黒鉄の城、鉄屑の荒家
艦これの掌編その2
大日本帝国の象徴であった長門と、砲も積まれず囮になるのみの長門のお話。
私は幸運な艦だ。生前こそあの憎き米兵にいいようにされ、破滅の光にこの身を焦がしたが、今は我が妹を……陸奥を守って沈んでいける。これが幸運と言わずになんと言えようか。
……私は無力だった。軍艦だった頃はいざ知らず、艦娘となった今では切にそう思う。
軍艦『長門』は、たしかに無様ではあったが、日ノ本の力を米軍に見せつけた。破滅の光を二度受けても即座に沈没しない艦影は、国民に英霊の存在を、再臨を思わせただろう。
だが艦娘『長門』はどうだろうか。資材が足りず出撃もできない。練度も上がらないため演習での標的が主だった私の役目だ。……長門であるプライドなど、もうその時点でなかった。
陰では練習艦と蔑まれ、表でも低速で燃費の悪さだけが一級品だと貶され続けた。だがそれは妹の陸奥には及ばなかった。
……陸奥は強かったのだ。武力一辺倒の脳筋である私よりもずっと賢く、才能もあった。運がなかったのがたまにキズではあったが、それを差し引いてでも可能性溢れる艦娘である事は否定出来ない。
そんな陸奥を誇らしく思う時こそあれ、妬ましく思うことは無かった。陸奥は呉で無念のまま没していたから。陸奥の今の境遇は当たり前なのだと、そう思っていた。
そんな艦として絶頂を迎えている陸奥に、私はたった一言だけ声をかけたことがある。
――私の分まで頑張ってくれ
あァ、なんと愚かしい言葉なんだろう。これではまるで境遇に甘えきってしまっている雛鳥ではないか。
だがその時の私は違った。陸奥に先を越される焦燥感はなかったが、それをあまりある劣等感で覆っていたのだ。それ故の言葉。
……そんな言葉を、同じ日の本の象徴であった陸奥が許すはずもない。そんなことを、今沈んでいるこの時に理解する。なんと愚かなことだろうか。
あの時私にビンタを食らわせた陸奥は今、私の血と重油で滲んでいく水面に手を伸ばす。だが届かない。いくら装備がすべて剥奪されていようと、推進機関と動力機関の重みだけでズブズブと沈んでいく。
陸奥よ、私にようなスクラップなんぞに構わずに敵を屠れ。それが今陸奥に出来ることだ。
そう言おうとして吐き出した言葉は、水泡となって消えていく。
あァ……こレが……泡沫のユメと言うヤツか……。わルクなイ……。
艦娘としては限りなく無様で滑稽な姿を、艦娘『長門』としては限りなく理想に近い命を、ここで散らす。
奇しくもその日は、日本の敗戦した日でもあった。
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