八幡とジュリエットのお話
別作の息抜きがてらにちょっとずつ書いてるので亀更新だと把握しててもらえるとかなり助かります。
最終巻出る前に考えちゃった設定なので、その辺は良しなに。
設定:八幡たちは三年生。小町も総武に入学済。奉仕部は現状廃部が決定済。
前回→
~生徒会室~
八幡「――し、しますとも、おおおお言葉の通りに、ひとこと……ここ、恋人と呼ん」
いろは「はーいストップです。もー、何照れてるんですかせんぱーい」
八幡「いや、だってこれ」
いろは「だっても何もありません! 読み合わせの段階でこんなに照れてるんじゃ本番ロクに演技もできませんよ?」
八幡「……はい」
いろは「じゃあもう一度いきますよ。前のわたしのシーンからいきますね。おお、ロミオ――」
八幡「………」
結衣「いろはちゃん、ヒッキーにジュリエット役選ばれてからずっと気合い入りっぱなしだねー」
雪乃「そうね。実際に彼女、比企谷くんに選ばれた時物凄く喜んでいたし」
結衣「はあー。あたしがやりたかったなぁ……。ジュリエット」
雪乃「彼が一色さんを選んだのだから仕方ないわよ」
結衣「んーそうだけどさー。ね、ゆきのんはどうだった?」
雪乃「どうとは?」
結衣「ヒッキーがいろはちゃんを選んだ時の気持ち。あたしはちょっと……というか結構悔しかったなぁ」
雪乃「彼の本意はわからないけれど、ある意味一色さんに負けたという点においては私も悔しいと感じたわ」
結衣「本意かあ。そういえばヒッキーが何でいろはちゃんを選んだのか聞いてないや」
雪乃「聞いてないと言うよりかは教えてくれなかった、だけどね」
結衣「選んだ本人の前じゃ言い難いことだったのかな。今度また聞いてみよっと」
小町「いろはさーんそろそろ実行委員会始まるから来て欲しいって書記さんが言ってますよー」ガラガラ
いろは「あ、もうそんな時間? というわけで先輩、わたしはちょっと委員会行ってくるのでさっき詰まったり噛んだセリフ読み直しておいてくださいねー」
八幡「……詰まったセリフって全部なんですが」
いろは「じゃあ全部読み直しておいてくださいねー」
八幡「………」
いろは「読み直しておいてくださいね!」
八幡「……うい」
いろは「それではちょっと行ってきますねー。今日は分担決めだけなので30分ほどで戻ってきます。それまでにちゃんと見返しておいてくださいよ?」
小町「いろはさんご安心を! お兄ちゃんのことは小町がしっかり見ておくので!」ビシッ
いろは「うんっ。じゃあよろしくね、小町ちゃん」ビシッ
小町「お任せを!」
いろは「というわけで行ってきまーす」ガラガラ
結衣「行ってらっしゃーい」
八幡「……はあ、やっと休憩だ」
小町「いろはさん随分気合い入ってるね」
八幡「まあ本番まで一ヶ月切ってるしな。それに一応あいつにとっては生徒会長として初めての文化祭だし人一倍気合いが入ってるんだろ」
結衣「ヒッキーは劇の方大丈夫そうなの? 台本見た感じだとセリフとか結構あったよね」
八幡「結構ってレベルじゃないぞ。でもまあ覚えられない量ってわけじゃないから大丈夫だろ……多分」
雪乃「セリフだけならまだしも本番はそれに加えて演技まで入るのだから、台本は頭だけでなくしっかり体にも叩き込んでおかないと駄目よ?」
八幡「お前は良いよな。ナレーション役とか顔出さないから台本音読するだけでいいし」
結衣「えっ。ゆきのん舞台出ないの?」
雪乃「普通なら舞台の端に立ってセリフを言ったりするそうよ。でも一色さん曰くナレーションは天の声のような形で舞台裏からで良いって」
小町「あ、それ書記さんも言ってました。ナレーション役の人が舞台に立つとその人に視線が行ってお客さんが演劇に集中しきれないかもしれないからだそうです」
八幡「以外とそういうのはガチで考えてんのな」
雪乃「藤沢さんは一色さんに脚本ついでに舞台監督にも任命されていたからそれなりに本番でのことは色々と考えているそうよ。本人は嫌々ならしいけど」
八幡「なら後でもう少しセリフ減らせないか監督に頼んでみるか……」
小町「結衣さんの方は演劇どんな感じですか? いけそうです?」
結衣「うん! ロンギヌス? はヒッキーたちほどセリフは多くないしね!」
八幡「ロレンスな。お前はいい加減自分の役名覚えろ」
結衣「うう、うっさい!」
小町「小町、お兄ちゃんにロミジュリ渡されてちょっとずつ読んでるんですけど、この人もある意味可哀想ですよね」
雪乃「まさか自分が提案した計画で二人が死んでしまうなんて思いもしないものね。でも、私は正直に言って二人の死はロレンスのせいだと思うわ」
八幡「それは結果論だろ。別に悪気があったわけじゃないんだし」
雪乃「それでも方法は考えれば他にも色々とあったと思うのだけれど。仮死の毒を使う危険な方法なんて普通は考え付かないし、ロレンスは少なからずともこの結末を予見していたはずよ」
八幡「仮にそうだとしてもジュリエットはそのロレンスの危険な案を呑んだわけだろ? だったらロレンスだけじゃなくジュリエットも十分悪いだろ。自業自得だ」
雪乃「自業自得という表現はさすがにどうかと思うわ。第一――」
小町「ゆ、結衣さん。お兄ちゃんと雪乃さんで謎のトークバトルが勃発しようとしてるんですけど……」
結衣「え、ええっと……あ、あはは……」
いろは「どうしてお二人はすぐにどうでもいいことで口論を始めちゃうんですかねー。本番まで時間が無いってわかってますよねー?」
雪乃「先に吹っかけてきたのはこの男の方からよ」
八幡「俺は事実を言ったまでだ。それをお前がムキになって言い返してきたんだろうが」
雪乃「心外ね。ムキになんてなっていないわ。結果的に私の意見の方が筋は通っていたじゃない」
八幡「どこがだよ。お前の意見はただ単に」
いろは「あのー、わたしの話聞いてましたかー? お二人とも全く反省してませんよねー?」
いろは「ていうか雪ノ下先輩はともかくとして、先輩はセリフもう一度読み直してくださいってわたし言ったじゃないですかー?」
八幡「………」
結衣「ま、まあまあ! ヒッキーもゆきのんもそれだけ劇に本気で取り組んでるってことだしさ!」
いろは「はあ、まあ本番までに間に合ってくれればそれでいいんですけどねー」
小町「今週末からクラスの出し物の準備も始まりますけど、間に合いますかね……?」
いろは「んー。たぶん大丈夫だと思う」
結衣「あ、ゆきのんたちって文化祭の出し物って何するの?」
雪乃「私のクラスはクレープ屋をすることになったわ」
結衣「クレープ!? おいしそう! 絶対食べに行くよっ」
雪乃「ええ。由比ヶ浜さんは何をするの?」
結衣「あたしとヒッキーのクラスはフライドポテト売るよ!」
八幡「クレープとかならまだしもポテトみたいな揚げ物系って大抵文化祭後半になってくると面倒になってきて半生状態で提供するようになるんだよな」
いろは「あー。それちょっとわかります。わたしも去年文化祭でたこ焼き買った時6個中5つが半生でしたもん」
八幡「ほぼ全部じゃねぇか……」
結衣「あ、あたしらのクラスはそんなことにはならないから!」
小町「いいなー。小町も模擬店したいです」
八幡「そいやお前んとこは出し物何やるんだ?」
小町「うーんとね。小町のクラスは猫喫茶だよ」
雪乃「……っ」ピクッ
いろは「猫喫茶? 猫を家から連れてくるの?」
小町「あ、いえ。本物の猫じゃなくて猫耳とか尻尾でコスプレをして接客するだけですよ! 一応壁には猫の写真とかも貼りますけどね」
結衣「猫かー。犬はいない、よね?」
小町「残念ながら……」
結衣「だよねー……」
八幡(当日絶対行こう)
雪乃(当日お邪魔してみようかしら)
いろは「皆さんは出し物楽しそうでいいですねー。わたしのとこなんてモザイクアートですよ……。ま、どうせ当日は生徒会と文化祭委員でクラスには顔出しませんけど」
八幡「モザイクアートって確か去年もどこかがやってたよな」
雪乃「やってたわね。確か最後の方はただの休憩室と化していたはずよ」
八幡「悲しい」
静「失礼するぞー」ガラガラ
結衣「あ、平塚先生」
小町「こんにちはー」
静「うむ。劇の調子はどうかね。あの比企谷が主役をやると聞いて様子を見に来てみたんだが」
八幡「あのって何だよあのって……。茶化しにきただけなら勘弁してくださいよ」
静「冗談だ冗談。で、練習は順調かね?」
八幡「……ぼちぼちですかね」
いろは「それ先輩が言っちゃいますか……」
小町「今のとこお兄ちゃんが一番演技もセリフも覚えてないのに……」
八幡「そんなことはない。俺は演技もセリフも既に覚えてるぞ。……できないだけだ」
雪乃「それが一番困るのよね」
結衣「ヒッキー照れてめっちゃキョドるもんね」
小町「正直練習中のお兄ちゃんキモい」
雪乃「気持ち悪いのは元からではなくて?」
八幡「お前らボロクソ言うんじゃねぇよ……。少しうるっと来ただろうが」
静「まあ、表舞台を好まない君が突然主役に決まったと聞いた時は嫌な予感はしたがね。案の定行き詰っているようだしな」
八幡「ぶっちゃけマジで本番演技できる気しないんですけど。大根役者どころじゃ済まないかもしれない……。やっぱやめようぜ」
いろは「それは困ります! 今更演劇の項目を取り消すわけにもいかないですし、先輩にはせめて大根役者レベルにはなってもらわないと!」
静「概ね君の場合は恥ずかしさが勝って上手くセリフと演技が出てこないんだろう。簡単だ、恥を捨てろ! 考えるな、感じろ!」
結衣「そうだよヒッキー! 試しにちょっと恥を捨てて一発ギャグでも言ってみて!」
八幡「お前は恥を捨てるの意味を履き違えてるぞ……」
静「そもそも比企谷はセリフやその場その場の演技についてはもう殆ど覚えているのだろう? だったら後はそれを周りの目を気にせずさらけ出すだけじゃないか」
八幡「それが難しいから困ってるんですよ。ぼっちの俺にはハードル高すぎる……」
静「こればかりは我々もどうすることもできないな……。あくまでこれは君の問題だから、難しいと言うのなら慣れるまでひたすら数をこなす他無いな」
八幡「……ですよね」
静「まあ何にせよ今日はもう時間も無い。木曜辺りから体育館での練習も申請さえすれば可能になる。それまでにはある程度できるようにはなっておけ」
八幡「……うい」
~翌日~
八幡(もう昼休みか)
八幡(今日も放課後に劇の練習させられると思うと嫌すぎて時間が経つのが早く感じるな……)
八幡(嫌なことがこれからあるって時に限って時間が経つの早くなるんだよなぁ。その癖いざ練習が始まると時間が経つの超遅く感じるし……)
八幡「はぁ……憂鬱だ」
いろは「あ、せんぱーい!」
八幡「は?」
いろは「待ってましたよー」
八幡「いや、なんでいんの?」
いろは「なんでって先輩とお昼食べようと思いまして。いつもここで食べてるって先輩言ってましたし待ち伏せてました」
八幡「待ち伏せってのは相手にバレないようにするのが基本だぞ。お前の場合がっつり真正面にいたけど」
いろは「細かいことはいいんです! それにしても本当に毎日ここで食べてるんですねー」
八幡「まあな。毎日じゃねえけど」
いろは「……わたしも毎日来ようかなぁ」ボソッ
八幡「いや来なくていいから」
いろは「なんですと!? こんな可愛い後輩と毎日お昼が食べられるかもしれないんですよ? 嬉しくないんですか!?」
八幡「自分で言っちゃうあたりなー。草生えるわ」
いろは「草……? よくわかりませんけど馬鹿にされてることだけはわかります」
八幡「そうか。伝わってて何よりだ」
いろは「なんだか今日の先輩意地悪すぎませんかー? あ、隣失礼しますね」
八幡「そりゃ最近ただでさえ劇の練習で一人の時間が奪われてるってのに、唯一寛げると思ってたベストプレイスですらこうして後輩がやってきてるんだぞ? 文句も言いたくなるわ」
いろは「一人の時間が奪われるって、手伝うって言ったのは先輩じゃないですか」
八幡「まさか俺自身が劇に出ることになるとは思わなかったんだよ……。てか副会長はまだ学校来てないのか?」
いろは「書記ちゃんによると明日には来れるそうですよ?」
八幡「ってことは今日も来てないのか。早く来てくれないとセリフや演技覚える時間なくなるぞあいつ……」
いろは「ナチュラルに副会長にロミオ役押し付けないでください。先輩はもうわたしのロミオなんですから」
八幡「お前のになった覚えはない」モグモグ
いろは「もぉー、釣れませんねぇ。って、今日もパンですか?」
八幡「ああ。つーかほぼ毎回パンだ」
いろは「へー……」
八幡「………」モグモグ
いろは「あ、卵焼き食べます? 今日は冷食じゃなくてちゃんと作ったんですよ!」
八幡「ほーん。いらん」
いろは「ちょー! なんでですか!?」
八幡「いや、自分のパンあるし」
いろは「手作りですよ!? こんな可愛い後輩が手作りの卵焼きをあげるって言ってるんですよ!?」
八幡「知らねぇよ……。俺まだパン残ってるし自分で食え。後から俺に卵焼き上げたせいで食い足りないとか言われても困るしな」
いろは「さすがにそんなケチなこと言いませんよ……」
八幡「そうか? でもいらん。折角自分で作ったなら自分で食え」
いろは「…………うーん、自信作だったのに」
八幡「………」モグモグ
いろは「それはそうと先輩」
八幡「あ?」
いろは「練習の方はどうですか?」
八幡「あー……」
いろは「小町ちゃんによるとセリフは殆どバッチリみたいですけど」
八幡「まぁ、演技は無視してひたすらセリフだけを覚えてたからな」
いろは「ロミジュリに関しては演技の方が重要な気がするんですけど……。棒立ちでおお、ロミオー! とか言われても全然面白くないじゃないですか」
八幡「いやな、一人だったらできるんだけどな……。いざ人前となると無理だわ」
いろは「無理って言ってもまだ練習だからお客さんは雪ノ下先輩とか結衣先輩だけでじゃないですかー?」
八幡「あいつら俺がセリフとか言うと微妙に笑いやがるからな……。本番で観客全員に笑われると思うだけでもう……」
いろは「雪ノ下先輩たちは単にいつもと違った先輩が珍しくて笑ってるだけで、本番でお客さんが笑うわけないじゃないですか。コメディー要素ないですし」
八幡「でもな、演劇をしているうちに聞こえてくるんだよ『え、あいつ演技棒すぎね?』だとか『ロミオ役の人さぁー。大根役者通り越して蓮根役者だよね。プークスクス』という笑い声が……」
いろは「被害妄想にも程がありますよそれ……。ていうかなんですかレンコン役者って」
八幡「いや、俺も適当に言ったからわからん」
いろは「はぁ。要するに先輩は人の目が気になるから上手くできない、ということですよね?」
八幡「まぁ、大体合ってる」
いろは「だったら先輩はその拗らせすぎたコミュ障が改善すれば今よりはまともに練習ができるってことですよね?」
八幡「コミュ障というわけではないからね……? あれだ。自分で言うのもなんだが単純に人前で目立つことするのが苦手なんだよ。なのに演劇って……」
八幡「あとただただ純粋に恥ずい」
いろは「恥ずかしい……ふぅむ……」
八幡「一色?」
いろは「よし、ではこうしましょう!」
八幡「ど、どうしましょう」
いろは「今日はいいです。練習お休みにしましょう」
八幡「……いいのか?」
いろは「はい。わたし自身、毎日練習ーってのも嫌ですし」
いろは「だから先輩」
八幡「おう」
いろは「今日は放課後、わたしとデートしちゃいましょう」
八幡「……は?」
~放課後~
いろは「あ、せーんぱーい!」
八幡「おう」
八幡(校門前であまり大きな声で俺の名前呼ばないでくれませんかね……)
いろは「先輩遅いですよー? 全く、女の子を待たせるなんて普通なら超減点ですよ?」
八幡「なに、今回も採点されてんの? 駐輪場までチャリ取りに行ってたんだから仕方ないだろ。第一トータルで言うなら俺の方が待たされてる」
いろは「はい、そうやって揚げ足を取ろうとするところもダメです」
八幡「………」
いろは「そもそも先輩が劇の練習がうまくできないって言うから私がこうしてデートに誘ってあげたのに」
八幡「誰も頼んでねぇし俺はまだ行くとも言っていないぞ」
いろは「だったら今から体育館に行ってロミオのセリフを本番さながらの演技で言ってみてください」
八幡「え」
いろは「もちろん、小町ちゃんや結衣先輩たちも呼んで」
八幡「………」
いろは「どうします? 私とデートに行くか、今からみっちり練習するか。ちなみに家に帰るって言ったら明日から体育館で一般の人を呼んでの公開練習ですからね」
いろは「ちなみにわたし的にはデートがおすすめですかねー。練習しなくていいですし可愛い後輩とただ遊びに行くだけですから」
八幡「………」
八幡「…………トで」
いろは「はいー? よく聞き取れませんでしたよ?」
八幡「……デートで」
いろは「ふふんっ、分かればいいんです。さっ、早速行きましょっか、せーんぱい?」
八幡「……うい」
八幡「で、どこ行くんだ?」
いろは「どこ行きたいですか?」
八幡「質問で返すなよ……。どこでもいいなら自宅が良いな。この辺りで解散しようぜ」
いろは「まだ学校出て五分も経ってないですよ……。それに今回私が先輩を単にデートへ誘っただけだと思ったら大間違いですよ?」
八幡「だろうな。どうせ荷物持ちやら財布として俺を誘ったんだろ。荷物持ちくらいならいいが財布にはならんぞ」
いろは「いやいや、そういうつもりで誘ったわけでもないですから」
八幡「なら何が目的だ?」
いろは「そんな警戒しなくても大丈夫ですよー。今日わたしがデートに誘った狙いは単純に先輩を矯正するためです!」
八幡「は? 矯正?」
いろは「です! 先輩、お昼に劇の練習がうまくいかない理由の一つに恥ずかしいって言ったじゃないですかー?」
八幡「ああ。確かに言ったな」
いろは「そこで私は考えたのです。この際だから先輩を矯正していこうと!」
八幡「いやだからわかんねぇって」
いろは「先輩は人前で目立つことが恥ずかしくて嫌みたいですし、わたしとデートして多少なりともその恥ずかしさに慣れてもらおうと思います」
八幡「そこでデートになる意味が全く持って理解できないんですけど……。それに二年の頃にも二人で卓球したりしたじゃねぇか」
いろは「それは調査も兼ねてだったじゃないですかー? 今回は純粋に先輩とデートしてみようかなーと」
八幡「お、おう」
いろは「一応聞きますけど先輩はどこかわたしと行きたいところとかありますか?」
八幡「帰りた……」
いろは「行きたいところ、どこかありますかー?」ニコッ
八幡「……特にないです」
いろは「だったら今日はわたしが行きたいところに行きましょう」
いろは「逃げないでくださいね? せーんぱいっ?」
八幡「……お手柔らかに」
いろは「ん~! おいしい!」
八幡「行きたいところってマリンピアかよ」
いろは「ぶっちゃけ学校帰りに行くとこなんて大体決まってますからねー。でもここの新しくできたクレープ屋さんには一度来てみたかったんですよ!」
八幡「そうか。クレープなんて久しぶりに食ったけどスプーンいらなくね? アイスじゃねえんだから」
いろは「おしゃれなところは基本スプーンついてますよねー」
八幡「クレープはそのまま齧り付くから美味いのであってスプーンで中身だけ食ったらもはやクレープと言わんだろ」
いろは「でもそのままガブって食べたら顔にクリームついちゃうじゃないですか。今の先輩みたいに」
八幡「………」ゴシゴシ
いろは「あざといですね」ニヤニヤ
八幡「わざとじゃねぇよ……」
いろは「先輩ならともかく女の子がそんな風に顔にクリームとかついたら恥ずかしいじゃないですかー。だからある程度スプーンで中を食べてから生地ごと食べていくんですよ」
八幡「なるほど。でも一色はスプーン使わないのな」
いろは「わたしの場合はクレープはかぶりつくものだと思ってるので」
八幡「まあ俺もそっち派だな。クリーム多すぎてこぼれそうになるけど」
いろは「先輩はクレープ何頼んだんですっけ」
八幡「チョコバナナ」
いろは「普通ですね。まるで先輩のようです」
八幡「おい、なんで最後に余計な一言付けた? 第一クレープと言えばチョコバナナだろ。定番だからこそ王道で最強なんだろうが」
いろは「いやいや、チョコバナナなんて食べようと思えばいつでも食べられるじゃないですか。こういうのはやっぱり期間限定を攻めないと!」
八幡「お前が頼んだの何だっけ? キャラメル?」
いろは「キャラメルマキアートですよ。これめちゃめちゃおいしいのでおすすめです!」
八幡「キャラメルマキアートってクレープにできるのかよ。カフェラテだろあれ」
いろは「でも味は本当にキャラメルマキアートですよ? 一口いります?」
八幡「いりません」
いろは「えー? 甘くておいしいですよ?」
八幡「それを言ったらこっちのチョコバナナだって甘くて美味い」
いろは「あ、じゃあ先輩の一口ください」
八幡「甘けりゃ何でもいいのかよ……。ほら、一口だけだぞ」
いろは「え……。いいんですか?」
八幡「んだよ。いらないのか?」
いろは「あ、い、いりますいります!」
八幡「ならほれ」
いろは「じゃあ失礼して……」
いろは「はむっ」パクッ
八幡「なっ、ちょっ」
いろは「んーおいしー! 何だかんだチョコバナナこそクレープって感じがしますよねー」
八幡「……そうだな」
八幡(さすがにスプーンで取るのかと思ったらがっつりかぶりつかれたぞ……)
八幡「………」
いろは「どうしました先輩? 食べないんですか?」
八幡「ん、あ、ああ。食べるけど」
いろは「………」クスッ
いろは「さて、次はどこ行きましょっか?」
八幡「矯正するとか言っておきながら結局前みたいに適当にぶらぶらするだけなんだな」
いろは「いきなりそれっぽいことしても先輩が嫌がるかなーと思ってそうしてるだけですよ?」
八幡「は? それっぽいこと?」
いろは「例えば――」ギュッ
八幡「……っ」
いろは「こんな風に腕を組んだり、とかですかね?」
八幡「……お、おお」
いろは「ぷっ。先輩、顔赤くなってますよ?」ニヤニヤ
八幡「ほっとけ。てか離れてくれませんかねぇ……」
いろは「えー? いいんですかー? こんな可愛い子が自ら腕を組んでくれるなんてこと二度と無いかもしれないですよ?」
八幡「自分で言っちゃうあたりなー。てか向こうの店の店員二人がこっちをめっちゃ微笑ましく見てるからマジで離れて欲しいんだけど……」
いろは「別に見せつけてあげればいいじゃないですか」
八幡「いや、ついでに歩きづらいし……」
いろは「もう、何ですかそれー。まあいいです。特別に離れてあげましょう」パッ
八幡「そりゃどうも……」
いろは「あ、先輩。あそこのお店入りましょう。新しい洋服が欲しいので下見しておきたいです」
八幡「服買うのに下見とかいるか?」
いろは「今日は服を買うほどのお金を持ってきてないですもん。ある程度嗜好を決めておけば今度買いに来た時に悩まなくて済みますし」
八幡「ああ、そう。なら俺はそこに座って待っとくわ。疲れた」
いろは「先輩も行くんですよ」グイッ
八幡「えー……」
いろは「先輩に頼むのは些か不安ですけど仮にも男子なので先輩の意見も一応参考にしたいので」ギュッ
八幡「ちょ、行く、行くから離して……」
いろは「そう言って逃げようとしても無駄ですよ。さっ、行きましょう」
八幡「違っ…………はあ、二度目すぐに来たじゃねぇか」
いろは「あ、先輩。ゲーセン行きましょ、ゲーセン!」
八幡「まだ遊ぶのか……」
いろは「当然です。さ、行きましょう!」
八幡「ち、ちょっと待て。なんでプリクラに直行しようとしてんの?」
いろは「え? だってゲーセンと言えばプリクラですよね?」
八幡「いやちげーだろ。むしろプリクラいらないまであるだろ」
いろは「いやいやいや、超いりますから。それに先輩と一度プリ撮ってみたかったんですよねー。ってことでいきましょう」
八幡「いかない」
いろは「もーなんでですか。写真くらい良いじゃないですか別に」
八幡「ああいうのあんま得意じゃないんだよ……」
いろは「プリクラに得意も糞も無いと思うんですけど……」
いろは「ならこうしましょう! わたしと何か別のゲームで勝負して、わたしが勝ったら一緒にプリ撮りましょう」
八幡「ほう、いいだろう。先に訊いとくが俺が勝ったらどうなるんだ?」
いろは「何もないですよ」
八幡「………」
いろは「それじゃあ何で勝負しましょうか」
八幡「無難にホッケーとかで良いんじゃないか?」
いろは「それだとありきたりでつまらないじゃないですかー? あっ、あれで勝負しましょう!」
八幡「メダルゲームか」
いろは「分かりやすくメダルが先に無くなった方が負けにしましょう」
八幡「やるゲーム固定しないと終わらないなそれ」
いろは「え、そうなんですか? わたしメダルゲームやったことないのでおすすめのゲームとかあるなら教えてくださいよ」
八幡「それは構わんがその前にメダル買わないとな。一番安いのに二人で分ければいいか」
いろは「ですねー。……え? メダルって1000円からしか無いんですか……?」
八幡「まあ店によるが大体1000円くらいからだな。ここは1000円300枚からだ」
いろは「へー。じゃあ一人150枚ですね。でも150枚って結構ありますよね。終わりますかこれ?」
八幡「150枚ならすぐ消えるだろ。公平に同じゲームにしようぜ」
いろは「いいですよ。わたしよく分からないので先輩がゲーム決めてください」
八幡「そうだな……。じゃああれでいいか」
いろは「えー、コイン落としですか」
八幡「露骨にテンション落ちたなコイツ……」
いろは「だってやったことないから何とも言えないですけど、パッと見つまらなそうじゃないですかー? おじいちゃんおばあちゃんがやるゲームじゃないんですかこれ」
八幡「ふっ、甘いな。確かにパッと見つまらなそうだがやってみると案外楽しい。映画までの時間潰しにはもってこいだ」
いろは「うーん……。まあやってみたいとは思ってたので勝負はこれでいいです」
いろは「さ、始めましょうか!」
八幡「おう」
~5分後~
八幡「………」
いろは「………」
八幡「………」チラッ
いろは「………」
八幡(一色の奴、結構真剣にやってるな)
いろは「………」
いろは「………」コソッ
八幡「おい」
いろは「はひっ」ビクッ
八幡「今、俺のメダル取ろうとしたろ」
いろは「え、えー。なな、なんのことですかー?」
八幡「まさかと思うがもう無くなったのか?」
いろは「えっと、あのー……」
八幡「んじゃ、俺の勝ちだな」
いろは「ま、待ってください! 先輩まだメダル一杯残ってるじゃないですかー。これってもしかしてメダル入れずにわたしが無くなるの待ってました?」
八幡「待ってねーよ。ちゃんと一定のペースで投入し続けたわ」
いろは「だったらなんでまだこんなに残ってるんですか! こっそり追加でメダル買いに行ったとしか思えませんよ!」
八幡「しねーよ。……ったく、俺の勝ちでいいなら少しだけメダル持ってってもいいぞ」
いろは「あ、いいんですか? じゃあもらっていきますねー」グワシッ
八幡「ちょ、ちょっとー? 少しだけって言ったのになんで鷲掴みしてんの? こいつ小町より遠慮ないんだけど……」
~3分後~
いろは「せんぱぁい……」
八幡「だから無くなるのはええよ……」
いろは「だって先輩みたいに全然メダル落ちてこないんですもん……」
八幡「適当に入れまくるからだと思うぞそれ」
いろは「うぅ……」
八幡「言っとくがもうメダルはやらんぞ。俺のもそろそろ無くなるしな」
いろは「だったらそれ全部無くなったら出ましょうか」
八幡「おう。じゃあすぐ済ますわ」
いろは「あ、わたしも手伝いますよ。んしょ、隣失礼しますねー」
八幡「一人で大丈夫なんだが」
いろは「投入口二つありますし二人でやった方が早いじゃないですかー。それに薄々思ってましたけどここの椅子二人掛けっぽいですし、本当はこれ二人用ゲームじゃないです?」
八幡「いや、基本一人用だと思うぞ。まあ、たまに二人でやってる奴らもいるけどよ」
いろは「それなら尚更二人でしましょうよ。どうせもう勝負は着いちゃいましたし。ほらほら先輩、もう少しそっち寄ってください」
八幡「……はいよ」
いろは「何なんですかあのゲーム。メダル入れても入れても出てくるじゃないですか。わたしがやったらすぐ無くなったのに……」
八幡「途中でまさかのフィーバー入ったからなぁ。まあ処理できてよかったじゃねぇか。ちょっと勿体無かったが」
いろは「まっ、何はともあれ今日の所はこの辺でお開きにしましょうか。大分暗くなってきましたし」
八幡「普通に明日も学校あるしな」
いろは「ですねー。プリクラは今度にしましょう」
八幡「それはしねぇよ……」
いろは「ぶー。あ、ところで今日はどうでした? 先輩」
八幡「は? どうとは?」
いろは「もー、今日の本来の目的を忘れたんですか? ジュリエットと一緒に行動してロミオとしての自覚を持ってもらうって言ったじゃないですかー」
八幡「それは初耳なんだけど……。恥ずかしさがどうとか言ってなかったか?」
いろは「言ってることは一緒です! それで、今日はわたしといて少しは慣れてくれましたか? そろそろわたしに向かって照れずにわたしは太陽だ! って言って欲しいんですけどー」
八幡「お前じゃなくてジュリエットな……」
いろは「どうせわたしに向かって言うんですからどっちでもいいじゃないですか。とにかく、明日からまた練習再開するのでしっかり頼みますね。いよいよ本番も迫っているので」
八幡「……頑張ります」
いろは「はい、頑張ってくださいね。先輩さえちゃんとできれば後は何とかなりそうなんで」
八幡「………」
いろは「と、いうわけで今日は解散にしましょう。わたしは帰り道こっちなんで失礼しますねー」
八幡「あ、ああ。気ぃつけて帰れよ」
いろは「はいっ! ではまた明日学校で。さよならでーす」
八幡「お言葉通りに頂戴いたしましょう。ただ一言、僕を恋人と呼んでください。さすれば――」
書記「か、カットで!」
いろは「うんうん、だいぶまともになりましたね、先輩」
八幡「はあ……」
結衣「だいぶというかかなりまともになってるよヒッキー! な、なんか別人みたい」
雪乃「正直驚きだわ。昨日は練習もお休みだったのに急にどうしたの? 昨日何を食べたの?」
八幡「別に怪しい物食べたわけじゃねぇよ……。いよいよ本番も近いし諦めて吹っ切れただけだ」
小町「仮に吹っ切れたとしても凄いよお兄ちゃん。お兄ちゃんでもやればできるんだ……」
八幡「ほんとこいつらは俺のこと何だと思ってんの?」
いろは「まあまあ。確かに昨日までしどろもどろだった先輩が急にここまでできるようになったのは事実なんですから」
いろは「私のおかげですねっ」ボソッ
八幡「あんなクレープ食ってゲームしただけでお前のおかげと言われてもな」
いろは「ぶー」
静「一色。文化祭のことでちょっといいか?」ガラガラ
いろは「あ、はーい。すいません、ちょっと抜けるので休憩ということで!」
結衣「おっけー。いってらっしゃいいろはちゃん」
小町「衣装も演劇部の人が貸してくれましたし、あとはいよいよ劇の内容を詰めてくだけですね!」
雪乃「本番までいよいよ一週間と迫ってきているし、この調子なら何とか間に合いそうね」
八幡「結局副会長は全然顔を出しに来てないがあいつもうインフル治ったんだろ?」
書記「あ、はい。本牧さんは会長命令で文化祭実行委員の方を全て取り仕切っているそうで、今日もその仕事に追われてこっちには来れそうにないらしいです」
雪乃「病み上がりの人に委員の仕事を押し付けるのはどうかと思うのだけれど……」
八幡「まあ、一色は劇に出る以上委員の仕事と両立ってのはほぼ不可能に近いしな……」
書記「一応本牧さんも迷惑掛けた分、文実の方は任せてくれていいと言ってました」
結衣「そーなんだ。あまり無茶しなければいいけど……」
書記「文実の方は私もサポートに回っているので大丈夫だと思います」
八幡「そうか。ならいいが」
小町「あっ」
雪乃「?」
八幡「ん。どした小町」
小町「今クラスの子たちからラインがあって、出し物の手伝い来れないかーって言われて……」
八幡「そうか。行って来い」
小町「え、いいの?」
雪乃「今日も練習の前に小町さんには衣装やセットの確認で何度も演劇部の元へ使わせてしまったものね。それにクラスの出し物の準備だって大切なことだわ」
結衣「そだねー。何だかんだ小町ちゃんには色々裏方のことで動いてもらって助かってるし、クラスの方も助けてあげて!」
小町「雪乃さん、結衣さん……」
八幡「そうだぞ小町。一年のそれもまだ五月の段階でクラスの行事に参加しないのは駄目だ。むしろお前は遠慮せずクラスの方を優先しろ。俺みたいにぼっちになるぞ」
小町「お、お兄ちゃん……。まさか一年の時文化祭の準備とか殆ど参加してなかったんじゃ……? いつも帰り早かったし……」
八幡「……いいから行け」
~放課後~
彩加「あ、はちま~ん!」
八幡「っ! と、とと戸塚!?」
彩加「八幡も今帰り?」
八幡「おう。戸塚も部活終わりか」
彩加「うんっ、新人戦近いから一年生と練習してたんだー」ニコッ
八幡「そうか。今年の一年はこんな可愛……頼れる先輩と部活できるなんてほんと幸せ者だな……」
彩加「た、頼れるなんてそんな……。い、言いすぎだよ」カアア
八幡「そんなことない。俺が後輩だったら来世まで付いていくぞ」
彩加「ほ、ほんと?」
八幡「お、おう」ドキッ
八幡(あぶねえ、不覚にもドキッとしちまった。戸塚は男戸塚は男戸塚は男……)
彩加「あ、そういえば八幡は文化祭の演劇の方はどう? 順調?」
八幡「あー……。まあ、何とかなりそうって感じだな」
彩加「そっかー。ごめんね? 折角ロミオ役しないかって誘ってくれたのに断っちゃったりして……」
八幡「気にすんな。戸塚のクラスは今年も演劇するんだろ? そっちに出演するなら仕方ないだろ」
彩加「うん……。僕のクラスは海老名さんがまた僕をキャストに入れて演劇したいって言ってその案が通っちゃったからね……」
八幡「そうか、戸塚は海老名さんと同じクラスだったか。で、また演劇か……」
彩加「うん、そうだよ。でも今年は演劇じゃなくて演劇喫茶なんだ」
八幡「え、演劇喫茶?」
彩加「そう。基本は普通の喫茶店なんだけど、一時間か二時間おきくらいで僕ともう一人の相方で簡単な劇をやるって感じかな?」
八幡「それはまた大変そうだな……」
彩加「あはは。でもセリフとかは去年に比べたら全然少ないし簡単だから覚えやすくて助かってるよ」
八幡「そいつは良かった」
彩加「今年は海老名さんとまた同じクラスになれて嬉しかったけど、八幡ともまた同じクラスになりたかったなぁ」
八幡「俺も心からそう思う……」
彩加「八幡のクラスは模擬店だったよね! 絶対遊びに行くからね!」
八幡「おう! 俺も遊びに行くわ」
彩加「うんっ! ところで八幡。小町ちゃんは?」
八幡「ああ、あいつならまだクラスの出し物の準備じゃないか? あいつは今日途中でクラスの方に顔出していったから詳しくはわからん」
彩加「そっかー。今年から小町ちゃんも総武に来たし、小町ちゃんのクラスにも遊びに行かないとだね!」
八幡「絶対行かないと……」
彩加「あ、じゃあ行く時僕も誘ってよ! 僕も八幡と一緒に小町ちゃんのクラスに行ってみたいし!」
八幡「い、良いのか?」
彩加「もちろんっ!」
八幡(こ、これはすなわちデー……)
材木座「もふん、なら我も同行しよう」
八幡「てめぇどっから沸いてきやがった!」
~翌日~
いろは「あ、いたいた。こんにちはー、先輩」
八幡「……また来たのか」
いろは「折角可愛い後輩が来てあげたんですから、そこは素直に喜ぶところだと思うんですけど……」
八幡「昼食くらい一人で静かに食わせてくれ」
いろは「昼食くらいって、先輩いつも一人じゃないですか」
八幡「………」
いろは「はい、わたしの勝ちですね! ほらほら、もう少しそっちに寄ってください」
八幡「いや勝ってはねーだろ……。ったく」
いろは「そう言いつつも寄ってくれるんですね」ニヤニヤ
八幡「はいはい」モグモグ
いろは「もう、ほんと釣れないですねぇ先輩は」
八幡「………」モグモグ
いろは「そういえば先輩のクラスは文化祭の準備進んでます?」
八幡「一応な。後は前日に業務用スーパーかどっかでポテト買って終わりだ」
いろは「そうなんですねー。わたしのクラスなんて早い段階でモザイクアートできちゃったからすごく退屈そうですよ……」
八幡「良いことじゃねぇか。暇ほど素晴らしいことはないだろ」
いろは「いやいや、暇だからやることなくて辛いんじゃないですか……。まあわたしは劇の練習があるのでいいですけどねー」
八幡「劇ねぇ……」
いろは「本番までいよいよ一週間切っちゃいましたけど、いけそうですか?」
八幡「さあな……。その時の俺による」
いろは「もう最初に比べてかなり演技もセリフもまともにできるようになったんだからお願いしますよ? 緊張して当日バックレたりなんかしたら一生許しませんからね?」
八幡「同じこと小町にも言われたわ……。当日逃げたら死ぬまで口聞かないってな」
いろは「あははっ、さすが小町ちゃん」
八幡「で、今日も練習するのか?」
いろは「当然です! あ、でもわたし今日はちょっと文実に顔出さないといけないので練習は少し遅れそうです」
八幡「そうか。まあ、あいつらには言っとく」
いろは「そうしてくれると助かります。あ、お礼に卵焼きをあげましょう」
八幡「だからいらないっつーの……」
~放課後~
八幡「………」ガタッ
結衣「あ、ヒッキー! 一緒に練習行こ!」
八幡「おう。一色は今日練習遅れるんだと」
結衣「いろはちゃんが?」
八幡「ああ、文実に顔出さないといけないらしい」
結衣「そっか。いろはちゃんずっと文実よりも練習を優先してくれてたもんね」
八幡「まあ生徒会長としてそれはそれでどうかと思うがな……」
結衣「あはは……。じゃあ練習はいろはちゃん抜きで先にやっておこ!」
八幡「……そうだな」
結衣「ヒッキー毎回放課後になるとテンション落ちるよね。ほらほら、もっとやる気出して!」
八幡「本番がもうすぐそこまで近づいてるんだぞ? 大衆の面前で醜態を晒すと考えただけで憂鬱になる」
結衣「醜態って……。ヒッキーが胸張って完璧な演技すればいいだけじゃん」
八幡「ばっかお前。俺みたいな人間が人前で演劇する地点でもう色々とアレだろ……」
結衣「いやいやアレってなんだし……。今更色々愚痴ったって手遅れなんだから練習行くよ! ほら!」
八幡「ちょ、行く。行くから腕引っ張んな……」
結衣「ぃやっはろー!」ガラガラ
雪乃「こんにちは」
八幡「うす」
結衣「あれ、ゆきのん一人?」
雪乃「ええ。さっき藤沢さんと会ったのだけれど、今日は生徒会は全員実行委員の方に参加しないといけないそうよ」
結衣「あ、そうなんだ」
八幡「いいのか? 勝手に生徒会室に俺らが入ったりして」
雪乃「それなら藤沢さんに自由に使って構わないと言われたから大丈夫よ。すぐ戻ってくると言っていたし」
八幡「そうか、ならいいが。ところで小町は?」
雪乃「小町さんならまだ来ていないわ」
結衣「小町ちゃんのクラスは出し物の準備できてるのかな」
八幡「コスプレ喫茶だろ? 衣装やら喫茶の準備で忙しいのかもな。まああいつは劇に関しては裏方だから練習は来なくてもいいけど」
雪乃「小町さんにはクラスの出し物の方を優先するようには言っているから今日はそちらの方に参加しているのかもね」
結衣「よし、じゃあ今日は三人で練習しよ!」
雪乃「では比企谷くん。そこに立ってセリフを」
八幡「………」
雪乃「………」
結衣「………」
八幡「んだよ。文句あるならはっきり言ってくれ」
雪乃「い、いえ。その……」
結衣「う、うん。思ってたより上手でびっくりした」
八幡「そりゃあれだけ一色に絞られればな……。多少はマシになるわ」
結衣「いやいや、多少どこからかなり上達してると思うよ!」
雪乃「そうね。初めの挙動不審だった頃が懐かしいわ。今はだいぶ気持ち悪さが抜けていい感じよ」
八幡「いやまだ気持ち悪さ残ってるのかよ……」
結衣「まあヒッキーだしね」
八幡「俺だからって何だよ……。頑張ってる人を唐突にディスるのやめてくれる?」
雪乃「ふふ、なんだか久しぶりね。こんな会話をするのも」
結衣「こうして奉仕部だけで集まるのも何だか久しぶりな感じがするね」
八幡「俺をディスって思い出に浸るのは腑に落ちないだけど……。まあ最近はずっと生徒会室で劇ばっかしてたしな」
結衣「文化祭が終わったらどうなっちゃうのかな……」
八幡「どうも何もまた勉強の日々に戻るだけだ」
結衣「そ、そうだけど生徒会はまた選挙が始まるし奉仕部自体もどうなっちゃうのかなって意味だよ!」
雪乃「こればっかりは何とも言えないわね……。奉仕部に関しては平塚先生次第ね」
八幡「だな。ま、なんだかんだ平塚先生がうまいことまとめてくれるだろ。生徒会の方は知らん」
結衣「いろはちゃんも今年も会長続けるかわからないもんね」
結衣「あ、そうだっ!」
八幡「なんだよ、急に大きな声出して」
結衣「あ、えっとね? 別に言いたくないなら言わなくて良いんだけど、ヒッキーってなんでいろはちゃんを選んだの?」
八幡「……は?」
雪乃「それは少し私も気になるわね」
結衣「ほ、ほら、ジュリエット役選ぶ時あたしとゆきのんもいたのになんでいろはちゃんを選んだのかなーって。あ、ほんとに言いたくないなら全然いいから! 言わなくていいから!」
八幡「なんでってお前……。別に理由なんてねぇよ。そもそも劇自体は生徒会の案件なんだから一色を選ぶのは当然だろ。それ以上もそれ以下の理由も無いし、ただの消去法だ」
雪乃「比企谷くん、あなた――」
ガラッ
雪乃「……っ」
結衣「……いろはちゃん」
いろは「………」
八幡「一色……」
いろは「……あ、あはは。わたしってば馬鹿みたいですね。先輩に選ばれて喜んで、浮かれて、勘違いして毎日楽しく練習してましたけど、そうですよね……。これは生徒会が持ち込んだ面倒事なだけであってわたしたちが勝手にやろうと決めたお遊びとは違いますもんね……」
雪乃「い、一色さ……」
いろは「ごめんなさい、今日は文実で疲れちゃったんでお先に帰りますね――」
結衣「い、いろはちゃん!」
雪乃「追いかけて比企谷くん」
八幡「……ッ」ガタッ
結衣「ご、ごめん、ヒッキー……。あたしが変なこと聞いたから……」
八幡「いい。お前のせいなんかじゃない」
八幡「……悪いのは俺だ」ガラッ
八幡「はあ、はあ……くそ、どこに行ったんだ……」
小町「あ、お兄ちゃん。さっきいろはさんが何だか浮かない顔で」
八幡「小町! 一色の奴どこにいた!?」
小町「きゃっ!? い、いろはさんなら体調悪いから帰るって下駄箱に……」
八幡「そうか、さんきゅ」
小町「あ、ちょっとお兄ちゃん!」
結衣「………」
雪乃「………」
結衣「あたしのせいだ……。あんないろはちゃん初めて見た……」
雪乃「別に由比ヶ浜さんだけのせいじゃないわ……」
結衣「このままいろはちゃん劇に出なかったらどうしよう……」
雪乃「大丈夫。一色さんは途中で投げ出したりするような子じゃないもの」
結衣「でも……」
雪乃「今は彼に任せましょう……。私たちも行ったところで話が拗れるだけだと思うわ」
結衣「そう、だね……」
結衣「……ヒッキー……いろはちゃん」
八幡「一色!」
いろは「………」
八幡「一色、あれは……」
いろは「一緒にお弁当食べようとしたり、デートに誘った時、先輩はどんな気持ちでしたか?」
八幡「………」
いろは「わたしは嬉しかったですよ? 先輩はトマトが苦手なことを知れたし、メダルゲームが上手なことだって知れました」
いろは「楽しくて、嬉しくて……。でも全部わたしの勘違いだったんですね」
八幡「違う……。それは――」
いろは「違わないですよ!」
いろは「先輩はわたしを妥協で選んで、仕方なくわたしと一緒にいただけじゃないですか!」
いろは「なのにわたしは勘違いして勝手に浮かれて……。もしかしたら先輩ともっと仲良くなれるかもとか思ったりもして……」
八幡「………」
いろは「演劇だって浮かれて楽しんでたのはわたしだけでしたもんね……。あれだけ苦労して覚えたセリフも、全ては生徒会のためですもんね……」
八幡「一色、俺は……」
いろは「ただ消去法で選んだだけ、ですもんね」
八幡「………」
いろは「もういいです」
八幡「い、一色!」
いろは「来ないでください。先輩にとってのわたしは、ただの後輩。それ以上でもそれ以下でもないただの後輩で、これ以上呼び止める理由なんてないじゃないですか」
八幡「……っ」
いろは「だからわたしは、そんな大好きな先輩のことが――」
いろは「――大嫌いです」
~比企谷宅~
八幡「………」モグモグ
小町「で、何があったの。お兄ちゃん」
八幡「………」モグモグ
小町「お兄ちゃん」
八幡「言わないとだめか?」
小町「当然。何であんなに仲良かったのに急にいろはさんと喧嘩したの!」
八幡「喧嘩じゃねぇよ。あと別に仲良くない。」
小町「じゃあ何? あと仲良いでしょ」
八幡「………」
小町「もしもーし? 話進まないんですけどー?」
八幡「……何というか、アレだ。俺が余計なことを言ったというか」
小町「は? 余計なことぉ? そんなのいっつも言ってるじゃん」
八幡「」
小町「で。いろはさんに何言って怒らせたの。怒らないから言ってみそ」
八幡「………」
八幡「って感じです」
小町「はぁ!? ないわー。ちょっとお説教するからそこ座って」
八幡「小町ちゃん? 怒らないって言わなかった?」
小町「いいから座る」
八幡「………」
小町「はぁ……、あのねお兄ちゃん。思っていても思っていなくても言っちゃいけないことってあるんだよ」
八幡「それくらいわかってる」
小町「わかってたらこんなことになってないでしょ。お兄ちゃんはもう少し……いや、全面的に素直になった方がいいよ」
八幡「十分素直だろ……」
小町「本当にそう思ってる? 周りの気持ちを読んで言うことは素直って言わないんだよ」
八幡「当たり前だろ。素直ってのは考えが真っすぐなことを指すしな」
小町「だからだよ。わかってると思うからはっきり言わないけど、お兄ちゃんはあの時わかってたからそんなことを言ったんでしょ?」
八幡「わかるって何が……」
小町「それはお兄ちゃんが一番理解してるんじゃないの?」
八幡「………」
小町「いろはさんに聞かれたのは偶然で仕方なかったのかもしれないけど、それでも小町はお兄ちゃんの言ったことはひどいと思う」
八幡「………」
小町「もっと違う言葉があったと思うし、もっと良い方法あったんじゃない? って小町は思う」
八幡「俺は別に……」
小町「自覚無いつもりかもしれないけど、お兄ちゃんはこの数週間で変わったよ」
八幡「自覚もなにも変わってないんだが……」
小町「本当に変わってないなら、別に明日から元に戻ればいいんじゃない?」
小町「……小町的には、戻らずに、逃げずに進んでほしいかな」
八幡「………」
小町「話はおしまい! あんまり言うとお兄ちゃん逆ギレするし」
八幡「しねぇよ……」
小町「とーにーかーく! もう一回ちゃんと考えること! 一色さんのことも、劇のことも、これからのことも」
八幡「………」
小町「じゃあ小町はそろそろお風呂入るから。食器洗っといてね!」
八幡「……ああ。わかった」
―――お兄ちゃんはあの時わかってたからそんなことを言ったんでしょ?
八幡「………」
八幡(わかってないからあんなことしか言えなかったんだよ……)
八幡(あいつの本意はわからないが、俺はラブコメ主人公みたいに鈍感になることはできない)
八幡(これまで何度も間違えて、勘違いして、何度も履き違えてきた。人並に感情を鋭くして過ごしてきたと思っている)
八幡(だからこそ、あいつの言動一つ一つでわからなくなってしまう)
八幡(色々なことを回避し、逃避した成れの果てがこの様だってことは理解している)
八幡(だからこそ、俺は認めたくないのだ。簡単に揺らぐ自分の気持ちを分かったつもりでいたくないのだ)
八幡(たった数週間、ちょっとお互いの時間が重なっただけで、勘違いしてしまっている自分に酷く腹が立つ)
八幡(だからこそ、俺は……)
八幡「はぁ、気づいてないふりをしたつもりでも、小町にはお見通しだったな……」
八幡(素直になる。そんなことができれば初めからこんなことにはなっていない)
八幡(本物が欲しいと願ってから、俺も少しは変わることができた。できたはずなのに、いざとなると竦んでしまう……)
八幡(俺はあいつやあいつらと出会い、踏み出す勇気も踏み込む力も手に入れた。あとは――)
八幡「引っ掻き回されて引っ掻き回して……。結局、俺は成長できてないんだな」ハァ
八幡(――進むだけだ)
~翌日~
結衣「あ、ヒッキー。おはよっ」
八幡「おう」
結衣「昨日はその……」
八幡「大丈夫だ。気にすんな」
結衣「で、でも……」
八幡「放課後もしかしたらあいつが来るかもしれないし、いつも通りでいてやってくれ」
結衣「そう、だよね。うん! わかった。ヒッキーはどうするの?」
八幡「別に、いつも通りだ」
結衣「……そっか」
~ベストプレイス~
八幡「………」モグモグ
八幡「………」チラッ
八幡(やっぱり来ないか。まぁ、いつも一人だったんだから来ないのが当たり前なんだが……)
八幡「………」モグモグ
八幡「………」チラッ
八幡「……って、これだとあいつが来るのを楽しみにしてるみたいだな……」
戸塚「あ、はちま~ん!」
八幡「とっ、ととと戸塚ぁ!?」
戸塚「うん、彩加だよ。お昼中?」
八幡「まあな。戸塚は昼練か?」
戸塚「うんっ。部活も今年が最後だし、少しでもたくさん練習したいんだ」
八幡「可愛いじゃなかった、熱心だな。将来尽くしてくれそうだ」
戸塚「へ、変なこと言わないでよ」カアア
八幡「す、すまん。つい……」
戸塚「ところで、劇の方が順調? 今日は一色さんとお昼食べてないんだね」
八幡「劇はまあまあだな。って、なんで一色といたことを知ってるんだ……?」
戸塚「何でって、昼練する時に八幡がここでご飯食べてるの見えるし、一色さんとここ最近一緒に食べてたのも見えてたよ?」
八幡「そ、そうか」
戸塚「あ、文化祭は絶対見に行くね! 八幡が劇に出るなんて新鮮だから」
八幡「えっ。できればあまり来てほしくないんだが……。ほら、恥ずいし……」
戸塚「え、行っちゃダメ、かな……?」
八幡「冗談に決まってるだろ。最前席で見てくれよな!!」
戸塚「うんっ。僕のクラスの仕事と時間被ってなければ絶対に一番前で見るよ!」
八幡「お、おうっ!」
戸塚「あ、お昼の邪魔してごめんね? 僕そろそろ練習に戻るよ」
八幡「ああ。気にするな、どうせ一人だったしな。また声掛けてくれ」
戸塚「もちろんっ! じゃあまたね八幡! 八幡のクラスにも遊びに行くね!」
八幡「ああ、俺も遊びに行くわ」
戸塚「うん、楽しみにしてるねっ!」
八幡「おう! 戸塚も来るし、練習頑張るか……」
一色「………」ヒョコッ
八幡「………」ト、トトトトツカァ
一色「…………先輩のばーか」
------------------------------------------------------
続く
失踪してました。すみません。亀更新というかナマケモノ更新でした。
設定がガバガバなので多少の違和感には目を瞑ってもらえると助かります。
作者さんの作品楽しく読ませてもらってます!
この八幡いいな。多くのSSでは作者の好みなのか甘々な展開にするために八幡らしくないセリフや行動が目立って違和感があるが、この八幡はつっけんどんな態度が素晴らしい。
↑今はまだデレ幡じゃねえからだろ、どうせすぐいろはすに攻略されて見る影もなくなる。ですよね?作者さん?(懇願)
雪乃ルートの方が良かったな...
でも、立場状この方が正しいかも
楽しんでもらってます
続きも期待しています
まだ終わってなかったのかよww
想像以上に亀でびっくりしたわwww
でもエタらせるその辺のやつとは天と地の差だな。しかも面白いし
待ってました‼︎
早く続き出ないかなぁ…
おおお
面白くなってきた!(既に面白いです)
八幡でもデレ幡でもどんとこい!
ゆきのんルートも見たいなぁ|ω・)
べっ別にいろはすのことなんて好きじゃないんだからね!!
まだかのう…
まだかのう…
めっさ遅れたあけおめ
まさかこれで終わりとは
続くだから終わったわけじゃあないですよね?めっちゃ楽しみにまってます
俺ガイルのSSの中で1番面白い!
続き楽しみにしてます!!