真姫・にこ「素晴らしい日々」
【西木野真姫】
嫌なものね…
27回目の誕生日もついこの間あっさり終わって、いよいよ世間一般で言うアラサーとやらの仲間入りを実感させられつつあるわ
学生時代から比べるとこの街も大分様変わりしちゃったみたいでね、結構思い出せなくなった店とかもあるのよ…まぁ興味も感慨も大して無いのだけれど
それにしてもここ最近の忙しさと来たら…近場の百貨店なんか客足が遠のくばかりで、そろそろ閑古鳥の鳴き声何てものを聞けるかも知れないって言うのに…
当の私は来る日も来る日も患者さんの相手ばかり…皮膚科の先生も忙しそうね…あの患者さんもニキビ治療にウン千円も出すくらいなら、そこの店でクリップ100個くらい買ってってやりなさいよ
…あぁ、またなの?
ホント…こんな日々に感謝感激だわ。
【矢澤にこ】
そろそろリーチだわ…
30歳なんて夢のまた夢、自分には随分と先の話だって思ってた…そう思ってたんだけど…気が付けばもう直ぐ29歳の誕生日がやって来る
そりゃあこの街も様変わりするわよね、私も色々とあったし…
それにしても、いくら前の仕事が嫌でさっさと転職したかったからって…こんな寂れた百貨店の募集なんかに何で引っかかったのよ…あの日の自分を引っ叩いてやりたいわ
お陰様で入社4年目にして閉店セールの準備させられてるわよ
…しっかしこう暇だとホント要らないことばっかり考えちゃうわね…
まぁ、この街には大して思い入れも無いし、学生時代なんて碌な思い出も無かったのだけれども…って
うわぁ…くせ毛の美人さんが来たわ
あ、いらっしゃいませ!あっはい!ちょっとお待ちください
ホント…素敵な毎日だこと。
【西木野真姫】
疲れたわ…
研修医の頃からある程度予想していたとは言え、ここまで多忙な毎日だったとはね…
父親が医院長だからって明らさまに媚び売ってくる奴にも…そろそろ大人の対応とやらで接しないと駄目なのかしらね…って、笑顔で?にこやかに?そんな器用な真似私に出来るの?
そういえば、あの店員もやたらと仏頂面だったわ…年齢不詳な顔立ちだったけど雰囲気的には私と余り変わらなそうな印象だったわね…童顔て怖いわ
童顔と言えば、高校1年の時もやたら幼い顔立ちの子がいた気がするわ、確かメガネ掛けてた…ような
あの子とその友達から何度か話し掛けられたけど…あの時変に突っぱねたりしなければ、今頃友達にでもなってたのかしら
でも…友達ねぇ…なんだかしっくり来ないわ
そもそも友人関係なんて…あの頃の私にそんなモノが維持出来たとは思えないわ、だって勉強してるか本読んでるかだけだったじゃない?
そんな流行りのドラマだのアイドルだの、歌だのって……歌?
あっ
…思い出した
そう言えば私、あの頃よく1人で
ピアノ弾いてたわ
…なんで忘れてたのかしら
それになんでこんなに
悔しいんだろう
【矢澤にこ】
早く次探さなきゃね…
でも事務職でって言ってもこれじゃ難しいかも…お?何々…て、何よこれ!一級簿記なんて持って無いわよ!
はぁ…本当もうお先真っ暗よ、周りの奴らなんて殆ど結婚しちゃってるし…この前来た巻き毛の人くらい美人だったら、私も行き遅れたりしなかったのかしらね
…あぁもう、結婚で思い出しちゃったわ…確か同窓会のお知らせ来てたんだった、同窓会って…禄すっぽ友達いなかった私にそんなの送られても困るんだけど、
あの頃の…友達?知り合い?…それらしいのと言えば…東條希、まともに喋ったのはアイツ位しかいなかったわね…
はぁ…思い出すんじゃなかったわ、要らない記憶まで湧いてくんじゃないわよもう
あんな薄暗い部屋ん中で1人ニヤニヤしながらアイドル漁りしてた日々なんて、思い出したくも無いわ…
…アイドルかぁ
すっごい嵌ってたなぁ
あぁ…まただ
なんでこんなに
悲しいのよ
【西木野真姫】
実家に帰ってくるのも久しぶりね…まぁどうせ誰も居ないけど、捨てていなければまだ此処に…あったわ
…うわ…埃まみれ…
そりゃそうよね…もう二度と弾かないって遠ざけて、ママにも散々捨ててって言ったのに…どうして残ってるのよ?
お陰でまた触ろうとしちゃってるじゃないの…ホント…一体何に縋り付いてるのやら
まだ、弾けるのかしら…?
あはは…やだ…手が震えてるわ…何でこんなに緊張してるのよ…10年も弾いて無いんだから当たり前じゃない…そう…弾けなくて当たり前なんだから…大丈夫
…よし
あの頃は…こうして弾き語りしていた時が一番楽しかったなぁ…自分の曲とかも作ってたし…
それに……もしかしたら…誰かが聴きに来てくれるかもって期待もあったのかもね
あ、はは……ゆび…届かない……てんでダメ…もうコードすらも…覚えてないよ……
うぅ…っ
…なによ……なんで泣いてんのよ…っ意味わかんないっホントいみわかんない!
何なのよこの敗北感は!!なんでこんなにくやしいのよっ!!!なんでよ!!
わたし頑張ってきたじゃない!!いっぱいべんきょうして!パパのいうとおりちゃんと医者になったじゃない!!!
なのにどーして!?なんでこんなに悲しいのよっ!!おかしいじゃない!!もう嫌ぁっ!!嫌ぁぁぁぁあ!!!
…うぅぅっ
どうして?
幸せになりたいよ
【矢澤にこ】
ちょっとだけ憧れてたわ
私がいて、旦那さんがいて…男の子と女の子が1人づつ…そう…まるで映画みたいな家庭に……今思い出すと何だか笑えてくるわね
だからかな…希が自分んちの事、自慢気に話したりしてきたもんだから、もう堪らなく悔しくなっちゃって…とんでも無いこと言っちゃったわ…
似たような奴だって思ってたの…転校ばかりで友達1人居なかったアイツを…アイドル研究部なんて立ち上げて息巻いて…あんな穴ぐらみたいな場所で独りきりになった私にも、ようやく仲間が出来たって…
結局、見ている方向が違ってたのね…だから余計悲しくなったの…それがこの目も当てられない日々になっただけよ
本当に申し訳無いことしたと思う…あのまま店飛び出して来ちゃったけど、きっと同窓会も滅茶苦茶になったわよね…ごめんね
…なんでこんな事になったんだろう…あんなになりたかったアイドルもいつの間にか諦めてて…やりたくもない仕事して、昔の友達罵って…
ねぇにこ、貴方はまだ…アイドルが好き?ほら、笑顔の魔法を見せて……ねぇ…答えて……答えてよ…お願い…笑って…好きって言って……だってこれじゃあ…本当にもう
何も無いじゃないの…
もう駄目
あぁ…
幸せになりたかったな
【西木野真姫】
本当は何がしたかったのかしら…
ねぇ、真姫…貴方は何がしたかったの?真っ白な明日をただ黒く塗り潰して行くだけの…こんな人生を送りたかったの?
…もういい加減素直になったら?きっと貴方は自分を責めたりはしないと思うの
これからは…そう…ピアノを弾いて、曲とかも作って、そして色んな人達に出会ったりもして…そうやって取り零して来たものを拾い集めて行く…そんな時間を過ごすの、それって最高じゃない?
だから…今まで守って来たものは忘れましょう…パパとママにはもう会えないかも知れないけど
振り返った時、楽しかったねって言い合えるような…そんな友達と素敵な思い出が欲しいから…
だから私
もう行くわ
【矢澤にこ】
ママ元気かなぁ…妹達も心配だなぁ
でも、こんなお姉ちゃんに心配されたくもないかぁ…
あぁ、こんなとこ歩くの初めてだわ…え?あ…はい、どうも…
…新興宗教のビラね、あはは
そんなに信じられるものがあるなんてホント羨ましいわ、真似して手でも合わせてみれば…少しはマシな気分になるのかしらね
まぁ…今となってはもうどーでもいいか…
結局、何がしたかったのかしらね
あの日…1人部室に取り残されたまま、矢澤にこは夢も未来も全部あそこに置いてきてしまったのよ…
今の私はその残骸…
だから
こんな抜け殻みたいな私は
もう行かなきゃ
【西木野真姫】
さて…
取り敢えず荷物はこんなもんでいいかしら、まぁ必要になったら現地で調達すればいいしね
それにしても、キャリーバッグに荷物詰め込んだだけでスッキリするって…どんだけ殺風景な部屋だったのよ…
…案の定と言うか、予想通りではあったけど…パパのアレはほぼ勘当って事よね…そりゃそうか…いきなり辞めますなんて言ったら誰だってそうなるわ
でも…この方が後腐れなくて良いんじゃないかしら?気兼ねなく旅立てるしね…いつか謝れるといいな
さて、何処に行こうかしら?
素敵な出逢いがありますように。
【矢澤にこ】
疲れた
【西木野真姫】
くぅっ…
運動不足が祟ってるわ…こんな近場歩くだけでもしんどいって
それに只でさえ暑いって言うのにこの大荷物……は?新興宗教のビラ?お断りします!
全くぅ…駅前も変なの増えてきたわね…あぁ…何か祈ってるわあの人達、有難うございますって…一体何に感謝してるのよ
あ、やっとホームだわ…ベンチもあるし少し休みましょう…よっこいしょ…って、ババくさいわね
…ん?
【矢澤にこ】
…寝てしまったみたい
俯いてたせいか首が痛いし…あぁ、とことん最悪だわ
オマケに何よこれ…涙で顔ぐしゃぐしゃじゃないの、やめてよ…
もういいじゃない…コレで最後なんだから辛いこと思い出させないで…っ
せめて楽しい夢くらい見させてよ!何で皆して泣いてるの!?ママと妹達の泣き顔なんて見たくないっ!!
もうやめてよ…
…えっ…あ
【西木野真姫・矢澤にこ】
この人確か…あぁ、
…まさかこんな所で逢うなんてね
て、何ちょっと笑ってんのよ
あぁ…この娘…
もしかしたら…
「ねぇ」
〜素晴らしい日々〜
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