せ、先輩!あーん!」
一色の若干必死な声音に押されて、俺もあーんと口を開ける。ほんと嫌だけど。
「あ、あーん……」
「……」
「……」
……ふと、会話に興じていたはずのメンバー達の声がいつの間にか止み、代わりに十の瞳がこちらを凝視していることに気付く。
俺と一色はアホみたいに口を開けてその場に固まり、目だけを連中にギギギと向けた。
「あ、いや、俺達には構わねーで……どぞ、続き……やっちゃって?」
「炭水化物は重要っすよ!お兄さん!」
やかましいわ。
「完全に二人の世界に入ってましたねえ……」
「よく人前で、あんな恥ずかしい事出来るよなぁ……」
などとクスクス笑う書記ちゃんと副会長。いや、君たちも以前やってたよね……?
「比企谷は、どうにも行動が遅いな……」
ちっと舌打ちしてスマホを胸ポケットにしまう会計くん。勝手に撮影すんな。
五者五様の反応を見せるメンバー達にギロリと二人して睨みつけると、皆は白々しく顔を明後日の方に向ける。
「むぅ……!」
などと、再三に渡りむくれる一色だったが、俺は内心で胸をなでおろしていた。
……そう、このような効能を期待して、俺は彼らをこの場所に迎え入れているのだ。
うん、ちょっとさっきまで忘れてましたけど…… っぶねーわぁ……っべぇー……
「……ま、まあ、何だ……そんで今年は葉山、バンドやらねぇの?」
誤魔化すついでに、さっき断片的に耳に入っていた会話を蒸し返す。
すると醜悪で下品なにやけ面を浮かべていた戸部も、思い出したようにぽんと膝を打った。
「あー、そうなんよ!隼人くんってばさー『いや、今年のステージは後輩に譲るよ……』みたいなこと言っちゃってさー」
「なんだそりゃ……」
「まあ、隼人くんも、あれでいろいろ苦労してっから……大学もいいとこ狙ってるみたいだし」
いつかのように戸部は視線を遠くに向けながら呟く。
うーむ……なんか雑にまとめているが「みんなの隼人くん」らしからぬ発言に、俺は少し引っかかってしまう。
そんな理由で、皆の期待を無碍にしてしまう奴だったろうか。
はてさて、あいつは一体、何考えてんでしょうねぇ……?
意見を伺おうと隣の後輩に目線を寄越す。
……が、一色は残したおにぎりが気になるのか、ちらりとちらりと弁当箱を覗き込んで会話に入ってこない。いや、もう食っちゃえよそれ。
「出たら盛り上がっただろうに……文実にとっては痛手だよなぁ……」
代わりに副会長がそう呻くと、皆もこくこくと同調する。
ただ、どこか他人事に響くのは、今回は生徒会が脇役だからだろう。
文化祭成否の如何は、まもなく編成される「文化祭実行委員」に懸かっている。我々はあくまでサポート役に過ぎないのだ。
だからして、皆どこか呑気に構えている節があった。
いや……というよりも“余裕がある”と言ったほうが適切かもしれない。
生徒会も行事が重なり忙しい時期なのだが、副会長が計画した人員配置の案は、俺から見てもほぼ完璧で、非の打ち所がない。
書記ちゃんにしても随分仕事に慣れたようで、最近は意見を出したり、積極的に処理に絡むようになってきた。
会計くんも安定して実力を発揮しており、生徒会をハードとソフト双方から支えている。
くわえて大志の謎の人望により、一年メンバーが多数参加し、人員不足もすっかり解消した。
戸部は相変わらず何の役にも立たないが、その毛根はいたって逞しく、ハゲる心配など微塵も感じさせない。
必然、俺の役回りも少なくなり、思ったより随分楽できそうな見通しなのだ。
見上げれば、空には雲ひとつ無く、海から吹く風には秋めいた爽やかさが含まれている。
前途洋々――
まるで俺達の未来を表すかのように、どこまでも明るく広がっている……
「でもー、わたし思うんですけどー」
一色の呟きに、ぎょっと皆の肩が跳ね上がった。
……そう、こいつさえ変な気を起こさなければ……前途洋々の筈なのだ……
そう考えていたのは俺だけではなく、皆チラチラと不穏げな様子で一色に視線を寄越す。
「葉山先輩が出ないのは残念ですけどー……でも仰る通り、いつまでも頼りっぱってのは、わたしもまずいと思うんですよねー」
「お、おう……」
人に頼ることに関しては他の追随を許さない一色の発言とは思えないが、いろいろ呑み込んで俺は相槌を打つ。
「……まあ、そうかもしれんが、学校一の人気者が盛り上げてくれないのは、やっぱり痛いだろ。他の生徒のモチベーションだって下がっちまうし」
「でも葉山先輩だって来年は卒業しちゃうわけですし……そうなったら、次の文化祭も盛り上がらないってことになっちゃいません?」
「そういうこともあるだろな……何が言いたいんだよ、お前」
「だからぁ!」
一色が顔を上げて言いかけると、そこで初めて皆の視線が集まっているのに気付いたらしく、一瞬たじろいた様子を見せる。
しかし、けぷこむと咳払いして仕切りなおすと、居住まいを正して言葉を繋げた。
「今年にしろ、来年にしろ、葉山先輩が居なかったら、葉山先輩無しの文化祭をしなくちゃいけない訳ですよ」
「まあそうだな」
当たり前だ。
「だから、あんまり人気者に頼った文化祭にしちゃうとー、後々困っちゃうわけですよ」
「……来年辺りに、人気者が入学してくるんじゃね?」
「入ってこなかったらどうするんですか」
「まあ、そりゃ……困っちゃうべ」
口を挟んだ戸部だが、一色の言を受けてあっさり引き下がる。
……なるほど、言いたいことが分かってきた。
確かに、去年の文化祭は人材に恵まれたところがあった。
文実を実質的に取り仕切っていたのは、敏腕副委員長たる雪ノ下雪乃……
最後の方は皆の団結があったものの、それも核たる雪ノ下があってのこと。彼女の存在なしには上手く回らなかっただろう。
ステージにしてもそうだ。
めぐり先輩がオープニングセレモニーでかけた発破。
陽乃さんが引き連れたOB達の見事な演奏。
リア充最高峰たる葉山のステージ。
こいつの場合、くわえてクラスの出し物「星ミュ」も受けがよく、今でも語り継がれるほどである。
そして、あれも海老名さんという超プロデューサーの手腕が影にあったことも見逃せない。
更には雪ノ下だけでなく、由比ヶ浜も急遽舞台に登り、繋ぎとは言え皆を大いに盛り上げてみせたものだ。
いずれも錚々たるメンバーで、大成功と言われる去年の文化祭は彼・彼女らの華があってこそ……
逆に言えば組織やシステムの力でなく、個々の能力……つまり属人的な要素が成功に寄与した面が大きい。
一色はそうした文化祭のありように疑義を呈しているのだろう。
「……ってことでいいのか?」
「そう!それですよ!人気者を当てにするんじゃなくて……こうなんといいますか……“すごい人が作る文化祭”じゃなくて、“文化祭が人を作る”みたいな?これからのことを考えると、そんな感じが良いと思うわけです!」
くわっ!と目を開いて熱弁する一色に、一同、ほう……と感嘆の息を漏らす。
個人が先か、組織が先か、なんてのは永遠に決着がつかないテーマのようにも思えるが、あの一色がこんなことを考えていたとは……
まあでもシン・ゴジラだって内閣吹っ飛んじゃっても、ちゃんと組織は機能してたからなー……
そういうの本当に大事だよね、うん。
「いろはす……まともなこと言ってね?なんか怖いわー……っべー……」
「そ、そうだな……一体どうしたっていうんだ……会長らしくもない……」
戸部と副会長が額に汗をにじませながら、一色に猜疑の目を向ける。
き、君達、失礼ですよ……?
「いろはちゃん、やっぱりお腹空いてるんじゃ?ちゃんとお米も食べた方が良いと思う……」
書記ちゃんもハラハラと心配げな様子で、一色の顔を覗き込む。
でも君も酷いこと言ってるよね!
……皆が一色を不審の目で見る中、会計くんがパンを頬張りながらこちらに目を向ける。
「会長……その言い草だと、何かいいアイディアでもあるの?」
突出した個人に頼らない……そんな仕組みが、もし作れるのなら凄いことだ。
会計くんの言葉に、メンバーたちは期待に満ちた目を一色に向ける。
「あ、いえ、特に無いんですけど。言ってみただけで」
……が、一色はふりふりと手を横に振りながら、あっけらかんとした様子で答えた。
すかさず、ズッと肩を落とす生徒会役員共。
みんな良いリアクションをするようになったなぁ……
「期待して損したっす……」
「まあそこはほら、いろはすだからさー」
あーやれやれと皆して昼食を再開すると、求心力の低下を察知したのか、一色は慌てた様子で取り繕う。
「ま、まあそういうのを考えるのは文実の人達な訳ですし!わたしが考えてもしょうがないですし!」
「はいはい、まあせいぜい足引っ張んないようにしろよ」
「ちゃ、ちゃんとやりますって!だいたい、わたしが生徒会長をやる以上、失敗なんてされたら困りますし……」
その言い方だと、自分が生徒会長じゃなかったら失敗してもいいってことになっちゃうんだけど……
皆もそう思ったのだろうが、訓練された俺たちはその言葉をぐっと飲み込んだ。
「まあ、上手くいくようにー、横からチョイチョイとアドバイスしてー、失敗したら文実の人に責任押し付けちゃえばいいんですから、気楽なもんですよねー♪」
言って、一色は悪そうな顔でふふんとほくそ笑む。
「会長……それはいくらなんでも……」
「ないわー……いろはすマジないわー……」
「お前ほんと最低だな……」
「せ、先輩が言ったんじゃないですかー!責任は周りに押し付けろ、手柄だけ自分のものにしたら良いって!」
ど、どうかな、言ったかなそんなこと……?
前半は微かに覚えがあるが、後半は完全にこいつの創作のような……
「とにかく!楽しみですよねー、文化祭。どんどん盛り上げていかないと……!」
「それな!」
「頑張るっす!」
一色の失言は聞かなかったことにして、皆は気を取り直してテンションを高めていく。
一旦こうなれば、彼らはなかなか優秀なのである。きっと見事なサポートを見せてくれるだろう。
とにかく、俺の役回りも少なくなり、思ったより随分楽できそうな見通しなのだ。
心機一転、もう一度空を見上げる。
……だが、さっきまで前途洋々だった空は、いつの間にかどんよりと雲に覆われていた。
あ、あれ……おかしいな……さっきまで一面の青空だったのに……
戸部と副会長も不穏気な顔で空を見上げる。
「……なんか……曇ってきてんね」
「台風が近づいてるらしいぞ……思ったより速度が落ちてないんだって」
曇り空を眺めつつ、俺はふへらっと力なく嗤う。
なーんか起こっちゃうんでしょうねぇ……
※※※※※※※※※※※※※※※※※
そんなメランコリックな昼休みを終え、引き続き食休みに入ろうと机にうつ伏せていると、気付けば放課後である。
昨今の月日の流れの速さには、戦慄を禁じ得ないぜ……
「白駒の隙を過ぐるが如し……か」
などと思わず格好いい独り言がまろび出ると、たまたま隣を通りすがっていた氏名不詳の女子(可愛い)がビクッと肩を揺らして、俺から距離を取る。
う、うん、ごめんね、今のはさすがにキモかったよね……
……とは言えこちらにも事情がある。
昨日も遅くまで受験勉強に勤しんでいたため、昼以降はどうしても眠たくなってしまうのだ。
大きく欠伸をしながら周囲を見渡すと、級友たちはまだチラホラと教室に残っている。
どうやらHRは終わったばかりのようだ。
今日は良いタイミングで目覚めることが出来た。
この前なんか、HRが終わったその二時間後、夕焼けに染まる教室で独り目を覚ましたからな……
寝惚けていたので思わず朝焼けと勘違いし、学校で一夜を過ごしてしまったのではないかとひどく取り乱したものだ。
誰か一人ぐらい起こしてくれてもいいのになぁ……
去年であれば、戸塚なり、時には由比ヶ浜が人目を盗んで起こしてくれたものだが、今年は気にかけてくれる知り合いもおらず、移動教室や体育のある前の時間などは絶対に睡眠が許されない。
まあ、ただ、俺史を鑑みればそれが日常で、去年の方こそ異常だったのかもしれない。
「……」
考えても詮の無いことだ。息をつくと、もう一度身体を伸ばす。
さあ、それじゃ今日も同好会を頑張っちゃおうっかな!
このまま本部に直行しようとも思ったが、耐え難い尿意を催していたので、まずはトイレに駆け込む。
そしてさくっと排出を済ませると、ハンカチで手を拭き拭き教室に引き返した。
さあ、それじゃ改めて、今日も同好会を頑張っちゃおうっかな!
……などと意気も揚々、席に戻ろうとしたところ、足がピタリと止まってしまう。
見れば、氏名不詳の女子(可愛い)が俺の机に腰掛け、友人たちと輪になって談笑しているではないか。
大方、俺がもう帰ったと勘違いしたのだろう。
や、やだ……戻りにくい……
教室の入口付近で立ち止まり、その様子を歯噛みしながら覗き見る。
くそ……横着しないでちゃんと荷物を持ってトイレに行けば良かった……でもでも、我慢できなかったんだもん!
独りモジモジと煩悶していると、前で小さな声が上がる。
「あ……」
「ん?」
誰かと思えば声の主は相模南……去年のクラスメートであり、かつての文化祭で些かの因縁を持つ相手である。
知り合いに用事でもあったのか、教室内に入り込んでいたらしい。
出口を塞いでいた俺に、非難がましい目を向けている。
「……そこ、どいて欲しいんだけど」
「おぉ、すまん……」
一歩引いて、彼女に道を空けてやる。
「……ん」
謝意とも威圧とも取れる頷きで返すと、そのまま相模は一瞥もせずに教室を出て行く。
「……」
……俺と相模の関係はご覧の通り、非常に良好である。
あの文化祭、そしてその後の体育祭を経て、見事に俺たちは“他人”になれた。
内心では互いに何か含むものがあったとしても、表面上は見事に非干渉・無関係を貫けている。
これも立派な対人テクニックのひとつ。経緯を考えれば理想的な関係を築けたと言えよう。
一昨年まで思い起こせば、確実にこの手の技巧に磨きがかかっているのではないか。
我ながら大した進歩で、自分で自分を褒めてやりたい。
……しかし、上手くいかない関係性もある。
教室に戻るのも憚られ、やむなく廊下の窓にもたれかかって時を潰していると、ふと、視界の端でお団子頭が揺れる。
ぎょっと顔を向けると、そこに居たのは誰あろう……由比ヶ浜結衣だ。
向こうもすぐこちらに気付いたのか、バツの悪い顔を浮かべると、間もなくプイと目を逸らしてしまう。
……が、場所を変える気はないらしく、微妙な距離を空けたまま、二人して窓を背に立ち尽くすことになった。
目線だけチラチラと牽制するかのように投げ合う。
前学期は意識こそすれ、上手く“他人”になれた俺達であったが、始業式の朝に会話を交わしてしまったせいで、距離感は再び曖昧になっている。
……俺と由比ヶ浜の関係はご覧の通り、非常にギクシャクしていた。
教室に戻ろうにも、俺の席は氏名不詳の女子(可愛い)が占拠しているし、由比ヶ浜もどういう訳かその場に留まっている。
俺としては非常に居心地が悪く、手汗がじわりと噴き出てしまう。
だが、こうして互いに意識しているのに、挨拶一つしないのは不自然極まりない。
さりとて、和気藹々と語らい合うのも、何か間違っている気がする。
ならば採るべき手は一つ……俺は由比ヶ浜にアイコンタクトを試みる。
―― お前、なんでここ居んだよ……
と視線に意を込めて伝えてみる。
すると由比ヶ浜は慌てたような顔を浮かべたのち、じろっとこちらを睨んできた。
―― だ、だって仕方ないじゃん!……優美子待たなきゃだし……
由比ヶ浜は視線でそう告げると、ついと自分の前にあるドアに目を向けた。
見やると、隣クラスはHRが長引いているのか、前後ともドアが閉められたままで、中からは教師の篭った声が聞こえてくる。
ああ、なるほど……三浦を出待ちしているのか……
大方この後、何処か寄り道する算段でも建てているのだろう。クラスが離れたというのに、依然仲が良いらしい。
―― ヒッキーこそ、こんなとこに突っ立ってどうしたの?
今度は由比ヶ浜がそんなことを聞いてくるので、こちらも自分の教室に目を向ける。
―― いや、教室に戻ろうとしたらよ、なんか女子が俺の机に腰掛けてだべってんだ……戻り辛くてここで時間潰してんの。
などと、やむにやまれぬ事情を詳らかに説明すると、由比ヶ浜はずーんと表情を暗くする。
―― わ……なんか相変わらず繊細というか、自意識過剰というか……気にし過ぎじゃない?
なーんて呑気なことを仰る由比ヶ浜さんですが……可哀想に、知能が低いのだろう。
事態の深刻さを伝えるべく、俺は丁寧に丁寧に視線で訴えていく。
―― や、でもよ、よく考えろ。女子のおしr……臀部が普段使用しているフィールドに密着してるんだぞ?意識しちゃうと互いに気まずいだろうが……俺は明日どんな顔して席に付けばいいんだよ……
―― キモっ!いや、ヒッキーマジキモいから!ど、どうしよ、あたしもそれ、たまに教室でやっちゃうんだけど……そんな風に思われてるのかな……?
などと抜かしやがるので、こちらも黙っていられない。
ガハマさんったら、時々そういうのに鈍感ですからね……
ここは一つガツンと注意してやった方がいい。きっとこいつの将来の財産になるだろう。
―― ばっかお前、そういう無防備で明け透けな態度が、どれだけの男子を勘違いさせ、死地に追いやり、そして花と散らせたことか……!分かってんのかマジで、ふざけんじゃねぇぞ。
―― 本気で怒ってない!?
涙目でビクつく由比ヶ浜だが、はたと何か思い立ち、やがてごにょごにょと両手の人差し指を突き合わせる。
何か言いあぐねる時のこいつの癖なのだが……
嫌な予感を覚えつつ、俺は目だけで先を促す。
―― そ、それに……去年だって、お昼休みにさいちゃんと話す時とか、あたしヒッキーの机に座ったりしてたんだけど……
そう視線で小さく漏らすと、由比ヶ浜はかぁっと頬を赤く染めて俯いてしまう。
―― そ、そう……
―― う、うん、ごめん……
あ、アホかこいつ……今それ申告してどうすんだよ……
「……」
「……」
なんとも気まずげな沈黙が辺りを包む。
どう反応していいか分からず、こちらも視線を逸らして後頭部をガシガシと掻きむしった。
んーー……相変わらずというか何というか……
この子ったらなんでこう、言わなくて良いこと言っちゃうんでしょうねぇ……?(※言ってない)
……などとアホみたいなやり取りを交わしていると、ふと目の前に見慣れた顔が現れる。
挙動不審な俺達を訝しげに眺めているのは、川崎沙希だ。
ちらちらと俺達を見比べていたが、やがてこちらに目を向けて……
―― えっと……今いいかな?
などと視線で訊いてくる。お前もかよ。
このままエスパー大戦が勃発するかとも思われたが、川崎はあっさりと声に出して幕を引く。
「……なんか話してたような気がするんだけど……」
「わ、わわっ!いいよいいよ、何でもないの!ささっ、どうぞどうぞ!」
由比ヶ浜は俺の代わりに返事をすると、ふりふりと手を振りながら横に飛び退り俺達から距離を取る。
そして素っ頓狂な鼻歌を歌い出して、急に何でもない風を装いだした。
その様はアホの子としか思えなかったが、こちらも気を取り直して川崎に目を向ける。
「……で、どうしたんだよ……何か用か?」
「あ、それがさ、大志に聞いたんだけど……あんた銚子の写真いっぱい撮ったんだって?」
「おう、結構撮ったと思うが(※戸塚のために)……それがどうかしたか?」
「あの子、バイトの時の写真集めてるみたいでさ……めぼしいのを生徒会メンバーから貰って回ってるんだけど……それであんたの分は、あたしが回収するよう頼まれちゃって……」
なんじゃそりゃ……
要は大志の写真集めに駆り出されているらしいのだが……
しかし、姉をパシリに使わずとも、それこそラインやらクラウドやら、そういう仕組みを利用すれば良いんじゃ……?
非効率も極まりないと思うのだが、なんせ友達が居ないので、こうした手順のスタンダードが分からない。
「あたしもよく分からないんだけど……無理やり任せられちゃってさ」
「何考えてんだろうな、あいつ……お前の弟だけあって訳がわからん」
……と、うっかり漏らすと「あ?」と凄まじく恐ろしい視線を向けられる。
ひ、ひぃっ……!
怖い怖い、触らぬブラコンに祟り無しである。
ともあれ、震える手を何とか抑えて、俺はスマホからめぼしい写真を捜す。
「風景写真で良いのか?」
「それが、なるべく人が写ってるのが良いって」
「人ねぇ……」
ぬるくぱぁ……とスマホを弄っていると、ふと隣から視線を感じる。
目を向けると、由比ヶ浜がぽかーんと口を開けてこちらを見ていた。
―― 何だよ……
気になったので、そう視線で伺ってみるも……
―― な、なんでもないしっ!
などと、すげなく返される。なんなんでしょうね……あの子は一体……
それよりも写真である。
えーと人が写ったもの人が写ったもの……あんまり無いなぁ……人間嫌いだからなぁ……
だがペラペラめくっていると、やがてふさわしそうなものが目に留まる。
「……お、これなんてどうだ?」
スマホを見せてやると、川崎もどらどらと顔を近づける。
「これ、戸部…………を、海に突き落としている……?」
「と、とべっちを海に!?」
――そう、あれは確かバイトに入って何日か経った日のこと……
たまたま休憩時間が重なった俺と戸部、会計くんの三人は少し海辺をぶらつこうという話になり、ホテルを出てだらだらと時間を潰していた。
そんな中、べーべー言いながら気分よく歩いている戸部の尻を会計くんが蹴り飛ばし、俺がそれをファインダーに収めることに成功したのだ。
戸部は桟橋から海に落ちる寸前、両手を高く上げており、いかにもこれから落ちますという瞬間を切り取った会心の一枚だ。
ただちょっとリアクションが大袈裟なためか、リアリティに欠けるのが惜しい点ではある。
「なかなか良い絵だろ」
「そだね……あの子こういうの好きだから……」
「ぶはっ!とべっち、こういうの天然でやるから面白……あ……」
「……」
「……」
いつの間にか、すぐ近くでスマホを鑑賞している由比ヶ浜だったが、川崎と二人して見ていると、破顔していた顔をささっと引っ込める。
そしてコホンと咳払いし、そのままずりずりと横歩きで遠ざかっていった。
う、うん……別に良いんだけど……
「ほ、他にはない?こういう感じのでいいんだけど……」
「そうだなぁ……人間はあんま撮ってねぇからなぁ……あ、これなんてどうだ?」
画面をペラペラと捲っていると、またも条件に合致した写真を発掘する。
スマホを見せてやると、川崎もどらどらと顔を近づけた。
「これ、副会長…………を、海に突き落としている……?」
またも視界の端でお団子頭がぴょこんと揺れたような気がしたが、構わず俺は記憶を呼び起こす。
――そう、あれは確かバイトに入って何日か経った日のこと……
たまたま休憩時間が重なった俺と副会長、会計くんの三人は少し海辺をぶらつこうという話になり、ホテルを出てだらだらと時間を潰していた。
そんな中、ニコニコと緩みきった顔で歩く副会長の尻を会計くんが蹴り飛ばし、俺がそれをファインダーに収めることに成功したのだ。
副会長は蹴られたことに一瞬気付かなかったのか、まるで空中をそのまま歩いているかのようである。
その一瞬を切り取った、まさに珠玉の一枚……!
ただ昔のアメコミの定番ギャグみたいで、ややリアリティに欠けるのが惜しい点ではある。
「なかなか良い絵だろ」
「いや……なんか突き落としてる写真ばっかなんだけど……」
「ヒッキーと会計の人が、申し合わせてやってるとしか思えないし……」
「い、一応それも貰っとくけど、他になんか無いの?もうちょっと楽しい気分になれるような……」
んー、もう……なぁに?サキサキったら注文が多いわねぇ……
仕方なく、俺はまたもやスマホをヌルヌルと手繰る。
そして思わず吹き出してしまった。
「……ぶふっ、デュフヒッ!」
思わず可愛らしい笑みがこぼれてしまうのも無理からぬこと。
そうだ、壁紙にしようかとも思ったほどの最高の一枚があったのだ。これを忘れるなんて不覚だったぜ……
「え、なになにヒッキー!あたしにも見せてよ!」
「これだ、これ」
スマホを少し傾けてやると、由比ヶ浜もどらどらと顔を近づけた。
「あっ、この子は確か、沙希の弟の大志くん!…………を、海に突き落としている?」
――そう、あれは確かバイトに入って何日か経った日のこと……
たまたま休憩時間が重なった俺と大志、会計くんの三人は少し海辺をぶらつこうという話になり、ホテルを出てだらだらと時間を潰していた。
そんな中、オッスオッスと楽しげに歩いている大志の尻を、会計くんが所定の位置で蹴り飛ばす。
三回目だから手慣れたものだ。俺もいつもの要領でその様をファインダーに収めようとした。
「やっぱり申し合わせてるんじゃん!」
ところがだ。
大志はなかなかの粘りを見せ、必死で体を捻って桟橋から転落するのを免れようとしていた。
やむなく俺が二撃目を加えると、いよいよ耐え切れなくなって、それでようやく水没させることが出来たのだ。
「ついに自ら手を下した!?」
顔を恐怖と狼狽に歪ませ、絶望の内に落ちていく……その一瞬の表情を切り取った、まさに人間ドラマを思わせる一枚である。
「み、見ろよこの顔……ぶ、ブヒ!ブフヒッ!」
「う、うぷぷ……ヒッキー酷すぎ!あはははは!」
ぶっちゃけ、この毒虫のリアクションが一番面白かった。
ひゃっひゃっひゃとお腹を抱え、由比ヶ浜と二人して笑いこける。
いやぁ写真って、本当に良いものですよね。世界はいつも、決定的瞬間だ……
「あんた……弟に何してくれちゃってるワケ……」
……と、その冷え冷えとした川崎の声音に、笑っていた俺たちは身を凍らせる。
ひ、ヒェッ!?
「ま、待て、違うんだ。これには海より深い理由があって……」
「そうだね……取り敢えずあんたを東京湾に沈めてから聞かせてもらおっか……」
言って川崎はゴキゴキと拳を鳴らす。女子とは思えない野太い間接音である。
や、やだ……本当に沈められそう……!
まあでも、これはたとえ相手が友人であっても、普通に犯罪行為だからね!よい子のみんなは真似しちゃダメだよ!
「ま、まあまあ沙希!ヒッキーも悪気があってやった訳じゃないから……」
「いや、むしろ悪気しか感じないんだけど……」
由比ヶ浜がとりなすも、あまりに雑なフォローなので川崎の怒気は収まらない。
やっぱあれですかね……沙希だけに殺気に溢れてるんでしょうか……?
しかし由比ヶ浜は少しはにかむと、改めて言葉を紡ぐ。
「そ、それはそうなんだけど……でも、ほら、ヒッキーってこんなんだからさ?よっぽど気に入った子じゃないと、こんないたずらしないと思うんだよね」
「ん……ま、まあ、それはそうかも……」
「あたしはよく知らないけど……大志くんも、ヒッキーにとても懐いてるんじゃないかな?」
「それも……まあ、そうだね……あの子、家でもしょっちゅうこれの話するし……」
おお……なんか今度はまともなフォローだ……
川崎の顔からも、見る間に険が取れていく。俺としても、何とも面映ゆく、ポリポリと頬などを掻いてしまう。
……う、うん、まあね?去年からの付き合いではあるし、一色のプレゼント選びにも付き合ってもらいましたし、多少気安いというかどうでもいいというか、妹に近づく毒虫というか、いつか社会的に抹殺しようとも思っているのだが……
しかしサキサキさんの殺気も収まりそうだし、ここは有り難く乗っておこう。このビッグウェイブに!
「ま、まあ川崎、なんつーの、あれだ、いじめとかそんなんじゃなくて、いわゆる可愛がりってやつだからよ(※相撲部屋的な意味で)」
「なんか引っかかるけど……その写真も貰っとくよ、なんだかんだであの子喜びそうだし……」
川崎はすっかり気を良くしたようで、俺も指示に従いラインで次々と写真を転送していく。
「ヒッキー、ヒッキー!それより他には無いの!?あの辺って名所がいっぱいあるんだよね!」
由比ヶ浜が次の写真を催促してくる。わんこであれば尻尾でも振り出しそうな勢いだ。
「……」
「……」
……が、いつの間にか完全に輪と一体化している、このコミュニケーションモンスターに、俺と川崎は半ば唖然と、そしてもう半分は畏敬の念を以って目を向ける。
「あ……」
無言でじっと見ていると、由比ヶ浜も今更ながらバツの悪い顔を浮かべる。
そして、けぷこむと咳払いして表情を取り繕うと、ぴょーんと横っ跳びで俺達から距離を取った。いや、遅い遅い。
はぁと俺は一つ息をつく。
「ほら、見たきゃ見ろよ」
スマホをぽーんと投げて寄越すと、由比ヶ浜はわたわたと慌てつつ、それをキャッチする。
「……いいの?」
「アホ、なに今更遠慮してんだ」
「えへへ……」
由比ヶ浜はスマホを抱きかかえると、再びこちらに躙り寄り、川崎の横にぴとりと取り付く。
そして勝手知ったるとばかりに、ぬるぬると俺のスマホを操作し始めた。
「相変わらずだね……スマホごと渡しちゃうとか……」
はにはにかみかみと由比ヶ浜は、何故か頬を緩ませている。
……まあ、去年と変わらず、見られて困るようなものは何も無いからなぁ……
「この辺のふぉるだは全部銚子の写真なのかな……ん?『めぐりん三百連発(304)』……?」
「あ、いや、それは違う。そこから下が銚子の写真だ」
う、うん……でも全部が全部、見られても良いって訳じゃないからね!
男の子のスマホを扱っている自覚と気遣いだけは最低限持っていて欲しい……
むぅ……と何故か怖い目で睨む二人から目を逸し、自らの腕をさすさすと擦る。
そろそろ秋めいてきたなぁ……
「わぁっ!めぐり先輩、すごい綺麗になってる!」
「あたし、バイトの間はずっと同じ部屋だったんだ……いろいろ教えてもらったよ」
「へぇ……良いなぁ……あたしもお話したかった……」
だから見るなつってんのに……
などと思いもしたが、由比ヶ浜と川崎はわいのきゃいのと写真を見ては所感を述べ合っている。
「あ、この灯台!子供の時見たことあるよ!……確か、遠吠埼……?」
「犬吠埼な、犬吠埼」
なんだその負け犬みたいな名前は。
「ちょ、ちょっと間違えただけだし!……それにだいたい合ってるじゃん……ヒッキーほんとキモい……」
最後の罵倒は全然いらないと思うのだが、由比ヶ浜はブツブツと唇を尖らせながらもスマホを手繰る。
「でもほんと楽しそう……とべっち、夏休みに会った時も、この話ばっかしてたし……」
「へ、へぇ……」
と川崎は驚いた声を上げるが、俺も些か意外である。
何のつもりだ……あのロン毛……
川崎と顔を見合わせていると、やがて隣の教室から椅子の擦れる音が鳴り響いた。
やっとHRが終わったのか、ガラリと扉が開かれ、間もなくわらわらと生徒達が出てくる。
その中には、三浦優美子の姿があった。
相も変わらぬ存在感で、まだ教室に残っている級友たち(可愛い)に気怠げに手を振りつつ教室から出てくる。
そしてすぐ由比ヶ浜に気付くと、若干表情を緩ませてオッスと片手を挙げた。
「ごめーん結衣ー、なーんかHR長引いちゃって……」
……言いかけて、三浦は俺の方に顔を向けると暫し目を瞬かせる。
「……ヒキオじゃん」
そんな名前の奴は居ない……
と心中で突っ込むも、三浦はいかにも珍しいものを見たという顔で、俺と由比ヶ浜をちらちらと交互に見比べる。
……なんとなく面倒くさい気配を察し、俺は一歩後に引く。
そして手だけチョイチョイと動かして、由比ヶ浜にスマホを返却するよう訴えた。
拙者、この辺でドロンさせていただく……!
「もうっ!優美子遅いしっ!」
……が、由比ヶ浜は俺を無視して、スマホを手に持ったま三浦に抱きつく。
ちょ、ちょっと……ガハマさん……それ返して頂けませんかねぇ……?
三浦は三浦でまんざらでもないという顔で、しがみつく由比ヶ浜の頭を優しく撫でつける。
ふむ……まあ、俺としてはゆるっと百合ってくれる限りは、こういう光景を見るのは嫌いではない。
些か興奮しながら二人がじゃれあう姿を見ていると、由比ヶ浜の持つスマホがたまたま三浦の眼前に飾される。
「あ……海じゃん」
由比ヶ浜にスマホを持たせたまま、三浦はすいっと指で画面をスライドする。
「あ……灯台じゃん」
そして再びスライド。
「あ……崖じゃん」
……などと、あーしさんによる極めて簡潔な銚子紹介が行われる。
君ヶ浜海岸も、犬吠埼灯台も、屏風ヶ浦の断崖も、女王にかかれば一言である。子供かこいつ。
「あっ、それ、とべっちが言ってた銚子バイトの写真だよ!綺麗な景色だよね~」
「ふーん……」
と言ってもう一度スライドすると、三浦は突如ニヤリと悪そうな笑顔を浮かべる。
そしてスマホを由比ヶ浜の手から引き剥がすと、俺の隣に居た川崎にずびしと画面を見せつけた。
「ププ……そういやあんたも行ってたんだっけ……?」
画面を見ると、作務衣姿の川崎が何か不手際をしたのか、泣きそうな顔で客にペコペコと頭をさげているシーンだった。
「あんたがホテルの従業員とか、マジウケるんだけど」
三浦がプフヒと噴きだすと、川崎の顔がかぁ~と羞恥に赤く染まる。
「あんた何撮ってんの……!」
胸ぐらをつかまれ、ガクガクと揺らされながら思い出す。
そういや休憩時間中、川崎がクレームを受けているところにたまたま出くわしたので、すかさず激写したんだっけ……
世界はいつも決定的瞬間なんだよなぁ……
「ヒッキー……人間たくさん撮ってるじゃん……」
などと訳の分からない事をいう由比ヶ浜の横で三浦は大喜びである。
「なんか超謝罪してるし……ププ!」
嘲笑されて、憤懣やるかたない川崎だが、やがて三浦に詰め寄ると「は?」だの「あ?」だの互いにメンチを切り始めた。
相変わらず仲が良いようで何よりである。
俺としては本当にもうここらで退散したかったのだが、あいにくスマホは三浦の手の中にある。
仕方なく、KAKASHIのように突っ立って、ぼけらっとキャットファイトを眺めていると、三浦が出てきたのと同じ出口から、これまた見知った顔が姿を現す。
「おっ、結衣ー、はろはろ~」
「やっはろー!姫菜!」
現れたるは、海老名姫菜……去年のクラスメートにして、なんかよく分からない因縁を持つ腐女子である。何だこの雑な紹介は。
とまれ、彼女も三浦と同じクラスらしく、随分遅れてのご登場である。
「二人共まだここに居たんだ……?おろっ、ヒキタニくんもいるじゃん……」
現れるやいなや、海老名さんはさっきの三浦と同じく、いかにも珍しいものを見たという顔で、俺と由比ヶ浜の顔をキョロキョロと見比べる。
「……元サヤ?」
「ちげーよ」
「ぜ、全然違うしっ!?」
と二人して妙な感じにハモると、海老名さんは一層疑わしげに首を捻る。
うーむ……やっぱ、そういう風に見られちゃうのかな……?
何となく居心地が悪く、俺は由比ヶ浜の肩をちょいちょいと叩く。
「なぁ、由比ヶ浜……もういいだろ」
「あ、そだね……優美子!」
何やらソワソワしていた由比ヶ浜だが、俺が声をかけると喧嘩をしている川崎と三浦の元に歩み寄る。
そしてズビズバと空手チョップを入れながら、何の恐れもなく二人の間に身体を割りこませた。
よく割って入れるものだと感心するも、目を離した隙に戦況は進展していたらしい。
三浦は赤くなった目を擦って、すんすんと鼻を鳴らし、向かいでは川崎が手を腰に当て、憮然とした表情で屹立していた。
打たれ弱さに定評のある二人だが、今回は川崎に軍配が上がったようだ。
……っていうか一体……何があったんでしょう……?
決定的瞬間を見逃しちゃった……
「ほら優美子、沙希には前も泣かされてたじゃん……なんでそう突っかかるかなー?」
「どんな強敵でも後先考えずに果敢に攻めていく……猪突猛進が優美子の凄いところだよねっ」
などと、由比ヶ浜と海老名さんはすっかりこなれた様子で三浦をあやしている。
で、でも、もうちょっと……その……優しく接してあげてもいいんじゃないかな……?
よく聞いたら、あんま慰めてねぇぞこいつら。
「それにそのスマホ、ヒッキーのだし!ちゃんと返さなきゃ」
「写真は私がヒキタニくんに後で貰っといてあげるからさ、ほら、優美子、手をパーにして、パー!」
二人に宥められ、ようやく手元にスマホが返ってくる。
はて……?しかし、さっき海老名さんが何か不穏な事を言っていたような気がするが……
問いただす間もなく、やがて三浦は調子を取り戻したのかヨイショと鞄を肩にかけ、由比ヶ浜に向き直る。
「さて、そんじゃパルコ行こっか……って……」
……が、すぐに言い淀むと、目線を逸して頬を掻く。
「……なんだったら、今日はあーし独りで行くけど……」
「いいよいいよ!そ、そんなんじゃないしっ!」
「……そ?」
何か煮え切らない顔で、三浦が俺の方にチラリと目を向ける。
……なんだ、こいつ……もしかして気を遣ってんのか……?
らしくもない三浦の様子に、今度はこっちが目を瞬かせてしまう。
「……あ?」
……が、凄い怖い顔で睨み返されて、俺は汗をだくだくと垂らしながら目を逸らした。
ふ、ふえぇ……あーしさん怖いよぉ……
川崎は一体どうやってこいつを泣かしたのだろう?後学のために見ておきたかった……
などと高度な心理戦に興じていると、由比ヶ浜は三浦の両肩を後ろから掴んでグイグイ前に押していく。
「じゃねっ、姫菜!台風近いみたいだから気を付けてね!」
「海老名ー、なんかあったら連絡しなよー」
三浦は最後にもう一度川崎を睨みつけたが、まぁまぁと由比ヶ浜に宥められ、そのまま遠ざかっていく。
その由比ヶ浜は、最期にチラリとこちらに顔を向けた。
「沙希と……その、ヒッキーもまたね!」
「お、おう……」
……と、返す俺の隣で、川崎もコクリと頷く。
去っていくその背中を、三人してさいならーと手を振って見送った。
……また、なんてあるんだろうか?
鳴り止まぬ鼓動を自覚しつつも、そんな益体もないことを考える。
「……」
「……」
……って、あれ?
見れば、俺と川崎の間に立って、海老名さんも手をひらひらと振って別れを告げている。
「……なんだよ、あいつらと一緒に行かねぇの?」
「ヒキタニくん、今日は同好会なんだよね?」
海老名さんは俺の質問に質問で返してくる。
相手が小町であれば、有無をいわさずほっぺたクロー(※アイアンクローのほっぺた版。口がタコになるので非常に屈辱的)をかまして制裁を加えるところだが、これは妹専用のコマンドだ。
オラつく心を抑えて、紳士的に応じる。
「そうだけどよ……」
「とべっちに用があってさ、場所がわからないから連れってって欲しいんだよね」
「ああ、それなら生徒会室の隣だ。すぐ分かると思うぞ。戸部も、もう来てんじゃねぇかな……」
……と、口で案内だけして、じゃあのと手を振る。
しかし海老名さんは動く気配がなく、きょとんと首を傾げている。
「ん?ヒキタニくんは行かないの?」
「あ、いや後から行こうと思ってんだけどよ……ちょっと、どうってアレじゃないんだが、アレがアレになっちまって、ここでアレしてんだよ」
しどろもどろと言い淀んでいると、海老名さんは聞いているのかいないのか、ひょいと俺の教室の中を覗き込む。
見れば、氏名不詳の女子(可愛い)は未だに俺の机に座って、友達と熱心にくっちゃべっている。
「……あ、そゆこと」
合点がいったという顔で、海老名さんが俺の方に振り向く。
そして目を細めてにっこりと笑った。
「む……」
「私取ってきたげるよ、待ってて」
どゆこと?と顔にはてなを浮かべる川崎を残して、海老名さんは軽やかに教室に入っていく。
どーもどーもと手刀を切りながら、だべっている女子の輪に難なく侵入すると、机に引っ掛けていた鞄をさり気なく手に取り、お邪魔さまーと輪を抜けて悠々とこちらに歩を進める。
そして俺の元に戻ると、ペチコーンとウィンクしながら目的のブツを手渡してくれた。
「ほい、ミッションコンプリート」
「……あ、ありがとです」
この間、実に五秒ぐらい。実に鮮やかなお点前である。
……が、それよりも、ひと目見ただけで俺の悩みを正確に見抜いてしまったことに、少し空恐ろしさを覚えていた。
由比ヶ浜とはまた違うベクトルのコミュニケーション能力。
いや、コミュ力というより、これは洞察力といった方が近いのかもしれないが……
「それじゃ『被害者の会』までれっつごー!……サキサキも行く?」
ぶんぶん!と首を振る川崎に微笑みを返す。
「……じゃあ途中までね。さ、行こうヒキタニくん」
「お、おう……」
こうして笑顔を向けられると、さすが三浦セレクションの一人だけあって、可愛らしい子だと思う。
……ただ、その微笑みは、どこか作りものめいており、相変わらずちょっと底の知れないところがある。
そう言えば余り気にしたことも無かったが……海老名さんと戸部の仲はどうなっているのだろう。
まあ、ほんと全然どうでもいいのだが、戸部はこの子と上手くいっているのだろうか……?
真逆とも言える二人の性質に思いを馳せる。
……が、あまり良い絵が浮かばず、戸部の苦労を思うと少し暗鬱としてしまう。いや、ほんと全然どうでも良いんだけど……
機嫌良さげに隣を歩く海老名さんの横顔を、俺はちらりと覗き見る。
「楽しみだなー男子の園……ぐ腐腐……」
相変わらず、ちょっと底の知れないところがあるんだよなぁ……
※※※※※※※※※※※※※
川崎と別れて、暫し海老名さんと二人でテクテクと歩く。
「ヒキタニくん、みんなと上手くやってるの?」
「いや、別に」
「そっかそっか……まあ何だかんだで、いつの間にか主導権握ってたりするよね、君って」
「いや、別に」
「普段はヘタレ受けなのにね~」
「い、いや、別に」
などと道中、楽しく会話を弾ませていると、間もなく被害者の会・本部の前まで辿り着く。
いつもの如く、形ばかりのノックをして中に入ると、早速どこぞの駆逐艦のような声が上がる。
「先輩、おっそーい!」
普段より、若干遠い位置からのお出迎えである。
声の主は誰あらぬ一色いろはのものだが、今日は定位置ではなく、窓側に居る副会長の向いに腰掛けていた。
何やら二人で書類仕事をしていたようで、副会長も手に持っていたペンをカタリとその場に置く。
「やぁ、比企谷。ほんとに遅かったな」
「……うす……ちょっといろいろあってよ」
ふとその脇を見ると、戸部は受験勉強に勤しんでいるのか、長机いっぱいに参考書を広げている。
そして顔を上げると、いつもより盛大な挨拶で出迎えた。
「お、ヒキタニくん来たん?ちょり~~~~~~~~~~~~」
だが俺の後ろから、海老名さんがひょっこり顔を出すと、途中でぶぼっと何かを吹き出した。
「~~~ぶべぼっ!」
「へー……ここが『被害者の会』かー」
「え、えびばばんっ!?」
「ごっめーん、とべっちー!ちょっとHR長引いちゃってさ、呼び出すのも申し訳ないから来ちゃったよ」
「いやいやいや、こちらこそ忍びねぇっつうか!」
よほど驚いたのか、戸部はガッターンと椅子を鳴らして騒がしく立ち上がる。
弾みで参考書がバサバサと床に落ちてしまうが、お構いなしに後ろから椅子を取り出すと、素早く向いに席を設けた。
「まあまあまあ、男所帯で小汚いとこだけど……さぁ、座って座って!」
「ありがとー」
うーん、なんか、当然っちゃ当然の反応なのだが……
普段はクソでゴミ虫みたいな戸部が、意中の娘を相手にこうして必死こいてホスピタリティを発揮する様は、見ていて微笑ましいものがある。
戸部とか本当にどうでもいいが、上手く行かないよりは行ったほうが良いぐらいには思ったりしちゃったりするのである。
がんば☆とべっち……!
などと俺も内心でエールを送りつつ定位置に付くと、英語の単語帳を開いて座り込んだ。
夏休みが終わってこっち、ここはちょいと立ち寄っては、帰る前に軽く受験勉強する空間と化していた。
なんだこの同好会……
「今日はどこ連れて行ってくれるんだっけ?」
「いやー、実は掘り出し物の店見つけちゃってさー、コーヒーで有名な人がやってるカフェらしいんだけどさー、どーしても一緒に行ってみたくてさー!」
「へー、そいつぁ楽しみですなぁ……」
……なんか、聞いているだけでこっ恥ずかしいのだが、戸部はどうやら例のカフェに海老名さんを誘ったらしい。
そして話しぶりからして見事デートにありつけたご様子。
「もうホント、マジおすすめ案件ってか、雰囲気も良いって話で、そんでスイーツも超美味しいらしいのよ!」
……なんか、さっきから初めてあの店に行く体を装ってるんだが……
一色もぽっと頬を赤らめているが、これを見て見ぬふりをする情が被害者の会にも存在した。
しかし、些か不安を覚えていたものの、仲睦まじい二人の様子を見ていると、俺も肩の力がすっと抜けていく。
どうやら心配は杞憂だったらしい。
なんだよこいつ……上手くやってんじゃねぇか……
気付けば足元に参考書が一冊落ちていたので、軽く蹴って長机の下に滑りこませた。ちっ邪魔くせぇな……
そんな二人のやりとりを一色も生暖かく見守っていたのだが、やがてニヤリと悪い顔を浮かべると海老名さんに近づいていく。
あらあらこの子ったら……いらんちょっかいかける気ですよ……?
「なんだか待ち合わせでもしていたご様子……お二人はこれからどこかに行くんですかー?」
「うん、とべっちに誘われてねー」
「あぁそうなんよ……って訳で、俺これから抜けるけど……いいよね?ヒキタニくん?」
「おう、全然構わんぞ」
もうほんと、最近は何で集まってるのかさえ、よく分からない同好会だからな……なんなら明日から来なくていいまである。
しかし、その原因たる一色はというと、ウププと手で口を覆い隠し、余った手で俺の二の腕をぺしんぺしんと叩いてくる。
その面持ちは「やだ、奥様聞きまして……!?」といわんばかりである。
「ふふーん……姫菜先輩も隅に置けないなー……よーするに、それってデートってことですよね?」
「うーん、どうかなぁ……?」
からかう気満々の一色の問いに、海老名さんは曖昧な答えで躱す。
ただ、一色の悪意に勘付いているだろうに、応じたその顔には邪気も腐臭もなく、至って自然な笑顔である。
……あまりに自然過ぎて、俺にはそれが引っかかってしまう。
「お二人って結構お似合いだと思うんですよねー、なんといいますか……プラスとマイナスというか、S極とN極というか……ハルちゃんとキヨくんというか……」
最後の喩えがよく分からなかったが、話自体は分からなくもない。プリキュアとかも基本そんなコンビだしな。
「あぁ、無いものを求め合う……みたいな?」
副会長の合いの手に、一色はぺちーんと指を鳴らす。
「それですっ……わたし的にはお二人って、ばっちりそういう感じに見えるんですよねー」
「い、いろはす~……!」
それらしい事を言う一色に、戸部はぱぁっと顔を晴れやかにする。
……一色の奴……えらい分かりやすくフォローしてるな……
副会長も同様に思ったのか、クスリと笑顔をこちらに向けるので、俺もそれに苦笑して応じる。
ただ、当の海老名さんは、表情一つ変えずにポツリと呻いた。
「プラスとマイナスねぇ……そういうものかなぁ」
「ピンと来ないですかね?んー……そうですねー……具体的に例を挙げれば、こう、先輩とわた……」
と、俺を指さす一色を遮って、海老名さんはポンと手を打つ。
「ああ、そっか!ヒキタニくんと結衣みたいな感じだよね」
「……んが」
海老名さんが何の気なしに言い放つと、一色はぴしりと凍りついた。
あと今「んが」って言ったかこいつ。
「……ま、まあ、そうですね、相手がプラスならなんでも良いって訳じゃないんですけどー、あくまで傾向として……」
「言わんとしてることは分かるよ?誰が猫で、誰がタチかってのは、性格面が決定的なファクターだもんねぇ……」
「……だ、だいたいそんな感じです」
すっかりペースを奪われた一色だが、ついと俺の袖を指で摘むと小声で囁く。
「先輩、猫とかタチって……どういう意味ですか?」
う、うん……絶対後悔するだろうけど、あとで教えてあげるね……!
などと小声でコソコソやり取りしていると、戸部が場を取り繕うように大きく声を上げる。
「俺も分かるわー!なんつーかさぁ、こう知らない世界が分かるっつうか、そういうのが刺激的っつうか?」
「そ、そういうのありますよね!」
「だべー?」
互いをフォローしあう一色と戸部。
しかし海老名さんは眼鏡を曇らせると、常より少し低い声で場を切り裂いていく。
「……でもさ、私、こう見えて何百ものカップルをこの目で見てきたんだけど……」
そう漏らすと、「そ、そんなにたくさん!?」という顔で二人は目を見張る。
……多分こいつらが思ってるのとは違うカップルなんだが……話がややこしくなりそうなので俺は黙っていた。
「一緒に居て安心したい……とか、目的が一致してる……みたいなのもカップリングには重要な要素なんだよねー……っていうか、むしろそっちの方が最近では主流派?」
海老名さんがくいっと眼鏡を引き上げなら言うと、一色と戸部は一転、ぐぬぬ……と顔をしかめる。
その後ろで、ウンウンと副会長が神妙に頷いていた。
「……お?副会長くんは何やら心当たりがあるご様子……」
「ん?……いや、まあ、そういうのもアリだよね。ずっと一緒に居るわけだし、ある程度は通じ合っておかないと……」
などと、海老名さんに与するような事を言うので、二人は恨めしげな顔を副会長に向ける。
「この裏切り者が……」と言わんばかりの面持ちである。
「あ、あれだぞ?話として分かるって意味で……」
一色と戸部の視線を受けて、たじろいた様子で副会長が言い繕う。
……うーむ、何やら高度な心理戦が展開されているご様子……
「で、でもでも『美女と野獣』っていうじゃないですか!」
「『類は友を呼ぶ』ともいうけど?」
「むむ……えーと……『呉越同舟』なんてのもありますよ!?」
「『同類相憐れむ』、『割れ鍋に綴じ蓋』、『牛は牛連れ、馬は馬連れ』……あはは、多分こっちの方がいっぱいあるね」
「……ぐ、ぐぬぬ……!」
などと歯噛みしているが、ボキャブラリー合戦も一色が不利である。
まあ確かに海老名さんが連発したように、似た者同士の方が上手くいく……という故事や諺は数多くある。
「蓑(みの)の傍へ笠が寄る」などとも言うし、「氷炭相容れず」なんかも同じ意味だしなぁ……
「じゃあ姫菜先輩はどんなカップルなら理想的だと思うんですか!具体的に言ってみてくださいよ!」
一色ががなりたてると、海老名さんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに、バーン!と机を叩いて立ち上がった。
い、いろはす、それダメェェェェェェェェッ!
「何が理想って、そりゃ何と言っても“はやはち”だよねっ!!」
ぐっと顔を近づけられて、一色はのけぞるように一歩後ろに退く。
「は、はやはち……?」
「あー、隼人くんとヒキタニくんのことだわ。海老名さんの去年からのイチオシってやつ?」
「説明してんじゃねぇよ」
などと呑気に解説する戸部を殴り飛ばしたくなったが、海老名さんは我が意を得たりと調子を上げていく。
「そう!はやはちには全てが凝縮されてるんだよっ!一見、何もかもが違う二人……!プラスとマイナス、S極とN極、受けと攻め!……かと思えば、相通じ合うところもある二人……!つまり私が言ったことと、いろはちゃんが言ったことの両方を併せ持つ完璧なカップリングなんだよ!」
海老名さんはドン引きしている戸部にも、びしーっと指を突きつけて、どんどん言葉を紡いでいく。
「もうホント、こういうのナマで巡りあうのは滅多にないんだよねー、しかも二人はリバ転OK!挿して良し!挿されて良し!どっちも受け攻めを難なくこなすオールラウンダーなんだよ!」
いつの間にか副会長も両襟を捕まれ、ガクンガクンと頭を前後に揺らされている。
そして揺さぶられたまま、俺の方に顔を向けるときっぱりと言い放った。
「彼女はちょっと、ヤバイな」
直球すぎる所感を述べる副会長。
ええ、それでもだいぶ控えめな評価ですね……
やがて言いたいことを言い切ったのか、海老名さんはハァハァと息を切らせて一色の方に顔を向ける。
「……どうかな?いろはちゃん……分かってくれたかな……私の考え……」
「くっ……!何も言い返せない……!」
言って、一色は悔しそうに歯ぎしりする。
そこはもっと頑張ろうよ!
「まあ、とにかく私が言いたいのはさ……カップリングてのはそう簡単に決まるもんじゃないってこと……深い考察や、実践を伴った試行錯誤……コメント欄なんかも参照しつつ徐々に合意を得て、じっくりと象られていくものなんだと思うよ」
などと、もっともらしい事を述べる海老名さんだが、絶対なんか違う話してるんだよなぁ……
っていうか、なんだよコメント欄って。
「う、うぅ……そ、そうかもしれないですけど……」
しかし、なんだかんだで言いくるめられてしまった一色は、肩を窄め、見る間に小さくなっていく。
さっきから全く押されっぱなしである。
……でもまあ、こんなものかもしれない。
一色も弁の立つ方だとは思うが、言い争いというフィールドにおいては、海老名さんに一日の長がある。
こいつのレベルでは言い負かすのは不可能だろう。
……いや、葉山や三浦でさえ、海老名さんを言葉で説伏するのは難しいのではないだろうか……?
僅かな根拠しか無いが、そんな気がしてならない。
とまれこうまれ、一色としては面白く無いのか、あるいは持論に執着するところがあるのか、まだ不満がありそうな顔だ。
「……むぅ……でもわたしの言うことだって絶対あると思うんですよねー……時に戸部先輩」
そして戸部の方に、くるっと顔を向ける。
「へっ、俺?」
「戸部先輩って、先輩のこと好きじゃないですかー?」
「え……?」
「あ?」
えーと……戸部が俺のことを好き?
言われて二人、顔を見合わせる。いやいやいやいや。
俺と戸部は慌てた様子で手をバタバタと横に振る。
「いやいやいやいや!なんでそういうことになんの!?」
「じゃ、嫌いなんですか?」
「へっ?あ、いや、嫌い……ってこたねーけども……」
「じゃあ好きってことですよね?」
「うん……まぁ……そういうことになんのかな……?」
ならねーよ、っていうかあっさり折れるんじゃねぇよ。1bit脳か。
「おいやめろ」
「い、いや違うべ?この好きはラブじゃなくて……そ、その、ジュテームの方だから!」
いや、それフランス語になっただけだから……
普通そんな間違いしないから……
「ひ、ヒィ……!」
ぞっと背筋が粟立ち、思わず一歩後ろに下がる。
そんな俺を余所目に、一色は窓側の副会長にも目を向けた。
「それでー、戸部先輩は副会長のことも好きじゃないですかー?」
「んー、そりゃまあ……そうね、好きっちゃ好きよ」
突如水を向けられ、副会長がガタッと立ち上がる。
「や、やめてくれ戸部、俺はノーマルなんだ……!」
「あ、いや、これはだからヒキタニくんと同じ意味での好きっていうか……」
「ひ、ヒィ……」
「それでー、戸部先輩は先輩と副会長のどっちが好きですか?参考までに聞かせて欲しいんですけど」
「おい答えるなよ、戸部。どうしてもって言うなら副会長を選べ」
「こっちに振るなよ!それにお前ら結構仲良いだろ、時々視線で語り合ってるじゃないか!」
「そういえば、この前そんなことしてましたね……あっ!その時、わたし二人に隠し事されたんですよ!」
「そこで蒸し返す!?」
そうしてやいのやいのと三人で押し付けあう。
一色は意地の悪い笑顔を浮かべてその様子を眺めていたが、時折チラリチラリと海老名さんの方に目を向ける。
……なるほど……
そこで、やっとこの小悪魔が、何故こんなホモホモしい話題を振ってきたかに気付く。
海老名さん大好物のBLトークを眼前で繰り広げることで、彼女の動揺を誘おうと言うのだろう。
まあ、しかし浅はかというか……安易というか……
案の定、海老名さんは呆れたような顔で、この騒ぎをぽかんとした顔で眺めている。
……そりゃそうだろう。
確か、以前に宣言していたはずだ。
この一年は“はやはち”に捧げるとか何とか……
……とても嫌だったが、とにかくまったく動じている様子のない海老名さんである。
やがて、一色の浅慮を憐れむかのように、ふっと目を細めた。
―― あなたの小細工など通用しない……そう言わんばかりの表情だ。
そして薄く笑ったまま、どこか嘲るような視線を一色に向けると――
「ご腐ッ!!」
突如、自らの眼前に血桜を咲かせた。
真っ赤に咲き誇ったそれは、やがて重力に従い、長机に広げていた戸部の参考書を紅に染めていく。
「腐っ、ぐ腐っ……!噂には聞いてたけど、まさかこれほどとは……やっぱナマで見ると凄いわ」
言って、自ら作った血の池にどバシャと頭を突っ込んで、昏倒してしまう。
いや噂って、どこの噂なんでしょう……? 嫌だな……怖いな……
「え、海老名さーーーーーん!」
戸部は絶叫すると懐からトイレットペーパーを取り出した。
そして素早く鼻栓を作ってあてがうと、残りの紙で凄惨な現場と化した長机の上を見る間に修復していく。
慣れているのかもしれない。
一色は机に俯せたままピクリとも動かない海老名さんを傲然と見下ろしている。
そして額に僅かに浮かんだ汗を指で拭い去ると、腕を組み一つ息をついた。
「ふぅ……勝った……」
「いや、勝ってはいねぇだろ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そんなちょっとしたハプニングがあったりもしたが、海老名さんは急速に血液量を回復させると、やがて戸部と共に教室を後にする。
「そんじゃ、俺ら上がらせてもらうわ!三人共、お先!」
「いやーこの度はとんだ醜態を……また来るねー!」
もう来ないでぇっ!
俺の内心の訴えはもちろん届くことはなく、ぱたむと扉が閉められる。
「……」
「……」
騒がしいのが居なくなり、教室は途端に落ち着きを取り戻す。
静寂の中、時折窓がガタンガタンと不穏に揺れた。
海老名さんの襲来はまさに台風一過の様相だったが、本当の台風も近づいているらしい。
外は薄暗く、今にも雨が振り出しそうな雰囲気だ。
「……何もこんな日にデートしなくても良いですのにねぇ」
「大分前から予定してたんじゃないかな?戸部の奴、先週からソワソワしてたから……」
「へー」
一色は超興味無さげな相槌を打つと、そのまま窓辺に歩み寄り、ガラスにぴとりと掌を張り付ける。
「今年は八月からガンガン台風来てましたけど……九月になってもやっぱりガンガン来ますねぇ」
「モンスーントラフだな。あれが台風を作りまくってるんだ」
別名、熱帯収束帯というやつである。
今年は特に海面温度が上がったため、この区域が台風の発生源となり、列島や東南アジアに手裏剣の如く襲いかかるのだ。
ネットで得た知識を披露してやると、一色は窓に張り付いたまま、依然興味無さげに応える。
「はぁ……迷惑なトラフがあったもんですねぇ……」
そうね……まるで誰かさんみたいですねぇ……
三人してしみじみと外を眺めていると、一色は窓の鍵をガッチョンと下ろす。
外の様子を肌身で感じようとしているのだろう。好奇心は猫をも殺すと謂れを知らんのかこいつは。
「おい一色、やめとけ」
「開けたらダメだよ会長……風が入ってきちゃうから」
副会長と二人して警告するも、一色は構わず窓を開けてしまう。
「ちょっとだけですよ……様子を見るだけ……きゃっ!?」
だがこちらの心配通り、既に風は相当強くなっているらしく、一色の開けた僅かな隙間から強風が室内に吹き込んでくる。
カーテンが大きくはためき、長机の上に置かれていた戸部の学習プリントも風に煽られバサバサと宙を舞う。
ついでに窓辺に居た一色のスカートの裾もバタバタと大胆に揺れ動いたが、しかしパンツは見えなかった。
「わわわっ風強っ!もうこんなに……!」
泡を食った一色が大急ぎで窓を閉めるも、室内は惨憺たる有り様である。
俺と副会長は散らばったプリントを拾いつつ、ジロリと一色を睨みつけた。
「ほらぁ……、だから言ったじゃないか……」
「……すみません」
「さっきからマジ舐めてんのか、ふざけんじゃねぇぞお前」
「なんか本気で怒ってません!?」
二人して叱ってやると、一色もさすがに参ったのかシュンと頭を下げる。
しかし昼はあんなに晴れていたというのに、もうこんな有様とは……
これでは帰りが思いやられる。スカートの中のポケモンを探している場合ではなさそうだ。
「ほら会長、続きやるよ……そこ座って」
しょげかえっていた一色だが、副会長に諌められると向かいの席にちょこんと腰を下ろす。
「……それ、さっきから何やってんだ?」
「ああ、文化祭で使う在庫報告のプリントを手直ししてるんだ。データベースの形式が変わるから、紙の方のフォーマットもいろいろ決めなきゃいけなくてさ……」
「あっそ」
わぁ……つまんなさそう……
巻き込まれると面倒なので、聞くだけ聞くと俺は単語帳に目を移し「話しかけるなオーラ」を発散する。受験生なのあたくし。
「えーと、何処までやりましたっけ……?」
「一番下の備考欄のところ……どうする?必須項目にしちゃう?」
「うーん……必須項目にしちゃうと、要らないこと書く人も増えちゃいません?」
「でも後で見直すとき、思わぬ気付きになるかもよ?どっちを選んでもメリット・デメリットがあるからさ……」
「むぅ、面倒くさいなー……会計さんが全部決めてくれちゃっていいのに……」
そうして仕事を再開する二人であったが、俺の方はどうにも英単語に集中できず、会話に聞き入ってしまう。
何もここで作業しなくてもいいのに……とも思うが、それも今更な話で、この部屋は一色にとって第二生徒会室という位置付けになっているのだ。
ともあれ、一色にとっては性に合わない雑務らしく、聞いていると少し可哀想になってしまう。
「これは会長の仕事!ほら、ぶーたれてないで……あとちょっとじゃないか」
「だいたいこんなの、下っ端の仕事だと思うんですよねー!」
……可哀想というのは気のせいだった。
なんだこの生徒会長……誰だよ推薦した奴……
「それじゃ意味が無いんだって。……それに来年は会長たちだけで運用しなきゃいけないんだから、仕様の意図するところは知っておいた方が良いだろ?」
「へっ?わたし来期も生徒会長やるんですか?」
「えっ?やんないの?」
「だ、だって……当選できるか分からないですし……」
「それは大丈夫だと思うけどなぁ……」
ふむ……まあ、よっぽどな有力な対抗馬が現れない限り、副会長が言う通り一色の勝利は鉄板だろう。
しかし、サッカー部のマネージャーを辞めてまで、生徒会に入れ込んでいる一色だ。
俺もてっきり来年も続けるのだとばかり思っていたが、なんかさっきの言い様だと次のことなんか全然考えてないっぽいな……こいつ……
……と、そこまで考えてブンブンと頭を振る。
いかんいかん、今は英単語を一つでも多く記憶すべき時……俺は再び単語帳に目を落とす。
それにしても、ここはつくづく勉強に向かない場所だな……
「……先輩は、わたしにどうして欲しいとかありますー?」
めざとくも俺の胸中を察していたのか、一色はそのまま水を向けてくる。
「知るか……俺が決めるこっちゃねぇだろ。好きにしろ、好きに」
「……ふーん……まあ先輩の考えなんて、どうでも良いですけどねー」
「だったら聞くんじゃねぇよ……」
なんなんこいつ……
呆れっ面を向けるも、一色は臆した様子もなく、逆に例の視線を俺に向けてくる。
どうにもこやつの意図がつかめず、俺も訝しげな目でそれを迎え撃つ。
「……」
「……」
腹の探り合いをするかのように互いに目線をぶつけ合っていると、副会長は苦笑しながらポツリと漏らした。
「俺は続けて欲しいけどな……卒業しても会長が居たら気軽に遊びに行けるし……」
「……そんなこと言って、ほんとに来てくれるんですかねー?」
「いや、それに書記は来期も生徒会を続けたいって言ってるんだよね……会長が居ればあの子も寂しくないだろうし……」
副会長はぽっと頬を赤らめると、えへへと笑いながら鼻の下をこする。
ああ、そう……結局そういう理由なのね……まったくこの色ボケ野郎が……
「張り裂けろ」
「……え?」
「いや、アニサキスって言ったんだ……寄生虫って怖いよな……」
「あ、ああ、アニサキスは胃壁を食い破ろうとするから地獄のような激痛が走るらしいな。文化祭で魚介類を扱う店はないだろうけど、衛生管理については周知徹底しないと……」
などといつもの間抜けな会話を繰り広げていると、後輩が虫ケラを見る目で俺に顔を向けていた。
「“さ”しか合ってないんですけど……」
一色の査定は厳しかった。
いや、自覚はあるんだ……ぼちぼち苦しくなってきたことは……
「あ、そうだ、文化祭といえば……先輩、実行委員には立候補しないで下さいね」
「は?なんだそりゃ」
唐突な言葉の意図がわからず、首を傾げていると副会長が代わりに疑問に答えてくれた。
「文化祭はなるべく多くの生徒会メンバーに参加させたいんだよね。お前が文実に立候補しちゃったら、その分人手が減っちゃうだろ?」
……ああ、なるほど。
副会長の考えなのだろう。流石というかなんというか、人員のやりくりについては抜かりがない。
「まあ、先輩は立候補するキャラじゃないですけどね」
「推薦されるようなキャラでもないし……比企谷については心配無用かな?」
「HAHAHA!」
あれ……これ、俺が嘲笑される流れなの……?
まあ仰る通りなんですけどね!HAHAHA!
「文実の会合も明日からボチボチ始まりますからね。プラスとマイナス!わたしと先輩の凸凹タッグで文化祭をいい感じに盛り上げるって寸法ですよ!」
「……まだ言ってんのか、それ……」
さっき海老名さんに言い負かされていたのに、頑なにカップル凸凹論を提唱する一色である。
こいつもこれで負けず嫌いだからなぁ……
しかし副会長は顎にペンを当てると、じいっと俺の方に顔を向ける。
そして思わぬ言葉を口にした。
「……それなんだけど……比企谷ってマイナスかなぁ……?」
「へ?……いや、先輩はどこに出しても恥ずかしいマイナス人間だと思いますけど……」
本人を前にそれを言う人間は果たしてプラスなのだろうか……?
とはいえ、自分がマイナス人間だというのは、誰より俺自身がそう自覚している。
一色にしても、あざとかったり、小悪魔なところがあったり、腹黒かったり、あざとかったりするところはあるが、その本性は概ねプラスであるとも思う。
陰陽トーナメンでもあれば、今頃俺のダーティープレイに恐れ慄いているフェイズだ。
「さっきもそこが引っかかっちゃって……いや、二人が凸凹ってのも分かるんだけど」
「あの……その言い方だと、わたしがどうしようもなく腹黒いマイナス人間ってことになっちゃいません……?」
うわーと嫌な顔をする一色。
この子……俺を一体どういう目で見てるんでしょうねぇ……?
「ああ、いや、そうじゃなくてさ……うーん……だから結局海老名さんの言う通りなんじゃないかな……凸凹とか……似た者同士の方が上手くいくとか……きっとそういう問題じゃないんだよ」
「むぅ……つまりわたしの持論が間違っていると……」
「そういうことになっちゃうかな……まあでも俺から見て、二人は良いカップルだと思うよ!」
そう言って、いつもの呑気な笑みを俺達に向ける。
普通こういうのを本人達を前に言うものだろうか……?などとも思ったが、前の花火大会でこいつも出歯亀していたクチである。
だからして、ちょっとタガが外れているのかもしれない。
……とにかく、そう真っ直ぐに言われると、こちらも面映ゆく、一色と二人して目線をチラチラと向け合う。
「……そ、そうですかね?やっぱりそう見えちゃいますかね?」
「うん、俺はそう思………………あっ」
穏やかな笑みを讃える副会長であったが、はっと何かに気付いたのか、突如大きく目を見開く。
「はた!」
「口で言うな」
そんな俺のツッコミをスルーすると、副会長はギギギとロボットのような挙動で立ち上がり、いそいそと帰り支度を始めてしまう。
「……何やってんの」
「あ、いや、おれってばきょうはじゅうような用事があるのをわすれていたなーって……」
「まだ仕事の途中なんですけど……」
「申しわけないけど、これはあしたやるってことで、まいったな……もうじかんだから早くかえらないと……」
言いながらシュコシュコと手と足を同時に前に出し、気持ち悪い動きで教室を出て行ってしまう。
「じゃあふたりとも!お先!」
そのままバタンと扉が閉められる。
あまりに不自然な副会長の挙動に、俺たちは呆気に取られてしまう。
「……あいつ……なんて分かりやすい……」
「すごく露骨に気を遣われましたね……」
嘘が付けない奴なんだよなぁ……
まあこれも、あいつの誠実さの表れなのだと思うが……
……さて、それはともかく困ったことになってしまいましたよ?
「……」
「……」
――二人きりになっちゃったじゃないですか……
ガタガタと風音が震え、室内に不穏な音が鳴り響く。
「ふふーん……」
顔を上げると、一色がニヤニヤと意地の悪い顔を浮かべて俺の方ににじり寄っているところだった。
爛々と妖しく目を光らせる様は、さながら猛禽類の如しである。
英単語帳を盾に身構えるも、一色は全く意に介した風もなくジリジリと距離を詰める。
ビクビクと恐れ慄いていると、そのまま俺を横切って視界から消え失せてしまう。
「……」
……背後に殺気を感じる……
こう……虎はゆったりとした動きから、いきなり襲いかかると申しましてね……
「んふふー……」
後ろからさも可笑しそうな鼻息が聞こえたかと思うと、一色は突如ガバッと襲いかかって……もとい抱きついてきた。
「えいっ!」
「おへひょう!」
などと、思わず可愛い声がまろびも出るのも致し方のないことだ。
「お、おま、お、おまお前……!」
「良かったですねぇ先輩、お待ちかねの二人きりタイムですよー!」
待ってない待ってない!
心中で必死で抗弁するも、ふうと首元に息がかかるとぞわぞわと背筋が泡立ち、思考が真っ白になってしまう。
しかしそれは決して不快ではなく、なんだか新境地を開発されているような気分である。
へへ……こんなヤバイ状況だってのに……オラなんだかワクワクしてきたぞ……!
「あの時の続き……やっときます?」
「やっときません」
つれなく返事をするも、一色は依然楽しそうで、後ろでクツクツとくぐもった笑い声を発している。
一応、形だけはモゾモゾと動いて振りほどこうとするのだが、背中から柔らかさとか暖かさとか、なんかそんな感じのものが伝わってきて、やがて抵抗する気も失せてしまう。
「お前な、これからすぐ文化祭だろうが……他にいろいろやることあるんじゃねぇの」
「でも副会長帰っちゃいましたし……あっ、やっぱり備考欄は必須項目にしよっかなー」
「……あ?」
「チェックするのはダルいですけど、なんか役に立つことも書いてくれるかもしれないですし……」
「ああ、まあ……そういうこともあるかもな……」
それは、来期も生徒会を続けようという事なのだろうか……?
意図が知りたくて、俺は黙って続きを促す。
「それに、わたしが生徒会やってたら、先輩は来年きっと遊びに来てくれますよね?」
行かないと思うんだよなぁ……
「……今から来年の事考えるってのはどうなんだよ」
「すぐですよ」
「……」
「来年なんてあっという間です」
「……先の話すると鬼が笑うぞ」
「楽しい時間はあっという間に過ぎちゃいますから……だから、すぐです」
そう囁くと、一色はきゅっと腕に力を込める。
一層密着してしまうが、さっきまで早鐘を打っていた鼓動は不思議と平常に戻っていた。
……いつもの、腹を探りあうような会話。
この時間が、俺は嫌いではなかった。
「……まあ何考えてんのか知らねぇけど……」
身体の前に回された一色の手にそっと触れる。
「来年は俺居ねぇからよ、出し惜しみは勘弁な」
言って振り返ると、一色がにんまりと目を細めて笑うところとかち合った。
息がすぐかかるほど近くに顔がある。
“まあ見ていろ”と、そう言わんばかりの面持ちで、俺は思わず苦笑してしまう、
「もちろん頑張りますよ。……近くで見てないと、先輩は見逃しちゃうかもしれませんけどねー」
「……ふーん。じゃあ、まあ、気をつけるわ……」
そう返すと、一色は目を閉じて、そのまま俺に顔を近づけてくる。
なし崩しに始まるあの時の“続き”に、さして抵抗なく俺の方からも顔を寄せる。
「先輩……」
「一色……」
目を閉じているため視界は無く、感じられるのは互いの息遣いのみ。
か細く流れている空気だけを頼りに、唇を近づけていく――
――と、その時。
ガラリとノックも無しに突如扉が開かれた。
「イェーイ、ガラガラー!被害者諸君!今日も打ちひしがれながら冴えない毎日を過ごしてるかーい!?」
――現れたるは、我が同好会兼、生徒会の顧問……養護教諭である。
「―――――――ッ!!」
あとほんの1センチ(多分)という距離まで近づいた俺達だったが、突然の闖入者に目を見開き、互いにガバっと顔を離す。
「……ってあれ?予想した面子と違うんだけど……しかも、なんか……見たくもない光景が……眼前に繰り広げられていたような……」
顧問は顔面を蒼白にしてわなわなと打ち震えているが、その様子はどこか芝居がかっている。
どう考えてもからかっているだけなのだが、咄嗟のことに斟酌する余裕が今の俺達には無い。
「こ、こ、これは違うんです!そう言うんじゃなくて……その……」
ワタワタと慌てふためく一色であったが、前に回されていた腕が突如蛇のようなうねりを見せ、俺の首元――頸動脈に巻きついた。オウフ。
「そ、その、これはスリーパーホールドを練習していて……!バックポジションから間髪入れずの絞め技が総合では重要なのかなーと……!」
「ちょ、一色、の、ノウッ!」
締まってる締まってる!バシバシと叩いてタップするも、腕の力が緩むことはない。
オチ癖ついちゃうからやめてぇッ……!
うーむ……しかしストライカーとしてのポテンシャルは前々から瞠目していたが、まさかこの分野にまで手を広げているとは……
まさにオールラウンダー・いろはである。
「……ああ、そういうこと……私はてっきり不純異性交友かと……」
あまりに苦しい一色の弁に、しかし養護教諭はあっさりと理解を示す。
「うん、一色さん、なかなかメリハリの効いた良い腕のしなりだね!それなら男子なんか十秒で落とせるよ!(文字通りの意味で)」
ぐっと親指を上げ、べちこーんとウィンクをかます。
性的なものより、暴力的なものに寛容な育ちらしい。薩摩郷士なのかな?
「それより先生……どうしたんですか?被害者の会はみんなもう帰っちゃったんですけど……」
「ああ、それなら都合がいいよ。ほら、台風近づいてるからさ、校内に残ってる生徒は全員帰らせようってことになったんだよねぇ」
外を見やると、いよいよ本格的に荒れ始めているようで、木々は大きく横に薙いでおり、校庭では砂が煙幕を張っているのかのようだ。
「比企谷くんは自転車通勤だっけ?」
「ああ、そうっすね。雨振らない内に帰らんと……」
「気をつけるんだよ。いざとなったらその辺に乗り捨てて……一色さんは生徒会にまだ二人ほど残ってるから一緒に帰ってもらいなさい」
「……はーい」
大志やら会計クンがまだ残っているのだろう。一色も荷物をまとめるとよいしょと肩にバッグを掛ける。
……が、邪魔されたのが面白く無いのか、あるいはまだ未練があるのか……俺をジト目で睨んでくる。
「……今日ぐらいバスとかで帰ったりしないんですか?」
「バスは混むから嫌だ」
「むぅ……」
などと、不満気な唸り声を漏らしているが、こうなれば一旦仕切りなおしである。
残念な気もするが、やはりどこかで安堵しているところもあって、俺は一つ息をついた。
だらしなく頬が緩んでいることに気付き、急いで手で覆い隠したその時……
不意に、視界の端でお団子頭が揺れた気がした。
――ギクリと、
そんな事があるわけないのに、顔をあげてキョロキョロと周りを見渡す。
当然ながら、あの子がここに居るわけもなく、またも安堵の息をつく。
空気を吐き出しながら、自己嫌悪に陥ってしまう。
放課後、今日あの子と会話を交わしたばかりだというのに。
雰囲気に流されて……我ながらなんと軽薄なことか。
浮ついていた心に水を差すように、冷静で冷徹な自分が、冷ややかに指摘してくる。
顧問が入ってこなければ、あのまま、あっさり心を許していたのか。
去年の奉仕部であったことなど、その程度のものだったのか。
本物なんて、その程度のものなのか。
――そんなもの、本当はないんじゃないのか。
「……先輩?」
「あ、いや……」
訝しげな顔で覗きこんでくる一色に、俺は手だけで鷹揚に返す。
「はいはい、鍵は私が閉めとくから、君達は帰った帰った!」
思考に耽るのを遮るように、顧問はぱんぱんと手を叩く。
そして俺の背中を軽く押して出口に追いやってしまう。
一色の方も諦めがついたのか、くるぱと身を翻すと、あざとく上目遣いで俺の方に顔を向ける。
「……ま、今日はこの辺で良しとします!それじゃ先輩、また明日!文実の件、お願いしますよー!」
言い残すと、一色は隣の生徒会室に駆け込んでいく。
顧問はきょとんと首を傾げながら、物言いたげな顔を俺に寄越している。
「文実の件……?」
「ああ、ちょっといろいろ取り決めしてたんで……」
「そっか……ぼちぼち実行委員決まるもんねー……早いとこだと、今日のHRで決めたクラスもあるみたいだよ」
「へぇ……」
そう言えば隣の三浦のクラスも、随分遅くまでHRをやっていた。
あれは文実委員でも決めていたのかもしれないな……
「まあ、あいつ、今回もいろいろやるつもりらしいんで……ひとつよろしくお願いします」
「ふんふん、なるほどね……オッケー、私も協力を惜しまないからね!任せといてっ!」
顧問は軽い調子で、ぐっとサムズアップする。
何がなるほどなのか知らないが、ありがたく好意だけ頂戴することにしよう。
「そんじゃお先に……鍵どもっす」
「うん、気を付けてねー」
顧問はにっかと微笑んで手を振ってくる。
その姿は年齢より少し幼く見えて、思わず頬が緩んでしまう。
まあ、先の生徒総会ではいろいろあって、このアマいっぺんしばいたろかと思った時期もあったが……
生徒たちの相談にもよく乗っているためか、これで結構人気のある先生なのだ。
俺にしても肩肘張らずに付き合えるところがあって、決して嫌いなタイプではない。もし姉が居ればこんな感じなのだろうか……?
思えば平塚先生にもそんなところが合って、とても魅力的に映ったものだ。
……はてさて、だったらこの人達……どうしてなかなか結婚できないんでしょうねぇ……?
その理由を知るのは、案外早く訪れるのだが……とりあえず話を先に進めよう。
※※※※※※※※※※※※※※※
向かい風の中、必死で自転車を漕ぎ続ける。
二年以上酷使されているシティサイクルは悲鳴をあげ、ぎしぎしと騒音を撒き散らしていた。
漕いでも漕いでも前に進んでいる気がしない。ともすれば後ろに押し流されているような感覚すら受ける。
あまりの強風に心が砕けそうになるが、必死でペダルを踏み込んだ。
ビニール袋や空き缶が跳びはねる様子に、どこか既視感を覚えていると、やがて湿気混じりの土の匂いが辺りに立ち込める。
ポツポツとアスファルトは黒い染みを増やしていき、滴は落ちるたびに大きな音を立てる。
俺は忌々しげに空を見上げた。
――くそ、降ってきやがった……
やがて黒い染みは地面全てを覆い尽くす、
ざあざあと、こっちのことなどお構いなしに次から次へと振ってくる。むき出しの腕に当たると痛いくらいだ。
―― めんどくせぇ、なんだこれ……
口の中だけで呟くと、自転車から傘を引き抜いた。
しかし開いた矢先に、骨は全て反対方向に反り返り、ビニール部分はただの帆となって自転車を左右に揺らす。
転倒するところを、万一チバテレに撮られでもしたら屈辱の極みだ。
足をついて自転車を止めると、壊れた傘を畳んで再び自転車に差し込む。
―― 本当に、めんどくせぇ。
周囲の音を塗りつぶしてしまうような風、ろくすっぽ目も開けていられないほどの豪雨。
濡れそぼった服が体温を奪い、湿り気が身体に重さを感じさせる。
視界はすでに不明瞭。
雨の中じゃタイヤも、言葉も、思考も、上滑りしていく。
サイクリングコースから覗く花見川は黒々とした水を吐き続け、いろんなものを押し流していく。
ただ、俺だけが嵐の中で取り残されていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
どうせ台風の影響で学校休みになるか、登校時間遅れんだろ。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
昨夜も遅くまで受験勉強に励み、一区切りを付けるとリフレッシュも兼ねて積んでいたアニメを夜通し消化していたのだが、最終回まで見終えて若干ウルウルしながらカーテンを開けると、絶望的なまでに鮮烈な朝日が俺を出迎えていたのだった。
まったく……最近の台風は根性がなくて困る。
……そんな訳で超寝不足である。
なんとか学校に辿り着いたものの、授業中も休み時間も終始夢うつつ。
いつの間にか訪れた昼休みも朦朧としており、ベストプレイスで一色と出迎えたゲストの名前も思い出せないほどだ。
「あんた……保健室で休んだら?」
「今日は放課後に会議があるから寝たほうが良いっすよ、お兄さん!」
「あー、どうかなー……別に今日は先輩出なくても良いですけどねー……」
「今日は確か、役職決めをする日っすよね……?」
「そう!だから先輩居てもしょうがないですし……あ、二人共、今日のLHRで実行委員にはならないでくださいよー!生徒会の人手が減っちゃいますから」
「了解っす!」
「え……あたしも数に入ってんの……?」
などという声が聞こえた気もするが、やはり夢うつつで頭に入ってこない。
五限を終えるとついに限界が来てしまい、ほにゃらら姉弟の助言もあって俺はフラフラと保健室まで足を運ぶ。
出迎えるのは、いい加減見慣れた顔の養護教諭である。
「おー比企谷くん、どうしたの?……って、凄い目が淀んでるね……ゴクリ、これは間違いなく風邪の症状……」
いつものいい加減な診断を終えると、ベッドに横たえられる。
話が早くて助かるのだが、この人本当に資格とか持ってんのかな……
さすがに疑念が湧いてくるぜ……
「風邪が流行ってるみたいだねぇ……今日も三年のクラスの先生が倒れちゃってさ、私、これから代役しないといけないんだよねー……ちょっと席を外すけど大丈夫?」
「あい……、俺に構わず行ってください」
本当に眠たいだけだからな……
幸い、次の時間はLHR……勉強とは関係ないので気兼ねなくサボることが出来る。
「大人しく寝てるんだよー!」
と言い残すと、養護教諭は慌しい様子で保健室を後にした。
部屋には他に誰も居ないらしく、ラブロマンスが生まれることもないので落ち着いて眠ることができる。
米国陸軍も普段は七時間睡眠が義務付けられているというし、やはり戦の要は睡眠だったのだ……
目を閉じると、あっという間に微睡みに落ちていく。
それではお休み。スヤァ……
※※※※※※※※※※※※※※※
なん……だと……
一眠りを終えて教室に戻ったら、いつの間にか文化祭実行委員にさせられていた。
黒板には「比企谷」の文字。それも実行委員の下に。ギャワー!これは陰謀じゃよー!
っていうか、マジで意味がわからん。
去年は戸塚との悲しいすれ違いや、平塚教諭の陰謀があった訳だが、今年はなんの謂れもフラグもないはずだ。
級友たちは俺の名前さえおぼつかないはずなのに、なんで推薦されちゃってるんだろう……?
HRが丁度終わったところらしく、級友たちはバラバラと外に出ていく。
一体……一体、誰が俺を推薦しやがったんだ……!
うっうっうっ……どうしてっ!なんでこうなるのよっ!なんでっなんでっ!こんなの……どうしようもないじゃないっ!
などと内心で恐慌状態に陥っていると、ふと見慣れた顔があることに気付く。
「よかった 比企谷くん……元気出たんだね!」
視線の先にはゆき……じゃなくて我が同好会兼、生徒会顧問であるところの養護教諭が教卓の前でグッとサムズアップをしている。
待て……なんのつもりだ……あのアラサー……
「あの……なんでここに居るんすか?」
「フフッ、説明が必要かね?」
などと抜かしやがるので、どう料理してくれようとも思ったが、そういえば寝る前になんか言ってたな。
要は風邪で倒れたのはウチの担任で、代役がこの人だったって訳ね……
……だとしても、俺が実行委員をやる理由にはなっていない。
「いやー、ほら、言ったじゃない?私も及ばずながら協力するって……!生徒会を一番近くで助けるならこの役職しかないってピピーンときちゃってさ……!私がばっちり推薦しておいてあげたよっ!」
そっかぁ……ピピーンと来ちゃったかぁ……
「……なるほど、やってくれましたね」
「こう、要所要所でファインプレーしちゃうのが、我ながら心憎いなー!いい仕事してるわー……いやもうホントお礼なんて良いからね!」
誰が言うか。
「先生がなんで今まで……そしてこれからもずっと結婚出来ないのか分かった気がします」
「酷いこと言うねっ!?」
涙目で気色ばむ顧問だが、構わず、俺は行き遅れろと呪いの魔眼を浴びせてやる。
ほんとこの人何の役にも立たないな……
しかし、とにもかくにも困ったことになってしまった。
一色や副会長から実行委員になるなと、あれほど言われていたのに……
「あっ、そうだ!ちなみに女子の実行委員はあの子だからね、あそこで黄昏れてる子」
顧問が目を泳がせながらも指差すので、その先を見てみると、言われた通り氏名不詳の女子(可愛い)が窓の外をぼーーと眺めている。
「可愛い子だよね……ほら、あの子と仲良くなれるかもしれないよ!……ちなみに私の情報網によると彼氏なし!仲良くなれるチャンス!」
うわぁ……なんて、どうでもいい情報なんだろう……
見やると、彼女は時折うへへ……と半笑いを浮かべており、見るからに悲壮感が漂っている。大変不憫な様子である。
「男子はすんなり君に決まったんだけど、女子の方が難航しちゃってさ、いつしか押し付け合いになって…………そして……彼女が犠牲になったんだよ……」
いい話だなー……
見れば、いつも放課後に彼女の席の周りでだべっている友人たちも、今日は少し離れたところで輪を作っている。
その女子達がチラチラと窓際に視線を投げつけている。
気遣わしげな態度と映らなくもないが、どこか罪悪感のようなものも見て取れる。
い、一体何があったんでしょうねぇ……?
複雑怪奇な女子界の闇を垣間見た気分である。
「そんな訳で、早速今日は一回目の会合があるよ。四時からだから遅れないようにねっ」
「……今日の先生の件については、あとで一色に報告しておきますので」
「ひ、ひいっ、それ一色さんマターなの!?わ、私知らないっ!」
などと超無責任発言を残して、顧問はぴゅうと教室を出て行ってしまった。
ほんと……どうすんだよ、これ……
図らずも、去年同様、文化祭実行委員に就いてしまった。
約束した矢先にこれである。会議室に着いたら、一色達にあーだこーだと言われるんだろうなぁ……
気は重く、足取りも重いまま、俺は教室を後にする。
早速ひと波乱起きてしまったが、しかし、こんなのはまだ序の口に過ぎない。
この先迎える会議室で、更にとんでもない事態が待ち受けているのだが……
神ならぬ俺には知る由もなく、とぼとぼと廊下を歩く。
あれこれと、当面の言い訳を考えながら。
※※※※※※※※※※※※
一色いろは・被害者の会7
怒涛篇・前半 【了】
次回↓
来たあああああ
待ってました!
この四ヶ月、ずっと待ってました!
相変わらずとても面白く、それでいて甘酸っぱいところがホントにいいです!
結衣も本格参戦で、これから楽しみです!
待ってました!
そして早速読ませてもらいました、
続きも楽しみに待ってます!
うひょーーーーー!
ありがとうございます!!!!
早速天丼してて噴く
待ってました!とても面白いです!頑張ってください!
ありがとおおおぉ、マッテマシタ!
待ってましたあああああ
待ってた!ありがとうしばらく生きていけますw
ガハマさんの正妻感しゅごい・・
待ってました!
離れてみるとガハマさんの魅力って凄いんだろうな…女子からしたら正面から張り合うのとか絶対したくないだろな…
ガハマさんのヒロイン力よ。一色さんなんてこの前あれだけ頑張って夏祭りやあすなろ抱きまでしてるのに……油断したら一気にこの作品でもヒロイン持って行かれるくらいの魅力がありましたわ。
あと八幡といろはの部屋で番外編やって欲しい! この作者さんが書いてくれたら絶対に面白いと思う
素晴らしい!文句なし!
続き楽しみにしています!!!
由比ヶ浜ともくっついて欲しくなってくるわ
待ってましたー
文実にガハマさんがいるのかな?
いろはすのかわいい嫉妬がたくさん見られることに期待
待っていました!
相変らず面白笑わせてもらいました!
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
更新お疲れ様です
待ってたンゴオォォォォォォォォォッ!!!!
待っていました! 更新お疲れ様です。
ていうか、なんでこの人こんな頭おかしい(褒め言葉)SS書けるの……? 気持ち悪い……(褒め言葉)。
相変わらず爆笑爆笑な上に、今回もいろはす超かわいいし、あすなろ抱きからのキス未遂とかもう砂糖吐きまくりでした死にそうです死にます。
「……を、海に突き落としている……?」の繰り返しは卑怯だと思いました!
アイコンタクトで会話できちゃってるガハマさんも可愛いし、文実のくだり、二年連続での保健室で居眠りからの「ギャワー!これは陰謀じゃよー!」「説明が必要かね?」とかもう原作のシーンすら蘇ってきてニヤニヤが止まらんですわ。
続きも楽しみにしています!
待ってましたー!最高っす!
やっと更新キターーー!!
ずっと待ってましたよ(*´∇`*)
独自の解釈なんて今更すぎるわ!ww
その解釈を私は楽しみにしてるのでガンガン書いちゃってください(^ω^)
更新待ってました!
相変わらずのクオリティに結衣ちゃん参戦キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
(実は隣の女の子(可愛い)とのフラグも気になる)
更新待ってましたー!相変わらず凄く面白かったです!アイコンタクトで会話できるのはガハマさんだけかと思ったらサキサキもできるんですね!wwwいろはすもとてもかわいくて続きが楽しみです!
海老名さん大暴れしてるけど何気に出来るオンナ感あるな
いろはすと2人っきりになったシーン、ニヤニヤが止まらくてもうねあれだよ、あれ。
甘すぎてつらいz
続き待ってます!!
海老名さん底知れない感じいいですね。
結衣めっちゃかわいいわ。エスパー合戦たまらんなw
八幡はこの頃には奉仕部で過ごした時間よりも、いろはと関わった時間の方が長くなって来るんじゃないかな?二人の良い意味での進展を期待してます。
活動報告で勝手な解釈とか作者さんは書いてたけど、勝手な解釈こそ二次創作の醍醐味じゃないかと。作者さんの作品が好きだから読んでいるので、迷わずにオナニー全開の作品を書いていただきたいなと個人的には思っています。
待ってました!変わらない面白さ!
ovaを見ると改めていろはって八幡だけじゃなく奉仕部が好きだったんだなって実感した。案外八幡といろははそういう部分は似てるな。この作品の今の八幡といろはを陽乃辺りが見たら傷の舐め合いだとか言いそうだなあ
原作もですが、この作品の続きをそして終わりをちゃんと見たいと心の底から思いました!
俺ガイル続のゲームの八幡と副会長のやり取りで一色いろは被害者の会って話が出てたんだけど、このシリーズの影響だったりしますかね?
>>33
原作にもあったんだよ
バレンタインイベントで戸部と副会長が八幡と一緒に扱き使われてるシーンでちょろっと出てきた
このssはそれを恐ろしい質量で膨らませてる
ただ俺もそこのシーンで反応してしまったわ
今回も安定の面白さに乾杯。
ガ浜さんの立ち位置がとても微妙というか未だに測り知れなくて凄く次回が楽しみ。って何時もの事だわwww
しかし登場人物全ての一寸した仕草や機微が繊細に描かれてるし↑の方も言っておられるが、ホント圧倒的な質量ですなぁ。
可能なら紙媒体で手元に置いておきたいと思うのはきっと俺だけじゃないはず。
おおおおおお!
待ってましたぁ!
っべーー、ついに最新まで読み終わっちゃったよー。
マジこれ面白すぎんべ?っべーわー。
砂糖吐きすぎてマジ死ぬわー、っべー。
まぁゆーて次回も?砂糖多目で、オナシャス!!
…こんな風になるくらい面白くて楽しみです。
ゲーガイルはvita持ってないのでいろはすのとこだけニコニコして見ましたけど正直ぶっちぎりで此方のが面白くてごめんなさい。
面白すぎる!!
なんかもう、これが本編でも
全然問題ないってくらいキャラが
イキイキしてる。
続きまってます。
うおおおおおおおおおおおっ! 早く続きが読みてええええええええええ!
ゲーガイルのいろはルートなかなか良かったですね。ただこの作品のせいでいろはすルートに生徒会メンバー+被害者の会のアホみたいな会話がないと物足りなくなってしまった……。特に書記ちゃんの不在が。やはり眼鏡を制する者は世界を制するは本当だったのか。
この人の天丼はなんで耳に障らないんだろう。俺は大抵天丼ネタのしつこさの方が強く感じられるのに。
面白かったです。続き楽しみに待ってます。
つ、続きが読みたい……
冬が終わるまでに文化祭編を読みたいです。作者さんはた、溜めて一気に出してくれてるんだよね?
毎日更新チェックしています
……エタらないか不安です。とても面白い作品なだけに余計に
2月中に更新来るかな…
2月中に更新来るかな…続きが気になりすぎる
願う。。。!
半年経ってんのかよw
活動報告があって良かった。
楽しみにしてます。
良かった……。作者さんが生きていてくれるだけで良かった……。続き楽しみにしてます。
期待しています!
たしか原作の方も新刊が4月にやっとでるんじゃなかった?
原作もこちらもずっと楽しみに待ってます‼︎
陽乃さんが余計なことしないといいけど・・・。あんまりうざったいことされるとこの作品の魅力が薄れそうで怖い。
いやうざくない陽乃さんなんてただの美人なお姉さんじゃないか。陽乃さんはうざいのが魅力だし、きっといろはを精神的に追い込んで物語は暗くなった所で被害者の会がシリアスをコメディに変えてくれるからまずは過程を楽しもう。
活動報告~!!うぉ~~~!
4月ですか、そうですか。
待ってます、待ってます。
もう10周くらい読んだ読んだ。
もう作家さんですね、ほんと。
続き、楽しみに待ってますよ~(^3^)/
八幡と由比ヶ浜は短い間だけだ付き合ってたのかな?
あと陽乃さんがうざいのは別に構わないけどやられっぱなしは勘弁してほしいね。最後にしっかり泣かしてやれ!
八幡と由比ヶ浜は以前短い間付き合ってたのかな?会話の端々からそんな風に感じるね
続きを…
4月ごろって4月中ってことですよね?まさか456月のとか月単位の頃?
まさかこのまま終わりとか…?
諦めるな。絶対に続きは来るさ。今頃作者さんは完結編まで溜めて、GWに一気に投稿するつもりなんだよきっと……たぶん。
また忙しいのかな?
気長に待っています。
四月以内には出なさそうか………
まあ気長に待つよ
4月中毎日2回更新チェックした
GW中くるかなぁ
この作者さんが公言実行したことないししゃーない。気長に待とーや。
アップしてくれるだけでもありがたいのだから、今までのやつを読み返しながらのんびり待ってようw
そうですね、このSSめちゃ好きなんで読み返して気長に待ちます
いつまでも待ってます!
すまぬ……すまぬ……もうちょっと待ってけろ……
待つよいつまでも待つよ!
待ちます!
作者さんのコメントやったー!!!
もちろん、待ちますよ!
私、待~つ~わ。
いつまでも、待~つ~わ。
待たないで、こっちから行くの
作者さんコメktkr!待ってますよ!!
定期的にでも作者さんの生存報告があるだけでも全然違いますね。俺ガイル本編も渡先生がツイッターで呟いてるだけでなんだかんだで安心するし。……もうハルヒの新刊を待つ続ける思いだけは嫌だ。驚愕は面白かったけど
花はミツバチを待つの。
やった!作者さんからのメッセージ!
待ちますよ~、待つ待つ。
仕事落ち着いたらお願いします~(^3^)/
もう20周回しました。
また周回しながら待ちます、マジで。
まっとるで
更新まだかな(゚∀゚ 三 ゚∀゚)
個人的な予想では、この作詞=作者