比企谷家のお話
※思いつかなくたまに別作の設定パクってるので、別作読んでくれてる方は続きと思ってください。
2019/07/21 完結して誤字直しました。
~土曜日~
八幡「ふあーあ……」ガチャ
娘「おはよう。父さん」
八幡「おお、おはようさん。土曜だってのにもう起きてるのか」
娘「もうって、既にお昼に差し掛かろうとしているのだけれど……。お仕事が休みだからと言ってだらけ過ぎなのではないかしら?」
八幡「昨日までお父さんはお仕事頑張ったんだからこれくらい許してくれ」
娘「あら、毎日タダ働きで私や父さんの身の回りの家事をしてくれているママなんてもう出掛けて行ったわよ?」
八幡「……そんな言い方されるとお父さんの立場なくなっちゃう」
娘「元々無いようなものじゃない」
八幡「似たようなセリフ前にママからも言われたぞ……」
娘「つまり、そういうことなんでしょうね」
八幡「どういうことだよ……。ってか、そうか。あいつは今日友達とランチって言ってたな」
娘「小町叔母さんも行くそうだから私も行きたかったのだけどね」
八幡「なんだ、付いて行けばよかったじゃねぇか」
娘「でも父さんを一人にするわけにはいかないでしょう?」
八幡「ママや小町よりも俺を選んでくれたのか……?」
娘「当然よ」
八幡「さすが愛しのマイエンジェル……」ジーン
娘「だって父さん、ママがいないと使った食器や洗濯物そのままにするでしょう? だからそんなだらしのない人間には一人、監視役が必要だと思って」ニッコリ
八幡「ああ、そういうこと……」
八幡「まあなんだ。ママは夕方には帰るって言ってたし、それまで俺らもどこか出掛けるか? 出掛ければ食器や洗濯物には触らないしな」
娘「あら、つまりデートのお誘い?」
八幡「そんなとこだ」
娘「だったらその申し込みは喜んでお受けするわ。……それよりも父さん」
八幡「あん?」
娘「前々から言おうと思っていたのだけれど、別に私の前でも恥ずかしがらずにママのことを名前で呼んでもいいのよ?」
八幡「な……は、恥ずかしがってねーし!」
娘「ママと三人でいる時はよくママのこと名前で呼ぶのに私と二人きりの時はいっつも私に合わせてママって言うじゃない」
八幡「それはお前あれだよ……わかりやすくっていうか……ほら、あれだよ」
娘「まあ、ママもママで私と二人きりの時はあの人とかパパって言うけどね」
八幡「へぇ。そうなのか?」
娘「ええ。私は父さんとママのことなら何でもお見通しよ。ママは三人でいる時は父さんのことをあなたって呼ぶけど、父さんと二人きりの時は八幡って呼んでることもね」
八幡「……お前それ、絶対ママの前では言うなよ? 多分怒るぞ。顔真っ赤にして怒るぞ」
娘「ふふ、真っ赤になって怒るママは是非とも見てみたいわね」
八幡「お前のその怖いもの知らずはどっちから受け継いだんだよ……」
娘「さあ、どっちかしら」
八幡(俺とあいつ通り抜けて陽乃さんから受け継いでるんじゃないの?)
八幡「つーか、それなら俺も前々から言おうと思ってたんだが」
娘「何?」
八幡「なんであいつのことはママって呼ぶのに俺は父さんなの?」
娘「なぜ、と言われても……」
八幡「普通は統一しないか? パパママとか父さん母さんに」
娘「けれど私の記憶だと呼び方は幼い頃からずっと父さんは父さんだし、ママはママじゃない?」
八幡「いいや、お前は覚えてないだろうがお前が幼稚園か小学校入って間もない頃までは俺のこともパパって呼んでたぞ。気づいたら父さんになってた」
娘「……え?」
八幡「昔はパパ抱っこって両手目一杯に広げておねだりもしてきたなぁ。ちっちゃい頃のお前はそれはそれは天使のようだった」
娘「う、嘘よ。私が父さんにそんな醜態を晒すわけがないじゃない」
八幡「そこまで言うならビデオカメラ持ってくるか? データ残ってるが」
娘「やめて。それだけはやめて。そんなものを見せられた暁にはもう二度と父さんと顔を合わせられなくなってしまうわ……」
八幡「おい待て、それはお父さんも困る。仕方ない、今度ママと二人でお前が寝た後に見るか」
娘「………」カアア
八幡「ま、言わずもがな今のお前も天使すぎる程可愛いからな?」ナデナデ
娘「なら、ママとどっちが可愛い?」
八幡「え、ええと……」
娘「どっち? どっちもは無しよ」
八幡「どっち答えても嫌な予感しかしないんだけど」
娘「別に変なことにはならないから安心して?」
八幡「まあだったら……うーん…………ママだな」
娘「…………ふぅん。どうして?」
八幡「そりゃお前が生まれる前からずっと好きだからな……」
娘「今でも?」
八幡「当然。ママには言わんがあいつのことは四六時中愛してるぞ」
娘「さすがにそれは重たいと思うわよ?」
八幡「あ、はい……」
娘「でも、つまるところ私が四六時中ママより父さんを好きでいてあげればまだまだ勝機はあるってこと?」
八幡「あるかもしれないが急に闘志燃やしてきたな……。負けず嫌いなとこはママのんそっくりだな」
娘「だ、だって父さんならママを選ぶとわかっていたんだもの……。でも、だからと言ってママに負けたままでいたくないわ」
八幡「お父さんからすればその言葉聞けただけでもう幸せなんですけどね」
八幡「それと、言っておくがもちろん二人とも僅差だからな?」
娘「その僅差ってどれくらい?」
八幡「どれくらいだろうな……。まあ、これだけは言える」
娘「……?」
八幡「あいつに勝つには相当努力しないといけないぞ? 相手はお父さんが初めて本気で好きになった人だからな」ニヤッ
娘「そのようね……。その言葉、そのままママに伝えておいてあげるわ。父さんが初めて本気で好きになった人は私だって」
八幡「おい早速改ざんすんな」
八幡「で、結局呼び方は統一してくれないのか?」
娘「どうしてもして欲しいと言うのなら別にそれでもいいけれど、するとしてもお母さんと父さんになるわね」
八幡「頑なに父さんを変えようとしないなこいつ。別にお父さんでもいいじゃねぇか。何ならママとお父さんでも良い」
娘「別に何だっていいじゃない呼び方なんて」
八幡「いやいや、俺にだって夢があるんだぞ? 娘にお父さんなんて大っ嫌いって言われてみたいだとか色々と……」
娘「くさ。お父さん臭い」
八幡「ば、ばっかお前! よりによって一番言われたくないセリフを言うんじゃねえ! …………え? 俺臭いの?」クンクン
娘「冗談よ。急に父さんが気持ち悪いことを言いだしたからそういっただけ」
八幡「お、おう。まあ、今更呼び方なんて気にしてないけどよ……。あわよくばパパって呼ばれたいくらいだ」
娘「全然気にしてるじゃない……。ま、それだけはないでしょうけどね」
八幡「ほーん。ならいつか言わせてやるさ。パパ大好きってな」
娘「できるものならね」
八幡「それじゃ、そろそろどこか出掛けでもするか。行きたいところとかあるか?」
娘「突然言われてもすぐには決まらないのだけれど……。父さんはどこか私といきたいところとかあるの?」
八幡「家」
娘「………」
八幡「その冷ややかな目で見るのやめてくんない? ママそっくりでちょっと怖いから」
娘「なら真面目に考えて欲しいものね」
八幡「いやいや、俺が適当に家って言っただけだと思うなよ? 家にだって録画してた映画やゲームがある。一緒にやれば絶対楽しいぞ」
娘「父さんの見る映画やプレイするゲームってホラーやヒステリックなものが多いから嫌よ……。どうせ録画してる映画もホラーなのでしょう?」
八幡「確かに録画してるやつはバイオだしホラーっちゃホラーだな……。そういえばお前怖いの嫌いだもんな」
娘「ええ。それにママも嫌いって言ってたわ。父さんが嫌いって。私も大嫌いだけど」
八幡「……っぶねぇ、涙出かけたわ。おい言い方には気をつけろ。お父さん泣くときは泣くんだぞ?」
娘「え……父さんって泣くの? ただでさえあまり笑わない父さんが……泣くの?」
八幡「ちょっと? 俺のことサイボーグか何かだと思ってない? これでも何度か泣いたことあるんだからな」
娘「意外ね……。いつ?」
八幡「内緒だ」
娘「ならママに聞くわ」
八幡「え……」
娘「それで、話を戻すけどパパは私とどこへ行きたいの? 家を除いてね」
八幡「こういうのは普通娘のお前が決めて、父親はその娘のされるがままとかじゃないか?」
娘「そう? でも、デートって男の人が決めるものでしょう? 父さんも男ならちゃんと女性をエスコートしないと。私だってもうプレゼントを渡しておけば喜ぶような歳じゃないのよ?」
八幡「何この子おませさん……。お前のそういった知識というか考えはどこから手に入れてるんだよ……」
娘「もちろん小町叔母さんよ。父さんの実家に遊びに行く時は毎回小町叔母さんが色んなことを教えてくれるから」
八幡「後で小町には電話で説教だな……」
八幡「ちなみにだがここだけは行きたくないって場所とかあるか?」
娘「別に? 父さんとならどこだって楽しいもの」
八幡「……そうか。今のは――」
娘「今のは娘的にも父さん的にもポイントが高いわね」ニコッ
八幡「やっぱり小町には今すぐ電話しよう」
八幡「どこでもいいならあそこのショッピングモールでいいか? 何度か3人で行ったこともあるが2人で行ったことはまだ無いしな」
娘「わかったわ。ならそこにしましょう」
八幡「たまには父親らしく可愛い娘をエスコートしてやろう」
娘「珍しいわね。いつも3人で出掛ける時はママが仕切るから父さんは発言権すら与えられないのに」
八幡「いやいや。発言権くらいあるわ」
娘「でも父さん、ママと3人でお出掛けする時は殆どしゃべらないじゃない」
八幡「それはお前らが終始2人で話してるからだろ。それに俺だって言う時は言う」
娘「そうね。確かに父さんはご飯食べた後はご馳走様以外にも毎回美味しかったとかありがとうとかこっそりママに言っているみたいだし、それで十分だと思うわ」
八幡「待て待て。何でお前がそのこと知ってるんだ……?」
娘「ママに父さんの好きな所を色々聞いた時に嬉しそうに言っていたわよ? それにママに言われなくたってさすがの私も気付くわ」
八幡「なんか超恥ずかしいんですけど……。場所も決まったしいいから行こうぜ」フイッ
娘「ふふっ、なら着替えて準備してくるわね。15分後に出発よ」
八幡「はいよ」
娘「あ、それと」
八幡「ん?」
娘「ショッピングモールまでは、歩いて行かない?」
八幡「歩いて? 車じゃなくていいのか?」
娘「ええ。折角の可愛い愛娘とのデートなのだから、父さんはゆっくりデートを楽しみたいでしょう?」
八幡「自分で言うなよ……。確かにお前の言う通りだけど」
娘「なら決まりね。着替えてくるわ。父さんも適当な格好をしては駄目よ? わかった?」
八幡「……了解です」
娘「よろしい」ガチャッ
八幡「………」
八幡「まるで小さい雪乃といるみたいだな」フッ
娘『ママ、今日は何時に帰ってくる予定?』
雪乃『夕方までには帰る予定だけど、何かあったの?』
娘『別に何かあったと言うわけではないのだけれど、これから父さんとデートに行くことになったわ』
雪乃『……デート? パパと2人で?』
娘『ええ、2人で。一応連絡しておこうと思って。因みにだけどデートは父さんから誘ってくれたわ』
雪乃『そ、そう。良かったわね……』
娘『いつも可愛い私を今日はエスコートしてくれるそうよ。だからお土産話も沢山用意しておくからママの方も楽しんで帰ってきてね^^』
雪乃『 』
娘「おまたせ、父さん」
八幡「おう。そんじゃ行きますかね。一応ママにも連絡入れとくか」
娘「それならさっき私が連絡しておいたわ」
八幡「お、さすが手際がいいな。あいつなんだって?」
娘「父さんとデートに行くってラインをしたらほら、スタンプが……」
八幡「このスタンプは何を伝えようとしてるんだよ。クマが燃えてるぞ」
娘「闘志を燃やしていると言った方が適切ではないかしら。それとこのクマにはちゃんとブラウンって名前があるのよ?」
八幡「さいですか……。そんで、これはどういう意味なんだ? 怒ってるのか?」
娘「さあね。大方嫉妬しているといったところね」
八幡「スタンプ一つでよくそこまで分析できるな……」
娘「当然よ。ママとはよくラインでやりとりもするし自然とわかるようになったわ」
八幡「ほう、ママとはよくラインしてるのか」
娘「ええ、今日みたいなママが家にいない日は基本しているわ」
八幡「……ねぇ、パパが家にいない時はライン一切来ないんだけど?」
娘「え? だって話すことないじゃない」
八幡「……辛い」
八幡「だ、だったらママとはラインでどんなこと話してるんだ?」
娘「え……?」
八幡「俺にはなくてママには話すことがあるってならその内容教えてくれよ」
娘「い、言えないわよそんなこと。それに乙女の会話を聞き出そうなんてデリカシーに欠けているのではなくて?」カアア
八幡「うぐ……」
娘「いいからもう出発しましょう? ラインして欲しいなら今度お仕事の時してあげるから」
八幡「本当だな? 絶対だぞ!?」
娘「ひ、必死ね」
八幡「いざ出発したはいいが、そういえばお昼は食ったのか?」
娘「いえ、まだよ。言われてみれば父さんが起きてからまだ食べていなかったわね」
八幡「だったらどこか寄って飯食うか。最悪フードコートもあるしな」
娘「父さんは何が食べたいの?」
八幡「いや、それ俺のセリフだろ。お前は何が食べたいんだ? 遠慮はいらんぞ」
娘「……と言われても私は別に」
八幡「最近の中学生はお洒落なパスタとかスイーツが食べたーい☆ とかないのか?」
娘「この父親は私は何だと思っているのかしら……。父さんこそお肉をがっつり食べたいとか思ったりしていないの?」
八幡「いうて俺ももうアラフォーだしなぁ……最近脂っこいものとかきつくなってきた」
娘「アラフォーっていうけど父さんもママもまだまだ若いじゃない。小学校の時なんて参観日ではママがずば抜けて綺麗だったのよ?」
八幡「そ、そうなのか? 確かに今でも綺麗だが、それは娘補正も掛かってるんじゃね?」
娘「かもね。それでも群を抜いて綺麗だったと思うわ」
八幡「……なら、お前も将来はママみたいな美人になること間違いなしだな」
娘「わ、私が?」
八幡「父親の俺から見てもお前とママは本当に似てるからな。陽乃叔母さんに中学時代のママの写真とか見せてもらったが、まんまお前だぞ。マジで」
娘「そんなに似ていたの?」
八幡「ああ、くりそつだ。俺の遺伝子本当に入ってる? って本気で悩むレベル」
八幡「だからお前とママを比べたりするつもりはないが、それでもお前はママに負けないくらい可愛い。マジ天使。絶対美人になる」ガシガシ
娘「そ、そうやってすぐに頭を撫でてくるのやめてもらえるかしら。これでも一応髪型も整えてきているのだし……」
八幡「ああ、すまん」ナデナデ
娘「……もう」カアア
八幡「脱線したな。飯だが――」
娘「と、父さん、あんなところにサイゼリヤがあるわ……! お昼はあそこにしましょう。お店を見つけたからにはミラノ風ドリアとイタリアンプリンは是非とも食べておかないと……!」
八幡「ああ良かった。俺の遺伝子がっつり入ってた」
八幡「普段から車で移動してると気付かないもんだが、歩いて来るとなるとここも案外遠いな」
娘「それだけ普段から運動をしていないということね。ジョギングでもしたら? そのうちお腹がポッコリ出てきちゃうわよ?」
八幡「ほんとそれな……。ママにも肥えた豚になったりなんかしたら痩せるまでサラダしか食卓には出さないとか言われたからなぁ」
娘「まさかそれって連帯責任じゃないでしょうね……」
八幡「さあな……。俺もそれだけは嫌だからこっそり腹筋とか軽い筋トレはしてるが」
娘「そうなの? そんなこっそりするくらいなら休日の空いた時間にジョギングでもしたらいいのに」
八幡「ジョギングなぁ……。まず家に出るのがなぁ……」
娘「……豚ね」
八幡「ぽつんと聞こえるか聞こえないかくらいの声で豚呼ばわりすんなよ……。お父さんぼそっと言われるのが一番傷付くんだぞ」
娘「だったら面倒臭がらずにジョギングくらいすればいいじゃない。今はまだ父さんも引き締まっているけど、油断しているとあっという間に肥えていくそうよ」
八幡「どこ情報だよそれ」
娘「同じクラスの友ちゃんからよ。気付いたらお父さんが豚になっていたって」
八幡「千と千尋かよ。あー……友ちゃんってあの子か。運動会かどこかで一度その子とその父親に会ったな。その子とは中学でも一緒なのか?」
娘「ええ、同じ学校で同じクラスよ。あの子、父さんのことを理想のお父さんだって言っていたわ」
八幡「は、俺が?」
娘「ええ。身だしなみもきちんとしているし」
八幡「まあ、適当な格好で外出ようとするとあいつもお前もうるさいからな」
娘「体型も太っていなくて背も高いし」
八幡「体型もあいつがうるさいからな。あと身長はその友ちゃんのお父さんより高いだけだろ」
娘「それと、去年の運動会の借り物競争の時にはあの子を誑かしたそうね」
八幡「ファッ!? 何それしてない、してないぞ!?」
娘「覚えてる? 去年の運動会の借り物競争」
八幡「ああ、確かその友ちゃんは借り物のお題が友達のお父さんだったんだよな」
娘「そうね。その時私は見ていなかったけど後から友ちゃんから聞いたわ」
娘「で、その時に友ちゃんと手を繋いでゴールまで走ったそうね」
八幡「まあ、友ちゃんがゴールまで引っ張ってくれたな」
娘「そのゴールに向かう途中で、あの子がこけそうになったところを父さんが抱き寄せたって」
八幡「えっ……。あー……」
娘「その様子だと心当たりがあるみたいだけれど」
八幡「それは誑かしたというか単純に目の前でこけそうになってたから手を引っ張って体支えてやっただけだぞ? それに面倒事になっても困るからすぐ離した」
八幡「借り物で呼ばれるまで隣にいたあいつも特に何とも思ってなかったっぽいしな」
娘「………」
八幡「……聞いてます?」
娘「……でも友ちゃんはあの事を今でも」ボソッ
八幡「………?」
娘「……いえ、何でもないわ」
八幡「何だよ。気になるだろ」
娘「これ以上私の友達を誑かされても困るからしっかり父さんのことを捕まえておかないとね」ギュッ
八幡「だからしてねーって……」ギュッ
八幡「うし。着いたことだし、早速色々周っていくか」
娘「歩きながら気になったお店に入っていきましょう」
八幡「だな。と言っても寄る店は大体決まってるよな」
娘「ママと3人の時は服を買ったりする予定が無い限りは大抵ペットショップと本屋、雑貨店を見て終わりね」
八幡「ま、ショッピングモールなんてそんなもんだろ。ショッピングモールってのは購入よりも観賞がメインのようなもんだしな」
娘「確かに施設内を端から端まで歩いているだけでも十分楽しめるわよね」
八幡「だろ? 俺もママと昔そういう話をしてなー。あの時のあいつときたら……」
娘「ちょっと?」ギュッ
八幡「ん?」
娘「今父さんは私とデートをしているのよ? 別にママの名前を出すのは構わないけれど、家に帰るまではママとの惚気話は禁止よ」
八幡「え、いや」
娘「禁止よ」
八幡「は、はい」
娘「……ふふふ、今日は帰ったら先週のママの惚気自慢の仕返しにこのデートのことをたくさん自慢し返してあげるんだから」
八幡「うちの嫁と娘はいつもパパのいないとこで何の話をしてるのん……?」
猫「にゃーん」
娘「……にゃー」
八幡(まあ、やっぱりここには来るよな……)
八幡「お前もママもほんと猫好きだよな」
娘「父さんは好きじゃないの? こんなにも可愛いのに」
八幡「一応好きっちゃ好きだがお前らほどじゃないな」
娘「……にゃー」
八幡「………」
娘「……にゃー……にゃー」
八幡「そんなに好きなら猫、飼うか……?」
娘「え……いいの?」
八幡「無論ママとちゃんと話し合ってからにはなるがな」
娘「でもママ、以前ペットは別れの時が辛いからあまり好きじゃないって言っていたのよね……」
八幡「まあ、ペットを飼うって言うのはそういうことだからな。俺も昔猫を飼ってたが、そいつが死んだ時は結構きつかったな」
娘「パパって猫飼っていたの?」
八幡「ああ。ふてぶてしくて生意気な猫だったよ」
娘「名前は何て言う猫だったの?」
八幡「かまくらだ。小町かママに言えば写真があるはずだから今度見せてもらえ。なんだかんだ可愛いやつだったよ」
娘「ええ。今度ママにでも見せてもらうとするわ」
娘「でもそうなると父さんは猫を飼うのを本当は反対なんじゃない? もし仮に猫を飼ったとして、その時にまた……」
八幡「最初から別れのことを考えてたら何も飼えないだろ。それに猫や人間だっていつかは死ぬ。その上で猫がたまたま人間より早く死ぬだけだ」
八幡「だからちゃんと大事に世話をして最後の最後まで可愛がってやれるなら、俺は猫を飼ってもいいと思ってる」
娘「………」
八幡「困ったら今を見ろ。先のことは後回しでいい。今したいことややりたいことを見つけろ」
娘「……今」
八幡「お前はどうしたいんだ?」
娘「……猫を、飼いたいわ」
八幡「そうか。まっ、ママもああは言ってるが実際は猫超ほしいみたいだからな。何度かおねだりされたこともあるし」
娘「え、本当?」
八幡「ほんとだ。お前が猫をずっと欲しくても我慢しているみたいだったからな。お前が俺やママに猫を欲しいって言ってきたら飼っても良いって話をしてたんだよ」
娘「……そうだったのね」
八幡「このことはママに言ったら駄目だぞ? ママが俺におねだりしきたってことも、お前が俺とママに飼いたい言ってきたら飼うっていう内緒の条件をバラしたことも」
娘「……ふふっ、わかってるわ」
娘「でも、くどいようだけど本当の本当にいいの? 猫、飼ったりなんかして」
八幡「むしろお前が小学生の頃にずっと猫飼いたそうな顔をしているにも関わらず、4年以上も俺やママにねだってこなかったんだ。これ以上我慢させられん」
娘「が、我慢なんて私は……」
八幡「ほんとか? ママが言ってたぞ。お前が猫の飼い方についての本を頻繁に図書室から借りてくるって」
娘「………」カアア
八幡「まあ、我慢してないっていうなら別に猫も飼わないが」
娘「そ、それは……!」
八幡「冗談だ冗談。4年前に言うべきだったがお前はもう少し素直になれ。我慢も遠慮もしなくていい。我儘で甘えてくれた方が俺も嬉しいからな」ナデナデ
娘「…………うん」カアア
娘「そ、その……とうさ…………パパ」
八幡「……っ」
娘「あ、ありがとう。……だだ、大、好きよ?」カアア
八幡「……ッ」
八幡「どういたしまして」フイッ
八幡(危うく人目を気にせず抱きしめるとこだった……。可愛い、デレた娘超可愛い)
八幡「………」
娘「………」
八幡「………」チラッ
娘「……なに?」
八幡「ああ、いや。親子連れとか見てると俺ら以外にも父と娘で来ている人たちっているだろ?」
娘「ええ、そうね」
八幡「その、恥ずかしくないのか? 俺らくらいだぞ仲良く手繋いで歩いてるの」
娘「そう? 私は別に何とも思っていないのだけれど。むしろ、周りに見せつけているまであるわね」
八幡「お、おう。ほら、中学生にもなると親といるのが恥ずかしいとかあるだろ? 現に俺も中学の頃はお袋と出掛けるのが超絶恥ずかった」
娘「私は特に恥ずかしいと思ったりはしていないわ。むしろママを差し置いて父さんとデートできる機会なんてそうあることじゃないから楽しいわ」ギュッ
八幡「天使かな? いいんだぞ、遠慮せずさっきみたいにパパって呼んでくれても」
娘「さ、さっきのはただのリップサービスよ。勘違いしないでもらえるかしら」カアア
八幡「そうですかい。にしても俺はあまり休日にお前が友達の家に行ったり遊びに行ったりするのを見たことがないんだが、さっき聞いた友ちゃん以外にもちゃんと友達いるのか?」
娘「ママに会うまでずっとぼっちだった父さんに言われなくとも友達くらいちゃんといるわよ」
八幡「なんで俺がぼっちなの知ってるんだよ……。お前には知られまいと隠してたはずなのに」
娘「ママが言ってたわ。昔の父さんはどんな人だったのか聞いてみたら、ただの捻くれた性根の腐った醜いぼっちだったって」
八幡「辛辣すぎない? ほんとにママが言ってたのそれ?」
娘「ええ」
八幡「………」
娘「でも、捻くれているけど人一倍優しくて、ずっと隣に居たいと思えるような人だったとも言っていたわ」
八幡「そ、そうか」
娘「照れてる?」
八幡「て、照れてない」フイッ
娘「私も父さんのことは今も優しくて頼りがいのある格好良い人だと思っているわよ?」
八幡「………」
八幡「……あれだな。クレープでも食べるか」
娘「そうね、私も食べたいわ」クスッ
娘(ママの言う通り、赤く照れた父さんは何だか可愛いわね)
八幡「やっぱり本屋ってのは良いよな」
娘「良いわね。1歩歩くたびに新しい発見と出会いがあるお店なんて書店ぐらいだもの」
八幡「とても中学生とは思えない表現だが、言いたいことはわかる。本屋見かけるととつい入っちゃうよな」
娘「確かに3人でお出掛けする時も本屋があれば必ず寄るわよね」
八幡「休日とか3人で各々が本を読む時があるくらいだしなぁ」
娘「父さんなんてほぼ毎日何かしら読んでいるじゃない」
八幡「テレビ見るより本読む方が俺は好きだからな。お、この本」
娘「?」
八幡「知ってるか? これ読んでみたかったんだよ」
娘「旅猫……聞いたことないわね」
八幡「昔のやつなんだが、会社近くの本屋で店長のおすすめって紹介されててな」
娘「猫……」
八幡「読んでみるか? どうせ買うつもりだし読みたいなら先読んでもいいぞ?」
娘「いいの?」
八幡「ああ、ネタバレしないならな」
娘「ふふ、そんな無粋な真似はしないわ」
八幡「決まりだな。あとお前もなんか気になる本とかあるか? 折角こうして2人で来たんだし買ってやるよ」
娘「えっと、じゃあ……あ、でもちょうど今読みたいと思っている本が2冊あって……」
八幡「いいぞ、2冊とも持ってきて。あまり大声では言えないが俺は嫁や娘に可愛くおねだりされたら断れない口だ」
娘「それはつまり買って欲しいならおねだりしろ、ということなのかしら……」
八幡「別にそうとは言っていない。ただおねだりには弱いと言っただけだ。……言っただけだ」
娘「……呆れた。とんだ変態親父ね。でも父さんがそういうのならしてあげるわ」
八幡「ほう?」
娘「んんっ…………」
娘「パパ、これ買って?」
八幡「オーケー。ついでにもう10冊くらい買っとくか!」
娘「さすがにチョロすぎではないかしら……」
ピロンッ
八幡「ん?」
娘「ちょっとごめんなさい。ママから連絡が来たわ」
八幡「おう。何だって?」
娘「ママ今から帰るって」
八幡「ん、そうか。んじゃ俺らもそろそろ帰るか?」
娘「そう、ね。ねぇ、父さん」
八幡「なんだ?」
娘「今日はその、楽しかったわ。ありがとう」ギュッ
八幡「こちらこそ。ま、俺は超楽しかったが」
娘「その言い方には何か含みを感じるわね……。ちなみに本当は私、超超楽しかったわ」
八幡「へぇ。俺も実は超超超楽しかった」
娘「………」
八幡「………」
娘「ぷっ」
八幡「ふっ。相変わらず負けず嫌いなのは誰かさんそっくりだな」
娘「ママにはさすがに負けるけどね」
八幡「あいつとは口喧嘩をする気にもならんレベルで強いからな」
娘「ママって怒ると父さんのこと比企谷くんって言うわよね」
八幡「あー、あれな。まあ、一応結婚するまで俺のことをそう呼んでたし、今でもそっちの方が呼びやすいんだろ。結婚当初は俺の名前呼ぶだけで顔赤くなってたしな」
娘「ふふふ……そんなママを想像しただけで何だか可愛いわね」
八幡「ああ、ゆきのん超可愛い」
娘「……私だってママに負けないくらい可愛いと思うのだけれど」ムッ
八幡「その絶対的な自信もママそっくりだなお前は……」
娘「だって事実なんだもの。実際に私はモテるし」
八幡「え……。お前まさか学校の奴に告白とかされてないだろうな……?」
娘「それならつい先週、放課後に体育館裏に呼び出されて告白されたわ」
八幡「なん……だと……」
娘「安心して? いまどき体育館裏に呼び出して告白なんて古いし、そもそもあなたとは普段何の面識もなくて正直怖いし気持ち悪いのでごめんなさいと言って断ったから」
八幡「なんか聞き覚えのある断り方だな……。てか気持ち悪いとか言ってやるなよ。告ったそいつにちょっとだけ同情しちゃうわ」
娘「だっていざ体育館裏に行ってみたらその告白した彼と一緒にもう2人後ろに応援として取り巻いていたのよ? 男のくせに女みたいなことしていたから鳥肌が立っちゃって」
八幡「逆にそいつもよく友達をバックに置いてお前に告ったな……」
娘「その勇気だけは称えてあげても良かったわね」
八幡「でもそうか……お前モテるのか……。そうだよな、こんな可愛いんだからそりゃモテるよな……。髪を掻き分ける姿とかママそっくりで超美人だもんな……」
娘「そ、そこまで言わなくてもいいわよ……」カアア
八幡「その、なんだ。あまり聞きたくないが好きな人とかいないのか?」
八幡(既に付き合ってるとか言われたら気絶する自信があるが)
娘「そうね……。告白されても父さんを基準にその人を判定するのだけど、今のところそういった好きと思える人はいないわね」
八幡「そっか。てか判定は俺基準なの?」
娘「当然じゃない。私は父さんより優しくて頼りになって格好良い人じゃないとお付き合いする気にならないから」
八幡「おいおい、俺以上の人なんてこの世のどこにもいないだろ」
娘「それはさすがに買い被りな気もするけど……そうね、現状では父さんが私の中で一番の男の人よ。どう、嬉しい?」
八幡「ああ、かなり」
娘「でも陽乃叔母さんも言っていたけどあまり父さんに構いすぎるとファザコンと言うものになって結婚できなくなるそうだから、父さんと遊ぶのも程々にしておかないと駄目ね」
八幡「いや、あなたもう十分ファザコンですよ?」
娘「―――ということが今日はあってね」
雪乃「ふふっ、そうなのね。あなたのおかげで彼も今日は良い息抜きになったのではないかしら」
娘「どうなのかしらね。そこのソファーで疲れて眠りこけているみたいだけれど」
八幡「………」スー
娘「まったく、ソファーでは寝ないでっていつも言っているのに」
雪乃「起こして注意したら?」
娘「いえ、やめておくわ。今日は本も買ってもらって色々とエスコートもしてくれたし、今日に限り見逃すわ」
雪乃「そう」クスッ
娘「それよりも……ママ」
雪乃「……?」
娘「えっと、その……父さんにも言ったのだけれど、猫を……飼いたいの」
雪乃「え……?」
娘「父さんはその、ママに面倒を押し付けないなら飼っても良いって言っていて……」
雪乃「そう。ということはその約束は守れそう?」
娘「はい」
雪乃「なら飼いましょうか。猫」
娘「い、良いの?」
雪乃「ずっと我慢していたんでしょう? これ以上我慢させるなんてできないわ」
娘「ママ、父さんと同じこと言ってる」
雪乃「そ、そうなの? でもごめんなさいね、ずっと我慢していたの私のせいでしょう? ペットロスが嫌だなんて言ったから」
娘「ううん、ママのせいじゃないわ。生き物を飼うのって難しいことは知っていたからなかなか言いだせなかっただけなの」
雪乃「皆で飼っていくのだから心配なんてしなくていいわよ」
娘「……そう、よね。ありがとう、ママ」ギュッ
雪乃「起きたらパパにも言ってあげなさいね」ナデナデ
娘「ええ」
娘「そういえば父さんってママの前で泣いたことある?」
雪乃「パパが? どうしたの急にそんなこと聞いて」
娘「今日父さんが泣いたことがあるって話を少ししたのだけれど、理由を教えてくれなくて」
雪乃「そういうことね……。それはパパもあなたの前では言いたくなかったんでしょうね」クスッ
娘「どういうこと?」
雪乃「彼が私の前で泣いたことがあるのは2回しかないのだけれど、そのうちの一回はあなたが生まれた時よ」
娘「私が?」
雪乃「ええ。陣痛が始まって私が病院へ向かった時、あの人ったら仕事放ったらかしにして病院まで飛んできたんだから」
娘「………」
雪乃「彼が病院に着いた時にはもうあなたが元気な姿で生まれてしまっていた後だったけど、それでも彼はありがとうと抱きしめてくれたわ」
雪乃「その時流れたあの人の涙は、今でも覚えているわ」
娘「………」
雪乃「だからあなたが生まれた時、パパはあなたよりも先に私を選んで抱きしめてくれたのよ?」
娘「なぜ最後に余計な一言を付け加えたのかしら……」
雪乃「さっきまで永遠と今日の惚気を聞かされたのだから、これくらい良いでしょう?」
娘「ふぅん。そんなことをするなら私だって今日父さんがママに言ったこと全部教えてあげないから」
雪乃「待ちなさい。そういった大事なことはなぜ先に言わないの? 言いなさい」
娘「嫌よ。私が嫉妬するくらい羨ましい言葉を言ってたけど、これは私の中で消去しておくわ」
雪乃「……何が欲しいの? アイス? プリン? 何でもいいから早く教えなさい……!」
娘「今日父さんとお風呂に入って良いなら教えてあげる」
雪乃「な……っ」
娘「小学5年生から急に父さんとお風呂に入ることを禁止にされていたけど、いい加減父さんだって私とお風呂に入りたいと思うの。ね、父さん?」
八幡「………」スヤァ
娘「ほら」
雪乃「寝ている相手に対してよくもまあ白々しく返事を受け取れたものね。お風呂はダメ、絶対にダメよ」
娘「ママが一緒に入りたいから?」
雪乃「そ、そそ、そういう意味で言ったわけじゃないわよ」カアア
娘「だったら別にいいじゃない。小学生の頃はよく父さんと一緒に入っていたのだし」
雪乃「で、でもあなたももう中学生なのよ……? あの人だって何をするか……」
娘「ママは父さんを何だと思っているのかしら……。だったら良いわよ、父さんとお風呂に入らない代わりに父さんのママへの愛の告白は教えないから」
雪乃「今日まであなたのお世話をしてきたのはどこの誰だと思っているのかしら」
娘「それについてはいつも本当に感謝しているわ。でも、これと父さんとは別よ。お風呂が嫌なら今夜は父さんと2人で寝てもいいわね。今夜だけママは私の部屋で寝てもらうことになるけど」
雪乃「……ふふふ、あなたも誰かさんに似て大分生意気に育ったものね」ニコッ
娘「……ええ、おかげさまでね」ニッコリ
八幡「――ふぁ……ああ。いつの間にか寝て、た、な……」
娘「………」ゴゴゴゴ
雪乃「………」コオオオ
八幡「え、なに? なにごと……?」
~日曜日~
八幡「………」ペラッ
TV『今日最もラッキーなのはうお座のあなた! 今日は何でも願いが叶いそう!? ラッキーアイテムは子猫――』
娘「出掛けましょう。父さん」
八幡「えー………」ペラッ
娘「出掛けましょう。父さん」
八幡「いや聞こえてましたよ? 昨日出掛けたじゃねぇか」
娘「それが何か?」
八幡「怠い。それに今は昨日買った本を読むのに忙しい」ペラッ
娘「ふざけたこと言わないで。読書なんていつでもできるじゃない。それに私だってだらけモードの父さんを相手にするのはとてもだるいのだから」
八幡「怠いならいい加減降りてくれ……。さっきからずっとお前が膝の上に座るからお父さんの膝が感覚無くなりかけてるんだけど」
娘「それは無理ね。父さんの膝の上はママの膝枕と同じくらい居心地が良いことが発覚したんだもの」ポフッ
八幡「……まあ、だったら仕方ないな。キリがいいとこまで読み終わる間は我慢してしんぜよう」ペラッ
娘「ええ、お願いするわ。椅子谷くん」
八幡「何それママの真似? 父親を椅子呼ばわりするんじゃありません……」
八幡(なんか昨日から露骨に甘えてくるようになったな……。父親としてはくっそ嬉しいから別に良いんだけどねっ!)
雪乃「ねぇ、あなた。寝室にシャツが出しっぱなしだったのだけれどあれは洗ってもいいの?」ガチャッ
八幡「ん? ああ悪い、出し忘れてた。洗っててくれ」
雪乃「そ。なら洗っておくわね」
八幡「さんきゅ」
雪乃「……それよりも」
雪乃「なぜ絢乃はパパの膝に座って悠々とテレビを眺めているのかしら? 宿題はもう終わったの?」
娘「愚問ね。そんなの座りたいからに決まっているじゃない。それと宿題なら昨日の内に済ませてあるわ」
雪乃「宿題の方は済んでいるなら良いとして、中学生にもなって父親の膝に座るなんてみっともないから早く降りなさい」
娘「どうして? 父さんは許してくれたのに」
雪乃「当然、私が許さないからよ? いいから降りなさい。そして暇なら自分の部屋でも片付けてきなさい」
娘「部屋なら一昨日掃除したわ」
雪乃「だったら勉強でもしてなさい」
娘「この前のテストはどの教科も90点以上をキープできていたから今慌ててする必要はないわ」
雪乃「なら……」
娘「ねぇ、もしかしてママ嫉妬してるの?」
雪乃「……はい?」
娘「必死に父さんから私を引き剥がそうとしているみたいだし、ママにそっくりな上にママより若くて可愛い私に父さんを盗られて嫉妬してるのかと思って」ギュッ
雪乃「………」
八幡「お、おい」
雪乃「……ふふ」
八幡「………」ビクッ
雪乃「昨日もそうだったけどあなたも随分と言うようになったじゃない。私が嫉妬している、ですって?」
娘「ええ、そうよ。さっきからママは私と父さんがイチャイチャしているのを見てずっと悔しそうにこちらを見ているから」
娘「父さんもそう思うでしょ?」
八幡「こんなタイミングでえぐいパス渡してくるなよ……」
雪乃「どうなの? ……比企谷くん」ニッコリ
八幡「」
雪乃「良い機会だからはっきり教えておいてあげるわ。彼はあなたが生まれてくるずっと前から既に私のものなの」
雪乃「だからあなたの知らないパパを私はたくさん知っているのよ? 彼の好きなことや嫌いなことは勿論、私のこともあなたのお父さんは何だって知ってくれているんだから。まさかとは思うけどあなたはこの人を私以上に理解しているつもりなの? だとしたら凄く笑える冗談ね」クスッ
娘「………」
雪乃「どう? 自分が如何に無謀な戦いを仕掛けているかが少しは理解できた? ちなみに、私がしているのは嫉妬ではなくただの同情よ」
雪乃「それと、ついでに教えておいてあげるわ。私が彼の膝の上に座った時は、この人ったら頭を撫でてくれたり優しく抱きしめてくれるのよ? あなたの場合は……ふふふっ、相手にされていないのね」
娘「くっ……」
八幡「お前はほんと夫だろうが娘だろうが容赦しないな……。あとそういった恥ずかしいことは娘に言わないでもらえます?」
雪乃「甘やかしたってこの子のためにはならないもの。それにこの子は誰かさんと違って諦めずに立ち向かってくる子だってわかっているから」
娘「覚えておきなさい……。絶対にいつかママに父さんを返してくださいって言わせて見せるわ……!」
雪乃「ねっ?」
八幡「お前ら実は超仲良しだろ」
雪乃「それであなたたちは何を話していたの?」
八幡「話してたというか、こいつが出掛けたいって言うんでな」
娘「折角の日曜日だしね。ママも行きましょう?」
雪乃「私は全然構わないのだけれど、何をしに出掛けるつもり?」
娘「猫を探しに、よ」
雪乃「え?」
八幡「今日の占いのラッキーアイテムが子猫だったそうだ」
雪乃「そ、それがどうだというの?」
娘「昨日ママも父さんも猫を飼うことについては許可してくれたのだし、色々と見に行きたいのよ。それに今日は占い通りなら良い出会いがある気がするわ」
八幡「昨日の今日でか……。来週じゃ駄目?」
娘「来週に持ち越したりなんかしたらそれこそ父さんが面倒臭がって家から出ないじゃない」
八幡「くっ、よく分かってらっしゃる……」
雪乃「猫……」
娘「今日いきなり猫を飼いたいと言っているわけではないわ。ただ色々とチェックしておいた方がいざという時もスムーズに動けると思うのだけれど」
八幡「まあ、それは一理ある」
娘「ということで行きましょう」
八幡「一応聞くがお前はどうする?」
雪乃「そうね。どちらにせよ夕飯の分の食材が足りないからあなたには車を出してもらおうと思っていたし、私は最初から決まっているわ」
八幡「……はあ、なら行きますか」
八幡「………」ブーン
娘「ママは飼うとしたらどの種類の猫がいい?」
雪乃「そうね……。マンチカンやラグドールといった触り心地がなめらかな猫が私は好きなのだけれど、アメリカンショートヘアやロシアンブルーのような上品な猫も捨てがたいわね……」
娘「さすがね、ママ。私も同じことを考えていたわ。でも、私としてはそれと同時にノルウェージャンフォレストキャットやヒマラヤンのような毛の長くてふわふわした猫もアリだと思うの」
雪乃「それを言うならベンガルやスフィンクスのようなどこか野性的で美しさと格好良さを兼ね備えた猫も捨てがたいわね」
八幡(何なのこの子たち猫博士なの? まるで猫を今から買いに行くような内容だけど今日は買わないよね……?)
八幡(ゆきのんも表向きでは猫飼うの反対派だったくせに、昨日から一転して猫飼いたい派に寝返ったしなぁ……)
八幡(まあ俺も俺で別に反対というわけじゃないが)
娘「ねぇ、父さんならどの猫がいい? 絞り切れないのならこの中から決めてほしいのだけれど」
八幡「運転中の人に脇見を促すんじゃありません。俺は猫の種類とか詳しくないし何でもいい」
娘「何でも良いはつまらないわ。せめて何か一つ気になる種類を言って?」
八幡「えー。ならそうだな、強いて言うならソマリ。あの首元ファサッてなってるのはいいと思うぞ」
雪乃「ソマリ……」
娘「ソマリに着目するなんて父さんもなかなかやるわね」
八幡「評価の基準がわからんがそうだろう。ソマリって名前がもう既に可愛いまであるよな。ソマリなら俺も愛情込めて育てる自信がある」
雪乃「………」
娘「わかるわ。それにソマリは人懐っこいし十分アリね。ママはどう?」
雪乃「……その」
娘「?」
雪乃「ソマリは……」
八幡「?」
娘「ど、どうしたの? ママ、ソマリ嫌なの?」
雪乃「べ、別にそういうわけではないのだけれど……」
八幡「んだよ、別にいいじゃねぇか。ソマリが可哀想だろ」
雪乃「だ、だって……」チラッ
娘「……?」
八幡「…………心配しなくてもお前の方が好きだし愛してるぞ」
雪乃「……っ」
娘「なに? 娘の前で突然惚気ないでもらえるかしら」
八幡「すいませんね。もう着くがとりあえずそこのペットショップでいいか?」
娘「ええ、お願い」
八幡「はいよ」
雪乃「……昔のこと、覚えてたのね」カアア
八幡「………」
猫「にゃー」
娘「にゃー……」
猫「にゃあー」
雪乃「にゃあ……」
猫「にゃーん」
八幡「にゃ……いや、何これ」
娘「見て、ママ」
雪乃「あら、ふふふっ。ずっとカリカリ引っ掻いてるわね。こっちも見てみて?」
娘「ふふっ、この子ったらママの手を猫じゃらしか何かと勘違いしているのかしら」
娘「………」
雪乃「………」
娘「ふぅ……」
雪乃「はぁ……」
八幡「………」
娘「ママ、この子なんだかずっと私を見ているみたい」
雪乃「ずっとあなたの手を触りたがってるわね」クスッ
娘「可愛い……」
雪乃「店員さんに聞いたら抱かせもらえるかもしれないわよ?」
娘「そ、そうなの?」
雪乃「恐らくだけどね。この子、ずっとあなたに手を触りたそうにカリカリ引っ掻いているし、言えば許してもらえるかもね」
雪乃「ね? あなた」
八幡「店員呼んで来いってか……。まあいいけど」
八幡「あのー……」
店員「はい、如何なさいましたか?」
八幡「ちょっと気になる猫がいて抱いてみたいんですけど……」
店員「あ、はい。構いませんよ」
八幡「ありがとうございます。おーい、抱っこさせてくれるってよ」
娘「ほ、ほんと?」
店員「はい、是非。どの子を抱いてみたいですか?」
娘「あ、えっと、じゃあこの子を」
店員「この子ですね。少々お待ちください」
雪乃「………」ドキドキ
八幡「なんでお前が一番そわそわしてるんですかねぇ……」
店員「はい、どうぞ。そちらの椅子にお掛けになって抱いてみてください」スッ
猫「にゃー」
娘「………」ギュッ
娘「………」
娘「……はふ」ギュゥ
八幡「嬉しそうだな」
雪乃「………」ナデナデ
娘「当たり前じゃない……。それにこの子、最初見た時から毛色も綺麗で気になっていたから」ナデナデ
店員「この子は少し人見知りなところがありますが、ちゃんと可愛がってあげれば懐いてデレデレになってくれますよ」
雪乃「誰かさんそっくりね」
八幡「なぜ俺を見る……。全然似てないだろうが」
娘「………」
娘「ねぇ、ママ、父さん」
娘「私――」
雪乃「……だそうよ、あなた」
八幡「今日は見るだけなんじゃなかったのか?」
娘「………」
八幡「色々チェックするだけだと思ってたんだが」
雪乃「あ、あなた」
娘「………」キュッ
八幡「いいや、いじめたいわけじゃないんだ。仮に飼うとして、本当にその子でいいんだな?」
娘「……はい。この子がいいです」ギュッ
猫「にゃ?」
八幡「改めて確認するがちゃんと面倒見れるか? ママに丸投げは駄目だぞ?」
娘「はい」
八幡「あと猫ばかり構ってお父さんを蔑ろにするなよ? 寂しいから」
娘「は、はい」
八幡「というわけだが、雪乃はどうだ?」
雪乃「私はあなたさえ良ければ喜んで」
八幡「…………じゃあ、その子にするか」ポンッ
娘「父さん……」
八幡「雪乃、俺はあまり詳しくないから色々猫については頼む」
雪乃「わかりました。……そ、その前に絢乃。その、私にもその子を抱かせてほしいのだけれど」
八幡「あなたずっとそわそわしてましたもんね……」
猫「にゃあー」
娘「にゃあー」
八幡「まさか本当に猫飼うとはなぁ。ま、正直こうなる気はしてたが」
雪乃「名前も決めないとね」
娘「父さん何か良い名前ある?」
八幡「は? 俺? そうだな……オスだしアレックスなんてどうだ。格好良いだろ」
娘「ママは?」
八幡「おい無視すんな」
雪乃「やはり名前を付けるなら呼びやすい方がいいわよね」
八幡「こういうのは単純且つ安直な方がいいぞ。俺が昔実家で飼ってた猫も丸まってた様がかまくらみたいだったからって理由で名前もかまくらだったしな」
雪乃「単純で安直……メイ、とか?」
八幡「メイ? ……ああ、今5月だもんな」
雪乃「………」フイッ
八幡「で、どうする? 最終的な決定はお前に任すぞ」
雪乃「そうね。絢乃が決めなさい? あなたが付けた名前ならこの子も喜ぶと思うわ」ナデナデ
猫「にゃーん」
娘「……なら、きなこ」
雪乃「え? き、きなこ?」
娘「ええ。名前、きなこにするわ」
八幡「ほう。その心は」
娘「毛がきなこ色で鮮やかだしおいしそうだから」
雪乃「美味しそうというのはどうかと思うけれど良いんじゃないかしら」
八幡「まあ心なしか雌っぽい名前だがいいんじゃないか? 呼びやすいし」
娘「適当に決めたような名前だけど、一応真面目に考えたつもりよ。……良い? きなこ」ナデナデ
猫「にゃっ」
八幡「決まりだな。良かったな、格好良い名前もらえて」ナデナデ
猫「にゃあああっ!」ザクッ
八幡「いてぇ……」
~数日後~
娘『お仕事頑張ってる?』
八幡『ん、頑張ってるが珍しいなお前からラインしてくるなんて。何かあったか?』
娘『別に何もないわ。土曜日に父さんがラインして欲しいって言ってたことを思い出したからしてみただけよ。お仕事忙しいなら切るわね。ばいばい』
八幡『待て! 暇だ! いや暇じゃないけど暇だ!』
娘『どっち?』
八幡『暇にした』
娘『そ、そう』
八幡『ラインしてきたってことはもう学校終わったのか?』
娘『ええ、さっき帰ってきたところよ』
八幡『ママは何してるんだ?』
娘『私が帰ってきた時からずっときなこを抱いてるわ。あんなににやけてるママを見たのは初めてだわ』
八幡『そ、そうか』
娘『父さんは今日何時に帰ってこれそう? ママがずっときなこを独り占めしてるから早く帰って来て欲しいのだけれど』
八幡『一応晩飯までには帰れそうだぞ』
娘『そう。だったら帰りにプリンを買ってきてもらえる? ローソンのやつをお願い』
八幡『だったらって何だよ。晩飯までに帰れなかったら買わなくていいの?』
娘『買うの嫌なの?』
八幡『いや、別にいいけどローソンってここら辺あまりないだろ。ファミマじゃダメか?』
娘『ローソン』
八幡『えー……』
娘『いいわ。面倒なら別に買ってこなくても。…………パパと食べたかったのに』
八幡『待ってろ。マッハで仕事終わらせて近場にあるローソンのプリン全部買い占めてくる』
娘(扱いやすすぎて逆に困るのだけれど……)
八幡「はあ……。疲れた」
娘「あ、父さん。おかえりなさい」
八幡「おう。ただいま」
雪乃「おかえりなさい」ナデナデ
八幡「ずっと撫でてたのか……?」
娘「ええ。ママったらきなこが来てからずっと私より喜んでいるのよ? さっきもネコリンガルで使って話しかけてたわ」
八幡「あれか、猫語わかるってやつか。俺も昔使ったことあるわ」
娘「そうなの?」
八幡「ああ。ちょっと入れてみるか」
八幡「ほれ、何か言ってみ?」
猫「にゃ?」
ピロン
『は?』
八幡「こわっ。きなこさんこわ……」
雪乃「あなたかーくんにも舐められてたわよね……。どれだけ動物に舐められやすい体質をしているの?」
八幡「ちげーよ。悪いのはアプリだアプリ。そういうお前はどうなんだよ」
雪乃「私は……何か言ってみて?」
猫「にゃあ」
ピロン
『大好き!』
雪乃「どう?」フフン
八幡「……腑に落ちねえ」
娘「私が話しかけた時はこんにちはだとか遊んでみたいな機械的な返事しかなかったけど、何故かママの時だけアタリのセリフが出るのよね」
八幡「アタリとか言っちゃうあたりお前はネコリンガル一切信用してないんだな」
娘「科学的な根拠がない限りは信用しないわよ」
八幡「まあ、ママに関してはじいちゃんちで昔買ってた猫が死んだ時も小町と一緒に泣いてくれてたし、またこうして傍で癒してくれるような存在ができて嬉しいのかもな」
娘「ふぅん。ならきなこがいれば父さんはもういらない子ね」
八幡「ばっかお前、そんなこと冗談でも言うんじゃねぇよ。……言うんじゃねぇよ」
娘「もう、冗談よ。そこまで真に受けることないじゃない」
八幡「いやな、これから先ますますお前らがきなこを可愛がることによってお父さんの立ち位置がきなこ>超えられない壁>俺になっちゃいそうでな……。お父さん悲しい」
娘「心配無用よ。父さんとの約束はちゃんと守るわ。それに、今はまだきなこより父さんの方が好きよ?」
八幡「今はまだ、か……」
八幡「ああ、そうだ。ほいプリン。買ってきたから風呂上がりにでも食え」
娘「ありがとう。その時は父さんも一緒にね?」
八幡「その言葉だけで俺はお腹いっぱいだよ」ジーン
八幡「そういえば雪乃。ご飯はまだできてないのか?」
雪乃「あ、えっと……」
娘「そのことなんだけどね、父さん」
八幡「?」
雪乃「おかずの方はできているのだけれど、炊飯器のスイッチを押し忘れてしまってて……」カアア
娘「後20分くらいだそうよ」
八幡「どんだけきなこにかまってたんだよ。ストレス溜まっちゃうから程々にしてやれ……」
雪乃「ごめんなさい。反省してるわ……」ナデナデ
八幡「反省しながら撫でるな……」
八幡「というかお前はいいのか? 念願の猫をママに取られて」
娘「え、別に?」
八幡「へぇ、意外とあっさりしてるな。ママなんて見ての通り早速溺愛してんのに」
娘「昨日は私がきなことずっと遊んでいたから今日くらいはママに譲ってあげるわ。それに、今日はラインで父さんが帰る時間も大体わかっていたし」ギュッ
八幡「お前も気づけばすっかりお姉さんみたいになったな……。まだ中1なのに」
娘「それは老けているとでも言いたいのかしら……」ポフッ
八幡「成長してるって意味だ。……って、だから俺の膝じゃなくて横に座れよ。お父さん疲れてるんだぞ」
娘「可愛い娘がこうしてくっ付いてあげてるんだから、むしろ癒されるのではなくて?」
八幡「だから自分で言うな……」
娘「そうだ、父さん。ご飯炊けるまで時間もあるし一緒にお風呂へ入らない?」
雪乃「………」ピクッ
八幡「おっ、珍しいな。お前から言ってくるなんて。ちょうど俺も風呂入ろうか考えてたし久しぶりに一緒に入るか」
娘「決まりね」
雪乃「待ちなさい」スクッ
八幡「なんだ、お前もか? 3人はさすがにきついと思うんだが」
雪乃「ば、馬鹿なこと言わないで。そ、そうではなくて絢乃ももう中学1年生なのだから少しは弁えなさい」カアア
娘「どうして? 今回はちゃんと本人の了承も得ているし、中学1年生なんてママや父さんからしたらまだまだ子供でしょう? お風呂くらい父親と入ったって何の問題も無いと思うのだけれど」
娘「ね? 父さん」
娘(……そう思うなら頭撫でて)ボソッ
八幡「は……? あ、ああ。てかお前はよく絢乃と風呂入ってるじゃねぇか」ナデナデ
娘「ほら」ニヤリ
雪乃「…………少し下手に出ればいい気になって」
娘「さあ、言っている意味がよくわからないわね」
雪乃「………」
娘「………」
八幡「……ええと」
娘「ママは気にせずご飯が炊けるまできなこと遊んでいればいいじゃない。炊けた後も私が茶碗によそっておくから」
雪乃「いいえ、それくらいは私がやるから大丈夫よ。絢乃こそきなこと遊びたいんじゃない? きなこもあなたと遊びたいって」
猫「にゃー」
娘「くっ……この子を武器に使うなんて卑怯よ……!」
雪乃「さあ、言っている意味がよくわからないわね」ニッコリ
八幡「お前らは何争ってんの……?」
娘「いいから行きましょう、父さん」グイッ
八幡「うおっ、おい引っ張るなって」
雪乃「駄目よあなた。この子と入るくらいなら私があなたと入ってあげるわ」ガシッ
八幡「えっ」
娘「父さん」
雪乃「あなた」
八幡「お、おう……」
娘「そもそもママは――」
雪乃「それを言うなら自分だってそうじゃない。第一、この人は私の――」
八幡「……はあ。お前もこれから先、苦労することになるかもな」ナデナデ
猫「にゃー」
ピロン
八幡「………」
八幡「ふっ……」
八幡「ああ。俺もだ」
~ある日~
おっちゃん「おっ! そこの綺麗な奥さん!」
雪乃「………」スタスタ
おっちゃん「奥さん!? 奥さーん! ちょっとちょっと!」
雪乃「……はい? 私?」
おっちゃん「奥さん以外他に誰がいんの! スーパーの袋を持ってるあたり買い物帰りだね!」
雪乃「は、はあ。そうですけど……」
おっちゃん「だったらどう!? 今ちょうどそこのスーパーで買い物した人対象に福引きやってるんだけど、どう!?」
雪乃「福引き?」
おっちゃん「そう! 買ったレシート見て1000円につき一回回せるよ! 奥さん綺麗だし1,2回くらいなら回し直してもいいからやってきな!!」
雪乃「い、いえ。別に私はそういうのは興味ありませんから……」
おっちゃん「なあに言ってんの! 最悪ポケットティッシュだけどそれでもタダで何かしらもらえるんだからやってきな!」
雪乃「……そこまでいうなら」
おっちゃん「おっしゃ決まり! 奥さんレシートとか持ってるかい?」
雪乃「ええ。どうぞ」
おっちゃん「ふむ……。4回だね!」
雪乃「え? いえ、2000円ほどしか買い物しなかったから2回……」
おっちゃん「いいのいいの! いい加減奥さんみたいな綺麗な人を相手にしたかったからサービスサービス! こっそり回せばいいから!」
雪乃「そうは言いますけど向こうでポケットティッシュ持った女性が物凄い顔であなたを睨んでいるのだけれど……」
おっちゃん「いやー、見えんなぁ。最近老眼でねぇ。まっ、とにかく回してきな! 特賞は温泉旅行、他にもお米や商品券、お子さんいるなら特大パンさんも狙い所だよ!」
雪乃「……パンさんですって?」
おっちゃん「ささっ、これ握って回してくれ」
雪乃「………」
雪乃(狙い所はパンさんの特大ぬいぐるみかしらね。でも八幡にあまり寝室にパンさんグッズおかないでくれと言われたばかりだし……)
雪乃(でもお米や商品券も捨てがたいわね……。やはりここは家庭の為にも無難なお米や商品券が狙い所かしら)
雪乃(特大パンさんは……絢乃もパンさんが好きだし渡せばきっと喜んでくれるわよね)
雪乃「………」
雪乃「………」ガラガラ
コロン
おっちゃん「っかー! 残念、ポケットティッシュですわ!」
雪乃「くっ……」
雪乃(所詮はただの運試し。こんなものよね……)
おっちゃん「さ、奥さん。残すは後3回」
雪乃「いえ、あと1回で結構です」
おっちゃん「ん、いいのかい?」
雪乃「サービスで回して当たったものなんて申し訳なくて受け取れないですから」
おっちゃん「はあ……綺麗な上に人間までできてるなんて、ほんっと旦那が羨ましいねぇ」
雪乃「そ、そんなこと」カアア
おっちゃん「そんなら後一回! ぐいっと回いしちゃいな!」
雪乃「………」ガラガラ
コロン
おっちゃん「ファッ!? お、大当たり! 大当たりぃ! 持ってるねぇ奥さん! 特賞の温泉旅行、どどーんとプレゼントだ!」カランカラーン
雪乃「………」
雪乃「……えっ?」
八幡「たでーま」
雪乃「おかえりなさい」
八幡「おう。絢乃は?」
雪乃「自分の部屋じゃない? 宿題でもしているのかしら」
八幡「そうか」
雪乃「もう少しでご飯できるけどどうする? お風呂にする?」
八幡「そうだな……。腹も減ったし先飯にするわ」
雪乃「そう。ならもう少し待っててね」
八幡「はいよ」
猫「にゃー」
八幡「おっ。お前もただいま」
雪乃「ところであなた」
八幡「?」
雪乃「再来週の3連休ってお休みだったりする?」
八幡「土日は休みだが初日の金曜は仕事だな。それがどうかしたか?」
雪乃「それが……」
娘「父さん!」ガチャッ
八幡「うおっ、ビビったぁ……。ただいま」
娘「おかえりなさい。父さん、今度の3連休ってお仕事?」
八幡「お前もか。土日は休みだが何かあるのか?」
娘「ママ」
雪乃「えっ、あ、その……今日買い物の帰りに福引きがあったから回したのよ」
八幡「ほう。で、結果はそこのポケットティッシュだったか」
雪乃「まあね。でも、もう一つ当たったものがあって……」
八幡「?」
娘「温泉旅行が当たったんですって」
八幡「は? お、温泉……?」
雪乃「その、偶然当たってしまって……」
八幡「それはすげぇな。それで温泉に行きたい、と?」
娘「ええ」
雪乃「温泉旅行の券は10月まで有効だから別に焦って使うことはないのだけれど、この子がどうしてもすぐに行きたいって言ってね」
娘「だって温泉よ? 旅行よ? ただでさえ外出を嫌う父さんと人混みを嫌うママのせいで普段からあまり遠出をしないのだから、すぐにでも行きたいじゃない」
八幡「………」
雪乃「………」
娘「で、ちょうど再来週3連休だし行きましょうってさっきママと話してたのよ」
八幡「お、おう」
雪乃「それで私は別に構わないけれどあなたはお仕事だってあるし、パパ次第ねって話になったのよ」
八幡「なるほどな。ちなみに日数は?」
雪乃「一泊二日よ」
八幡「……ふむ。連休初日は仕事もあるし土曜からでもいいなら俺もいいぞ」
娘「本当!?」
八幡「ああ」
娘「なら決まりね! 早速色々とリサーチしておかないと……」
八幡「なんだ、やけに今回はテンション高いな」
娘「だって嬉しいんだもの。ママと父さんと3人で旅行にいけるなんて」
八幡「なにその天使発言……。ママに感謝だな」
娘「ふふっ、そうね」
雪乃「別にお礼を言われるようなことは何もしていないけどね」クスッ
娘「そうだ、父さん。後で父さんの部屋のパソコン貸して?」
八幡「ん、いいぞ。飯食って風呂入った後でもいいか? パソコンはロックしてあるしまだタイピングとか慣れてないだろ?」
娘「別に父さんに手伝ってもらわなくても大丈夫よ? タイピングだって父さんみたいに早くはないけれど自分でちゃんとできるし、それに父さんのパソコンのパスワードだって知ってるわ」
八幡「おい待て。今聞き捨てならんこと言ったぞ。俺のパソコンのパス知ってるのか? ママにすら言ったことないぞ」
娘「そうなの? 前に父さんがいない時に調べたいことがあって使わせてもらったけど一発で通ったわよ?」
八幡「勝手に使うなよ……。変なもの入ってないから別にいいけど」
娘「小文字でyukino。いくらママが好きだからって安直にも程があると思うのだけれど」
八幡「ちょっ、おま……!?」
雪乃「………」カアア
小町「ふあー! かわいい!!」
猫「にゃーん」
八幡「――と、言うわけだ。俺らが帰ってくるまでの間、こいつを頼む」
小町「きゃー! 猫パンチ! カーくん思い出すなぁ……」
八幡「小町ちゃん聞いてる?」
小町「ちゃんと聞いてる聞いてる。お兄ちゃんたちが旅行行ってる間きーくんの面倒見ればいいんでしょ?」
八幡「早速あだ名つけんな……。まあ、要はそういうことだ。明日までそいつ頼んだ」
猫「にゃあー」
娘「ごめんねきなこ……。一緒に連れて行ってあげられなくて……」
雪乃「旅館にペットを連れて行くわけにはいかないものね……」
小町「大丈夫! 小町にお任せあれ! おふたりが旅行に行ってる間、きーくんの面倒はちゃんと見ますので!」
雪乃「ありがとう小町さん。急に無理言ってごめんなさいね」
小町「いえいえ、お義姉ちゃんの頼みとあれば小町は喜んでお引き受けするので!」
雪乃「……その、お、お義姉ちゃんと言うのはやめてといつも言っているでしょう」カアア
小町「だって事実ですから! ね、絢乃ちゃん!」
娘「そうよママ。小町叔母さんからすればママはお義姉ちゃんなんだから別にそう呼ばれたっていいじゃない」
小町「ごふ……っ。叔母……。小町まだまだ若いと思うんだけどなぁ……」
八幡「絢乃からすればお前は叔母なんだからそう呼ばれてもいいだろ……。てか、マジで急に押し付けちまったが家の方は大丈夫か?」
小町「うん! どうせ明日にはお兄ちゃんたち帰ってくるんだし、別に問題無いよ」
八幡「そうか。悪いな」
小町「なーに言ってんの。お兄ちゃんにはいつもお世話になってるんだからこれくらい当然だよ。あ、今の小町的にポイント高い!」
八幡「お前はいくつになっても変わらないな……」
雪乃「あなた、そろそろ出ないと」
八幡「ん。んじゃ行ってくるわ。明日の夜にはきなこ引き取りに来るから」
小町「りょーかーい」
娘「小町叔母さん、きなこをよろしくね」
小町「ごっふ……。う、うん、任せて!」
雪乃「エサとか諸々はケージの中に入っているから。分からないことあったら遠慮なく連絡してね」
小町「ご心配なく! これでも昔カーくんの面倒見てましたからね!」
八幡「ま、頼んだ」
小町「かしこまり! 気をつけていってらっしゃい!」
八幡「やっと着いた……」
雪乃「運転お疲れ様。思っていたより遠かったわね」
八幡「ほんとそれな。お前は疲れてないか?」
雪乃「ええ、お蔭様で。この子はお疲れのようだけど」
娘「………」スー
八幡「爆睡だな。おーい、着いたぞ。起きろ」
娘「んん……。え、誰?」
八幡「お父さんを傷付けるような寝ぼけ方すんな……。いいから起きろ、置いてくぞ?」
娘「ふあ……。もう着いたの?」
八幡「こいつ……」
雪乃「はあ、いいからいきましょう。あなた、荷物持って」
八幡「え、これ全部? 運転で疲れた旦那に追い打ちをかけてくるあたりさすがだな」
雪乃「もしかして褒めてくれてる?」
八幡「ああ。超褒めてる」
雪乃「ふふっ、それはどうも。後でキスでもしてあげるわ」
八幡「ああそう……」
雪乃「あら、いらないの? ならいいけど」
八幡「い、いいや待て。そうは言ってない」
娘「ちょっと父さん? 馬鹿なこと言ってないで早く来て。そんなだからいつまで経ってもきなこが父さんに懐かないのよ」
八幡「待て待て。きなこ関係無いしなんで俺だけ怒られてんの……」
娘「ふん」フイッ
雪乃「………」クスッ
雪乃「景品の温泉旅行だからあまり期待はしていなかったけれど、お部屋も綺麗だし窓からの眺めも緑が一杯で素敵ね」
八幡「だな。正直俺もあまり期待してなかったがこれはなかなかだ」
娘「見てママ。和室なのに何故かあそこに最新型の空気清浄機があるわ……!」
雪乃「………」
八幡「興奮してるのはわかるが着眼点がおかしい……」
雪乃「家にも和室はあるけれどこうして三人でゆっくり畳の上で過ごすのは久しぶりね」
八幡「絢乃が幼稚園の時以来だな」
娘「私が?」
雪乃「覚えてない? あなたがまだ幼かった頃は三人でよく和室で積み木やおままごとをして過ごしてたのよ?」
娘「何となくだけど覚えているわ。ママが確か近所のおばさん役だったのよね」
雪乃「ええ、そうよ。私を差し置いてあなたはパパと夫婦役で楽しくにんじんを切っていたわね……」
娘「違うわママ。にんじんではなくじゃがいもよ」
八幡「どっちでもいいわ……。小学生になると途端におままごととかそういった遊びしなくなったよな。代わりにアレしまくってたよな。あれ。はめ込むやつ」
雪乃「アイロンビーズのこと?」
八幡「そう、それ。仕事から帰ってくるたびに二人で何かしら作ってたよな」
娘「懐かしいわね……。小学校で確か初めてできた友達がアイロンビーズをキーホルダーにしてて羨ましかったのを覚えてるわ」
雪乃「絢乃と一緒にやっているうちに私までハマってきて一緒にコースターや小物入れなんかも作ったわよね」
娘「何だかこんな話をしていると久しぶりにビーズで遊びたくなってきたわ……。ママ、今度一緒にまた何か作りましょう?」
雪乃「ふふ、そうね。ビーズなら余ったものが押し入れに入ってたはずよ」
八幡「まあビーズは今度二人でするとしてこれからどうする? まだ昼過ぎだが」
娘「そのことなんだけどね。色々と調べてみたのだけれど近くに吊り橋が有名な場所があるそうよ」
八幡「ほー。吊り橋とはまたマニアックだな」
娘「落ちそうだけど落ちないで有名らしいから今から行きましょう? 近くに蕎麦が美味しい店もあるらしいしお昼はそこで済ませたいわ」
八幡「ガチでリサーチしてきてるな……」
娘「当然よ。折角の旅行ですもの」
雪乃「なら今日は絢乃に任せませてみましょうか」
八幡「ああ。任せても大丈夫か?」
娘「ええ、もちろん。まず蕎麦屋さんはここから歩いて10分くらいの距離だったはずよ」
雪乃「絢乃が言っている蕎麦屋さんってこれ? 貰った地図によるとこの旅館の2軒隣なのだけれど……」
娘「………」
娘「ゆ、ゆっくり歩けば10分くらいはかかるわね」
八幡「どうしよう。不安になってきた……」
雪乃「ね、ねぇ、絢乃。本当にここを渡るの……?」
娘「ええ、そうよ」
八幡「想像以上にボロい橋だな……。落ちないよねこれ?」
娘「この落ちそうで落ちない見た目を5年以上保ってきているのだから平気よ」
八幡「フラグ立てるなよ……。まあこの先に茶店もあるらしいし渡ってみるか」
娘「ええ、茶店は橋渡った少し先になるそうだから丁度おやつ時になりそうだしね」
八幡「んじゃ、行くか」
娘「ええ」ギシッ
八幡「嫌な音するなこれ……」ギシッ
雪乃「……あ、あなた」クイッ
八幡「ん? どうした?」
雪乃「手を……」
八幡「……そういえばお前こういうのあまり得意じゃないんだったな」ギュッ
雪乃「もし橋が崩れてそのまま垂直落下して脳天を強打して意識不明のまま植物状態になんて陥りたくないんだもの……」ギュッ
八幡「そこまでのことはねぇよ……」
娘「………」
八幡「どうした? お前も怖いのか?」
娘「ええ、怖いわ。ここぞとばかりに猫をかぶってくるママがね」
雪乃「私が……? それはどういう意味かしら」
娘「ママが怖いのは絶叫マシンだけでこういったただ高いだけの場所は普通でしょう? 吊り橋くらい別に怖くないんじゃない?」
雪乃「あら、あなたもついに私を知ったような口を叩くようになったのね。残念だけれど吊り橋が怖いのは本当よ? だからこうして手を握ってもらっているの」ギュッ
娘「どうかしらね。昔遊園地に行った時は観覧車に乗っても別に何てこと無さそうに見えたけど?」
雪乃「あの時は夕日が綺麗で高さなんて気にならなかっただけよ。だから無理矢理私とこの人の間に入って手を放そうとするのはやめてもらえるかしら……」
娘「どうして? 普通親子というのは母と父の間に子どもが入るものじゃない? だからママは私と手を繋ぎましょう? 私が父さんと手を繋ぐから」
八幡「あのー。何でもいいから早く橋渡らない?」
娘「あ、ママの餡蜜一口ちょうだい?」
雪乃「ふふっ。どうぞ」
娘「ママのは黒蜜が甘くておいしいわね。私のパフェも一口食べて?」
雪乃「あら、ありがとう」クスッ
八幡(この親子は仲が良いのか悪いのかたまに分からない時があるな……)モグモグ
八幡「にしてもこんな吊り橋渡った先に茶屋があるとはなぁ。しかも超うまいし」
娘「不定期で週4日休みらしいけど、今日が営業日で良かったわ」
雪乃「4日は休み過ぎではないかしら……」
八幡「あー、そういえば雪乃」
雪乃「なに?」
八幡「悪い、言い忘れてたんだが来週出張が入ったからしばらく飯はいらない」
雪乃「そう……。いつから?」
八幡「現状火曜だな。とは言え2日か3日程度だが」
雪乃「わかりました。出張先でハメを外さないようにね?」
八幡「外さねぇよ。ま、帰りになんかお土産でも買って帰るわ」
雪乃「ええ、そうしてもらえると嬉しいわ」
娘「ねぇ、ママ」
雪乃「?」
娘「ママは父さんが出張に行ってる間疑ったりはしないの?」
雪乃「えっ」
八幡「突然何を言い出してんのこの子は……」
娘「だって昔やっていたドラマであったじゃない。出張と嘘をついて他の女と会うっていう浮気の話」
八幡「俺は見てないからわからんがドラマと一緒にすんなよ……。そもそも出張だって頻繁に行ってるわけじゃねぇし」
娘「でも父さんだし……」
八幡「お前は俺を何だと思ってんだ……」
雪乃「安心して?別に疑ったりはしないわ」クスッ
娘「そうなの?」
八幡「………」ホッ
雪乃「私が言わなくたってこの人はこまめに連絡してくれるし、夜は電話してきてくれるもの」
八幡「ちょっと? そういう恥ずかしいこと暴露しないでくれる?」
雪乃「だって事実ですもの。ちゃんと言ったことなかったけれど、電話してくれるのは凄く嬉しいんだから」
八幡「……さいですか」
娘「ちなみに電話はどんなこと話すの?」
雪乃「どんなこと話すの?」チラッ
八幡「さあな」モグモグ
娘「照れてる」
雪乃「照れてるわね」クスッ
八幡「………」フイッ
八幡「さて、旅館に戻ってきたことだし、汗でも流してきますかね」
娘「父さんが行くなら私も」
雪乃「一応言っておくけれどここの旅館は混浴は無いからあなたはパパとお風呂は別よ」
娘「ならこの部屋にある簡易シャワーを使えば父さんとお風呂に入れるわね」
八幡「いや待て。折角の旅館だしさすがに温泉に浸かりたいんだが」
娘「そんなの夕飯を食べた後でもいいじゃない。今は汗を流すのが目的なのだし簡易シャワーでも良いと思うのだけれど」
雪乃「折角の温泉なのだし、ここまできて簡易シャワーを使うことはないのではなくて?」
八幡「……シャワー。まあ、別にそれでもいいけどな」
雪乃「あなた」キッ
八幡「えっ、なにその空気読め的な視線……」
雪乃「あなたはもう少し父親として厳格であるべきだと思うのだけれど。この子ももう中学生なのよ? いつまでも父親とお風呂に入ろうだなんて子供みたいなことはさせないで」
娘「ママったら何をいっているのかしら。私はまだ未成年であって子供よ?」
雪乃「中学生の段階から政治や経済について興味を持って勉強している地点で私にとってあなたは十分大人よ」
八幡「えっ。お前今そんなこと勉強してるのか……?」
娘「ええ。知らなかったの?」
八幡「パパ何も知らないぞ」
娘「別に興味があるだけで自慢げに言いふらすものではないじゃない」
八幡「そうか。この年からもうそんなこと勉強してるとはな……。将来大物になれるんじゃないか?」ナデナデ
娘「べ、別に大物になりたくて勉強しているわけではないのだけれど」カアア
雪乃「話を逸らさないでもらえるかしら……」
娘「別に逸らしてなんかいないじゃない。それと勉強している内容が難しいからといってそれで大人と判断するのはどうかと思うのだけれど」
雪乃「百歩譲ってあなたが子どもだとしても駄目なものは駄目よ。中学生にもなって娘が父親と一緒にお風呂に入るだなんて恥ずかしくて周りに言えないじゃない」
娘「それなら言わなかったらいいだけじゃない。それに、私だってママのことで恥ずかしくて言えないことだってあるのよ?」ニヤリ
雪乃「……何のことかしら」
娘「あら、覚えていないのかしら? 夜中偶然お手洗いに行こうとした時に見かけたのだけれど、ママったら寝落ちしちゃってたのか父さんにお姫様抱っこで――」ボソッ
八幡「?」
雪乃「シャワー……行きたいのなら早く済ませて来なさい。今日くらいパパと入ることも許可して上げるわ」
八幡「えっ」
娘「いいの?」ニヤニヤ
雪乃「……今日だけよ」
娘「ふふっ。ありがとう、ママ。ほら、父さん。ママも良いって言っているしシャワー浴びにいきましょう?」
八幡「え、あ、おおう。……いいのか? 何か言われたみたいだが」
雪乃「別に何も。日も沈んできているし早く汗を流してきなさい」フイッ
八幡「……? あ、ああ、わかった。なら行くか」
娘「ええ」
娘「その反応を見るに父さんにお願いしてお姫様抱っこをしてもらったのかしら?」コソッ
雪乃「……憶えておきなさい」カアア
娘「ほら、そこに座って。背中、洗ってあげるわ」
八幡「お、いいのか? お前に背中流してもらうなんて何年ぶりだ?」
娘「小学3年生以来、かしら」ゴシゴシ
八幡「そんな前か。よく覚えてるな」
娘「うろ覚えだけどね」
八幡「まあ何でもいい。今こうして洗ってもらってるしな」
娘「ふふ、そうね。やっぱり娘に背中洗ってもらうのって嬉しいものなの?」
八幡「そりゃな。自分の子どもに背中洗ってもらうと父親になったなーって改めて思うわ」
娘「そういうものなの?」
八幡「まあな。世のお父さん皆そうだろ。歳とったなーって思う」
娘「おじさん」
八幡「おいやめろ。近所のガキならともかく娘にだけは言われたくない」
娘「ならジジイ?」
八幡「余計ひどくなってますけど?」
娘「冗談よ」ゴシゴシ
八幡「ところでさっきママになんて耳打ちしてたんだ? 急にママしおらしくなっちゃったけど」
娘「内緒」
八幡「なんだよ」
娘「内緒よ内緒。ママにも弱みがあるってことよ」
八幡「え、何それ気になる。何なら浮気とか心配しちゃうまである」
娘「安心して? 父さんは知ってることだから」
八幡「は? 余計わからん・・・・・・」
娘「いいのよ、わからなくて。知ってママに殺されたくはないでしょう?」
八幡「殺されはしないだろ・・・・・・。でも怒られたくはない」
娘「しょっちゅう怒られているくせに?」
八幡「くせにってなんだくせにって。怒られると言っても大したことじゃないしな」
娘「はあ・・・・・・」
八幡「・・・・・・んだよ」
娘「洗濯物放ったらかしにしたり、臭い体でソファーで寝たり、洗い物お願いされても忘れてたり、臭い足でこたつに入ったり、おつかい頼まれても必ず何か買い忘れたり、朝臭いのにすぐ歯を磨かなかったり、父さんにとっては些細なことかもしれないけれど、私やママは少なからずストレスを感じているのだから1秒でも速く改善してくれないと困るのだけれど」
八幡「すみません。あと隙あらば臭い臭い連呼しないでくれる? お父さんこたつのあたりから涙出そうだったよ?」
娘「だったら日頃の行いを見直すことね」
八幡「・・・・・・はい。前も言ったけど、お前ほんとママに似てきたよな」
娘「褒めてるの?」
八幡「一応な・・・・・・。マジで最近ママが二人いるみたいで俺の立場どんどん小さくなっちゃってるぞ」
娘「元からママには尻に敷かれていたのだから別にいいじゃない。夫婦は夫が尻に敷かれた方が上手くいくって言うし」
八幡「おいやめろ。娘からそんな風に言われたら自分が情けなくなっちゃうだろうが」
娘「どんまい」ニコッ
八幡「」
娘「・・・・・・まあ。冗談はこのくらいにするけれど、私はこれでも父さんのことは本当に尊敬しているのよ? 悪いところもあるけれど、それ以上に優しくていざとなったら頼りになるし、何よりいつも私やママのこと大切に想ってくれているもの」
八幡「・・・・・・めちゃくちゃ嬉しいけど前置きの冗談がヘビーすぎて全然響かないんですが・・・・・・」
娘「ごめんなさい、言い過ぎたわ。でも父さんのこと大好きなのに・・・・・・」シュン
八幡「あやのん!」
娘「ち、ちょっ、やめて。普段なら快く抱きしめられてあげるけれど、今はお風呂場だからやめて」ゲシッ
八幡「ぐっ・・・・・・。すまん、つい」
娘「まったく」
八幡「でもありがとな。娘に大好きって言われてるお父さんなんて全国で俺くらいだぞ」
娘「それは言い過ぎよ」
八幡「いやそんなことないぞ。それにな」
娘「?」
八幡「俺だって絢乃のことが大好きだぞ。もちろんママだってお前が大好きだ」
娘「・・・・・・・・・」
八幡「恥ずかしくてあまり言ってやれてなかったが、俺は本当にお前やママのおかげで幸せだ」
八幡「ありがとな、絢乃。俺たちと出会ってくれて」ナデナデ
娘「そ、そりゅ・・・・・・んんっ、それは父さんとママの子なんだから当然じゃない」カアア
八幡「だからこそだろ」
娘「・・・・・・・・・」
八幡「どした? もしかして照れてるのか?」
娘「・・・・・・・・・」フイッ
八幡「なあ、照れてる?」
娘「背中、もっと洗ってあげるわね。パパ」ニッコリ
八幡「えっ、い、痛い。ちょっと絢乃さん? いた、痛いよ? いたいいたいいたいいたい」
娘「ふぅ、さっぱりしたわ」
八幡「・・・・・・・・・」
雪乃「あら、もう出たの?」
娘「ええ、シャワーだけだったしね。ママは入らないの?」
雪乃「私は個室より大浴場に行きたいから夕飯を食べてから行くとするわ」
雪乃「ところであなたはさっきから何をしているの? ぎっくり腰にでもなったのかしら」
八幡「腰じゃなくて背中な・・・・・・。こいつが思いっきり背中洗うからヒリヒリするんだよ・・・・・・」
雪乃「何かと思えば・・・・・・。絢乃」
娘「染みついた汚れがしぶとかったのよ」
雪乃「そう、なら仕方ないわね」
八幡「おい、2秒で納得するなよ」
雪乃「良かったじゃない。久しぶりの娘とのお風呂、楽しめたみたいで」
八幡「まあな」
娘「ママは後で一緒に大浴場で入りましょう」
雪乃「ええ、そうね」
八幡「そういえば夕飯はまだ来ないか?」
雪乃「それならさっき女将さんが来たわよ? どうするか聞かれてお願いしたからもうすぐ来ると思うのだけれど」
八幡「お、そうか。楽しみだな」
娘「お刺身は出るのかしら」
八幡「そりゃ出るんじゃないか?」
娘「そう・・・・・・。鮭があったら父さんにあげるわ」
八幡「ああ、そういえばお前何故か鮭系だめだったな」
娘「全く食べれないというわけではないのだけれど、何というかその、味? 匂い? がだめなのよね」
雪乃「生まれて初めて食べたときからずっと苦手よね」
八幡「まあ苦手な食べ物の1つや2つくらいあるわな。俺もトマト未だに嫌だし」
雪乃「サラダで出したらいっつも顔引きつってるものね。最近その顔が面白くてなるべくサラダには入れるようにしているわ」
八幡「お、お前・・・・・・。最近サラダのトマト混入率高いと思ったらそういうことかよ」
雪乃「無論、克服してもらうつもりでも出しているわ」
八幡「先にそっちを言わないあたり面白がってるだけだろ・・・・・・」
雪乃「克服すればいいだけの話じゃない」ニコッ
八幡「・・・・・・八幡頑張る。明日からはついでの鮭も出そう。俺塩焼き好きだし」
娘「えっ」
雪乃「そうね・・・・・・。別にアレルギーでもないのだし、たまには食卓に出そうかしら」
娘「・・・・・・父さん」ギロリ
八幡「こわっ、こえぇよ。本気で睨むな・・・・・・」
八幡「そもそも給食で鮭の塩焼きとか色々出るだろ? そんな時どうしてたんだよ」
娘「残したり友達にあげたりして全力で避けてたわ」
八幡「あー、なるほどな。鮭だけに」
娘「・・・・・・・・・」
雪乃「・・・・・・・・・」
八幡「・・・・・・なんてな」
娘「ママ、私明日はトマト料理がいいわ。もちろん、サラダにも入れてね」
雪乃「ええ、そうね」
八幡「全力で避けてやる」
大浴場
雪乃「ふぅ……」
娘「はふ……。やっぱりおうちのお風呂と違ってこういった温泉でお湯につかるというのは格別ね」
雪乃「まったくね……。日頃の疲れが抜けていくのを感じるわ」
娘「父さんは今頃一人で大浴場を独り占めでもしているのかしら」
雪乃「かもしれないわね」
娘「そういえばママ」
雪乃「?」
娘「ママって父さんと出会ってもうどのくらいになるの?」
雪乃「え? そ、そうね。出会ってからなら……20年くらい?」
娘「ふぅん」
雪乃「何よ。急に変なこと聞いてきて」
娘「別に変な意味はないわ。ただ参観日とかで他の友達のお母さんとか見ていると、ママがダントツで綺麗だから気になっただけよ」
雪乃「あら、そう? それはどうもありがとう」
娘「ママたちっていつ結婚したの?」
雪乃「結婚は26歳の時だったわね」
娘「そうなの? 通りでママが一番若いわけね」
雪乃「別に結婚した年は関係ないと思うのだけれど……。それにあなたが生まれたのはその2年後よ」
娘「それでも十分若くないかしら?」
雪乃「そうかしら。でも私は友ちゃんのお母さんと同い年よ?」
娘「えっ……。嘘……」
雪乃「何か失礼なこと考えていないでしょうね」
娘「か、考えてないわよ。ただママは相当若作り頑張っているんだなって思っただけよ」
雪乃「なんだか言い方が癇に障るわね……。一応言っておくけれど別に若作りなんてしていないわよ」
娘「そうなの?」
雪乃「ええ。肌の保湿とかは普段からしているけどね」
娘「意外ね。父さんも他の子のお父さんに比べたらダントツね」
雪乃「ふふっ、そうね。あの人の唯一のすごいところは何もケアとかしていないのに大学の頃から殆ど容姿が変わっていないことなのよね……。多少シワとかは増えているけれど」
娘「ほんの一時期だけ父さんがイケメンパパとしてクラスの女子からモテている時期があったわ……」
雪乃「そ、そうなの?」
娘「ええ。ほんの一時期だけどね。参観日が近づいてきたらしつこく父さんを連れてきてほしいってせがまれたわ……。無視したけれど」
雪乃「へぇ、あの人がね……」
娘「去年の運動会の借り物競争覚えてる?」
雪乃「ええ、覚えているわ。たしかパパ、友ちゃんに借りられてたわよね」
娘「そうそう。その時に友ちゃん転んだの覚えてる? その時の友ちゃんを助ける父さんの姿がうちのクラスの女子を射止めたらしいわ……」
雪乃「記憶では別に普通に起こしてあげてただけだったと思うのだけれど」
娘「ママ、女子中学生はね。単純なの。結局すぐ父さんよりジャニーズブームが到来したわ」
雪乃「そ、そう」
娘「良かったわね、ママ。女子中学生に父さんとられなくて」
雪乃「心配なんて一切してないわ。それに女子中学生なんかに取られたら即刻通報するわ」
娘「間違いないわね……」
雪乃「それに、あの人は私一筋だしね」
娘「……どうかしらね」
雪乃「どうもこうも私だけよ。あの人は、私だけ」
娘「私はそうは思わないわね」
雪乃「あら、どうして?」
娘「私だけよ。ママより若くて可愛い私だけ」
雪乃「どうかしらね」
娘「私だけ」
雪乃「私だけよ」
娘「私だけ」
雪乃「………」
娘「………」
雪乃「やる気?」
娘「望むところよ」
娘「うぅ……」
雪乃「………」
八幡「なかなか上がってこないと思えば、なんで二人してのぼせてるのん?」
雪乃「別に……。少しおしゃべりが過ぎただけよ……」
八幡「そ、そうか。とにかくほれ、水飲め水」
雪乃「ありがとう……」ゴクッ
娘「父さんはどうだった? 一人での大浴場は」ゴクッ
八幡「そりゃ最高だったぞ。広い浴場独り占めするってのは」
娘「こっちもママと二人で貸し切り状態だったから父さんもこっちに来ればよかったのに」
八幡「混浴なら行ったんだがな……」
娘「変態ね」
雪乃「どうせ他の女性目当てでしょう」
八幡「借り切り状態じゃねぇのかよ……」
娘「貸し切り状態だったわよ? でも混浴なら父さんは喜んでくるのね」
八幡「あほ。俺がお前ら以外がいる時に混浴入ってみろ。警察も入ってくるぞ」
雪乃「違いないわね」
八幡「そこはそんなことないわよ、じゃないのん……?」
娘「でも、私はいつか三人でお風呂に入ってみたいわ」
八幡「ふ、そうだな」
雪乃「あなたが赤ちゃんの時は何度かあるけれど、確かに大きくなってからはないわね」
八幡「どっちかと入るって感じだったもんな。まあ三人だとうちの風呂狭いしな……」
娘「なら次は混浴か室内風呂が広いところに行きましょう」
八幡「次ゆっくり行けるのって多分早くてお盆とかになるぞ? でも俺は夏より冬に温泉いきたいし今度な」
娘「……この我儘」
八幡「………」
雪乃「まあ、今回はたまたま福引きが当たったのが始まりだし、またすぐに行けるかはわからないわね」
八幡「ま、そのうちな」
娘「……むぅ」
八幡「冬休みにでも余裕あれば連れてってやるから」ガシガシ
娘「絶対よ?」
八幡「ああ」
娘「二人で行きましょうね」
雪乃「ちょっと?」
猫「なーん」
娘「ただいま。きなこ」ギュッ
小町「おかえりー! どうだった温泉は?」
八幡「ああ、久しぶりだったが良いもんだな。疲れとれたわー」
雪乃「小町さん。きなこの面倒ありがとう。悪さとかしなかった?」
小町「もう全然! むしろ毎日癒しをくれるからこちらがありがとうでしたよ!」
雪乃「それはよかったわ。ほら、絢乃もちゃんとお礼なさい」
娘「小町叔母さん、きなこ見てくれてありがとうございました」ペコッ
小町「おばふぅ……っ。い、いえいえ! 絢乃ちゃん温泉楽しかった?」
娘「ええ、久しぶりに家族で旅行したからすごく楽しかったわ」ニコッ
八幡(ん……? ああ、なんだ娘か。天使かと思ったわ)
小町「はぁ~。いいないいなー。小町も絢乃ちゃんみたいな子がほしい!」ムギュッ
絢乃「あっ、ちょ、ちょっと小町叔母さん」
小町「おふっ……。雪乃さんにそっくりで可愛いしお兄ちゃんみたいに捻デレで愛らしいし今度は絢乃ちゃん預かりたい!」ギュー
絢乃「………」カアア
八幡「はあ、いいから娘返せ……。そろそろ帰るぞ」
小町「ああ、小町の癒しが……」
八幡「また帰りに来るわ」
雪乃「またきなこも連れて遊びに行くわね」
猫「にゃっ」
小町「はい! お母さんたちも喜びますので!」
八幡「んじゃ、帰るわ」
小町「はいはーい! お盆には帰っておいでねー」
八幡「はいよ」
雪乃「小町さん改めてありがとうね」
小町「いえいえいえいえ! 今度またみんなでご飯いきましょうね!」
雪乃「ええ、もちろん」
雪乃「そういえば絢乃、ちょっと」
娘「?」
雪乃(小町さんは確かに叔母だけど、年は私やあの人よりも下だから小町叔母さんはやめてあげて)
娘(それは私も思っていたのよね。小町さん?)
雪乃(あなたが言いたい言い方で小町さんが納得するものなら何でもいいのではないかしら?)
小町「?」
娘「そうね」
小町「ん? どうかしました?」
雪乃「いえ、なんでもないの。それじゃあまたね、小町さん」
小町「はい! また!! 絢乃ちゃんもまたねっ」
娘「うん、ありがとう。また来るわね、小町ちゃん」
小町「」
娘「小町ちゃん?」
八幡「なんかあいつ家の前で悶えてるけどもう行っていいのこれ?」
娘「ええ、大丈夫だって」
八幡「そ、そうか」
娘(お姉ちゃんとか姉さんでもよかったかしら……)
比企谷家
八幡「ふぅー、帰ってきたな。やっぱ家が一番だな」
娘「それは認めるけれど、楽しかったわね」
八幡「まあな」
猫「なーん」
八幡「おっ。お前もやっぱ家が一番か」ナデナデ
猫「にゃー!」シャッ
八幡「あぶ、あぶねっ……。こいつなんで俺に懐いてないのん……」
雪乃「予定より早く帰ってきたけれど、夕飯はどうしようかしら。食べにいく?」
八幡「あー、そうだな。今から買い物行って用意するのも面倒だもんな。お前はどうしたい?」
娘「私? 私はその、できればママのご飯が食べたいのだけれど」
雪乃「あら、そう?」
娘「ええ、昨日はずっと旅館やお店のご飯だったもの。久しぶりにママのご飯が食べたいわ」
雪乃「久しぶりって1日ぶりじゃない。ならあなたが言うならそうしようかしら」
娘「決まりね。父さん、買い物行ってきて」
八幡「えっ」
娘「料理をするのはママだもの。父さんはご飯を作らないのだし買い物ぐらい行ってきて」
八幡「なんだその理由……。こちとら運転で疲れてるんですけど。別に外食でいいんじゃないの?」
娘「ママ……。父さんったら、ママの料理よりも外食を選ぶそうよ……」
雪乃「………」
八幡「ばっかお前! そんなわけないだろ! 何買ってくればいいんだ!? マッ缶でいいか?」
娘「それ父さんが飲みたいだけじゃない……」
雪乃「いいわ。皆で行きましょう? あなたが本当に外食でなくてもいいのならね」
八幡「無論、雪乃さんのご飯がいいです」
雪乃「そう? なら決まりね」
雪乃「あなたは野菜の皮を剥いてくれるかしら。絢乃はパパが剥いた野菜を切って」
八幡「……買い物はいいんだが、なぜ俺まで料理手伝わされてるの?」
娘「いいじゃないたまには。私はよくママと作るけど、父さんがママの手伝いするところ滅多にみないし」
八幡「いや、するよ? ごみ捨てとか洗濯、風呂洗いも結構してるよ?」
娘「あら、そうなの? ママは毎日してくれているけど」
八幡「………」
雪乃「ふふっ、いいのよ。あなたはいつもお仕事頑張ってくれているのだから」
八幡「……いや、俺よりお前のが大変だろ。その、ありがとな」
雪乃「あなた……」
八幡「………」
娘「ちょっと? 別に見つめ合ってほしいからそう言ったのではないのだけれど?」
八幡「あ、ああ。そうだな。で、このジャガイモ剥けばいいの?」
娘「ええ、あとにんじんもね。あ、ちょっと父さん。そう持つと危ないからこうよ」ギュッ
八幡「こうか?」
娘「そう。こうよ」ギュ-
雪乃「………」
八幡「じゃがいものこの黒いとこどうすんだ?」
娘「それはここの部分で取って」ギュッ
雪乃「ちょっと手を繋ぎすぎではないかしら」
娘「え? そうかしら。私は父さんに教えてあげているのだから普通じゃない?」
娘「ね? 父さん」
八幡「えっ、あ、ああ」
娘「ふっ……」
雪乃「」
雪乃「……あなた、野菜剥き終わったらこの鍋混ぜてもらえるかしら」
八幡「はいはい」
雪乃「待ってあなた。もう少しゆっくり、こんな感じよ」ギュッ
娘「………」
八幡「ああ、なるほどな」
娘「たかがかき混ぜるだけでわざわざ後ろから抱くようにする必要ないと思うのだけれど」
雪乃「え? そうかしら。私はパパに教えてあげているのだから普通じゃない?」
雪乃「ね? あなた」ギュッ
八幡「ん、そうだな」ギュッ
娘「手をつなぐ必要はもっとないと思うのだけれど……!」
雪乃「いいから野菜切ってちょうだい」フッ
娘「」
娘「娘の前でそんなことしてはしたないと思うのだけれど」
雪乃「あら、中学生にもなってパパとお風呂入りたいと駄々こねる方がはしたないと思うわね」
娘「駄々はこねていないわ。そんなこと言っていいの? 私は知っているのよ?」
雪乃「なに?」
娘「ママが夜な夜な父さんに甘えた声でムグゥ……っ」
雪乃「この先を言ったら……わかるわよね」
娘「あら、何を言われたくないのかしら?」
雪乃「………」ヒュオオオ
娘「………」ゴゴゴゴ
八幡「……あのー。これ焦げちゃいそうなんだけど火止めた方がいいのか?」
雪乃「旅行に連れて行ってあげたのだから少しは変わると思いきや、やはりあなたには早いところ自立の意味を教えてあげる必要があるみたいね」
娘「何を言っているのよ。私はまだ中学生。自立なんて無理だわ」
雪乃「そういう意味の自立ではないわ。あなたはいつになったら父親離れするのかしら」
娘「私はママや父さんを大切に思っているのだから、離れるつもりなんてないわ」
雪乃「それは親としてとても嬉しいことだけれど、あなた最近パパにくっつきすぎよ」
八幡「止めときますね……」
娘「何か問題でもある? 家族だし私は子どもなんだから、父さんにくっつくのは当たり前じゃない」ギュッ
雪乃「中学生にもなって恥ずかしくないのかしら」
娘「別に? 自慢の父だもの。何を恥ずかしがるのかしら」
八幡「あやのん……」ジーン
雪乃「再三言っているけれど、彼は私のものよ。あなたのである以前に私の夫。私を一番に愛しているの」
娘「それはどうかしら。いつまでもママが一番とは限らないじゃない」
雪乃「どうなの?」キッ
八幡「うぇっ……」
猫「なー」
八幡「お、おお。きなこ、パパと一緒に遊ぶか……!」
雪乃「きなこ、悪いけど少し向こうに行ってなさい?」ニッコリ
猫「に、にゃー!」ピュー
八幡「お、おい! お前だけ逃」
雪乃「あなた」
八幡「」
娘「やめて、ママ。父さんが困っているじゃない。父さんは私が一番なんだから無理矢理自分を正当化しようとしないで」
雪乃「………」プッツン
八幡「」ビクッ
雪乃「あなた」
八幡「は、はい。……――っ!?」
娘「っ!?」
雪乃「……っ。これがあなたが私に劣る理由よ。正当化する必要までもないわ」
娘「し、信じられないわ。娘の前にキスするなんて……!」
雪乃「どうして? 私と彼は愛し合っているの。キスくらいあなたがいないところでたくさんしているわ」
娘「」
八幡「そのへんにしとけ……。分かってると思うがお前滅茶苦茶顔赤いぞ」
雪乃「………」カアアアアアアア
娘「もう堪忍ならないわ……! き、キスくらいでいい気にならないで!」
雪乃「いい気にもなるわよ。あなたにはその資格も関係もないのだから」
娘「くっ……。第一ママはもっと娘を――」
雪乃「あなたの母であると同時に私と彼は夫婦よ。夫婦って意味わかる? そもそも――」
八幡「帰って早々また始まったな……。夕飯作りまだ途中なんですけど」
八幡(こいつと出会い、結婚して、可愛い娘もできた)
八幡(幸せなことに娘は父を慕い、嫁も出会った頃から変わらず俺を想ってくれている)
八幡(正直俺にはまだまだ家族を引っ張ることも嫁や娘に勝つ威厳もなければ猫1匹すら手懐ける力もない。)
八幡(それでも今は、ただただ幸せだと感じる。だから俺はこれからもこの嘘偽りのない幸せを守り大切にしていかなければいけない)
八幡(一家を背負う大黒柱として、俺もしっかりしなきゃな……)
八幡「おい。その辺にしてそろそろ夕飯を」
雪乃・娘「黙ってて」
八幡「……うす」
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了
以上で完結となります。一時期失踪しててすみませんでした。
改めて自分でざっと見てみるとただただ娘と嫁が言い合いしてるだけですね……。ま、いっか。
アニメも始まるらしいので楽しみにまた書く気起きればお話書きたいなーって思います。
何はともあれ待ってくれていた方、大変ながらくお待たせしてすみませんでした。そして少しでも読んでくださった皆々様、本当にありがとうございました!
期待してます
やっぱりガハマがでないssは不快にならなくていいなあ
大学のss読み終えました!
期待しています!
面白いです!続き期待してます。
ニヤニヤが止まらない
八幡と雪乃の娘って見た目は小町と瑠美を足して2で割った感じかな?w
この人のssホントすこ
ゆきのんとの結婚ルートで娘ができてるssはレアものだもんなぁ。
これは崇高なるssだ。
これからも崇め奉りまくります。
要するに期待してます。
ゆきのんとの結婚ルートで娘ができてるssはレアものだもんなぁ。
これは崇高なるssだ。
これからも崇め奉りまくります。
要するに期待してます。
絢乃か…良い名前ですね
癒される
昔の事…ね
完結?そんな事、どこにも書かれてない。いいね?
とまあ、ネタ尽きなら仕方がない。
にしても甘くてええなぁー。
俺ガイルの12巻はいつ発売なんやろうなぁー。
もっと書けよオッラーン!!(懇願)
完結か…
楽しみが一つ減ってちょっと残念だなぁ
とても楽しませてもらいました
次作があれば期待してます
待ってますん
むぅ、寂しい…。
家族旅行ネタとか見たかったなぁ…(チラッ)
↑ナイス!グッジョブ!
パスワードw
つ、続いてる?!(しっゃぁっ!)まさかネタが採用されるとは…♪
旅行中のきなこどーするのかと思いきや。まぁ、そりゃ小町に預けますよね。流石です。
「実は書いてんの作者なんじゃね?」って思うほど書き方上手いですね!とても楽しんで読ませてもらってます。これからも楽しみにしてます!
すみません
もう一ヶ月過ぎようとしていますがまだでしょうか…
続きが気になって仕方ないです
途中で投げ出すのだけは勘弁して下さいm(_ _)m
親子の攻防こぇぇ((((;゚Д゚)))))))
こりゃ温泉が混浴とかでまた争いそうだなw
更新してくれてありがとうございます!!!
日々の楽しみが一つ増えました!
これからも頑張ってください
復活ありがとうございます!!!!!
気長に更新待ってます!!!
久々に来たら更新されてるー!
楽しみにまってます
もう待てない
久々の更新!
嬉しいぞ
嬉しいぞ
遂に完結か
お疲れ様でした
次回作を期待してます
次回に激しく期待!待ってます!
よかった、、