2016-09-28 22:27:15 更新

概要

艦娘「大鳳」は、こうして恋に落ちてゆく―――


前書き

多分、テンプレ形式でラブコメを描いていくと思いますなのです。

※リメイク版です,但し変更を加えたのは序章だけです。


【オリ用語解説】

・艦娘歴:艦娘になってからの時間を指す,ブラウザ版『艦これ』に準拠

・「・・・」:語り手が変わる時に用いられる,基本的には語り手を変えないつもりなのであまり多用しない予定

・「...」が三行続いているアレ:ある話と話の前後で起こったやり取りを作者が無言で以て演出したい時に使われる


【注意書き】

・話は大鳳による一人称形式で行いますが、序章のように稀に語り手が変わります、ご了承ください


序章:鳳と提督







―――少女は語る。


突如として、この日の本に「深海棲艦」なる悪性生物が現れた事を。


その深海棲艦が為に、日本の軍隊は壊滅的損害を被った事を。


そうした国難の事態の中に、「艦娘」と呼ばれる存在が登場した事を。


「艦娘」とは―――。


「妖精」とは―――。


そして、「提督」とは―――。


少女は揚揚と、時に寂しげに、また誇らしげにそれを物語る。


それは彼女"達"の記録だった。


「私」は、そんな風に語る彼女をただじっと見つめていた。


その華奢な体躯の首元に燦然と聳える、菊の御紋を。


つまるところ、少女は只の人間では無い。


少女は、「艦娘」だ―――。






ぱたむ、という擬音とともに本を閉じ、それまで私に教鞭を執った気でいた少女が面と向かって口を開いた。


「あの...」


困り顔でくねらせた頭の動きに応じて、彼女の愛らしい髪の毛がヒラリと舞っていた。


「聞いていましたか、"提督"」


唐突な文句に驚きつつも、私は努めて平然を装うことにした。


「ん?...まあ、そんな怒りなさるな、"大鳳"さんや」


「怒ってなどいませんよ。ただ私は、私達艦娘を統べる存在であるべき提督がそのような態度で日々臨まれているという現状を少々、ええ、本当の本当に少々ですが、それで良いのかと訝しんでいるだけですよ」


某艦娘を彷彿とさせる擬音を頭の上に侍らせながら、目の前の座椅子に腰掛けていた少女が立ち上がった。


「もう演習の時間になります。提督も同席して、少しは存在感を威示して下さい」


「えっ、私ってそんなに存在感が無い?」


慌てふためく私を尻目に、少女は無邪気に、それでいて、小利口そうにその可憐な面に笑顔を覗かせた。


「どうなのでしょうね?」


と、曖昧模糊とした答えを返すのみだった・・・


「ったく..」


小さなわだかまりを胸に秘めつつも、呆れを承諾の意思表示とばかりに立ち上がった私は、壁に架けられた軍服をもそもそと羽織る。


そして、決め台詞が如くこう言い放ってやった。


「今日も一日頑張るぞい!」






・・・そう、彼は意味不明な台詞を吐き捨て、意気揚揚と執務室を出て行きました。


話せば分かってくれる人なんだと、どう仕様もない感想を胸に抱きつつも。


「さて、私も早く前線の皆に負けないくらい強くなる為、訓練に励みますか!」


と自身を鼓舞し、私もまた彼と同じように執務室を後にするのでした。


ここは鎮守府。


私達「艦娘」にとっての根拠地であるここは、明確な敵であり、不明瞭極まりない存在である深海棲艦を打倒するために重要な役割を持っています。


そして、そんな場所につい最近着任したばかりの私、装甲空母艦娘:大鳳。


私は、未だ第一次改装も受けられていません。




Ⅰ章:その鳳は小さき







所変わってここは演習海域。その名の通り、ここでは艦娘同士による演習を行います。


私、大鳳も参加している今次の演習の編成は以下の通り。



紅軍


大鳳:旗艦


翔鶴改


瑞鶴改


瑞鳳改


照月改


初月



白軍


蒼龍改二:旗艦


飛龍改二


千歳航改二


千代田航改二



以上が相互の編成です。


一見すると防空艦を二隻抱え、且つ正規空母と軽空母との割合比が高い私達紅軍に有利かと思えますが、現状は... そうでもありません。


って、私が説明するよりも実際の遣り取りを見ていただいた方がいいですよね。


今回の演習は、時刻は朝暮、天気は晴れの、場所は見通しの良く効く大海原、波は穏やか、という条件下で提督観覧の下行われました... ... ...






「...。 ... ...ッ! ... ...さんっ! 妖精さんっ!?」


「どうしたのよ大鳳!! って、言われなくても予想は付くけど...ッ!」


息を急き切らせながら私に話し掛けてきた方は瑞鶴さん。明るい性格と強気な態度は、みんなを引っ張っていってくれる頼りになる先輩です。


「ええ...!我が制空隊、反応途絶えました...!」


そう、歯を軋ませながら応える私を見て気を配ってくれたのか、瑞鶴さんは話の相手を自らの姉に移しました。


「今更嘆いたってしょうがないわよ!!それより、ワタシの新型艦戦混合郡まで壊滅状態よ。折角紫電改二を配備してもらってたのに... そうだ!翔鶴ねぇ!翔鶴ねぇはどうなの!?」


瑞鶴先輩に話しかけられて、近くの白髪が揺らぎ、次いで応じる声がありました。


「なんとか持ち堪えてるわ。けれど、もうこれ以上の維持は無理そうね...」


困った様な声色で瑞鶴さんの掛け声に応じた、「翔鶴ねぇ」と呼ばれていたのは翔鶴先輩。白い肌に透き通る様な白い髪が相まって、どこか華奢な想像をしてしまいがちですが、実際私はしてしまいましたが、彼女は艦隊屈指の実力を誇る正規空母です。


それを私は身をもって経験しました... いえ、させて頂きました...


「どうしましょうか、瑞鶴先輩。"本命"を出しますか?」


「いえ、それは未だ早いわね... 戦闘機隊の報告やその被撃破速度からするに、やっこさんも先ずは制空権を取りに来ていたって踏んで間違いはないでしょうね。ワタシ達はこのまま作戦通りに行くわよ!」


「はいっ」


私達の作戦とはこうです。


まず、敵に制空権を与える。


この時、可能であれば制空権を取りに行き、もしそれが取れればその時は作戦自体を転換して正攻法で攻めかかる。


正攻法とは、難しく考えずに「艦上機隊の爆撃を主軸とし、且つ水上部隊の艦砲射撃を加えての敵艦隊の撃破」だと思って下さい。


敵に制空権を奪取された場合、各空母は直掩隊に見せかけた敵艦隊上空の制空権を奪う役割を持った戦闘機隊を発艦させる。


その直後の段階で飛来してくるであろう敵の第一次攻撃隊を、防空艦をはじめとした防空戦で凌ぐ。


敵の第二次攻撃隊が接敵してくるより以前に、可能な限り発艦させた爆撃機隊で以て敵空母、特に蒼龍・飛龍の発着艦能力を削ぎ落とす。


あとは気合でなんとかする。


この作戦を立案したのは瑞鶴先輩です、私ではありません。


かなり危険度のある作戦だろうと私は思っていますが、瑞鶴先輩の言うことです。


確固たる勝算があっての事なんでしょうと、私はそれ以降批評的思考を停止しました。


「...!我が電探に感あり!敵の第一次攻撃機郡かと思われます!」


航空戦による熱気冷め止まぬ内に、明るい声でそう告げてきたのは防空駆逐艦の照月さん。


"艦娘歴"は私より少し長いので彼女も私の先輩です。


「ボクの電探には未だ反応は無いのに... 流石は照月姉さんだ... って、ボクの電探にも反応が出たようだ。これは... かなり多いぞ!」


その明るい声に感心を示した子は同じ防空駆逐艦の初月さん。


彼女は私とほぼ同時期に着任した新米艦娘です。


「早いお出ましのようね... 二人とも!艦隊防空、お願いしますね!」


「はいっ!」 / 「心得た!」


「瑞鶴さん!私達も!!」


「そうね!!全艦攻撃隊、発艦はじめ!!」


「了解!!」



...


... ... ...


... ... ... ... ...






艦娘といえど身体は乙女のそれを持つ私達は、例外を除けば綺麗好きの子が大概です。


なので、演習やら何やらを終業した艦娘達はみなこぞってその足をお風呂場へと向けるものです。


そしてそれは当然、私たちも例外ではなく...


その日の疲れを癒すためにも、一同浴場へと向かいました。






「うがあああー!なんなのよあの人達は!!化物かっての!!」


「コラ瑞鶴、お風呂場では行儀良くしていなくちゃ駄目よ?」


「... ... ...」


不格好に脚を広げてお湯につかる瑞鶴先輩とそれを御する翔鶴先輩を横目に、私は、私の不甲斐なさを嘆いていました。


ここでこうしていれば、こう出来ていれば、あのような結果にはならなかったのに。


そんな後の祭りじみた後悔を積み上げていったとしても得られるものは何も無いのに、どうしてかこの感傷が鳴りを潜める気配はありませんでした。


「お疲れ様、大鳳ちゃん。隣、いいかな?」


「蒼龍さん!?え、ええ、どうぞ」


そんな、しょぼくれていた私の心境を吹き飛ばすかのような朗らかな表情で話しかけてくれたこの方は、鎮守府随一の実力を誇る蒼龍さん。


先程の演習においては敵艦隊の旗艦を務めていた方です。


既に相方の飛龍さん共ども第二次改装に至っており、私達空母艦娘のみならず、全艦娘の中においても彼女に対する尊敬度は底知れないものになっています。


そんな蒼龍さんは私の直属の先輩ではないにしろ、なにかと私の心配をしてくれる優しい方でもあります。


「今回の演習は残念だったねぇ。流石に爆撃機をあの時機で発艦させようとは思ってなかったから確かに意表を突かれたけど、あれじゃあいい的になっちゃうよ。あんなあぐれしぶぅ?な作戦を立案したのはやっぱり瑞鶴かな?」


「はい、その通りです...」


ちなみに先程の演習は、私達の完全敗北という形で幕を閉じました。


私達が爆撃機を発艦させ終わる前に、敵攻撃隊によって敢えなく全員爆散からの大破認定。


瑞鶴さんがあのような態度をとっていたのはこのことに依ります。


「瑞鶴はちょっと強気なところがあるからなぁ、戦艦にでもなりたいのかな?」


「それは実際に言い出しかねないから恐ろしいですね...」


蒼龍さんの悪い冗談に私が乗ると、「ワタシは清霜かッ!!」というツッコミが聞こえた気がしましたが、これは幻聴だろうな、と私は脳内で処理しました。


「それにしてもさ、あの演習の時は大鳳が旗艦だったんでしょ?自分のこうしたいっていう作戦とか無かったの?」


「私は... ある事にはありましたが、とてもそんな事あの場では言い出せませんし、それに、瑞鶴先輩の作戦の方が勝機が高そうでしたので...」


「ふぅん。ちなみに、そんな大鳳の考えていた作戦って何?」


「へ?え、えぇと... 数的優位を前提として、航続距離に乏しい瑞鶴先輩の装備していた紫電改二を直掩に出した上で、火力で押すという作戦を...」


「あー、それでいかれてたらコッチは負けてたんじゃない、ねぇ蒼龍?」


突然の割り込みに驚いて振り返ってみると、そこに居たのは飛龍さん。


相方の蒼龍さんと双璧を成す彼女は、蒼龍さんを更に活発にした、それでいて蒼龍さんの持っている優しさも兼ね備えているという姉御肌の持ち主です。


なお、直接的な関係はありませんが、翔鶴先輩と瑞鶴先輩はこのお二方の指導を受けています。


あの二人の先輩はこの二人の特徴を良く引き継いでるとは思いませんか?


「あっ、飛龍。報告は終わった?」


「ええ。あの提督、よほど大鳳ちゃんに期待してたんでしょうね。とても残念そうな顔してたよ」


「提督が、私に...?」


「そりゃあね... 何てったって、大鳳ちゃんの着任を一番喜んでいたのは提督だったもの。嫉妬しちゃうねぇ。そんな大鳳ちゃんには... 食らえっ、こしょぐり攻撃〜!」


「ちょ、ちょっと飛龍さんっ!?やめっ、あっ///」


「...飛龍〜??その辺にしとかないと私も黙っていないよ?」


両手を不規則に動かしながら蒼龍さんがそう言って下さらなければ、あとどれだけ私はあのこしょぐりを受けていたのでしょう...


お風呂場の湯気とこしょぐりによる二重の火照りに苦しめられながら、私はそう考えていました...


その後、どうなったかは思い出せません。






「...う、うぅん?」


目を覚ました私が辺りを見回してみると、そこは通い慣れた執務室でした。


「お?大鳳ちゃんが目を覚ましたみたいだよ、提督」


「ん、そうみたいだな。すまんな二人とも、わざわざ運んできてもらって」


「良いんですよ。それより、大鳳ちゃんって凄く軽かったんですよ。キチンと栄養管理してあげてくださいね?」


「え、それって私がすることなのか?」


「いやする必要はないけどさ、しなかったらまず大鳳ちゃんは摂生するでしょ?その結果がコレなわけだし」


「ひんっ///いっ、いきなり何をするんですか!!」


正気を取り戻した直後に脇腹を揉みしだかれるとは思わず、ただ悶え苦しむ私。


一応、直ぐに蒼龍さんの代理反撃(こしょぐり)が敢行されたことによって飛龍さんは沈静化しましたが、依然として私は荒い息を吐き続けたままでした...


「う〜む、いやこれは確かに絶景...いや、栄養不足の気がみられますな」


「提督...?」


「ん、なんだね蒼龍クン?別に疚しい気持ちなど微塵もないぞ?」


「ええっと、一体どう言う...」


「大鳳はさ」


プカリと浮かびかけた疑問を沈めんとするが如く、蒼龍さんが真面目な顔をしてこちらを向いていました。


「はっはい、なんでしょうか」


「もう少し自分に正直に、それでいてさ、おおらかな心で自分を許容して、大切にした方が良いと思うよ?」


「それは一体どういう...」


「さっきお風呂場で飛龍も言っていたんだけどさ。正直私も、大鳳ちゃんの言っていた作戦でこられているとどうなっていたか分からなかったと思っているんだよね。だからさ、もっと自分に優しくなってもいいんじゃない?」


「私を、優しく...?でも、私は...」


誉れある帝国海軍の期待を背負った初の装甲空母だから。


なのにたった数本の魚雷によって海の藻屑と化してしまったから。


だからいま一度の生の享受を許されたからこそこれからの怠惰・慢心は許されないのだ。


なんて私の心が毒づくのを精一杯心の内に仕舞い込み、私はそんな心の殻とも呼べるかのような何かを隠すかのように、こう言葉を捻り出すのでした...


「...いえ、そうですね。折角の二度目の命ですものね。大切に、一分一秒を噛みしめて生きていかなければ、ですね!」


「その気概よ大鳳ちゃん!それじゃ蒼龍、私達はもう行こうか」


「そうね。それじゃ提督、次は西方海域への威力偵察でしたよね?つつがなく頑張りましょうね」


「ああ、恙無く頼んだぞ、我が主力たち」


任されましたよ、なんて言いつつ閉じられてゆく執務室の扉を目の当たりにしながら、私の心は果たして今、閉じられているのかと自問してみましたが、果たして答えは帰ってはきませんでした...






マルゴーマルマル。今日も良い風... こんな日には日課の走り込みが捗りますっ。


私へといっぱいに押し寄せる心地よい風を余すことなく受け止めて、今日も朝の日課を終えた私はその足を執務室へと向けます。


この時、マルゴーサンマル。


マルロクマルマル。半ば提督の私室じみた執務室の中に私は居ます。もちろん提督も。ただし提督は爆睡していますが。


「グオーグガースピー」


「......」


毎度の事なのですが、こんな気持ちの良い朝に眠りこけるなんて、提督はかなりどうかしていると思います。


なので、自然のありがたみへの背徳その他諸々を裁くためにも、私はもはや恒例となりつつ"アレ"を執行することにしました。


「提督〜?朝ですよ〜?」(腰のツボを刺激する音と共に)


「ァダダダダダダッ!?!?」


「マルロクマルマル。提督、朝ご飯は何がいいですか?間宮さんの和定食?」


「まさかの定型文!?提督はいま朝ご飯どころじゃないくらいに腰が痛い!!!!Why!?」


「あっ、もしかして朝ご飯の前に腹ごなしがてら筋トレがしたいのですか?」


「ンな馬鹿なッ!!お前は今の私の何を以て筋トレしたそうに見えたんだ!?」


「余すところなく全て、ですかね」


「朝夜お構い無しの鳥目か何かですかッ!?」


「し、失礼ですね!!この私の視力を小馬鹿にしないで下さいますか!?」


「ウルヘー!これが馬鹿にせずにいられるかー!!」


「うぬぬ... って、こんな馬鹿なことしている場合じゃあないですよ提督!間宮さんが混んじゃいますよ!?」


「え?って... おい大鳳!結局私にオイタした事をはぐらかそうとしてるな!?」


「... ... ...」


ぱたん(執務室のドアが閉まる音)


私は何も聞いていません。いいですね?


と、兎に角、私の一日は大抵こういう形で幕を開くという事だけが重要なんです!


... ... ...ちなみに、その後間宮にて提督にそれとなくコーヒーを奢ってあげたら先述の事は忘れているかのように振舞っていました。


めでたしめでたしですね。






只今の時刻、マルハチマルマル。朝食の後は筋トレをします。


え?「いやしねぇよ秘書艦仕事しろ!」、ですか?


イヤですね提督、それより先ず筋トレをするに決まっているじゃないですか。


全ての基本は筋トレから。


健全な運動なくしては頭もキチンと働きません。 ※大鳳流生物理論


さあ、食後ですのでまずはお腹に優しい腕立て伏せ。


本場陸軍では指二本で以てこれを行う (作者偏見) ようですが、流石に私は華奢なので、指三本でこれを行います。


身体を落とす時はゆっくりと、腕への負荷をじっくりと体感して、顎を床に付かせる。


そして再び腕をゆっくり伸ばす。これで一回。


朝の筋トレを本懐とする私は、先ずこの腕立て伏せを50回行います。


身体への過剰な負担は毒ですからね、無茶は禁物です。 ※大鳳流生物理論


さて、次は...


「もうやめて!お仕事する時間がなくなっちゃう!」 (ピコピコハンマーを振り下ろしながら)


「アイタッ!な、何するんですか提督!!」


「それはコッチの台詞だバカヤロー!!こんな朝っぱらから、しかも食後の穏やかなる一時をむさくるしくも筋トレし出す奴と過ごさなきゃならん私の気持ちも考えろ!!」


「もしかして今、筋トレを馬鹿にしましたか...?」 (ボウガンに『艦戦』スロットを装填しながら)


「そこで臨戦態勢整えるな艤装出すな仕舞え仕舞って仕舞って下さい!!そんな事言ってないし、時間と場所を考えろって事だよ!!」


「しかし、私は夜九時には寝なければ...」


「うおおだからその時間になるとひょっこり姿を消していたのかお前ーー!!」


「えっ、か、顔が怖いですよ提督...?」


「おう怖いか、お前にはそう見えるか大鳳。どうだろうな、毎夜九時に決まって姿を消す秘書艦を訝しみながら、だけれどもそれを余計に詮索して変に思われないよう執務をこなし続けた結果がこれ、秘書艦のおやすみの為だという答えを知らされたかもしれないなぁオォ?」


「イヤですね提督。夜更かしは美容のt...」


「ウヌァヤロォオブックラッシャァァアアア!!!!」 (ピコピコハンマー無双『赤塊の演舞』を繰り出しながら)


「いッ痛い!!脳細胞の死にゆく音が私の頭からしますやめて!!」


「我が睡眠時間を削った恨みィ、晴らしてくれようゾ〜!!」


「提督、目が本気ですね...うゎひゃあ!!」


... ... ...言っておきますが、このような朝は、かなり珍しい部類に入りますよ?


いつもでしたら、朝食の後は流れで執務(筋トレ)に入って、って...


「痛い!!痛いです!!!!」


...


... ... ...


... ... ... ... ...






「た、只今の、じこ、くは... マルキュウマル、マル... な、に疲れた顔をしてるん、ですか...提督... ッ!」


「うっうるせェ...!疲れてなんか、ねェ、ってか、そう言うお前、じっ、じほ、うすらマトモに言えずっ、に俺よりよっぽどつか、れた顔してるじゃねェ、か...!」


日次の執務は基本的にこの時間から開始されます。


先ずは遠征艦隊の選定。


当鎮守府においては、燃料・弾薬などの各種資材はその殆どを植民地・保護特区からの移入に頼り切りとなっています。


最近ですとボーキサイトの豊富な保護特区領:パラオへの遠征を頻繁に行っています。


その為、防衛前進拠点の役割を持った泊地をコロール島に建設し、重巡洋艦を旗艦とした二個艦隊をはじめ、基地航空隊などを当地に進駐させています。


「う〜ん、やはりボーキサイトの集積をいの一番に考えて編成を組もうか」


「その方で良いと思います。提督は何かと空母を運用するものですから、アルミニウムの消耗も馬鹿に出来ませんし」


「空母を運用した方が効果的だし効率もいいからな。んじゃあ編成は... パラオ方面へ陽炎型第二遠征艦隊、支那:上海方面へは陽炎型第一育成艦隊という形でいこうか。ああ、パラオ方面遠征艦隊の方には伊401を付けようか。練度向上も兼ねてな」


「了解しました。他は通常通り海上護衛任務に就かせてよろしいでしょうか?」


「ああ、構わんよ。それと、今日行う予定の演習の組み合わせも考えておいたから控えてくれ」


「はい、分かりました。どの様な編成でしょうか?」


「先日通り紅軍の旗艦はお前、大鳳で...」


「...はい」


「なんだ、前日の敗北がまだ尾を引っ張っているのか?」


「...ええ、まさしく仰る通りです」


提督の危惧するように、私にはとても私が旗艦の器たり得る存在になれているとは思えません。


だからこそ、過日の演習での敗北に繋がったのだと私は断じているのです。


「言っておくけどな...」


だからこそ、続く提督の言葉に、私は大層感化させられたのかもしれません。


「誰もお前のせいで負けたなんて思ってないからな?」


「...え?」


「『え?』って、だってそうだろ。あの演習は私も見ていたし、飛龍に仔細を報告してもらったが、あれは純粋に白軍が練度で以てゴリ押ししたっていうだけの単純な紅軍にとっての負け試合っていうだけじゃないか。誰も『大鳳が悪い』だとか、『大鳳が旗艦だったせいで』なんて言わなかったろう?」


「それは確かにそうですけど。でも、私が旗艦を務めていたからこそ負けたというのは紛れもなく...」


「『こそ』?なんでそんな言葉を使ったんだ?」


「は...?」


「お前はいま言ったよな?『私が旗艦を務めていたからこそ』って。それは違う。少なくとも俺は、お前の選択したあの時の行動は間違いだなんて思ってないし、そもそも"艦娘歴"の浅過ぎるお前が早々に蒼龍・飛龍に勝てることの方がこっちとしては怪奇なんだよ」


「でしたら、なぜ私を旗艦に...?」


「... ... ...」


「...提督?」


「あー... それはだな...」


「何故言い淀むのですか?勿体ぶらずに教えて下さい」


珍しく鼻頭を掻きながらあらぬ方を向きだす提督に、つい私は詰問する形で詰め寄ってしまいました。


そして、その行為の意味を直後に知り、羞恥でかなりの後悔をしてしまいました。


「...ハァ。 ...我が国初の装甲空母、大鳳型一番艦:大鳳。その飛行甲板を含み全身が数十ミリを数える分厚い鋼で覆われ、対爆性能は折り紙つき、しかも着艦艤装は流星や烈風に対応した最新式のものであり、正に理想的な"移動型要塞"を具現化したかのような存在だったんだ。少なくとも私にとってはな」


「...///」


「そんな私の望んでやまない存在が、こうして目の前に居るんだ。これを大切にしない訳がないし、強くなってもらいたいと思うのは道理であるし、理解も出来るよな?だからお前には旗艦としてお前にとっての先輩達の様々な技術や思想を学んで欲しいと考え、そうしたんだよ。旗艦だったらそうした機会には良く恵まれるだろうしな。実際その通りだったはずだろう?」


「その... 提督が私を旗艦に据え置きたがる理由は分かりました。でも私にはそんな大それた期待にまるで応えられているとは思えません、なので...」


「私は先程、確かにお前には強くなってもらいたいと言った。ただそれは、別に今すぐにそうで在れという意味では無いし、その様な事は一言も口にした覚えは無いぞ?」


「...」


「かつては扨置き、今のお前は唯の初い艦娘だ。ならばこそ、艦娘ならではの知見を吸収し、己が糧にする行為にゆっくり時間をかけるべきだろう。そして、それに伴う先のような苦い経験も余さず受け止めるべきだろう。仏国の言葉に『ケ・セラ・セラ』なんていうのがある。意味は『為せば大抵なんとか成る』だそうだ。これに倣い、ゆっくり時間をかければ良い。その先にお前の求めていたお前が得られるならばな」


「...提督は、こんな私にそんな機会を与えて下さるというのでしょうか?」


「それが私の求めるものでもあるからな。そしてそうしたお前はこの鎮守府の、延いては日本の希望とも呼べる存在になっているだろうよ。正に『大鳳』の名が示すように神格化されたりしてな!!『大鳳様〜大鳳様〜』って言われたりな!!」


そう締め括り、クツクツと嗤い出す提督に対し、先程まで生涯における大切な訓戒を授かっていた私としては、一層腹立たしい気分にさせられてしまったが故に、近くに置いてあったピコピコハンマーをそっと握りしめ、そして―――


「―――バカッッッッッ!!!!!!!!!!」


その憤りを、しなる自分の腕に余すことなく注ぎ込むのでした。


...


... ... ...


... ... ... ... ...






「それでは、『陽炎型第二艦隊』旗艦:天津風以下五名、パラオ方面へ向けボーキサイト移入用輸送船の護衛任務に就きます」


「えっとっ、『陽炎型特別艦隊』旗艦:萩風以下四名、シナ:上海方面へ向かうボーキサイト移入用輸送船護衛任務に就かせていただきますっ」


「うむ。天津風は伊401の面倒を良く見てやってくれ。向こうでゆっくりしてきても良いぞ。萩風は...もう少し落ち着きを持とうな。大丈夫、旗艦がお前だからこそ任せたんだ。心配するな」


「了解よ。行くわよみんな、シオイちゃん」


「す、すいません... 以後、気を付けます...」


「プルン...」


「え?司令、何かおっしゃいました?」


「へ?い、いや!何も言ってはおらんぞ!そ、それよりもだ、親潮は着任してまだ一週も経ってないヒヨっ子だ。しっかりと教導してやれよ」


「...がんばりますっ」


そう言って、溌溂と執務室を出ていったのは陽炎型駆逐艦の天津風さんと同じく萩風さん。


そんな彼女達の存在によりその狭さを露呈していた執務室も、彼女達が出立した後はそれなりに広く感じてしまいます。


彼女達が出ていったのを確認した私は、慈悲深い心で以てある時機から今の今まで提督の右腕を抓っていた左手を解放して差し上げました。


「... ... ...理由を聞こうか」


ガランとした執務室に先ず響いたのは、提督の放つ渋い声。


何故だか彼は、大層痛みを堪えていたかのような声色をしていました。


「... ... ...『プルン』」


「やっぱりそれか!!自分の体型を嘆くのは結構だがな、私に八つ当たりをするのはよしてくれ!!」


何か訳の分からない日本語を発している提督ですが、私は慈悲深き大鳳。


およそ最大級の慈しみを持って彼に接して差し上げます。


「イタっ、痛いって!!何かにつけて自分の力量に頼るの止めて!!もっと自分の理性を尊重して!!」


「まあ提督ったら。それだとまるでこの私が本能の赴くまま力任せに抑圧することしか行えないような下卑た存在であるという風に聞こえますよ?訂正を求めます」


「イヤ誰もそこまで言ってなィアタタタタタタ分かった分かりました訂正します!!いや、させて下さい!!いと美しき大鳳サマは知性・頭身の豊かな八方美人であります!醜き暴力とは全くもって無縁の、完璧な女性であります!ボインボイン!!」


「頭にきました」


「加賀は佐世保で代理提督業に就いてるはずなので執務に戻って下さい」


「... ... ...」 (ボウガンに『艦攻』スロットを装填し、発射)


「うっそ〜ん...話せばわk」


この日私は、初めて執務室爆撃の快感について熱く語る瑞鶴さんの気持ちが分かった気がしました。


...


... ... ...


... ... ... ... ...






時刻はヒトマルマルマル、場所は建造ドッグ。


艦娘建造はしませんよ、艤装開発を行います。


以前述べたことがあるかもしれませんが、我らが提督は主に空母を運用する方です。


なので日々の艤装開発作業においても、基本的には空母の運用する艦載機を開発しています。


最近ですと、最新型の艦戦『烈風』の開発にお熱です。


「それじゃあ大鳳サマ。本日の開発も烈風を主眼にお願いします」


「了解しました、提督。では妖精さん、お願いしますね」


ぴしり、とややふやけたした敬礼をしてみせ、とてとてと機械の山に埋もれていく妖精さん。


因みに開発とは、私のような艦娘には行えませんし、ましてや提督のような人間に行えるものでもありません。


これは妖精さんのみが行える作業である、というのが現段階で判明している法則です。


但し、妖精さん単体でもこれを行うことができません。


ある研究者の言論を借りれば、艦娘と妖精による相互援助の関係の下においてのみ開発という行為は成り立ち得るという事です。


とは言っても、私達艦娘が特にどうこうする事はありませんが...


でも、この論理に関して疑いの余地は無いと私は考えています。


「それにしても本日は大変暑うございますね。何か扇ぐものをお持ちしましょうか?」


「...あの提督。そろそろ違和感によるむず痒さが限界点を迎えそうなので、そのはりぼてで偽装したかのようなみすぼらしい敬語をおやめ頂けますか?」


「...みすぼらしい、か」


少し口調を厳しくし過ぎたかなと心配して提督の方を向いてみると、彼はあからさまにわざとらしい動作でヨヨヨと項垂れ、地面に「の」の字を繰り返し書き始めていました。


呆れてため息をこぼし、その為に一度俯かせたその顔を再び前方に向けてみると、丁度工廠の方から妖精さんが「何か」を抱えて戻ってくるところでした。


「...また"失敗"か」


いつの間にか項垂れ状態から復活していた提督の仰っていた通り、妖精さんの持って来た「何か」とは失敗作。


所謂、「鳥雲ぐるみ」と呼ばれている綿の塊です。


一体どう言う原理でそれが出来ているのかは謎に覆われており、事実は妖精さんのみぞ知るところです。


愚痴をこぼしそこに棒立ちとなった提督に何も言い返せず、そんな彼と同様に佇むだけの私と、ただ無垢な顔で首を傾げる妖精さん。


燦々と万物を照りつける太陽と、それと対照的に地面に転がる三つの丸くて黒い影はそんな私達を見て、ただ暑く、ただ黒黒とそこに居ながら永久の嘲りを与え続けていたように思えました。






ヒトヒトマルマル、私、大鳳が居るこの場所は演習海域。


前日の編成とは少し違ったもので今次の演習は行われました。


その編成とは以下の通り。



紅軍


大鳳:旗艦


翔鶴改


瑞鶴改


瑞鳳改


照月改


初月改



白軍


蒼龍改二:旗艦


飛龍改二


飛鷹改


隼鷹改


千歳航改二


千代田航改二



...この編成を聞いた当初、私は呆れを通り越して絶句してしまいました。


何せ、前日の編成よりも白軍の方はより編成が強化されているというのに、こちらは以前のまま。


前回の演習ではこちらがコテンパテンに負かされたのに、一体どうして...


しかも、この気持ちを共有出来ると思っていた紅軍の他の方は、「燃えるじゃない!」だの「楽しみね...先輩達を叩き潰す未来が見えるわ...くふふ...」だので戦意旺盛。


先日は制空戦の段階で搭載艦載機を全て撃墜(判定)され、以降何も為せず棒立ちのまま一番最後に爆発四散(判定)した瑞鳳まで「にひひ...やってやります!!」と、最早彼女が一番のやる気を出しているんじゃないかと思えてしまうほどの高姿勢っぷり。


ちなみに、その後彼女の口から「うふふ...気合たっぷりの新作:卵(+α)たっぷり卵焼き、この演習で勝てたらいの一番に提督が...キャっ♡」なんて独り言を聞いてしまいました。


私は悲しいです...彼が暫く野宿している既視感を感じてしまうなんて...


何時の間にかそれまでの澱んだ敗北感は綺麗さっぱり失せ、それとは打って変わった、場が凍りついてしまうほどの冷気を身に纏ったかのように、私の心はひどく冷静でいられました。


そんな私の心境を反映しているかのように当該海域の天気模様は酷く悪く、そんな悪天候に比例したかのような時化がうねりにうねっていました...






天気険悪なれば伴う波もまた高し、其敵味方問わず猛り襲い掛かる物也。


一般的に、時化の存在する海域では彼我の間において戦闘は存在しない、又はしにくいものであると言われます。


まあ、これは当然といえば当然のことでしょう。


誰しも自らの船が転覆・沈没するリスクを孕んでまで戦闘なんてしたくはないであろうし、逆にそう言った時化の在る海域には、戦闘を避けねばならない状態に置かれている非戦闘艦や、損傷している艦艇がそこで自己の身を潜めるという話を良く聞くものです。


今回私達は、これを巧く活用しようということで作戦を組み立てました。


立案者は...恥ずかしながらこの私、大鳳です。


尚、前回同様自分の意見を持っていたであろう瑞鶴先輩は、快く私のそれを尊重してくれました。


私が武勇伝を語る時、まず始めに語られる今回の演習は、前にも後にも無い程の壮絶な戦いであったと、少なくとも私はそう思っています。


その結果は、紅軍全員大破、白軍は旗艦小破、残りは全員大破という凄惨たるものでした。






前回のそれと比べて幾段高さがある波の上にひっそりと揺蕩っていた私の耳に、演習開始を知らせるブザーが劈くように響きました。


それを受け、流れる動作で舵を左前方のスコールを撒き散らしている積乱雲へと向け、平時以上の航行速度で進行しました。


勿論、その時機に偵察機を発艦させる事も忘れません。


可能であれば、先に此方が敵艦隊を発見したいのですが... 恐らく不可能でしょう。


そう思考を展開させている私の脳は酷く冷静でいられていますが、私の心は、早鐘を打っているかのように大層緊張していました。


そんな不安定な心境を代弁するが如く、不意に私は後方へ目を向けていたのです。


そうしてみたら、余計な杞憂は要らないとでも言いたいのか、翔鶴先輩、瑞鶴先輩、瑞鳳、照月さん、初月の五名はピタリと私の後ろに付いてきてくれていました。


そして、そんな私に思うところがあったのか、私の直ぐ後ろに付いていた瑞鶴先輩がおもむろに片手を自身の耳に当ててました。


『これは当然の事なんだけど、この中で一番の新参はアンタなんだからね、大鳳。それに旗艦なんだから、先ずは自分の身の保全を優先して行動しなさい』


耳に雑音が紛れた刹那、凛とした瑞鶴先輩の声が私の耳を打ち付けました。


それは私の身を案じてくれたものなのか、はたまた余計な心配は無用という矜持によるものなのかは分かりませんが、これで私の心が幾らか鎮まってくれたのは疑いようもない事実です。


『ご教示、痛み入ります。恙無く』


瑞鶴先輩に定型的な返事をし、私は再び気持ちを戦闘面へと移行させました。


この時、既に前方のスコール面は直前に迫っていました。


ヒトヒトヒトマル。


戦闘の火ぶたは、切って落とされました。






『我が対空電探に感あり!右後方、敵艦上偵察機(かと思われます)!』


二重に重なった同内容の敵発見の報告は、スコールの脇スレスレを航行し始めたばかりの私の耳にも良く聞こえました。


半ば反射的に、私は旗艦として命令を下しました。


『総員、右九十度、おォもかァァじ!!我に続け!!』


まさか後方から偵察機がやってくるとは思っていませんでしたが、粗方は作戦の大筋から逸れてはいないようだと、私は少し安堵の念に駆られていました。


この時私の脳内では、スコールを挟んだ状態で始まったその開始地点からさほど敵は動いてはいないであろうという推論の下で思考回路が働いていました。


これが慢心なのだと知るのは、このすぐ後の事です。


面舵を切り、スコールと時化で荒れる積乱雲の下へ突入した私達を待っていたのは文字通りの"洗礼"でした。


これでもかと言う程、天からは無数の豪雨が私の身体を打ち付け、足元は朧気なのかと錯覚させてしまう程の荒れ狂う波浪が猛威を振るっていました。。


私にはまるで、スコールとシケという二者の貪欲な捕食者達がその巨大過ぎる顎を雄々しく開き、私達を捕食せんとしているかのように見えたほどです。


無線なんてこの場ではお荷物にしかならないので相互の通信手段も無く、先頭を行く私には、最早味方を信じて前に進むことしか出来ませんでした。


その一方で、そんな事はお構い無しと言いたげに雨と波は終始に亘り水の災厄を与え続けました。


ゴロゴロと唸り声を上げながら、海面へと突き立ち電流を撒き散らす雷を従えながら。






それから少しして、なんとか私達はスコールの中を突破することが出来ました。


先程とは比べ物になりませんが、幾ばくかは穏やかな空の下へ帰ってこられた私達を迎えてくれたのは、現状蒼龍さんのみが装備している艦上偵察機:彩雲でした。


つまりこれは、敵の偵察機ということです。


スコールを突っ切った私達の丁度目の前を通り過ぎるような形で飛行していたその美しい機体は、私達の存在を確認するやいなやすぐさま増設槽を切り離し、私達を振り切るようにして一目散に遁走しました。


あっという間に姿を消した敵偵察機の操縦手の手腕を静かに賞賛すると同時に、いまいちどスコールの中へ入り、敵の目から逃れるべきかと私が思考した束の間、思いがけない報が私の耳を打ちました。


『我が水上電探に感あり!東方五海里の地点に敵を認む!』


それは瑞鶴さんの発した、敵発見の報告でした。


思わず耳を疑いました。


まず一つは、敵が私達と同じ戦術を遂行しようとしていた事、そしてもう一つは、たった五海里しか離れていない敵を私の電探妖精さんが見つけられなかった事です。


これは演習が終わったら更に厳しく己と妖精さんを律し、訓練してゆかなければ思いつつ、予測外の事態に対処すべく、私は自らの脳を最速で働かせました。


天候が悪いため、ただでさえ水上火力の低い私達は、もちろん敵の方もですが、砲撃戦を行う場合はもういくらか接敵しなければなりません。


目の前の敵を見逃し、次の機会を窺うか。


この機会に乗じ、敵と砲撃戦を行うか。


... ... ...答えは一つしかないでしょう。


『どうすんの大鳳!?もう時間は無いわよ!!』


覚悟を決めた私の背中を押すようにして響いたのは瑞鶴先輩の凛とした声。


この声にはまだ暫く抗えそうにないと一人感嘆し、私は"決断"を伝えました。


『...右九十度!総員面舵取れ!砲雷撃戦、ヨーイ!!』


この時、ヒトヒトサンマル。






『機関第三戦速!敵の懐に潜り込みます!!』


『あら、空母らしかぬ戦法を採るのね大鳳さん。それは頼もしい限りだわ』


『...翔鶴姉ぇってそういう性格だったっけ?』


『アハハ...ご期待に添える様、奮起努力します』


『あれ、敵の懐に突っ込むのはいいんだけど... それまでに敵艦載機が飛来してきたらどうするの?』


そう至極真っ当な疑問を投げかけてきたのは、私の親友の瑞鳳です。


なぜ親友なのか...ですか? ...それは当人の憶測に委ねます。


『敵艦載機との戦闘は極力避けてください。万が一の場合は対空戦もやむを得ませんが、本目標とは違うという事を忘れないようにして下さい』


以前蒼龍さんに「瑞鶴は随分と攻撃的な戦法を採ったよね」と言われた記憶がありますが、この私の戦法はどうなんでしょう。


なんて、追々催されるであろう先輩方との談笑を、この時ふと空想してしまいました。


そうした色々な感情が混ざり合って心が麻痺したのか、体はふわりと軽く、頭は良く回っていました。


だからなのでしょうか、私の頭の上に突如として落下してきた爆弾を難なく避けられたのは。


頭上を仰いでみると、そこには十数機の爆撃機がいままさにその腹に抱えた爆弾を投下しようとしていたところでした。


最初の一発が私の頭上に降ってかかったという事は、残りも私を狙っているという事になるでしょうか。


『機関変速、第五戦速!!一挙に敵艦隊へ肉薄します!!』


『最大戦速、ヨーソロー(宜候)!!』


だとしたら私たちの為すべき事は一つです。


『照月、初月!!対空弾幕をもっと張って敵の目を眩ませて!!』


『了解(です)!!』


たった十数機の爆撃機が総じて旗艦の私を狙っているならば無理にそれを相手にする必要もありませんし、そこで足止めを食っていると敵の増援が来る可能性がグンと高まります。


よって、これらの爆撃機は相手にせず、敵の本丸を絞めに掛かるのが最適解でしょう。


そう決断した私は、旗艦として率先して最大戦速で以て当該海域からの離脱を図りました。


唸りを上げて波しぶきを立てる最新式の私の主機は、ようやく地力を発揮する時だと勇みながら私の要望に全力を持って応えてくれていました。






機関出力を最大限に引き上げて航行していたお陰か、洋上を漂う黒い複数の点は比較的簡単に見つかりました。


それから数分としない内にはもう敵の姿からそれを識別することが可能なくらいには接近することが出来ましたが...


『...どうするのよ、コレ』


そんな問い掛けに、私は的確な答えを持ち合わせていませんでした。


いま一度頭上を仰いでみると、本来の空には無縁の黒々とした無数の点が飛び交っていました。


総数は、大体100といった所でしょうか。


『...どうしましょう』


『大鳳(さん)!?』


翔鶴先輩と瑞鶴先輩の綺麗に重なったツッコミも、私の鼓膜には空しく響くだけです。


私達の置かれているこの状態を形容するなら、「絶体絶命」という奴でしょうか。


そんな、二進も三進も行かない私達。


そんな窮地を救ってくれたのは、「彼女」でした。


『...大鳳ちゃん、少しだけ艦列を離れます』


『..."瑞鳳"?それは一体どういう』


その答えは果たして直ぐに行動として示されました。


彼女はただ一人艦列を離れ、風上に向かって最大出力で航行し出したのです。


その意味を瞬時に察した私は、その行為を無駄にせんが如く再び機関に鞭を打ち、他の味方にこう下知しました。


『...ッ、砲雷撃戦、入ります!!前だけを見て!!』


『了解!!』


...


... ... ...


... ... ... ... ...






「... ... ...」


ふと重い眼を開け、原因不明の痛みで軋む身体を無理やりに押し上げてみると、其処は薄暗く、夜の翳りを見せ始めた穏やかな洋上でした。


そこまで状況を分析して漸く、自分がなぜこういった状況に置かれているか理解する事が出来ました。


「...ッ!!」


一体どうしたら演習でこんな痛みが生まれるのかと思いましたが、痛みに悲鳴を上げている身体ではその原因を掴む事は出来ませんでした。


「起きた?大鳳ちゃん」


夕暮れ時の洋上の、がらんどうとした静寂を打ち破ったのはそんな蒼龍さんの一声でした。


「あれ、蒼龍ッ、さん... どうして...?」


「それはね... 演習が終わったからだよ」


そうあっけらかんと答える蒼龍さんの身体に目を向けてみると、彼女は飛行甲板に若干の傷を負っているだけでした。


「そう、私達はまた...」


「いやあ、前回の結果とはだいぶ違うと思うんだけど、ね...」


自らの不力さが口惜しく、思わず目を虚ろに伏せた私を迎えたのは、そんな台詞でした。


「まあ、周りを見てくれれば早いんだけど、コッチも大分危うかったんだよ?」


続く蒼龍さんの言葉に従って辺りを見回してみると、確かにその意味が良く分かりました。


まず目に入ったのは飛龍さん。


彼女は全身をボロボロにしながらも海の上に大の字になって豪快に寝ていました。


この人は、私の砲撃を蒼龍さんを庇いながら被弾していたのでまず大破判定を受けているであろうはずなのに、とてもじゃないですがそう感じさせませんでした。


「飛龍は大破判定を受けたよ」という蒼龍さんの言葉が無ければ、私はまず自分の視力を疑っていたでしょう。


他の千歳さん、千代田さん、飛鷹さん、隼鷹さんも似たような状態で居ました。


...勿論、大の字に寝ていた訳ではありませんよ?


その白軍の方々のすぐ側に、私を含む紅軍の方々も居ました。


翔鶴先輩と瑞鶴先輩。


疲れていたのか、未だ快眠している瑞鶴先輩を翔鶴先輩は優しく撫でながら膝枕をしていました。


そうしていた彼女の方もかなりガタが来ている筈なのにと、私は彼女に対する畏敬の念が一層増したのを如実に感じました。


照月さんと初月。


彼女達は背中同士をくっ付けて長座位しており、それがその仲を能く表していました。


今次の演習においては唯一の駆逐艦娘でありながらも、それに戦く事無く敢然と立ち向かっていった彼女達の姿勢は私も是非見習いたいものがあります。


ここまで全体を俯瞰で見て、私は"彼女"がその場に居ないことに気が付きました。


「...瑞鳳!瑞鳳は!?」


「... ... ...どうしたの、大鳳??」


予想外の返答に驚き、声のした方へ顔を向けると、そこに居たのは当の瑞鳳でした。


「... ... ...うわぁ」


「ちょっと!!顔を向けた後の第一声がそれってどういう事よ!!」


「ごめんなさい瑞鳳。でもそれ...」


「ええそうよ!!名誉ある負傷よ、悪いの!?」


「いや、悪いという理由じゃ無いんだけど...ふふっ、なんだか可笑しいわ」


「〜〜〜ッ!!大鳳のバカッ!!提督の次に食べさせてあげようと思ってたけど、もう大鳳には私の新作卵焼きを食べさせてあげない!!」


「...あ、そう言えばそんな事言っていたわね」


「あれ、言っていたっけ?」


「イヤ?けど、随分とコッチが引くような下卑た笑みを浮かべてブツクサ独り言をしていたら誰だって『コイツ何言ってるんだ...?』という何故か気になってしまう気性が反応してしまうものでしょう?」


「帰ろう。帰ればきっと何もかも解決するから」


「ふふっ、誰の真似よ、それ」


「うるさい!!みんな起こして、早く鎮守府へ帰ろ!!」


「えぇ、そうね」


「...大鳳ちゃん」


「...?どうしましたか、蒼龍さん?」


「..."もうすぐ"だよ」


「...?」 (首を傾げながら)


「ううん、何でもない!さ!帰ろっか、飛龍!!もう、いつまで寝てるのさ!!」 (足蹴にしながら)


「イッ!?痛ったァ... 何すんのよ蒼龍!!」


「もう帰らないと夜になっちゃうよ!!ほら起きて!!」 (足蹴にしながら)


「うっそもうそんな時間!?ってか足蹴にするの止めて!!」


先程までの剣呑とした戦場とは見間違える程の賑やかな喧騒を眺めながら、私は蒼龍さんの言った言葉の意味を考えていました...


「...取り敢えず提督に八つ当たりしよう」


「顔が怖いよ大鳳... アイタタタ...」



* 第一章:その鳳は小さき 〜Fin〜 *




二章:その鳳、斯く蹈鞴を踏めり







私がこの鎮守府に着任して、はや一ヶ月。


"あの"演習の更に二週間後のことです。


その日、私はいつものように真新しい鎮守府を臨みながら日課の走り込みを行っていました。


ピンポーンと、ふと業務連絡が伝えられる前に流れる鐘のような音が鎮守府の方向から聞こえました。


その放送をする事が出来るのは基本的には事実上の最高指揮官である提督だけですので、一体どういう内容なのかと、その時ばかりは私も動かしていた足を止めて放送に耳を傾けました。


それは、私に対するものでした。


『あー、あー。聞こえる、か... よし。秘書艦の大鳳さん、提督が工廠でお待ちです。至急出頭されたし』


具体的内容に触れず、あまつさえ丁寧調か命令調かという日本語の基礎からガタガタなのでロクな内容でないということは確かでしょうが、それでも最高指揮官直々の出仕命令です。


短い溜め息を吐きつつも、私はその足取りを提督の指定された工廠へと向けるのでした。






「提督、大鳳、参りました。如何なる内容で私をお呼びしたのですか?」


工廠に入り、提督を見つけるな否やそう声を掛けた私に返答した提督の言葉は、私に最大級の驚きを与えるに値する程のものでした。


「おう、来たか我が秘書艦。早速だがお前に改装を施そうと思っていてな。妖精さんには話をつけているから、とっとと改装してこい」


「え... ... ...?」


頭の中に疑問符の絶えない私を見て何かを察したのか、再び提督は私の頭の中へ直接的決定打を打ち込みました。


「だーかーらー。『改装』だよ、『改装』。お前の練度はもう第一次改装に耐え得る程に成っているから、施してこいって言ってるの!お分かり?」


「あ、ハァ...」


「そんなに現実味の無いことか...?」


「ハァ...」


「... ... ...妖精さん、ちょっと動けないみたいだからさ、ちゃっちゃとコイツ持ってって!」


私は謎の浮遊感に捕らわれながら、頭の中までフワフワしているかのような錯覚を覚えながら、意識が遠のいていくのを感じました...


...


... ... ...


... ... ... ... ...






「ん、んぅ...?」


長い眠りの時間から覚めた私を待っていたのは、マジマジと私の面表を見る提督の顔面でした。


「ヒッッ!? ...っつう!?」


その迫力に思わず勢いづきながら上体を起こしてしまい、結果、私のおでこと提督のおでこが激しくぶつかってしまう事になってしまいました。


「「いったァ...」」


およそ誰しも調和させたくないであろう言い洩らしをしてしまい、基本工廠に詰めており、この場にも居合わせていた工作艦の明石さんも堪らず苦笑いしていました。


「何してたんですか提督!!恐怖のあまり悲鳴が出てしまいましたよ、全く!!」


「え、悲鳴が出るほど!?ただコッチはお前の心配をして遣っていただけだというのに...」


「信憑性に欠けます」


「...明石ィ〜」


「ハイハイ、もう少し素行を良くすれば済む話なんですけどねぇ」


「明石まで!?」


ハァ、とこの日二回目の溜め息を漏らした私は、改装が施された筈の自分の艤装に手をあてがってみました。


目を覚ました当初は、特段身体の奥深くから力が溢れ出してくると言ったような如実な成長は確認出来ませんでしたが、成程確かに、私を覆う艤装は確実に以前のものとは異なっていました。


特に、艦載機を装備出来る格納庫の容量は格段に向上したのが良く感じられます。


しかも、元々配備していただいていた零式艦戦は、いま見てみるとなんと烈風に置き換わっていたのです!


そんな嬉しさの連続に私は、その溢れ出る喜びの情念が為に烈風妖精さんの手を繋いで謎のステップを踊り始め、且つ、「あ、烈風は赤城に装備させるから」という提督の声が幻聴として聞こえたくらいです。


...は?


そんな呆然とした私の耳によく聞こえるよう気を使わせたのか、再び提督は大きな声でこう言いました。


「だーかーらー。その烈風は赤城に装備させるからって言ってるの。お前秘書艦なら知ってるだろ?もうすぐ西方海域への威力偵察に行くって。だから少しでも戦力増強させたいワケ!お分かり?」


「...確か赤城さんの艦型だと烈風h」


「それは妖精さんが何とか出来るらしい、って...知らなかったのか?蒼龍や飛龍だって烈風を装備してるんだぞ?」


「...えぇ」


「あぁ、この際これも言っておくけど、お前にも行ってもらうから、西方海域。つってもまあ後方のリンガ泊地にだけどな。先方の金剛にはもう言ってあるから気兼ねする必要は無いぞ!」


「...えぇ」


目標であった改装の達成に対する喜びと、念願の烈風装備という願望を打ち壊された事と、急な西方海域への出征と。


この短時間で色々な事がごちゃ混ぜになった私の身体は遂に悲鳴を上げ、私の意識は再び深淵へと溶け込んでいきました...






「『...あれ?これってもしかして丸ごと全て夢だったんじゃないか?』、なんて思っていた時期が私にもありました...」


「急に何を言い出すんデスか?」


「いや可笑しいじゃないですか。突然改装を受けるわ、前線泊地に赴かされるわ...傍から見たら現実味に欠ける話だと思いませんか、金剛さん?」


「...確か榛名は改装を受けた後直ぐにヒ島の司令艦に就きマシた」


「そんな話は良いんですよ!!大事なのは私の今した話!!Understand!?」


「驚きマシたー。まさか大鳳がそんな流暢な英語を話せるナンて」


「人の話はキチンと聞いて!!」


突然ですが、私、大鳳が居るのは昭南島。


前線泊地:リンガ泊地にほど近い、かつて大英帝国の保有していた植民地です。


深海棲艦の出没と相まって孤立状態に陥っていたここ、昭南島は、いまは私達艦娘部隊が統治下に置いています。


そして、今次の西方:カレー洋威力偵察艦隊の後方支援基地としての役割を果たしています。


昭南島:リンガ泊地は戦略上重要な拠点でありますから、現地司令艦は歴戦の戦艦:金剛さん。


他にも、雲龍さんを旗艦とした機動部隊並びに航空隊などの強力な常駐部隊が存在しています。


そんなリンガ泊地に私、大鳳は偵察部隊の予備航空隊を搭載し、支援物資を積み込んだ輸送船部隊の護衛を勤める為に派遣されたという訳です。


今回西方海域に派遣された艦隊は、初の西方海域への出征という理由で非常に強力なものになっています。


まず、旗艦は赤城さん。


鎮守府草創期から屋台骨としての役割を果たしていた彼女は、最近では新規艦娘・航空隊の教官として呉において司令艦を務めていたのですが、先程申したように西方海域への初の進出という事で、その役割を翔鶴先輩に臨時で引き継ぎ、偵察艦隊の旗艦となりました。


その強さは私の尊敬して止まない蒼龍さん・飛龍さんにも全く引けを取らないと言われているほどです...


そんな彼女と面識の無い私にとって彼女は「雲の上の人」と言った所でしょうか。


副旗艦は加賀さん。


彼女も赤城さんと同様で鎮守府草創期から獅子奮迅の活躍をしていたそうで、こちらは佐世保で司令艦を務めており、今回瑞鶴さんにその役割を引き継いで偵察艦隊に参加しています。


なお、佐世保で基礎訓練を受けた艦娘はこぞって「佐世保は地獄」と嘆いており、逆にそういった類の噂を聞かない呉と比較して「天女の赤城・閻魔の加賀」だなんて異名を付けられています...


赤城さん・加賀さんと共に基幹艦隊を構成するのは蒼龍さんと飛龍さん。


この鎮守府最高戦力である四人の他にも、摩耶さん、鳥海さん、由良さん、阿武隈さん、夕立さん、時雨さんなど艦娘部隊きっての精鋭達が集っており、今回の威力偵察にどれだけ提督が重きを置いているかが窺えます。


さて、そんな強者たちの補佐役として当地に着任したこの大鳳。


今回の出征で初の実戦を演じることになろうとは、この時の私には思いもよらない事でした。






「Too longなdescription、Good jobデース」


「...ディスクリプションとはどういう意味ですか?」


「分かりまセンか?私にも分かりまセーン」


「いや分からないんですかッ!」


「Hahaha!大鳳はreactionがinterestingデスねー!!」


「もうどうでも良いです...」






ある太陽の日差しが厳しい日、私の居る昭南島はその全体がにわかに活気づいていました。


その理由とは...


「艦隊が帰投しました。結果は上々です」


「Yes! You did a great jobネー赤城!」


「うふふ、お褒めに預かり光栄です、金剛さん」


しゃなり、なんて擬音が付きそうな丁寧な物腰で金剛さんに戦果を報告しているのは偵察艦隊の旗艦:赤城さん。


つまり、西方海域に出撃していた赤城さん率いる偵察艦隊が帰投したという事が、昭南島の活気が良い理由です。


「カレー洋にはさして凶悪な深海棲艦は...」、「Oh, really? 西方には敵もさして気を配っていないという事なんですカね?」などと敷居の高い会話を繰り広げる歴戦の猛者たちを眼前にして、私は唯ひたすらそこに直立している事しか出来ませんでした。


彼女達、特に赤城さんの持つ極大の重圧に必死になって耐えていると、不意にその赤城さんが私に語りかけました。


「貴方が大鳳さんね?話は蒼龍から聞いているわ。提督のお気に入りなんだとか。うふふ、羨ましい限りだわ」


「へっ?い、いえ!とてもそんな事は御座いませんよ!?赤城さんや蒼龍さんに比べたらもう全然!!」


「そうかしら?提督とは良く文の遣り取りをするのだけれど、彼の送ってくる文には貴方の事が良く書かれていたわよ?しかも気になるアノ子に悪口ばかり言ってしまう小学生の心境地味た内容のね、うふふっ」


「イヤそれはまず本心での言葉なんでしょう」


周章狼狽を通り越して、思わず素の状態でそれを否定した私に、益々赤城さんはその美しい顔に浮かべた笑みを深めるばかりでした。


それよりも質の悪いニヤケ顔を浮かべる金剛さんと共に囲まれて、私は居心地の悪さが限界点に達し、それが限界点を通り過ぎたかのように感じました。






「あ゙ー疲れた...」


「なんか珍しい顔をしてるね。何かあったの?」


それから暫くして漸く赤城さんと金剛さんに解放された私は、ふらつく足取りで酒保に赴き、そこで購入したラムネ片手に談笑室にて項垂れていました。


そこに現れた蒼龍さんが、同じくラムネを片手にしながら話し掛けて下さったのです。


「あ、蒼龍さん... 実は―――」


事の成り行きを蒼龍さんに説明した所、その話が終わる前には彼女はその顔をこれでもかというくらい膨らませ、話が終わると同時に、その顔に溜め込んだ空気を一気に噴き出していました。


「あの...?」


「〜〜〜!!」


際限無く足をばたつかせ、私がそれと一緒になって揺れるある部分を憎々しげに睨めつけていると、暫くして落ち着きを取り戻したのか、蒼龍さんはアヒーアヒーと言いながらも目頭に溜まった涙を拭い、漸くマトモに口を聞ける状態に戻りました。


その間実に五分。


「ゴメンね、変に笑っちゃって... ふふっ」


「いえ... 先程も似たような環境にいましたのでもう慣れました...」


「赤城さんや金剛さんも悪気があっての事じゃ無いのは確かなんだけどね、その気持ちは確かに分かっちゃう... ふふっ」


「流石に笑い過ぎじゃないですが...?」


「いや、ホントごめんね?」


両手を合わせて懇願する蒼龍さんにそれ以上当たっても仕方が無いので、私はそれ以上、こみ上げる笑いを繰り返し抑えている蒼龍さんに言及するのを諦めました。


「ハァ... そう言えば、赤城さんのお話をお聞きする限りではこと戦闘において完全勝利の連続だそうですね。西方には深海棲艦の影響力も薄いものなのでしょうか?」


「う〜ん、それなんだけどねぇ...」


苦し紛れの話題転換を試みた私に対し、蒼龍さんはひどく神妙な面持ちをのぞかせていました。


そのあまりの威迫に思わず私がたじろぐのと、蒼龍さんが次の言葉を紡ぐのはほぼ同時でした。


「敵が"弱過ぎる"んだよね。いくら何でもこれまでの敵の強さとはかけ離れて弱くてさ、あまり偵察の本懐を果たせていないっていうのが現状の私たちの不安要素かな。だからいっその事一度退いて、深海棲艦の跳梁激しい南方海域に主眼を置くべきじゃないかって結論に私達は至ろうとしているんだよね」


「つまり西方に得られるものは無いと...」


「とは言っても、一度提督の判断を仰がない限り私達にはどうする事も出来ないから暫くはここに釘付けかな?」


「となると先方にはもうその事を?」


「うん。雲龍ちゃんにお願いして隼と戦闘機をいくつか出してもらう事になってるよ」


「成程。それなら安心ですね」


その時、腕を組んで頷いていた私には、瞳の奥に怪しげな光を湛え、口の端をいやらしく吊り上げた、いかにもな悪人面をした蒼龍さんを捉える事が出来ませんでした。


「まあ、たった数機の航空機にそんな大事を任せるのも忍びないからなぁ。大鳳ちゃんにその航空機の直衛をお願いしようかなぁ」


「へ...?私が、ですか?」


あざとさが見え見えの語調で話す蒼龍さんになんとなく嫌な感じを覚えた私が戦いていると、横合いから突然強烈な茶々が入り込みました。


「あぁ、それは良いかもしれないわね!私達や金剛が動くわけにもいかないし、改装を受けて一段階強くなった大鳳ちゃんなら私も安心して護衛を任せられるわ!」


「ひ、飛龍さん...いや、でもですね」


「イヨ、流石装甲空母は日本一!!」「日の本の安泰はひとえに大鳳ちゃんの手によるもの!!」


「しょうがないですね!!これは私が行くしかないですね!!」


いよいよ危うげな雰囲気を完全に察した私は口をひくつかせながら反論を試みようとしますが、流石は歴戦の空母。


アッという間に言いくるめられた私は、赤城さんや金剛さん、蒼龍さんや飛龍さんの盛大な軍楽を背に受け、一路鎮守府へと向かいました。


...


... ... ...


... ... ... ... ...






「おうおかえり秘書艦。西方でのバカンスは如何でしたか?」


「おかえりなさい、大鳳。リンガは楽しかった?」


それから幾日かかけ、久方ぶりの鎮守府に戻った私を出迎えたのは提督と瑞鳳の二名でした。


「お出迎え感謝します、提督。瑞鳳も、秘書艦はキチンとやれてるかしら?」


「失礼ね!私は大鳳が着任する前には既に秘書艦の経験があったんだから!!」


某艦娘が見たら「れでぃにあるまじき顔ね!」と怒り出しそうな情景が目に浮かぶような表情で頬を膨らませながら怒る瑞鳳を尻目に、私は事の成り行きを提督に説明しました。


そして、その説明が終わるやいなや、「そうか。とりあえず今日はゆっくり休め。んでもって、また明日仔細をお前の口から聞こう」と言った提督は、陸攻妖精さんから手紙を受け取ると瑞鳳に後を任せ、さっさと踵を返し、重厚な鎮守府の扉の向こうへと消えていきました。


「...随分と忙しそうね?」


「なんだか北方で深海棲艦の活動が頻繁に見られるようになったからって、龍驤が増援要請を提督に出したらしいよ?」


「いやなんで疑問形なのよ...」


「私は臨時の秘書艦だからね、細々とした事務処理しかこなして無いの」


「...?」


「なんで『意味分からないわ』って顔するのかなぁ... 前途多難の路しか予測できないわよ」


「...??」


「兎に角!今日はもうゆっくり休んだら!?」


「え、えぇ... そうせてもらうわ...」


かなり無理して急いで来たせいで瑞鳳の言葉が能く理解出来ないのだろうと結論づけ、この日はゆっくり休息を摂ろうと私は心に決めたのでした。






戦時下にある地上などとは無縁だとでも主張しているかのような無垢で眩い月が常闇に浮かび、それが地平線に沈んだのち、彼方の水平線から太陽が顔を出し始めた明くる朝、時刻はマルロクマルマル。


決して短くない時間を提督の秘書艦として過ごした私には、「提督は朝にも夜にも弱い」という経験則がもはや常識的に備わっています。


これはひとくちにまとめてしまえば「早寝遅起き」という事ですが、いまこの時にこの事を述べたのには理由があります。


「... ... ...珍しい事もあるのね」


そう小声で嘯き、執務室の扉を微かに開いて室内を覗く私の視線の先には、黙々と執務をこなす提督の姿。


時折書類に目を遣りながらも、煩わしそうに頭をガシガシと掻いている所から察するに、先に瑞鳳の述べていた北方海域について思うところがあるのでしょう。


北方海域を総括する、いわば大元である大湊には主に水上小型艦艇を主軸に軽空母:龍驤を司令艦として常駐させています。


小型水上艦艇とはFull-flatの意ではありません、 ...と、そんな事は常識でしたよね。


この北方海域にはあまり提督の推奨する強力な航空隊は居ません。


強いて言えば龍驤と鳳翔の搭載している航空隊くらいでしょうが、それぐらいであるというのが現状です。


ですが、そんな北方海域に敵である深海棲艦の空母級、通称ヲ級の存在が最近になって確認されたそうです、ちなみにこれは瑞鳳談。


ちゃっかり提督の独り言に聞き耳を立てていたそうです。


それは扨置き、提督が頭を悩ましているのはこのヲ級の存在に依る事という理由なんでしょう。


...ああ、今は私のするべき事を為すべきでしたね。


そう心に言い聞かせ、私は執務室の重厚な扉をなるだけ音を立てないようゆっくりとひらきました。


「マルロクマルマル。失礼します、提督」


「...?おう、大鳳か。相変わらず朝に強い奴だ」


「お早うございます、提督。今日に限ってはそちらにも同じ事が言えますよ」


「はは、コッチは只の徹夜だよ。ええと、西方海域に関する報告だったな。中身は大体赤城からの報告書で状況は把握している。敵に活発性が見られないという事だったな。結論から言えば、当初の『偵察』という任務は放り捨てて、以後は『示威』行動に重点を置いて西方における敵主力の炙りだしをやって欲しいと思っている。具体的範囲としては...ここだな、リランカ島。ここに敵の泊地が存在しているという情報があるので、ここを赤城達に叩いて貰おう。なので先方には...」


そこまで言いかけて、ハタと動きを止めた提督に「どうしたのですか」と聞く間も無く、彼は唐突に、そして大胆な指令を私に下したのです。


「話が変わるが、先日から悩ましい点が一つ出てきてしまってな。もしかしたら瑞鳳から聞いていたかもしれんが、北方海域での一件について知ってはいるか?」


「え、ええ。なんでもあの龍驤が苦心しているとか」


「おう。それでその事なんだが... ... ...」


「提督...?」


「... ... ...うん。お前、大湊に行ってこい」


「... ... ...は?」


予想もしていなかった事態に思わず私が呆然としていると、提督はあっけらかんとしながら情け容赦無しに、そして続けざまにこう言いました。


「北方海域。航空戦力が不足している大湊に増援としてお前が行ってこいって事。Can you understand?」


「開明派だからと言って英語を多用しないで下さい!え、待って下さい、私が北方に赴くのですか?翔鶴先輩や瑞鶴先輩が居るじゃないですか?」


「いやお前、翔鶴と瑞鶴は一航戦の代役として司令艦に就いてるじゃねぇか。それをおいそれと動かす訳にも行かないだろう。心配するな、ちゃんと照月と初月を護衛に付けるよ」


「え、そういう問題なんですか?いやですね、私は練度やその他の私の抱える問題をですね...」


「私がどれだけお前を見てきたと思っているんだ。その心の脆弱さを除けばお前に難なくこなせる任務であると私が保障するさ」


「...」


最早反論の弁舌を逸した私に、提督はトドメの一撃を放ちました。


「烈風付けるから」


「喜んで任に就かせて頂きます!」


...


... ... ...


... ... ... ... ... ...


着任早々秘書艦に就いたと思えば、遥か西方に赴き、そして今度は北方へ。


波瀾万丈とは言いますが、果たしてこんな私の艦娘人生はどのような方向へ傾くのか。


なんて妄想に耽ることでしか、私は私を慰める術を持ち得ていませんでした。






主に北太平洋・オホーツクの海を鎮護する大湊警備府。


比較的戦闘の発生しにくい穏やかな海域が管轄下である為、戦艦・正規空母級の艦娘は居りませんが、現地司令艦は軽空母艦娘:龍驤。


艦娘歴で言えば赤城さんや加賀さんのそれにも引けを取らないほどの古株である彼女は、同じ軽空母艦娘の鳳翔さんと共にこれまで北の海の平和を保ってきました。


しかし、今回はこれまで北方海域に確認されてこなかった正規空母級の深海棲艦:ヲ級が出没したため、この大鳳を旗艦とした臨時支援艦隊が大湊へ派遣された、というのが事の次第です。


護衛の照月さんと初月の二名以外にも軽空母艦娘の飛鷹さん,隼鷹さんがさり気なく艦隊に組み込まれていたので用意周到な提督だ、と提督を再評価しつつ大湊へ入港した私達を龍驤をはじめとした大湊所属の艦娘達は諸手を挙げて歓迎してくれました。


「イヤー、よう来てくれた!!しかもあん時はまだヒヨッコだった大鳳が来てくれるなんてなぁ。提督からの電報を見た時はそりゃあ驚いたけど、その背格好を見る限り問題は無さそうやなぁ」


「久し振りね、龍驤。と言ってもまだひと月も経ってはないんだけど」


「あれ、そやったか?ま、えぇわ!!遠い中疲れたやろ、向こうほど豪勢な場所じゃないけどまずはゆっくりしてな」


「そうね、お言葉に甘えさせていただくわ。件の話はその後進展ないのよね?」


「せや、その事なんやけど... まあ、取り敢えずはメシにしようや。込み入った話はその後!鳳翔が腕にヨリをかけたご馳走やでぇ、熱いうちに食わな勿体ないで!!」


「鳳翔さんの手料理、一度ご馳走になってみたかったのよね。それは楽しみだわ」


「鳳翔さんの手料理...」


「涎が垂れてるぞ姉上。それでは秋月型がみな揃って食いしん坊の烙印を押されてしまうだろう、よさないか。ジュルリ」


「...説得力ないわよ初月。飛鷹さんと隼鷹さんも... アラ?」


「アイツらならもうとっくの昔に鳳翔んとこ行ったで?」


「い、いつの間に...」






翌日、司令艦室。


前日は結局お祭り騒ぎの喧騒の中に消えてしまい、改めてこの日にゆるりと対策の指針を立てていこうという事でまとまっていたのでした。


「ほな、件のヲ級についてやな。ありゃあつい三日前の事やった。そん時に哨戒に出ていた吹雪らがその時間内なのに慌てふためいた様子で港に戻ってきてな、ワケを訊いてみたら『空母が居た』なんて言いはるんよ。北方には正規空母級は愚か軽空母級のヌ級すらよう見ないもんで空母としてしか言えへんかったんやろ、念の為ウチと鳳翔で偵察機を飛ばしてその空母とやらの正確な艦種識別を図ってみたらなんと!ヲ級だったんや。しかもそこはウチらにとっての北方海域前進基地である幌筵を優に爆撃圏内に出来る程の近海やった。このままやったら幌筵はともかく大湊も危ないゆうワケで提督に支援要請を送ったっちゅうことやな。その後はウチと鳳翔の艦載機や陸上機も動員して近海哨戒をやってるからやっこさんも姿を見していないけどまたいつやって来るか分からん、大鳳には悪いけど今回は結構重大なヤマやで」



「一度発見してその艦種識別までは出来ているけどその後の居場所は分からない、という訳ね... それは厄介だわ」


「いんや、敵がどこに居るかってのは予想が付くんよ、と言うよりも"アソコ"にしか大型の深海棲艦なんておれへんはずや」


「...『ダッチハーバー』かしら?」


「ご明察。予習はバッチシのようやな」


「だとしても、あの泊地は米軍が保有している筈だのに...」


「"落ちた"んやろ。それしか考えられへん」


「...成程。ともあれ、目標はダッチハーバーという事で良いのよね?」


「せや。そこをギッタンギッタンに叩けば少なくとも暫くの平穏は保たれるやろうからなぁ。場所も遠い上に確証があるという訳でも無いけどやるしかないってのが結論やな」


「うん、そうね... 色々と難点はあるけれど、目標の設定に関しては私にも異論は無いわ」


「そりゃおおきに。別にウチらも相応の準備があるから直ぐに出立するという事は無いでな、少しはゆとりも持てるやろ」


「それは助かるわ。寒地訓練もしないといけないと思っていたのよ」


「ほな、ウチも手伝ってあげるわ、その訓練に」


「それはありがたいわね。是非お願いしたいわ」


...


... ... ...


... ... ... ... ...


それから少しの間、私からしたら一瞬の間でしたが私は龍驤や他の大湊所属の艦娘達に北域での戦闘について沢山のことを教示して頂きました。


そして、練度的にも充分なものを感じ取れた様になってから、私達は深海棲艦の一大根拠地と化しているであろう米軍泊地:ダッチハーバーへの進軍を開始したのです。


作戦名、『AL作戦』。


目標:北方における敵根拠地の殲滅による北方海域の安寧の再建。


私はこのような栄誉ある作戦への参加が出来た事に対し、幾々に亘って私の記憶に誉れとして残るであろうと感じました。






AL作戦が発動されてその三日後、私達は千島列島の北端が幌筵島に到着していました。


ここ、幌筵島にある幌筵泊地は私達艦娘部隊の保有する最北端の泊地ですので、今回の作戦には後方支援基地として閑散としている普段よりも幾倍もの活気を見せていました。


今回、AL作戦には後方支援艦を含めると装甲空母1,軽空母4,重巡洋艦2,軽巡洋艦3,駆逐艦12,潜水艦2,輸送船複数,基地航空隊所属航空機数十という大層な大所帯で望んでいます。


今次作戦の目標は以前にも述べたとおり「敵脅威の排除」です。


そのため、敵にこちらの動向を可能な限り悟らせないような行軍をおこなう必要がありました。


「私達は予てよりの通り『霧』を利用しての隠密行動を基本的手段として用います」


幌筵泊地に建てられていた質素な造りの艦娘用の施設内にて開催された最終的な作戦確認の際、私は開口一番そう言いました。


これは大湊に着いてから知った事なのですが、北方海域には地理的に濃霧が発生し易いそうです。


一度その濃霧の中を航行してみた事があるのですが、そこで私は「五里霧中」という四字熟語の本質を垣間見た気がしました。


それほどまでに先行きの見えない濃霧は、龍驤曰く「敵さんご自慢の電探もこの濃霧ん中じゃあ無意味や!」だそうです。


だので今回は、その濃霧を利用して敵泊地まで一挙に接近しようという事で意見の一致を見ました。


「私を除いた空母艦娘の皆さんはアリユーシヤン列島後方のアッツ島に簡易飛行場を建設し、そこから航空支援を敢行する事で古鷹さんをはじめとした水上艦隊の艦砲射撃を支援します」


「任せときぃ」


「はい、頑張りますね」


応じる龍驤と共に、そう可愛げに答えたのは当の古鷹さん。


重巡洋艦の中ではかなりの古株である彼女は、いま第二次改装に最も近い艦娘として提督も一目置いているほどの方です。


過日の執務室にて「古鷹は可愛いよなあ!!」と隣に居た私にそう大声でのたまわっていた事がその証拠です。


...何故か腹立たしい気分になってきました。


「あの、大鳳さん?お顔が怖いですよ?」


「えっ!?ああ、すみません、緊張してしまって」


「緊張、ですか... 実は私もこんな大規模作戦への参加が下知された時に凄く震えててしまって... だからその気持ち、すごく分かります」


「古鷹さん...」


「でもそんな時に電報が私宛に届いたんです、提督からの」


「...ん?」


「それで、そこに『お前なら出来る。何故なら私が付いているからな』と書かれてあって...///」


「... ... ...」


今なら基地級の深海棲艦も片手で捻り潰せそうです。


「私、それを見て凄く元気を貰えました!なので大鳳さんにもお裾分けですっ」


そう言いながら、古鷹さんが私に抱きついてきました。


顔いっぱいに降り掛かる柔らかな双丘に癒されると同時に、何かとんでもない不快な気分を味わっていると、それまで自らの胸に手を遣りながら悲愴感に暮れていた龍驤が徐ろに自らの耳にその手を移し、その後にこう告げました。


「お楽しみのトコ悪いけどな、そろそろ時間やでぇ。イイ霧さんが押し寄せてきたみたいや、相当長く続きそうとサ」


「プッハ! ...それは好都合ね、今すぐにでも出立しましょうか!」


「応よ!!」


...


... ... ...


... ... ... ... ...






幌筵泊地を出立してから一週間。


濃霧を利用しての隠密行動が功を奏してか、私達は平穏無事にアッツ島への上陸を達成する事が出来ました。


「...うん。ここなら確かに陸上機も運用できそうね」


「距離の都合上ハヤブサくらいしか運用できへんやろけどなぁ」


「だから比較的丈夫な私が戦闘機隊を引き連れて陸上機の掩護をするんじゃない。そして龍驤達はこの簡易基地の防衛並びに四方監視。たったこれだけの事よ」


「...せやな、気張ってけよ、装甲空母」


「ええ、私の地力、全力発揮してくるわ」


その三日後、アッツを出立した私達と深海棲艦との衝突が起きました。






"それ"は大方予測出来た事ですが、やはり時機の特定までは如何ともし難く、突然のそれに対し私達は守勢に回らざるを得ませんでした。


「対空射撃弾幕を厳に!!敵を寄らせないで!!」


「はいっ!!長10cm砲ちゃん、頑張って!!」


「...っく、やっぱり中々当たらないなあ」


「おっそーーい!!飛行機なのにおそいのね!!」


「うるせェぞ島風ェ!!御託並べてる暇あったらヤツらを撃ち落とせ!!」


「どーん!どーーん!!」


「...威勢はいいが当たってないぞ清霜」


...それなりに余裕はあったみたいですが。


...


... ... ...


... ... ... ... ...


「照月!敵艦載機は!?」


「大丈夫!もう感知してません!」


「そう... ふぅ、ひと段落って事ね」


「それにしてもいつの間にって感じですよね... こちらは未だ敵艦隊の居場所も掴めていないのに...」


「嘆いていてもどう仕様も無いわ。霧も掃けかけているし、方針を改めて練らなければね」


「おうっ!」


「...『おうっ』?」


「『島風』です!最初からいたもん!!」


「あら... それは失礼したわ、島風さん。元気のいい声が響いたから思わず...」


「んふふー!だって速いもん!!」


「...そうよね、速いもんね」


「速きこと、島風の如し、です!!」


「あ、あはは...」


なんて、他愛ない遣り取りをしていましたが、先程まで私達は敵機による空襲を被っていました。


幸い、照月さんの尽力あって被害なく空襲を退ける事が出来ましたが、作戦目的地であるダッチハーバーまであと少しという所で敵に見つかってしまったという事もまた事実です。


これを、目的地は敵にとっても要所であることの示唆と好意的に取るか、ただ見つかってしまった事に対する危険性の飛躍的増大と悪意的に取るかはどちらでも良いにしろ、迅速な決断を迫られている事は不可変の真理なのです。


そして私は、自分で言うのも何ですが、勇敢な方の決断を下しました。


「...ダッチハーバーまであと少しという所まで来て敵機の空襲を受けました。しかしこれは即ち、敵にとっても大事な拠点が近くに、恐らくは当方の作戦到達地点であるダッチハーバーに在るという事です。よって私達はこのまま進軍し、アッツより援護にやってくる隼と合同してこれを再起利用不能な状態まで蹂躙し、次いで敵の動的脅威であるヲ級の撃破を目指します」


「...」


緊張で体が強ばっている者は何人か見られましたが、その者達も含め、みながその目に強い闘志を宿しているのを見遣り、私は旗艦として威勢良く一度閉じた口を開口し、言い放ちました。


「両舷前進第一戦速!!もう50海里も経ずしてダッチハーバーに到着できます!一挙加勢に行きましょう!!」


「ハッ!!」






それから私達はどれくらい進んだのでしょう。


ただ一つ分かっている事と言えば、いま自分達がどこまで進んでいるのかといった距離の感覚が掴めなくなるほどの激戦を繰り返しているという事です。


それは、殆どが敵による一方的な空襲でした。


一応はこちらも偵察機を飛ばしているのですが、敵の発見に至っていないというのが現状といった所で、事態の好転の気配は一向に訪れていません。


不幸中の幸いなのは、やはり防空駆逐艦である照月の奮戦によりこちらへの被害が極軽微で済んでいるという事くらいでしょうか。


そんな獅子奮迅の活躍を見せる照月さんのお陰で次第に敵機の襲来も治まりを見せ、暫くしてから私達は予め陸上機との邂逅地点に設定してあった小島に到着しました。


ですが、そこで幾ら待っていても陸上機が現れる気配はありませんでした。


「...照月さん、残弾状況は?」


「残り... 二割です」


「そう... 帰路もあるからこれからは可能な限り射撃を抑えて頂戴。それにしても、もう百機近くは敵機を撃墜できたと思うのだけど... まさか敵がこれ以上の数の航空機を運用しているとは思えないわよね?」


「そうですね... ヲ級でしたら陸上機と合わせても攻撃目的で運用できるのはせいぜい七、八十機といった所でしょうか」


「ならヲ級が複数いるという事になるわね... 隼の方が無事だと良いけれど...」


「そんな!直掩で初月が付いているから大丈夫ですよ!」


なんて照月さんが腕をブンと振りながら威勢良く否定したのと、当の初月が水平線の彼方から姿を見せたのはほぼ同時の事でした。


そして、満身創痍の初月と、それとは対照的な物の気配を感じさせない青さを取り戻しつつある曇り空は、事態の痛烈さを物語るには十分過ぎるものでありました。


かの無駄なき機体美を誇る陸上攻撃機の姿は、そこに一つもありませんでした。






「初月!!一体どうしたの!?」


見るも悲惨な長10cm砲を抱えながらこちらに向かってくる初月へ、照月は姉心が出たのか真っ先に駆けつけていきました。


「姉上... すまない、私が不甲斐ないばかりに...」


「私は、初月が無事なら...」


不安そうにこちらを見つめる照月を見やった私は、次いで初月の方へその視線を動かしました。


「初月。事の次第を話してもらえるかしら」


「...了解」


悲壮感をその身に宿した初月の口から語られる内容は、大方予測出来たものでした。


だからかなのかは分かりませんが、余計に遣る瀬ない気持ちになったのはおそらく私だけでは無いでしょう。


結果は、既に見えたようなものでした。


「...これは敵の戦力を低く見積もっていた私達の落ち度による敗北です。一度撤退し、再起を図りましょう」


過ぎ去りし戦闘の雰囲気を微塵も感じさせない、どこまでも静かで、どこまでも穏やかな北の海を航行する私達は、さながら「敗北兵の帰参」の様相を呈していました。


ただ、当方の被害は初月が大破、陸上機は全滅するも搭乗員妖精は全員無事という、死者がゼロ名であったのは不幸中の幸いと言えるでしょうか。


ともかく。


私にとっての初陣であり、北方海域上に於ける最大級の作戦である「AL作戦」は失敗に終わりました。


損耗した資源は極大で、私の心理的疲労も大きくて。


とびきりの辛酸を舐めさせられた私に果たして、それに見合うほどの見返りを獲得する機会は直ぐに訪れました。


第一波のそれよりも巨大な、第二波の濃霧が北の海を覆い始めたのです。


それは、艦娘側の再侵攻を指し示す「第二次AL作戦」の発動を意味するものでした。






どこの国の言葉だったかは最早忘れてしまいましたが、「失敗は成功の母」という言葉があったと思います。


第一次AL作戦を失敗を喫したと言えるならば、成功の母は第二次AL作戦の成否のどちらに微笑みかけてくれるのでしょうか。


時期外れの寒波がうねりを上げて襲い掛かってくる大湊を再出発しようとしていた私は、ふとそんな事を考えてました。


...


... ... ...


... ... ... ... ...


「にしても提督も太っ腹なやっちゃな。あれだけの大失敗したばっかだってのにすぐに補填を利かせてくれるなんて」


「大失敗...」


「アレ!?大湊に帰ってからあんだけ落ち着いて行動していた大鳳はどこ行った!?」


「いや、改まって言われるとやっぱり心に刺さるものがあってね...」


「...なんか、スマンな」


「良いのよ、最終的な被害は資源だけで済んだのだし、その資源は提督持ちな訳だし」


「辛辣なのな。提督と何かあったんか?」


「別に何も無いわよ、鼻先伸ばす事だけが取り柄のあの提督へなんかこれぐらいの扱いで十分ってものよ」


「大鳳さん、提督への悪口はメッ、ですよ?」


「古鷹さん... 確かにそうですね、訂正します」


「気ィ変わるの早いんな...」


「片っ端から女を漁る提督へなんかこれぐらいの扱いで十分ってものよ」


「評価が悪化しとるやんけ...」


「へぇ... ふぅん...」


「顔怖いでェ古鷹はん。殺意が滲み出とるさかい、早く仕舞ってくれんと駆逐の子らが泣き出すで」


「それはすみません、直ぐに終わらせますね...」


「伏線張るなや... 大鳳もなんか言って...」


「手伝うわ」


「...作戦を?」


大湊を出てからの行軍は、前回のそれよりも遥かに迅速に行われました。






前回同様アッツ島に隼を引き入れてから私達は一路ダッチハーバーへと向かいました。


前回の教訓を踏まえて、アッツ島に滞在することで隼の帰還地を確保するという役割を持っていた龍驤達軽空母艦隊をもダッチハーバー攻撃に回したのが変わった点と言えるでしょうか。


帰路が不安になりますが、作戦成功の確実性を増す為です。


そう説明してみたら、反対する者は誰一人として居ませんでした。


何はともあれ、濃霧の加護も相まってか、前回ほど熾烈な戦火を目にする事はありませんでした。


...


... ... ...


... ... ... ... ...


「敵空母を発見。識別中... 敵空母はヲ級であるとの報告。艦隊は各自、戦闘準備を」


総数三十機は下らない偵察機の内の数機からの報告を受けた私は、すぐさまそう下知しました。


快晴であったら敵泊地も臨める様になっていたであろう所まで進んでいた私達を待ち構えていたのは、前回の雪辱を晴らすのにはもってこいの好標的であるヲ級でした。


『陸攻妖精の皆さんは高高度を維持していて下さい。敵空母の駆逐が済み次第、共同して敵泊地の空襲を行います』


私達と同様に今次の機会を窺っていた陸攻妖精達の了解の意を受け取ると、私は艦隊の旗艦である義務を全うしました。


「艦隊、攻撃開始!目標、敵空母ヲ級!空母の皆さんは戦闘機、爆撃機の発艦を、ほかの皆さんは雷撃の準備を!空と海から奴を挟み撃ちにします!!」


「「航空戦、雷撃戦ヨーソロー!!」」


...その時の事は、私は鮮明に記憶していました。


空一面を覆い尽くす緑の雲に、慌てた様子で艦載機を発艦させようとするヲ級。


その敵の艦載機が本調子を出す前に、こちらの戦闘機達は上手いこと多対一の状況から敵機を撃墜させていました。


どこからともなく急降下してきた九九艦爆が腹に抱えた二百五十キロの爆弾を代わる代わる投下していました。


命中率は大体五割と言ったところでしょうか。


特に私の艦爆達が良く外していましたので、これは更なる修練の必要がありそうです。


ある艦爆の投下した爆弾が、丁度艦載機を発艦させようとしたヲ級の口のような何かの中に吸い込まれていきました。


直後、爆発。


その後に歓声を挙げた声色から察するに、それは龍驤指揮下の艦爆だったのでしょう。


さすが歴戦の猛者と彼女を褒め称えると同時に、古鷹さん達水上艦隊へ向け、雷撃許可の下知を下しました。


見事な単縦陣を形成しながらヲ級へ肉薄していく古鷹さんから順に魚雷を発射。


全弾命中という快挙を成し遂げていました。


塵も残さず水飛沫をあげる海面を見つめながら、私は何とも不思議な感覚に囚われていました。


これが"戦争"かと自問する私の心境は、続けざまに湧いた勝利の喝采によって終結をすら迎えられる事なく、泡沫となってどこか深い所に沈んでいったかのようでした。






『当該泊地に敵影無し。既に廃墟と化し候』


士気高々としていた私達を、その報告が跡形も無く打ち消しました。


その報告が暗示している事は、即ち"作戦が無意味であった事"に他なりませんでした。


ですが、その時の私は恐らく他の方よりは幾分冷静で居られたのでしょう。


旗艦としての責任感も相まってか、いの一番にこう指令しました。


「...何はともあれ、先ずは泊地へ入港してみましょう。そして可能であれば当地で休息を摂りましょう」


...


... ... ...


... ... ... ... ...


確かに其処は、深海棲艦はおろか生物の気配すら無い、生気に欠けた場所でした。


併設の飛行場含め半壊気味であったので、取り急ぎそれを修復する事で隼を陸に降ろし、その後に私達は現状整理とこれからの判断を議論しました。


そしてその結果、これ以上この地に駐屯していても得られる物無しと判断して、私達はダッチハーバーを後にする事にしました。


用途の知れぬ建物の壁に殴り書きされていた「WtF!?」や「Fuck off Jap's ghost!!」という訳の分からぬ英語の羅列は、何故か私の頭に鮮烈な記憶を植え付けました。






得た物少なく、物侘しげに帰途に就く私達へと、幸か不幸か敵発見の報告が入りました。


『敵空母発見す。数二。共にヲ級なりし。共に片目青く揺らめき候』


この報告にしてやったりとみな沸き立っていましたが、何故だか私はこの報告を素直に吉報と受け取れませんでした。


「...どう受け取るんや、大鳳」


そしてこの考えは隣にいた龍驤にもあったようです。


「飽くまで噂の範疇を超えていないけど、聞いた事はあるわ。片目が青いヲ級、通称"ヲ級改"。搭載している艦載機の数は優に百を数え、装甲も厚く、動く『要塞』だなんて話よ」


そんな話を私も前に提督から言われたな、なんて妄想にゆるりと浸る暇もなく、続く偵察機妖精からの報告が私の耳を打ちました。


『ヲ級が艦載機の発艦を開始せり。偵察を中断す』


「どうやら気付かれたようね... やるしかないわ!空母艦娘は戦闘機を逐次発艦!ほかは対空警戒!島風は対潜警戒も併せて行って下さい!」


「了解!!」


「おうっ!!」


私達が意気高く体勢を整えて少しの後、濃霧を遠くに臨む青空の元、白色の雲と緑色の雲が激突しました。


...


... ... ...


... ... ... ... ...


私の悪い予感が的中したのか、激しさを極めた航空戦は母艦の数的差異で勝っていた筈のこちらが逆に押されるという様相を呈していきました。


そしてそれは取りも直さず、制空権の喪失を意味していました。


『敵艦爆来ます!十一時の方向、数十五!』


『之字運動で回避します!照月初月は何とか先頭の赤色の敵機を撃ち落として!!』


『宜候!!』


『やっこさんってこんな強かったかなあ大鳳!?』


『そんなこと私に聞かないでよ!!事実強いんだから強いって事じゃない!?』


『ねえ!!あのタコヤキすっごくはっやーーい!!』


『た、タコヤキね...』


『防弾性が高いです!狙いどころが良くないと撃墜してくれません!!』


『姉上!一機撃破出来たぞ!!』


『うんおめでとう初月!出来ればその十倍は落として欲しいかな!』


『それかなりの無茶を言ってないか...』


『その、出来れば善処していただきたい所だわ... ッ!敵機十!十二時の方角!!』


『よっ、宜候!!』


制空権を逸し、それに勢いを得たのか敵機の跳梁はいよいよ本格的な激しさを見せてきました。


押し寄せる敵機をすんでのところで回避し、時には撃ち落としを幾度となく繰り返していましたが、それもいよいよ限界を迎えようとしていました。


当方の残弾も尽きかけ、総数五十機はあろうかという敵の大編隊を見据えた時はいよいよおしまいかと思いましたが、そんな悪い雰囲気を敵機丸ごと吹き飛ばしたのは"見慣れた緑"の機影群でした。






「蒼龍さん達だ...!」


もしかしなくてもその姿は西方にあるはずなのに。


だけれども。


強く、気高く空を翔ける美しい編隊を、私は見紛うはずもありませんでした。


最早無意識の内にそうと認定した私は、即座に敵艦隊への突貫と雷撃を命じました。


それに幾らか訝しみの籠った視線を送りながらも、艦隊は私に付き従ってくれました。


そして、数刻もしない内に二隻のヲ級改は膨大な量の爆発に包まれて深海の更に深い処へ堕ちていきました。


...


... ... ...


... ... ... ... ...


「は〜い、大鳳ちゃん。元気してた?」


「ひっさしぶり〜。随分とやつれちゃってるねぇ」


「そ"〜り"ゅうさ"ん!ひ"りゅうさん"!」


歓びやら、感謝やら。


兎に角、色々な感情がごちゃ混ぜになってしまって、私はそれを表情にする事しか出来ませんでした。


その結果がこの泣き顔。


可笑しくて笑い飛ばしてしまいたい程の無粋なそれでしたが、それよりマトモな反応を示す事は到底出来ようがありませんでした。


そこから私がどういう行動をとっていたかは記憶に無く、次に正気に戻った時は、そこは最早見慣れた大湊警備府の一室でした。


そしてその時の私の泣き顔は、それを見た者達の記憶の中に永く残る物となったそうですが... それはまた別の話。


というより、無くしたい話と言った方が良いでしょうか。






斯くして、西へ北への大行軍を繰り広げた私の初の実戦は、良くも悪くも私の記憶に深く刻みつけられ、それはもう大変印象的な出来事となりました。


ああ、その後の話も少しまとめておきましょう。


大湊に着いてから伺った話なのですが、蒼龍さんと飛龍さんはその後西方海域にて深海棲艦と大激戦を繰り広げたらしいです。


「もうね、敵味方の飛行機が入り交じってブーーンドドドド!!って感じ!!」とは飛龍さん談。


その激戦を制した赤城さんの艦隊は後を金剛さんに委ね、鎮守府のある横須賀へと急ぎ馳せ参じたそうです。


それは、私達が大敗北を喫した第一次AL作戦の雪辱を晴らさんとして第二次AL作戦の準備をしようとしていた時期とほぼ同じだったそうです。


その事を提督の口から聞いた蒼龍さん達は、ロクな休息も摂らずに大湊へ、幌筵へと渡って最終的にあの戦場に間に合ったというのが事の顛末であるそうです。


一方、大湊の方はと言えば、結果的には敵脅威を打ち払うことには成功したものの、やはり戦力的に心許ないという事で、それまで赤城さんと加賀さんの肩代わりをしていた翔鶴さん、瑞鶴さんにそのお鉢が一時的にですが回る事になりました。


「これでようやく厄介な書類仕事から開放されるわ」と仰っていたので、これでもう北の海は平穏を手にしたも確実でしょう。


...とまあそんな訳で、私の足は再び鎮守府の土を踏んでいます。


最初の頃と比べると指導艦であった翔鶴さん、瑞鶴さんの存在が無い分幾らか寂しさを感じさせてはいましたが、蒼龍さんや飛龍さんの姿は変わらずそこにあったので私はまた暫くは平穏な日々を過ごせるであろうと楽観視していました。


執務室の引き出しから、"あの"書類が見つかるまでは...



* 二章:その鳳、斯く蹈鞴を踏めり 〜fin〜 *




三章:龍と鳳、それと恋慕




私達にとっての本土である日の本を鎮護しているのは、提督を最高指揮官とする四つの鎮守府です。


横須賀,呉,佐世保,舞鶴にそれぞれ置かれた鎮守府は、深海棲艦から本土を護る最終防衛拠点として、また、各方面に出征している艦娘達の起点として最も重要な場所と言えるでしょう。


その本土から視線を少し上にずらしてみると、そこは北方海域。


津軽海峡を臨む大湊警備府を大元とし、軽空母:龍驤が司令艦として居ます。


最近この海域において大規模な戦闘が展開されましたが、特筆すべき戦闘はそれぐらいですので、比較的平和な海域であると言えるでしょう。


そんな北方海域から真逆の方へ視線をずらすと西方海域。


ブルネイの南方方面艦隊と昭南島のリンガ艦隊を主軸とし、それぞれ航空戦艦:扶桑さんと戦艦:金剛さんが司令艦を務めています。


当海域への進出時には、それはもう激しい戦闘が繰り広げられたそうですが、現在に至っては当方の強力な艦隊や航空隊が進駐しているので、ここも平和な方と言えるでしょう。


正規空母:赤城さんを旗艦とした臨時派遣艦隊がリランカ島方面で大規模な戦闘を繰り広げた様ですが、提督の言葉を借りれば「あれはもう西方海域というよりかインド方面海域」ですので、西方海域とこれを一括りにはせず、別個に考える事で現在は区別化を図っています。


西方海域の目と鼻の先には中部海域。


ヒ島はマニラに戦艦:榛名さんを旗艦とした南洋艦隊がおり、南方戦線の根拠地として存在していますが、実質的にはマリアナ諸島のサイパン島に根拠地を置く重巡洋艦:妙高さんを旗艦とする第四艦隊が主力として存在していると言えるでしょう。


この海域がいま一番の前線であり、後方の資源地帯である東南アジア、果ては本土を守衛する第一の関門として不安定な基盤ながらも存在しているのです。


そしていまこの事を述べたのには、ええ、キチンとした理由があるのです。






「うむ。説明ご苦労」


先程まで聴衆のひとりであった提督が、そう大仰に頷きました。


「まあ、みな知っていた事であるとは思うが、今一度私達を覆っている状況を明確にしておきたくてな。退屈であったとは思わないでくれ」


「...」


どの口がその事を言うのですかと食いかかるのを堪えていると、いよいよ提督が話の舵を本題へと傾けました。


「知っての通り、私達がこうして軍事行動を継続して行えているのはひとえに南方の資源地帯からの移出ありきの事である」


何かの気配を察したのでしょうか、それまで執務室を遊弋していた、弛緩した空気が次第に緊張の色を含んでいくのを感じます。


「だがその資源地帯はおよそ安全な状態に置かれているとは言えないだろう。ならば私達はこれを実現へと導く義務が、責任が、必要がある」


そこまで言い終えた提督が私の方へその視線をチラリと向けたので、私はそれまでの説明を為している時に使われていた大きな地図に、そのある箇所に赤色の鉛筆で大きな丸を描きました。


「トラック諸島。みなも知っているとは思うが、ここは過ぎし大戦の折に我が国が統治権を委譲された場所だ。そして、深海棲艦が出没した際に奪われた場所でもある」


ここまで言われれば、もはや話の本筋は読めたのでしょう。


私と提督の前に居並ぶ艦娘達は、みなその目に燦然たる闘志を宿していました。


「...うん、良い目だ。 ...我々は、この地を再び深海棲艦の手から取り戻す。作戦名は『T作戦』。目標は、トラック諸島の奪取だ」


「「了解!!」」


その厳然たる面々の中には、さも当然のように蒼龍さんと飛龍さんの姿がありました。






T作戦艦隊は、戦艦長門さんを旗艦とした、従来の提督の用兵とは違う方式に基づいた艦隊となっています。


長門さんとその姉妹艦の陸奥さんを中軸として、現状で運用出来る殆どの艦娘を動員した為、私が居る鎮守府は普段の活気を著しく欠いた、とてもがらんどうとした姿を呈していました。


「提督。仰られていた局地戦闘機搭乗員妖精の熟練度状況の報告書をお持ちしました」


「ああ、助かるよ。置いといてくれ」


そう礼を述べる提督の声色は随分と優しいものでしたが、その顔色はとてもじゃないですが良いものとは思えませんでした。


「...提督、昨晩は何時間眠られたのですか?」


ついそんな質問をしてしまいましたが、面と机に向かっている提督からの返事は一向に返ってきませんでした。


「...寝ちゃってる」


そう呟く私の目の前には、瞼を閉じて静かな寝息を立てている提督の姿。


私の心の中に小さなイタズラ心が芽生えたのですが、それは私にも預かり知る事が出来ませんでした。


「よっ、と...」


私はまず机に突っ伏しかけていた提督を運び、ソファに寝かせました。


「...これはなかなか恥ずかしいわね」


なんて今更羞恥を感じている私は、そして自らもそのソファに座り、提督に「膝枕」なる行為をしていました。


艦娘になってからというもの、私は沢山の事に触れ、感化させられてきました。


この「膝枕」なる行為もその一つで、これは以前翔鶴さんや瑞鶴さんと一緒に見た映画に登場していました。


その映画では、仲睦まじき二人の男女が話の中盤ほどでこれを行っていました。


その後の話としては、悲恋の話という謳い文句の名の通りかなり悲しい展開が繰り広げられていたのですが...


私はただ純粋に、膝枕という一種の、その... 愛情表現に、心の芯から魅了されていたようでした。


短すぎる期間でしたが、それは艦としての私ならまず得られないであろう感情である事だけは直ぐに理解できました。


それなのに、艦娘になった私は何故、この行為に魅了されてしまっていたのか...


その原因は今でもなお分かりませんが、それでも、私は今、凄く温かな幸福感で満たされているような。


そんな感慨を抱いていました。


目線を下に降ろしてみると、未だ遊び疲れ果てた子どもの様に深く眠りに就いてる提督の姿。


嗚呼、これが艦娘という事の意味か。


これがモノではなく、ヒトとして生きているという事なのか。


なんて、らしくもない哲学じみた事を考えながら、いつしか私も睡魔の囁きに応じてしまっていました。


執務室の壁に架けられていた、時計の刻む針の音を子守唄にしながら。






それからどれぐらいの間、私は眠りに堕ちていたのでしょう。


ふと、目を醒ますと視界はうっすらと暗色がかかっていたのでおそらく結構な時間が経っていたのでしょう。


そこまで認識してから、私は少しの異変と言えるような何かを感じていました。


(...なんで、私は横になっているんだろう?)


「おはよ〜う大鳳。よく眠れたか?」


瞬間、私の意識は覚醒しました。


私自身も驚くような反射神経で上体を起こし、それから、私はその声のした方へ最大級の怒りの篭った視線を投げかけました。


どうやら私は、ソファに横になって眠っていたようでした。


「...お早うございます」


まるでしてやったりとでも言いたげな満面の厭らしい笑顔で私を見つめている声の主、つまり提督は、先程と比べて幾らかその顔に生気が戻っていたかの様でした。


「意趣返しだよ。爆撃なんかするんじゃないぞ?」


「...しませんよ。一体私を誰だと思っているんですか」


「前科ありのお前が言うと全く説得力を感じない」


「その記憶、消して差し上げます」


「勘弁してくれ。武闘派なんて瑞鶴だけで十分だ」


「...その武闘派とやらの定義は是非聞いてみたい所ですが、まあいいでしょう。それよりも...」


一口の呼吸を挟んで、私は確認の為にも、私の心に浅く蟠っていた疑問をぶつけました。


「...良く、眠れましたか?」


「...」


その私の疑問を受けた提督は、少し思考しているかのような表情を出してから、先程のそれとは打って変わった爽やかな笑みを浮かべ、こう言いました。


「おう。眠れなかったぞ」


「...え?」


「だってお前、艤装を付けたままやってくれただろ?膝枕。重装甲が災いしてロクに腿の柔さを感じられなかったんだよなあ。お陰で全然眠ったという実感が得られなくてさ。だからその艤装を外してからもう一回」


「失礼します」


「え、何で一礼おい何で出ていこうとするお―――」


その先に紡がれる言葉は果たして執務室の重厚な扉に完全に阻まれました。


「...莫迦」


そう呟いた私の言葉は、私以外の誰にも聞かれる事はありませんでした。






その翌日。


不本意ながらも、私は私に課せられた役目を全うする為にその足を執務室へと向けました。


T作戦なんて大規模作戦が展開されているこの時期に、秘書艦である私が私用で休むわけにもいきませんし。


そう一種の自己暗示を施した私は、だけどどこか気恥ずかしさを感じさせる様なゆっくりとした動作で扉を開けるのでした。


「...お早うございます」


ですが、そんな私の心境などまるでお構い無しとでも言いたげな様子で、提督は執務机に座ってなにかの書類を真剣に眺めていました。


「...提督?」


首を傾げながら疑問を呈する私に、ようやく当の提督は私の存在に気付いたかの様でした。


「...! お、おう大鳳か。早速で済まんが、この電報を意訳してくれんか?」


そう慌てつつ、かつ安堵の雰囲気を漂わせながら提督が差し出してきたのは暗号化された電報でした。


「ああ... そう言えば未だ読めないのでしたね、それ」


伝わるか伝わらないかのギリギリの線で嘲りを表情に出しながら、されど提督の差し出した電報を受け取り、私はその解読に就きました。


「ええと... 『我等T作戦艦隊也。当時刻ヨリ目標ノ制圧ニ向カウ。吉報ヲ待タレタシ』、だそうです」


「そ、そうか... いまこの瞬間にはもう...」


本来なら電信施設に詰めている専門の妖精さんが訳してから提督の手元に届くようになっているはずなのですが、まあ想像するまでもなくそれを待てなかった提督が妖精さんからいただいたのでしょう。


いまの提督の表情を見れば察しは容易につきます。


斯く言う私も、いや艦娘全員の期待を背負った作戦ですから当然といえば当然ですが、気になるもので、なので提督の気持ちも分からなくもないですが...


「流石に自分に出来ないことを背伸びしてやる必要は無いと思いますよ?」


「いやあさ、つい気になってしまったもんで。それに...」


「"それに"?」


「大鳳はいつも朝早いだろ?だから直ぐにやって来てくれると思ってたんだが... 夜更かしして寝坊でもしたのか?」


「よっ、夜更しなんて...!」


昨日の件が尾を引いて実はしてました、朝は起きれたのですが気恥ずかしさやら何やらが混ざりあって不貞寝してました、なんて言えるはずもなく...


「...今日は朝のトレーニングに気合が入ってしまっただけです。遅刻したのは申し訳ないのですが、決して寝坊などではありませんから」


「そ、そうか... お勤めご苦労さまです」


自分の矜持を優先して、嘘を吐く事にしました。


ここで私は、人の生において嘘は必要なものであるということを学んだのでした...


艦としての私ならまず必要の無い機能なのですが、艦娘ならではの必要性のある機能があるという事をまた一つ、不本意な形で得ることとなりました。


それは、朝から眩い太陽の光が燦々と照りつける日の最初の出来事でした。






その日はもう一つ別な出来事がありました。


その出来事とは―――


「秋月、着任しました!艦隊防空はおまかせ下さい!」


そう元気いっぱいに着任の挨拶を行っているのは秋月型防空駆逐艦の一番艦:秋月さん。


一番艦という事は、私も何度かお世話になってきた照月さん、初月のお姉さんという事になります。


そのお姉さんが何故いまになって... という疑問にはメタな内容が含まれてしまいますので伏せさせて頂きます。


「よく来てくれた秋月。今まで加賀の下で大変であったとは思うが、それ以上にこれからの活躍に期待している。一層の奮起努力をしてくれ」


「はいっ!ご期待に添えるよう、この長10cm砲と一緒に頑張ります!」


「...お、おおう」


そんな秋月さんの言葉になにか嫌な思い出を思い出してしまったのか、途端に語勢が弱まる提督。


そんな提督の表情の変化に気付いていないのか、凛とした態度を崩さない秋月さん。


まるで閑散としていた鎮守府に、一筋の活気が差し込んできたのを感じました。


そして、この秋月さんと私、大鳳はこれから数多の戦線を共にする事になるのですが...


私はそんな事など頭の片隅にも考えていませんでした。


何せ、ここには蒼龍さん、飛龍さんや翔鶴さん瑞鶴さん達に加え、赤城さん、加賀さんといった最大最強の空母艦娘が揃っているのですから。


なんて呑気に事を構えていた私を、提督はどこか期待の篭った目で見ていたのですが...


私はその期待の意味をも計り知る事が出来ませんでした。






本日付で着任した秋月さんは、この鎮守府のしきたりなのか陋習なのかは分かりかねますが、暫く秘書艦"補佐"の任に就く事になりました。


なるとしたら秘書艦かと思っていましたが、その任は私が継続して行うみたいです。


その点には訝しみを感じましたが、まあ、良いでしょう。


なんて、自らの心境にあやふやな結論を出した私は、早速秋月さんに秘書艦という役回りやその仕事内容などを教示しました。


それらに一応の区切りがついた頃、丁度お昼時ぐらいでしょうか。


それまで一貫として執務机の机面上に置かれた書類とにらめっこしていた提督が徐ろに立ち上がり、次いで「メシにしよう、メシ!」と大声を上げました。


そう雄叫ぶ提督に制裁を加えたのち、そう言えばと私も自らの腹具合を確かめてみると、私自身もそれなりにお腹が空いている事に気がつきました。


それならばと秋月さんの方へ向き直り、話しかけようとした時に、それは聞こえました。


「クキュルルルルルル」、という音が。


秋月さんの方を向いた丁度その時に、私の真正面からそんな音が聞こえてきたのです。


そんなふとした瞬間の出来事に驚き、仰天して私の真向かいに居た秋月さんを見やってみると、その秋月さんは俯き顔で頬を激しく赤らめているところでした。


これには流石に庇いようもなく、私も、おそらく後方に居た提督も呆然としてしまいました。


艦娘になって日が浅いのが災いしたのでしょう、腹の虫を抑えるという行為に理解力が足りなかったのかな、なんて混乱のあまりさして意味の持たない解説を展開し始めた私を差し置いていの一番に状況打破に努めようとし始めたのは提督でした。


「...いいか秋月。その腹の虫はな、決して悪い奴なんかじゃないんだ」


「で、ですが... 私と同じ様に腹の虫を鳴らしていた加賀さんを馬鹿にした瑞鶴さんは三日間入渠ドッグに篭ってしまいました...」


「それは当事者達の人間関係性が原因だ。決して腹の虫が悪いというわけじゃない」


「...」


依然として顔を赤らめつつも秋月さんが聴衆となってくれたのを大仰に頷いて歓迎しながら、提督は話を続けました。


「いいか。腹の虫ってのはな、人間にとっての燃料計のような、それはもう必要な機能なんだ」


「必要な、機能...」


「そうだ。人間は、腹の虫の奏でる音を聞くことで自らの空腹を感知する事が出来るんだ。つまりそれは人間ならではの、体調感知法なんだよ」


「そ、そうなんですか。つまり秋月のこれも...」


「ああ、全然不思議な事じゃないし、寧ろ健全な証左に他ならないって事なんだ」


「...なるほど。大事なことを教えていただきありがとうございます、司令!秋月、恥ずかしい勘違いをしていました...」


「いやいいんだ。折角艦娘になったんだ、一つ二つの過ちくらいしておかないと損をするってものよ」


「それはつまり、秋月はもっと過ちを犯した方が良いという事なのでしょうか!?」


「あー... 一つ二つなら全然可愛いんだけどな、流石にある程度の回数に留めておいた方が良いかもしれんな?」


「か、可愛い... ですか///」


「ああ、可愛いz イダダダダダ!! 急な暴力は止めてくれ!!」


「いたいけな子に鼻の下を伸ばすからですよ、まったく。秋月さんもお腹が空いているようですし、早いところ間宮さんの所へ行きましょう」


「そんな事言っちゃって、本当はお前も腹が空いたんだろう?」


「...ああ、なんだか途端に狭地発艦訓練を行いたくなりました」


「...失礼致しました」


秋月さんが誰かの所為でこの先悪い方向に汚染されなければいいのだけれど...


なんて昼食としてのカレーライスを頬張りながら、私はそんな事を考えるのでした。


その当の秋月さんは日替わり定食を頼んでいて、おかずのコロツケを美味しそうに食べていました。


その無垢な笑顔には、堪らず私もホッコリとした気持ちにさせる純真さがありました。


そんなゆるりとした昼の一時を過ごした私達を待ち構えていたのは、電信妖精さんとその手元に抱えられた一通の電報でした。






「お?電信妖精か。こんな所まで... ...ッ!もしや!」


間宮さんの所で昼食を終え再び執務室へと戻ろうとした時、一番に室内に入っていった提督が上げた叫び声を聞いて、思わず傍らの秋月さん共々ビクりと驚いてしまいました。


数拍を置いて、それから原因に思い当たり得た私も慌てて執務室に入っていきました。


そこでは、提督がおそらく彼に電報を持ってきたのであろう電信妖精さんと手を繋ぎあってクルクルと回り踊っているではないですか。


そこまですれば思い当たる節は一つしかありません。


「提督... 成功したのですか?」


念の為の確認としてそう私が聞いてみると、振り返った提督は嬉しそうに歯を覗かせながら往々に肯きました。


そして。


「ああ!『T作戦』艦隊、快勝だそうだ!!」


作戦の成功を伝えました。


正直なところ、作戦が成功しただとか快勝だった、なんて朗報は私にとっての心からの喜びたり得ないというのが本音です。


「そうですか... それは本当に良かった...」


ですが、提督へ向け安堵の意を示す私は、存外とその身体に喜びの情念が迸っているのを如実に感じていました。


その真意は...


私のみぞ知る、と言った所でしょうか。


これをなんて言えばいいのか...


あまり諸手を挙げて歓迎していい事か分かりませんが、以前と比べるとそれなりに提督に対する評価は上がっています。


出会った当初の提督に対する印象が低過ぎた所為なのでしょうか?


...ええ、いま思い出してみてもそうとしか言いようがありません。


―――当時の彼は、いわば引きこもり気質のある人でした。


着任当初に他の方から聞いた話の提督像も私の抱いたそれと大差なく、私はどこかそんな彼に対して辟易している部分もありました。


率先して自身がこなすべき任務を当時秘書であった私に投げ続け、自らは常に書面に向かい続けていたのです。


それはもう元来よりの外出気質があった私とソリが合わないのも自然でしょう?


なので、私は提督に対して限りなく低い評価を付けていました。


ですがそれは、そう長い間続くことはありませんでした。


直接的な要因は私には分かりませんが、いつの日か彼が頻繁に行動を起こすようになり、合わせて、日次の任務へも真摯的に打ち込む様になっていったのです。


そんなひたむきに前向きな提督の姿に、いつしか私も彼に対する評価を改めていかざるを得ませんでした。


そして一方の私の方はと言えば、やはりその原因は前にも言っていた事だと思いますが、"あの映画"に感化させられた事が一番の理由として言えるでしょうか。


いや、分かりきっている事をあやふやに言うのも変ですよね。


"あの映画"こそが一番の理由と言えるでしょう。


ここまで強調して言っているのですから、もう少し解説を加えた方が良いでしょうか。


その映画は、やはり一言で言ってしまえば"悲劇"のお話でした―――






ある農村に住む、一人の青年が居ました。


その男性の生まれた家は、というより村は、土と水に恵まれた豊かな農村でした。


ですので、その村には大それた喧騒とは無縁の穏やかな雰囲気がありました。


ある日、そんな村に住む青年の下に彼の両親から見合いの話が舞い込みました。


その相手とは、同じ村に住む農家の一人娘。


ただ家を継ぎ、田畑を耕す事のみ考えていたその青年に取ってしてみれば将来を添い遂げる相手など二の次であり、むしろ青年とその両親が着目していたのは相手が一人娘であるという点でした。


それが意味する事は、即ちその家の持つ土地を継承できる事にほかなりません。


それは青年にとっても、青年の生家からしてみても"うまみ"のある話でした。


断る理由など皆無であった為、お見合い話はトントン拍子に進んでいき、あとは式の日取りと場所を定めるのみという段階にまで至ったある日の事です。


習慣的に田畑の面倒を見終えた青年が帰路に就いていると、その道を反対方向からやってくる、大荷物を馬に曳かせている少女に出会いました。


青年が抱いた、少女に対する第一印象は『華奢』でした。


なぜそんな華奢な少女が身の丈に合わない事をしているか分かりませんが、とかく心配という一心に駆られた青年は少女に声を掛けました。


大丈夫? ...と。


それが話の主人公である青年と、女主人公の少女との出会いの場面です。


青年は少女に色々と訊きました。


君はどこの生まれで、両親はどうしているんだとか、どうして馬なんか曳いて、こんな大荷物を抱えているんだ、などなど。


少女は青年へ向け答えました。


私はここから山を三つ四つ越えた村の生まれで、父は死に、母も生来病弱で、なので私がこうして馬を曳いて物を売っているのですよ、と。


そう淡々と答える少女に青年は、一言で言ってしまえば『興味』を持ちました。


少女とは対照的な、言ってしまえば不自由のない生活を堪能してきた青年は自身と違う生き方を経験してきた少女に関心を持ったのです。


その日以来、その村に幾日か滞在すると言っていた少女に青年は度々会いに行きました。


少女の口から紡がれる、青年にとっての八百万の物語を聴きに。


青年とはまったく違った人生を歩んで来た少女が語るお話は、青年にとってしてみれば『未体感の娯楽』を満喫しているのと同じでした。


一方の少女の方も、自らの話を身を乗り出しかねない勢いでフムフムと揚々に頷きながら聴いてくれ、なおかつ帰り際に少女の持ち寄っていた物品を購入していってくれる青年に感謝以外の感情を抱いていきました。


お互いかお互いの事を他人以上に意識し始めたある日、正式に青年の式の日取りが決まりました。


ですが青年には、もう以前のそれとは別の感情が芽生えていました。


以前の畑仕事に日々従事していた穏やかな毎日よりも。


少女の語る話に登場する景色や街並みをこの目で見てみたいという『冒険的衝動』の方が青年の深層心理に深く根づいていたのです。


青年は葛藤しました。


己の心に棲み着いたこの衝動を無下にはしたくない。


かと言って、これまで過ごしてきた村や、これからを共にするであろう婚約者を見捨てる行為を行うのにも躊躇いを感じる。


自分では答えを得られなかった青年は、その心境を少女に打ち明けてみる事にしました。


突然のように、青年からその事を打ち明けられた少女は困惑しました。


ですが次第に、出会った当初よりかは気になっていた青年と共に歩んでみたい、もっと青年の事を知りたいという、小さな独占欲を抱いていきました。


少女は、逆にその想いを全身全霊懸けて青年に伝えました。


出会ってからの日は浅くても。


お互いの事を十全に知らなくても。


いや、だからこそなのでしょう。


お互いの気持ちに、もはや歯止めなど存在しませんでした。


結果的に青年と少女は、連れ立って青年の生まれ故郷を決別する事にしました。


これが、続く旅路と悲劇への道筋になろうとも知らずに。






「あぁ、この映画ね。私も泣いちゃったなあ」


「ワヒャア!?」


突然の割り込みの声に堪らず私が驚きの声を上げ、振り返ってみると、そこに居たのは瑞鳳と秋月さんでした。


「えっ... どうしたの二人共」


「どうしたも何も、秋月ちゃんが探してたんだよ?提督に頼まれたらしくって」


「...あ"」


「その、『執務が捗らん』、と仰られていました...」


「...まあ、その程度ならいいかしら」


「良いんだ...」


落差激しい私の調子に呆れつつも、瑞鳳は私が今まで点けていたテレビの画面を指差し、こう続けました。


「...じゃあさ、この映画の続きを見ようよ!秋月ちゃんは未だ見たことないでしょ?」


「はいっ!秋月、映画は見たことありませんっ」


「大鳳も!良いよね?」


「え... まあ、秋月さんが見たこと無いというのなら見て欲しい作品であるから...」


「大丈夫って事ね!!さ、座ろ座ろ、ホラ秋月ちゃんも!」


「はっはい!」


「...ま、良いか」


結局、もう一度冒頭の場面からその映画を見直す事になりました。


解説が出来ていない場面は... 瑞鳳の実況音声で代用しましょう。


どうぞ。


...


... ... ...


... ... ... ... ...


「あ〜キタキタ膝枕の場面!ここで青年の方も少女ちゃんを女の子として意識し始めるのよね〜!」


「ヒャー!!青年が少女ちゃんと接吻!!接吻した!!」


「あぁ... 少女ちゃんが... オラ青年!!モタモタすな!!」


「あぁ、あぁぁ、あぁぁぁぁぁぁ... ... ... ヒグッ、グジュル、うぇぇ...」


...これが"悲劇の話"と言われる所以です、グスリ。


この話に出会って私は、人間性の多様性について深く学ばされました。


人間は、こうも悲しい作品をも編み出せるし、私達のような科学の粋を極めた兵器だって作れるし、これほど『自由』という言葉が似合う生物はほかに居ないと私は思っています。


一片の草木にも生命を吹き込み、街を俯瞰で臨めば異国情緒で溢れ返り、それらは賑やかな喧騒を呼び起こす。


そんな人間の世界観の到達点の一つとも呼べる創作映画に、ああも儚げに映し出された人間固有の価値観は、私に色々な考えを巻き起こすに必要十分なものがありました。


とまあつまり、結論的に私固有の価値観は変わったというわけです。


人間と、それが創り出したその一本の映画によって。


それを受けて私は様々な考え方、柔軟性や多様性を知りました。


そしてこれが、ちょうど提督自身の内面的な変化の時期と合致した事も相まって、私は提督の事に理解が足りなかったのを恥じ、改めて提督の事を知っていこうとした結果。


私は、提督の事を―――


刹那。


ピンポーンと、以前も鳴ったあの鐘のような音が鎮守府中を包み込みました。


『...大鳳さん、秋月さん。提督が執務室でお待ちです。至急執務室までお越しください。繰り返します―――』


「...そんなわけ無いか」


「いや急いで行かないといけないでしょ!!結構本気で泣き出しかねない口調だったわよ!?」


「ふふっ、そうだったわね。行きましょう、秋月さん」


「はいっ!」


...私のこの気持ちは、許容されて良いものかどうかは分かりませんが、別に表に晒す程のものでも無いでしょう。


あの映画を見終わった直後の私は、鎮痛な気持ちのまま執務室に向かいながらそんな事を考えていました。


ちなみに当の提督は、瑞鳳の危惧していた通りの半泣き顔で執務に就いていました。


めでたしめでたし、ですね。






T作戦艦隊がもたらした朗報は、途端に鎮守府中に知れ渡る事になりました。


一応、というのも変な言い方でしょうが、この作戦は機密事項扱いとして作戦当事者と秘書艦であった私くらいしか知らなかった事実ですから、それについて初めて知るところを得た他の艦娘達は、それはもう驚愕と感動の渦を辺り一面に撒き散らかす事となったのです。


その理由とは単純明白。


『深海棲艦の一大根拠地を奪取した』という事にほかなりません。


気持ちは分からんでもないですが、もう少し嫋やかな反応をして欲しいものというのが当初の個人的な見解ですが...


「いや、ここは無礼講でも良いのかな」、なんて、だんだんと時が経つにつれて思う私も確かにいました。


こんな根本的な思考回路から生来の色から別な色へ染まりつつあるのかと。


私は、一人ほかの艦娘とはまた違った感傷を抱いていました。


そんな自分の世界について長々と語ってしまいましたが、私がいるのは鎮守府の執務室。


執務机についている提督の横に私はいます。


そして、その私達の目の前にいるのは当のT作戦艦隊の総旗艦:長門さん。


奪取に成功していたトラック島は蒼龍さんと飛龍さんをはじめとした空母艦娘と、いまなお続々と現地入りしている局地戦闘機隊が堅守しているのが長門さんがこの場にいるということの理由です。


「この長門、現刻を以て"てぃ"作戦の完遂を提督に報告する。うむ、なかなか敵も手強かったぞ」


「あぁ... くっ、く... "てぃ"」


「何か可笑しいか...?」


「待て、その構えた幾つもの41cm砲を収めろ、何も可笑しいことはない」


「長門さん。冗談はその辺りにしておいて、経過報告の方をお願いします」


「うむ、心得た」


そう、私の方を向いて頷く長門さんからは、とても冗談を言ったような気はしませんでしたが...


私は目線で「貸しイチですね」と提督に目配せをしておきました。


救われたかのような、驚きを受けたかのような、そんなゴチャゴチャとした表情を終始していた提督へ向け長門さんがスラスラと作戦の経過を報告していき、それを私が報告書としてまとめていく。


目的地への道中においてどんな戦闘が起きたのかという所からはじまり、島嶼部における戦闘において猛威を振るってきた砲台型の深海棲艦のことについて、次いでトラック島本島での激戦について、などなど。


声高らかに堂々と語る長門さんの話を書き留めていく私は、『憧憬』というか、『羨望』というか...


とてもヒトの言葉では表現出来ない、複雑な所感を抱いていました。


ただただ長門さん達の勝ち得た戦果を凄いことだと賞賛している私。


一方で、私もそんな誉ある戦果を刻みたいと思っていて。


更には、これは、あまり表に出して良い考えであるとはとても思えませんが...


私がいたら、もっと簡単に作戦は達成されていたであろうに、なんて強欲に考えていたり。


なんて、無邪気で、幼げで、独善的な、そんな私という複数の思考が幾重にも絡まりあって、混ざりあって。


あくまでも文字を書き連ねる右の手は機械的に動かし続けながら、やっぱりヒトの心は怪奇的だと、私はまたしても半ば強引に思考回路の口を閉じたのでした。


そんな私に重大極まりない任務が待ち受けていることなどつゆ知らず...






「報告します。先刻、トラック臨時泊地司令艦の蒼龍さんから、本土より派遣されし局地戦闘機隊数が規定値に達したとのことです」


「おお、そうか。これでトラックの護りはおよそ万全であることと成ったな」


「『機数五十余ノ局地戦闘ニ長ケル戦闘機隊ヲ計四個配備シ、以テ「トラツク」ノ空ヲ守護センモノトス』。本土防空網級の集中配備ですものね... やはり時間が掛かりましたね」

「ああ。だが、その努力の甲斐もあって、作戦が第二段階へと移行できるのだからたったの一ヶ月など安いものだ」


わざとらしく手を組んだ提督から告げられるその言葉は、私にはとても理解できるものではありませんでした。


ですが、そんな大仰な態度を取るからには「反応して欲しい」ということなのかと察しを付けた私は、慈悲の心を持って敢えてその言葉について踏み込み、問いてみることにしました。


「第二段階... ?」


「ああ、目標はトラックの他にもう一つあるのだよ、大鳳や」


「そんな話、聞かされていないのですが... ?」


「ああ。何せ誰にも言っていないからな!」


...阿呆らしくなってきました。


「...ハァ」


「...何も言わずに溜め息をされるとそれなりに傷つくから勘弁してくれないか?」


『私は慈悲を持って』と先ほど言いましたが、前言撤回します。


やはり提督にはありのままの私で居ましょうか。


ええ、その方が絶対に良いでしょう。


「それで、どこなのですか?その場所は」


「良いようにはぐらかされたな... "ラバウル"だよ。南太平洋海域における我々の側の橋頭堡を確保する事までが今次の作戦のキモとなっている」


...二回目になりますが、そのようなこと"誰も"聞いていません、提督自ら語っていたのでこの事はまず間違いありません。


おかしいですね、何故だか頭痛がしてきました。


もうどうにでもなってしまえと、ですが以前提督に教わった「ケセラセラ」という単語を繰り返し脳内で再生しながら、一応は彼の言葉に反応しておくことにしました。


「ラバウル...? 聞いたことがないですね。それで、そのラバウルとはどこに在るのでしょうか?」


「ああ、過ぎし世界大戦の折に日本が獲得したのは赤道以北の南洋諸島だったからなあ。その更に南の事までは知らなくて当然か」


「ええ。その言葉から推測するとニユーギニア辺りにあるものと聞こえますが」


「大正解。まあ厳密にはその大きなニューギニア島の目と鼻の先にある細長い島の主要部を指すんだがな」


机上に広げられた地図を見下ろしながら他愛ないやり取りを交わしている最中、私はだいぶ提督との身体的な距離が縮まっていることに気付き、アワワ慌てて距離を取りました。


ですが、顔が赤くなっていないか気にしている私の挙動に対し、露ほど気にも留めていないかの様な素振りで提督は話を進めていきます。


「かつての独逸帝国が開発し発展してきた街でな。その街は、と言うよりその島は島名である『ニューブリテン』の名に相応しい頑強さや利便さを兼ね備えた一大根拠地を形成できるに足る場所なんだよ、そう私は踏んでいる。そして、島全体を要塞化してしまえば如何に深海棲艦が大挙して来襲しようとも、十万の屍を四方八方に積む事が出来るだろうな」


出処の分からぬネタを織り込んでくる提督へ、つい先ほどのやり場のなかった鬱憤晴らしのため、私は意趣返しの気持ちも込めて無感情を施した意図的な冷たい視線を差し向けました。


そうしてあからさまに落ち込む提督の表情をこれでもかと堪能してから、私は再び慈悲の心をその身に宿しました。


...記憶の中にしかとそれが収納されたのを確かめてから。


「...まあ、資源にはまだ幾らかの余裕がありますから、不可能だとは思いませんが...」


そう、どこ吹く風で嘯かれた私の言葉に、提督は先ほどまでの低迷していた調子が嘘のような満面の笑みを輝かせながら「そうか!大鳳はこの作戦の良さが分かるか!流石大鳳だ!」と押し迫ってきました。


「あの、ちょ、やめっ... 止めろーー!!」


「うおっ!?いやだから、人にボウガンを向けるんじゃない!!」


「うっ、うるさいですね!急にその、顔を近づける提督が悪いんですから!!」


「なんで顔を近づけただけでボウガンを向けられなければならん!そんなに近づけて欲しくなければこうだ!こうしてやる!」


そう喚き散らしながら、あろうことか提督は私の肩口をむんずと掴み、これでもかというくらい己の顔を私の顔に近づけてきたのです。


一寸の距離があるかないかぐらいの至近距離で見つめあってしまえば、それからどうなるかなんて自明の理というものです。


そう、つまり。


「彗星妖精さん!殺っておしまい!!」


手に構えていたボウガンに装填されていた、爆撃機隊のスロットを発射することです。


天誅、天誅です。


「待って、待って待って死亡、死亡してしまうから収めて―――ッ!?!?」


提督の頭上へ吸い込まれるようにして放たれた爆弾は爆発、はもちろん起きません。


いくら私でも階級制に理解がない訳ではありません。


「"訓練用"の模擬爆弾ですよ。といってもまあ、少しは重みがありますけど...」


早くも頭部に赤みが見て取れる、うつ伏せになっている提督は五指をピクピクと動かしながら懸命に頭を上げようとしていました。


「助平するからです、そこで少し頭を冷やしていて下さい」


なおもプルプルと震えている提督は、何かを訴えたがっているかのような雰囲気を全身から吹き出たさせていました。


ですがその真意は、残念ながら私には知る由がありませんでした...






「えっ...?私が、トラックへ!?」


提督がなんとか自力で行動できるようになるまでに半刻も掛かったことには驚きましたが、その後に提督の口から発せられた言葉の方に、私は更に計り知れない驚愕を味わうことになりました。


「そっ、そうだ... ラバウル攻略艦隊が出撃ることで空いた隙間をお前に埋めてもらいたい...ッ」


起き上がれたのはいいものの、未だに痛みをこらえているかのような体でそう提督は続けました。


「...私に、務まるものなのでしょうか」


「できるできないの問題じゃない、するかしないかの問題だ。だからその質問は受理できんな」


言葉の裏に隠した私の本当に伝えたかった言葉は、果たして提督には伝わらなかった様です。


それに対する少しばかりの残念な気持ちとは裏腹に、私は同時に「艦娘とはこんな芸当も出来るのか」と、自分の行った行為に驚きを得ていました。


「...意地悪ですね、提督は」


「そうじゃなきゃあこの職は勤まらんぞ?」


「...」


正直なところ、トラックへの出征に関しては特段の嫌気などは微塵もありませんでした。


それどころか、トラックの攻略に参加したいと思っていたほどですから、今回の指名はむしろ嬉しささえあったほどです。


...そのはず、なのに。


いま私が考えている事は、そんな嬉しみとは程遠い...


これは、欲...?


そこまで考えて、私はなぜかそれ以上そのことについて考えるのを止めてしまいました。


それ以上考えると、私は羞恥で塗れてしまうと、そう私の理性が警鐘を鳴らしたからです。


兎にも角にも、提督と艦娘という関係にある以上は提督の命令は絶対ですから受けないわけにもいきませんし、先ほども言ったのですが、これは私にとっても嬉しい話ですので、私は決心を固めるに至りました。


...決して強引に心の舵を捻った訳ではありませんから。


私は至って正常健常快調です。


「...私は、艦娘です。そして艦娘の役割、使命とはつまり護国。 ...その任務、謹んで拝命します」


「うん、その心意気やよし。装甲空母のいい所、深海棲艦の畜生共に知らしめてきてこい」


「了解、しました」


「ではこれがお前とともにトラックへ出征する艦娘の一覧だ。お前と面識がない者は入れていないはずだから、お前から声をかけておいてくれ」


「畏まりました、それでは失礼します」


これから死地へ共に赴く皆さんの名が書かれた紙を握りしめながら、私はあくまでもしずしずと執務室を後にしました。


執務室を後にしたのち、再びその紙を眺めようと見てみると、その紙は何故か少しシワが寄っていました。






【向トラツク特別派遣艦隊艦娘一覧】



大鳳:旗艦


瑞鳳


秋月


照月


初月



以上



過日の執務室にて提督の言っていた通り、成程確かに特派艦隊の面々は私と面識のある艦娘のみが居ました。


空母艦娘が二人、しかも稀少な防空駆逐艦娘が全員、つまり三人もいるとなると、私達を待ち受けているトラック島の状況がおおよそ予測出来るというものです。


私はそれを身が引き締まる思いで受け止め、一方で、装甲空母の力を遺憾なく発揮する時と、いつも以上に気合いを入れて望まんとしていました。


さて、そんな具合に引き締まった思いで今回の出征に臨まんとしていた私ですが、私を含めた二人の空母艦娘のうちもう一方の瑞鳳はと言えば、逆にしんなりとした体を見せていました。


トラック島へ向かう道中にてさり気なくその事について聞いてみたところ、「提督としばらく会えなくなるから寂しい」と言っていました。


私はトラック島に着くや否や、文字通り「お灸を据えて」やりました。




後書き

いやあ、PCをが届いたので修正かけてみたら快調快調、ガハハ!

この調子で作品全体の校正を今一度するつもりです。
具体的には基本的な文字校正、あとは改行の増設や語り手の明記化などですかね。

小説版の今作の執筆にも入りたいのでますます更新速度は落ちるかと思いますが、どうか最後までお付き合いいただければ‼

(9/28:更新)


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1: Jpanther 2016-08-15 21:08:15 ID: xeCBxdsq

Twitterから
面白いっすー頑張ってください
By scp(以下略

2: 伊10 2016-08-16 05:57:46 ID: qdtZw9dn

>>1

SCPって誰だ・・・?と思ってたけどすぐに答えが出たw
どうせなら星5評価くれナス!

3: Jpanther 2016-08-16 23:17:18 ID: EQTstzbd

4ですかねぇ...

4: 伊10 2016-08-16 23:40:38 ID: qdtZw9dn

>>3

ウーン(卒倒)


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1: Jpanther 2016-08-16 23:16:52 ID: EQTstzbd

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