秘書艦電の日常
胃痛持ちでもおかしくないちょっと精神的に大人な電の日常です。
「なにをしているのですか?」
早朝のことである。
まだ日も昇らないような時間だ。
提督の部屋の前、その廊下で電は首を傾げる。
その奇妙とも呼べる光景にどう対応すべきか困り果てたのである。
「見てわからないのかい?」
扉の前で正座した時雨が言う。
「欠片も分からないのですが……」
はぁやれやれ。そんな人を小バカにしたような動作のあと、時雨は説明し始めた。ちなみに殴りかけたが我慢した電はかなりの自制心を持っていると言えるだろう。
「もちろん提督を待っているんだよ」
「どうしてまたこんな時間にそんな姿勢で?」
「いいかい? こうして朝早くから礼儀正しく忠犬のように提督を待つ姿を見れば、彼も悪い思いはしないだろう?」
「悪い思いしかしないと思いますけど……。少なくとも電なら軽く恐怖を感じるのです」
「それは電の主観じゃないか」
「物凄く的を射た第三者目線だと思うのです」
「とにかく、電は執務室で提督を待つのだろう? 僕のことは放っておいてくれないかい?」
放っておきたいのは確かだ。
こんな訳の分からないことに関わるのは嫌だった。
しかし。
電は前日、提督に頼まれていた。
今晩はかなり遅くまでかかりそうだから、電は先に寝ていていい。その代わり明日の朝、起きれない可能性があるから起こしてくれ、と。
この頼みを無下にすることなど、電は到底出来ないことだった。
「司令官さんを起こすので、そこをどいて欲しいのです」
「……い、いま、……なんて?」
「いや、だから司令官さんに頼まれたのですよ。司令官さんを起こすので、そこをどいて欲しいのです。部屋に入れないのです」
それを聞いた時雨は項垂れた。
正座したままである。
器用で柔らかい体がないと出来ない芸当だ。
「電、まさか君は提督の寝顔を見てあわよくば一緒に布団に入って。匂いとか嗅いで抱きついたり、寝ている彼の唇を奪おうってつもりじゃないだろうね?」
「発想がドン引きなのです……」
「僕なら絶対にやる!」
「」
誰かこの変態を連れ去ってくれないだろうか。
本気で電はそんなことを願い始めた。
「とにかく、どう考えてもこの状態は司令官さんの機嫌を損ねるだけなのです。だからとりあえずそこからどいて、時雨さんは執務室で待つというのはどうでしょうか?」
「いやだっ! そう言って僕がいない間に電はエロいこと提督にするつもりなんだっ!! ずるい、僕もしたいっ!!!」
「今現在電の解体希望艦娘ぶっちぎりでナンバーワンが目の前にいるのですよ」
「という訳で、共犯になろう。一緒にやれば怖くない! 僕と一緒に提督にいたずらしようよ!!」
「きっと建造時に大事なパーツを忘れてきたのですね。頭のネジが足りてないのですよ?」
「そうやっていい子ぶって! 電だって本当はエロいことしたいんだろう? このむっつりスケベ!!」
「かつてこれ程までに理不尽な罵りを受けた記憶がないのです……」
というかここまで騒いでも一切の反応が部屋からしない。きっと余程疲れて爆睡しているのだろう。
頼まれたからには起こしたいが、電個人の感情としては少しくらい寝坊させて休ませたい気もする。
「分かったのです。こうしましょう、二人で執務室で待つのです。それなら文句は言わせませんよ?」
「ふー、やれやれ。電、君は全然分かってない」
「なんで電が呆れられているのです?」
「電、君はいま提督の部屋に侵入し、その寝顔を見て好き放題する正当な権利を持っているんだよ!?」
「どう曲解してもそのような権利欠片も存在しませんが頭大丈夫ですか?」
「この好機、空前絶後の機会を見逃す手があるかい?」
「あ、人の話を完全に聞いてないのです」
「そして僕は電の権利に便乗して甘い汁を吸いたいんだ!!」
「この鎮守府に憲兵さんがいないことが悔やまれたのは今日が初めてなのですよ」
「お願いだよ! 一緒に提督の寝顔を眺めて布団に入り込んですーはーすーはーしようよ!!」
「いったい何がここまで彼女を狂わせてしまったのですか……」
確かに時雨は提督に心酔している。
恋い焦がれている。
が、ここまで倒錯した感情をぶつける常識のない性格ではない筈だ。
少なくとも電の知る昨日までの時雨はそうである。
こういった変な出来事の裏には毎回ある人物が関わっている。
そしてその人物は経過観察を自分の目で確かめないと気がすまない性分なのである。つまり、この酷いありさまもどこかからしっかり観察している可能性が高い。
「時雨さん、今から明石さんを捕まえたら提督さんが頭撫でてくれるって言ったら信じま……す、……って、もういないのです」
言い切る前に電の目の前から時雨は姿を消していた。
電の動体視力でも追いきれない凄まじい身のこなしだ。
そして数秒後、廊下の突き当たりから悲鳴が聞こえてくる。
それは明石のものであった。
慌てて駆け寄ると、廊下を曲がったすぐ先に時雨に捕らえられた明石の姿があった。
「捕まえたよ?」
「いたいっ! いたいっ! 時雨さん腕折れちゃいます! あぅあっ! 腕はそっちに曲がりませんってばぁ!!」
「やはり明石さんの仕業なのですか……。また変なもの作ったのですね……」
「ごめんなさいぃぃぃ!! 戦力強化の為だったの!! ただ、副作用があまりにも面白すぎて、いたい、いたい!! 反省してますから離してぇぇぇぇっ!!!」
悲鳴で提督の眠りを妨げるのも気の毒なので、電は時雨に解放を頼むと。頭を撫でる催促をしようとする彼女をとにかく宥めて明石に事情を聞くことにした。
「実は……」
自主的に正座した明石はことの顛末を話始めた。
こっち進めると本編に不都合が生じることが判明した為、現在止めてます。
本編が三部まで入ったら多分再開します。